JP6103114B2 - 絶縁被膜付き電磁鋼板 - Google Patents

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Description

本発明は、絶縁被膜付き電磁鋼板に関する。本発明は特に、絶縁被膜中にクロム化合物を含まずとも耐食性が劣化することがなく、かつ、高い層間抵抗と良好なTIG溶接性とを両立し、良好な耐水性および被膜外観をも得ることが可能な絶縁被膜付き電磁鋼板に関する。
モータや変圧器などに使用される電磁鋼板の絶縁被膜には、層間抵抗だけでなく、加工成形時の利便性および保管、使用時の安定性など種々の特性が要求される。電磁鋼板は多様な用途に使用されるため、その用途に応じて種々の絶縁被膜の開発が行われている。また、電磁鋼板に打抜き加工、せん断加工、曲げ加工などを施すと残留歪みにより磁気特性が劣化するので、これを解消するために700〜800℃程度の温度で歪取り焼純を行う場合が多い。従って、この場合には、絶縁被膜が歪取り焼鈍に耐え得るものでなければならない。
電磁鋼板の絶縁被膜は、大別して
(1)溶接性、耐熱性を重視し、歪取り焼鈍に耐える無機被膜、
(2)打抜性、溶接性の両立を目指し歪取り焼鈍に耐える樹脂含有の無機被膜(すなわち、半有機被膜)、
(3)特殊用途で歪取り焼鈍不可の有機被膜
の3種に分類されるが、汎用品として歪取り焼鈍に耐えるのは、上記(1),(2)に示した無機成分を含む被膜であり、これらは両者ともクロム化合物を含むものが一般的であった。特に、(2)のタイプのクロム酸塩系絶縁被膜は、1コート1ベークの製造で無機系絶縁被膜に比較して打抜性を格段に向上させることができるので広く利用されている。
しかし、昨今、環境意識が高まり、電磁鋼板の分野においてもクロム化合物を含まない絶縁被膜を有するクロメートフリーの製品が需要家などから望まれている。クロム化合物は含まず、有機成分と無機成分の両方を含む表面処理剤を電磁鋼板表面に塗布して、上記(2)に該当する絶縁被膜を形成する技術には、以下のようなものがある。
特許文献1には、コロイド状シリカ、アルミナゾル、ジルコニアゾルの1種または2種以上よりなる無機コロイド状物質に対して、水溶性またはエマルジョンタイプの樹脂の1種または2種以上からなる有機物を加えた水溶液を表面処理剤として、歪取り焼鈍前の耐食性などに優れた絶縁被膜を形成する技術が記載されている。
特許文献2には、Alの第一リン酸塩溶液を100重量部と、粒子径0.2〜3.0μmの有機樹脂エマルジョン1〜300重量部とを主成分とする処理液を表面処理剤として、溶接性、密着性および歪取り焼鈍後の滑り性に優れた絶縁被膜を形成する技術が記載されている。
特許文献3には、ポリシロキサンと各種有機樹脂とを共重合したポリシロキサン重合体と、シリカ、シリケート等の無機化合物とからなる絶縁被膜を有する、耐食性、密着性、耐溶剤性、耐スティキング性に優れた電磁鋼板が記載されている。
特開平10−46350号公報 特開平6−330338号公報 特開2007−197820号公報
ここで、特許文献1〜3を含む従来の表面処理剤を用いて絶縁被膜を形成して、高い層間抵抗を有する絶縁被膜付き電磁鋼板を製造する場合には、絶縁被膜の付着量を増やす必要があった。しかしながら、絶縁被膜の付着量を増やすと、TIG溶接性が劣化するため、高い層間抵抗と良好なTIG溶接性を両立させることは困難であった。また、特許文献1〜3では、耐水性と被膜外観については考慮されていない。
そこで本発明は、上記課題に鑑み、絶縁被膜中にクロム化合物を含まずとも耐食性が劣化することがなく、かつ、高い層間抵抗と良好なTIG溶接性とを両立し、良好な耐水性および被膜外観をも得ることが可能な絶縁被膜付き電磁鋼板を提供することを目的とする。
