本発明は、糖鎖分析自動化のためのシステム構築に適用可能な糖鎖遊離法、特にO−結合型糖鎖分析を行うことができる糖鎖遊離法を提供することを課題とする。
上記課題は、濃アンモニア水を用いるのではなく、濃アンモニア水の不存在下でアンモニウム塩もしくはアンモニウムイオンを用いることによって、飛躍的にピーリング反応等の悪影響が回避されることを見出したことによって解決された。
したがって、本発明は、複合糖質からの塩基性化合物を用いた還元性糖鎖遊離法に関する。前記複合糖質に含まれる対象の一部は生体関連分子であり、糖タンパク質、糖脂質、グリコサミノグリカンおよび糖ペプチドである。他には、O−結合型糖鎖配糖体を含む。本発明によれば、既報のアルカリベータ脱離法、無水ヒドラジン分解法、および濃アンモニア水溶液を用いたO−結合型糖鎖遊離法と比較して取り扱いの簡便な、例えば、アンモニウム塩粉末等のアンモニウム塩もしくはアンモニウムイオンが生じる物質を用い、好ましくない副反応であるピーリング反応を最小限に抑え、再現性良く還元性の糖鎖を複合糖質より遊離させることができる。遊離させた糖鎖は、その還元末端を蛍光色素で標識するあるいは、グライコブロッティング(Glycoblotting)法と呼ばれる糖鎖還元末端とアミノオキシ化合物あるいはヒドラジド化合物との反応による精製回収に供することができる。その後にHPLCあるいは質量分析法で定性および定量解析することができる。
1つの局面において、本発明は、O−結合型糖鎖を有する糖鎖結合物質から該O−結合型糖鎖を生産する方法であって、
A)該糖鎖結合物質に、濃アンモニア水の不存在下、アンモニウム塩またはアンモニウムイオンを接触させる工程;
B)A)で得られた反応液を中和するかまたは酸性にする工程(場合によっては、中和した後、該反応液を酸性にする工程);および
C)遊離した糖鎖を回収する工程
を包含する、方法を提供する。
あるいは、別の局面において、本発明は、O−結合型糖鎖を有する糖鎖結合物質から該O−結合型糖鎖を生産する方法であって、
A)該糖鎖結合物質に、濃アンモニア水の不存在下、アンモニウム塩を加える工程(場合によっては、アンモニウム塩水溶液を加える工程);
B)A)で得られた反応液を中和するかまたは酸性にする工程(場合によっては、中和した後、該反応液を酸性にする工程);および
C)遊離した糖鎖を回収する工程
を包含する、方法を提供する。
別の局面において、本発明は、O−結合型糖鎖を有する糖鎖結合物質から該O−結合型糖鎖を生産する方法であって、
A)該糖鎖結合物質に、pHが約7以上約11未満の条件下で、アンモニウム塩またはアンモニウムイオンを接触させる工程;
B)A)で得られた反応液を中和するかまたは酸性にする工程(場合によっては、中和した後、該反応液を酸性にする工程);および
C)遊離した糖鎖を回収する工程
を包含する、方法を提供する。
あるいは、別の局面において、本発明は、O−結合型糖鎖を有する糖鎖結合物質から該O−結合型糖鎖を生産する方法であって、
A)該糖鎖結合物質に、pHが約7以上約11未満の条件下で、アンモニウム塩を加える工程(場合によっては、アンモニウム塩水溶液を加える工程);
B)A)で得られた反応液を中和するかまたは酸性にする工程(場合によっては、中和した後、該反応液を酸性にする工程);および
C)遊離した糖鎖を回収する工程
を包含する、方法を提供する。
さらに別の局面において、本発明は、
試料中のO−結合型糖鎖を検出する方法であって、
A)該試料に、濃アンモニア水の不存在下、アンモニウム塩またはアンモニウムイオンを接触させる工程;
B)A)で得られた反応液を中和するかまたは酸性にする工程(場合によっては、中和した後、該反応液を酸性にする工程);および
C)遊離した糖鎖を分析する工程
を包含する、方法を提供する。
あるいは、別の局面において、本発明は、
試料中のO−結合型糖鎖を検出する方法であって、
A)濃アンモニア水の不存在下、アンモニウム塩を該試料に加える工程(場合によっては、アンモニウム塩水溶液を加える工程);
B)A)で得られた反応液を中和するかまたは酸性にする工程(場合によっては、中和した後、該反応液を酸性にする工程);および
C)遊離した糖鎖を分析する工程
を包含する、方法を提供する。
さらに別の局面において、本発明は、
試料中のO−結合型糖鎖を検出する方法であって、
A)該試料に、pHが約7以上約11未満の条件下で、アンモニウム塩またはアンモニウムイオンを接触させる工程;
B)A)で得られた反応液を中和するかまたは酸性にする工程(場合によっては、中和した後、該反応液を酸性にする工程);および
C)遊離した糖鎖を分析する工程
を包含する、方法を提供する。
あるいは、別の局面において、本発明は、
試料中のO−結合型糖鎖を検出する方法であって、
A)pHが約7以上約11未満の条件下で、アンモニウム塩を該試料に加える工程(場合によっては、アンモニウム塩水溶液を加える工程);
B)A)で得られた反応液を中和するかまたは酸性にする工程(場合によっては、中和した後、該反応液を酸性にする工程);および
C)遊離した糖鎖を分析する工程
を包含する、方法を提供する。
本発明の検出方法では、還元型糖鎖を分析する場合は、酸性(たとえば、pH約3〜約5)にすることが好ましい。
1つの実施形態において、本発明の方法において、前記アンモニウム塩またはアンモニウムイオンとの接触、あるいは前記アンモニウム塩を加えることは、飽和濃度の2分の1量から飽和濃度以上の量の該アンモニウム塩を加える条件で達成される。
別の実施形態において、本発明の方法において、前記アンモニウム塩またはアンモニウムイオンとの接触、あるいは前記アンモニウム塩を加えることは、飽和濃度以上の量の該アンモニウム塩を加える条件で達成される。
さらに別の実施形態において、本発明の方法において、前記アンモニウム塩またはアンモニウムイオンとの接触、あるいは前記アンモニウム塩を加えることは、該アンモニウム塩または該アンモニウムイオンを生じる物質を粉末で前記糖鎖結合物質の溶液に加えることによって達成される。
さらに別の実施形態において、本発明の方法は、前記アンモニウム塩またはイオンとの接触、あるいは前記アンモニウム塩を加えた後、加熱する工程をさらに包含する。
さらに別の実施形態において、本発明の方法における加熱は、50℃〜80℃で10〜100時間行われる。
さらに別の実施形態において、本発明の方法において、前記アンモニウム塩またはイオンのpHは、約8.3以上約10.8以下である。好ましくは、pHは、約8.5以上約10.5以下、約8.5以上約10以下、約9以上約10以下、あるいは約9.5以上約9.9以下でありうる。
さらに別の実施形態において、本発明の方法において使用されるアンモニウム塩は、炭酸アンモニウム、重炭酸アンモニウムおよびカルバミン酸アンモニウムからなる群より選択される少なくとも1つの塩を含む。
さらに別の実施形態において、本発明の方法における中和は、酸またはイオン交換樹脂を用いて行われる。
さらに別の実施形態において、本発明において用いられる糖鎖結合物質または試料は、血清、培養細胞抽出物または組織試料に含まれるものである。
さらに、別の実施形態において、本発明において用いられる糖鎖結合物質または試料は、尿、血漿等に含まれるものである。
さらに別の実施形態において、本発明の方法におけるB)工程の中和する工程または酸性にする工程に用いられる酸性物質は、特に限定されないが、中和によって生成する塩が揮発性を有するものが好ましく、酢酸、トリフルオロ酢酸、ギ酸等により行われる。同工程において、「酸性にする」するとは、溶液を「pH約3〜約5とする」ことを包含する。
さらに別の実施形態において、本発明の方法における糖鎖の回収は、グライコブロッティング(Glycoblotting)法により達成される。
さらに別の実施形態において、本発明の方法における糖鎖の回収は、遊離されたO-結合型糖鎖をラベル化(たとえば、蛍光ラベル等)することによっても達成できる。この場合、HPLCまたは質量スペクトル分析により法によって分析することができる。
さらに別の実施形態において、本発明の方法における糖鎖結合物質は、糖タンパク質、糖ペプチド、プロテオグリカン、グリコサミノグリカン、糖脂質、糖核酸複合体、糖ペプチド脂質(glycopeptidolipid;GPL)などの生体分子である。
さらに別の実施形態において、本発明の方法において対象となるO−結合型糖鎖を有する糖鎖結合物質は、セリンまたはスレオニンを含む物質である。
好ましい実施形態では、本発明は、O−結合型糖鎖を有する糖鎖結合物質から該O−結合型糖鎖を生産する方法であって、
A)該糖鎖結合物質を含む水溶液に、該水溶液が1/2飽和〜飽和条件となるよう重炭酸アンモニウム、炭酸アンモニウムまたはカルバミン酸アンモニウム粉末または水溶液を加え、加熱する工程;
B)A)で得られた反応液を酸(例えば、酢酸、ギ酸、トリフルオロ酢酸等)で中和する工程(さらに、必要に応じて、該反応液を、例えばpH約3〜約5の酸性にする工程とし、生産されたグリコシルアミン糖鎖を還元性遊離糖鎖へと変換する工程を包含してもよい);および
C)遊離した糖鎖を糖鎖捕捉担体を用いて回収する工程
を包含する、方法を提供する。
別の好ましい実施形態では、本発明は、O−結合型糖鎖を検出する方法であって、
A)該糖鎖結合物質を含む水溶液に、該水溶液が1/2飽和〜飽和条件となるよう重炭酸アンモニウム、炭酸アンモニウムまたはカルバミン酸アンモニウム粉末または水溶液を加え、加熱する工程;
B)A)で得られた反応液を酸性にする工程(好ましくは、該反応液をpH約3〜約5にする工程であり);および
C)遊離した糖鎖を糖鎖捕捉担体を用いて回収し、質量スペクトル分析法によって分析する工程
を包含する、方法を提供する。
さらに好ましい実施形態では、本発明は、O−結合型糖鎖を有する糖鎖結合物質から該O−結合型糖鎖を生産する方法であって、
A)該糖鎖結合物質を含む水溶液に、該水溶液が1/2飽和〜飽和条件となるよう、炭酸アンモニウムまたはカルバミン酸アンモニウム粉末または水溶液を加え、約60℃に加熱する工程;
B’)A)で得られた反応液を酢酸、ギ酸、トリフルオロ酢酸等で酸性(例えば、pH約3〜約5)にする工程;および
