本発明は、造血幹細胞および/または造血前駆細胞に転写因子Sox17をコードする遺伝子(以下、Sox17遺伝子と称することがある)を発現させることを特徴とする、造血幹細胞および/または造血前駆細胞の増幅方法に関する。
本発明に係る造血幹細胞および/または造血前駆細胞の増幅方法は、生体外における方法および生体内における方法のいずれをも含む。好ましくは本発明は、生体外における造血幹細胞および/または造血前駆細胞の増幅方法に関する。用語「生体外(インビトロ)」は、用語「生体内(インビボ)」と対照をなす用語であり、生体から摘出または遊離された状態をいう。
用語「造血幹細胞」は、本明細書中で用いられる場合、白血球、赤血球、および血小板などの血液細胞に分化する多分化能と自己複製能を併有する細胞をいう。血液細胞は、多能性造血幹細胞から、造血幹細胞そして種々の造血前駆細胞を経て分化し形成される。成熟の進んだ血液細胞は、細胞内顆粒などの特徴によって形態的に識別できる。一方、造血幹細胞および造血前駆細胞のような未分化な造血細胞は形態的な特徴では識別できないため、それらの検出は、細胞マーカーを利用して行われる。造血幹細胞マーカーとして、CD34+、CD43+、CD45+、CD90+、CD117+、CD123+、CD133+、CD38-、HLA-DR-が例示される。このほか、ES細胞から発生する、あるいは胎児において発生する成体型(二次造血)造血幹細胞を含む未分化造血細胞のマーカーとしてc-KitやCD41などが知られている。造血幹細胞の識別は、細胞マーカーを組み合わせて使用して実施することが好ましい。造血幹細胞は、CD34+細胞であることができ、より好ましくはCD34+CD43+細胞であり得る。細胞マーカー+とは、細胞マーカー陽性ともいい、細胞が該マーカーを発現していることを意味する。細胞マーカー-とは、細胞マーカー陰性ともいい、細胞が該マーカーを発現していないことを意味する。特定の造血幹細胞マーカーを発現している造血幹細胞を、フローサイトメトリー法などの自体公知の方法により濃縮または分離することができる。
用語「前駆細胞」は、分化の方向性が決定されており、一部の細胞系譜に属する1系統あるいは複数系統の細胞を作り出す分化能力と、自己増殖能とを有し、終末分化していない細胞をいう。このような分化能力は、数種類の系統の細胞に分化できる複能性(multipotency)、2〜3系統の血球に分化できる寡能性(oligopotency)、1つの系統の細胞に分化できる単能性(unipotency)とに分類できる。
用語「造血前駆細胞」は、造血幹細胞に由来する細胞であって、血液細胞に属する1系統あるいは複数系統の細胞を作り出す分化能力と、終末分化していない細胞をいう。造血前駆細胞は、2〜3系統の血球に分化できる寡能性造血前駆細胞(oligopotent progenitor cells)、1つの血球に分化が限定された単能性造血前駆細胞(unipotent progenitor cells)に分類することができる。
造血前駆細胞は、骨髄系前駆細胞およびリンパ系前駆細胞に大別できる。骨髄系前駆細胞は、赤血球、好中球、単球、好酸球、好塩基球、マクロファージ、血小板、およびマスト細胞のそれぞれの前駆細胞に分化し、増殖成熟過程を経てそれぞれの成熟した細胞の集団を形成する。また、リンパ系前駆細胞は、T細胞、B細胞、NK細胞、およびNKT細胞などのそれぞれの前駆細胞に分化し、増殖成熟過程を経てそれぞれの成熟した細胞の集団を形成する。血小板の前駆細胞は巨核球や巨核芽球などと呼ばれ、また、赤血球の前駆細胞は赤芽球などと呼ばれる。これら各系統の前駆細胞は、自体公知の方法を用いて細胞マーカーを判別することにより分類することができる。例えば、骨髄系細胞のマーカーとしてCD13、単球及びマクロファージ系のマーカーとしてCD14、巨核球系マーカーとしてCD41、赤血球系マーカーとしてグリコホリン、B細胞系マーカーとしてCD19、T細胞系マーカーとしてCD3が知られている。
さらに、造血前駆細胞は、自体公知のコロニー形成法で造血前駆細胞を培養することにより形成させたコロニーを構成する細胞の形態により、骨髄系前駆細胞コロニー形成単位(CFU-GEMM:顆粒球・赤血球・マクロファージ・巨核球コロニー形成単位)、顆粒球−マクロファージコロニー形成単位(CFU-GM)、マクロファージコロニー形成単位(CFU-M)、顆粒球コロニー形成単位(CFU-G)、赤芽球コロニー形成単位(CFU-E)、赤芽球バースト形成単位(BFU-E)、巨核球コロニー形成単位(CFU-MK)、赤血球・巨核球前駆細胞(Ery-MK)、巨核球バースト形成単位(BFU-MK)、好酸球コロニー形成単位(CFU-EO)、好塩基球コロニー形成単位(CFU-Baso)、マスト細胞コロニー形成単位(CFU-Mast)などに対応する細胞に分類することができる。コロニーアッセイ法として、コロニー形成細胞アッセイ(colony forming unit-culture assay;CFC assayまたはCFU-C)を例示できる。
用語「造血幹細胞および/または造血前駆細胞」は、造血幹細胞で構成される細胞集団、造血前駆細胞で構成される細胞集団、および造血幹細胞と造血前駆細胞とで構成される細胞集団のいずれをも含む。造血幹細胞および/または造血前駆細胞は、CD34陽性CD43陽性(CD34+CD43+)細胞の細胞集団であり得る。
用語「成体型造血幹細胞」は、多能性幹細胞から分化誘導される細胞であり、成体骨髄における造血を長期に亘って構築できる造血幹細胞を意味する。成体骨髄に存在する造血幹細胞は、骨髄系前駆細胞およびリンパ系前駆細胞に分化し、さらに増殖成熟過程を経て成熟した血液細胞の集団を形成する。すなわち用語「成体型造血幹細胞」は、成体に投与された後に、自己複製を行いつつ、骨髄系前駆細胞およびリンパ系前駆細胞に分化し、成熟した血液細胞の集団の形成を長期に亘って維持することができる細胞を意味する。
