以下、図面を参照して本発明の実施の形態を説明する。図1において、符号1は、ドライバによる操舵操作と独立してアクチュエータを介して操舵角を制御可能な操舵装置としての電動パワーステアリング(EPS;Electric Power Steering)装置を示す。このEPS装置1においては、図示しない自動車等の車両の車体フレームに、ステアリング軸2がステアリングコラム3を介して回動自在に支持されている。
ステアリング軸2の一端は運転席側へ延出され、他端がエンジンルーム側へ延出されている。ステアリング軸2の運転席側端部には、ステアリングホイール4が固設され、このステアリングホイール4が結合されるステアリング軸2の外周側に、舵角センサ21が配設されている。
舵角センサ21は、例えば、その内部に検知ギヤに内蔵された磁石の回転を検知する磁気抵抗素子を二組備えて構成されている。この舵角センサ21は、ステアリングホイール4の基準となる回転位置(例えば、車両直進状態におけるステアリングホイール4上部の回転位置)を予め設定しておき、検知ギヤが回転することで生じる磁気変化に基づいて、予め設定した固定の基準位置からの回転角(舵角)及び回転方向(操舵方向)を検出することができる。
また、ステアリング軸2の中途には、トーションバー2aが介装され、エンジンルーム側に延出される端部に、ピニオン軸5が連設されている。トーションバー2aの外周側には、トルクセンサ22が配設されている。トルクセンサ22は、トーションバー2aの捩れによってステアリング軸2の軸周りに生じるステアリングホイール4側とピニオン軸5側との変位を検出することにより、ドライバの操舵操作によるドライバの操舵トルクを検出可能となっている。
一方、エンジンルーム内には、車幅方向へ延出するステアリングギヤボックス6が配設されており、このステアリングギヤボックス6にラック軸7が往復移動自在に挿通支持されている。このラック軸7に形成されたラック(図示せず)に、ピニオン軸5に形成されたピニオンが噛合されて、ラックアンドピニオン式のステアリング機構が形成されている。
また、ラック軸7の左右両端はステアリングギヤボックス6の端部から各々突出されており、その端部に、タイロッド8を介してフロントナックル9が連設されている。このフロントナックル9は、操舵輪としての左右輪10L,10Rを回動自在に支持すると共に、車体フレームに転舵自在に支持されている。ステアリングホイール4を操作し、ステアリング軸2、ピニオン軸5を回転させると、このピニオン軸5の回転によりラック軸7が左右方向へ移動し、その移動によりフロントナックル9がキングピン軸(図示せず)を中心に回動して、左右輪10L,10Rが左右方向へ転舵される。
また、ピニオン軸5に、ウォームギヤ等の減速ギヤ機構からなるアシスト伝達機構11を介して、ドライバの操舵操作に対するアシスト及び自動操舵を可能とするアクチュエータとしての電動パワーステアリングモータ(EPSモータ)12が連設されている。EPSモータ12は、例えばケースに固定されたステータとステータの内部で回転するロータとを有するDCブラシレスモータからなる電動モータであり、この電動モータのロータの回転がアシスト伝達機構11を介してラック軸7の軸方向の動きに変換される。
EPSモータ12には、ロータの回転角を検出する回転角センサ23が内蔵されている。この回転角センサ23は、例えば、ロータリエンコーダ等によって所定の零点位置からのロータの相対的な回転角を検出するセンサであり、回転角センサ23からの信号が操舵制御装置50に入力される。
尚、回転角センサ23は、例えば、イグニッションON時に、舵角センサ21による舵角とアシスト伝達機構11の減速比とに基づいての零点位置が初期設定され、通常、回転角センサ23で検出する回転角と舵角センサ21で検出するステアリングホイール4の回転角(ハンドル角)とは、同じ舵角(操舵角)として扱うことができる。