C)遊離した糖鎖を糖鎖捕捉担体(BlotGlycoシリーズ(住友ベークライトから入手可能)あるいはAffiGel Hzシリーズ(BioRadから入手可能)などのヒドラジド基を有する樹脂)を用いて回収する工程を包含する、方法を提供する。
別のさらに好ましい実施形態では、本発明は、O−結合型糖鎖を検出する方法であって、
A)該糖鎖結合物質を含む水溶液に、該水溶液が1/2飽和〜飽和条件となるよう、炭酸アンモニウムまたはカルバミン酸アンモニウム粉末または水溶液を加え、約60℃に加熱する工程;
B)A)で得られた反応液を酢酸、ギ酸、トリフルオロ酢酸等で酸性(例えば、pH約3〜約5)にする工程;および
C)遊離した糖鎖を糖鎖捕捉担体(BlotGlycoシリーズ(住友ベークライトから入手可能) あるいはAffiGel Hzシリーズ(BioRadから入手可能)を用いて回収し、質量スペクトル分析法によって分析する工程を包含する、方法を提供する。
別の局面において、本発明は、O−結合型糖鎖を有する糖鎖結合物質を含むと予想される試料において、O−結合型糖鎖を検出する方法であって、
A)該糖鎖結合物質にアンモニウム塩またはアンモニウムイオンを接触させる工程;
B)A)で得られた反応液を酸性(好ましくは、pH約3〜約5)にする工程;および
C)遊離した糖鎖を分析する工程
を包含する、方法を提供する。
あるいは、別の局面において、本発明は、O−結合型糖鎖を有する糖鎖結合物質を含むと予想される試料において、O−結合型糖鎖を検出する方法であって、
A)該糖鎖結合物質にアンモニウム塩を加える工程;
B)A)で得られた反応液を酸性(好ましくは、pH約3〜約5)にする工程;および
C)遊離した糖鎖を分析する工程
を包含する、方法を提供する。
あるいは、別の局面において、本発明は、O−結合型糖鎖を有する糖鎖結合物質を含むと予想される試料において、O−結合型糖鎖を検出する方法であって、
A)該糖鎖結合物質にアンモニウム塩を加える工程;
B)A)で得られた反応液を酸性(好ましくは、pH約3〜約5)にする工程;および
C)遊離した糖鎖を糖鎖捕捉担体(BlotGlycoシリーズ(住友ベークライトから入手可能)あるいはAffiGel Hzシリーズ(BioRadから入手可能)を用いて回収し、質量スペクトル分析法によって分析する工程を包含する、方法を提供する。
1つの実施形態において、本発明の方法において分析がされる場合、分析は、質量分析、好ましくはMALDI−TOF−MSおよびLC−ESI−MS、より好ましくはMALDI−TOF−MSにより実施される。
別の局面において、本発明は、アンモニウム塩またはアンモニウムイオンを含む、O−結合型糖鎖を有する糖鎖結合物質から該O−結合型糖鎖を生産または分離するための組成物を提供する。
1つの実施形態において、本発明の組成物において用いられるアンモニウム塩またはアンモニウムイオンは、炭酸アンモニウム、重炭酸アンモニウムおよびカルバミン酸アンモニウムからなる群より選択される少なくとも1つの塩またはそれに由来するイオンを含む。
別の実施形態において、本発明の組成物において用いられるアンモニウム塩またはアンモニウムイオンは、重炭酸アンモニウムまたはカルバミン酸アンモニウムを含む。
別の実施形態では、糖鎖結合物質は、血清、培養細胞抽出物または組織試料に含まれるものである。
別の局面において、本発明は、O−結合型糖鎖を有する糖鎖結合物質から該O−結合型糖鎖を生産または分離するための、アンモニウム塩またはアンモニウムイオンを提供する。
他の局面において、本発明は、試料中のO−結合型糖鎖を検出するための、アンモニウム塩またはアンモニウムイオンを提供する。
他の局面において、本発明は、O−結合型糖鎖を有する糖鎖結合物質から該O−結合型糖鎖を生産または分離するための、アンモニウム塩またはアンモニウムイオンの使用を提供する。
他の局面において、本発明は、O−結合型糖鎖を有する糖鎖結合物質から該O−結合型糖鎖を生産または分離するための薬剤を製造するための、アンモニウム塩またはアンモニウムイオンの使用を提供する。
他の局面において、本発明は、試料中のO−結合型糖鎖を検出するための、アンモニウム塩またはアンモニウムイオンの使用を提供する。
他の局面において、本発明は、試料中のO−結合型糖鎖を検出するための薬剤を製造するための、アンモニウム塩またはアンモニウムイオンの使用を提供する。
別の局面において、本発明は、
A)アンモニウム塩またはアンモニウムイオン、
B)該アンモニウム塩またはアンモニウムイオンを中和する手段(さらに/または、酸性にする手段を有していてもよい)、および
C)糖鎖を回収する手段
を含む、O−結合型糖鎖を有する糖鎖結合物質から該O−結合型糖鎖を生産または分離するためのキットを提供する。
別の局面において、本発明は、
A)アンモニウム塩またはアンモニウムイオン、
B)該アンモニウム塩またはアンモニウムイオンを中和する手段(さらに/または、酸性にする手段を有していてもよい)、および
C)糖鎖を検出する手段
を含む、O−結合型糖鎖を有する糖鎖結合物質を含むと予想される試料におけるO−結合型糖鎖の検出に使用するためのシステムを提供する。
さらなる局面において、本発明は、本発明のO−結合型糖鎖を検出する方法を利用して、O−結合型糖鎖に変動の見られる疾患を分析し、病因を特定し、診断する方法を提供する。
別のさらなる局面において、本発明は、本発明のO−結合型糖鎖を検出する方法を利用して、O−結合型糖鎖に依存したスクリーニングを行うことができる。そのようなスクリーニングの対象としては、たとえば、生体自体(たとえば、病原菌など)、生体試料、医薬品またはその候補物質などを挙げることができるがそれに限定されない。
本発明により、従来の技術による操作上の諸問題を解決され、簡便に還元性遊離オリゴ糖鎖を調製する。特にGlycoblotting法(シアル酸修飾を含む)および質量分析法と組み合わせることにより定量的かつ再現性の高い生体関連分子上の糖鎖構造を明らかにすることができる。Glycoblotting法を行う際には、シアル酸をメチルエステル化することで酸性荷電を消失させ定量的に質量分析できるよう処理することもできる。
好ましい実施形態では、O−結合型糖鎖を有する生体関連分子を含む水溶液に飽和濃度以上の炭酸アンモニアあるいはカルバミン酸アンモニウム粉末を加え(15〜20mg/20μl)、60°Cで20時間から40時間加熱処理する。反応液を酢酸、ギ酸、トリフルオロ酢酸などの酸(好ましくは、揮発性の塩を生成する酸)あるいはイオン交換樹脂で中和し(さらには、酸性にし)、必要に応じて凍結乾燥後、水溶液とし、遊離した糖鎖をGlycoblotting法に供し、精製回収して質量分析にて定性・定量解析することができる。
よって、本発明によれば、従来の生体関連分子からのO−結合型糖鎖遊離法では煩雑で困難であった操作が迅速かつ簡便に行えるようになる。また少量の生体関連分子からのO−結合型糖鎖遊離が可能である。反応条件の最適化によりピーリング反応を最小にすることが可能となり、再現性の高い定量的解析が行える。したがって、O−結合型糖鎖分析を自動化することが初めて可能になる。
以下、本発明を説明する。本明細書の全体にわたり、単数形の表現は、特に言及しない限り、その複数形の概念をも含むことが理解されるべきである。また、本明細書において使用される用語は、特に言及しない限り、当該分野で通常用いられる意味で用いられることが理解されるべきである。
(用語)
以下に本明細書において特に使用される用語の定義を列挙する。
本明細書において「糖鎖」とは、単位糖(単糖および/または単糖の誘導体)が1つ以上連なってできた化合物をいう。単位糖が2つ以上連なる場合は、各々の単位糖同士の間は、グリコシド結合による脱水縮合によって結合する。このような糖鎖としては、例えば、生体中に含有される複合糖質(グルコース、ガラクトース、マンノース、フコース、キシロース、N−アセチルグルコサミン、N−アセチルガラクトサミン、シアル酸、ウロン酸ならびにそれらの複合体および誘導体から構成される)の他、分解された多糖のほか、糖タンパク質、糖ペプチド、プロテオグリカン、グリコサミノグリカンおよび糖脂質などの複合生体分子から分解または誘導された糖鎖など広範囲なものが挙げられるがそれらに限定されない。したがって、本明細書では、糖鎖は、「多糖(ポリサッカリド)」、「糖
質」、「炭水化物」、「オリゴ糖」と互換可能に使用され得る。
本明細書において「単糖」とは、これより簡単な分子に加水分解されず、一般式CnH2nOnで表される化合物をいう。ここで、n=2、3、4、5、6、7、8、9および10であるものを、それぞれジオース、トリオース、テトロース、ペントース、ヘキソース、ヘプトース、オクトース、ノノースおよびデコースという。一般に鎖式多価アルコールのアルデヒドまたはケトンに相当するもので、前者をアルドース,後者をケトースという。
本明細書において「単糖の誘導体」とは、単糖上の一つ以上の水酸基が別の置換基に置換され、結果生じる物質が単糖の範囲内にないものをいう。そのような単糖の誘導体としては、カルボキシル基を有する糖(例えば、C−1位が酸化されてカルボン酸となったアルドン酸(例えば、D−グルコースが酸化されたD−グルコン酸)、末端のC原子がカルボン酸となったウロン酸(D−グルコースが酸化されたD−グルクロン酸)、アミノ基またはアミノ基の誘導体(例えば、アセチル化されたアミノ基)を有する糖(例えば、N−アセチル−D−グルコサミン、N−アセチル−D−ガラクトサミンなど)、アミノ基およびカルボキシル基を両方とも有する糖(例えば、N−アセチルノイラミン酸(シアル酸)、N−アセチルムラミン酸など)、デオキシ化された糖(例えば、2−デオキシ−D−リボース)、硫酸基を含む硫酸化糖、リン酸基を含むリン酸化糖などがあるがそれらに限定されない。あるいは、ヘミアセタール構造を形成した糖において、アルコールと反応してアセタール構造のグリコシドもまた、単糖の誘導体の範囲内にある。
