まず、本実施形態として、高い増殖効率と良好な生育を示すことができるシャクヤク優良株を単離し培養するための方法を説明する。
シャクヤク優良株を単離するための出発材料として使用されるシャクヤクは、いずれの品種ないし系統のものであってもよく、例えば北宰相、べにしずか、梵天などが使用され得る。生薬「芍薬」の原料生産の観点からは北宰相を用いることが特に好ましい。
上述したように、通常シャクヤクは株分けによって増殖される。シャクヤク優良株を単離するためには、株分けによって維持されているシャクヤクの植物体を出発点としてもよいが、あえて種子を実らせて種子を採取することを出発点としてもよい。複数の種子から出発することにより、染色体組換えを経て生じた遺伝学的に多様な個体群から優良株を選抜することが可能となり、好ましい。
本明細書において「植物体」とは、葉、茎、根から構成され、1個の個体として成長が可能なものをいい、苗も呼ばれることもある。また、後述する「シュート」とは、1つの茎頂分裂組織(生長点ともいう)に由来する茎と葉(植物体地上部)の単位である。1シュートは、1本の茎とその先端の1個の生長点及びその周りの葉(通常複数)から構成される。「培養シュート」とは、植物組織培養により得られたシュートのことをいう。「マルチプルシュート」とは、植物組織培養で得られた多くのシュートを持つ塊のことをいい、多芽体ともよばれる。「植物組織培養」とは、植物組織の一部を、適当な培養器内で生存・増殖させることをいい、単に培養ということもある。植物組織培養は、通常、無菌的に行われる。植物組織培養で得られた植物器官、組織、細胞等を総称して植物組織培養物、又は単に培養物という。本明細書において、「増殖・育苗過程」とは、苗を増殖させ、栽培(水耕栽培、圃場栽培を含む)が可能な苗の大きさまで成長させる過程をいう。
胚とは、受精後に発生を始めた幼生物のことをいい、種子胚とは、種子中にある幼植物のことをいう。不定胚とは、植物の組織や細胞を組織培養して得られる、受精胚と同様の構造をした組織のことをいう。不定胚は、受精胚と同様に頂端と基端を有し、頂端からは芽や子葉が、基端からは根が分化・成長する。発根とは、植物組織の一部から根が分化・成長することであり、種子の発根とは、種子胚の基端から根が分化・成長することをいう。発芽とは、種子胚又は不定胚の頂端から芽や子葉が分化し成長することをいう。
種子(種子胚)から発芽及び/又は発根を得るまでの培養は、暗所で行った方が、より高い形態形成能が得られるので好ましい。この暗所での培養は、例えば少なくとも30日、少なくとも40日、又は少なくとも50日継続され得る。その後の培養は、通常の照明サイクル下で行うことが好ましい。特に記載されない限り、本明細書における培養は、14時間明期10時間暗期の照明サイクルの下で行われる。明期の長さを変更してもよい。明期の長さは好ましくは12~18時間であり、例えば12~14時間、14~16時間、又は16~18時間とし得る。
種子(種子胚)から植物体を得るまでの培養過程は、当業者によって適宜選択される培地中で行うことができる。「培地」とは、植物組織等を生存・増殖させるための栄養分を含んだ溶液、又は、それを寒天やゲルライト等のゲル化剤等で固化させたものである。例えば(2)/2MS固形培地(主要無機塩類を1/2量としたMurashige and Skoog(MS)培地、ショ糖2%、0.25%ゲルライト)中で培養を行うことができる。種子(種子胚)から植物体を得る培養過程を23℃以上で行うと、培地が著しく褐変し得るので、より低い温度、例えば17~22℃、18~21℃、19~21℃、又は20℃±0.5℃にて行うことが好ましい。あるいは、13~17℃、14~16℃、又は15℃±0.5℃で行ってもよい。
培地は植物ホルモンを含有することがある。植物ホルモンとは、植物組織培養において、植物組織を生存・増殖させ、又は芽や根等の植物器官に分化させ、あるいはカルス等の不定形の組織に脱分化させるために、培地に添加して用いられる化合物群である。本明細書に記載される様々な培養段階において培地に添加されうる適切な植物ホルモンの種類、組合せ、添加量、並びに添加すべきタイミング及び無添加にすべきタイミングは、本開示を参照しながら当業者が適宜決定することができる。植物組織培養により、植物組織の一部から植物体を再生させ、植物個体を増殖させる目的では、主に、オーキシンとサイトカイニンと総称される植物ホルモンが培地に添加される。オーキシンとは、細胞分裂促進、側芽成長抑制、発根促進などの作用がある植物ホルモンの総称であり、本明細書中で例示されているものではナフタレン酢酸(NAA:以下、Nと表記)とインドール酪酸(IBA:以下IBと表記)が該当する。また、サイトカイニンとは、細胞分裂促進、芽の分化促進、老化抑制などの作用をもつ植物ホルモンの総称であり、本明細書中で例示されているものではベンジルアデニン(BA:以下、Bと表記)が該当する。
種子胚から植物体を得る培養過程や、他の組織培養の過程において、任意の適切な固形培地が使用され得る。これらの適切な固形培地は、当業者に知られているか、又は当業者が通常の知識に基づいて適宜調製することができる。固形培地は、塩類、糖類、ビタミン類、アミノ酸、植物ホルモン、その他の栄養成分、緩衝剤等を含み得、寒天、ゲルライト等で固形化され得る。適切な固形培地の具体例は下記実施例にも例示されている。1つの培地から別組成の培地へ、又は1つの培地から同組成の培地へ、適宜移植することができる。
なお、当業者には理解されるように、例えば「(2)/2MS IB0.1B3」という培地の表記における「IB」「B」というアルファベットは植物ホルモン名の頭文字を表し、それに続く数字「0.1」「3」は添加量をmg/Lで表す。例えば、「IB0.1B3」は、Indole-3-Butyric Acidすなわちインドール-3-酪酸、及びBenzyladenineすなわちベンジルアデニンを表す。「/2MS」は主要無機塩類を1/2量としたMS培地を表す。括弧内の数字はショ糖の濃度を%(重量/体積)で表し、この括弧の数字がない場合はショ糖濃度3%である。
標準的なMS培地の組成は以下の通りである。
多量要素(主要無機塩類)
硝酸アンモニウム(NH4NO3) 1,650mg/L
塩化カルシウム(CaCl2・2H2O) 440mg/L
硫酸マグネシウム(MgSO4・7H2O) 370mg/L
リン酸カリウム(KH2PO4) 170mg/L
硝酸カリウム(KNO3) 1,900mg/L
微量要素
ホウ酸(H3BO3) 6.2mg/L
塩化コバルト(CoCl2・6H2O) 0.025mg/L
硫酸銅 (CuSO4・5H2O) 0.025mg/L
硫酸鉄(FeSO4・7H2O) 27.8mg/L
硫酸マンガン(II)(MnSO4・4H2O) 22.3mg/L
ヨウ化カリウム(KI) 0.83mg/L
モリブデン酸ナトリウム(Na2MoO4・2H2O) 0.25mg/L
硫酸亜鉛(ZnSO4・7H2O) 8.6mg/L
Na2EDTA・2H2O 37.2mg/L
ビタミン及びその他有機化合物
myo-イノシトール 100mg/L
ニコチン酸 0.5mg/L
塩酸ピリドキシン 0.5mg/L
塩酸チアミン 0.1mg/L
グリシン 2.0mg/L
植物組織培養による植物体の増殖は、通常、初期培養過程、シュートの増殖過程、及びシュートの発根過程の、3段階で行われる。
初期培養過程は、無菌的ではない通常の植物体から、植物組織培養物を誘導する過程であり、通常、種子や植物組織の一部(外植片ともいう)を殺菌して培地に植え付け、培養することで開始される。