用語「多能性幹細胞」は、自分自身を複製する自己複製能と多分化能を共に有する細胞を意味する。用語「多能性(pluripotency)」は、用語「多分化能」と互換可能に使用され、細胞の有する性質をいい、様々な組織や器官に属する細胞に分化し得る能力をいう。このように用語「多能性」は、複数の種類の細胞に分化し得る能力をいい、全ての種類の細胞に分化し得る能力を意味する用語「全能性(totipotency)」の概念を包含するが、明確に区別する場合は、全能性と多能性は区別することができる。
本発明において、造血幹細胞および/または造血前駆細胞は、成体組織由来の造血幹細胞および/または造血前駆細胞であり得る。例えば、成体骨髄由来の造血幹細胞および/または造血前駆細胞であり得る。また、臍帯血由来の造血幹細胞および/または造血前駆細胞であり得る。本発明において、骨髄由来の骨髄細胞や臍帯血由来の臍帯血細胞を、造血幹細胞および/または造血前駆細胞を含む細胞組成物として使用できる。あるいは、骨髄細胞や臍帯血細胞から造血幹細胞および/または造血前駆細胞を濃縮または分離して使用することもできる。細胞濃縮や分離は、自体公知の方法、例えばフローサイトメトリー法などにより実施できる。
造血幹細胞および/または造血前駆細胞はまた、多能性幹細胞から分化誘導により得られた造血幹細胞および/または造血前駆細胞であり得る。多能性幹細胞から造血幹細胞への分化の確認は、多能性幹細胞から分化誘導された細胞の細胞マーカーを、フローサイトメトリー法などの自体公知の方法で測定することにより実施できる。
多能性幹細胞は、胚性幹細胞(ES細胞)または人工多能性幹細胞(iPS細胞)であり得る。ES細胞は、着床前の胚盤胞中の内部細胞塊から樹立された細胞株で、未分化状態を維持したまま培養することが可能であり、全ての種類の細胞に分化する全能性を有する。マウスES細胞は1981年に樹立され、ヒトES細胞も1998年に樹立されている。一方、iPS細胞は、体細胞へ数種類の遺伝子を導入することにより、ES細胞のように非常に多くの細胞に分化できる多能性と、分裂増殖を経ても多能性を維持できる自己複製能を持つ細胞である。マウスiPS細胞およびヒトiPS細胞はそれぞれ2006年および2007年に作製されたことが報告されている(特許文献1など)。
造血幹細胞や造血前駆細胞をヒトの再生医療に使用することを考慮すると、造血幹細胞および/または造血前駆細胞は、ヒト造血幹細胞および/またはヒト造血前駆細胞であることが好ましい。また、ヒト多能性幹細胞から分化誘導された造血幹細胞および/または造血前駆細胞をヒトの再生医療に使用する場合、ES細胞にはその樹立に関する倫理的問題や、ES細胞固有のヒト白血球抗原(HLA)が患者のHLAと異なると免疫的拒絶が生じるという問題があるため、このような問題がないiPS細胞を使用することが好ましい。iPS細胞として、ヒト成人皮膚繊維芽細胞にc-Myc、Sox2、Klf4、およびOct3/4の各遺伝子を導入することにより樹立されたヒトiPS細胞を好ましく例示できる。本発明において使用される多能性幹細胞はこれら例示に限らず、造血幹細胞および/または造血前駆細胞に分化誘導し得る細胞であれば、どのような細胞でも使用できる。
用語「分化」は、用語「細胞分化」と互換可能に使用され、1個の細胞の分裂に由来する娘細胞集団において形態的および機能的に変化して質的な差をもった2つ以上の種類の細胞が生じる現象をいう。分化により、細胞の役割に応じた特異性が確立していく。したがって、形態的および機能的に特別な特徴を検出できない細胞に由来する細胞集団が、特定のタンパク質の産生、ゲノム中の特定の遺伝子群の発現などの明確な特徴を示すに至る過程も分化に包含される。用語「分化」に対し、用語「未分化」は、形態的および機能的に質的な差を未だ持たず、分化能を有する細胞細胞の状態を意味する。
用語「分化誘導」は、1個の細胞の分裂において、該細胞に由来する娘細胞集団が、形態的・機能的に変化して質的な差をもった2つ以上の種類の細胞を含有するように、そのような変化をもたらすことをいう。分化誘導は、そのような変化をもたらす因子を標的細胞あるいは標的細胞群に作用させることにより実施することができる。具体的には、分化誘導は、そのような変化をもたらす因子の存在下で標的細胞あるいは標的細胞群を適当な条件で培養することにより実施できる。培養する条件は、標的細胞あるいは標的細胞群に応じて、それらを培養するのに使用されている公知の条件を適用する。
多能性幹細胞からの造血幹細胞および/または造血前駆細胞の分化誘導は、好ましくは胚様体形成法により実施できる。胚様体形成法とは、多能性幹細胞の未分化性を維持するのに必要なサイトカイン、増殖因子および支持細胞を取り除いて適当な培地で培養することにより、嚢胞性の構造を有し、その内部に外胚葉、内胚葉、および中胚葉のいずれの細胞系譜も包含する胚様体と呼ばれる細胞塊を形成させる方法である(非特許文献7、8および9など)。胚様体形成法において適当な造血因子を存在させることにより、多能性幹細胞から形成された胚様体に含まれる中胚葉細胞から、造血幹細胞および/または造血前駆細胞を分化誘導することができる。
因子は、所望の目的を達成することができる限りどのような物質であってもよく、例えば任意の化合物、より具体的にはタンパク質、ポリペプチド、オリゴペプチド、ペプチド、ポリヌクレオチド、オリゴヌクレオチド、ヌクレオチド、核酸、低分子などを挙げることができる。化合物は天然物または合成物であり得る。用語「低分子」は、有機分子であって比較的分子量が小さいものを意味し、通常、分子量が約1,000以下のものをいう。