本明細書において「糖鎖結合物質」とは、糖鎖が糖鎖以外の物質(たとえば、タンパク質、脂質など)に結合した物質をいう。このような糖鎖結合物質は、生体内に多く見出され、例えば、糖タンパク質、糖ペプチド、プロテオグリカン、グリコサミノグリカン、糖脂質などの複合生体分子、およびそれらから分解または誘導された糖鎖など広範囲なものが挙げられるがそれらに限定されない。また、糖鎖結合物質は、どのような試料に含まれるものであってもよく、たとえば、糖鎖結合物質は、血清などの体液、培養細胞抽出物または組織試料(たとえば、ホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)組織サンプル)に含まれるものを用いることができる。糖鎖結合物質は、結合している糖鎖の種類および量によって、発揮する機能が大いに異なることが近年明らかになっており、その分析の重要性が増している。
本明細書において「糖タンパク質」としては、例えば、酵素、ホルモン、サイトカイン、抗体、ワクチン、レセプター、血清タンパク質などが挙げられるがそれらに限定されない。
本明細書において「O−結合型糖鎖」、「O−型糖鎖」および「O型糖鎖」は、交換可能に用いられ、酸素(O)原子を介して結合された糖鎖またはなんらかの修飾を受けた(例えば、アセチル化、脱アセチル化)糖鎖をいう。代表的には、セリンまたはスレオニンのOH(水酸基)を介して結合することから、セリンスレオニン結合型糖鎖とも呼ばれる。このような糖鎖としては、たとえば、セリンまたはスレオニン残基へのN−アセチルガラクトサミンの付加反応によって生じるO−N−アセチルガラクトサミン(O−GalNAc)、O−GlcNAc(O−N−アセチルグルコサミン)などが挙げられる。これらの糖鎖は、アルツハイマー病、がん化の指標となると考えられており、また、O−GlcNAc(O−N−アセチルグルコサミン)を除去する酵素を暗号化する遺伝子はインスリン非依存性糖尿病に繋がっていると考えられることから糖尿病における指標となることも知られている。あるいは、プロテオグリカンの大きな糖の複合体間の相互作用で細胞同士を付着させたり、粘膜の分泌作用を構成する機能を有する。O−結合型糖鎖としては、このほかに、O−フコース(Notchタンパク質のEGF様リピートのコンセンサス配列が−C−X−X−G−G−S/T−C−(Xは任意のタンパク質、フコースはS/Tに結合。)に付加するものが知られる。)、O−グルコース(Notchタンパク質のEGF様リピートのコンセンサス配列が−C−X−S−X−P−C−(Xは任意のタンパク質、グルコースはS/Tに結合。)に付加するものが知られる)。O−マンノース配糖体も存在する。また、コンドロイチン硫酸およびヘパラン硫酸といったプロテオグリカンは、O−キシロース配糖体とみなせる。本発明の対象となる「O−結合型糖鎖」とは、O−結合型糖鎖を有する糖鎖結合物質から、本発明の方法によって分離または生産される糖鎖をいい、糖鎖結合物質に結合していたO−結合型糖鎖自体のほか、何らかの構造変化(例えば、アセチル基の脱離など)が生じたものを含むことが理解される。したがって、狭義には、「O−結合型糖鎖」は、O−結合型糖鎖およびO−結合型糖鎖以外の糖鎖を包含することが理解される。なお、これに対し、タンパク質のアスパラギン残基に結合している糖鎖を「N−結合型糖鎖」、「N−型糖鎖」、「N型糖鎖」または「アスパラギン結合糖鎖」という。このように、O−結合型糖鎖は、重要な情報を有しているにもかかわらず、現在O−結合型糖鎖の有力な酵素がなく、適当な切り出し手段がなかった。したがって、本発明においては、糖鎖自動切り出し装置にO−結合型糖鎖の切り出しを可能にし、全糖鎖の自動分析を可能にするという点で優れているといえる。
本発明が対象とする「O−結合型糖鎖を有する糖鎖結合物質」は、糖鎖結合物質であって、O−結合型糖鎖を有するものであれば、いかなる物質でもよく、他に結合している物質がない糖鎖結合物質でも、他に別の結合物が存在する糖鎖結合物質でもよく、当然、O−結合型糖鎖を有しさえすればN−結合型糖鎖を含む糖鎖結合物質であってもよいことが理解される。また「O−結合型糖鎖を有する糖鎖結合物質」に含まれるO−結合型糖鎖およびそれらに由来する(それらから誘導される)O−結合型糖鎖を含む。一つの態様として、「O−結合型糖鎖を有する糖鎖結合物質」に含まれるO−結合型糖鎖が挙げられる。
本明細書において「試料」とは、その中の少なくとも1つの成分(好ましくは糖鎖または糖鎖含有物質)の分離、濃縮、精製または分析を目的とするものであれば、どのような起源のものをも使用することができる。したがって、試料は、生物の全部または一部から取り出されたものであり得るが、それに限定されない。たとえば、血清などの体液に由来する試料、培養細胞抽出物などの液体状の試料、組織試料等の固体試料(たとえば、ホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)組織サンプル)を用いることができる。別の実施形態において、試料は、合成技術によって合成されたものであり得る。
本明細書において「被験体」とは、本発明の分析の対象となる試料中の目的物質を含む実体をいう。「被験物質」とは、本発明の分析の対象となる試料中の目的物質をいう。
本明細書において使用される用語「生体分子」とは、生体に関連する分子をいう。そのような生体分子を含む試料を、本明細書において特に生体試料ということがある。本明細書において「生体」とは、生物学的な有機体をいい、動物、植物、菌類、ウイルスなどを含むがそれらに限定されない。本発明が対象とする被験物質は、主に、この生体分子または生体試料であることが多いがこれに限定されない。従って、生体分子は、生体から抽出される分子を包含するが、それに限定されず、生体に影響を与え得る分子であれば生体分子の定義に入る。そのような生体分子には、タンパク質、ポリペプチド、オリゴペプチド、ペプチド、ポリヌクレオチド、オリゴヌクレオチド、ヌクレオチド、核酸(例えば、cDNA、ゲノムDNAのようなDNA、mRNAのようなRNAを含む)、ポリサッカリ
ド、オリゴサッカリド、脂質、低分子(例えば、ホルモン、リガンド、情報伝達物質、有機低分子など)、これらの複合分子などが包含されるがそれらに限定されない。本明細書では、生体分子は、好ましくは、糖鎖結合物質(例えば、糖タンパク質、糖脂質など)を含むと予想されるものであり得る。
そのような生体分子の供給源としては、生物由来の糖鎖が結合または付属する材料であれば特にその由来に限定はなく、動物、植物、細菌、ウイルスを問わない。より好ましくは動物由来生体試料が挙げられる。好ましくは、例えば、全血、血漿、血清、汗、唾液、尿、膵液、羊水、髄液等が挙げられ、より好ましくは血漿、血清、尿が挙げられる。生体試料には個体から予め分離されていない生体試料も含まれる。例えば外部から試液が接触可能な粘膜組織、あるいは腺組織、好ましくは乳腺、前立腺、膵臓に付属する管組織の上皮が含まれる。
本明細書において、糖鎖結合物質と、アンモニウム塩またはアンモニウムイオンとの「接触は、これら2つの反応物が反応するに必要なレベルで近接することをいう。たとえば、これらは、固体と固体との衝突でもよく、あるいは、アンモニウム塩を水溶液として、糖鎖結合物質(水溶液でも固体でもよい)に加えてもよく、あるいは、これら両者を水溶液として2つを混合してもよい。このような接触は、O−結合型糖鎖の糖鎖結合物質からの遊離を促進する条件で行うことが好ましい。そのような条件としては、たとえば、飽和濃度の2分の1量から飽和濃度以上の量の該アンモニウム塩を加える条件、飽和濃度以上の量の該アンモニウム塩を加える条件、アンモニウム塩またはアンモニウムイオンを生じる物質を粉末で前記糖鎖結合物質の溶液に加えることなどを挙げることができる。理論に束縛されることを望まないが、本発明におけるアンモニウムイオンとの接触は、アンモニウム塩水溶液等に含まれるヒドロキシイオンおよび他の塩基性イオンとの接触を包含する。
本明細書において「アンモニウムイオンを生じる物質」とは、水溶液にしたときにアンモニウムイオンを生じる物質をいい、代表的にアンモニウム塩、特にアンモニウム塩水溶液が挙げられるが、これに限定されず、混合したときにアンモニウムイオンを生じる物質であれば複数のもの(たとえば、アンモニア水と炭酸ガスとの組み合わせ)であってもよい。
本明細書において、「濃アンモニア水の不存在下」とは、アンモニウム塩またはアンモニウムイオンを加えるときの状態をいい、実質的に濃アンモニア水が添加されていない状態をいう。したがって、ごく少量の濃アンモニア水の混入は許容されるというべきである。添加時のプロトコールでこれを判別することができ、あるいは、アンモニウム塩またはアンモニウムイオンの接触時のpHまたはアンモニウムイオンの対イオンに対する相対比で判定することができる。
この数値は、使用するアンモニウム塩によって変動し、代表的には、pHが約7以上約11未満であり、たとえば、約7以上約11未満、約7以上約10以下、約7以上約9以下、約8以上約11未満、約8以上約10以下、約8以上約9以下、約9以上約11未満、約9以上約10以下、約10以上約11未満などを挙げることができる。好ましい範囲としては、約8.3以上約10.8以下、約8.5以上約10.5以下、約8.5以上約10以下、約9以上約10以下、あるいは約9.5以上約9.9以下などを挙げることができる。これらの数値は、表示された位までを有効数字として扱う。上限が、約11であるのは、濃アンモニア水中で炭酸アンモニウムを飽和させたときの標準状態でのpHが約11(より正確には、10.98)であることを考慮したものである。
本明細書において「約」との表示は、格別にそうではないと表示しない限り、その表示があってもなくても、同じ意味を示し、有効数字の範囲において±10%の変動を許容する表現と解釈される。
本発明において、炭酸アンモニウムの場合炭酸イオン:アンモニウムイオン=1:2程度(すなわち、炭酸アンモニウムそのもの)、あるいはカルバミン酸アンモニウムの場合カルバミン酸イオン:アンモニウムイオン1:1程度(すなわちカルバミン酸アンモニウムそのもの)が好ましい。
本明細書において「中和」とは、反応系からアンモニウム塩またはアンモニウムイオンを取り除くことをいい、結果として、反応系が中性〜弱酸性(たとえば、pH約3〜約5)となることをいう。pH約3〜約5にすると還元状態(アルデヒド型)となって、BlotGlycoなどでの分析が容易になる。したがって、本発明における「中和」は、反応系からの「アンモニウム塩またはアンモニウムイオンの分離」とほぼ同じ概念である。中和の手法としては、たとえば、アンモニウム塩またはアンモニウムイオンがアルカリ性を示すことから、酸を加えること、あるいは、イオン交換樹脂に接触させることによって行うことができるがこれらに限定されない。中和としては、たとえば、アンモニウム塩またはアンモニウムイオンの存在によりアルカリ性となった溶液を中性〜弱酸性(たとえば、pHが約4〜7、たとえば、pH約5)にもたらすことが挙げられる。