操舵制御装置50は、マイクロコンピュータを中心として構成される制御ユニットであり、モータ駆動部20を介してEPSモータ12を駆動制御する。操舵制御装置50には、舵角センサ21、トルクセンサ22、回転角センサ23、その他、車速を検出する車速センサ24、車両の鉛直軸回りの回転速度すなわちヨーレートを検出するヨーレートセンサ25等のセンサ類や図示しないスイッチ類からの信号が入力される。
また、操舵制御装置50は、車内ネットワークを形成する通信バス200に接続されている。通信バス200には、車両の外部環境を認識して走行環境情報を取得する外部環境認識装置150をはじめとして、その他、図示しないエンジン制御装置、変速機制御装置、ブレーキ制御装置等の他の制御装置が接続され、各制御装置が通信バス200を介して互いに制御情報を交換することができる。
外部環境認識装置150は、前方認識用のカメラやミリ波レーダ、側方認識用のサイドカメラや側方レーダ等の各種デバイスによる自車両周囲の物体の検出情報、路車間通信や車車間通信等のインフラ通信によって取得した交通情報、GPS衛星等からの信号に基づく自車両位置の測位情報、道路の曲率、車線幅、路肩幅等の道路形状データや、道路方位角、車線区画線の種別、レーン数等の走行制御用データを含む高精細の地図情報等により、自車両周囲の外部環境を認識する。
本実施の形態においては、外部環境認識装置150は、車載のカメラ及び画像認識装置による自車両の前方環境の認識を主として、前方認識用のカメラは、同一対象物を異なる視点から撮像する2台のカメラで構成されるステレオカメラを用いる。このステレオカメラを構成する2台のカメラは、CCDやCMOS等の撮像素子を有するシャッタ同期のカメラであり、例えば、車室内上部のフロントウィンドウ内側のルームミラー近傍に所定の基線長で配置されている。
ステレオカメラからの画像データの処理は、例えば以下のように行われる。まず、ステレオカメラで撮像した自車両の進行方向の1組のステレオ画像対に対し、対応する位置のずれ量から距離情報を有する距離画像を生成し、この距離画像の距離情報を用いて、白線等の車線区画線の認識、先行車両や対向車両等の立体物の認識処理を行う。
白線等の車線区画線の認識では、車線区画線は道路面と比較して高輝度であるという知得に基づき、道路の幅方向の輝度変化を評価して、画像平面における左右の車線区画線の位置を画像平面上で特定する。この車線区画線の実空間上の位置(x,y,z)は、画像平面上の位置(i,j)とこの位置に関して算出された視差とに基づいて、すなわち、距離情報に基づいて、周知の座標変換式より算出される。
自車両の位置を基準に設定された実空間の座標系は、本実施の形態では、例えば、図3に示すように、カメラの中央真下の道路面を原点として、車幅方向をx軸、車高方向をy軸、車長方向(距離方向)をz軸とする。このとき、x−z平面(y=0)は、道路が平坦な場合、道路面と一致する。道路モデルは、道路上の自車両の走行レーンを距離方向に複数区間に分割し、各区間における左右の車線区画線を所定に近似して連結することによって表現される。
左右車線区画線の近似処理は、例えば、車線区画線を最小自乗法によって近似する処理が採用される。具体的には、自車両の左側の車線区画線は、最小自乗法により、以下の(1)式により近似され、自車両の右側の車線区画線は、最小自乗法により、以下の(2)式により近似される。
x=AL・z2+BL・z+CL …(1)
x=AR・z2+BR・z+CR …(2)
ここで、上述の(1)式、(2)式における、「AL」と「AR」は、それぞれの曲線における曲率を示し、左側の車線区画線の曲率κLは、2・ALであり、右側の車線区画線の曲率κRは、2・ARである。従って、車線の曲率κは、以下の(3)式となる。
