JP6782886B2 - 腸粘膜の透過性の診断薬、診断方法、診断装置 - Google Patents

腸粘膜の透過性の診断薬、診断方法、診断装置 Download PDF

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Description

本発明は、腸粘膜の透過性を評価する技術に関し、特に、リーキーガットシンドローム(Leaky Gut Syndrome:腸管壁浸漏症候群)の程度を評価する技術、および、その誘発因子若しくは抑制因子を特定若しくは評価する技術に関する。
腸粘膜の透過性に基づく疾病は種々あり、たとえば、リーキーガットシンドローム(以降において、単にLGSと適宜表記する。)が知られている。LGSは、腸粘膜から食物分子や異物などが血液中に侵入してしまう症状をいい、これに伴い下痢が生じたり、アレルギー症状が生じたりすると考えられている。
LGSであるか否かを判定する方法としては、ラクツロース−マンニトール試験が知られている。
これは、被験者がラクツロース(分子量≒340)10gとマンニトール(分子量≒180)5gとを同時に服用し、尿中のラクツロースとマンニトールとの濃度比(L/M比)を測定することにより、腸管のダメージすなわち浸漏程度を評価する方法である。被験者が健常である場合には、分子量の観点から、マンニトールは腸粘膜を通過し、ラクツロースはほとんど腸粘膜を通過しないことを利用した試験である。なお、測定には、液体クロマトグラフ質量分析計等を用いる。
また、動物実験としてはFITC−dextran試験も知られている。
これは、平均分子量約4000のFITC−dextran(蛍光標識デキストラン)を経口投与し、その血中濃度を測定する試験である。なお、測定には、蛍光定量装置等を用いる。
しかしながら従来では、以下の問題点があった。
まず、LGSは、十分な定義が未確定であり、その検出方法や診断方法が確立されていない、という問題点があった。これは、反対に、検出方法や診断方法が確立されていないので定義が未確定である、ともいえる。
実際、ラクツロース−マンニトール試験も、尿を用いるため、腎臓障害がある場合には正確な測定ができない。また、ラクツロースやマンニトールのような糖は、特殊なトランスポータにより腸粘膜から吸収されるので、トランスポータ自体による輸送障害の可能性もある。
また、ラクツロースの分子量は比較的小さいため、より大きな分子量のものまで腸が吸収してしまう(血液へ移行してしまう)状態となっているか否かの評価ができない、という問題点もあった。
一方、FITC−dextranは、分子量がある程度大きいものの、FITCに毒性がありヒトに対して用いることができない、という問題点があった。
更には、腸炎罹患者や高脂肪食過剰摂取者の血液中には平均分子量5000〜8000のリポ多糖が入っているという報告が多数存在し、この程度の大きな分子量の浸漏性を評価する技術がそもそも存在しない、という問題点もあった。
すなわち、従来では、LGSをはじめとした腸粘膜の透過性の評価は間接的であり、信頼性も高くなく、評価範囲が狭小であるという問題点があった。
特開2016−151559号公報
本発明は上記に鑑みてなされたものであって、腸粘膜の透過性の程度を直接的に信頼性高く評価できる技術を提供することを目的とする。一例として、LGSといった腸粘膜透過性亢進の診断技術を提供することを目的とする。
また、本発明は、腸粘膜の透過性に影響を与える飲食物を判定する技術を提供することを目的とする。一例として、LGSを誘発する飲食物または抑制する飲食物を判定する技術を提供することを目的とする。
また、本発明は、腸粘膜の透過性を正常化する医薬またはその候補物質の客観的な評価を与える技術を提供することを目的とする。一例として、LGS治療薬、LGS緩和薬、腸粘膜透過性調整薬の開発を促進する技術を提供することを目的とする。
請求項1に記載の発明は、キチンおよび/またはキトサンを主成分とする、腸粘膜の透過性を評価するための診断薬である。
なお、この診断薬は、経口投与用であっても注腸投与用であってもよいものとする。診断対象はヒト以外であってもよい。
請求項2に記載の発明は、被験者に経口投与または注腸投与し、所定時間経過後に血中濃度を測定するように用いられることを特徴とする、キチンおよび/またはキトサンを主成分とする、腸粘膜の透過性を評価するための診断薬である。
所定時間は、適宜設定すればよいが、経口投与の場合は30分、注腸投与の場合は5分とすることができる。
請求項3に記載の発明は、キチンおよび/またはキトサンの重量平均分子量を1000〜11600の範囲に調製したことを特徴とする請求項1または2に記載の診断薬である。