本明細書において「酸性にする」とは、反応系からアンモニウム塩またはアンモニウムイオンを取り除き、さらに、反応系が弱酸性(たとえば、pH約3〜約5)になることをいう。これにより、グリコシルアミンが還元末端を有する還元糖へと変換される。「酸性にする」手法としては、たとえば、アンモニウム塩またはアンモニウムイオンがアルカリ性を示すことから、酸(例えば、酢酸、ギ酸、トリフルオロ酢酸等)を加えること、あるいは、イオン交換樹脂に接触させることによって行うことができるがこれらに限定されない。酸性としては、たとえば、アンモニウム塩またはアンモニウムイオンの存在によりアルカリ性となった溶液を弱酸性(たとえば、pHが約3〜約5)にもたらすことが挙げられる。1つの実施形態では、アンモニウム塩またはアンモニウムイオンでの処理の後に得られた反応液を中和後、酸性条件下に保温(あるいは処理)することができる。また、好ましくは、中和して酸性まで持っていくことがよい。理論に束縛されることを望まないが、炭酸アンモニアを多量の酸で、急激に酸性にすると多量の二酸化炭素が一度に発生して、激しく発泡し、サンプルのロスがおきることがあるからである。
本明細書において、糖鎖の「回収」とは、反応後に遊離した糖鎖を得ることをいい、糖鎖を回収することができる限り、いかなる手法を用いても達成することができる。そのような手法としては、たとえば、ゲル濾過、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィーなどの各種のクロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、糖鎖固定化用ビーズを用いた糖鎖精製などを挙げることができる。
(糖鎖の分離・生産)
1つの局面では、本発明は、O−結合型糖鎖を有する糖鎖結合物質から、該O−結合型糖鎖を生産または分離する方法、キット、装置等を提供する。
本発明の技術では、O−結合型糖鎖を有する糖鎖結合物質から該O−結合型糖鎖を生産または分離する方法であって、A)該糖鎖結合物質に、pHが約7以上約11未満の条件下で、アンモニウム塩またはアンモニウムイオンを接触させる工程;B)A)工程で得られた反応系から、アンモニウム塩またはアンモニウムイオン除去する(たとえば、A)工程で得られた反応液を中和する、さらには必要に応じて酸性にする)工程;およびC)遊離した糖鎖を回収する工程を包含する。必要に応じて、この回収された糖鎖は更なる分析に供される。このような物質としては、糖タンパク質、糖ペプチド、プロテオグリカン、グリコサミノグリカン、糖脂質、糖核酸複合体などを挙げることができるがこれらに限定されない。本発明の方法において対象となるO−結合型糖鎖を有する糖鎖結合物質は、セリンまたはスレオニンを含む物質(たとえば、糖ペプチド)を挙げることができる。通常O−結合型糖鎖はセリンまたはスレオニンに結合しているからである。
従来の技術では、還元末端を残す方法は存在したものの、ピーリング反応が抑制することができないか、できたとしても、強力な還元剤を用いるため還元末端がアルジトールになり,その後の試料取り扱いに制約がかかるなどの欠点が存在した。ここで、ピーリング反応とは、還元末端からアルカリ条件などの条件で分解して多糖類が分解することをいう。より詳細には、アルカリ性のもとで1−4結合型多糖類の末端基はフラクトース型を経てイソサッカリン酸およびメタサッカリン酸末端基を生成する。すなわち末端基からβ−アルコキシカルボニル脱離反応を経て、還元性末端基から糖残基が1つずつ脱離して重合度が低下してゆく反応である。理論に束縛されることを望まないが、従来は、糖を切り出す工程およびその効率を上げることと、ピーリング反応を抑えることを両立させることは困難であり、達成されていなかった。本発明は、これを本発明の工程を組み合わせることによって達成したという点において顕著な効果を示すというべきである。
そして、特許文献1では、濃アンモニア水を利用する方法が提唱されているが、濃アンモニア水を用いるため操作および取り扱いに困難があることに加え、糖鎖分析自動化のためのシステム構築が難しい。本発明は、糖鎖分析自動化のためのシステム構築に適用可能な糖鎖遊離法、特にO−結合型糖鎖分析を行うことができる糖鎖遊離法を提供し、オールインワン(all−in−one)の自動糖鎖分析システムの実現を可能にする。
本発明では、まず、濃アンモニア水の不存在下あるいはpHが約7以上約11未満の条件下で)という条件で、O−結合型糖鎖を含む糖鎖結合物質にアンモニウム塩またはアンモニウムイオンを接触させること、あるいはアンモニウム塩、特にアンモニウム水溶液をO−結合型糖鎖を含む糖鎖結合物質に加えることをひとつの特徴とする。このような特徴は、特許文献1では必須とされている濃アンモニア水がもたらす弊害を除去することができるという利点を有する。
本発明において使用することができるアンモニウム塩またはアンモニウムイオンとしては、任意のアンモニウム塩およびそれに由来するアンモニウムイオンを用いることができ、たとえば、塩化アンモニウム、クエン酸水素アンモニウム、カルバミン酸アンモニウム、重炭酸アンモニウム、炭酸アンモニウム、テトラブチルアンモニウムヒドロキシドなどを挙げることができ、これらの物質は一種または複数用いることができる。好ましくは、カルバミン酸アンモニウム、重炭酸アンモニウム、炭酸アンモニウムが使用される。特に好ましくは、カルバミン酸アンモニウムおよび炭酸アンモニウムが使用される。
あるいは、本発明においては、アンモニウム塩またはアンモニウムイオンの代わりに、類似のアミン、ピペリジンなどの窒素(N)含有物質を用いることもできる。たとえば、そのようなアミンとしては、ピペリジン、トリエチルアミン、トリブチルアミン、N,N−ジエチルアニリン、ジエチルアミンなどを挙げることができる。
このようなアンモニウム塩またはアンモニウムイオンあるいは類似の窒素(N)含有物質は、O−結合型糖鎖を分離することができる条件で加える限りいかなる条件で加えてもよい。そのような条件としては、たとえば、0.01M以上、飽和濃度の1/100以上、0.1M以上、飽和濃度の1/10以上、0.5M以上、飽和濃度の2分の1量から飽和濃度以上の量の該アンモニウム塩を加える条件、好ましくは、飽和濃度以上の量の該アンモニウム塩を加える条件を挙げることができるが、それに限定されない。
より詳細には、カルバミン酸アンモニウム、重炭酸アンモニウム、炭酸アンモニウムなどの好ましいアンモニウム塩が用いられる場合は、飽和濃度の2分の1量から飽和濃度以上の量の該アンモニウム塩を加える条件、好ましくは、飽和濃度以上の量の該アンモニウム塩を加える条件を利用することができる。
このようなアンモニウム塩またはアンモニウムイオンあるいは類似のN含有物質を用いるpH条件としては、濃アンモニア水が存在しない条件を考慮し、pH11未満であれば、どのような条件でもよい。好ましくは、中性〜アルカリ性であり、たとえば、使用するアンモニウム塩によって変動し、好ましい実施形態では、カルバミン酸アンモニウム、重炭酸アンモニウム、炭酸アンモニウムなどの、弱酸のアンモニウム塩が使用されることから、代表的には、pHが約7以上約11未満であり、たとえば、約7以上約10以下、約7以上約9以下、約8以上約11未満、約8以上約10以下、約8以上約9以下、約9以上約11未満、約9以上約10以下、約10以上約11未満などを挙げることができる。たとえば、下限としては、約8.0、約8.1、約8.2、約8.3、約8.4、約8.5、約8.6、約8.7、約8.8、約8.9、約9.0、約9.1、約9.2、約9.3、約9.4、約9.5、約9.6、約9.7等の数値を挙げることができ、上限としては、たとえば、約9.7、約9.8、約9.9、約10.0、約10.1、約10.2、約10.3、約10.4、約10.5、約10.6、約10.7、約10.8、約10.9、約11.0未満等を挙げることができる。好ましい範囲としては、約8.3以上約10.8以下、約8.5以上約10.5以下、約8.5以上約10以下、約9以上〜約10以下、あるいは約9.5以上約9.9以下などであり得る。濃アンモニア水の存在下では、たとえば、炭酸アンモニウム飽和の場合、標準状態では約pH11(より正確には10.98)であったことから、これより低いpH値であれば、本発明において使用されうることが理解される。当然pHは、測定条件により変動することから、当業者はその変動を理解することができ、本発明の実施において参酌することができることが理解される。
このようなアンモニウム塩またはアンモニウムイオンあるいは類似のN含有物質を接触させる時間(あるいは処理時間、たとえば、アンモニウム塩(特に、アンモニウム塩水溶液)を加えてから次の処理を行うまでの時間)は、目的とするレベルでO−結合型糖鎖が遊離するに十分な時間であればよく、たとえば、10時間以上、20時間以上、あるいは40時間以上などの時間を挙げることができ、上限としては、他の分解反応等の副反応が起こらない限り格別の上限はないが、作業の効率の問題から、60時間程度までであることが好ましく、たとえば、20時間から40時間を用いることができる。
このようなアンモニウム塩またはアンモニウムイオンあるいは類似のN含有物質を処理する温度は、目的とするレベルでO−結合型糖鎖が遊離するに十分な時間であればよく、たとえば、0℃〜室温でもよいが、好ましくは、加熱することが有利である。理論に束縛されることを望まないが、加熱することにより、O−結合型糖鎖の加水分解反応がよく進行することが考えられる。ただし、理論に束縛されることを望まないが、高すぎる温度では、副反応を生じる恐れがあることから、100℃以下であることが好ましく、たとえば、40℃〜80℃、40℃〜60℃、60℃〜80℃などであり得、60℃で実施することが好ましい。ここで採用されるべき温度としては、理論に束縛されることを望まないが、カルバミン酸アンモニウム、重炭酸アンモニウム、炭酸アンモニウムはすべて60℃以上では水、二酸化炭素、アンモニアに分解することから、アンモニウム塩が分解しない温度であれば、厳密に60℃に保つ必要はなく、適宜60℃の上下であってもよい。
