<多孔質炭素繊維>
本発明の多孔質炭素繊維(以下、単に「炭素繊維」または「繊維」ということがある。)は、炭素骨格と空隙とがそれぞれ連続構造をなす共連続多孔構造を有する。共連続多孔構造とは、炭素骨格の枝部と細孔部(空隙部)がそれぞれ連続しつつ三次元的に規則的に絡み合った構造であり、具体的には図1に例示される通り、液体窒素中で充分に冷却した試料をピンセット等により割断した断面を走査型電子顕微鏡で表面観察した際に、炭素骨格の枝部と空隙部がそれぞれ連続しつつ絡み合っている構造をさす。このような均一な構造を有することで炭素骨格の枝部が構造体全体を支えあう効果が生じるため、圧縮に対して大きな耐性を有し、繊維断面方向(繊維軸方向と直行する方向)の圧縮強度(圧裂強度)が向上する。
共連続多孔構造の構造周期は10〜1,000nmである。構造周期が1,000nm以下であると、炭素骨格と細孔が微細な構造となり圧縮強度が向上する。そのため構造周期は800nm以下が好ましく、500nm以下がより好ましい。また、構造周期が10nm以上であると、多孔質炭素繊維の軽量性と力学特性とのバランスに優れる。共連続多孔構造の細孔部に複合化するマトリックス(母材)が完全に充填されると、多孔質炭素繊維のかさ密度が増加して圧縮比強度が低下する傾向にあるため、マトリックスが共連続多孔構造の細孔部に完全に充填されない範囲で構造周期を適宜設定することが好ましい。
共連続多孔構造の構造周期は、本発明の多孔質炭素繊維にX線を入射し、小角で散乱して得られた散乱強度のピークトップの位置における散乱角度2θより、下式で算出されるものである。
L:構造周期、λ:入射X線の波長
なお上記の構造周期の解析に際して、後述する、実質的に共連続多孔構造を有しない部分については構造周期が上記の範囲外となるため解析に影響はなく、実質的に共連続多孔構造を有しない部分を有する場合においても上記式で算出される構造周期をもって共連続多孔構造の構造周期とする。
さらに、共連続多孔構造は均一な構造であるほど、圧縮強度および圧縮比強度が高くなる。共連続多孔構造の均一性は、本発明の多孔質炭素繊維にX線を入射した際の散乱強度のピークの半値幅により決定できる。具体的には、本発明の多孔質炭素繊維に対してX線を入射し、得られた散乱強度のピークの半値幅が小さいほど均一性が高いと判断する。ピークの半値幅は5°以下が好ましく、1°以下がより好ましく、0.1°以下がさらに好ましい。
なお、本発明におけるピークの半値幅とは、ピークの頂点を点Aとし、点Aからグラフの縦軸に平行な直線を引き、該直線とスペクトルのベースラインとの交点を点Bとしたとき、点Aと点Bを結ぶ線分の中点(点C)におけるピークの幅である。なお、ここでのピークの幅とは、ベースラインに平行で、かつ点Cを通る直線の長さのことである。
共連続多孔構造としては、格子状やモノリス状が挙げられ、特に限定されないが、上記の効果を発揮できる点ではモノリス状であると繊維断面方向の圧縮強度が向上する傾向にあるため好ましい。モノリス状とは、共連続多孔構造において炭素骨格が三次元網目構造をなす形態をいい、個別の粒子が凝集・連結した構造や、あるいは逆に、凝集・連結した鋳型粒子を除去することにより生じた空隙とその周囲の骨格により形成された構造などのような不規則な構造とは区別される。
多孔質炭素繊維の圧縮強度の測定は、微小圧縮試験機を用い、長さ1mmの多孔質炭素繊維1本を治具で挟み、0.1mm/minで繊維断面方向に圧縮して圧縮変位と荷重を測定し、圧縮強度σを下記の式により算出する。
σ:繊維断面方向の圧縮強度、F:破壊加重、d:繊維直径、l:繊維長
また、圧縮比強度は平均かさ密度あたりの圧縮強度であり、圧縮強度を平均かさ密度で除して算出する。
本発明の多孔質炭素繊維の真密度は1.6〜1.9g/cm3であることが好ましい。真密度とは炭素自体の体積と多孔質炭素繊維の重量より算出した密度のことである。真密度が1.6g/cm3以上であると炭素が緻密であるため、多孔質炭素繊維の圧縮強度が高くなる。真密度は高いほど圧縮強度が向上する傾向にあるため、1.7g/cm3以上がより好ましく、1.8g/cm3以上がさらに好ましい。また、真密度が1.9g/cm3を超えると多孔質炭素繊維が脆くなる傾向がある。
真密度の測定は次のように行う。すなわち、多孔質炭素繊維をボールミルなどで粉砕して粒子状にし、ふるいで粒径20μm以下にする。続いて真密度測定器を用い、浸液として1−ブタノールを使用して液相置換法(ピクノメーター法)にて測定した値を用いる。
本発明の多孔質炭素繊維の平均かさ密度は、炭素繊維強化複合材料の目的とする圧縮強度および圧縮比強度に応じて設定することができるが、平均かさ密度が0.8〜1.7g/cm3であることが好ましい。平均かさ密度とは、繊維内部の独立細孔および開気孔を含めた多孔質炭素繊維の体積を基に算出した密度であり、多孔質炭素繊維が中空部を有する場合は中空部の体積も含めて平均かさ密度を算出する。平均かさ密度が1.7g/cm3以下だと繊維が体積あたりの重量が軽くなるため圧縮比強度が向上する。そのため、平均かさ密度は1.65g/cm3以下であることがより好ましく、1.6g/cm3以下であることがさらに好ましい。一方、平均かさ密度が0.8g/cm3未満であると圧縮強度および圧縮比強度が低下して多孔質炭素繊維が折れやすくなる傾向がある。このため、平均かさ密度は0.9g/cm3以上であることがより好ましい。本発明の多孔質炭素繊維は内部に均一な連通孔を有するため、真密度が高い炭素材料であっても平均かさ密度を低くすることができ、圧縮比強度が向上する。
平均かさ密度の測定は次のように行う。すなわち、多孔質炭素繊維の任意の断面20箇所を走査型電子顕微鏡で撮影し、それぞれの断面積を画像処理で算出して平均断面積を得る。続いて、下記の式によりかさ密度を算出する。そして多孔質炭素繊維20本についてかさ密度を測定し、その平均値を多孔質炭素繊維の平均かさ密度とする。
