以下、本発明に係る端面接触形メカニカルシールの実施の形態を図面に基づいて具体的に説明する。
<第1実施形態>
図1は第1の実施の形態における本発明の端面接触形メカニカルシール(以下「第1発明メカニカルシール」という)を示す断面図であり、図2は図1の要部を拡大して示す詳細図である。
図1に示す如く、第1発明メカニカルシールM1は、油等の高温の粘性流体を扱う横型ポンプ等の回転機器に装備されたもので、当該回転機器のハウジング101に取り付けられたシールケース102と、シールケース102を貫通する当該回転機器の回転軸103に固定された固定密封環104と、シールケース102に軸線方向へ移動可能に保持された可動密封環105と、可動密封環105を固定密封環104へと押圧させるべく附勢するベローズ106とを具備する。第1発明メカニカルシールM1は、両密封環104,105の対向端面である密封端面107,108が接触しながら相対回転することにより当該密封端面107,108の外周側領域である被密封流体領域A1とその内周側領域である非密封流体領域B1とを遮蔽シールするように構成されたものであって、スプリング部材としてベローズ106を使用するベローズ型の端面接触形メカニカルシールである。
被密封流体領域A1の流体(被密封流体)は、油等の高温(クエンチン流体Q1より高温)の粘性流体であり、非密封流体領域B1には、後述する如く、被密封流体より低圧のスチームをクエンチング流体Q1として供給させるようになっている。なお、本実施形態の説明において、前後とは図1及び図2における左右を意味し、軸線とは回転軸103の中心線(軸線)をいい、軸線方向とは軸線と同一方向をいうものとする。
シールケース102は、図1に示す如く、ハウジング101に取り付けられたケース本体109と、その内周面における軸線方向の中間部に設けた環状凸部110に取り付けられた円筒状のバッフル111と、ケース本体109の基端部(前端部)に取り付けられたフランジ112と、その基端部(前端部)に取り付けられた円環状の閉塞板113とからなる円筒構造体である。バッフル111は、シールケース102の環状凸部110に取り付けられて、環状凸部110の内周部との間に隙間を有した状態で当該内周部から両密封環104,105の密封端面107,108の内周部近傍へと軸線方向に延びる円筒状のものである。フランジ112は、先端内周部から内方に突出する環状壁114を有する円環状体であり、この環状壁114と当該フランジ112の基端内周部に取り付けた円環状の閉塞板113との間には、環状のシール空間115が形成されている。
図1に示す如く、回転軸103には円筒状のスリーブ116が挿通された状態で固定されている。すなわち、スリーブ116は、基端部(前端部)をシールケース102外に突出させると共に先端部(後端部)をハウジング101内に突入させた状態で、先端部を固定環117及びセットスクリュー118,119を介して回転軸103に固定することにより、挿通された状態で回転軸103に対して固定されている。なお、シールケース102のフランジ112の外周面には、先端開口部を固定環117の先端外周部に近接させた断面L字状の円筒形状をなす拡散防止カバー120が取り付けられていて、フランジ112外に拡散防止カバー120で囲繞されたスチーム回収空間121が形成されている。
図2に示す如く、固定密封環104は、炭化珪素等のセラミックス又は超硬合金で構成された環状体であって、外周面を一定径とすると共に内周面を基端方向(後方)へと広がるテーパ面104aとした先端部104Aと、外周面を先端部104Aの外周面に面一状に連なる一定径とすると共に内周面104bを先端部104Aのテーパ面104aに連なる一定径とした中間部104Bと、外周面104cを中間部104Bの外周面より小径の一定径とすると共に内周面104dを中間部104Bの内周面に面一状に連なる一定径とした基端部104Cとからなる。固定密封環104の先端部104Aの先端面(前端面)は軸線に直交する平滑な平面である密封端面107として形成されている。また、固定密封環104は、スリーブ116の基端部に取り付けたドライブリング122に環状ガスケット123及びドライブピン124を介して固定されている。すなわち、図2に示す如く、固定密封環104の中間部104B及び基端部104Cはドライブリング122の先端内周部に嵌合されており、基端部104Cの外周面104cとドライブリング122の内周面との間はこれに装填させた断面方形状の環状ガスケット123によりシールされている。さらに、図2に示す如く、固定密封環104の基端部104Cの内周部には凹部104eが形成されていて、この凹部104eにドライブリング122に取り付けたドライブピン124を係合させることにより、ドライブリング122に対する固定密封環104の相対回転を阻止している。
可動密封環105は、図1及び図2に示す如く、先端面(後端面)を軸線に直交する平滑な平面である密封端面108に構成したカーボン製の円環状体であり、シールケース102の環状凸部110に付け合わせた状態でケース本体109の先端側に固定されたアダプタリング125、基端部(前端部)がアダプタリング125に固着されたベローズ106及び、ベローズ106の先端部(後端部)に固着されたリテーナリング126を介してシールケース102に軸線方向への移動が可能となるように保持されている。
図1に示す如く、ベローズ106は、軸線方向に弾性的に伸縮自在な金属製(この例では、ニッケル合金)の薄肉円筒体であって、可動密封環105を固定密封環104へと押圧接触させるべく軸線方向に附勢する。ベローズ106及びアダプタリング125はバッフル111にこれとの間に隙間を有した状態で嵌合されており、リテーナリング126はバッフル111に軸線方向へ移動自在に嵌合されている。リテーナリング126は、図2に示す如く、ベローズ106が連結された本体部127と、当該本体部127の外周部から突出する嵌合部128とからなる断面L字状の環状体である。
