本発明のアフィニティー分離マトリックスは、免疫グロブリンG(IgG)のFab領域を有するペプチドに対して結合能を有するFab領域結合性ペプチドがリガンドとして所定の密度で水不溶性担体に固定化されていることを特徴とする。当該アフィニティー分離マトリックスは、Fab領域への高い結合力を有するFab領域結合性ペプチドをリガンドとすること、さらにはリガンド密度を増大させることによって、マトリックスとしてのFab領域に対する結合力を高め、Fab領域含有ペプチドに対する高い保持性能およびリガンド密度あたりの高い結合容量を達成した。本発明のアフィニティー分離マトリックスは、Fab領域含有ペプチドに対して高い保持性能と結合容量を有していることから、Fab領域含有ペプチドの精製に対して有用である。
本発明において「Fab領域結合性ペプチド」とは、IgGのFab領域に対して高い結合能を有するペプチドをいう。具体的には、IgGのFab領域に対する結合力が、結合定数(KA)にしてKA=106M-1以上であることが好ましく、107M-1以上であることがより好ましい。本発明に係るFab領域結合性ペプチドの、IgGのFab領域に対する結合力(親和性)は、例えば、表面プラズモン共鳴原理を用いたBiacoreシステム(GEヘルスケア・バイオサイエンス社)やバイオレイヤー干渉法を用いたOctetシステム(ポール社)などのバイオセンサーによって試験することができるが、これらに限定されるものではない。
Fab領域に対する結合性の測定条件としては、IgGのFab領域に結合した時の結合シグナルが検出できればよく、20〜40℃の一定温度にて、pH6〜8の中性条件にて測定することで簡単に評価することができる。
結合パラメータとしては、例えば、結合定数(KA)や解離定数(KD)を用いることができる(永田ら著,「生体物質相互作用のリアルタイム解析実験法」,シュプリンガー・フェアラーク東京,1998年,41頁)。本発明に係るFab領域結合性ペプチドとFab断片の親和定数は、例えば、Biacoreシステムを利用して、センサーチップにFab断片を固定化して、温度25℃、pH7.4の条件下にて、本発明ペプチドを流路に添加する実験系で求めることができる。本発明に係るFab領域結合性ペプチドとしては、結合定数(KA)が野生型プロテインGに比べて2倍以上向上したペプチドを好適に用いることができる。Fab領域結合性ペプチドとしては、当該向上率がより好ましくは5倍以上、さらにより好ましくは10倍以上、さらにより好ましくは20倍以上、さらにより好ましくは50倍以上、10000倍以下であるペプチドを好適に用いることができる。
なお、Biacoreシステムを利用した実験では、実験条件、解析方法および/または元となるIgGの種類によって、パラメータのオーダーが大きく変わることがある。この場合の判断基準の1つとしては、野生型のプロテインGや配列番号3のアミノ酸配列を有するペプチドを同じ実験条件や解析方法で評価した場合に、Fab領域への結合定数がより大きいことが基準となる。なお、野生型プロテインGは、市販の研究用試薬(例えばライフテクノロジーズ社)として容易に入手可能である。野生型プロテインGのFab断片に対する結合定数KAを測定した場合、105M-1程度を示す。
結合相手のIgG分子は、Fab領域への結合が検出できれば特に限定はされないが、Fc領域を含む免疫グロブリンG分子を用いるとFc領域への結合も検出されるので、Fc領域を除くようにFab領域を断片化し、分離精製したFabフラグメントを用いることが好ましい。親和性の違いは、同じ測定条件にて、同じIgG分子に対する結合反応曲線を得て、解析した時に得られる結合パラメータにて、変異を導入する前のペプチドと変異を導入した後のペプチドとを比較することで当業者が容易に検証することができる。
本発明において「ペプチド」とは、ポリペプチド構造を有するあらゆる分子を含むものであって、いわゆるタンパク質のみならず、断片化されたものや、ペプチド結合によって他のペプチドが連結されたものも包含されるものとする。
「免疫グロブリン」は、リンパ球のB細胞が産生する糖タンパク質であり、特定のタンパク質などの分子を認識して結合する働きを持つ。免疫グロブリンは、かかる特定の分子(抗原)に特異的に結合する機能に加えて、他の生体分子や細胞と協同して抗原を含む因子を無毒化・除去する機能も有する。免疫グロブリンは、一般的に「抗体」と呼ばれるが、それはこのような機能に着目した名称である。全ての免疫グロブリンは、基本的には同じ分子構造を有し、軽鎖および重鎖のポリペプチド鎖それぞれ2本ずつからなる“Y”字型の4本鎖構造を基本構造としている。軽鎖(L鎖)にはλ鎖とκ鎖の2種類があり、すべての免疫グロブリンはこのどちらかを持つ。重鎖(H鎖)には、γ鎖、μ鎖、α鎖、δ鎖、ε鎖という構造の異なる5種類があり、この重鎖の違いによって免疫グロブリンの種類(アイソタイプ)が変わる。免疫グロブリンG(IgG)は、単量体型の免疫グロブリンで、2本の重鎖(γ鎖)と2本の軽鎖から構成され、2箇所の抗原結合部位を持っている。
免疫グロブリンの“Y”字の下半分の縦棒部分にあたる場所をFc領域と呼び、上半分の“V”字の部分をFab領域と呼ぶ。Fc領域は抗体が抗原に結合した後の反応を惹起するエフェクター機能を有し、Fab領域は抗原と結合する機能を有する。重鎖のFab領域とFc領域はヒンジ部でつながっており、パパイヤに含まれるタンパク分解酵素パパインは、このヒンジ部を分解して2つのFab領域と1つのFc領域に切断する。Fab領域のうち“Y”字の先端に近い部分は、多様な抗原に結合できるようアミノ酸配列に多彩な変化が見られるため可変領域(V領域)と呼ばれている。軽鎖の可変領域をVL領域、重鎖の可変領域をVH領域と呼ぶ。V領域以外のFab領域とFc領域は、比較的変化の少ない領域であり定常領域(C領域)と呼ばれる。軽鎖の定常領域をCL領域と呼び、重鎖の定常領域をCH領域と呼ぶが、CH領域はさらにCH1〜CH3の3つに分けられる。重鎖のFab領域はVH領域とCH1からなり、重鎖のFc領域はCH2とCH3からなる。ヒンジ部はCH1とCH2の間に位置する。SpG−βのIgGへの結合は、より詳細には、IgGのCH1領域(CH1γ)とCL領域への結合であり、特にCH1への結合が主要である(Derrick J.P.,Nature,1992,359巻,752-754頁)。
本発明に係るアフィニティー分離マトリックスのリガンドとして使用するFab領域結合性ペプチドは、IgGのFab領域に結合する。本発明アフィニティー分離マトリックスが結合すべきFab領域含有ペプチドは、Fab領域を含むものであればよく、Fab領域とFc領域を不足なく含有するIgG分子であってもよいし、少なくともFab領域を含むIgG分子の誘導体であってもよい。本発明に係るアフィニティー分離マトリックスが結合するIgG分子誘導体は、Fab領域を有する誘導体であれば特に制限されない。例えば、IgGのFab領域のみに断片化されたFabフラグメント、ヒトIgGの一部のドメインを他生物種のIgGのドメインに置き換えて融合させたキメラ型IgG、Fc領域の糖鎖に分子改変を加えたIgG、薬剤を共有結合したFab断片などを挙げることができる。
「プロテインG(SpG)」は、グループGの連鎖球菌(Streptococcus sp.)の細胞壁に由来するタンパク質である。SpGは、ほとんどの哺乳類のIgGと結合する能力を有しており、IgGのFc領域に強く結合し、IgGのFab領域にも弱く結合する。
SpGのIgG結合性を示す機能ドメインは、βドメイン(SpG−β)と呼ばれる。なお、β(B)ドメインと呼ぶ場合と、Cドメインと呼ぶ場合の2通りがあり(Akerstrom et al.,J.Biol.Chem.,1987,28,13388-,Fig.5参照)、本明細書では、Fahnestockらの定義に従ってβドメインと呼ぶ(Fahnestock et al.,J.Bacteriol.,1986,167,870-)。SpG−βのアミノ酸配列は、由来する細菌種や細菌株によって細部が異なっている。代表的なアミノ酸配列として、グループGの連鎖球菌のGX7809株由来の2つのβドメイン(β1とβ2)について、β1ドメイン(SpG−β1)のアミノ酸配列を配列番号1に、β2ドメイン(SpG−β2)のアミノ酸配列を配列番号2に示す。SpGの各βドメインのアミノ酸配列は互いに配列相同性が高く、これらを一括りとしてプロテインG−βドメイン(SpG−β)と呼ぶ。
なお、pH5.4における変性中点温度が、SpG−β1が87.5℃で、SpG−β2が79.4℃であることが、Alexanderらによって示されている(Alexander et al.,Biochemistry,1992,31,3597-)。したがって、本発明におけるリガンドであるFab領域結合性ペプチドの好適な形態の1つとして、ペプチドの熱安定性の観点から、SpG−β1(配列番号1)の変異体を対象にすることが挙げられるが、これには限定されない。また本発明ではコンストラクトの調製の都合上、SpG−β1(配列番号1)の1位のアミノ酸(Asp)をThrに置換したドメイン配列(配列番号3)を参照用のSpG−β1配列としている。なお、GX7809株由来のSpG−β2の第1位はThrであり、また、文献によっては配列番号1および配列番号2の第2位以降をSpGの各ドメインのアミノ酸配列としているものもあり、配列番号1におけるSpG−β1に対する上記置換は、ペプチドのFab領域への親和性には影響を与えない。かかる観点から、Fab領域結合性ペプチド(1)においてSpG−β1に「由来」するアミノ酸配列とは、SpG−β1のアミノ酸配列、またはSpG−β1のIgG−Fabへの親和性が維持される範囲で変異を加えたアミノ酸配列をいうものとする。
「ドメイン」とは、タンパク質の高次構造上の単位であり、数十から数百のアミノ酸配列から構成され、なんらかの物理化学的または生物化学的な機能を発現するに十分なタンパク質の単位をいう。
タンパク質やペプチドの「変異体」は、野生型のタンパク質やペプチドの配列に対し、アミノ酸レベルで、少なくとも1つ以上の置換、付加または欠損が導入されたタンパク質またはペプチドをいう。
本発明に係るFab領域含有ペプチドへの結合力が高いFab領域結合性ペプチドとしては、プロテインGのIgG結合性ドメインの変異体(SpG−β変異体)が挙げられる。変異前のアミノ酸配列としては、配列番号3で示されるSpG−β1由来のアミノ酸配列が好ましいが、配列番号2などの他のプロテインGのIgG結合性ドメインの変異体も配列同一性が高いので、SpG−β2変異体など、IgG結合性の野生型ドメインのアミノ酸配列を変異させた結果得られたペプチドも、本発明で用いることができる。
