以下、本発明の一実施の形態を図面に基づいて説明する。本例のピストン1は、燃焼室内において燃料をピストン1の冠面12に向けて直接噴射する、いわゆる直噴型ガソリンエンジンやディーゼルエンジンのピストン1として用いて好ましい。ただし、断熱効果の大小はあるが、燃料をインテークの燃料噴射ポートに噴射するエンジンにも適用することができる。以下においては、断熱効果が特に顕著となる直噴型ガソリンエンジンのピストン1に適用する実施形態を説明する。なお、図2などの説明において、ピストン1の往復運動方向を「上下方向」というが、これは図2に示した状態における往復運動方向の意味であって、内燃機関の車載状態における方向を意味するものではない。すなわち、水平対向エンジンのピストン1の往復運動方向は、車載状態においては水平方向となるが、こうした内燃機関に用いられるピストンを除外するものではない。
本例のピストン1は、図1及び図2に示すように、アルミニウム合金などから構成されたピストン本体11と、その冠面12に露出して設けられ、ピストン本体11の母材であるアルミニウム合金に比べて低熱伝導性の材料から構成された焼結体2と、を含む。
ピストン本体11は、外表面が略円筒状に形成された略中空状部材であり、その上面には所定の肉厚を有し燃焼室の一部を構成する冠面12が形成され、側面にはシリンダボアに接するピストンリングが嵌め込まれるリング溝15が形成され、この側面から下方に向かって延在するスカート部14が形成され、底面側にピストンロッドが取り付けられるピストンピン孔16が形成されてなる。
そして、冠面12の一部又は全部には、燃料噴射バルブ3から噴射された燃料を受容する凹部13(一般にキャビティと称される)が形成されている。図1に示すように、本例の凹部13は、冠面12の一部(図示する左側)、たとえば吸気ポート側に形成されているが、ディーゼルエンジンのように燃料噴射バルブ3の装着位置が異なる場合などには、燃料噴射バルブ3からの燃料噴射位置に応じて凹部13の形成位置と形成範囲が適宜設定される。凹部13は、平坦面又はほぼ平坦面からなる楕円状の底面部131と、当該底面部131の外周縁から環状に延在し、上方に向かって拡径する壁面部132とから構成されている。
本例の焼結体2は、ステンレス鋼などの鉄系合金等からなる焼結体であって、その熱伝導性がピストン本体11を構成する母材の熱伝導率より小さいものである。焼結体2は、原料合金粉末に所定量の潤滑剤を充填し、この潤滑剤を含有した原料粉末を成形型内に充填して加圧成形し、焼結することで製造することができる。潤滑剤の含有量は、この潤滑剤が加熱処理されて焼結体内に気孔が生成されるに際し、焼結体2が具備すべき所望の気孔率、たとえば15〜50%を得るために調整された量である。気孔率が大きい焼結体2を用いると、ピストン本体11に焼結体2を鋳込んだ際に、焼結体2の気孔にピストン本体11の母材であるアルミニウムが含浸され、これにより熱伝導性が高くなり断熱性が低下するので、気孔率は50%以下であることが望ましい。
以上が、以下に説明する幾つかの実施形態に係るピストン1に共通する構成であり、各実施形態に特有の構成については以下に説明する。
《第1実施形態》
第1実施形態の焼結体2は、ピストン2の凹部13の底面部131の全体と壁面部132の一部又は全部において、その表面22が露出するように、当該凹部13に応じた形状とされている。すなわち、中央が肉厚t1の平板状とされ、外周部21がその全周にわたって上方に向かって拡径する浅底の皿形状とされている。本例において、焼結体2は凹部13の壁面部132の上端までその表面22が露出するように設けられている。このため、図2に示すように、燃料噴射バルブ3からの燃料が凹部13に噴射された場合に、ほぼ全ての燃料に対して高断熱性による気化の促進を発揮することができる。