図1及び図2に示す如く、可動密封環105は、リテーナリング126の嵌合部128に、先端部(前端部)を嵌合部128から突出させると共に、基端部(後端部)をリテーナリング126の本体部127に衝合させた状態で、焼嵌めにより固定されている。
シールケース102と回転軸103との間には、シール部材129が装填されていて、非密封流体領域B1とシールケース外の大気領域(以下、機外大気領域」という)C1とをシールしている。すなわち、非密封流体領域B1を第1発明メカニカルシールM1とシール部材129とで閉塞されたクエンチング室に構成してある。シール部材129は、図1に示す如く、ガータスプリング130により複数個の円弧状セグメント131を円形とした状態でスリーブ116に緊縛させてなる軸周シールである。
シールケース102の本体部109には、非密封流体領域B1にクエンチング流体であるスチームQ1を供給するクエンチング路132及び非密封流体領域B1のスチームQ1を排出するドレン路133が形成されている。クエンチング路132及びドレン路133は、図1に示す如く、夫々、シールケース102の環状凸部110の内周面の一箇所に開口するものである。クエンチング路132から当該環状凸部110とバッフル111との対向周面間に供給されたクエンチング流体としてのスチームQ1は、バッフル111の外周面に沿ってベローズ106内を通過して両密封環104,105の相対回転摺接部分である密封端面107,108へと流動し、その後、反転してバッフル111とスリーブ116との対向周面間をシール部材129方向に流動する。シール部材129から機外大気領域C1に漏洩するスチームQ1は、機外大気領域C1に拡散することなく拡散防止カバー120内のスチーム回収空間121に回収される。クエンチング路132から非密封流体領域B1へのスチームQ1の供給は継続的に行われが、運転停止時においてもその供給が停止されることはない。なお、シールケース102の本体部109には、図1に示す如く、アダプタリング125の外周側において被密封流体領域A1に開口するフラッシング路134が形成されていて、このフラッシング路134から被密封流体に混入しても支障のない液体(フラッシング流体)Fを密封環104,105の外周側へと噴出させるようになっている。
而して、図2に示す如く、第1発明メカニカルシールM1にあっては、セラミックス又は超硬合金で構成された固定密封環104の表面部分であって、非密封流体領域B1のスチーム(クエンチング流体)Q1と接触する部分にダイヤモンド膜135を一連に形成してある。すなわち、ダイヤモンド膜135は、図2に示す如く、固定密封環104の先端部104Aのテーパ面104aと、中間部104Bの内周面104bと、基端部104Cの内周面104d及び基端面104f(凹部104eの内周面を含む)並びに外周面104cとに一連に形成してある。なお、固定密封環104の基端部104Cの外周面104cの基端部分は環状ガスケット123と接触していないが、当該外周面104cにおけるダイヤモンド膜135は環状ガスケット123と接触しない当該外周面104cの上記基端部分のみに形成し、環状ガスケット123に接触する部分には形成しないようにしておいてもよい。
ダイヤモンド135の厚さは1μm以上であることが好ましく、1μm〜25μmであることがより好ましい。ダイヤモンド膜135の厚さが1μm未満では後述する熱交換作用を効果的に行わせしめることが困難であり、25μmを超えるとダイヤモンドによる層強度を十分に確保することが困難である。
ダイヤモンド膜135の形成は、例えば、熱フィラメント化学蒸着法、マイクロ波プラズマ化学蒸着法、高周波プラズマ法、直流放電プラズマ法、アーク放電プラズマジェット法、燃焼炎法等の方法によって行われる。なお、以下の説明において、密封環(回転密封環4)とこれに形成されたダイヤモンド膜135とを区別する必要があるときは、前者を密封環母材という。
ところで、特許文献3〜特許文献5に開示される第3〜第5従来メカニカルシールは、被密封流体が油等の高温の粘性流体である条件下で使用されるものであるが、当該メカニカルシールが装備される回転機器が横型ポンプ等である場合にあっては、運転停止状態時には被密封流体領域の上部領域に比して下部領域での温度が低くなる。一方、被密封流体が粘性流体である場合、その温度低下による粘性上昇を防止するためにクエンチング流体としてスチームが使用され、クエンチング流体の供給は運転停止時も継続して行われるが、上記した如く、非密封流体領域へのクエンチング流体の供給が一箇所で行われるため、スチームによる粘性流体の温度低下防止効果も均一に行われない。その結果、運転開始直後においては、粘度の高い被密封流体が密封端面間に介在することにより密封端面に作用するトルクは極めて大きく最大となる。したがって、ベローズ型の第3〜第5従来メカニカルシールにあっては、運転開始直後において、密封端面に大きなトルクが作用することによって、可動密封環に連結されたベローズにねじれが生じ、このねじれは相手密封環との相対回転摺接により消失して、一旦、ベローズはねじれのない状態に復帰する。しかし、密封端面間に介在する被密封流体の粘度が高い場合には、このようなベローズのねじれが発生する状態とねじれが消失する状態への復帰が繰り返して行われることになり、ベローズがねじり振動することになる。その結果、薄肉円筒体構造をなすベローズは瞬時に破壊されることになる。そして、ベローズが破壊されると、被密封流体が高温の油等の可燃性流体であるときには、これが一種のオリフィス構造をなすシールケースから吹き出して火災が発生する等の事故を招くことになる。また、このようなベローズに破壊が生じない場合にも、密封端面間に大きな剪断力が作用することから、第3又は第5従来メカニカルシールのように一方の密封環がカーボン製のものであると、その密封端面にブリスタ現象が生じて、相手密封端面との適正な相対回転摺接作用が行われず、長期に亘って良好なメカニカルシール機能を発揮できない虞れがある。
