図1は、本発明が適用される車両10に備えられたトルク配分装置12の概略構成を説明する図であると共に、トルク配分装置12における各種制御の為の制御機能及び制御系統の要部を説明する図である。図1において、車両10は、例えばFR車両である。車両10は、例えばエンジン等の駆動力源14を備えている。車両10において、駆動力源14からの動力(特に区別しない場合にはトルクや力も同義)は、プロペラシャフト16、トルク配分装置12などを順次介して、左右の車輪としての左右の後輪18L,18R(以下、特に区別しない場合には後輪18という)へ伝達される。
トルク配分装置12は、後輪用差動歯車装置20(以下、差動歯車装置20という)や左右の後輪車軸22L,22R(以下、特に区別しない場合には車軸22という)などを備えている。トルク配分装置12は、左右の後輪18にトルクを配分する。例えば、トルク配分装置12は、プロペラシャフト16へ伝達された駆動力源14からの動力を、差動歯車装置20から左右の車軸22を介して左右の後輪18に配分する。このように、トルク配分装置12は、駆動力源14からの動力を左右の駆動輪としての後輪18に配分する左右駆動力配分装置として機能する。尚、トルク配分装置12によるトルクの配分には、左右の後輪18L,18R間でのトルクの移動も含まれる。
差動歯車装置20は、デフケース20cと、傘歯歯車からなる差動機構20dとを備えており、左右の車軸22に適宜差回転を与えつつ回転を伝達する公知の傘歯車式の差動歯車機構である。デフケース20cには、プロペラシャフト16の先端に設けられたドライブピニオン16dと噛み合う、リングギヤ20rが設けられている。従って、プロペラシャフト16へ伝達された駆動力源14からの動力は、ドライブピニオン16dからリングギヤ20rを介してデフケース20cへ伝達される。
トルク配分装置12は、更に、デフケース20cと左右の車軸22との間に、それぞれ左右の増速装置24L,24R(以下、特に区別しない場合には増速装置24という)を備えている。増速装置24L,24Rは左右対称的に構成されているので、増速装置24L,24Rがそれぞれ備える部材について、同一の部材には同一の符号を付してある。
左右の増速装置24は、左右の第1遊星歯車装置26と、左右の第2遊星歯車装置28と、左右のクラッチ30L,30R(以下、特に区別しない場合にはクラッチ30という)と、左右のモータMとを備えている。第1遊星歯車装置26と第2遊星歯車装置28とは、車軸22の軸心回りに軸心方向に並んで配設されている。第1遊星歯車装置26は差動歯車装置20側に配置され、第2遊星歯車装置28は後輪18側に配置されている。クラッチ30は、車軸22の軸心回りに配設された、多板式のクラッチである。クラッチ30は、モータMの回転に伴って車軸22の軸心方向に沿って移動させられるピストン30pを備えており、そのピストン30pによって押圧されることで係合力が変化させられる。つまり、クラッチ30は、モータMの角度、又は、モータMの駆動トルク、又は、モータMの駆動電流などによって、係合力が変化させられる。
第1遊星歯車装置26は、サンギヤ26sと、そのサンギヤ26sと噛み合う複数の遊星歯車26pとを備えている。第2遊星歯車装置28は、サンギヤ28sと、そのサンギヤ28sと噛み合う複数の遊星歯車28pとを備えている。加えて、第1遊星歯車装置26及び第2遊星歯車装置28は、遊星歯車26p及び遊星歯車28pをそれぞれ自転及び公転可能に支持する、共通のキャリヤ26cを備えている。
第1遊星歯車装置26及び第2遊星歯車装置28において、サンギヤ26sは、デフケース20cに連結されており、デフケース20cと一体的に回転する。サンギヤ28sは、車軸22に連結されており、車軸22と一体的に回転する。遊星歯車26pと遊星歯車28pとは、一体的に設けられている。キャリヤ26cは、クラッチ30を介して選択的に非回転部材であるハウジング32に連結される。サンギヤ26sの歯数ZS1は、サンギヤ28sの歯数ZS2よりも多く、遊星歯車28pの歯数ZP2は、遊星歯車26pの歯数ZP1よりも多い。