ρb:多孔質炭素繊維のかさ密度、W:多孔質炭素繊維の重量、S:平均断面積、l:繊維長
本発明の多孔質炭素繊維が有する共連続多孔構造は、平均空隙率が20〜80%であることが好ましい。平均空隙率とは、包埋した試料をクロスセクションポリッシャー法(CP法)により精密に形成させた断面を、1±0.1(nm/画素)となる倍率にて70万画素以上で観察し、その画像から計算に必要な着目領域を512画素四方で設定し、細孔部分の面積をA、炭素部分の面積をBとして以下の式で算出し、任意の断面20箇所の算術平均値により算出した値である。
平均空隙率(%)=A/B×100
ここで、多孔質炭素繊維が中空糸の場合、中空部分の面積は細孔の面積には含まない。
平均空隙率が大きいほど多孔質炭素繊維の平均かさ密度が低くなり、繊維断面方向の圧縮比強度が向上する。そのため、平均空隙率は30%以上がより好ましく、40%以上がさらに好ましい。一方、平均空隙率が小さいほど、平均かさ密度は高くなり、圧縮強度が向上して高圧条件で使用することができる。平均空隙率が70%を超えると圧縮比強度が低下するため、平均空隙率は70%以下がより好ましく、60%以下がさらに好ましい。
本発明の多孔質炭素繊維の共連続多孔構造を形成する細孔の平均直径が大きいと、炭素の枝部が多孔質炭素繊維の構造全体を支えあう効果が低下して繊維断面方向の圧縮強度が低下する。そのため、500nm以下が好ましく、300nm以下がより好ましい。また、細孔の平均直径の下限は特に制限されないが、10nm以上が好ましい。
細孔の平均直径は水銀圧入法による細孔径分布測定によって得た測定値を用いる。水銀圧入法とは、多孔質材料の細孔に圧力を加えて水銀を浸入させ、圧力と圧入された水銀量から細孔容積と比表面積を求め、細孔を円筒と仮定したときの細孔容積と比表面積の関係から細孔直径を算出する方法である。水銀圧入法では5nm〜500μmの細孔直径分布曲線を取得できる。なお後述する、実質的に共連続多孔構造を有しない部分は細孔を有しないため、実質的に共連続多孔構造を有しない部分を有する場合であっても多孔質炭素繊維全体の細孔の平均直径は共連続多孔構造の細孔の平均直径と同一である。
共連続多孔構造は多孔質炭素繊維の表面にも形成されていると、繊維表面が凹凸構造となる。そのため、アンカー効果によりマトリックスとの接着力が向上し、圧縮強度が向上する。
本発明の多孔質炭素繊維は、マトリックスが内部に完全に充填されず、かつ圧縮比強度が低下しない範囲で多孔質炭素繊維の内部に中空部を有してもよく、上述の繊維の平均断面積Eに対する中空部の断面積Fの面積比率(F/E)が0.5以下であることが好ましく、0.3以下であることがより好ましく、0.1以下であることがさらに好ましい。
一方、平均かさ密度が同程度の繊維で比較すると、中空部を有する多孔質炭素繊維に比べ、中空部を有しない多孔質炭素繊維の方が圧縮強度および圧縮比強度は高くなるため、多孔質炭素繊維は中空部を有しない方が好ましい。ここで本発明における中空部とは繊維軸方向に連続的に形成された略同一の直径からなる空隙部を指す。
本発明の多孔質炭素繊維は、さらに、実質的に共連続多孔構造を有しない部分(以下、「共連続多孔構造を有しない部分」ということがある。)を有してもよい。共連続多孔構造を実質的に有しないとは、クロスセクションポリッシャー法(CP法)により形成させた断面を、1±0.1(nm/画素)となる倍率で観察した際に、明確な細孔が観察されない部分が、前述のX線散乱から算出される構造周期Lの3倍の長さを一辺とする正方形の領域以上の面積で存在することを意味する。共連続多孔構造を有しない部分は炭素が緻密であるため、多孔質炭素繊維の真密度が向上して圧縮強度が向上する。
また、本発明の多孔質炭素繊維の共連続多孔構造を有しない部分が共連続多孔構造を有する部分を覆うように周囲に形成された形態、すなわち共連続多孔構造を有する芯部と共連続多孔構造を有しない鞘部からなる芯鞘構造繊維であることも好ましい。本明細書においてこのような形態の多孔質炭素繊維について説明する際、共連続多孔構造を有する部分を「コア層」、そしてコア層を覆う共連続多孔構造を有しない部分を「スキン層」と称する。
本発明の多孔質炭素繊維がスキン層を有すると、共連続多孔構造のみからなる多孔質炭素繊維と比べて表面が滑らかになる、すなわち表面粗さが小さくなる。そのため、炭素繊維強化複合材料とした場合にマトリックスとの接着力が低下するが、クラックなどの欠陥が減少する傾向にある。また、スキン層を有することによって粘度が低いマトリックスが多孔質炭素繊維の内部に充填されにくくなる効果を奏する。
スキン層の厚みは適宜設定することが可能であるが、スキン層の厚みが厚いとかさ密度が高くなる。そのため、スキン層の厚みは5μm以下が好ましく、3μm以下がより好ましく、1μm以下がさらに好ましい。また、スキン層の厚みの下限は特に限定されないが、多孔質炭素繊維の形態を保つ効果を発揮させるためには1nm以上であることが好ましい。
本発明の多孔質炭素繊維は繊維直径Dに対する繊維長さL(アスペクト比L/D)が100以上のものを指し、長繊維(フィラメント)であっても、短繊維(ステープル、チョップドファイバー)であってもよい。長繊維を用いて炭素繊維強化複合材料にすると短繊維と比べて引張強度が向上する傾向にあり、また異方性を有する材料となる。一方、短繊維を用いて炭素繊維強化複合材料にすると等方性の材料となり、さらに成形時に繊維が流動しやすくなるため成形性が向上する。なお、本明細書において、アスペクト比L/Dは、特に断った場合を除き、ランダムに20本の繊維を測定した平均値を指すものとする。
