以下、本発明の実施形態を図1〜図12に基づいて説明する。
図1は、往復駆動タイプの振動装置3の一例を示す断面図である。図1に示すように、この振動装置3は、ハウジング31と、駆動コイル32と、駆動子33とを主要な構成要素とするものである。
ハウジング31は、樹脂等で両端が開口した円筒状に形成されている。ハウジングの一端側の開口部にコイルボビン35が片持ち状に固定され、このコイルボビン35の外周に駆動コイル32が形成されている。駆動子33は、磁性材料からなるカップ状のヨーク36と、ヨークの36の内底面に片持ち状に固定された磁石37(永久磁石)と、ヨーク36の外底面に固定された錘38と、ヨーク37の内周に挿入された配置された軸39とを有する。ヨーク36、磁石37、錘38、および軸39は一体に移動可能である。駆動子33の軸方向両側にはコイルばね等の弾性部材40が配置されており、この弾性部材40により、駆動子33がハウジング31に対して軸方向両側で弾性的に支持されている。この駆動子33は軸方向両側に移動可能であり、その往復運動は、ハウジング30の両端の開口部の内周に固定された焼結軸受41の内周面41a(軸受面)によって支持される。
磁石37の自由端側の端面には磁性材料からなるポールピース42が固定されている。磁石37からの磁束はポールピース42で直径方向に広がって駆動コイル32と交わり、さらにヨーク36を経て磁石37に戻る閉磁路を形成する。磁力線と交わる駆動コイル32に交流電流を与えると、電流の向きに応じて駆動子33を軸方向一方側と他方側に押す力が交互に発生し、そのために駆動子33が軸方向に往復移動する。この駆動子33の往復運動により、振動が発生する。
図2に示すように焼結軸受41は、内周面に軸受面41aを有する円筒状の焼結体で形成される。この焼結軸受41は、一般的な組成の焼結体(鉄系、銅系、銅鉄系)で形成する他、後で述べるように、本出願人が先に提案した、振動装置3としての用途に特に適合する焼結体(図4〜図12参照)で形成することもできる。
通常、焼結軸受41を構成する焼結体には潤滑油を含浸させる。これに対し、本発明では、焼結体にグリースを含浸させてある。グリースは基油中に増ちょう剤を分散させて半固体状または固体状にした潤滑剤である。本発明において、基油及び増ちょう剤としては以下を使用する。
[基油]
基油としては、ポリαオレフィン[Poly-Alpha-Olefins]系の合成潤滑油(以下、PAOと称する)が使用される。PAOは、例えばエチレンの低重合あるいはワックスの熱分解によって得られた直鎖状のα-オレフィン(炭素数6〜18)を数分子だけ限定的に重合(低重合)させ、次に水素添加処理より末端二重結合に水素を添加したものであり、例えば以下のように製造される。
PAOは、安定性を阻害する不飽和二重結合や硫黄・窒素などの不純物を含まない均一な分子を有する合成潤滑油であり、分子量分布が狭いために高温時の蒸発損失が少ない、という特徴がある。従って、振動装置3の回路基板への取り付けに際し、リフローはんだを溶融させるために振動装置3を加熱した場合でも基油が蒸発しにくく、焼結軸受1の含油量の低下を防止することができる。また、PAOは高粘度指数で低流動点を有し、低温から高温まで使用温度領域が広いという特徴を有する。従って、振動装置3の作動中も軸39と軸受面41aの摺動部における摩擦抵抗を低減することができる。
市販されているPAOには、分子量の違いに応じて40℃の動粘度および100℃の動粘度がそれぞれ異なる複数のグレードがあり、総じて40℃の動粘度が大きくなると100℃の動粘度も大きくなる傾向にある。例えば、低粘度グレードでは40℃の動粘度が16.8、100℃の動粘度3.9程度であり、高粘度グレードでは40℃の動粘度が410、100℃の動粘度が40程度となる(単位は何れも[mm2/s])。本発明では、PAOの中から、40℃の動粘度が40〜60[mm2/s]であり、100℃の動粘度が5〜10[mm2/s]のものを使用する。
