特許文献1に開示された装置を利用するためには、B−H曲線を求めなければならないため、鋼板を飽和磁化の状態にする必要がある。従って、B−H曲線の一ループを描くための時間を要するため、評価に時間がかかるという問題がある。また、特許文献1には、試料を測定する手段が明示されていない。従って、特許文献1は、サブミリメートルのオーダーという微小領域を測定するという技術思想に対する示唆がない。なお、光学的な磁歪測定についての記述があるが、特許文献1に開示された方法を利用すると、試料表面に対して垂直な方向の歪しか測定できないため、測定対象の歪の自由度が得られないという問題がある。
特許文献2に開示された装置は、鋼板からの漏洩磁場を測定するという漏洩磁束法を測定手段として採用している。従って、該手段を採用するためには、鋼板への印加外部磁場を磁気飽和レベルに近づける必要がある。そのため、残留磁場(外部磁場ゼロ)又は弱い磁場などの印加磁場レベルが異なる場合に、詳細な磁気特性を測定することができないという問題がある。
特許文献3に開示された装置は、超音波の板波モードの音速異方性を利用している。しかしながら、該装置を利用するためには、音速を計測するための十分な伝搬距離が必要であるため、測定値がその距離間の平均値に基づく値となる。従って、該装置を用いてサブミリメートルのオーダーの領域を区別して測定することは出来ない。また、該装置を利用しても、鉄損以外のパラメータ(透磁率又は磁歪)を評価することが困難である。
特許文献4に開示された装置は、結晶粒を測定する方法である。しかしながら、該装置は磁気特性を直接的に評価することが出来ないため、電磁鋼板の特性を十分に評価する装置とはいえない。
特許文献5、及び非特許文献2及び3においては、一般的な磁性体に関する測定方法及び装置が開示されている。しかしながら、一般鋼と比較していわば巨視的ともいえる結晶粒を有する電磁鋼板に特有の性質を踏まえて工夫された評価装置についての開示ないし示唆は何らされていない。
特許文献6には、線状溝形成により磁区細分化処理に関する技術等が開示されているが、その磁区細分化された方向性電磁鋼板の音波を用いた物性評価装置、又はその方法については、何ら開示ないし示唆されていない。
本発明は、上述した各種の課題の少なくとも一部を解決し、電磁鋼板の特性、特に磁区細分化処理加工部分、及び/又は磁区細分化された領域の平均的な磁区幅を評価する非破壊、非接触、かつ高空間分解能の評価装置の実現に大きく貢献し得る。
本発明者らは、特許文献5において開示された測定方法又は装置を電磁鋼板の各種特性を測定する測定装置として確度高く活用するためには、電磁鋼板が備える特徴的な物性又は挙動に合わせた特別な工夫が必要である。
加えて、物理的な手法によって鉄損を低減するための磁区細分化のための加工が施された電磁鋼板については、元々の電磁鋼板自身が備える物性又は挙動に加えて、いわば後発的に形成される磁区細分化がその電磁鋼板に与える影響についても、測定装置として確度高く活用されるための工夫が必要となる。本発明者らは、上述の各知見に基づき、鋭意研究と分析に取り組んだ。
その結果、ある特定の環境下において、外部磁場が印加された状態の、又はそのような外部磁場が印加された後の電磁鋼板に対して音波を照射することが、評価対象(又は被測定対象)である電磁鋼板の物性を、非破壊、非接触、かつ高空間分解能に評価し得ることを確認した。さらに、本発明者らが研究を重ねた結果、磁区細分化のための加工が施された電磁鋼板であっても、そのような処理が施されていない電磁鋼板と同様に、音波の照射によって電磁鋼板の物性を、非破壊、非接触、かつ高空間分解能に評価し得ることを確認した。従って、磁区細分化のための加工が施された領域とそれ以外の領域(磁区が細分化した領域)との差別化が、音波を照射、及びその音波によって被測定対象から発生する電磁波(電磁波信号)の受信によって実現し得ることが明らかとなった。
本発明において特筆すべきは、上述の知見に基づいて本発明者らが更に研究と分析を重ねた結果、大変興味深い次の知見(a)〜(d)が得られたことである。
(a)磁区細分化のための加工が施された電磁鋼板に対して音波を照射することによって被測定対象から発生する電磁波(電磁波信号)を受信すれば、与えられた磁場強度に対応する電磁波の空間分布を測定し得るため、磁区細分化のための加工が施された領域とそれ以外の領域との差別化を実現し得ること。
(b)磁場強度の変化に伴って、上記(a)の電磁波の空間分布に差異が生じること
(c)磁区細分化のための加工が施された領域を、それ以外の領域からより差別化し易い磁場強度が存在し得ること。
(d)上述の各知見(a)〜(c)は、音波発生部(より正確には、音波発生源)が被測定対象である電磁鋼板に対して非接触であっても(仮に、1mm超の距離が離されていても)、実現し得ること。
本発明は、上述する視点及び各々の興味深い知見に基づいて創出された。
また、上述の各知見に加えて、主として次の(1)〜(3)に示す3つの技術的特徴は、音波を照射、及びその音波によって被測定対象から発生する電磁波(電磁波信号)の受信によって実現し得る。
(1)評価対象(又は被測定対象)となる領域の範囲が、非常に微小な領域(例えば、ミリメートル又はサブミリメートルのオーダー)であること
(2)印加する磁場がゼロから飽和レベル未満までの広範囲であること(特に、飽和レベルに対して相当低い値であっても、本願発明の効果が奏され得ること)
(3)評価可能なパラメータとして、ヒステリシス、磁歪定数(及び、磁歪定数に基づいて近似的に算出される圧磁定数)、及び/又は最大磁束密度が含まれ得ること
次に、本発明における電磁鋼板の物性評価を行うための原理、又は電磁鋼板の物性評価を行うための過程について、図1乃至図3を利用して説明する。なお、この物性評価を行うための原理又は物性評価を行うための過程は、磁区細分化のための加工が施された領域にも当て嵌まる。
図1は、本発明を活用した電磁鋼板90の物性評価を実現するための基本的な評価システム1の構成の一例を示す概要側面図である。また、図2の(a)は、図1におけるS領域における電磁鋼板90の一部の断面を拡大した図面であって、特に弾性変形を強調した概念図である。また、図2の(b)は、図1におけるS領域における電磁鋼板90の一部の平面を拡大した図面であって、特に弾性変形を強調した概念図である。なお、図2(a)及び(b)においては、理解を助けるために、磁歪方向が示されている。