多孔質炭素繊維の断面の形状は制限されず、丸断面、三角断面等の多葉断面、扁平断面や中空断面など任意の形状とすることが可能であるが、丸断面であると断面内の強度分布が均一になり繊維断面方向の圧縮強度および圧縮比強度がより向上するため好ましい。
また本発明の多孔質炭素繊維は、その繊維直径Dが100nm〜10mmの範囲であることが好ましい。繊維直径が100nm以上だと十分な比表面積を確保しつつ取り扱いが容易になる。一方、繊維直径が10mm以下であれば、比表面積が向上してマトリックスとの接着性が向上し、複合材料の圧縮比強度が向上する。繊維直径は上記観点から100nm〜1mmの範囲であるとより好ましく、1μm〜500μmの範囲であるとさらに好ましい。
また本発明の多孔質炭素繊維は、長繊維として織物、編物、組物など種々任意の形態を持つことができる。織物の場合には、織組織に応じた強度の配向が観察されるため、ハンドレイアップ法などにより織物シートを積層して複合材料とすることも好適な態様である。
<炭素繊維強化複合材料>
本発明の多孔質炭素繊維とマトリックスとを複合化することにより、炭素繊維強化複合材料を製造することができる。ここでマトリックスとしては特に制限されず、熱硬化性樹脂、熱可塑性樹脂、炭素、セラミックス、金属を挙げることができる。
マトリックスに用いられる熱硬化性樹脂としては、例えば、不飽和ポリエステル、ビニルエステル、エポキシ樹脂、フェノール樹脂(レゾール型)、ユリア樹脂、メラミン樹脂、ポリイミド、ビスマレイミド、シアネートエステル等があり、これらの共重合体、変性体、および、これらの少なくとも2種をブレンドした樹脂がある。衝撃性向上のために、エラストマーもしくはゴム成分が添加されていてもよい。特に、エポキシ樹脂は成形品の力学特性が高いため好ましい。さらにエポキシ樹脂は、その優れた力学特性を発現するために主成分として含まれるのが好ましく、具体的には60重量%以上含まれることが好ましい。
マトリックスに用いられる熱可塑性樹脂としては、例えば、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、ポリトリメチレンテレフタレート(PTT)、ポリエチレンナフタレート(PENP)、液晶ポリエステル等のポリエステルや、ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、ポリブチレン等のポリオレフィンや、スチレン系樹脂や、ポリオキシメチレン(POM)、ポリアミド(PA)、ポリカーボネート(PC)、ポリメチレンメタクリレート(PMMA)、ポリ塩化ビニル(PVC)、ポリフェニレンスルフィド(PPS)、ポリフェニレンエーテル(PPE)、変性PPE、ポリイミド(PI)、ポリアミドイミド(PAI)、ポリエーテルイミド(PEI)、ポリスルホン(PSU)、変性PSU、ポリエーテルスルホン(PES)、ポリケトン(PK)、ポリエーテルケトン(PEK)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリエーテルケトンケトン(PEKK)、ポリアリレート(PAR)、ポリエーテルニトリル(PEN)、フェノール系樹脂、フェノキシ樹脂、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)などのフッ素系樹脂や、これらの共重合体、変性体、および2種類以上ブレンドした樹脂などであってもよい。なかでもポリアミド樹脂が力学特性に優れるため好ましい。また、耐衝撃性向上のために、他のエラストマーあるいはゴム成分を添加してもよい。また、用途等に応じ、本発明の目的を損なわない範囲で他の充填材や添加剤を含有してもよい。
本発明の炭素繊維強化複合材料の圧縮強度は、多孔質炭素繊維で一方向プリプレグを作製し、JISK7076(1991)に従い、インストロン万能試験機を用いて、プリプレグの繊維断面方向に圧縮して圧縮変位と荷重を測定して算出することができる。
<多孔質炭素繊維の製造方法>
本発明の多孔質炭素繊維は、一例として、炭化可能樹脂と消失樹脂とを相溶させて樹脂混合物とする工程(工程1)と、相溶した状態の樹脂混合物を紡糸し、相分離させる工程(工程2)と、加熱焼成により炭化する工程(工程3)とを有する製造方法により製造することができる。
〔工程1〕
工程1は、炭化可能樹脂10〜90重量%と消失樹脂90〜10重量%を相溶させ、樹脂混合物とする工程である。ここで炭化可能樹脂とは、焼成により炭化し、枝部(炭素骨格)として残存する樹脂であり、熱可塑性樹脂および熱硬化性樹脂の双方を用いることができる。熱可塑性樹脂の場合、加熱や高エネルギー線照射などの簡便なプロセスで不融化処理を実施可能な樹脂を選択することが好ましい。また、熱硬化性樹脂の場合、不融化処理が不要の場合が多く、こちらも好適な材料として挙げられる。熱可塑性樹脂の例としては、ポリフェニレンエーテル、ポリビニルアルコール、ポリアクリロニトリル、フェノール樹脂、全芳香族ポリエステルが挙げられ、熱硬化性樹脂の例としては、不飽和ポリエステル樹脂、アルキド樹脂、メラミン樹脂、ユリア樹脂、ポリイミド樹脂、ジアリルフタレート樹脂、リグニン樹脂、ウレタン樹脂などを列挙することができる。これらは単独で用いても、混合された状態で用いても構わないが、熱可塑性樹脂あるいは熱硬化性樹脂それぞれで混合することも成形加工の容易さから好ましい。
それらの中でも炭化収率、紡糸性、経済性の観点から熱可塑性樹脂を用いることが好ましく、ポリフェニレンエーテル、ポリビニルアルコール、ポリアクリロニトリル、全芳香族ポリエステルがより好ましく用いられる。
炭化可能樹脂の分子量は、重量平均分子量で10,000以上であることが好ましい。重量平均分子量が10,000以上だと紡糸の過程において糸切れすることが少なくなる。一方、重量平均分子量の上限は特に限定されないが、紡糸性や樹脂の押し出しが容易にできる観点から、1,000,000以下であることが好ましい。