40℃の動粘度が大きすぎると、振動装置3の通常の使用温度での摺動部の摩擦抵抗が増大する。従って、40℃の動粘度は60mm2/s以下とする。その一方で、動粘度が小さすぎると、振動装置3の使用中における基油の滲み出しが過剰となり、軸受寿命が低下する。特に図1に示すような軸方向駆動タイプの振動装置3では、基油が過剰に滲みだすと、軸39の往復運動に伴って摺動部から軸受外に押し出された基油が焼結軸受41に戻ることができないため、軸受寿命の低下が顕著なものとなる。以上の観点から、基油の40℃の動粘度は40mm2/s以上とする。
また、100℃の動粘度が小さすぎると、振動装置3のリフローはんだ付けの際の短時間加熱でも基油が焼結体の表面から流出し易くなり、焼結軸受の含油率が低下する。従って、100℃の動粘度は5mm2/s以上とする。その一方で、100℃の動粘度が大きすぎると、それに伴って40℃の動粘度も大きくなって上記の上限(60mm2/s)を超えてしまうため、100℃の動粘度は10mm2/s以下とする。
基油としてPAOだけを使用することも可能であるが、低コスト化を図るためにPAOとエステル系合成油とを混合して使用することもできる。エステル系合成油は耐熱性に優れており、高い熱安定性を有する。また、分子量が大きく、かつ分子量分布が狭いために蒸発損失も少ない。従って、本発明の焼結軸受41のように、振動装置3の組み付け工程で一時的に加熱される場合でも、熱劣化や蒸発による含油量の低下を防止することができる。なお、このようにPAOとエステル系合成油とを混合する場合、PAOの配合量を50質量%以上とするのが好ましい。
エステル系合成油としては、ポリオールエステル系合成潤滑油やジエステル系合成潤滑油が使用可能である。ポリオールエステル系は、β水素を含まないためジエステル系よりも熱安定性が優れる。また、エステル系合成潤滑油では、金属表面にエステルの一部が吸着して潤滑膜を形成するが、ポリオールエステル系の方がジエステル系よりも吸着基の数が多いため、より強硬な吸着膜を形成することができる。従って、化学結合安定性や潤滑性の面からはポリオールエステル系を使用するのが好ましい。一方、ジエステル系は低コストという利点を有するので、コスト面を重視する場合はジエステル系を使用するのが好ましい。ポリオールエステル系とジエステル系のどちらか一方をPAOと混合する他、双方をPAOと混合することもできる。何れにせよ混合後の基油の動粘度は、上記の条件(40℃で40mm2/s以上、60mm2/s以下、100℃で5mm2/s以上、10mm2/s以下の範囲)を満たす必要がある。
[増ちょう剤]
増ちょう剤としては、相転移温度に加熱することによって液状化し、これよりも低温時に結晶化して保油性を発揮する石けん系の増ちょう剤が広く使用可能である。特に耐熱性の面で優れた特性を備えるリチウム石けんを使用するのが好ましい。リチウム石けんの化学構造は、例えばCH3(CH2)16COOLiで表される。リチウム石けんの中でも、例えば以下の化学構造を有するステアリン酸リチウムを使用することができる。
増ちょう剤としてのリチウム石けんの繊維構造は、例えば紡錘状の繊維で、その直径と長さは、直線繊維状のもので概ね0.5×3〜5μm程度である。相転移温度未満の温度では、リチウム石けんの繊維が複雑に絡み合って網目構造を構成しており、基油は網目構造中に保持される。
グリースにおける増ちょう剤の添加量は、例えば0.1〜3質量%(好ましくは0.5〜1質量%)とする。0.1質量%よりも少ないと、グリースの保油効果が不十分となり、特に高温時に基油が流出し易くなる。また、3質量%を超えるとグリースが硬くなり、軸39との摺動部における摩擦抵抗が増大する。
