(1)エンジンの全体構成
図1および図2は、本発明の制御装置が適用された予混合圧縮着火式エンジン(以下、単にエンジンともいう)の好ましい実施形態を示す図である。本図に示されるエンジンは、走行用の動力源として車両に搭載された4サイクルのガソリンエンジンであり、列状に並ぶ4つの気筒2を含む直列多気筒型のエンジン本体1と、エンジン本体1に導入される吸気が流通する吸気通路20と、エンジン本体1から排出される排気ガスが流通する排気通路30と、排気通路30を流通する排気ガスから取り出した水をエンジン本体1の各気筒2に供給する水供給システム50とを備えている。
エンジン本体1は、図2に示すように、気筒2が内部に形成されたシリンダブロック3と、気筒2を上から塞ぐようにシリンダブロック3の上面に取り付けられたシリンダヘッド4と、各気筒2にそれぞれ往復動可能に収容されたピストン5とを有している。
ピストン5の上方には燃焼室10が画成されている。燃焼室10には、後述する燃料噴射弁11から噴射される燃料(ガソリンを主成分とする燃料)が供給される。そして、供給された燃料が燃焼室10で燃焼し、その燃焼による膨張力で押し下げられたピストン5が上下方向に往復運動する。
ピストン5の下方には、エンジン本体1の出力軸であるクランク軸15が配設されている。クランク軸15は、ピストン5とコネクティングロッド14を介して連結され、ピストン5の往復運動に応じて中心軸回りに回転する。シリンダブロック3には、クランク軸15の回転角度(クランク角)および回転速度(エンジン回転速度)を検出するクランク角センサSN1が設けられている。
図3は、ピストン5の冠面40を上方から見た概略平面図である。この図3および先の図2に示すように、ピストン5の冠面40には、その中央部をシリンダヘッド4とは反対側(下方)に凹陥させたキャビティCが形成されている。キャビティCは、冠面40の中央部における平面視円形の領域において、深皿状の凹部をなすように形成されている。すなわち、キャビティCは、ほぼ円形かつ平面状の底面部41と、底面部41の外周縁から上方に立ち上がる傾斜した周面部42とを有している。周面部42の上端であるキャビティCの開口縁C1よりも径方向外側に位置する部分の冠面40は、スキッシュ部43とされ、このスキッシュ部43は、径方向外側ほど高さが低くなるように傾斜した平面視リング状の傾斜面とされている。
キャビティCの底面部41には断熱層45が配置されている。また、この断熱層45が配置された冠面40を上から全体的に覆うように、遮熱層46が配置されている。これら断熱層45および遮熱層46の詳細については後述する。
シリンダヘッド4には、図外の燃料ポンプから供給されるガソリンを主成分とする燃料を各気筒2の燃焼室10に噴射する燃料噴射弁11(請求項にいう「燃料噴射装置」に相当)が、気筒2ごとに1つずつ(合計4つ)設けられている。各燃料噴射弁11は、気筒2の中心軸に対しやや傾いた姿勢で、後述する水噴射弁57と隣接するように設けられている。なお、図1に示すように、燃料噴射弁11の上方には、上記燃料ポンプから供給された燃料を蓄圧状態で貯留する燃料レール16が設けられている。この燃料レール16に貯留された燃料は、燃料噴射弁11と同数の(4つの)分配管17を通じて各燃料噴射弁11に供給される。
燃料噴射弁11は、気筒2の中心軸の近傍において燃焼室10に露出する先端部を有し、当該先端部に設けられた複数の噴孔(図示省略)を通じて放射状に燃料を噴射することが可能である。燃料噴射弁11の先端部は、ピストン5が上死点の近傍にあるときに当該ピストン5のキャビティCに燃料を供給可能な位置に配置されている。燃料噴射弁11からは吸気行程または圧縮行程中に燃料が噴射され、噴射された燃料は、燃焼室10に導入された空気(吸気)と混合された後に、例えば圧縮上死点の近傍で自着火する。
すなわち、当実施形態のエンジンでは、燃料としてガソリンを用いた場合に一般的に採用される火花点火燃焼(混合気を火花点火により強制着火させる燃焼)ではなく、燃料と空気との混合気をピストン5による圧縮に伴い自着火させるHCCI燃焼(予混合圧縮着火燃焼)がエンジンの全ての運転領域において実行されるようになっている。このため、当実施形態のエンジンでは基本的に点火プラグは不要であるが、例えばエンジンが冷間始動された直後のような自着火が困難な状況下においてHCCI燃焼に代えて火花点火燃焼を実行したり、あるいは暖機後であってもHCCI燃焼の促進のためにいわゆるスパークアシストを実行することがあり、そのような目的のために点火プラグを設けてもよい。
上記のようなHCCI燃焼を可能にするために、当実施形態のエンジンでは、火花点火燃焼が採用される一般的なガソリンエンジンと比べて、各気筒2の圧縮比が高めに設定されている。具体的に、当実施形態では、各気筒2の幾何学的圧縮比、つまり、ピストン5が上死点にあるときの燃焼室10の容積とピストン5が下死点にあるときの燃焼室10の容積との比が、16以上35以下、より好ましくは18以上30以下に設定されている。
図2に示すように、シリンダヘッド4には、気筒2ごとに、吸気通路20から供給される空気を燃焼室10に導入するための吸気ポート6と、燃焼室10で生成された排気ガスを排気通路30に導出するための排気ポート7と、吸気ポート6の燃焼室10側の開口を開閉する吸気弁8と、排気ポート7の燃焼室10側の開口を開閉する排気弁9とがそれぞれ設けられている。
図1に示すように、吸気通路20は、単管状の共通吸気管22と、共通吸気管22の下流端から枝分かれするように形成された吸気マニホールド21とを有している。吸気マニホールド21の各枝管の下流端部は、各気筒2の燃焼室10と吸気ポート6を介して連通するようにエンジン本体1(シリンダヘッド4)に接続されている。なお、本明細書において、吸気通路20における上流(または下流)とは、吸気通路20を流通する吸気の流れ方向の上流(または下流)のことをいう。