また消失樹脂とは、後述する工程2に引き続いて、不融化処理と同時もしくは不融化処理後、または焼成と同時のいずれかの段階で除去することのできる樹脂である。消失樹脂を除去する方法については特に限定されず、薬品を用いて解重合するなどして化学的に除去する方法、消失樹脂を溶解する溶媒を添加して溶解除去する方法、加熱して熱分解によって消失樹脂を低分子量化して除去する方法などが好ましく用いられる。これらの手法は単独で、もしくは組み合わせて使用してすることができ、組み合わせて実施する場合にはそれぞれを同時に実施しても別々に実施してもよい。
化学的に除去する方法としては、酸またはアルカリを用いて加水分解する方法が経済性や取り扱い性の観点から好ましい。酸またはアルカリによる加水分解を受けやすい樹脂としては、ポリエステル、ポリカーボネート、ポリアミドなどが挙げられる。
消失樹脂を溶解する溶媒を添加して除去する方法としては、混合された炭化可能樹脂と消失樹脂に対して、連続して溶媒を供給して消失樹脂を溶解、除去する方法や、バッチ式で混合して消失樹脂を溶解、除去する方法などが好ましい例として挙げられる。
溶媒を添加して除去する方法に適した消失樹脂の具体的な例としては、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレンなどのポリオレフィン、アクリル樹脂、メタクリル樹脂、ポリビニルピロリドン、脂肪族ポリエステル、ポリカーボネートなどが挙げられる。中でも溶媒への溶解性から非晶性の樹脂であることがより好ましく、その例としてはポリスチレン、メタクリル樹脂、ポリカーボネートが挙げられる。
熱分解によって消失樹脂を低分子量化して除去する方法としては、混合された炭化可能樹脂と消失樹脂をバッチ式で加熱して熱分解する方法や、連続して混合された炭化可能樹脂と消失樹脂を加熱源中へ連続的に供給しつつ加熱して熱分解する方法が挙げられる。
消失樹脂は後述する工程3において、炭化可能樹脂を焼成により炭化する際に熱分解により消失する樹脂であることが好ましく、後述する不融化処理の際に大きな化学変化を起さず、かつ焼成後の炭化収率が10%未満となる熱可塑性樹脂であることが好ましい。このような消失樹脂の具体的な例としてはポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレンなどのポリオレフィン、アクリル樹脂、メタクリル樹脂、ポリアセタール、ポリビニルピロリドン、脂肪族ポリエステル、芳香族ポリエステル、脂肪族ポリアミド、ポリカーボネートなどを列挙することができ、これらは単独で用いても混合された状態で用いても構わない。
工程1においては、炭化可能樹脂と消失樹脂を相溶させ、樹脂混合物(ポリマーアロイ)とする。ここでいう「相溶させ」とは、温度および/または溶媒の条件を適切に選択することにより、光学顕微鏡で炭化可能樹脂と消失樹脂の相分離構造が観察されない状態を作り出すことをいう。
炭化可能樹脂と消失樹脂は、樹脂同士のみの混合により相溶させてもよいし、さらに溶媒を加えることにより相溶させてもよい。
複数の樹脂が相溶する系としては、低温では相分離状態にあるが高温では1相となる上限臨界共溶温度(UCST)型の相図を示す系や、逆に、高温では相分離状態にあるが低温では1相となる下限臨界共溶温度(LCST)型の相図を示す系などが挙げられる。また特に炭化可能樹脂と消失樹脂の少なくとも一方が溶媒に溶解した系である場合には、非溶媒の浸透によって後述する相分離が誘発されるものも好ましい例として挙げられる。
加えられる溶媒については特に限定されないが、溶解性の指標となる炭化可能樹脂と消失樹脂の溶解度パラメーター(SP値)の平均値からの差の絶対値が、5.0以内が好ましい。SP値の平均値からの差の絶対値は、小さいほど溶解性が高いことが知られているため、差がないことが好ましい。またSP値の平均値からの差の絶対値は、大きいほど溶解性が低くなり、炭化可能樹脂と消失樹脂との相溶状態を取ることが難しくなる。このことからSP値の平均値からの差の絶対値は、3.0以下が好ましく、2.0以下がさらに好ましい。
相溶する系の具体的な炭化可能樹脂と消失樹脂の組み合わせ例としては、溶媒を含まない系であれば、ポリフェニレンエーテル/ポリスチレン、ポリフェニレンエーテル/スチレン−アクリロニトリル共重合体、全芳香族ポリエステル/ポリエチレンテレフタレート、全芳香族ポリエステル/ポリエチレンナフタレート、全芳香族ポリエステル/ポリカーボネートなどが挙げられる。溶媒を含む系の具体的な組合せ例としては、ポリアクリロニトリル/ポリビニルアルコール、ポリアクリロニトリル/ポリビニルフェノール、ポリアクリロニトリル/ポリビニルピロリドン、ポリアクリロニトリル/ポリ乳酸、ポリビニルアルコール/酢酸ビニル−ビニルアルコール共重合体、ポリビニルアルコール/ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール/ポリプロピレングリコール、ポリビニルアルコール/デンプンなどを挙げることができる。
炭化可能樹脂と消失樹脂を混合する方法については限定されず、均一に混合できる限りにおいて公知の種々の混合方式を採用できる。具体例としては、攪拌翼を持つロータリー式のミキサーや、スクリューによる混練押出機などが挙げられる。
また炭化可能樹脂と消失樹脂を混合する際の温度(混合温度)を、炭化可能樹脂と消失樹脂が共に軟化する温度以上とすることも好ましい。ここで軟化する温度とは、炭化可能樹脂または消失樹脂が結晶性高分子であれば融点、非晶性樹脂であればガラス転移点温度を適宜選択すればよい。混合温度を炭化可能樹脂と消失樹脂が共に軟化する温度以上とすることで、両者の粘性を下げられるため、より効率のよい攪拌、混合が可能になる。混合温度の上限についても特に限定されないが、熱分解による樹脂の劣化を防止し、品質に優れた多孔質炭素繊維の前駆体を得る観点から、400℃以下が好ましい。
