以下、本発明の実施形態について説明する。
本実施形態に係る軟磁性圧粉磁心の製造方法は、少なくとも軟磁性合金からなる軟磁性粉末を得る工程および前記軟磁性粉末を成形する工程を有する。
軟磁性合金は、Feを主成分とする軟磁性合金である。「Feを主成分とする」とは、具体的には、軟磁性合金全体に占めるFeの含有量が65原子%以上である軟磁性合金を指す。
本実施形態に係る軟磁性合金の組成は、Feを主成分とする点以外には特に制限はない。Fe−Si−M1−B−Cu−C系の軟磁性合金やFe−M2−B−C系の軟磁性合金が例示されるが、その他の軟磁性合金でもよい。
なお、以下の記載では、軟磁性合金の各元素の含有率について、特に母数の記載が無い場合は、軟磁性合金全体を100原子%とする。
Fe−Si−M1−B−Cu−C系の軟磁性合金を用いる場合には、Fe−Si−M1−B−Cu−C系の軟磁性合金の組成をFeaCubM1cSidBeCfと表す場合に、以下の式を満たすことが好ましい。以下の式を満たすことにより、後述するFe含有量の極大点の数が多くなる傾向にあり、好ましいFe組成ネットワーク相を得ることが容易になる傾向にある。さらに、保磁力が低く透磁率が高い軟磁性合金を得ることが容易になる傾向にある。なお、下記組成からなる軟磁性合金は原材料が比較的安価となる。本願におけるFe−Si−M1−B−Cu−C系の軟磁性合金には、f=0、すなわち、Cを含有しない軟磁性合金も含まれるものとする。
a+b+c+d+e+f=100
0.1≦b≦3.0
1.0≦c≦10.0
4.0≦d≦17.5
7.0≦e≦13.0
0.0≦f≦4.0
Cuの含有量(b)は、0.1〜3.0原子%であることが好ましく、0.5〜1.5原子%であることがより好ましい。また、Cuの含有量が少ないほど、後述する単ロール法により軟磁性合金からなる薄帯を作製し易くなる傾向にある。
M1は遷移金属元素およびPから選択される1種以上である。好ましくは、Nb,Ti,Zr,Hf,V,Ta,Mo,P,Crからなる群から選択される1種以上である。また、さらに好ましくは、M1としてNbおよび/またはPを含有する。
M1の含有量(c)は、1.0〜10.0原子%であることが好ましく、3.0〜4.0原子%であることがより好ましい。
Siの含有量(d)は、4.0〜17.5原子%であることが好ましく、4.0〜13.5原子%であることがより好ましい。
Bの含有量(e)は、7.0〜13.0原子%であることが好ましく、8.0〜9.0原子%であることがより好ましい。
Cの含有量(f)は、0.0〜4.0原子%であることが好ましい。Cを添加することで非晶質性が向上する。Cを添加しない場合には耐酸化性が優れる。
なお、Feは、いわば本実施形態にかかるFe−Si−M1−B−Cu−C系の軟磁性合金の残部である。
また、Fe−M2−B−C系の軟磁性合金を用いる場合には、Fe−M2−B−C系の軟磁性合金の組成をFeαM2βBγCΩと表す場合に、以下の式を満たすことが好ましい。以下の式を満たすことにより、後述するFe含有量の極大点の数が多くなる傾向にあり、好ましいFe組成ネットワーク相を得ることが容易になる傾向にある。さらに、保磁力が低く透磁率が高い軟磁性合金を得ることが容易になる傾向にある。なお、下記組成からなる軟磁性合金は原材料が比較的安価となる。本願におけるFe−M2−B−C系の軟磁性合金には、Ω=0、すなわち、Cを含有しない軟磁性合金も含まれるものとする。
α+β+γ+Ω=100
1.0≦β≦14.1
2.0≦γ≦20.0
0.0≦Ω≦4.0
M2は遷移金属元素またはPである。好ましくは、Nb,Cu,Zr,Hf,P,Crからなる群から選択される1種以上である。さらに好ましくは、Nb,Cu,Pからなる群から選択される1種以上である。
M2の含有量(β)は、1.0〜14.1原子%であることが好ましく、7.0〜8.7原子%であることがさらに好ましい。
また、M2に含まれるCuの含有量は、軟磁性合金全体を100原子%として0.0〜0.7原子%であることが好ましい。
Bの含有量(γ)は、2.0〜20.0原子%であることが好ましく、4.5〜18.0原子%であることがより好ましく、8.0〜9.0原子%であることがさらに好ましい。Bの含有量が小さいほど非晶質性が低下する傾向にある。Bの含有量が大きいほど後述する極大点の数が減少する傾向にある。