共通吸気管22には、吸気中に含まれる異物を除去するエアクリーナ25と、共通吸気管22を流通する吸気の流量を調整する開閉可能なスロットル弁27とが、上流側からこの順に設けられている。さらに、共通吸気管22におけるスロットル弁27よりも下流側には、共通吸気管22を流通する吸気の流量を検出するエアフローセンサSN2が設けられている。
なお、当実施形態のエンジンでは全ての運転領域でHCCI燃焼が実行されるため、スロットル弁27は、減速運転時やエンジン停止時等を除いて、基本的に全開相当の開度に維持される。
排気通路30は、単管状の共通排気管32と、共通排気管32の上流端から枝分かれするように形成された排気マニホールド31とを有している。排気マニホールド31の各枝管の上流端部は、各気筒2の燃焼室10と排気ポート7を介して連通するようにエンジン本体1(シリンダヘッド4)に接続されている。なお、本明細書において、排気通路30における上流(または下流)とは、排気通路30を流通する排気ガスの流れ方向の上流(または下流)のことをいう。
共通排気管32には、触媒装置35、熱交換器54、およびコンデンサ51が、上流側からこの順に設けられている。
触媒装置35は、排気ガス中に含まれる有害成分を浄化するためのものであり、例えば、三元触媒、酸化触媒、およびNOx触媒のいずれかもしくはその組合せからなる触媒を内蔵している。なお、このような触媒に加えて、排気ガス中に含まれるPMを捕集するためのフィルターが含まれていてもよい。
コンデンサ51は、排気ガス中に含まれる水蒸気を凝縮させるものであり、熱交換器54は、コンデンサ51で生成された凝縮水を昇温させるものである。これら熱交換器54およびコンデンサ51は、水供給システム50の一部を構成する要素である(詳細は後述する)。
(2)断熱層/遮熱層の詳細
ピストン5の冠面40に設けられた上述した断熱層45および遮熱層46は、燃焼室10での混合気の燃焼時に、燃焼室10に所望の温度分布をもたせるために設けられている。ここでいう所望の温度分布とは、燃焼室10の径方向中央部(以下、単に中央部という)が高温になり、かつ当該中央部よりも径方向外側に位置する燃焼室10の外周部が低温になるような温度分布である。このような温度分布を実現するため、断熱層45および遮熱層46は、それぞれ次のように構成されている。
図2および図3に示すように、断熱層45は、上下方向(気筒2の軸線方向)に所定の厚みを有するほぼ円板状の部材であり、ピストン5の冠面40のうちキャビティCの底面部41に対応する中央部を占めるように配置されている。もちろん、断熱層45を円板状とするのはあくまで一例であり、平面視で多角形や他の形状を有する部材であってもよい。
遮熱層46は、キャビティCを含むピストン5の冠面40をほぼ全体に亘って覆うように設けられている。すなわち、遮熱層46は、断熱層45が配置されたキャビティCの底面部41と、底面部41の外周縁から上方に立ち上がるキャビティCの周面部42と、キャビティCの開口縁C1よりも径方向外側に位置するスキッシュ部43とを連続して覆うように配置されている。特に、キャビティCの底面部41では、断熱層45をさらに上から覆うように遮熱層46が配置されており、断熱層45と遮熱層46とが下からこの順に積層されている。遮熱層46は、冠面40におけるいずれの位置においてもほぼ一定の厚みを有しているが、当該厚みは断熱層45のそれよりも小さくされている。
ここで、燃焼室10を囲む壁面、つまり、燃焼室10の周面(気筒2の周壁)を規定するシリンダブロック3の内周面と、燃焼室10の天井面を規定するシリンダヘッド4の下面と、燃焼室10の底面を規定するピストン5の冠面40とを含む各壁面のことを、総称して「燃焼室壁面」という。この燃焼室壁面を構成する部品(つまりシリンダブロック3、シリンダヘッド4、ピストン5等)の母材として、当実施形態では、AC8A等のアルミ合金が用いられている。
一方、断熱層45の材料としては、上記燃焼室壁面の母材よりも熱伝導率が小さく、かつ体積比熱が大きい(言い換えると蓄熱性が高い)材料が選択される。また、遮熱層46の材料としては、上記燃焼室壁面の母材よりも熱伝導率が小さく、かつ体積比率が小さい(言い換えると蓄熱性が低い)材料が選択される。
さらに、断熱層45と遮熱層46とを直接比較した場合、両者の関係は、遮熱層46の熱伝導率および体積比熱の双方が断熱層45のそれよりも小さくなる関係とされている。
断熱層45および遮熱層46の熱伝導率が燃焼室壁面の母材よりも小さいのは、燃焼室10からピストン5の冠面40を通じて熱が逃げるのを抑制するためである。ただし、遮熱層46は断熱層45に比べて厚みが小さいので、遮熱層46に断熱層45と同レベルの熱伝導率を付与したのでは、十分な断熱性を確保できない可能性がある。そこで、上記のとおり、遮熱層46の熱伝導率が断熱層45のそれよりも小さい値に設定されている。
また、断熱層45の体積比熱が燃焼室壁面の母材よりも大きいのは、冠面40の中央部を高温に維持するためである。一方で、遮熱層46が断熱層45と同レベルに大きい体積比熱(蓄熱性)を有していると、冠面40の中央部だけでなく外周部までもが高温に維持されてしまい、やはり有意な温度分布を形成することが困難になる。そこで、上記のとおり、遮熱層46の体積比熱が断熱層45のそれよりも小さく設定されている。
上記の要件を満たす断熱層45の材料としては、例えばセラミックス材料を例示することができる。一般に、セラミックス材料は、熱伝導率が低い一方で体積比熱が大きく、また耐熱性にも優れるので、断熱層45として好適である。具体的に、好ましいセラミックス材料は、ジルコニアである。この他、窒化ケイ素、シリカ、コージライト、ムライト等のセラミックス材料も例示することができる。なお、セラミック製の断熱層45をキャビティCの底面部41に固定する方法としては、例えば、底面部41に収容凹部を設けてこの収容凹部に断熱層45を圧入する方法、もしくは、鋳ぐるみ成型によって底面部41に溶着させる方法などを例示することができる。
