JP5710150B2 - 潜伏性感染疾患の再発抑制剤 - Google Patents

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Description

本発明は、潜伏性感染症の再発抑制のための医薬組成物および/または潜伏性感染症の再発抑制方法に関する。
人類は、最近においても、ウイルス、細菌、真菌、および/または原虫等の病原体による感染症、さらにはプリオン等の病原物質による感染症によって少なからず苦しめられている。これまで、病原体に直接作用し、病原体を死滅させる、抗血清、ワクチン、グロブリン製剤、抗生物質、インターフェロン、抗ウイルス薬、および抗真菌剤等の感染症治療薬が、これらの感染症の克服を目指して発見・開発され、人類の健康維持・増進に貢献してきた。
一般に感染症は、感染初期に急性期を経ることが多い。急性期においては、発熱および/または発疹等の何らかの症状が出現することによって感染が認識される。そして、その症状に基づいて、感染病原体の特定および治療薬の選択がされる。急性期における病原体の爆発的な増殖は治療薬の投与によって抑制され、多くの病原体は宿主の免疫機能と相まって駆逐される。しかし、病原体の一部が薬剤耐性を獲得し、および/または免疫機能をかいくぐり、宿主内に潜伏することもある。
例えば、成人後のHBV(B型肝炎ウイルス)感染は、一過性の急性肝炎を経て臨床的には治癒する。しかし、極めてわずかのHBVが免疫系をかいくぐり、肝臓に潜伏し続けることがある。このような潜伏感染時には、HBVの増殖が見られず、HBVの増殖を逆転写酵素を阻害することによって防ぐ、ラミブジン等の抗ウイルス薬は無効である。そして、リツキシマブ投与等によってHBs抗体濃度が低下したときに、HBVが再活性化して、肝炎を増悪させ、重症肝炎または劇症肝炎を発症させる場合がある。ラミブジンは重大な副作用が少なく、抗ウイルス効果が高いが、長期投与に伴う耐性ウイルス(YMDD変異ウイルス)の出現が高頻度で見られる。
また、例えば、HSV(単純ヘルペスウイルス)感染症では、皮膚/粘膜の痛み、水疱、および/またはびらん等の急性症状が出現するが、これらの急性症状は、通常、数日間で治癒する。しかし、HSVは、感染部位へ神経線維を供給する神経細胞が集まった神経節の中で、免疫系をかいくぐり、潜伏し続ける。そして、発熱、精神的ストレス、および/または免疫機能の低下等が引き金となって、HSVが再活性化することがある。なお、初回感染のときに抗ウイルス薬等によって治療しても、神経への慢性感染を予防することはできない。
このように、免疫系をかいくぐり、生体組織に潜伏しているウイルス等病原体の存在を実際に確認することは容易ではない。しかも、それによる症状が認められない以上、従来の抗ウイルス薬等の感染症治療薬の長期投与による治療は一般的に困難である。その主な理由として、長期投与における副作用の問題および薬剤耐性病原体出現の問題が挙げられる。
多価不飽和脂肪酸(PUFAs)は、分子内に複数の炭素−炭素二重結合を有する脂肪酸と定義され、二重結合の位置により、ω3、ω6等に分類される。ω3多価不飽和脂肪酸(ω3PUFAs)としては、α−リノレン酸、イコサペント酸(EPA)、ドコサヘキサエン酸(DHA)等が例示される。
ω3多価不飽和脂肪酸を富む食餌を摂取することにより感染抵抗性を高めるという試みがなされている(特許文献1)。これは、ω3多価不飽和脂肪酸を補充することにより感染に伴う内毒素ショックに対する生存率が高まったという知見に基づいている。
また、O−リングテストに基づき抗ウイルス効果が期待されたEPAを、HSV感染による難治性疼痛患者に投与し鍼療法または電気療法を併用したところ、疼痛が軽快したとの報告がある(非特許文献1)。