また、工程1においては、炭化可能樹脂10〜90重量%に対し消失樹脂90〜10重量%を混合する。炭化可能樹脂と消失樹脂が前記の範囲内であると、最適な細孔サイズや空隙率を任意に設計できるため好ましい。炭化可能樹脂が10重量%以上であれば、炭化後における多孔質炭素繊維の力学的な強度を保つことが可能になるほか、収率が向上するため好ましい。また炭化可能樹脂が90重量%以下であれば、消失樹脂が効率よく空隙を形成できるため好ましい。
炭化可能樹脂と消失樹脂の混合比については、それぞれの樹脂の相溶性を考慮して、上記の範囲内で任意に選択することができる。具体的には、一般に樹脂同士の相溶性はその組成比が1対1に近づくにつれて悪化するため、相溶性のあまり高くない系を原料に選択した場合には、炭化可能樹脂の量を増やす、または減らすなどして、いわゆる偏組成に近づけることで相溶性を改善することも好ましい態様として挙げられる。
また炭化可能樹脂と消失樹脂を混合する際に溶媒を添加することも好ましい。溶媒を添加することで炭化可能樹脂と消失樹脂の粘性を下げ、成形を容易にするほか、炭化可能樹脂と消失樹脂を相溶化させやすくなる。ここでいう溶媒も特に限定されず、炭化可能樹脂、消失樹脂のうち少なくともいずれか一方を溶解、膨潤させることが可能な常温で液体であるものであればよく、炭化可能樹脂及び消失樹脂をいずれも溶解するものであれば、両者の相溶性を向上させることが可能となるためより好ましい。
溶媒の添加量は、炭化可能樹脂と消失樹脂の相溶性を向上させ、粘性を下げて流動性を改善する観点から炭化可能樹脂と消失樹脂の合計重量に対して20重量%以上が好ましい。また一方で溶媒の回収、再利用に伴うコストの観点から、炭化可能樹脂と消失樹脂の合計重量に対して90重量%以下が好ましい。
〔工程2〕
工程2は、工程1において相溶させた状態の樹脂混合物を紡糸し、微細な相分離構造を形成する工程である。
相溶させた状態の樹脂混合物を紡糸する方法は特に限定されず、後述の相分離法に合わせた紡糸法を適宜選択できる。樹脂混合物が熱可塑性樹脂の組合せであれば、樹脂の軟化温度以上に加熱してから溶融紡糸を行うことができる。また樹脂混合物に溶媒が含まれる場合には、溶液紡糸として乾式紡糸、乾湿式紡糸や湿式紡糸などを適宜選択することができる。
溶融紡糸は、混練押出機などを用いて加熱、溶融(流動状態)させた樹脂混合物を口金から押し出し、冷却しつつ巻取ることで繊維化する方法であり、工程速度が溶液紡糸よりも速く、生産性に優れている。また溶媒の揮散が起こらないため、工程中の安全対策にかかる費用を抑えられることから低コストでの製造が可能であるため好ましい。
また溶液紡糸は、予め調整した樹脂混合物と溶媒からなる紡糸ドープを計量、口金から押し出すことで繊維化する方法であり、こちらは相分離状態を緻密に制御することが可能である。特に凝固浴を用いる乾湿式紡糸、湿式紡糸については、後述する熱誘起相分離、非溶媒誘起相分離などを適宜組み合わせて前駆体繊維の相分離状態を緻密に制御できることから、更に好ましい態様である。
炭化可能樹脂と消失樹脂を相分離させる方法は特に限定されず、例えば温度変化によって相分離を誘発する熱誘起相分離法、非溶媒を添加することによって相分離を誘発する非溶媒誘起相分離法が挙げられる。
これら相分離法は、単独で、もしくは組み合わせて使用することができる。組み合わせて使用する場合の具体的な方法は、例えば凝固浴を通して非溶媒誘起相分離を起こした後、加熱して熱誘起相分離を起こす方法や、凝固浴の温度を制御して非溶媒誘起相分離と熱誘起相分離を同時に起こす方法、口金から吐出された樹脂を冷却して熱誘起相分離を起こした後に非溶媒と接触させる方法などが挙げられる。
さらに、次いで凝固浴中を通過させた後、乾燥することで微細構造を形成し、多孔質炭素繊維の前駆体を得ることができる。ここで凝固液は特に限定されないが、例えば水、エタノール、飽和食塩水、およびそれらと工程1で使用する溶媒との混合溶媒などが挙げられる。
非溶媒誘起相分離では、繊維の外周に緻密な層(炭化後に共連続多孔構造を有しない部分となる層)が形成されることがある。そこで、緻密な層の形成を抑制するため、例えば、内管から紡糸溶液を流し、外管から溶媒や消失樹脂を溶解した溶液などを同時に流す複合紡糸法を利用することで、共連続多孔構造のみからなる多孔質炭素繊維前駆体を作製することができる。
〔消失樹脂の除去〕
工程2において得られた多孔質炭素繊維の前駆体は、炭化工程(工程3)に供される前、または炭化工程と同時、またはその両方で消失樹脂の除去処理を行うことが好ましい。除去処理の方法は特に限定されない。具体的には、酸、アルカリ、酵素を用いて消失樹脂を化学的に分解、低分子量化して除去する方法や、消失樹脂を溶解する溶媒により溶解除去する方法、電子線、ガンマ線、紫外線、赤外線などの放射線や熱を用いて消失樹脂を分解除去する方法などが挙げられる。
特に熱分解によって消失樹脂を除去処理することができる場合には、予め消失樹脂の80重量%以上が消失する温度で熱処理を行うこともできるし、炭化工程(工程3)もしくは後述の不融化処理において消失樹脂を熱分解、ガス化して除去することもできる。炭化工程(工程3)もしくは後述の不融化処理において熱処理と同時に消失樹脂を熱分解、ガス化して除去すると、生産性が高くなることから好ましい。
〔不融化処理〕
