JP6115725B2 - 質量分析を用いたアンモニア測定方法 - Google Patents
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Description
なお、上記非特許文献では、イメージング質量分析が可能な質量分析装置は同時に顕微鏡観察も可能であることから顕微質量分析装置と呼ばれているが、本明細書では、イメージング質量分析を目的とする装置であることを明確化するためにイメージング質量分析装置と呼ぶ。
(1)イメージング質量分析装置では一般に、イオン源として真空マトリクス支援レーザ脱離イオン化(MALDI)法が用いられている。試料中のアンモニウムイオンは水溶液中では非常に安定であるが、水和水がない状態では分解され易い。そのため、イオン化の際に試料を真空雰囲気中に載置すると、試料中の水分が失われるのに伴い該試料中のアンモニウムイオンは分解されてしまう。
(2)MALDI法では試料とマトリクスとを混合する又は試料にマトリクスを付着させる等の試料調製を行う必要があるが、溶媒を含むマトリクス溶液を試料表面に噴霧すると、溶媒の気化と同時に試料中のアンモニアも揮発して消失してしまう。蒸着等を利用した溶媒を含まないマトリクスの付着手法も知られているものの、一般に蒸着は高い真空度(10-3〜10-4Pa程度)の下で行われるため、やはりマトリクス付着過程において試料中のアンモニアが消失してしまう可能性が高い。
(3)リンパ液や血液等の体液中に溶け込んだアンモニアは移動し易いため、生体組織中の体液に存在するアンモニアを測定しても、その分布を正確に捉えることはできない。
大気圧雰囲気の下でマトリクス支援レーザ脱離イオン化(MALDI)法により試料中の成分をイオン化するイオン源を用い、試料中の脂質のアンモニウムイオン付加体を対象とする質量分析を実行し、その結果に基づいてアンモニアを測定することを特徴としている。
ここでは、測定対象は生体由来の組織切片であるとする。この組織切片は組織中に中性脂質を含むものであることが好ましく、例えば肝細胞、骨髄などが好適である。こうした試料を準備した(ステップS1)ならば、まずMALDIのための試料調製が行われる。具体的には、導電性スライドガラス等のプレート上に試料(生体組織切片)を載せ、その試料の表面に、低真空雰囲気の下での蒸着により、マトリクスを付着させる(ステップS2)。
上述したように、生体細胞中の脂質のカリウムイオン付加体の量は脂質の量をほぼ反映している。したがって、同じ部位に対するアンモニウムイオン付加体とカリウムイオン付加体との信号強度比Pを計算することで、脂質の量の相違の影響を排除することができる。それによって、単にアンモニウムイオン付加体の信号強度を用いる場合に比べて、アンモニア量の正確な比較や評価が行える。
実測例1では、マウスの正常な肝臓組織切片を試料とし、該試料中のトリアシルグリセロールのアダクトイオンの検出状況を調べた。マトリクスにはDHBを用い、DHBを蒸着により付着させる際の蒸着条件は、上に述べたように、真空度:10Pa、ターゲット温度:180℃、蒸着時間:3分、とした。実測により得られたマススペクトルの一例を図3に示す。図3から、トリアシルグリセロールのプロトン(H+)付加体、アンモニウムイオン付加体、ナトリウムイオン付加体、カリウムイオン付加体などがそれぞれ検出されていることが分かる。これにより、本実施例のアンモニア測定方法では、試料中のアンモニアがトリアシルグリセロールのアンモニウムイオン付加体という形態で適切に検出されていることが分かる。
実測例2では、ヒト大腸癌細胞株(hct116)をマウスに脾臓内注射し、その肝臓に転移巣を形成させた超免疫不全マウスの肝臓の凍結切片を試料とした。この試料の表面に、真空度:10Pa、ターゲット温度:180℃、蒸着時間:3分の条件でDHBを蒸着し、イメージング質量分析を実行した。図4に、正常肝(Normal liver)、担癌肝(Tumor-bearing liver)それぞれの、光学顕微鏡画像(Optical image)、アンモニウムイオン付加体(m/z 876.7)のイメージング画像、カリウムイオン付加体(m/z 895.6)のイメージング画像、及び、信号強度比のイメージング画像、を示す。
実測例3では、アンモニアを測定するために試料中のどのような脂質のアンモニウム付加体が有効であるかを調べた。そのために、様々な脂質の標準品を用意し、それら脂質にアンモニアを導入した擬似的な生体試料を作製して、これを質量分析した。ここで、検証した脂質は、トリアシルグリセロール(TG)、ホスファチジルコリン(PC)、リノール酸コレステロール(CE)、ホスファチジルエタノールアミン(PE)、リゾホスファチジルコリン(LysoPC)、N-ステアロイルスフィンゴシン(C18 Ceramide)、コレステロールの7種類であり、トリアシルグリセロール、リノール酸コレステロール、及びコレステロールの標準品は米国シグマ・アルドリッチ(Sigma Aldrich)社製、それ以外の脂質の標準品は米国アバンティ・ポーラ・リピッズ(Avanti polar lipids)社製である。
まず、それぞれの標準品(試薬)を100%EtOH(エタノール)に飽和状態となるように溶解させる。そして、それぞれの溶液と同量の純水とをパラフィルム上で混合し、ピペットを用いてステンレスプレート上に滴下して風乾させた。そのあと、湿箱に濃度28%のアンモニア水を約5mL入れて室温で暫く放置し、アンモニア蒸気が満ちた湿箱内上部空間に上記ステンレスプレートを収容して、該プレートを室温で30分間アンモニア蒸気に曝露した。これによって、アンモニア分子がステンレスプレート上の脂質に取り込まれ、擬似的な生体試料が出来上がる。