また、試験管内において、EPAまたはDHA存在下でHSVを細胞に感染させた場合、感染阻止効果が認められたが、EPAメチルエステルでは効果が認めらなかったとの知見がある(特許文献2)。
特公平7−59508号公報 米国特許第4513008号明細書
Omura Y,Acupuncture & electro−therapeutics research,1990年,第15巻,第1号,p51−69
潜伏状態にある感染症の再発を抑制するために、長期間の投与に耐えうる高い安全性を有する新しいタイプの医薬品が求められている。
ω3多価不飽和脂肪酸は、長期間の投与に適した高い安全性を有する。しかし、ω3多価不飽和脂肪酸が、感染症に対して、感染急性期の全身性の炎症症状の抑制、感染顕在期に発生した痛みの緩和、感染成立の抑制といった効果を有する可能性は示唆されていたものの、潜伏状態にある感染症の再発を抑制する作用を有するかどうかは知られていなかった。
本発明者は、感染顕在期に感染症治療薬を投与された(治療を受けた)経歴を有するものの、潜伏感染の可能性が想定される患者に、ω3PUFAs、特にEPAエチルエステルを継続的に投与しておくと、感染症の再発が抑制されることを見出し、本発明を完成した。また、潜在性感染症の再発による症状の具体例である帯状疱疹後神経痛について、ω3PUFAsが治療効果を有することを見出した。
すなわち、本発明は以下の医薬組成物を提供する。
(1) ω3多価不飽和脂肪酸、その製薬学上許容しうる塩およびエステルからなる群から選ばれる少なくとも1つを有効成分として含有することを特徴とする、潜伏性感染症の再発抑制のための医薬組成物。
(2) ω3多価不飽和脂肪酸、その製薬学上許容しうる塩およびエステルからなる群から選ばれる少なくとも1つを有効成分として含有することを特徴とする、帯状疱疹後神経痛発症抑制のための医薬組成物。
(3) ω3多価不飽和脂肪酸、その製薬学上許容しうる塩およびエステルからなる群から選ばれる少なくとも1つを有効成分として含有することを特徴とする、帯状疱疹後神経痛治療用医薬組成物。
(4) イコサペント酸、ドコサヘキサエン酸、α−リノレン酸、その製薬学上許容しうる塩およびエステルからなる群から選ばれる少なくとも1つを前記有効成分として含有することを特徴とする、上記(1)ないし(3)のいづれかに記載の医薬組成物。
(5) イコサペント酸エチルエステルを前記有効成分として含有することを特徴とする、上記(1)ないし(4)のいずれかに記載の医薬組成物。
(6) 感染顕在期に感染症治療薬を投与された(治療を受けた)経歴を有する患者に適用することを特徴とする、上記(1)ないし(5)のいずれかに記載の医薬組成物。
また、本発明は以下の方法を提供する。
(1) ω3多価不飽和脂肪酸、その製薬学上許容しうる塩およびエステルからなる群から選ばれる少なくとも1つを有効成分として含有する医薬組成物を投与する、潜伏性感染症の再発抑制方法。
(2) ω3多価不飽和脂肪酸、その製薬学上許容しうる塩およびエステルからなる群から選ばれる少なくとも1つを有効成分として含有する医薬組成物を投与する、帯状疱疹後神経痛発症抑制方法。
(3) ω3多価不飽和脂肪酸、その製薬学上許容しうる塩およびエステルからなる群から選ばれる少なくとも1つを有効成分として含有する医薬組成物を投与する、帯状疱疹後神経痛治療方法。
(4) イコサペント酸、ドコサヘキサエン酸、α−リノレン酸、その製薬学上許容しうる塩およびエステルからなる群から選ばれる少なくとも1つを前記有効成分として含有する医薬組成物を投与する、上記(1)ないし(3)のいずれかに記載の方法。