この評価システム1は、音波発生源である音波発生部20から照射される音波を、その音波の伝搬媒体30(本願においては、「空気」、「樹脂(例えば、ポリスチレン、エポキシ樹脂、合成ゴム、又は天然ゴム)」、「ゲル材(例えば、ソニコート(商品名)又はパッド状ゲル)」又は、水、あるいはそれらの2種類〜4種類の組み合わせ)を経由して、評価対象となる電磁鋼板90に到達する構成が採用される。換言すれば、本願においては、音波発生部20と電磁鋼板90との間に伝搬媒体30が介在することになるため、いわば、伝搬媒体30が音波発生部20と電磁鋼板90とによって挟み込まれた状態となる。
この評価システム1においては、電磁鋼板90の表面に対して略直交する方向から、特に好ましくは直交する方向から音波が照射される。なお、公知の手段により、音波発生部20から発生する音波を調整することによって、電磁鋼板90の表面に到達したときの照射領域(「焦点の径」又は「スポット径」)を変更することが可能である。従って、当業者であれば、電磁鋼板90の評価対象項目の種類に応じて、又はその他の必要に応じて音波を集束させた上で、電磁鋼板90の評価を行うことができる。一例として、周波数10MHzの音波(いわゆる、超音波)を用いれば、スポット径を約1mm(φ約1mm)に絞ることができる。
ところで、微視的に見れば、音波が照射された領域の少なくとも一部の電磁鋼板90には、音波の圧力によって、微少な歪(弾性変形)が生じることになる。図2の(a)及び(b)に示すように、一般的な弾性体の場合、一方向から圧力が加わると、他の方向(例えば、その圧力が加わった方向に対して直交する方向)にも歪が生じる。従って、電磁鋼板90は、音波が照射されることにより、様々な方向の成分を持つ歪が生じることになる。この歪を利用することにより、電磁鋼板90の物性評価、例えば、ヒステリシス、磁歪定数(及び、磁歪定数に基づいて近似的に算出される圧磁定数)、及び/又は最大磁束密度を評価することが可能となる。
例えば、電磁鋼板90の一部又は全部に歪が生じると、電磁鋼板90の磁気特性が変化する。特許文献1に示す磁気特性の変化の一例においては、磁化曲線が変化することによって、磁化曲線に影響を受ける特性が変化することが示唆されている。
歪が形成されることによって生じる磁化曲線の変化は、電磁鋼板90内の磁束量に変化を与える。図3は、歪が形成されることによって生じる磁化曲線の変化の例を示すグラフである。図3(a)は、変化する前(実線)の磁化曲線(B−H曲線)のグラフの例である。また、図3(b)は、図3(a)の磁化曲線(実線)と、外部から圧力を受けることによって歪が生じたときの磁化曲線(点線)とを表示したグラフの例である。また、図3(c)は、図3(a)の磁化曲線(実線)と、予めバイアス磁化としてHbの磁化力を加えた状態で、外部からの圧力によって歪が生じたときの磁化曲線(点線)と、バイアス磁化とを表示したグラフである。図3(c)に示すように、予めバイアス磁化としてHbの磁化力を加えておけば、磁束量ΔBが、そのバイアス磁化による変化量として表れることになる。
ここで、仮に、音波発生部20から周波数が10MHzの音波を電磁鋼板90に対して照射すれば、ΔBが10MHzの周波数に応じて変化することになる。その結果、電磁鋼板90の表層に磁束が存在している場合、周波数が10MHzの電磁波が、いわゆる磁場源の電波となって電磁鋼板90の表面から発信される。この電波をアンテナ又はコイル、もしくは磁気センサ等の受信部40(評価システム1におけるコイル40(複数設ける場合、コイル40x))を用いて受信することによって、図3(c)に示すようなΔBの値を計測することができる。
一つの基準(換言すれば、参照情報)となる磁化曲線を仮定すれば、Hbを変化させた上でΔBの値を計測することにより、歪が与えられた場合の磁化曲線を推定することが可能となる。その磁化曲線の電磁鋼板90内の分布を調べることにより、電磁鋼板90の物性を評価することが可能となる。
ところで、産業界において要望されている電磁鋼板90は、代表的には次の(A)〜(C)の特性の少なくとも1つ、好ましくは2つ以上を備えている。
(A)低鉄損
(B)高い最大磁束密度
(C)低磁歪
ここで、上述の(A)の鉄損は、「渦電流損」と「ヒステリシス損」とに分類される。「ヒステリシス損」とは、磁化曲線のヒステリシスから求める値であるため、本願発明によって少なくとも「ヒステリシス損」を評価することが可能である。また、上述の(B)の「最大磁束密度」は透磁率と相関があるため、磁化曲線に基づいて「最大磁束密度」を評価することが可能である。また、飽和磁化領域においては、ΔBが小さくなることから、飽和磁化レベルを評価することが可能である。上述の(C)の「磁歪」は、磁化による歪である。歪による磁化は、その逆現象(歪磁)との関係においては、「可逆」現象である。従って、ΔBが小さいということは、歪磁が小さいということに他ならない。つまり、本願発明によって「磁歪」を評価することが可能であるといえる。
また、本願発明においては、上述のとおり、与えられた磁場強度の環境下において、磁区細分化のための加工が施された電磁鋼板に対して音波を照射することによって被測定対象から発生する電磁波を受信すれば、磁区細分化のための加工が施された領域とそれ以外の領域との差別化を実現し得る、電磁波の空間分布を測定し得る。
結晶方位が揃った格子欠陥等の少ない結晶粒内においては大きな磁区(換言すれば、少ない磁壁)が形成され、「ヒステリシス損」が小さくなるため、「鉄損」が低減されることになる。一方、「渦電流損」を低減するためには、磁区の大きさを小さくした方がよい。その結果、「鉄損」を出来るだけ低減するためには、上述の2つの観点のバランスを調整する必要がある。従って、適度な磁区の大きさとなるように加工する手段である磁区細分化処理の状況を測定することは、「鉄損」の適切な評価につながるため、好ましい。
上述の原理、又は想定される理論に基づいて、本願発明の物性評価装置及び物性評価方法は、非破壊、非接触、かつ高空間分解能の、電磁鋼板の特性の測定を実現することができる。
上述の技術的効果の少なくとも1つを奏させるための本発明の1つの物性評価装置は、磁区細分化のための加工が施された電磁鋼板に音波を照射する音波発生部と、その電磁鋼板に対して、ゼロより大きくその電磁鋼板が磁気的飽和となる磁場強度未満の磁場を印加する磁場印加部と、その磁場において、前述の音波によって前述の電磁鋼板から発生する電磁波を受信する受信部と、その受信部によって受信される、前述の磁場強度に対応する前述の電磁波の空間分布を測定する測定部とを備える。
この物性評価装置は、被測定対象となる、磁区細分化のための加工が施された電磁鋼板に対して一定の磁場を印加した状態で、該電磁鋼板に対して音波を照射することにより、その磁場強度に対応する、該電磁鋼板から発せられる電磁波(測定対象信号)の空間分布に関する情報を取得する装置である。その結果、磁区細分化のための加工が施された領域とそれ以外の領域との差別化を実現し得る、電磁波の空間分布を測定し得る。なお、この物性評価装置によれば、印加する磁場として、ゼロから飽和レベル未満までの広範囲の磁場を利用することが可能である。飽和レベルの磁場強度に対して相当低い値であっても、電磁鋼板の特性を適切に評価することが可能である点は特筆に値する。