シュートの増殖過程は、初期培養過程で得られた培養物の一部、又は、それを継代培養して得られた培養物の一部から、植付け片を調製し、培養して多数の芽(シュートともいう)を得る過程である。本実施形態の方法において「シュート増殖工程」という場合、それは、植物組織培養においてシュートの数を増加させる(増殖させる)工程を表す。継代培養とは、培養物の一部を新しい培地に移し、再び培養することをいう。継代培養を定期的に行うことにより、植物組織培養により育成された優良植物株クローンを、長期間、無菌的に維持できる。
シュートの発根過程は、シュートの増殖過程において得られた培養シュートを、個々に分割してシュート片を調製し、発根に適した組成の培地で培養して発根させる過程である。発根したシュートは、圃場栽培あるいは水耕栽培に使用可能な植物体(培養苗)となる。本実施形態の方法において「シュート発根工程」という場合、それはシュートを発根させて植物体を得る工程を表す。
一側面では、シュート増殖工程とシュート発根工程を含む植物組織培養工程を含む、シャクヤク増殖方法が提供される。多くの場合、初期培養過程とシュートの増殖過程では、サイトカイニン、又はオーキシンとサイトカイニンを組み合わせた培地が用いられる。多くの場合、シュートの発根過程では植物ホルモン無添加(ホルモンフリー:以下、HFと表記する)又はオーキシンを添加した培地が用いられる。
植物体から組織を培養して、マルチプルシュートがいったん形成されれば、そこから個々のシュート塊あるいはシュート片を切除して、組織培養によりさらに増殖させることが可能になる。組織培養用株として確立されたものではない能力未知数の試料を出発点とする場合、マルチプルシュート形成に至る確率は必ずしも高くないので、複数、例えば4個以上、10個以上、又は20個以上の植物組織を並行して培養することが好ましい。また、種子を出発点とする場合には、例えば10個以上、15個以上、20個、又は25個以上の種子を並行して培養することが好ましい。
マルチプルシュートから切除され植え付けられる個々のシュート塊は、1つのシュート、又は複数のシュート(例えば2、3個のシュート)を含み得る。これらのシュート塊の長さは、通常は約0.5cm、約1cm、又は約2cmであるが、それより大きくても小さくてもよい。シュート塊を小さくすれば一度に得られる株数を増やせる反面、培養にかかる時間が延長され得ると理解される。
従来、組織培養での増殖は、通常は20~25℃程度の温度で行われてきた。上述した過程により薬用品種「北宰相」の一種子から得られた株、PLKD2は、この段階の培養を通常より著しく低い温度で行うことにより、生育が著しく改善かつ安定し、旺盛なシュート形成を示すことが見出された。その温度とは、約15℃、すなわち13~17℃、好ましくは14~16℃、より好ましくは15℃±0.5℃である。すなわち本実施形態の方法は、約15℃の温度にてシュート塊の培養を行うことを特徴とする。シャクヤクの増殖方法の一態様は、シャクヤクPLKD2株のシュート塊を固形培地で13~17℃の温度にて培養してマルチプルシュートを形成させる工程を含む。発根過程の培養も上記約15℃の温度にて行われ得る。PLKD2は、発根培養前の低温処理(4℃等)を必要としない。
シュートを約15℃で培養する段階は、合計時間として例えば少なくとも30日間、少なくとも40日間、少なくとも50日間、少なくとも60日間、少なくとも70日間、又は少なくとも80日間継続され得る。「継続」とは、途中で培地を交換すること(新しい培地へ移植すること)を排除するものではない。好ましい一態様では、13~17℃の温度における培養が、少なくとも30日間継続される。
本実施形態の組織培養方法においては、上記のように培養温度を約15℃とするほか、明期の照度を3,000~7,000ルクスとすることが好ましく、より好ましくは4,000~6,000ルクス、さらに好ましくは4,500~5,500ルクスとする。従来の組織培養では、3,000ルクス未満の比較的弱い照度しか用いられてこなかった。植物が生産するフェノール性化合物(所謂ポリフェノール類)の量は光強度に応じて高くなることが知られており、シャクヤクの培養に強い光条件を用いるとフェノール性化合物により培地が黒変し、成長が止まってしまうと考えられていたことが一因と考えられる。本発明者らは、13~17℃という培養温度と3,000~7,000ルクスという強い光の組合せが、シャクヤク株の組織培養、具体的にはシュート増殖工程及びシュート発根工程において有用であることを見出した。この温度・光条件の組合せは、PLKD2以外の株にも適用され得る。一態様では、シュート増殖工程とシュート発根工程が、温度13~17℃、明期12~18時間、照度3,000~7,000ルクスで行われる。
マルチプルシュートが得られた後の手順としては、複数のシュート塊をさらに採取して増殖を行うこと、ストック維持のためにシュート塊を植え継ぐこと、植物体をさらに成長させて圃場栽培又は水耕栽培に備えること、等の選択肢がある。マルチプルシュートを、さらに成長した植物体へと培養する際には、通常の培養温度、すなわち20~25℃に移してもよい。しかしながら、約15℃での培養を維持することが、高い発根率につながり得るため、より好ましい。つまり、圃場栽培又は水耕栽培に移す前の組織培養の全てを約15℃で行うことができる。
PLKD2株であるシャクヤク株は、約15℃の温度のもと、当業者が通常の知識に基づいて調製する様々な培地組成で安定して生育することができる。PLKD2の培地中に添加され得る植物ホルモンの例としては、1~3mg/Lのベンジルアデニン、0.1~1mg/Lのインドール-3-酪酸、及びこれらの組合せが挙げられるが、それに限定されない。当業者に理解されるように、ベンジルアデニンは他のサイトカイニンで、インドール-3-酪酸は他のオーキシンで代用ないし補強され得る。植物ホルモンを含まないHF培地も使用でき、これは特に、シュート生育後、発根を促す際に用いられ得る。
標準的なMS培地は3mMの濃度でカルシウム(Ca2+イオン;以下、単に「Ca」と表記することもある)を含む。一般に、固形培地中のカルシウム濃度は1~3mM程度であり得、最も汎用性の高い培地の一つである1/2MS培地は1.5mMのカルシウムを含む。しかしながら、本発明者らは、培地中のカルシウム濃度を高くしてPLKD2株のシュートを培養することにより、草丈が高くなり、葉が頑健になり、シュート数が増加しうることを見出した。すなわち、好ましくは、固形培地が1~7mMのカルシウムを含む。本実施形態によりシュートを培養する際の、培地中のカルシウム濃度は、好ましくは1.5~7mM、より好ましくは2.5~6.5mM、特に好ましくは3~6mM、又は4~6mMもしくは4~7mMである。一態様では、シュート増殖工程とシュート発根工程において、1~7mMのCa2+イオンを含有する培地でシャクヤク組織が培養される。カルシウム濃度を高くすると、固形培地が硬くなる傾向があり発根に影響を与え得るので、その場合は固化剤(寒天、ゲルライト等)の濃度を低く(例えば通常の40~60%に)調整することが好ましい。
上記カルシウム濃度の培地でシュートを培養する段階は、合計時間として例えば少なくとも30日間、少なくとも40日間、少なくとも50日間、少なくとも60日間、少なくとも70日間、又は少なくとも80日間継続され得る。上記カルシウム濃度の培地で培養する期間は、上記約15℃で培養する期間と一致あるいは重複してもよい。上記約15℃という培養温度と上記カルシウム濃度の培地とを同時に使用することが好ましい。