以上に述べた基油に、通常の潤滑グリースに使用される各種添加剤(たとえば酸化防止剤、清浄分散剤、極圧剤、摩耗防止剤、油性剤、摩擦調整剤、粘度指数向上剤、流動点硬化剤、さび止め剤、泡止め剤等の中から一種もしくは複数種を選択して使用し、または全てを使用する)を必要に応じて共存させながら増ちょう剤を加えることで、本発明のグリースが得られる。常温では、増ちょう剤が基油中に分散してミセル構造をとるため、グリースは半固体の状態になる。
このグリースを相転移温度以上に加熱すると基油粘度程度の液体になる。このようにして液体化したグリースを、真空含浸等の手法で焼結体に含浸させ、細孔内にグリースを保有させる。グリースに含まれる増ちょう剤は、相転移温度未満の結晶化した状態でも焼結体の細孔内に入り込んだ状態にある。そのため増ちょう剤の網目構造で基油を細孔内に保持し、その過剰な滲み出しを防止することができる。
このように本発明では、焼結体に潤滑油ではなくグリースを含浸させている。グリースの増ちょう剤は焼結体の細孔内でも網目構造により基油を保持しているため、保油性が高い。従って、潤滑油を含浸させる場合に比べ、そもそも高温時にも基油の蒸発や流出が生じにくい。また、PAOを基油の主成分としているので、PAO特有の特性からも基油の蒸発が生じにくい。その上、PAOのグレードの中から100℃の動粘度が高めのものを選択しているので、高温時にも細孔からの基油の流出が生じ難い。従って、振動装置3の回路基板へのリフローはんだ付けに伴い、焼結軸受41が一時的に高温(220〜260℃)に加熱されたとしても、焼結軸受41からの基油の蒸発や流出を抑制することができ、焼結軸受41の含油量が低下する事態を防止することができる。
その一方で、振動装置3の使用温度(通常は室温)では基油の動粘度が小さいため、振動装置3の使用中、つまりバイブレーション機能の作動中に軸39と軸受面41aの摺動部での摩擦抵抗を小さくすることができる。従って、安定したバイブレーション機能が得られる。また、かかる焼結軸受41を採用しても、振動装置3の製造コストが著しく高騰することはない。
なお、上記グリースの相転移温度は200℃前後(約198℃)であり、炉内の雰囲気温度は相転移温度を超えているが、炉内での加熱時間は短時間(数秒〜数十分)である。従って、炉内での加熱中にグリースが全て液状化することはなく、加熱に伴う基油の流出は最小限に抑えられる。
このように本発明は、軸受使用中の温度(低温)を考慮するだけでなく、焼結軸受を組み込む機器(振動装置3)の組み付け時に焼結軸受が一時的に高温に加熱されるという特有の事情を考慮して潤滑剤の組成を検討し、最適となる組成を導き出したものである。この点において、本発明は、焼結軸受の使用温度(低温環境あるいは高温環境)だけを考慮して潤滑剤の組成を検討する既存焼結軸受における潤滑剤の選定作業とは、技術思想の面で異なるものである。
以上の説明では、図1に示す軸方向駆動タイプの振動装置3に使用する焼結軸受41を例に挙げて本発明を説明したが、図3に示す回転駆動タイプの振動装置3でも、振動装置3を回路基板にリフローはんだ付けする場合があり、その場合も、回転軸44を支持する焼結軸受41として、以上に説明した焼結軸受を使用することができる。なお、図3において、符号45はハウジングであり、符号Mは回転軸44を駆動するモータであり、符号Wは回転軸44の先端に偏心状態で取り付けられた錘である。
本発明の焼結軸受41を使用する機器は、図1および図3に示す振動装置3に限定されない。本発明の焼結軸受は、同様にリフローはんだ付けにより取り付けられる他の機器、さらにはリフローはんだ付けと同等の加熱条件で一時的に加熱される機器等に広く用いることができる。
以下、以上に述べた図1および図3に示す振動装置3の使用に特に適合する焼結軸受41の構成を図4〜図12に基づいて説明する。
この焼結軸受41は、各種粉末を混合した原料粉を金型に充填し、これを圧縮して圧粉体を成形した後、圧粉体を焼結することで形成される。