なお、上述の音波発生部と上述の受信部との相対位置が一定であるその音波発生部に対して、被測定対象である電磁鋼板を相対的に移動させる移動機構をさらに備えることは、該電磁鋼板の測定範囲を格段に広げ得る、及び/又は連続的な測定を簡易に実現し得るため、好適な一態様である。
また、上述の物性評価装置において、上述の磁場印加部から印加される磁場強度を変化させる制御部をさらに備えることは、より確度高く、電磁鋼板における、磁区細分化のための加工が施された領域とそれ以外の領域との差別化を実現し得るため、より好適な一態様である。また、そのような制御部を備えれば、より確度高く、結晶粒径の範囲を把握又は推定することが可能となる。
また、上述の物性評価装置においては、上述の音波発生部から上述の電磁鋼板までの距離を上述の音波が伝搬する時間よりも、その音波発生部から発生するノイズがその音波発生部から上述の受信部までの距離を伝搬する時間が短いことは、より確度高く、高品質な、換言すれば、より物性値が安定した、又は特性の優れた電磁鋼板の物性評価の実現に貢献し得る。
また、本願における「物性」は、例えば、(1)磁気特性、(2)磁気機械特性、あるいは、(3)磁気特性及び/又は磁気機械特性と相関性を有する結晶粒径、結晶粒界、及び/又は結晶方位等の結晶の特性(crystalline property)、(4)結晶粒内の平均的な磁区幅を含む概念である。
本発明の1つの物性評価装置によれば、非破壊、非接触、かつ高空間分解能による、電磁鋼板の物性評価をすることができる。加えて、この物性評価装置によれば、磁区細分化のための加工が施された領域とそれ以外の領域との差別化を実現し得る、電磁波の空間分布を測定し得る。
本発明の実施形態として、物性評価装置及び物性評価方法を、添付する図面に基づいて詳細に述べる。なお、この説明に際し、全図にわたり、特に言及がない限り、共通する部分には共通する参照符号が付されている。また、図中、本実施形態の要素は必ずしも互いの縮尺を保って記載されるものではない。さらに、各図面を見やすくするために、一部の符号が省略され得る。
<第1の実施形態>
本実施形態の電磁鋼板の物性評価装置100について説明する。図4Aは、第1の実施形態の、(a)電磁鋼板の物性評価装置100の構成を示す概要側面図と、(b)物性評価装置100の構成の一部を抜粋した平面図である。また、図4Bは、伝搬媒体30に着目した図4Aの一部の拡大図である。なお、本実施形態においては、物性評価装置100及び物性評価装置100を用いた評価方法の態様及び効果を、電磁鋼板の試料(以下、単に「電磁鋼板」という)90を用いて説明する。
本実施形態の電磁鋼板の物性評価装置100は、電磁鋼板90に音波を照射する音波発生源としての音波発生部20と、電磁鋼板90に対して、ゼロより大きく電磁鋼板90が磁気的飽和となる磁場強度未満の磁場を印加する磁場印加部70と、前述の磁場において、その音波によって電磁鋼板90から発生する電磁波を受信する受信部(例えば、アンテナ又はコイル)40と、を備える。
また、本実施形態の音波発生部20は集束型である音波発生器を採用することができる。加えて、電磁鋼板90に照射する音波のスポット径を異ならせるために、本実施形態の物性評価装置100は、音波発生部20を、電磁鋼板90との距離を変動させる機構によって移動(代表的には、上下移動)させることができる。その結果、電磁鋼板90に照射する音波のスポット径は、サブミリオーダ、又はミリオーダの範囲において異ならせることが可能となる。なお、具体例を挙げれば、10MHzの周波数を採用すれば、電磁鋼板90上において直径が約1mmの音波照射領域を形成することが可能である。
また、物性評価装置100は、後述する図5に示すように、電磁鋼板90が有する結晶(又は結晶粒)及び/又は結晶粒界からの電磁波(測定対象信号)及び/又は該電磁波に基づく空間分布を測定する測定部50と、磁場強度に対応する電磁波(測定対象信号)に基づいて観察像を出力する画像処理部52を備える。
なお、結晶粒径が約20μm又はそれ以下である一般鋼よりもはるかに大きい結晶粒径(例えば、mmオーダーの結晶粒径、より詳しくは、約30μm〜約20mmの結晶粒径)を有する電磁鋼板については、照射する音波の、被測定対象表面における集束スポット径(以下、単に「スポット径」ともいう)と結晶粒径との相関関係を適切に変更又は調整することは、電磁鋼板特有の物性評価に有益である。従って、本実施形態においても、「スポット径」に対して、被測定対象である電磁鋼板90の結晶の粒径が、30分の1〜20倍までの比率に収められることは、電磁鋼板90における磁区細分化処理された領域の物性を確度高く評価することを可能にする観点から、好適な態様といえる。
また、既に述べたとおり、評価対象(又は被測定対象)となる領域の範囲が、非常に微小な領域(例えば、ミリメートル又はサブミリメートルのオーダー)である。そのため、本実施形態における音波の好適なスポット径は、前述の数値範囲に対応するものであれば特に限定されない。但し、上述のとおり、被測定対象である電磁鋼板の特殊性(結晶粒径及び/又は磁区幅など)を考慮すると、好適なスポット径は、約0.5mm以上約50mm以下(より好適には、約1mm以上約30mm以下)である。
ところで、音波を効率よく伝搬させるために、音波発生部20と電磁鋼板90との間に音波の伝搬媒体を介在させることは好適な一態様である。例えば、本実施形態においては、図4Bに示すように、物性評価装置100は、音波発生部20と被測定対象である電磁鋼板90との間に、音波を電磁鋼板90に伝搬させるための伝搬媒体30として、ゲル材31(例えば、ポリスチレン、エポキシ樹脂、合成ゴム、又は天然ゴム)と、平板状の樹脂材32(例えば、ソニコート(商品名)又はパッド状ゲル)とを介在させている。なお、受信する電磁波(測定対象信号)の強度の変化はあるが、伝搬媒体30は、ゲル材31のみ、樹脂材32のみ、又はその他の材質(水、空気)のみ、あるいはそれらの2種類〜4種類の組み合わせであっても、本実施形態の少なくとも一部の効果が奏され得る。また、樹脂材32は、平板状の樹脂材に限定されない。例えば、公知の液体樹脂も、樹脂材32に代用され得る。
また、物性評価装置100は、音波発生部20に対して電磁鋼板90を相対的に移動(最も代表的には平行移動,図4Aにおける(q)の方向)させる移動機構80を備えている。