シュート塊から出発して根と葉を発達させた苗は、当業者に知られているように、圃場栽培に備えて、土壌への定植・馴化に供し得る。本発明者らは、それに代えて、シャクヤク株の苗を水耕栽培できることを見出した。すなわち、シャクヤク株の苗を、ツリーポット等の適切な栽培容器に移して水耕栽培を行うことができる。従って、シャクヤク増殖方法の一態様は、マルチプルシュートを形成したシャクヤクを固形培地上でさらに培養して成長及び発根した苗を取得する工程、並びに、前記苗を、馴化する工程(馴化工程)及び水耕栽培により栽培する工程(水耕栽培工程)をさらに含む。前記馴化工程と水耕栽培工程は、同じ栽培容器内で連続して行ってもよい。
水耕栽培は、例えばパミス、バーミキュライト等の支持体を充填したツリーポット等の栽培容器に、培養試験管から取り出し洗浄した培養苗(培養植物体)を定植(植物体地下部を支持体中に保持)し、容器底面から養液を供給することによって実施し得る。定植直後は、過度な乾燥を防ぐために、植物体地上部全体をフィルム状の透明材料(いわゆるラップ等)で覆って栽培を行うことが好ましい。このような処置を馴化工程のあいだ必要に応じて随時行ってもよい。馴化工程は、培養植物体(培養苗)を試験管外の栽培環境に馴らす工程である。試験管内は相対湿度100%であるため、試験管から取り出した直後は高湿度を保たないと苗が萎れて枯れる傾向がある。また、試験管内の培地から取り出した直後の根は、少なからずダメージを受けているので、試験管から取り出して、定植した植物の根が新しい環境で成長を開始するまでは、肥料の供給は行わないか、低濃度にすることが好ましい。この馴化工程は、閉鎖型施設で実行することが好ましい。閉鎖型施設とは、閉鎖温室(窓が開閉しない)、グロースチャンバー室、人工気象器等の、栽培環境(湿度、温度、及び/又は給水を含む)が人工的に制御された閉鎖空間を意味する。馴化工程は数日間、例えば10~60日間、14~50日間、あるいは20~40日間行われ得る。新しい環境、すなわち試験管外の栽培環境において、新しい葉が形成する、草丈が伸長する等の明らかな植物の成長が認められれば、馴化完了と判断される。馴化後は、植物体を栽培する「水耕栽培工程」が行われる。 水耕栽培工程は、閉鎖型施設又は開放型施設で好ましく実行され得る。開放型施設とは、野外圃場、通常の温室など、野外環境と隔たりのない施設を意味する。一側面において、馴化工程と水耕栽培工程を含むシャクヤク水耕栽培方法が提供される。
一般に水耕栽培は20~25℃程度の温度で行われ得るが、本発明者らは、シャクヤク株については、この段階においても約15℃という低い栽培温度が活着率の向上につながり得ることを見出した。この傾向はPLKD2株及びそれ以外の株でも観察された。一例として、水耕栽培は、約15℃、すなわち13~17℃、好ましくは14~16℃、より好ましくは15℃±0.5℃の温度にて、ツリーポット等の適切な栽培容器内で、水又は適切なその他の水性培地(養液)に苗を維持することにより行うことができる。
上記約15℃の温度を、合計時間として例えば少なくとも30日間、少なくとも40日間、少なくとも50日間、少なくとも60日間、少なくとも70日間、又は少なくとも80日間継続させて水耕栽培を行うことが好ましい。水耕栽培の全期間を約15℃の温度で行ってもよい。
水耕栽培における明期の照度は3,000~30,000ルクスであり得、好ましくは3,000~10,000ルクス、より好ましくは3,000~5,000ルクスとする。水耕栽培におけるCO2濃度は300~1,500ppmであり得、好ましくは500~1,200ppm、より好ましくは800~1,100ppmである。栽培容器内には通常パミス、バーミキュライト等の支持体が充填される。バーミキュライトがより好ましい。一態様において、シャクヤク水耕栽培方法は、馴化工程と水耕栽培工程を含み、これらの馴化工程と水耕栽培工程では、温度13~17℃、明期12~18時間、照度3,000~30,000ルクス、CO2濃度300~1,500ppmで栽培が行われる。
一態様において、シャクヤクを水耕栽培する方法は、馴化工程と水耕栽培工程を含み、これらの工程では、1~6mMのCa2+イオンを含有する養液を用いて栽培が行われる。水耕栽培においても、水性培地(養液)へのカルシウム添加が、初期生育の促進及び活着率の向上において有益であることが見出された。この傾向はPLKD2株及びそれ以外の株でも観察された。ただし、水耕栽培でのカルシウム濃度は、上記組織培養で好ましいとされた濃度の半分程度であることが好ましい。すなわち苗の水耕栽培における養液のカルシウム濃度は好ましくは1.5~4mM、より好ましくは2.0~3.5mM、さらに好ましくは2.5~3.25mM、特に好ましくは3mMである。一態様において、成長及び発根したシャクヤク株の苗を水耕栽培する工程は、1.5~4mMのカルシウムを含む水性培地にて前記苗を栽培することを含む。特に、栽培初期、例えば水耕栽培開始から少なくとも20日間、少なくとも30日間、少なくとも40日間、少なくとも50日間、又は少なくとも60日間、このカルシウム濃度の培地を使用することが好ましい。この期間は、上記約15℃の栽培温度を用いる期間と一致又は重複していてもよい。上記約15℃の栽培温度と上記カルシウム濃度の培地とを同時に使用することが好ましい。別の態様では、シャクヤクを水耕栽培する方法は、馴化工程と水耕栽培工程を含み、馴化工程では、0~6mMのCa2+イオンを含有する養液を用いて栽培が行われる。
水性培地には、他にも、当業者が植物の栽培に通常使用する他の成分、例えば窒素、ミネラル、有機酸、無機酸、アミノ酸、植物ホルモン等が添加され得る。市販の養液が好ましく使用される。例えば、大塚A処方(1L水中、OATハウス1号1.5g+OATハウス2号1g)の養液を1/8~1/4濃度で使用し得る。
本実施形態は、別の側面において、上記の過程により単離され、上記の方法で効率よく培養、維持、増殖、生育、水耕栽培することができるシャクヤク株である、PLKD2を提供する。PLKD2は北宰相品種に由来する株である。
本発明者は、PLKD2株を、ブダペスト条約上の国際寄託機関でもある独立行政法人製品評価技術基盤機構 バイオテクノロジーセンター 特許生物寄託センター(NITE-IPOD)(所在地:日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 120号室)に寄託申請した(受領番号:FERM AP-22317)が、受託証不交付通知書を受理した(通知番号2016-0761)。発明者らは、PLKD2株を、国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所 薬用植物資源研究センター 筑波研究部 育種生理研究室(所在地:日本国茨城県つくば市八幡台1-2)内において自己寄託し、維持・保存している。本出願人は、日本国特許法施行規則第27条の3各号に該当する場合、各法令の遵守を条件に、第三者にPLKD2株を分譲することを保証する。
PLKD2株は、シュート、植物体、苗、あるいは土壌で栽培される成熟植物などの状態で存在し得る。これらPLKD2のシュート、植物体、苗、成熟植物等(生殖細胞、種子を除く)は、株分けにより流通しているシャクヤクとは異なる固有のゲノム配列を有する。PLKD2株のゲノムを識別するために有用な遺伝子マーカーの例として、本発明者らは、PlDFR遺伝子のエキソン2~エキソン4に渡る777bp領域の配列を同定した。PlDFRは、シャクヤク植物におけるアントシアニン等の色素の生合成に関わると推定されるフラボノイド生合成経路の遺伝子、 ジヒドロフラボノール-4-リダクターゼ(Dihydroflavonol-4-reductase)である。