工程2において多孔質炭素繊維の前駆体は、炭化工程(工程3)に供される前に不融化処理を行うことが好ましい。不融化処理の方法は特に限定されず、公知の方法を用いることができる。具体的な方法としては、酸素存在下で加熱することで酸化架橋を起こす方法、電子線、ガンマ線などの高エネルギー線を照射して架橋構造を形成する方法、反応性基を持つ物質を含浸、混合して架橋構造を形成する方法などが挙げられ、中でも酸素存在下で加熱することで酸化架橋を起こす方法は、プロセスが簡便であり製造コストを低く抑えることが可能である点から好ましい。これらの手法は単独もしくは組み合わせて使用してもよく、それぞれを同時に使用しても別々に使用してもよい。
酸素存在下で加熱することで酸化架橋を起こす方法における加熱温度は、架橋反応を効率よく進める観点から150℃以上が好ましく、炭化可能樹脂の熱分解、燃焼等による重量ロスからの収率悪化を防ぐ観点から、350℃以下が好ましい。
また処理中の酸素濃度については特に限定されないが、18%以上の酸素濃度を持つガスを供給することが製造コストを低く抑えることが可能となるため好ましい。ガスの供給方法については特に限定されないが、空気をそのまま加熱装置内に供給する方法や、ボンベ等を用いて純酸素を加熱装置内に供給する方法などが挙げられる。
電子線、ガンマ線などの高エネルギー線を照射して架橋構造を形成する方法としては、市販の電子線発生装置やガンマ線発生装置などを用いて、炭化可能樹脂へ電子線やガンマ線などを照射することで、架橋を誘発する方法が挙げられる。照射による架橋構造の効率的な導入から照射強度の下限は1kGy以上であると好ましく、主鎖の切断による分子量低下から多孔質炭素繊維の強度が低下するのを防止する観点から1,000kGy以下が好ましい。
反応性基を持つ物質を含浸、混合して架橋構造を形成する方法は、反応性基を持つ低分子量化合物を樹脂混合物に含浸して、加熱または高エネルギー線を照射して架橋反応を進める方法、予め反応性基を持つ低分子量化合物を混合しておき、加熱または高エネルギー線を照射して架橋反応を進める方法などが挙げられる。
〔工程3〕
工程3は、工程2において得られた多孔質炭素繊維の前駆体、あるいは必要に応じて消失樹脂の除去および/または不融化処理に供された前駆体を焼成し、炭化して多孔質炭素繊維を得る工程である。
多孔質炭素繊維の前駆体を炭化させるために、焼成は不活性ガス雰囲気において加熱することにより行うことが好ましい。ここで不活性ガスとは、加熱時に化学的に不活性であるものを言い、具体的な例としては、ヘリウム、ネオン、窒素、アルゴン、クリプトン、キセノン、二酸化炭素などである。中でも窒素、アルゴンを用いることが、経済的な観点から好ましい。炭化温度を1,500℃以上とする場合には、窒化物形成を抑制する観点からアルゴンを用いることが好ましい。
不活性ガスの流量は、加熱装置内の酸素濃度を充分に低下させられる量であればよく、加熱装置の大きさ、原料の供給量、加熱温度などによって適宜最適な値を選択することが好ましい。流量の上限についても特に限定されないが、経済性や加熱装置内の温度変化を少なくする観点から、温度分布や加熱装置の設計に合わせて適宜設定することが好ましい。また炭化時に発生するガスを系外へ充分に排出できると、品質に優れた多孔質炭素繊維を得ることができるため、より好ましい態様であり、このことから系内の発生ガス濃度が3,000ppm以下となるように不活性ガスの流量を決定することが好ましい。
加熱温度は、真密度が上記の範囲内であれば特に制限されないが、800℃以上が好ましく、1,000℃以上がより好ましい。また、加熱温度の上限は限定されないが、3,000℃以下であれば設備に特殊な加工が必要ないため経済的な観点からは好ましい。
連続的に炭化処理を行う場合の加熱方法については、一定温度に保たれた加熱装置内に、多孔質炭素繊維をローラーやコンベヤ等を用いて連続的に供給しつつ取り出す方法であることが、生産性を高くすることが可能であるため好ましい。
加熱装置内にてバッチ式処理を行う場合の昇温速度や降温速度は、真密度が上述の範囲であれば限定されず、昇温や降温にかかる時間を短縮することで生産性を高めることができるため、1℃/分以上の速度が好ましい。また昇温速度、降温速度の上限は特に限定されず、クラックなどの欠陥が生じない範囲で適宜設定することができる。
また炭化温度で保持する時間についても、真密度が上述の範囲内であれば、任意に設定することが可能であるが、保持する時間が長いほど炭素結晶粒を大きく成長し、真密度が増加する傾向にあり、短いほど真密度が低下する傾向にある。保持時間は目的とする用途に応じて適宜設定することが好ましいが、5分以上とすることで、効率よく炭素結晶粒を成長させることが可能であるため好ましく、また保持時間は長くとも1,200分以内とすることがエネルギー消費を抑えて効率よく本発明の多孔質炭素繊維が得られることから好ましい。
〔炭素繊維強化複合材料の作製〕
工程3で作製した多孔質炭素繊維は表面改質のため、複合化する前に電解処理やサイジング付与することができる。電解処理に用いられる電解液には、硫酸、硝酸および塩酸等の酸性溶液や、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、テトラエチルアンモニウムヒドロキシドのようなアルカリ、またはそれらの塩を水溶液として使用することができる。ここで、電解処理に必要な電気量は、適用する多孔質炭素繊維に応じて適宜選択する。このような電解処理により、得られる複合材料において多孔質炭素繊維とマトリックスとの接着性が向上し、圧縮強度だけでなく、引張強度も高い材料となる。
多孔質炭素繊維を炭素繊維強化複合材料に成形する方法は特に限定されず、エポキシ樹脂組成物を含浸してシート状にしたプリプレグを積層・加熱し成形する方法、プリプレグを用いずエポキシ樹脂組成物を直接強化繊維に含浸させた後加熱硬化する方法、例えばハンドレイ・アップ法、フィラメントワインディング法、フルトリュージョン法、レジン・インジェクション・モールディング法、レジン・トランスファー・モールディング法(RTM)など、各種成形法を用いることができる。
