(1)エンジンシステムの全体構成
図1は、本発明の第1実施形態にかかるエンジンの制御装置が適用されたエンジンシステムの構成を示す図である。本実施形態のエンジンシステムは、4ストロークのエンジン本体1と、エンジン本体1に燃焼用の空気を導入するための吸気通路30と、エンジン本体1で生成された排ガスを排出するための排気通路40とを備える。エンジン本体1は、例えば、4つの気筒2を有する4気筒エンジンである。エンジン本体1に供給する燃料の種類は限定されないが、本実施形態ではガソリンを含む燃料が用いられる。本実施形態のエンジンシステムは車両に搭載され、エンジン本体1は車両の駆動源として利用される。
吸気通路30には、上流側から順に、エアクリーナ31と、スロットルバルブ32とが設けられており、エアクリーナ31およびスロットルバルブ32を通過した後の空気がエンジン本体1に導入される。
スロットルバルブ32は、吸気通路30を開閉するものである。ただし、本実施形態では、エンジンの運転中、スロットルバルブ32は基本的に全開もしくはこれに近い開度に維持されており、エンジンの停止時等の限られた運転条件のときにのみ閉弁されて吸気通路30を遮断する。
排気通路40には、上流側から順に、排ガスを浄化するための三元触媒41、熱交換器(昇温昇圧器)42、コンデンサー(凝縮器)43、排気シャッターバルブ44が設けられている。熱交換器42およびコンデンサー43は、後述する排熱回収装置(水加工装置)60の一部を構成するものである。
排気シャッターバルブ44は、EGRガスの吸気通路30への還流を促進するためのものである。
すなわち、本実施形態のエンジンシステムでは、吸気通路30のうちスロットルバルブ32よりも下流側の部分と、排気通路40のうち三元触媒41よりも上流側の部分とを連通するEGR通路51が設けられており、排ガスの一部がEGRガスとして吸気通路30に還流されるようになっている。そして、排気シャッターバルブ44は、排気通路40を開閉可能なバルブであり、EGRを実施する場合であって排気通路40の圧力が低い場合に閉弁側に操作されることでEGR通路51の上流側の部分の圧力を高めてEGRガスの還流を促進する。
EGR通路51には、これを開閉するEGRバルブ52が設けられており、EGRバルブ52の開弁量によって吸気通路30に還流されるEGRガスの量が調整される。また、本実施形態では、EGR通路51に、これを通過するEGRガスを冷却するためのEGRクーラ53が設けられており、EGRガスはEGRクーラ53にて冷却された後吸気通路30に還流される。
排熱回収装置60は、排ガスの熱エネルギーを利用して超臨界水を生成するためのものである。すなわち、本実施形態のエンジンシステムでは、後述するように水噴射装置22から各気筒2内に超臨界水を噴射するように構成されているとともに、排ガスを利用してこの超臨界水を生成するように構成されている。
排熱回収装置60は、熱交換器42およびコンデンサー43に加えて、水噴射装置22とコンデンサー43とを接続する排気凝結水通路61と、水タンク62と、水噴射用ポンプ63とを備えている。
コンデンサー43は、排気通路40を通過する排ガス中の水(水蒸気)を凝縮するためのものである。水タンク62は、内側に凝縮水を貯留するものである。コンデンサー43で生成された凝縮水は、排気凝結水通路61を介して水タンク62に導入され水タンク62内で貯留される。
水噴射用ポンプ63は、水タンク62内の凝縮水を熱交換器42を介して水噴射装置22に圧送するためのものである。水タンク62内の凝縮水は、水噴射用ポンプ63による圧送時に昇温昇圧される。例えば、凝縮水は、水噴射用ポンプ63によって、350K程度に昇温され250bar程度に昇圧される。
熱交換器42は、水噴射用ポンプ63から圧送された凝縮水と、排気通路40を通過する排ガスとの間で熱交換を行わせるためのものである。熱交換器42は、間接式熱交換器であり、凝縮水は熱交換器42の通過時に排ガスから熱エネルギーを受ける。熱交換器42を通過することで、凝縮水は、水噴射用ポンプ63により加圧された状態からさらに昇温昇圧され、超臨界水となる。
超臨界水とは、水の臨界点よりも温度および圧力が高い水であって、気体のように分子が激しく運動しながら液体に近い高い密度を有する。つまり、超臨界水は気体または液体の水に相変化するのに潜熱を必要としない水である。詳細は後述するが、本実施形態では、このような性状の水を気筒2内に噴射することで、気筒2内に形成された燃焼室6の壁面に断熱層を形成する。
図2を用いて具体的に説明する。図2は、横軸をエンタルピーとし、縦軸を圧力としたときの水の状態図を示したものである。この図2において、領域Z2は液体の領域、領域Z3は気体の領域、領域Z4は液体と気体が共存する領域である。実線で示したラインLT350、LT400・・・LT1000は、それぞれ同じ温度となる点をつないだ等温度線であって、それぞれ数字が温度(K)を示している。例えば、LT350は350Kの等温度線であり、LT1000は1000Kの等温度線である。そして、点X1が臨界点、領域Z1が臨界点X1よりも温度および圧力が高い領域であり、超臨界水はこの領域Z1に含まれる水である。具体的には、水の臨界点が、温度:647.3K、圧力:22.12MPaの点であるのに対して、超臨界水は温度圧力がこれら以上すなわち温度が647.3K以上かつ圧力が22.12MPa以上の水である。