重量平均分子量を1000〜11600に調製するとは、(1)平均分子量が1000〜11600のいずれかに一つある、(2)平均分子量のピークが1000〜11600の間に複数ある、(3)1000〜11600までの分子量のものが事実上一様に存在する、のいずれであってもよいものとする。(1)の場合は、その分子量のものが腸粘膜を透過していくか、を確認できる。(2)の場合は、各ピークの半値幅が狭い剤を用い、一回の試験にて、おおよそどこまでの分子量のものが腸粘膜を透過していくか、を精度よく確認できる。(3)の場合も、一回の試験にて、おおよそどこまでの分子量のものが腸粘膜を透過していくか、を確認できる。
請求項4に記載の発明は、投与量を、体重1kg当たり8.33mg〜20.83mgの範囲とすることを特徴とする請求項2に記載の診断薬である。
ラクツロース−マンニトール試験より摂取量が少なく、被験者の負担を小さくすることができる。
請求項5に記載の発明は、動物(ただしヒト以外の動物とする。)にキチンおよび/またはキトサンを経口投与または注腸投与し、所定時間経過後に血中の当該投与物の濃度を測定することにより、当該動物の腸粘膜の透過性を評価することを特徴とする診断方法である。
投与物の濃度とは、キチンのみを投与したのであればキチン濃度を、キトサンのみを投与したのであればキトサン濃度を、キチンとキトサンとの混合物を投与したのであればキチンとキトサンとの混合物の濃度を、それぞれ意味する。
請求項に記載の発明は、経口投与および所定時間経過後の血中濃度測定による、または、注腸投与および所定時間経過後の血中濃度測定による、腸粘膜の透過性の評価用としての、キチンおよび/またはキトサンの使用である。
キチンおよび/またはキトサンの重量平均分子量は1000〜11600の範囲に調製したものであることが好ましい。
投与量は、ヒトであれば体重1kg当たり8.33mg〜20.83mgの範囲とすることが好ましい。
請求項に記載の発明は、被験者に単数若しくは複数の特定の飲食物を飲食させ、当該飲食中または当該飲食の前または後にキチンおよび/またはキトサンを経口摂取させ、当該経口摂取から所定時間経過後に血中の当該摂取物の濃度を測定することにより、当該飲食物が当該被験者の腸粘膜の透過性に影響する要因となり得るか否かを判定する、飲食物評価方法である。
キチンおよび/またはキトサンの重量平均分子量は1000〜11600の範囲に調製したものであることが好ましい。
摂取量は、体重1kg当たり8.33mg〜20.83mgの範囲とすることが好ましい。
影響するとは、腸粘膜の透過性ないし浸漏性を大きくすることも小さくすることも含む。LGSに関しては、浸漏性を大きくするとは、LGSを誘発する、悪化させることを意味し、浸漏性を小さくするとは、LGSを抑制する、緩和する、改善する、治癒することを意味する。
特定の単数の飲食物とは、LGSの抑制の観点からは、たとえば、ヨーグルトや乳清飲料を挙げることができる。これに伴い腸内フローラを整えることを謳う食品の客観的な性能指標を与えることも可能となる。
複数の特定の飲食物とは、LGS誘発の観点からは、たとえば、牡蠣とワイン、ポークステーキとビール、を挙げることができる。
本発明によれば、個々人についての誘発因子、抑制因子のスクリーニングが可能となる。
飲食の前または後とは、たとえば、飲食開始前20分や、飲食終了後15分を挙げることができる。
請求項に記載の発明は、被験者に単数若しくは複数の特定の飲食物を飲食させ、当該飲食中または当該飲食の前または後にキチンおよび/またはキトサンを経口摂取させ、当該経口摂取から所定時間経過後に血中の当該摂取物の濃度を測定することにより、当該飲食物が当該被験者の腸粘膜の透過性に影響する要因となり得るか否かを判定するために用いられることを特徴とする、キチンおよび/またはキトサンを主成分とする飲食物評価薬である。
キチンおよび/またはキトサンの重量平均分子量は1000〜11600の範囲に調製したものであることが好ましい。
摂取量は、体重1kg当たり8.33mg〜20.83mgの範囲とすることが好ましい。
請求項に記載の発明は、ある物質を投与し、これとは別にキチンおよび/またはキトサンを経口投与または注腸投与し、前記ある物質の投与前後に前記経口投与物または前記注腸投与物の血中濃度を測定することにより、前記ある物質に腸粘膜の透過性の正常化作用があるか否か、正常化作用がある場合にはそれがどの程度であるか、を評価する評価方法である。
ある物質の投与対象はヒトであってもヒト以外の動物であってもよい。
キチンおよび/またはキトサンの重量平均分子量は1000〜11600の範囲に調製したものであることが好ましい。