このように構成されたトルク配分装置12において、左右のクラッチ30が共に解放されると、差動歯車装置20のみを介して左右の後輪18にトルクの配分が行われる。又、クラッチ30が係合制御(特に、ここではスリップ制御)されることにより、クラッチ30が係合制御された側の増速装置24を介して、デフケース20cのトルクが車軸22、更には後輪18へ伝達される。つまり、クラッチ30が係合制御された側のキャリヤ26cの回転が制限されることに伴って、その係合制御された側の後輪18を増速回転させるトルクが発生させられ、その係合制御された側の後輪18のトルクが増大させられると共に、そのトルクの増大に応じて相対的にクラッチ30が係合制御されない側の後輪18のトルクが減少させられる。例えば、右の後輪18Rのトルクを大きくする為に右のクラッチ30Rが所定の係合トルクで係合制御された場合、図1中の破線矢印Aに示すように、デフケース20cに伝達されたトルクのうちの一部が右の増速装置24Rを経て右の後輪18Rへ伝達され、残部が差動歯車装置20により左右の後輪18L,18Rに配分される。
車両10は、更に、例えばトルク配分装置12による左右の後輪18へのトルクの配分を制御する(すなわち左右トルク配分制御を実行する)車両10の制御装置を含む電子制御装置70を備える。電子制御装置70は、例えばCPU、RAM、ROM、入出力インターフェース等を備えた所謂マイクロコンピュータを含んで構成されており、CPUはRAMの一時記憶機能を利用しつつ予めROMに記憶されたプログラムに従って信号処理を行うことにより車両10の各種制御を実行する。例えば、電子制御装置70は、左右のクラッチ30の何れか一方のみを所定の係合トルクにて係合制御することにより、その係合制御する側の後輪18のトルクを増大させると共に係合制御しない側の後輪18のトルクを相対的に減少させて、トルク配分装置12による左右トルク配分制御を実行する。電子制御装置70は、駆動力源14の出力制御、トルク配分装置12による左右トルク配分制御等を実行するようになっており、必要に応じて駆動力源制御用、左右トルク配分制御用等に分けて構成される。
電子制御装置70には、車両10が備える各種センサ(例えばモータ回転角度センサ50、車輪速センサ52、アクセル開度センサ54、ブレーキセンサ56、Gセンサ58、ヨーレートセンサ60、ステアリングセンサ62、外気温センサ64など)による検出信号に基づく各種実際値(例えばモータMの回転角度Am、不図示の左右の前輪、及び左右の後輪18の各回転角速度である各車輪速ωfl,ωfr,ωrl,ωrr、アクセル開度θacc、公知のホイールブレーキ装置を作動させる為に運転者により操作されるブレーキ操作部材の操作量であるブレーキ操作量Qbra、車両10の前後加速度Gx、車両10の左右加速度Gy、車両10の鉛直軸回りの回転角速度であるヨーレートRyaw、ステアリングホイールの操舵角θsw及び操舵方向Dsw、外気温THairなど)が、それぞれ供給される。又、電子制御装置70からは、駆動力源14の出力制御の為の制御指令値としての駆動力源出力制御指令信号Sf、及びモータMを制御する為の制御指令値としてのモータ制御指令信号Sm等が、駆動力源14を駆動する駆動力源駆動装置66、モータMを駆動するモータ駆動回路68等へそれぞれ出力される。尚、電子制御装置70は、各種実際値として、左右の後輪18の車輪速ωrl,ωrrに基づいて、左右の後輪18の周速度(以下、後輪周速という)Vwrl,Vwrrを算出する。又、電子制御装置70は、各種実際値として、左右の前輪の車輪速ωfl,ωfrの平均車輪速ωfに基づいて、車両10の速度(以下、車速という)Vvを算出する。
電子制御装置70は、左右トルク配分制御手段すなわち左右トルク配分制御部72を備えている。左右トルク配分制御部72は、トルク配分装置12による左右トルク配分制御を実行する。左右トルク配分制御の一例として、左右トルク配分制御部72は、例えば旋回走行時に適切な旋回性能が得られるようにヨーモーメントを制御する。