また、上記の要件を満たす遮熱層46の材料としては、例えば耐熱性のシリコーン樹脂を例示することができる。シリコーン樹脂としては、メチルシリコーン樹脂、メチルフェニルシリコーン樹脂に代表される、分岐度の高い3次元ポリマーからなるシリコーン樹脂を例示することができ、例えば、ポリアルキルフェニルシロキサンなどが好適である。このようなシリコーン樹脂に、シラスバルーンのような中空粒子が含まれていてもよい。なお、シリコーン樹脂製の遮熱層46は、例えばコーティング処理によりピストン5の冠面40に固着させることができる。
下記の表1に、燃焼室壁面の母材、断熱層45、および遮熱層46の好ましい材料選定例を示す。具体的に、表1は、燃焼室壁面の母材、断熱層45、および遮熱層46の好ましい熱伝導率/体積比熱の例と、断熱層45および遮熱層46の好ましい膜厚例とをそれぞれ示している。
上記表1に例示したように、遮熱層46は、熱伝導率が「極小」であり、体積比熱が「小」である。このような遮熱層46は、熱伝達を十分に遮断することはできるが、蓄熱する機能には乏しい。遮熱層46は、ピストン5の冠面40の全体にコーティングされているので、図4の矢印D1に示すように、燃焼室10から冠面40を通じて熱が逃げるのを抑制することができる。しかしながら、遮熱層46の蓄熱能力は低いので、遮熱層46だけがコーティングされている領域は、燃焼室10の室内温度に追従して温度変化する傾向がある。
一方、断熱層45の熱伝導率は「小」とされ、遮熱層46の熱伝導率よりは大きいが、母材の熱伝導率よりは十分に小さい。一方、断熱層45の体積比熱は、遮熱層46およびピストン5(燃焼室壁面の母材)のいずれの体積比熱よりも大きい「大」である。しかも断熱層45の膜厚は遮熱層46に比べて約10倍大きい。このような断熱層45は、熱伝達を十分に遮断することができ、しかも蓄熱する機能にも優れている。このような断熱層45が冠面40の中央部に追加で配置されることにより、冠面40の中央部が高度に断熱されるだけでなく、図4の矢印D2、D3に示すように、断熱層45の周囲の熱が当該断熱層45に蓄熱されるようになる。
上記の断熱層45および遮熱層46の性質に依拠して、燃焼室10では、特に圧縮上死点付近において、その中央部の温度が外周部に比べて高くなるという温度分布が得られる(図4の上段のグラフ参照)。
すなわち、当実施形態では、ピストン5の冠面40全体に遮熱層46が形成されているので、ピストン5による圧縮や燃焼により圧縮上死点付近において燃焼室10の内部が高温化したとしても、その熱がピストン5の冠面40を通じて外部に逃げることが抑制され、燃焼室10は高温に維持される。このとき、燃焼室10の外周部は、中央部に比べて、燃焼ガスの容積が少ない割に燃焼室壁面との接触面積が大きいので、おのずと燃焼室10の外周部の温度は中央部よりも低下し易い。このため、圧縮上死点付近の燃焼室10の温度が上記のとおり全体的に上昇することにより、燃焼室10の中央部と外周部との温度差は拡大する。ただし、遮熱層46は冠面40の全体を覆っているので、積極的に温度差を生じさせるには至らず、温度差は十分に大きくはならない。
これに対し、当実施形態では、冠面40の中央部(キャビティCの底面部41)のみに断熱層45が追加で配置されているので、この断熱層45による熱伝達の遮断機能と蓄熱機能とが追加されることにより、燃焼室10の中央部の温度がさらに高くなり、当該中央部と外周部との温度差が拡大する。このように、当実施形態では、断熱層45と遮熱層46との相乗効果により、燃焼室10の中央部が外周部よりも十分に高温化されるので、当該中央部の環境を自着火がより生じ易い環境にすることができる。
なお、冠面40を全体的に覆っている遮熱層46は、その体積比熱が十分に小さいので、燃焼室10において燃焼が終了した後は、例えば新気の導入等に伴って速やかに温度低下する。このように、燃焼サイクルの中で遮熱層46が高応答に温度変化することにより、ピストン5および燃焼室10の温度が過度に上昇するような事態が回避される。
(3)水供給システムの具体的構成
図1に示すように、水供給システム50は、排気通路30に設けられた上述したコンデンサ51および熱交換器54と、コンデンサ51で生成された凝縮水を貯留する水タンク52と、水タンク52に貯留された凝縮水を熱交換器54に向けて圧送する送水ポンプ53と、送水ポンプ53で加圧されかつ熱交換器54で加熱された高温・高圧の水を保温しつつ蓄圧状態で貯留する蓄圧レール56と、蓄圧レール56に貯留された水を各気筒2の燃焼室10に供給するために気筒2ごとに1つずつ(合計4つ)設けられた水噴射弁57(請求項にいう「水噴射装置」に相当)と、コンデンサ51と水タンク52とを接続する第1水配管61と、水タンク52と熱交換器54とを接続する第2水配管62と、熱交換器54と蓄圧レール56とを接続する第3水配管63と、蓄圧レール56と各水噴射弁57とを接続する複数の(4つの)分配管64とを有している。
コンデンサ51は、共通排気管32を流通する排気ガス中に含まれる水蒸気を凝縮させるための熱交換器であり、所定の冷媒(例えばエンジンの冷却水)との熱交換により排気ガスを冷却することで、当該排気ガス中に含まれる水蒸気を凝縮させる。コンデンサ51で生成された凝縮水は、第1水配管61を通じて下流側に流出し、水タンク52内に貯留される。
送水ポンプ53は、第2水配管62の途中部に設けられており、水タンク52内に貯留された凝縮水を加圧しつつ熱交換器54に向けて送り出す。なお、図1では送水ポンプとして単一のポンプ53を図示しているが、送水ポンプは、水タンク52に貯留された水を比較的低圧で送り出すフィードポンプと、フィードポンプから送り出された水を加圧して所望の圧力まで高める高圧ポンプとを組み合わせた複数段のポンプであってもよい。