本発明に係るFab領域結合性ペプチドの具体例としては、例えば、Fab領域結合性ペプチド(1)〜(3)を挙げることができる。
なお、本発明では、アミノ酸を置換する変異の表記について、置換位置の番号の前に野生型または変異前のアミノ酸を付し、置換位置の番号の後に変異したアミノ酸を付して表記する。例えば、第29位のGlyをAlaに置換する変異はG29Aと記載する。
本発明のアフィニティー分離マトリックスのリガンドとして使用するFab領域結合性ペプチド(1)は、プロテインG(SpG)のβ1ドメイン由来のアミノ酸配列(配列番号3)において、第13位、第15位、第19位、第30位および第33位から選択される1以上の位置のアミノ酸残基が置換されており、且つ、免疫グロブリンGのFab領域への結合力が置換導入前よりも高いFab領域結合性ペプチドである。ここでの置換導入前のペプチドは、野生型SpGのβ1ドメイン(配列番号1)または配列番号3のアミノ酸配列を有するペプチドをいうものとする。
本発明のFab領域結合性ペプチド(1)に係るアミノ酸残基の必須の置換部位は、配列番号3のアミノ酸配列において、第13位(Lys)、第15位(Glu)、第19位(Glu)、第30位(Phe)または第33位(Tyr)のいずれか1以上の部位である。かかる変異の数としては、2個以上が好ましく、3個以上がより好ましい。
本発明に係るFab領域結合性ペプチド(1)は、プロテインGのβ1ドメインのアミノ酸配列(配列番号3)において、第13位、第15位、第19位、第30位および第33位から選択される1以上の位置のアミノ酸残基が置換されたアミノ酸配列を有する。変異するアミノ酸の種類は、非タンパク質構成アミノ酸や非天然アミノ酸への置換を含め、特に限定されるものではないが、遺伝子工学的生産の観点から、天然型アミノ酸を好適に用いることができる。さらに、天然型アミノ酸は、中性アミノ酸;AspとGluの酸性アミノ酸;Lys、Arg、Hisの塩基性アミノ酸に分類される。中性アミノ酸は、脂肪族アミノ酸;Proのイミノ酸;Phe、Tyr、Trpの芳香族アミノ酸に分類される。脂肪族アミノ酸は、さらに、Gly;Ala;Val、Leu、Ileの分枝アミノ酸;Ser、Thrのヒドロキシアミノ酸;Cys、Metの含硫アミノ酸;Asn、Glnの酸アミドアミノ酸に分類される。また、Tyrはフェノール性水酸基を有することから、芳香族アミノ酸のみでなくヒドロキシアミノ酸に分類してもよい。さらに、別の観点からは、天然アミノ酸を、Gly、Ala、Val、Leu、Ile、Trp、Cys、Met、Pro、Pheの疎水性の高い非極性アミノ酸類;Asn、Gln、Ser、Thr、Tyrの中性の極性アミノ酸類;Asp、Gluの酸性の極性アミノ酸類;Lys、Arg、Hisの塩基性の極性アミノ酸類に分類することもできる。上記位置のアミノ酸残基が置換されたペプチドでFab領域結合力の向上が見られれば、置換アミノ酸をさらに上記分類と同類のアミノ酸に変異させたペプチドでも、同様にFab領域結合力の向上が見られる可能性が高い。
本発明のFab領域結合性ペプチドにおける置換変異に関し、第13位のアミノ酸残基がThrもしくはSerに置換された変異、および/または、第15位のアミノ酸残基がTyrもしくはTrpに置換された変異、および/または、第19位のアミノ酸残基がVal、LeuもしくはIleに置換された変異、および/または、第30位のアミノ酸残基がVal、LeuもしくはIleに置換された変異、および/または、第33位のアミノ酸残基がPheに置換された変異を含むことが好ましい。第13位のアミノ酸残基はThrに置換されることがより好ましく、第15位のアミノ酸残基はTyrに置換されることがより好ましく、第19位のアミノ酸残基はIleに置換されることがより好ましく、第30位のアミノ酸残基はLeuに置換されることがより好ましい。
本発明のアフィニティー分離マトリックスのリガンドとして使用するFab領域結合性ペプチド(2)は、上記Fab領域結合性ペプチド(1)に規定されるアミノ酸配列において、上記第13位、第15位、第19位、第30位および第33位を除く領域中で1または数個のアミノ酸残基が欠損、置換および/または付加されたアミノ酸配列を有するFab領域結合性ペプチドであり、且つ、免疫グロブリンGのFab領域への結合力が配列番号3のアミノ酸配列を有するペプチドよりも高いFab領域結合性ペプチドである。
「1または数個のアミノ酸が欠損、置換および/または付加されたアミノ酸配列」における「1または数個」の範囲は、欠損などを有するFab領域結合性ペプチドがIgGのFab領域への高い結合力を有する限り特に限定されるものではない。前記「1または数個」の範囲は、例えば、1個以上、30個以下とすることができ、好ましくは1個以上、20個以下、より好ましくは1個以上、10個以下、さらに好ましくは1個以上、7個以下、一層好ましくは1個以上、5個以下、特に好ましくは1個以上、3個以下、1個以上、2個以下、または1個程度であることができる。
Fab領域結合性ペプチド(2)において、欠損、置換および/または付加されるアミノ酸配列の位置としては、第2位、第10位、第18位、第21位、第22位、第23位、第24位、第25位、第27位、第28位、第31位、第32位、第35位、第36位、第39位、第40位、第42位、第45位、第47位および第48位から選択される1以上の部位が好ましく、第10位、第18位、第21位、第25位、第28位、第35位、第39位および第47位から選択される1以上の部位がより好ましい。上記部位のアミノ酸残基を置換するアミノ酸の種類は特に限定はされないが、第2位はArgが好ましく、第10位はArgが好ましく、第18位はAlaが好ましく、第21位はIle、AlaまたはAspが好ましく、第22位はAsnまたはGluが好ましく、第23位はThrまたはAspが好ましく、第24位はThrが好ましく、第25位はSerまたはMetが好ましく、第27位はAspまたはGlyが好ましく、第28位はArg、AsnまたはIleが好ましく、第31位はArgが好ましく、第32位はArgが好ましく、第35位はPhe、Tyrなどの芳香族アミノ酸類が好ましく、第36位はGlyが好ましく、第39位はLeuまたはIleが好ましく、第40位はValまたはGluが好ましく、第42位はLeu、ValまたはGlnが好ましく、第45位はPheが好ましく、第47位はHis、Asn、Ala、GlyまたはTyrが好ましく、第48位はThrが好ましい。特に、第2位はArgが好ましく、第10位はArgが好ましく、第18位はAlaが好ましく、第21位はAlaまたはAspが好ましく、第39位はLeuまたはIleが好ましく、第47位はAlaが好ましい。
野生型SpG−βや公知のSpG−β変異体の間でアミノ酸の種類が異なる部位である、第6位、第7位、第24位、第28位、第29位、第31位、第35位、第40位、第42位および第47位から選択される1以上の部位も、置換される好適な部位として挙げられる。結合活性や構造維持の観点からは、上記欠損および/または付加の部位はN末端および/またはC末端であることが好ましい。
本発明のアフィニティー分離マトリックスのリガンドとして使用するFab領域結合性ペプチド(3)は、上記(1)に規定されるアミノ酸配列に対して80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、且つ、免疫グロブリンGのFab領域への結合力が配列番号3のアミノ酸配列を有するペプチドよりも高いFab領域結合性ペプチド(但し、上記(1)に規定されるアミノ酸配列における第13位、第15位、第19位、第30位および第33位から選択される1以上の位置のアミノ酸の置換は、(3)においてさらに変異しないものとする)である。
上記配列同一性としては、85%以上がより好ましく、90%以上がさらに好ましく、95%以上が特に好ましい。上記配列同一性は、アミノ酸配列多重アラインメント用プログラムであるClustal(http://www.clustal.org/omega/)などを使って測定することができる。
上記Fab領域結合性ペプチド(2)および(3)において、さらなる変異の結果、変異導入前のアミノ酸配列やFab領域結合性ペプチド(1)のアミノ酸配列とアミノ酸数が異なる場合においても、配列番号3の第13位、第15位、第19位、第30位および第33位に相当する位置を同定することは、当業者であれば容易に可能である。具体的には、アミノ酸配列多重アラインメント用プログラムであるClustal(http://www.clustal.org/omega/)で、アラインメントをとって確かめることが可能である。
プロテインG(SpG)は、IgG結合性ドメインが2個または3個タンデムに並んだ形で含んだタンパク質である。本発明のアフィニティー分離マトリックスでリガンドとして使用するFab領域結合性ペプチドも、実施形態の1つとして、単量体または単ドメインであるFab領域結合性ペプチドが2個以上、好ましくは3個以上、より好ましくは4個以上、さらに好ましくは5個以上連結された複数ドメインの多量体であってもよい。連結されるドメイン数の上限としては、10個以下、好ましくは8個以下、より好ましくは6個以下である。これらの多量体は、単一のFab領域結合性ペプチドの連結体であるホモダイマーやホモトリマー等のホモポリマーであってもよいし、複数種類のFab領域結合性ペプチドの連結体であるヘテロダイマーやヘテロトリマー等のヘテロポリマーであってもよい。前述したように、これらの複数ドメイン多量体にも1または数個のアミノ酸が付加されてもいてもよい。付加される部位としては、N末端およびC末端が好ましい。実施形態の一つとしては、Fab領域結合性ペプチドの2ドメイン型のC末端にCysが付与されていてもよい。
本発明のアフィニティー分離マトリックスのリガンドとして使用する単量体タンパク質の連結のされ方としては、1または複数のアミノ酸残基で連結する方法が挙げられるが、これらの方法に限定されるものではない。連結するアミノ酸残基数に特に制限は無いが、好ましくは20残基以下であり、より好ましくは15残基以下である。好ましくは、野生型SpGのβ1とβ2の間、または、β2とβ3の間を連結している配列を利用するのがよい。また、別の観点からは、単量体タンパク質の3次元立体構造を不安定化しないものが好ましい。