経口投与量または注腸投与量は、ヒトである場合には体重1kg当たり8.33mg〜20.83mgの範囲とすることが好ましい。
請求項10に記載の発明は、ある物質を投与し、これとは別に経口投与または注腸投与する評価剤であって、前記ある物質の投与前後に前記評価剤の血中濃度を測定することにより、前記ある物質に腸粘膜の透過性の正常化作用があるか否か、正常化作用がある場合にはそれがどの程度であるか、を評価するための、キチンおよび/またはキトサンを主成分とする評価剤である。
ある物質の投与対象はヒトであってもヒト以外の動物であってもよい。
キチンおよび/またはキトサンの重量平均分子量は1000〜11600の範囲に調製したものであることが好ましい。
投与量は、ヒトである場合には体重1kg当たり8.33mg〜20.83mgの範囲とすることが好ましい。
請求項11に記載の発明は、被験者から採取した血液中のキチンおよび/またはキトサンの濃度を測定する濃度測定手段と、濃度測定手段により測定された濃度に基づいて当該被験者の腸粘膜の透過性を評価する評価手段と、を具備したことを特徴とする診断装置である。
腸粘膜透過性評価装置ということもできる。
本発明によれば、腸粘膜の透過性の程度を直接的に信頼性高く評価できる。
また、本発明によれば、腸粘膜の透過性に影響を与える飲食物を判定することができる。
また、本発明によれば、腸粘膜の透過性を正常化する医薬またはその候補物質の客観的な評価が可能となる。
AOモデルとIRモデルとの試験概要である。 腸管の正常な状態と、LGSが誘発された状態と、を示した写真である。 AOモデルについて、ラクツロース−マンニトール試験をおこなった結果である。 AOモデルについて、FITC−dextran試験をおこなった結果である。 IRモデルについて、FITC−dextran試験をおこなった結果である。 AOモデルとIRモデルについての、キチン−キトサン濃度の測定結果である。 重量平均分子量が1000,3000,11600のキチン−キトサンを主成分とする試料の分布の様子を示したグラフである。 IR(20)モデルについて、各分子量におけるキチン−キトサンの血中濃度を示した図である。 IR(10)モデルについて、各分子量におけるキチン−キトサンの血中濃度を示した図である。 IR(20)モデルについて、重量平均分子量1000の診断剤を1.25mg/mouse、0.625/mouseとしてそれぞれ経口投与し、血中濃度を測定した結果を示した図である。 診断薬の分子量の分布態様と濃度測定結果の模式図である。 精製試料の分子量分布の様子を示した図である。 IR(20)モデルについて、精製試料を用いたキチン−キトサン濃度の測定結果および腸管の外観とHE染色像である。 精製試料をマウスに経口投与したIR(10)モデルにおいて、循環血中のキチン−キトサン量の経時変化を測定したグラフである。 虚血再灌流処置を施していないマウスに精製試料を静脈投与した場合の、キチン−キトサンの血中濃度の経時変化を測定したグラフである。 OVAアレルギーの誘導のプロトコルを示した説明図である。 OVA−IgEマウスを用いた、キチン−キトサンの血中濃度を示した図である。 高脂肪食モデルおよびNASH誘発食モデルについて、キチンキトサンの血中濃度を示した図である。 DSS誘発潰瘍性大腸炎モデルにおける、発症前の腸全体像とHE染色像を示した写真である。DSSを投与していない比較像も示している。 DSS誘発潰瘍性大腸炎モデルにおける、発症前のキチン−キトサンの血中濃度を示した図である。 腸粘膜の透過性の亢進と炎症や障害の発生のタイムラグを示す概念図である。
<LGS誘発モデルの構築>
本実施の形態では、腸管の浸漏性を評価する例としてLGSを想定し、まず、その誘発試験をおこなった。
一つは、アスピリンとオメプラゾールを用いるモデルである(以降ではAOモデルと適宜称することとする)。条件は、文献(Innate Immun. 2015 Jul;21(5):537-45)をもとに改変した。
概略は、マウスの体重1kgあたり、アスピリン100mg(100mg/kg)を1日2回、6日間経口投与し、オメプラゾール10mg(10mg/kg)を1日2回、6日間腹腔内投与し、7日目にLGSの程度を測定する、という試験である。
もう一つは、腸管虚血再還流モデルである(以降ではIRモデルと適宜称することとする)。条件は、文献(Gastroenterology. 2001 Feb;120(2):460-9.)などをもとに改変した。
概略は、腸管を30分間クリップし続け虚血状態とし、その後クリップを外して再灌流し、30分後にLSGの程度を測定する、という試験である。なお、虚血時間の30分を明示する表記としてIR(30)モデルと適宜表記する。