Cの含有量(Ω)は、0.0〜4.0原子%であることが好ましい。Cを添加することにより非晶質性が向上する傾向にある。Cの含有量が大きいほど後述する極大点の数が減少する傾向にある。また、Cを添加しない場合には耐酸化性が優れる。
ここで、本実施形態に係る軟磁性合金が有するFe組成ネットワーク相について説明する。
Fe組成ネットワーク相とは、軟磁性合金の平均組成よりもFeの含有量が0.1at%以上、高い相のことである。本実施形態に係る軟磁性合金のFe濃度分布を3次元アトムプローブ(以下、3DAPと表記する場合がある)を用いて厚み5nmで観察すると図1のようにFe含有量が高い部分がネットワーク状に分布している状態が観察できる。当該分布を三次元化した模式図が図2である。
従来のFe含有軟磁性合金は複数のFe含有量が高い部分がそれぞれ球体形状または略球体形状をなし、Fe含有量が低い部分を介してバラバラに存在していた。本実施形態に係る軟磁性合金は、図2のようにFe含有量が高い部分がネットワーク状に繋がって分布していることに特徴がある。
Fe組成ネットワーク相の態様は、Fe組成ネットワーク相の極大点の数および極大点の配位数を測定することにより定量化することができる。
Fe組成ネットワーク相の極大点とは、Fe含有量が前記軟磁性合金の平均組成よりも2.0at%以上高く、かつ、Fe含有量が周囲よりも0.1at%以上高くなる点のことである。また、極大点の配位数とは、一つの極大点がFe組成ネットワーク相を通じて繋がっている他の極大点の数のことである。
以下、本実施形態におけるFe組成ネットワーク相の解析手順について図面を用いて説明することにより、極大点,極大点の配位数およびそれらの算出方法について説明する。
まず、1辺の長さが40nmの立方体を測定範囲とし、当該立方体を1辺の長さが1nmの立方体形状のグリッドごとに分割する。すなわち、一つの測定範囲にグリッドが40×40×40=64000個存在する。
次に、各グリッドに含まれるFe含有量を評価する。そして、全てのグリッドにおけるFe含有量の平均値(以下、閾値と表記することがある)を算出する。当該Fe含有量の平均値は、各軟磁性合金の平均組成から算出される値と実質的に同等な値となる。
次に、Fe含有量が閾値よりも2.0at%以上高いグリッドであり、かつ、全ての隣接グリッドよりもFe含有量が0.1at%以上高いグリッドを極大点とする。図3には極大点を探索する工程を示すモデルを示す。各グリッド10の内部に記載した数字が各グリッドに含まれるFe含有量を表す。隣接する全ての隣接グリッド10bのFe含有量以上のFe含有量であるグリッドを極大点10aとする。なお、極大点10aはFe含有量が閾値よりも2.0at%以上高い。
また、図3には、1個の極大点10aに対して8個の隣接グリッド10bが記載されているが、実際には、図3の極大点10aの手前および奥にも隣接グリッド10bが9個ずつ存在する。すなわち、1つの極大点10aに対して隣接グリッド10bが26個存在する。
また、測定範囲の端部に位置するグリッド10については、測定範囲の外側についてFe含有量0のグリッドが存在するとみなす。
次に、図4に示すように、測定範囲に含まれる全極大点10a間を結ぶ線分を生成する。線分を結ぶ際には、各グリッドの中心と中心とを結ぶ。なお、図4〜図7においては、説明の便宜上、極大点10aを丸印で表記する。丸印の内部に記載された数字はFe含有量の例示である。
次に、図5に示すように、閾値よりも0.1at%以上高いFe含有量である領域(=Fe組成ネットワーク相)20aおよび閾値以下のFe含有量である領域20bを区分けする。そして、図6に示すように、領域20bを通過する線分を削除する。
次に、図7に示すように、線分が三角形を構成する部分であって当該三角形の内側に領域20bがない場合には、当該三角形を構成する三本の線分のうち、最も長い線分を一本削除する。最後に、極大点同士が隣接するグリッドにある場合について、その極大点同士を結ぶ線分を削除する。
そして、各極大点10aから伸びる線分の数を各極大点10aの配位数とする。例えば、図7の場合には、Fe含有量が50である極大点10a1は配位数4、Fe含有量が41である極大点10a2は配位数2となる。