また、実施形態の1つとして、本発明のアフィニティー分離マトリックスのリガンドとしては、Fab領域結合性ペプチド、または、当該ペプチドが2個以上連結されたペプチド多量体が、1つの構成成分として、機能の異なる他のペプチドと融合されていることを特徴とする融合ペプチドも挙げられる。すなわち、本発明に係るFab領域結合性ペプチドのアミノ酸配列は、上記(1)〜(3)に示すいずれかのアミノ酸配列を含み、且つ他のアミノ酸配列を有するものであってもよく、或いは他の化合物が結合しているものであってもよい。融合ペプチドの例としては、アルブミンやGST(グルタチオンS−トランスフェラーゼ)が融合したペプチドを例として挙げることができるが、これに限定されるものではない。また、DNAアプタマーなどの核酸、抗生物質などの薬物、PEG(ポリエチレングリコール)などの高分子が融合されている場合も、本発明で得られたアフィニティー分離マトリックスに対して有用性であれば、本発明に包含される。但し、本発明に係るFab領域結合性ペプチドのアミノ酸配列は、上記(1)〜(3)に示すいずれかのアミノ酸配列からなることが好ましい。この場合であっても、本発明に係るFab領域結合性ペプチドは、後述するようにリンカー基によって水不溶性担体に固定化されていてもよいし、また、多量体の場合にはリンカー基によりFab領域結合性ペプチドが連結されていてもよい。
また、本発明でアフィニティー分離マトリックスのリガンドとして使用するFab領域結合性ペプチドは、タンパク質発現を補助する作用または精製を容易にするという利点がある公知のタンパク質との融合ペプチドとして取得することができる。すなわち、本発明に係るFab領域結合性ペプチドを含む融合ペプチドをコードする組換えDNAを少なくとも一つ含有する微生物または細胞を得ることができる。上記タンパク質の例としては、マルトース結合タンパク質(MBP)、グルタチオン−S−トランスフェラーゼ(GST)等が挙げられるが、それらのタンパク質に限定されるものではない。
本発明のアフィニティー分離マトリックスのリガンドとして使用するFab領域結合性ペプチドを得るために、配列番号3のアミノ酸配列をコードするDNAを改変するための部位特異的な変異の導入は、以下のように、組換えDNA技術やPCR法などを用いて行うことができる。
例えば、組換えDNA技術による変異の導入は、Fab領域結合性ペプチドをコードする遺伝子中において、変異導入を希望する目的の部位の両側に適当な制限酵素認識配列が存在する場合に、それら制限酵素認識配列部分を前記制限酵素で切断し、変異導入を希望する部位を含む領域を除去した後、化学合成などによって目的の部位のみに変異導入したDNA断片を挿入するカセット変異法によって行うことができる。
また、PCRによる部位特異的変異の導入は、例えば、Fab領域結合性ペプチドをコードする二本鎖プラスミドを鋳型として、+鎖および−鎖に相補的な変異を含む2種の合成オリゴプライマーを用いてPCRを行うダブルプライマー法により行うことができる。
また、本発明のアフィニティー分離マトリックスのリガンドとして使用する単量体ペプチド(1つのドメイン)をコードするDNAを、意図する数だけ直列に連結することにより、多量体ペプチドをコードするDNAを作製することもできる。例えば、多量体ペプチドをコードするDNAの連結方法は、DNA配列に適当な制限酵素部位を導入し、制限酵素で断片化した2本鎖DNAをDNAリガーゼで連結することができる。制限酵素部位は1種類でもよいが、複数の異なる種類の制限酵素部位を導入することもできる。また、多量体ペプチドをコードするDNAにおいて、各々の単量体ペプチドをコードする塩基配列が同一の場合には、宿主にて相同組み換えを誘発する可能性があるので、連結されている単量体ペプチドをコードするDNAの塩基配列間の配列同一性が90%以下、好ましくは85%以下、より好ましくは80%以下、さらにより好ましくは75%以下であることが好ましい。なお、塩基配列の同一性も、アミノ酸配列と同様に、常法により決定することが可能である。
本発明でリガンドとして使用するFab領域結合性ペプチドは、前述した本発明ペプチドまたはその部分アミノ酸配列をコードする塩基配列、およびその塩基配列に作動可能に連結された宿主で機能しうるプロモーターを含む発現ベクターを調製し、調製した組換えベクターを宿主となる細胞へ導入した形質転換細胞を得て、さらに形質転換細胞を培地で培養し、培養菌体中(菌体ぺリプラズム領域中も含む)、または培養液中(菌体外)に本発明のタンパク質を生成蓄積させ、該培養物から所望のペプチドを採取することにより製造することができる。通常は、目的のペプチドをコードする遺伝子を、適当なベクターに連結もしくは挿入する。遺伝子を挿入するためのベクターは、宿主中で自律複製可能なものであれば特に限定されず、プラスミドDNAやファージDNAをベクターとして用いることができる。例えば、大腸菌を宿主として用いる場合には、pQE系ベクター(キアゲン社)、pET系ベクター(メルク社)およびpGEX系ベクター(GEヘルスケアバイオサイエンス社)のベクターなどが挙げられる。
宿主への組換え体DNAの導入方法としては、例えばカルシウムイオンを用いる方法、エレクトロポレーション法、スフェロプラスト法、酢酸リチウム法、アグロバクテリウム感染法、パーティクルガン法およびポリエチレングリコール法などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。また、得られた遺伝子の機能を宿主で発現する方法としては、本発明に係る遺伝子をゲノム(染色体)に組み込む方法なども挙げられる。宿主となる細胞については、特に限定されるものではないが、安価に大量生産する上では、大腸菌、枯草菌、ブレビバチルス属、スタフィロコッカス属、ストレプトコッカス属、ストレプトマイセス属(Streptomyces)、コリネバクテリウム属(Corynebacterium)等のバクテリア(真正細菌)を好適に使用しうる。
また、本発明でリガンドとして使用するFab領域結合性ペプチドは、前記した形質転換細胞を培地で培養し、培養菌体中(菌体ぺリプラズム領域中も含む)、または培養液中(菌体外)に、本発明ペプチドを含む融合タンパク質を生成蓄積させ、当該培養物から当該融合タンパク質を採取し、当該融合タンパク質を適切なプロテアーゼによって切断し、所望のタンパク質を採取することにより製造することができる。
本発明の形質転換細胞を培地で培養する方法は、宿主の培養に用いられる通常の方法に従って行われる。得られた形質転換体の培養に用いる培地は、本発明ペプチドを高効率、高収量で生産できるものであれば特に制限は無い。具体的には、グルコース、蔗糖、グリセロール、ポリペプトン、肉エキス、酵母エキス、カザミノ酸などの炭素源や窒素源を使用することができる。その他、カリウム塩、ナトリウム塩、リン酸塩、マグネシウム塩、マンガン塩、亜鉛塩、鉄塩などの無機塩類が必要に応じて添加される。栄養要求性の宿主細胞を用いる場合は、生育に要求される栄養物質を添加すればよい。また、必要であればペニシリン、エリスロマイシン、クロラムフェニコール、ネオマイシンなどの抗生物質が添加されてもよい。
さらに、菌体内外に存在する宿主由来のプロテアーゼによる当該目的ペプチドの分解を抑えるために、公知の各種プロテアーゼ阻害剤、すなわち、Phenylmethane sulfonyl fluoride(PMSF)、Benzamidine、4−(2−aminoethyl)−benzenesulfonyl fluoride(AEBSF)、Antipain、Chymostatin、Leupeptin、Pepstatin A、Phosphoramidon、Aprotinin、Ethylenediaminetetra acetic acid(EDTA)および/またはその他市販されているプロテアーゼ阻害剤を適当な濃度で添加してもよい。
さらに、本発明でリガンドとして使用するFab領域結合性ペプチドを正しくフォールディングさせるために、例えば、GroEL/ES、Hsp70/DnaK、Hsp90、Hsp104/ClpBなどの分子シャペロンを利用してもよい。これら分子シャペロンは、例えば、共発現や融合タンパク質化などの手法で本発明に係るペプチドと共存させることができる。なお、本発明ペプチドの正しいフォールディングを目的とする場合には、正しいフォールディングを助長する添加剤を培地中に加えたり、低温にて培養するなどの手法もあるが、これらに限定されるものではない。
大腸菌を宿主として得られた形質転換細胞を培養する培地としては、LB培地(トリプトン1%,酵母エキス0.5%,NaCl1%)や、2×YT培地(トリプトン1.6%,酵母エキス1.0%,塩化ナトリウム0.5%)等が挙げられる。
また、培養温度は、例えば15〜42℃、好ましくは20〜37℃で、通気攪拌条件で好気的に数時間〜数日培養することにより、本発明ペプチドを培養細胞内(ぺリプラズム領域内を含む)または培養溶液(細胞外)に蓄積させて回収する。場合によっては、通気を遮断し嫌気的に培養してもよい。組換えペプチドが分泌生産される場合には、培養終了後に、遠心分離、ろ過などの一般的な分離方法で、培養細胞と分泌生産されたペプチドを含む上清を分離することにより生産された組換えペプチドを回収することができる。また、培養細胞内(ぺリプラズム領域内を含む)に蓄積される場合にも、例えば、培養液から遠心分離、ろ過などの方法により菌体を採取し、次いで、この菌体を超音波破砕法、フレンチプレス法などにより破砕したり、界面活性剤等を添加して可溶化することにより、細胞内に蓄積生産されたペプチドを回収することができる。
本発明でリガンドとして使用するFab領域結合性ペプチドの精製は、アフィニティークロマトグラフィー、陽イオンまたは陰イオン交換クロマトグラフィー、ゲル濾過クロマトグラフィーなどを単独でまたは適宜組み合わせることによって行うことができる。得られた精製物質が目的のタンパク質であることの確認は、通常の方法、例えばSDSポリアクリルアミドゲル電気泳動、N末端アミノ酸配列分析、ウエスタンブロッティングなどにより行うことができる。
本発明のアフィニティー分離マトリックスは、Fab領域に対する高い結合能を有するFab領域結合性ペプチドを水不溶性担体に固定化することによって作製される。本発明に用いる水不溶性担体は特に制限されないが、例えば、ガラスビーズ、シリカゲルなどの無機担体;架橋ポリビニルアルコール、架橋ポリアクリレート、架橋ポリアクリルアミド、架橋ポリスチレンなどの合成高分子;結晶性セルロース、架橋セルロース、架橋アガロース、架橋デキストランなどの多糖類;さらにはこれらの組み合わせによって得られる有機−有機、有機−無機などの複合担体などが挙げられる。市販品としては、多孔質セルロースゲルであるGCL2000、アリルデキストランとメチレンビスアクリルアミドを共有結合で架橋したSephacryl(登録商標) S−1000、アクリレート系の担体であるToyopearl(登録商標)、アガロース系の架橋担体であるSepharose(登録商標) CL4B、セルロース系の架橋担体であるCellufine(登録商標)などを例示することができる。但し、本発明における水不溶性担体は、例示したこれらの担体のみに限定されるものではない。