特に本例の焼結体2には、図1に示す平面視において、噴射された燃料が相対的に当たらない箇所、図示する例では燃料噴射バルブ3が配置された左側の上下2箇所に、開口部24,24が形成されている。本例の開口部24は、開口部24の中心に向かって下向きのテーパ面24aとされた開口縁を有する。テーパ面24aは、開口縁の全周又は一部に設けることができるが、後述する焼結体2の剥離または脱落をよりよく抑制するためには開口縁の全周に形成することが望ましい。そして、図3に拡大して示すように、焼結体2がピストン本体11の母材に鋳込まれた状態において、テーパ面24aは冠面12に覆い被されている。換言すれば、開口部24のテーパ面24aは、冠面12に埋没するように設けられている。
ここで、焼結体2の開口部24のテーパ面24aがピストン本体11の冠面12に覆い被されている状態、換言すれば焼結体2のテーパ面24aがピストン本体11の冠面12に埋没している状態とは、図3に示すように、ピストン1が上下方向に往復運動を行った場合において、焼結体2に作用する当該焼結体2の慣性力をF1、この慣性力F1に対抗することができる、冠面12の母材が開口部24のテーパ面24aを押さえ付ける抗力をF2とすると、焼結体2の慣性力F1≦冠面12の母材の抗力F2となる状態をいう。慣性力F1は、同図において上方向に作用するので、抗力F2は下方向の成分が押さえ付けに実効する。したがって、開口部24のテーパ面24aの長さが同じであれば傾斜角を水平に近づけるほど抗力F2を大きくすることができ、傾斜角が同じであればテーパ面24aの長さを長くするほど抗力F2を大きくすることができ、焼結体2の剥離又は脱落をよりよく抑制することができる。なお、開口部24のテーパ面24aの表面粗度を他の一般面より大きくし、テーパ面24aとピストン本体11の母材との密着性を高くしてもよい。
また、本例の焼結体2は、その裏面23の開口部24の周囲に、突出部25が形成されている。この突出部25は、開口部24の周囲の全周又は一部に設けることができるが、後述する焼結体2の剥離または脱落をよりよく抑制するためには開口部24の全周に形成することが望ましい。図4は、ピストン本体11が高温になった時の焼結体2と冠面12近傍との熱膨張差による突出部25へ作用する応力を示し、図5は、ピストン本体11が高温から冷却されるときの熱収縮による応力を示している。図4に示すピストン本体11のZ1方向の熱膨張によって焼結体2の突出部25にはアルミニウムの熱膨張の圧力F3が作用するが、焼結体2の裏面23に設けた突出部25に生じる対抗力F4によりこれに対抗できるので、焼結体2の剥離又は脱落を抑制することができる。また、図5に示すピストン本体11のZ2方向の熱収縮によって焼結体2の突出部25にはアルミニウムの熱収縮の圧力F5が作用するが、焼結体2の裏面23に設けた突出部25に生じる対抗力F6によりこれに対抗できるので、焼結体2の剥離又は脱落を抑制することができる。なお、この突出部25の表面粗度を他の一般面より大きくし、突出部25とピストン本体11の母材との密着性を高くしてもよい。
焼結体2の裏面23は、ピストン本体11に埋没されるが、開口部24及び突出部25を除く裏面23の表面粗度を大きく(粗く)するとピストン本体11の母材であるアルミニウム材が裏面23の粗い面に含浸し、この境界部分の熱伝導性が高くなって断熱性能が低下する。このため、開口部24及び突出部25を除く焼結体2の裏面23の表面粗度を小さく(細かく)してピストン本体11との接触面積を最小限にするか、あるいはここに空気層を形成して、断熱性を確保することが望ましい。図3に示す例では開口部24及び突出部25を除く焼結体2の裏面23の表面粗度を小さく(細かく)している。なお、焼結体2の裏面23とピストン本体11との境界部分に空気層26を形成した例は図10を参照して後述する。
