[第1の実施の形態]
図1は、本発明の第1の実施の形態に係る駆動力伝達装置が搭載された四輪駆動車の構成例を示す構成図である。
四輪駆動車100は、走行用の駆動力を発生させる駆動源としてのエンジン102、トランスミッション103、左右一対の主駆動輪としての前輪104L,104R、及び左右一対の補助駆動輪としての後輪105L,105Rと、エンジン102の駆動力を前輪104L,104R及び後輪105L,105Rに伝達可能な駆動力伝達系101と、制御装置10及び油圧ユニット11とを備えている。なお、本実施の形態において、各符号における「L」及び「R」は、車両の前進方向に対する左側及び右側の意味で使用している。
この四輪駆動車100は、エンジン102の駆動力を前輪104L,104R及び後輪105L,105Rに伝達する四輪駆動状態と、エンジン102の駆動力を前輪104L,104Rのみに伝達する二輪駆動状態とを切り替え可能である。なお、本実施の形態では、駆動源として内燃機関であるエンジンを適用した場合について説明するが、これに限らず、エンジンとIPM(Interior Permanent Magnet Synchronous)モータ等の高出力電動モータとの組み合わせによって駆動源を構成してもよく、高出力電動モータのみによって駆動源を構成してもよい。
駆動力伝達系101は、駆動力伝達装置1A、フロントディファレンシャル106、前輪側のドライブシャフト107L,107R、プロペラシャフト108、及び後輪側のドライブシャフト109L,109Rを有している。駆動力伝達装置1Aは、プロペラシャフト108と後輪側のドライブシャフト109L,109Rとの間に配置されている。
フロントディファレンシャル106は、デフケース106aと、デフケース106aに支持されたピニオンシャフト106bと、ピニオンシャフト106bに軸支された一対のピニオンギヤ106cと、一対のピニオンギヤ106cにギヤ軸を直交させて噛合する一対のサイドギヤ106dとを有している。デフケース106aには、ギヤ機構110によってトランスミッション103から出力される駆動力が伝達される。
プロペラシャフト108は、駆動力伝達装置1Aとは反対側(フロント側)の一端部にギヤ部108aを有し、このギヤ部108aがデフケース106aと一体に回転するリングギヤ106eと噛み合っている。これにより、プロペラシャフト108は、四輪駆動車100の走行時において二輪駆動状態か四輪駆動状態かにかかわらず常にエンジン102の駆動力が伝達され、リングギヤ106eとギヤ部108aとのギヤ比に応じて変速されて回転する。
前輪104L,104Rには、フロントディファレンシャル106によって配分された駆動力が前輪側のドライブシャフト107L,107Rを介して伝達される。後輪105L,105Rには、四輪駆動時にプロペラシャフト108によって伝達された駆動力が駆動力伝達装置1A及び後輪側のドライブシャフト109L,109Rを介して伝達される。また、二輪駆動時には、プロペラシャフト108から後輪側のドライブシャフト109L,109Rへの駆動力の伝達が駆動力伝達装置1Aによって遮断される。
油圧ユニット11は、制御装置10によって制御され、駆動力伝達装置1Aに作動油を供給する。駆動力伝達装置1Aは、この作動油の圧力によって作動し、プロペラシャフト108から後輪側のドライブシャフト109L,109Rへ駆動力を伝達する。
(駆動力伝達装置の構成)
図2は、駆動力伝達装置1Aの構成例を水平断面で示す断面図である。図3は、駆動力伝達装置1Aの要部を垂直断面で示す断面図である。図3では、図面上側が四輪駆動車100への搭載状態における鉛直方向の上側にあたり、図面下側が四輪駆動車100への搭載状態における鉛直方向の下側にあたる。
駆動力伝達装置1Aは、第1乃至第3ハウジング部材21〜23からなるハウジング2と、プロペラシャフト108が連結される連結部材31と、連結部材31と一体に回転するピニオンギヤシャフト32と、ピニオンギヤシャフト32から伝達された駆動力を一対のサイドギヤ43から差動を許容して出力するディファレンシャル装置4と、ドライブシャフト109Lが一体回転するように連結される連結シャフト33と、ディファレンシャル装置4の一対のサイドギヤ43のうち一方のサイドギヤ43から連結シャフト33に伝達される駆動力を調節するクラッチ装置5と、油圧ユニット11から供給される作動油の圧力によって動作するピストン60とを備えている。ピストン60は、本発明の「押圧部材」の一態様である。