また、本発明に用いる水不溶性担体は、本発明のアフィニティー分離マトリックスの使用目的および方法からみて、表面積が大きいことが望ましく、適当な大きさの細孔を多数有する多孔質であることが好ましい。担体の形態としては、ビーズ状、モノリス状、繊維状、膜状(中空糸を含む)などいずれも可能であり、任意の形態を選ぶことができる。
リガンドの固定化方法については、例えば、リガンドに存在するアミノ基、カルボキシル基またはチオール基を利用した、従来のカップリング法で担体に結合してよい。カップリング法としては、臭化シアン、エピクロロヒドリン、ジグリシジルエーテル、トシルクロライド、トレシルクロライド、ヒドラジンまたは過ヨウ素酸ナトリウムなどと担体とを反応させて担体を活性化するか、或いは担体表面にマレイミドやNHSエステルといった反応性官能基を導入し、リガンドとして固定化する化合物とカップリング反応を行い固定化する方法、また、担体とリガンドとして固定化する化合物が存在する系にカルボジイミドのような縮合試薬や、グルタルアルデヒドのように分子中に複数の官能基を持つ試薬を加えて縮合、架橋することによる固定化方法が挙げられる。
また、リガンドと担体の間に複数の原子からなるスペーサー分子を導入してもよいし、担体にリガンドを直接固定化してもよい。従って、固定化のため本発明に係るFab領域結合性ペプチドを化学修飾してもよいし、固定化に有用なアミノ酸残基を含むアミノ酸残基数1以上100以下程度のペプチドをリンカー基として加えてもよい。固定化に有用なアミノ酸としては、側鎖に固定化の化学反応に有用な官能基を有しているアミノ酸が挙げられ、例えば、側鎖にアミノ基を含むLysや、側鎖にチオール基を含むCysが挙げられる。上記ペプチドリンカー基のアミノ酸残基数としては、50以下が好ましく、40以下または20以下がより好ましく、10以下がさらに好ましい。本発明の本質は、本発明においてペプチドに付与したFab領域結合性が、当該ペプチドをリガンドとして固定化したマトリックスにおいても同様に付与されることにあり、固定化のためにいかように修飾・改変しても、本発明の範囲に含まれる。
本発明に係るアフィニティー分離マトリックスでは、Fab領域結合性ペプチドが1.0mg/mL−gel以上、すなわちゲル状のマトリックス1mLあたり1mg以上の密度で水不溶性担体にリガンドとして固定化されていることを特徴とする。その結果、本発明に係るアフィニティー分離マトリックスは、Fab領域含有ペプチドに対して高い親和性を示し、Fab領域含有ペプチドの高い保持性能および結合容量を有する。
本発明に係るアフィニティー分離マトリックスに固定化するFab領域結合性ペプチドの量は、当該ペプチドを結合させるべき官能基の水不溶性担体への導入量、水不溶性担体に反応させるべきFab領域結合性ペプチドの量、反応条件などによって調整することができる。
リガンド密度は、アフィニティー分離マトリックスに固定化されているリガンド量をゲル状のアフィニティー分離マトリックスの体積で割った値である。リガンド密度としては、1.5mg/mL−gel以上が好ましく、2.0mg/mL−gel以上がより好ましく、5.0mg/mL−gel以上がさらに好ましい。リガンド密度の上限は特に制限されず、リガンド密度が高いほどFab領域含有ペプチドに対するマトリックスの保持性能や結合容量も優れているといえるが、リガンド密度が過剰に高いマトリックスを製造することが難しい場合もあり得るので、リガンド密度としては40mg/mL−gel以下が好ましい。
リガンド密度を算出する基準となるアフィニティー分離マトリックスの体積は、リガンドが固定化されており且つFab領域含有ペプチドを結合保持可能なゲル状態でのマトリックスの体積をいうものとする。例えば当該体積は、本発明に係るアフィニティー分離マトリックスを水や中性のリン酸系緩衝液などに懸濁し、メスシリンダーなどの計量器に移した後、見かけ上の体積がそれ以上減少しなくなるまで十分に静置した後に測定することができる。マトリックスの材質によっては、静置に時間がかかることもある。そのような場合は、見かけ上の体積が減少しなくなるまで計量容器を軽くタッピングした後、静置して体積を測定することもできる。市販のプレパック担体は、定められた体積のマトリックスがカラム内に充填されているため、その体積をマトリックスの体積とする。
アフィニティー分離マトリックスに固定化されているリガンドの質量は、水不溶性担体に作用させたリガンドの質量と、固定化反応後、固定化されずに回収されたリガンドの質量の差から求めることができる。これらリガンドの質量は、直接秤量してもよいし、吸光度測定などにより間接的に求めてもよい。例えば、アフィニティー分離マトリックスに固定化されているリガンドの質量は、水不溶性担体に作用させるリガンド溶液のリガンド量を吸光度測定により算出しておき、固定化反応後、未反応リガンド溶液の吸光度測定により未反応リガンド量を算出し、その差によりリガンド固定化量を求めることができる。リガンドの質量は、アミノ酸配列から算出された吸光係数を使用することで評価することもできるし、リガンドを直接秤量できる場合は、その溶液を調製して得られた吸光係数を使用して評価することもできる。
またアフィニティー分離マトリックスに固定化されているリガンドの質量は、ビシンコニン酸(BCA)試薬を用いたタンパク質定量法を用いることもできる。例えば、水で懸濁させたアフィニティー分離マトリックスをメスシリンダーなどの計量器に入れ、見かけ上の体積がそれ以上減少しなくなるまで十分に静置した後に体積を測定し、さらにBCA試薬を混合し、一定時間反応させた後、562nmの吸光度を測定することで、計量したアフィニティー分離マトリックス体積当たりのリガンド固定化量を評価することができる。この際のリガンドの質量は、リガンド質量依存的な562nmの吸光度の値をあらかじめ測定しておくことで評価することができる。
リガンド密度を評価する方法として前述のように例を挙げたが、方法はその限りではない。
Fab領域含有ペプチドの保持性能は、アフィニティー分離マトリックスへのFab領域含有ペプチドの負荷と洗浄の工程を経た後に、アフィニティー分離マトリックスから回収できるFab領域含有ペプチド量の、アフィニティー分離マトリックスに負荷したFab領域含有ペプチド量に対する割合を指標として表すことができるが、方法はその限りではない。また、アフィニティー分離マトリックスのFab領域に対する結合容量とは、例えば静的結合容量で表すことができる。静的結合容量は、アフィニティー分離マトリックス自体の最大結合容量であり、流速などに影響されない値である。後記の実施例においては、55%DBC(動的結合容量)を疑似静的結合容量として、Fab領域に対する結合容量を比較している。
本発明に係るアフィニティー分離マトリックスは、IgGや、Fab領域を含むIgG断片を有効に結合および保持できるので、これらIgGやIgG断片の分離精製に有用である。ここで「アフィニティーリガンド」とは、抗原と抗体の結合に代表される特異的な分子間の親和力に基づいて、ある分子の集合から目的の分子を選択的に捕集(結合)する物質や官能基を指す用語であり、本発明においては、IgGのFab領域に対して特異的に結合するペプチドを指す。本発明においては、単に「リガンド」と表記した場合も、「アフィニティーリガンド」と同義である。また親和性と結合性、親和力と結合力も同義である。
本発明のアフィニティー分離マトリックスを利用して、免疫グロブリンのFab領域を有するペプチドをアフィニティーカラム・クロマトグラフィ精製法により分離精製することが可能となる。これらの免疫グロブリンのFab領域を含むペプチドの精製法は、免疫グロブリンのアフィニティーカラム・クロマトグラフィ精製法、例えばSpAアフィニティー分離マトリックスを利用した精製法に準じる手順により達成することができる(非特許文献1)。すなわち、Fab領域含有ペプチドを含む緩衝液(pHは中性付近)を調製した後、当該溶液を本発明のアフィニティー分離マトリックスを充填したアフィニティーカラムに通過させ、Fab領域含有ペプチドを吸着させる。次いで、アフィニティーカラムに純粋な緩衝液を適量通過させ、カラム内部を洗浄する。この時点では所望のFab領域含有ペプチドはカラム内の本発明のアフィニティー分離マトリックスに吸着されている。そして、本発明で得られたペプチドをリガンドとして固定化したアフィニティー分離マトリックスは、このサンプル添加の工程からマトリックス洗浄の工程において、目的とするFab領域含有ペプチドを吸着保持する性能に優れる。次いで、適切なpHに調整した酸性緩衝液をカラムに通液し、所望のFab領域含有ペプチドを溶出することにより、高純度な精製が達成される。当該酸性緩衝液には、Fab領域含有タンパク質のマトリックスからの解離を促進する物質を添加してもよい。また、本発明のアフィニティー分離マトリックスは、Fab領域含有ペプチドに対する保持性能と結合容量が高いため、Fab領域含有ペプチドをアフィニティー分離マトリックスが充填されたアフィニティーカラムに通過させた後における長時間の洗浄にも耐えることができ、また、高濃度のFab領域含有ペプチドを含む溶液を処理することにも使用することができる。
本発明のアフィニティー分離マトリックスは、リガンド化合物や担体の基材が完全に機能を損なわない程度の適当な強酸性または強アルカリ性の純粋な緩衝液を通過させて洗浄することにより、再利用が可能である。上記緩衝液には、適当な変性剤や有機溶剤を添加してもよい。
本願は、2014年8月28日に出願された日本国特許出願第2014−174075号に基づく優先権の利益を主張するものである。2014年8月28日に出願された日本国特許出願第2014−174075号の明細書の全内容が、本願に参考のため援用される。
以下、実施例に基づいて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
なお、以下の実施例で取得した変異ペプチドは「ドメイン−導入した変異」の形で表記し、変位を導入しない野生型は「ドメイン−Wild」の形で表記する。例えば、配列番号1または配列番号3で示される野生型SpGのβ1由来のドメインは「β1−Wild」、第13位のKをTに置換する変異K13Tを導入したSpG−β1ドメイン由来の変異体は「β1−K13T」と表記する。
2種類の変異を同時に導入した変異体の表記については、スラッシュを用いて併記する。例えば、変異K13TおよびE19Iを導入したSpG−β1ドメイン由来の変異体は「β1−K13T/E19I」と表記する。
