(発明が解決しようとする課題)
しかしながら、特許文献1に提案された弱め磁束制御では、電圧指令ベクトルの大きさと弱め磁束基準値との偏差が大きいと、PI演算されたd軸電圧補償値が大きく変化し、これにともなってd軸電流が大きく変化する。d−q座標系においては、次式(1)に示す電圧方程式が成立する。この式の右辺第1項の1行2列の項(−ωL
q)は、q軸電機子反作用を表し、q軸電流i
qがd軸電圧v
dに影響を与える干渉項となる。また、2行1列の項(ωL
d)は、d軸電機子反作用を表し、d軸電流i
dがq軸電圧v
qに影響を与える干渉項となる。このため、特許文献1に提案された弱め磁束制御では、電圧指令ベクトルの大きさと弱め磁束基準値との偏差が大きいと、d軸電流だけでなくq軸電流も大きく変化し、電流が定常状態になるまでに時間を要する。
上記式(1)において、Raは電機子巻線抵抗、pは微分演算子、ωは電気角速度、Ψaは永久磁石による電機子鎖交磁束、L
qはq軸インダクタンス、L
dはd軸インダクタンスを表す。
また、d−q座標を用いた電流ベクトル制御においては、モータの電気角に基づいて通電制御が行われるが、例えば、電気角を検出する回転角センサを備えずに電気角を推定するセンサレス方式でモータを駆動する場合には、d軸電流の変化が電気角の推定に対して無視できない外乱となる。このため、モータの動作が不安定となり、脱調を招く可能性もある。
本発明は、上記課題に対処するためになされたもので、安定した弱め磁束制御を行うことを目的とする。
(課題を解決するための手段)
上記課題を解決する本発明の特徴は、埋込磁石同期モータ(10)の永久磁石による磁界に沿う方向となるd軸と前記d軸に直交する方向となるq軸とを定めたd−q座標を用いて、q軸方向の電機子電流成分であるq軸電流を指令するq軸電流指令値とd軸方向の電機子電流成分であるd軸電流を指令するd軸電流指令値とを表す電流ベクトルを演算する電流ベクトル演算手段(23)と、前記q軸電流指令値および前記d軸電流指令値に追従したq軸電流およびd軸電流が流れるようにフィードバック制御するための電圧指令値を演算する電圧指令値演算手段(28,29)とを備え、前記電圧指令値に応じた駆動制御信号を前記埋込磁石同期モータの駆動回路(50)に出力するモータ制御装置において、
前記電圧指令値の大きさが第1基準値(Vref1)よりも大きくなったときに、前記電流ベクトル演算手段により演算された前記d軸電流指令値を、予め設定した一定時間勾配で負の方向に増加するd軸電流指令値に変更する弱め磁束増加制御手段(24,S12)を備えたことにある。
本発明のモータ制御装置は、突極性を有する永久磁石同期モータである埋込磁石同期モータを制御するもので、埋込磁石同期モータを制御するために、電流ベクトル演算手段と電圧指令値演算手段と弱め磁束増加制御手段とを備えている。電流ベクトル演算手段は、モータの永久磁石による磁界に沿う方向となるd軸と、d軸に直交する方向となるq軸とを定めたd−q座標を用いて、q軸方向の電機子電流成分であるq軸電流を指令するq軸電流指令値とd軸方向の電機子電流成分であるd軸電流を指令するd軸電流指令値とを表す電流ベクトルを演算する。電流ベクトル演算手段は、例えば、同一電流に対して発生トルクを最大にする電流ベクトル制御である最大トルク制御、任意の負荷条件に対して損失を最小にする電流ベクトル制御である最大効率制御など、公知の手法で電流ベクトルを演算することができる。
電圧指令値演算手段は、q軸電流指令値およびd軸電流指令値に追従したq軸電流およびd軸電流が流れるようにフィードバック制御するための電圧指令値を演算する。例えば、電圧指令値演算手段は、q軸電流指令値とq軸実電流値(q軸検出電流値)との偏差に応じたq軸電圧指令値と、d軸電流指令値とd軸実電流値(d軸検出電流値)との偏差に応じたd軸電圧指令値とを演算する。そして、電圧指令値に応じた駆動制御信号がモータの駆動回路に出力される。これにより、モータには、q軸電流指令値およびd軸電流指令値に追従したq軸電流およびd軸電流が流れる。