この目的を達成すべく本発明者らが鋭意検討したところ、電磁鋼板の表面に塗布する表面処理剤として、トリアルコキシシラン、ジアルコキシシラン、およびテトラアルコキシシランから選択される少なくとも1種(A)と、エポキシ系シランカップリング剤(B)とを併用したものを用いた場合に、pHを所定の範囲に調整することによって、上記の目的を達成できる絶縁被膜付き電磁鋼板を得られることを見出し、本発明を完成させるに至った。
本発明は、このような知見に基づきなされたものであり、その要旨構成は以下のとおりである。
(1)Siに結合するアルコキシ基以外の置換基が、水素、アルキル基、およびフェニル基から選ばれた少なくとも1種の非反応性置換基のみからなるトリアルコキシシランおよびジアルコキシシラン、ならびに、テトラアルコキシシランから選択される少なくとも1種(A)と、エポキシ系シランカップリング剤(B)と、水とを含み、pH4.3〜5.3に調整した表面処理剤を電磁鋼板の少なくとも片面に塗布、乾燥して成る、片面当たり3.0g/m以下の付着量の絶縁被膜を有することを特徴とする絶縁被膜付き電磁鋼板。
(2)前記表面処理剤は、pHを前記範囲に調整するために蟻酸、グリコール酸、酢酸、および乳酸のうち少なくとも1種を含む上記(1)に記載の絶縁被膜付き電磁鋼板。
(3)前記表面処理剤は、平均粒子径が5〜100nmの水分散性シリカ(C)を、前記表面処理剤の全固形分に対し5〜30質量%含有する上記(1)または(2)に記載の絶縁被膜付き電磁鋼板。
(4)前記表面処理剤は、平均粒子径が0.08〜0.5μmかつアスペクト比が10〜100である板状シリカ(D)を、前記表面処理剤の全固形分に対し2〜15質量%含有する上記(1)〜(3)のいずれか1項に記載の絶縁被膜付き電磁鋼板。
(5)前記表面処理剤を塗布した後の乾燥温度が200℃以下である上記(1)〜(4)のいずれか1項に記載の絶縁被膜付き電磁鋼板。
本発明によれば、絶縁被膜中にクロム化合物を含まずとも耐食性が劣化することがなく、かつ、高い層間抵抗と良好なTIG溶接性とを両立し、良好な耐水性および被膜外観をも得ることが可能な絶縁被膜付き電磁鋼板を提供することができる。
以下、本発明を具体的に説明する。
<電磁鋼板>
本発明において、素材である電磁鋼板としては、特に制限はなく、従来から公知のものいずれもが適合する。すなわち、磁束密度の高いいわゆる軟鉄板(電気鉄板)やSPCCなどの一般冷延鋼板、また比抵抗を上げるためにSiやAlを含有させた無方向性電磁鋼板などいずれもが有利に適合する。
<表面処理剤>
本発明で用いる表面処理剤は、Siに結合する置換基が、水素、アルキル基、およびフェニル基から選ばれた少なくとも1種の非反応性置換基のみからなるトリアルコキシシランおよびジアルコキシシラン、ならびに、テトラアルコキシシランから選択される少なくとも1種(A)と、エポキシ系シランカップリング剤(B)と、水とを含有する。さらに、pHを調整するための酸を含有してもよい。
トリアルコキシシランの種類は特に限定されず、一般式R1Si(OR’)で示され、それらの1種以上を用いることができる。R1は水素、アルキル基、およびフェニル基から選ばれる非反応性置換基である。R1がアルキル基の場合は、好ましくは炭素数1〜6の直鎖または分岐のアルキル基であり、更に好ましくは炭素数1〜3の直鎖または分岐のアルキル基である。R’はアルキル基であり、好ましくは炭素数1〜4の直鎖または分岐のアルキル基であり、更に好ましくは炭素数1〜2の直鎖または分岐のアルキル基である。例えば、メチルトリメトキシシラン、エチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、エチルトリエトキシシラン、フェニルトリエトキシシラン、フェニルトリメトキシシラン、およびこれらの加水分解物などが使用できる。なかでも、電磁鋼板の耐食性がより優れるという観点からアルキル基を有するトリアルコキシシランが好ましい。