両モデルの概要を図1に示した。なお、図1bでは、後述のIR(20)モデルとIR(10)モデルも示した
図2に、腸管の外観写真、HE染色像、電子顕微鏡写真を示した。正常組織に比して、AOモデルでは、腸絨毛に割れが見られ、軽度のLGSが生じていると認められる。また、IR(30)モデルでは、腸絨毛が大きく損傷し、重度のLGSが生じていると認められる。
<LGSの程度評価>
上記モデルを用いて、分子量の違いによる浸漏性を確かめることとした。
まず、AOモデルについて、ラクツロース−マンニトール試験をおこなった。ラクツロースとマンニトールを共に500mg/kg経口投与し、4時間蓄尿してL/M比を測定した。結果を図3に示す。アスピリンとオメプラゾールをいずれも投与せず、LGSを誘発させていないマウス、すなわちコントロールに比べて、AOモデルではL/M比が2倍程度上昇している。このことから、マンニトールのような分子量が300を超えるものの浸漏性が高まった状態となっていることが確認できた。
次に、AOモデルについて、FITC−dextran試験をおこなった。FITC−デキストランを600mg/kg経口投与し、60分後に採血してその血漿中の濃度を測定した。結果を図4に示す。コントロールと比べて、血漿中のデキストランがある程度上昇することが確認できた(図4b)。
また、IR(30)モデルについて、FITC−dextran試験をおこなった。FITC−デキストランを600mg/kg経口投与し、30分後に虚血を開始し、再灌流30分後に採血してその血漿中の濃度を測定した。結果を図5に示す。コントロールに比べて、血漿中のデキストラン濃度は15倍程度も上昇していた。
図4aと図5とを比較すれば明らかなように、IR(30)モデルは、AOモデルに比して、分子量の大きなものをより容易に血液へ移行させるようになっている状態を検証可能なモデルであるといえる。換言すれば、IR(30)モデルは重度のLGSを評価可能なモデルといえる。
翻って、図3と図4bを比較すると、AOモデルは、分子量の大きなものを、容易に血液に移行させるまでには至っていない状態を検証可能なモデルであるといえる。換言すれば、AOモデルは軽度のLGSを評価可能なモデルといえる。
<キチン−キトサンを用いたLGSの評価>
次に、キチン−キトサンを用いたLGSの評価をおこなった。
まず、カニ類の甲殻に、脱タンパク処理、脱カルシウム処理、脱アセチル処理を施し、キチンとキトサンとの混合物を得た。続いてキチンとキトサンの混合物を低分子化し、重量平均分子量7900のキチン−キトサン試料を得た。低分子化の方法は、キチンとキトサンの混合物を濃塩酸で加水分解する方法(特許5714963号)や、塩酸または、酢酸、クエン酸、乳酸等の有機酸で溶解した後、キトサナーゼ酵素を用いて低分子化する方法があり(特開2013−79217)、特に限定されない。
次に、AOモデルについては、7日目に上記試料2.50mgを経口投与し、60分後に採血し、血漿中のキチン−キトサンの濃度を測定した(図1a参照)。
また、IR(30)モデルについては、虚血開始30分前に上記試料2.50mgを経口投与し、再灌流30分後に採血し、血漿中のキチン−キトサンの濃度を測定した(図1b参照)。
測定に際しては、まず、定法により血液から血漿を抽出し、血漿中のキチン−キトサンを、亜硝酸分解法により構成単糖であるキトース(2,5−アンヒドロ−D−マンノース)に分解した。次に、そのアルデヒド基にMBTH(3−メチル−2−ベンゾチアゾリノンヒドラゾン塩酸塩)と塩化鉄(III)とを反応させ、青色に発色させた。最後に、青色の程度を吸光度測定装置にて測定し、その色素量に基づいて濃度算出をおこなった。
結果を図6に示す。図示したように、AOモデルより、IR(30)モデルの方が、より顕著にキチン−キトサンを血中に移行させていることが確認できる。これは用いた試料の分子量が大きく、図4bと図5との関係と符合する。
そこで、本願発明者らは、キチン−キトサンのLGSの程度の診断薬、ひいては、腸粘膜の透過性を診断する診断薬(腸粘膜の透過性を評価する評価薬)としての適用可能性を検討することとした。なお、上記では吸光度により濃度評価をおこなったが、これに限定することなく、血中濃度が検出できれば特にキチンとキトサンとを区別する必要がない。したがって、本願では、キチン−キトサンと表記し、これは、キチンおよび/またはキトサンを意味するものとする。
まず、塩酸または有機酸の溶解液を調製し、UF膜(分画分子量3000、6000、10000等)を用いて、重量平均分子量7900のキチン−キトサン試料を、重量平均分子量1000、3000、7900,11600のキチン−キトサンに分画した。図7に調製した試料の分布の様子を示した。また、重量平均分子量の測定方法も付記した。
