以下、本発明をその好ましい実施形態に基づき説明する。本発明は皮膚バリア機能改善剤、細胞間接着構造の形成促進剤、タイトジャンクション形成促進剤、TRPV4活性化剤、細胞内Ca濃度上昇亢進剤及び皮脂産生促進剤に関するものである。以下、これらの剤を総称して本発明の剤ともいう。以下の説明は、特に断らない限り、本発明の剤のいずれにも当てはまる。
本発明の剤に用いる松樹皮処理物の原料松としては、フランス海岸松(Pinus Martima)、ニュージーランドマツ、フィンランドマツ、エキナタマツ、カラマツ、クロマツ、アカマツ、ヒメコマツ、ゴヨウマツ、チョウセンマツ、ハイマツ、ストローブマツ、サトウマツ、リュウキュウマツ、スラッシュマツ、カリビアマツ、リギダマツ、テ−ダマツ、ダイオウショウ、タイワンアカマツ、バンクスマツ、ウツクシマツ、ダイオウマツ、シロマツ、カナダのケベック地方のアネダ等が挙げられる。中でも、フランス海岸松、ニュージーランドマツ、フィンランドマツの樹皮処理物が好ましく、特に、フランス海岸松が好ましい。
フランス海岸松は、南仏の大西洋沿岸の一部に生育している海洋性松をいう。このフランス海岸松の樹皮は、フラボノイド類であるプロアントシアニジン(proanthocyanidin)を主要成分として含有する他に、有機酸ならびにその他の生理活性成分等を含有している。この主要成分であるプロアントシアニジンには、活性酸素を除去する強い抗酸化作用があることが知られている。
松樹皮処理物としては、松の樹皮を粉砕して得られる松樹皮粉砕物、水及び/又は有機溶媒で抽出して得られる松樹皮抽出物を挙げることができる。これらは単独、混合のいずれでも使用できる。中でも、上述するプロアントシアニジンやその他生理活性成分による使用時の効果の顕著性や品質の安定性の観点から松樹皮抽出物を用いることが好ましい。松樹皮抽出物を得るに当たり、例えば、水を用いる場合には冷水、温水、または熱水が用いられる。抽出に用いる有機溶媒としては、メタノール、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノール、1-ブタノール、2-ブタノール、ブタン、アセトン、ヘキサン、シクロヘキサン、プロピレングリコール、含水エタノール、含水プロピレングリコール、エチルメチルケトン、グリセリン、酢酸メチル、酢酸エチル、ジエチルエーテル、ジクロロメタン、食用油脂、1,1,1,2-テトラフルオロエタン、1,1,2-トリクロロエテン等が好ましく用いられる。これらの水、有機溶媒は単独で用いてもよいし、組合わせて用いてもよい。特に、熱水、含水エタノール、含水プロピレングリコール等が好ましく用いられる。
松樹皮抽出物を得るための松樹皮からの抽出方法は特
に制限はないが、例えば、加温抽出法、超臨界流体抽出法等が用いられる。
超臨界流体抽出法とは、物質の気液の臨界点(臨界温度、臨界圧力)を超えた状態の流体である超臨界流体を用いて抽出を行う方法である。超臨界流体としては、二酸化炭素、エチレン、プロパン、亜酸化窒素(笑気ガス)等が用いられるが、二酸化炭素が好ましく用いられる。
超臨界流体抽出法では、目的成分を超臨界流体によって抽出する抽出工程と、目的成分と超臨界流体を分離する分離工程とを行う。分離工程では、圧力変化による抽出分離、温度変化による抽出分離、吸着剤・吸収剤を用いた抽出分離のいずれを行ってもよい。
また、エントレーナー添加法による超臨界流体抽出を行ってもよい。この方法は、抽出流体に、例えば、エタノール、プロパノール、n-ヘキサン、アセトン、トルエン、その他の脂肪族低級アルコール類、脂肪族炭化水素類、芳香族炭化水素類、ケトン類を2〜20w/V%程度添加し、この流体を用いて超臨界流体抽出を行うことによって、目的とする抽出物の抽出溶媒に対する溶解度を飛躍的に上昇させる、あるいは分離の選択性を増強させる方法であり、効率的な松樹皮抽出物を得る方法である。
超臨界流体抽出法は、比較的低い温度で操作できるため、高温で変質・分解する物質にも適用できるという利点、抽出流体が残留しないという利点、溶媒の循環利用が可能であるため、脱溶媒工程等が省略でき、工程がシンプルになるという利点がある。
また、松樹皮抽出物を得るための松樹皮からの抽出方法は、上述の抽出法以外に、液体二酸化炭素回分法、液体二酸化炭素還流法、超臨界二酸化炭素還流法等の方法によって行ってもよい。
松樹皮抽出物を得るための松樹皮からの抽出方法は、複数の抽出方法を組み合わせてもよい。複数の抽出方法を組み合わせることにより、種々の組成の松樹皮抽出物を得ることが可能となる。