しかし、第1発明メカニカルシールM1は、以下に述べる如く、このような第3〜第5従来メカニカルシールにおける問題を生じず、長期に亘って良好なメカニカルシール機能を発揮させることができる。
以上の構成された第1発明メカニカルシールにあっては、セラミックス又は超硬合金で構成された固定密封環104の表面部分であってスチームQ1と接触する部分にダイヤモンド膜135が一連に形成されているから、相手密封環(可動密封環)105との相対回転摺接により固定密封環104の密封端面107に高温の摩擦熱が生じるにも拘わらず、固定密封環104の密封端面107を含む密封環母材が高温になることがなく、当該密封端面107の温度も均一化される。
すなわち、ダイヤモンド膜135を構成するダイヤモンドは、固定密封環104の密封環母材を構成する炭化珪素等のセラミックスや超硬合金に比して熱伝導率が極めて高いものである。例えば、炭化珪素の熱伝導率は70〜120W/mKであるのに対し、ダイヤモンドの熱伝導率は1000〜2000W/mKである。したがって、密封端面107に生じた摩擦熱がダイヤモンド膜135からスチームQ1へと速やかに放熱されると共に、密封環母材104がダイヤモンド膜135を形成した部分において被密封流体より低温のスチームQ1との熱交換により可及的に冷却されることになる。
このため、クエンチング路132から非密封流体領域B1の一箇所にスチームQ1が供給されるにも拘わらず、固定密封環104はスチームQ1との接触により密封端面107を含めて温度ムラのない状態で均一に冷却されることになると共に、密封端面107,108周辺の粘性流体(被密封流体)もスチームQ1により温度ムラなく均一に保温される。
したがって、固定密封環104の密封端面107と可動密封環105の密封端面108との間には粘度の高い被密封流体と粘度の低い密封流体とが混在するようなことがなく、密封端面107,108間にその円周方向に粘度ムラのない均一な粘度の流体膜が介在することになる。その結果、カーボンで構成された可動密封環105の密封端面108に相手密封端面107と接触状態で相対回転することによっては大きな剪断力が作用せず、相手密封端面107が冷却されていることとも相俟って、可動密封環105の密封端面108にブリスタ現象が生じることがない。
また、当該メカニカルシールM1が装備される回転機器が横型ポンプ等であるときは、運転停止時において被密封流体領域A1の下部側において被密封流体の温度が低下して高粘度となっていることがあるが、上記した如く、固定密封環104がこれに形成されたダイヤモンド膜135によりスチームQ1と極めて効率よく熱交換されて、密封端面107,108周辺の粘性流体がスチームQ1により均一に保温されることから、スチームQ1が運転時においても非密封流体領域B1に継続して供給されていることと相俟って、密封端面107,108間に低温の高粘度流体が介在することがない。
したがって、運転が開始された直後においても、密封端面107,108間に作用するトルクが大きくならず、これによってベローズ106にねじれが生じることがない。また、仮にベローズ106にねじれが生じたとしても、それが微小なものであるため密封端面107,108の相対回転摺接に伴って迅速に解消されることになり、その結果、ベローズ106にねじれ振動が生じることがなく、運転開始直後においてベローズ106がねじれ振動により破壊されるような事態の発生を確実に防止できる。
以上より、第1発明メカニカルシールM1によれば、長期に亘って良好なメカニカルシール機能を発揮させることができる。また、スチームQ1との熱交換が回転密封環104に形成されたダイヤモンド膜135により極めて効果的に行われることから、クエンチング路132から非密封流体領域B1に供給するスチーム量を可及的に少なくすることができる。
図3は、上記第1実施形態の変形例を示す図である。図3に示す如く、スチームQ1との熱交換、冷却、放熱作用を更に効果的に行わせしめ、固定密封環104の密封端面107全面を均一温度に冷却すると共に、相手密封端面108との相対回転摺接によって発生する摩擦熱を可及的に低減して、上記作用効果をより顕著に発揮させるためには、固定密封環104の密封端面107に前記ダイヤモンド膜135に連なるダイヤモンド膜136を一連に構成しておくことが望ましい。
すなわち、固定密封環104の密封端面107にもダイヤモンド膜136を形成しておくことにより、ダイヤモンドの摩擦係数が固定密封環104の密封環母材である炭化ケイ素等のセラミックスや超硬合金に比して極めて低い(一般に、ダイヤモンドの摩擦係数(μ)は0.03であり、セラミックスや超硬合金に比して遥かに低摩擦係数のPTFEよりも低い)ものであることから、相手密封端面108との相対回転摺接によって生じる発熱(及び摩耗)が極めて少なくなり、摩擦熱による影響を更に減じることができる。しかも、密封端面107に形成されたダイヤモンド膜136がスチームQ1と接触するダイヤモンド膜135に連なっていることから、スチームQ1との熱交換により密封端面107全体が均一に冷却されることなる。その結果、上記した作用効果がより効果的に発揮され、カーボン製の相手密封端面(可動密封環105の密封端面)108のブリスタ現象や運転開始直後におけるスプリング部材としてのベローズ106のねじれによる破壊が確実に防止される。
<第2実施形態>
また、図4は第2の実施の形態における本発明の端面接触形メカニカルシール(以下「第2発明メカニカルシール」という)を示す断面図であり、図5は図4の要部を拡大して示す詳細図である。