原料粉は、部分拡散合金粉、扁平銅粉、低融点金属粉、および固体潤滑剤粉を主成分とする混合粉末である。この混合粉末には、必要に応じて各種成形助剤、例えば離型性向上のための潤滑剤(金属セッケン等)が添加される。
部分拡散合金粉としては、図4に示すように、鉄粉12の表面に多数の銅粉13を部分拡散させたFe−Cu部分拡散合金粉11が使用される。部分拡散合金粉11の拡散部分はFe−Cu合金を形成しており、図4中の部分拡大図に示すように、合金部分は鉄原子12aと銅原子13aとが相互に結合し、配列した結晶構造を有する。部分拡散合金粉11としては平均粒径が75μm〜212μmのものを使用するのが好ましい。
上記の部分拡散合金粉11を構成する鉄粉12としては、還元鉄粉、アトマイズ鉄粉等、公知の鉄粉を使用することができるが、本実施形態では還元鉄粉を使用する。還元鉄粉は、球形に近似した不規則形状で、かつ内部気孔を有する海綿状(多孔質状)であるから、海綿鉄粉とも称される。使用する鉄粉12は、平均粒径45μm〜150μmのものが好ましく、平均粒径63μm〜106μmのものがより一層好ましい。
なお、平均粒径は、粒子群にレーザ光を照射し、そこから発せられる回析・散乱光の強度分布パターンから計算によって粒度分布、さらには平均粒径を求めるレーザ回析散乱法(例えば株式会社島津製作所製のSALD31000を用いる)により測定することができる(以下に述べる各粉末の平均粒径も同様の方法で測定することができる)。
また、部分拡散合金粉11を構成する銅粉13としては、汎用されている不規則形状や樹枝状の銅粉が広く使用可能であり、例えば、電解銅粉、アトマイズ銅粉等が用いられる。本実施形態では、表面に多数の凹凸を有すると共に、粒子全体として球形に近似した不規則形状をなし、成形性に優れたアトマイズ銅粉を使用している。使用する銅粉13は、鉄粉12よりも小粒径のものが使用され、具体的には平均粒径5μm以上45μm以下のものが使用される。なお、部分拡散合金粉11におけるCuの割合は10〜30wt%(好ましくは22〜26wt%)とする。
扁平銅粉は、水アトマイズ粉等からなる原料銅粉を搗砕(Stamping)することで扁平化させたものである。扁平銅粉としては、長さLが20μm〜80μm、厚さtが0.5μm〜1.5μm(アスペクト比L/t=13.3〜160)のものが主に用いられる。ここでいう「長さ」および「厚さ」は、図5に示すように個々の扁平銅粉3の幾何学的な最大寸法をいう。扁平銅粉の見かけ密度は1.0g/cm3以下とする。以上のサイズ、及び見かけ密度の扁平銅粉であれば、金型成形面に対する扁平銅粉の付着力が高まるため、金型成形面に多量の扁平銅粉を付着させることができる。
金型成形面に扁平銅粉を付着させるため、扁平銅粉には予め流体潤滑剤を付着させておく。この流体潤滑剤は、原料粉末の金型充填前に扁平銅粉に付着させていればよく、好ましくは原料粉の混合前、さらに好ましくは原料銅粉を搗砕する段階で原料銅粉に付着させる。搗砕後、他の原料粉体と混合するまでの間に扁平銅粉に流体潤滑剤を供給し、攪拌する等の手段で扁平銅粉に流体潤滑剤を付着させてもよい。金型成形面上の扁平銅粉の付着量を確保するため、扁平銅粉に対する流体潤滑剤の配合割合は、重量比で0.1重量%以上とし、また扁平銅粉同士の付着による凝集を防止するため、配合割合は0.8重量%以下とする。望ましくは配合割合の下限は0.2重量%以上とし、上限は0.7重量%とする。流体潤滑剤としては、脂肪酸、特に直鎖飽和脂肪酸が好ましい。この種の脂肪酸は、Cn-1H2n-1COOHの一般式で表される。この脂肪酸としては、Cnが12〜22の範
囲のもので、具体例として例えばステアリン酸を使用することができる。