造血幹細胞および/または造血前駆細胞を多能性幹細胞から分化誘導することのできる因子は、造血幹細胞および/または造血前駆細胞の自己複製、増幅および分化の少なくとも1つを調節するサイトカインや増殖因子などのいわゆる造血因子であれば特に限定されずいずれも使用できる。具体的には、骨形成タンパク質4(bone morphogenetic protein 4;BMP4)および塩基性線維芽細胞成長因子(basic fibroblast growth factor;bFGF)などの中胚葉誘導因子、血管内皮細胞増殖因子(vascular endothelial growth factor;VEGF)、トロンボポイエチン(thrombopoietin;TPO)などの血小板増殖因子、幹細胞因子(stem cell factor;SCF)、 FMS様チロシンキナーゼ3リガンド(FMS-like tyrosine kinase 3 Ligand;Flt3L)、インターロイキン−6/可溶性インターロイキン−6受容体複合体(IL-6/sIL-6R)、およびノッチリガンド(以下、Notchリガンドと称する)などを例示できる。造血因子は単独で使用することができるが、組み合わせて使用することが好ましい。また、多能性幹細胞から造血幹細胞および/または造血前駆細胞を分化誘導する場合、使用する造血因子は多能性幹細胞が由来する生物種と同じ生物種由来のものであることが好ましい。すなわち、ヒト多能性幹細胞から造血幹細胞および/または造血前駆細胞を分化誘導する場合、好ましくはヒト由来の造血因子を使用することが適当である。
用語「造血幹細胞および/または造血前駆細胞の増幅」は、造血幹細胞および/または造血前駆細胞の数を増加させることをいう。
用語「Sox17をコードする遺伝子を発現させる」とは、Sox17をコードするDNAの遺伝子情報がmRNAに転写されてSox17のアミノ酸配列として翻訳される反応を起こすことにより、Sox17を生成させることをいう。
転写因子Sox17は、生殖細胞以外に、最終段階の内胚葉、血管内皮、胎児造血幹細胞の形成および維持に機能することが知られている(非特許文献10および11)。Sox17は胎児期と新生児期の造血幹細胞の維持に必要であるが、新生児期から成体期に移行するにつれて造血幹細胞におけるSox17をコードする遺伝子の発現が認められなくなることがマウスにおいて報告されている(非特許文献12)。また、Sox17にはWntシグナル抑制作用があることが知られている(非特許文献13)。
造血幹細胞および/または造血前駆細胞において転写因子Sox17をコードする遺伝子を発現させることは、生体内および生体外のいずれにおいても実施できるが、好ましくは生体外で実施される。用語「生体外(インビトロ)」は、用語「生体内(インビボ)」と対照をなす用語であり、生体から摘出または遊離された状態をいう。造血幹細胞および/または造血前駆細胞において転写因子Sox17をコードする遺伝子を発現させることは、例えば、Sox17をコードする遺伝子を含む発現ベクターをトランスフェクションすることにより実施できる。
用語「トランスフェクション」は、生細胞への核酸の導入をいい、用語「核酸導入」と互換可能に使用される。トランスフェクションは、所望の核酸を標的細胞に接触させることにより実施できる。核酸と標的細胞との接触は、生体内および生体外のいずれにおいても実施できるが、好ましくは生体外で実施される。
Sox17をコードする遺伝子は、任意の生物由来のものであり得る。好ましくは、その生物は、脊椎動物(例えば、哺乳動物、爬虫類、両生類、魚類、鳥類など)であり得、より好ましくは、哺乳動物(例えば、齧歯類(マウス、ラットなど)、霊長類(ヒトなど)など)であり得る。マウスSox17をコードする遺伝子の発現が、ヒト造血幹細胞および/またはヒト造血前駆細胞の増幅に効果を示したことから、ヒト造血幹細胞および/またはヒト造血前駆細胞の増幅にヒト以外の哺乳動物由来のSox17をコードする遺伝子を使用できると考える。さらにより好ましくは、該遺伝子は、該遺伝子を発現させる造血幹細胞および/または造血前駆細胞が由来した生物と同じ種類の生物由来の遺伝子であることが適当である。ヒト造血幹細胞および/またはヒト造血前駆細胞の増幅には、ヒトSox17をコードする遺伝子を発現させることがより好ましい。マウスSox17遺伝子として配列番号1に記載の塩基配列で表されるDNAを例示でき、該DNAは配列番号2に記載のアミノ酸配列で表されるタンパク質をコードする。ヒトSox17遺伝子として配列番号3に記載の塩基配列で表されるDNAを例示でき、該DNAは配列番号4に記載のアミノ酸配列で表されるタンパク質をコードする。配列番号1に記載の塩基配列で表されるDNAおよび配列番号3に記載の塩基配列で表されるDNAは米国国立バイオテクノロジー情報センター(NCBI)のデータベースにそれぞれアクセッション番号NM_011441およびNM_022454.3として登録されている。
Sox17をコードする遺伝子は、Sox17をコードする遺伝子であればいずれでもよく、また、そのホモログ遺伝子であってもよい。
本明細書中、用語「ホモログ遺伝子」とは、Sox17遺伝子と配列相同性を有しかつ該遺伝子によりコードされるタンパク質と構造的特徴や生物学的機能の類似性などを有するタンパク質をコードする遺伝子をいう。配列相同性は、通常、塩基配列またはアミノ酸配列の全体で50%以上、好ましくは少なくとも70%であることが適当である。より好ましくは70%以上、75%以上、80%以上、85%以上、90%以上、または95%以上であることが適当である。ホモログ遺伝子には、Sox17遺伝子の塩基配列において1個以上、例えば1〜100個、好ましくは1〜30個、より好ましくは1〜20個、さらに好ましくは1〜10個、さらにより好ましくは1〜5個、なお好ましくは1〜3個、なおより好ましくは1個のヌクレオチドの欠失、置換、付加または挿入といった変異が存する塩基配列を有する遺伝子が含まれる。好ましくは、このような遺伝子であって、Sox17遺伝子によりコードされるタンパク質の生物学的機能と同質の機能を有するタンパク質をコードする遺伝子が望ましい。変異の程度およびそれらの位置などは、該変異を有する遺伝子によりコードされるタンパク質がSox17遺伝子によりコードされるタンパク質と同様の構造的特徴を有し、かつ、同質の生物学的機能を有するものである限り特に制限されない。