松樹皮からの抽出物は、限外濾過、あるいは吸着性担体(ダイヤイオンHP-20、Sephadex-LH20、キチン等)を用いたカラム法またはバッチ法などにより、精製を行うことが安全性の面から好ましい。また、必要に応じて、減圧濃縮、凍結乾燥などの方法により濃縮または乾燥して、液状、ペースト状、または粉末状(抽出物粉末)、細粒状、顆粒状としてもよい。松樹皮抽出物等の松樹皮処理物は、粉末状、細粒状、顆粒状であることが好ましい。
本発明に用いられる松樹皮処理物は、主な成分の一つとして、プロアントシアニジンを含有することが好ましい。プロアントシアニジンは、フラバン-3-オールおよび/またはフラバン-3,4-ジオールを構成単位とする重合度が2以上の縮重合体からなる化合物群をいう。プロアントシアニジンは、植物が作り出す強力な抗酸化物質であり、植物の葉、樹皮、果実の皮および種に集中的に含まれている。なお、このプロアントシアニジンは、ヒトの体内では生成することができない物質である。
松樹皮処理物に含有するプロアントシアニジンとしては、特に、重合度が低い縮重合体が多く含まれるプロアントシアニジンが好ましい。重合度の低い縮重合体としては、重合度が2〜30の縮重合体(2〜30量体)が好ましく、重合度が2〜10の縮重合体(2〜10量体)がより好ましく、重合度が2〜4の縮重合体(2〜4量体)がさらに好ましい。重合度が2〜4の縮重合体(2〜4量体)のプロアントシアニジンは、特に体内に吸収されやすい。本明細書では、重合度が2〜4の重合体を、オリゴメリック・プロアントシアニジン(oligomeric proanthocyanidin、以下「OPC」と称する)という。
本発明に用いられる松樹皮処理物は、OPCを10質量%以上、好ましくは15質量%以上、より好ましくは20質量%以上の割合で含有する抽出物であることが望ましい。
松樹皮は、OPCに富むため、プロアントシアニジンの原料として好ましく用いられる。しかし、松樹皮には、プロアントシアニジンだけでなく、プロアントシアニジン以外の成分も含まれている。例えば、松樹皮処理物が抽出物である場合、プロアントシアニジンを植物体より抽出する工程により、様々な有機酸やフラボノイドも抽出される。
松樹皮抽出物を得るための松樹皮からの抽出方法について、具体的に好ましい態様としては、以下の方法を挙げることができる。ただしこの方法に限定されるものではない。
フランス海岸松の樹皮1kgを、塩化ナトリウムの飽和溶液3Lに入れ、100℃にて30分間抽出し、抽出液を得る(抽出工程)。その後、抽出液を濾過し、得られる不溶物を塩化ナトリウムの飽和溶液500mLで洗浄し、洗浄液を得る(洗浄工程)。この抽出液と洗浄液を合わせて、松樹皮の粗抽出液を得る。
次いで、この粗抽出液に酢酸エチル250mLを添加して分液し、酢酸エチル層を回収する工程を5回行う。回収した酢酸エチル溶液を合わせて、無水硫酸ナトリウム200gに直接添加して脱水する。その後、この酢酸エチル溶液を濾過し、濾液を元の5分の1の量になるまで減圧濃縮する。濃縮された酢酸エチル溶液を2Lのクロロホルムに注ぎ、攪拌して得られる沈殿物を濾過により回収する。この沈殿物を酢酸エチル100mLに溶解した後、再度1Lのクロロホルムに添加して沈殿させる操作を2回繰り返す洗浄工程を行う。この方法により、例えば、OPCを20質量%以上含有する松樹皮抽出物を得ることができる。
本発明の剤は、上記に説明した松樹皮処理物を含有するものである。
前記松樹皮処理物は、前記で挙げた各特性を生かして、該松樹皮処理物単独で、或いは、その他の成分と配合して、各種の製品として用いることができる。そのような製品としては、各種の皮膚用の化粧品や経皮用の医薬品若しくは医薬部外品、入浴剤、石ケン・シャンプー等の洗浄剤といった、松樹皮処理物を経皮摂取する形態;経口用や口腔用組成物といった松樹皮処理物を経口摂取する形態が挙げられる。ここでいう皮膚用化粧品とは、ヒトを対象としたものであってもよいし、ヒト以外の動物、特に哺乳類を対象としたものであってもよい。前記松樹皮処理物をこれらの製品として用いることにより、これらの製品に、所望の皮膚バリア機能改善効果を付与することができる。
例えば、前記松樹皮処理物を、前記各種の経皮摂取する形態の製品とする場合の剤形としては、ローション、乳剤、ゲル、クリーム、軟膏剤、粉末、顆粒、カプセル、シート、気泡、スプレー、エアゾール、ペースト、パック等、液体状、固体状を問わず任意の形態を挙げることができる。