ジアルコキシシランの種類は特に限定されず、一般式R2R3Si(OR’’)で示され、それらの1種以上を用いることができる。ここで、R2およびR3は水素、アルキル基、およびフェニル基から選ばれる非反応性置換基であり、好ましくは炭素数1〜6の直鎖または分岐のアルキル基であり、更に好ましくは炭素数1〜3の直鎖または分岐のアルキル基である。R’’はアルキル基であり、好ましくは炭素数1〜4の直鎖または分岐のアルキル基であり、更に好ましくは炭素数1〜2の直鎖または分岐のアルキル基である。例えば、ジメチルジメトキシシラン、ジメチルジエトキシシラン、ジフェニルジメトキシシラン、およびこれらの加水分解物などが使用できる。なかでも、電磁鋼板の耐食性がより優れるという観点からアルキル基を有するジアルコキシシランが好ましい。
テトラアルコキシシランの種類は特に限定されず、一般式Si(OR’’’)で示され、それらの1種以上を用いることができる。R’’’はアルキル基であり、好ましくは炭素数1〜4の直鎖または分岐のアルキル基であり、更に好ましくは炭素数1〜2の直鎖または分岐のアルキル基である。例えば、テトラメトキシシラン、テトラエトキシシラン、テトラプロポキシシラン、テトラブトキシシラン、およびこれらの加水分解物などが使用できる。なかでも、電磁鋼板の耐食性がより優れるという観点から、テトラエトキシシランおよびテトラメトキシシランが好ましい。
シランカップリング剤(B)は、pH4.3〜5.3において安定なエポキシ系シランカップリング剤とする。一般式XSi(R4)(OR)3−n(ここで、nの範囲は0〜2)で示され、Xは活性水素含有エポキシ基であり、それらの1種以上を同時に用いることができる。R4はアルキル基であり、好ましくは炭素数1〜4の直鎖または分岐のアルキル基であり、更に好ましくは炭素数1〜2の直鎖または分岐のアルキル基である。ORは任意の加水分解性基であり、Rは例えばアルキル基であり、好ましくは炭素数1〜4の直鎖または分岐のアルキル基であり、更に好ましくは炭素数1〜2の直鎖または分岐のアルキル基である。また、Rは例えばアシル基(−COR5)であり、R5は好ましくは炭素数1〜4の直鎖または分岐のアルキル基であり、更に好ましくは炭素数1〜2の直鎖または分岐のアルキル基である。シランカップリング剤(B)として例えば、3−グシドキシプロピルトリメトキシシラン、3−グリシドキシプロピルメチルジメトキシシラン、2−(3,4エポキシシクロヘキシル)エチルトリエトキシシラン、およびこれらの加水分解物などが使用できる。
本発明に用いる表面処理剤では、有機成分として、トリアルコキシシラン、ジアルコキシシラン、およびテトラアルコキシシランから選択される少なくとも1種(A)と、シランカップリング剤(B)との組み合わせを用いた。この両者を含む表面処理剤によって、クロム化合物を含まずとも耐食性が劣化することのない絶縁被膜を得ることができる。
本発明に用いる表面処理剤では、トリアルコキシシラン、ジアルコキシシランおよびテトラアルコキシシランから選択される少なくとも1種(A)とシランカップリング剤(B)との質量比(A/B)を、好ましくは0.05〜1.0の範囲とし、より好ましくは0.1〜0.5の範囲とする。質量比(A/B)を1.0以下とすることにより、十分な耐水性を得ることができる。また、質量比(A/B)を0.05以上にすることにより、電磁鋼板のTIG溶接性が向上する傾向が得られる。