その後、ステンレスプレートを湿箱から取り出し、真空度:10Pa、ターゲット温度:170℃、蒸着時間:3分という蒸着条件で、DHAPをマトリクスとして各ステンレスプレート上の試料の表面に蒸着した。こうして調製した試料を正イオン化モードで適切なレーザ光条件で以て質量分析した。
トリステアリン酸グリセリドのアンモニウムイオン付加体の質量電荷比の理論値はm/z 908.864064であり、ナトリウムイオン付加体の質量電荷比の理論値はm/z 913.819459である。図6(a)に示すマススペクトルには、アンモニウムイオン付加体(+NH4)及びナトリウムイオン付加体(+Na)由来のピークが共に明確に現れている。
ホスファチジルコリンのアンモニウムイオン付加体の質量電荷比の理論値はm/z 777.611628であり、プロトン付加体の質量電荷比の理論値はm/z 760.585081である。図7に示すマススペクトルには、ホスファチジルコリンのプロトン付加体(+H)であると推測できるピークは明確に現れているものの、アンモニウムイオン付加体のピークは観測されない。このことから、ホスファチジルコリンにはアンモニアが取り込まれないか、或いは、アンモニアが取り込まれたとしても、マトリクス付加作業から分析実行までのいずれかの過程でアンモニアが消失してしまうために、アンモニウムイオン付加体の検出ができないものと結論付けることができる。
リノール酸コレステロールのアンモニウムイオン付加体の質量電荷比の理論値はm/z 666.618355であり、ナトリウムイオン付加体の質量電荷比の理論値はm/z 671.57375である。図8(b)に示すマススペクトルには、アンモニウムイオン付加体(+NH4)及びナトリウムイオン付加体(+Na)由来のピークが共に明確に現れている。
上述した実施例によるアンモニア測定方法では、蒸着によりマトリクスを試料上に付着させるようにしていたが、この実測例4では、マトリクスの付着方法の相違による測定結果の相違を調べた。試料は実測例3で使用したトリステアリン酸グリセリド標準品から調製した擬似的な生体試料である。この試料に対し、実測例3と同様の条件の蒸着によりDHAPを付着させたサンプルと、DHAPを100%EtOHに10mg/mLの濃度となるように溶解したマトリクス溶液をスプレーすることでマトリクス塗布したサンプルとを用意し、それぞれを正イオン化モードで適切なレーザ光条件で以て質量分析した。
また、アンモニウムイオン付加体の検出が可能であるリノール酸コレステロールの標準品についても同様の比較を実施したが、その結果、蒸着法ではスプレー法に比べて約10倍高い感度が得られることが確認できた。
こうした結果から、試料中のアンモニアを高感度で検出するために、マトリクスを低真空雰囲気の下で蒸着する手法が好適であることが確認できた。
上記実測例ではいずれも、目的とするアンモニウムイオン付加体ができるだけ良好に検出されるようにMALDIイオン源におけるレーザ光のパワーを適宜調整していたが、この実測例5では、アンモニウムイオン付加体の検出感度のレーザ光パワー依存性を調べた。試料は、実測例3で使用したトリステアリン酸グリセリド標準品から調製した擬似的な生体試料に、マトリクスとしてDHAPを蒸着したものである。
Claims (7)
- 質量分析を利用して試料中のアンモニアを測定するアンモニア測定方法であって、
大気圧雰囲気の下でマトリクス支援レーザ脱離イオン化(MALDI)法により試料中の成分をイオン化するイオン源を用い、試料中の脂質のアンモニウムイオン付加体を対象とする質量分析を実行し、その結果に基づいてアンモニアを測定することを特徴とする質量分析を用いたアンモニア測定方法。 - 請求項1に記載の質量分析を用いたアンモニア測定方法であって、
溶媒を使用しないマトリクスを用いて、マトリクス支援レーザ脱離イオン化のための試料を調製することを特徴とする質量分析を用いたアンモニア測定方法。 - 請求項2に記載の質量分析を用いたアンモニア測定方法であって、
溶媒を使用しないマトリクスを、大気圧雰囲気又は低真空雰囲気の下で蒸着することで試料表面に付着させるようにしたことを特徴とする質量分析を用いたアンモニア測定方法。 - 請求項1〜3のいずれかに記載の質量分析を用いたアンモニア測定方法であって、
試料ステージ上に載置された1又は複数の試料に対する2次元的な測定を行い、その結果を特定の質量電荷比又は質量電荷比範囲を有するイオンの強度の分布状況として画像化することを特徴とする質量分析を用いたアンモニア測定方法。 - 請求項1〜4のいずれかに記載の質量分析を用いたアンモニア測定方法であって、
試料は生体から採取された生体試料であり、該生体試料中の脂質のアンモニウムイオン付加体のほかにカリウムイオン付加体を測定し、アンモニウムイオン付加体とカリウムイオン付加体との強度比に基づいてアンモニアの量を評価することを特徴とする質量分析を用いたアンモニア測定方法。 - 請求項1〜5のいずれかに記載の質量分析を用いたアンモニア測定方法であって、
前記脂質は構造内に極性基としてエステル結合のみをもつ中性脂質である、トリアシルグリセロール又は脂肪酸コレステロールエステルであることを特徴とする質量分析を用いたアンモニア測定方法。 - 請求項1〜6のいずれかに記載の質量分析を用いたアンモニア測定方法であって、
マトリクスは10Pa、室温〜200℃の範囲で蒸着可能なもので、DHB又はDHAPであることを特徴とする質量分析を用いたアンモニア測定方法。
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