前記松樹皮処理物をこれら経皮摂取する形態の製品とする場合の具体的な利用分野は、例えば、各種の外用製剤類(ヒト以外の動物用に使用する製剤も含む)全般において利用でき、具体的には、アンプル、カプセル、丸剤、錠剤、粉末、顆粒、固形、液体、ゲル、気泡、エマルジョン、シート、ミスト、スプレー剤等利用上の適当な形態の1)医薬品類、2)医薬部外品類、3)局所用又は全身用の皮膚用化粧品類(例えば、化粧水、乳液、クリーム、軟膏、ローション、オイル、パック等の基礎化粧料、洗顔料や皮膚洗浄料、マッサージ用剤、クレンジング用剤、除毛剤、脱毛剤、髭剃り処理料、アフターシェーブローション、プレショーブローション、シェービングクリーム、ファンデーション、口紅、頬紅、アイシャドウ、アイライナー、マスカラ等のメークアップ化粧料、香水類、美爪剤、美爪エナメル、美爪エナメル除去剤、パップ剤、プラスター剤、テープ剤、シート剤、貼付剤、エアゾール剤等)、4)頭皮に適用する薬用又は/及び化粧用の製剤類(例えば、シャンプー剤、リンス剤、ヘアートリートメント剤、プレヘアートリートメント剤、パーマネント液、染毛料、整髪料、ヘアートニック剤、育毛・養毛料、パップ剤、プラスター剤、テープ剤、シート剤、貼付剤、エアゾール剤等)、5)浴湯に投じて使用する浴用剤、6)その他、腋臭防止剤や消臭剤、防臭剤、制汗剤、衛生用品、衛生綿類、ウエットティシュ、口中清涼剤、含嗽剤等が挙げられる。
前記松樹皮処理物を前記の各種の経皮摂取する形態の製品とした場合、これらの前記松樹皮処理物以外の前記のその他の成分としては、油脂類、ロウ類、炭化水素類、脂肪酸類、水、アルコール類、エステル類、界面活性剤、金属石鹸、pH調整剤、防腐剤、香料、保湿剤、粉体、紫外線吸収剤、増粘剤、色素、機能性成分、動植物成分、酸化防止剤、キレート剤等、外用剤として使用する任意の成分を制限なく用いることができる。その他の成分の含有量は、本発明の剤の剤形や求められる効果のレベルや内容等に応じて適宜選択することができる。
本発明の剤を、経皮摂取する形態で用いる場合、本発明の剤において、上記に説明した松樹皮処理物の含有量は、使用する松樹皮処理物の処理方法、剤の用途や剤形、摂取方法の違いや求められる効果のレベル等によっても異なるが、一般に、本発明の剤の固形分中、0.00001質量部以上であることが好ましく、0.00005質量部以上であることがより好ましく、0.0001質量部以上であることが更に好ましく、0.001質量部以上であることが特に好ましい。また本発明の剤中、松樹皮処理物の含有量が30質量部以下であることが好ましく、20質量部以下であることがより好ましく、15質量部以下であることが更に好ましく、10質量部以下であることが特に好ましい。
本発明の剤においては、松樹皮処理物を前記各種の経口摂取する形態の製品とした場合、その製品の剤形としては、例えば粉末状、粒状、顆粒状、錠状、棒状、板状、ブロック状、固形状、丸状、液状、ペースト状、クリーム状、ハードカプセルやソフトカプセルのようなカプセル状、カプレット状、タブレット状、ゲル状等の各形態が挙げられる。
本発明の剤においては、松樹皮処理物を前記各種の経口摂取する形態の製品とした場合、前記のその他の成分としては、例えば、ビタミン類(A、C、D、E、K、葉酸、パントテン酸、ビオチン、これらの誘導体等)、ミネラル(鉄、マグネシウム、カルシウム、亜鉛、セレン等)等を配合しても良い。また、種々の賦形剤、結合剤、滑沢剤、安定剤、希釈剤、増量剤、増粘剤、乳化剤、着色料、添加物等を配合しても良い。その他の成分の含有量は、本発明の剤の剤形や求められる効果のレベルや内容等に応じて適宜選択することができる。
本発明の剤を、経口摂取する形態で用いる場合、本発明の剤において、上記に説明した松樹皮処理物の含有量は、使用する松樹皮処理物の処理方法、剤の用途や剤形、摂取方法の違いや求められる効果のレベル等によっても異なるが、一般に、本発明の剤の固形分中、0.0001質量部以上であることが好ましく、0.0005質量部以上であることがより好ましく、0.001質量部以上であることが更に好ましく、0.01質量部以上であることが特に好ましい。
本発明の剤を経口的に摂取する場合、その経口投与量は、上記松樹皮処理物の乾燥物換算で、成人1日当りおよそ0.01mg以上3g以下であることが好ましく、0.1mg以上1g以下であることがより好ましい。