次に、IRモデルについて、上記試料をそれぞれ2.5mg経口投与し、キチン−キトサンの血中濃度を測定した。なお、虚血時間が30分では腸管のダメージが大きすぎると考え、ここでは、虚血時間を20分に短縮して試験をおこなった。これをIR(20)モデルと表記するものとする。
IR(20)モデルについて、各分子量におけるキチン−キトサンの血中濃度の測定結果を図8に示した。なお、図ではコントロール、すなわち、虚血再灌流なし、の結果も記した。図から明らかなように、重量平均分子量11600の濃度はやや小さくなっているものの、概ねどの分子量の試料も血中へ移行してしまっている。
そこで、虚血時間を10分としてLGSの程度を更に弱め、中程度のLGSを誘発させて、試料のスクリーニング性を検討した。この試験をIR(10)モデルと表記するものとする。
IR(10)モデルについて、各分子量におけるキチン−キトサンの血中濃度の測定結果を図9に示した。図に現れているように、重量平均分子量が小さい試料ほど浸漏しやすく、重量平均分子量が大きな試料ほど浸漏しにくいことが確認できる。
以上の実験から、キチン−キトサンを用いれば、どの程度の分子量のものが腸管から浸漏していくか、また、どの程度の分子量のものがどの程度腸管から浸漏していく状態となっているか、を評価可能となる。
すなわち、経口投与および所定時間経過後の血中濃度測定による、腸粘膜の透過性の評価用として、キチンおよび/またはキトサンを使用することができる。
これは、キチンおよび/またはキトサンを主成分として、腸粘膜の透過性を評価するための診断薬を得ることができた、ともいえる。
また、被験者に経口摂取させ、所定時間経過後に血中濃度を測定するように用いられることを特徴とする、キチンおよび/またはキトサンを主成分とする、腸粘膜の透過性を評価するための診断薬を得ることができた、ともいえる。
腸粘膜透過性亢進に対する評価技術を得ることができた、ともいえる。
なお、図8および図9に示したように、IRモデルは、虚血時間を調整することにより軽度から重度まで任意の程度のLGSを誘発可能であり、汎用性のある客観的な評価系を構築可能なモデルといえる。
なお、IR(20)モデルについて、重量平均分子量1000の診断薬を1.25mg/mouse、0.625mg/mouseとしてそれぞれ経口投与し、投与量を少なくした場合の血中濃度を測定した。結果を図10に示す。図から明らかなように、0.625mg/mouseであっても、有意な濃度測定が可能であることがわかった。これを体重60kgのヒトに換算すると、診断薬の投与量は1.25gとなる。また、コントロールも加味した測定限界から、理論上は60kgのヒトに0.500gの経口摂取でも有意な濃度測定が可能である。すなわち、投与量ないし摂取量は、体重1kg当たり8.33mg〜20.83mgの範囲とすればよい。体重5kgの子供から体重200kgの成人までを考慮すると、経口摂取量は、0.04g〜4.20gの範囲とすることができる、ともいえる。いずれにせよ、ラクツロース−マンニトール試験のような15gもの経口摂取が必要でなく、被験者の負担が軽減される診断薬であるということができる。
注腸投与する場合も同様と考えられる。
また、検出系にも依存するが、診断薬の重量平均分子量は200〜20000、好ましくは1000〜11600の範囲に調製することが好ましい。図11は、診断薬の分子量の分布態様と濃度測定結果の模式図である。図11aは、シングルピークの診断薬を示している。この分子量まではすくなくとも浸漏する状態となっているか否かの判定が可能となる。図11bは、マルチピークの診断薬を示している。どの程度の分子量までが浸漏しやすくなっているかを判定できる。図11cは、分子量の広がりが一様である診断薬である。これも、どの程度の分子量までが浸漏しやすくなっているかを判定できる。
以上の診断薬または診断方法は、次の利点を有する。
・毒性がない(ヒトに使える。動物実験も可能である。)。
・経口投与できる。
・腸を含め、生体内で産生されない(直接的な濃度測定が可能である。)。
・生体内で分解されにくい(直接的な濃度測定が可能である。)。
・正常状態では、腸管からほとんど吸収されない。
・分子量の調製が可能である。
<高度精製キチン−キトサンを用いた試験>
次に、分子量の分布がよりシャープなキチン−キトサンを用いて試験をおこなうこととした。図12は、以降の試験で用いたキチン−キトサン試料の分子量分布の様子を示した図である。図7に比べ分布はシャープであって、別途分析した結果、分子量823から1984までのもの(塩酸塩としては分子量約1000から1200までのもの)が全体の98wt%を占めており、高度に精製された試料である。なお、この試料を精製試料と適宜称することとする。