モータが高速回転する領域では、誘起電圧(逆起電圧)が上昇し、モータ端子電圧も大きくなってしまう。誘起電圧がモータの入力電圧以上になると、それ以上、モータに電流を流すことができなくなり、回転数も増加させることができなくなる。そこで、弱め磁束増加制御手段は、電圧指令値の大きさが第1基準値よりも大きくなったときに、電流ベクトル演算手段により演算されたd軸電流指令値を、予め設定した一定時間勾配で負の方向に増加するd軸電流指令値に変更する。d軸電流を負の方向に流すことでd軸電機子反作用による減磁効果が得られ、d軸方向の磁束を減少させることができる。これにより誘起電圧の上昇を抑制することができ、モータの回転数を増加させることができる。この場合、弱め磁束増加制御手段により設定されるd軸電流指令値は、予め設定した一定時間勾配で負の方向に増加するため、d軸電流の変化を小さく維持して弱め磁束制御を行うことができる。従って、安定した弱め磁束制御を行うことができる。
本発明の他の特徴は、前記弱め磁束増加制御手段は、前記電圧指令値の大きさが第1基準値よりも大きくなったときの前記電流ベクトル演算手段により演算された前記d軸電流指令値を初期値として、その初期値から予め設定した一定時間勾配で負の方向に増加するd軸電流指令値を設定することにある。
本発明によれば、電圧指令値の大きさが第1基準値よりも大きくなったときの電流ベクトル演算手段により演算されたd軸電流指令値を初期値として、その初期値から予め設定した一定時間勾配で負の方向に増加するd軸電流指令値が設定される。従って、弱め磁束増加制御手段の作動開始時においてもd軸電流の変化を小さく維持することができる。従って、安定した弱め磁束制御にスムーズに移行させることができる。
本発明の他の特徴は、前記弱め磁束増加制御手段は、前記電圧指令値演算手段が前記q軸電流を電流フィードバック制御する周期よりも遅い周期で、前記d軸電流指令値を設定量(igrad)ずつ負の方向に増加させることにある。
本発明によれば、電圧指令値演算手段がq軸電流を電流フィードバック制御する周期よりも遅い周期(長い周期)で、d軸電流指令値を負の方向に設定量ずつ増加させるため、一層安定した弱め磁束制御を行うことができる。
本発明の他の特徴は、前記電圧指令値の大きさが前記第1基準値よりも小さい第2基準値(Vref2)よりも小さくなったときに、前記弱め磁束増加制御手段により設定された前記d軸電流指令値を初期値として、その初期値から予め設定した一定時間勾配で正の方向に増加するd軸電流指令値を設定する弱め磁束低減制御手段(24,S15)を備えたことにある。
弱め磁束増加制御手段によって負のd軸電流が増加すると誘起電圧が低下していき、それに伴って電圧指令値も低下する。本発明では、必要以上に負のd軸電流を増加させないようにするために、弱め磁束低減制御手段が設けられている。弱め磁束低減制御手段は、電圧指令値の大きさが第1基準値よりも小さい第2基準値よりも小さくなったときに、弱め磁束増加制御手段により設定されたd軸電流指令値を初期値として、その初期値から予め設定した一定時間勾配で正の方向に増加するd軸電流指令値を設定する。これにより、負のd軸電流が徐々に小さくなっていく。従って、本発明によれば、負のd軸電流の大きさを適正に調整することができる。また、電圧指令値の大きさが第1基準値と第2基準値との間の値となるときには、d軸電流指令値を変化させずに維持させることができるため、d軸電流指令値のハンチングを防止することができる。
本発明の他の特徴は、前記弱め磁束低減制御手段は、前記電流ベクトル演算手段により演算されたd軸電流指令値よりも負の大きさが小さくならない範囲で前記d軸電流指令値を正の方向に増加させることにある。
本発明によれば、電流ベクトル演算手段により演算された負のd軸電流指令値の大きさよりも小さくならない範囲で、d軸電流指令値の負の大きさが減少していく。従って、弱め磁束制御を適正に終了させることができる。
本発明の他の特徴は、前記弱め磁束低減制御手段は、前記電圧指令値演算手段が前記q軸電流を電流フィードバック制御する周期よりも遅い周期で、前記d軸電流指令値を設定量(igrad)ずつ正の方向に増加させることにある。
本発明によれば、電圧指令値演算手段がq軸電流を電流フィードバック制御する周期よりも遅い周期(長い周期)で、d軸電流指令値を正の方向に設定量ずつ増加させるため、一層安定した弱め磁束制御を行うことができる。