ディファレンシャル装置4は、デフケース40と、デフケース40に支持されたピニオンシャフト41と、ピニオンシャフト41に軸支された一対のピニオンギヤ42と、一対のピニオンギヤ42にギヤ軸を直交させて噛合する一対のサイドギヤ43と、デフケース40と一体に回転するリングギヤ44とを有している。デフケース40は、車幅方向の両端部が円錐ころ軸受71,72によって回転可能に支持されている。一対のサイドギヤ43のうち、一方のサイドギヤ43には連結シャフト33が相対回転不能に連結され、他方のサイドギヤ43にはドライブシャフト109Rが相対回転不能に連結される。図2では、後輪側のドライブシャフト109L,109Rの端部に配置された等速ジョイントのアウタレースを図示している。
駆動力伝達装置1Aは、プロペラシャフト108から伝達されるエンジン102の駆動力を後輪側のドライブシャフト109L,109Rに差動を許容して配分する。クラッチ装置5は、一方のサイドギヤ43と連結シャフト33との間に配置されている。四輪駆動車100の直進時において、クラッチ装置5によって一方のサイドギヤ43から連結シャフト33を経てドライブシャフト109Lに伝達される駆動力が調節されると、ディファレンシャル装置4の差動機能により、ドライブシャフト109Rにも、ドライブシャフト109Lに伝達される駆動力と同等の駆動力が伝達される。
ハウジング2は、ピニオンギヤシャフト32及びディファレンシャル装置4を収容する第1ハウジング部材21と、第1ハウジング部材21に複数のボルト201によって結合された第2ハウジング部材22と、第2ハウジング部材22に複数のボルト202によって結合された第3ハウジング部材23とを有している。図2では、複数のボルト201,202のうち、それぞれ1つずつのボルト201,202を図示している。
連結部材31とピニオンギヤシャフト32とは、ボルト301及び座金302によって結合されている。また、ピニオンギヤシャフト32は、軸部321とギヤ部322とを有し、軸部321が一対の円錐ころ軸受73,74によって回転可能に支持されている。ギヤ部322は、ディファレンシャル装置4のリングギヤ44に噛み合っている。
ハウジング2において、クラッチ装置5の後述する摩擦クラッチ53を収容する第1収容室2aと、ピニオンギヤシャフト32及びディファレンシャル装置4を収容する第2収容室2bとは、第2ハウジング部材22の中心部に形成された軸孔220の内面に固定されたシール部材81によって区画されている。第1収容室2aには、摩擦クラッチ53の複数のアウタクラッチプレート531と複数のインナクラッチプレート532との摩擦摺動を潤滑する潤滑油L(図3に示す)が封入されている。第2収容室2bには、ギヤの潤滑に適した粘度のデフオイル(図示せず)が封入されている。
第1ハウジング部材21には、ドライブシャフト109Rを挿通させる挿通孔の内面にシール部材82が嵌着され、連結部材31及びピニオンギヤシャフト32を挿通させる挿通孔の内面にシール部材83が嵌着されている。また、第3ハウジング部材23には、連結シャフト33を挿通させる挿通孔の内面にシール部材84が嵌着されている。
クラッチ装置5は、連結シャフト33と一体に回転する第1回転部材としてのクラッチドラム51と、ディファレンシャル装置4の一対のサイドギヤ43のうち一方のサイドギヤ43と一体に回転する第2回転部材としての軸状のインナシャフト52と、クラッチドラム51とインナシャフト52との間で駆動力を伝達する摩擦クラッチ53と、ピストン60の押圧力を摩擦クラッチ53に伝達する押圧力伝達機構54とを有している。インナシャフト52は、連結シャフト33及びクラッチドラム51と同軸上で相対回転可能である。すなわち、インナシャフト52、連結シャフト33、及びクラッチドラム51は、回転軸線Oを共有している。以下、回転軸線Oと平行な方向を軸方向という。
摩擦クラッチ53は、クラッチドラム51と共に回転する複数の第1クラッチプレートとしてのアウタクラッチプレート531と、インナシャフト52と共に回転する複数の第2クラッチプレートとしてのインナクラッチプレート532とを有している。本実施の形態では、摩擦クラッチ53が、9枚のアウタクラッチプレート531と、同じく9枚のインナクラッチプレート532とを有し、これらのアウタクラッチプレート531及びインナクラッチプレート532が軸方向に沿って交互に配置されている。