しかし、上記成分(A)および(B)を含む表面処理剤の場合、耐食性は良好なものの、高い層間抵抗が求められる場合には、絶縁被膜の付着量を多くする必要があった。付着量を多くすると、絶縁被膜にかかるコストが増加するのみならず、溶接においては成分(A)のシラン化合物や成分(B)のエポキシ系シランカップリング剤に由来する有機成分が気化するため、ブローホールが発生し、被膜外観はもとよりTIG溶接の強度が弱くなるといった問題があった。
本発明者らが鋭意検討した結果、シラン化合物(A)とエポキシ系シランカップリング剤(B)を主成分として用いた表面処理剤のpHを適正化することにより、例えば0.5g/m以下といった少ない被膜付着量でも十分に高い層間抵抗が得られることがわかった。その結果、高い層間抵抗と良好なTIG溶接性とを両立することができた。
本発明では、表面処理剤のpHを4.3〜5.3に調整する。pHが5.3を超える場合は、鋼板表面のエッチングが少なく、塗布した表面処理剤が鋼板の凹部に溜まり、凸部への付着が少なくなるため、少ない被膜付着量では高い層間抵抗を得ることができず、層間抵抗を高めるために被膜付着量を多くすると、TIG溶接性を損なう。さらに、pHが4.3より低い場合は、層間抵抗は高くなるものの、塗布後の焼付けまでに鋼板表面が錆びる危険性があり、被膜外観を損ない、また、酸成分の残存により焼付け後の耐水性が劣る。pHを4.3〜5.3に調整すれば、鋼板表面が錆びることなく、適度な鋼板表面のエッチングにより絶縁被膜が鋼板凹凸に追従した均一被膜となる。その結果、高い層間抵抗と良好なTIG溶接性とを両立し、良好な耐水性および被膜外観をも得ることができる。
pHを上記範囲に調整するための酸としては、蟻酸、グリコール酸、酢酸、および乳酸のうち少なくとも1種を用いることができる。一方、これ以外の酸、例えば、硫酸、塩酸、硝酸のような酸では、鋼板表面のエッチング力が強く、錆びる危険性がある。また、蟻酸、グリコール酸、酢酸、および乳酸を用いれば、炭酸などの酸と比較して、表面処理剤のpHを上記範囲に安定的に調整可能である。
本発明に用いる表面処理剤には、平均粒子径が5〜100nmの水分散性シリカ(C)を含むことができる。水分散性シリカ(C)は、層間抵抗をさらに高くし、TIG溶接性をさらに向上させることができる点で有効である。その理由は定かではないが、水分散性微粒子シリカ(C)は、トリアルコキシシラン、ジアルコキシシラン、およびテトラアルコキシシランから選択される少なくとも1種(A)とエポキシ系シランカップリング剤(B)が形成する被膜の形態を、鋼板凹凸に追随した均一な絶縁被膜に変化させると推測される。なお、本明細書において水分散性微粒子シリカの「平均粒子径」は、レーザー回折式粒度分布測定装置により測定した粒度分布の累積度数が体積百分率で50%となる粒子径とする。
水分散性シリカ(C)の含有量(固形分)は、表面処理剤の全固形分に対し5〜30質量%の範囲とする。5質量%以上とすれば、層間抵抗とTIG溶接性の向上の効果を確実に得ることができる。一方、30%以下の場合、シラン(A)とシランカップリング剤(B)によるポリシロキサン結合が分断されることがないため、耐食性が低下することがない。
水分散性シリカ(C)の種類は、特に限定されず、コロイダルシリカや乾式シリカを用いることができる。コロイダルシリカとしては、例えば、日産化学(株)製のスノーテックスC、N、20、OS、OXS、OL、(いずれも商品名)などが挙げられ、また、乾式シリカとしては日本アエロジル(株)製のAEROSIL50、130、200、300、380(いずれも商品名)などが挙げられ、これらの1種以上を用いることができる。
本発明に用いる表面処理剤には、平均粒子径が0.08〜0.5μmかつアスペクト比が10〜100である板状シリカ(D)を含むことができる。板状シリカ(D)も、層間抵抗をさらに高くし、TIG溶接性をさらに向上させることができる点で有効である。その理由は定かではないが、板状シリカ(D)は、トリアルコキシシラン、ジアルコキシシラン、およびテトラアルコキシシランから選択される少なくとも1種(A)とエポキシ系シランカップリング剤(B)が形成する被膜の形態を、層状構造に変化させると推測される。