尚、上記説明においては、発明の理解を助けるために、実施形態に対応する発明の構成に対して、実施形態で用いた符号を括弧書きで添えているが、本発明の各構成要件は前記符号によって規定される実施形態に限定されるものではない。
以下、本発明の一実施形態に係るモータ制御装置について図面を用いて説明する。図1は、モータ制御装置1の機能を表す制御ブロック図である。本実施形態のモータ制御装置1の制御対象となるモータ10は、埋込磁石同期モータ(IPMSM:Interior Permanent Magnet Synchronous Motor)である。また、モータ10は、空調機の冷媒を圧縮する圧縮機100の駆動用として用いられる。
埋込磁石同期モータは、ステータに電機子巻線を設け、ロータの内部に永久磁石を埋め込んだ突極性を有する永久磁石同期モータである。埋込磁石同期モータは、図3に示すように、ロータに設けられた永久磁石の磁界が貫く方向(N極の向き)にd軸、d軸に直交する方向(d軸に対して電気角がπ/2だけ進んだ方向)にq軸を定めたd−q座標を用いた電流ベクトル制御により3相(U,V,W相)への通電が制御される。d−q座標は、ロータの回転と同期して回転する回転座標であり、ステータのU相コイルを貫く軸とd軸との成す角度θeが電気角となる。従って、d−q座標を用いた電流ベクトル制御においては、電気角θeに基づいて通電制御が行われる。
図4に示すように、d−q座標における電流ベクトルidqは、q軸方向の電機子電流成分であるq軸電流iqと、d軸方向の電機子電流成分であるd軸電流idとに分けて表される。q軸に対する電流ベクトルidqの向き、つまり、電流ベクトルidqのq軸となす角度が電流位相θとなる。尚、電流ベクトルidqは、そのスカラーIdq(=|idq|)と、電流位相θとによって極座標形式で表すこともできる。
埋込磁石同期モータの極対数をPnとすると、埋込磁石同期モータのトルクTは、次式(2)にて表すことができる。
式(2)の右辺第1項は、永久磁石の電機子鎖交磁束のみの変化により発生するマグネットトルクを表し、右辺第2項は、磁気的な突極性により電機子巻線の自己インダクタンスならびに相互インダクタンスがロータの位置に伴って変化し、それによって発生するリラクタンストルクを表している。埋込磁石同期モータにおいては、d軸インダクタンスLdがq軸インダクタンスLqよりも小さい(Ld<Lq)ため、負のd軸電流を流すことにより、マグネットトルクに加えてリラクタンストルクを出力させることが可能となっている。従って、埋込磁石同期モータにおいては、d軸電流とq軸電流とで表される電流ベクトル制御により、例えば、同一電流に対して発生トルクを最大にする最大トルク制御、任意の負荷条件に対して損失を最小にする最大効率制御、力率を1にする力率1制御、d軸電流を常にゼロに保つd軸電流ゼロ制御などを行うことができる。
また、負のd軸電流は、d軸電機子反作用により総合電機子鎖交磁束を減少させるため、高速回転領域での誘起電圧の上昇を抑制し、定出力運転範囲を拡大することができる。このため、負のd軸電流による弱め磁束制御を行うことができる。
本実施形態のモータ制御装置1は、最大トルク制御手法などを使って電流ベクトルの指令値を演算するとともに、高速回転領域での誘起電圧の上昇を抑制するために、弱め磁束制御を組み合わせて最終的な電流ベクトルの指令値を決定する。
モータ制御装置1は、図1に示すように、マイコンを主要部として備えた演算部20と、モータ10の駆動回路であるインバータ50とを備えている。演算部20は、角速度偏差計算部21と、目標トルク計算部22と、ベクトル制御部23と、弱め磁束制御部24と、上限値制限部25と、q軸電流偏差計算部26と、d軸電流偏差計算部27と、q軸指令電圧計算部28と、d軸指令電圧計算部29と、dq−αβ座標変換部30と、αβ−3相座標変換部31と、3相−αβ座標変換部32と、αβ−dq座標変換部33と、電気角推定部34とを備えている。各機能部は、マイコンの制御プログラムの実行により実現されるものである。