κ=(2・AL+2・AR)/2=AL+AR …(3)
また、(1)式、(2)式における、「BL」と「BR」は、それぞれの曲線の自車両の幅方向における傾きを示し、「CL」と「CR」は、それぞれの曲線の自車両の幅方向における位置を示す(図3参照)。
更に、外部環境認識装置150は、自車両の対車線ヨー角θyawを、以下の(4)式により算出する。
θyaw=tan-1((BL+BR)/2) …(4)
外部環境認識装置150による外部環境の認識結果は、操舵制御装置50や他の制御装置に送信される。操舵制御装置50は、自車両の自動運転やドライバの運転を支援する運転支援制御において、外部環境の認識結果から自車両が走行する目標コースを設定し、この目標コースに追従して走行するよう、EPSモータ12を駆動するモータ駆動部20を介して操舵支援制御を実行し、ドライバの操舵操作による操舵介入が検知された場合には、EPSモータ12によりドライバの操舵操作をアシストする補助トルクを出力する。
操舵制御装置50の操舵制御における目標コースは、外部環境認識装置150による外部環境の認識結果に基づいて設定される。例えば、自車両を車線に追従させて車線中央に維持する車線維持制御では、車線区画線としての左右の白線の道路幅方向の中央位置が目標コースとして設定される。操舵制御装置50は、自車両の車幅方向の中心位置を目標コースに一致させる目標操舵角を設定し、操舵制御の舵角が目標操舵角となるよう、EPSモータ12の駆動電流を制御する。尚、目標コースは、操舵制御装置50ではなく、外部環境認識装置150等の他の制御装置で設定するようにしても良い。
また、操舵制御装置50は、自車両を車線中央に維持する車線維持制御に加えて、自車両の車線から逸脱を防止する車線逸脱防止制御を実行する。具体的には、操舵制御装置50は、外部環境認識装置150からの情報及び自車両の運転状態に基づいて、自車両の対車線ヨー角が逸脱方向を向いている場合、自車両が逸脱方向の車線を跨ぐまでの車線逸脱推定時間Ttlcを算出し、車線逸脱推定時間Ttlcが自車両の車速Vと車線曲率κとによって決定される閾値Tth以下の場合、車線逸脱防止制御を開始する。
車線逸脱推定時間Ttlcは、以下の(5)式に示すように、自車両から逸脱方向の車線までの距離Lを、自車両の車速Vの対車線ヨー角θyawに応じた速度成分で除算して求めることができる。
Ttlc=L/(V・sinθyaw) …(5)
この車線逸脱防止制御においては、EPSモータ12の指示トルクには、操舵系の摩擦を補償するための摩擦補償トルクが含まれており、車線逸脱防止制御によるEPSモータ12の駆動に対して、ドライバが逸脱回避の操舵を行うと、ドライバの操舵操作で発生する操舵トルクによって摩擦補償トルクの一部又は全てが補償されることになり、EPSモータ12の指示トルクが過剰になる虞がある。
このため、操舵制御装置50は、車線逸脱防止制御に係る機能部として、図2に示すように、自車両が目標コースに沿って走行するための目標ヨーレートを算出する目標ヨーレート算出部60、目標ヨーレートを実現するための目標操舵トルクを算出する目標操舵トルク算出部70、目標操舵トルクの変化速度を主としてドライバに違和感を与えない速度に抑制するリミット処理部としてのレートリミッタ75、操舵系の摩擦を補償する摩擦補償トルクを設定する摩擦補償設定部80、摩擦補償トルクの出力先を、レートリミッタ75の前(入力側)の第1の加算処理部としての加算器74と、レートリミッタ75の後(出力側)の第2の加算処理部としての加算器76との何れか一方に切り換える摩擦補償切換部85を主要部として備えている。