また、40nm×40nm×40nmの測定範囲内の最表面に存在するグリットが極大点を示す場合、当該極大点は、後述する配位数が特定の範囲内である極大点の割合の計算から除外する。
なお、配位数が0の極大点、および、配位数が0の極大点の周囲に存在している閾値よりも0.1at%以上高いFe含有量である領域もFe組成ネットワーク相に含まれるとする。
以上に示す測定は、それぞれ異なる測定範囲で数回行うことで、算出される結果の精度を十分に高いものとすることができる。好ましくは、それぞれ異なる測定範囲で3回以上、測定を行う。
本実施形態に係る軟磁性合金が有するFe組成ネットワーク相は、Fe含有量が閾値よりも2.0at%以上高く、かつ、周囲よりも0.1at%以上高くなるFe含有量の極大点を50万個/μm3以上150万個/μm3以下有し、前記Fe含有量の極大点全体に占める配位数が1以上5以下である極大点の割合が80%以上100%以下である。なお、極大点の個数の分母は測定範囲全体の体積であり、閾値よりも0.1at%以上高いFe含有量である領域20aの体積および閾値以下のFe含有量である領域20bの体積の合計である。
本実施形態に係る軟磁性合金は、極大点の数および配位数が1以上5以下である極大点の割合が上記の範囲内であるFe組成ネットワーク相を有することにより、保磁力が低く透磁率が高く、特に高周波での軟磁性特性に優れた軟磁性合金を得ることができる。
好ましくは、前記Fe含有量の極大点全体に占める配位数が2以上4以下である極大点の割合が70%以上90%以下である。
さらに、前記軟磁性合金全体に占める前記Fe組成ネットワーク相の体積割合(閾値よりも0.1at%以上高いFe含有量である領域20aおよび閾値以下のFe含有量である領域20bの合計に占める閾値よりも0.1at%以上高いFe含有量である領域20aの体積割合)が25vol%以上50vol%以下であることが好ましく、30vol%以上40vol%以下であることがさらに好ましい。
Fe−Si−M1−B−Cu−C系の軟磁性合金の場合とFe−M2−B−C系の軟磁性合金の場合とを比較すると、極大点の数はFe−M2−B−C系の軟磁性合金の場合の方が高い傾向にある。また、配位数もFe−M2−B−C系の軟磁性合金の場合の方が多い傾向にある。Fe−Si−M1−B−Cu−C系の軟磁性合金とFe−M2−B−C系の軟磁性合金とで配位数と極大点数割合との関係を示す概略図が図9である。
そして、Fe−Si−M1−B−Cu−C系の軟磁性合金の場合とFe−M2−B−C系の軟磁性合金の場合とを比較すると、保磁力はFe−Si−M1−B−Cu−C系の軟磁性合金の方が低い傾向にある。
本実施形態に係る軟磁性合金からなる軟磁性粉末の製造方法には特に限定はない。例えば単ロール法により本実施形態に係る軟磁性合金薄帯を製造し、当該軟磁性合金薄帯を粉砕する方法がある。
単ロール法では、まず、軟磁性合金薄帯に含まれる各金属元素の純金属を準備し、単ロール法により得られる軟磁性合金薄帯と同組成となるように秤量する。そして、各金属元素の純金属を溶解し、混合して母合金を作製する。なお、前記純金属の溶解方法には特に制限はないが、例えばチャンバー内で真空引きした後に高周波加熱にて溶解させる方法がある。なお、母合金と最終的に得られる軟磁性合金薄帯とは通常、同組成となる。
次に、作製した母合金を加熱して溶融させ、溶融金属(浴湯)を得る。溶融金属の温度には特に制限はないが、例えば1200〜1500℃とすることができる。
単ロール法に用いられる装置の模式図を図8に示す。本実施形態に係る単ロール法においては、チャンバー35内部において、ノズル31から溶融金属32を矢印の方向に回転しているロール33へ噴射し供給することでロール33の回転方向へ薄帯34が製造される。なお、本実施形態ではロール33の材質には特に制限はない。例えばCuからなるロールが用いられる。
単ロール法においては、主にロール33の回転速度を調整することで得られる薄帯の厚さを調整することができるが、例えばノズル31とロール33との間隔や溶融金属の温度などを調整することでも得られる薄帯の厚さを調整することができる。薄帯の厚さには特に制限はないが、例えば15〜30μmとすることができる。