本発明の方法の対象となる糖鎖結合物質の濃度は、任意のものであってよい。
このようなアンモニウム塩またはアンモニウムイオンあるいは類似のN含有物質を中和する方法は、たとえば、酸の添加またはイオン交換樹脂の使用を挙げることができる。
使用されうる酸は、このようなアンモニウム塩またはアンモニウムイオンあるいは類似のN含有物質を中和することができる限り、任意の酸を利用することができる。好ましくは、生成した糖鎖を悪化させないような酸であることが好ましい。通常使用される無機酸・有機酸であれば、いかなる酸を利用してもよい。好ましくは、弱酸が使用される。アンモニウム塩またはアンモニウムイオンの中和のコントロールが行いやすいからである。そのような酸としては、酢酸、ギ酸、トリフルオロ酢酸、ホウ酸などを挙げることができる。好ましくは酢酸を用いることができる。理論に束縛されることを望まないが、酢酸、ギ酸、トリフルオロ酢酸等を用いることが好ましい理由は、生成した糖鎖を悪化させないことおよび中和時に生成する塩が揮発性を有することによる。用いる酸の濃度は適宜のもの(たとえば、17.4Mが例示されるがこれに限定されない。)を使用することができる。
本発明における中和において、用いられるイオン交換樹脂は、アンモニウム塩またはアンモニウムイオンあるいは類似のN含有物質を分離または中和することができる限り、任意のものを利用することができる。そのようなイオン交換樹脂としては、たとえば、陽イオン交換樹脂、商品名DOWEX50(H+)を挙げることができる。
本発明では、酸およびイオン交換樹脂は、いずれか一方を利用してもよく、両方用いてもよい。
本発明において使用される糖鎖の回収する工程としては、遊離した糖鎖を回収することができる限り、いかなる手法を用いてもよい。そのような手法としては、たとえば、ゲル濾過、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィーなどの各種のクロマトグラフィー高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、糖鎖固定化用ビーズを用いた糖鎖精製を挙げることができ、好ましくはBlotGlycoビーズを用いる既存の方法(「Glycoblotting法」とも呼ばれる;Furukawa J−I. et al.,Anal.Chem.,80,1094−1101、2008,Miura Y. et al. Mol. Cell. Proteomics, 2008 Feb;7(2):370−7. Epub 2007 Nov 5.)によって達成することができる。BlotGlycoビーズと同様の概念であるアミノオキシ基を有するビーズ、またはAffiGel Hz、 BioRad等のヒドラジドビーズも使用できる。
本明細書において使用される「Glycoblotting法」とは、以下のようにして実施することができる。
還元末端を有する遊離糖鎖を、アミノオキシ基あるいはヒドラジド基を有する固相(ビーズ)上に結合させ、洗浄・シアル酸修飾等の処置後に固相より酸あるいは任意のアミノオキシ化合物あるいはヒドラジド化合物を用いて回収する。
このような手法の例示としては、たとえば、糖鎖固定化用ビーズを用いた糖鎖精製方法は、たとえば、反応液を糖鎖固定化用ビーズ(たとえば、BlotGlycoビーズ、AffiGel Hz)に適用し、遊離糖鎖を結合させて、洗浄・シアル酸修飾等の処置後に、回収する。あるいはグラファタイズドカーボン樹脂(CarboGraphカートリッジ等)に吸着させ洗浄後に溶出液(たとえば、25%アセトニトリル/0.05%トリフルオロ酢酸)にて溶出することによって達成することができる。
好ましい実施形態では、本発明は、O−結合型糖鎖を有する糖鎖結合物質から該O−結合型糖鎖を生産する方法であって、A)該糖鎖結合物質を含む水溶液に、該水溶液が1/2飽和〜飽和条件となるよう、重炭酸アンモニウム、炭酸アンモニウムまたはカルバミン酸アンモニウム粉末あるいは水溶液を、好ましくは、1/2飽和または飽和条件となるよう、重炭酸アンモニウム、炭酸アンモニウムまたはカルバミン酸アンモニウム粉末あるいは水溶液を加え、たとえば60℃に加熱する工程;B)A)で得られた反応液を酢酸、ギ酸、トリフルオロ酢酸またはホウ酸、好ましくは酢酸、ギ酸、トリフルオロ酢酸(さらに好ましくは酢酸)で中和する工程(さらに、酢酸、ギ酸、トリフルオロ酢酸またはホウ酸、好ましくは酢酸、ギ酸、トリフルオロ酢酸(さらに好ましくは酢酸)で反応液を酸性(好ましくはpH約3〜約5)にする工程);およびC)遊離した糖鎖を糖鎖捕捉担体、たとえばBlotGlycoを用いて回収する工程を包含する、方法を提供する。これらの方法によって、O−結合型糖鎖は効率よく分離され、定量することも可能であったことが本発明によって実証されている。
別のさらに好ましい実施形態では、本発明は、O−結合型糖鎖を検出する方法であって、A)該糖鎖結合物質を含む水溶液に、該水溶液が1/2飽和〜飽和条件となるよう、重炭酸アンモニウム、炭酸アンモニウムまたはカルバミン酸アンモニウム粉末または水溶液を、好ましくは、1/2飽和または飽和条件となるよう、重炭酸アンモニウム、炭酸アンモニウムまたはカルバミン酸アンモニウム粉末または水溶液を加え、たとえば60℃に加熱する工程;B)A)で得られた反応液を酢酸、ギ酸、トリフルオロ酢酸またはホウ酸、好ましくは酢酸、ギ酸、トリフルオロ酢酸(さらに好ましくは酢酸)で酸性にする工程;およびC)遊離した糖鎖を糖鎖捕捉担体、たとえばBlotGlycoを用いて回収し、質量分析法(たとえば、MALDI−TOFMS)によって分析する工程を包含する、方法を提供する。
別の局面において、本発明は、炭酸アンモニウム、重炭酸アンモニウムまたはカルバミン酸アンモニウムを含む、O−結合型糖鎖を有する糖鎖結合物質から該O−結合型糖鎖を生産または分離するための組成物であって、該炭酸アンモニウムが選択される場合、該炭酸アンモニウムは濃アンモニア水の不存在下で存在する、組成物を提供する。好ましくは、本発明は、重炭酸アンモニウムまたはカルバミン酸アンモニウムを含む、O−結合型糖鎖を有する糖鎖結合物質から該O−結合型糖鎖を生産または分離するための組成物を提供する。本発明のこの組成物において使用される、アンモニウム塩またはイオンは、本明細書において記載される任意の条件で存在することができる。本発明の組成物は、O−結合型糖鎖を有する糖鎖結合物質から該O−結合型糖鎖を生産または分離するための用途では知られていなかった。また、濃アンモニア水の不存在下で炭酸アンモニウムを使用することも知られていなかったことから、本発明は、従来に知られていない有用な用途を提供する。
別の局面において、本発明は、A)アンモニウム塩またはアンモニウムイオン、B)該アンモニウム塩またはアンモニウムイオンを中和する手段(および/または酸性にする手段)、およびC)糖鎖を回収する手段を含む、O−結合型糖鎖を有する糖鎖結合物質から該O−結合型糖鎖を生産または分離するためのキットを提供する。本発明のこのキットにおいて使用される、アンモニウム塩またはイオン、中和手段(たとえば、酸またはイオン交換樹脂など)、酸性にする手段(たとえば、酸またはイオン交換樹脂など)、糖鎖を回収する手段(たとえば、糖鎖捕捉担体など)は、本明細書において記載される任意の実施形態を使用することができる。
(糖鎖の分析)
本明細書において糖鎖の「分析」は、その糖鎖の種類、構造、糖鎖内部の結合型、量、タンパク質等糖鎖結合物質における結合型などを定性的および定量的に調べることをいう。
分離した分子の分析は、目的分子の種類に応じて適宜の方法を使用することができるが、例えば、質量分析(MS)及び/または核磁気共鳴(NMR)を用いることができる。質量分析(MS)及び/または核磁気共鳴(NMR)以外にも、紫外吸光光度計(UV)、エバポレイテイブ光散乱検出器(ELS)、電気化学検出器(特に、糖鎖および糖ペプチドに対し)、液体クロマトグラフ質量分析方法等を用いることができる。また、糖加水分解酵素と併用して構造決定することができる。本発明では、N−GalNAc型およびN−GlcNac型およびO−マンノース型、O−フコース型糖鎖の遊離物を解析することができる。
本発明の方法において使用される質量分析(マススペクトル分析)の技術は当該分野において周知であり、例えば、丹羽、最新のマススペクトロメトリー、化学同人、1995;Modern NMR Spectroscopy:A guide for Chemists,J.K.M.Sanders and B.K.Hunter(2ndEd.,Oxford University Press,NewYork,1993);Spectrometric Identification of Organic Compounds,R.M.Silverstein,G.Clayton Bassler,and Terrence C.Morill(5th Ed.,John Wiley&Sons,NewYork,1991)などを参照することができる。本発明の方法における質量分析には、任意のイオン化手法(例えば、エレクトロスプレー(ESI)法、マトリクス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)法)を使用する当該分野一般的に利用される任意の質量分析方法が利用できる。本発明の方法における質量分析には、任意の質量分離方式(例えば、飛行時間型(TOF)、四重極型、磁場型など)が使用され得る。好ましい実施形態において、質量分析は、MALDI−TOF MSにより行われる。
1つの好ましい実施例では、本発明の方法によって分離されたO−結合型糖鎖は、たとえば、MALDI−TOF MS(たとえば、Ultraflex, BiflexなどをBruker社から入手可能)によって質量分析することができる。