(5) イコサペント酸エチルエステルを前記有効成分として含有する医薬組成物を投与する、上記(1)ないし(3)のいずれかに記載の方法。
(6) 感染顕在期に感染症治療薬を投与された(治療を受けた)経歴を有する患者に適用することを特徴とする、上記(1)ないし(5)のいずれかに記載の方法。
本発明の医薬組成物は、安全性が高いため、潜伏状態にある感染症の再活性化に備えた長期投与が可能である。本発明の医薬組成物を継続的に投与することで、従来の感染症治療薬によって得られた治療効果を長期にわたり維持することが可能となる。また、感染が顕在化した場合にも、本発明の医薬組成物を継続的に投与することで、病態の進行を抑制し、抗ウイルス薬等の従来の感染症治療薬による治療の回数を減らすことができる。これらは、特に、高齢者等、従来の感染症治療薬の投与期間・回数が制限される患者の負担とリスクを軽減することとなる。さらに、本発明の医薬組成物は、病原体に直接作用する従来の感染症治療薬とは作用機序が異なるため、耐性を持った新たな病原体を出現させることなく、長期投与が可能である。
以下に本発明を詳細に説明する。
1.ω3多価不飽和脂肪酸、その製薬学上許容しうる塩およびエステル
多価不飽和脂肪酸(PUFAs)は、分子内に複数の炭素−炭素二重結合を有する脂肪酸と定義される。そして、PUFAsは、分子中の二重結合の位置により、ω3、ω6等に分類される。ω3多価不飽和脂肪酸(ω3PUFAs)として、α−リノレン酸、EPA、DHA等が例示される。
本発明で用いられる「PUFAs」の語は、特に断らない限りは、多価不飽和脂肪酸のみならず、その製薬上許容される塩、エステル、アミド、リン脂質、およびグリセリド等の多価不飽和脂肪酸誘導体までも含む意味で用いられる。
本発明で用いられるω3PUFAsは、合成品、半合成品または天然品のいずれでもよい。さらに、これらを含有する天然油の形態でもよい。ここで、天然品とは、ω3PUFAsを含有する天然油から公知の方法によって抽出されたもの、もしくは粗精製されたもの、またはそれらを更に高度に精製したものを意味する。半合成品は、微生物等により産生された多価不飽和脂肪酸を含み、さらにその多価不飽和脂肪酸または天然の多価不飽和脂肪酸にエステル化もしくはエステル交換等の化学処理を施したものも含む。本発明では、ω3PUFAsとして、これらのうちの1種を単独で、または2種以上を組み合わせて用いることができる。
本発明では、ω3PUFAsとして、具体的には、EPA、DHA、およびα−リノレン酸ならびにこれらの製薬学上許容しうる塩およびエステルが例示される。製薬学上許容しうる塩およびエステルは、ナトリウム塩、カリウム塩等の無機塩基、ベンジルアミン塩、ジエチルアミン塩等の有機塩基、アルギニン塩、リジン塩等の塩基性アミノ酸との塩、エチルエステル等のアルキルエステル、およびモノ−、ジ−、トリ−グリセリド等のエステルが例示される。好ましくはエチルエステルであり、特にEPAエチルエステル(EPA−E)および/またはDHAエチルエステル(DHA−E)が好ましい。
本発明のω3PUFAsの純度は特に限定されない。本発明の医薬組成物に含まれる全脂肪酸中のω3PUFAsの含量は、好ましくは25質量%以上、より好ましくは50質量%以上、さらに好ましくは70質量%以上、いっそう好ましくは85質量%以上、とりわけ好ましくは本剤組成物がω3PUFAs以外の他の脂肪酸成分を実質的に含まない態様である。例えば、EPA−EおよびDHA−Eを用いる場合、EPA−E/DHA−Eの組成比および全脂肪酸中のEPA−E+DHA−Eの含量比は特に問わないが、EPA−E/DHA−E組成比は、好ましくは0.8以上、より好ましくは、1.0以上、さらに好ましくは、1.2以上である。