図1に示す例では、燃料噴射バルブ3が配置された左側の上下2箇所に開口部24,24を形成したが、本例の開口部24は図6に示すように焼結体2の中央の1箇所に設けてもよいし、図7に示すように焼結体2の中央付近の3箇所に設けてもよい。開口部24の形成位置を検討する場合は、噴射された燃料が相対的に当たらない箇所を選定することが肝要である。また、開口部24の開口形状は図示する円形にのみ限定されず多角形であってもよい。また、開口部24の開口径、厳密にはテーパ面24aの総面積(と傾斜角)を大きくすれば焼結体2の剥離又は脱落をよりよく抑制できるが、開口部24を設けることによって断熱性が低下するので、これらの兼ね合いを考慮して決定することが必要である。
次に、ピストン1の製造方法について説明する。
本例のピストンの製造方法は、焼結体2を製造する第1工程と、焼結体2が設置された鋳型4にピストン本体11の母材溶湯を注湯して凝固させ、焼結体2の開口部24のテーパ面24aがピストン本体11の冠面12に覆い被されて埋没するように、焼結体2をピストン本体11に鋳込む第2工程と、を有する。また、焼結体2の裏面23に空気層を形成する場合には、第1工程の焼結体2を製造したのちであって第2工程の母材溶湯の注湯前に、焼結体2の裏面23にナイトライド系離型剤を塗布する工程を有する。
第1工程である焼結体2の製造は、最初にステンレス鋼などの鉄系合金粉末に気孔率に応じた量の潤滑剤を充填し、この潤滑剤を含有した原料粉末を成形型内に充填して図1及び図2に示す形状に加圧成形し、これを所定温度で焼結する。得られた焼結体2のテーパ面24aや突出部25に対してサンディングなどの粗面化処理を施すことで、テーパ面24aや突出部25の表面粗度を他の一般面より大きくしてもよい。なお、ナイトライド系離型剤の塗布に代えて、開口部24及び突出部25以外の焼結体2の裏面23の表面粗度を小さくする場合には、この工程において裏面23に対して研磨処理を施せばよい。
第1工程により、開口部24を有する底が浅い皿状の焼結体2が得られるので、次の第2工程においてこれを鋳型の所定位置にセットする。そして、空気層を形成する場合には、鋳型にセットされた焼結体2の裏面23に所定量のナイトライド系離型剤を塗布して離型剤の膜を形成する。なお、ナイトライド系離型剤は、焼結体2を鋳型4にセットする前に塗布してもよい。鋳型を型締めしたら、たとえばスカート部14の下部に相当する鋳型部分に設けられた所定の注湯口から母材溶湯を注湯する。この注湯された溶湯の熱により焼結体2の裏面23に塗布されたナイトライド系離型剤は蒸発するが、冷却後においてここに所定厚さの空気層が形成されることになる。なお、ピストン1を鋳造したら、機械加工によりリング溝15を形成する。
《第2実施形態》
上述した図1及び図2に示す第1実施形態では、焼結体2に一又は複数の開口部24を形成し、この開口部24の開口縁にテーパ面24aを形成するとともに裏面23の開口部24の周囲に突出部25を形成することで、ピストン1の往復運動と熱膨張・収縮による焼結体2の剥離又は脱落を抑制することとしたが、これに加えて焼結体2の外周部21の接合強度を高める構造を採用してもよい。図8〜図15は本発明の第2実施形態に内燃機関のピストンを示す図面である。以下において、開口部24の構成については上述した第1実施形態と同じであるためその内容をここに援用し、その説明を省略するものとする。
図8及び図9に示すように、本例の焼結体2は、凹部13の底面部131の全体と壁面部132の一部において、その表面22が露出するように、当該凹部13に応じた形状とされている。すなわち、中央が肉厚t1の平板状とされ、外周部21がその全周にわたって上方に向かって拡径する浅底の皿形状とされている。特に外周部21は、中央部の肉厚t1より厚い肉厚t2とされ、その表面22側に、全周にわたって、ピストン本体11の中心から外周方向に向かって下向きのテーパ面28が形成されている。そして、図10に示すように、焼結体2がピストン本体11の母材に鋳込まれた状態において、テーパ面28は冠面12に覆い被されている。換言すれば、外周部21の表面22は、冠面12に埋没するように設けられている。
