しかしながら、特許文献1や2では、眼鏡を装用した場合の両眼視機能について何ら検討がなされていない。例えば特許文献1では、汎用レンズに適用することが目的であるため、個別要素、例えば相対調節や相対輻輳が考慮されていない。そのため、両眼視に関して個別情報を取り入れた最適な眼鏡レンズの設計には適していない。両眼レンズ設計は、汎用のため当然考慮されていない。特許文献2では、視力関数の色収差の部分に関して考慮されているものの、それ以外の部分については上記特許文献1と同様、両眼視を考慮した個別設計としては不十分な技術内容といえる。
一方、特許文献3(特公平2−39767号公報(特開昭57−10113号公報))、特許文献4(特表2008−511033号公報)、特許文献5(特表2000−506628号公報)では、眼鏡装用時における左右両眼による見え方に関して言及がある。
特許文献3には、両眼視機能が成立する望ましい条件が記載されている。すなわち、累進帯における非点収差の範囲、レンズ全体の非点収差と調整誤差の配置、左右眼鏡レンズのプリズム範囲、およびプリズムから誘導される歪曲方向の条件が記載されている。しかし、特許文献3に記載された発明は、再評価するといくつかの欠点がある。
第1は、片眼で主要な眼球運動であるリスティング則を想定してない状態でレンズから射出した注視線の収差計算が行われている点である。この場合、残留非点収差の計算が不正確となり、文献中に記載の所定の効果があるとはいえない。なお、片眼の眼球運動は、本来、眼球内の一点を中心として行われる回転運動として捉えることができる。眼球が前方を注視している位置で眼球内の回転中心を含む前額面は、リスティング面と呼ばれる。眼球の回転軸がリスティング面内にあるというのが眼球の主要運動の法則であり、リスティング則と呼ばれる。
第2に、左右レンズの累進部は、所定のプリズム範囲にあり、かつ左右でほぼ同じ非点収差、調整誤差を取り、どちらもボケが同じなため双眼視覚(両眼視機能と推測される)が良いと記載されている。ところが、特許文献3には、どのような非点収差、調整誤差のバランスが双眼視覚によいか、またどの程度良いかが定量的に提示されていない。この点に関し、特許文献3に記載の眼鏡レンズがどのように構成されているかが不明瞭である。
第3に、特許文献3の第5頁25行〜44行において、当該文献の「図2」の説明が、両眼視機能の光学システムとはなっていない点である。この図を図44に示す。図44において眼球57及び58が対象面59上の点Ppを直視すると視線50及び51が点Ppに向かう。眼球57,58の前方には眼鏡レンズ52,53が配置されている。点Ppは、眼鏡レンズ52,53のプリズム作用により、左眼57には視線54と面59との交点PLに、右眼58には視線55と面59との交点PRにあるように見える。同頁41〜42行には、図44に示す視線関係を主子午線で対称の1つの眼鏡レンズで見立てることが可能と記載されている。しかし、プリズム効果は、プランティスの公式(P=(h×D)/10)から分かるように、屈折力と比例関係にある。そのため、この主張は、左右同一のレンズのみに通用する。
補足すると、プランティスの公式は、通常使用するに十分な近似式であり、レンズのプリズムPは、中心からの距離h(mm単位)とレンズ度数Dに比例することを意味している。ようするに、左右レンズは屈折力が通常異なるため、上記の主張は自明ではなく成立しない。また、特許文献3の「図2」の説明以降においては、対象点Ppを特定する座標系、原点を特定することなく、左右どちらかの眼鏡レンズの座標系での説明に終始している。そのため、両眼視機能の光学システムに適した構成ではない。
第4に、特許文献3の「図4」に示す歪の程度が理解しにくい点である。この図を図45に示す。特許文献3の図の説明は、その第5頁右欄17行にあり、等距離対象格子の結像図との説明がある。この文献の「図4」は、平面における格子の結点を点Pとしたときの水平方向位置差を点Pから描いた図であり、特に下方の周辺部において歪曲していることがわかる。特許文献3の同欄25〜27行には、これについて鞍状歪曲やたる状歪曲等と説明している。すなわち、特許文献1では、水平方向位置差ΔPHと歪曲との関係性が示唆されている。水平方向位置差ΔPHと歪曲とが関係すると考えた場合、すべての注視線54,55が面59で点P以外の点で交点を持つとき、格子は歪むはずである。しかし、このとき、水平方向位置差が0であるため、上記「図4」が歪まない図になるという矛盾が生じる。よって、平方向位置差ΔPHは、歪曲と無関係である。また、歪んだ図を脳により直線で描いた像として処理するとあるが、どの程度歪んでいたら直線として処理できるのか重要な事項であるにもかかわらず根拠が記載されていない。したがって、この図45に示された歪が脳で直線となるかどうかが明確に理解できない。
第5に、対象が平面にある点である。基本的に対象は設計者の任意である。そのため、一般には、設計者による任意の対象で眼鏡レンズ性能が高くなるように設計されている。ところが、特許文献3では、ぴんと張った新聞や壁の文字等を読むための眼鏡レンズとして採用する対象案に評価法が限定されている。特許文献3における対象内の固視点以外は、両眼球から大きく距離が異なるため、固視点からの度数誤差、残留非点収差、及びプリズムを同時に補正するのが困難となる。結果としてプリズムが大きくなる。このため、対象が平面にあるシステムでは両眼視の評価が難しい。
特許文献4には、眼鏡着用者の正面視方向が利き眼側に偏位している状態を考慮した眼鏡レンズの設計方法が提案されている。しかし、特許文献4には、以下に述べる問題がある。
第1に、測定対象は生体であり、測定精度に問題があることである。特許文献4中段落0030に記載の例では偏位が2cmとある。2cmもあれば計るのは容易であろうが、もっと少ない偏位の場合は安定に計るのは困難となる。特許文献4の段落0063には、「3mm以下の絶対誤差」で計ることが出来ると記載されている。しかし、累進屈折力レンズにおける通常の近用打ち寄せが2.5mmであることを考慮すると、これでは誤差量が非常に大きい。
第2に問題となるのは、「正面視方向が効き目側に偏位する」という現象が、両眼視の眼球運動に関して唯一の法則であるヘリングの等神経支配法則:(Hering’s law of equal innervations)と矛盾することである。ヘリングの等神経支配法則と矛盾する現象に基づいた対策によって眼鏡レンズを設計しても、両眼視機能を改善することは難しい。なお、ヘリングの等神経支配法則に関する説明は、非特許文献15(苧坂良二、中溝幸夫、古賀一男共著「両眼運動とヘリング理論、眼球運動の実験心理学」、名古屋大学出版会、(1993)、中溝幸夫著による第3章p60-61)で参照することができる。両眼運動に関するヘリング理論は、両眼運動を生みだすバージョン(同側性両眼運動)とバーゼンス(異側性両眼運動)の神経支配が存在するという仮定、両眼に与えられる神経支配が常に等量であるという両眼等神経支配の仮定(Hering法則)、これら2種の神経支配の間には加法性が成り立つという神経支配加法性の仮定、からなっている。
また別の考えとして、眼球運動中は回転中心固定でなく偏位と同じく移動することが知られている。回転中心は、単一点を中心にして回転せず、その使用に応じてそれぞれ異なった点を中心に回転することが判明していることも知られている。特許文献4において主張する「正面視方向の偏位」は、眼球の回転中心自体が偏位するという事実から説明することも可能である。つまり、回転中心も移動すると考えると左右眼球の回転中心間の中点も移動し、正面視方向も移動する。このように左右の眼球が対称な動きをするという方が、特許文献4の主張する左右の眼球が非対称な動きをするという前提よりも、生理学的な事実に適合すると考えられる。
第3に、特許文献4の段落0039では、「優れた両眼融像がもたらされた。」と記載されているが、この程度が不明である点である。具体的には、累進部において、発生非点収差(残存非点収差と思われる)が0.5ディオプター(diopt)以下なら快適な視野とある。しかし、対象距離により度数誤差がでる。たまたま度数誤差が0の距離に対象があると想定した場合でなければ快適な視野にはならない。特許文献4の実施例では、観察条件により度数誤差と発生非点収差の2つの図が示されているが、そのバランスには言及していない。そのため、度数誤差と発生非点収差のバランス、もしくは関係を示さずに、両眼において快適な視野が得られるかどうかが到底理解できない。
さらに左右眼の度数誤差と発生非点収差のみ図示して「両眼融像が良くなった」とするのは不適切である。左右眼が良好な視力を得ていても両眼視が出来ない疾患は主に斜視に多くいる。この特許文献4のような従来の度数誤差や非点収差の評価では、両眼視特有の性能評価が適切ではない。
第4に、特許文献3の場合と同じく、この特許の対象が特許文献4の「図1」又は「図4」から明らかなように、平面である点である。すなわち、特許文献3における第4の指摘と同様なことがいえる。
特許文献5には、レンズが前方から耳側にかけてカーブしているいわゆるラップアラウンド型の眼鏡レンズについての技術が開示されている。また、特許文献5の第13又は15頁には、オフアクシスプリズムディスパリティーに関する記載がある。ここで、主に特許文献5中の主張である両眼視の欠陥に関するところについて述べる。
第1に、特許文献5に開示の技術はラップアラウンド型、保護型アイウエアの眼鏡レンズに関する技術であるとしているが、その構成が不明確な点である。特許文献5に記載の主たる発明においては、処方領域と周辺側頭領域を持つことが条件である。この2つの領域の違いは、特許文献5の第28−30頁に記載されるように、面の形状にある。ここで違いを説明する方法は、現在の通常使用されている光線追跡計算による評価ではなく、過去累進レンズの説明に使用されたレンズ面の形状から算出する簡易的な方法である。そのため、屈折力、非点収差も面の導関数から計算したカーブの誘導値であり、光線追跡計算によるものとは異なる。また同様に、現在設計で通常考慮されている、眼球の運動のリスティング則を考慮する記載がない。そのため、このようなリスティング則等の生理学的な根拠を基にした評価、設計とは異なる。さらに、周辺側頭領域と処方領域との区別が明確でなく限定条件になっていない。そのため、通常のレンズ設計にしか通用しない技術であると考えられる。
第2に、特許文献5の第13頁に記載のオフアクシスプリズムディスパリティーの定義について、「側頭部と鼻部の収差が等しくないと両眼視の欠陥が生じる」と記載するに止まる。しかし、これでは、なんの収差なのか記載不十分であり理解ができない。また、オフアクシスプリズムディスパリティーを補正する方法としては、特許文献5の第15頁に記載された非球面を採用するとしか記述がなく記載不十分である。また、片眼レンズで評価していることが明白であるにも関わらず、特許文献5の第13頁に「両眼視に欠陥」と結論しており、その根拠が明らかでない。
第3に、特許文献5の第15頁で屈折力、非点収差、プリズムのディスパリティーの釣り合わせと光学補正の要素のバランスに言及している。しかしながら、同15頁中の表の値の範囲内に入れば両眼視の欠陥が容認できるという記載が理解できない。この表から、処方度数が強度になると補正量が減少していることが読み取れる。より小さい補正で誤差が十分補正され、両眼視の欠陥が容認可能であるとは、つまり、処方度数が強度になると患者は両眼視の許容度が大きくなると読み取れる。片眼評価による許容度の記載であるにもかかわらず、このような主張は理解することができない。両眼視の許容度の決定法も開示されてない特許文献5の内容では、通常の眼鏡レンズの規格と同様に、この許容度以下に設計できるのか容易に推測し難い。すなわち、両眼視の定義もされてない状態でこのような許容度の記載をされても、一般的な他の処方のレンズ設計に適用することは容易ではない。
なお、この片眼評価による両眼視の評価は、右を見るとき右レンズでは右側頭部を使用し、左レンズは鼻部を使用するから、側頭部と鼻部が同等でなければならないという理屈と思われる。しかし、これは、例えば特許文献1の第3の問題点として取り上げたように、左右のレンズが同じという前提がある場合であり、そのような処方は非常に少ない。また、左右眼は大体同じ処方であると主張する場合を考える。この場合、感覚性融像の角度の感受性限界が角度でほぼ10秒ということをふまえると、このような大雑把な概念で両眼視をとらえることは難しい。また、汎用レンズに適用する場合は、左右の処方が前もって分からないときでも、このような生理学的根拠のない許容値からの評価、設計を人体に適用するのは問題がある。その結果として、例えば不快感を与えたり疲労が増大したりする恐れがある。
以上の問題に鑑みて、本発明は、生理学的な知見に基づいて、両眼視機能を定量的に評価し、その評価結果を取り入れた評価関数を提案し、これに基づき両眼視機能に優れた眼鏡レンズの評価、設計及び製造を行うことを目的とする。
上記課題を解決するため、本発明による眼鏡レンズの設計方法は、眼鏡装用者の両眼視に係る個別の測定値である実性相対輻輳、虚性相対輻輳、実性相対調節、虚性相対調節、垂直融像よせを相対測定値とするとき、この相対特定値として少なくとも実性相対輻輳か虚性相対輻輳のいずれか又は両方を個別の相対測定値として含む。そして、この相対測定値を因子として含む視覚疲労関数を対象の各評価点で加算した関数を最適化計算時の評価関数とすることにより両眼視機能を最適化して、眼鏡レンズの光学設計値を決定する。