後述する熱処理前の時点では、薄帯は非晶質であることが好ましい。非晶質である薄帯に対して後述する熱処理を施すことにより、上記の好ましいFe組成ネットワーク相を得ることができる。
なお、熱処理前の軟磁性合金の薄帯が非晶質か否かを確認する方法には特に制限はない。ここで、薄帯が非晶質であるとは、薄帯に結晶が含まれていないということである。例えば、粒径0.01〜10μm程度の結晶の有無については、通常のX線回折測定により確認することができる。また、上記の非晶質中に結晶が存在するが結晶の体積割合が小さい場合には、通常のX線回折測定では結晶がないと判断されてしまう。この場合の結晶の有無については、例えば、イオンミリングにより薄片化した試料に対して、透過電子顕微鏡を用いて、制限視野回折像、ナノビーム回折像、明視野像または高分解能像を得ることで確認できる。制限視野回折像またはナノビーム回折像を用いる場合、回析パターンにおいて非晶質の場合にはリング状の回折が形成されるのに対し、非晶質ではない場合には結晶構造に起因した回折斑点が形成される。また、明視野像または高分解能像を用いる場合には、倍率1.00×105〜3.00×105倍で目視にて観察することで結晶の有無を確認できる。なお、本明細書では、通常のX線回折測定により結晶が有ることが確認できる場合には「結晶が有る」とし、通常のX線回折測定では結晶が有ることが確認できないが、イオンミリングにより薄片化した試料に対して、透過電子顕微鏡を用いて、制限視野回折像、ナノビーム回折像、明視野像または高分解能像を得ることで結晶が有ることが確認できる場合には、「微結晶が有る」とする。
ここで、本発明者らは、ロール33の温度およびチャンバー35内部の蒸気圧を適切に制御することで、熱処理前の軟磁性合金の薄帯を非晶質にしやすくなり、熱処理後に好ましいFe組成ネットワーク相を得られやすくなることを見出した。具体的には、ロール33の温度を50〜70℃、好ましくは70℃とし、露点調整を行ったArガスを用いてチャンバー35内部の蒸気圧を11hPa以下、好ましくは4hPa以下とすることにより、軟磁性合金の薄帯を非晶質にしやすくなることを見出した。
従来、単ロール法においては、冷却速度を向上させ、溶融金属32を急冷させることが好ましいと考えられており、溶融金属32とロール33との温度差を広げることで冷却速度を向上させることが好ましいと考えられていた。そのため、ロール33の温度は通常、5〜30℃程度とすることが好ましいと考えられていた。しかし、本発明者らは、ロール33の温度を50〜70℃と従来の単ロール法より高温にし、さらにチャンバー35内部の蒸気圧を11hPa以下とすることで、溶融金属32が均等に冷却され、得られる軟磁性合金の熱処理前の薄帯を均一な非晶質にしやすくなることを見出した。なお、チャンバー内部の蒸気圧の下限は特に存在しない。露点調整したアルゴンを充填して蒸気圧を1hPa以下にしてもよく、真空に近い状態として蒸気圧を1hPa以下にしてもよい。また、蒸気圧が高くなると熱処理前の薄帯を非晶質にしにくくなり、非晶質になっても、後述する熱処理後に上記の好ましいFe組成ネットワーク相を得にくくなる。
得られた薄帯34を熱処理することで上記の好ましいFe組成ネットワーク相を得ることができる。この際に薄帯34が完全な非晶質であると上記の好ましいFe組成ネットワーク相を得やすくなる。
熱処理条件には特に制限はない。軟磁性合金の組成により好ましい熱処理条件は異なる。通常、好ましい熱処理温度は概ね500〜600℃、好ましい熱処理時間は概ね0.5〜10時間となる。しかし、組成によっては上記の範囲を外れたところに好ましい熱処理温度および熱処理時間が存在する場合もある。
次に、得られた軟磁性合金を粉砕して軟磁性粉末を得る粉砕工程について説明するが、粉砕工程は任意の方法にて行うことができる。
粉砕工程は、例えば、粒径が数百μm〜数mm程度になるまで粉砕する粗粉砕工程と、粒径が数μm程度になるまで微粉砕する微粉砕工程との二段階で行うことができる。しかし、微粉砕工程の一段階で行ってもよい。