熱交換器54は、送水ポンプ53から供給された水を、コンデンサ51に流入する前の排気ガスとの熱交換により加熱するように設けられている。詳細な図示は省略するが、熱交換器54は、共通排気管32のうち触媒装置35とコンデンサ51との間に位置する部分に挿入された小径かつ長尺形状の細管54aと、この細管54aが挿入される部分の共通排気管32を覆うように設けられた保温ケース54bとを有している。
熱交換器54で加熱された水は、第3水配管63を通じて下流側に送り出され、蓄圧レール56に貯留される。蓄圧レール56には、内部の水の圧力を検出する水圧センサSN3が設けられている。
蓄圧レール56に貯留された水は、上記のような熱交換器54による加熱と送水ポンプ53による加圧とを経て、その温度/圧力が100℃以上/2MPa以上にまで高められている。圧力が2MPa以上と高いため、100℃以上に加熱されても水は沸騰せず、液体の状態を維持している。そして、このような状態で蓄圧レール56に貯留された水は、必要時に水噴射弁57を通じて各気筒2の燃焼室10に噴射される。すなわち、当実施形態において水噴射弁57から気筒2に噴射される水は、100℃以上の温度と2MPa以上の圧力とを有した高温・高圧の液体水である。
水噴射弁57は、その軸心が気筒2の中心軸とほぼ一致する姿勢でシリンダヘッド4に取り付けられている。水噴射弁57は、ピストン5のキャビティCを真上から臨むように燃焼室10の天井面中央付近において燃焼室10に露出する先端部を有し、当該先端部に設けられた複数の噴孔(図示省略)を通じて放射状に水を噴射することが可能である。
(4)エンジンの制御系統
図5は、エンジンの制御系統を示すブロック図である。本図に示されるPCM100は、エンジンを統括的に制御するためのマイクロプロセッサであり、周知のCPU、ROM、RAM等から構成されている。
PCM100には各種センサによる検出信号が入力される。例えば、PCM100は、上述したクランク角センサSN1、エアフローセンサSN2、および水圧センサSN3と電気的に接続されており、これらのセンサによって検出された情報(つまりクランク角、エンジン回転速度、吸気流量、水圧等)が電気信号としてPCM100に逐次入力されるようになっている。
また、車両には、当該車両を運転するドライバーにより操作されるアクセルペダル(図示省略)の開度を検出するアクセルセンサSN4が設けられており、このアクセルセンサSN4による検出信号もPCM100に入力される。
PCM100は、上記各センサからの入力信号に基づいて種々の判定や演算等を実行しつつエンジンの各部を制御する。すなわち、PCM100は、燃料噴射弁11、スロットル弁27、送水ポンプ53、および水噴射弁57等と電気的に接続されており、上記演算の結果等に基づいてこれらの機器にそれぞれ制御用の信号を出力する。
上記制御に関する機能的要素として、PCM100は、燃料噴射制御部101および水噴射制御部102を含んでいる。
燃料噴射制御部101は、クランク角センサSN1により検出されるエンジン回転速度と、アクセルセンサSN4の検出値(アクセル開度)から特定されるエンジン負荷(要求トルク)と、エアフローセンサSN2により検出される吸気流量とに基づいて、燃料噴射弁11からの燃料の噴射量および噴射タイミングを決定し、その決定に従って燃料噴射弁11を制御する。
水噴射制御部102は、水圧センサSN3により検出される蓄圧レール56の内部圧力(蓄圧レール56内に貯留されている水の圧力)に基づいて、当該圧力が所要圧力(2MPa)以上に保持されるように送水ポンプ53を駆動する。また、水噴射制御部102は、上記エンジン負荷および回転速度等に基づいて水噴射弁57からの水の噴射量および噴射タイミングを決定し、その決定に従って水噴射弁57を制御する。
(5)運転条件に応じた制御
次に、PCM100(燃料噴射制御部101および水噴射制御部102)による燃料噴射弁11および水噴射弁57の制御について詳しく説明する。
図6は、エンジンの運転条件(負荷/回転速度)に応じた制御の相違を説明するためのマップ図である。本図に示すように、エンジンの運転領域は、燃料噴射弁11および水噴射弁57の制御の相違により4つの運転領域A1〜A4に大別される。それぞれ第1運転領域A1、第2運転領域A2、第3運転領域A3、第4運転領域A4とすると、第1運転領域A1は、回転速度が所定値Rx未満でかつ負荷が所定値Lx以上となる低速・高負荷の運転領域であり、第2運転領域A2は、回転速度が所定値Rx未満でかつ負荷が所定値Lx未満となる低速・低負荷の運転領域であり、第3運転領域A3は、回転速度が所定値Rx以上でかつ負荷が所定値Lx以上となる高速・高負荷の運転領域であり、第4運転領域A4は、回転速度が所定値Rx以上でかつ負荷が所定値Lx未満となる高速・低負荷の運転領域である。第1運転領域A1は、請求項にいう「高負荷領域」に相当し、第2運転領域A2は、請求項にいう「低負荷領域」に相当する。なお、負荷の閾値である所定値Lxは、図4では回転速度にかかわらず一定のように図示されているが、回転速度に応じて変化する値であってもよい。同様に、回転速度の閾値である所定値Rxは、図4では負荷にかかわらず一定のように図示されているが、負荷に応じて変化する値であってもよい。
図6に示される各運転領域A1〜A4のうち、少なくとも第1、第2、第3運転領域A1,A2,A3では、燃料噴射制御部101および水噴射制御部102の制御により、燃料噴射弁11からの燃料噴射と水噴射弁57からの水噴射との双方が実行される。これら第1、第2、第3運転領域A1,A2,A3における燃料噴射弁11および水噴射弁57の動作を、次の(a)(b)(c)において順に説明する。
ここで、下記(a)〜(c)の説明では、燃料噴射または水噴射のタイミングを特定する用語として、吸気行程または圧縮行程の「前期」、「中期」‥‥などの用語を用いることがあるが、これは、次のことを前提としている。すなわち、本明細書では、吸気行程や圧縮行程等の任意の行程を3等分した場合の各期間を前から順に「前期」「中期」「後期」と定義する。このため、例えば圧縮行程の(i)前期、(ii)中期、(iii)後期とは、それぞれ、(i)圧縮上死点前(BTDC)180〜120°CA、(ii)BTDC120〜60°CA、(iii)BTDC60〜0°CAの各範囲のことを指す。同様に、本明細書では、吸気行程や圧縮行程等の任意の行程を2等分した場合の各期間を前から順に「前半」「後半」と定義する。このため、例えば圧縮行程の(iv)前半、(v)後半とは、それぞれ、(iv)BTDC180〜90°CA、(v)BTDC90〜0°CAの各範囲のことを指す。