変異を有する遺伝子は、天然に存在するものであってよく、また天然由来の遺伝子に基づいて変異を導入して得たものであってもよい。変異を導入する手段は自体公知であり、例えば、部位特異的変異導入法、遺伝子相同組換え法、プライマー伸長法またはポリメラーゼ連鎖反応(以下、PCRと略称する)などを単独でまたは適宜組み合わせて使用できる。例えば成書に記載の方法(非特許文献14および15)に準じて、あるいはそれらの方法を改変して実施することができ、ウルマーの技術(非特許文献16)を利用することもできる。
ホモログ遺伝子には、Sox17遺伝子を構成するDNAの相補的DNAにストリンジェントな条件下でハイブリダイゼーションするDNAで構成される遺伝子が含まれる。ハイブリダイゼーションの条件は、例えば成書に記載の方法(非特許文献14)などが採用できる。具体的には、ストリンジェントな条件下とは、例えば、6×SSC、0.5% SDSおよび50% ホルムアミドの溶液中で42℃にて加温した後、0.1×SSC、0.5% SDSの溶液中で68℃にて洗浄する条件をいう。好ましくは、Sox17遺伝子によりコードされるタンパク質の生物学的機能と同質の機能を有するタンパク質をコードするDNAであることが望ましい。
Sox17をコードする遺伝子には、該遺伝子を細胞で発現させたときに該遺伝子がコードするタンパク質の検出を容易にする目的や該タンパク質に所望の機能を付与する目的で、該遺伝子によりコードされるタンパク質のN末端側やC末端側に任意のポリペプチドが付加されるように、該ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを付加して使用することができる。N末端側に付加するペプチドとしてFLAGタグなど、およびC末端側に付加するペプチドとしてERTなどを例示できる。FLAGタグはタンパク質の検出を容易にする。ERTは、エストロゲン受容体アルファのリガンド結合領域に変異を加えたもので、エストロゲンとは結合しないが、4-OHタモキシフェンにのみリガンドとして結合し、融合タンパク質の核内への移行を促進する。
本発明において使用される遺伝子は、所望の効果を発揮するかぎり、天然のものであっても、合成されたものであってもよい。天然の遺伝子の取得は、具体的には、所望の遺伝子の発現が確認されている適当な起源から、常法に従ってcDNAライブラリーを調製し、該ライブラリーから、該遺伝子に特有の適当なプローブやプライマーを使用して所望のクローンを選択することにより実施できる。cDNAの起源として、所望の遺伝子の発現が確認されている各種の細胞や組織、またはこれらに由来する培養細胞などを例示できる。ヒトSox遺伝子およびそのホモログ遺伝子の起源として、例えば、内胚葉前駆細胞や胎児血管内皮を例示できる。合成DNAは、当該分野において周知の合成方法によって所望のDNAを合成することにより取得できる。
用語「ベクター」は、用語「組換えベクター」と互換可能に使用され、目的のDNA配列を目的の細胞へと移入させることができるものをいう。そのようなベクターとしては、動物個体などの宿主細胞において自律複製が可能であるか、または染色体中への組込みが可能で、目的のDNA配列の転写に適した位置にプロモーターを含有しているものが例示される。ベクターは宿主中で複製可能なものであれば特に限定されず、宿主の種類および使用目的により適宜選択される。ベクターは、天然に存在するものを抽出したもののほか、複製に必要な部分以外のDNAの部分が一部欠落しているものでもよい。代表的なものとして、プラスミド、バクテリオファージおよびウイルス由来のベクターを例示できる。プラスミドとして、大腸菌由来のプラスミド、枯草菌由来のプラスミド、酵母由来のプラスミドなどを例示できる。バクテリオファージとして、λファージなどを例示できる。ウイルス由来のベクターとして、例えばレトロウイルス、ワクシニアウイルス、アデノウイルス、パポバウイルス、SV40、鶏痘ウイルス、および仮性狂犬病ウイルスなどの動物ウイルス由来のベクター、あるいはバキュロウイルスなどの昆虫ウイルス由来のベクターを例示できる。その他、トランスポゾン由来、挿入エレメント由来、酵母染色体エレメント由来のベクターなどを例示できる。あるいは、これらを組み合わせて作成したベクター、例えばプラスミドおよびバクテリオファージの遺伝学的エレメントを組み合わせて作成したベクター(コスミドやファージミドなど)を例示できる。また、目的により発現ベクターやクローニングベクターなど、いずれを使用することもできる。
用語「発現ベクター」は、構造遺伝子およびその発現を調節するプロモーターに加えて種々の調節エレメントが宿主の細胞中で作動可能に連結された核酸配列をいう。用語「作動可能に連結された」とは、所望のDNA配列の発現(作動)がある調節エレメントの制御下に配置されることをいう。プロモーターが遺伝子に作動可能に連結されるためには、通常、その遺伝子のすぐ上流にプロモーターが配置されるが、必ずしも隣接して配置される必要はない。調節エレメントは、好ましくは、ターミネーター、薬剤耐性遺伝子のような選択マーカーおよび、エンハンサーを含み得る。発現ベクターの種類および使用される調節エレメントの種類は、該発現ベクターが導入される細胞が由来する生物種に応じて適当なものを選択して使用する。