また、単ドメインを複数連結したタンパク質については、ピリオドに続けて連結した数に「d」をつけて併記する。例えば、変異K13TおよびE19Iを導入したSpGβ1ドメイン変異体を2連結したタンパク質は、「β1−K13T/E19I.2d」と表記する。
さらに、例えば、水不溶性基材にタンパク質を固定化するために、C末端に固定化用官能基を有するCys残基(C)を導入した場合、「d」の後ろに導入したアミノ酸の1文字表記を付与する。例えば、変異K13TおよびE19Iを導入したSpGβ1ドメイン変異体を2連結してC末端にCysを付与したタンパク質は、「β1−K13T/E19I.2dC」と表記する。
実施例1: 各種Fab領域結合性ペプチドの調製
(1) 各種SpG−β1変異体の発現プラスミド調製
発現プラスミドの調製方法に関し、野生型SpG−β1を例に示す。野生型SpG−β1(配列番号3)のアミノ酸配列から逆翻訳を行い、当該ペプチドをコードする塩基配列(配列番号4)を設計した。次に、発現プラスミドの作製方法を図1に示す。野生型SpG−β1をコードするDNAは、同じ制限酵素サイトを有する2種の二本鎖DNA(f1とf2)を連結する形で調製し、発現ベクターのマルチクローニングサイトに組み込む。実際には、2種の二本鎖DNAと発現ベクターの3種の二本鎖DNAを連結する3断片ライゲーションによって、コードDNA調製とベクター組込みを同時に実施した。2種の二本鎖DNAの調製方法は、互いに30塩基程度の相補領域を含む2種の一本鎖オリゴDNA(f1−1/f1−2またはf2−1/f2−2)をオーバーラップPCRによって伸長し、目的の二本鎖DNAを調製した。具体的な実験操作については、次の通りとなる。一本鎖オリゴDNAf1−1(配列番号5)/f1−2(配列番号6)を外注によって合成し(シグマジェノシス社)、ポリメラーゼとしてPyrobest(タカラバイオ社)を用い、オーバーラップPCR反応を行った。PCR反応生成物をアガロース電気泳動にかけ、目的のバンドを切り出すことで抽出した二本鎖DNAを、制限酵素BamHIとEco52I(いずれもタカラバイオ社)により切断した。同様に、一本鎖オリゴDNAf2−1(配列番号7)/f2−2(配列番号8)を外注によって合成し、オーバーラップPCR反応を経て、合成・抽出した二本鎖DNAを、制限酵素Eco52IとEcoRI(いずれもタカラバイオ社)により切断した。次に、プラスミドベクターpGEX−6P−1(GEヘルスケア・バイオサイエンス社)のマルチクローニングサイト中のBamHI/EcoRIサイトに上記2種の二本鎖DNAをサブクローニングした。サブクローニングにおけるライゲーション反応は、Ligation high(TOYOBO社)を用いて、製品に添付のプロトコルに準ずる形で実施した。
上記プラスミドベクターpGEX−6P−1を用いて、コンピテント細胞(タカラバイオ社,「大腸菌HB101」)の形質転換を、本コンピテント細胞製品に付属のプロトコルに従って行った。上記プラスミドベクターpGEX−6P−1を用いれば、グルタチオン−S−トランスフェラーゼ(以下、「GST」と略記する)が融合したSpG−β1を産生することができる。次いで、プラスミド精製キット(プロメガ社製,「Wizard Plus SV Minipreps DNA Purification System」)を用い、キット付属の標準プロトコルに従って、プラスミドDNAを増幅し、抽出した。発現プラスミドのコードDNAの塩基配列確認は、DNAシークエンサー(Applied Biosystems社製,「3130xl Genetic Analyzer」)を用いて行った。遺伝子解析キット(Applied Biosystems社製,「BigDye Terminator v.1.1 Cycle Sequencing Kit」)と、プラスミドベクターpGEX−6P−1のシークエンシング用DNAプライマー(GEヘルスケア・バイオサイエンス社)を用いて、添付のプロトコルに従いシークエンシングPCR反応を行った。そのシークエンシング産物を、プラスミド精製キット(Applied Biosystems社製,「BigDye XTerminator Purification Kit」)を用いて、添付のプロトコルに従い精製し、塩基配列解析に用いた。
各種SpG−β1変異体をコードするDNAに関しても、所望のアミノ酸配列から逆翻訳を行って当該ペプチドをコードする塩基配列を設計し、上記と同様の方法でコードDNAを含む発現プラスミドと形質転換細胞を調製した。現在は、外注によって200塩基程度のDNA(60残基程度のタンパク質をコード可能)を全合成することが可能である(例えば、Eurogentec社)。従って、コードする変異体のアミノ酸配列に対応付ける形で後述の表に配列番号を付した上で、得られた最終的なコードDNA配列のみを配列表に記載する。
2ドメイン型発現プラスミドに関しても、野生型SpG−β1を例に調製方法を示す。調製した単ドメイン型SpG−β1の発現プラスミドのコードDNA部分を鋳型とし、5’側にBamH I認識サイトが付与されたプライマー(配列番号9)と、3’側にHind III認識サイトが付与されたプライマー(配列番号10)を用いてPCR反応を行い、二本鎖DNA(f−N)を合成した。同様に、5’側にHindIII認識サイトが付与されたプライマー(配列番号11)と、3’側にEcoRI認識サイトを付与するプライマー(配列番号12)を用いてPCR反応を行い、二本鎖DNA(f−C)を合成した。なお、10位に変異を導入したSpG−β1変異体については、5’側にHindIII認識サイトが付与された別のプライマー(配列番号13)を使用した。PCR反応のポリメラーゼにはKOD−plus−(TOYOBO社)を用い、反応生成物はアガロース電気泳動にかけて、目的の二本鎖DNAを抽出した。f−Nは制限酵素BamHI/HindIIIで、f−CはHindIII/EcoRIで、プラスミドベクターpGEX−6P−1は制限酵素BamHI/EcoRIで切断し、先述と同様の手法の三断片ライゲーションによって発現プラスミドを調製した。その後の形質転換と塩基配列確認は、先述と同様の手法にて実施した。各種2ドメイン型のSpG−β1変異体の発現プラスミドは、同様の手法にて調製した。
(2) 各種Fab領域結合性ペプチドの調製
上記(1)で得られた、各種SpG−β1変異体遺伝子を導入した各形質転換細胞を、アンピシリン含有2×YT培地にて37℃で終夜培養した。これらの培養液を、100倍量程度のアンピシリン含有2×YT培地に接種し、37℃で約2時間培養した後で、終濃度0.1mMになるようIPTG(イソプロピル1−チオ−β−D−ガラクシド)を添加し、さらに37℃にて18時間培養した。
培養終了後、遠心にて集菌し、PBS緩衝液5mLに再懸濁した。超音波破砕にて細胞を破砕し、遠心分離して上清画分(無細胞抽出液)と不溶性画分に分画した。pGEX−6P−1ベクターのマルチクローニングサイトに目的の遺伝子を導入すると、GSTがN末端に付与した融合ペプチドとして発現される。それぞれの画分をSDS電気泳動により分析したところ、各々の形質転換細胞培養液から調製した各種無細胞抽出液のすべてについて、分子量約25,000以上の位置にIPTGにより誘導されたと考えられるペプチドのバンドを確認した。なお、分子量はほぼ同様であるが、変異体の種類によってバンドの位置は違った。
GST融合ペプチドを含む各々の無細胞抽出液から、GSTに対して親和性のあるGSTrap FFカラム(GEヘルスケア・バイオサイエンス社)を用いたアフィニティークロマトグラフィーにて、GST融合ペプチドを粗精製した。各々の無細胞抽出液をGSTrap FFカラムに添加し、標準緩衝液(20mM NaH2PO4−Na2HPO4,150mM NaCl,pH7.4)にてカラムを洗浄し、続いて溶出用緩衝液(50mM Tris−HCl,20mMグルタチオン,pH8.0)にて目的のGST融合ペプチドを溶出した。後の実施例で、GSTを融合したままでアッセイに利用したサンプルは、この溶出液を遠心式フィルターユニットであるアミコン(メルクミリポア社)を用いて、濃縮した形で標準緩衝液に置換したペプチド溶液を用いた。
pGEX−6P−1ベクターのマルチクローニングサイトに遺伝子を導入すると、配列特異的プロテアーゼPreScission Protease(GEヘルスケア・バイオサイエンス社)でGSTを切断することが可能なアミノ酸配列が、GSTと目的タンパク質の間に導入される。PreScission Proteaseを用いて、添付プロトコルに従いGST切断反応を行った。このようにGSTを切断した形でアッセイに利用したサンプルから、Superdex 75 10/300 GLカラム(GEヘルスケア・バイオサイエンス社)を用いたゲルろ過クロマトグラフィーにて、目的のペプチドの精製を行った。標準緩衝液にて平衡化したSuperdex 75 10/300 GLカラムに、各々の反応溶液を添加し、目的のタンパク質を、切断したGSTやPreScission Proteaseから分離精製した。GSTと分子量が近い2ドメイン型のSpG−β1変異体については、溶出画分を同様の方法でリクロマトすることで分離精製した。なお、以上のカラムを用いたクロマトグラフィーによるペプチド精製は、全てAKTAprime plusシステム(GEヘルスケア・バイオサイエンス社)を利用して実施した。また、本実施例で得られるGST切断後の各々のタンパク質に関して、N末端側にベクターpGEX−6P−1由来のGly−Pro−Leu−Gly−SerがN末端側に付加された配列となる。水不溶性担体への固定化に十分な量のペプチドは、培養スケールサイズを大きくすることで取得した。
実施例2: ペプチドのIgG−Fabへの親和性評価
(1) IgG由来Fabフラグメント(IgG−Fab)の調製
ヒト化モノクローナルIgG製剤を原料として、これをパパインによって、FabフラグメントとFcフラグメントに断片化し、Fabフラグメントのみを分離精製することで調製した。ここでは、抗Her2モノクローナル抗体(一般名「トラスツズマブ」)由来のIgG−Fabの調製方法を示すが、基本的には他のIgG−Fab、例えば、抗TNFαモノクローナル抗体(一般名「アダリムマブ」)由来のIgG−Fabや抗EGFRモノクローナル抗体(一般名「セツキシマブ」)も同様の方法で調製した。