なお、本実施形態においては、少なくとも電磁鋼板90の物性を評価している間の音波発生部20、すなわち音波発生時の音波発生部20と、受信部40との相対位置が一定に保たれていることが好ましい。また、本実施形態の他の1つの変形例として、相対位置が一定に保たれている音波発生部20及び受信部40が、電磁鋼板90に対して相対的に移動(最も代表的には平行移動,図4Aにおける(p)の方向)する移動機構80も採用することができる。
また、本実施形態においては、磁場印加部70も、少なくとも電磁鋼板90の物性を評価している間は、音波発生部20及び受信部40と、相対的な位置関係を保つように移動(最も代表的には平行移動,図4Aにおける(p)の方向)し得る。但し、磁場印加部70が印加する磁場が十分に広範囲であれば、磁場印加部70が必ずしも移動する必要はない。
また、本実施形態においては受信部40が1つだけであるが、受信部40が2個以上設けられることも採用し得る他の一態様である。加えて、本実施形態においては、受信部40は、水平面に対して約5°〜約15°に傾けて配置されている。従って、受信部40が受ける評価ないし測定対象の信号(例えば、電磁鋼板90からの電磁波信号を含む)が、前述の角度によって影響を受ける可能性があるが、この角度の範囲は、測定対象の信号強度又は外乱(ノイズ)等の事情によって適宜変更され得る。但し、できる限り3軸(X軸、Y軸、及びZ軸)に沿った測定対象信号を受信することを実現する観点から言えば、水平面又は垂直面に対して、約5°〜約15°に傾けて配置されてあることが好ましい。
本実施形態においては、評価対象となる移動式の台60上の電磁鋼板90は、台60の下方に配置された磁場印加部(磁化器)70によって磁化され得る。また、電磁鋼板90を挟んで磁場印加部70と反対側の電磁鋼板90面の上方であって、かつ磁場印加部70の磁極中心線に沿って、音波発生源である音波発生部20が配置される。
ところで、音波発生部20から発生するノイズとしての電磁波が受信部40へ伝搬することを確度高く防ぐために、音波発生部20を収容するとともに下方(電磁鋼板90側)に開口した、一部が金属製の収容部(図示しない)を設けることは好適な一態様である。例えば、電磁鋼板90の上面から音波発生部20までの距離が20mmである場合、電磁鋼板90の上面近くから約10mmまでの高さに至るまで下方が開放されたアクリル製の筐体とし、そのアクリル製の筐体よりも上方には、金属製の筐体が採用されることは、好適な一態様である。なお、金属部分は、そのノイズの遮蔽効果を得るために接地されることが好ましい。
なお、仮に伝搬媒体30が水のような液体であった場合は、受信部40は、伝搬媒体30との接触を確度高く避けるために、カバー(図示しない)内に収容されることが好ましい。カバーの材質は、電磁鋼板90から発生した電磁波を、受信部40に到達するまでに減衰させないようにする観点、又は該電磁波の減衰を抑制する観点から、非金属かつ非磁性であることが好ましい。また、防水性又は防液性を有し、かつ電波を透過する材質が、カバーの材質として好ましい。カバーの好適な材質の具体的な例は、樹脂又はセラミックである。但し、カバーが設けられていない場合であっても、例えば伝搬媒体30の流速を抑えることによって、伝搬媒体30と受信部40との接触を避けることができるように配慮することができる。
上述のように、本実施形態の物性評価装置100は音波を用いるため、音波を効率的に電磁鋼板90に伝える工夫と、評価対象(電磁鋼板90)から発生した電磁波が減衰しないような工夫を施すことは、本実施形態の効果を確度高く奏させる観点から好ましい。
また、本実施形態の物性評価装置100は、移動機構80と、移動機構80の移動速度及び移動位置の制御、音波発生部20と電磁鋼板90との距離の制御を含む各種の制御を行う制御部180を備えている。
本実施形態の移動機構80は、好適には、例えば、磁場印加部70、測定時の音波発生部20、及び受信部40の相対関係を維持しつつ、それらを移動させ得る移動機構、及び/又は台60を移動させ得る移動機構である。測定時以外の時間帯においては、音波発生部20と電磁鋼板90との距離は変動し得る。また、移動機構80として、公知の機構(例えば、ベルトコンベア又は公知の移動ロボットを活用した移動機構)を採用することができる。
また、磁場印加部70の磁場強度の上限は、電磁鋼板90が磁気的飽和となる磁場強度未満であることが好ましい。特に、本実施形態の物性評価装置100においては、磁気的飽和となる磁場強度の4分の3以下、さらに言えば、半分以下であっても、本実施形態の効果が奏される点は特筆に値する。
より好適には、本実施形態の物性評価装置100は、磁場印加部70から印加される磁場強度を変化させる制御部180をさらに備えることができる。磁場印加部70から印加される磁場強度を制御することにより、より確度高く、電磁鋼板90における、磁区細分化のための加工が施された領域とそれ以外の領域との差別化を実現し得る。より具体的には、例えば、レーザー又は電子ビームの照射等によって形成される電磁鋼板90の歪(主として塑性変形)、溝又は傷の有無、あるいはその歪、溝又はその傷の範囲を把握又は推定することが可能となる。また、物性評価装置100は、磁場強度を制御することにより、より確度高く、結晶粒径の範囲を把握又は推定することが可能となる。
なお、制御性の観点から言えば、磁場強度の変動を実現する磁場印加部70の好適な例は、電磁石である。電磁石によれば、電流値を変化させることにより磁場の強さを容易かつ低コストに変化させることができる。
次に、物性評価装置100における音波発生部20及び受信部40に関する各構成間の電気配線について説明する。図5は、物性評価装置における音波発生部20及び受信部40に関する各構成間の配線、並びに測定部50及び画像処理部52を含む配線図(一部回路図)である。
図5に示すように、音波信号処理装置21は、音波発生部20に向けての信号の送出と、音波発生部20が受信した音波信号の信号受信、及びその増幅、並びに検波を含む各種の処理を行う。また、音波信号処理装置21から測定部50内の記録装置STに対してトリガ信号(代表的には、A/D変換装置を開始させる信号)を送信する。なお、音波の受信信号は、音波が電磁鋼板90に対して正常に照射されているか否か、及び電磁鋼板90が微少歪を生じているか否かの確認に用いられ得る。なお、記録装置STが測定部50内に収容されずに測定部50とは別個の構成として配置される場合も採用し得る一態様である。