好ましくは、質量分析工程においてマトリックス試薬が使用される。マトリックス試薬は、一般的に質量分析に使用されるものであれば、使用可能であるが、好ましくは、ケト基を含む物質は実質的に含まない。なぜなら、ケト基を含む物質が有意に含有されている場合、流体中のアルデヒド基と本発明の物質との反応が充分に進まないからである。したがって、好ましい実施形態において、質量分析に供される試料は、ケト基を含む物質を含まない。好ましいマトリックス試薬としては、2,5−ジヒドロキシ安息香酸、α−シアノ−4−ヒドロキシ−ケイ皮酸、シナピン酸、trans−3−インドール−アクリル酸、1,5−ジアミノ−ナフタレン、3−アミノ−4−ヒドロキシ安息香酸、9−ニトロ−アントラセン、2−ピコリン酸、3−ヒドロキシ−ピコリン酸、ニコチン酸、アントラニル酸、5−クロロ−サリチル酸、2’−(4−ヒドロキシフェニルアゾ)安息香酸、ジスラノール、および3−アミノ−キノリンが挙げられるが、これらに限定されない。より好ましい実施形態において、マトリックス試薬は、2,5−ジヒドロキシ安息香酸(Fluka社から入手可能)である。
1つの実施形態では、得られた糖鎖にGirard T(シグマ社製)などの、糖鎖に4級アミンを付加する試薬を加えることによって、MALDI−TOFにおける糖鎖のシグナル感度を上げることができるがこれに限定されない。
本発明において利用することができる糖鎖のこのような分析手法は、たとえば、WO2004/058687号公開パンフレット、WO2006/0305841号公開パンフレット、WO2009/044900号公開パンフレットなどを参酌して実施することができる。
たとえば、試料中の糖鎖または糖鎖含有物質を分析する方法の例示として、a)流体相中で、糖鎖と特異的に相互作用し得る物質(すなわち、糖鎖捕捉物質)を含む糖鎖捕捉担体と、該試料とを、該糖鎖捕捉担体と該糖鎖とが反応し得る条件下で、接触させる工程;b)所望のストリンジェンシーの条件(すなわち、糖鎖と特異的に相互作用する物質と、糖鎖または糖鎖含有物質との間の相互作用が解離しないような条件。そのような条件は、当該分野において周知の技術を用い、用いる試薬、担体、糖鎖または糖鎖含有物質、糖鎖と特異的に相互作用する物質、形成される相互作用などの種々のパラメータを参酌しながら、当業者が適宜選定することができる。例えば、相互作用が共有結合である場合は、所望のストリンジェンシーは、水(例えば、超純水)または緩衝液(例えば、酢酸緩衝液)でリンスすることであってもよい。)下に該糖鎖捕捉担体および該試料を曝す工程;およびc)該糖鎖捕捉担体と相互作用した物質を同定する工程、を包含する方法が挙げられる。
分離したO−結合型糖鎖は、標識することができる。このような標識は、標識化合物とこの糖鎖とが反応し得る条件を設定することによって達成することができる。このような条件としては、たとえばアルデヒド基と特異的に反応する官能基が、糖鎖のアルデヒド基と特異的に反応する条件を挙げることができる。この反応条件は、反応温度、反応時間、標識化合物および被験体化合物の濃度、反応媒体(溶媒、マトリクス溶液等の流体)、反応容器、pH、塩濃度、圧力などのパラメータを適切に設定することにより、当業者に適宜選択され得る。これらは、特開2005−291958公報を参酌することができる。
この反応で用いられる糖鎖捕捉物質は、代表的には、アミノオキシ基あるいはヒドラジド基を有するポリマーであり、これらの反応性官能基が、糖鎖より水溶液などの溶液中で形成される環状のヘミアセタール型と非環状のアルデヒド型との平衡において、アルデヒド基と反応して特異的、かつ、安定な結合を形成して、糖鎖を捕捉することができるようになる。
液体クロマトグラフ質量分析方法を用いる場合、pHが3〜5の溶離液により、中性糖
鎖及び酸性糖鎖を含む試料を分離カラムに送液し、上記分離カラムにより、上記試料を各
成分に分離し、各成分に分離された試料を、高速で噴霧することにより、イオン化するイ
オン源に送液し、このイオン源を負イオン測定モードで動作させて、上記試料をイオン化
し、イオン化した試料を質量分析することができる。
試料を成分ごとに分離する分離手段から溶出される試料をイオン化し、任意の質量数のイオンを開裂させ、質量分析またはタンデム質量分析(MSn)技術質量分析装置において、異性体存在比とマススペクトル内の特定イオン強度比との相関情報が異性体ごとに格納されたデータベースをもちいて、各データベースを用いて試料中に異性体が含まれるか否かを判別し、異性体が含まれる場合は、異性体間の存在比を算出することによって達成することができる。
ここで、糖鎖捕捉反応、すなわち糖鎖捕捉物質と本発明による処理が済んだ生体試料との反応は、予備処理済の試料に糖鎖捕捉物質を導入して、pHが酸性の条件で、好ましくはpHが2〜6、さらに好ましくは3〜6の条件にて、また反応温度が4〜90℃、好ましくは25〜90℃、より好ましくは40〜90℃の条件における反応系で、10分間〜24時間、好ましくは10分間〜8時間、より好ましくは10分間〜2時間行われる。
別の局面において、本発明は、A)アンモニウム塩またはアンモニウムイオン、B)該アンモニウム塩またはイオンを中和する手段(さらに、酸性にする手段を有していてもよい)、およびC)糖鎖を検出する手段を含む、O−結合型糖鎖を有する糖鎖結合物質を含むと予想される試料におけるO−結合型糖鎖の検出に使用するためのシステムを提供する。本発明のこのシステムにおいて使用される、アンモニウム塩またはイオン、中和手段(たとえば、酸またはイオン交換樹脂など)、酸性にする手段(たとえば、酸またはイオン交換樹脂など)、糖鎖を分析する手段(たとえば、MALDI−TOFなど)は、本明細書において記載される任意の実施形態を使用することができる。このシステムには、糖鎖を回収する手段(たとえば、糖鎖捕捉担体など)を備えていてもよい。
(検出・診断)
さらなる局面において、本発明は、本発明のO−結合型糖鎖を検出する方法を利用して、O−結合型糖鎖に関連する疾患を分析し、病因を特定し、診断する方法を提供する。このような診断方法は、いったん分離したO−結合型糖鎖についてのデータに基づいて、既知の医学的知見を元に決定することができる。
本明細書において「検出」とは、例えば、質量分析の文脈においては、観測されるスペ
クトルにおいてシグナルとして認識されるピークを見出すことをいう。認識された対象と
なるピークが特定の被験体に対応する場合は、その被験体のピークが検出されたという。
あるいは、診断に関連する文脈においては、被験体における疾患、障害、病因、状態など
に関連する種々のパラメータを同定することをいう。
本明細書において「診断」とは、被験体における疾患、障害、病因、状態などに関連する種々のパラメータを同定し、そのような疾患、障害、状態の現状を判定することをいう。本発明の方法、装置、システムを用いることによって、糖鎖を同定することができ、同定された糖鎖に関する情報を用いて、被験体における疾患、障害、病因、状態などの種々のパラメータを選定することができる。本明細書において「診断」は、被験体における疾患、障害、病因、状態などの種々のパラメータを識別する「鑑別」の概念を包含する。
本発明は、O−結合型糖鎖を分析することによって、病因を検査、診断することができる。
本明細書において「病因」とは、被験体の疾患、障害または状態(本明細書において、総称して「病変」ともいい、植物では病害ともいう)に関連する因子をいい、例えば、原因となる病原物質(病原因子)、病原体、病変細胞、病原ウイルスなどが挙げられるがそれらに限定されない。
そのような疾患、障害または状態としては、例えば、循環器系疾患(貧血(例えば、再生不良性貧血(特に重症再生不良性貧血)、腎性貧血、癌性貧血、二次性貧血、不応性貧血など)、癌または腫瘍(例えば、白血病、多発性骨髄腫)など);神経系疾患(痴呆症、脳卒中およびその後遺症、脳腫瘍、脊髄損傷など);免疫系疾患(T細胞欠損症、白血病など);運動器・骨格系疾患(骨折、骨粗鬆症、関節の脱臼、亜脱臼、捻挫、靱帯損傷、変形性関節症、骨肉腫、ユーイング肉腫、骨形成不全症、骨軟骨異形成症など);皮膚系疾患(無毛症、黒色腫、皮膚悪性リンパ腫、血管肉腫、組織球症、水疱症、膿疱症、皮膚炎、湿疹など);内分泌系疾患(視床下部・下垂体疾患、甲状腺疾患、副甲状腺(上皮小体)疾患、副腎皮質・髄質疾患、糖代謝異常、脂質代謝異常、タンパク質代謝異常、核酸代謝異常、先天性代謝異常(フェニールケトン尿症、ガラクトース血症、ホモシスチン尿症、メープルシロップ尿症)、無アルブミン血症、アスコルビン酸合成能欠如、高ビリルビン血症、高ビリルビン尿症、カリクレイン欠損、肥満細胞欠損、尿崩症、バソプレッシン分泌異常、侏儒症、ウオルマン病(酸リパーゼ(Acidlipase)欠損症)、ムコ多糖症VI型など);呼吸器系疾患(肺疾患(例えば、肺炎、肺癌など)、気管支疾患、肺癌、気管支癌など);消化器系疾患(食道疾患(たとえば、食道癌)、胃・十二指腸疾患(たとえば、胃癌、十二指腸癌)、小腸疾患・大腸疾患(たとえば、大腸ポリープ、結腸癌、直腸癌など)、胆道疾患、肝臓疾患(たとえば、肝硬変、肝炎(A型、B型、C型、D型、E型など)、劇症肝炎、慢性肝炎、原発性肝癌、アルコール性肝障害、薬物性肝障害)、膵臓疾患(急性膵炎、慢性膵炎、膵臓癌、嚢胞性膵疾患など)、腹膜・腹壁・横隔膜疾患(ヘルニアなど)、ヒルシュスプラング病など);泌尿器系疾患(腎疾患(腎不全、原発性糸球体疾患、腎血管障害、尿細管機能異常、間質性腎疾患、全身性疾患による腎障害、腎癌など)、膀胱疾患(膀胱炎、膀胱癌など)など);生殖器系疾患(男性生殖器疾患(男性不妊、前立腺肥大症、前立腺癌、精巣癌など)、女性生殖器疾患(女性不妊、卵巣機能障害、子宮筋腫、子宮腺筋症、子宮癌、子宮内膜症、卵巣癌、絨毛性疾患など)など);循環器系疾患(心不全、狭心症、心筋梗塞、不整脈、弁膜症、心筋・心膜疾患、先天性心疾患(たとえば、心房中隔欠損、心室中隔欠損、動脈管開存、ファロー四徴)、動脈疾患(たとえば、動脈硬化、動脈瘤)、静脈疾患(たとえば、静脈瘤)、リンパ管疾患(たとえば、リンパ浮腫)など)などが挙げられるがそれらに限定されない。
本発明は上記のように、医療以外にも、食品検査、検疫、医薬品検査、法医学、農業、畜産、漁業、林業などで、生体分子の検査が必要なものに全て適応可能である。本発明においては特に、食料の安全目的のための(たとえば、BSE検査)使用も企図される。