インバータ50は、MOS−FET等のスイッチング素子を用いて3相のブリッジ回路を構成したもので、スイッチング素子に入力されるPWM制御信号によりスイッチング素子のデューティ比が制御されて、モータ10の3相(U相、V相、W相)に流す電流を調整する。インバータ50からモータ10に電力を供給する3相パワーライン51には、電流センサ40が設けられており、この電流センサ40により3相(U,V,W相)の電流iu,iv,iwが検出される。尚、3相の電流値の合計はゼロになるため、2相にのみ電流センサ設けて、残りの1相については、計算により検出するようにしてもよい。
以下、演算部20における各機能部について説明する。角速度偏差計算部21は、目標角速度ω*と実角速度ωとを入力し、その偏差Δω(=ω*−ω)を計算する。目標角速度ωは、モータ10の目標角速度であって、空調機の負荷に応じて設定される。本実施形態のモータ制御装置1は、モータ10の電気角を検出する回転角センサを備えていなく、電気角を推定するセンサレスタイプであるため、実角速度ωは、電気角推定部34にて推定された角速度が使用される。尚、センサレスタイプとせずに、モータ10に回転角センサを設けて、モータ10の電気角(または機械角)を検出する構成であってもよい。角速度ωは、電気角(または機械角)を時間微分することにより検出することができる。
角速度偏差計算部21は、計算した偏差Δωを目標トルク計算部22に出力する。目標トルク計算部22は、偏差ΔωをPI演算(比例積分演算)して目標トルクT*を算出し、算出した目標トルクT*をベクトル制御部23に出力する。ベクトル制御部23は、目標トルクT*に基づいて、q軸指令電流iq’*と、補正前d軸指令電流id1’*とを表す電流ベクトルidq1’*を計算する。指令電流とは、電流指令値を意味している。
q軸指令電流iq’*は、後述する上限値制限部25により上限制限される場合があるので、最終的なq軸電流の指令値を表しているとは限らない。このため、符号に「’」を付加して最終的な指令値と区別している。また、補正前d軸指令電流id1’*については、後述する弱め磁束制御部24により補正され、更に、上限値制限部25により上限制限される場合があるので、最終的なd軸電流の指令値を表しているとは限らない。このため、弱め磁束制御部24により補正される前のd軸電流の指令値については、符号に「1」を付加し、弱め磁束制御部24により補正された後のd軸電流の指令値については、符号に「2」を付加することにより両者を区別する。また、上限値制限部25により上限制限される前のd軸電流の指令値については、符号に「’」を付加して最終的な指令値と区別している。
本実施形態のベクトル制御部23は、電機子電流に対して最も効率的にトルクを発生する状態となるように電流ベクトルを制御する方法、つまり、最大トルク制御によって電流ベクトルidq1’*を計算する。
埋込磁石同期モータにおいては、同一電流に対して発生するトルクを最大にできる電流位相が存在する。この電流位相を最適電流位相θtと呼ぶ。最適電流位相θtと電流ベクトルi
dqの大きさI
dq(=|i
dq|=(i
q 2+i
d 2)
1/2)とは、次式(3)に表す関係を有する。
ここで、Ψaは永久磁石による電機子鎖交磁束、L
qはq軸インダクタンス、L
dはd軸インダクタンスを表す。
式(3)の電流ベクトルidqの大きさIdqは、目標トルクT*に基づいて適宜設定することができる。従って、式(3)から最適電流位相θtを算出することができる。ベクトル制御部23は、目標トルクT*に基づいて設定した電流ベクトルidqの大きさIdqと最適電流位相θtとに基づいて、q軸指令電流iq’*(=Idq×cosθt)と、補正前d軸指令電流id1’*(=−Idq×sinθt)とを表す電流ベクトルidq1’*を計算する。
尚、最大トルクが得られるd軸電流i
dとq軸電流i
qとの関係は、次式(4)にて表すことができるため、上記の計算に代えて、目標トルクT
*に基づいてq軸指令電流i
q’
*を適宜設定し、式(4)のi
qにq軸指令電流i
q’
*を代入して補正前d軸指令電流i
d1’
*を算出するようにすることもできる。
尚、ベクトル制御部23は、最大トルク制御に代えて、最大効率制御、力率1制御、d軸電流ゼロ制御など他の電流ベクトル制御により電流ベクトルidq1’*を計算するように構成されていてもよい。