また、受信部40が受けた信号は、音波信号周波数(例えば、超音波である10MHz)に対して感度が良くなるように、コンデンサ(図5のC1,C2)等を適宜介在させた状態で増幅器41(例えば、40dB低ノイズ増幅器)に入力される。増幅器41の出力信号は、バンドパスフィルタ42によって前述の音波周波数を含む該周波数近傍が選別されることになる。バンドパスフィルタ42の出力信号は、増幅器43(例えば、46dB低ノイズ増幅器:NF回路設計ブロック社製、型式SA−230F5)によって増幅された後、測定部50及び記録装置ST(例えば、A/D変換機能又はソフトウェアを備えるコンピュータ)に送られる。本実施形態においては、記録装置STにおいてデジタルデータとして記録され得る。
より好適な一態様として、記録装置STに向けて送られる入力信号の一部が並列に分岐される、又は一旦記録装置ST内に記録された情報を取り出すことにより、各スポット径(又はある1つのスポット径)に対応する電磁波(測定対象信号)に基づいた観察像を出力する画像処理部52が採用される。例えば、画像処理部52は、前述の各スポット径(又はある1つのスポット径)に対応する電磁波(測定対象信号)の信号と、音波発生部20に対して相対的に移動する電磁鋼板90の位置に関する信号(代表的には、走査信号)とを対応させた観察像を、公知のディスプレー等に出力し、該ディスプレー等に表示させることができる。なお、画像処理部52の代わりに、記録装置STに向けて送られる入力信号の一部が並列に分岐される、又は一旦記録装置ST内に記録された情報を、公知のオシロスコープを用いて観察する、又は公知のデータロガーによって記録することもできる。
上述のとおり、受信部40によって受信される、磁場強度に対応する電磁波に基づいて観察像を出力する画像処理部52を備えることによって、電磁鋼板90が有する様々な径の結晶(又は結晶粒)及び/又は結晶粒界からの電磁波(測定対象信号)及び/又は該電磁波に基づく空間分布を、視覚的に認識することを実現することが可能となる。その結果、磁区細分化のための加工が施された領域とそれ以外の領域との差別化を、視覚的に実現し得る。
なお、受信部40によって受信された信号を測定部50又は記録装置STに提供する提供手段として、公知の有線の又は公知の無線の通信手段(ローカルエリアネットワーク又はインターネット回線に代表される公知の技術を含む)を採用することができる。加えて、本実施形態における上述の信号の測定部50又は記録装置STの記録手段は、ハードディスクドライブ又は光ディスクドライブ等に挿入される光ディスク等の公知の記録媒体に限定されない。例えば、公知の無線の通信手段を利用することにより、測定部50又は記録装置STが配置される場所とは異なる、例えば遠隔地の公知の記録媒体を活用することも、採用し得る一態様である。同様に、電磁鋼板90の物性の測定結果に基づく評価を、測定部50又は記録装置STが配置される場所とは異なる、例えば遠隔地の公知のコンピュータが行うことも、採用し得る他の一態様である。
なお、図4Aに示す制御部180が、図5に示す音波発生部20及び受信部40の上述の各動作(音波の周波数及び受信部の感度を含む)を制御することも、採用し得る本実施形態の一態様である。
また、他の好適な一態様として、物性評価作業者が予め設定した閾値を、受信された電磁波強度が越えた場合に、即時に、スピーカーによる警告音の発生又はディスプレーによる警告画面の表示をすることができる。これらの警告は、評価対象となっている電磁鋼板90が異常な状態である可能性を、例えば電磁鋼板の物性評価作業者に知らせることができるため極めて有益である。その他にも、例えば、物性評価作業者が予め設定した閾値を、受信された電磁波強度が越えた場合に、電磁鋼板90の表面上に、何らかのマーキング(例えば、塗料の塗布等)を施す機構を備えることも、好適な一態様である。
(本実施形態における評価結果の例)
上述の物性評価装置100を採用すれば、ある与えられた磁場において、電磁鋼板90に対して複数のスポット径を与える音波を照射することによって、電磁鋼板90の各種特性を評価するための、該スポット径に対応した各々の信号(電磁波信号)を得ることができる。
[1.観測された信号の一例の分析]
図6は、本実施形態の物性評価装置及び物性評価方法によって観測された信号の例である。図6(a)は、音波発生源である音波発生部20から照射された音波信号を示す。また、図6(b)は、受信部40が受けた信号(測定対象となる、電磁鋼板90からの電磁波信号を含む)を示す。加えて、図6(c)は、図6(b)の一部の拡大図である。
図6(a)に示すように、照射された音波信号は、その照射されたタイミングと、電磁鋼板90によって反射された音波を受けたタイミングとの2箇所に、大きな信号が記録される。また、後者の信号は、音波発生源と電磁鋼板90との間の距離の2倍の距離に音波が届く時間(すなわち、照射された音波の電磁鋼板90までの往復移動時間)に相当するタイミングに観察されている。一方、図6(b)及び(c)に示すように、前述の音波の往復時間に対して約半分となる時刻に測定対象信号が観察されるのは、この測定対象信号が電磁鋼板90から発生する電磁波であるためである。従って、測定対象信号は電磁波(すなわち光)の速度で電磁鋼板90から受信部20にまで送られるため、実質的に、音波発生源からの音波が電磁鋼板90に到達した時刻に測定対象信号が観測されることになる。
本実施形態においては、図6(b)及び(c)に示すように、音波発生部20から電磁鋼板90までの距離を音波が伝搬する時間よりも、音波発生部20から発生するノイズが音波発生部20から受信部40までの距離を伝搬する時間(音波発生直後から約10μ秒間)が短くなっている。そのため、微小な信号といえる測定対象信号(電磁鋼板90からの電磁波信号)がノイズに対して時間的に分離されているため、より確度高く、該測定対象信号の取得が可能となる。特に、本実施形態においては、音波発生部20から電磁鋼板90までの距離を音波が伝搬する時間よりも、音波発生部20から発生するノイズが音波発生部20から受信部40までの距離を伝搬する時間を確度高く短くさせるために、音波発生部20からパルス状の音波を照射している。より具体的には、本実施形態において採用された、1つのパルス状音波の好適な照射時間の例は、0.1μ秒〜0.5μ秒である。
ここで、音波発生部20に対して電磁鋼板90を相対的に移動させる好適な例は、微小な信号といえる測定対象信号が上述のノイズに対して時間的に分離されるように、音波発生部20に対して電磁鋼板90を相対的に移動させることである。さらに好適には、該測定対象信号が上述のノイズに対して時間的に分離されるように、音波発生部20(より具体的には、音波発生源)と電磁鋼板90(より具体的には、測定対象領域であり、最表面に限定されない)との距離を略一定に保ちつつ、音波発生部20に対して電磁鋼板90を相対的に移動させることである。なお、最も代表的には、音波発生部20に対して電磁鋼板90を、相対的に平行移動させる態様が採用される。