低融点金属粉は、銅よりも低融点の金属粉であり、本発明では、融点が700℃以下の金属粉、例えば錫、亜鉛、リン等の粉末が使用される。この中でも焼結時の蒸散が少ない錫が好ましい。低融点金属粉の平均粒径は5μm〜45μmとし、部分拡散合金粉11の平均粒径よりも小さくするのが好ましい。これら低融点金属粉は銅に対して高いぬれ性を持つ。原料粉に低融点金属粉を配合することで、焼結時には先ず低融点金属粉が溶融して銅粉の表面をぬらし、銅に拡散して銅を溶融させる。溶融した銅と低融点金属の合金により液相焼結が進行し、鉄粒子同士の間、鉄粒子と銅粒子の間、および銅粒子同士の間の結合強度が強化される。
固体潤滑剤粉は、軸との摺動による金属接触時の摩擦低減のために添加され、例えば黒鉛が使用される。この時、黒鉛粉としては、扁平銅粉に対する付着性が得られるように、鱗状黒鉛粉を使用するのが望ましい。固体潤滑剤粉としては、黒鉛粉の他に二硫化モリブデン粉も使用することができる。二硫化モリブデン粉は層状結晶構造を有していて層状に剥離するため、鱗状黒鉛と同様に扁平銅粉に対する付着性が得られる。
上記各粉末を配合した原料粉では、部分拡散合金粉を75〜90wt%、扁平銅粉を8〜20wt%、低融点金属粉(例えば錫粉)を0.8〜6.0wt% 、固体潤滑剤粉(例えば黒鉛粉)を0.5〜2.0wt%配合するのが好ましい。この配合比としたのは以下の理由による。
本発明では、後述のように、原料粉の金型への充填時に扁平銅粉を金型に層状に付着させている。原料粉における扁平銅の配合割合が8重量%を下回ると、金型への扁平銅の付着量が不十分となって本願発明の作用効果が期待できない。また、扁平銅粉の金型への付着量は20wt%程度で飽和し、これ以上配合量を増しても、高コストの扁平銅粉を使用することによるコストアップが問題となる。低融点金属粉の割合が0.8wt%を下回ると軸受の強度を確保できず、6.0wt%を超えると、扁平銅粉の球形化の影響が無視できなくなる。また、固体潤滑剤粉の割合が0.5重量%を下回ると、軸受面における摩擦低減効果が得られず、2.0wt%を超えると強度低下等を招く。
以上に述べた各粉末の混合は、2回に分けて行うのが望ましい。先ず、一次混合として、鱗状黒鉛粉および予め流体潤滑剤を付着させた扁平銅粉を公知の混合機で混合する。次いで、二次混合として、一次混合粉に部分拡散合金粉、および低融点金属粉を添加して混合し、さらに必要に応じて黒鉛粉も添加・混合する。扁平銅粉は、各種原料粉末の中でも見かけ密度が低いため、原料粉中に均一に分散させるのが難しいが、一次混合で見かけ密度が同レベルの扁平銅粉と黒鉛粉とを予め混合しておくと、扁平銅粉に付着した流体潤滑剤等により、図6に示すように、扁平銅粉15と黒鉛粉14が互いに付着して層状に重なり、扁平銅粉の見かけ密度が高まる。そのため、二次混合時に原料粉末中に扁平銅粉を均一に分散させることが可能となる。一次混合時に、別途潤滑剤を添加すれば、扁平銅粉と黒鉛粉の付着がさらに促進されるため、二次混合時に扁平銅粉をより均一に分散させることが可能となる。ここで添加する潤滑剤としては、上記流体潤滑剤と同種または異種の流体状潤滑剤の他、粉末状のものも使用可能である。例えば上述した金属セッケン等の成形助剤は一般に粉状でありながら、ある程度の付着力を有するので、扁平銅粉と黒鉛粉の付着より促進させることができる。
図6に示す扁平銅粉15と鱗状黒鉛粉14との付着状態は、二次混合後もある程度保持されるため、原料粉末を金型に充填した際には、金型表面に扁平銅粉と共に多くの黒鉛粉が付着することとなる。
二次混合後の原料粉末は成形機の金型20に供給される。図7に示すように、金型20は、コア21、ダイ22、上パンチ23、および下パンチ24からなり、これらによって区画されたキャビティに原料粉末が充填される。上下パンチ23,24を接近させて原料粉体を圧縮すると、原料粉末が、コア21の外周面、ダイ22の内周面、上パンチ23の端面、および下パンチ24の端面からなる成形面によって成形され、円筒状の圧粉体25が得られる。