本発明の剤は、後述する実施例の記載から明らかなとおり、表皮、特に、皮膚のバリア機能と関係の深い角化細胞におけるTRPV4を活性化するものである。実施例に示すように、本発明の剤は、TRPV4遺伝子発現を亢進することにより、TRPV4を活性化する。これにより、本発明の剤は、角化細胞におけるTRPV4蛋白質量を増大させて、表皮におけるTRPV4の機能を強化することができる。このような本発明の剤は、TRPV4遺伝子発現の亢進剤としても用いることができる。
また、本発明の剤は、後述する実施例の記載から明らかなとおり、表皮細胞における細胞内カルシウムイオン濃度の上昇を亢進するものである。具体的には、本発明の剤は、TRPV4を刺激することによる角化細胞内のカルシウムイオン濃度の上昇を亢進するものである。
これらの機能により、本発明の剤は、表皮におけるタイトジャンクション等の細胞間接着構造の形成を効果的に促進し、角化細胞間隙における物質の透過を抑えることにより、
皮膚バリア機能を高めることができる。
更に、本発明の剤は、後述する実施例の記載から明らかなとおり、皮脂の産生を促進するものである。これによって本発明の剤は、皮膚表面における皮脂膜の形成を促進することができ、これにより病原体等の侵入を防止して、皮膚のバリア機能を更に高めることができるほか、頭髪の美しさを向上させることができ、また、皮脂欠乏性湿疹等の皮脂欠乏を介した皮膚の異常や障害を予防及び改善できる。
特に、本発明の剤が対象とする皮膚バリア機能とは、水分等の物質透過機能だけでなく、病原体が体内に侵入することに対抗し、皮膚感染症等の皮膚障害に対する予防や改善に繋がるものである。皮膚の角層が抗菌シールドとして機能することはよく知られている(たとえば、「皮膚バリア機能と感染防御」日皮会誌:119(11)2141-2149,2009)。これに関連し、TRPV4の活性化により形成促進される角化細胞におけるタイトジャンクションは、角層を通り抜けた抗原が、細胞と細胞の隙間を通り抜けて体内に侵入してくるのを防いでいると考えられている(www.keio.ac.jp/ja/press_release/2009/...att/091203_1.pdf、2014年9月16日検索)。また、上述した非特許文献2には、TRPV4は、細胞間接着構造の形成だけでなく、角層依存性のバリア機能の向上に寄与するとされている。また、上述したように、皮脂膜のpHは弱酸性であるため、皮脂の産生は、皮膚表面を酸性に保ちやすくして、皮膚細胞における感染を防止する役割を果たすことが知られている。 従って、本発明の剤は、TRPV4の遺伝子発現を亢進、つまり、この蛋白質の発現を亢進し、これにより病原体等や物理的刺激、異物に対する皮膚のバリア機能を改善するので、体外からの細菌や有害物質の侵入による直接的な障害、アレルギ−反応などを予防でき、皮膚感染症や皮脂欠乏性湿疹などの皮膚異常・障害の発症に対する予防や改善に用いることが可能である。本発明の剤は、ヒト及びヒト以外の動物(哺乳類等)のいずれを対象にしてもよい。 また、本発明の剤は、後述した実施例の記載から明らかなとおり、比較的高濃度で細胞に適用しても細胞生存率が高く、経皮摂取及び経口摂取する際の安全性が高い。
以下、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明する。しかし本発明の範囲はかかる実施例に限定されない。以下、特に断らない場合「%」は質量%、「部」は質量部を表す。なお、以下の試験において、言うまでもなく、試料や培地等は適宜滅菌して使用した。
〔実施例1〕 松樹皮処理物として、松樹皮抽出物(商品名「フラバンジェノール」(登録商標、株式会社東洋新薬製、赤褐色の粉末)を用いた。この粉末状の松樹皮抽出物をDMSOで溶解して、松樹皮抽出物の濃度が0.4mg/mLのDMSO溶液を得た。このDMSO溶液をKeratinocyte Basal Mediumでさらに1000倍希釈し(DMSO終濃度0.1%)、実施例1の被験物質含有培地を得た。なお、Keratinocyte Basal Mediumは、タカラバイオ(Promo Cell)製のKeratinocyte Basal Medium 2 Kit における培地100部に、添付のサプリメントと、Penicillin-Streptomycinとをそれぞれ1部添加したものであり、これを以下「KBM」と略す。