IR(20)モデルについて、精製試料を用いて血清中のキチン−キトサン濃度を測定した。測定結果および腸管の外観とHE染色像とを図13に示す。HE染色像からは粘膜障害が少し進んでいる程度という所見であるが、図8と同様に、血液中へ分子量1000程度のキチン−キトサンが浸漏する状態となっていることが確認できる。
<安全性確認>
精製試料をマウスに経口投与したIR(10)モデルにおいて、循環血中のキチン−キトサン量の経時変化を測定した。再灌流30分後からの経時変化を図14に示す。経口投与量は2.5mg/mouseとした。
マウスの循環血量は、体重の1/13の量であると見積もり、体重が25gであるとすると、1.93mlとなる。一方、図14に示したAUC(Area Under the Curve)は、0〜8hで162.16μg/mlであった。したがって、8時間の間に循環血中に浸漏したキチン−キトサン量は162.16*1.93=312.97μgである。以上からから、経口投与量の12.5%の精製試料が循環血中に浸漏したといえる(312.97/2.5=0.125)。なお、8時間後もマウスは生きたままであった。
また、無処置すなわち虚血再灌流処置を施していないマウスに精製試料2.5mgを静脈投与して、キチン−キトサンの血中濃度の経時変化を測定した。測定結果を図15に示す。静脈投与しても血中濃度は70μg/ml程度であり(外挿により投与直後を見積もっても150μg/ml程度であり)、血中からキチン−キトサンは2時間程度までで急速に消失することが確認された(対数スケールにプロットし直すと濃度減衰は直線的であった)。なおこれは腎排泄によるものと思われる。なお、静脈投与によるショック症状は認められず2時間後もマウスは生きたままであった。
この2つの試験を考慮すると次のことがいえる。
1)試験後もマウスは生き続けており、キチン−キトサンは生体にとって安全であることが改めて確認できた(少なくともただちに重篤な影響を及ぼすものである可能性は極めて低い)。
2)血中から速やかに消失する点からも、キチン−キトサンは生体にとって安全といえる。
3)上記条件下では、8時間後も血中にキチン−キトサンが血液中から検出されているため、投与後ある程度時間がたっても濃度測定が可能であり、診断薬・評価薬として使い勝手が良い。また、経時的な変化も把握可能となる。
4)血中に浸漏すると速やかに消失するので、経口投与や注腸投与により、腸の浸漏性や透過性のリアルタイムの状態把握が可能となる。より純粋に腸の状態把握ができるともいえる。
<IRモデル以外による透過性評価>
次に、虚血再灌流のような腸に直接的に負荷をかけた上記評価試験以外のモデルについて透過性ないし浸漏性の評価をおこなうこととした。
<食物アレルギーモデルによる透過性評価>
まず、卵アレルギーを有するマウスすなわちOVA−IgEマウスについて、小腸の粘膜透過性評価をおこなうこととした。OVAアレルギー誘導プロトコルは図16に示すとおりであり、まず、マウス腹腔内にOVA(オボアルブミン)を投与して感作させ、その後経口投与を続けて、感作から28日後にOVAと精製試料とを経口投与して評価をおこなった。なお、OVA−IgEマウスには食物アレルギーの典型的症状である重度の下痢が認められた。
キチン−キトサンの血中濃度測定結果を図17に示す。なお、比較のため、ラクツロース−マンニトール試験を行った結果も示した。図示したように、食物アレルギー由来の下痢が生じている場合には腸の透過性が高まった状態となっている、という知見を得ることができた。なお、ラクツロース−マンニトール試験より透過性の高まりを明確に判断可能であることもわかった。
<高脂肪食モデルおよびNASH誘発食モデルによる透過性評価>
続いて、高脂肪食と非アルコール性脂肪肝炎(NASH)誘発食とをそれぞれ与え続けたマウスについて、透過性評価をおこなうことした。
高脂肪食とNASH誘発食の成分は次のとおりである。
高脂肪食モデル:上記高脂肪食を6週齢雄性C57BL/6マウスに5週間自由摂取させてから、水も餌も与えずに21時間経過後に精製試料を2.5mg経口投与し、その1時間後に下大静脈から採血し、キチン−キトサン量を測定した。
NASH誘発食モデル:上記NASH誘発食を6週齢雄性C57BL/6マウスに4週間自由摂取させてから、水も餌も与えずに21時間経過後に精製試料を2.5mg経口投与し、その1時間後に下大静脈より採血し、キチン−キトサン量を測定した。