ここで、焼結体2の外周部21の表面の一部がピストン本体11の冠面12に覆い被されている状態、より具体的には、焼結体2の外周部21のテーパ面28がピストン本体11の冠面12に埋没している状態とは、図11に示すように、ピストン1が上下方向に往復運動を行った場合において、焼結体2に作用する当該焼結体2の慣性力をF7、この慣性力F7に対抗することができる、冠面12の母材がテーパ面28を押さえ付ける抗力をF8とすると、焼結体2の慣性力F7≦冠面12の母材の抗力F8となる状態をいう。慣性力F7は、同図において上方向に作用するので、抗力F8は下方向の成分が押さえ付けに実効する。したがって、テーパ面28の長さが同じであれば傾斜角を水平に近づけるほど抗力F8を大きくすることができ、傾斜角が同じであればテーパ面28の長さを長くするほど抗力F8を大きくすることができ、焼結体2の剥離又は脱落をよりよく抑制することができる。
また、外周部21のテーパ面28の面粗度は、焼結体2の他の面の面粗度に比べて大きく(粗く)形成されている。図12は、ピストン本体11が高温になった時の焼結体2と冠面12近傍との熱膨張差によるテーパ面28へ作用する応力と、ピストン本体11が高温から冷却されるときの熱収縮による応力を示している。ピストン本体11のZ方向の熱膨張・熱収縮によって焼結体2のテーパ面28にはアルミニウムの熱膨張・収縮の圧力F9が作用するが、テーパ面28の面粗度を大きくすることで、焼結体2を冠面12に鋳込んだ際にテーパ面28の粗い表面にアルミニウム材が含浸し、密着性が高くなる。このため、熱膨張収縮の圧力F9を焼結体2の抗力F10により対抗できるので、焼結体2の剥離又は脱落を抑制することができる。
焼結体2の裏面23は、ピストン本体11に埋没されるが、この裏面の表面粗度を大きく(粗く)するとピストン本体11の母材であるアルミニウム材が裏面23の粗い面に含浸し、この境界部分の熱伝導性が高くなって断熱性能が低下する。このため、焼結体2の裏面23の表面粗度を小さく(細かく)してピストン本体11との接触面積を最小限にするか、あるいはここに空気層26を形成して、断熱性を確保することが望ましい。図10に示す例では焼結体2の裏面23とピストン本体11との境界部分に空気層26を設けている。
空気層26は、焼結体2をピストン本体11に鋳込む前に、図13に示すように当該焼結体2の裏面23に離型剤27を塗布することで形成することができる。この離型剤27は、鋳造中に母材溶湯で蒸発して空気層26が形成できるものであればよいが、ボロンナイトライドなどのナイトライド系離型剤が特に好ましい。セラミック系離型剤では鋳造中に蒸発し難く適切な空気層26を形成することが困難であり、またパラフィン系離型剤は鋳造中に蒸発して空気層26は形成できるが蒸発時に発生したガスが鋳巣の原因となるおそれがある。
上述した図8〜図13に示す第2実施形態では、ピストン1の凹部13のうち底面部131の全体と壁面部132の一部にまで延在する浅底皿状の焼結体2を構成したが、図14に示すように凹部13のうち底面部131のみに形成してもよい。図14は第2実施形態に係るピストンの変形例を示す断面図、図15は図14のC部の拡大断面図である。