本発明はまた、種々の糖鎖の検出に使用することができ、検出する糖鎖の種類は特に限定されないことから種々の検査、診断、鑑定、鑑別にも用いることができる。そのような検出される糖鎖としては、例えば、ウイルス病原体(たとえば、肝炎ウイルス(A型、B型、C型、D型、E型、F型、G型など)、HIV、インフルエンザウイルス、ヘルペス群ウイルス、アデノウイルス、ヒトポリオーマウイルス、ヒトパピローマウイルス、ヒトパルボウイルス、ムンプスウイルス、ヒトロタウイルス、エンテロウイルス、日本脳炎ウイルス、デングウイルス、風疹ウイルス、HTLVを含むがそれらに限定されない)の遺伝子;細菌病原体(たとえば、黄色ブドウ球菌、溶血性連鎖球菌、病原性大腸菌、腸炎ビブリオ菌、ヘリコバクターピロリ菌、カンピロバクター、コレラ菌、赤痢菌、サルモネラ菌、エルシニア、淋菌、リステリア菌、レプトスピラ、レジオネラ菌、スピロヘータ、肺炎マイコプラズマ、リケッチア、クラミジアを含むがそれらに限定されない)の遺伝子、マラリア、赤痢アメーバ、病原真菌、寄生虫、真菌などに特異的な糖鎖の検出に用いることができる。
あるいは、本発明はまた、生化学検査データを検出するために用いられ得る。生化学検査の項目としては、コリンエステラーゼ、アルカリフォスファターゼ、ロイシンアミノペプチターゼ、γ−グルタミルトランスペプチターゼ、クレアチニンフォスキナーゼ、乳酸デヒドロゲナーゼ、アミラーゼなどの糖鎖が関連すると考えられるデータ項目を挙げることができるがそれらに限定されない。
このように、本発明の方法、装置およびシステムは、例えば、診断、法医学、薬物探索(医薬品のスクリーニング)および開発、分子生物学的分析(例えば、アレイベースの糖鎖分析)、糖鎖特性および機能の分析、薬理学、グリコミクス、環境調査ならびにさらなる生物学的および化学的な分析において使用され得る。
(スクリーニング)
本明細書において、「スクリーニング」とは、目的とするある特定の性質をもつ物質または生物などを、特定の操作および/または評価方法で多数の候補から選抜することをいう。本明細書では、本発明のO−結合型糖鎖を検出する方法を利用して、その種類、量、存在比、結合型などを知ることによって、スクリーニングを行うことができる。本発明では、所望の活性を有するスクリーニングによって得られた化合物もまた、本発明の範囲内に包含されることが理解される。また本発明では、本発明の開示をもとに、コンピュータモデリングによる薬物が提供されることも企図される。
(周知技術)
本明細書において使用される技術は、そうではないと具体的に指示しない限り、当該分野の技術範囲内にある、分析化学、有機化学、生化学、遺伝子工学、分子生物学、微生物学、遺伝学および関連する分野における周知慣用技術を使用する。そのような技術は、例えば、以下に列挙した文献および本明細書において他の場所おいて引用した文献においても十分に説明されている。
有機化学については、例えば、モリソンボイド有機化学(上)(中)(下)第5版(東京化学同人発行(1989年))、March,Advanced Organic Chemstry第4版(Wiley Intersience,JOHN WILEY & SONS,1992)などに記載されており、これらは本明細書において関連する部分が参考として援用される。
本明細書において用いられる分子生物学的手法、生化学的手法、微生物学的手法は、当該分野において周知であり慣用されるものであり、例えば、Maniatis,T.et al.(1989).Molecular Cloning:A Laboratory Manual,Cold Spring Harborおよびその3rd Ed.(2001);Ausubel,F.M.,et al.eds,Current Protocols in MolecularBiology,John Wiley & Sons Inc.,NY,10158(2000);Innis,M.A.(1990).PCR Protocols:A Guide to Methods and Applications,Academic Press;Innis,M.A.et al.(1995).PCR Strategies,Academic Press;Sninsky,J.J.et al.(1999).PCR Applications:Protocols for Functional Genomics,Academic Press;Gait,M.J.(1985).Oligonucleotide Synthesis:A Practical Approach,IRL Press;Gait,M.J.(1990).Oligonucleotide Synthesis:A Practical Approach,IRL Press;Eckstein,F.(1991).Oligonucleotides and Analogues:A Practical Approach,IRL Press;Adams,R.L.etal.(1992).The Biochemistryof the Nucleic Acids,Chapman & Hall;Shabarova,Z.et al.(1994).Advanced Organic Chemistry of Nucleic Acids,Weinheim;Blackburn,G.M.et al.(1996).Nucleic Acids in Chemistry and Biology,Oxford University Press;Hermanson,G.T.(1996).Bioconjugate Techniques,Academic Press;Method in Enzymology 230、242、247、Academic Press、1994;別冊実験医学「遺伝子導入&発現解析実験法」羊土社、1997;畑中、西村ら、糖質の科学と工学、講談社サイエンティフィク、1997;糖鎖分子の設計と生理機能、日本化学会編、学会出版センター、2001などに記載されており、これらは本明細書において関連する部分(全部であり得る)が参考として援用される。
本明細書において引用された、科学文献、特許、特許出願などの参考文献は、その全体が、各々具体的に記載されたのと同じ程度に本明細書において参考として援用される。
以上、本発明を、理解の容易のために好ましい実施形態を示して説明してきた。以下に、実施例に基づいて本発明を説明するが、上述の説明および以下の実施例は、例示の目的のみに提供され、本発明を限定する目的で提供したのではない。従って、本発明の範囲は、本明細書に具体的に記載された実施形態にも実施例にも限定されず、特許請求の範囲によってのみ限定される。
以下、本発明を以下の実験例からなる実施例により説明する。しかし、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
(実施例1:種々の塩基性物質による糖タンパク質からのO−結合型糖鎖の遊離検討) 種々の塩基性物質による糖タンパク質(ウシ顎下腺ムチン;Bovine submaxillary mucin,本明細書において「BSM」とも略称する。)からのO−結合型糖鎖の遊離を質量分析によって確認し、有効な糖鎖遊離法を検討した。
BSMは、超純水に40mg/mLに溶解させ、0.8mgをそれぞれの実験に用いた。反応条件は、処理時間;20時間、処理温度;60℃とし、duplicateで処理した。種々のアンモニウム塩の検討では飽和あるいは1/2飽和の塩濃度で処理し、有機系アミン群は、メチルアルコールに1Mで溶解させ、タンパク質溶液と等量混和して0.5Mにて反応を行った。
(検討した試薬)
検討に用いたアンモニウム塩は以下のとおりである。
炭酸アンモニウム
炭酸水素アンモニウム
蟻酸アンモニウム
塩化アンモニウム
クエン酸水素二アンモニウム
カルバミン酸アンモニウム
テトラブチルアンモニウムヒドロキシド溶液
検討に用いた有機系アミンは以下のとおりである。
ピペリジン
トリエチルアミン
トリブチルアミン
N,N-ジエチルアニリン
ジエチルアミン。
(pHの測定)
なお、塩化アンモニウム(和光純薬:Ammonium chloride NH4Cl 53.49)、重炭酸アンモニウム、NH4HCO3(Sigma:Ammonium bicarbonate NH4HCO3 79.06)、炭酸アンモニウム(和光純薬:Ammonium carbonate (NH4)2CO3 96.086)、カルバミン酸アンモニウム(東京化成:Ammonium carbamate NH2COONH4 78.07)は、常温で10mLの超純水に飽和させ、HORIBA Ltd.社製のpHメーター(HORIBA pH METER F−22)を用いて21℃〜23℃の範囲内でpHを測定した。比較例として、濃アンモニア水に炭酸アンモニウムを飽和させて同様の測定をした。
(反応後処理)
各反応後、酢酸によりpH4から5付近へと調整し、内部標準としてキトテトラオース(GN4)を2.5nmol加えた。
得られた液を超純水で100μLに調整し、そのうちの40μLを、BlotGlycoビーズを用いたGlycoblotting法に供して、遊離糖鎖を精製回収した。回収した試料を質量分析によって解析し、糖鎖の遊離を確認した。なお、回収された糖鎖は、シアル酸の部分がメチルエステルへと変換されており、質量分析は「positive mode」で定量的に解析した。
(結果)
各条件での遊離回収糖鎖の量を内部標準として加えたGN4との相対量として図1に示した。その数値は以下のとおりであった。なお、NeuAcはN−アセチルノイラミン酸をあらわし、NeuGcはN−グリコリルノイラミン酸をあらわす。HexNAcはN−アセチルヘキソサミンを示す。
pHは、以下のとおりであった。塩化アンモニウムは、飽和量でpH4.6、重炭酸アンモニウムは、飽和量でpH8.1、炭酸アンモニウムは、飽和量でpH9.6、カルバミン酸アンモニウムは、飽和量でpH9.9であった。1/2飽和量では、以下のとおりであった。塩化アンモニウム:pH4.9、重炭酸アンモニウム:pH8.3、炭酸アンモニウム:pH9.5、カルバミン酸アンモニウム:pH9.7であった。他方、濃アンモニア水の存在下では、炭酸アンモニウム/濃アンモニア水(濃アンモニア水中に炭酸アンモニウムを飽和させた溶液)は、pHが11.0(実測値:10.98)であった。したがって、pHの値を1ほど下げることによって、本発明は、従来問題とされたピーリング反応を最小に抑えることができ,定量性を確保できることがわかった。