摩擦クラッチ53は、ピストン60の押圧力を押圧力伝達機構54を介して受けることにより、複数のアウタクラッチプレート531と複数のインナクラッチプレート532との間に摩擦力が発生し、この摩擦力によって駆動力を伝達する。ピストン60は、回転軸線Oを中心とする環状である。
押圧力伝達機構54は、図3に示すように、インナシャフト52に相対回転不能かつ軸方向に連結された環状のスライド部材541と、スラストニードルころ軸受542と、環状に形成され、所定の厚さにすることで押圧力伝達機構54の回転軸線O方向の位置を調整する調整部材543とを有している。スライド部材541は、インナシャフト52が挿通された円筒部541aと、円筒部541aの軸方向の一端部から径方向外方に突出して形成された外鍔部541bと、円筒部541aの軸方向の他端部から径方向内方に突出して形成された内鍔部541cと、外鍔部541bからピストン60側に突出して形成された保持部541dとを一体に有している。
スラストニードルころ軸受542と調整部材543は、それぞれ環状内径部を保持部541dによって径方向に支持されている。円筒部541aとインナシャフト52の外周面との間には、付勢部材55が配置されている。付勢部材55は、例えばバネ等の弾性体からなり、軸方向の一端部がインナシャフト52に形成された段差面52aに当接し、他端部がスライド部材541の内鍔部541cに当接している。付勢部材55は、軸方向に圧縮された状態で段差面52aと内鍔部541cとの間に配置され、その復元力によってスライド部材541を摩擦クラッチ53から離間する方向に付勢している。
クラッチドラム51は、内周面に軸方向に延びる複数のスプライン突起からなるスプライン嵌合部511aが形成された円筒状の円筒部511と、円筒部511の一端部から内方に延在する底壁部512と、底壁部512の内周側の端部から連結シャフト33の外周面に沿って延びる連結部513とを一体に有し、ピストン60側に開口51aを有している。摩擦クラッチ53は、円筒部511の内側に配置されている。底壁部512と第3ハウジング部材23の内面との間には、スラストころ軸受75が配置され、このスラストころ軸受75によってクラッチドラム51の軸方向移動が規制されている。連結部513は、スプライン嵌合によって連結シャフト33に相対回転不能に連結されている。
インナシャフト52は、軸方向の一端部がクラッチドラム51の円筒部511に収容されている。インナシャフト52は、クラッチドラム51の円筒部511の内側に配置される大径部521と、大径部521よりも外径が小さい中径部522と、一方のサイドギヤ43に相対回転不能に連結される小径部523とを一体に有している。付勢部材55の一端部が当接する段差面52aは、大径部521と中径部522との間に形成されている。インナシャフト52は、第2ハウジング部材22の軸孔220に挿通されている。インナシャフト52の中径部522の外周面と軸孔220の内周面との間には、玉軸受76が配置されている。
インナシャフト52には、大径部521の外周面に第1スプライン嵌合部521aが形成され、中径部522の外周面に第2スプライン嵌合部522aが形成されている。第1スプライン嵌合部521a及び第2スプライン嵌合部522aは、共に軸方向に延びる複数のスプライン突起からなる。第2スプライン嵌合部522aには、スライド部材541の内鍔部541cが嵌合している。
アウタクラッチプレート531には、その外周側の端部にクラッチドラム51の円筒部511の内周面に形成されたスプライン嵌合部511aに係合する複数の突起531aが形成されている。これにより、アウタクラッチプレート531は、クラッチドラム51に対して軸方向移動可能かつ相対回転不能に連結されている。また、インナクラッチプレート532には、その内周側の端部にインナシャフト52の大径部521の外周面に形成された第1スプライン嵌合部521aに係合する複数の突起532aが形成されている。これにより、インナクラッチプレート532は、インナシャフト52に対して軸方向移動可能かつ相対回転不能に連結されている。
インナクラッチプレート532は、外周側の一部がアウタクラッチプレート531と摩擦摺動する。インナクラッチプレート532には、アウタクラッチプレート531よりも内側にあたる部分に潤滑油Lを流通させる複数の油孔532bが形成されている。また、スライド部材541の外鍔部541bにも、潤滑油Lを流通させる複数の油孔541eが形成されている。これらの油孔532b,541eを介してクラッチドラム51の開口51aから導入された潤滑油Lは、遠心力によってアウタクラッチプレート531とインナクラッチプレート532との間を通過して、クラッチドラム51の円筒部511に形成された複数の排出孔511bから外方に排出される。