EPA−E+DHA−Eは高純度のもの、例えば、全脂肪酸およびその誘導体中のEPA−E+DHA−E含量比が40質量%以上のものが好ましく、55質量%以上のものがより好ましく、84質量%以上のものがさらに好ましく、96.5質量%以上のものがいっそう好ましい。他の長鎖飽和脂肪酸含量は少ないことが好ましく、長鎖不飽和脂肪酸でもω6系、特にアラキドン酸含量は少ないことが望まれ、2質量%未満が好ましく、1質量%未満がより好ましい。
本発明の医薬組成物に用いられるEPA−Eおよび/またはDHA−Eは、魚油または魚油の濃縮物に比べ、飽和脂肪酸やアラキドン酸等の心血管イベントに対して好ましくない不純物が少なく、栄養過多やビタミンA過剰摂取の問題もなく作用効果を発揮することが可能である。また、エステル体のため主にトリグリセリド体である魚油等に比べて酸化安定性が高く、通常の酸化防止剤添加により十分安定な組成物を得ることが可能である。
このEPA−Eは、日本において、閉塞性動脈硬化症(ASO)および高脂血症治療薬として入手可能な高純度EPA−E(96.5質量%以上)含有軟カプセル剤(商品名エパデール:持田製薬社製)を用いることができる。また、EPA−EとDHA−Eの混合物は、例えば、米国で高トリグリセリド血症(高TG血症)治療薬として市販されているロバザ(Lovaza:グラクソ・スミスクライン:EPA−E約46.5質量%、DHA−E約37.5質量%含有する軟カプセル剤)を使用することもできる。
精製魚油もω3PUFAsとして使用できる。
また、ω3PUFAsのモノグリセリド、ジグリセリドもしくはトリグリセリドまたはこれらの組合せ等も好ましく使用できる。例えば、インクロメガ(lncromega)F2250、F2628、E2251、F2573、TG2162、TG2779、TG2928、TG3525およびE5015(クローダ インターナショナル ピーエルシー(Croda International PLC,Yorkshire,England))、ならびにEPAX6000FA、EPAX5000TG、EPAX4510TG、EPAX2050TG、EPAX7010EE、K85TG、K85EEおよびK80EE(プロノバ バイオファーマ(Pronova Biopharma,Lysaker,Norway))等に例示される種々のω3PUFAsまたはその塩もしくはエステルを含有する市販製品を入手して使用することもできる。
2.潜伏性感染症の再発抑制
本発明の医薬組成物は、潜伏性感染症の再発抑制のために用いられる。潜伏感染とは、臨床的に認められる症状を示さず、体内に病原体が存続している状態のことである。潜伏性感染症とは感染症のうち、潜伏感染の状態を示す感染症と定義する。ただし、感染成立からその直後の感染急性期にいたるまでの潜伏期間はここでいう潜伏感染には該当しない。したがって、インフルエンザウイルス感染症、エボラウイルス感染症等の急性感染症は本発明から除かれる。潜伏性感染症の例としては、単純ヘルペスウイルス感染症、水痘・帯状疱疹ウイルス感染症、プリオン感染症等が挙げられる。
潜伏性感染症の再発とは、潜伏状態にある病原体が再活性化し、感染が顕性となる状態を意味する。感染が顕性となるとは、発疹、発熱、発痛、血中からの病原体の検出等、臨床的に認められる症状を示すようになることであり、感染が顕性となっている期間を感染顕在期と定義する。
潜伏性感染症の再発の抑制とは、潜伏状態にある病原体が再活性化し、感染が顕性となる状態に至ることを防ぐことを言う。すなわち、病原体が再活性化し何らかの症状を発症するまでの期間を延長すること、病原体が再活性化し何らかの症状を発症する率を低下させること、および/または発症した場合の重症度を低下させること、を意味する。