用語「ウイルスベクター」は、ベクターのうち、ウイルス由来のものをいう。本明細書において、用語「ウイルス」は、DNAまたはRNAのいずれかをゲノムとして有する、感染細胞内だけで増殖する感染性の微小構造体をいう。ウイルスとしては、レトロウイルス科、トガウイルス科、コロナウイルス科、フラビウイルス科、パラミクソウイルス科、オルトミクソウイルス科、ブニヤウイルス科、ラブドウイルス科、ポックスウイルス科、ヘルペスウイルス科、バキュロウイルス科およびヘパドナウイルス科からなる群より選択される科に属するウイルスが挙げられる。この中で、レトロウイルス科に属するウイルス由来のベクターが好ましく使用される。用語「レトロウイルス」は、RNAの形で遺伝情報を有し、逆転写酵素によってRNAの情報からDNAを合成するウイルスをいう。
用語「レトロウイルスベクター」は、目的のDNA配列を目的の細胞へと移入させるための媒介物としてレトロウイルスを使用したベクターの態様をいう。レトロウイルスベクターとして、例えばマウス幹細胞ウイルス(MSCV)由来のレトロウイルス発現ベクターを挙げることができるが、目的のDNA配列を目的の細胞へと移入させ得る限りにおいてこれら例示に限定されない。
ベクターに目的のDNA配列を組込む方法は、自体公知の方法を適用できる。例えば、目的のDNA配列を適当な制限酵素により処理して特定部位で切断し、次いで同様に処理したベクターと混合し、リガーゼによって再結合する方法が使用される。あるいは、目的のDNA配列に適当なリンカーをライゲーションし、これを目的に適したベクターのマルチクローニングサイトへ挿入することによっても、所望の組換えベクターが得られる。
用語「Sox17をコードする遺伝子を含む発現ベクター」とは、Sox17をコードするDNA配列を目的の細胞へと移入させるベクターであり、Sox17をコードする遺伝子、その発現を調節するプロモーターに加えて種々の調節エレメントが宿主の細胞中で作動可能に連結された核酸配列をいう。好ましくは、Sox17をコードするDNA配列を含むレトロウイルスベクター、より好ましくはSox17をコードするDNA配列を含むMSCV由来レトロウイルスベクターを挙げることができる。
本発明に係る造血幹細胞および/または造血前駆細胞の増幅方法は、多能性幹細胞を生体外で培養して造血幹細胞および/または造血前駆細胞を分化誘導し、該分化誘導された造血幹細胞および/または造血前駆細胞にSox17をコードする遺伝子を発現させることを特徴とする造血幹細胞および/または造血前駆細胞の増幅方法であり得る。
本発明に係る造血幹細胞および/または造血前駆細胞の増幅方法は、より詳しくは、下記(a)から(d)の工程を含む方法であり得る:
(a)ヒト人工多能性幹細胞を、造血因子を含む培地中で培養する工程、
(b)前記(a)で培養したヒト人工多能性幹細胞からCD34+CD43+細胞を分画する工程、
(c)前記(b)で調製したCD34+CD43+細胞分画に、転写因子Sox17をコードする遺伝子を発現させる工程、および
(d)前項工程(c)で調製した細胞を培養する工程。
本発明に係る造血幹細胞および/または造血前駆細胞の増幅方法は、好ましくは下記(1)から(6)の工程を含む方法であり得る:
(1)ヒト人工多能性幹細胞を、ヒトBMP4およびヒトbFGFを含む培地中で培養する工程、
(2)前記工程(1)で培養した細胞を、さらにヒトBMP4およびヒトVEGFを含む培地中で培養する工程、
(3)前記工程(2)で培養した細胞を、さらにヒトBMP4、ヒトVEGF、ヒトTPOおよびヒトSCFを含む培地中で培養する工程、
(4)前記工程(3)で培養した細胞からCD34+CD43+細胞を分画する工程、
(5)前記工程(4)で調製したCD34+CD43+細胞分画に、転写因子Sox17をコードする遺伝子を含むレトロウイルスベクターをトランスフェクションする工程、
(6)前項工程(5)で調製した細胞を培養する工程。
上記工程を含む造血幹細胞および/または造血前駆細胞の増幅方法において、Sox17をコードする遺伝子を含むレトロウイルスベクターをトランスフェクションする工程で調製した細胞をさらに培養するときには、ストローマ細胞上で該細胞を培養することが好ましい。ストローマ細胞は、培養ストローマ細胞株であり得る。ストローマ細胞は市販されているものを使用できる。ストローマ細胞として、OP-9細胞を例示できる。
多能性幹細胞を培養する期間は、多能性幹細胞から造血幹細胞および/または造血前駆細胞への分化を誘導し得る期間であれば特に限定されない。適当な期間は、多能性幹細胞を本発明に係る分化誘導方法で培養して造血幹細胞および/または造血前駆細胞への分化誘導を行う実験(実施例1参照)を行い、分化誘導の程度を測定して分化誘導の程度が高い期間を選択することにより容易に決定できる。
好ましい培養期間は、上記工程(1)について2日間、その後、上記工程(2)について4日間、さらに上記工程(3)について2日間、そして上記工程(6)について17日間以上であり得る。培養期間において、培養培地は1日から2日に1回新たな培養培地と交換することが好ましい。
造血因子の濃度は、多能性幹細胞から造血幹細胞および/または造血前駆細胞への分化誘導を促進する濃度であればいずれの濃度でも使用できる。適当な濃度は、多能性幹細胞を培養して造血幹細胞および/または造血前駆細胞への分化誘導を行う実験(実施例1参照)を使用し、該培養中に造血因子を様々な濃度で添加して分化誘導の程度を測定して分化誘導の程度が高い濃度を選択することにより容易に決定できる。
造血因子の適当な濃度は、多能性幹細胞の種類および使用量によるが、好ましくは、ヒトBMP4は10ng/ml、ヒトbFGFは10ng/ml、ヒトVEGFは10ng/ml、ヒトTPOは20ng/ml、ヒトSCFは20ng/mlであることが適当である。