具体的には、ヒト化モノクローナルIgG製剤(抗Her2モノクローナル抗体の場合には、中外製薬社製の「ハーセプチン」)を、パパイン消化用緩衝液(0.1M AcOH−AcONa,2mM EDTA,1mMシステイン,pH5.5)に溶解し、Papain Agarose from papaya latexパパイン固定化アガロース(SIGMA社)を添加し、ローテーターで混和させながら、37℃で約8時間インキュベートした。パパイン固定化アガロースから分離した反応溶液(FabフラグメントとFcフラグメントが混在)から、KanCapAカラム(カネカ社)を利用したアフィニティークロマトグラフィーにより、素通り画分でIgG−Fabを回収することで分離精製した。分取したIgG−Fab溶液を、Superdex 75 10/300 GLカラム(平衡化および分離には標準緩衝液を使用)を用いたゲルろ過クロマトグラフィーにて精製し、IgG−Fab溶液を得た。なお、実施例1(1)と同様に、クロマトグラフィーによるタンパク質精製は、AKTAprime plusシステムを利用して実施した。
(2) 各種SpG−β1変異体のIgG−Fabに対する親和性の解析
表面プラズモン共鳴を利用したバイオセンサーBiacore3000(GEヘルスケア・バイオサイエンス社)を用いて、実施例1(2)で取得したGST融合型の各種SpG−β1変異体のIgG−Fabとの親和性を解析した。本実施例では、実施例2(1)で取得したIgG−Fabをセンサーチップに固定化し、各種ペプチドをチップ上に流して、両者の相互作用を検出した。IgG−FabのセンサーチップCM5への固定化は、N−ヒドロキシスクシンイミド(NHS)とN−エチル−N’−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩(EDC)を用いたアミンカップリング法にて行い、ブロッキングにはエタノールアミンを用いた(センサーチップや固定化用試薬は、全てGEヘルスケアバイオサイエンス社製)。IgG−Fab溶液は、固定化用緩衝液(10mM AcOH−AcONa,pH4.5)を用いて10倍程度に希釈し、Biacore 3000付属のプロトコルに従い、センサーチップへ固定した。また、チップ上の別のフローセルに対して、EDC/NHSにより活性化した後にエタノールアミンを固定化する処理を行うことで、ネガティブ・コントロールとなるリファレンスセルも用意した。各種SpG−β1変異体は、ランニング緩衝液(20mM NaH2PO4−Na2HPO4,150mM NaCl,0.005% P−20,pH7.4)を用いて、0.1〜100μMの範囲で適宜調製し、各々のペプチド溶液を、流速40μL/minで60秒間センサーチップに添加した。測定温度25℃にて、添加時(結合相,60秒間)、および、添加終了後(解離相,60秒間)の結合反応曲線を順次観測した。各々の観測終了後に、20mM NaOH(30秒間)を添加してセンサーチップを再生した。この操作は、センサーチップ上に残った添加ペプチドの除去が目的であり、固定化したヒトIgGの結合活性がほぼ完全に戻ることを確認した。得られた結合反応曲線(リファレンスセルの結合反応曲線を差し引いた結合反応曲線)に対して、システム付属ソフトBIA evaluationを用いた1:1の結合モデルによるフィッティング解析を行い、ヒトIgGに対する結合定数(KA=kon/koff)を算出した。結果を表1に示す。
表1に示した結果の通り、本発明においてFab領域結合性ペプチドとして使用する変異体は、野生型と比較して、IgG−Fabへの結合定数が向上していること、すなわちIgG−Fabへの結合力が強くなっていることを確認した。具体的には、野生型SpG−β1のFab領域に対する結合定数は10
5M
-1レベルであったのに対して、本発明に係るSpG−β1変異体のFab領域に対する結合定数は10
6M
-1以上であった。また、2種類のIgG−Fabに対する結合力が向上する傾向が似ていることより、本発明に係る変異体は、IgG−Fabの抗原結合領域、すなわち抗体の種類によって配列が大きく異なる部分ではなく、定常領域など様々な抗体で共通の領域に対して結合していると考えることができる。従って、上記結果は、本発明に係る変異体のアフィニティーリガンドとしての汎用性の高さを裏付ける結果と捉えることができる。
GST−SpGβ1−Wild.1dに対して、GST−SpGβ1−K13T.1dが2倍以上のIgG−Fab結合力を示していることから、変異K13Tは、単独でIgG−Fab結合力向上に寄与する変異であるといえる。その他、変異F30Lが複数の変異体で見られるので、今回の変異体に導入された変異の中で、K13T以外では、変異F30LがIgG−Fab結合力向上に特に寄与が大きい可能性がある。
実施例3: 各種SpG−β1変異体のIgG−Fabに対する親和性の解析
上記実施例2の実験と同様にして、GST融合型の各種SpG−β1変異体のIgG−Fabに対する親和性を測定した。IgG−Fabについては、上記実施例2の実験において、1種類のIgG−Fabで見た結果について、他の種類のIgG−Fabでも概ね同様の傾向が見られることを確認したので、1種類のみについて実験を行った。結果を表2に示す。
表2に示した結果の通り、GST−SpGβ1−K13T/F30L/D36G.1dは、GST−SpGβ1−Wild.1dと比較して、IgG−Fabへの結合力が6倍程度であった。この結果は、上記実施例2の実験では5倍程度であったことに矛盾しないといえる。なお、センサーチップ上のIgG−Fabの繰り返し再生に伴う劣化や、濃度調整等のマニュアル操作に伴う誤差によって、実験間でこの程度の結合パラメータの数値上のズレが生じるのは自然なことといえる。
また、変異K13Tについては、先と同様にIgG−Fab結合力向上への高い寄与が見られ、変異K13Sも近い効果があると考えられる。また、変異F30L、変異E19IおよびE19Vも、IgG−Fab結合力が5倍以上を示す変異体に概ね共通して見られる変異であり、IgG−Fab結合力向上への寄与が高いといえる。特に、変異K13TおよびK13Sと協奏的に、IgG−Fab結合力向上へ寄与しているともいえる。
実施例4: 各種SpG−β1変異体のIgG−Fabに対する親和性の解析
上記実施例3の実験と同様にして、SpG−β1変異体のIgG−Fabに対する親和性を測定した。この実験では、GSTを切断したGST切断型(Pep−)で測定を実施した。また、1ドメイン型(Pep.1d)だけでなく、C末端にCysが結合した1ドメイン型(Pep.1dC)とC末端にCysが結合した2ドメイン型(Pep.2dC)を用いて実験を行った。その結果を表3に示す。
表3に示した結果の通り、これまでと同様に、本発明によって得られた変異体は、野生型に比べて優位に高いIgG−Fab親和性を示した。なお、GSTを切断したPep−SpGβ1−Wild.1dは、GST−SpGβ1−Wild.1dと比較して、解離速度定数が大きいために結合定数が小さくなっている。アフィニティーリガンドとして工業的に生産することを意識した場合、GSTを融合する必要性は特にないので、このGSTを切断した条件での比較の方が実使用条件に近い条件での比較であると言える。
Pep−SpGβ1−K13T/E19I/V21D/T25M/F30L/Y33F/N35F/D47A.1dは、実施例3のときと同様に、Pep−SpGβ1−Wild.1dに比べて有意に高いIgG−Fab親和性を示した。その親和性の向上は、GSTを切断したPep型の場合、結合定数にして30倍近い値となった。
また、本発明で得られた別の変異体であるPep−SpGβ1−K13T/T18A/E19I/V21A/K28I/F30L/Y33F/V39I.1d、および、Pep−SpGβ1−K10R/K13T/T18A/E19I/V21D/T25M/F30L/Y33F/N35F/D47A.1dも、Pep−SpGβ1−Wild.1dに比べて有意に高いIgG−Fab親和性を示した。
さらに、Pep−SpGβ1−K10R/K13T/T18A/E19I/V21D/T25M/F30L/Y33F/N35F/D47A.1dは、Pep−SpGβ1−Wild.1dに比べて、80倍以上高い結合定数を示しており、KAにして107M-1オーダーを示した。表3のプロテインG変異体において、前述したK13TとF30Lの変異に加えて、E19IおよびY33Fの変異が共通して見られるので、19位および33位への変異、特にE19IおよびY33FもIgG−Fabへの結合能向上に寄与する可能性がある。
1ドメイン型でC末端にCysを結合させたコンストラクトで比較した際も同様の結果となった。2ドメイン型でC末端にCysを結合させたコンストラクトで比較した際も同様の結果となったが、Pep−SpGβ1−K10R/K13T/T18A/E19I/V21D/T25M/F30L/Y33F/N35F/D47A.2dCは、Pep−SpGβ1−Wild.2dCに比較して200倍以上高い結合定数を示した。
参考までに、同じタイプのコンストラクト(Pep.1dまたはPep.2dC)を用いて、同じタンパク質濃度(2μM)における、野生型SpG−β1と、K10R/K13T/T18A/E19I/V21D/T25M/F30L/Y33F/N35F/D47Aの抗TNFαモノクローナル抗体のIgG−Fabに対するビアコア結合反応曲線を重ねて比較したチャートを図2と図3として示す。図2と図3のとおり、ドメイン単量体型ペプチドでもドメイン二量体型ペプチドでも、本発明に係る変異型ペプチドは、野生型SpG−β1に比べ、Fab領域に対して高い結合能を有することが分かる。
実施例5: Fab結合性ペプチドのIgG−Fabに対する親和性の解析
上記実施例4の実験と同様にして、配列番号90に示すペプチドのIgG−Fabに対する親和性を測定した。この実験では、GSTを切断したGST切断型で測定を実施した。親和性の評価も基本的には実施例2の(2)と同様である。ただし、ペプチド溶液の濃度は、25nM、100nM、400nMとした。解析結果を表4に示す。
表4に示した通り、異なるIgG−Fabに対しても実験を行った結果、配列番号86のアミノ酸配列にE15Yの変異を導入した配列番号90のアミノ酸配列を有するペプチドは、IgG−Fabに対して10
7M
-1以上という高い結合定数を示した。この結果から15位へのアミノ酸変異、特にE15YもIgG−Fab結合能向上に寄与する変異である可能性がある。このように、配列番号90のアミノ酸配列を有するペプチドについても、Fabに対する結合は、抗原結合部位とは異なる部位で同じ様式で結合していると考えられる。本結果は該ペプチドの汎用性が高いことを示すデータであると捉えることも可能である。
なお、以降の実施例では、Fab領域に対する結合定数を求めていない。しかし、代表的なSpG−β1変異体を選んで実験を実施しており、また、上記実施例1〜5に示したアミノ酸配列を有するSpG−β1変異体のFab領域に対する結合定数はいずれも106M-1以上であることから、以降の実施例で用いたSpG−β1変異体も、同様の結合定数を示すと推測される。