ベクトル制御部23は、算出したq軸指令電流iq’*を上限値制限部25に出力し、算出した補正前d軸指令電流id1’*を弱め磁束制御部24に出力する。弱め磁束制御部24は、後述する弱め磁束制御ルーチンを実行して、補正前d軸指令電流id1’*を必要に応じて補正した補正後d軸指令電流id2’*を計算する。弱め磁束制御部24は、算出した補正後d軸指令電流id2’*を上限値制限部25に出力する。弱め磁束制御部24については、本発明の特徴に大きく関係する構成であるため、演算部20の全体説明の後で詳述する。
上限値制限部25は、ベクトル制御部23から出力されたq軸指令電流iq’*と、弱め磁束制御部24から出力された補正後d軸指令電流id2’*とを入力する。そして、q軸指令電流iq’*と補正後d軸指令電流id2’*とで表される電流ベクトルidq2’*の大きさIdq2’*(=|idq2’*|=(iq’*2+id2’*2)1/2)が上限値Idqmaxを越えている場合には、電流ベクトルidq2’*の大きさIdq2’*を上限値Idqmaxにまで下げる。この場合、上限値制限部25は、電流位相θを変更しないように電流ベクトルidq2’*の大きさIdq2’*を小さくする。従って、q軸指令電流iq’*と補正後d軸指令電流id2’*とは、同じ比率で減少することになる。上限値制限部25は、上限制限を施した後の指令電流であるq軸指令電流iq *とd軸指令電流id *とを出力する。このq軸指令電流iq *とd軸指令電流id *とが最終的な電流指令値となる。この場合、電流ベクトルidq2’*の大きさIdq2’*が上限値Idqmaxを越えていないケースでは、入力したq軸指令電流iq’*と補正後d軸指令電流id2’*とが、そのままq軸指令電流iq *とd軸指令電流id *として出力される。
上限値制限部25から出力されたq軸指令電流iq *は、q軸電流偏差計算部26に入力され、上限値制限部25から出力されたd軸指令電流id *は、d軸電流偏差計算部27に入力される。q軸電流偏差計算部26は、q軸指令電流iq *とq軸実電流iqとの偏差Δiq(=iq *−iq)を計算し、計算結果をq軸指令電圧計算部28に出力する。d軸電流偏差計算部27は、d軸指令電流id *とd軸実電流idとの偏差Δid(=id *−id)を計算し、計算結果をd軸指令電圧計算部29に出力する。q軸実電流iq,d軸実電流idは、電流センサ40により検出されたモータ10に流れた電流のq軸成分,d軸成分を表すもので、αβ−dq座標変換部33から出力される。
q軸指令電圧計算部28は、偏差ΔiqをPI演算(比例積分演算)してq軸指令電圧vq *を算出し、算出したq軸指令電圧vq *をdq−αβ座標変換部30に出力する。また、d軸指令電圧計算部29は、偏差ΔidをPI演算(比例積分演算)してd軸指令電圧vd *を算出し、算出したd軸指令電圧vd *をdq−αβ座標変換部30に出力する。また、q軸指令電圧vq *とd軸指令電圧vd *とは、弱め磁束制御部24にも出力される。
dq−αβ座標変換部30は、電気角θeに基づいてq軸指令電圧vq *,d軸指令電圧vd *をα−β座標系に変換したα軸指令電圧vα *,β軸指令電圧vβ *を計算し、その計算結果をαβ−3相座標変換部31、電気角推定部34に出力する。
αβ−3相座標変換部31は、α軸指令電圧vα *,β軸指令電圧vβ *を3相座標系に変換したU相指令電圧vu *,V相指令電圧vv *,W相指令電圧vw *を計算し、その計算結果をインバータ50に出力する。インバータ50は、図示しないスイッチ駆動回路を備えており、スイッチ駆動回路からU相指令電圧vu *,V相指令電圧vv *,W相指令電圧vw *に対応したデューティ比のPWM制御信号がスイッチング素子に出力される。これにより、モータ10の各相には、U相指令電圧vu *,V相指令電圧vv *,W相指令電圧vw *に応じた大きさの電圧が印加され、モータ10が駆動される。
尚、α―β座標とは、対称三相交流をそれと等価な二相交流に変換した座標であって、図5に示すように、直交するα軸とβ軸とで表され、α軸をU相軸と一致するように配置した固定座標である。従って、回転座標であるd−q座標系をα−β座標系に変換する場合には、電気角θeを使って、次式(5)のような変換行列を用いればよく、α−β座標系を3相系に変換する場合には、次式(6)のような変換行列を用いればよい。