また、本発明による眼鏡レンズの製造方法は、上述の眼鏡レンズの設計方法により決定した光学設計値に基づき眼鏡レンズを製造する工程を含む。更に、本発明による眼鏡レンズの評価方法は、上述した視覚疲労関数を対象の各評価点で加算した関数を最適化計算時の評価関数として、眼鏡レンズの両眼視機能を評価する。
また更に、本発明による眼鏡レンズの製造システムは、眼鏡レンズの発注側に設置されて眼鏡レンズの発注に必要な処理を行う機能を有する発注側コンピュータと、この発注側コンピュータからの情報を受け取って、眼鏡レンズの受注に必要な処理を行う機能を有する製造側コンピュータと、が通信回線で接続された眼鏡レンズ製造システムであって、以下の要素を含むものとする。発注側コンピュータは、両眼視に係る相対測定値として少なくとも実性相対輻輳か虚性相対輻輳のいずれか又は両方を含む眼鏡レンズの設計に必要な情報を製造側コンピュータに送信する機能を有する。一方、製造側コンピュータは、下記の機能を有する。先ず、発注側コンピュータから送信された相対輻輳を含むデータを入力するデータ入力部と、この入力されたデータに基づいて、対象の複数の評価点についての光学性能値を計算する視覚疲労関数計算部と、相対測定値を因子として有する視覚疲労関数を対象の各評価点で加算した関数を評価関数として、両眼視機能の最適化を図る評価関数最適化部と、この評価関数による収束条件の成立不成立を評価する評価関数評価部と、評価関数評価部において評価した結果、視覚疲労関数の値が所定の視力に達しない場合に、眼鏡レンズの設計データを修正する設計データ修正部と、本発明の評価関数評価部の評価を眼鏡レンズの各評価点について終了した結果から、設計データを決定する光学設計値決定部と、光学設計値決定部における最終的な設計データをレンズ加工するための装置へ供給する設計データ出力部と、を有する構成とする。
更に、本発明による眼鏡レンズは、上述の本発明による眼鏡レンズの製造方法及び製造システムによって製造される構成とする。
視覚疲労関数について概説すると、始めに眼鏡関係なら公知のパーシバルの快適領域がある。すなわち相対輻輳の1/3以内の中にあり、かつ輻輳角が3m角以内の領域は、パーシバルの快適領域と呼ばれる。本発明では、各相対測定値の1/3で、年齢に応じた輻輳角の閾値を持った修正された領域が快適領域と定義される。相対測定値は、例えば非特許文献16(江本正喜著「立体画像観視における両眼の輻輳と焦点調節の不一致と視覚疲労の関係」(視覚の科学第24巻第1号(2003)p13))、非特許文献17(江本正喜、他4名,「ステレオディスプレイ観視時の水平両眼視差と視覚疲労」VISION Vol.17,No.2,101-112,2005)に記載されているように、運動性融像、視覚疲労(眼精疲労)に相関が深い。相対測定値が少ないと疲労の原因となっている。本発明者はこのことに着目し、輻輳収差と度数誤差が相対測定値の1/3を超えない設計とされた眼鏡レンズは装用者にとって快適となることに気づいた。ここで、輻輳収差は、眼鏡レンズの設計基準点を通過する注視線の輻輳角である輻輳角基準値との差と定義される。このため、本発明においては、設計しようとしているレンズに合わせて発注者から相対測定値を得る。もし相対測定値が実性相対輻輳か虚性相対輻輳のいずれか又は両方のみの場合、他の値は、実性相対輻輳か虚性相対輻輳のいずれか又は両方より算出する。発注者から相対測定値が得られない場合は、後述するよう年齢からの計算により相対測定値を概算してもよく、これを相対測定値として用いることも本発明の範疇に属する。このようにして得た相対測定値を上述したように評価関数に取り入れて評価・設計を行うことで、眼鏡レンズの両眼視機能の向上を図ることができる。
また本発明においては、相対測定値の1/3を閾値として、快適領域と視覚疲労領域とに分類する。視覚疲労には単位がないため、視覚疲労関数は、快適領域では輻輳収差、度数誤差が同時に0の時0、輻輳収差、度数誤差が増す毎に1に近づき、視覚疲労領域に入ると1となる増加関数となるように正規化することが望ましい。
また、快適領域と視覚疲労領域とに分類するにあたって、横軸を輻輳角、縦軸を運動性融像の垂直融像よせ、奥行き軸を調節とした3次元空間を想定したとき、相対測定値の1/3を閾値とする閉曲面の外と内を判定基準として快適領域と視覚疲労領域に分類することが望ましい。
更に、上述の輻輳角の軸において、相対測定値のうちの実性相対輻輳又は虚性相対輻輳の1/3を閾値とし、評価点の輻輳角と輻輳収差を求めることが望ましい。そしてこの輻輳収差について、評価点の輻輳角を求めた注視線の中線の、正中面と垂直な面への射影成分である面平行成分を求め、この輻輳収差の面平行成分の値と上述した閾値との大小を相対輻輳の判定条件として快適領域と視覚疲労領域内に分類することが望ましい。ここで本発明の「中線」とは、直線を方向余弦で表現した場合、像側の中線では左右の眼球回転中心の中点(原点)を通り、また対象側での中線は対象の評価点を通る、左右の注視線の方向余弦の平均を持つ直線を言う。
また、上述の調節の軸において、相対測定値のうちの実性相対調節値又は虚性相対調節値の1/3を閾値とし、評価点で求めた度数誤差とこの閾値との大小を相対調節の判定条件として快適領域と視覚疲労領域内に分類することもできる。
更に、運動性融像の垂直融像よせの軸において、相対測定値のうちの垂直融像よせの1/3を閾値とし、評価点の輻輳角と、設計基準点における輻輳角である輻輳角基準値との差として定義する輻輳収差を求め、この輻輳収差について、評価点の輻輳角を求めた注視線の中線を含み、正中面と平行な面への射影成分である面垂直成分を求め、この輻輳収差の面垂直成分の値と閾値との大小を垂直融像よせの判定条件として快適領域と視覚疲労領域内に分類することが望ましい。以上示した相対輻輳、相対調節、垂直融像よせの1/3を閾値とした所定の関係を持つ閉曲面の内外により快適領域と視覚疲労領域とを分類することが望ましい。
さらに以下で記載する感覚性融像を含んだ視覚疲労関数の定義が望ましい。相対測定値により測定される運動性融像域に対し、眼球運動、調節を伴わない融像を感覚性融像と呼ぶ。運動性融像の相対輻輳、相対調節、垂直よせに対し測定値はそれぞれパナムの融像域の水平成分、焦点深度(あるいは被写界深度)、パナムの融像域の垂直成分と呼ぶ。感覚性融像域は、快適領域に対して視覚疲労を無視できる領域である。そこで、感覚性領域では視覚疲労関数を0とする。すると感覚性領域は快適領域に含まれるため、その間は0〜1となる視覚疲労関数を定義できる。この場合は、感覚性融像域、運動性快適領域、視覚疲労領域の3領域となる。なお、快適領域は、感覚性融像域と運動性快適領域を包括した領域である。
このように、本発明においては、眼鏡装用時の両眼視機能における測定値を上述した「相対測定値」としたとき、少なくとも実性相対輻輳か虚性相対輻輳のいずれかまたは両方を相対測定値に含み、この相対測定値を因子に含む視覚疲労関数を提案する。本発明によれば、対象の各評価点で視覚疲労関数を加算して評価関数として最適化を行うことで、眼鏡レンズの評価及び設計を行う。
本発明によれば、両眼視機能に係る測定値である相対測定値を取り入れた視覚疲労関数を用いることにより、両眼視機能を向上させた眼鏡レンズを提供することが可能となる。
以下本発明を実施するための形態の例を説明するが、本発明は以下の例に限定されるものではない。下記の順序で説明する。
〔1〕眼鏡レンズの製造システム、製造方法の実施の形態
〔2〕眼鏡レンズの設計方法の実施の形態
〔3〕実施例
本発明の実施形態の具体的説明に先立ち、本実施形態で利用される前提技術、用語等を説明する。
本実施形態において眼鏡レンズの評価や設計を行うためには、設計基準点を定める必要がある。この設計基準点は、単焦点レンズと多焦点レンズとで多少異なるため、別に分けて説明する。通常単焦点レンズでは、処方値(球面度数、乱視度数、乱視軸、プリズム値、プリズム軸)を測定するレンズ位置であり、なおかつ注視線とレンズとが交わる点をいう。この点は、視点、アイポイント、光学的心取り点ともいう。プリズムがない場合、設計基準点はレンズの光学中心と同一に扱われる。通常の処方では、レンズの設計基準点を水平方向では瞳孔間距離に合わせ、垂直方向では瞳孔より多少下(回転中心を中心に約10度、4mmほど)に合わせてフレームに枠入れする。近用レンズでは、特に設計は個別にされておらず、汎用レンズで代用されている。そこで、近用レンズの処方では、対象距離(25cm〜50cm)からの注視線とレンズの交わるところに設計基準点を設けており、水平方向では瞳孔間距離より多少(2〜5mmほど)短い距離(これを近用瞳孔間距離ともいい、NPDと略すこともある)に設定している。垂直方向では瞳孔より多少下(回転中心を中心に約20度、9mmほど)にあわせて設定して、フレームに枠入れする。累進レンズ等の多焦点レンズでは、通常、設計基準点が遠方処方値(球面度数、乱視度数、乱視軸)、アイポイント(瞳孔に合わせる点)、プリズム測定点、近方処方値(遠方処方値の加算する度数、すなわち付加力)を測定する点に分離されて作成されている。累進レンズ等の多焦点レンズは、通常、瞳孔にアイポイントをあわせて、フレームに枠入れされる。
本実施形態においては、一般に知られる光線追跡法を用いてレンズ設計を行う。例えば非特許文献1(高橋友刀著、「レンズ設計」東海大学出版会(1994))には、光線追跡法によるレンズの最適化設計、波面収差に関する技術が記載されている。波面収差に関しては、非特許文献2(Takeshi Noguchi et al, "ACTIVE OPTICS EXPERRIMENTS I, SHACK-HARTMAN WAVE-FRONT ANALYZER TO MESURE F/5 MIRRORS", Publ. Natl. Astrron. Obs. Japan Vol.1, (1989), p49-55)等に記載されている。なお、眼鏡レンズの技術分野においては、レンズ設計のため、眼鏡レンズ通過後の波面測定から収差(度数誤差、非点収差等)を算出するレンズ測定器が利用されている。
眼鏡レンズを通して対象を見た場合に対象から眼球回転中心の入る主光線に沿ってレンズにより発生する収差は、眼球瞳孔径が小さいため、低次の収差で近似することができる。ここで、眼鏡レンズの技術分野における低次収差について説明する。低次収差には、例えば度数誤差、残留非点収差、色収差がある。
通常、遠用レンズでは、設計基準点(通常、眼球が前方遠方をレンズを通してみた時のレンズ位置)で前方遠方の対象を明視できるように眼球による屈折力でレンズによる屈折力を差し引き処方される。足りない屈折力をレンズで補うとも言う。そのときの収差は0である。その処方では、設計基準点で乱視が眼球にある場合にレンズの乱視軸と一致している。乱視軸は、主光線に直交し、なおかつその屈折力の主経線である。この主光線は、眼球と同様、対象から眼鏡レンズを通って眼球回転中心に至る光線の経路である。眼球がリスティング則に従って回転する時には通常の共軸光学系と異なり、眼鏡は固定しており、眼球の方向は眼鏡に対して相対的に変化する。その際に設計基準点以外では、レンズの屈折力が、レンズの性質上、設計基準点とはわずかに異なってくる。その際でも眼球の屈折力でレンズの屈折力を差し引く。その差し引いた値がレンズ−眼球システムでの収差である。
収差の差し引き方は、レンズの乱視軸に沿ってリスティング則に従って回転した場合(レンズ主経線方向で2方向ある)には、レンズの乱視軸と眼球の乱視軸とが一致しているため、単にそれぞれの軸方向で引き算すればよい。以前はこの時の収差を単にレンズの収差と言っていた。ところが、レンズの乱視軸方向以外に眼球が回転した場合は、レンズの乱視軸と眼球の乱視軸とが異なってくる。そこで、眼球の乱視軸方向にレンズの屈折力を分解し、それぞれの眼球乱視軸方向の屈折力同士で差し引いた量の平均を度数誤差と呼ぶようになってきた。この度数誤差は平均であるため乱視軸の違いには無関係であり、乱視軸が一致している場合の度数誤差と同値である。しかし、非点収差は、軸が一致していた時と異なった値となる。
さて、上述した眼球の2本の乱視軸方向における屈折力を差し引いた値をそれぞれ収差A、収差Bとすると、度数誤差は収差Aと収差Bの平均であり、残留非点収差は収差Aと収差Bの差である。リスティング則を必要としない場合、すなわち眼球が眼鏡乱視軸に沿って回転する場合は、残留非点収差とは言わず過去、非点収差と呼んでいた。この場合の度数誤差はMOEと呼ばれ、非点収差はOAEと呼ばれることがあった。
また、色収差は、眼球回転中心からレンズ後面までの主光線とレンズ前面から対象までの主光線との角度の差をδ、アッベ数νをとすると、100×tanδ/νで表される。
〔1〕眼鏡レンズの製造システム、製造方法の実施の形態
先ず、本発明の眼鏡レンズの製造システム及び製造方法の実施の形態について説明する。図1は、本実施形態に係る眼鏡レンズの製造システムの概略構成図である。図1に示すように、このシステム500では、眼鏡店100側は、眼鏡レンズ注文者の視力や相対測定値を測定する測定装置101と、測定装置によって測定された値を含む各種の情報を入力し、眼鏡レンズの発注に必要な処理を行う機能を有する発注側コンピュータ102とを有する。