培養する多能性幹細胞の濃度は、造血幹細胞および/または造血前駆細胞への分化誘導が可能である限り特に限定されないが、約1×104〜1×106/mlが例示される。培養温度は約30〜40℃、好ましくは37℃であり得る。培養時の二酸化炭素濃度は約1〜10%、好ましくは約5%が適当である。
培養に使用する培養培地は、通常の細胞培養用、特に哺乳動物細胞培養用の培地であれば特に限定されない。培養培地は、血清由来のウイルスやプリオンの混入を防ぐなどの目的で、無血清培地を使用することが好ましい。より好ましくは、造血幹細胞や造血前駆細胞などの中胚葉系幹細胞の培養に適した培養培地を用いることが適当である。具体的には、無血清完全合成培地であるmTeSR(Stemcell Technologies社製)を好ましく例示できる。
培養時には、マトリゲルなどの細胞培養の基質や支持体となる物質を使用することがより好ましい。
本発明はまた、本発明に係る造血幹細胞および/または造血前駆細胞の増幅方法により得られる細胞培養物に関する。本発明により、造血幹細胞および/または造血前駆細胞を含む分画、コロニー形成能を示す細胞の増加、およびコロニー形成能を有する未分化前駆細胞の増加が認められた(実施例1参照)。詳しくは、成体マウス骨髄由来の造血幹細胞にウイルスベクターを用いてSox17を強制発現させて10日間培養したところ、コロニー形成能を示す細胞の顕著な増加が認められた。また、マウスES細胞から分化誘導されたc-kit+CD41+造血幹細胞および/または造血前駆細胞に、HoxB4と共にSox17を強制発現させたところ、増殖能の顕著な亢進、造血幹細胞および/または造血前駆細胞を含むc-Kit+CD45+細胞分画の増加、並びにコロニー形成能を示す細胞の増加が認められた。さらに、ヒトiPS細胞から分化誘導された造血幹細胞および/または造血前駆細胞に、Sox17を強制発現させたところ、HoxB4の発現誘導なしに、増殖能の亢進、造血幹細胞および/または造血前駆細胞を含むCD34+CD45+細胞分画の増加、コロニー形成能を示す細胞の顕著な増加が認められた。本発明により得られる細胞培養物は、このように、ヒトの細胞培養物においては細胞マーカーCD34およびCD45を有する造血幹細胞および/または造血前駆細胞を、マウスの細胞培養物においては細胞マーカーc-kitおよびCD45を有する造血幹細胞および/または造血前駆細胞を含むものであり得る。また、本発明に係る細胞培養物に含まれる造血幹細胞および/または造血前駆細胞には、コロニー形成能を有する未分化前駆細胞が多く含まれる。本発明に係る細胞培養物は、造血幹細胞および/または造血前駆細胞の他、多能性幹細胞を含むものであり得る。本発明に係る細胞培養物から造血幹細胞および/または造血前駆細胞を分離精製して得ることも可能である。細胞の分離精製は、例えば発現しているCD34およびCD45などの細胞マーカーを指標としてフローサイトメトリー法やパンニング法などの公知方法により実施できる。また、特定の種類の造血前駆細胞を、そのような造血前駆細胞に特有の細胞マーカーを指標として公知方法により分離することにより取得することも可能である。
本発明はまた、転写因子Sox17をコードする遺伝子を含む発現ベクターからなる造血幹細胞および/または造血前駆細胞の増幅剤、該発現ベクターを含有してなる造血幹細胞および/または造血前駆細胞の増幅用組成物、並びに該発現ベクターを試薬として含有しなる造血幹細胞および/または造血前駆細胞の試薬キットに関する。
Sox17をコードする遺伝子を含む発現ベクターの用量は、造血幹細胞および/または造血前駆細胞を増幅する用量であればいずれの用量でも使用できる。適当な濃度は、造血幹細胞および/または造血前駆細胞の増幅を行う実験(実施例1参照)を使用して細胞培養中にSox17をコードする遺伝子を含む発現ベクターを様々な用量で添加して増幅程度を測定して増幅程度が高い用量を選択することにより容易に決定できる。発現ベクターがウイルス発現ベクターである場合は、適当な細胞を用いてウイルスの力価測定を行って適当な感染多重度(MOI)を決定し、さらに、上記方法により造血幹細胞および/または造血前駆細胞の増幅程度を確認することにより、その適当な濃度を決定できる。
Sox17をコードする遺伝子を含む発現ベクターは、適当な担体、例えば医薬用に許容される担体(医薬用担体)と組み合わせて、造血幹細胞および/または造血前駆細胞の増幅用組成物として提供できる。担体は、製剤の使用形態に応じて通常使用される、充填剤、増量剤、結合剤、付湿剤、崩壊剤、滑沢剤、希釈剤および賦形剤を例示できる。これらは得られる製剤の投与形態に応じて適宜選択して使用される。より具体的には、水、医薬的に許容される有機溶剤、コラーゲン、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシビニルポリマー、アルギン酸ナトリウム、水溶性デキストラン、カルボキシメチルスターチナトリウム、ペクチン、キサンタンガム、アラビアゴム、カゼイン、ゼラチン、寒天、グリセリン、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、ワセリン、パラフィン、ステアリルアルコール、ステアリン酸、ヒト血清アルブミン、マンニトール、ソルビトール、ラクトースを例示できる。これらは、本薬剤の剤形に応じて適宜1種類または2種類以上を組み合わせて使用される。その他、安定化剤、殺菌剤、緩衝剤、等張化剤、キレート剤、界面活性剤、およびpH調整剤などを適宜使用することもできる。安定化剤は、例えばヒト血清アルブミンや通常のL-アミノ酸、糖類、セルロース誘導体を例示できる。L-アミノ酸は、特に限定はなく、例えばグリシン、システイン、グルタミン酸などのいずれでもよい。