3相−αβ座標変換部32は、電流センサ40により検出される3相の電流i
u,i
v,i
w(実電流と呼ぶ)を読み込み、3相の実電流i
u,i
v,i
wをα―β座標系に変換したα軸実電流i
α,β軸実電流i
βを計算し、その計算結果をαβ−dq座標変換部33、電気角推定部34に出力する。3相座標系をα―β座標系に変換する場合には、次式(7)のような変換行列を用いればよい。
αβ−dq座標変換部33は、電気角θeに基づいて、α軸実電流i
α,β軸実電流i
βをd−q座標系に変換したq軸実電流i
q,d軸実電流i
dを計算する。そして、計算結果であるq軸実電流i
qをq軸電流偏差計算部26に出力し、d軸実電流i
dをd軸電流偏差計算部27に出力する。α―β座標系をd−q座標系に変換する場合には、次式(8)のような変換行列を用いればよい。
電気角推定部34は、dq−αβ座標変換部30から出力されたα軸指令電圧vα *,β軸指令電圧vβ *と、3相−αβ座標変換部32から出力されたα軸実電流iα,β軸実電流iβとを入力し、モータ10の電気角θeおよび角速度ωを推定により計算する。電気角θeは、d軸の向きを推定することにより求められ、種々の公知の手法により計算することができる。電気角推定部34は、計算した電気角θeをdq−αβ座標変換部30とαβ−dq座標変換部33とに出力する。また、計算した角速度ωを角速度偏差計算部21に出力する。
このように演算部20は、モータ10が目標角速度ωで回転するようにq軸指令電流iq *、d軸指令電流id *を設定し、モータ10に流れたq軸実電流iq、d軸実電流idがq軸指令電流iq *、d軸指令電流id *に追従するようにq軸指令電圧vq *、d軸指令電圧vd *を操作して電流フィードバック制御を行う。
次に、弱め磁束制御部24について説明する。モータ10が高速回転すると、永久磁石の電機子鎖交磁束による誘起電圧(逆起電圧)が上昇する。この誘起電圧は、式(1)の右辺第2項(ωΨa)で表され、q軸にのみ発生する。誘起電圧が上昇して入力電圧以上になると、それ以上、モータ10に電流を流せなくなり、モータ回転数を増加させることができなくなる。そこで、弱め磁束制御部24は、永久磁石の電機子鎖交磁束を打ち消す方向、つまり、負のd軸方向に電流を流すことにより、誘起電圧の上昇を抑制する。
図2は、弱め磁束制御部24の実行する弱め磁束制御ルーチンを表す。弱め磁束制御ルーチンは、予め設定された所定の演算周期で繰り返し実行される。この演算周期は、q軸電流偏差計算部26、d軸電流偏差計算部27、q軸指令電圧計算部28、d軸指令電圧計算部29により行われる電流フィードバック制御の演算周期よりも十分遅い(長い)周期に設定されている。
弱め磁束制御ルーチンが起動すると、弱め磁束制御部24は、ステップS11において、電圧指令スカラー値Vdqが第1基準値Vref1よりも大きいか否かを判断する。この場合、弱め磁束制御部24は、q軸指令電圧計算部28の算出したq軸指令電圧vq *とd軸指令電圧計算部29の算出したd軸指令電圧vd *とを読み込み、q軸指令電圧vq *とd軸指令電圧vd *とで表される指令電圧ベクトルvdq *の大きさ|vdq *|(=(vq *2+vd *2)1/2)を電圧指令スカラー値Vdqに設定する。尚、電圧指令スカラー値Vdqは、必ずしも、d−q座標系で表される電圧指令値の大きさを用いる必要はなく、例えば、α―β座標系の電圧指令値の大きさ、あるいは、3相座標系の電圧指令値の大きさを用いる構成であってもよい。
また、第1基準値Vref1は、電圧指令制限値であって、本実施形態では、図示しない電源装置からインバータ50に供給する直流電源電圧の電圧値Vdcから、インバータ50を構成するスイッチング素子の電圧降下相当分を引いた値に設定される。この場合、インバータ50の電源電圧Vdcを検出する電圧センサ(図示略)の検出値を読み込んで、その値Vdcから電圧降下相当分Vdropを減算して第1基準値Vref1を算出するようにしてもよいし、予め設定した固定値を第1基準値Vref1として用いるようにしてもよい。