粗粉砕工程では、軟磁性合金を各々粒径が数百μm〜数mm程度になるまで粗粉砕する。これにより、軟磁性合金の粗粉砕粉末を得る。粗粉砕は任意の方法で行うことができる。例えば、軟磁性合金に水素を吸蔵させた後、異なる相間の水素吸蔵量の相違に基づいて水素を放出させ、脱水素を行なうことで自己崩壊的な粉砕を生じさせる(水素吸蔵粉砕)ことによって行うことができる。
なお、粗粉砕工程は、上記のように水素吸蔵粉砕を用いる方法の他に、不活性ガス雰囲気中にて、スタンプミル、ジョークラッシャー、ブラウンミル等の粗粉砕機を用いて行う方法で行ってもよい。
軟磁性合金を粗粉砕した後、得られた軟磁性合金の粗粉砕粉末を平均粒径が数μm程度になるまで微粉砕する。これにより、軟磁性粉末を得る。粗粉砕した粉末を更に微粉砕することで、平均粒径が0.5μm以上300μm以下の微粉砕粉末を得てもよい。
微粉砕工程は、粉砕時間等の条件を適宜調整しながら、ジェットミル、ビーズミル等の微粉砕機を用いて実施される。ジェットミルは、高圧の不活性ガス(たとえば、N2 ガス)を狭いノズルより開放して高速のガス流を発生させ、この高速のガス流により軟磁性合金の粗粉砕粉末を加速して軟磁性合金の粗粉砕粉末同士の衝突やターゲットまたは容器壁との衝突を発生させて粉砕する乾式粉砕法である。
特に、細かい粒径の軟磁性粉末をジェットミルを用いて得ようとする場合、粉砕された粉末表面が非常に活性であるため、粉砕された軟磁性粉末同士の再凝集や、容器壁への付着が起こりやすく、収率が低くなる傾向がある。そのため、軟磁性合金の粗粉砕粉末を微粉砕する際には、ステアリン酸亜鉛、オレイン酸アミド等の粉砕助剤を添加して、軟磁性粉末同士の再凝集や、容器壁への付着を防ぐことで、高い収率で軟磁性粉末を得ることができる。また、このように粉砕助剤を添加することにより、成形に使った時に配向しやすい微粉砕粉末を得ることも可能となる。粉砕助剤の添加量は、微粉砕粉末の粒径や添加する粉砕助剤の種類によっても変わるが、微粉砕粉末に対して質量%で0.1%〜1%程度としてもよい。
ジェットミルのような乾式粉砕法以外の手法として、湿式粉砕法がある。湿式粉砕法としては、例えば小径のビーズを用いて高速撹拌させるビーズミルを使用できる。また、ジェットミルで乾式粉砕したのち、さらにビーズミルで湿式粉砕を行う多段粉砕を行ってもよい。
また、本実施形態に係る軟磁性合金からなる軟磁性粉末を得る方法として、上記した単ロール法以外にも、例えば水アトマイズ法またはガスアトマイズ法により本実施形態に係る軟磁性合金の粉体を得て、当該粉体を必要に応じて粉砕する方法がある。以下、ガスアトマイズ法について説明する。
ガスアトマイズ法では、上記した単ロール法と同様にして1200〜1500℃の溶融合金を得る。その後、前記溶融合金をチャンバー内で噴射させ、粉体を作製する。
このとき、ガス噴射温度を50〜100℃とし、チャンバー内の蒸気圧4hPa以下とすることで、最終的に上記の好ましいFe組成ネットワーク相を得やすくなる。
ガスアトマイズ法で粉体を作製した後に、500〜650℃で0.5〜10分、熱処理を行うことで、各粉体同士が焼結し粉体が粗大化することを防ぎつつ元素の拡散を促し、熱力学的平衡状態に短時間で到達させることができ、歪や応力を除去することができ、Fe組成ネットワーク相を得やすくなる。そして、特に高周波領域において良好な軟磁性特性を有する軟磁性粉末を得ることができる。
また、熱処理後の粉体をそのまま軟磁性粉末としてもよく、熱処理後の粉体を必要に応じて粗粉砕および/または微粉砕して軟磁性粉末としてもよい。
以上の方法により軟磁性粉末を得ることができる。なお、粉砕前の軟磁性合金がFe組成ネットワーク相を有する場合には、粉砕後の軟磁性粉末も粉砕前の軟磁性合金と同様のFe組成ネットワーク相を有する。
以下、得られた軟磁性粉末を成形する工程について説明する。
上記のFe組成ネットワーク相を有する軟磁性粉末は、Fe組成ネットワーク相が比較的柔らかいため、変形しやすい。したがって、Fe組成ネットワーク相を有する軟磁性粉末を金型に充填した後に、加熱しながら高圧で成形する方法により、高密度かつ低保磁力な圧粉磁心を得ることができる。
まず、Fe組成ネットワーク相を有する軟磁性粉末を金型に充填する前に、バインダおよび添加剤を軟磁性粉末と混合する。