本発明の医薬組成物を潜伏状態にある病原体の再活性化に備えて継続的に投与することによって、病原体の再活性化による発症の抑制、または発症した場合の症状の重症化を抑制する効果が期待できる。また、潜伏状態にある病原体の再活性化による発症の後でも、本発明の医薬組成物を継続的に投与することによって、病態の進行を抑制し治療する効果を期待できる。
潜伏性感染症の再発の好適な例は、帯状疱疹後神経痛の発症である。帯状疱疹は水痘・帯状疱疹ウイルスの回帰感染に伴う疾患であり、特徴的な皮膚病変を呈する。通常5〜10日間の抗ウイルス薬投与により皮疹が消失するが、ウイルスは再び感覚神経節に潜伏感染する。帯状疱疹治癒後の再発症状として、帯状疱疹後神経痛が発症することがある。本発明の組成物を、帯状疱疹後神経痛を発症する可能性のある患者に継続的に投与しておくと、帯状疱疹後神経痛の発症を抑制できる。帯状疱疹後神経痛を発症する可能性のある患者の好ましい具体例は、帯状疱疹が発症している感染顕在期に、抗ウイルス薬投与を受けた経歴を有する患者である。また、本発明の組成物は、帯状疱疹後神経痛が認められた後に投与を開始した場合でも、帯状疱疹後神経痛の症状の重症度を軽減させ、もしくは消失させる治療効果を発揮する。
潜伏性感染症の再活性化による疾患のほかの例としては、麻疹ウイルスによる亜急性硬化性全脳炎(SSPE)、ヒトパピローマウイルス(HPV)による尖圭コンジローマ、HTLV−1ウイルス感染による成人T細胞白血病およびHTLV−1脊髄症等が挙げられる。また、プリオン感染によるクロイツフェルト・ヤコブ病、クールー病、ゲルストマン・シュトロイスラー・シャインカー病、致死性家族性不眠症等が挙げられる。本発明の組成物を、これらの疾患を発症する可能性のある患者に継続的に投与しておくと、発症を抑制する効果が期待できる。例えば、硬膜移植暦のある患者は、プリオン病を発症する可能性があるので、このような患者を本発明の組成物の投与対象とすることができる。また、これらの疾患では発症から徐々に病態が進行していくので、発症に気づいた後に本発明の組成物の投与を開始することで、病態の進行を遅らせる効果や治療する効果が期待できる。
本発明の医薬組成物は、その有効成分であるω3PUFAsが生体内組織および細胞に取り込まれて細胞膜脂質ラフトの脂質構成を変化させることによって、細胞内に潜伏しているウイルス等の再活性化を抑制すると考えられる。脂質ラフトは、レトロウイルス、RNAウイルスおよびDNAウイルス等多くのウイルスの侵入、ゲノムの複製、ウイルス蛋白の輸送、集合および出芽に関与していることが知られている(Yuyama Kら,Trends in Glycoscience and Glycotechnology,2003年,第15巻,p139;Briggs JAら,J Gen Viol,2003年,第84巻,p757;Chazal Nら,Microbiol Mol Biol Rev,2003年,第67巻,p226;Duncan MJら,Cell Microbiol,2002年,第4巻,p783;Lindwasser OWら,J Viol,2001年,第75巻,p7913;Suomalainen M,Traffic,2002年,第3巻,p705)。さらに、脂質ラフトは、正常型プリオン(PrP(C))から異常型プリオン(PrP(Sc))への転換に関与することも知られている(Taylor DRら,Mol Membr Biol,2006年,第23巻,p89)。