図2において、破線で示したラインLR0.01、LR0.1・・・、LR500は、それぞれ同じ密度となる点をつないだ等密度線であって、それぞれ数字が密度(kg/m3)を示している。例えば、LR0.01は密度が0.01kg/m3の等密度線であり、LR1000は密度が500kg/m3の等密度線である。この等密度線LRと領域Z1、Z3との比較から明らかなように、領域Z1に含まれる水すなわち超臨界水の密度は50kg/m3から500kg/m3程度と液体の水に近い値であって気体の密度よりも非常に高い値となっている。
なお、エンジンシステムにて生成して気筒2内に噴射する超臨界水としては、密度が250kg/m3以上の超臨界水を用いるのが好ましい。
また、図2において矢印Y1で示すように、通常の液体の水は気体に変化するために大きなエンタルピーを必要とする。すなわち、通常の液体の水は気体に変化するのに比較的大きな潜熱を必要とする。これに対して、矢印Y2で示すように、超臨界水では、通常の気体の水に変化するのにほとんどエンタルピーすなわち潜熱を必要としない。
ここで、図2から明らかなように、領域Z1に近い領域に含まれる水は、密度も高く気体に変化するための潜熱も小さく、超臨界水に近い性状を有する。従って、本実施形態では、上記のように排熱回収装置60によって超臨界水を生成して超臨界水を気筒2内に噴射するが、超臨界水に代えて領域Z1に近い領域に含まれる水である亜臨界水を生成および気筒2内に噴射してもよい。例えば、図3に示す領域Z10であって、温度が600K以上、密度が250kg/m3以上の領域Z10に含まれる亜臨界水を生成および噴射してもよい。
(2)エンジン本体の構成
(2−1)全体構成
エンジン本体1の構成について次に説明する。
図4は、エンジン本体1の一部を拡大して示した断面図である。図4に示すように、エンジン本体1は、気筒2が内部に形成されたシリンダブロック3と、シリンダブロック3の上面に設けられたシリンダヘッド4と、気筒2に往復動(上下動)可能に嵌装されたピストン5とを有している。
ピストン5の上方には燃焼室6が形成されている。燃焼室6はいわゆるペントルーフ型であり、燃焼室6の天井面(シリンダヘッド4の下面)は吸気側および排気側の2つの傾斜面からなる三角屋根状をなしている。
本実施形態では、燃焼室6内の燃焼ガスの熱が燃焼室6の外部に放出されるのを抑制して冷却損失を低減するべく、燃焼室6の壁面(内側面)に、燃焼室6の内側面よりも熱伝導率が低い遮熱材層が設けられている。具体的には、燃焼室6の内側面を構成する、気筒2の壁面と、シリンダヘッド4の下面と、吸気弁19および排気弁19の各バルブヘッドの面とに、それぞれ遮熱材層71が設けられ、さらにピストン5の冠面5aに遮熱材層7が設けられている。なお、本実施形態では、図4に示すように、気筒2の壁面に設けられた遮熱材層71は、ピストン5が上死点に位置した状態でピストンリング5bよりも上側(シリンダヘッド4側)となる部分に限定されており、ピストンリング5bが遮熱材層71上を摺動しないようになっている。
遮熱材層7、71は、上記のように熱伝導率が低い材料で形成されればよく具体的な材料は限定されない。ただし、遮熱材層7、71として、燃焼室6の内側面よりも容積比熱が小さい材料を用いるのが好ましい。すなわち、エンジン本体1が冷却水により冷却される場合、燃焼室6内のガス温度は燃焼サイクルの進行によって変動する一方、燃焼室6の内側面の温度は略一定に維持される。そのため、この温度差に伴って冷却損失が大きくなる。そこで、遮熱材層7、71を容積比熱の小さい材料で形成すれば、遮熱材層7、71の温度が燃焼室6内のガスの温度の変動に追従して変化するため、冷却損失を小さく抑えることができる。
遮熱材層7、71は、例えば、燃焼室6の内側面上にZrO2等のセラミック材料がプラズマ溶射によりコーティングされることで形成されている。なお、このセラミック材料の中に多数の気孔が含まれるようにし、これにより遮熱材層7、71の熱伝導率および容積比熱をさらに小さくしてもよい。なお、遮熱材層7、71の詳細については、後述する。
ピストン5の冠面5aには、その中心部を含む領域をシリンダヘッド4とは反対側(下方)に凹ませたキャビティ10が形成されている。このキャビティ10は、ピストン5が上死点まで上昇したときの燃焼室6の大部分を占める容積を有するように形成されている。
ピストン冠面5aに形成された遮熱材層7の厚さは、その中央部が薄く、外周縁部が厚くなるように形成されて、その熱容量が外周縁部の方が中央部よりも大きくなるように設定されている。図4では、遮熱材層7のうち薄い部位が符号7aで示され、厚い部位が符号7bで示される。薄い部位7aと厚い部位7bとの境界線αは、本実施形態では図13に示すように、キャビティ10の外周縁の外側でその近傍に設定されている。なお、遮熱材層7の厚さの点については後述する。
本実施形態では、エンジン本体1の幾何学的圧縮比、つまり、ピストン5が下死点にあるときの燃焼室6の容積とピストン5が上死点にあるときの燃焼室6容積との比は、18以上35以下(例えば20程度)に設定されている。
シリンダヘッド4には、吸気通路30から供給される空気を燃焼室6に導入するための吸気ポート16と、燃焼室6で生成された排ガスを排気通路40に導出するための排気ポート17と、吸気ポート16の燃焼室6側の開口を開閉する吸気弁18と、排気ポート17の燃焼室6側の開口を開閉する排気弁19とが設けられている。なお、図4に示す例では、吸気ポート16の内側面にも、遮熱材層7、71と同様の成分からなる遮熱材層181が形成されている。