詳細には、目標ヨーレート算出部60は、車線の曲率に応じた目標旋回量となるヨーレート(車線曲率旋回目標ヨーレート)γtgt_laneと、車線に対して逸脱を防止する目標旋回量となるヨーレート(逸脱防止挙動生成目標ヨーレート)γtgt_turnとを算出する。逸脱防止挙動生成目標ヨーレートγtgt_turnと車線曲率旋回目標ヨーレートγtgt_laneとは、以下の(6)式に示すように、互いに加算されて最終的な目標ヨーレートγtgtとして算出される。
γtgt=γtgt_lane+γtgt_turn …(6)
尚、ヨーレート及び曲率は、正の符号で左旋回を表し、対車線ヨー角は、正の符号で左側の車線への逸脱方向を表すものとする。また、横位置は、正の符号で車線内側を表すものとする。
詳細には、車線曲率旋回目標ヨーレートγtgt_laneは、以下の(7)式に示すように、自車両の車速Vと車線の曲率κとにより算出される。
γtgt_lane=κ・V …(7)
また、逸脱防止挙動生成目標ヨーレートγtgt_turnは、詳細には、車線逸脱防止制御の制御開始から逸脱を抑制するための挙動を自車両に発生させる逸脱抑制制御(対車線ヨー角θyaw≧0)の目標ヨーレートγtgt_turn_1と、逸脱抑制制御後に自車両の姿勢を制御終了地点まで制御する姿勢決定制御(対車線ヨー角θyaw<0)の目標ヨーレートγtgt_turn_2とに分けて算出される。これらの目標ヨーレートγtgt_turn_1,γtgt_turn_2は、自車両の対車線ヨー角及び横位置に応じて切り換えられ、逸脱防止挙動生成目標ヨーレートγtgt_turnとして出力される。
逸脱抑制制御中の目標ヨーレートγtgt_turn_1は、以下の(8)式に示すように、対車線ヨー角θyawと車線逸脱推定時間Ttlcに基づいて算出される。
γtgt_turn_1=θyaw/Ttlc …(8)
一方、姿勢決定制御中の目標ヨーレートγtgt_turn_2は、以下の(9)式に示すように、制御終了時の目標対車線ヨー角θtgt_yawと姿勢決定制御中の対車線ヨー角θyawとの偏差に所定のフィードバックゲインKyawfbを乗算した値を、目標対車線ヨー角θtgt_yawに到達するまでの目標時間Ttgtで除算して算出される。
γtgt_turn_2=−Kyawfb・(θtgt_yaw−θyaw)/Ttgt …(9)
目標操舵トルク算出部70は、フィードフォワード制御によるフィードフォワードトルクを算出するフィードフォワードトルク算出部71と、フィードバック制御によるフィードバックトルクを算出するフィードバックトルク算出部72を備えている。以下に説明するように、フィードフォワードトルクとフィードバックトルクとは合算され、目標操舵トルクとなる。
フィードフォワードトルク算出部71は、車線曲率旋回目標ヨーレートγtgt_laneを発生させるためのフィードフォワードトルクTp_ff_laneを算出し、また、逸脱防止挙動生成目標ヨーレートγtgt_turnを発生させるためのフィードフォワードトルクTp_ff_turnを算出する。
各フィードフォワードトルクTp_ff_lane,Tp_ff_turnは、例えば、ヨーレート/トルク変換ゲインのマップを予め作成しておき、マップ参照によって得られたトルク変換ゲインKyawr_to_trqを用いて算出する。
すなわち、以下の(10),(11)式に示すように、トルク変換ゲインKyawr_to_trqを、車線曲率旋回目標ヨーレートγtgt_lane、逸脱防止挙動生成目標ヨーレートγtgt_turnに乗算することにより、フィードフォワードトルクTp_ff_lane,Tp_ff_turnを算出する。
Tp_ff_lane=Kyawr_to_trq・γtgt_lane …(10)
Tp_ff_turn=Kyawr_to_trq・γtgt_turn …(11)
フィードバックトルク算出部72は、目標ヨーレートγtgtとヨーレートセンサ25で検出した自車両の実ヨーレートγとの偏差に基づくフィードバックトルクTp_fbを算出する。具体的には、フィードバックトルクTp_fbは、以下の(12)式に示すように、目標ヨーレートγtgtと実ヨーレートγとの偏差(γtgt−γ)に対するPID制御によって算出される。