原料粉体における金属粉の中では、扁平銅粉の見かけ密度が最も小さい。また、扁平銅粉は、上記長さLおよび厚さtを有する箔状であり、単位重量あたりの幅広面の面積が大きい。そのため、扁平銅粉15は、その表面に付着した流体潤滑剤による付着力、さらにはクーロン力等の影響を受けやすくなり、原料粉の金型20への充填後は、図8(図7中の領域Qの拡大図)に拡大して示すように、扁平銅粉15がその幅広面を金型20の成形面20aに向け、かつ複数層(1層〜3層程度)重なった層状態となって成形面20aの全域に付着する。この際、扁平銅粉15に付着した鱗状黒鉛も扁平銅粉15に付随して金型の成形面20aに付着する(図8では黒鉛の図示を省略)。その一方で、扁平銅15の層状組織の内側領域(キャビティ中心側となる領域)では、部分拡散合金粉11、扁平銅粉15、低融点金属粉16、および黒鉛粉の分散状態が全体で均一化している。成形後の圧粉体25は、このような各粉末の分布状態をほぼそのまま保持している。
その後、圧粉体25は焼結炉にて焼結される。本実施形態では、鉄組織が、フェライト相とパーライト相の二相組織となるように焼結条件が決定される。このように鉄組織をフェライト相とパーライト相の二相組織とすれば、硬質のパーライト相が耐摩耗性の向上に寄与し、高面圧下での軸受面の摩耗を抑制して軸受寿命を向上させることができる。
炭素が拡散することにより、パーライト(γFe)の存在割合が過剰となり、フェライト(αFe)と同等レベル以上の割合になると、パーライトによる軸に対する攻撃性が著しく増して軸が摩耗しやすくなる。これを防止するため、パーライト相(γFe)はフェライト相(αFe)の粒界に存在(点在)する程度に抑える(図9参照)。ここでいう「粒界」は、粉末粒子間に形成される粒界の他、粉末粒子中に形成される結晶粒界18の双方を意味する。このように鉄組織をフェライト相(αFe)とパーライト相(γFe)の二相組織で形成する場合、鉄組織に占めるフェライト相(αFe)およびパーライト相(γFe)の割合は、後述するベース部S2の任意断面における面積比で、それぞれ、80〜95%および5〜20%(αFe:γFe=80〜95%:5〜20%)程度とするのが望ましい。これにより、軸2の摩耗抑制と軸受面1aの耐摩耗性向上とを両立させることができる。
パーライトの成長速度は、主に焼結温度に依存する。従って、上記の態様でパーライト相をフェライト相の粒界に存在させるためには、焼結温度(炉内雰囲気温度)を820℃〜900℃程度とし、かつ炉内雰囲気として炭素を含むガス、例えば天然ガスや吸熱型ガス(RXガス)を用いて焼結する。これにより、焼結時にはガスに含まれる炭素が鉄に拡散し、パーライト相(γFe)を形成することができる。なお、900℃を越える温度で焼結すると、黒鉛粉中の炭素が鉄と反応し、パーライト相が必要以上に増えるので好ましくない。焼結に伴い、上記流体潤滑剤、その他の潤滑剤、各種成形助剤は焼結体内部で燃焼し、あるいは焼結体内部からベーパする。
以上に述べた焼結工程を経ることで、多孔質の焼結体が得られる。この焼結体にサイジングを施し、さらに上記のグリースを含浸させることにより、図2に示す焼結軸受41が完成する。
以上の製作工程を経た焼結軸受1の表面付近(図1中の領域P)のミクロ組織を図9に概略図示する。
図9に示すように、本発明の焼結軸受1では、金型成形面20aに扁平銅粉15を層状に付着させた状態で圧粉体25が成形され(図8参照)、この扁平銅粉15が焼結されていることに由来して、軸受1の軸受面1aを含む表面全体に銅濃度が他よりも高い表面層S1が形成される。しかも、扁平銅粉15の幅広面が成形面20aに付着していたこともあり、表面層S1の銅組織51aの多くが表面層S1の厚さ方向を薄くした扁平状になる。表面層S1の厚さは金型成形面20aに層状に付着した扁平銅粉層の厚さに相当し、概ね1μm〜6μm程度である。表面層S1の表面は、銅組織51aの他に遊離黒鉛52(黒塗りで示す)を主体として形成され、残りが気孔の開口部や後述の鉄組織となる。この中では、銅組織51aの面積が最大であり、具体的には表面の60%以上が銅組織51aとなる。