マトリックスが多孔質炭素繊維の内部に完全に充填されると、かさ密度が増加するため好ましくないが、マトリックスと多孔質炭素繊維との接着力が向上して剥離が抑制できる。多孔質炭素繊維の内部へのマトリックスの充填量は、多孔質炭素繊維の細孔直径、共連続多孔構造を有しない部分の有無、マトリックスの組成(多孔質炭素繊維との濡れ性)、マトリックスの粘度などに依存するため、多孔質炭素繊維の構造に応じてマトリックスの組成や粘度を適宜設定することが好ましい。
以下に本発明の好ましい実施の例を記載するが、これら記載は本発明を制限するものではない。
評価手法
(平均空隙率)
多孔質炭素繊維を樹脂中に包埋し、その後カミソリで繊維断面を露出させ、日本電子製クロスセクションポリッシャー装置SM−09010を用いて加速電圧5.5kVにて試料表面にアルゴンイオンビームを照射、エッチングを施す。得られた繊維の断面を日立ハイテクノロジーズ製走査型顕微鏡S−5500にて繊維断面の中心部を1±0.1(nm/画素)となるよう調整された拡大率で、70万画素以上の解像度で観察した画像から、計算に必要な繊維断面を512画素四方で設定し、細孔部分の面積をA、炭素部分の面積をBとして、以下の式で平均空隙率を算出し、任意の断面20箇所の算術平均値により算出した。
平均空隙率(%)=A/B×100
ここで、多孔質炭素繊維が中空部を有する場合は、中空部の空隙を除外して平均空隙率を算出した。
(細孔直径分布曲線の取得)
多孔質炭素繊維を300℃、5時間の条件で真空乾燥を行うことで吸着したガス成分を除去した。その後、島津製作所製の自動ポロシメータ(オートポアIV9500)を用いて細孔直径分布曲線を取得した。
(構造周期)
多孔質炭素繊維を試料プレートに挟み、CuKα線光源から得られたX線源から散乱角度10度未満の情報が得られるように、光源、試料および二次元検出器の位置を調整した。二次元検出器から得られた画像データ(輝度情報)から、ビームストッパーの影響を受けている中心部分を除外して、ビーム中心から動径を設け、角度1°毎に360°の輝度値を合算して散乱角度θに対する散乱強度分布曲線を得た。得られた曲線においてピークを持つ位置の散乱角度θより、連続構造部分の構造周期を下記の式によって得た。
構造周期:L、λ:入射X線の波長、π:円周率
(散乱角の半値幅)
上記のX線散乱より得られた散乱角度θ(横軸)と散乱強度(縦軸)からなる散乱強度分布曲線において、散乱強度のピークの頂点を点Aとし、点Aからグラフの縦軸に平行な直線を引き、該直線とスペクトルのベースラインとの交点を点Bとしたとき、点Aと点Bを結ぶ線分の中点(点C)におけるピークの幅を半値幅とした。
(圧縮強度および圧縮比強度)
多孔質炭素繊維の圧縮強度の測定は、微小圧縮試験機を用い、長さ1mmの多孔質炭素繊維1本を治具で挟み、0.1mm/minで繊維断面方向に圧縮して圧縮変位と荷重を測定し、圧縮強度σを下記の式により算出した。
σ:繊維断面方向の圧縮強度、F:破壊加重、d:繊維直径、l:繊維長
また、圧縮強度を平均かさ密度で除して圧縮比強度を算出した。
(真密度)
多孔質炭素繊維をボールミルで粉砕して粒子状にし、ふるいで粒径20μm以下にした後、真密度測定器を用い、浸液として1−ブタノールを使用して液相置換法(ピクノメーター法)にて測定した値を用いた。
(平均かさ密度)
多孔質炭素繊維の任意の断面20箇所を走査型電子顕微鏡で撮影し、それぞれの断面積を画像処理で算出して平均断面積を算出した。続いて、下記の式によりかさ密度を算出した。ランダムに多孔質炭素繊維20本についてかさ密度を測定し、その平均値を多孔質炭素繊維の平均かさ密度とした。
ρb:多孔質炭素繊維のかさ密度、W:多孔質炭素繊維の重量、S:平均断面積、l:繊維長
(繊維直径D)
ランダムに多孔質炭素繊維20本をマイクロメーターで測定し、その平均値を繊維直径Dとした。
(アスペクト比L/D)
ランダムに多孔質炭素繊維20本の繊維長さLをノギスで測定し、前述の方法で計測した繊維直径Dの値を用いて算出し、その平均値をアスペクト比L/Dとした。
[実施例1]
70gのポリサイエンス社製ポリアクリロニトリル(MW15万)と70gのシグマ・アルドリッチ社製ポリビニルピロリドン(MW4万)、及び、溶媒として400gの和研薬製ジメチルスルホキシド(DMSO)をセパラブルフラスコに投入し、3時間攪拌および還流を行いながら150℃で均一かつ透明な溶液を調製した。このときポリアクリロニトリルの濃度、ポリビニルピロリドンの濃度はそれぞれ13重量%であった。
得られたポリマー溶液を25℃まで冷却した後、口金から3mL/分で溶液を吐出して、25℃に保たれた純水の凝固浴へ導き、その後5m/分の速度で引き取り、バット上に堆積させることで原糸を得た。得られた原糸は半透明であり、相分離を起こしていた。得られた原糸を25℃に保った循環式乾燥機にて1時間乾燥して原糸表面の水分を乾燥させた後、25℃にて5時間の真空乾燥を行い、乾燥後の原糸を得た。
その後250℃に保った電気炉中へ原糸を投入し、酸素雰囲気化で1時間加熱することで不融化処理を行った。不融化処理を行った原糸は、黒色に変化した。
得られた不融化原糸を窒素流量1L/分、昇温速度10℃/分、到達温度1,500℃、保持時間1分の条件で炭化処理を行うことで、多孔質炭素繊維とした。
得られた多孔質炭素繊維の断面を観察したところ、共連続多孔構造が観察された。また、小角X線散乱を測定したところ、散乱強度のピークが観測され、その構造周期は70nmであった。本実験結果を表1にまとめた。
[実施例2]