Tp_fb=Kp・(γtgt−γ)+Ki・∫(γtgt−γ)dt+Kd・d(γtgt−γ)/dt…(12)
(12)式におけるPID制御の比例ゲインKp、積分ゲインKi、微分ゲインKdは、ドライバの操舵操作の有無に応じて設定される。ドライバの操舵操作がない場合(トルクセンサ22によって操舵トルクが検出されない場合)、各ゲインKp,Ki,Kdは、予め最適に設定された特性に従って設定される、
一方、トルクセンサ22によって逸脱防止方向にドライバの操舵操作が検出され、なおかつ目標ヨーレートに対し実ヨーレートがオーバーシュートしている場合(例えば、右側の車線に対して逸脱防止する際に、目標ヨーレートの値より実ヨーレートの値が大きい場合)には、各ゲインKp,Ki,Kdが零とされ、以下の(13)式に示すように、フィードバックトルクTp_fbは零となる。
Tp_fb=0 …(13)
フィードフォワードトルク算出部71からのフィードフォワードトルクTp_ff_lane,Tp_ff_turnと、フィードバックトルク算出部72からのフィードバックトルクTp_fbは、以下の(14)式に示すように互いに加算され、目標操舵トルクTpが算出される。
Tp=Tp_ff_lane+Tp_ff_turn+Tp_fb …(14)
目標操舵トルク算出部70で算出された目標操舵トルクTpには、摩擦補償設定部80で設定された摩擦補償トルクTp_fricがレートリミッタ75の前後の加算器74,76の何れかで加算される。そして、レートリミット処理及び摩擦補償処理された目標操舵トルクTpがEPSモータ12への指示トルクとなる車線逸脱防止制御トルクTp_cmdとして出力される。
摩擦補償設定部80は、ステアリングホイール4からステアリング機構を経て操舵輪に至る操舵系の摩擦を補償するための摩擦補償トルクTp_fricを設定する。この摩擦補償トルクTp_fricは、操舵系の特性に応じて実験やシミュレーション等で推定した摩擦トルクをもとに算出されるものである。
例えば、図4(a)に示すように、舵角センサ21で検出されるハンドル角θHと、トルクセンサ22で検出されるピニオン軸トルクTp_senとを軸とする座標系におけるヒステリシス幅Hwを計測し、図4(b)に示すように、ヒステリシス幅Hwをハンドル角θH−ヒステリシス幅Hwの座標系に投影する。そして、ハンドル角θHに対するヒステリシス幅Hwの特性を線形回帰して得られる特性直線の回帰係数(切片)を操舵系の摩擦トルクT_fricとして推定し、マップに格納しておく。更に、マップから得られる摩擦トルクT_fricを車両毎に学習して更新することにより、温度、経年変化、個体間のばらつき等の影響を低減してより精密な摩擦補償が可能となる。
尚、電流センサ(図示せず)で検出されるEPSモータ12の電流値と、回転角センサ23で検出されるEPSモータ12のモータ回転角と軸とする座標系におけるヒステリシス幅に基づいて、摩擦トルクT_fricを推定するようにしても良い。
摩擦補償切換部85は、車線逸脱防止制御の制御開始時におけるドライバの操舵操作によって操舵系の摩擦が補償されるか否かを判断し、摩擦補償トルクTp_fricの出力先をレートリミッタ75の前後の加算器74,76の何れか一方に切り換える。この場合、摩擦補償トルクTp_fricの出力先の切り換えは、車線逸脱防止制御における逸脱抑制制御中に行い、逸脱抑制制御後の姿勢決定制御に移行したときには、摩擦補償トルクTp_fricの出力先をレートリミッタ75の後の加算器76に固定する。