すなわち、PLKD2株は、ジヒドロフラボノール-4-リダクターゼ(PlDFR)遺伝子において、配列番号1で表される配列をホモ接合で有する。配列番号1の配列を下記に示す。
特に、上記配列の少なくとも第56番目(A)、第146番目(G)、第162番目(G)、第175番目(A)、第212番目(G)、第224番目(T)、第243番目(C)、第275番目(G)、第335番目(G)、第368番目(A)、第392番目(A)、第452番目(C)、第534~554番目(21ヌクレオチド長のTリッチ配列)、第591番目(T)、第625番目(C)、第626番目(T)、第632~649番目(18ヌクレオチド配列の存在)、第656番目(A)、第657~663番目(7ヌクレオチド配列の存在)、第664番目(T)、第703番目(C)、第754番目(T)の塩基には、異なるシャクヤク間で多型が存在しており、これらの塩基をこの特定の組合せで持つDNA配列がホモ接合で存在していれば、PLKD2株であることを識別するための一つの手がかりとなる。すなわち本実施形態は、ジヒドロフラボノール-4-リダクターゼ(PlDFR)遺伝子において配列番号1で表される配列をホモ接合で有するシャクヤク株を提供する。
上記配列をホモ接合で有するか否かの確認は、DNA配列決定、特異的プライマーを用いたPCR実験、制限酵素断片長解析等、当業者に知られた手法を適宜組み合わせて行うことができる。
また、公知の技術及び配列情報を利用して、シャクヤクゲノムにおける上記以外の多型部位を同定し、対応するPLKD2の遺伝子型を決定して、他のシャクヤク株からの識別を行うことも可能である。
以下、実施例により本実施形態をさらに詳細に説明するが、本実施形態はこれらの例に限定されない。
[実施例1:シャクヤク薬用品種「北宰相」(PLK)種子からの培養シュートの誘導]
国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所薬用植物資源研究センター筑波研究部標本園で保存栽培中のシャクヤク〔品種名:北宰相(PLK)〕から種子を採取し、75%(v/v)エタノールで1分間殺菌後、滅菌水で漱いだ。次いで、0.1%(v/v)Tween20含有2%(v/v)次亜塩素酸ナトリウム溶液中で攪拌しながら室温(約25℃)で10分間殺菌後、滅菌水で3回漱いだ。殺菌後の種子より、胚(種子胚)を取り出し、(2)/2MS固形培地(主要無機塩類を1/2量としたMS培地、ショ糖2%、0.25%ゲルライト、培地5mL/径1.8cm高さ9cm培養試験管)に無菌的に播種した。23℃において、14時間明期(L)(430ルクス)又は暗所(D)で培養したところ、いずれの条件においても9日後から発根が認められたが、培地が褐変した。そこで、播種16日後に新しい同培地に交換し、培養温度を20℃に変更して培養を継続した。その結果、14時間明期よりも暗所の方が発根率、子葉展開率とも高く、また、不定胚形成も認められた。播種47日後までの結果を下記表1に要約する。後述するPLKD2株は、暗所で培養した一種子に由来するものであり、発根及び発芽が認められた。
発根、発根発芽、又は不定胚が形成をした種子胚を、播種48日後に、N 0.1mg/L+B 3mg/L(以下、植物ホルモンの記号に続く数値は、濃度mg/Lを示す)及び3%ショ糖を含有するMS培地(MS N0.1B3)に移植した。これを、20℃、14時間明期(5,000ルクス)で培養した(30mL/径4.0cm高さ12cm培養試験管、以降の培養は本試験管にて実施)。培養開始から83日後に、植物ホルモン非含有のMS培地(MS HF)に移植し、20℃、14時間明期(約5,000ルクス)で60日間培養したところ、発根あるいは発根発芽した種子からは植物体が再生した。再生率は16%であった。
得られた植物体を、上記HF培地で培養開始してから65日後にMS N0.1B3培地に移植した。それから119日後に、同じ植物ホルモン組成、0.5mg/L MES(2-モルホリノエタンスルホン酸)、及び3%ショ糖を含有するMS培地(MES N0.1B3)に移植して培養した。この培養開始77日後までに、PLKD2株にマルチプルシュートが形成した。しかし、他のクローンは全て枯死した。
上記PLKD2のシュートより、シュートの生長点を含む一部を切り取って調製した切片(シュート片)を、ホルモン組成の異なる様々な培地に移植してシュート増殖を試みたが、生育不良の結果が得られた。そのシュートを、Bを3mg/L添加した(2)/2MS培地((2)/2MS B3)に移植して培養したところ、緑カルスが僅かに残る状態となり、生育が完全に停止した。しかしながら、本培養物を、20℃の培養環境から、15℃の培養環境へ移動させ培養を継続したところ、生育が回復し、旺盛なシュート形成が認められた。この約15℃という温度と光条件(14時間明期、約5,000ルクス)が、生育及びシュート形成のための鍵となることが見出された。以降の組織培養での光条件は、14時間明期、約5,000ルクスとした。
以上により、植物組織培養で確実に継代培養が可能なシャクヤク株、PLKD2培養シュートが得られた。
[実施例2:シャクヤクPLKD2株培養シュートの植物組織培養によるシュートの生育と増殖、及び発根のための培養条件の検討]
PLKD2で得られたマルチプルシュートから、草高1cm未満の2~3個の小シュート(以下、草高1cm未満のシュートを小シュートと表記)を含む小シュート塊(約5mm角;以下、小シュート塊と表記)を調製した。これを(2)/2MS B3又は(2)/2MS IB1B3に1試験管あたり1個植え付けて、15℃、14時間明期で培養したところ、いずれの培地でも良好な生育とシュートの増殖が認められた(図1上)。シュート長は、シュート基部から最も高いシュートの葉までの長さ(草高)(cm)を示し、シュート数は、成長が認められた培養物について、1試験管あたりに形成したシュートの数を示している。以下同様にシュート長及びシュート数を計測した。
上記シュート培養で草高1cm以上の生育がよいシュート(大シュート;以下、草高1cm以上のシュートを大シュートと表記)より、大シュート片を調製した。これを(2)/2MS HF培地に、1試験管あたり1個植え付け、15℃にて培養したところ、81日後に発根が認められた(発根率:10.5%)。なお、発根率は、植え付けた大シュート片数に対する発根した大シュート片数の割合を示している。以下同様に、発根試験は、1試験管あたり1個の大シュート片を植え付け、同様に発根率を算出した。
一方、小シュート塊については、(2)/2MS IB0.1B3培地又は(2)/2MS IB1B3培地において15℃にて生育を試みた。いずれにおいてもシュート増殖は良好であったが、シュート長はIB0.1B3の方が高い傾向が認められた(図1下)。
さらにこれらを、20℃、14時間明期に移してHF培地での培養を継続したところ、132日後(20℃移動から51日後)に発根率は36.8%に上昇した(図2)。またHFの前の培地は、B3(IBなし)添加培地の方が、シュート長が有意に高かった(図2)。
[実施例3:シャクヤクPLKD2株培養シュートの植物組織培養によるシュートの発根のための培養温度の検討]