結果を図18に示す。高脂肪食については透過性は高まっていないものの、NASH誘発食の場合は明らかに透過性が高まっている。このことから、まず、非アルコール性脂肪肝炎では腸の透過性が高まった状態となっている、といえることが確認できた。次に、この組成の高脂肪食のこの期間の摂取では腸の浸漏性は高まっていないことから、翻って、キチン−キトサンを用いれば、どのような食事がどのように腸に影響を与えるかのスクリーニングが可能であることがわかった。
<DSS誘発潰瘍性大腸炎モデルによる透過性評価>
次に、DSS(デキストラン硫酸ナトリウム)により潰瘍性大腸炎を誘発させたマウスについて、透過性評価をおこなうこととした。
潰瘍性大腸炎モデル:まずDSS2.5wt%溶解水をマウスに自由に飲水させた。自由飲水を開始してから72時間後に精製試料を注腸投与または経口投与し、注腸投与したものについては投与後1時間後に、経口投与したものについては投与後4時間後に、それぞれキチン−キトサンの血中濃度を測定した。
図19は、DSSを72時間(3日間)飲水させた場合と飲水させなかった場合との腸全体像とHE染色像である。図示した様に、自由飲水開始72時間では腸粘膜に炎症は認められず、腸全体でも明瞭な変化は観測されなかった。
しかしながら、図20に示した様に、経口投与であっても、注腸投与であっても、血中へのキチン−キトサンの浸漏が観測された。そして、継続観測したところ、DSSを自由飲水していたマウスは飲水開始96時間(4日間)後には炎症を生じることを別途確認した。
すなわち、驚くべきことに、キチン−キトサンを用いることにより、潰瘍性大腸炎の発症前の腸粘膜の異常透過性亢進が検出可能であることが確認できた。
<薬理作用の評価剤としてのキチン−キトサン>
潰瘍性大腸炎に限らず、図21に示すように、一般的に腸粘膜の透過性の亢進は炎症や障害の発生よりもっと前に生じると考えられる。従って、キチン−キトサンを用いて透過性や浸漏性を把握することにより、発症前診断や発症予防、発症予測、また、治療薬等の薬理作用の評価が可能となる。
まず、食物摂取等により炎症が起こる場合、従来では、どれが原因食物または原因食物群であるか、発症に至るまで摂取を継続しないと判断ができなかったところ、発症前に摂取をやめることができ、負担が軽減され、効果的なスクリーニングが可能となる。
次に、LGS治療薬、LGS緩和薬、腸粘膜透過性調整薬などを創薬する際のスクリーニングにも用いることができる。すなわち、ある物質(候補物質)を投与し、これとは別にキチンおよび/またはキトサンを経口投与または注腸投与し、候補物質の投与前後にキチンおよび/またはキトサンの血中濃度を測定することにより、候補物質に腸粘膜の透過性の正常化作用があるか否か、正常化作用がある場合にはそれがどの程度であるか、を評価することができる。このように用いられるようにした、キチンおよび/またはキトサンを主成分とする評価剤として提供しても良い。
また、潰瘍性大腸炎やクローン病といった炎症性腸疾患(IBD:Inflammatory Bowel Disease)や好酸球性胃腸炎に対する知見を集積していくことも可能となる。過敏性腸症候群に対する知見も集積可能となる。すなわち、病態の活動期や寛解を判定したり、治療効果や薬効評価を判定したり、病態予測をしたりすることが可能となる。
<診断薬の応用>
また、図18に示した結果も考慮すると、キチン−キトサンは、飲食物の評価薬として用いることもできる。
すなわち、被験者に単数若しくは複数の特定の飲食物を飲食させ、当該飲食中または当該飲食の前または後にキチン−キトサンを主成分とする評価薬を経口摂取させ、当該経口摂取から所定時間経過後に血中の当該キチン−キトサンの濃度を測定することにより、当該飲食物が当該被験者の腸粘膜の透過性に影響を及ぼしているか、を判定することができる。
LGSでいえば、LGSを誘発させているか、または、LGSを抑制しているか、を判定することができる。なお、評価薬の経口摂取は、飲食物の種類等にしたがって、適宜、飲食前、飲食中、または、飲食後とすればよい。
この評価薬を用いれば、一般的な誘発因子や抑制因子をスクリーニングすることが可能となるばかりでなく、個々人についての誘発因子や抑制因子をスクリーニングすることも可能となる。すなわち、個々人のリスクファクターを特定可能となる。
たとえば、被験者に評価薬をまず飲んでもらい、次に、ビールをのみながら肉を食べてもらうとする。並行して10分おきに採血することにより、経時的なLGSの推移を見ることができる。この結果、その人にとっては、その飲食の組み合せは、20分程度で中程度のLGSを発症するので、そのような食べ合わせをしないように、と忠告することが可能となる。
更に、この飲食物評価薬を用いれば、たとえば、腸内フローラや腸内環境を整えることを謳う食品、すなわちプロバイオティック食品に対して、客観的な性能指標を与えることが可能となる。更には、プレバイオティック食品の評価も可能となる。