ドライバの操舵操作によって操舵系の摩擦が補償されるか否かは、制御開始時のドライバの操舵操作によるEPSモータ12のモータ回転角変化量ΔM、或いは制御開始時のドライバの操舵操作によって発生するドライバ操舵トルクTdrvによって判断する。以下では、EPSモータ12のモータ回転角方向及びドライバ操舵トルクは左旋回方向を正として説明する。
詳細には、車線逸脱防止制御の開始時に、EPSモータ12のモータ回転角変化量ΔM及び対車線ヨー角θyawを調べる。モータ回転角変化量ΔMと対車線ヨー角θyawとの正負の符号が一致しない条件(例えば正の対車線ヨー角で車線逸脱防止制御が開始されたときに、モータ回転角変化量が負でEPSモータ12が逸脱防止方向に回転している条件)が成立し、且つモータ回転角変化量(絶対値)|ΔM|が閾値MTHより大きい条件が成立する場合、ドライバの操舵操作によって操舵系の摩擦が補償されるものと判断し、これらの条件が成立しない場合には、ドライバの操舵操作によって操舵系の摩擦が補償されないと判断する。
また、ドライバの操舵操作によって発生するドライバ操舵トルクTdrvと対車線ヨー角θyawとの関係に基づいて操舵系の摩擦が補償されるか否かを判断する場合も同様である。すなわち、ドライバ操舵トルクTdrvと対車線ヨー角θyawとの正負の符号が一致しない条件(例えば正の対車線ヨー角で車線逸脱防止制御が開始されたときに、ドライバ操舵トルクTdrvが負でドライバが逸脱防止方向に操舵している条件)が成立し、且つ操舵トルク(絶対値)|Tdrv|が閾値DRVTHより大きい条件が成立する場合、ドライバの操舵操作によって操舵系の摩擦が補償されると判断し、これらの条件が成立しない場合には、ドライバの操舵操作によって操舵系の摩擦が補償されないと判断する。
摩擦補償切換部85は、ドライバの操舵操作によって操舵系の摩擦が補償されると判断した場合、摩擦補償トルクTp_fricの出力先をレートリミッタ75の前の加算器74にセットする。その結果、目標操舵トルクTpに摩擦補償トルクTp_fricを加算したトルクがレートリミッタ75でリミット処理され、EPSモータ12への指示トルクが過剰にならないように制限される。
一方、ドライバの操舵操作によって操舵系の摩擦が補償されないと判断した場合には、摩擦補償トルクTp_fricの出力先をレートリミッタ75の後の加算器76に切り換える。その結果、目標操舵トルクTpがレートリミッタ75でリミット処理された後に摩擦補償トルクTp_fricが加算され、操舵系の個体差や経年変化の影響を低減した摩擦補償が可能となる。
次に、以上の操舵制御装置50で実行される車線逸脱防止制御に係るプログラム処理について、図5〜図7のフローチャートを用いて説明する。
先ず、車線逸脱防止制御ルーチンについて、図5のフローチャートに基づいて説明する。この車線逸脱防止制御ルーチンは、車線逸脱防止制御の開始条件が成立する場合、例えば、進行方向左側の車線を逸脱防止制御対象の車線とするとき、現在の自車両の対車線ヨー角θyawがθyaw≧0で逸脱方向を向いている条件、自車両が車線を逸脱するまでの車線逸脱推定時間Ttlcが車速Vと車線曲率κとによって決定される閾値Tth以下の条件が成立する場合に開始される。
操舵制御装置50は、車線逸脱防止制御ルーチンの最初のステップS1において、センサ信号、認識情報、制御情報等を入力する入力処理を行う。例えば、操舵制御装置50は、舵角センサ21、トルクセンサ22、回転角センサ23、車速センサ24、ヨーレートセンサ25等のセンサ類や図示しないスイッチ類からの信号、外部環境認識装置150からのカメラによる認識情報、通信バス200を介した他の制御装置からの制御情報を入力する。