一方、受注側である例えばレンズメーカ200には、この発注側コンピュータ102から出力される情報を受信するために、インターネット等の通信回線300に接続された製造側コンピュータ201が設けられる。この製造側コンピュータ201は、眼鏡レンズの受注に必要な処理を行う機能を有すると共に、後述する眼鏡レンズ設計方法を行う機能を持っている。すなわち、発注側コンピュータ102から発注される、眼鏡レンズの設計に必要な情報には、視力に関する測定値のほか、相対測定値のうち少なくとも実性相対輻輳か虚性相対輻輳のいずれか又は両方の測定値が含まれる。相対測定値が含まれない場合は、年齢等の相対測定値を概算導出することが可能な注文者の情報が含まれる。そして、製造側コンピュータ201は、相対測定値を因子に含む視覚疲労関数を対象の各評価点で加算した関数を最適化計算時の評価関数として用いて最適化計算を行う。これにより光学設計値を決定するとともに、この光学設計値に基づいて眼鏡レンズを製造するための製造情報をレンズ加工装置202に出力する。
なお、製造側コンピュータ201に入力される情報は、上述したように注文者の測定値や年齢等の情報の他、その他の情報を入力して視覚疲労関数の計算に加味することも可能である。また、決定した光学設計値に基づいてレンズを加工することによって眼鏡レンズが製造されるわけであるが、このとき、メーカー独自の形状パラメータや、工場(製造装置)によって定められた補正係数等の形状パラメータが加味されてもよい。
ここで、本実施形態にも利用される一般的な最適化計算によるレンズ形状設計について概説する。レンズ形状と対象に関して、一般に、面は、NURBS(Non-Uniform Rational B-Spline)等の一般自由曲面、又は公知の数式で表現される。また、肉厚、配置は、適切な係数で表現される。このとき、レンズ形状と対象は、構成要素である係数によって規定される。始めのステップでは、既知のパラメータがコンピュータに入力される。既知のパラメータには、対象、対象−レンズ−眼球の配置関係、制約条件(例えば設計基準点で所定の処方値となる、肉厚がマイナス値にならない等)、レンズの収差を因子とした評価関数等がある。次の最適化計算のステップでは、制約条件を満たしながら、対象上の評価点から得られる評価関数が少なくなるレンズ構成要素の係数の組を探し出す。収束条件として、最小の評価関数値又は実質的に評価関数が少なくなる係数の組を探し出せなくなるまで、繰り返し収束する計算が行われる。収束条件が満たされて繰り返し計算が終了した時、レンズ構成要素の係数は確定する。この全ステップがレンズ形状決定、又はレンズ設計と呼ばれる。この種の公知の最適化計算において、レンズ設計と既知の対象、配置関係、制約条件、評価関数とは等価な関係がある。すなわち対象、配置関係、制約条件、評価関数が決まればレンズ設計は、一義的に決定する。
次いで、最適化計算の評価関数として用いられる視覚疲労関数を詳説するに先立ち、両眼視に関する説明を行う。
まず、両眼視機能、輻輳−調節の連携について説明する。両眼視機能は、同時視、融像、立体視、及び両眼視力に大きく分類される。これらを開示する文献として、非特許文献3(若倉雅登、三村治著「視覚と眼球運動のすべて」メジカルビュー社(2007)、p147-p148、p140-143)、非特許文献4(Howard, I. P. and Rogers, B. J., "Binocular vision and stereopsis", Chapter2, New York Oxford Press, (1995), p1-736)が挙げられる。非特許文献3のp142には、融像が運動性と感覚性に分類されることが開示されている。非特許文献4には、全般に詳しい説明がある。
非特許文献3では、同時視が可能な場合に融像ができ、融像が可能な場合に立体視できるという構造に分類されている。本発明では融像に着目したため、他の機能は説明を省く。但し、融像なくして両眼視の最高機能である立体視はできないことを明記する。融像は、両眼にそれぞれ別々に入力された視覚情報を1つに統合する視機能である。眼球を動かさずに対象を1つに統合することは、感覚性融像である。
感覚性融像を得るための輻輳、開散運動、垂直融像よせは、運動性融像と呼ばれる。眼球の輻輳又は開散運動と調節との関係は連携している。その連係は、ドンダース(Donders)図として記述されてきた。ドンダース図に関しては、非特許文献5(石原忍著、鹿野信一改訂「小眼科学」改訂第17版、金原出版、(1925)p50)及び非特許文献6(畑田豊彦著「奥行き情報と視覚の特性」視覚情報研究会、昭和49年4月23日、p12)に記載がある。ドンダース図の原点から45度の直線は、ドンダース線と呼ばれる。この直線は、斜視、斜位のない裸眼の被検者が対象を見ている場合の調節−輻輳連携を表す。輻輳限界値は、ドンダース曲線と呼ばれる。ドンダース線の一点から左右のドンダース曲線までの値であって右側(輻輳角が大となる側)は虚性相対輻輳、左側(輻輳角が小となる側)は実性相対輻輳に分類される。また、相対測定値が標準値より大幅に少ないと視覚疲労の原因となること、調節よりも輻輳のほうが測定しやすいこと、ドンダース線(傾きはAC/C比で表現される)が厳密には成立せず傾き0.8程度なこと、調節リード、調節ラグに関する解説は、非特許文献7(鵜飼一彦著「ステレオ映像の及ぼす生体への影響:調節・輻輳の刺激が矛盾するとなにが起こるか」vision、vol.17、No.2、p113-122)等に詳しく記載されている。
実性相対輻輳、虚性相対輻輳は、通常プリズムディオプターで表現される。一方、ドンダースの定義に習う時にはメーター角値で表現される。そのため、実性相対輻輳力、虚性相対輻輳力と呼ばれることがある。これらに本質的な違いはなく、本発明では、実性相対輻輳、虚性相対輻輳に統一して表現する。同様に、後述の相対調節はドンダースの定義に習う時にはディオプター値で表現される。そのため、実性相対調節力と虚性相対調節力と呼ばれることがある。これについても本質的な違いがないため、本発明では、実性相対調節、虚性相対調節に統一して表現する。
上述した相対調節については、本出願人がしたPCT/JP2008/069791明細書等に記載されている。当該明細書には、個別要素である相対調節や、相対調節の概算値を年齢より求めて視力関数とする方法が記載されている。相対調節は、調節の一種であり、調節に似た性質を示す。調節に関しては、下記の内容が知られている。調節は、限界近くまで正確に働き、限界を越えると全く働かないというわけではない。例えば調節遠点・調節近点に近い領域では正確さが劣る。また、どこが限界点かはあいまいになる。このため、遠方視している際には視標よりもやや近方にピントが合っていることが多い。逆に近方視では物体よりもやや遠方にピントが合っている。この不完全さを、前者を調節リード、後者を調節ラグと言う。調節リードがあるため、正視でも遠方での視力は、やや低下する。逆にいうと、遠方で非常によい視力が出ている場合には遠視が疑われる。近視を矯正してそのような状態になっていれば過矯正が疑われる。このように、屈折異常の矯正で大きな問題点は、屈折異常の量が調節遠点という実測上あいまいさを持つ概念に依存してしまっていることにある。
また、非特許文献3のp147-148には、近見反応では輻輳、調節、瞳孔が密接に連動していることが記載されている。具体的には、「3要素のなかで、輻輳は、両眼視差の量が正確に検出され(輻輳の誤差は1〜2分程度)、交差性または非交差性と方向性が明快なので、速くて精度の高いコントロールが可能である。一方、調節は、ぼけの視覚情報からだけでは遠近方向がわからないためコントロールが難しく、焦点深度の分だけ応答の必要も小さいので量的には比較的大雑把な応答といえる。」との記述がある。このように、相対調節は、相対輻輳と比較して両眼視の個別要素として精度が出にくい測定値といえる。また上記PCT/JP2008/069791明細書においては、片眼で説明されている。ほかには、眼鏡レンズの調節効果による相対調節の補正を行っているが、上記PCT/JP2008/069791明細書の例は、眼鏡レンズを装用しない状態のドンダース図より得た値から眼鏡レンズを装用した相対調節を算出する場合に必要な補正である。ここでの相対調節では、対象が明瞭に見えるように矯正された眼鏡レンズを装用することが前提となっている。そのため、補正は不要である。
ここで、運動性融像と感覚性融像をドンダース図において表現した例を示す。図34は非特許文献6に記載された畑田によるドンダース図である。図34中、横軸は輻輳(単位:メーター角MA)を示し、縦軸は調節(単位:ディオプターD)を示す。図34では1枚のドンダース図に運動性融像をドンダース曲線で示し、感覚性融像をドンダース線の付近の灰色領域で示してある。
また、非特許文献8(David M. Hoffman, Ahna R. Girshick, Kurt Akeley, Martin S. Banks, "Vergence-accommodation conflicts hinder visual performance and cause visual fatigue", journal of vision, Vol.8, No.3, 33, (2008))のFig.2では、運動性融像と感覚性融像を2枚のドンダース図に別々に描写している。これを図35A及び35Bに示す。図35Aは感覚性融像を示し、図35Bは運動性融像を示している。図35A及び35Bから理解されるように、運動性融像では相対輻輳と相対調節とが連携し、感覚性融像ではパナムの融像域と焦点深度の領域が図35Bと比較して狭い。
なお、運動性融像に関しての測定法と標準値は、例えば非特許文献9(和泉行雄、風見俊成著「両眼視機能の検査」改訂版、早稲田眼鏡専門学校(1985)p5)に記載されている。さらに非特許文献12(津田節哉著「米国式21項目検査入門―視機能の検査と分析」近代光学出版社(1983))のp288にMorganの標準値として記載されている。
輻輳角の表現の仕方について説明する。メーター角をMA、角度単位で分をθ、プリズムディオプターをP、瞳孔間距離をPD(mm単位)とすると、それぞれの関係は以下の数1〜数3に示す式が満たされる。なお、aはPD,MAの誘導値である。
数値計算の参考例を図36A及び36Bに示す。図36Aでは瞳孔間距離PD=0.06mであり、図36BではPD=0.065mである。図36A、36Bの各数値例においては、パラメータとして、距離(cm)、メーター角MA、分角(arc min)、Δ(ディオプター)が列記される。
次に、感覚性融像と運動性融像について説明を加える。感覚性融像は眼球の運動がない融像であり、運動性融像は眼球の回転を伴う融像であり、両者は相違する。感覚性融像を非特許文献10(内川恵二、塩入諭編著「視覚II」朝倉書店(2007)p131-132)に従って説明する。非特許文献10には、「両眼視差のある2つの網膜像が1つに知覚にされるためには,視差の大きさはある範囲に入っている必要がある。この領域はパナム(Panum)が初めて系統的な実験によって測定したことからパナムの融像域と呼ばれる。パナムの融像域は刺激条件に依存し(時空間周波数,網膜位置,周辺刺激の有無,測定方法,判断基準など),数分から数度と大きく変わる。したがって,特定の実験結果で代表することはできない。」と記載されている。
ここで、両眼視差とは、左右眼球の節点と固視点を挟む視線の差である。簡易的には外界の距離に比して節点と回転中心の差はわずかなため区別しないこともある。特定の実験であるが、感覚性融像の範囲に関しては、空間周波数に依存していること、すなわち視覚対象の形や大きさに依存することが測定されている。依存の仕方は、例えば非特許文献11(Schor, C. Wood, I. Ogawa J. "Binocular sensory fusion is limited by spatial resolution", Vision Research, 24(7), (1984) p661-665)に記載されている。図37は、非特許文献11のp584の図を示す。この図は広く使用され、非特許文献4のp316図8.2にも記載されている。この図37中、横軸は空間周波数(すなわちパターン幅の逆数)を示し、縦軸はパナムの融像域を示す。図37は、対象として方形パターンとドットパターンとの結果を比較している。
図37に示されるように、視力が出る空間周波数の高い状態では融合領域が比較的狭く、ほぼ一定である。また水平方向と垂直方向とで融合領域が異なり、空間異方性がある。空間周波数の高いところ、すなわち中心窩で見るときは、垂直方向の融合領域が水平方向の融合領域の半分以下である。パナムの融像域には、対象の提出状態による違いがあることも知られている。パナムの融像域は、例えば日常に出てくる状態である方形パターンの方がドットパターンよりも広いことが知られている。
水平方向の視差の範囲の説明として、水平網膜像差と知覚的奥行きの関係を図38に示す(非特許文献10のp86)。図38中、横軸が水平方向の両眼視差の差である両眼網膜像差を示し、縦軸が両眼網膜像差に対する知覚的奥行きを示している。図38によれば、両眼網膜像差の増加に対して奥行き量が比例して増加するが、融合限界を過ぎた後は比例しなくなり、奥行き最大に達すると低下することがわかる。このように奥行き最大と融合限界は異なる値のため、融像と立体視は異なる生理現象であるといえる。奥行き最大と融合限界は、その値に個人差があり、空間周波数や提示時間等の条件によっても変化する。したがって、近似的には融合限界から奥行き最大の範囲に対応する両眼網膜像差を「パナムの融像域」として扱うことができる。