なお、本明細書において板状シリカの「平均粒子径」は、SEMにて観察したときの、板状シリカの厚みに垂直な面における長径について、視野中の複数の粒子間で平均した長さを意味するものとする。また、本明細書において板状シリカの「アスペクト比」とは、SEMにて観察したときの、各粒子についての板状シリカの厚みに垂直な面における長径/最大厚みの比の値を、視野中の10個の粒子について平均した値を意味するものとする。
板状シリカ(D)の含有量(固形分)は、表面処理剤の固形分に対し2〜15質量%の範囲とする。2質量%以上であれば、層間抵抗とTIG溶接性の向上の効果を確実に得ることができる。一方、15質量%以下の場合、シラン(A)とシランカップリング剤(B)によるポリシロキサン結合が分断されることがないため、耐食性が低下することがない。
表面処理剤は、上記した成分を脱イオン水、蒸留水などの水中で混合することにより得られる。表面処理剤の固形分割合は適宜選択すればよい。また、表面処理剤には、必要に応じてアルコール、ケトン、セロソルブ系の水溶性溶剤、界面活性剤、消泡剤、レベリング剤、pH調整剤、防菌防カビ剤などを添加してもよい。これらを添加することにより、表面処理剤の乾燥性、塗布外観、作業性、意匠性が向上する。ただし、これらは本発明で得られる品質を損なわない程度に添加することが重要であり、添加量は多くても表面処理剤の全固形分に対して5質量%未満である。
先述のとおり、本発明においては、電磁鋼板の表面に表面処理剤を塗布、乾燥、好ましくは加熱乾燥することにより、被膜を形成する。表面処理剤を電磁鋼板に塗布する方法としては、ロールコート法、バーコート法、浸漬法、スプレー塗布法などが挙げられ、処理される電磁鋼板の形状などによって適宜最適な方法が選択される。より具体的には、例えば、電磁鋼板がシート状であればロールコート法、バーコート法またはスプレー塗布法を選択できる。スプレー塗布法は、表面処理剤を電磁鋼板にスプレーしてロール絞りや気体を高圧で吹きかけて塗布量を調整する方法である。電磁鋼板が成型品とされている場合であれば、表面処理剤に浸漬して引き上げ、場合によっては圧縮エアーで余分な表面処理剤を吹き飛ばして塗布量を調整する方法などが選択される。
電磁鋼板の表面に塗布した表面処理剤を、乾燥する際の乾燥温度(最高到達板温)は、通常80〜350℃であるが、シラン化合物(A)およびシランカップリング剤(B)を主成分とする本発明に用いる表面処理剤の場合、200℃以下であることがより好ましい。200℃以下であれば、シラン化合物(A)やシランカップリング剤(B)の置換基が分解することがなく、耐水性などの性能を劣化させることがないためである。また、加熱時間は、使用される電磁鋼板の種類などによって適宜最適な条件が選択される。なお、生産性などの観点からは、0.1〜60秒が好ましく、1〜30秒がより好ましい。
また、電磁鋼板の前処理については特に限定されず、表面処理剤を塗布する前に、必要に応じて、電磁鋼板の油分、汚れ、および酸化膜を除去することを目的とした前処理を電磁鋼板に施してもよい。電磁鋼板は、防錆目的で防錆油が塗られている場合が多く、また、防錆油で塗油されていない場合でも、作業中に付着した汚れや酸化膜などがある。また、これらの塗油、汚れ、および酸化膜は、電磁鋼板の表面の濡れ性を阻害し、均一な被膜を形成する上で支障をきたすが、上記の前処理を施すことにより、電磁鋼板の表面が清浄化され、均一に濡れやすくなる。電磁鋼板の表面上に油分、汚れ、および酸化膜などがなく、表面処理剤が均一に濡れる場合は、前処理工程は特に必要はない。なお、前処理の方法は特に限定されず、例えば湯洗、溶剤洗浄、アルカリなどによる脱脂処理や、塩酸、硫酸、リン酸などによる酸洗処理などの方法が挙げられる。