〔実施例2〜3〕 松樹皮抽出物の濃度がそれぞれ2mg/mL及び10mg/mLであるDMSO溶液をKBMで1000倍希釈した以外は、実施例1と同様にして被験物質含有培地を得た。
〔比較例1〕 0.1%DMSO含有KBMを用いた。
実施例1〜3及び比較例1で調製した培地を以下の<生存率試験>に供した。<生存率試験>(1)細胞培養 正常ヒト表皮角化細胞(成人、プールド、PromoCell製、継代数P7〜9、以下「NHEK細胞」と略す)を以下の手順で培養した。
NHEK細胞を、37℃、5%CO2インキュベーター内で、75cm2フラスコ中で、KBMにより培養した。培養後のNHEK細胞を、Trypsin-EDTA処理により浮遊させた。浮遊した細胞を、24 well plateに5 × 104 cells/wellとなるように播種した。well中のNHEK細胞を37℃、5%CO2インキュベーター内で24時間、前培養した。
前培養後、培地を除去した後、実施例1〜3で調製した被験物質含有培地をそれぞれ1mL/well添加し、37℃、5%CO2インキュベーターで48時間培養した(n = 3)。陰性Controlとして、比較例1の培地を実施例1の培地の代わりに用い、同様の培養を行った。
(2)生存率の測定 細胞培養後の各wellから培地上清を除去した。次いで、well中の細胞をダルベッコリン酸緩衝生理食塩水(以下、PBSと略す)で洗浄した。Cell Counting Kit-8(同仁化学)を無血清Dulbeccoo’s Modified Eagle’s Medium (以下DMEMと略す)で30倍に希釈した希釈液を調製した。この希釈液を洗浄後の細胞に500μL/well添加した。プレートを37℃、5%CO2インキュベーター内に静置後、96 well plateに100μL移し、450nmにおける吸光度をプレートリーダ(Thermo electron社製、VARIOSKAN)で測定した。得られた吸光度に基づき、以下の式から陰性コントロールに対する比(%of Control)を算出し、平均値を細胞生存率とした。%of Control =(Data sample-Data blank) / (Data control-Data blank) ×100
その結果、松樹皮処理物を含有する実施例1〜3の培地を用いた場合、陰性コントロールである比較例1と、有意差はなく、濃度にかかわらず、細胞生存率は高かった。
実施例3及び比較例1の培地により上記(1)で培養したNHEK細胞を以下の<遺伝子発現解析試験>に供した。
<遺伝子発現解析試験> (A)mRNAの抽出(QIAGEN製 RNeasy Mini Kitを使用) <生存率試験>の(1)の細胞培養の通りに細胞を培養後、各wellより培地上清を除去し、細胞をPBSで洗浄した。次いでBuffer RLTを350 μL/well添加し、室温で5min振とうした。振とう後、各wellに70%エタノールを350μLずつ添加し、ピペッティングにより混和した。その後、各wellの溶液全量をRNeasy spin columnに添加し、2mL collection tubeにセットした。その後、RNeasy Mini Kitに添付されたプロトコルの通りの手順によりTotal RNAサンプルを得た。
(B)cDNAの作製(QIAGEN製Reverse Transcription Kitを使用) (A)で抽出したRNAサンプルの濃度と純度(260nm/280nm)をThermo electron社製のNanoDropを用いて測定した。ゲノムDNAを除去するため、氷上、1.5mLの滅菌チューブ中に300ngのtemplate RNA、gDNA Wipeout Buffer 2μL及びRNase free waterを混合し、全量を14μLとした。42℃, 2minインキュベート後、氷上へ移した。このチューブに、Quantiscript Reverse Transcriptase:Quantiscript RT Buffer:RT Primer Mix を 1:4:1の割合で混合した混合液を6μLずつ分注した。42℃, 15minインキュベートした後、95℃, 3minインキュベートし、-80℃で保存した。
(C)RT-PCRの実施 (B)で作製したcDNAサンプルをRNase free water で10倍希釈し、鋳型とした。また、検量線を作成するため、1つのサンプルを10倍希釈後さらに4倍、16倍希釈した。希釈したcDNAを氷上、0.1mLチューブに4μLずつ分注した。このチューブへ、PCR Mix:Primer = 5:1の割合で混合した混合液を6μLずつ分注した。チューブ中のcDNA について、以下の条件でRT-PCRを実施した。Primerは以下のものを使用した。