次に、個別の相対測定値の測定法について説明を加える。相対輻輳の測定は、眼科臨床や眼鏡店ではよく行われている。例えば非特許文献5のp49-51には、相対輻輳の測定値、測定法が記載されている。非特許文献5ではハプロスコープを使用して相対輻輳を測定している。単位はメーター角(MAで示し、MWと表記することもある)である。非特許文献5の測定法は以下の通りである。先ず両眼で対象を注視した状態で両眼に反射鏡を利用して外方視状態とする。そして、徐々に外方の程度を増して対象がボケてきたときのメーター角を実性相対輻輳(ボケ)とし、対象が2つに分離したときのメーター角を実性相対輻輳(分離)としている。この実性相対輻輳(分離)の測定値は、相対輻輳の限界値であり、今後本明細書では単に実性相対輻輳と呼ぶ。また、その状態から外方状態を減らした時に対象が再び1つに見えた時を実性相対輻輳(回復)と呼ぶ。同様に、両眼に反射鏡を利用して、内方視状態として徐々に内方の程度を増して対象がボケてきたときのメーター角を虚性相対輻輳(ボケ)とし、対象が2つに分離したときのメーター角を虚性相対輻輳(分離)としている。更に、内方の程度を減らして対象が再度1つに見えたときのメーター角を虚性相対輻輳(回復)と呼ぶ。なお、虚性相対輻輳(分離)を本明細書では単に虚性相対輻輳と呼ぶ。眼科臨床では、非特許文献5等に記載のものと同様な測定機である大型弱視鏡(シノプトファ)により測定することもできる。
また、非特許文献12には、上記の各相対輻輳に関する検査項目が記載されている。すなわち、非特許文献12の#9項目、#10項目、#11項目として遠見時の実性相対輻輳(ボケ)、実性相対輻輳(分離)、実性相対輻輳(回復)、虚性相対輻輳(ボケ)、虚性相対輻輳(回復)についての自覚式検眼機を使用した測定法が記載されている。同様に、#16A項目、#16B項目、#17A項目、#17B項目として近見時(40cm)での実性相対輻輳(ボケ)、実性相対輻輳(分離)、実性相対輻輳(回復)、虚性相対輻輳(ボケ)、虚性相対輻輳(分離)、虚性相対輻輳(回復)の測定法も記されている。具体的測定法では、両眼矯正状態で対象を注視した状態で両眼の外方プリズムを装用する。そして、徐々にプリズム値を増して上記の方法と同様に外方の程度を変化させ、ボケ、分離及び回復の各実性相対輻輳値を測定する。また内方にプリズムを装用して、同様に、徐々にプリズム値を増してボケ、分離及び回復の各虚性相対輻輳値を測定する。
非特許文献13(江本正喜、矢野澄男、長田昌治郎「論文 立体画像システム観察時の融像性輻輳限界の分布」映像情報メディア学会誌Vol.55, No5, (2001), p703-710)には、眼前60cmの相対輻輳の簡易測定機が記載されている。表示装置で左右眼に視差のある像を見せることで立体視が可能か否かの判定を行うことにより、実性相対輻輳(分離)、虚性相対輻輳(分離)を測定している。多人数を測定するには有用な方法である。
また、非特許文献8のfig.3に示されている測定器は、前方3カ所(距離31.9cm、39.4cm、56.3cm)で相対測定値を測定している。なお、非特許文献6では、当該文献中p.12の図1に記載された立体視鏡を改造した実験装置にて実性相対輻輳と虚性相対輻輳を測定している。その実測データが本件出願の図34である。一方、相対調節は後述するように測定精度が悪く、直接測定した例が少ない。一例として、非特許文献5のp41に測定法及び標準値が開示されている。調節は輻輳と密接な関係があり、相対輻輳から相対調節が算出可能である。
また、垂直融像よせの測定例は非常に少なく、非特許文献9のp5に測定法と標準値が開示されている程度である。ここで確認したいことは、相対測定値は、矯正された眼鏡装用時に測定されるべきということである。相対測定値は、眼鏡装用時と裸眼時とでは異なった値となる。この効果はわずかにあり、Fryによる補正が知られている(非特許文献12のp192参照)。以上のほかにも運動性融像と感覚性融像の測定値を記載した文献がいくつかある。それらのデータをまとめて下記の表1及び表2に示す。運動性融像の値と感覚性融像の値を比較すると、感覚性融像は、運動性融像の数分の一程度である。なお、これらの結果は、主に心理学の測定によって得られている。
上記が、両眼視及びその関連技術に関する説明である。以降は、これまで説明した技術内容を踏まえて本実施形態について更なる説明を加える。なお、本明細書中に参照として挙げられた非特許文献12を除き1〜15の何れにおいても、眼鏡を装用した場合の両眼視機能が検討されていないことを申し添えておく。
図1に示される眼鏡店100の測定装置101は、眼鏡レンズ注文者の視力や相対測定値を測定し、又は相対測定値を算出可能な注文者の情報を発注側コンピュータ102で所定の処理を加えて、通信回線300を介してレンズメーカ200に送る。レンズメーカ200のコンピュータ201(製造側コンピュータ)は、データ入力部203で受信した、レンズの素材に関するデータや仕様に基づく形状データ、目や顔の形状に関するデータを入力するとともに相対測定値等を入力する。
図2は、本実施形態の眼鏡レンズ製造システムの核となる製造側コンピュータ201の機能の概要を説明するための機能ブロック図である。図2に示すように、製造側コンピュータ201は、発注側コンピュータ102から送信される各種データを入力するデータ入力部203と、この入力データに基づいて相対測定値を因子に含む視覚疲労関数を計算する視覚疲労関数計算部204と、この視覚疲労関数を対象の各評価点で加算した関数を評価関数としてその最適化を計算する評価関数最適化部205と、この評価関数による収束条件の成立不成立を評価する評価関数評価部206を備える。製造側コンピュータ201は、更に、評価関数評価部206において評価した結果、光学性能の修正が必要な場合に設計データ、例えばレンズ形状データを修正する設計データ修正部207と、各評価点の評価を終了したときに光学設計値を決定する光学設計値決定部208と、この光学設計値に基づく設計データをレンズ加工装置202に出力する設計データ出力部209を備えている。
そして、視覚疲労関数計算部204は、対象の各評価点における左右の片眼の視力関数を計算する。視覚疲労関数計算部204は、各評価点について、度数誤差と残留非点収差等の光学性能値や後述する輻輳収差を求める。視覚疲労関数計算部204は、各計算値とデータ入力部203で受信した入力データを後述する視覚疲労関数の式に代入して、視覚疲労関数を計算する。評価関数最適化部205は、計算された視覚疲労関数を加算して評価関数として、この評価関数から各評価点における最適な光学性能値を求める。
評価関数最適化部205による最適な光学性能値計算が行われると、評価関数評価部206が、最適化後の評価関数による収束条件の成立不成立を評価する。この評価関数評価部206の評価結果に基づいて形状データが修正又は決定される。具体的には、収束条件が不成立の場合には、設計データ修正部207が、所望の評価関数の値が得られるように、眼鏡レンズの形状データを修正する。収束条件が成立した場合は、光学設計値決定部208が、その評価点の設計値を決定する。全ての評価点において収束条件が成立すると、決定されたレンズ全面の光学設計値が、設計データ出力部209から、図1に示されるレンズ加工装置202に送られる。
レンズ加工装置202としては、レンズの前面又は後面、或いは両面の形状を入力データに基づいて、例えば自動的にレンズを切削、研磨加工を行う通常の眼鏡レンズ製造装置が利用される。レンズ加工装置202は、眼鏡レンズ製造装置として周知の装置であるから、その装置の具体的な説明は省略する。
〔2〕眼鏡レンズの設計方法の実施の形態
次に、上述した製造側コンピュータ201におけるデータ入力部、視覚疲労関数計算部、評価関数最適化部について詳細に説明する。上述の機能のうち、通信、計算における光線追跡等、最適化に関しては既述したため新たな説明は省く。
(1)設計方法の各ステップの概要
本実施形態にかかる眼鏡レンズの設計方法を実施するフローチャートの一例を図3に示す。先ず、第0のステップS0において、データ入力部203による各種データの入力が行われる。すなわちレンズの素材に関するデータと、処方に関する仕様に基づく形状データと、中心厚と、眼や顔及びフレームの形状に関するデータと、相対測定値が入力される。
広い意味で言うと、眼鏡発注者により眼鏡設計するための測定値はすべて個別要素と言える。例えば従来からある個別要素として、左右眼の球面度数、乱視度数、乱視軸、プリズム、プリズム軸、累進レンズ、多焦点レンズ特有の個別要素(例えば付加力等)、瞳孔間距離、眼鏡後方頂点から角膜頂点までの距離(通常14mmほど、角膜頂点間距離ともいう)、角膜頂点から眼球回転中心までの距離(通常13.5mmほど)、レンズ前傾角(通常フレーム前傾角で近似)、レンズあおり角(通常フレームあおり角で近似)がある。ここで本発明では、新たに上述した「相対測定値」を個別要素に加える。設計しようとしているレンズに合わせて発注者から相対測定値が得られる。もし一部の相対測定値が得られない場合は、後述する方法により残りの相対測定値を算出する。相対測定値が全く測定できない場合も、年齢等から計算により相対測定値を算出する。
次に、第1のステップS1として、視覚疲労関数計算部204は、両眼の対象−レンズ−両眼球システムを設定する。このシステムは、光学計算のための見る対象と眼鏡レンズと左右の眼球とを有する。このシステムで眼球回転中心は、システムの眼球運動において固定点でなくてもかまわない。
第2のステップS2として、視覚疲労関数計算部204は、両眼の対象−レンズ−両眼球システムの眼鏡の設計基準点(通常、レンズ度数が出るところ)を以下に記述する基準にするために、設計基準点における所定の処方値が出るようにレンズ形状を設定する。この設計基準点において処方値、および両眼球における眼球回転中心から眼鏡レンズに至る輻輳角が算出される。この値は、輻輳角基準値である。
更に、第3のステップS3として、視覚疲労関数計算部204は、対象−レンズ−両眼球システムにおける対象の評価点に依存した平均度数誤差、残留非点収差、プリズム、眼球回転中心から眼鏡レンズに至る輻輳角を算出する。視覚疲労関数計算部204は次いで、第2のステップS2で求めた輻輳角基準値と評価点における輻輳角との差を「輻輳収差」として求める。
次に、第4のステップS4として、視覚疲労関数計算部204は、左右度数誤差、上述の輻輳収差、第0のステップS0で設定した相対測定値から、各評価点を感覚性融像域、運動性快適領域、視覚疲労領域に分類する。
更に、第5のステップS5において、視覚疲労関数計算部204は、第4のステップS4の場合分けに応じて視覚疲労関数を各評価点にて、輻輳収差、平均度数誤差と相対測定値、感覚性融像の閾値から算出する。視覚疲労関数計算部204は、必要ならレンズ全面にわたり全評価点で視覚疲労関数に重みを掛けて加算する。加算した結果が本発明の評価関数となる。
第5のステップS5では、評価関数最適化部206は、各評価点での視覚疲労関数を加算した結果を最適化計算時の評価関数として、評価関数による収束条件の成立不成立を評価する。計算中の評価点について収束条件が不成立の場合は、設計データ修正部207が、上述した輻輳収差を含む光学的収差及び視覚疲労関数値を補正するように左右レンズ形状をわずかに変更し、第2のステップS2〜第5のステップS5を繰り返し行う。一方、収束条件が成立する場合は、光学設計値決定部208が、その評価点の設計値を決定する。そして、次の評価点に対する計算が行われる。全ての評価点について計算が行われると、処理は、第6のステップS6に進む。
第6のステップS6において、光学設計値決定部208は、決定されたレンズ全面の光学設計値に基づいて、レンズ設計基準点の付近での感覚性融像の範囲が所定の条件を満たすか否かを判定する。所定の条件が満たされない場合(第6のステップS6における判断が「NO」の場合)は、眼鏡レンズに適さず設計不可であるため、所定のエラー処理後に、本フローチャートが終了する。所定の条件が満たされる場合(第6のステップS6における判断が「YES」の場合)、処理は、第7のステップS7に進む。
第7のステップS7において、光学設計値決定部208は、眼鏡レンズの視覚疲労関数による評価、および眼鏡レンズ形状を決定する。以上のステップを経ることで、両眼視機能の向上が可能となることを説明する。両眼視機能における同時視、融像、立体視の3つと両眼視力とは、はじめの3つは同時視が可能になったとき融像が可能となり、融像が可能となったとき立体視が可能となる構造を持っている。また融像は運動性融像が可能な場合、感覚性融像が可能になる構造を持っている。ここで両眼視力は、同時視、融像、立体視とどの様に関連しているかは必ずしも明らかになっていない。この関係を通常の視力の性質に関して眼鏡業界では公知である偏心度と相対視力の関係を示す図4により説明する。図4中、横軸は偏心度すなわち網膜上の位置であり、縦軸は相対視力である。偏心度は眼球を回転しないで、すなわちどこか固視したとき固視した像が眼球の中心窩に有る場合、固視点以外の対象が眼球節点から張る視角をいう。また相対視力は、視力が個々人で異なるため、正規化した視力をいう。図4では小数点視力が使われ、固視点での視力を1.0としている。なお、図中黒く塗りつぶされた部分は盲点である。図4から明らかなように、偏心度に対する相対視力は非常に鋭い曲線となる。図4から明視域の境界である小数点視力0.7となる範囲は大体1°である。別の表現によれば、固視点から1°離れると少数点視力は0.7となる。説明を補足すると、眼球節点から1°離れた対象に眼球を1°回転させた場合は、相対視力は1.0となる。