電磁鋼板の被膜付着量は特に限定しないが、片面当たり0.05〜3.0g/m程度とすることが好ましい。付着量、すなわち本発明の絶縁被膜の全固形分質量は、アルカリ剥離による被膜除去後の重量減少から測定することができる。また、付着量が少ない場合には、アルカリ剥離法によって測定した付着量既知の標準試料を蛍光X線分析により測定し得た検量線から測定することができる。付着量が0.05g/m以上であれば、耐食性と共に絶縁性を満足することができ、一方3.0g/m以下であれば、被膜密着性が向上するだけでなく、加熱乾燥時にふくれが発生せずに、塗装性の低下を招くことがない。より好ましくは0.1〜2.0g/mであり、さらに好ましくは1.0g/m以下である。絶縁被膜は鋼板の両面に形成することが好ましいが、目的によっては片面のみでもよく、他面は他の絶縁被膜としても構わない。
以下、実施例を用いて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
(1)素材
板厚:0.5mmの電磁鋼板〔A230(JIS C 2552(2000))〕を供試材として使用した。
(2)前処理(洗浄)
試験板の作製方法としては、まず上記の供試材の表面上の油分や汚れを取り除き、供試材表面が水で100%濡れることを確認した後、更に純水(脱イオン水)を流しかけ、100℃雰囲気のオーブンで水分を乾燥したものを試験板として使用した。
(3)表面処理剤
各成分を表1に示す組成(質量比)にて水中で混合し、表面処理剤を得た。以下に、表1で使用した化合物について説明する。なお、pHを調整するための酸としては、蟻酸、グリコール酸、酢酸、および乳酸のいずれかを用い、表面処理剤のpHは表1に示した。
<トリアルコキシシラン/ジアルコキシシラン/テトラアルコキシシラン>
A1:メチルトリメトキシシラン
A2:ジメチルジメトキシシラン
A3:テトラメトキシシラン
<エポキシ系シランカップリング剤>
B1:3−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン
B2:2−(3,4エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン
<水分散性微粒子シリカ>
C1:平均粒子径:15nm、コロイダルシリカ
C2:平均粒子径:50nm、コロイダルシリカ
C3:平均粒子径:100nm、コロイダルシリカ
<板状シリカ>
D1:平均粒子径:0.1μm、アスペクト比10
D2:平均粒子径:0.2μm、アスペクト比30
(4)処理方法
上記の表面処理剤を用いて、バーコート塗装にて表面処理剤を試験板表面に塗装し、その後、水洗することなく、そのままオーブンに入れて、最高到達板温が140℃となるようにして加熱乾燥させ、表1に示される片面当たりの付着量の絶縁被膜を試験板の両面に形成させた。乾燥温度は、オーブン中の雰囲気温度とオーブンに入れている時間とで調節した。なお、乾燥温度は試験板表面の最高到達温度を示す。バーコート塗装の具体的な方法は、以下のとおりである。
バーコート塗装:表面処理剤を試験板に滴下して、#3〜10バーコーターで塗装した。使用したバーコーターの番手と表面処理剤の濃度とにより、所定の付着量となるように調整した。
(評価方法)
(1)耐食性
試験板に対して湿潤試験(50℃、相対湿度≧98%)を行い、48時間後の赤錆発生率を目視で観察し、面積率で評価した。
(判定基準)
◎:赤錆面積率15%未満
○:赤錆面積率15%以上、50%未満
△:赤錆面積率50%以上、70%未満