一方、表面層S1で覆われた内側のベース部S2は、二種類の銅組織(51b,51c)、鉄組織53、遊離黒鉛52、および気孔が形成される。一方の銅組織51b(第一の銅組織)は圧粉体25の内部に含まれていた扁平銅粉15に由来して形成されたもので、扁平銅粉に対応した扁平形状をなしている。他方の銅組織51c(第二の銅組織)は、部分拡散合金粉11を構成する銅粉13に低融点金属が拡散して形成されたものであり、鉄組織33と接して形成されている。この第二の銅組織31cは、後述のように、粒子同士の結合力を高める役割を担う。
図10は、図9に示す焼結後の鉄組織53およびその周辺組織を拡大して示すものである。図10に示すように、低融点金属としての錫は、焼結時に最初に溶融して部分拡散合金粉11(図4参照)を構成する銅粉13に拡散し、青銅相16(Cu−Sn)を形成する。この青銅層16により液相焼結が進行し、鉄粒子同士、鉄粒子と銅粒子、あるいは銅粒子同士が強固に結合される。また、個々の部分拡散合金粉11のうち、銅粉13の一部が拡散してFe−Cu合金が形成された部分にも溶融した錫が拡散してFe−Cu−Sn合金(合金相17)が形成される。青銅層16と合金相17を合わせたものが第二の銅組織51cとなる。このように第二の銅組織51cは、その一部が鉄組織53に拡散しているため、第二の銅組織51cと鉄組織53の間で高いネック強度を得ることができる。なお、図10においては、フェライト相(αFe)やパーライト相(γFe)などを色の濃淡で表現している。具体的には、フェライト相(αFe)→青銅相16→合金相17(Fe−Cu−Sn合金)→パーライト相(γFe)の順に色を濃くしている。
部分拡散合金粉11に代えて通常の鉄粉19を使用した場合、図11(a)に示すように、低融点金属粉16の一部が扁平銅粉15と通常鉄粉19の間に存在することになる。この状態で焼結すると、溶融した低融点金属粉16の表面張力によって扁平銅粉15が低融点金属粉16に引き込まれ、低融点金属粉16を核として丸くなる、いわゆる扁平銅粉15の球状化の問題を生じる。扁平銅粉15の球状化を放置すると、表面層S1における銅組織51a(図10参照)の面積が減少し、軸受面の摺動性に大きな影響を与える。
これに対し、本発明では、図12に示すように、原料粉末として鉄粉12の略全周が銅粉13で覆われた部分拡散合金粉11を使用しているため、低融点金属粉16の周辺には多数の銅粉13が存在することになる。この場合、焼結に伴って溶融した低融点金属粉16が扁平銅粉15より先に部分拡散合金粉11の銅粉13に拡散する。特に焼結の初期段階では、扁平銅粉15の表面に流体潤滑剤が残存しているため、この現象が助長される。これにより、低融点金属粉16が表面層S1の扁平銅粉15に与える影響を抑えることができる(仮に扁平銅粉15の直下に低融点金属粉16が存在していたとしても、扁平銅粉15に作用する表面張力が減少する)。従って、表面層における扁平銅粉15の球状化を抑制することができ、軸受面1aをはじめとする軸受表面における銅組織の割合を高め、良好な摺動特性を得ることが可能となる。以上の特徴を活かすため、原料粉末には極力単体の鉄粉を添加しないのが好ましい。すなわち、鉄組織53は全て部分拡散合金粉由来のものとするのが好ましい。
このように本発明では、表面層S1における扁平銅粉15の球状化を回避できるので、軸受における低融点金属粉16の配合割合を増やすことができる。すなわち、これまでの技術常識では、扁平銅粉15の球状化の影響を抑えるために、扁平銅粉15に対する低融点金属の配合配合(重量比)は10wt%未満に抑えるべきとされているが、本発明によれば、この割合を10wt%〜30wt%にまで高めることができる。このように低融点金属の配合割合を増すことで、液相焼結による金属粒子間の結合を促進させる効果がさらに高まるため、焼結軸受1の高強度化により有効となる。