ここで両眼同時に固視点を見ている状態は、丁度感覚性融像に閾値が類似していることが理解できる。またその状態から、片眼の眼球を1°回転するだけで片眼の小数点視力が0.7と大きく劣化する。この場合、左右眼の視力が異なることとなり、両眼視力の10%程度の増加が起こらないことになる。また感覚性融像が成立して両眼視機能の両眼視力が可能になる条件を満たす時、同時に立体視が可能になる条件も満たすことになる。すなわち、両眼視力は、両眼視機能の最高機能である立体視の範疇の機能である。ここで、視覚疲労関数による評価関数を向上させる最適化ステップは、運動性融像、感覚性融像の領域を拡大し両眼視機能の最高機能である両眼視力の向上と、上記理由により同時に立体視の向上を計る効果がある。すなわち、以上のステップを経ることで、上述した両眼視機能に着目して採用した相対測定値を眼鏡レンズの光学設計に反映させることができる。これにより、両眼での融像の容易さを定量的に評価して向上させ、両眼視機能の最高機能である両眼視力の向上と同時に、立体視の向上、及び本発明の目的である視覚疲労の低減を図った優れた眼鏡レンズの光学設計値を得ることが可能となる。
次に、上述した第0〜第6のステップのより詳細な設計内容について詳述する。
(2)第0のステップS0の詳細な説明(相対測定値の算出工程)
発注者から得た相対測定値についてさらに説明する。今後眼鏡を装用時、眼鏡と眼球回転中心の間を像側、眼鏡と対象の間を対象側と呼ぶ。像側と対象側の相対測定値は、それぞれ近似的に比例係数がレンズ度数に依存する比例関係にあるため、対象側の値はレンズの形状により変化する。そのため、本発明では、像側の注視線による相対測定値がより望ましい。通常測定は矯正状態で測定されるため、眼鏡の度数依存がある。より精密な測定値を得るためには、すでに記載した「Fryによる補正」法がある。
また感覚性融像も同様である。この眼鏡の位置による相対測定値と眼球回転中心の相対測定値の違いを補正する方法は、前述の本出願人によるPCT/JP2008/069791明細書で記載した。すなわち、本来眼鏡の位置での値であるPeters図の値と比較する目的で、眼球回転中心で得られたドンダース図の値を眼鏡位置に補正する方法を開示している。本発明ではどちらの相対測定値も使用可能であるが、本実施の形態では主に像側の注視線で説明する。また眼球回転中心による値であっても、眼鏡位置に補正することを言及せず説明は省く。
相対測定値を、非特許文献5、非特許文献6のようにほぼ全域で測定している場合、そのまま相対測定値は得られているので第2のステップS2に進む。非特許文献13、非特許文献8のように任意の距離で実性相対輻輳か虚性相対輻輳のいずれか又は両方のみの測定の場合、任意の距離一点での測定なら一般論として他の曲線部分を直線とか、ある仮定のもとで曲線を推定する。本発明では単焦点レンズなら一つの処方輻輳角で、また累進レンズ等では望ましくは2つの距離(例えば輻輳角0、40cmなら輻輳角1/0.4)が精度の良い測定値になる。ここで「望ましくは」とする理由は、累進レンズでは一つの遠方での相対測定値の場合、付加力からある程度の年齢が推定されること、そしてそこから近方での相対測定値については、後述する年齢からの相対測定値の推定計算により算出されるからである。相対測定値のうち全ての測定値がそろわない発注者からの情報の場合は、実性相対輻輳か虚性相対輻輳のいずれか又は両方から他の相対測定値を以下のような仮定の下で算出する。例えば図34に示す畑田によるドンダース図の実性相対輻輳値を用いて、発注者からの実性相対輻輳から比例配分で算出することができる。すなわち、図34から虚性相対輻輳、実性相対調節、虚性相対調節のデータを抽出し、その値に「比」=(発注者の実性相対輻輳/図34の実性相対輻輳)を掛けて算出する。また輻輳角0の場合、虚性相対輻輳はほぼ0のため採用不能となるが、他の輻輳角の場合は虚性相対輻輳を使用可能で、その値に「比」=(発注者の虚性相対輻輳/図34の虚性相対輻輳)を掛けて算出できる。なお、比を算出するデータは、図34に示す畑田によるドンダース図に限定されるものではなく、例えば被験者の年齢や使用状態等の条件が狭められて測定されたデータがある場合等、より確度の高い資料がある場合はそちらを採用してもよい。
また注文者の直接測定した相対測定値がない場合でも、年齢から実性相対輻輳、虚性相対輻輳値、あるいは実性相対調節、虚性相対調節を推定することも可能であり、本発明の次善の方法である。長田昌治郎著「立体映像の観察時における輻輳性融合立体視限界VFSLの分布」(TVRSV、Vol.7、No.2(2002)p239-246)のp242の「図3」にあるように、個人差が大変大きいためである。そこではバラツキは被験者392名、視距離60cmでCROSS(実性相対輻輳)で0〜−27.6度、UNCROSS(虚性相対輻輳)で0〜13.9度であった。いかに個人差が大きいかがこの資料でわかる。平均は、CROSSで−4.72度、UNCROSSで3.34度である。このような事実から逆に相対測定値は個別要素としてふさわしいことが言える。
年齢から輻輳−調節情報、すなわち任意の輻輳角における実性相対調節、虚性相対調節を求める方法は、すでにPCT/JP2008/069791明細書で詳述したが改めて記述する。なお、年齢−実性相対調節、虚性相対調節の関係を示す統計的に十分な実測データが存在すれば以下の作成は不要である。しかしながら、そのようなデータは、本件出願時点では存在しないと考えられる。ただ定性的には、相対輻輳、相対調節は、動的にも静的にも順応が容易に起こり、また年齢によりドンダース線が下降する傾向が見られることはわかっている。PCT/JP2008/069791明細書に記載の方法により求められる実性相対調節、虚性相対調節は、当然ながら年齢による平均値であり、個別要素を制限するものではない。始めに年齢による平均の実性相対輻輳、虚性相対輻輳を得る方法を記述する。PCT/JP2008/069791明細書に準拠して記述する。
本実施形態に用いて好適な年齢−実性相対調節を作成する方法は、下記の通りである。始めに非特許文献14(H. B. Peters "THE RELASIONSHIP BETWEEN REFRACTIVE ERROR AND VISUAL ACUITY AT THREE AGE LEVELS", Am. J. Optom. Physiol. Opt., 38(4),(1961) p194-198)中のグラフである図39〜図41に示す年代別のPeters図の横軸上、すなわち球面度数の原点より右側の値が20/20である範囲に着目する。この範囲は、測定法より実性相対調節の値である。すると3枚のグラフから5−15才、25−35才、45−55才の実性相対調節が得られる。これらを中心の年齢、すなわち10才、30才、50才の実性相対調節と仮定する。さらに実性相対調節が公知の年齢−調節関係と類似の挙動を示すとする。この一例を図5に示す(例えば鶴田匡夫著「光の今昔3 年令・調節曲線の変遷」(視覚の科学第19巻第3号p103)。図5は、Duaneによる測定結果であり、0才から53.3才までとそれ以後とにおいて、年齢により調節力が低下する度合い(係数)が異なるという結果となっている。また、上記鶴田の文献には、同様の結果がHofstetter作成の図(同p101)、又はLandolt作成の図(同p102)等による測定結果からも得られている。更に、実性相対調節が年齢75才で0となると仮定する。もし異なっていても近似的には成り立つ仮定である。
すると0才から53.3才まで直線的変化、53.3才〜75才まで直線的変化のある年齢−実性相対調節関係が得られる。この関係はレンズ後方頂点が基準の測定値であるため、後述するデータの基準である眼球回転中心基準に合わせるため補正が行われる。この補正は微小である。さらに各年齢の処方距離、処方輻輳角における実性相対調節が上記年齢−実性相対調節関係を利用して作成される。各年齢の各輻輳角における実性相対調節の実測値は、現在のところ存在しない。
そこでまず図34に示す畑田によるドンダース図の実測データを基準にする。図34の輻輳角0での実性相対調節は、約−2D(ディオプター)である。ここで与えられた任意の年齢から上記年齢−実性相対調節関係をもとに実性相対調節が算出される。これは任意の年齢の実性相対調節であるから、図34の実性相対調節である−2Dで図34の各相対測定値が比例配分される。具体的には、図34の各実性相対調節、虚性相対調節に比=(上記算出した実性相対調節)/(−2)を掛ける。またドンダース線、ドンダース曲線の上限が前述の公知の年齢−調節関係により決定される。算出された各年代別のドンダース曲線を図6〜図9に示す。図6においては5−15才、図7においては25−35才、図8においては45−55才、図9においては75才の場合を示す。それぞれ、相対調節の可能範囲の1/3の領域であって、融像に適した快適領域を算出し、図中グレーの領域として示したものである。なお、75才においては殆ど快適領域がなく、当該図面の縮尺では殆ど現れないという結果となっている。これは、調節力が0となることを意味している。また、15−25才、35−45才、55−75才の範囲については、それぞれ図5と図6、図6と図7、図7と図8の平均から算出すればよい。ここまでで、得られた任意の年齢のドンダース曲線は、輻輳−相対調節関係である。この関係は、任意の年齢の輻輳−相対輻輳の関係でもある。その関係より任意の年齢の任意の輻輳角での実性相対輻輳、虚性相対輻輳、実性相対調節、虚性相対調節を得ることが可能である。なお、斜視の場合でも、原則的には相対測定値は矯正状態にて測定されるため、以上の本発明はそのまま適用することが可能である。
他の入力データとして、感覚性融像を評価する閾値が必要であるが、これについてはパナムの融像域、眼球焦点深度が考えられる。しかしながら、その定量的測定は、既述したように、融像刺激条件に依存して精密かつ注意深い測定を必要とする。加えて、特定の測定で代表できない性質であるため、本発明では測定にはよらずに設定することとなる。設定方法としては、眼鏡レンズの使用条件を勘案し公知測定値から、設計者の裁量により任意に選択可能である。具体的には、感覚性融像域の水平方向、垂直方向の値は、表1に記載した。本発明では非特許文献4のp316−322に紹介されているが、中心窩での測定値(通常融像域の半分)である水平10分、垂直3.5分を使用した。また焦点深度に関して、眼鏡業界で通常製作度数範囲の度数間隔は0.25Dである。また非特許文献6のP251,252の被写界深度(焦点深度)の公式であるWestheimerの公式、Southallの公式に従うと概ね0.1Dから0.5Dとなる。そこで0.2Dを使用した。
(3)第1のステップS1の詳細な説明(対象−レンズ−両眼球システム設定工程)
次に、第1のステップS1として、対象−眼鏡レンズ−両眼球システムを設定する。対象は、基本的には設計者の任意である。そのため設計者による任意の対象で眼鏡レンズ性能が高くなるように設計されている。いかなる対象であっても本発明を限定するものではない。本発明の特徴を明確にするため対象について詳述する。
なお、特許文献1の「図2」である図44や、特許文献2の「図1」における対象は平面上にある。対象が平面である眼鏡設計とは、ぴんと張った新聞や壁の文字等を読むための眼鏡レンズとして採用する対象案の一つである。既述の通り、対象は、設計者によって任意に選択される。しかし、平面のような対象の場合には、対象内の固視点以外は両眼球から大きく距離が異なるため、固視点からの度数誤差、残留非点収差、プリズムを同時に補正するのが困難という欠点がある。その結果としてプリズムが大きくなる。これは、両眼視機能にとって良い結果をもたらさない。
本発明の眼鏡レンズの評価方法に用いる対象として、望ましい対象を図10に示す。以下の説明は、像側の注視線による説明であり、対象側の注視線による説明は、説明図のみ異なり同じであるため省略する。図10に示すように、まず右眼球回転中心1R、左眼球回転中心1Lが設定される。図10においては、両眼球回転中心1L、1Rを含む水平面20での配置を示す。図10では、両眼球回転中心1L,1Rの中点を、対象−眼鏡レンズ−両眼球システムにおける座標系の原点1とする。そして対象4を、原点1を中心として固視点3までの距離を半径とする眼前半球である対象球面5上に定義とする。両眼球回転中心1L、1Rは前額面内にある。対象4が無限遠にある場合は、対象球面5の半径を大きくした極限とする。また対象4の位置を、従来の光学システムのように両眼球回転中心1L、1Rから眼鏡レンズに至る像側の視角、または眼鏡レンズから対象に至る対象側の視角ではなく、原点1を通る正中線6からの角度を変数として定義する。すなわち、対象4の任意の位置をシステムの原点1からの正中線6を基準にした角度の関数とする。この角度θを両眼視方向と定義する。なお、両眼視方向θは、水平、垂直方向に分割してもよい。また両眼球回転中心を結ぶ直線を眼球間線分2とする。
次に眼鏡レンズの位置について説明する。眼鏡レンズは、通常、処方値遠方の固視点とそのときの眼球回転中心1L、1Rの間に置かれる。眼鏡レンズは、レンズ設計基準点で処方値を持ち、水平面、前額面に対し任意の傾き(前傾角、あおり角)、偏心(垂直方向の偏心、水平方向の偏心)を持つ。レンズ後方頂点から眼球回転中心までの距離は、通常27mmであり、または例えば特公昭42−9416号公報の第2頁右欄下から4−5行に記載されているように、24mm〜36mmである。27±1mm以上は個別要素として設計するほうがよい。