アンモニウム塩での結果は図1に示すとおりであった。飽和炭酸アンモニウム塩およびカルバミン酸アンモニウムを用いた系では、報告のある糖鎖パターンと近似したパターンが得られ、再現性よく定量的に糖鎖を遊離させることが示された。カルバミン酸アンモニウム以外のアンモニウム塩では1/2飽和条件時、糖鎖の遊離が不十分であるか、ほとんど作用しないことが示された。従って、飽和させた炭酸アンモニウムおよびカルバミン酸アンモニウムと処理することで糖鎖を効率よく遊離させることが可能であることが示された。
有機系アミンでの結果を検討したところ、一定程度遊離していることが見出された。ただし、飽和炭酸アンモニウムほどは遊離していないことが明らかになったが、比較として飽和炭酸アンモニウムの結果を合わせて示した。ピペリジン、ジエチルアミン、トリエチルアミンとの処理では、3糖構造の遊離糖鎖が分解を受け2糖構造へと変換していることが示された。また、トリブチルアミン、N,N−ジエチルアニリンとの処理では、分解物の生成は少ないものの、遊離した糖鎖が少なく、アンモニウムを用いるほうが、有機系アミンよりも糖鎖を遊離させる条件としては好ましいことが明らかになった。
上述のことから、試料として用いた糖タンパク質(BSM)のO−結合型糖鎖を遊離させる目的には、試料溶液を炭酸アンモニウム好ましくはカルバミン酸アンモニウム粉末を飽和に加え、上記条件で処理することが定量的および定性的解析に有効であることが示された。
(実施例2:ウシ顎下腺ムチン(BSM)を用いたO−結合型糖鎖の遊離の定性性および定量性の確認)
市販のウシ顎下腺ムチン(BSM)に対し、従来法(無水ヒドラジン分解法)と同様に、炭酸アンモニウムあるいはカルバミン酸アンモニウム塩粉末だけを用いてO−結合型糖鎖を遊離させうることを質量分析によって確認する実験を行った。
BSMからの無水ヒドラジン分解法によるO−結合型糖鎖遊離は以下のように行った。
BSM4mgに無水ヒドラジン300μlを加え60°Cにて6時間インキュベーション後、反応液をH2Oで希釈した。希釈した反応液をCarboGraphカートリッジにアプライし、遊離糖鎖を吸着させてアセチル化した後、25%アセトニトリル/0.05%トリフルオロ酢酸にて溶出し遊離糖鎖を回収した。
BSMからの炭酸アンモニウム粉末あるいはカルバミン酸アンモニウム粉末を用いたO−結合型糖鎖遊離は以下のように行った。
BSM4mgをH2O200μlに溶解し、20μlを1.5mlチューブに移しとり、炭酸アンモニウム粉末15mgあるいはカルバミン酸アンモニウム粉末20mgを加えた。Vortexにて撹拌し、遠心してチューブの底に集めた後、60°Cにて20時間インキュベーションした。反応液に17.4M酢酸を90μl加え、総容量を110μlとした。BSM400μgを含む糖鎖遊離溶液20μlに対して内部標準のキトテトラオース2.5nmolを混合し、糖鎖固定化用ビーズを用いた糖鎖精製に供した。
糖鎖固定化用ビーズへのBSM由来のO−結合型糖鎖の固定化および精製糖鎖の回収は既存の方法(BlotGlycoビーズを用いたGlycoblotting法)[Furukawa J−I et al.,Anal.Chem.,80,1094−1101]に基づき行った。
(MALDI−TOF MSによる質量分析)
BSMに対して無水ヒドラジン分解法によるO−結合型糖鎖遊離後に質量分析を行った結果を図2A、炭酸アンモニウム粉末によるO−結合型糖鎖遊離後に質量分析を行った結果を図2B、カルバミン酸アンモニウム粉末によるO−結合型糖鎖遊離後に質量分析を行った結果を図2Cに示す。
シアル酸含有O−結合型糖鎖が両遊離法においてマススペクトルから確認された。ピーク5は内部標準(キトテトラオース)である。定性的には両遊離法で大きな差は見られないが、全体的に収量が向上し、わずかにしか存在しないピーク6および7の存在比がカルバミン酸アンモニウム粉末を用いた場合に特に大きく検出された。炭酸アンモニウム粉末およびカルバミン酸アンモニウム粉末を用いた場合、無水ヒドラジン分解法よりも好ましくない副反応である遊離糖鎖の分解が抑えられたことが示された。また、より大きな分子量を有する存在比の小さな糖鎖も本発明による手法では明確に示された(図2C中6および7)。
上述のことから、本発明により従来法に比しても感度等において劣ること無く定量性よく糖鎖を遊離させることができ、さらに副反応による分解物の生成も少ないことが示された。実施例1において測定したpHとの結果を併せて考慮すると、pHを約11未満、より好ましくは、10.5未満ないし10未満にし、8.3以上、好ましくは9以上にすることによって、感度等において劣ること無く定量性よく糖鎖を遊離させることができ、さらに副反応による分解物の生成もなくO−結合型糖鎖を分析することができることが明らかになった。
(実施例3:ヒト血清を用いた場合の例)
ヒト血清を飽和カルバミン酸アンモニウムで処理し、糖タンパク質糖鎖の遊離が可能であることを質量分析によって確認する実験を行った。
血清からのカルバミン酸アンモニウム粉末によるO−結合型糖鎖遊離は以下のように行った。
市販ヒト血清20μlにカルバミン酸アンモニウム粉末20mgを加え、60°Cにて40時間インキュベーションし、氷上、氷酢酸を90μl加え中和した。
その後、凍結乾燥し、純水20μlに溶解させ、BlotGlycoビーズを用いて既存の方法[Furukawa J−I et al.,Anal.Chem.,80,1094−1101]に基づき遊離糖鎖を回収した。得られた糖鎖試料を質量分析により解析した。マススペクトルを図3に示す。本発明によれば、O−結合型糖鎖のみならずN−型糖鎖も遊離させることが確認された。また、ヒト血清中には主要なO−結合型糖鎖として2種類の糖鎖が確認された。
実施例1において測定したpHとの結果を併せて考慮すると、pHを約11未満、より好ましくは、10.5未満ないし10未満にし、8.3以上、好ましくは9以上にすることによって、感度等において劣ること無く定量性よく糖鎖を遊離させることができ、さらに副反応による分解物の生成もなくO−結合型糖鎖およびN−結合型糖鎖を同時に定性的分析のみならず定量分析をすることができることが明らかになった。
(実施例4:生体試料中のO−グリカン遊離の普遍性の確認)
本発明による生体試料中のO−グリカン遊離の普遍性を確認するため、培養細胞抽出物およびホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)組織試料からのO−グリカン遊離とその解析を行った。
(方法)
培養細胞としてヒト乳がん細胞株MCF−7を用いた。細胞からの糖タンパク質抽出は界面活性剤を用いた常法に従って行い、得られたタンパク質画分を実施例2のカルバミン酸アンモニウム粉末を用いたO−結合型糖鎖遊離法に準じて処理した。
ホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)組織試料としてラット腎臓切片(10 μm厚)を用いた。4枚の切片を一つのチューブに入れ、タンパク質精製キット(Protein Isolation Kit (ToPI−F2), ITSI Biosciences)を用いてタンパク質を抽出した。メタノール−クロロホルムによるタンパク質沈殿の後、実施例2のカルバミン酸アンモニウム粉末を用いたO−結合型糖鎖遊離法に準じて処理した。
遊離糖鎖を、実施例2に準じて精製回収後、MALDI−TOF質量分析により解析した。
(結果)
図4に得られたマススペクトルを示す。培養細胞抽出物(図4A)およびFFPE切片(図4B)の両者において、それぞれの試料中に含まれるO−グリカン(図中アスタリスク)を同定することが可能であった。
図4は、カルバミン酸アンモニウム粉末を用いた糖鎖遊離法により得られた生体試料中糖鎖のMALDI−TOF質量分析による解析を示す。A:ヒト乳がん培養細胞株MCF−7。B:ラット腎臓ホルマリン固定パラフィン包埋試料である。タンパク質画分を抽出後、BlotGlycoビーズを用いたGlycoblotting法により遊離糖鎖を精製回収し、マススペクトルを得た。星印(アスタリスク)は、O−グリカンを表す。図中ラベル Nは、N−グリカンに由来するピークである。
以上から、血清以外でも、培養細胞の抽出物、組織切片等を材料としても、O−結合型糖鎖を分析することができることが明らかになった。
(実施例5:各種条件の検討)
本実施例では、特許文献1において採用されている濃アンモニア水中に炭酸アンモニウムを飽和させたときの糖鎖生成および分析の効率について、本発明との比較を行う。
実施例1に記載されるように、濃アンモニア水中に炭酸アンモニウムを飽和させたものと、種々の塩基性物質とを対比して、糖タンパク質(BSM)からのO−結合型糖鎖の遊離を質量分析によって確認し、有効な糖鎖遊離法を検討する。
実施例1に記載されるように、BSMは、超純水に40mg/mLに溶解させ、0.8mgをそれぞれの実験に用いる。BSMに、濃アンモニア水中に炭酸アンモニウムを飽和させたものまたは種々の塩基性物質を種々の濃度で加え、反応条件は、処理時間;20時間、処理温度;60℃とし、二連(duplicate)で処理する。pHは実施例1に記載されるように測定する。反応後処理も実施例1に記載されるようにpH4〜5にして実施するか、あるいは中性(pH約7)にとどめることも実施する。得られる液を超純水で100μLに調整し、そのうちの40μLを、BlotGlycoビーズを用いたGlycoblotting法に供して、遊離糖鎖を精製回収する。回収した試料を質量分析によって解析し、糖鎖の遊離を確認する。
以上のように、本発明の好ましい実施形態を用いて本発明を例示してきたが、本発明は、特許請求の範囲によってのみその範囲が解釈されるべきであることが理解される。本明細書において引用した特許、特許出願および文献は、その内容自体が具体的に本明細書に記載されているのと同様にその内容が本明細書に対する参考として援用されるべきであることが理解される。