本発明者は、ω3PUFAsを投与することによって、ラフトを構成する脂肪環境が変化し、免疫系以外の宿主側の反応を介して、宿主の体内に潜伏している病原体の再活性化を抑制できることを見出した。また、潜伏状態にある病原体の再活性化による発症の後でも、本発明の医薬組成物を継続的に投与することによって脂質ラフトの構成が変化し、ウイルス等の病原体の増殖や活性を抑制し、病態の進行を抑制し治療する効果を発揮できることを見出した。
したがって、本発明の態様の一つは、ω3PUFAsを有効成分として含有することを特徴とする、脂質ラフトが関連する感染性疾患の治療剤である。しかし、ω3PUFAs投与により脂質ラフトの構成を変化させるためには、少なくとも1週間以上の投与を要するため、急性の感染症への適用は困難である。
また、ω3PUFAsは長期投与に適した安全性を有するため、従来の抗ウイルス薬等の感染症治療薬が適用できなかった、潜伏性感染症の治療に適している。したがって、本発明の好ましい態様は、ω3PUFAsを有効成分として含有することを特徴とする、潜伏性感染症の治療剤である。また、本発明の好ましい態様は、特に高齢者における潜伏性感染症およびそれに関連する病態の治療である。
3.医薬組成物および投与方法
本発明の医薬組成物に用いられるω3PUFAsの投与量および投与期間は対象となる作用を現すのに十分な量および期間であるが、その剤形、投与方法、1日当たりの投与回数、症状の程度、体重、年齢等によって適宜増減することができる。
経口投与する場合は、例えばEPA−Eおよび/またはDHA−Eとして0.1〜10g/日、好ましくは0.3〜6g/日、より好ましくは0.6〜4g/日、さらに好ましくは0.9〜2.7g/日を1〜3回に分けて投与するが、必要に応じて全量を1回または数回に分けて投与してもよい。また、投与時間は食中または食後が好ましく、食直後(30分以内)投与がより好ましい。上記投与量を経口投与する場合、投与期間は少なくとも2週間以上、好ましくは3ヶ月以上、より好ましくは1年以上、さらに好ましくは3年以上である。また、例えば1日おきに投与する、1週間に2〜3日投与することもできる。
健常成人男子にEPA−Eを連続経口投与した場合、EPA血漿中濃度は1週間で定常状態に達する。薬理学的、臨床的観点からみた場合の一つの指標としてEPA/AA(アラキドン酸)比がよく用いられるが、血漿中EPA/AAは投与1週間で1.0を超え、投与前の2倍程度となる。継続投与の指標としては、投与後1週間目のω3PUFAsの血中濃度を維持できるように、および/または血漿中EPA/AA比が1.0以上となるように、投与量および投与間隔を調整すればよい。
本発明の医薬組成物は、有効成分であるω3PUFAsが生体内組織の脂肪酸成分として取り込まれ、細胞膜脂質ラフトの脂質構成を変化させるという特異な作用機序により、細胞内に潜伏しているウイルス等の再活性化を抑制する作用を発揮すると考えられる。したがって、病原体に直接作用する従来の感染症治療薬とは作用機序が異なる。そのため、本発明の医薬組成物は、従来の感染症治療薬で問題となる、耐性を持つ新たな病原体を出現させることがない。
本発明の医薬組成物は、有効成分であるω3PUFAsが、生体内組織および細胞に取り込まれ、細胞膜上に存在するラフトの脂質構成を変化させて、潜伏性感染症の再発抑制効果を発揮できる程度に、生体内組織に取り込まれる量を設定すればよく、医薬品として一般的に使用されている通常のω3PUFAs用量より低く設定することも可能である。例えば、EPA−Eおよび/またはDHA−Eの場合、1日あたりの投与量は、好ましくは0.1g以上2g未満、より好ましくは0.2g以上1.8g以下、さらに好ましくは0.3g以上0.9g以下であり、低用量の場合、好ましくは0.1g以上0.3g以下である。