図1の、IB0.1B3又はIB1B3添加培地における培養により得られた生育のよい大シュートより調製した大シュート片について、HF又はIB1添加の(2)/2MS培地を用い、15℃又は20℃で発根試験を行った(図3)。培養50日後、15℃、IB1(前培地IB0.1B3) の大シュート片では発根率71.4%が得られた。15℃におけるIB1培養全体の発根率は50.0%であった。一方、20℃におけるIB1培養全体の発根率は12.5%であった。すなわち、発根過程に関しても、約15℃という温度と光条件(14時間明期、約5,000ルクス)により、発根期間が著しく短縮され、発根率が著しく向上し得ることが明らかとなった。
[実施例4:シャクヤクPLKD2株培養シュートの植物組織培養によるシュートの生育と増殖のための培養条件の検討]
図1のIB0.1B3又はIB1B3添加培地で得られた小シュートについて、小シュート塊を調製し、種々濃度のIB(0、0.1及び1mg/L)とB 3mg/Lを組み合わせた培地を用い、15℃で増殖試験を実施した。培養50日後、15℃、B3添加培地(前培地IB0.1B3)で形成されたシュート数は、大シュート(発根培地に移植可能なシュート)は約2本、大シュートと小シュートの合計数は4本であり、大シュート形成率もシュート増殖率も最も良好であった(図4)。また、直前の培養で高濃度のIB(1mg/L)を使用すると、低濃度のIB(0.1 mg/L)に比べ、B3培地でのシュート伸長、シュート数とも有意に低くなった(図4)。
また、小シュート塊を、異なる濃度のBを添加した(2)/2MS培地(B1又はB3)に植付けて、シュートの増殖試験を15℃にて行った。その結果、培養73日後、B3培地で形成シュート数約5本、シュート長4.4cm、生育率100%が得られた(図5)。
B1又はB3添加培地で得た小シュート塊をB1又はB3添加培地に植え付けて、15℃にて、シュート増殖の再現性と大シュートの形成数及び形成率を調べた。その結果、大シュート数はB1の方が多かったが、B3の方がシュート数及び大シュート形成率が高かった(図6)。
以上の結果より、PLKD2株培養シュートの生育と増殖には、オーキシンであるIBとサイトカイニンであるBを組み合わせて添加した培地よりも、Bを単独添加した培地の方が適しており、濃度はB3がより適していると判断した。
[実施例5:シャクヤクPLKD2株培養シュートの植物組織培養によるシュートの発根のための培養条件の検討]
図1のIB0.1B3又はIB1B3添加培地で得られた大シュート(葉は切り落とさない)を種々濃度のIB添加(0、0.5、1mg/L:それぞれ図7中では、HF、IB0.5、IB1と表記)の(2)/2MS培地に植付け15℃で発根試験を行った。その結果、培養73日後に、IB0.5、IB1ともに60%の発根率が得られた(図7)。発根数は、IB濃度の増加とともに、多くなる傾向が認められた(図7)。なお、発根数は、発根が認められた試験管における、1株あたりの根の本数を表しており、以下の試験でも同様である。
HF、B1又はB3添加培地で得た大シュートを、HF、IB0.1、IB0.5、又はIB1添加培地(いずれも基本培地は(2)/2MS培地)に植え付けて、15℃にて、シュートの発根の再現性とより低い濃度のIB(IB0.1)の効果を調べた。培養64日後、IB0.5及びIB1で同様の高い発根率50%が得られ、シュートの生育も良好で、IB0.5及びIB1の高い発根率(50%)の再現性を確認した(図8)。一方、IB0.1は、IB0.5及びIB1に比べて低い発根率であった。
以上の結果より、PLKD2株培養シュートの発根には、IB0.5又はIB1が適しており、両者とも同様の発根率が得られていることから、IB0.5がより適していると判断した。
[実施例6:シャクヤクPLKD2株培養シュートの植物組織培養によるシュートの生育、増殖と発根のための培養条件の確認]
増殖培地としてのB3添加培地、発根培地としてのIB0.5及びIB1添加培地を、HF培地と比較し評価した(いずれも基本培地は(2)/2MS培地)。増殖試験には、小シュート塊を植付片として用いた。発根試験には、大シュート片を植付片として用いた。15℃、14時間明期(約5,000ルクス)、培養期間55~61日間において、B3添加培地で安定したシュートの増殖が確認され、IB0.5及びIB1添加培地で80%以上の高い発根率が確認された(図9)。
上記の結果は、PLKD2株は簡素な手順と高い信頼性で増殖及び生育をすることができ、約5mm角の小シュート塊から1年間で40本以上、2年間で1300本以上の培養苗を増殖することができることを示している。
[実施例7:シャクヤクPLKD2株培養シュートの植物組織培養によるシュートの生育・増殖と発根に対するカルシウム濃度強化の効果]
非特許文献14~17では、MS培地と比べて主要無機塩類を1/2量(1/2MS培地)としCa2+だけを2倍としたもの(CaCl2・2H2O濃度880mg/L)が用いられている。そこで、PLKD2株について、Ca2+をMSの2倍(1/2MSの4倍)にした発根培地(2)/2MS4C IB0.5及び増殖培地(2)/2MS4C B3を作製し、それぞれ(2)/2MS IB0.5及び(2)/2MS B3と比較した。15℃での培養56日後、発根培地では、Ca2+濃度強化により若干の発根率低下[58.3%:通常のCa2+濃度の培地の発根率76.0%に比べて23%の低下]が認められた。しかしながら、通常のCa2+濃度の発根培地よりも、草丈が高く、葉が頑健な植物体が得られた(図10)。増殖培地では、Ca2+強化により、通常のCa2+濃度の培地よりも、葉が頑健になり、草丈が高く、シュート数が増える傾向が認められた(図10)。図10の写真は培養開始63日後に撮影されたものである。
植物組織培養において、培地の固化材として使用するゲルライトのゲル強度は、培地中のMg2+やCa2+等の可溶性金属塩濃度に比例することが知られている[下村講一郎、鎌田博:植物組織培養、3(1)、38-41、1986]。上記の試験において、(2)/2MS4C培地では、(2)/2MS培地に比べて培地のゲル強度が高く、培地が硬かった。従って、Ca2+濃度を強化した培地で認められた発根率の低下は、培地の硬化による発根及び根の伸長の阻害に起因するという可能性が考えられた。そこで、Ca2+濃度を強化した培地を基本培地とする場合のゲルライト濃度を通常濃度の半分(0.125%)とし、再度、Ca2+濃度非強化培地と比較した。すなわち、発根培地(2)/2MS4C IB0.5及び増殖培地(2)/2MS4C B3をゲルライト濃度0.125%で作製し、それぞれ(2)/2MS IB0.5及び(2)/2MS B3と比較した。その結果、15℃での培養70日後、発根試験においては、Ca2+濃度強化の発根培地での発根率(52.0%)は通常Ca2+濃度の発根培地の発根率(64.0%)の81%となり(19%の低下)、Ca2+濃度強化による発根率低下が軽減した(図11)。また、Ca2+濃度を強化した発根培地では、通常のCa2+濃度の培地に比べて、有意なシュート長増加と形成シュート数の増加が認められた(図11)。Ca2+濃度を強化した増殖培地と通常のCa2+濃度の増殖培地の比較では、Ca2+濃度を強化した増殖培地において、有意なシュート長の増加と有意な形成シュート数の低下が認められた。
Ca2+濃度の強化がPLKD2シュートの発根、生育と増殖に及ぼす効果の再現性を確認するため、再度、上記発根試験及び増殖試験を行った。上記同様、ゲルライトの濃度は、(2)/2MS培地では2.5g/L(0.25%)とし、(2)/2MS4C培地では1.25g/L(0.125%)とした。その結果、発根試験では、Ca2+濃度を強化した発根培地において、通常のCa2+濃度の培地に比べて高い発根率(62.5%)が得られ、発根数も有意に多かった(図12)。増殖試験においては、Ca2+濃度を強化した増殖培地において、通常のCa2+濃度の培地に比べて形成シュート数の低下傾向が認められたが、葉がより頑健であった(図12)。