なお、音波発生部20に対して電磁鋼板90を相対的に移動させるか否かを問わず、音波発生部20と電磁鋼板90との非接触の状態で電磁鋼板90の物性評価ができる本実施形態の物性評価装置100は、電磁鋼板に実質的に接触させた状態で着磁状態を観察する公知のマグネットビューワ(「マグネットシート」とも呼ばれる)に対して、測定の操作性及び迅速性、及び/又は電磁鋼板の防汚性等に優れていることは明らかである。前述の各観点から言えば、音波発生部20と電磁鋼板90との距離が1mm超であることが好適な物性評価装置100の一態様である。
また、本実施形態の物性評価装置及び物性評価方法の主たる特徴の一つは、その音波の照射領域、換言すれば、電磁鋼板90における評価可能領域の小ささにある。
例えば、集束型の音波発生器を音波発生部20として採用する場合、サブミリオーダの電磁鋼板の特性分布を測定及び評価することが可能となる。他方、本実施形態においては、ミリオーダの電磁鋼板の特性分布を測定及び評価することもできる。
また、磁気的飽和となる磁場強度未満の磁場を印加した場合であっても、ヒステリシス及び/又は透磁率を測定及び評価することが可能であることも、他の公知の測定手段又は測定方法に対して有利である。
ところで、他の公知の測定手段又は測定方法においては、磁化レベルが小さい場合、電磁鋼板90内に磁束がほぼ閉じ込められてしまうため、信号を電磁鋼板90の外部に発信させるためには電磁鋼板90全体にコイルを巻くなどの工夫が必要である。しかしながら、上述のとおり、本実施形態の物性評価装置100においては、非破壊かつ非接触の測定及び評価が可能であるとともに、磁気的飽和となる磁場強度の4分の3以下、さらに言えば、半分以下であっても、本実施形態の効果が奏される。
さらに、本実施形態の物性評価装置100の好適な変形例の1つとして、照射された音波による電磁鋼板90の歪が3次元であることを考慮すれば、電磁鋼板90から発信される電磁波の偏波方向に合わせた位置に受信部40を配置する構成を採用することができる。前述の構成により、磁気特性の異方性を評価することも可能となる。
また、本実施形態とは別に、音波発生部20(より正確には、音波発生源)と電磁鋼板90との距離を変動させる機構が設けられていることは他の好適な変形例の1つである。そのような構成が採用された場合、電磁鋼板90に照射する音波のスポット径は、サブミリオーダ、又はミリオーダの範囲において異ならせることが可能となる。この音波のスポット径の範囲は、被測定対象である電磁鋼板90の特殊性(結晶粒径、結晶粒界、及び/又は磁区幅など)に基づいて電磁鋼板以外の一般的な鋼板とは異なるように定められる。
上述の特徴的な数値範囲のスポット径の変動を与えることにより、電磁鋼板90が有する様々な径の結晶(又は結晶粒)及び/又は結晶粒界からの該各々のスポット径に対応した電磁波(測定対象信号)及び/又は該電磁波に基づく空間分布に、興味深い差異が生じることを、本発明者らは確認している。
[2.1.の測定対象信号の一例を活用した二次元マップの例]
図7は、X線を用いて電磁鋼板90の結晶方位を分析した結果の二次元マップ(参照データ)と、上述した本実施形態の評価結果の一例とを比較する図である。なお、結晶方位に関する参照データを取得した装置は、株式会社リガク製、ラウエ法自動単結晶方位測定装置(型式:RASCO−L)である。
図7に示すように、本実施形態の評価結果と電磁鋼板90の結晶方位又は結晶粒径とは、かなり高い相関性を有していることが明らかとなった。ここで、「鉄損」は、電磁鋼板90の結晶方位の分布及びヒステリシス損と相関があると言われている(例えば、掲載誌「金属」,Vol.65,No.3,pp75−77「鉄鋼材料 電磁鋼板」,江見俊彦 著)。
また、「鉄損」を低減させるためには、電磁鋼板90の深さ方向に適切な磁気ループを作るために磁化しやすい結晶軸(容易軸)が、電磁鋼板90の表面に対してある程度の角度(β角)だけ傾いていた方が良い。本発明者らの研究と分析によれば、β角分布と結晶粒径分布との相関性が高いという知見が得られている。なお、本願において「β角」とは、結晶の<100>軸における、平板状の鋼板の板面からの仰角を意味する。従って、本実施形態の評価結果と電磁鋼板90の結晶方位又は結晶粒径との相関性の高さを踏まえれば、本実施形態の物性評価装置及び物性評価方法によって、β角分布、ひいては「鉄損」を評価することが可能であることが示されたことは大変興味深い。
次に、図8Aは、本実施形態の物性評価装置100によって、電磁鋼板90から得られた測定対象信号の強度に基づく、電磁鋼板90の平面視によるマップ、すなわち二次元(X−Y平面)マップの例である。図8Aにおいて測定された電磁鋼板90は、予め、電子ビーム照射による線状歪形成により、磁区細分化処理が施されている。
なお、図8Aに示す二次元マップは、電磁鋼板90の表面における、縦50mm、横50mmからなる正方形の領域の電磁波(測定対象信号)の強度分布(空間分布を含む)を示している。なお、本実施形態においては、被測定対象である電磁波の強度を所定の時間積算した値を採用する。その結果、図8Aにおけるグレースケールの濃淡の分布は、照射された音波によって形成された歪による、磁性変化の大きさを二次元的に示している。また、図8Bは、図8Aの比較例としての、マグネットビューワによって得られた平面写真(図8Aと同じ領域)である。
図8A及び図8Bを分析することにより、大変興味深い知見が得られた。具体的には、図8Aのグレースケールの濃淡からは、相対的に薄い直線状の領域を複数観察することができた。加えて、約10mm程度の粒径の結晶領域が確認された。一方、図8Bの平面写真においては、磁区細分化処理のために、電子ビーム照射によって形成された線状歪を確認することができた。その結果、図8Aにおいて観察された直線状の領域は、図8Bにおいて観察される線状歪と対応していることが明らかとなった。
なお、結晶粒界内においては磁壁が形成されている可能性があるため、図8Aは、その磁壁に基づく電磁波(測定対象信号)が受信された結果が反映されていることも考えられる。従って、磁区細分化処理による線状歪が、該処理によって新たに形成された結晶粒界内における磁壁(磁区幅)に影響を与えたことによって、図8Aに見られる顕著な濃淡(代表的には、直線状の薄い領域)を確認することができたことを示唆している。
上述のように、物性評価装置100は、電磁鋼板90の結晶(結晶粒)及び/又は結晶粒界とともに、又はそれらの代わりに、該結晶粒内が1つ又は複数有している磁壁(磁区幅)の情報を取得する可能性を示唆している。換言すれば、物性評価装置100は、該結晶粒内での平均的な磁区幅の情報を取得する可能性を示唆している。従って、多面的な視点から、電磁鋼板90の結晶の状態を測定することが可能となったことは特筆に値する。