インナシャフト52には、クラッチドラム51の連結部513、及び連結シャフト33の一部を収容する収容孔520が中心部に形成されている。収容孔520は、インナシャフト52の大径部521側の端部から中径部522の軸方向の一部に亘って形成されている。連結シャフト33は、収容孔520の内面との間に配置された玉軸受77、及び第3ハウジング部材23との間に配置された玉軸受78によって回転可能に支持されている。
図4(a)は、第2ハウジング部材22を第1収容室2a側から見た平面図である。図4(b)は、第2ハウジング部材22に形成された貯留室222の下端部を後述する隔壁部材61と共に示す拡大図である。図5は、第2ハウジング部材22に設けられた貯留室222への潤滑油Lの流入口222bを示す斜視図である。図6は、隔壁部材61を示す平面図である。図4(a),(b)及び図6では、図面上側が四輪駆動車100への搭載状態における鉛直方向の上側にあたり、図面下側が四輪駆動車100への搭載状態における鉛直方向の下側にあたる。
第2ハウジング部材22には、ピストン60に油圧を付与して摩擦クラッチ53側に移動させる作動油が供給される環状のシリンダ室221、クラッチドラム51の回転によって掻き上げられた潤滑油Lを貯留する貯留室222、貯留室222に貯留された潤滑油Lをピストン60の内側から第1収容室2aに供給する潤滑油供給孔223、及びシリンダ室221に作動油を供給する作動油供給孔224(図2参照)が設けられている。図4(a)では、潤滑油供給孔223を破線で示している。
シリンダ室221及び貯留室222は、回転軸線Oを中心として同心状に形成された円環状であり、貯留室222はシリンダ室221よりも外周側に形成されている。シリンダ室221は、インナシャフト52を挿通させる軸孔220よりも外周側に形成されている。シリンダ室221及び貯留室222は、共に第1収容室2aに開口し、第1収容室2aから第2収容室2b側に向かって回転軸線O方向に窪む凹部として形成されている。貯留室222は、凹部の開口の一部が環状の隔壁部材61によって閉塞されている。
シリンダ室221には、作動油供給孔224を介して油圧ユニット11から作動油が供給される。ピストン60は、軸方向の一部がシリンダ室221内に配置された状態で回転軸線O方向に進退移動可能であり、シリンダ室221に供給される作動油の油圧によって第1収容室2a側に移動して摩擦クラッチ53を押圧する。また、ピストン60は、シリンダ室221の作動油の圧力が低下すると、押圧力伝達機構54を介して受ける付勢部材55の付勢力によってシリンダ室221の奥側に移動し、摩擦クラッチ53から離間する。ピストン60の内周面及び外周面には、それぞれ周方向溝が形成され、これらの周方向溝にOリング85,86が保持されている。Oリング85,86は、ピストン60の進退移動に伴い、シリンダ室221の内面を摺動する。
図4(a)では、第2ハウジング部材22に固定される隔壁部材61の外縁及び内縁を破線で図示している。四輪駆動車100の前進走行時には、クラッチドラム51が図4(a)の反時計回り方向に回転する。また、図4(a)では、四輪駆動車100が停止してクラッチドラム51及びインナシャフト52が回転停止状態にある場合の潤滑油Lの油面を符号L1で示し、四輪駆動車100の高速走行時における貯留室222の潤滑油Lの油面を符号L2で示している。
隔壁部材61は、板状の金属からなり、内周側の端部が溶接や加締め等の固定手段によって第2ハウジング部材22に固定される。隔壁部材61の下端部には、図6に示すように、切り欠き610が形成されている。本実施の形態では、隔壁部材61の下端部における外周側の端部を水平方向に切り欠くことにより、切り欠き610が形成されている。この切り欠き610により、貯留室222の下端部で、貯留室222と第1収容室2aとを連通させる連通孔222aが形成されている。すなわち、連通孔222aは、隔壁部材61の外周端部と貯留室222における下端部の外周面222c(図4(b)に示す)との間の隙間によって形成されている。