糖類も特に限定はなく、例えばグルコース、マンノース、ガラクトース、果糖などの単糖類、マンニトール、イノシトール、キシリトールなどの糖アルコール、ショ糖、マルトース、乳糖などの二糖類、デキストラン、ヒドロキシプロピルスターチ、コンドロイチン硫酸、ヒアルロン酸などの多糖類などおよびそれらの誘導体などのいずれでもよい。セルロース誘導体も特に限定はなく、メチルセルロース、エチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウムなどのいずれでもよい。界面活性剤も特に限定はなく、イオン性界面活性剤および非イオン性界面活性剤のいずれも使用できる。界面活性剤には、例えばポリオキシエチレングリコールソルビタンアルキルエステル系、ポリオキシエチレンアルキルエーテル系、ソルビタンモノアシルエステル系、脂肪酸グリセリド系などが包含される。緩衝剤は、ホウ酸、リン酸、酢酸、クエン酸、ε-アミノカプロン酸、グルタミン酸および/またはそれらに対応する塩(例えばそれらのナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩などのアルカリ金属塩やアルカリ土類金属塩)を例示できる。等張化剤は、塩化ナトリウム、塩化カリウム、糖類、グリセリンを例示できる。キレート剤は、例えばエデト酸ナトリウム、クエン酸を例示できる。
本発明に係る組成物は、その他、公知の造血因子をさらに含むものであり得る。造血因子として上記の造血因子を例示できる。好ましくは、BMP4、bFGF、VEGF、TPO、およびSCFを例示できる。
本発明に係る造血幹細胞および/または造血前駆細胞の増幅剤あるいは増幅用組成物は、遺伝子治療剤の形態で提供することができる。このような形態で提供される薬剤および組成物を使用することにより、本発明に係る造血幹細胞および/または造血前駆細胞の増幅方法を生体内で実施できる。遺伝子治療剤は、一般的には、注射剤、点滴剤、あるいはリポソーム製剤として調製することが好ましい。また、プロタミン等の遺伝子導入効率を高める物質と共に投与されるような形態に調製することもできる。遺伝子治療剤として使用する場合、本薬剤および組成物は、1日に1回または数回に分けて投与でき、また、1日から数週間の間隔で間歇的に投与できる。投与の方法は、一般的な遺伝子治療法で使用されている方法に従って実施できる。
本発明に係る造血幹細胞および/または造血前駆細胞の増幅剤あるいは増幅用組成物は、造血幹細胞および/または造血前駆細胞の増幅用試薬キットの形態で提供することができる。本発明に係る試薬キットは、少なくとも造血幹細胞および/または造血前駆細胞の増幅剤あるいは増幅用組成物を個別に包装された形態で含むことができる。本発明に係る試薬キットは、その他、造血幹細胞および/または造血前駆細胞の分化や増幅に作用する造血因子などの薬剤を個別に包装された形態でさらに含み得る。
本発明により、成体型造血幹細胞を効率よく増幅することが可能である。また、本発明により、多能性幹細胞を材料として、造血幹細胞および/または造血前駆細胞を含む細胞集団を効率よく取得することができる。
以下、実施例を示して本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下に示す実施例によって何ら限定されるものではない。
造血幹細胞および/または造血前駆細胞の分化誘導およびその増幅を促進することのできる物質の探索を行った。その結果、転写因子Sox17を強制発現させることにより、造血幹細胞および/または造血前駆細胞が効率よく増幅されることを見い出した。
(材料および方法)
造血幹細胞および/または造血前駆細胞として、成体マウス骨髄由来造血幹細胞、マウスES細胞株から分化誘導した造血幹細胞、およびヒトiPS細胞から分化誘導した造血幹細胞を使用した。組織培養ディッシュは、リン酸緩衝生理食塩水(以下、PBSと略称する)で0.1%にしたゼラチンで37℃にて10分間被覆処理後に使用した。
マウス骨髄由来造血幹細胞は、マウス骨髄液を採取し、フィコールを用いて赤血球を除いた後、KSL(c-Kit+Sca1+Lineage-:Gr1, Mac1, Ter119, B220, IL-7R, CD4, CD8)分画をFACSにより分離選別することにより取得した。
マウスES細胞株の維持培養は、放射線照射したマウス胎児繊維芽細胞(mouse embryonic fibroblast;MEF)上で、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM、Sigma社製)を使用して37℃、5% CO2雰囲気下で実施した。DMEMは、15% ウシ胎仔血清(FCS)、0.1mM 非必須アミノ酸(GIBCO社製)、2mM グルタミン、ペニシリン/ストレプトマイシン(GIBCO社製)、0.1mM β-メルカプトエタノール、および1000U/ml 白血病阻害因子(LIF)を添加して使用した。
ヒトiPS細胞は、国立大学法人東京大学 医科学研究所ステムセルバンクより供与されたiPS細胞を使用した。このiPS細胞は、ヒト成人皮膚繊維芽細胞にc-Myc、Sox2、Klf4、およびOct3/4の各遺伝子を導入することにより樹立されたヒトiPS細胞である。iPS細胞の維持培養は、放射線照射したMEF上で、ダルベッコ改変イーグル培地/ハムF12培地(DMEM/F12;Sigma)を使用して37℃、5% CO2雰囲気下で実施した。DMEM/F12は、15% ノックアウト血清リプレースメント(KSR、GIBCO社製)、0.1mM 非必須アミノ酸(GIBCO社製)、2mM グルタミン、ペニシリン/ストレプトマイシン(GIBCO社製)、0.1mM β-メルカプトエタノール、および50μg/ml ヒトbFGFを添加して使用した。