[3.電磁鋼板の結晶方位と、本実施形態の評価結果との相関性]
本発明者らは、さらに、評価対象である電磁鋼板90の結晶方位と、上述の2.において得られた本実施形態の評価結果との相関性について調べた。
なお、参照データを取得するために用いられたX線による評価装置及び評価方法には、(1)該装置自身が大きい、(2)測定するための試料を電磁鋼板から切り出し、管理された該装置内に配置する必要がある、及び(3)X線を用いるために電磁鋼板の極めて表面のみしか測定することができない、という問題点がある。しかしながら、本実施形態の物性評価装置及び物性評価方法によれば、上述の(1)〜(3)の問題を解消し得る。特に、わざわざ測定するための試料を電磁鋼板から切り出す必要がない点は、特筆に値する。加えて、電磁鋼板90の特性は、ごく表面のみならず、磁束が生じ得る厚み方向の情報を取得しなければ確度の高い評価ができないため、X線による評価に比べてより深部の情報を取得し得る、本実施形態の物性評価装置及び物性評価方法は非常に有利である。
[4.X線を用いて分析した結果の二次元マップと、本実施形態の評価結果との相関性]
本発明者らは、さらに、評価対象である、磁区細分化のための加工が施された電磁鋼板90について、X線を用いて分析した結果の二次元マップと、本実施形態の評価結果との相関性について調べた。
図9は、本実施形態における、電磁鋼板90の結晶方位を、X線を用いて分析した結果の二次元マップ(参照データ)と、本実施形態の評価結果(図8A)とを比較する図である。
図9に示すように、参照データであるX線による二次元マップにおいて、図8A(本実施形態)の線状歪と考えられる薄い領域に対応した濃淡の画像が確認された。加えて、線状歪以外についても、図8Aのグレースケールの濃淡とほぼ一致した、参照データの領域の濃淡を確認することができた。さらにいえば、その鮮明さはX線による二次元マップを超えるものであるといえる。従って、本実施形態によれば、磁区細分化のための加工が施された領域以外の領域の、結晶粒径、結晶粒界、及び/又は磁区幅についても、磁区細分化のための加工が施された領域と区別した上で、X線による二次元マップよりも詳しく評価をすることが可能であることを確認することができた。
[5.印加する磁場の強度変化と測定対象信号の強度変化との相関性]
本発明者らは、磁場印加部70によって印加する磁化の強さを変化させたときに、電磁鋼板90から得られる測定対象信号の強度が変化するか否かについて調べた。その結果、さらに興味深い知見が得られた。
具体的には、磁場印加部70の一例である電磁石によって印加する磁場の強さ(電流値)を変化させたとき、電磁鋼板90からの測定対象信号が、電流値が0A超0.20A以下、より特定すれば、0.02A超0.15A以下、さらに特定すれば、0.02A超0.14A以下という、非常に小さい電流値にもかかわらず、測定対象信号の大きな変化が確認された。この調査により、測定対象信号である電磁波の強度は、電磁鋼板90のB−H曲線の変化に対応することが明らかとなった。なお、本実施形態における電磁鋼板90を磁気的飽和にするための磁場強度、すなわち電流値は、0.28A以上であるといえる。従って、上述のとおり、本実施形態の物性評価装置及び物性評価方法を用いれば、いわゆる弱磁場(磁気的飽和となる磁場強度の半分以下又は半分未満)の印加であっても、電磁鋼板の特性を評価することが可能であることが確認された。
<第1の実施形態の変形例>
ところで、第1の実施形態においては、音波発生部20のみが移動する移動機構によって、被測定対象である電磁鋼板90と音波発生部20との相対距離を変動させているが、第1の実施形態はそのような態様に限定されない。
例えば、電磁鋼板90を載置する台60のみが、例えば上下方向に移動する移動機構によって、被測定対象である電磁鋼板90と音波発生部20との相対距離を変動させる態様も、採用し得る変形例の一つである。また、音波発生部20と台60との両方が、例えば上下方向に移動する移動機構によって、被測定対象である電磁鋼板90と音波発生部20との相対距離を変動させる態様も別の変形例として採用し得る。
<第2の実施形態>
本発明者らは、磁場印加部70によって印加する磁化の強さを変化させたときに、磁区細分化のための加工が施された電磁鋼板90においてどのような測定対象信号の強度変化が生じるかについて調べた。
図10は、第1の実施形態の物性評価装置100の磁場印加部70によって印加する磁場の強さ(電流値)を、第1の実施形態の測定条件から変化させたときの、図8Aに相当する二次元マップの他の例である。なお、第1の実施形態における磁場強度は、0.1Aであったが、本実施形態の磁場強度は、0.08Aである。
図10を図8Aから明らかなように、図10に示される二次元マップにおける線状歪と考えられる薄い領域を、図8Aのそれと比較して、より鮮明に観察することができる。従って、本実施形態の物性評価装置100による物性評価は、磁場の強度を変動させることによって、特に、磁区細分化のための加工が施された領域を、より鮮明化させることが可能であることが分かった。なお、電磁鋼板の歪磁特性の観点から、好適な磁場強度の例は、0.05A以上0.1A以下である。
上述の各調査、各評価の結果を踏まえれば、本実施形態の物性評価装置100及び物性評価方法を採用すれば、二次元の、厚み方向の一部を含めれば三次元の空間分布を含む、電磁鋼板90の物性評価を、非破壊、非接触、かつ高空間分解能に実現することができる。より具体的には、電磁鋼板90が有する結晶(又は結晶粒)及び/又は結晶粒界からの電磁波(測定対象信号)及び/又は該電磁波に基づく空間分布に関する情報、あるいは、それらとともに、又はそれらの代わりに、該結晶粒界が1つ又は複数有している磁壁の情報を取得することができる。特に、本実施形態の物性評価装置100及び物性評価方法を採用すれば、電磁鋼板90における、磁区細分化のための加工が施された領域を確度高く、評価することが可能となる。
<その他の実施形態(1)>
上述の各実施形態において、1つの音波発生器(音波発生部20)に対して受信部40を複数配置することによって、例えば、X軸、Y軸、及びZ軸の成分に分解した電磁鋼板90からの電磁波信号を取得することができる。図11(a)は、X軸、Y軸、及びZ軸の成分に分解した電磁波(測定対象信号)を取得するように配置された3つの受信部40a,40b,40cを備える物性評価装置200の構成の一部を抜粋した側面図(一部の断面図を含む)である。また、図11(b)は、物性評価装置200の構成の一部を抜粋した別の側面図(一部の断面図を含む)である。また、図11(c)は、物性評価装置200の構成の一部を抜粋した平面図である。なお、破線によって囲まれたU1で示される領域は、後述する、その他の実施形態(4)又は(5)における1つの単位評価領域測定部(U1)を便宜的に示している。