また、貯留室222には、クラッチドラム51の回転によって掻き上げられた潤滑油Lの流入口222bが、上端部に形成されている。本実施の形態では、貯留室222の開口が上端部において水平方向に隔壁部材61の外縁よりも張り出すことにより、流入口222bが形成されている。この張り出し方向は、四輪駆動車100の前進走行時におけるクラッチドラム51の回転方向であり、クラッチドラム51の回転によって掻き上げられた潤滑油Lが、第1収容室2aの内面をつたって流入口222bから貯留室222の内部に導入される。貯留室222には、クラッチドラム51の回転速度が高いほど、多くの潤滑油Lが貯留される。隔壁部材61は、連通孔222a及び流入口222bを除く貯留室222の開口を閉塞している。
潤滑油供給孔223は、上下方向に延在し、シリンダ室221の第1収容室2aとは反対側(第2収容室2b側)を経由して、潤滑油Lをピストン60の径方向の内側から第1収容室2aに供給する。潤滑油供給孔223は、その延在方向に直交する断面の形状が円形であり、その面積は連通孔222aの面積よりも小さい。
潤滑油供給孔223に潤滑油Lが導入される導入口223aは、貯留室222の内周面に形成されている。また、潤滑油供給孔223から潤滑油Lが吐出される吐出口223bは、軸孔220の内面に開口している。本実施の形態では、導入口223aが吐出口223bよりも下方でかつ貯留室222の内周面の下端部に設けられている。つまり、潤滑油供給孔223は、貯留室222の内周面に開口を有し、この開口から軸孔220の内面に向かって延在している。また、貯留室222と第1収容室2aとは、潤滑油供給孔223よりも下側で連通孔222aによって連通している。
本実施の形態では、潤滑油供給孔223が鉛直方向に対して傾斜し、吐出口223bが導入口223aよりも摩擦クラッチ53側に位置しているが、潤滑油供給孔223は鉛直方向に沿って延在していてもよい。また、本実施の形態では、加工容易性を考慮して、第2ハウジング部材22の外面から軸孔220に向かってドリルで穿孔された孔の一端を栓体25(図3参照)で閉塞することにより、潤滑油供給孔223が直線状に形成されている。栓体25は球体であり、第2ハウジング部材22の外面から孔内に打ち込まれている。
図4(a)に示すように、軸孔220は、下端部が軸方向に沿って切り欠かれて溝部220aが形成されている。潤滑油供給孔223の吐出口223bは、溝部220aの底面に形成されている。吐出口223bから吐出された潤滑油は、溝部220aを流れて第1収容室2aに供給される。
第1収容室2aと貯留室222とは、連通孔222aで連通しているため、クラッチドラム51及びインナシャフト52の回転停止状態では、第1収容室2aの潤滑油Lの油面高さと貯留室222の潤滑油Lの油面高さとが同じである。本実施の形態では、クラッチドラム51及びインナシャフト52が回転停止状態にある場合の潤滑油Lの油面L1が、シリンダ室221の内周面の最下点221a(図4(a)に示す)よりも高く、吐出口223bよりも高い。
図4(a)に示すように、貯留室222の鉛直方向の底部を基準として、シリンダ室221の内周面の最下点221aの高さをH1、潤滑油供給孔223の吐出口223bの高さをH2、潤滑油Lの油面L1の高さをH3とすると、下記式(1)が満たされる。
H3>H2>H1 ・・・(1)
つまり、本実施の形態では、潤滑油供給孔223の貯留室222側の導入口223a及び第1収容室2a側の吐出口223bが、クラッチドラム51及びインナシャフト52が回転停止状態にある場合の潤滑油Lの油面L1よりも下方に設けられている。ここで、潤滑油Lの油面L1の高さH3は、貯留室222に貯留された潤滑油Lが最も少ないときの油面高(最低油面高)である。
一方、クラッチドラム51が回転すると、第1収容室2aの潤滑油Lが掻き上げられて貯留室222の流入口222bから貯留室222に流入するため、第1収容室2a内の潤滑油Lが減少すると共に、貯留室222の潤滑油Lの油面高さが上昇する。これにより、貯留室222の下部では潤滑油Lの圧力が高まり、潤滑油供給孔223の吐出口223bから潤滑油Lが噴出し、噴出した潤滑油Lがピストン60の内側及びスライド部材541の油孔541eを経て第1収容室2aにおけるクラッチドラム51の内側に供給される。
また、貯留室222に貯留された一部の潤滑油Lは、連通孔222aを経て、ピストン60の外側から第1収容室2aにおけるクラッチドラム51の外側に供給される。第1収容室2aに供給された潤滑油Lは、クラッチドラム51の回転によって掻き上げられ、流入口222bから貯留室222に流入する。このように、四輪駆動車100の走行時には、潤滑油Lが第1収容室2aと貯留室222との間で循環する。