吸気弁18は、吸気弁開閉機構によって開閉される。吸気弁開閉機構には、吸気弁18の開閉時期を変更可能な吸気開閉時期変更機構18a(図8参照)が設けられており、運転条件等に応じて吸気弁18の開閉時期が変更されるようになっている。
また、シリンダヘッド4には、燃焼室6内に燃料を噴射する燃料噴射装置21と、燃焼室6内に臨界水を噴射する水噴射装置22とが取り付けられている。図4に示すように、燃料噴射装置21と水噴射装置22とは、それぞれ先端(燃焼室6側の端部)が気筒2の中心軸付近に位置してキャビティ10のほぼ中心部を臨むように隣接して配置されている。
なお、本実施形態では、全運転領域において燃料と空気との混合気を予め混合させて、この混合気を圧縮上死点(TDC)付近で自着火させる予混合圧縮自着火燃焼が実施されるよう構成されている。これに伴い、図4に示した例では、燃焼室6内の混合気に点火するための点火プラグがエンジン本体1に設けられていないが、冷間始動時等において混合気の適正な燃焼のために点火が必要な場合等には、適宜エンジン本体1に点火プラグを設けてもよい。
水噴射装置22は、上記のように、水噴射用ポンプ63から圧送された超臨界水を燃焼室6内に噴射する。水噴射装置22は、その先端に噴射口を有し、噴射口の開口期間が変更されることで噴射水量が変更されるようになっている。水噴射装置22としては、例えば、従来のエンジンに用いられる、燃料を燃焼室6内に噴射するための装置を適用することができ、その詳細な構造の説明は省略する。なお、水噴射装置22は、例えば、20MPa程度で燃焼室6内に超臨界水を噴射する。
上記のように、水噴射装置22は、先端が気筒2の中心軸付近に位置してキャビティ10のほぼ中心部を臨むように配置されている。これに伴い、水噴射装置22の先端からは、ピストン冠面5aに向かって超臨界水が噴射される。
燃料噴射装置21は、図外の燃料ポンプにより圧送された燃料を燃焼室6内に噴射する。本実施形態では外開き弁式の燃料噴射装置21が用いられている。
(2−2)燃料噴射装置の詳細構成
燃料噴射装置(燃料噴射弁)21の詳細について説明する。
図5は、燃料噴射装置21の概略断面図である。図5に示すように、燃料噴射装置21は、先端(燃焼室6側の端部)にノズル口21bが形成された燃料管21cと、燃料管21cの内側に配設されてノズル口21bを開閉する外開き弁21aとを有する。外開き弁21aは、印加された電圧に応じて変形するピエゾ素子21dに接続されている。外開き弁21aは、ピエゾ素子21dに電圧が印加されていない状態でノズル口21bと当接してノズル口21bを閉弁し、ピエゾ素子21dが電圧の印加に伴って変形することで、ノズル口21bから先端側に突き出してノズル口21bを開弁する。
ノズル口21bおよび外開き弁21aのうちノズル口21bと当接する部分は、先端側ほど径が大きくなるテーパ状を有しており、ノズル口21bからは、ノズル口21bの中心軸すなわち気筒2のほぼ中心軸を中心として、燃料がコーン状(詳しくはホローコーン状)に噴射される。例えば、このコーンのテーパ角は90°〜100°(ホローコーンにおける内側の中空部のテーパ角は70°程度)となっている。
外開き弁21aの開弁期間およびリフト量(リフト量は、外開き弁21aの閉弁位置からの突出量でありノズル口21bの開口量である)は、ピエゾ素子21dへの電圧の印加期間および電圧の大きさに応じて変化する。そして、外開き弁21aのリフト量に応じて、ノズル口21bから噴射される燃料噴霧のペネトレーション、単位時間あたりに噴射される燃料量および燃料噴霧の粒径は変化する。具体的には、リフト量が大きくノズル口21bの開口量が大きくなると、燃料噴霧のペネトレーションは大きくなり、単位時間あたりの噴射燃料量が大きくなるとともに燃料噴霧の粒径が大きくなる。
上記構成に伴い、燃料噴射装置21は、1〜2msecの間に20回程度の多段噴射を行うことができる。また、燃料噴射装置21は、燃料噴射の間隔と、リフト量とをそれぞれ変更することによって、その軸方向に直交する径方向に対する燃料噴霧の広がりと、軸方向に対する燃料噴霧の広がりとを独立して制御することが可能となっている。
図6および図7を用いて具体的に説明する。
図6は、燃料噴射装置21の噴射間隔の違いに伴う燃料噴霧の広がりの差を概念的に示した図である。具体的には、図6(a)は、燃料の噴射間隔を長くしたときの図であり、同図(b)は、同図(a)とリフト量を一定としながら噴射間隔を短くしたときの図である。
これら図6(a)、(b)の比較から明らかなように、燃料の噴射間隔が短い方が、燃料噴霧の軸方向の広がりが促進される。
すなわち、燃料噴射装置21からホローコーン状に噴射された燃料噴霧は、燃焼室6内を高速で流れる。このとき、コアンダ効果によりホローコーンの内側において燃料噴射装置21の軸に沿うように負圧領域が発生し、この負圧領域に向かって燃料噴霧が引き寄せられる。ここで、図6(a)に示すように、燃料噴射間隔が長い場合には、所定の燃料噴射から次の燃料噴射までの間に負圧領域の圧力が回復するため、負圧領域は燃料噴射装置21の軸に沿ってあまり伸びない。これに対し、燃料噴射間隔が短いときには、負圧領域での圧力回復が抑制され、負圧領域が燃料噴射装置21の軸方向に沿って延びる。従って、燃料噴射間隔が短い場合には、燃料噴霧が燃料噴射装置21の軸方向に沿ってより延びるようになる。