(RT-PCRの条件) Hold: 95℃・5min Cycle:95℃・5sec → 60℃・10sec × 40 cycle Melt:55 - 99℃
(Primer)・ GAPDH:Hs_GAPDH_2_SG (QT01192646)・ TRPV4:Hs_TRPV4_1_SG (QT00077217)
1倍(cDNAサンプルの10倍希釈のもの)、4倍、16倍希釈したサンプルから作成した検量線を用いて、各サンプルにおける遺伝子発現量を算出した。GAPDH(ハウスキーピング遺伝子)を内部標準としてmRNA量を補正し、陰性Controlに対する相対的な遺伝子発現量を算出した。その結果を図1に示す。図1の*は、実施例3の発現量について、t-testにより危険率p<0.05で比較例1との有意差が示されたことを示す。
図1に示す結果から、松樹皮処理物を用いた実施例3では、松樹皮処理物を用いていない比較例1に比べて、有意にTRPV4遺伝子の発現量が増加した。この結果から、松樹皮処理物を含有する本発明の剤が、TRPV4遺伝子発現の亢進剤として有用であり、TRPV4遺伝子の発現亢進を通じてTRPV4活性化剤として有用であることが判る。また本発明の剤が、TRPV4の発現を亢進してTRPV4を活性化する作用により、皮膚バリア機能改善剤、細胞間接着構造の形成促進剤及びタイトジャンクション形成促進剤としても有効であることが明らかである。なお、本発明とは逆に、TRPV4の活性を抑制する物質としては、例えば、フェルラ酸(特開2014−024805)、クロロゲン酸類、カフェ酸(特開2014−024806)、3,4-ジメトキシけい皮酸(特開2014−024807)、レスベラトロール(特開2014−024808)、イソラムネチン、カテキン、ヘスペレチン、ケルセチン、ルテオリン、フィセチン、クリシン、ゲニステイン及びこれらの配糖体(特開2014−024809)等が知られている。
次に、実施例1〜3及び比較例1で調製した培地を以下の<カルシウム濃度測定試験>に供した。
<カルシウム濃度測定試験> NHEK細胞を<生存率試験>の(1)細胞培養と同様にして培養、浮遊させ、浮遊後の細胞を培地ごと96 well plateに2 × 104cells/wellとなるように播種した。well中のNHEK細胞を 37℃、5%CO2インキュベーター内で24時間、前培養した。
前培養後、well中の培地を除去し、NHEK細胞(P10)をPBSで洗浄後、実施例1〜3で調製した被験物質含有培地をそれぞれ0.1mL/well添加し、37℃、5%CO2インキュベーターで72時間培養した(n = 3)。陰性Controlとして、比較例1の培地を実施例1の培地の代わりに用い、同様の培養を行った。
細胞培養後の各wellから培地を除去し、well中の細胞をPBSで洗浄した。 Fura-2( 同人化学 社製)をDMSOに溶解して、Fura-2の濃度が1mg/mLのDMSO溶液を調製した。これを更に専用培地(同人化学)にて10μg/mLになるように希釈してFura-2溶液を調製した。このFura-2溶液を洗浄後の細胞に100μL/well添加した。28℃、1時間培養後、各wellから溶液を除去し、well中の細胞をPBSで洗浄した。RN-1734(Sigma社製、TRPV4アンタゴニスト)の20μM溶液を、RN-1734の濃度が100mMとなるようにDMSOへ溶解し、これを更に20μMとなるようにFura-2溶液にて希釈して調製した。このRN-1734の20μM溶液を洗浄後の細胞に100μL/well添加した。28℃、30分培養後、4α-PDD(LC laboratories社製、TRPV4アゴニスト)を10μMの濃度となるように添加した。4α-PDDの添加後、0秒から1000秒まで20秒置きに、励起波長340nmによる510nmの蛍光強度(F(340))及び励起波長380nmによる510nmの蛍光強度(F(380))を測定した。各時点におけるこれらの蛍光強度から各時点の蛍光強度比(R=F(340)/F(380))を算出した。その後、5μM lonomycinを添加し、蛍光強度を測定した(その時のRの値をRmax、F(380)の値をFmax(380)と表す)。次いで、10mMのEGTAを添加し、蛍光強度を測定した(その時のRの値をRmin、F(380)の値をFmin(380)と表す)。 以下の式から細胞内カルシウム濃度[Ca2+]j(nM)を算出した。[Ca2+]j(nM)=Kd×(R-Rmin)/(Rmax-R)×(Fmin(380)/Fmax(380)),Kd:224nM(Fura-2の解離定数))