図3では、貯留室222から潤滑油供給孔223を経てクラッチドラム51の内側に至る潤滑油Lの経路を内側循環路R1として示し、貯留室222から連通孔222aを経てクラッチドラム51の外側に至る潤滑油Lの経路を外側循環路R2として示している。クラッチドラム51によって掻き上げられて貯留室222に貯留された潤滑油Lは、内側循環路R1及び外側循環路R2によって第1収容室2aに還流する。外側循環路R2は、クラッチドラム51及びインナシャフト52が回転停止状態にある場合の潤滑油Lの油面L1よりも下方に位置している。
内側循環路R1は経路に潤滑油供給孔223を含み、外側循環路R2は経路に連通孔222aを含むので、内側循環路R1によって第1収容室2aに還流する潤滑油Lの流量と、及び外側循環路R2によって第1収容室2aに還流する潤滑油Lの流量との比率は、潤滑油供給孔223及び連通孔222aの流路面積に応じて変化する。本実施の形態では、内側循環路R1によって第1収容室2aに還流する潤滑油Lの流量が、外側循環路R2によって第1収容室2aに還流する潤滑油Lの流量よりも常に小さくなるように、潤滑油供給孔223及び連通孔222aの流路面積が設定されている。連通孔222aの流路面積は、潤滑油供給孔223の流路面積の例えば4倍以上である。
内側循環路R1によってクラッチドラム51の開口51aから導入された潤滑油Lは、インナクラッチプレート532の油孔532bによってクラッチドラム51内を底壁部512側に流動し、インナクラッチプレート532とアウタクラッチプレート531との摩擦摺動を潤滑して、クラッチドラム51の円筒部511に形成された複数の排出孔511bから外部に排出される。
(第1の実施の形態の作用及び効果)
以上説明した第1の実施の形態によれば、以下に述べる作用及び効果が得られる。
(1)貯留室222に貯留された潤滑油Lは、クラッチドラム51の内側に至る内側循環経路R1及びクラッチドラム51の外側に至る外側循環経路R2によって第1収容室2aに供給されるので、貯留室222に貯留された潤滑油Lの全てが内側循環経路R1から第1収容室2aに供給される場合に比較して、クラッチドラム51内に過剰な潤滑油Lが導入されることを抑制することができ、潤滑油Lの粘性によって発生する引き摺りトルクを低減することが可能となる。
(2)例えば四輪駆動車100が高速道路を走行するときのように、比較的高い車速で定常走行する場合には、クラッチドラム51が高い回転数で定常的に回転するため、潤滑油Lがクラッチドラム51に掻き上げられる量が増える。このような高速走行時には、多くの潤滑油Lが貯留室222に貯留され、第1収容室2aに滞留する潤滑油Lが減少するので、クラッチドラム51の回転抵抗が減少し、燃費性能の向上に寄与することができる。
(3)貯留室222は、シリンダ室221の外周側に設けられるので、容積を大きく確保することができ、多くの潤滑油Lを貯留することが可能となる。また、潤滑油供給孔223は、シリンダ室221の第1収容室2aとは反対側を経由して潤滑油Lを第1収容室2aに供給するので、貯留室222をシリンダ室221の外周側に設けながら、内側循環路R1によって潤滑油Lをピストン60の内側から第1収容室2aに供給することが可能となる。
(4)内側循環経路R1は、潤滑油Lをピストン60の内側から第1収容室2aに供給する潤滑油供給孔223を含むので、潤滑油Lを確実にクラッチドラム51の内側に導くことができる。また、外側循環経路R2は、ピストン60の外側で貯留室222と第1収容室2aとを連通させる連通孔222aを含むので、潤滑油Lを確実にクラッチドラム51の外側に導くことができる。
(5)貯留室222は、連通孔222a及び流入口222bを除く第1収容室2a側の開口が隔壁部材61によって閉塞されているので、その加工が容易である。また、連通孔222aは、隔壁部材61の外周端部と貯留室222における下端部の外周面222cとの間の隙間によって形成されているので、隔壁部材61の加工も容易である。
(6)潤滑油供給孔223は、貯留室222の内周面に導入口223aを有し、導入口223aから第2ハウジング部材22の軸孔220の内面に向かって延在しているので、軸孔220を内側循環経路R1として用いることができ、内側循環経路R1の形成が容易となる。