実施例6: Fab領域結合性ペプチド固定化担体の作製
配列番号3、86、88、90のアミノ酸配列の2ドメイン型にC末端Cysを付与したコンストラクトのFab領域結合性ペプチドを、市販の水不溶性担体へ固定化した。この際、マレイミド−Cys結合を利用した。
まず、市販のNHS活性化プレパック担体(GEヘルスケア社,「HiTrap NHS−Activated HP」,1mL)に、氷冷した1mM塩酸(2mL)を1mL/min程度の流速で流す操作を3回行い、担体内のイソプロパノール溶液を除去した。別途、N−[ε−Maleimidocaproic acid]hydrazide・TFA(EMCH,サーモフィッシャーサイエンフィティック社)をカップリング緩衝液(20mM NaH2PO4−Na2HPO4,150mM塩化ナトリウム,pH7.2)に10mMの濃度で溶解し、当該溶液(1mL)を担体に流し、25℃で1時間静置した。その後、洗浄緩衝液A(0.5Mエタノールアミン,0.5M塩化ナトリウム,pH7.2)を5mL、カップリング緩衝液を5mL、洗浄緩衝液Aを5mLの順で1mL/min程度の流速で流し、担体を洗浄した後、25℃で15分間静置した。さらにカップリング緩衝液(5mL)を1mL/min程度の流速で流し担体を洗浄した。ここまでの操作で担体にマレイミドを付与した。
次にマレイミドを付与した担体にFab領域結合性ペプチドを固定化する操作を行った。固定化に使用する前に、Fab領域結合性ペプチドは、100mM DTT条件下で還元し、さらに脱塩カラム(GEヘルスケア社,「HiTrap Desalting」)によるDTTの除去と、カップリング緩衝液へ緩衝液交換をするという前処理を行った。マレイミドを付与した担体に、Fab領域結合性ペプチド溶液を1mL/min程度の流速で流した後、担体を25℃で2時間静置した。その後、6mLのカップリング緩衝液を担体に流し、未反応Fab領域結合性ペプチドを回収した。その後、洗浄緩衝液B(50mM L−システイン,100mM NaH2PO4−Na2HPO4,0.5M塩化ナトリウム,pH7.2)を5mL、カップリング緩衝液を5mL,洗浄緩衝液Bを5mLの順で1mL/min程度の流速で流して担体を洗浄した後、25℃で15分間静置した。さらに、カップリング緩衝液(5mL)を1mL/min程度の流速で流し担体を洗浄した。その後、超純水で担体内を置換し、さらに20%エタノールで保存してFab領域結合性ペプチド固定化担体作製を完了した。
回収した未反応Fab領域結合性ペプチドの280nmの吸光度を分光計で測定し、アミノ酸配列から算出した吸光係数から未反応Fab領域結合性ペプチドの量を算出した。Fab領域結合性ペプチドの仕込み量と算出した未反応Fab領域結合性ペプチドの量の差と、ペプチド固体化後における担体の体積からFab領域結合性ペプチドの固定化量を算出した。表5に固定化収率をまとめた。
実施例7: Fab領域結合性ペプチド固定化担体のFabに対するリガンド密度あたりの結合容量評価
上記実施例6で作製したFab領域結合性ペプチド固定化担体のリガンド密度あたりのFab結合容量を評価するために、担体No1、No3、No4,No6について、アフィニティークロマトグラフィー実験によるFabに対する55%DBC(疑似静的結合容量)測定を行った。Fabとしては、実施例2の(1)で調製した抗TNFα抗体―Fabを平衡化緩衝液(20mM NaH
2PO
4−Na
2HPO
4,150mM塩化ナトリウム,pH7.4)で1mg/mLの濃度に調整した溶液を用いた。また、クロマトシステムAKTAprime plus(GEヘルスケア社)のセルを、この溶液が100%通過しているときのAbs
280(100% Abs
280)をあらかじめ測定した。なお、評価したFab領域結合性ペプチド固定化担体(1mL)はφ0.7×2.5cm=0.96mLなので、一連の操作では1mLを1CVとした。
クロマトシステムAKTAprime plusにFab領域結合性ペプチド固定化担体を接続し、流速1.5mL/minで平衡化緩衝液(20mM NaH2PO4−Na2HPO4,150mM塩化ナトリウム,pH7.4)を3CV流して平衡化した。次に、流速0.3mL/minでFab溶液を流し、モニタリング吸光度が100%Abs280の55%を超えるまで続けた。その後、流速0.3mL/minで平衡化緩衝液を10CV流し、続いて、溶出緩衝液(50mMクエン酸,pH2.5)を3CV流し、Fabを溶出した。モニタリング吸光度が100% Abs280の55%を超えたときまでに流したFabの総量をFab55%DBC(疑似静的結合容量)とした。各担体の55%DBCの値をリガンド固定化量で割った値を、リガンド密度当たりの結合容量として結果を表6に示す。
表6に示すように、野生型プロテインGと比較してFab領域に対する親和力が高い配列番号86、88、90のペプチドの2ドメイン型をリガンドとして固定化した担体は、野生型プロテインGと比較して、リガンド密度あたりの結合容量が優位に向上するという結果が得られた。この結果は、Fab領域に対して高い親和力を有するFab領域結合性ペプチドをリガンドとして固定化したアフィニティー分離マトリックスは、Fab領域含有ペプチドに対して高い結合容量を有することを示している。
実施例8: Fab領域結合性ペプチド固定化担体のFab保持性能評価
上記実施例6で作製したFab領域結合性ペプチド固定化担体のFab保持性能を評価するために、Fabを担体に負荷し、洗浄した後のFab回収率の測定を行った。Fabとしては、上記実施例2の(1)で調製した抗TNFα抗体−Fabを平衡化緩衝液(20mM NaH2PO4−Na2HPO4,150mM塩化ナトリウム,pH7.4)で1mg/mLの濃度に調整した溶液を用いた。各担体へのFab負荷量は、各担体の55%DBCの50%量とした。
まず、各担体へ負荷するFab負荷量を設定するために、上記実施例7と同様にして各担体の55%DBCの評価を行った。参考として、市販のプロテインG担体(GEヘルスケア社 HiTrap Protein−G HP)についても同様の評価を実施した。その結果を表7に示す。
表7の結果を元にして、各担体のFab負荷量を決定した。例えば、担体No.1の55%DBCは10.4mg/mL−gelなので、担体No.1へのFab負荷量は5.2mgとした。
また、クロマトシステムAKTAprime plusにFab領域結合性ペプチド固定化担体を接続し、流速1.5mL/minで平衡化緩衝液(20mM NaH2PO4−Na2HPO4,150mM塩化ナトリウム,pH7.4)を3CV流して平衡化した。次に、流速0.3mL/minで上述のように各担体それぞれに設定したFab溶液を流した。その後、流速0.3mL/minで平衡化緩衝液を40CV流し、続いて、溶出緩衝液(50mMクエン酸,pH2.5)を8CV流してFabを溶出した。この一連の操作で得られたクロマトチャートを、AKTAprime plusに付属のパソコン内で使用できる解析ソフトPrime View Evaluationにて解析し、Fab漏出エリア面積とFab溶出エリア面積を算出した。算出したFab漏出エリア面積とFab溶出エリア面積を足し合わせた全エリア面積に対するFab溶出エリア面積の割合を、回収率として算出した。本測定結果を表8に示す。
回収率は、Fabを担体に負荷し、洗浄した後も担体内に残存していたFabの割合を示すものであり、回収率が高いほど洗浄時にFabの漏出が低い、すなわちFabの保持性能が高いことを示す。
表8の結果が示すように、野生型SpG−β由来のペプチドをリガンドとする担体No.1と、同程度のリガンド密度を有するNo.4およびNo.6のFab領域結合性ペプチド固定化担体とを比較すると、Fab領域への結合力が高い本発明に係るリガンドを有する担体は、回収率が飛躍的に向上する、すなわち保持性能が向上することが示された。また、同じFab領域結合性ペプチドであっても、リガンド密度が高い方が、回収率が向上することが明らかとなった。また、このリガンド密度増大によるFabの回収率向上すなわち、Fabの保持性能向上の効果は、配列番号3、配列番号88、配列番号90の2ドメイン型を固定化した担体でも確認することができ、Fab領域結合性ペプチドのFab親和性の強さが異なっていても有用であることが示された。また、作製したFab領域結合性ペプチド固定化担体は、市販品であるHiTrap Protein−G HP(GEヘルスケア社)と比較して高いFab保持性能を有することも示された。
これらの結果から、Fab領域結合性ペプチドをリガンドとするアフィニティー分離マトリックスにおいて、固定化されたFab領域結合性ペプチドがFab領域への結合力を向上させること、およびリガンド密度を増大させることによって、Fabの保持性能が高いアフィニティー分離マトリックスを作製することが可能であることが示された。
実施例9: Fab領域結合性ペプチド固定化担体の作製
配列番号90のアミノ酸配列に野生型プロテインGのドメイン間リンカー配列およびC末端配列を含めた2ドメイン型および3ドメイン型のコンストラクトのFab領域結合性ペプチドを、市販のアガロース担体へ固定化した。この際、各コンストラクトのC末端に付与したCysとマレイミドとの結合を利用した。
具体的には、まず、市販のNHS活性化担体(GEヘルスケア社「NHS Activated Sepharose 4 Fast Flow」)1.5mLをガラスフィルターに移し、保存溶液であるイソプロパノールを吸引除去した後、氷冷した1mM塩酸(5mL)で洗浄した。続いて、カップリング緩衝液(20mM NaH2PO4−Na2HPO4,150mM塩化ナトリウム,pH7.2)5mLで担体を洗浄した後、カップリング緩衝液に懸濁させながら担体を回収し遠沈管に移した。カップリング緩衝液で溶解し、10mMの濃度に調整したN−[ε−Maleimidocaproic acid]hydrazide・TFA(EMCH,サーモフィッシャーサイエンフィティック社)溶液を担体の入った遠沈管に加え、25℃で1時間反応させた。その後、担体をガラスフィルターに移し、洗浄緩衝液A(0.5Mエタノールアミン,0.5M塩化ナトリウム,pH7.2)を10mL、カップリング緩衝液を10mL、洗浄緩衝液Aを10mLの順で担体を洗浄し、25℃で15分間静置した。さらにカップリング緩衝液(10mL)で担体を洗浄した。ここまでの操作で担体にマレイミドを付与した。