図7は、燃料噴射装置21のリフト量の違いに伴う燃料噴霧の広がりの差を概念的に示した図である。具体的には、図7(a)は、リフト量を小さくしたときの図であり、同図(b)は、同図(a)と噴射間隔を同じとしながらリフト量を大きくしたときの図である。
これら図7(a)、(b)の比較から明らかなように、燃料のリフト量が大きい方が、径方向(燃料噴射装置21の軸方向と直交する方向)について燃料噴霧の広がりが促進される。
すなわち、リフト量が大きい場合には、上記のように燃料噴霧の粒径が大きくなって燃料噴霧の運動量が大きくなる。そのため、リフト量が大きい場合には、燃料噴霧は負圧領域に引き寄せられにくくなり、径方向の外方へより広がることになる。
(3)制御系統
(3−1)システム構成
図8は、エンジンの制御系統を示すブロック図である。本図に示すように、当実施形態のエンジンシステムは、PCM(パワートレイン・コントロール・モジュール、制御手段)100によって統括的に制御される。PCM100は、周知のとおり、CPU、ROM、RAM等から構成されるマイクロプロセッサである。
PCM100は、エンジンの運転状態を検出するための各種センサと電気的に接続されている。
例えば、シリンダブロック3には、クランク軸の回転角度および回転速度すなわちエンジン回転数を検出するクランク角センサSN1が設けられている。また、吸気通路30のうちエアクリーナ31とスロットルバルブ32との間の部分には、エアクリーナ31を通過して各気筒2に吸入される空気量(新気量)を検出するエアフローセンサSN2が設けられている。また、車両には、運転者により操作される図外のアクセルペダルの開度(アクセル開度)を検出するアクセル開度センサSN3が設けられている。
PCM100は、上記各種センサからの入力信号に基づいて種々の判定や演算等を実行しつつエンジンの各部を制御する。すなわち、PCM100は、燃料噴射装置21、水噴射装置22、スロットルバルブ32、排気シャッターバルブ44、EGRバルブ52、水噴射用ポンプ63等と電気的に接続されており、上記演算の結果等に基づいてこれらの機器にそれぞれ駆動用の制御信号を出力する。
図9は、横軸がエンジン回転数、縦軸がエンジン負荷の制御マップを示している。本実施形態では、制御領域として、エンジン負荷が予め設定された基準負荷Tq1以下の低負荷領域A1と、エンジン負荷が基準負荷Tq1よりも高い高負荷領域A2とが設定されている。以下に、各領域A1、A2の制御内容について説明する。
(3−2)低負荷領域
低負荷領域A1では、要求されるエンジントルクが小さいため有効圧縮比を小さくすることができる。そこで、低負荷領域A1では、ポンピングロスを小さく抑えてエネルギー効率を高めるべく有効圧縮比が小さい値とされる。例えば、有効圧縮比は15よりも小さい値に抑えられる。具体的には、吸気開閉時期変更機構18aによって、吸気弁18が吸気下死点よりも遅角側であって比較的遅い時期に閉弁され、これによって有効圧縮比が小さく抑えられる。
低負荷領域A1では、混合気の発熱量が小さく燃焼温度が比較的低いため、燃焼により生成されるNOx(いわゆるRaw NOx)が少なく抑えられる。そのため、この領域A1では、三元触媒41によりNOxを浄化させる必要がなく、空燃比を三元触媒によるNOx浄化が可能な理論空燃比にする必要がない。そこで、低負荷領域A1では、燃費性能を高めるべく混合気の空燃比がリーンすなわち空気過剰率λ>1とされる。
低負荷領域A1では、EGRガスが気筒2内に還流される。すなわち、低負荷領域A1では、EGRバルブ52が開弁されて、排気通路40内の排ガスの一部がEGRガスとして吸気通路30に還流される。また、エンジン負荷が非常に低く、排気通路40内の圧力すなわちEGR通路51の上流側の圧力が低い運転領域では、排気シャッターバルブ44が閉じ側に制御されてEGRガスの還流が促進される。
本実施形態では、低負荷領域A1において、燃料量に対する燃焼室6内の全ガス重量の割合であるG/Fが35以上となるようにEGRガスが還流される。また、エンジン負荷が高いほどEGR率(気筒2内の全ガス重量のうちEGRガスの重量が占める割合)が大きくされる。
低負荷領域A1では、水噴射装置22による燃焼室6内への超臨界水の噴射は停止される。そして、これに伴い水噴射用ポンプ63の駆動が停止される。
低負荷領域A1では、圧縮行程後半(圧縮上死点前90°CA〜圧縮上死点まで)に、燃料噴射装置21によって燃焼室6内にすべての燃料が噴射される。例えば、圧縮上死点前30°CA付近で全燃料が燃焼室6内に噴射される。
低負荷領域A1の噴射モードは、ピストン5の冠面5aに燃料が付着せず、燃焼室6の外周部分に空気の層が形成されるようなモードとされる。ここで、燃焼室6の外周部分とは、ピストン5の冠面5aの表面(冠面5a上の遮熱材層7の表面)、気筒2の内側面(内側面上の遮熱材層71の表面)およびシリンダヘッド4の下面付近を指す。
具体的には、低負荷領域A1のうちよりエンジン負荷が低い第1領域A1aと、これよりもエンジン負荷の高い第2領域A1bと、第1領域A1aと第2領域A1bとの切替領域A1cとにおいて、それぞれ噴射モードが、以下に説明する低負荷噴射モード、中負荷噴射モード、切替領域噴射モードとされる。
図10は、低負荷噴射モード、中負荷噴射モード及び切替領域噴射モードそれぞれの燃料噴射態様と、それに対応する混合気層の形状とを示した図である。
(低負荷噴射モード)