図4に示す如く、第2発明メカニカルシールM2は、例えば油等の高温の粘性流体を扱う横型ポンプ等の回転機器に装備されたもので、当該回転機器のハウジング201に取り付けられたシールケース202と、シールケース202を洞貫する当該回転機器の回転軸203に固定された固定密封環204と、シールケース202に軸線方向へ移動可能に保持された可動密封環205と、可動密封環205を固定密封環204へと押圧するスプリング部材206とを具備する。また、第2発明メカニカルシールM2は、両密封環204,205の対向端面である密封端面207,208の相対回転摺接作用により当該相対回転摺接部分としての密封端面207,208の外周領域である被密封流体領域A2とその内周側領域である非密封流体領域B2とを遮蔽シールするように構成されたものであって、第1発明メカニカルシールM1と同様に、スプリング部材106としてベローズを使用するベローズ型の端面接触形メカニカルシールである。第2発明メカニカルシールM2の被密封流体領域A2の流体(被密封流体)は、油等の粘性流体であり、クエンチング流体Q2よりも高温に設定される。非密封流体領域B2には、第1発明メカニカルシールM1と同様に、被密封流体より低圧のスチームをクエンチング流体Q2として供給させるようになっている。なお、本実施形態の説明において、前後とは図4及び図5における左右を意味し、軸線とは回転軸203の中心線(軸線)をいい、軸線方向とは軸線と同一方向をいうものとする。
図4に示す如く、シールケース202は、ハウジング201に取り付けられたケース本体209と、その内周面における軸線方向の中間部に突設された環状凸部210に取り付けられた円筒状のバッフル211と、ケース本体209の基端部(前端部)に取り付けられたフランジ212と、その基端部(前端部)に取り付けられた円環状の閉塞板213とからなる円筒構造体である。
バッフル211は、ケース本体209の環状凸部210に取り付けられて、環状凸部210の内周部との間に隙間を有した状態で当該内周部から両密封環204,205の相対回転摺接部分である密封端面207,208の内周部近傍へと軸線方向に延びる円筒状の部材である。フランジ212は、先端内周部から内方に突出する環状壁214を有する円環状体であり、この環状壁214と当該フランジ212の基端内周部に取り付けた円環状の閉塞板213との間に環状のシール空間215が形成されている。
図4及び図5に示す如く、固定密封環204は、炭化珪素等のセラミックス又は超硬合金で構成された環状体であって、先端面(前端面)には軸線に直交する平滑な平面である密封端面207が形成されている。固定密封環204は、回転軸203に挿通固定したスリーブ216にドライブリング217を介して固定されている。
可動密封環205は、図4及び図5に示す如く、固定密封環204と同様に炭化珪素等のセラミックス又は超硬合金で構成された円環状体である。図5に示す如く、可動密封環205は、内周面を基端方向(前方)へと広がるテーパ面205aとすると共に外周面を一定径とする先端部205Aと、内周面205bをテーパ面205aに連なる一定径とすると共に外周面を先端部205Aの外周面に面一状に連なる一定径とする基端部205Bとからなり、基端部205Bの基端面(前端面)222は軸線に直交する円環状面としてある。可動密封環205の先端部205Aの先端面(後端面)は軸線に直交する平滑な平面である密封端面208として形成されている。可動密封環205は、シールケース202の本体部209の環状凸部210に接触させた状態で当該本体部209に固定されたアダプタリング218、基端部(前端部)をアダプタリング218に固着されたベローズ206、及びベローズ206の先端部(後端部)に固着されたリテーナリング219を介してシールケース102に軸線方向へ移動可能に保持されている。
図4に示す如く、ベローズ206は、軸線方向に弾性的に伸縮自在な金属製(この例では、ニッケル合金)の薄肉円筒体であって、可動密封環205を固定密封環204へと押圧しながら接触させるべく軸線方向に附勢する。ベローズ206及びアダプタリング218は、バッフル211にこれとの間に隙間を有する状態で嵌合されており、リテーナリング219はバッフル211に軸線方向に移動自在に嵌合されている。リテーナリング219は、図5に示す如く、ベローズ206が連結された本体部220とその外周部から突出する嵌合部221とからなる断面L字状の環状体である。
図4及び図5に示す如く、可動密封環205は、リテーナリング219の嵌合部221に、先端部205Aを嵌合部221から突出させた状態で、焼嵌めにより固定されている。
すなわち、可動密封環205は、これとリテーナリング219の本体部220との対向端面間、つまり可動密封環205の基端面(基端部205Bの基端面)222とリテーナリング219の本体部220の先端面(後端面)223との間に環状隙間224を有する状態で、リテーナリング219に焼嵌めにより固定されている。そして、この環状隙間224には、図5に示す如く、ゴム製のOリング225が圧縮状態で装填されていて、このOリング225により、互いに対向する可動密封環205の基端部205Bの基端面222とリテーナリング219の本体部220の先端面223との間をシールしている。Oリング225の外径及び環状隙間224の外径は、図5に示す如く、可動密封環205とリテーナリング219との対向端面である基端面222および先端面223におけるOリング225の接触部分(シール部分)の径dがベローズ206の有効径Dと同一又はこれより小さくなるように設定されている。なお、可動密封環205の基端部205Bの基端面222とリテーナリング216の本体部220の先端面223との間には、Oリング225の径方向変位を阻止すべく、Oリング225の内周部を保持するスナップリング226が配置されている。
シールケース202と回転軸203との間には、第1発明メカニカルシールM1と同様に、非密封流体領域B2とシールケース202外の大気領域(機外大気領域)C2とをシールするシール部材227が配設されている。シール部材227は、図4に示す如く、ガータスプリング228により複数個の円弧状セグメント229を円形とした状態でスリーブ216に緊縛させてなる一対の軸周シールで構成されている。