×:赤錆面積率70%以上
(2)層間抵抗
試験板をJIS C2550−4:2000に規定の表面絶縁抵抗測定手法にて、電圧0.5V、加圧力2N/mmにて10点の測定を行い、その平均値を求めた。
◎:10Ω・cm/枚以上
○:5〜10Ω・cm/枚
△:2〜5Ω・cm/枚
×:2Ω・cm/枚以下
(3)TIG溶接性
試験板を30mmの厚みになるように9.8MPa(100kgf/cm)の圧力にて積層し、その端面部(長さ30mm)に対して、次の条件でTIG溶接を実施した。
・溶接電流:120A
・Arガス流量:6リットル/min
・溶接速度:10、20、30、40、50、60、70、80、90、100cm/min
(判定基準)
ブローホールの数が1ビードにつき5個以下を満足する溶接速度の最大値で優劣を判定した。
◎:60cm/min以上
○:40cm/min以上、60cm/min未満
△:20cm/min以上、40cm/min未満
×:20cm/min未満
(4)耐水性
試験板を、沸騰水蒸気中に30分暴露させ、外観変化を観察した。
(判定基準)
◎:変化なし
○:目視で若干の変色が認められる程度
△:目視で変色がはっきり認められる程度
×:被膜溶解
(5)被膜外観
絶縁被膜形成直後の外観を目視で観察した。
(判定基準)
○:錆発生も変色もない
錆:錆発生が認められる
実施例および比較例に記載の表面処理剤を用いて得られた絶縁被膜付き電磁鋼板に関して、上記の評価を行った結果を、表1−1および表1−2に示す。
Figure 0006103114
Figure 0006103114
実施例の結果、表1−1および表1−2に示すように、本発明の電磁鋼板は、耐食性が十分であり、かつ、高い層間抵抗と良好なTIG溶接性とを両立し、なおかつ、良好な耐水性および被膜外観をも得ることができた。これに対し、pHが本発明の適正範囲を逸脱した比較例は、層間抵抗とTIG溶接性との両立ができない、あるいは、耐水性および被膜外観に劣るという結果となった。
本発明によれば、絶縁被膜中にクロム化合物を含まずとも耐食性が劣化することがなく、かつ、高い層間抵抗と良好なTIG溶接性とを両立し、良好な耐水性および被膜外観をも得ることが可能な絶縁被膜付き電磁鋼板を提供することができる。

Claims (5)

  1. Siに結合するアルコキシ基以外の置換基が、水素、アルキル基、およびフェニル基から選ばれた少なくとも1種の非反応性置換基のみからなるトリアルコキシシランおよびジアルコキシシラン、ならびに、テトラアルコキシシランから選択される少なくとも1種(A)と、エポキシ系シランカップリング剤(B)と、水とを含み、pH4.3〜5.3に調整した表面処理剤を電磁鋼板の少なくとも片面に塗布、乾燥して成る、片面当たり3.0g/m以下の付着量の絶縁被膜を有することを特徴とする絶縁被膜付き電磁鋼板。
  2. 前記表面処理剤は、pHを前記範囲に調整するために蟻酸、グリコール酸、酢酸、および乳酸のうち少なくとも1種を含む請求項1に記載の絶縁被膜付き電磁鋼板。
  3. 前記表面処理剤は、平均粒子径が5〜100nmの水分散性シリカ(C)を、前記表面処理剤の全固形分に対し5〜30質量%含有する請求項1または2に記載の絶縁被膜付き電磁鋼板。
  4. 前記表面処理剤は、平均粒子径が0.08〜0.5μmかつアスペクト比が10〜100である板状シリカ(D)を、前記表面処理剤の全固形分に対し2〜15質量%含有する請求項1〜3のいずれか1項に記載の絶縁被膜付き電磁鋼板。
  5. 前記表面処理剤を塗布した後の乾燥温度が200℃以下である請求項1〜4のいずれか1項に記載の絶縁被膜付き電磁鋼板。
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