図10(a)は、第1領域A1aで実施される低負荷噴射モードである。低負荷噴射モードは、燃料噴射装置21のリフト量が小さくかつ噴射間隔が短い噴射が複数回連続して行われるモードである。なお、噴射回数は図の例に限らず適宜変更可能である。
上記のように、噴射間隔が短いと燃料噴霧は軸方向に長くなる。そして、リフト量が小さいと燃料噴霧の径方向の外方への広がりは抑制される。従って、低負荷噴射モードでは、燃料噴霧およびこれと空気との混合気の層は、径方向に対して軸方向の長さが相対的に長い縦長形状となる。
このようにして、第1領域A1aでは、燃焼室6内に縦長形状の混合気の層が形成されることで、燃焼室6のうち径方向外側の部分に空気の層が形成される。さらに、第1領域A1aでは燃料噴射量が小さい。そのため、縦長形状であっても混合気層の軸方向の長さは短く、ピストン5の冠面5aと混合気との接触は回避され、ピストン5の冠面5aの表面全体に空気層が形成される。
(中負荷噴射モード)
図10(c)は、第2領域A1bで実施される中負荷噴射モードである。中負荷噴射モードは、燃料噴射装置21のリフト量が低負荷噴射モードのリフト量よりも大きくかつ噴射間隔が低負荷噴射モードよりも長い噴射が複数回連続して行われるモードである。なお、噴射回数は図の例に限らず適宜変更可能である。
上記のように、噴射間隔が長いと燃料噴霧は軸方向に短くなる。そして、リフト量が大きいと燃料噴霧は径方向の外方へ広がる。従って、中負荷噴射モードでは、燃料噴霧および混合気の層は、軸方向に対して径方向の長さが相対的に長い横長形状となる。
このようにして、第2領域A1bであって燃料噴射量が比較的多い領域では、燃焼室6内に横長形状の混合気の層が形成されることで、ピストン5の冠面5aと混合気との接触が回避され、ピストン5の冠面5aの表面に空気層が形成される。また、圧縮上死点付近における燃焼室6の寸法は軸方向よりも径方向の方が長く、径方向については空間に余裕がある。従って、第2領域A1bにおいて上記のように混合気の層は横長形状となるが、混合気の層は燃焼室6の径方向の外周すなわち気筒2の内側面まで到達せず、燃焼室6の径方向外側部分にも空気層が形成される。
(切替領域噴射モード)
図10(b)は、第3領域A1cで実施される切替領域噴射モードである。切替領域噴射モードは、低負荷噴射モードと中負荷噴射モードとを組み合わせたモードである。例えば、図10(b)に示すように、中負荷噴射モードの噴射を行った後(リフト量が大きくかつ噴射間隔が長い噴射を複数回連続させた後)、低負荷噴射モードの噴射を行う(リフト量が小さくかつ噴射間隔が短い噴射を複数回連続させる)。なお、これに代えて、低負荷噴射モードの噴射を行った後、中負荷噴射モードの噴射を行ってもよい。また、噴射回数は図の例に限らず適宜変更可能である。
切替領域噴射モードでは、低負荷噴射モードと中負荷噴射モードとの組み合わせにより、混合気層の特に径方向の外方への広がりが調整される。その結果、混合気層は、低負荷噴射モード時の混合気層よりも長くかつ、中負荷噴射モードの混合気層よりも短い形状となる。
このようにして、第3領域A1cであって、第1領域A1aと第2領域A1bとの境界領域では、混合気層の形状が適切な形状に調整され、ピストン5の冠面5aの表面および燃焼室6の径方向外側部分に空気層が形成される。
なお、切替領域噴射モードは省略可能である。
以上のようにして、低負荷領域A1では、燃焼室6の外周部分に空気層すなわち空気からなる断熱層が形成される。そして、この空気層により冷却損失が抑制されて燃費性能が高められる。
ここで、このように燃焼室6の外周部分に空気層が形成されることに伴い、燃焼室6の内周部分すなわち燃焼室6の中央部分の空燃比は外周部分よりも高くなる。しかしながら、上記のように低負荷領域A1では、空気過剰率λが1より大きくされて燃焼に寄与しない余剰の空気が存在する。そのため、燃焼室6の中央部分には燃焼に必要な空気が確保され、この部分の空燃比は適正な範囲におさめられる。
(3−3)高負荷領域
高負荷領域A2では、エンジントルクを確保するために有効圧縮比が低負荷領域A1での有効圧縮比よりも大きくされる。本実施形態では、高負荷領域A2において、有効圧縮比が15以上とされる。具体的には、吸気開閉時期変更機構18aによって、吸気弁18の閉弁時期が低負荷領域A1における閉弁時期よりも進角側とされ、これによって有効圧縮比が低負荷領域A1よりも高くされる。
高負荷領域A2では、三元触媒によるNOx浄化が可能となるように、空燃比が理論空燃比とされる。すなわち、空気過剰率λが1とされる。また、高負荷領域A2では、EGRバルブ52が閉弁されてEGRガスの還流が停止され、G/Fが35より小さい値とされる。
ここで、高負荷領域A2では、燃焼室6内に噴射される燃料が多くこの燃料を燃焼させるのに必要な空気量も多くなるため、余剰の空気が不足する。特に、本実施形態では、空気過剰率λが1とされることで、余剰の空気が存在しない状態となる。そのため、低負荷領域A1のように、燃焼室6の外周部分に空気層を形成した場合には、燃焼室6内に空燃比が過剰に高い混合気が生成されてスモークが悪化するおそれがある。また、高負荷領域A2では、噴射される燃料噴射量が多く発熱量が多いため燃焼室6内の温度が高くなる。さらに、本実施形態では有効圧縮比が高いことによって燃焼室6内の温度はさらに高くなる。そのため、高負荷領域A2ではスモークが発生しやすく、このような条件下でリッチな領域すなわち空気過剰率が小さな領域が形成されると多量のスモークが発生するおそれがある。