具体的には、左右トルク配分制御部72は、予め実験的に或いは設計的に求められて記憶された(すなわち予め定められた)関係(例えば演算式或いはデータマップ等)から、車速Vv、操舵角θsw、アクセル開度θacc等に基づいて目標ヨーレートRyawtgtを算出する。左右トルク配分制御部72は、予め定められた関係から、目標ヨーレートRyawtgtと実ヨーレートRyawとに基づいて必要なヨーモーメント量(必要ヨーモーメント量)を算出する。左右トルク配分制御部72は、予め定められた関係から、その必要ヨーモーメント量を得る為に必要な目標左右トルク差(換言すれば目標左右トルク配分)を算出する。左右トルク配分制御部72は、差動歯車装置20に入力されるトルクに基づいて、その目標左右トルク配分が得られる、左右の後輪18の一方から他方へのトルク移動量を算出する。左右トルク配分制御部72は、予め定められた関係から、そのトルク移動量が得られるトルク増大側の増速装置24のクラッチ30のクラッチトルクを算出する。左右トルク配分制御部72は、予め定められた関係から、そのトルク増大側のクラッチ30のクラッチトルクが得られるモータMの目標回転角度Amtgtを算出し、モータMの実回転角度Amを目標回転角度Amtgtとする為のモータ制御指令信号Smをモータ駆動回路68へ出力する。
ここで、上記目標左右トルク配分は、タイヤスリップを防ぎつつ旋回アシストを行うことを考えれば、左右の後輪18の摩擦円を超えないことが望ましい。そこで、左右トルク配分制御部72は、アクセルオフの減速時は、左右の後輪18へ配分されるトルクが左右の後輪18の摩擦円を超えない範囲でトルク移動量を設定する、摩擦円制限を行う。
電子制御装置70は、更に、摩擦円制限値算出手段すなわち摩擦円制限値算出部74、及び車両状態判定手段すなわち車両状態判定部76を備えている。図2は、電子制御装置70による摩擦円制限の概略を示すブロック線図である。
図2のブロックB1において、左右トルク配分制御部72は、上述したように、目標左右トルク配分が得られるトルク移動量(基本値)を算出する。図2のブロックB2において、摩擦円制限値算出部74は、後輪18の摩擦円を算出する。摩擦円の半径は、路面の摩擦係数μ(以下、路面μ値という)と後輪18に対する垂直荷重Fzとの乗算値で表される最大摩擦力Ff(=μ×Fz)である。摩擦円制限値算出部74は、後輪18の摩擦円として、摩擦円の半径(すなわち後輪18における最大摩擦力Ff)を算出する。摩擦円制限値算出部74は、最大摩擦力Ffを後輪車軸22上のトルクに変換する。この変換された後輪車軸22上のトルクは、左右の後輪18へ配分されるトルク(すなわち左右の後輪18へのトルク配分量)の上限値である。摩擦円制限値算出部74は、差動歯車装置20に入力されるトルクと左右の後輪18へのトルク配分量の上限値とに基づいて、摩擦円制限値(ガード値)として、トルク移動量の上限値(以下、トルク移動限界値という)を算出する。車両状態判定部76は、例えば路面μ値の推定値を算出する。図2のブロックB3において、車両状態判定部76は、例えば減速時であるか否かを、アクセルオフとされているか否かに基づいて判定する。左右トルク配分制御部72は、アクセルオフ時には、上記ブロックB1にて算出したトルク移動量(基本値)をガード処理する。従って、左右トルク配分制御部72は、アクセルオフ時にトルク移動量(基本値)が上記ブロックB2にて算出されたトルク移動限界値以下の場合には、トルク移動量(基本値)をそのままトルク移動量(最終値)とする。一方で、左右トルク配分制御部72は、アクセルオフ時にトルク移動量(基本値)が上記トルク移動限界値を超えている場合には、そのトルク移動限界値をトルク移動量(最終値)とする。
上記目標左右トルク配分は、旋回時に限らず、直線走行時にも行われる。例えば、直線走行時に、左右の後輪18に車輪速度差が生じてなければトルク移動量は零に設定される。又、直線走行時に、左右の後輪18に回転差が生じていれば、それを収束する為のトルク移動量が設定される。路面μ値が左右の後輪18で異なる所謂またぎ路面(異μ路ともいう)を走行中のアクセルオン時(以下、またぎ加速時という)には、相対的に摩擦係数μが低い路面である低μ路側で駆動スリップが生じ易い。このような場合、左右トルク配分制御部72は、相対的に摩擦係数μが高い路面である高μ路側の後輪18へのトルクが増大するようにトルク移動量を算出する。これによって、低μ路側の後輪18の駆動スリップが防止又は抑制される。