弱め磁束制御部24は、ステップS11において、「Yes」、つまり、電圧指令スカラー値Vdqが第1基準値Vref1よりも大きいと判定した場合は、その処理をステップS12に進め、補正後d軸指令電流id2’*の値を予め設定した設定量igradだけ負方向に増加させる(id2’*←id2’*+igrad)。つまり、補正後d軸指令電流id2’*に、負の値である設定量igradを加算した値を、新たな補正後d軸指令電流id2’*に設定する。このステップS12の処理が最初に行われるときには、補正後d軸指令電流id2’*が設定されていない。従って、弱め磁束制御部24は、ステップS12の処理を最初に行う場合には、現時点における補正前d軸指令電流id1’*の値を、補正後d軸指令電流id2’*の初期値として使用する。この場合、補正前d軸指令電流id1’*は、負の値となっているため、ステップS12の処理により、補正後d軸指令電流id2’*は、負の絶対値を増加させた値となる。
弱め磁束制御部24は、ステップS12で補正後d軸指令電流id2’*を演算すると、補正後d軸指令電流id2’*を上限値制限部25に出力して、弱め磁束制御ルーチンを一旦終了する。弱め磁束制御ルーチンは、所定の演算周期で繰り返される。このため、電圧指令スカラー値Vdqが第1基準値Vref1よりも大きい状況では、弱め磁束制御ルーチンが実行されるたびに、補正後d軸指令電流id2’*が設定量igradずつ負方向に増加される。従って、補正後d軸指令電流id2’*は、補正前d軸指令電流id1’*の値から一定の時間勾配で徐々に負の方向に増加していく。
補正後d軸指令電流id2’*の時間勾配は、設定量igradおよび弱め磁束制御ルーチンの演算周期に応じて決まる。このため、弱め磁束制御の安定条件を満たす小さめの設定量igradが設定されている。また、弱め磁束制御ルーチンの演算周期は、電流フィードバック制御の演算周期よりも十分長く設定されている。
上述したステップS12の処理が繰り返されることにより、d軸方向の電機子鎖交磁束が減少してq軸に発生する誘起電圧が低下する。従って、モータ10の端子電圧を制限電圧以下に抑えることができる。これに伴って電流フィードバックを行うための電圧指令スカラー値Vdqも低下していく。
弱め磁束制御部24は、電圧指令スカラー値Vdqが第1基準値Vref1以下になるまで低下すると(S11:No)、その処理をステップS13に進め、電圧指令スカラー値Vdqが第2基準値Vref2未満であるか否かについて判断する。この第2基準値Vref2は、第1基準値Vref1よりも小さな値であって、補正後d軸指令電流id2’*をハンチングさせないように不感帯を設けたものである。弱め磁束制御部24は、電圧指令スカラー値Vdqが第2基準値Vref2以上である場合は、補正後d軸指令電流id2’*を補正せずに弱め磁束制御ルーチンを一旦終了する。この場合、弱め磁束制御部24は、直前に設定された補正後d軸指令電流id2’*を上限値制限部25に出力する。従って、電圧指令スカラー値Vdqが第2基準値Vref2以上で第1基準値Vref1以下となっているあいだは、補正後d軸指令電流id2’*は、同じ値に維持される。
この状態から電圧指令スカラー値Vdqが増加して第1基準値Vref1を超えれば(S11:Yes)、上述したように補正後d軸指令電流id2’*が負の方向に増加補正される(S12)。一方、電圧指令スカラー値Vdqが低下して第2基準値Vref2を下回ると(S13:Yes)、弱め磁束制御部24は、その処理をステップS14に進めて、現時点の(直前に設定された)補正後d軸指令電流id2’*が、ベクトル制御部23により算出された最新の補正前d軸指令電流id1’*以下であるか否かについて判断する。
補正後d軸指令電流id2’*が補正前d軸指令電流id1’*を超えている場合には(S14:No)、弱め磁束が必要以上に働いている状態である。そこで、弱め磁束制御部24は、その処理をステップS15に進めて、補正後d軸指令電流id2’*を予め設定した設定量igradだけ正の方向に増加させる(id2’*←id2’*−igrad)。この場合、補正後d軸指令電流id2’*は、負の値であるため、このステップS15の処理は、負の補正後d軸指令電流id2’*の大きさ(絶対値)を小さくする処理となる。