そこで、本実施形態では、高負荷領域A2では、低負荷領域A1のような空気層は形成せず、後述するように、代わりに超臨界水噴射による断熱層を形成する。また、スモークの悪化を抑制するべく、燃焼室6内の混合気がより均質化された状態(空燃比が均一とされた状態)で燃焼が開始するように、燃料を噴射する。
また、高負荷領域A2では、上記のように発熱量が多いことおよび有効圧縮比が高いことから、圧縮上死点よりも前に燃焼が開始すると筒内圧(燃焼室6内の圧力)の絶対値および筒内圧の上昇率が非常に高くなり燃焼騒音が大きくなってしまう。そこで、本実施形態では、圧縮上死点よりも遅角側すなわちピストン5が下降して筒内圧が低下しているときに燃焼が開始するように燃料を噴射する。
具体的には、高負荷領域A2では、図11に示すような高負荷噴射モードでの燃料噴射が実施される。すなわち、圧縮行程前半(吸気下死点〜圧縮上死点前90°CAまで)に比較的多量の燃料を噴射する第1噴射Q1が実施され、圧縮行程後半に残りの燃料の一部を噴射する第2噴射Q2が実施され、さらにその後圧縮上死点よりもわずかに進角側の時期に残りの燃料を噴射する第3噴射Q3が実施される。
第1噴射Q1は、混合気を均質化させるための噴射であり、第1噴射Q1が実施されて圧縮行程前半に多量の燃料が噴射されて空気と混合されることで、燃焼開始前の燃焼室6内の混合気が均質化される。第1噴射Q1は、例えば圧縮上死点前150°CA付近で開始される。
第3噴射Q3は、混合気をより遅角側で自着火させるための噴射であり、第3噴射Q3が圧縮行程後半に実施されることで、第1噴射Q1によって生成された均質な混合気が圧縮上死点後に自着火する。第3噴射Q3は、例えば圧縮上死点前15°CA付近で開始される。
第2噴射Q2は、燃焼安定性を高めるための噴射である。すなわち、第3噴射Q3によって圧縮上死点付近の比較的遅角側の時期で残りの燃料をすべて噴射した場合には、燃焼が開始するまでにピストン5の下降に伴って燃焼室6内の温度が燃焼可能な温度以下に低下して失火するおそれがある。そこで、本実施形態では、第3噴射Q3の前に第2噴射Q2を実施して、燃焼室6内の温度が圧縮上死点後においても燃焼可能な温度以上に維持されるようにする。第2噴射Q2は、例えば圧縮上死点前30°CA付近で実施される。
そして、高負荷領域A2では、燃焼室6の外周部分に高温、高密度の水の層50、例えば高密度の蒸気層(図12参照)が形成されるように、水噴射装置22によって、燃焼室6内に超臨界水が噴射される。ここで、高温、高密度の水の層とは、常温水を気筒内の圧力下で噴射できる程度に圧力を高めて噴射した場合の水の層に対して、より高温、高密度の層であることを意味する。
具体的には、図11に示すように、圧縮行程後半から膨張行程前半(圧縮上死点〜圧縮上死点後90°CA)の間であって第3噴射Q3の終了後、かつ、燃焼室6内で混合気が着火する前に、水噴射W1が実施される。本実施形態では、図11に示すように、圧縮上死点前に水噴射W1が実施される。
上記のように、水噴射装置22から噴射された超臨界水はピストン冠面5aに向かって噴射される。そのため、水噴射W1が実施されることで、高負荷領域A2では、図12に示すように、ピストン冠面5aの表面に高温、高密度の水が付着して超臨界水噴射による断熱層50が形成される。特に、本実施形態では、水噴射W1が圧縮上死点前であってピストン5の上昇中に実施されていることで、水噴射W1をピストン冠面5aにより確実に付着させることができる。なお、図12における網掛け部分は、水噴射W1の噴射の様子を模式的に示したものである。
ここで、断熱層50を形成するための物質として、超臨界水(または亜臨界水)ではなく通常の液体の水を用いることが考えられる。しかしながら、通常の液体の水は、高温の燃焼室6内に噴射されたときに水蒸気(気体の水)となる。そして、上記のように、水蒸気は密度が小さい。そのため、通常の液体の水を噴射して水蒸気によって断熱層を形成しても、断熱層に含まれる水の重量(分子数)は少なく、断熱効果は小さい。また、上記のように、通常の液体の水では水蒸気への変化時に潜熱を必要とする。そのため、通常の液体の水を噴射した場合には、蒸発に伴って混合気の温度が低下してしまい熱効率が悪化する。
そこで、本実施形態では、上記のように、密度が高く、潜熱を必要としない超臨界水を気筒2内に噴射するとともに、着火前において噴射された超臨界水が高温、高密度の状態で存在するように、圧縮行程後半から膨張行程前半の高温高圧の燃焼室6内に超臨界水を噴射する。そして、燃焼室6内の混合気を均質としつつこの混合気の着火前に燃焼室6の外周部分に断熱層50を形成する。
なお、本明細書において、着火時期すなわち混合気が着火する時期とは、図11に示すように、熱発生率が急激に上昇する時期をいう。すなわち、図11に示すように、燃料と空気の混合気は、温度圧力が所定値になると、まず、冷却損失等を上回るわずかな発熱を伴う低温酸化反応(冷炎反応)であって熱発生率が緩やかに上昇する、あるいは、緩やかに上昇した後一旦低下するような反応を起こし、その後、高い発熱量および熱炎を伴う反応(熱炎反応)を起こす。そして、ここでは、この熱炎反応が開始された時期を着火時期という。なお、熱炎反応は、混合気の温度が1500K程度以上となると生じることが知られている。そのため、混合気の温度が1500K以上となる時期を着火時期としてもよい。