次に眼球運動については、片眼はリスティング則、両眼ではヘリング則の等神経支配法則に従うと仮定する。眼球回転中心1L、1Rは、上下又は左右に回転するときに移動して回転中心から角膜頂点までの距離が変化する。すなわち左右眼球が近方視したときに調節−輻輳関連のため輻輳するが、そのとき回転中心1L、1Rが移動することは公知である。またヘリング則とは異なるがよく似た現象に、左右眼の屈折度が異なっていても対光反射と同様に両眼等量の調節応答をする性質がある。この性質は、両眼で相対輻輳が一つの値である定義に矛盾せず、相対調節により左右眼視力を算出するのに大変都合が良い。近似的には問題がないので、本発明では眼球回転中心1L、1Rを固定したシステムで説明する。
(4)第2のステップS2の詳細な説明(収差基準の算出工程)
第2のステップS2では、両眼の対象−レンズ−両眼球システムの眼鏡の設計基準点を以下に記述する収差算出の基準にするために、設計基準点における所定の処方値が出るようにレンズ形状を設定する。なお、設計基準点とは通常、処方値が出るところを示し、眼鏡レンズ前面にあるが、後面に設定する場合もある。累進レンズでは、設計基準点が、遠方度数測定点、近方度数測定点、プリズム測定点等別々のレンズ位置に分離していることが通常である。また単焦点レンズで近方レンズの場合も、原則、対象上の固視点から近方度数測定点を通って眼球回転中心にいたる主光線で光学計算の諸量を計算する。その一方で、簡易的に瞳孔間距離(PDという)から2mm減らして近見PDとして視点とし処方するときもある。
いずれにせよ、設計基準点で処方値が出るようにレンズ形状が設定される。レンズ形状は、最適化計算での工程で処方値に収束して設定される。また汎用レンズ等の眼鏡装用時の評価の場合は、眼鏡レンズと設計基準点を通る視線とが直交していない場合がある。この場合は、設計基準点においてわずかな収差が傾きにより発生するが、近似的な意味で処方値が達成されている。
さて、ここで処方値とは、球面度数、乱視度数、乱視軸、プリズム、プリズム軸、付加力である。収差は、基準との差という定義上この処方値が基準となる。図11は、両眼球10L、10Rの上からみた状態を示す。図11において、図10と対応する部分には同一符号を付して重複説明を省略する。左眼10L、右眼10Rから左用眼鏡レンズ11L、右用眼鏡レンズ11Rの各設計基準点11PL、11PRを通る注視線13L0、13R0は、眼鏡レンズ11L、11Rにより屈曲されて視線方向13L0’、13R0’となり、対象球面5上の正中面7上の対象12で交わる。すなわち、対象12(通常光線追跡法の使用により各眼球回転中心1L、1Rから発して設計基準点11PL、11PRを通る注視線13R0、13L0がレンズ通過後に対象球面5上で交わる交点に位置する対象)が、正中面7に位置するように設定する。たとえ正中面7になくても最適化計算での工程で収束しながら達成する。なお、図10の対象4と図11の対象12を別の符号とした理由は、通常、設計基準点11PL、11PRは図10に示す水平面20にないためである。
ここで輻輳角を定義するにあたり、後の説明の都合上、左右眼10L、10Rの注視線13L0と13R0の中線の、正中面に垂直な方向の射影成分を「面平行成分」と定義し、正中面に平行な面に対し平行な方向の成分を「面垂直成分」と定義する。更に、左右の注視線13L0、13R0と注視線13L0、13R0の中線とがなす角の面平行成分をそれぞれ、θHL0、θHR0と定義する。また左右の注視線13L0、13R0と注視線13L0、13R0の中線とがなす角の面垂直成分をそれぞれ、θVL0、θVR0とする。そして、面平行方向の輻輳角θCH0をθHR0とθHL0との和として定義する。θCH0、θHR0、θHL0の符号は、整合性があれば任意であるが、本発明では眼球が輻輳状態なら全て正値とする。眼球が開散状態なら正負が逆とする。同様に、面垂直成分をθCV0とし、θVR0とθVL0との和として定義する。通常左右眼球回転中心はほぼ同一水平面にあるが、わずかに偏位がある場合がある。そのため、面水平方向と同様にθCV0を輻輳状態では正値とし、開散状態では負値とする。式で表現すると、基準となる輻輳角(輻輳角基準値)の面水平成分θCH0及び面垂直成分θCV0は、
θCH0=θHR0+θHL0
θCV0=θVR0+θVL0
となる。通常θCV0は0であり、0となるようにレンズ形状、設計基準点を設定する。
図12は、図11において像側で定義した視角θHL0及びθHR0を、対象側の注視線13L0’及び13R0’により視角θHL0’及びθHR0’とする様子を示す図である。図13及び図14は、それぞれ図11及び図12を側方から見た図である。像側の注視線13L0と13R0の中線13RL0と、対象側の注視線13L0’と13R0’の中線13RL0’とは、原点1を通り、対象12に至る正中線6から傾いていることがわかる。
なお、像側での定義同様、対象側でも、
θCH0’=θHR0’+θHL0’
θCV0’=θVR0’+θVL0’
が得られる。
ここで、相対測定値、度数誤差、及び輻輳収差の符号に関して説明する。はじめに符号に関しては本発明には直接関係なく、またどのように符号をつけても論理的に整合性があれば本発明の範囲である。次に、通常の符号の付け方と本発明における説明を記載する。通常の相対測定値の符号は、対象固視状態を前提とする。相対調節の符号は、挿入されたレンズの正負度数に応じて表示され、運動性融像の符号は、挿入されたプリズムの方向及びプリズムディオプターの測定値に応じて表示される。
例えば実性相対調節は、球面マイナスレンズを挿入して調節限界値を測定した場合、レンズの度数に対応した値、すなわちマイナス表示される。実性相対輻輳は、プリズムをベースアウト方向に挿入して輻輳限界値を測定し、プリズム度数と方向を表示する、すなわち単位はプリズムディオプターでベースアウト表示される。相対輻輳では、符号はなく単に方向表示である。まとめると測定者側に都合の良い符号である。また垂直融像よせは、上下方向に眼球を寄せる能力であり、逆に広げる方向は観察されてない。垂直融像よせの測定は、過去少数例が有るのみで測定値の標準値はない。測定結果は、単に垂直融像よせと呼ばれ正値で表示されている。他方、ドンダース図では実性調節、実性輻輳は、ドンダース線から数学的に正の方向にあるが、通常の表示法は負値、あるいはベースアウト表示である。相対測定値は、ドンダース図と折り合いが悪く、数学的に表現されていない。
本発明では、相対測定値の符号について平均度数誤差、輻輳収差の符号との整合性をとるために次の説明をする。始めに、輻輳収差の面平行成分が負値とは、眼前に外方プリズムを装用した状態である。これは、実性相対輻輳の測定法と同じ状態である。そのため、本発明では、実性相対輻輳は、プリズム外方と負値と同義に扱うこととする。また、虚性相対輻輳は、プリズム内方を正値と同義に扱うこととする。次に、平均度数誤差が負値とは、眼前に球面マイナスレンズを装用した状態である。これは、実性相対調節の測定法と同じ状態である。実性相対調節は負値で表現されているが、これは、平均度数誤差の定義と一致している。同様に、平均度数誤差が正値の場合は、虚性相対調節と符号は一致している。垂直融像よせは、従来の測定値では符号がないため、符号の付け方は任意である。垂直融像よせは、例えば輻輳収差の面垂直方向の定義に合わせることが望ましい。そのため、垂直融像よせの符号は、輻輳収差の面垂直成分と比較する場合、負値であることが望ましい。当然眼球が上下に広がる異側性回転は、観察されてないため正値はなく、その方向の閾値は常に0となることが望ましい。
(5)第3のステップS3の詳細な説明(任意の対象評価点の収差算出工程)
第2のステップS2で説明した両眼システムの光学計算等の定義をさらに詳述し任意のレンズ評価点の光学評価を行う。本発明では対象距離が無限大の両眼システムは、近方両眼システムの対象距離を無限大にしたものと定義した。従って、図示が可能となる。任意の両眼視方向の両眼システムの概略構成を図15に示す。図15を参照して光学計算の詳細を説明する。両眼システムの原点1から任意の両眼視方向の対象の任意の位置を対象の評価点22とする。光線追跡法の使用により左右両眼回転中心1L、1Rから発し左右眼鏡レンズ11L、11Rの評価点11NL、11NRを通過して屈折し、対象の評価点22を通る注視線のうち、像側の注視線の延長線を注視線13L、13Rとする。なお、図示の例では、注視線13L、13Rの交点22’が対象球面5の外側に位置する場合を示す。注視線13L’と13R’との交点が1回の試行で評価点22を通過できなくても、眼球回転中心1L、1Rから発する光線の角度を少しずつ変更し、評価点22で収束する光線を必要な精度で計算することが可能である。
ここで、評価点22の面水平成分の輻輳角θCHとして、下記を定義する。
θCH=θHR+θHL
同様に、評価点22の面垂直成分の輻輳角θCVは、下記のように定義できる。
θCV=θVR+θVL
ここで、注視線13L及び13Rの中線26と注視線13L及び13Rが挟む角の注視線13L及び13Rの中線を含み正中面に垂直な面に対し平行な方向の成分である面平行成分をθHL、θHRとし、垂直方向は同様に中線を含み正中面に平行な面に対して平行な方向の成分である面垂直成分をθVL、θVRとする。
すなわち、評価点22の輻輳収差の面平行成分及び面垂直成分は、
(輻輳収差の面平行成分):θCH−θCH0
(輻輳収差の面垂直成分):θCV−θCV0
と表わされる。
図16は、像側の注視線13L’及び13R’で定義する場合の輻輳角θHL’及びθHR’を示す図である。この場合、注視線13L’及び13R’の中線27と注視線13L’及び13R’が挟む角の、注視線13L’及び13R’の中線27を含み正中面に垂直な面に対し平行な方向の成分である面平行成分をθHL’、θHR’とし、垂直方向は同様に上記中線27を含み正中面に平行な面に対して平行な方向の成分である面垂直成分をθVL’、θVR’とする。このとき、上述した像側での定義と同様、評価点22の対象側で定義する輻輳収差の面平行成分及び面垂直成分は、
θCH’=θHR’+θHL’
θCV’=θVR’+θVL’
より、
(輻輳収差の面平行成分):θCH’−θCH0’
(輻輳収差の面垂直成分):θCV’−θCV0’
と表わされる。
図11に記載した注視線13L0及び13R0に沿った光学値を基準に、図15に示す注視線13L、13Rに沿った光学値の差が収差である。すなわち、第2のステップS2で算出された球面度数、乱視度数、乱視軸、輻輳角を基準にして、第3のステップS3で、球面度数、乱視度数、乱視軸の差から度数誤差、残留非点収差が計算される。輻輳角に関しても、上述したように、第2のステップS2で求めた輻輳角基準値を基準にして、両眼球10L、10Rから発した注視線13Lと13Rとがなす角である輻輳角(面平行成分は図15のθHRとθHLとを加算したθCH)の差を輻輳収差と定義する。さらに詳しく定義すると、第1のステップS1で説明した光学システムで対象から設計基準点を通り眼球回転中心に至る主光線に沿った光学量を基準にした、輻輳角の差である。
本発明において定義する輻輳収差は、通常の両眼網膜像差と異なる。具体的には、輻輳収差は、相対測定値が矯正眼鏡装用時の眼前測定である。そのため、輻輳収差は、測定状態に合わせて左右の矯正眼鏡装用状態での輻輳角の収差である点、両眼視方向で定義された対象(正中面を含む対象球面5上の任意の評価点22)を見た時の収差である点、眼球の節点ではなく眼球回転中心を通る注視線で定義されている点で、通常の両眼網膜像差と異なる。また、眼球運動がある点において、両眼網膜像差とは異なる。両眼網膜像差の用語は、日本視覚学会(編)「視覚情報処理ハンドブック」(朝倉書店(2000年)p283-287)を参照した。
また、本発明で定義する輻輳収差は、心理学で出現する輻輳角の差とも異なる。心理学で定義される「輻輳角」は、例えば下野孝一による「輻輳運動と両眼ステレオプシス」(光学第23巻第1号(1994年1月)p17-22)に記載がある。この記載では、「凝視点(両眼視軸の交点)とそれぞれの眼の回旋点(回転中心)とのなす角度」とされている。輻輳収差と輻輳角の差との相違点は、左右の矯正眼鏡装用状態での輻輳角の収差である点、両眼視方向で定義された対象を見た時の収差である点、眼鏡の左右の設計基準点を通る注視線のなす角を収差の差をとる基準値としている点である。眼鏡を通過して評価点に至る注視線の視角から定義する本発明の輻輳収差とは全く異なる値であることがわかる。
ここで再び、特許文献3に記載された水平方向差、垂直方向差と、本発明において定義する輻輳収差との違いをあげる。輻輳収差は、以下5つの点が相違点としてあげられる。
a.両眼視の運動法則であるヘリングの等神経支配法則のバーゼンス(異側性両眼運動)、すなわち輻輳運動より導かれる生理学的知見に基づいた定義であること。
b.両眼視方向により定義された任意の対象が可能なこと。
c.評価基準が1つであるために、視野全域で同一基準の評価ができること。
d.成分に分割した場合、面平行成分、面垂直成分の考案により水平面から変位した場合に生理学的に適切な定義となっていること。
e.対象の位置を平面上の定義ではなく立体的な定義とすること。