図4に示す如く、シールケース202の本体部209には、非密封流体領域B2にクエンチング流体であるスチームQ2を供給するクエンチング路230及び非密封流体領域B2のスチームQ2を排出するドレン路231が形成されている。クエンチング路230は、シールケース202の環状凸部210の内周面の一箇所に開口するものである。クエンチング路230から当該環状凸部210とバッフル211との対向周面間に供給されたスチームQ2は、バッフル211の外周面に沿ってベローズ206内を通過して両密封環204,205の相対回転摺接部分である密封端面207,208へと流動し、その後、反転してバッフル211とスリーブ216との対向周面間をシール部材227方向に流動する。ドレン路231は、シールケース202の環状凸部210とシール部材227との間において非密封流体領域B2に開口しており、非密封流体領域B1からスチームQ2を排出する。
而して、図5に示す如く、第2発明メカニカルシールM2にあっては、セラミックス又は超硬合金で構成された固定密封環204の表面部分であって、Oリング225が接触する部分及びクエンチング流体であるスチームQ2が接触する部分にダイヤモンド膜232を一連に形成してある。すなわち、Oリング225が接触する可動密封環205の基端部205Bの基端面222、当該基端部205Bの内周面205b及び可動密封環205の先端部205Aの内周面であるテーパ面205aに、その全面に亘ってダイヤモンド膜232が一連に形成してある。なお、可動密封環205の基端部205Bの基端面222におけるダイヤモンド膜232は、Oリング225の接触箇所より内周側の領域(径dの領域)に形成し、当該領域からはみ出る領域(当該接触箇所より外周側の領域)には形成しないようにすることもできる。
ダイヤモンド膜232の厚さは、前記した如く、1μm〜25μmであることが好ましい。また、ダイヤモンド膜232の形成は、前述した方法によって行われる。
以上のように構成された第2発明メカニカルシールM2にあっては、セラミックス又は超硬合金で構成される固定密封環204の表面部分にスチームQ2に接触するダイヤモンド膜232が一連に構成されていることから、上記した第1発明メカニカルシールM1とほぼ同様の作用効果が発揮され、さらに非密封流体領域B2の圧力が被密封流体領域A2より高圧となる逆圧条件下においても良好なメカニカルシール機能を発揮することができる。
すなわち、スチームQ2は、被密封流体の粘性成分を含んだ状態でドレン路231から排出されるが、非密封流体領域B2に供給するスチームQ2の量が不測に或は意図的に減少した場合やスチームQ2に大量の粘性成分が含まれる場合、スチームQ2に含まれている粘性成分によってドレン路231が閉塞されて、非密封流体領域B2の圧力が被密封流体領域A2より高圧となる逆圧現象が起きることがある。ところで、例えば特開2013−242047号公報の図1に開示されるように、可動密封環をベローズ先端のリテーナリングに焼嵌めにより固定させた場合、可動密封環とリテーナリングとの対向周面間は焼嵌めにより密着しているが、可動密封環とリテーナリングとの対向端面間は単に接触しているのみであり、密着している訳ではない。したがって、このような可動密封環とリテーナリングとの連結構造にあって、上記した逆圧現象が生じた場合、非密封流体領域(可動密封環の内周側領域)の流体圧力が可動密封環とリテーナリングとの対向端面間に作用して、その流体圧力により可動密封環がリテーナリングから飛び出す虞れがある。第2発明メカニカルシールM2では、このような問題を解決するために、上記した如く、リテーナリング219とこれに焼嵌めされた可動密封環205との対向端面である基端面222及び先端面223間に環状隙間224を形成して、この環状隙間224にOリング225を装填しているのである。すなわち、環状隙間224におけるOリング225によるシール部分(Oリング225と当該対向端面である基端面222及び先端面223との接触部分)の径dをベローズ206の有効径以下としていることから、非密封流体領域B2の流体圧力が被密封流体より低い場合は勿論、被密封流体より高圧となる逆圧条件下においても、ベローズ206によるリテーナリング219の可動密封環205への押圧力が当該流体圧力により可動密封環205をリテーナリング219から離脱させようとする力より上回るかまたは同一となるため、上記したような問題は生じない。
ところで、引用文献4に開示されるような第4従来メカニカルシールにあっては、逆圧対策として可動密封環とリテーナリングとの対向端面間にOリングを装填しているが、密封環が均一に冷却されず温度ムラが生じることから、当該Oリングが接触している可動密封環の端面の温度は周方向において不均一となる。したがって、当該端面に接触しているOリングの熱変形量が不均一となり、その線径が周方向において均一とならず不均一となる。その結果、当該Oリングによる可動密封環への押圧力が周方向において均一とならず、可動密封環の密封端面に歪が生じる虞れがあり、相手密封環(固定密封環)との相対回転摺接作用が適正に行われず、良好なメカニカルシール機能を発揮することができない。
しかし、第2発明メカニカルシールM2は、以下に述べる如く、このような第4従来メカニカルシールにおける問題を生じず、良好なメカニカルシール機能を発揮させることができる。
逆圧対策構造を採用した場合において、Oリング225が接触している可動密封環205の基端面222の温度が周方向に不均一であると、Oリング225の熱膨張量が均一とならず、その線径が周方向において不均一となるが、第2発明メカニカルシールM2では、セラミックス又は超硬合金で構成された固定密封環204の表面部分にスチームQ2に接触するダイヤモンド膜232が一連に構成されていることから、上記した第1発明メカニカルシールM1とほぼ同様の作用効果が発揮され、これに加えて上記逆圧対策構造における問題も効果的に解消することができる。