一方で、異μ路を走行中の減速時には、制動スリップを防止する為に摩擦円制限を行う。この際、左右の後輪18の摩擦円はそれぞれ異なるが、制動スリップを防止するという観点では、小さな摩擦円を用いて摩擦円制限を行うことが望ましい。
具体的には、車両状態判定部76は、例えば左右の後輪18の各々の車輪側の各路面μ値の推定値を算出する。車両状態判定部76は、アクセルオン時に、左右の後輪18の車輪速ωrl,ωrrに基づいて、左右の後輪18間に、路面μ値を基本μ値から低μ値に切り替えた方が良いことを判断する為の予め定められた低μ路判定閾値としての所定車輪速度差が生じたか否かを判断する。又、車両状態判定部76は、ホイールブレーキ装置の作動時に、各車輪速ωfl,ωfr,ωrl,ωrrに基づいて、各車輪速ωfl,ωfr,ωrl,ωrrの変化率の何れかが、低μ路判定閾値としての所定車輪速度変化率を超えたか否かを判断する。車両状態判定部76は、左右の後輪18間に所定車輪速度差が生じたと判断した場合、或いは各車輪速ωfl,ωfr,ωrl,ωrrの変化率の何れかが所定車輪速度変化率を超えたと判断した場合には、路面μ値の推定値を基本μ値から低μ値に切り替える。この際、左右の後輪18の車輪速度差の大きさに応じて、或いは各車輪速ωfl,ωfr,ωrl,ωrrの変化率の大きさに応じて低μ値の値を設定しても良い。或いは、左右の後輪18の各スリップ率の大きさに応じて低μ値の値を設定しても良い。一方で、車両状態判定部76は、アクセルオン時に、前後加速度Gx及び左右加速度Gyに基づいて、前後加速度Gxと左右加速度Gyとの合成Gが、路面μ値を基本μ値から高μ値に切り替えた方が良いことを判断する為の予め定められた高μ路判定閾値としての所定加速度を超えたか否かを判断する。車両状態判定部76は、合成Gが所定加速度を超えたと判断した場合には、路面μ値の推定値を基本μ値から高μ値に切り替える。尚、車両状態判定部76は、路面μ値の推定値を基本μ値から低μ値或いは高μ値に切り替えた後には、上述した切替え判断をしないことを条件として、路面μ値の推定値を基本μ値に収束させる。
摩擦円制限値算出部74は、車両状態判定部76により算出された路面μ値に基づいて、左右の後輪18の各摩擦円を算出する。左右トルク配分制御部72は、減速時は、摩擦円制限値算出部74により算出された左右の後輪18の各摩擦円に基づいて、左右の後輪18へ配分されるトルクが左右の後輪18の各摩擦円のうちの小さい方の摩擦円を超えない範囲で、トルク移動量を設定する、摩擦円制限を行う。
ところで、アクセルオフされても駆動スリップが生じている場合がある。例えば、アクセルオンによって低μ路側の車輪が駆動スリップしている状態でアクセルオフされても、低μ路と相俟って車輪速は直ぐには低下せず、駆動スリップがそのまま発生した状態とされる。アクセルオフ時には、上述した摩擦円制限が行われて、低μ路側の車輪から高μ路側の車輪へのトルク移動量が小さい摩擦円の範囲内で抑制される為に、駆動スリップに伴う左右輪間の差回転が収束し難くなる可能性がある。このような左右の後輪18間の差回転は、車両挙動に影響を及ぼしたり、トルク配分装置12の耐久性に影響を及ぼす可能性があるので、できるだけ早く収束させたい。
そこで、左右トルク配分制御部72は、減速時に、左右の後輪18のうちで摩擦円が小さい方の車輪(すなわち低μ路側の車輪)が駆動スリップしている場合には、左右の後輪18へ配分されるトルクが左右の後輪18の各摩擦円のうちの大きい方の摩擦円を超えない範囲で、摩擦円が小さい方の車輪から摩擦円が大きい方の車輪へのトルク移動量を設定する、摩擦円制限を行う。
車両状態判定部76は、例えば低μ路側の後輪18が駆動スリップしているか否かを判定する。具体的には、車両状態判定部76は、低μ路側の後輪周速Vwr(Vwrl又はVwrr)の方が車速Vvよりも速い場合には、低μ路側の後輪18が駆動スリップしていると判定する。一方で、車両状態判定部76は、低μ路側の後輪周速Vwrの方が車速Vvよりも遅い場合には、低μ路側の後輪18が制動スリップしていると判定する。或いは、車両状態判定部76は、低μ路側の後輪周速Vwrの方が車速Vvよりも速いときに、低μ路側の後輪18の駆動時スリップ率(=(Vwr−Vv)/Vwr)が駆動スリップ判定閾値を超えている場合に、低μ路側の後輪18が駆動スリップしていると判定しても良い。この駆動スリップ判定閾値は、例えば駆動スリップしていることを確実に判断する為の予め定められた適合値である。尚、低μ路側の後輪周速Vwrと車速Vvとを比較することに替えて、低μ路側の後輪18の車輪速ωr(ωrl又はωrr)と左右の前輪の平均車輪速ωfとを比較しても良い。