(a)第1運転領域での制御
低速・高負荷の第1運転領域A1では、図7に示すように、燃料噴射弁11からの燃料噴射If1が、吸気行程の中期から後期までの期間内に実行されるとともに、水噴射弁57からの水噴射Iw1が、圧縮行程の前期から中期までの期間内に実行される。
燃料噴射If1が上記のようなタイミング(吸気行程の中期〜後期)で実行されることにより、着火前の燃料の分布が十分に均一化される。すなわち、吸気行程の中期から後期にかけた期間内に燃料噴射弁11から燃料が噴射されると、噴射された燃料は、吸気流動等により撹拌されながら気化・霧化し、圧縮上死点(図7のTDC)までの間に燃焼室10内で均一に分散する。
燃料噴射If1による燃料の噴射量は、負荷の高い第1運転領域A1の条件に見合った比較的大きい値に設定される。燃料噴射If1の噴射パルス幅(燃料噴射弁11の開弁期間)は、決められた噴射量に応じて増減され、噴射量が多いほどパルス幅が長くされる。このことは水噴射Iw1でも同様である。
水噴射Iw1のタイミング(圧縮行程の前期〜中期)は、水噴射弁57から噴射された水を燃焼室10の外周部に偏在させることを意図して定められている。すなわち、圧縮行程の前期から中期までの期間内に水噴射弁57から水が噴射されると、その噴射水は、図10の下段図に示すように(図7にもこれに対応する図を模式的に示す)、ピストン5の冠面40におけるキャビティCよりも外側の領域(つまりスキッシュ部43)か、または気筒2の周壁に向けて放射状に飛翔する。飛翔した水は、冠面40のスキッシュ部43または気筒2の周壁に付着した後に蒸発するなどし、その結果、図10の中段図に示すように、ピストン5が圧縮上死点付近まで上昇した時点で、燃焼室10の外周部に相対的に濃度の濃い水(主に水蒸気)が存在する状態、つまり燃焼室10の外周部に存在する水の濃度が燃焼室10の中央部に比べて十分に濃くなる状態が得られる。そして、このように燃焼室10の外周部に偏在する水の冷却効果により、燃焼室10の外周部の壁面温度およびガス温度が低下する結果、燃焼が開始される直前(圧縮上死点付近)の燃焼室10の温度分布として、図10の上段のグラフに示すような分布が得られる。
上記のグラフにおいて、実線の波形は水噴射を実施した場合の温度分布を、破線の波形は水噴射を実施しなかった場合の温度分布をそれぞれ示している。両者の比較から、水噴射Iw1の効果により燃焼室10の外周部の温度(壁面温度およびガス温度)が集中的に低下し、当該外周部の温度と中央部の温度との差が拡大していることが理解される。なお、当実施形態では、上述した断熱層45および遮熱層46が燃焼室10の中央部の温度を高温化する役割を果たすので、仮に水噴射を実施しなかった場合でも、中央部と外周部との間には既にある程度の温度差が生じている。水噴射Iw1は、この温度差をさらに拡大させる役割を果たすことになる。
上記噴射水Iw1による燃焼室10の外周部に対する冷却効果としては、燃料の噴射量が多く燃焼室10が高温になり易い高負荷側ほど高いレベルが要求される。このため、水噴射Iw1による水の噴射量は、総じて、第1運転領域A1の中でも高負荷側ほど大きい値に設定される。
(b)第2運転領域での制御
低速・低負荷の第2運転領域A2では、図8に示すように、燃料噴射弁11からの燃料噴射If2が圧縮行程の後半に実行されるとともに、水噴射弁57からの水噴射Iw2が圧縮上死点の直後に実行される。
第2運転領域A2は第1運転領域A1よりも負荷が低いため、燃料噴射If2による燃料の噴射量は、第1運転領域A1での燃料噴射If1(図7)よりも小さい値に設定される。このように第2運転領域A2では燃料の噴射量が少ないため、燃料噴射弁11から噴射される燃料のペネトレーション(貫徹力)は比較的弱いものとなる。
燃料噴射If2のタイミング(圧縮行程の後半)は、燃料噴射弁11から噴射された燃料をピストン5のキャビティC内に収めることを意図して定められている。すなわち、圧縮行程の後半に燃料噴射弁11から燃料が噴射されると、その噴射燃料は、図11の下段図に示すように(図8にもこれに対応する図を模式的に示す)、ピストン5のキャビティCの内部に向けて放射状に飛翔する。キャビティC内に飛翔した燃料は、噴射量が少なく燃料のペネトレーションが弱いことと相俟って、その多くがキャビティCの内部に留まることになる。これにより、キャビティCの内部に存在する燃料の濃度がキャビティCの外部に比べて十分に濃くなる状態が得られ、キャビティCの内部に局所的にリッチな混合気が形成される。このリッチな混合気は、ピストン5が圧縮上死点付近に至った時点で難なく自着火に至り、HCCI燃焼が開始される。
水噴射Iw2のタイミング(圧縮上死点の直後)は、上記のように圧縮上死点付近で開始される燃焼(HCCI燃焼)の期間に水噴射を重ねることを意図して定められている。より詳しくは、水噴射Iw2のタイミングは、燃焼が開始する時点以後に水噴射が開始され、かつ燃焼が終了する時点以前に水噴射が終了するようなタイミングに設定されている。このようなタイミングで水噴射弁57から噴射された水は、図11の上段図に示すように、キャビティCの内部に向けて放射状に飛翔する。この時点において、燃焼室10の中央部(主にキャビティCの内部空間)では既に燃焼が起きているため、水噴射Iw2による噴射水はこの燃焼領域中に供給されることになる。
(c)第3運転領域での制御
高速・高負荷の第3運転領域A3では、図9に示すように、燃料噴射弁11からの燃料噴射If3が、吸気行程の中期から後期までの期間内に実行されるとともに、水噴射弁57からの水噴射Iw3が、圧縮行程の後期に実行される。