(4)作用等
以上のように、本実施形態では、低負荷領域A1では、燃焼室6の外周部分に余剰の空気によって空気層を形成することで、適正な燃焼を維持しつつ冷却損失を抑制することができる。そして、高負荷領域A2では、燃焼室6の外周部分に水によって断熱層50を形成することで、混合気の空燃比を適正な範囲に抑えてスモークの発生を抑制しつつ冷却損失を抑制することができる。特に、これら空気および水による断熱層に加えて燃焼室6の壁面に断熱材7が形成されているため、冷却損失を効果的に小さく抑えることができる。
しかも、高負荷領域A2の断熱層50は超臨界水噴射により形成されているとともに、超臨界水が圧縮行程後半から膨張行程前半の高温高圧の燃焼室6内に噴射されて燃焼室6の壁面に水が高温、高密度の状態で存在するように構成されている。そのため、断熱層50における水の密度を高めて高い断熱効果を得ることができ、冷却損失をより確実に抑制して燃費性能をより確実に高めることができる。
また、本実施形態では、排ガスの熱エネルギーを利用して超臨界水が生成されており、排ガスの温度が高い高負荷領域A2では、排ガスの熱エネルギーを有効に利用して超臨界水を生成することができエネルギー効率を高めることができる一方、エンジン負荷が低い低負荷領域A1では排ガスの温度が低いために超臨界水を必要量生成できないおそれがある。また、低負荷領域A1において、不足したエネルギーを別途設けたヒータ等で補うようにした場合には、エネルギー効率が悪化してしまう。これに対して、本実施形態では、低負荷領域A1では、空気により断熱層を形成し、高負荷領域A2でのみ超臨界水噴射により断熱層50を形成しているため、エネルギー効率を高めつつ広範な負荷領域で冷却損失を抑制することができる。
ここで、ピストン冠面5aに形成された遮熱材層7は、相対的に低温となる外周縁部の厚さが厚い部位7bとされている。この厚い部位7bとなる外周縁部は、高温となる中央部の薄い部位7aに比して熱容量が大きくなるため、断熱性が良好となる。したがって、水噴射を行った際に、ピストン冠面5aの外周縁部において水が凝縮することが防止あるいは抑制されて、ピストン冠面5aの外周縁部での冷損が防止あるいは抑制されることになる(水噴射による断熱性向上の利点を大きく助長させる)。
ここで、遮熱材層7を全体的に厚い部位7bと同様の厚さとすることも考えられるが、この場合は、遮熱材層7を構成する材料の使用量が大きくなり、コスト等の点で好ましくないものとなる。図14は、厚い部位7bの面積範囲をより狭めて、遮熱材層7を構成する材料の使用量をより低減した場合を示す。すなわち、図14の例では、薄い部位7aと厚い部位7bとの境界線αを、キャビティ10の外周縁とピストン冠面5aの外周縁との間の中間位置付近に設定してある。境界線αを、上記中間位置よりもさらにピストン冠面5aの外周縁側に設定することもできる。さらに、薄い部位7aの外周縁からピストン冠面5aの外周縁側に向けて徐々に遮熱材層7の厚さを厚くして、最終的に厚い部位7bに到達するような厚さ設定もできる。
ピストン冠面5aに向けて噴射された水が、ピストン冠面5aの外周縁部で凝縮しないようにするには、この外周縁部の温度を水の飽和線以上の高温に維持すればよいことになる。図15は、筒内の壁面温度(つまり筒内のうち低い温度となるピストン冠面5aの外周縁部の温度)とエンジン負荷と水の飽和線との関係を示すものである。壁面温度が450度Kよりも高い温度であれば、エンジン負荷が100kpa以上の範囲では水が凝縮しないことになる。
遮熱材層7の厚さは、低負荷でも十分な断熱性を確保できるように、500μm〜1500μmの範囲となる所定厚さ範囲で設定するのが好ましいものである。薄い部位7aと厚い部位7bとは、上記所定厚さ範囲内でもって相違させることになる。図16は、遮熱材層7の限界厚さと遮熱材層7の熱伝導率とエンジン負荷との関係を示すものである。すなわち、ある負荷で定常運転したの際に、ピストン冠面5a(のうち特に温度が低くなる外周縁部)を所定温度(例えば図15で説明した450°K)以上に維持するのに必要な遮熱材層7の限界厚さ(最小必要厚さ)を示すものである。例えば、遮熱材層7の熱伝導率が0.15W/mKで、エンジン負荷が100kpaの場合に、遮熱材層7の厚さを500μm以上必要である、ということになる。勿論、エンジン負荷が大きくなるほど、筒内の温度が高くなるので、要求される遮熱材層7の厚さは小さくてすむことになる。使用できる材料等を勘案して、遮熱材層7の熱伝導率を0.1〜0.23W/mK程度の範囲で選択するのが、遮熱材層7を構成する材料等の点で実用的であり、この場合、遮熱材層7の厚さを500μm〜1500μmの厚さ範囲で設定すればよい。勿論、遮熱材層7の厚さを1500μm以上とすることも可能であるが、厚くし過ぎることは不必要にコストアップになることから、上記のような厚さ範囲とするのが好ましい。
次に、遮熱材層7の材質等について、図17を参照しつつ説明するが、遮熱材層71や181においても同様な材質を用いることができる。本実施形態の遮熱材層7は、無機酸化物を主体とする中空状粒子123、及び緻密質バインダ材125を含む。遮熱材層7では、緻密質バインダ材125が中空状粒子123を覆い、中空状粒子123同士を結合し、中空状粒子123とピストン冠面5aとを結合することで、ピストン冠面5a上に層構造を成している。緻密質バインダ材125は、中空状粒子123同士の間隙を埋めるようにしてそれらを結合しており、また、緻密質バインダ材125は、非粉末状であって、それ自体が緻密に構成されている。このため、中空状粒子123同士の間や緻密質バインダ材125自体に燃料が通過可能な間隙がなく、その結果、燃焼室6に噴射された燃料や水が遮熱材層7に浸み込むことを防止できる。