本例の焼結体2は、ピストン本体11の冠面12に露出する表面22は平坦面に形成され、裏面23の大部分も平坦面に形成されているが、外周部21の肉厚t2がその他の肉厚t1より厚く形成され、したがって焼結体2の外周部21が全周にわたって下方に隆起した楕円板状とされている。そして、外周部21の表面側に、全周にわたって、ピストン本体11の中心から外周方向に向かって下向きのテーパ面28が形成されている。このテーパ面28は、上述した図8〜図13に示す第2実施形態と同様に、図15に示すように、焼結体2がピストン本体11の母材に鋳込まれた状態において、当該テーパ面28が冠面12に覆い被されている。換言すれば、外周部21の表面22は、冠面12に埋没するように設けられている。
本例においても、外周部21のテーパ面28の面粗度は、焼結体2の他の面の面粗度に比べて大きく(粗く)形成されている。また、焼結体2の裏面23とピストン本体11との境界部分の全体には空気層26が形成されている。なお、この空気層26を形成することに代えて、上述した第1実施形態と同様に、焼結体2の裏面23の表面粗度を小さくしてもよい。
《第3実施形態》
上述した図1及び図2に示す第1実施形態では、焼結体2に一又は複数の開口部24を形成し、この開口部24の開口縁にテーパ面24aを形成するとともに裏面23の開口部24の周囲に突出部25を形成することで、ピストン1の往復運動と熱膨張・収縮による焼結体2の剥離又は脱落を抑制することとしたが、これに加えて焼結体2の外周部21の接合強度を高める構造を採用してもよい。図16〜図20は本発明の第3実施形態に内燃機関のピストンを示す図面である。以下において、開口部24の構成については上述した第1実施形態と同じであるためその内容をここに援用し、その説明を省略するものとする。
本例の焼結体2は、凹部13の底面部131の全体と壁面部132の一部又は全部において、その表面22が露出するように、当該凹部13に応じた形状とされている。すなわち、中央が肉厚t1の平板状とされ、同じく肉厚t1の外周部21がその全周にわたって上方に向かって拡径する浅底の皿形状とされている。本例において、焼結体2は凹部13の壁面部132の上端までその表面22が露出するように設けられている。
特に本例の焼結体2には、外周部21の全周にわたり、外側に向かって突出する突出部29が形成されている。そして、図18に示すように、焼結体2がピストン本体11の母材に鋳込まれた状態において、当該突出部29は冠面12に覆い被されている。換言すれば、外周部21から突出する突出部29は、冠面12に埋没するように設けられている。ここで、焼結体2の外周部21の突出部29がピストン本体11の冠面12に埋没している状態とは、図18に示すように、ピストン1が上下方向に往復運動を行った場合において、焼結体2に作用する当該焼結体2の慣性力をF11、この慣性力F11に対抗することができる、冠面12の母材が突出部29を押さえ付ける抗力をF12とすると、焼結体2の慣性力F11≦冠面12の母材の抗力F12となる状態をいう。慣性力F11は、同図において上方向に作用するので、抗力F12は下方向の成分が押さえ付けに実効する。したがって、突出部29の長さが同じであれば突出部29の表面29aの傾斜角を水平に近づけるほど抗力F12を大きくすることができ、傾斜角が同じであれば突出部29の長さを長くするほど抗力F12を大きくすることができ、焼結体2の剥離又は脱落をよりよく抑制することができる。
また、本例の突出部29は、その表面29aと裏面29bが、基端から先端に向かって断面が拡径する楔状に形成されている。図19は、ピストン本体11が高温になった時の焼結体2と冠面12近傍との熱膨張差による突出部29へ作用する応力と、ピストン本体11が高温から冷却されるときの熱収縮による応力を示している。ピストン本体11のZ方向の熱膨張・熱収縮によって焼結体2の突出部29にはアルミニウムの熱膨張・収縮の圧力F13が作用するが、突出部29を楔状に形成することで、この熱膨張収縮の圧力F13を突出部29の表面29a及び裏面29bの抗力F14により対抗でき、焼結体2の剥離又は脱落を抑制することができる。