次に、ステップS2へ進んで目標ヨーレートγtgtを実現するための目標操舵トルクTpを算出する。この目標操舵トルクTpは、車線曲率旋回目標ヨーレートγtgt_lane、逸脱防止挙動生成目標ヨーレートγtgt_turnをトルク変換したフィードフォワードトルクTp_ff_lane,Tp_ff_turnと、目標ヨーレートγtgtと実ヨーレートγとの偏差に基づくフィードバックトルクTp_fbとを加算したトルクとなる。但し、ドライバの逸脱防止方向への操舵操作が検出され、なおかつ目標ヨーレートに対し実ヨーレートがオーバーシュートしている場合には、フィードバックトルクTp_fbは零となる。
その後、ステップS3へ進み、目標操舵トルクTpに加算する摩擦補償トルクTp_fricを算出する。摩擦補償トルクTp_fricは、例えば、前述したように予め作成したマップに格納された値をもとに算出される。
ステップS3に続くステップS4では、後述する図6或いは図7の摩擦補償切換ルーチンによる摩擦補償切換判定を実施し、摩擦補償トルクTp_fricの出力先を判定する。摩擦補償トルクTp_fricの出力先は、摩擦補償レートリミットフラグF_fric_limによって示され、F_fric_lim=1(フラグON)のとき、摩擦補償トルクTp_fricの出力先がレートリミッタ75の前の加算器74となり、F_fric_lim=0(フラグOFF)のとき、摩擦補償トルクTp_fricの出力先がレートリミッタ75の後の加算器76となることを示す。
そして、ステップS5で摩擦補償レートリミットフラグF_fric_limを参照してフラグONか否かを調べる。F_fric_lim=1でフラグONの場合、ステップS5からステップS6へ進み、加算器74を介して目標操舵トルクTpに摩擦補償トルクTp_fricを加算する摩擦補償トルク加算処理を行う。ステップS6で摩擦補償トルク加算処理を行った後は、ステップS7へ進み、摩擦補償トルクTp_fricを加算した目標操舵トルクTpを、レートリミッタ75に入力してレートリミット処理を行い、EPSモータ12を駆動するモータ駆動部20に出力する。
一方、ステップS5において、F_fric_lim=0でフラグOFFの場合には、ステップS5からステップS8へ進み、ステップS2で算出した目標操舵トルクTpをレートリミッタ75に入力してレートリミット処理を行う。ステップS8におけるレートリミット処理は、摩擦補償トルクTp_fricを加算する前の目標操舵トルクTpを、レートリミッタ75で処理することになる。
その後、ステップS8からステップS9へ進み、加算器76を介してレートリミット処理後の目標操舵トルクTpに摩擦補償トルクTp_fricを加算する摩擦補償トルク加算処理を行う。この摩擦補償トルクTp_fricで摩擦補償されたレートミット処理後のトルクがEPSモータ12を駆動するモータ駆動部20に出力される。
次に、ステップS4における摩擦補償切換ルーチンについて、図6,図7のフローチャートを用いて説明する。尚、図6のフローチャートは、モータ回転角変化に基づいて摩擦補償トルクTp_fricの出力先を判定する摩擦補償切換ルーチンを示し、図7のフローチャートは、ドライバ操舵操作に基づいて摩擦補償トルクTp_fricの出力先を判定する摩擦補償切換ルーチンを示す。
先ず、図6の摩擦補償切換ルーチンについて説明する。図6の摩擦補償切換ルーチンでは、最初のステップS11において、センサ信号、認識情報、制御情報等の入力情報を取得し、ステップS12で車線逸脱防止制御の制御開始時か否かを調べる。
車線逸脱防止制御の制御開始時の場合、ステップS12からステップS13へ進み、回転角センサ23の信号からEPSモータ12のモータ回転角変化量ΔMを算出する。そして、ステップS14でモータ回転角変化量ΔMと対車線ヨー角θyawとの正負の符号が一致せず、EPSモータ12が逸脱防止方向に回転しているか否かを調べる。