転写因子Sox17の強制発現は、マウスSox17-ERTをコードする遺伝子を用いて行った。Sox17-ERTは、Sox17とERTとの融合タンパク質である。ERTは、エストロゲン受容体アルファのリガンド結合領域に変異を加えたもので、エストロゲンとは結合しないが、4-OHタモキシフェンにのみリガンドとして結合し、融合タンパク質の核内への移行を促進する。マウスSox17遺伝子の塩基配列は、NCBIデータベースに登録番号NM_011441として登録されている。
マウスES細胞から造血系細胞への分化誘導および増幅は、次のように行った。まず、テトラサイクリン発現調整システム(以下、Tet-on systemと称する)によりHoxB4の発現を誘導する事が可能であるマウスES細胞iHoxB4を用いて、EB培地中でハンギングドロップ(hanging drop)法により胚葉体(embryoid bodies;EBs)を形成した。EB培地は、イスコフ改変ダルベッコ培地(Sigma社製)に、13% FBS、0.1mM 非必須アミノ酸(GIBCO社製)、450μM モノチオグリセロール、200μg/ml 鉄飽和トランスフェリン(Fe-sat. transferrin)、および50μg/ml アスコルビン酸を添加して調製したものを使用した。6日目にc-Kit+CD41+造血前駆細胞分画(非特許文献17)をフローサイトメーターを使用して取得し、OP-9ストローマ細胞株との共培養系へ移すときにMSCV由来レトロウイルス発現ベクターを用いてSox17-ERTを発現させた(OP-9 culture day 0)。ウイルス発現ベクターは、Jurkat細胞を用いてウイルスの力価測定を行った結果に従い、感染多重度(MOI)6〜8で細胞に感染させた。この感染多重度では細胞の約70〜80%が感染する。次いで、1μg/ml ドキシサイクリンの添加によりHoxB4を発現させ、1μM タモキシフェンの添加によりSox17-ERTの活性を誘導した。
マウス骨髄由来造血幹細胞の増幅は、該細胞にSox17-ERTを上記同様の方法で強制発現させることにより実施した。
ヒトiPS細胞から造血系への分化誘導および増幅は、次のように行った。まず、iPS細胞をACCUMAX(MILLIPORE社製)で処理して単一細胞懸濁液とした後、6cm ディッシュあたり1x106個の単一細胞を5mlの培養培地を用いて浮遊培養をし、胚葉体(embryoid bodies:EBs)を形成させた。培養培地は図5に示した通りに培養日数に応じて組成を変化させ、また、 2日に一度新しいものに交換した。8日目にCD34+CD43+血液前駆細胞分画をフローサイトメーターを使用して取得し、OP-9ストローマ細胞との共培養系へ移すときにレトロウイルスを用いてSox17-ERTを発現させた。OP-9ストローマ細胞との共培養を開始した日を、OP-9培養0日目と称する。ヒトCD34+CD43+血液前駆細胞分画におけるレトロウイルスによるSox17-ERTの発現は、上記マウス造血幹細胞における強制発現の方法と同様の方法で実施した。
フローサイトメトリー法による細胞の解析と回収(sorting)は、FACS Aria cytometer(BD Biosciences社製)を使用して行った。フローサイトメトリーデータの解析は、FlowJoソフトウエア(Treestar社製, Ashland, OR)を使用して実施した。
コロニー形成単位アッセイ(colony-forming unit assay)は、次のように行った。マウス細胞は、20ng/ml SCF、50ng/ml TPO、20ng/ml IL-3、および3U/ml EPOの存在下で、メチルセルロース含有培地(Methocult 3234:Stem Cell Technologies社製)に播種し、37℃にて5% CO2雰囲気下でインキュベーションした。培養10日後にコロニーを計数した。ヒト細胞は、50ng/ml SCF、20ng/ml TPO、20ng/ml IL-3、および3U/ml EPOの存在下で、メチルセルロース含有培地(Methocult H4230:Stem Cell Technologies社製)に播種し、37℃にて5% CO2雰囲気下でインキュベーションした。培養10日後にコロニーを計数し、その種類を調べた。
(結果)
成体マウス骨髄由来の造血幹細胞にウイルスベクターを用いてSox17を強制発現させて10日間培養したところ、コロニー形成能を示す細胞の顕著な増加が認められた(図1)。このことから、成体型造血幹細胞の体外増幅にSox17の発現が有用であることが判明した。
マウスES細胞から分化誘導された造血幹細胞および/または造血前駆細胞に、HoxB4と共にSox17を強制発現させたところ、増殖能の顕著な亢進(図2)、造血幹細胞および/または造血前駆細胞を含むc-Kit+CD45+細胞分画の増加(図3)、並びにコロニー形成能を示す細胞の増加(図4)が認められた。このことから、マウスES細胞からの造血幹細胞および/または造血前駆細胞への分化誘導においてHoxB4と共にSox17を強制発現させることは、造血幹細胞および/または造血前駆細胞の増幅に有用であることが判明した。
一方、ヒトiPS細胞から分化誘導された造血幹細胞および/または造血前駆細胞に、Sox17を強制発現させたところ、HoxB4の発現誘導なしに、増殖能の亢進(図6)、造血幹細胞および/または造血前駆細胞を含むCD34+CD45+細胞分画の増加(図7)、コロニー形成能を示す細胞の顕著な増加(図8)が認められた。このことから、ヒトiPS細胞からの造血幹細胞および/または造血前駆細胞への分化誘導においてSox17を発現させることは、ヒトの造血幹細胞および/または造血前駆細胞の増幅に有用であることが判明した。
これらの解析の結果から、長期骨髄再構築能を持つ成体型造血幹細胞を誘導、増幅する上で、転写因子Sox17を発現させることは有用であると考えることができる。