すなわち、ダイヤモンド膜232は上記した如く可動密封環205の密封環母材であるセラミックスや超硬合金に比して熱伝導率が極めて高いものであるから、Oリング225の基端面(可動密封環205の基端部205Bの基端面)222は、ダイヤモンド膜232によりスチームQ2との熱交換によって冷却されると共に均一な温度となる。
したがって、Oリング225がその基端面222から受ける熱は、ダイヤモンド膜232を形成していない場合に比して低く且つOリング225の周方向において均一となる。すなわち、Oリング225が受ける熱が低いためにOリング225に熱変形が生じない。仮に、Oリング225に熱変形が生じたとしても、Oリング225の熱変形量は周方向に同一となり、その線径は周方向において均一となる。その結果、Oリング225の基端面222への押圧力が周方向に均一となり、可動密封環205の密封端面208に歪が生じることがなく、相手密封端面207との相対回転摺接作用が適正に行われて、良好なメカニカルシール機能を発揮することができる。
以下、第2実施形態の変形例について説明する。
図6に示す如く、スチームQ2との熱交換、冷却を更に効果的に行わせしめ、可動密封環205の密封端面208を全面的に均一温度に保持すると共に相手密封端面207との相対回転摺接によって発生する摩擦熱を可及的に低減して、上記作用効果をより顕著に発揮させるためには、可動密封環205の密封端面208に前記ダイヤモンド膜232に連なるダイヤモンド膜233を一連に構成しておくことが望ましい。
すなわち、可動密封環205の密封端面208にもダイヤモンド膜233を形成しておくと、ダイヤモンド膜233が上述した如く可動密封環205の密封環母材であるセラミックスや超硬合金に比して極めて硬質のものであり且つ摩擦係数の極めて低いものであるから、相手密封端面207との接触によって生じる発熱(及び摩耗)が極めて少なくなり、摩擦熱による影響を更に減じることができる。しかも、密封端面208に形成されたダイヤモンド膜233がスチームQ2と接触するダイヤモンド膜232に連なっていることから、スチームQ2との熱交換により密封端面208全体が均一に冷却されることなる。その結果、上記した作用効果がより効果的に発揮され、Oリング225の線径の均一化等を効果的に実現して、良好なメカニカルシール機能を発揮することができる。
以下、第2実施形態の他の変形例について説明する。
図7に示す如く、第2発明メカニカルシールM2にあっては、固定密封環204もセラミックス又は超硬合金で構成されていることから、固定密封環204の表面部分であってスチームQ2に接触する部分及び密封端面207(固定密封環204の密封端面207を含む先端面及び内周面)にダイヤモンド膜234を形成しておくことにより、上記作用効果を更に顕著に発揮させることができる。
<第3実施形態>
図8は、第3の実施の形態における本発明の端面接触形メカニカルシール(以下「第3発明メカニカルシール」という)を示す断面図であり、図9は図8の要部を拡大して示す詳細図である。
図8に示す如く、第3発明メカニカルシールM3は、汚泥、廃液等のスラリー液を扱う横型ポンプ等の回転機器に装備されたもので、当該回転機器のハウジング301に取り付けられたシールケース302と、シールケース302に固定された固定密封環303と、シールケース302を貫通する当該回転機器の回転軸304に軸線方向へ移動可能に保持された可動密封環305と、可動密封環305を固定密封環303へと押圧させるべく附勢するスプリング部材306とを具備する。また、第3発明メカニカルシールM3は、両密封環303,305の対向端面である密封端面307,308が接触しながら相対回転することにより当該密封端面307,308の内周領域である被密封流体領域A3と、その外周側領域である非密封流体領域B3とを遮蔽シールするように構成されたものである。被密封流体領域A3の流体(被密封流体)は、汚泥、廃液等のスラリー液であり、非密封流体領域B3には、大気圧と同圧の清水等の液体がクエンチング流体Q3として供給される。なお、本実施形態の説明において、前後とは図8及び図9における左右を意味し、軸線とは回転軸304の中心線(軸線)をいい、軸線方向とは軸線と同一方向をいうものとする。
シールケース302は、図8に示す如く、ハウジング301に取り付けられた円環状の先端フランジ309と、これに取り付けられたケース本体310と、その端部に一体形成された基端フランジ311とからなる円筒構造体である。
固定密封環303は、図8に示す如く、炭化珪素等のセラミックス又は超硬合金で構成された環状体であって、先端面(前端面)には軸線に直交する平滑な平面である密封端面307が形成されている。固定密封環303は、シールケース302の先端フランジ309にOリング312、Oリング313及びカラーリング314を介して固定されている。
図9に示す如く、可動密封環305は、先端面(後端面)に軸線に直交する平滑な平面である密封端面308が形成された円環状体であり、固定密封環303と同様に炭化珪素等のセラミックス又は超硬合金で構成されている。
図8に戻り、可動密封環305は、回転軸304に挿通固定した内側スリーブ315にOリング316を介して軸線方向へ移動可能に嵌合保持されている。可動密封環305は、これに取り付けたドライブピン317を内側スリーブ315に嵌合固定した外側スリーブ318に一体形成したスプリングリテーナ319に係合させることにより、所定範囲での軸線方向への移動が許容された状態で回転軸304に対する相対回転が阻止されている。