以上の構成から、軸受面1aを含む表面層S1の表面全体で、鉄組織に対する銅組織の面積比を60%以上にすることができ、酸化されにくい銅リッチの軸受面を安定的に得ることができる。また、表面層S1が摩耗したとしても、部分拡散合金粉11に付着した銅粉13に由来する銅組織31cが軸受面1aに現れる。従って、初期なじみ性および静粛性をはじめとする軸受面の摺動特性を向上させることができる。
その一方で、表面層S1の内側のベース部S2は、表面相S1に比べて銅の含有量が少なく、かつ鉄の含有量が多い硬質組織となっている。具体的には、ベース部S2ではFeの含有量が最大であり、Cuの含有量は20〜40wt%となる。このように軸受1のほとんどの部分を占めるベース部S2で鉄の含有量が多くなるため、軸受1全体での銅の使用量を削減することができ、低コスト化を達成することができる。また、鉄の含有量が多いために軸受全体の強度を高めることができる。
特に本発明では、銅よりも低融点の金属を所定量配合し、その液相焼結により金属粒子間(鉄粒子間、鉄粒子と銅粒子、あるいは銅粒子同士)の結合力が向上しており、しかも部分拡散合金粉11に由来する銅組織51cと鉄組織間53の間で高いネック強度が得られる。以上から、軸受面からの銅組織や鉄組織の脱落を防止し、軸受面の耐摩耗性を向上させることができる。また、軸受強度を高めることができ、具体的には、既存の銅鉄系焼結体に比べて2倍以上の圧環強度(300MPa以上)を達成することが可能となる。そのため、図1および図3に示すようにハウジング31、45の内周に焼結軸受41を圧入固定した場合でも、軸受面41aがハウジング3の内周面形状に倣って変形することがなく、取り付け後も軸受面41aの真円度や円筒度等を安定的に維持することができる。従って、ハウジングの内周に焼結軸受1を圧入固定した後、軸受面を適正形状・精度に仕上げるための加工(例えばサイジング)を追加的に実行することなく、所望の真円度(例えば3μm以下の真円度)を確保することができる。
加えて、軸受面を含む表面全体に遊離黒鉛が析出しており、しかも扁平銅粉15に付随する形で金型成形面20aに鱗状黒鉛を付着させているため、表面層S1における黒鉛の含有率がベース部S2での黒鉛の含有率よりも大きくなる。そのため、軸受面を低摩擦化することができ、軸受1の耐久性を増すことができる。
以上に述べた第一の実施形態では、鉄組織をフェライト相とパーライト相の二層組織としているが、パーライト相(γFe)は硬い組織(HV300以上)であって、相手材に対する攻撃性が強いため、軸受の使用条件によっては、軸2の摩耗を進行させるおそれがある。これを防止するため、鉄組織53の全てをフェライト相(αFe)で形成することもできる。
このように鉄組織53の全てをフェライト相で形成するため、焼結雰囲気は、炭素を含有しないガス雰囲気(水素ガス、窒素ガス、アルゴンガス等)あるいは真空とする。これらの対策により、原料粉では炭素と鉄の反応が生じず、従って焼結後の鉄組織は全て軟らかい(HV200以下)フェライト相(αFe)となる。かかる構成であれば、仮に表面層S1が摩耗してベース部S2の鉄組織53が表面に現れていても、軸受面1aを軟質化することができ、軸に対する攻撃性を弱めることができる。
なお、以上の説明では、鉄粉に銅粉を部分拡散させた部分拡散合金粉と、扁平銅粉と同様よりも低融点の金属粉と、固定潤滑剤粉を原料粉末とする場合を例示したが、部分拡散合金粉に代えて通常の鉄粉を使用し、あるいは鉄粉と銅粉の混合粉を使用することもできる。この場合も表層のみ銅リッチにできるので、高価な銅の使用量を削減しつつ初期なじみ性や静粛性が良好な焼結軸受を提供することができる。