軟磁性粉末から磁心を得る方法としては、例えば、適宜バインダおよび添加剤と混合した後、金型を用いて成形する方法が挙げられる。また、バインダおよび添加剤と混合する前に、軟磁性粉末表面に酸化処理や絶縁被膜等を施してもよい。比抵抗が向上し、より高周波帯域に適合した軟磁性圧粉磁心を得ることができる。
バインダの種類は任意である。例えばシリコーン樹脂を用いることができる。軟磁性粉末とバインダとの混合比率は任意である。例えば軟磁性粉末100質量%に対し、1〜10質量%のバインダを混合させる。
添加剤の種類は任意である。後述する成形中の加熱温度(成形温度)に応じて適切な軟化点である添加剤を用いることが好ましい。添加剤としては、例えばガラス、酸化物などを用いることができる。ガラスとしては、例えばリン酸系ガラス、ビスマス系ガラス、ホウケイ酸系ガラス、バナジン酸系ガラスなどを用いることができる。酸化物としては、例えば酸化ビスマス、酸化バナジウムなどを用いることができる。軟磁性粉末と添加剤との混合比率は任意である。例えば軟磁性粉末100質量%に対し、0.05〜20質量%の添加剤を混合させる。
本実施形態に係る軟磁性圧粉磁心の製造方法では、成形時に所定の範囲内の高温および高圧で圧縮成形することが重要である。軟磁性粉末が前述のFe組成ネットワーク相を有する場合には、従来の軟磁性粉末と比較して変形し易い。そのため、前述のFe組成ネットワーク相を有する軟磁性粉末にバインダおよび添加剤を添加して高温および高圧で圧縮成形する場合には、従来の軟磁性圧粉磁心と比較して、より高密度かつ良好な磁気特性を有する軟磁性圧粉磁心を製造することができる。なお、ここでの高密度とは、具体的には相対密度0.90以上を指す。さらに好ましくは相対密度0.95以上である。また、相対密度は理論密度に対する実際の密度の割合であり、理論密度は軟磁性粉末に対してアルキメデス法を用いて算出される。
具体的には、成形温度を400℃以上700℃以下、成形圧力を400MPa以上2000MPa以下とする。成形温度が400℃未満である場合には低相対密度となる。成形温度が700℃超である場合には、高保磁力となる。また、成形圧力が400MPa未満である場合には低相対密度となる。成形圧力が2000MPa超である場合には高保磁力となる。
また、成形温度は、前述した添加剤の軟化点より10℃以上100℃以下、高い温度とすることが好ましい。言いかえれば、成形温度より10℃から100℃低い軟化点を有する添加剤を選択することが好ましい。
軟磁性粉末を成形する工程と同時に、または成形後の軟磁性圧粉磁心に対して、磁界を印加することができる。印加する磁界の大きさは任意である。
なお、本実施形態に係る軟磁性圧粉磁心は任意の形状とすることができる。例えば、図10に示すトロイダル形状とすることができる。また、軟磁性圧粉磁心の大きさにも特に制限はない。
さらに、上記の軟磁性圧粉磁心に対し、歪取りのためにさらに熱処理を行ってもよい。歪取りを行うことで、コアロスが低下し、有用性が高まる。
また、上記の軟磁性圧粉磁心に巻線を施すことでインダクタンス部品が得られる。巻線の施し方およびインダクタンス部品の製造方法には特に制限はない。例えば、上記の方法で製造した磁心に巻線を少なくとも1ターン以上巻き回す方法が挙げられる。
さらに、巻線コイルと軟磁性粉末とを金型に入れた状態で成形し一体化することでインダクタンス部品を製造してもよい。この場合には高周波かつ大電流に対応したインダクタンス部品を得やすい。
ここで、軟磁性粉末を用いてインダクタンス部品を製造する場合には、最大粒径が篩径で45μm以下、中心粒径(D50)が30μm以下の軟磁性粉末を用いることが、優れたQ特性を得る上で好ましい。最大粒径を篩径で45μm以下とするために、目開き45μmの篩を用い、篩を通過する軟磁性粉末のみを用いてもよい。
最大粒径が大きな軟磁性粉末を用いるほど高周波領域でのQ値が低下する傾向があり、特に最大粒径が篩径で45μmを超える軟磁性粉末を用いる場合には、高周波領域でのQ値が大きく低下する場合がある。ただし、高周波領域でのQ値を重視しない場合には、バラツキの大きな軟磁性粉末を使用可能である。バラツキの大きな軟磁性粉末は比較的安価で製造できるため、バラツキの大きな軟磁性粉末を用いる場合には、コストを低減することが可能である。