本発明の医薬組成物は、有効成分をそのまま投与するか、または一般的に用いられる適当な担体、媒体、賦形剤、結合剤、滑沢剤、着色剤、香味剤、もしくは必要に応じて滅菌水や植物油、さらに無害性有機溶媒、無害性溶解補助剤(例えばグリセリン、プロピレングリコール)、乳化剤、懸濁化剤(例えばツイーン80、アラビアゴム溶液)、等張化剤、pH調整剤、安定化剤、無痛化剤、嬌味剤、着香剤、保存剤、抗酸化剤、緩衝剤、もしくは着色剤等の添加剤と適宜選択組み合わせて適当な医薬用製剤を調製して投与することができる。添加剤として、例えば、乳糖、部分α化デンプン、ヒドロキシプロピルセルロース、マクロゴール、トコフェロール、硬化油、ショ糖脂肪酸エステル、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、酸化チタン、タルク、ジメチルポリシロキサン、二酸化ケイ素、カルナウバロウ等を含有しうる。
特に、ω3PUFAsは高度に不飽和であるため、抗酸化剤、例えば、ブチレート化ヒドロキシトルエン、ブレチート化ヒドロキシアニソール、プロピルガレート、没食子酸、医薬として許容されうるキノンおよびα−トコフェロールから選ばれる少なくとも1種を抗酸化剤として有効量含有させることが望ましい。
製剤の剤形は、本発明の医薬組成物の有効成分の併用形態によっても異なり、特に限定されないが、好ましくは経口製剤または非経口製剤であり、より好ましくは経口製剤である。経口製剤としては、錠剤、フィルムコーティング錠、カプセル剤、マイクロカプセル剤、顆粒剤、細粒剤、散剤、経口用液体製剤、シロップ剤、ゼリー剤、または吸入剤の形が好ましく例示される。また、非経口製剤としては、軟膏、坐剤、注射剤(乳濁性、懸濁性、非水性)、用時乳濁もしくは懸濁して用いる固形注射剤、輸液製剤、または経皮吸収剤等の外用剤が好ましく例示される。経口製剤は経口または吸入で、非経口製剤は静脈内、動脈内、直腸内もしくは膣内投与または外用で、それぞれの剤形によって好ましい経路で患者に投与される。経口服用できる患者に対しては、簡便な経口製剤が望ましく、とりわけカプセル、例えば、軟質カプセルまたはマイクロカプセルに封入して、または錠剤もしくはフィルムコーティング錠で、経口投与することが好ましい。また、経口製剤は腸溶製剤または徐放化製剤として経口投与することも好ましく、透析患者や嚥下困難な患者等に対しては、ゼリー剤として経口投与することも好ましい。
本発明の医薬組成物は、ω3PUFAs以外に、第二の薬剤を含有することも可能である。第二の薬剤は特に限定されないが、本発明の効果を減弱しないことが好ましく、例えば、肝庇護剤、血糖降下剤、高脂血症治療薬、降圧剤、抗酸化剤、抗炎症剤等が例示される。
本発明の医薬組成物は、有効成分に加え、薬学的に許容され得る賦形剤を含むことができる。適宜、公知の抗酸化剤、コーティング剤、ゲル化剤、嬌味剤、着香剤、保存剤、抗酸化剤、乳化剤、pH調整剤、緩衝剤、着色剤等を含有させてもよい。
本発明の医薬組成物は、常法に従って製剤化することが可能である。ω3PUFAsの粉末は、例えば、(A)EPA−E、(B)食物繊維、(C)デンプン加水分解物及び/又は低糖化還元デンプン分解物、及び(D)水溶性抗酸化剤を含有する水中油型乳化液を、高真空下で乾燥させ、粉砕処理する(特開平10−99046号公報)等公知の方法により得られる。得られたEPA−Eの粉体を用いて、常法に従い、顆粒剤、細粒剤、散剤、錠剤、フィルムコーティング錠、チュアブル錠、徐放錠、口腔内崩壊錠(OD錠)等を得ることができる。チュアブル錠であれば、例えば、EPA−Eをヒドロキシプロピルメチルセルロース等の水溶性高分子溶液中に乳化し、得られた乳化液を乳糖等の添加剤に噴霧して粉粒体を得(特開平8−157362号公報)、打錠する等公知の方法により得ることができる。口腔内崩壊錠であれば、例えば特開平8−333243号公報等、口腔用フィルム製剤であれば、例えば特開2005−21124号公報等、公知の方法に準じて製造することができる。