ステップS14においてモータ回転角変化量ΔMと対車線ヨー角θyawとの正負の符号が不一致の場合、ステップS14からステップS15へ進み、モータ回転角変化量(絶対値)|ΔM|が閾値MTHを超えているか否かを調べる。そして、モータ回転角変化量|ΔM|が閾値MTHを超えている場合、ステップS16で摩擦補償レートリミットフラグF_fric_limをONとする。摩擦補償レートリミットフラグF_fric_limのONにより、目標操舵トルクTpに摩擦補償トルクTp_fricが加算された後にレートリミット処理され、EPSモータ12への指示トルクが過剰にならないように制限される。
一方、ステップS14においてモータ回転角変化量ΔMと対車線ヨー角θyawとの正負の符号が一致する場合、或いはステップS15において、モータ回転角変化量の絶対値|ΔM|が閾値MTH以下の場合には、ステップS14或いはステップS15からステップS19に進み、摩擦補償レートリミットフラグF_fric_limをOFFにする。この摩擦補償レートリミットフラグF_fric_limのONにより、目標操舵トルクTpがレートリミッタ75でリミット処理された後に摩擦補償トルクTp_fricが加算され、操舵系の個体差や経年変化の影響を低減した摩擦補償が可能となる。
その後、次の制御周期のステップS12で制御開始時ではないと判定されたとき、ステップS12からステップS17へ進み、車線逸脱防止制御における初期の逸脱抑制制御から姿勢決定制御に移行したか否かを調べる。そして、未だ姿勢決定制御に切り換わっていない場合には、ステップS17からステップS18に進んで、摩擦補償レートリミットフラグF_fric_limを前回値に保持し、姿勢決定制御に切り換わった場合、ステップS17からステップS19に進んで、摩擦補償レートリミットフラグF_fric_limをOFFにする。
図7のドライバ操舵操作に基づく摩擦補償切換ルーチンも同様であり、図6のステップS11,S12と同様のステップS21,S22を経て車線逸脱制御の開始時にステップS23へ進み、トルクセンサ22によって検出したドライバ操舵トルクTdrvと対車線ヨー角θyawとの正負の符号が不一致か否か、すなわちドライバが逸脱防止方向に操舵しているか否かを調べる。
そして、ステップS23において、ドライバ操舵トルクTdrvと対車線ヨー角θyawとの正負の符号が不一致の場合には、ステップS23からステップS24へ進んでドライバ操舵トルク(絶対値)|Tdrv|が閾値DRVTHを超えているか否かを調べる。ステップS24で|TDRV|が閾値DRVTHを超えている場合、ステップS25で摩擦補償レートリミットフラグF_fric_limをONにする。
一方、ステップS23においてドライバ操舵トルクTdrvと対車線ヨー角θyawとの正負の符号が一致する場合、或いはステップS24においてドライバ操舵トルク(絶対値)|Tdrv|が閾値DRVTH以下の場合には、ステップS28で摩擦補償レートリミットフラグF_fric_limをOFFにする。
その後、次の制御周期のステップS22で制御開始時ではないと判定されたとき、ステップS22からステップS26へ進んで姿勢決定制御に移行したか否かを調べる。そして、姿勢決定制御に切り換わっていない場合には、ステップS27で摩擦補償レートリミットフラグF_fric_limを前回値に保持し、姿勢決定制御に切り換わった場合、ステップS28で摩擦補償レートリミットフラグF_fric_limをOFFにする。
このように本実施の形態においては、車線逸脱防止制御を開始する際に、ドライバの操舵操作によって操舵系の摩擦が補償されるか否かを判断し、その判断結果に応じて、目標操舵トルクに摩擦補償トルクを加算した後にレートリミット処理するか、目標操舵トルクをレートリミット処理した後に摩擦補償トルクを加算するかを切り換えるため、ドライバの操舵操作によってEPSモータ12への指示トルクが過剰となることがない。これにより、ドライバの操舵操作に応じて操舵系の摩擦を適正に補償することができ、ドライバに違和感を与えることなく車線逸脱を防止することができる。