ここで、特許文献3に記載されている水平方向差、垂直方向差を詳しく分析する。図17に特許文献3の「図2」の水平方向成分を示す。以下、垂直方向は同様なため、特許文献3の第5頁35行に記載された水平方向位置差ΔPHのみについて説明する。図17に示すように、両眼球回転中心間距離をPD、両眼球回転中心から点Pを含む面59までの距離をLとする。また、特許文献3では図示してないが、対象面59上の点であり両眼球回転中心の等分点をq点とする。q点は、両眼球回転中心から発した正面方向の注視線Lr,Llと面59との交点とする。注視線Lr、Llの視角をαR、αLとし、注視線54,55の視角を、注視線Lr,LlからそれぞれΔαR、ΔαLとする。
そこで、水平方向位置差ΔPHは、
ΔPH=L×tan(αR+ΔαR)−L×tan(αL+ΔαL)−PD
と表わされる。また両眼球回転中心間距離PDは、(αR)、(αL)、Lを使うと以下の関係を持つ。
PD=L×tan(αR)−L×tan(αL)
水平方向差は、水平方向位置差を対象距離Lで割ると記載されているため、次式が成立する。
水平方向差=tan(αR+ΔαR)−tan(αL+ΔαL)−PD/L
PDを代入すると、
水平方向差=tan(αR+ΔαR)−tan(αL+ΔαL)−(tan(αR)−tan(αL))
となる。
ここで、視野中心部で(ΔαR),(ΔαL)が十分小さい時のみ、下記の近似式が成り立つ。
水平方向差≒ΔαR−ΔαL
したがって、特許文献3の「水平方向差」は、視野中心部のごく限られた狭小領域では、注視線LrとLlとがなす輻輳角を基準にして、同一面59の点Pを見たときの輻輳角の変化を表現している。しかし、これは、(ΔαR),(ΔαL)が大きい中心部以外の領域では輻輳角とは無関係の量となり、いわば生理学的な根拠を持たない値となる。
このような生理学的な根拠を持たない量である水平方向差を評価関数としてそのまま用いると、両眼視の性能評価のためには、以下の問題点があることがわかる。
1.P点とq点がツァイスの説明図の様に同一の対象面59になくてはならない。そのため、対象面が前額面と平行な平面以外、水平方向差は、基準点が対象までの距離ごとに変化してレンズ全体の評価法となりえない。すなわち収差の性質はない。
2.対象がツァイス特許のように同一対象面59であった場合は単一の基準となり、収差の性質を持つ。ところが、(αR)、(αL),(ΔαR),(ΔαL)が大きくなった場合、タンジェントには角度に対する非線形の性質があるため、角度の差ΔαR−ΔαLで表現される輻輳角と合わなくなる。そのため、水平方向差は、視野周辺部で生理学的な根拠を持たない。
3.同様のことであるが、注視線14,15が水平面から偏位したとき本来の輻輳角とも異なってくる。
以上説明した特許文献3の定義によれば、対象全面一律の定義となりえず、視野周辺部で生理学的な根拠を持たない評価関数となる。生理的根拠のない人工的な定義を用いて両眼視機能の評価をするのは不適切である。
次に、本発明における光線追跡法による注視線と現実の注視線の違いをさらに詳述する。面平行方向に関しては、眼球の開散、輻輳限界内では任意の比例対応関係がある。そのため、図11、図12の注視線13L0’,13R0’の面平行方向で常に評価点12を通ることは可能である。ここで、非特許文献15に従って説明する。同側性両眼運動量をθ、異側性両眼運動量をμ、右眼運動量をMR、左眼運動量をMLとするとヘリングの等神経支配法則は次式で表現できる。
θ+μ/2=MR
θ−μ/2=ML
すると眼球の開散、輻輳限界内で任意のMR、MLがθ、μで実現可能となる。すなわち、同側性両眼運動と異側性両眼運動により左右眼球を任意に動かすことにより、面平行方向では評価点22を通ることが可能である。
しかし、面垂直方向では、左右眼球は、現実には意図的には独立に回転できない。そのため、一見本発明の注視線の計算法の通りに眼球は回転不能のように思える。しかし、運動性融像の垂直よせは運動にて可能であり、感覚性融像域の面垂直方向では感覚にて可能である。面垂直方向の融像は、閾値があるが不随意的には可能である。よって、光線追跡法による注視線によって面垂直方向の輻輳収差と現実の注視線とは矛盾しない。但し、閾値以上の垂直融像よせが輻輳収差の面垂直成分となるなら当然実現できない。本発明における光線追跡法による注視線による計算法は、実現可能か不能か判断するための手段である。
本実施形態では、以上の度数誤差、残留非点収差、輻輳収差、およびプリズム値を、対象−眼鏡レンズ−両眼球システムにおける両眼視方向での対象の評価点(通常レンズ全面で両眼視方向1〜10度ピッチ、一部左右どちらかしか注視線がない場合もあるがその点も評価点である)に従属する収差として算出する。プリズムに関しては、色収差による視力劣化がプリズムの差ではなく量に比例するので、収差とせずそのまま使用する。
輻輳収差を生体の器質的面、例えば輻輳潜時は150〜200ms、衝動性眼球運動が200msで約800度/秒、運動調節が350〜400ms、瞳孔近見反応が400〜450ms、であることを考慮する。この場合、通常対象の注視線移動中、輻輳と衝動性眼球運動が組み合わさった視差誘導性輻輳運動時、調節、瞳孔近見反応は、輻輳、衝動性眼球運動に比較し一定もしくは、ほとんど変化がない。そのため、輻輳収差は、設計基準点を通る交線以外では、すなわち任意のレンズ評価点では、他の収差、度数誤差、残留非点収差より優先順位の高い収差と言える。視差誘導性輻輳運動については、Takagi M, et al. "Adaptive change in dynamic properties of human disparity-induced vergence", Invest Ophthalmol. Vis Sci, 42,(2001)p1479-1486に詳しく記載されている。すなわち、図11の対象12から図15の対象22の間では、跳躍時抑制が働き見えない状態であるため、互いに短い時間差の関係となり、収差の関係が成立する。
(6)第4のステップS4の詳細な説明(輻輳収差、度数誤差から視覚疲労状態の場合分け)
快適領域か視覚疲労領域かの分類は、第3のステップS3で得られた度数誤差と輻輳収差がそれぞれ相対調節、相対輻輳、垂直融像よせの1/3以内か否かで判断する。なお、度数誤差の単位はディオプターを用いる。また本発明で定義する輻輳収差は、輻輳角単位とし、メーター角(M.A.)や分単位(arcmin)、又はプリズムディオプター(記号ではΔ)等である。但し、相対調節と値をそろえる時は、相対輻輳、垂直融像よせともメーター角(M.A.)を使用する。同様に感覚性融像域か否かは、度数誤差と輻輳収差がそれぞれパナムの融像域、焦点深度以内か否かで判断する。
ところで、相対測定値は、多くの因子に影響される。相対測定値は、たとえば明るさ、輻輳、調節の静的、動的順応、測定対象の空間周波数等によりばらつく恐れがある。そのため、主な眼鏡使用環境と同等な条件で測定されるべきである。
また、運動性融像、感覚性融像は空間異方性を持つ。従って、眼位により、すなわち第1眼位、第2眼位、第3眼位では異なる。特に第3眼位では、眼球がリスティング則に則り運動する時、眼球水平軸が図15の注視線13Rと13Lの中線と眼球間線分2を含む面と平行ではなくなる。そのため、両眼視の性質である運動性融像、感覚性融像のうち相対輻輳、垂直融像よせ、パナムの融像域の領域形状が論理的、数学的にはわずかに異なってくる。また、第3眼位において眼球運動の同側性両眼運動と異側性両眼運動でもわずかに異なってくるのは、論理的、数学的には予想される。しかし、眼球回旋運動が、リスティング則に則る運動と同時に起こるならば、今までの論理的、数学的帰結も成り立たなくなる。以上の領域形状の変形の測定は、本件出願時には実施されていないと考えられる。そのため、本発明では、第1眼位の相対測定値で他の眼位の相対測定値を代表させる。
もう1つ、第3眼位では眼球回旋の要素がある。現在、この効果は、十分な定量的解明はなされていない。しかしながら、運動性融像が容易になるように回旋することは観察されている。当然回旋の効果、すなわち、リスティング則そのものは変化がないが(そもそもリスティング則は眼球の回旋とは無関係の法則である)、その後の残留非点収差の計算、及び相対輻輳値、相対調節値、後述する視力の計算等に影響する。本発明では、回旋の効果は説明しない。本発明では個別の相対測定値を使用してもよいが、標準の運動性融像域、感覚性融像域を用いてもよい。
運動性融像域、感覚性融像域は、多くの研究者により測定されており、表1及び表2の通りである。なお、これらの結果は、対象の空間周波数、対象距離、年齢、眼位等の条件に依存し、個人差が大変大きいため、参考値となる。ただ、おおむね、運動性融像と感覚性融像では水平方向で10倍ほど、垂直方向で5倍ほど異なることが、これらの結果から理解できる。
具体的には、快適領域か視覚疲労領域かを分類するにあたり、横軸を相対輻輳(又は輻輳角)、縦軸を運動性融像の垂直融像よせ、奥行き軸を相対調節(又は単に調節)とした3次元空間を想定する。この時、相対輻輳では実性相対輻輳の1/3と虚性相対輻輳の1/3とを閾値とし、これを輻輳収差の面平行成分と比較する。そして、輻輳収差の面平行成分が実性相対輻輳の1/3、虚性相対輻輳の1/3の閾値以内にあれば、横軸で運動性快適領域以内となる。同時に、垂直融像よせでは、垂直融像よせを閾値として輻輳収差の面垂直成分と比較する。そして、輻輳収差の面垂直成分が垂直融像よせの1/3の閾値以内にあれば、縦軸で運動性快適領域以内となる。同時に、相対調節では、実性相対調節と虚性相対調節とを閾値として度数誤差と比較する。そして、度数誤差が実性相対調節の1/3、虚性相対調節の1/3の閾値以内にある場合、奥行き軸で運動性快適領域以内となる。すなわち、度数誤差、輻輳収差が同時に三つの相対測定値の閾値以内に入った場合、運動性快適領域となり、一つでも満たさない場合は融像不可領域とする。また、各軸に相互に関係を持たせ、例えば相対測定値を頂点とする多面体により囲まれた領域以内は、運動性快適領域を意味する。また、垂直融像よせの性質上、眼球を上下方向に開散する現象は観察されてない。そのため、垂直融像よせの軸では、開散方向の閾値は0となる。従って、相対測定値は全部で5つとなり、5面体の閉曲面以内が運動性快適領域となる。附言するに、生体のため頂点は厳密な多面体でなく楕円体であることが推定される。
例えば上記の閉曲面を具体的に式で表現する。各文字COMH,COMV、COMR、COML、COMDを、輻輳収差、度数誤差を相対測定値に対する係数として次のように定義した場合に、AREA1にて閉曲面の内外で快適領域と視覚疲労領域とに分類される。
輻輳収差の水平成分が正値のときのCOMH
COMH=輻輳収差の面平行成分/(虚性相対輻輳の1/3)
輻輳収差の水平成分が負値ときのCOMH
COMH=輻輳収差の面平行成分/(実性相対輻輳の1/3)
COMV=輻輳収差の面垂直成分/(垂直融像よせの1/3)
度数誤差が正値のときのCOMR
COMR=右眼の度数誤差/(虚性相対調節の1/3)
度数誤差が負値のときのCOMR
COMR=右眼の度数誤差/(実性相対調節の1/3)
度数誤差が正値のときのCOML
COML=左眼の度数誤差/(虚性相対調節の1/3)
度数誤差が負値のときのCOML
COML=左眼の度数誤差/(実性相対調節の1/3)
COMD=COMR、COMLの大きい方
AREA1=COMH,COMV,COMDを因子とする2乗和の平方根
このAREA1が1より小さいと快適領域に分類され、1より大きいと視覚疲労領域に分類される。
同様に3次元空間を想定した場合、感覚性融像域か否かの分類は、次の条件に基づいて判断される。すなわち、輻輳収差の面平行成分がパナムの融像域の面平行成分以内であると共に輻輳収差の面垂直成分(パナムの融像域の正中面に平行な成分)がパナムの融像域の面垂直成分以内にあり、同時に度数誤差が焦点深度以内であれば、感覚性融像域であると判断する。そして、上記閾値を一つでも満たさなければ運動性融像の領域とすることも可能である。感覚性融像域は、定義から眼球運動がない。そのため、感覚性融像域は、運動性融像域のように水平方向、垂直方向、奥行き方向の非対称性がなく、概略8面体、またはどこの軸からみてもほぼ楕円となる閉曲面を形成する。
より詳細には、輻輳角の軸において、パナムの融像域の正中面と垂直な面平行成分の1/2が輻輳角の感覚性融像閾値と定義される。輻輳収差について、評価点の輻輳角を求めた注視線の中線を含み、正中面と垂直な面への射影成分である面平行成分が求まる。輻輳収差の面平行成分の値と輻輳角の感覚性融像閾値との大小が相対輻輳の感覚性融像の判定条件とされる。調節の軸においては、焦点深度の1/2が調節の感覚性融像閾値と定義される。評価点における平均度数誤差と調節の感覚性融像閾値との大小が相対調節の感覚性融像の判定条件とされる。運動性融像の垂直融像よせの軸においては、パナムの融像域の正中面と平行な面垂直成分の1/2が垂直融像よせの感覚性融像閾値と定義される。輻輳収差について、評価点の輻輳角を求めた注視線の中線を含み、正中面と平行な面への射影成分である面垂直成分が求まる。輻輳収差の面垂直成分の値と垂直融像よせの感覚性融像閾値との大小が垂直融像よせの感覚性融像の判定条件とされる。ここで、例えば上記の閉曲面を具体的に式で表現する。各文字SENH,SENV、SENR、SENL、SENDを、輻輳収差、度数誤差を相対測定値に対する係数として次のように定義した場合に、AREA2にて閉曲面の内外で感覚性融像域とそれ以外の領域(例えば運動性快適領域)とに分類される。
SENH=輻輳収差の面平行成分/PanumH
SENV=輻輳収差の面垂直成分/PanumV
SENR=(右眼の度数誤差/PanumD)の絶対値
SENL=(左眼の度数誤差/PanumD)の絶対値