図2に、4α-PDDの添加による細胞内カルシウム濃度[Ca2+]j(nM)の変化量(△[Ca2+]j(nM))の平均値の結果を示す。具体的には、この変化量は、以下のようにして求めたものである。図2における*は、t-testにより危険率p<0.05で比較例1との有意差が示されたことを示す。<変化量(△[Ca2+]j(nM))の求め方> TRPV4アゴニスト添加前のRをR初期値としてこのRから上記式により求められる細胞内カルシウム濃度を「初期カルシウム濃度(nM)」とした。また
、4α-PDD添加後、最もRが高いときの値をR最大値とし、このR最大値から上記式により求められるカルシウム濃度を「4α-PDD添加後のカルシウム濃度(nM)」とした。「4α-PDD添加後のカルシウム濃度(nM)」から「初期カルシウム濃度(nM)」を引いた値の3連の平均値を変化量(△[Ca2+]j(nM))とした。
また、4α-PDD添加後の経過時間に対する蛍光強度比Rの推移について、ベースライン補正したものを、図3に示す。具体的には、図3には、各時点のRの3連の平均値のうち、4α-PDD添加後0秒から180秒までにおける20秒毎の各時点の平均値を平均してこれをベースライン値とし、このベースライン値で、各時点のRの3連の平均値を除した値(蛍光強度比R/ベースライン値)を示す。
図2から明らかな通り、松樹皮処理物を添加した各実施例は、陰性コントロールである比較例1に比べて、4α-PDDを添加することによる細胞内のカルシウム濃度の増加量が有意に高いことが判る。また、図3から明らかな通り、各実施例において、細胞内カルシウム量の指標となるR値(ベースライン補正後のR値)は、4α-PDD添加から200秒後(3.3分後)以降、陰性コントロールのRの増加率を大きく上回り、その傾向が、1000秒後(16分後)まで継続的に増加することが判る。このことは、4α-PDD添加後、TRPV4の刺激により細胞外カルシウムを細胞内に流入させるという作用が、松樹皮処理物により増強されることを示している。特に、松樹皮処理物の濃度が10μg/mLである実施例3の培地で処理した場合、4α-PDD添加から200秒後(3.3分後)〜360秒後(6分後)に掛けた上昇が顕著であり、細胞外カルシウムの細胞内流入に対する松樹皮処理物による亢進作用が強く表れていることが示されている。これらの結果により松樹皮処理物を含有する本発明の剤は、TRPV4を刺激することによる細胞内のCa濃度の上昇亢進剤として有用であることが明らかである。また本発明の剤が、細胞内のCa濃度の上昇を亢進する作用により、皮膚バリア機能改善剤、細胞間接着構造の形成促進剤及びタイトジャンクション形成促進剤としても有効であることが明らかである。
〔実施例4〜6〕 松樹皮処理物として、松樹皮抽出物(商品名「フラバンジェノール」(登録商標、株式会社東洋新薬製、赤褐色の粉末)を用いた。この粉末状の松樹皮抽出物をDMSOで溶解し、松樹皮抽出物の濃度が10 mg/mLのDMSO溶液を得た。このDMSO溶液をHuMedia-BD培地(倉敷紡績株式会社)を用いて希釈して、松樹皮抽出物の濃度を10μg/mL(DMSO最終濃度0.1%)に調整した。このようにして得た、松樹皮抽出物の濃度が10μg/mLである0.1%DMSO含有HuMedia-BD培地を、実施例6の培地とした。実施例6の培地を、更に0.1%DMSO含有HuMedia-BD培地で希釈することにより松樹皮抽出物の濃度がそれぞれ2μg/mL及び0.4μg/mLである2種類の0.1%DMSO含有HuMedia-BD培地を得て、これをそれぞれ実施例5及び4の培地とした。これら培地は適宜滅菌した。
〔比較例2〕 陰性コントロールとして、0.1%DMSO含有HuMedia-BD培地を用いた。この培地は適宜滅菌した。
次に、実施例4〜6及び比較例2で調製した培地を以下の<皮脂産生試験>に供した。