本実施形態に係る圧粉磁心の用途には特に制限はない。例えば、インダクタ用、特にパワーインダクタ用の磁心として好適に用いることができる。
以下、実施例に基づき本発明を具体的に説明する。
(単ロール法)
下表1の組成の母合金が得られるように純金属材料をそれぞれ秤量した。そして、チャンバー内で真空引きした後、高周波加熱にて溶解し母合金を作製した。
その後、作製した母合金を加熱して溶融させ、1300℃の溶融状態の金属とした後に、規定ロール温度及び規定蒸気圧下で単ロール法により前記金属をロールに噴射させ、薄帯を作成した。また、ロールの回転数を適切に調整することで得られる薄帯の厚さを20μmとした。次に、作製した各薄帯に対して熱処理を行い、単板状の試料を得た。
本実施例では、表1に示すようにロールの温度、蒸気圧および熱処理条件を変化させて各試料を作製した。露点調整を行ったArガスを用いることで蒸気圧を調整した。
また、熱処理前の各軟磁性合金薄帯に対してX線回折測定を行い、結晶の有無を確認した。さらに、透過電子顕微鏡を用いて制限視野回折像および30万倍で明視野像を観察し微結晶の有無を確認した。そして、各実施例および比較例の薄帯が結晶および微結晶が存在しない非晶質であるか、結晶または微結晶が存在しているか、を確認した。結果を表1に示す。
次に、軟磁性合金薄帯について表1に示す条件で熱処理を行った。
さらに、熱処理後の各軟磁性合金薄帯について3DAP(3次元アトムプローブ)を用いて、Fe含有量の極大点の個数、配位数が1以上5以下である極大点の割合、配位数が2以上4以下である極大点の割合および試料全体に対するFeネットワーク相の含有割合について測定した。結果を表1に示す。
<粉砕工程>
表1に記載した各軟磁性合金薄帯を粉砕して軟磁性粉末を得た。各軟磁性合金薄帯に対して室温で1時間、水素ガスをフローさせて水素を吸蔵させた。次いで雰囲気をArガスに切り替え、400℃から600℃で1時間、脱水素処理を行い、原料合金を水素粉砕した。さらに、冷却後にふるいを用いて425μm以下の粒度の粉末とした。なお、水素粉砕から後述する成形工程までは、常に酸素濃度200ppm未満の低酸素雰囲気とした。
次いで、水素粉砕後の粉末に対し、質量比で0.1%のオレイン酸アミドを粉砕助剤として添加し、混合した。
次いで、衝突板式のジェットミル装置を用いて窒素気流中で微粉砕し、平均粒径が20〜30μmである軟磁性粉末を得た。なお、前記平均粒径は、レーザ回折式の粒度分布計で測定した平均粒径D50である。
各軟磁性粉末に対してX線回折測定を行い、結晶の有無を確認した。さらに、透過電子顕微鏡を用いて制限視野回折像および30万倍で明視野像を観察し微結晶の有無を確認した。さらに、3DAP(3次元アトムプローブ)を用いて、Fe含有量の極大点の個数、配位数が1以上5以下である極大点の割合、配位数が2以上4以下である極大点の割合および試料全体に対するFeネットワーク相の含有割合について測定した。軟磁性粉末においても、表1に示す粉砕前の軟磁性合金薄帯と同様の試験結果となった。
<成形工程>
得られた軟磁性粉末とシリコーン樹脂および添加剤とを混合し、ニーダーを用いて混練した。シリコーン樹脂としては東レ製SR2414を用いた。添加剤としては下表2に示す種類のものを用いた。リン酸系ガラスは軟化点350℃のものを用いた。ビスマス系ガラスは軟化点480℃のものを用いた。ホウケイ酸ガラスは軟化点550℃のものを用いた。また、軟磁性粉末、シリコーン樹脂および添加剤の合計を100wt%として、シリコーン樹脂の含有量は1.2wt%、添加剤の含有量は0.5wt%となるようにした。
次に、上記の混練により得られた圧粉磁心前駆体に対して金型を用いて下表2に示す成形圧力および成形温度で成形を行い、ディスク形状(寸法=直径10.0mm×厚さ4.0mm)の圧粉磁心を作製した。そして、作製した圧粉磁心の保磁力、比抵抗および相対密度を測定した。結果を下表2に示す。
保磁力の測定は、圧粉磁心に対してHcメーター(東北特殊鋼株式会社製 K−Hc1000型)を用いて測定した。結果を下表2に示す。なお、保磁力は低いほど好ましい。