なお、受信部40a,40b,40cがコイルである場合、コイルの中心軸が、出来るだけ分解したい成分の向き、すなわちX軸、Y軸、及びZ軸の向きに平行になるように配置されることが好ましい。
図11に示す実施形態においては、図11に示す構成以外の構成について、第1の実施形態と同様の構成を採用することにより、より精密な又は信頼性の高い電磁鋼板の評価を行うことが可能となる。
<その他の実施形態(2)>
また、上述の各実施形態においては、磁場印加部70が移動式の台60の下方に設けられているが、磁場印加部70の位置はそのような位置に限定されない。例えば、磁場印加部70を、音波発生部20、伝搬媒体30、及び受信部40と同様に、移動式の台60の上方に配置されることも、採用し得る他の一態様である。この態様の一例においては、磁場印加部70が、音波発生部20、伝搬媒体30、及び受信部40を覆うように配置される。
<その他の実施形態(3)>
また、上述の各実施形態においては、磁場印加部70として電磁石が採用されているが、磁場印加部70は電磁石に限定されない。例えば、磁場印加部70が永久磁石であることは、採用し得る他の一態様である。
<その他の実施形態(4)>
また、上述の各実施形態において、移動機構(第1及び第2の実施形態においては移動機構80)を備えずに、電磁鋼板90における複数の箇所又は領域の物性評価を行うことによって電磁鋼板を効率的に評価することも、採用し得る他の一態様である。
図12は、第1の実施形態の移動機構に対して移動機構を有していない物性評価装置の一例である物性評価装置300の、図11(c)に相当する平面図である。図12においては、図11において示すX軸、Y軸、及びZ軸の成分に分解した電磁鋼板90からの電磁波(測定対象信号)を取得するための受信部40a,40b,40c及び第1の実施形態の音波発生部20を1つの単位評価領域測定部(U1)として、その単位評価領域測定部(U1)を複数箇所設けた例が示されている。また、図12に示される例においては、一列に並べられた単位評価領域測定部(U1)が示されている。加えて、図面を見やすくするために、配線及び周辺部品は省略されている。
上述の構成を採用することにより、音波発生部20と受信部40との相対位置が移動しない状態、及び/又は磁場印加部70が音波発生部20及び受信部40との関係で相対位置が変動しない状態であっても、磁区細分化のための加工が施された電磁鋼板90における複数の箇所又は領域の評価を一時に、又は逐次に行うことによって、電磁鋼板90の物性を効率的に評価することができる。なお、前述のとおり、一時に測定するか、あるいは逐次に測定するかは、磁区細分化のための加工が施された電磁鋼板の物性を評価する条件又は状況によって適宜選定される。
従って、この実施形態の物性評価方法においては、少なくとも、以下の(P1)と(P2)に示す印加工程と受信工程とが行われる。
(P1)磁区細分化のための加工が施された電磁鋼板90に対して、ゼロより大きく電磁鋼板90が磁気的飽和となる磁場強度未満の磁場を印加する印加工程
(P2)音波発生源の一例である音波発生部20から、音波を磁区細分化のための加工が施された電磁鋼板90に照射することによって、前述の磁場において電磁鋼板90から発生する電磁波を受信部40a,40b,40cによって受信する受信工程
また、図12に示される例において、仮に磁区細分化のための加工が施された電磁鋼板90の平面全体を評価するために、電磁鋼板90に対して相対的に移動する移動機構を設ける場合であっても、電磁鋼板90の平面における縦方向と横方向の両方に移動し得る移動機構を設けることを要しない。つまり、比較的簡易的な移動機構(代表的には、縦方向と横方向のいずれか一方向のみの相対的移動を可能にする移動機構)を採用するだけで電磁鋼板90の平面全体を効率的に評価し得るという利点がある。従って、単位評価領域測定部(U1)に代表される単位評価領域測定部が複数設けられることが、移動機構の有無を定めることにはならないことは当業者であれば理解できる。
また、図示されていない磁場印加部70については、図12において示されているそれぞれの単位評価領域測定部(U1)に対応した数の磁場印加部70が設けられる場合や、全ての単位評価領域測定部(U1)に対応する1つ又は複数の磁場印加部70が設けられる場合がある。従って、磁場印加部70の数は適宜選択され得る。
加えて、この実施形態においては、図11に示された3つの受信部40a,40b,40cを備える物性評価装置の構成を採用しているが、この実施形態はそのような構成に限定されない。例えば、図11に示された物性評価装置の構成の代わりに、第1の実施形態の物性評価装置100のように1つだけの受信部40を採用すること、又は物性評価装置100に示される他の各構成を採用することも、好適な他の一態様である。
<その他の実施形態(5)>
図13は、移動機構を備えない物性評価装置の他の一例である物性評価装置300の、図11(c)に相当する平面図である。物性評価装置300が物性評価装置200と異なる点は、複数列に亘る単位評価領域測定部(U1)が設けられている点である。従って、物性評価装置200における説明と重複する説明は省略され得る。加えて、この実施形態の物性評価方法においても、その他の実施形態(4)において述べた、(P1)及び(P2)に示す印加工程と受信工程とが少なくとも行われることになる。
この実施形態においては、図13に示すように、複数列に亘る単位評価領域測定部(U1)が設けられているため、電磁鋼板90の縦方向及び横方向の両方について、電磁鋼板90における複数の箇所又は領域の物性評価を一時に、又は逐次に行うことが可能となる。その結果、電磁鋼板90を極めて効率的に評価し得る。
また、物性評価装置200と同様に、仮に電磁鋼板90の平面全体を評価するために、電磁鋼板90に対して相対的に移動する移動機構を設ける場合であっても、比較的簡易的な移動機構(代表的には、縦方向と横方向のいずれか一方向のみの相対的移動を可能にする移動機構)を採用するだけで電磁鋼板90の平面全体を効率的に評価し得る。
なお、上述の各実施形態の開示は、それらの実施形態の説明のために記載したものであって、本発明を限定するために記載したものではない。加えて、各実施形態の他の組合せを含む本発明の範囲内に存在する変形例もまた、特許請求の範囲に含まれるものである。