なお、以上の技術を応用した診断装置を構築することもできる。
すなわち、被験者から採取した血液中のキチンおよび/またはキトサンの濃度を測定する濃度測定手段と、濃度測定手段により測定された濃度に基づいて当該被験者の腸粘膜の透過性を評価する評価手段と、を具備することにより、診断装置を得ることができる。
濃度測定手段は、その要素技術として、たとえば、クロマトグラフィーを用いることができる。試料導入から濃度算出までは、汎用技術を用いて適宜自動化してもよい。
評価手段は、たとえば、得られたクロマトグラムのピークの位置や高さの解析、ピーク面積の算出などにより、浸漏性の程度を判定することができる。単に重度のLGSである、軽度のLGSであるといった判定に留まらず、ピークの分布やムラに基づき、過去のデータも加味して、中程度のLGSや重度のLGSは生じない体質であるが常に軽度のLGSを発症する体質である、運動をすると中程度のLGSが発症する体質である、LGSでなく別の腸疾患である、といったことも診断可能となる。
このほか、特異的検出抗体を作製し、これを用いたELISAキットを採用するようにしてもよい。これにより、多量のサンプルを一度に評価可能となる。
なお、測定や診断に用いた血液は人体に戻すことなく廃棄されるものとする。
本発明によれば、LGSの客観的な指標や診断系を構築することができる。また、LGSの様々な疾病への関与を探求可能となる。たとえば、慢性腎障害、気管支ぜんそく、I型糖尿病、食物アレルギー、アルコール性肝炎、非アルコール性脂肪肝炎、などとの関連性を調べることが可能となる。腸疾患の治療薬の開発に資することもできる。

Claims (11)

  1. キチンおよび/またはキトサンを主成分とする、腸粘膜の透過性を評価するための診断薬。
  2. 被験者に経口投与または注腸投与し、所定時間経過後に血中濃度を測定するように用いられることを特徴とする、キチンおよび/またはキトサンを主成分とする、腸粘膜の透過性を評価するための診断薬。
  3. キチンおよび/またはキトサンの重量平均分子量を1000〜11600の範囲に調製したことを特徴とする請求項1または2に記載の診断薬。
  4. 投与量を、体重1kg当たり8.33mg〜20.83mgの範囲とすることを特徴とする請求項2に記載の診断薬。
  5. 動物(ただしヒト以外の動物とする。)にキチンおよび/またはキトサンを経口投与または注腸投与し、所定時間経過後に血中の当該投与物の濃度を測定することにより、当該動物の腸粘膜の透過性を評価することを特徴とする診断方法。
  6. 経口投与および所定時間経過後の血中濃度測定による、または、注腸投与および所定時間経過後の血中濃度測定による、腸粘膜の透過性の評価用としての、キチンおよび/またはキトサンの使用。
  7. 被験者に単数若しくは複数の特定の飲食物を飲食させ、当該飲食中または当該飲食の前または後にキチンおよび/またはキトサンを経口摂取させ、当該経口摂取から所定時間経過後に血中の当該摂取物の濃度を測定することにより、当該飲食物が当該被験者の腸粘膜の透過性に影響する要因となり得るか否かを判定する、飲食物評価方法。
  8. 被験者に単数若しくは複数の特定の飲食物を飲食させ、当該飲食中または当該飲食の前または後にキチンおよび/またはキトサンを経口摂取させ、当該経口摂取から所定時間経過後に血中の当該摂取物の濃度を測定することにより、当該飲食物が当該被験者の腸粘膜の透過性に影響する要因となり得るか否かを判定するために用いられることを特徴とする、キチンおよび/またはキトサンを主成分とする飲食物評価薬。
  9. ある物質を投与し、これとは別にキチンおよび/またはキトサンを経口投与または注腸投与し、前記ある物質の投与前後に前記経口投与物または前記注腸投与物の血中濃度を測定することにより、前記ある物質に腸粘膜の透過性の正常化作用があるか否か、正常化作用がある場合にはそれがどの程度であるか、を評価する評価方法。
  10. ある物質を投与し、これとは別に経口投与または注腸投与する評価剤であって、前記あ
    る物質の投与前後に前記評価剤の血中濃度を測定することにより、前記ある物質に腸粘膜の透過性の正常化作用があるか否か、正常化作用がある場合にはそれがどの程度であるか、を評価するための、キチンおよび/またはキトサンを主成分とする評価剤。
  11. 被験者から採取した血液中のキチンおよび/またはキトサンの濃度を測定する濃度測定手段と、
    濃度測定手段により測定された濃度に基づいて当該被験者の腸粘膜の透過性を評価する評価手段と、
    を具備したことを特徴とする診断装置。
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