図20は第3実施形態に係るピストンの変形例を示す、図17のD部に相当する拡大断面図である。上述した図18及び図19に示す突出部29の実施形態に対し、図20に示す突出部29は、表面29a及び裏面29bの表面粗度が焼結体2の他の面の表面粗度より大きく(粗く)形成されている。またこれとともに若しくはこれとは独立して、突出部29の先端縁は、ピストンの中心から外周方向に向かって下向きのテーパ面29cとされている。突出部29の表面29a及び裏面29bの表面粗度を大きくすると、焼結体2を冠面12に鋳込んだ際に突出部29の表面29a及び裏面29bの粗い面にアルミニウム材が含浸し、密着性が高くなる。このため、熱膨張収縮の圧力F13に対向する突出部29の抗力F14がより一層大きくなるので、焼結体2の剥離又は脱落をよりよく抑制することができる。一方、突出部29の先端縁を下向きのテーパ面29cとすることにより、鋳造時の溶湯が図20にYで示すように等がテーパ面29cに沿って流れるので、溶湯の充填性が向上する。なお、図20において、突出部29の表面29a及び裏面29bの表面粗度を大きくするとともに、先端縁にテーパ面29cを形成したが、いずれか一方であってもよい。
図17に戻り、焼結体2の裏面23は、ピストン本体11に埋没されるが、この裏面23の表面粗度を大きく(粗く)するとピストン本体11の母材であるアルミニウム材が裏面23の粗い面に含浸し、この境界部分の熱伝導性が高くなって断熱性能が低下する。このため、焼結体2の裏面23の表面粗度を小さく(細かく)してピストン本体11との接触面積を最小限にするか、あるいはここに空気層26を形成して、断熱性を確保することが望ましい。図18及び図19に示す例では焼結体2の裏面23とピストン本体11との境界部分に空気層26を設けている。
空気層26は、焼結体2をピストン本体11に鋳込む前に、当該焼結体2の裏面23に離型剤を塗布することで形成することができる。この離型剤は、鋳造中に母材溶湯で蒸発して空気層26が形成できるものであればよいが、ボロンナイトライドなどのナイトライド系離型剤が特に好ましい。セラミック系離型剤では鋳造中に蒸発し難く適切な空気層26を形成することが困難であり、またパラフィン系離型剤は鋳造中に蒸発して空気層26は形成できるが蒸発時に発生したガスが鋳巣の原因となるおそれがある。
以上の第1実施形態〜第3実施形態によって説明したとおり、本例の内燃機関のピストン1によれば、焼結体2に、開口縁が中心に向かって下向きのテーパ面24aとされた開口部24が設けられているので、焼結体2を鋳込むとピストン1の冠面12が焼結体2の開口部24のテーパ面24aに覆い被さり、ピストン1が上下運動した際の慣性力F1は、当該覆い被されたテーパ面24aの効力F2で受けることができる。すなわち、図3に示すように、ピストン1が上下方向に往復運動を行った場合において、焼結体2にはピストン1の冠面12から離脱しようとする慣性力F1が作用するが、ピストン1の冠面12が焼結体2のテーパ面24aに覆い被さることによる抗力F2(冠面12の母材がテーパ面24aを押さえ付ける力)が作用するので、この慣性力F1に対抗することができる。その結果、ピストン1の冠面12から焼結体2が剥離又は脱落するのを抑制することができる。そして、このように焼結体2の冠面12への接合強度が確保できるので、高圧鋳造により多孔質焼結体へ母材アルミニウムを含浸させて接合強度を確保する必要もなく、含浸による断熱性の低下という問題も解消される。
また本例の内燃機関のピストン1によれば、焼結体2の裏面23の開口部24の周囲に、突出部25が形成されているので、図4及び図5に示すように、ピストン本体11のZ1方向の熱膨張又はZ2方向の熱収縮によって、焼結体2の突出部25にはアルミニウムの熱膨張の圧力F3又は熱収縮の圧力F5が作用するが、焼結体2の裏面23に設けた突出部25に生じる対抗力F4,F6によりこれに対抗できるので、焼結体2の剥離又は脱落を抑制することができる。