第3運転領域A3は第1運転領域A1と同じ負荷域にあるため、燃料噴射If3による燃料の噴射量は、第1運転領域A1での燃料噴射If1(図7)とほぼ同等になる。ただし、第3運転領域A3では第1運転領域A1よりも回転速度が高い(言い換えると単位時間あたりのクランク角の変化量が大きい)ため、同一量の燃料を噴射するのに要するクランク角は第1運転領域A1のときよりも長くなる。第3運転領域A3での燃料噴射If3のパルス幅が第1運転領域A1での燃料噴射If1のパルス幅よりも長いのはそのためである。
水噴射Iw3のタイミング(圧縮行程の後期)は、水噴射弁57から噴射された水を燃焼室10のキャビティC内に収めることを意図して定められている。すなわち、圧縮行程の後期に水噴射弁57から水が噴射されると、その噴射水は、図12の下段図に示すように(図9にもこれに対応する模式図を示す)、ピストン5のキャビティCの内部に向けて放射状に飛翔する。飛翔した水は、キャビティCの壁面に付着した後に蒸発するなどし、その結果、図12の中段図に示すように、ピストン5が圧縮上死点付近まで上昇した時点で、燃焼室10の中央部に相対的に濃度の濃い水(主に水蒸気)が存在する状態、つまり燃焼室10の中央部に存在する水の濃度が燃焼室10の外周部に比べて十分に濃くなる状態が得られる。そして、このように燃焼室10の中央部に偏在する水の冷却効果により、燃焼室10の中央部(キャビティC)の壁面温度およびガス温度が低下する結果、燃焼が開始される直前(圧縮上死点付近)の燃焼室10の温度分布として、図12の上段のグラフに示すような分布が得られる。当実施形態では、上述した断熱層45および遮熱層46の効果により燃焼室10の中央部が外周部よりも高温化されるので(グラフ中の破線の波形参照)、水噴射Iw3により燃焼室10の中央部の温度が低下させられることで、当該中央部と外周部との温度差が縮小することになる(グラフ中の実線の波形参照)。
上記噴射水Iw3による燃焼室10の中央部に対する冷却効果としては、単位時間あたりのクランク角変化量が大きい(そのため燃焼が継続するクランク角範囲が長くなり易い)高速側ほど高いレベルが要求される。このため、水噴射Iw3による水の噴射量は、総じて、第3運転領域A3の中でも高速側ほど大きい値に設定される。
(6)作用効果
以上説明したとおり、当実施形態の予混合圧縮着火式エンジンでは、ピストン5の冠面40の中央部に、燃焼室壁面の母材よりも熱伝導率が小さい断熱層45が配置されるとともに、低速・高負荷の第1運転領域A1での運転時に、燃焼開始の直前において燃焼室10の外周部に水が偏在させられるように、圧縮行程の前期または中期に水噴射弁57から水が噴射される。このような構成によれば、燃焼に伴う筒内圧力の急上昇を抑制しつつ、エンジンの熱効率を良好に確保できるという利点がある。
すなわち、上記実施形態では、ピストン5の冠面40(燃焼室壁面)の中央部に断熱層45が配置されるので、この断熱層45の効果により、燃焼室10から冠面40の中央部を通じて外部に熱が逃げるのを抑制することができる。これにより、燃焼が開始される直前、つまりピストン5が圧縮上死点付近まで上昇して燃焼室10が十分に高温化した時点において、燃焼室10の内部に有意な温度分布(径方向に所定量以上の温度差が生じる状態)をつくり出すことができる。より詳しくは、壁面に断熱層45が設けられた燃焼室10の中央部については、放熱が抑制されて高温化する一方、壁面に断熱層45が設けられない燃焼室10の外周部については、断熱層45による断熱効果が得られないため、比較的低温となる。このようにして、燃焼室10の中央部の温度が外周部に比べて十分に高くなり、有意な温度分布が得られる。
上記のような温度分布(温度差)が燃焼室10に形成されるのに伴い、燃焼室10内で燃料が自着火するタイミングに差が生じ、燃焼を緩慢化させることができる。すなわち、温度が高い燃焼室10の中央部でまず燃料が自着火し、その後、比較的低温な燃焼室10の外周部で燃料が自着火するというように、径方向の内側から外側にかけて順に燃焼が進行するという燃焼形態を実現することができる。これにより、全体として燃焼を緩慢化することができ、筒内圧力の急上昇を抑制することができる。
ただし、比較的負荷の高い第1運転領域A1では、燃料噴射量が多く、燃焼により発生する熱量が多くなるので、上記のような断熱層45を利用した温度分布の形成だけでは、燃焼の緩慢化作用を所期のレベルまで高めることは難しいと考えられる。これに対し、上記実施形態では、上記第1運転領域A1において、燃焼室10の外周部に水を偏在させる水噴射Iw1が燃焼の開始(自着火)前に実行されるので、噴射された水によって燃焼室10の外周部が冷却されることにより、当該外周部の温度がさらに低下する結果、燃焼室10の中央部と外周部との温度差がさらに拡大する。これにより、燃焼の進行がさらに緩やかになり、筒内圧力の急上昇を効果的に抑制することができる。
そして、上記のような作用により特に高負荷の第1運転領域A1で筒内圧力の急上昇が抑制される結果、筒内圧力の上昇率(dp/dθ)の最大値が低減され、燃焼騒音の小さい商品性に優れたエンジンを実現することができる。また、燃焼温度の最大値も低減されるので、NOx発生量の少ないクリーンな燃焼を実現することができる。
加えて、径方向の内側から外側に順に燃焼を進行させることが可能な上記実施形態によれば、比較的低温とされる燃焼室10の外周部の壁面に火炎が一気に到達するのを回避でき、しかも初期燃焼が起きる領域は断熱層45によって断熱されるので、燃焼熱が外部に逃げるのを十分に抑制することができる。これにより、冷却損失を低減してエンジンの熱効率を効果的に向上させることができる。