以上の結果より、シャクヤクの植物組織培養において、培地中のCa2+濃度の強化は、根の生長を促進し、葉を頑健にする効果があることが明らかとなった。
Ca濃度をMS培地と同じにした基本培地[(2)/2MSの2倍のCa濃度:(2)/2MS2C]を用いて発根培地(IB0.5)と増殖培地(B3)を作製した。なお、(2)/2MS2C培地のゲルライト濃度は、通常濃度(0.25%)とした。その結果、発根試験では、Ca2+濃度を2倍に強化した発根培地において、高い発根率(64.0%)が認められた(図13)。増殖試験においては、Ca2+濃度を2倍に強化した増殖培地において、良好なシュートの増殖と生育が認められた(図13)。
以上の結果より、シャクヤクの植物組織培養において、培地中のCa2+濃度の強化(通常濃度の2倍から4倍程度)は、根と植物体地上部の両方の生育を促進する効果があることが明らかとなった。
[実施例8:シャクヤクPLKD2株培養植物体(培養苗)の土壌への馴化と生育]
上記植物組織培養で得られたシャクヤクPLKD2培養苗(培養植物体)について、一例として、圃場栽培可能な苗を取得するため、土壌への定植、馴化と育成を行った。培養試験管内のPLKD培養苗を、培養試験管から取り出し、根に付着したゲルを、根を傷つけないように注意しながら弱い水流下でよく洗い流した。上径9.0cm下径6.4cm高さ7.6cmのポリポットに鉢底ネットを敷き、培養土を鉢底から2cm程度まで充填した。培養土の組成は、パミス(登録商標)特小粒:赤玉土(小粒):堆肥(サラブレッドお馬のふかふか堆肥):タキイの育苗培土(草花・野菜育苗用):川砂=10:6:2:1:1とした。ポリポットは株式会社東海化成製、パミスは大江化学工業株式会社製、赤玉土は有限会社粂谷商店製、堆肥は株式会社兵庫アグリメイト製、育苗培土はタキイ種苗株式会社製である。シャクヤクPLDK2の地下部(根)の部分が鉢内に入るように地上部を手で支え、鉢のまわりから培養土を加えながら定植した。過度の乾燥を防ぐため、地上部をラップで覆い、1日1回底面より潅水しながら、閉鎖温室内、20℃、14時間明期、相対湿度55%で栽培した。明期は太陽光を利用し、朝夕2時間は補光照明を点灯(岩崎電気株式会社製セラミックメタルハライドランプ:セラルクス EYE HID LAMP M400FCE-W/BUD)させた。土壌定植1週間後、ラップを取り外して同条件で栽培した。土壌に定植し馴化したPLKD2培養苗は、図14に示すように、正常に生育し、根の発達と肥大が認められた。馴化後の植物体は、鉢上げ[素焼きの5号鉢、培養土(赤玉土:堆肥:タキイの育苗培土(草花・野菜育苗用):川砂=6:2:1:1)]して栽培を継続した。以上の結果より、植物組織培養で増殖し発根したシャクヤクPLKD2培養苗は、圃場栽培用の苗の育苗にも有用であることが判明した。
[実施例9:シャクヤクPLKD2株培養植物体(培養苗)の水耕栽培]
上記で得られた発根苗を水耕栽培試験に供試した。一例として、実施例8と同様に培養試験管から取り出し洗浄した培養苗を、パミス特小粒又はバーミキュライトを充填したツリーポットに定植(植物体地下部は支持体中に保持)し、ツリーポット底面から養液を供給する水耕栽培(底面潅水方式水耕栽培)を行った。バーミキュライトは、バーミキュライト3号(覆土・目土用、福島バーミ株式会社)を用い、ツリーポットは株式会社山利製作所製のものを用いた。定植直後から14日間は、植物体地上部全体をラップで覆い、定植後14日以降は、ラップを取り外して栽培した(シャクヤク水耕栽培方法における「馴化工程」)。養液は、定植直後から3週間は純水とし、その後(水耕栽培工程)は標準濃度の4分の1(25%)の大塚A処方(1/4大塚A処方)を純水で調製して用いた。水耕栽培は、15℃、14時間明期(植物育成用蛍光灯型LEDプラントフレック、約4,000ルクス)、相対湿度90%、CO2濃度1,000ppmに設定した人工気象器(株式会社日本医化器械製作所製LPH-411SPC)内で行った。
その結果、定植97日後、バーミキュライトを支持体とした場合、地上部の生存率100%が得られた(図15)。また、1株あたりの葉数、及び草高も、バーミキュライトを支持体として用いた水耕栽培の方が、パミスを支持体とした水耕栽培よりも高い値を示した(図15)。ここで、地上部の生存率とは、定植後、一定期間水耕栽培した時点において、定植した株数に対する、地上部が生育(葉が緑を保ち、健全で、枯れていない状態)している株数の割合を示している。1株あたりの葉数は、定植後、一定期間水耕栽培した時点における地上部が生育している株において、1株に形成している健全(葉が緑を保ち、枯れていない状態)な葉の枚数を示している。草高は、支持体の上面から、植物体の地上部の最も高いところまでの高さを示している。以上の結果より、植物組織培養で増殖し発根したシャクヤクPLKD2培養苗は、水耕栽培による生薬芍薬の生産及び水耕栽培による育苗にも有用であることが判明した。また、水耕栽培条件として、15℃、14時間明期、CO2濃度1,000ppm、LED光源が適していると思われた。
水耕栽培の一例として、定植後の馴化期及び水耕栽培初期における養液中のCa2+濃度強化がPLKD2培養苗の生育に及ぼす効果を調べた。PLKD2培養苗を、前述と同様に、パミスを支持体とする水耕栽培装置(ツリーポット)に定植し、同様の栽培環境で水耕栽培した。但し、養液は、下記表2の通りとした。
標準濃度の大塚A処方は4mMのCa2+を含有し、標準濃度の4分の1(25%)の大塚A処方(1/4大塚A処方)は1mMのCa2+を含有する。また、組織培養で用いるMS培地は3mMのCa2+を含有する。従って、Ca区の栽培0~24日の6mM Ca2+は、(2)/2MS4C培地のCa2+濃度と同じであり、1/2Ca区の栽培0~24日の3mM Ca2+は、(2)/2MS2C培地のCa2+濃度と同じである。図16に示すように、1/2Ca区は、Ca区よりも高い地上部の生存率を示し、また、Ca区及び水区に比べ、1株あたりの葉数及び草高とも高い傾向を示した。ここで、地上部の生存率、1株あたりの葉数、草高は、前述と同じである。Ca区は、地上部の生存率、1株あたりの葉数及び草高のいずれも最も低い値を示した。以上から、定植直後から栽培24日後までの3mM Ca2+施肥は、同時期に純水のみを与えた場合よりも、シャクヤクの活着と地上部の生育を促進する効果があることが判明した。しかしながら、同時期の6mMのCa2+施肥は、むしろ生育阻害を生じさせ得るため、6mM未満の施肥が望ましいことが判明した。
さらに、定植後の馴化期及び水耕栽培初期における養液中のCa2+濃度強化がPLKD2培養苗の生育に及ぼす効果の再現性を調べた。PLKD2培養苗を、前述と同様に、パミスを支持体とする水耕栽培装置(ツリーポット)に定植し、同様の栽培環境で水耕栽培した。但し、養液は、下記表3の通りとした。
図17に示すように、定植後14日までは地上部の生育に顕著な差は認められなかったが、栽培期間の延長に伴い、水区では、地上部の生存率の低下、1株あたりの葉数の減少、草高の急激な減少が認められた。一方、1/2Ca区では、定植後62日まで地上部の生存率100%を維持し、葉数の減少も認められず、草高は増加した(図17)。また、定植後62日の1/2Ca区の植物体の葉は、図17に示したように、葉が大きく、緑が濃く、水区に比べて頑健であった。以上、馴化期及び水耕栽培初期の3mM Ca2+施肥の、シャクヤク培養苗の活着率向上と地上部の生育を促進する効果の再現性が確認された。