<皮脂産生試験>(1)ヒト等の皮脂線モデルとして、正常ハムスター皮脂腺細胞[Ha-SE](倉敷紡績株式会社)を用いた。HuMedia-BG培地(倉敷紡績株式会社)を用いて増殖させたこの皮脂腺細胞を回収し、Trypan Blue Solution(0.4%、Sigma Aldrich)を用いて細胞数測定を行った。皮脂腺細胞は、4.5×104個/500μLになるようにHuMedia-BD培地を用いて懸濁し、24 wellセルカルチャーコートマイクロプレート(以下マイクロプレートと呼ぶ)の各wellに500μLずつ播種した。24時間後、CO2培養器内で静置し、皮脂腺細胞をマイクロプレート底面に付着させた。(2)皮脂腺細胞が付着したマイクロプレートの各wellから培養上清を除去し、37℃に加温した実施例4〜6及び比較例2の培地をそれぞれ500μL添加し、CO2培養器内で静置した(n=3)。(3)(2)の作業を、2〜3日ごとに、12日間に計4回繰り返した。
(4)得られた皮脂腺細胞について、脂質合成測定キット(倉敷紡績株式会社)を用いて皮脂産生量を測定した。測定方法は、キットに付属のプロトコルに従って行った。まず、マイクロプレートの各wellから培養上清を除去し、HuMedia-BD培地で25倍希釈したWST-8溶液(上記キット付属品)を500μL添加し、CO2培養器内で30分静置した。 30分後、各wellから200μLの上清を96wellマイクロプレートに回収した。96wellマイクロプレートをマイクロプレートリーダーにセットし、吸光度(450nm)を測定した。
(5)WST-8溶液の入ったマイクロプレートから上清を除去し、PBSで細胞を洗浄後、10%ホルマリン溶液(上記キット付属品)を500μL添加し、室温で10分静置した。その後上清を除去し、PBSで細胞を洗浄後、60%イソプロパノール溶液500μL添加し、室温で1分静置した。その後上清を除去し、オイルレッドO溶液(上記キット付属品)を300μL添加し、室温で30分静置した。その後上清を除去し、60%イソプロパノール溶液で細胞を洗浄後、細胞染色像の撮影を行った。撮影後の細胞に、100%イソプロパノール溶液(上記キット付属品)を300μL添加し、室温で5分間、450rpmで振盪した。振盪後、200μLの上清を96wellマイクロプレートに回収した。96wellマイクロプレートをマイクロプレートリーダーにセットし、吸光度(530nm)を測定した。
(6)キットの説明書に従い、上記で測定した450nmの吸光度(吸光度A)を細胞数測定値とし、上記で測定した530nmの吸光度(吸光度B)を脂質合成量測定値とし、これらの比「吸光度B/吸光度A」を求め、「細胞当たりの脂質合成量」とした。その3連の平均値を図4に示す。また、比較例2で得られた細胞染色像を図5に示し、実施例4で得られた細胞染色像を図6に示し、実施例5で得られた細胞染色像を図7に示し、実施例6で得られた細胞染色像を図8に示す。これらの像において、脂質が存在する部分は染色されて色が濃くなっている。
図4に示すように、松樹皮処理物を含有する実施例4〜6の培地の脂質合成量はいずれも、陰性コントロールである比較例3に比べて高かった。また、陰性コントロールの染色細胞像である図5と、実施例4〜6の染色細胞像である図6〜8との比較から、後者は前者に比べて、皮脂線細胞中における脂質量が多いことは明らかである。これらのことから、松樹皮処理物を含有する本発明の剤は、皮脂産生促進剤として有効であることは明らかである。また本発明の剤は、皮脂膜の形成を促進する作用により、皮膚バリア機能改善剤としても有用であることは明らかである。また本発明の剤は、皮脂欠乏性湿疹等の皮脂産生低下に伴う疾患や障害等を予防ないし改善しうることも明らかである。なお、本発明とは逆に、皮脂産生を抑制する物質としては、例えば、β-グリチルレチン酸(特開平04−264014)、フラクトオリゴ糖、イソマルトオリゴ糖、パラチノースオリゴ糖またはキシロオリゴ糖(特開平05−294836)、パン酵母抽出物(特開平08−188517)、トラネキサム酸メチルアミド(特開平09−255521)、オウバク抽出物(特開平10−298055)、エキナケアまたはキンレンカの抽出物(特開平11−092353)、キク科マリアアザミ属植物の抽出物(特開2000−169332)、紅藻(特開2005−047910)、冬瓜抽出物(特開2008−037764)、ラクトフェリン(特開2011−132166)、コラーゲン加水分解物(特開2011−136945)、クリプトキサンチンなどのカロテノイド及び/又はその誘導体(特開2013−028572)、バラ科ボケ属カリンの抽出物(特開2013−032331)等が知られている。