ポリアクリロニトリルを70g、およびポリビニルピロリドンを70gとし、DMSOを638gとした以外は実施例1と同様にポリマー溶液を調製した。このとき、ポリアクリロニトリルおよびポリビニルピロリドンの濃度をそれぞれ9重量%であった。続いて、得られたポリマー溶液を用いて実施例1と同様の方法で処理を行い、多孔質炭素繊維を得た。
得られた多孔質炭素繊維の断面を観察したところ、共連続多孔構造が観察された。また、小角X線散乱を測定したところ、散乱強度のピークが観測され、その構造周期は96nmであった。本実験結果を表1にまとめた。
[実施例3]
ポリアクリロニトリルを70g、およびポリビニルピロリドンを70gとし、DMSOを860gとした以外は実施例1と同様にポリマー溶液を調製した。このとき、ポリアクリロニトリルおよびポリビニルピロリドンの濃度をそれぞれ7重量%であった。続いて、得られたポリマー溶液を用いて実施例1と同様の方法で処理を行い、多孔質炭素繊維を得た。
得られた多孔質炭素繊維の断面を観察したところ、共連続多孔構造が観察された。また、小角X線散乱を測定したところ、散乱強度のピークが観測され、その構造周期は128nmであった。本実験結果を表1にまとめた。
[実施例4]
実施例1にて調製したポリマー溶液を25℃まで冷却した後、二重管構造の中空糸紡糸ノズルの外管から上記で調製した紡糸溶液を3mL/分で、そして内管からジメチルスルホキシドを同時に吐出して、25℃に保たれた純水の凝固浴へ導き、その後5m/分の速度で引き取り、バット上に堆積させることで中空糸の原糸を得た。このときエアギャップは5mmとし、また凝固浴中の浸漬長は15cmとした。
得られた原糸を実施例1と同様に乾燥、不融化処理、炭化処理を行い、繊維直径270μm、膜厚70μmの中空状の多孔質炭素繊維を得た。
得られた多孔質炭素繊維の断面を観察したところ、共連続多孔構造が観察された。また、小角X線散乱を測定したところ、散乱強度のピークが観測され、その構造周期は72nmであった。そして多孔質炭素繊維の圧縮比強度は17.9N・m/gであった。本実験結果を表1にまとめた。
[比較例1]
熱減量率51重量%の炭素原料樹脂であるフェノール樹脂(住友ベークライト・PR−5017)と、熱減量率100重量%の熱分解性樹脂である直鎖低密度ポリエチレン(三井化学・ネオゼックス45200)を複合紡糸機に投入し、フェノール樹脂を120℃、ポリエチレンを140℃で溶融した。その後、重量比がフェノール樹脂: ポリエチレン=8:2となるようにギヤポンプで計量した。計量された炭素原料樹脂と熱分解性樹脂を150℃に保温した紡糸パック内で静止混練器(東レエンジニアリング製ハイミキサー10段208万層)を用いて混合し、紡糸を行った。紡糸口金には孔径φ0.35mmのものを用い、巻き取り速度600m/minで140dtex/24フィラメントの繊維を製造した。
続いて、上記繊維を塩酸−ホルムアルデヒド水溶液(塩酸18重量%、ホルムアルデヒド10重量%)中に96℃、24時間浸漬し、フェノール樹脂の硬化処理を行った。次に、この繊維を窒素気流中で900℃まで5℃/分の条件で加熱し、900℃で30分間保持してフェノールを炭素化し、ポリエチレンを除去して多孔質炭素繊維を得た。
得られた炭素繊維の表面観察を行ったところ、幅20nm程度の亀裂状の細孔が無数に形成され、また、炭素繊維の横断面を観察したところ、海島状になった1〜5μm程度の独立孔が多数観察された。
さらに小角X線散乱を測定したしたところ、小角領域における散乱強度のピークは観測されなかった。そして多孔質炭素繊維の圧縮比強度は12.5N・m/gであり、実施例の多孔質炭素繊維に比べ圧縮比強度が低かった。本実験結果を表1にまとめた。
[比較例2]
シクロヘキサノンパーオキシド(パーオキサH、日本油脂社製)1部を、メチルメタクリレート(以下MMAと略記する)100部に溶かし、純水800部と乳化剤としてペレックスOTP(日本油脂社製)1部を反応釜に加えて、不活性ガスで十分に置換した後、40℃に保持し、ロンガリット0.76部と硫酸水溶液でpH3とした後、重合を開始した。そのまま攪拌を続け、150分で第一段目の乳化重合を完結させた。次いでこの乳化液にアクリロニトリル(以下ANと略記する)72部を加えた後、温度を70℃に昇温して、再び150分攪拌を続け、さらに硫酸ナトリウム4部を加え、30分間攪拌して重合を完了させた。重合体を取り出し、ろ過、水洗および乾燥して重合率65.7%の比粘度0.19のMMA/ANブロック共重合体(相溶化剤)(C)を得た。
続いて、AN98モル%、メタクリル酸(以下MAAと略記する)2モル%から構成される比粘度0.24のAN/MAA共重合体(A)60重量部と、MMA99モル%、アクリル酸メチル(以下MAと略記する)1モル%から構成される比粘度0.21のMMA/MA共重合体(B)40重量部と、上記の方法にて調製した相溶化剤(C)3重量部と、溶剤(D)はジメチルホルムアミドを加え、ポリマー重合体濃度を26重量%とした。
上記のポリマー溶液を25℃まで冷却した後、口金から3mL/分で溶液を吐出して、25℃に保たれた純水の凝固浴へ導き、その後5m/分の速度で引き取り、バット上に堆積させることで原糸を得た。得られた原糸は白色で不透明であった。得られた原糸を25℃に保った循環式乾燥機にて1時間乾燥して原糸表面の水分を乾燥させた後、25℃にて5時間の真空乾燥を行い、乾燥後の原糸を得た。
得られた原糸を実施例1と同様の手法にて不融化処理および炭化処理を行い、多孔質炭素繊維を得た。
得られた炭素繊維の断面を観察したところ、一部連通孔が見られたものの、独立孔が多数観察された。また、小角X線散乱を測定したところ、散乱強度のピークは観測されなかった。そして多孔質炭素繊維の圧縮比強度は15.2N・m/gであり、実施例の多孔質炭素繊維に比べ圧縮比強度が低かった。本実験結果を表1にまとめた。