スプリング部材306は、図8に示す如く、可動密封環305とスプリングリテーナ319との間に介装したコイルバネで構成されており、可動密封環305を固定密封環303に押圧接触させるべく、可動密封環305を軸線方向に附勢している。
非密封流体領域B3は、シールケース302と回転軸304との間に配置したシール部材320によりシールケース外の大気領域(機外大気領域)C3とシールされている。シール部材320は、図8に示す如く、シールケース302の基端フランジ311に内嵌固定された静止密封環321と、外側スリーブ318にOリング322を介して軸線方向へ移動可能に嵌合保持された回転密封環323と、回転密封環323を静止密封環321へと押圧しつつ附勢するコイルバネであって、可動密封環305を押圧附勢する前記スプリング部材306としてのコイルバネとを具備する。つまり、スプリング部材306は、可動密封環305とシール部材320とによって兼用される。そして、シール部材320は、両密封環321,323が接触しながら相対回転することにより非密封流体領域B3と、機外大気領域C3とを遮蔽シールする端面接触形メカニカルシールである。
シールケース302のケース本体310には、図8に示す如く、非密封流体領域B3にクエンチング流体Q3を供給するクエンチング路324及びクエンチング流体Q3を非密封流体領域B3から排出するドレン路325が形成されている。クエンチング路324とドレン路325とは、機外大気領域C3に配設した連通管326により接続されている。この連通管326には、クエンチング流体Q3を強制循環及び強制冷却する装置、機器が配設されておらず、当該連通管326においてはクエンチング流体Q3が空冷されるのみである。
つまり、シールケース302に非密封流体領域B3のクエンチング流体Q3を排出するドレン路325を形成し、このドレン路325とクエンチング路324とをシールケース302外の大気領域に配置された連通管326で連結し、大気圧と同圧の液状のクエンチング流体Q3を当該連通管326において強制流動させることなく空冷するように構成したものである。
而して、セラミックス又は超硬合金で構成された固定密封環303及び可動密封環305の表面部分であってクエンチング流体Q3と接触する部分には、図9に示す如く、夫々、密封端面307,308を含めて全面的にダイヤモンド膜327,328が一連に形成されている。なお、ダイヤモンド膜327,328の厚さは、前記した如く、1μm〜25μmであることが好ましい。また、ダイヤモンド膜327,328の形成は、前述した方法によって行われる。
ところで、引用文献1〜引用文献4に開示されるような第1〜第4従来メカニカルシールにあっては、これを例えばスラリー濃度の高いポンプ等の回転機器の軸封手段として使用する場合、当該メカニカルシールの長寿命を図る上ではクエンチング流体として冷却液を使用し、非密封流体領域に供給するクエンチング流体の圧力を被密封流体の圧力より高くしておくことが望ましい。しかし、クエンチング流体の圧力を高くしておくと、当該クエンチング流体が被密封流体領域に侵入、混入することになるため、被密封流体の性状によっては好ましくない。また、クエンチング流体の冷却設備や増圧設備ないし高圧流体供給設備を付設できない回転機器にあっては、クエンチング路とドレン路とをシールケース外の大気領域に配設した連通管で接続して、この連通管においてクエンチング流体を空冷せざるを得ないが、この場合、クエンチング流体の空冷をさほど期待できないことから、密封環のクエンチング流体による冷却を十分に行い得ず、当該メカニカルシールの長寿命化を図ることが困難である。
これに対して、以上のように構成された第3発明メカニカルシールM3にあっては、各密封環303,305におけるクエンチング流体Q3と接触する表面部分に密封端面307,308を含めてダイヤモンド膜327,328が一連に形成されているから、密封環303,305の密封環母材であるセラミックスや超硬合金に比して極めて熱伝導率の高いダイヤモンド膜327,328を介してクエンチング流体Q3との熱交換が効果的に行われて、密封環303,305が可及的に冷却される。
一方、非密封流体領域B3のクエンチング流体Q3は、ダイヤモンド膜327,328を介して密封環303,305から熱を吸収して、加熱されることになる。したがって、この熱が連通管326内のクエンチング流体Q3に伝熱されて、連通管326が接触している機外大気領域C3の空気より高温となり、連通管326内のクエンチング流体Q3が効果的に空冷されることになる。そして、この連通管326内で空冷されたクエンチング流体Q3の冷却熱が非密封流体領域B3内のクエンチング流体Q3に伝熱されて、当該クエンチング流体Q3が冷却され、かかる熱サイクルが繰り返されることになる。
このような熱サイクルが繰り返されることによって、クエンチング流体Q3は、それが強制循環及び強制冷却されていないにも拘らず、非密封流体領域B3において密封環303,305の冷却を効果的に行うことができる。
したがって、クエンチング流体Q3として被密封流体領域A3に侵入、混入するような高圧流体ではなく、大気圧と同圧の液体(高圧流体に比して低圧)を使用しながらも、密封端面307,308を含めて密封環母材303,305を効果的に冷却して、メカニカルシールM3の長寿命化を実現することができる。また、当該メカニカルシールM3を、クエンチング流体の冷却設備や増圧設備ないし高圧流体を供給する設備等を付設することができない回転機器にも装備することができ、大幅な用途拡大を図ることができる。
<第4実施形態>
また、図10は第4の実施の形態における本発明の端面接触形メカニカルシール(以下「第4発明メカニカルシール」という)を示す断面図であり、図11は図10の要部を拡大して示す詳細図である。