SEND=SENR、SENLの大きい方
AREA2=SENH,SENV,SENDを因子とする2乗和の平方根
このAREA2が1より小さいと感覚性融像域に分類され、1より大きく視覚疲労領域でもない場合には運動性快適領域に分類される。ここでPanumH,PanumV,PanumDは中心窩でのパナムの融像域の水平成分の1/2、垂直成分の1/2、焦点深度の1/2である。
(7)第5のステップS5の詳細な説明(評価関数の算出工程)
第4のステップS4では、評価点において、感覚性融像域、運動性快適領域、視覚疲労領域の分類を行った。第5のステップS5では、それぞれの分類に応じて各評価点での視覚疲労関数を加算し評価関数を算出する。
ここで評価関数と視覚疲労関数の関係は下記の通りとする。すなわち、相対測定値を因子として含む視覚疲労関数を対象の評価点で自乗し加算した関数を最適化計算時の評価関数とする。この関係を次の(1)式を使用して表現する。
(1)式においてWiは、両眼視方向で表現された対象のi番目の評価点における重みを表わす。以下添字iは、i番目の評価点、nは各評価点から少なくとも左右どちらかのレンズを通過する評価点数を意味する。重みは、眼鏡レンズ内の各位置(評価点)における使用状態の軽重にあわせて変化する。当然設計基準点は重みが大きく、また、レンズ周辺は小さい。また、通常フレームは、レンズに合わせて熱や眼鏡用ペンチ等で変形する。しかし、変形が可能でないフレーム、すなわちフレームがレンズ形を規定するようなフレームも存在する。その場合は、レンズ周辺の重みWiを低減することで、変形させやすくなる。変形の重みは、当然設計基準点では重みが大きく、また、レンズ周辺では少ない方が望ましい。視覚疲労関数iのiは、i番目の評価点の視覚疲労関数である。
評価点iの視覚疲労関数iは感覚性融像域、運動性快適領域、視覚疲労領域に応じて以下の式となる。
感覚性融像域では、視覚疲労関数i=0である。
運動性快適領域、視覚疲労領域では、視覚疲労関数i=FUNCの常用対数である。具体的には、
輻輳収差の面平行成分DFhが正値なら
VFH=(DFh−PanumH)/(虚性相対輻輳の1/3−PanumH)
輻輳収差の面平行成分DFhが負値なら
VFH=(DFh+PanumH)/(実性相対輻輳の1/3+PanumH)
輻輳収差の面垂直成分DFvが常に負値
VFV=(DFv+PanumV)/(垂直融像よせの1/3+PanumV)
右眼の度数誤差PowRが正値なら
VFR=(PowR−PanumD)/(虚性相対調節の1/3−PanumD)
右眼の度数誤差PowRが負値なら
VFR=(PowR+PanumD)/(実性相対調節の1/3+PanumD)
左眼の度数誤差PowLが正値なら
VFL=(PowL−PanumD)/(虚性相対調節の1/3−PanumD)
左眼の度数誤差PowLが負値なら
VFL=(PowL+PanumD)/(実性相対調節の1/3+PanumD)
VFD=VFRとVFLの大きい方
DVF=VFH,VFV,VFDを因子とする2乗和の平方根
パナム融像域の閉曲面上を0、相対測定値の閉曲面上を1にするため関数FUNCを以下のように設定する。
FUNC=9×DVF+1
ここで、多くのウエーバー則に習い、運動性快適領域、視覚疲労領域に対応する評価点iの視覚疲労関数iは、次式の通りとなる。
視覚疲労関数i=FUNCの常用対数
なお、PanumH,PanumV,PanumDは中心窩でのパナムの融像域の水平成分の1/2、垂直成分の1/2、焦点深度の1/2である。視覚疲労関数は、左右の注視線からの輻輳収差と度数誤差によって計算される。しかし、一方しか注視線がなく視覚疲労関数を計算できない範囲も僅かに存在する。その場合は、両眼から得た最大の視覚疲労関数値で代用するか、単眼の収差である、特許文献1における視力関数、残留歪曲収差、特許文献の色収差を含んだ視力関数を使用する。この単眼範囲は、両眼視範囲と最適化計算中でも排他であるため、評価関数に加えても収差の配分等の悪影響がなく使用できる。
式(1)を評価関数として、左右レンズ形状をわずかに変更し、第2のステップS2〜第5のステップS5を繰り返して最適化計算による最小値の算出を行う。最適化計算の結果所望の収束条件が満たされると、その評価点の設定値が決定される。そして、処理が次の評価点の計算に移る。全ての評価点について計算が行われると、処理は、第6のステップS6に進む。
このステップの繰り返しの作用を簡単に説明する。評価関数が少なくなるとは、ステップの繰り返し工程で視覚疲労関数が小さくなることと同義である。視覚疲労関数が小さくなるとは、融像範囲が広がることを意味する。すなわち、両眼視が可能になるほど小さくなるように式(2)は作用する。結果的に視覚疲労の低減が融像範囲を拡大し立体視の条件を満たすように働く。そのため、視覚疲労を起こしづらくなり、対象がより認識しやすくなる。
(8)第6のステップS6の詳細な説明(最適解の吟味工程)
ここでは、第5のステップS5で得られたレンズ形状を吟味する。特にレンズ設計基準点の付近での感覚性融像域が小さいと、常時眼球が運動しなくてはならず、休むことがない。そのため視覚疲労が起こりやすく、眼鏡として適切ではない。具体的には両眼視方向で例えば約5度以上が望ましい。レンズに投影すると設計標準点を中心に直径で例えば約5mm以上となる。眼鏡レンズの設計標準点の安定した処方測定でもその程度の広さは必要である。したがって、例えば5度、または5mmの条件を満たさない場合(第6のステップS6における判断が「NO」の場合)は、眼鏡レンズとして適さないと判断し設計不可とし、本フローチャートが終了する。当該条件を満たしている場合(第6のステップS6における判断が「YES」の場合)は、処理を第7のステップS7に進める。第7のステップS7では、左右の眼鏡レンズの形状が決定する。
このようにして設計値が決定された後、光学設計値に基づいて通常のレンズ加工を行なうことで、本発明の実施の形態による眼鏡レンズを提供することができる。
〔3〕実施例(乱視度数0Dの例)
次に、上記実施の形態に係る眼鏡レンズ評価方法で評価した実施例について説明する。(1)実施例1
この例では、左右眼鏡レンズとも球面度数−4D、乱視度数0Dとする場合の視覚疲労に関連する計算例を挙げる。計算結果を図18〜図21に示す。この例は、単焦点眼鏡レンズの評価の例であり、最適化の繰り返し計算が行われていない。対象は、上述の本実施形態において説明した座標系における視方向の原点1を中心とする半径無限大の眼前半球面とした。すなわち遠方視で評価したものである。眼鏡レンズは汎用の両面非球面レンズであり、特許文献2による視力関数により良く補正されている。本発明による評価方法の効果を明確にするため、レンズの前傾角、あおり角、レンズの偏心は0にしている。角膜頂点から眼球回転中心までの距離は27.7mmであり、アッベ数32、レンズ径は75mm、瞳孔間距離は62mmとした。相対測定値は30才平均値を使用した。30才での実性相対輻輳、虚性相対輻輳、実性相対調節、虚性相対調節、垂直融像よせはそれぞれ−1.7MA、0.75MA,−1.58D,0.5D、−0.65MAを採用した。
図18〜図21は4枚一組であり、レンズの各評価点における以下の評価を図示したものであり、すべて横軸縦軸とも両眼視方向である。横軸は水平方向、縦軸は垂直方向である。単位は角度の度である。図18は、面平行方向の輻輳収差を示し、図19は、面垂直方向の輻輳収差を示す。図18、19において単位はどちらもプリズムディオプターである。図20は、両眼の眼鏡レンズを通した融像状態を示す。図21中の最も高い円環状の領域は視覚疲労領域の分布を、グレー領域の内側の傾斜面の領域は運動性快適領域の分布を、傾斜面領域の内側の平面領域は感覚性融像域の分布を、それぞれ表現している。図21は視覚疲労関数値である。単位はない。図18及び図19から輻輳収差の面平行成分、面垂直成分とも殆どの領域で0.005Δ以下程度と極めて少ない。そのため、図20に示す融像状態は、両眼視方向のほぼ全域を感覚性融像域で占める。そのため、図21に示す視覚疲労関数は、ほぼ全域で視覚疲労のない視野が得られている。設計基準点に近い中央部は、ここでは示してないが左右片眼とも視力関数が0であり、融像、すなわち両眼視の条件が成立している関係でマイナス値となっている。
(2)実施例2(左右球面度数差−2D以上の例)
実施例2として、一般に不同視の定義(左右―2D以上)とされる眼鏡レンズの評価を行なった。この例では、右用眼鏡レンズの球面度数−4D、乱視度数0Dとし、すなわち右用眼鏡レンズは上記実施例1で使用したレンズと同じとした。一方、左用眼鏡レンズは球面度数−6D、乱視度数0Dとし、その他の条件は、上記実施例1と同じとした。この例でも眼鏡レンズの評価の例であり、最適化の繰り返し計算は行っていない。図22は、面平行方向の輻輳収差を示し、図23は、面垂直方向の輻輳収差を示す。図24は、両眼の眼鏡レンズを通した融像状態を示し、図25は、視覚疲労関数値を示す。単位はそれぞれ図18〜図21と同様である。
図22、図23より輻輳収差の面平行成分、面垂直成分が同等に大きい。そのため、図24に示す融像状態は、特許第4158906号公報に従い感覚性融像域の有効視角を計算すると約4度となり確かに狭い視野である。5度よりも狭く設計不可となり通常の使用に適さない。中心部の感覚性融像域が小さく、眼球が安静状態を保てないといえる。これにより従来から左右で−2D差のある眼鏡レンズは、視覚疲労が起こしやすいことが裏付けられた。この実施例2では、上述の第6のステップS6におけるレンズ形状の吟味工程で感覚性融像域が少ないという分類となる。従来不同視レンズは倍率で論じられてきたが、輻輳収差により感覚性融像域が小さくなるため視覚疲労が起こるのではないかという問題提起ができた。また快適領域は相対測定値の水平成分と垂直成分の違いにより異方性を表している。図25に示す視覚疲労関数は、狭い範囲の感覚性融像域と快適領域のため常用レンズとしては限界である。特許第4158906号公報に従い快適領域の有視角を計算すると32度となり狭い視野である。
(3)実施例3(あおり角20度の例)
実施例3として、フレームにあおり角がある場合の輻輳収差を計算した。球面度数、乱視度数やその他の条件は、上記実施例1で使用したレンズと同じとし、あおり角の効果がどの程度あるか評価するために、あおり角を20度付けている例である。この例でも眼鏡レンズの評価の例であり、最適化の繰り返し計算は行っていない。図26は、面平行方向の輻輳収差を示し、図27は、面垂直方向の輻輳収差を示す。図28は、両眼の眼鏡レンズを通した融像状態を示し、図29は、視覚疲労関数値を示す。単位はそれぞれ図18〜図21と同様である。
この例では、図26に示す輻輳収差の面平行方向が、図27に示す面垂直方向に比較し非常に大きいことが特徴となっている。そのため、図28に示す融像状態の感覚性融像域の有効視角を計算すると0度である。実施例2よりさらに悪く使用に適さない。快適領域がない状態である。そのため、じっと前方をみている分にはそれほどでないが、歩いたり、周辺を見るため頭を動かさず眼球を動かして見たりすると、違和感がひどくなることが予想できる。これは、両眼視方向の奥行き感がない範囲が大きいためである。このように、本発明の評価方法によって、違和感を感覚性融像域、運動性快適領域の減少ととらえることにより数量化が可能となった。また、図29に示す視覚疲労関数では快適領域の視覚は0度である。前記実施例2と比較すると感覚性融像域なく大変疲労するレンズであることがわかる。特に不同視レンズよりも視覚疲労がひどくあおり角の眼鏡に対する影響は大変大きいことがわかる。
(4)実施例4(実施例3の眼鏡レンズに対し最適化を行なった例)
実施例4として、前記実施例3と球面度数、乱視度数、あおり角の条件は同じとした。ただし、視覚疲労関数を全レンズ評価点で加算した関数を評価関数として、レンズ形状の最適化を計っている。すなわち、第2のステップS2〜第5のステップS5の繰り返し計算を行い、眼鏡レンズの凸、凹形状を変えて評価関数の最小化を行った。この結果を図30〜図33に示す。図30は、面平行方向の輻輳収差を示し、図31は、面垂直方向の輻輳収差を示す。図32は、両眼の眼鏡レンズを通した融像状態を示し、図33は、視覚疲労関数値を示す。単位はそれぞれ図17〜図20と同様である。
まず実施例3に比較して、図30及び図31に示す輻輳収差の面平行方向、面垂直方向が共に大いに改善していることが見て取れる。また図32に示す融像状態も非常に改善され、感覚性融像域の有効視角を計算すると18度である。実施例3における図28の結果と比較して運動性快適領域(黒領域)、感覚性融像域(白領域)が共に広がっている。また図33に示す視覚疲労関数の快適領域の視角は61度である。眼鏡レンズ、HMD等で両眼視が可能なのは55度と言われている。よって眼鏡としての両眼視が可能である。実施例3における図29と比較して異方性が和らいでいる。つまり本発明で提案する評価関数を用いた最適化によって輻輳収差が改善されている。このため、融像状態が大きく改善して十分常用できる眼鏡となった。
以上、本発明によれば相対測定値を含んだ視覚疲労関数の使用により、眼鏡レンズの両眼視機能の定量的評価が可能となり、そのため両眼視機能のうちの融像性能向上が可能となった。また装用前にどの程度視覚疲労があるかが見積もれるため、装用リスクの低減に効果がある。なお、本発明は上述の実施形態例において説明した構成に限定されるものではなく、その他本発明構成を逸脱しない範囲において種々の変形、変更が可能である。