本例の内燃機関のピストン1において、焼結体2に開口部24を複数設けることにより、焼結体2の剥離又は脱落をよりよく抑制することができる。
本例の内燃機関のピストン1において、焼結体2の裏面23とピストン本体11との境界部分に空気層26を設けることで、焼結体2をピストン1に鋳込む際に焼結体2の裏面23に母材アルミニウムが含浸されず、低熱伝導性が維持される。こうした空気層26は、焼結体2の鋳込み前に焼結体2の裏面23にナイトライド系離型剤27を塗布することにより容易に形成することができる。
またこれに代えて、焼結体2の裏面23の表面粗度を小さくしても、ピストン本体11との接触面積が最小限になり、これによっても低熱伝導性が維持される。
本例の内燃機関のピストン1において、焼結体2とピストン1の冠面12との接合強度の確保構造は、多孔質焼結体への母材アルミニウムの含浸によるものではないので、本例では15〜50%といった気孔率が小さい多孔質焼結体2を用いることができ、低熱伝導性が確保される。
本例の内燃機関のピストン1において、上記抗力F2の原因となる焼結体2のテーパ面24aは、焼結体2の中央周辺に設けられるものであるため、焼結体2をピストン本体11の凹部13の底面部131及び壁面部132の全体、特に壁面部の上端縁まで露出させることができる。このため、図2に示すように、燃料噴射バルブ3からの燃料が凹部13に噴射された場合に、ほぼ全ての燃料に対して高断熱性による気化の促進を発揮することができる。
本例の内燃機関のピストン1において、第1実施形態の開口部24に加えて、第2実施形態又は第3実施形態のように焼結体2の外周部21の一部をピストン1の冠面12に覆い被せることにより、焼結体2の外周部21からの剥離又は脱落も抑制することができる。
特に第2実施形態の内燃機関のピストン1において、外周部21に作用する抗力F8の原因となる焼結体2の表面の一部は、外周部21の表面22側に形成された、前記ピストン1の中心から外周方向に向かって下向きのテーパ面28であるため、焼結体2の形状が図8及び図9に示す浅底皿状又は図14及び図15に示す楕円板状といった、複雑ではない単純な形状として具現化されている。このため、製造が容易であり、かつ製造工程内において割れたり欠けたりすることのない、高い歩留まりが期待できる焼結体2となる。
第2実施形態の内燃機関のピストン1において、焼結体2の外周部21に形成するテーパ面28は、当該外周部21に離散的に形成してもよいが、全周にわたって形成することが好ましい。図11に示す抗力F8が焼結体2の外周部21に均等に生じるので、慣性力F7が、テーパ面28が設けられていない部分に応力集中するのを抑制でき、その結果、ピストン1の冠面12から焼結体2が剥離又は脱落するのをよりよく抑制することができる。
第2実施形態の内燃機関のピストン1において、焼結体2の肉厚は全体にわたって均等であってもよいが、外周部21の肉厚t2をその他の部位の肉厚t1より厚く形成することが好ましい。外周部21の肉厚t2を厚くすればするほどテーパ面28の長さが長くなるので、テーパ面28の傾斜角が同じであれば、テーパ面28の長さを長くするほど慣性力F7に対する抗力F8を大きくすることができ、その結果、焼結体2の剥離又は脱落をよりよく抑制することができるからである。なお、慣性力F7は、図11において上方向に作用するので、抗力F8は下方向の成分が押さえ付けに実効し、したがって、テーパ面28の長さが同じであれば傾斜角を水平に近づけるほど抗力F8を大きくすることが好ましい。また、外周部21の肉厚t2を大きくすると、図10に示す外周部21の裏面の角部21aのRが大きくなるのでピストン本体11のアルミニウム母材への応力集中を抑制することができる。