比抵抗の測定は、圧粉磁心の両面に、In−Ga電極を塗り、直流抵抗値を測定することで行った(単位:Ωm)。測定は、IRメーター(TOA Electoronics社製SUPER MEGOHMMETER MODEL SM−5E)を用いて行った。本実施例では1000Ωm以上である場合を良好とした。下表2では、比抵抗が1000Ωm以上である場合を○、1000Ωm未満である場合を×とした。
相対密度の測定は、圧粉磁心の寸法および重量から圧粉磁心の密度を算出し、理論密度に対する圧粉磁心の密度を相対密度とした。本実施例では、相対密度は0.90(90%)以上を良好とした。結果を下表2に示す。
表1および表2より、軟磁性合金薄帯が所定のFe組成ネットワーク構造を有し、かつ、成形工程が所定の範囲内の成形圧力および成形温度にて行われた各実施例は比抵抗および相対密度が良好な値を示した。
試料No.2は軟磁性合金薄帯が所定のFe組成ネットワーク構造を有さない点以外は試料No.2と同条件である試料No.1と比較して保磁力が低下した。
試料No.3〜8はチャンバー内の蒸気圧および熱処理時間を変化させることでFe組成ネットワーク構造の状態を変化させた点以外は同条件で実施した実施例および比較例である。所定のFe組成ネットワーク構造を有する試料No.4〜8は所定のFe組成ネットワーク構造を有さない試料No.3と比較して保磁力が低下した。
試料No.9〜13および13aは成形圧力および成形温度を変化させた点以外は同条件で実施した実施例および比較例である。試料No.9および13aのように、軟磁性合金薄帯が所定のFe組成ネットワーク構造を有していても、成形圧力および成形温度が所定の範囲外である場合には保磁力、比抵抗および相対密度のうちのいずれかが悪化した。
試料No.15は軟磁性合金薄帯が所定のFe組成ネットワーク構造を有さない点以外は試料No.15と同条件である試料No.14と比較して保磁力が低下した。さらに、試料No.15aおよび15bのように、軟磁性合金薄帯が所定のFe組成ネットワーク構造を有していても、成形圧力および成形温度が所定の範囲外である場合には保磁力、比抵抗および相対密度のうちのいずれかが悪化した。
試料No.17は軟磁性合金薄帯が所定のFe組成ネットワーク構造を有さない点以外は試料No.17と同条件である試料No.16と比較して保磁力が低下した。さらに、試料No.17aおよび17bのように、軟磁性合金薄帯が所定のFe組成ネットワーク構造を有していても、成形圧力および成形温度が所定の範囲外である場合には保磁力、比抵抗および相対密度のうちのいずれかが悪化した。
(ガスアトマイズ法)
下表3に示す組成の母合金が得られるように純金属材料をそれぞれ秤量した。そして、チャンバー内で真空引きした後、高周波加熱にて溶解し母合金を作製した。
その後、作製した母合金を加熱して溶融させ、1300℃の溶融状態の金属としたのちガスアトマイズ法により下表3に示す条件下で前記金属を噴射させ、粉体を作成した。具体的には、ガス噴射温度、チャンバー内の蒸気圧を変化させて試料No.18〜21を作製した。蒸気圧調整は露点調整をおこなったArガスを用いることで行った。
熱処理前の各粉体に対してX線回折測定を行い、結晶の有無を確認した。さらに、透過電子顕微鏡で制限視野回折像および明視野像を観察した。その結果、試料No.19および21の各粉体には結晶が存在せず完全な非晶質であることを確認した。一方、試料No.18および20の各粉体に微結晶が存在することを確認した。
そして、得られた各粉体を下表3に示す条件で熱処理し、下表4に示す条件で成形した後に保磁力、比抵抗および相対密度を測定した。そして、Fe組成ネットワークについて各種測定を行った。下表4では、比抵抗が1000Ωm以上である場合を○、1000Ωm未満である場合を×とした。本実施例では、相対密度は0.90(90%)以上を良好とした。結果を下表4に示す。
試料No.19および21では、完全な非晶質の粉体を適切に熱処理することで、良好なFeネットワークを形成した。しかしながら、蒸気圧が25hPaと高すぎる試料No.18および20の比較例は、熱処理前の粉体に微結晶が存在することから、熱処理後の極大点の数が少なくなり好ましいFe組成ネットワークが形成できず、保磁力が高くなった。また、相対密度が低くなった。