次に、マレイミドを付与した担体にFab領域結合性ペプチドを固定化する操作を行った。Fab領域結合性ペプチドは、固定化に使用する前に実施例6と同様に前処理した。マレイミドを付与した担体を遠沈管に移し、さらにFab領域結合性ペプチド溶液を加えて担体を25℃で2時間反応させた。その後、反応させた担体をガラスフィルターに移し、7mLのカップリング緩衝液で洗浄することで未反応Fab領域結合性ペプチドを回収した。その後、洗浄緩衝液B(50mM L−システイン,100mM NaH2PO4−Na2HPO4,0.5M塩化ナトリウム,pH7.2)を10mL、カップリング緩衝液を10mL,洗浄緩衝液Bを10mLの順で担体を洗浄した後、25℃で15分間静置した。さらに、カップリング緩衝液10mL、超純水10mL、20%エタノール10mLで担体を洗浄した後、20%エタノール担体を懸濁、回収することにより、Fab領域結合性ペプチド固定化担体を得た。
回収した未反応Fab領域結合性ペプチドの280nmの吸光度を分光計で測定し、アミノ酸配列から算出した吸光係数から未反応Fab領域結合性ペプチドの量を算出した。Fab領域結合性ペプチドの仕込み量と算出した未反応Fab領域結合性ペプチドの量の差と、ペプチド固体化後における担体の体積からFab領域結合性ペプチドの固定化量を算出した。表9に各担体のFab領域結合性ペプチド固定化量をまとめた。
実施例10: Fab領域結合性ペプチド固定化担体のFabに対する結合容量評価
上記実施例6で作製したFab領域結合性ペプチド固定化担体のFab結合容量を評価するために、担体No8、No9、No10について、アフィニティークロマトグラフィー実験によるFabに対する55%DBC(疑似静的結合容量)測定を行った。測定は、上記実施例6で作製したFab領域結合性ペプチド固定化担体1mL−gelを、Tricorn 5/50 column (GEヘルスケア社製)に充填して行った。Fabとしては、実施例2の(1)で調製した抗TNFα抗体―Fabを平衡化緩衝液(20mM NaH
2PO
4−Na
2HPO
4,150mM塩化ナトリウム,pH7.4)で2mg/mLの濃度に調整した溶液を用いた。測定方法としては、実施例7と同様に行った。本測定結果を表10に示す。
表10における担体No8とNo10の結果を比較して分かるように、2ドメイン型および3ドメイン型のどちらも高い水準の55%DBCを示した。この結果より、担体に固定化したFab領域結合性ペプチドが、複数のドメインに加え、ドメイン間を連結するアミノ酸配列や、C末端にドメイン以外のアミノ酸配列が付与されたコンストラクトを有するものであっても、担体は高い結合容量を示すことが明らかにされた。また、担体No9の結果から、リガンド密度を増大させることで、非常に高い水準の結合容量を有するアフィニティー分離マトリックスを作製可能ということが示された。
実施例11: Fab領域結合性ペプチド固定化担体の作製
実施例6および実施例9ではアガロース系の担体にFab領域結合性ペプチドを固定化した担体を作製したが、本実施例では、セルロース系の担体へFab領域結合性ペプチドを固定化した担体を作製した。配列番号90のアミノ酸配列に野生型プロテインGのドメイン間リンカー配列およびC末端配列を含めた2ドメイン型にC末端Cysを付与したコンストラクトのFab領域結合性ペプチドを、セルロース担体へ固定化した。セルロース担体としては、結晶性高架橋セルロース(JNC社製,特開2009−242770号公報に記載に方法により得られるゲル)を使用した。この際、Fab領域結合性ペプチド固定化方法として、エポキシ−Cys結合を利用した。
具体的には、上記セルロース担体2mL−gelをガラスフィルターに移し、10mLの超純水で3回洗浄した。その後、担体を遠沈管に移し、所定量の1,4−ビス(2,3−エポキシプロポキシ)ブタンを加え、37℃で30分攪拌した。30分後、最終濃度が1Mとなるように9.2M水酸化ナトリウム水溶液を加え、37℃で2時間攪拌した。担体をガラスフィルターに移し、減圧により反応溶液を除去し、ガラスフィルター上の担体を30mLの超純水で洗浄し、エポキシ化した担体を得た。
エポキシ化した担体1.5mLをガラスフィルターに移し、超純水および固定化緩衝液(150mM NaH2PO4,1mM EDTA,pH 8.5)1.5mLで3回洗浄した。その後、エポキシ化した担体を遠沈管に移し、さらに実施例6と同様に前処理したFab領域結合性ペプチドを添加し、37℃で30分間反応させた。反応後、終濃度が0.9Mになるように硫酸ナトリウム粉末を添加した。硫酸ナトリウム添加後、37℃で2時間反応させた。反応後、担体をガラスフィルターに移し、固定化緩衝液5mLで3回洗浄し、未反応Fab領域結合性ペプチドを回収した。次に、担体を5mLの超純水で3回洗浄した後、チオグリセロール含有不活性化緩衝液(200mM NaHCO3,100mM NaCl,1mM EDTA,pH8.0)5mLで3回洗浄した。担体をチオグリセロール含有不活性化緩衝液に懸濁させ回収した後、遠沈管に移して25℃で一晩反応させた。その後、担体をガラスフィルターに移し、超純水および洗浄緩衝液(100mM Tris−HCl,150mM NaCl,pH8.0)5mLで3回洗浄後、遠沈管に移し、25℃で20分間攪拌した。担体をガラスフィルターに移し、超純水5mLで3回洗浄した。さらに担体を超純水10mLと20%エタノール10mLで洗浄した後、20%エタノールに担体を懸濁させて回収した。
回収した未反応Fab領域結合性ペプチドの280nmの吸光度を分光計で測定し、アミノ酸配列から算出した吸光係数から未反応Fab領域結合性ペプチドの量を算出した。表11に作製した担体のFab領域結合性ペプチド固定化量を示した。
実施例12: Fab領域結合性ペプチド固定化担体のFabに対する結合容量評価
実施例11で作製したFab領域結合性ペプチド固定化担体No.11について、2種類のFabに対する結合容量の評価を行った。Fabとしては、実施例2(1)で調製した抗TNFα抗体−Fabを平衡化緩衝液(20mM NaH
2PO
4−Na
2HPO
4,150mM塩化ナトリウム,pH7.4)で1mg/mLの濃度に調整した溶液、および実施例2(1)と同様の方法でヒトポリクローナル抗体(ニチヤク社製「ガンマグロブリン」)から調製したポリクローナルFabを平衡化緩衝液(20mM NaH
2PO
4−Na
2HPO
4,150mM塩化ナトリウム,pH7.4)で1mg/mLの濃度に調整した溶液を用いた。ただし、ヒトポリクローナル抗体は、Protein A担体への非吸着成分を含むため、実施例2(1)のパパイン消化の前に、KANEKA KanCapAカラム(カネカ社製)を利用したアフィニティークロマトグラフィーにより、吸着成分のIgGを回収し、回収したIgGについてパパイン消化を行った。また、参考例として市販のプロテインG担体(GEヘルスケア社製「Protein−G Sepharose FF」)1mL−gelを用いた。
クロマトシステムAKTAavant 25に1mL−gelの担体を充填したTricorn 5/50 column(GEヘルスケア社製)を接続し、流速0.25mL/minで平衡化緩衝液(20mM NaH2PO4−Na2HPO4,150mM塩化ナトリウム,pH7.4)を3CV流して平衡化した。次に、流速0.25mL/minでFab溶液を流し、モニタリング吸光度が100%Abs280の55%を超えるまで続けた。その後、流速0.25mL/minで平衡化緩衝液を10CV流し、続いて、溶出緩衝液(50mMクエン酸,pH2.5)を3CV流し、Fabを溶出した。モニタリング吸光度が100%Abs280の55%を超えたときまでに流したFabの総量をFabに対する55%DBCとした。本測定結果を表12に示す。
担体No.11は、実施例11までの水不溶性担体とは異なる素材の担体であり、またFab領域結合性ペプチドの固定化方法も異なる。しかしながら表12の結果から、担体No.11はヒトポリクローナルFabおよび抗TNFα抗体−Fabに対する高い結合容量を有しており、市販プロテインG担体と比較しても高い水準であることを確認した。また本結果は、本発明のFab領域結合性ペプチドを固定化したアフィニティー分離マトリックスが、幅広い種類のFabに対して高い結合容量を有し、汎用性が高いことを示すデータであるともいえる。
実施例13: 大腸菌培養上清に含まれるFabの精製
担体No11を用いて、夾雑物を含む溶液中のFabを精製可能か確認した。夾雑物を含む溶液として、大腸菌の細胞破砕液を使用した。具体的には、pUC系のプラスミドを用いて大腸菌(タカラバイオ社製「HB101」)を形質転換し、形質転換体を2YT培地で37℃にて終夜培養した菌体を回収し、回収した菌体をソニケーターで破砕し、さらに遠心分離により得た上清を夾雑物含有溶液とした。得られた夾雑物含有溶液に、最終濃度1mg/mLとなるように抗TNFα抗体−Fabを添加し、以降の測定に用いた。
クロマトシステムAKTAavant 25に1mL−gelの担体No.11を充填したTricorn 5/50 columnを接続し、平衡化緩衝液(20mM NaH2PO4−Na2HPO4,150mM塩化ナトリウム,pH7.4)を3CV流して平衡化した。次に、上記Fabを含む夾雑物含有溶液を12.4mL流した。その後、平衡化緩衝液を10CV流し、続いて、溶出緩衝液(50mMクエン酸,pH3.0)を3CV流し、Fabを溶出した。さらに平衡化緩衝液を3CV流した後、強洗浄溶液(50mMクエン酸,pH2.5)を10CV流した。最後に平衡化緩衝液を5CV流して精製を終了した。クロマトチャートを図4に示す。流速は全ての工程で0.25mL/minとした。また、各工程の溶液はそれぞれ回収し、SDS−PAGE解析に用いた。ただし、溶出工程および強洗浄工程の溶液はNaOH溶液で中和して用いた。
上記で得た各回収溶液について、電源搭載型ミニスラブ電気泳動槽パジェラン(アトー社製)に15%ポリアクリルアミド・プレキャストゲル(アトー社製「e・PAGEL」)を用いて、付属のマニュアルに従いSDS−PAGEを行った。サンプルは全て還元処理をした。染色処理および脱色処理後の電気泳動ゲルの写真を図5に示す。
図5からわかるように、担体No.11に負荷している時の画分、および洗浄の画分ではFabの成分が存在せず、Fabの漏出がないことを確認した。また溶出の画分で純度の高いFabを回収できていることを確認した。この結果より、本発明のFab領域結合性ペプチドを固定化したアフィニティー分離マトリックスを用いた精製により、ワンステップで簡便に純度の高いFabを取得可能であることが示された。さらに、Fab領域を含む抗体断片の分離や精製においても、実用的に使用可能であることが期待される。