第2実施形態の内燃機関のピストン1において、テーパ面28の面粗度を焼結体2の他の面の面粗度より大きくしているので、焼結体2を冠面12に鋳込んだ際にテーパ面28の粗い表面にアルミニウム材が含浸し、密着性(抗力F10)が高くなる。このため、図12に示すようにピストン本体11のZ方向の熱膨張・熱収縮によって焼結体2のテーパ面28にアルミニウムの熱膨張・収縮の圧力F9が作用しても、これを焼結体2の抗力F10により対抗できるので、焼結体2の剥離又は脱落を抑制することができる。
第3実施形態の内燃機関のピストン1によれば、焼結体2の外周部21に突出部29が設けられ、当該突出部29がピストン1の冠面12に覆い被されているので、図18に示すように、ピストン1が上下方向に往復運動を行った場合において、焼結体2にはピストン1の冠面12から離脱しようとする慣性力F11が作用するが、ピストン1の冠面12が焼結体2の突出部29に覆い被さることによる抗力F12(冠面12の母材が突出部29を押さえ付ける力)が作用するので、この慣性力F11に対抗することができる。その結果、ピストン1の冠面12から焼結体2が剥離又は脱落するのを抑制することができる。そして、このように焼結体2の冠面12への接合強度が確保できるので、高圧鋳造により多孔質焼結体へ母材アルミニウムを含浸させて接合強度を確保する必要もなく、含浸による断熱性の低下という問題も解消される。
また第3実施形態の内燃機関のピストン1において、上記抗力F12の原因となる焼結体2の突出部29は、外周部21から外側に突出するものであるため、焼結体2をピストン本体11の凹部13の底面部131及び壁面部132の全体、特に壁面部の上端縁まで露出させることができる。このため、図17に示すように、燃料噴射バルブ3からの燃料が凹部13に噴射された場合に、ほぼ全ての燃料に対して高断熱性による気化の促進を発揮することができる。
第3実施形態の内燃機関のピストン1において、焼結体2の外周部21に形成する突出部29は、当該外周部21に離散的に形成してもよいが、全周にわたって形成することが好ましい。図18に示す抗力F12が焼結体2の突出部29に均等に生じるので、慣性力F11が、突出部29が設けられていない部分に応力集中するのを抑制でき、その結果、ピストン1の冠面12から焼結体2が剥離又は脱落するのをよりよく抑制することができる。
第3実施形態の内燃機関のピストン1において、突出部29の断面形状は基端から先端に向かって拡径する楔状であることが好ましい。図19に示すように、ピストン本体11の熱膨張・熱収縮によって焼結体2の突出部29にはアルミニウムの熱膨張・収縮の圧力F13が作用するが、突出部29を楔状に形成することで、この熱膨張収縮の圧力F13を突出部29の表面29a及び裏面29bの抗力F14により対抗でき、これにより、焼結体2の剥離又は脱落を抑制することができる。
第3実施形態の内燃機関のピストン1において、突出部29の表面29a及び裏面29bの面粗度を焼結体2の他の面の面粗度より大きくすれば、焼結体2を冠面12に鋳込んだ際にこれら表面29a及び裏面29bの粗い面にアルミニウム材が含浸し、密着性(抗力F14)が高くなる。このため、図19に示すようにピストン本体11の熱膨張・熱収縮によって焼結体2の突出部29にアルミニウムの熱膨張・収縮の圧力F13が作用しても、これを突出部29a,29bの抗力F14により対抗できるので、焼結体2の剥離又は脱落をよりよく抑制することができる。
第3実施形態の内燃機関のピストン1において、突出部29の先端縁を、ピストン1の中心から外周方向に向かって下向きのテーパ面29cとすれば、鋳造時の溶湯が図20にYで示すように等がテーパ面29cに沿って流れるので、溶湯の充填性が向上する。その結果、鋳造品質が向上する。