(7)内側循環経路R1によって第1収容室2aに還流する潤滑油Lの流量は、外側循環経路R2によって第1収容室2aに還流する潤滑油Lの流量よりも少ないので、クラッチドラム51内に過剰な潤滑油Lが導入されることをより確実に抑制することができ、潤滑油Lの粘性によって発生する引き摺りトルクを低減することが可能となる。
(8)外側循環経路R2は、クラッチドラム51及びインナシャフト52が回転停止状態にある場合の潤滑油Lの油面L1よりも下方に位置しているので、常に外側循環経路R2を介して潤滑油Lが第1収容室2aに供給可能である。
(第1の実施の形態の変形例)
次に、第1の実施の形態の変形例について、図7及び図8を参照して説明する。
図7は、第1の実施の形態の変形例に係る第2ハウジング部材22を第1収容室2a側から見た平面図である。図8は、当該変形例に係る隔壁部材61を示す平面図である。
第1の実施の形態では、貯留室222が回転軸線Oを中心とする円環状に形成されていたが、本変形例では、貯留室222が回転軸線Oを中心とする円弧状に形成されている。また、貯留室222の開口の一部を覆う隔壁部材61も、同様に円弧状に形成されている。なお、図7に示す例では、貯留室222が回転軸線Oを通る鉛直線状の上側を起点として270°の範囲に形成された場合について図示しているが、この起点及び角度は第2ハウジング部材22の構成に応じて適宜設定することが可能である。
また、第1の実施の形態では、シリンダ室221の内周面の最下点221aの高さH1及び吐出口223bの高さH2が最低油面高(油面L1の高さH3)よりも低い場合について説明したが、本変形例では、吐出口223bの高さH2が最低油面高と同じである。つまり、本変形例では、下記式(2)が満たされる。
H3=H2>H1 ・・・(2)
またさらに、第1の実施の形態では、連通孔222aが隔壁部材61の切り欠き610によって形成された場合について説明したが、本変形例では、連通孔222aが、隔壁部材61に形成された貫通孔611によって形成されている。貫通孔611は、隔壁部材61の外縁61aと内縁61bとの間であって、内縁61bよりも外縁61aに近い部位に設けられ、隔壁部材61を板厚方向に貫通している。なお、図8に示す例では、貫通孔611が1つであるが、貫通孔611の数は複数であってもよい。また、貫通孔611の形状も円形に限らず、例えば周方向に長い長円形であってもよく、多角形であってもよい。
本変形例によっても、第1の実施の形態と同様の作用及び効果が得られる。また、連通孔222aは、隔壁部材61の貫通孔611によって形成されているので、外側循環経路R2を形成するための隔壁部材61の加工が容易である。
[第2の実施の形態]
次に、本発明の第2の実施の形態に係る駆動力伝達装置1Bについて、図9及び図10を参照して説明する。
図9は、駆動力伝達装置1Bの構成例を水平断面で示す断面図である。図10は、駆動力伝達装置1Bの要部を垂直断面で示す断面図である。図10では、図面上側が四輪駆動車100への搭載状態における鉛直方向の上側にあたり、図面下側が四輪駆動車100への搭載状態における鉛直方向の下側にあたる。図9及び図10において、第1の実施の形態について説明したものと共通又は対応する部材等については、同一の符号を付している。
以下、第1の実施の形態に係る駆動力伝達装置1Aと構成が異なる部分について重点的に説明する。第1の実施の形態に係る駆動力伝達装置1Aでは、クラッチ装置5がディファレンシャル装置4とドライブシャフト109Lとの間に配置された場合について説明したが、本実施の形態に係る駆動力伝達装置1Bは、クラッチ装置5がプロペラシャフト108とディファレンシャル装置4との間に配置された構成が主として異なる。
本実施の形態に係る駆動力伝達装置1Bは、第1の実施の形態に係る駆動力伝達装置1Aと同様に、ディファレンシャル装置4とクラッチ装置5とを備え、プロペラシャフト108から後輪側のドライブシャフト109L,109Rへ駆動力を伝達する。ディファレンシャル装置4に伝達される駆動力は、複数のアウタクラッチプレート531及び複数のインナクラッチプレート532を有する摩擦クラッチ53の伝達トルクに応じて変化する。摩擦クラッチ53の伝達トルクは、油圧ユニット11から供給される作動油の圧力を受けるピストン60の押圧力によって調節される。