また、上記実施形態では、燃焼室10の天井面の中央付近に設けられた水噴射弁57からピストン5に向けて放射状に水が噴射されるので、第1運転領域A1での運転時に、水噴射Iw1によって圧縮行程の前期または中期に水が噴射されることにより、噴射された水をピストン5の冠面40の外周部(スキッシュ部43)または気筒2の周壁に指向させることができ、この噴射水によって燃焼室10の外周部に水が偏在する状態を適正につくり出すことができる。
また、上記実施形態では、第1運転領域A1での運転時に、圧縮行程の前期または中期に実施される上記水噴射Iw1の量が負荷が高いほど増大されるので、熱発生量が多く燃焼が急峻化し易い条件であるほど燃焼室10の外周部に対する冷却効果を高めることができ、燃焼室10内の温度差による燃焼の緩慢化を促進することができる。
また、上記実施形態では、上記第1運転領域A1よりも低負荷側の(低速・低負荷の)第2運転領域A2での運転時に、圧縮行程の後半という比較的遅い時期に燃料噴射If2が実行されるので、噴射量が少なく燃料のペネトレーションが弱いこととの相乗効果により、燃料が自着火する前の時点で、燃焼室10の一部(特にキャビティCの内部)にのみ燃料が偏存する状態が得られる。このような状態で燃料が自着火すると、燃焼領域(火炎が拡がる領域)が比較的狭い範囲に限定されるので、火炎が燃焼室壁面に接触する面積を小さくでき、冷却損失を効果的に低減することができる。ただし、燃料が偏在する領域(キャビティC内)では過剰にリッチな混合気が形成される可能性があり、それに伴いスートの発生量が増大することが懸念される。これに対し、上記実施形態では、圧縮上死点の直後に開始される水噴射Iw2によって、燃焼が継続中の高温の燃焼室10に水が供給されて気化し、その気化後の水蒸気が燃焼反応に寄与するOHラジカルを増大させる作用をもたらすので、当該OHラジカルによる強力な酸化作用により、炭素(C)の酸化が促進される(CO2等に変換される)結果、スートの発生量を効果的に抑制することができる。
また、上記実施形態では、第1運転領域A1よりも高速側の(高速・高負荷の)第3運転領域A3での運転時に、燃焼室10の中央部に水を偏在させることが可能な圧縮行程の後期に水噴射弁57から水が噴射されるので(水噴射Iw3)、高温になり易い燃焼室10の中央部が集中的に冷却されて、燃焼室10の中央部と外周部との温度差が縮小する。これにより、燃焼室の中央部/外周部で着火時期に大きな差が生じなくなり、短時間の間に多くの燃料が燃焼する比較的急峻な燃焼が起きるようになる。しかしながら、第1運転領域A1よりも回転速度が高い第3運転領域A3では、単位時間あたりのクランク角変化量が大きいので、燃焼が急峻化されても圧力上昇率(dp/dθ)の最大値はそれほど大きくならない。このため、回転速度が高い第3運転領域A3で上記のように燃焼室10の温度の均一化を図ったとしても、燃焼騒音は特に問題にならず、むしろ、短時間で多くの燃料が燃焼する結果、排気損失の少ない(熱効率の高い)燃焼が実現される。また、燃焼室10の中央部は、第3運転領域A3のような高回転かつ高負荷の条件下で特に高温になり易い部分であるが、当該第3運転領域A3において燃焼室10の中央部を噴射水により直接的に冷却する上記実施形態によれば、燃焼室10の中央部の温度が過度に上昇することが回避されるので、冷却損失を低減してエンジンの熱効率を向上させることができる。
また、上記実施形態では、ピストン5の冠面40に、その中央部にある断熱層45とその径方向外側の冠面40とをともに覆う遮熱層46が設けられるので、冠面40を通じて熱が逃げるのをこの遮熱層46によって抑制することができ、冷却損失を低減することができる。特に、高温になり易い燃焼室10の中央部は、遮熱層46と断熱層45とにより二重に断熱されることになるので、冷却損失の低減効果をより高めることができる。しかも、遮熱層46は、断熱層45よりも体積比熱が小さく(蓄熱性が低く)、周囲の温度に追従して変動し易い。このため、燃焼が終了してから次の燃焼が起きるまでの間に、例えば新気の導入等に伴って遮熱層46の温度を速やかに低下させることができる。これにより、燃焼室10の温度が過度に上昇するような事態が回避されるので、燃焼室10の断熱により冷却損失の低減を図りながらも、異常燃焼等が発生するのを効果的に防止することができる。
(7)変形例
上記実施形態では、ピストン5の冠面40の中央部に断熱層45を配置した上で、この断熱層45とその径方向外側の冠面40とをともに覆うように遮熱層46を配置したが、断熱層45の直上部分には遮熱層46を配置しないようにしてもよい。あるいは、断熱層45のみを残して遮熱層46は省略してもよい。逆に、遮熱層46は、ピストン5の冠面40だけでなく、燃焼室10の天井面や気筒2の周壁(シリンダブロック3の内周面)にも配置し得る。
また、上記実施形態では、ピストン5の冠面40の中央部(キャビティCの底面部41)にのみ断熱層45を配置したが、断熱層45は、燃焼室壁面の径方向中央部に配置されるものであればよく、例えば燃焼室10の天井面の中央部(図2において吸・排気ポート6,7の間に位置する部分のシリンダヘッド4の下面)にも断熱層45を配置し得る。
また、上記実施形態では、遮熱層46の熱伝導率を断熱層45のそれよりも小さい値に設定したが、これら両層45,46の熱伝導率は同じでもよく、あるいは、遮熱層46の熱伝導率を断熱層45のそれよりも大きい値に設定してもよい。
また、上記実施形態では、水噴射弁57として、先端部に複数の噴孔が形成された多噴孔型の噴射弁を用いたが、本発明において使用可能な水噴射弁はこれに限られず、いわゆる外開きタイプの噴射弁を水噴射弁として使用することも可能である。外開きタイプの噴射弁は、例えば、筒状のバルブボディと、このバルブボディ内に進退可能に挿入されたニードル弁とを備えている。ニードル弁の先端部は、その外周面がバルブボディの先端部の内周面に対し密着可能な状態で収容されている。このような外開きタイプの噴射弁では、その開弁時にニードル弁が突出方向に駆動されることにより、ニードル弁の先端部とバルブボディの内周面との間に連続したリング状のスリットからなるノズル口が形成され、このノズル口を通じて水がコーン状に噴射される(このようなコーン状の水噴射も放射状に水を噴射する一態様である)。なお、外開きタイプの噴射弁を使用可能なのは、燃料噴射弁11でも同様である。