摩擦円制限値算出部74は、車両状態判定部76により減速時であると判定されたときに、車両状態判定部76により低μ路側の後輪18が駆動スリップしていると判定された場合には、高μ路側の後輪18の摩擦円を算出し、その摩擦円に基づいて摩擦円制限値(すなわちトルク移動限界値)を算出する。一方で、摩擦円制限値算出部74は、車両状態判定部76により減速時であると判定されたときに、車両状態判定部76により低μ路側の後輪18が駆動スリップしていない(すなわち制動スリップしているか或いはスリップしていない)と判定された場合には、低μ路側の後輪18の摩擦円を算出し、その摩擦円に基づいて摩擦円制限値(すなわちトルク移動限界値)を算出する。
高μ路側の後輪18の摩擦円を用いることは、当然、異μ路を走行中であるときが前提となる。特に、高μ路側の後輪18の摩擦円を用いることは、そのことでの効果が大きくなる場合に行っても良い。その為、車両状態判定部76は、例えば前記算出した左右の後輪18の各々の車輪側の各路面μ値の推定値に基づいて、車両10が走行している走行路が異μ路であるか否かを判定する。具体的には、車両状態判定部76は、左右の各路面μ値の推定値のμ差が異μ路判定閾値を超えている場合に、走行路が異μ路であると判定する。この異μ路判定閾値は、例えば減速時の摩擦円制限において、大きい方の摩擦円を用いる場合と小さい方の摩擦円を用いる場合とで、差異が大きく出る程の異μ路であることを判断する為の予め定められた適合値である。そして、摩擦円制限値算出部74は、車両状態判定部76により減速時であると判定されたときに、車両状態判定部76により左右の各路面μ値の推定値のμ差が異μ路判定閾値を超えていると判定され且つ低μ路側の後輪18が駆動スリップしていると判定された場合には、高μ路側の後輪18の摩擦円に基づいて摩擦円制限値を算出する。
図3は、電子制御装置70の制御作動の要部すなわち減速時に左右の後輪18のうちで摩擦円が小さい方の車輪が駆動スリップしている場合に左右の後輪18間の差回転を収束し易くする為の制御作動を説明するフローチャートであり、例えば数msec乃至数十msec程度の極めて短いサイクルタイムで繰り返し実行される。図4は、図3のフローチャートに示す制御作動を実行した場合の一態様を摩擦円を用いて説明する図である。図5は、図3のフローチャートに示す制御作動を実行した場合のタイムチャートの一例である。
図3において、先ず、車両状態判定部76に対応するステップ(以下、ステップを省略する)S10において、例えばアクセルオフの減速時であるか否かが判定される。このS10の判断が否定される場合は、本ルーチンが終了させられる。このS10の判断が肯定される場合は車両状態判定部76に対応するS20において、例えば左右の後輪18の各々の車輪側の各路面μ値の推定値のμ差が異μ路判定閾値を超えているか否かに基づいて、車両10が走行している走行路が異μ路であるか否かが判定される。このS20の判断が肯定される場合は車両状態判定部76に対応するS30において、例えば低μ路側の後輪18が駆動スリップしているか否かが判定される。このS30の判断が肯定される場合は摩擦円制限値算出部74に対応するS40において、例えば高μ路側の後輪18の摩擦円が算出され、その摩擦円に基づいて摩擦円制限値が算出される。一方で、前記S20の判断が否定されるか或いは前記S30の判断が否定される場合は摩擦円制限値算出部74に対応するS50において、例えば低μ路側の後輪18の摩擦円が算出され、その摩擦円に基づいて摩擦円制限値が算出される。
図4において、図中の状態は、またぎ加速時の駆動スリップが低μ路側の左の後輪18Lに生じているときに、アクセルオフされたことを示している。又、矢印aは、アクセルオフに伴って被駆動トルクが左右の後輪18に入力されたことを示している。この状態で、アクセルオフ時の摩擦円制限が実行される場合、小さい方の摩擦円が用いられると、矢印(破線)bの比較例に示すように、トルク移動限界値は相対的に小さくされる。これに対して、大きい方の摩擦円が用いられると、矢印cの本実施例に示すように、トルク移動限界値は相対的に大きくされる。これにより、本実施例では、比較例よりも駆動スリップ側のトルクが多く奪われ易くなる為、左右の後輪18間の差動の収束が早くされる。