ディファレンシャル装置4は、第2ハウジング部材22に収容されている。第1ハウジング部材21は、第2ハウジング部材22の開口を閉塞し、第2ハウジング部材22と共にディファレンシャル装置4及びピニオンギヤシャフト32の第2収容室2bを隔成している。ピニオンギヤシャフト32のギヤ部322はディファレンシャル装置4のリングギヤ44に噛み合い、ピニオンギヤシャフト32の軸部321はインナシャフト52と一体回転するようにスプライン嵌合によって連結されている。ピニオンギヤシャフト32とインナシャフト52とは、第2ハウジング部材22の中心部に形成された軸孔220内で連結されている。
クラッチドラム51は、第3ハウジング部材23に収容され、連結シャフト33と一体に回転する。連結シャフト33は、プロペラシャフト108が連結される連結部材31とボルト301及び座金302によって一体回転するように連結されている。クラッチドラム51には、複数のアウタクラッチプレート531が軸方向移動可能かつ相対回転不能に連結され、インナシャフト52には、複数のインナクラッチプレート532が軸方向移動可能かつ相対回転不能に連結されている。複数のアウタクラッチプレート531と複数のインナクラッチプレート532との摩擦摺動は、第1収容室2aに供給される潤滑油Lによって潤滑される。
第2ハウジング部材22には、第1の実施の形態と同様に、ピストン60に油圧を付与して摩擦クラッチ53側に移動させる作動油が供給される環状のシリンダ室221、クラッチドラム51の回転によって掻き上げられた潤滑油Lを貯留する貯留室222、貯留室222に貯留された潤滑油Lをピストン60の内側から第1収容室2aに供給する潤滑油供給孔223、及びシリンダ室221に作動油を供給する作動油供給孔224(図9参照)が設けられている。
貯留室222に貯留された潤滑油Lは、内側循環路R1及び外側循環路R2によって第1収容室2aに還流する。内側循環路R1は、貯留室222から潤滑油供給孔223を経てクラッチドラム51の内側に至る潤滑油Lの経路である。外側循環路R2は、貯留室222から連通孔222aを経てクラッチドラム51の外側に至る潤滑油Lの経路である。外側循環路R2は、クラッチドラム51及びインナシャフト52が回転停止状態にある場合の潤滑油Lの油面L1よりも下方に位置している。
内側循環路R1によって第1収容室2aに還流する潤滑油Lの流量は、外側循環路R2によって第1収容室2aに還流する潤滑油Lの流量よりも常に小さくなるように、潤滑油供給孔223及び連通孔222aの流路面積が設定されている。潤滑油Lの量は、クラッチドラム51及びインナシャフト52が回転停止状態にある場合の潤滑油Lの油面L1がシリンダ室221の内周面の最下点よりも高くかつ潤滑油供給孔223の吐出口223bよりも低くなるように調節されているが、潤滑油Lの油面L1が吐出口223bと同じ高さ又は吐出口223bよりも高くなるように、潤滑油Lの量を調節してもよい。
シリンダ室221及び貯留室222は、共に第1収容室2aに開口し、第1収容室2aから第2収容室2b側に向かって回転軸線O方向に窪む凹部として形成されている。本実施の形態では、貯留室222がシリンダ室221の外周側に円環状に設けられているが、貯留室222は、シリンダ室221の外周側に円弧状に設けられていてもよい。また、本実施の形態では、連通孔222aが円環状の隔壁部材61の下端部に形成された切り欠き610によって形成されているが、図8に示した変形例のように、連通孔222aを隔壁部材61に設けられた貫通孔611によって形成してもよい。
本実施の形態によっても、第1の実施の形態について説明した作用及び効果と同様の作用及び効果を得ることができる。例えば、四輪駆動車100における駆動力伝達系101の構成は、図1に例示したものに限らず、様々な構成を採用することが可能である。
また、上記実施の形態では、摩擦クラッチ53が作動油の油圧によって軸方向に移動するピストン60によって押圧される場合について説明したが、これに限らず、例えば駆動源とは別のモータで回転駆動されるカム機構や電磁ソレノイドが発生する磁束によってカム機構によって軸方向に移動する押圧部材によって摩擦クラッチ53を押圧するように構成してもよい。
(付記)
以上、本発明の駆動力伝達装置を実施の形態に基づいて説明したが、本発明はこれら実施の形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で適宜変形して実施することが可能である。
また、四輪駆動車100における駆動力伝達系101の構成は、図1に例示したものに限らず、様々な構成を採用することが可能である。