本実施形態において、緻密質バインダ材125は、上記のように非粉末状であり、それ自体が緻密に構成されていれば、その材料は特に限定されず、例えばシリコーン系樹脂を用いることができる。シリコーン系樹脂としては、例えばメチルシリコーン樹脂、メチルフェニルシリコーン樹脂に代表される、分岐度の高い3次元ポリマーからなるシリコーン樹脂を好適に用いることができ、具体例としては、例えばポリアルキルフェニルシロキサンを挙げることができる。
本実施形態において、無機酸化物を主体とする中空状粒子123としては、フライアッシュバルーン、シラスバルーン、シリカバルーン、エアロゲルバルーン等のSi系酸化物成分(例えば、シリカ(SiO2))又はAl系酸化物成分(例えば、アルミナ(Al2O3))を含有するセラミック系中空状粒子を採用することが好ましい(各々の材質及び粒径は特許文献1の表1に開示されているのと同様に設定することができる)。なお、中空状粒子123は、メディアン径が5μm以上30μm以下のものを用いることが好ましく、5μm未満のメディアン径の中空重粒子をさらに追加してもよい。
例えば、フライアッシュバルーンの化学組成は、SiO2;40.1〜74.4%、Al2O3;15.7〜35.2%、Fe2O3;1.4〜17.5%、MgO;0.2〜7.4%、CaO;0.3〜10.1%(以上は質量%)である。シラスバルーンの化学組成は、SiO2;75〜77%、Al2O3;12〜14%、Fe2O3;1〜2%、Na2O;3〜4%、K2O;2〜4%、IgLoss;2〜5%(以上は質量%)である。
遮熱材層7には、このような中空状粒子123が60vol%以上75vol%以下の体積比率で含まれている。遮熱材層7の成分としての中空状粒子123の含有量が体積比率で60vol%以上と大きいので、遮熱材層7内に空気層を多く含有できる。このため、遮熱材層7の熱伝導率及び体積比熱を低減することができて、遮熱材層7の断熱性能を向上することができる。また、遮熱材層7における中空状粒子123の体積比率が75vol%以下であるため、中空状粒子123同士を結合する緻密質バインダ材125の量を十分に確保できて、耐久性のある膜を形成することが可能となる。なお、含有させる中空状粒子123の体積比率は、粒子のみかけ密度と緻密質バインダ材125の密度とを測定し、続いて緻密質バインダ材125に対して添加する中空状粒子123の質量から算出することができる。なお、遮熱材層7の強度又は硬度を向上するために、遮熱材層7にフィラー材が含まれていてもよい。
遮熱材層7は、溶射や塗布によって形成することができる。また、遮熱材層7の材質(構造)は、上記したものに限定されるものではない。ただし、中空状粒子123を用いることにより、単に断熱性の向上のみならず、熱応答性(熱変化の応答性)がよくなり、ピストン5やその冠面5aが高温になったままの状態が維持されるのを阻止する上で好ましいものとなる(例えばノッキング防止等に有利)。ちなみに、遮熱材層7として断熱性が良好で熱応答性が悪いもの(例えば中実のセラミック材)を用いると、ピストン5やその冠面5aが高温になったままの状態が維持され続けてしまうおそれが強くなる。
(5)変形例
上記実施形態について説明したが、本発明はこれに限らす、特許請求の範囲に記載された範囲で適宜変更可である。例えば、高負荷領域A2の有効圧縮比が15以上に設定された場合について説明したが、高負荷領域A2の有効圧縮比はこれに限らない。ただし、上記のように、エンジン負荷が高く、かつ、有効圧縮比が高い場合には、スモークが悪化しやすい。そのため、この場合に、空気ではなく超臨界水噴射により断熱層を形成すれば、スモークの悪化を抑制しつつ冷却損失を抑制することができる。また、低負荷領域A1の有効圧縮比も上記に限らない。低負荷領域においても水噴射を行うようにしてもよい。
また、排熱回収装置60に代えてあるいは加えて、上記のように別途設けたヒータ等を用いて超臨界水を生成してもよい。ただし、上記のように排熱回収装置60を用いればエネルギー効率を高くすることができる。なお、遮熱材層7を有することにより排ガスの温度が高まるため、排熱回収装置60を用いた際に超臨界水または臨界水を容易に生成することができる。
また、上記実施形態では、燃焼室6内に水として超臨界水が噴射される場合について説明したが、上述したように、亜臨界水であって超臨界水に近い性状を有する水を超臨界水の代わりに燃焼室6内に噴射してもよい。この場合であっても、断熱効果の高い断熱層を形成することができ、冷却損失を抑制することができる。
また、燃焼形態は自着火燃焼に限らず、点火プラグによって混合気が点火されることで燃焼が開始する形態であってもよい。また、燃料としてガソリンを含まない燃料が用いられてもよく、ディーゼルエンジンであってもよい。
遮熱材層20の熱容量を相違させるには、その厚さの変更に代えてあるいは加えて、材質(構造)を変更することにより行うこともできる(例えば中空状粒子23の直径や材質を変更したり、その含有割合を変更する)。勿論、本発明の目的は、明記されたものに限らず、実質的に好ましいあるいは利点として表現されたものを提供することをも暗黙的に含むものである。