弱め磁束制御部24は、ステップS15で補正後d軸指令電流id2’*を設定すると、設定した補正後d軸指令電流id2’*を上限値制限部25に出力して弱め磁束制御ルーチンを一旦終了する。こうした処理が所定の演算周期で繰り返されることにより、負の補正後d軸指令電流id2’*の大きさ(絶対値)が一定の時間勾配で徐々に少なくなっていく。そして、補正後d軸指令電流id2’*が補正前d軸指令電流id1’*以下になると(S14:Yes)、弱め磁束制御部24は、その処理をステップS16に進めて、ベクトル制御部23により算出された補正前d軸指令電流id1’*を、補正後d軸指令電流id2’*に設定して、設定した補正後d軸指令電流id2’*を上限値制限部25に出力して弱め磁束制御ルーチンを一旦終了する。
尚、ステップS14の判断時において、補正後d軸指令電流id2’*が設定されていない状況である場合には、補正前d軸指令電流id1’*の値を補正後d軸指令電流id2’*として使用し、その処理をステップS16に進めるようにするとよい。
以上説明した本実施形態のモータ制御装置1によれば、電圧指令スカラー値Vdqが第1基準値Vref1を超えたときに、ベクトル制御部23で演算された補正前d軸指令電流id1’*を、一定の時間勾配で負の方向に増加する補正後d軸指令電流id2’*に変更する。これにより、d軸電機子反作用による減磁効果が得られて誘起電圧の上昇を抑制することができ、モータ10の回転数を増加させることができる。この場合、弱め磁束制御の安定条件を満たすように設定された一定時間勾配で補正後d軸指令電流id2’*を負の方向に増加させる。このため、d軸電流がq軸電圧に与える干渉項の影響が少なくなり、安定した弱め磁束制御を行うことができる。従って、干渉項の影響を低減するための非干渉制御を行う必要も無くなる。
また、弱め磁束制御を開始するときは、ベクトル制御部23で演算された補正前d軸指令電流id1’*を初期値として、その初期値から予め設定した一定時間勾配で負の方向に増加する補正後d軸指令電流id2’*を設定するため、弱め磁束制御にスムーズに移行させることができる。
また、電圧指令スカラー値Vdqが第1基準値Vref1と第2基準値Vref2とのあいだの値をとる状況においては、d軸電流が必要以上に流れていないため、補正後d軸指令電流id2’*を変更しない。従って、安定した弱め磁束制御を継続させることができる。
また、電圧指令スカラー値Vdqが第2基準値Vref2を下回った場合には、補正後d軸指令電流id2’*が補正前d軸指令電流id1’*よりも大きいあいだは、補正後d軸指令電流id2’*を一定の時間勾配で正の方向に増加する。これにより、弱め磁束が必要以上に働かないようにすることができる。また、弱め磁束を減らす場合においても、一定の時間勾配で補正後d軸指令電流id2’*を変化させるため、安定的に行うことができる。
また、d軸電流の変化は、電気角推定部34が推定する電気角θeの演算に対して外乱として働くが、本実施形態によれば、補正後d軸指令電流id2’*を一定の時間勾配で徐々に変化させるため、電気角θeの演算への影響を低減することができる。このため、モータ10を安定的に作動させることができ、脱調等の不具合を防止することができる。
以上、本実施形態に係るモータ制御装置について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を逸脱しない限りにおいて種々の変更が可能である。
例えば、本実施形態においては、補正後d軸指令電流id2’*を負の方向に増加させる場合と、正の方向に増加させる場合とで同じ時間勾配としているが、異なるようにしてもよい。例えば、補正後d軸指令電流id2’*を負の方向に増加させる場合には、第1設定量igrad1を用い、補正後d軸指令電流id2’*を正の方向に増加させる場合には、第2設定量igrad2を用いるようにして、この第1設定量igrad1と第2設定量igrad2とを独立して設定するようにしてもよい。
また、本実施形態においては、空調機の圧縮機を駆動するモータ10を制御するモータ制御装置1について説明したが、モータの適用については圧縮機に限るものではなく、種々の装置に適用できるものである。また、本実施形態においては、α−β座標系を介してd−q座標系を3相座標系に変換しているが、α−β座標系を介さずにd−q座標系を直接3相座標系に変換するように構成してもよい。