水耕栽培の参考の一例として、以下の栽培を行った。
PLKD2培養苗を、前述と同様に、パミス特小粒又はバーミキュライトを充填したポリポット(上径9cm高さ7.5cm、上径15cm高さ13cm、及び上径15cm高さ30cm)に定植した。鉢の底面から、養液として1/8大塚A処方を供給しながら、グロースチャンバー室内、20℃、14時間明期、相対湿度60%で水耕栽培した。明期においては岩崎電気株式会社製セラミックメタルハライドランプ:セラルクス EYE HID LAMP M400FCE-W/BUD、約6,000ルクスを利用した。定植後2~4週間は、過度の乾燥を防ぐため、植物体の地上部に透明な400mL容プラカップを被せて栽培した。定植後51日の地上部の生存率は、パミス:44.4%、バーミキュライト:11.1%であり、パミスの方が良好であった。しかし、その後の成長は停止した。以上より、温度20℃での水耕栽培は、シャクヤクの水耕栽培には適さないことが示唆された。
水耕栽培の別の参考の一例として、水耕栽培装置への定植前にPLKD2培養苗を低温処理(4℃、暗所、1ヶ月間)し、その後の水耕栽培への馴化・活着・生育を調査した。植物組織培養で増殖・育成したPLKD培養苗を、培養試験管のまま、4℃の保冷庫に1ヶ月間静置した。低温処理後、PLKD2培養苗を、前述と同様に、パミス特小粒を充填したポリポット(上径9cm高さ7.5cm)に定植し、グロースチャンバー室内、20℃、14時間明期(ランプは上記と同様)、相対湿度60%で水耕栽培した。但し、定植後1ヶ月までは鉢の底面から純水を供給し、その後は、1/8大塚A処方を供給した。また、定植後1ヶ月までは、過度の乾燥を防ぐため、鉢の上部をラップで覆って栽培した。その結果、定植後2ヶ月の地上部の生存率は7.7%であり、定植前の低温処理による活着率の向上効果は認められなかった。
好ましい水耕栽培(底面潅水方式水耕)の馴化条件の具体的一例は以下の通りである。15℃、相対湿度90%、14時間明期(約4000ルクス、LED光源:例えば株式会社日本医化器械社製植物育成用蛍光灯型LED「プラントフレック」)、CO2濃度1000ppmの人工栽培環境を用いる。支持体としてバーミキュライト又はパミスをポットに充填して、シャクヤク培養苗を定植する。定植直後から2週間はラップ等で地上部を覆い、加湿を行う。養液は、定植後3週間は、3mM Ca2+を含む溶液、例えば3mM CaCl2溶液を供給する。馴化後は、1/4大塚A処方あるいはCa濃度を強化した(例えば2mM Ca2+)1/4大塚A処方を養液として供給しながら栽培する。
結論として、本発明者らは、大量増殖(1年間で40本以上、2年間で1300本以上)が可能で水耕栽培も可能な、シャクヤク優良株PLKD2を選抜・育成することに成功した。その過程で、優良なシャクヤク株を選抜・育成する方法、及び得られたシャクヤク株を大量増殖させるための方法を開発した。さらに、水耕栽培での馴化方法及び水耕栽培方法を開発した。
具体的には、以下のことが見出された。すなわち、通常(20~25℃)よりも著しく低い約15℃という温度において、好ましくは3,000~7,000ルクスという比較的強い照度の下で、サイトカイニン添加培地(増殖培地)でシュートを増殖・成長させる。そして、増殖培地で得られたシュートを、オーキシンを含む発根培地で培養して発根苗を育成する。増殖培地及び発根培地の両方で、あるいはどちらかで、Ca2+濃度を通常濃度の2倍から4倍にまで強化することにより、苗の頑健化を達成できる。また、シャクヤク苗は、通常(20~25℃)よりも著しく低い約15℃という温度において水耕栽培することで、水耕苗の活着率を向上させ、生育を促進できる。さらに、水耕栽培装置への定植直後の馴化期及び水耕栽培初期にCa2+濃度を通常濃度の2倍から3倍程度まで強化することにより、水耕苗の活着率を向上させ、生育を促進できる。
[実施例10:PLKD2株の遺伝子識別方法]
発明者らは、シャクヤクの様々な品種、系統、及び株、特にPLKD2株を、遺伝子レベルで識別するためのマーカーを探索した。その結果、ジヒドロフラボノール-4-リダクターゼ(Dihydroflavonol-4-reductase:PlDFR)遺伝子のエキソン2~エキソン4の777bp領域に、遺伝子識別に利用可能な複数の変異点が存在することを発見した。PlDFRは、シャクヤク植物体におけるアントシアニン等の色素の生合成に関わると推定されるフラボノイド生合成経路の酵素の遺伝子である。
より具体的には、複数のシャクヤク品種・系統からのゲノムDNAを鋳型として、上記777bp領域をPCRで増幅してクローニングし、DNA配列決定を行ったところ、品種・系統間で遺伝子配列が異なることが明らかとなった。この777bp領域の中の変異点(多型部分)だけを抜き出したものを表4に示す。なお、表4中のクローン番号は、DNA配列決定のために使用した大腸菌クローンの番号を示している。
PLKD2株は、上記表において「1-5」の行に示されている一連の多型塩基の組合せをホモ接合で有していることが見出された。PLKD2株においてホモ接合で存在する、PlDFR遺伝子エキソン2~エキソン4の777bp領域のゲノム配列を、配列番号1として配列表に示す。この特定の遺伝子型のホモ接合は、調査した他のいずれの品種・系統(北宰相、べにしずか、大和シャクヤク梵天系統及び新潟県産シャクヤク)にも見られないものであり、PLKD2株を同定するために有用となる。
[実施例11:シャクヤクPLKD2株培養苗の長期水耕栽培]
この実施例は、約1年間という長期間に渡ってツリーポットにおいてシャクヤク苗を水耕栽培した実例をさらに提供する。PLKD2株の培養苗10個体を出発点とした。これらの培養苗は、2%ショ糖を含み主要無機塩類を1/2量としたMS培地に3-インドール酪酸(IBA)を0.5mg/L(IB0.5)又は1mg/L(IB1)添加したものを用いて15℃で81~84日間組織培養を行って得られたものである。これらの培養苗について、上述した培養段階での植物ホルモン添加条件のほか、植付け時(水耕栽培開始前)の生育状況、及び水耕栽培に用いた植付け支持体の種類を下記表5に示す。表中、Vはバーミキュライトを、Pはパミスを表す。
下記の条件で362日間、栽培を行った。栽培開始から362日経過後に植物体を収穫した。
装置:株式会社日本医化器械社製人工気象器(LPH-411SPC)、ツリーポット(山利製作所)を用いた底面潅水方式水耕栽培
光:14時間明期、約4000lux(植物育成用LEDランプ プラントフレック)
温度:15℃
相対湿度:90%
CO2濃度:1000ppm
支持体:バーミキュライト(覆土・目土用、福島バーミ)又はパミス(特小粒、大江化学工業)
養液:大塚A処方1/4濃度(8リットル当たりOATハウス1号3.0g+2号2.0g、OATアグリオ)
ただし、栽培開始後3週間はツリーポットをラップで覆って加湿しながら純水で馴化させ、それ以降は上記の養液に変更して栽培を行った。
水耕栽培における苗の生育経過を図18に示す。図18の各パネルにおいて、上部に植付け後の日数が示されており、左側の写真はバーミキュライトを支持体とするツリーポットを、右側の写真はパミスを支持体とするツリーポットを示している。