図10に示す如く、第4発明メカニカルシールM4は、高い耐腐食性が要求されるポンプ等の回転機器に装備されたもので、当該回転機器のハウジング401に取り付けられたシールケース402と、シールケース402に固定された固定密封環403と、シールケース402を貫通する当該回転機器の回転軸404に軸線方向への移動が可能に保持された可動密封環405と、可動密封環405を固定密封環403へと押圧させるべく附勢するスプリング部材406とを具備する。また、第4発明メカニカルシールM4は、両密封環403,405の対向端面である密封端面407,408が接触しながら相対回転することにより当該密封端面407,408の内周領域である被密封流体領域A4と、その外周側領域である非密封流体領域B4とを遮蔽シールするように構成されたアウトサイド型の端面接触形メカニカルシールである。被密封流体領域A4の流体(被密封流体)は、例えば腐食性の流体であり、非密封流体領域B4はシールケース外の大気領域(機外大気領域)に開放されている。なお、本実施形態の説明において、前後とは図10及び図11における左右を意味し、軸線とは回転軸404の中心線(軸線)をいい、軸線方向とは軸線と同一方向をいうものとする。
シールケース402には、図10に示す如く、その一箇所において非密封流体領域B4に開口するクエンチング路409が形成されていて、このクエンチング路409から前記相対回転摺接部分である密封端面407,408に向けてクエンチング流体Q4を供給するようになっている。クエンチング流体Q4としては、機外大気領域C4に漏洩しても支障のない清水等の液体が使用されており、クエンチング路409からの供給量は非密封流体領域B4から機外大気領域C4へと漏洩しても問題が生じない程度に少量とされている。
固定密封環403は、図10に示す如く、炭化珪素等のセラミックス又は超硬合金で構成された環状体であって、先端面(前端面)は軸線に直交する平滑な平面である密封端面407に形成されており、シールケース402に環状ガスケット410,411を介してシールケース402に形成された凹部の内周面に固定されている。
可動密封環405は、図10に示す如く、先端面(後端面)を軸線に直交する平滑な平面である密封端面408が形成された円環状体であり、固定密封環403と同様に炭化珪素等のセラミックス又は超硬合金で構成されている。
可動密封環405は、図10に示す如く、回転軸404にOリング412を介して軸線方向への移動が可能に保持されている。可動密封環405は、これにドライブピン413を介して連結されたドライブカラー414、当該ドライブカラー414に取り付けられたドライブピン415及び回転軸404に固定されたスプリングリテーナ416を介して、所定範囲での軸線方向への移動が許容された状態で回転軸404に対する相対回転が阻止されている。
スプリング部材406は、図10に示す如く、ドライブカラー414とスプリングリテーナ416との間に介装したコイルバネで構成されており、可動密封環405を固定密封環403に押圧接触させるべく軸線方向に附勢している。
而して、図10及び図11に示す如く、セラミックス又は超硬合金で構成された固定密封環403及び可動密封環405の表面部分であってクエンチング流体Q4(及び非密封流体領域B4の大気)と接触する部分には、夫々、密封端面407,408を含めて全面的にダイヤモンド膜417,418が一連に形成されている。なお、ダイヤモンド膜417,418の厚さは、前記した如く、1μm〜25μmであることが好ましい。また、ダイヤモンド膜417,418の形成は、前述した方法によって行われる。
ところで、特許文献5に開示されるような第5従来メカニカルシールにあっては、クエンチング流体が供給される非密封流体領域がシールケース外の大気領域に開放されているため、大量のクエンチング流体を非密封流体領域に供給することができず、クエンチング流体による密封環の冷却作用が極めて不十分であり、密封環が適正に接触せず、当該メカニカルシールの長寿命化を図ることが困難である。
これに対して、以上のように構成された第4発明メカニカルシールM4にあっては、各密封環403,405におけるクエンチング流体Q4と接触する表面部分に密封端面407,408を含めてダイヤモンド膜417,418が一連に形成されているから、密封環403,405の密封環母材であるセラミックスや超硬合金に比して極めて熱伝導率の高いダイヤモンド膜417,418を介してクエンチング流体Q4との熱交換が効果的に行われて、クエンチング流体Q4のクエンチング路409からの供給量が少ないにも拘らず密封環403,405が可及的に冷却される。さらに、ダイヤモンド膜417,418には非密封流体領域B4内の大気が接触することから、密封環417,418が効果的に空冷されて、更に効果的に冷却されることになる。
このように、第4発明メカニカルシールM4にあっては、密封環403,408が少量のクエンチング流体Q4との熱交換及び非密封流体領域B4内の大気との熱交換(空冷)により良好に冷却されることから、被密封流体領域A4に低温流体をフラッシングさせる必要がない。したがって、第4発明メカニカルシールM4は、高温流体を扱うポンプ等の回転機器においてもその熱効率を低下させることなく好適に装備させることができ、長期に亘って良好なメカニカルシール機能を発揮させ得て、当該メカニカルシールM4の長寿化を実現することができる。
図12は、第4発明メカニカルシールM4の変形例を示す図である。
同図に示すように、第4発明メカニカルシールM4にあっては、被密封流体が高温流体でなく、特に液体である場合にあって、被密封流体との熱交換による密封環403,405を冷却させることが期待される場合には、各密封環403,405の表面全面にダイヤモンド膜419,420を形成しておくことが好ましい。
なお、第1〜第4発明メカニカルシールM1,M2,M3,M4の構成は、上記した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の基本原理を逸脱しない範囲において適宜に改良、変更することができる。