また、上記実施形態では、低速・高負荷の第1運転領域A1において、燃焼室10の外周部に水が偏在する状態を燃焼開始の直前につくり出すために、燃焼室10の天井面の中央付近に配置された水噴射弁57から圧縮行程の前期または中期に放射状に水を噴射させるようにしたが(水噴射Iw1)、この第1運転領域A1での水噴射Iw1のタイミングは、燃焼が開始される直前の燃焼室10の外周部に水が偏在する状態をつくり出せるタイミングであればよく、その限りにおいて適宜の変更が可能である。例えば、水噴射弁57の取付位置が変われば、燃焼室10の外周部に水を偏在させるのに適したタイミングも変わり得るので、水噴射Iw1のタイミングは水噴射弁57の取付位置等に応じて適宜調整すればよい。ただし、いずれの場合でも、第1運転領域A1での水噴射Iw1は、燃料噴射弁11による燃料噴射If1が終了してから燃料が自着火するまでの間には開始する必要がある。
また、上記実施形態では、低速・高負荷の第1運転領域A1において、吸気行程の中期または後期に燃料噴射弁11から燃料を噴射させるようにしたが(燃料噴射If1)、この第1運転領域A1での燃料噴射If1のタイミングは、圧縮上死点までの間に燃料が燃焼室10内で比較的均一に分散するようなタイミングであればよく、その限りにおいて適宜の変更が可能である。例えば、圧縮行程の前半に燃料噴射If1を実行するようにしてもよい。ただし、第1運転領域A1での燃料噴射If1のタイミングは、少なくとも第2運転領域A2での燃料噴射If2のタイミングよりは早くされる。このことは、高速・高負荷の第3運転領域A3での燃料噴射If3でも同様である。
また、上記実施形態では、低速・低負荷の第2運転領域A2において、圧縮上死点の直後に水噴射Iw2を開始してその後終了することにより、当該水噴射Iw2の期間が燃焼期間中に完全に含まれるような態様で水を噴射したが、この第2運転領域A2での水噴射Iw2のタイミングは、燃焼室10に噴射された水(気化後の水蒸気)によるOHラジカルの増大作用が燃焼期間中に及ぶようなタイミングであればよく、その限りにおいて適宜の変更が可能である。ただし、当該目的のためには、第2運転領域A2での水噴射Iw2は、燃料噴射If2が終了してから燃焼が終了するまでの間には行う必要があり、そのタイミングは圧縮行程の後期から膨張行程の初期までの期間内になる。
また、上記第2運転領域A2において燃焼期間に重なるように実行される水噴射Iw2は、第2運転領域A2の一部でのみ実行し、同領域A2の残りの一部では水噴射を停止してもよい。あるいは、第2運転領域A2の全域で水噴射を停止してもよい。
また、上記実施形態では、水噴射弁57から燃焼室10に噴射される水として、100℃以上の温度と2MPa以上の圧力とを有する比較的高温・高圧の水を用いたが、噴射水の温度・圧力等は、上述した各運転領域A1,A2,A3において求められる水噴射の寄与効果のいずれを重視するか等に応じて適宜変更可能である。
例えば、いわゆる超臨界または亜臨界と呼ばれる状態にまで温度・圧力が高められた水(つまり超臨界水または亜臨界水)を燃焼室10に噴射することも可能である。ここで、超臨界水とは、水の臨界点(647K、22MPa)よりも温度および圧力が高い水のことであり、亜臨界水とは、超臨界水に近い性質を有する水のことである。
超臨界水/亜臨界水は、気体の水に変化するのにほとんどエンタルピー(潜熱)を必要としない。しかも、燃焼室10に噴射された超臨界水/亜臨界水は、燃焼室10内で急速に膨張することにより、ピストン5を押し下げる仕事をする。したがって、このような性質の超臨界水/亜臨界水を燃焼室10に噴射した場合には、その噴射に伴う仕事の増分だけ、燃料の噴射量を減らして燃費を改善できる可能性がある。
特に、第2運転領域A2では、圧縮上死点の直後に水が噴射されるので、この噴射水として超臨界水/亜臨界水を用いれば、十分な燃費改善効果が得られると考えられる。すなわち、第2運転領域A2において超臨界水/亜臨界水を圧縮行程の直後に噴射した場合には、噴射された超臨界水/亜臨界水が膨張行程中に急速に膨張することでピストン5が押し下げられるので、当該押し下げ仕事(それによる出力トルクの増分)の分だけ燃料の噴射量を減らすことができる。しかも、排気ガスの熱を利用して超臨界水/亜臨界水を生成した場合には、排気ガスの熱を出力に変換するいわゆる排熱回収が達成されるので、十分な燃費改善効果を得ることが可能になる。
ただし、超臨界水/亜臨界水を例えば高負荷側の第1運転領域A1でも使用した場合、この第1運転領域A1で期待されている水噴射による冷却効果(つまり燃焼室10の外周部を冷却して燃焼を緩慢化する効果)は減少すると考えられる。しかしながら、超臨界水/亜臨界水といえども、圧縮上死点付近の燃焼室10の温度よりは低いので、それなりの冷却効果は期待できる。加えて、水は不活性ガスであるから、この不活性ガスとしての水の偏在がもたらす作用により、超臨界水/亜臨界水を噴射した場合でも同様の緩慢化効果が得られると考えられる。すなわち、超臨界水/亜臨界水を噴射した場合には、ごく短時間で十分量の水を燃焼室10の外周部に供給できるので、当該外周部における不活性ガスの濃度が十分に高まる結果、その濃度差がもたらす作用により、(冷却効果が多少減少しても)燃焼の緩慢化を図ることが可能になる。
また、上記実施形態では、ガソリンと空気との混合気を圧縮して自着火させるHCCI燃焼が全ての運転領域で実行されるガソリンエンジンに本発明を適用した例について説明したが、本発明が適用可能なエンジンはこのようなエンジンに限られない。例えば、一部の運転領域でHCCI燃焼が実行されかつ残りの運転領域で火花点火燃焼が実行されるガソリンエンジンや、ガソリン以外の副成分(アルコール等)が含有された燃料をHCCI燃焼させるエンジンにも本発明を適用可能である。