植付け31日後では、植付け時と比べてまだほとんど目に見える変化がなかったが、植付け49日後には、バーミキュライト試験区において新葉展開が見られ、パミス試験区においても新芽萌芽・伸長開始が見られた(矢印)。パミス試験区では、植付け70日後に展葉に至り、植付け97日後には生育盛期にあると見られたが、植付け122日後には葉の先端が枯れ始めていることが観察された(矢印)。パミス試験区では植付け151日後には葉の半分以上が枯れ、植付け175日後には葉がほぼ全て枯れ、植付け361日後(収穫直前)には葉が完全に失われていた。しかしながら1個体においては根を収穫することができた。バーミキュライト試験区では、植付け151日後にやはり葉の一部が枯れ始めたことが観察され、植付け175日後以降に葉が枯れたが、新しい葉が展葉したことから、収穫時までほとんどの個体において葉が残存し、全ての個体において根が収穫された。
要約すると、15℃における水耕栽培で、苗は休眠せず順次新たな芽を萌芽・生長させた。パミスを支持体として用いた場合には、葉は萌芽から約4ヶ月で枯れた。一方、バーミキュライトを支持体として用いた場合には、葉は萌芽から約5ヶ月で枯れた。これら10個の苗の、植付け時と収穫時の生育状態の比較を図19Aに示す。芽数に関しては、栽培中に新しい芽が増えたものの、古い芽が枯れる場合もあったため、全体としては微増傾向となった。根数は、枯死した個体を別にすると、栽培前後で顕著な変化は見られなかった。個々の根は栽培中によく成長し、最大根長が2.3~4.9倍に増加した。新鮮重も、栽培を経て最大で6.6倍に増加した。
水耕栽培を経て収穫された根は、40℃で5日間乾燥させた。図19Bは、上記水耕栽培における、支持体の種類ごとの、活着率と、乾燥根の最大径、長さ、及び重量(乾燥重量)の平均値を示したものである。バーミキュライト試験区の方が、活着率が高く、比較的安定して径5mm前後に肥大した乾燥根が得られた。乾燥根の断面を観察したところ、白色、ないし部分的に薄い桃色あるいは黄色を帯びた白色を呈していた。収穫されたこれらの乾燥根は、下記の成分分析に供した。
[実施例12:PLKD2株シャクヤク乾燥根の成分分析]
実施例11の水耕栽培後に得られたPLKD2株の乾燥根を、異なる部位に切り分けた。具体的には、バーミキュライト試験区の2個体とパミス試験区の1個体は、乾燥状態で径が2mm以上の根と2mm未満の根 (いずれも皮付き) の2部位に分離した。バーミキュライト試験区の残りの3個体については、上記と同様の2部位に加え、径2mm以上の根の一部の周皮を削り取り、全部で4部位とした(すなわち、径2mm以上の皮付き根、径2mm未満の皮付き根、径2mm以上の皮去り根、及び周皮)。これらの試料を乳鉢・乳棒で破砕した。
各試料約100mgに対して、10mLの50%メタノールを添加し、よく撹拌した後、超音波洗浄機を用いて30分間抽出を行った。ボルテックス・ミキサーでさらに1分間抽出を行った後、抽出液1.5mLを12,000rpmで4分間遠心分離した。その上清500μLを、Ultrafree-MC、GV 0.22μm精密ろ過ユニット(Merck Millipore)にアプライし、12,000rpmで4分間、遠心分離機で処理した。得られたろ液に対して、後述する超高速液体クロマトグラフィ-フォトダイオードアレイ-タンデム質量分析(UPLC-PDA-MS/MS)を行った。
UPLC-PDA-MS/MS分析の具体的な条件を以下に示す。
装置:ウォーターズ社 Acquity UPLCシステム
カラム: Acquity UPLC BEH C18、2.1×50mm、1.7μm(ウォーターズ社)
カラム温度:30℃
流速:0.35mL/分
溶媒:(A) 0.1vol%ギ酸、(B)0.1vol%ギ酸-アセトニトリルの下記勾配液
「0→2.0 min: 98% (A)、2.0→3.0 min: 98→85% (A)、3.0→10.0 min:85→80% (A)、10.0→12.0 min:80→10%(A)、12.0→13.0 min: 10% (A)、13.0→14.0 min:10→98% (A)」
PDA:定性:190~500nm、定量:230nm(標品3種:アルビフロリン、ペオニフロリン、ペンタガロイルグルコース)
MS:Mass(m/z):150~1250
イオン源温度:120℃
脱溶媒温度:250℃
ガス流量:<脱溶媒>500L/hr、<コーン>50L/hr、
キャピラリー電圧:3kV
コーン電圧:20V
図20に、シャクヤク乾燥根の部位別の、UPLC-PDA-MS/MS分析による、正イオンモードでの全イオン電流(TIC)クロマトグラム(図20A)及び負イオンモードでの全イオン電流(TIC)クロマトグラム(図20B)を比較したものを示す。図中、「STD mix」は、アルビフロリン、ペオニフロリン、及びペンタガロイルグルコースからなる標品の混合物のクロマトグラムを表す。図20は、培養苗番号V3(表5参照)の根の分析結果を示しているが、部位ごとのクロマトグラムパターンの違いは、全株で、ほぼ同様の傾向が認められた。周皮>2mm未満根>2mm以上根 (皮付き)> 2mm以上根 (皮去り) の順に、検出されるピークが多かった。周皮の試料において最も多くピークが検出され、他部位では認められないピークあるいは他部位では微量にとどまるピークが周皮では顕著に検出された。標品と一致するピークの存在により、各試料にアルビフロリン、ペオニフロリン、及びペンタガロイルグルコースが含有されていることが判明した。
図21は、アルビフロリン(Alb)、ペオニフロリン(Pae)、及びペンタガロイルグルコース(PGG)についての、negativeモードのMSスペクトルを示す。これらの化合物は標品として用いられ、試験試料においても検出された。
図22(a)は、MRMにて定量化したアルビフロリン(Alb)、ペオニフロリン(Pae)、及びペンタガロイルグルコース(PGG)の部位ごとの含量(乾燥重量%)を比較したグラフである(実施例11のバーミキュライト栽培区由来の試料、n=3)。MRM(多重反応モニタリング)は、イオン化プローブでイオン化したさまざまなイオンに対し、特定のイオン(プリカーサーイオン)を選択して壊し、その壊したイオン(プロダクトイオン)の中から特定のイオンを検出する方法である。なお、第17改正日本薬局方において「シャクヤク」は、生薬の乾燥物に対しペオニフロリンを2.0%以上含むことが成分含量規格となっている。
図22(a)から明らかなように、約1年間水耕栽培したPLKD2培養苗の根のすべての部位で、日本薬局方の成分規格であるペオニフロリン2%以上という条件が満たされていた。アルビフロリンは、他の部位と比較して、周皮において含量が高かった。ペオニフロリンも、周皮における含量がやや高かったものの、アルビフロリンの場合と比べると、部位による含量差は顕著ではなかった。ペンタガロイルグルコースは、根 (径2mm以上) よりも細根 (径2mm未満) で含量が高かった。
図22(b)は、上記表5で示した個体ごとに、径2mm未満の細根と径2mm以上の根 (皮付き) のアルビフロリン(Alb)、ペオニフロリン(Pae)、及びペンタガロイルグルコース(PGG)含量(乾燥重量%)を比較したグラフである。全体として、細根における含量範囲はAlb:0.9~2.3%、Pae:4.9~6.2%、PGG:2.0~4.1%であり、根における含量範囲はAlb:0.7~1.6%、Pae:4.1~5.7%、PGG:1.0~2.5%であった。ペオニフロリンについては、いずれの個体・部位も5%前後の安定した高含量を示し、日本薬局方の成分含量規格に適合していた。
さらに生長した段階での成分含量はまだ測定されていないものの、以上の結果は、薬用品種「北宰相」の種子に由来し組織培養により増殖が可能なPLKD2株が、高いペオニフロリン生産能を維持しており、漢方薬原料として有用であることを実証している。