図5において、t1時点は、アクセルオンによって低μ路側の後輪18に駆動スリップが発生しているときにアクセルオフされたことを示している。又、アクセルオン時には、駆動スリップを抑制する為に、高μ路側の後輪18にトルク移動させられていることを示している。破線の比較例に示すように、低μ路側の後輪18の摩擦円を用いた摩擦円制限が行われると、その制限によりトルク移動量が小さくされる。その為、低μ路側の後輪18の車輪速が高μ路側の後輪18の車輪速まで低下する時間が相対的に遅くされ、差動収束が遅くされる。これに対して、実線の本実施例に示すように、高μ路側の後輪18の摩擦円を用いた摩擦円制限が行われると、トルク移動量が大きいまま維持される。これにより、低μ路側の後輪18の車輪速が高μ路側の後輪18の車輪速まで低下する時間が相対的に早くされ、差動収束が早くされる。
上述のように、本実施例によれば、減速時に左右の後輪18のうちで摩擦円が小さい方の車輪が駆動スリップしている場合には、左右の後輪18へ配分されるトルクの上限を大きい方の摩擦円とすることで、摩擦円が小さい方の車輪から摩擦円が大きい方の車輪へのトルク移動量を小さい方の摩擦円を超える範囲で設定することができる。よって、小さい方の摩擦円を用いてトルク移動量を設定することと比較して、駆動スリップ側の車輪からより大きなトルクを奪うことができるので、駆動スリップ側の車輪の回転速度を早期に低下させて、左右の後輪18間の差回転を収束し易くすることができる。これにより、車両挙動の安定化を早期に実現できたり、トルク配分装置12の耐久性が向上させられる。又、摩擦円が大きい方の車輪では、各摩擦円のうちの大きい方の摩擦円を超えない範囲でトルクが配分されるので、タイヤスリップが防止される。
以上、本発明の実施例を図面に基づいて詳細に説明したが、本発明はその他の態様においても適用される。
例えば、前述の実施例では、減速時として、アクセルオフ時を例示したが、この態様に限らない。例えば、減速時には、アクセルオフに加え、ブレーキオンを含めても良い。
また、前述の実施例における図3のフローチャートにおいて、S20を除いても良い。つまり、異μ路判定を行わなくても、減速時に駆動スリップしているか否かで摩擦円制限に用いる摩擦円の大小を切り替えれば良い。このように、図3のフローチャートにおいて、各ステップは差し支えのない範囲で適宜変更することができる。
また、前述の実施例では、路面μ値の算出にあたり、基本μ値に対して高い場合の高μ値と、基本μ値に対して低い場合の低μ値とを設定したが、この態様に限らない。例えば、そもそも基本μ値を有さず、直接的に路面μ値を算出する態様であっても良い。
また、前述の実施例では、車両10は、FR車両であったが、これに限らない。例えば、車両10は、四輪駆動車両やFF車両やRR車両であっても良い。要は、トルク配分装置12を備えた車両であれば、本発明は適用され得る。又、トルク配分装置12は、増速装置24を備えるものであったが、これに限らない。例えば、トルク配分装置12は、車軸の中間軸に伝達された動力を、中間軸に連結された左右のクラッチを各々介して、左右の車軸を経て左右の車輪へ伝達する形式のトルク配分装置であっても良い。又、左右の車輪に各々電動機が連結されて、その電動機により左右の車輪が各々駆動される形式のトルク配分装置であっても良い。要は、差動歯車装置への入力がなくても、左右の車輪間でトルク移動できるトルク配分装置であれば良い。
また、前述の実施例では、駆動力源14として、エンジンを例示したが、これに限らない。例えば、駆動力源14は、内燃機関等のガソリンエンジンやディーゼルエンジン等が用いられるが、電動機等の他の原動機を単独で或いはエンジンと組み合わせて採用することもできる。
尚、上述したのはあくまでも一実施形態であり、本発明は当業者の知識に基づいて種々の変更、改良を加えた態様で実施することができる。