本発明の医薬組成物は、有効成分の薬理作用を発現できるように、放出および/または吸収されることが望ましい。本発明の配合剤は、有効成分の放出性に優れる、有効成分の吸収性に優れる、有効成分の分散性に優れる、配合剤の保存安定性に優れる、または患者の服用利便性もしくはコンプライアンスに優れる、のうちの少なくともいずれか1以上の効果を持つことが望ましい。
本発明の医薬組成物は、動物、とりわけ哺乳動物の潜伏性感染症の再発抑制に有効である。哺乳動物は特に限定されないが、好ましくはヒト、家畜動物または家庭用動物であり、特に好ましくはヒトである。また、家畜動物は当業者がそれと認識できるものであれば特に限定されないが、好ましくはウシ、ウマまたはブタである。また、家庭用動物は当業者がそれと認識できるものであれば特に限定されないが、好ましくはイヌ、ネコまたはウサギである。
本発明の医薬組成物は、特に、感染顕在期に感染症治療薬を投与された(治療を受けた)経歴を有する患者において、潜伏性感染症の再発抑制効果を示すことが期待される。ここでいう感染症治療薬としては、ウイルスの核酸合成阻害剤、逆転写酵素阻害剤といった、病原体に直接作用し効果を発揮するものや、宿主の免疫機能を賦活し病原体および感染細胞の駆除に導くもの等が挙げられる。これら従来の感染症治療薬と本発明の組成物とは、作用機序の点で異なっている。従来の感染症治療薬の代表的なものとしては、アシクロビル等の抗ウイルス薬、インターフェロン等の免疫賦活剤等が挙げられる。
本発明の医薬組成物の投与を開始するタイミングは、特に限定されない。本発明の医薬組成物は、潜伏感染のおそれのある感染症に罹患したことが確認された時点、または罹患したおそれがあることが認識された時点より、投与を開始することができる。すなわち、本発明の医薬組成物の投与は、感染顕在期に投与してもよく、感染顕在期における従来の感染症治療薬の投与と並行して行わなくてもよい。また、感染顕在期における従来の感染症治療薬の投与終了後に本発明の医薬組成物の投与を開始してもよい。
次に本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
(実施例1)ω3PUFAsの帯状疱疹後神経痛発症抑制効果
(1−1)帯状疱疹後神経痛発症モデル動物の作製
帯状疱疹後神経痛発症モデル動物の作製方法は、特開2002−330666号公報に記載の方法に準じて行う。マウス(BALB/c系雌性、6週齡、日本SLC)に麻酔(ペントバルビタール、5mg/kg)を施し、右側後肢および腹部を脱毛する。脱毛した後肢の膝関節下部の表皮5×5mmの範囲を注射針等で創傷し、1×10PFU/10μlのHSV−1(7401H株)を滴下し、塗布することにより感染させる。ヒトで帯状疱疹を引き起こすVZVウイルスは、種特異性が高く、マウスに対して感染しないため、マウスで帯状疱疹と同等の症状を誘発できるHSV−1を用いればよい。
感染後5日目より7日間アシクロビルを1回10mg、1日5回、3時間おきに経口投与する。抗ウイルス薬の投与により、ほとんどの動物では皮疹が消失し、帯状疱疹は治癒される。皮疹消失後の動物のうち、帯状疱疹後神経痛を発現する動物を選択する。皮疹消失後10〜40日目に、von Frey Hairを用いる試験法、筆を用いてなでる試験法、輻射熱を用いる試験法、圧刺激または針刺激を用いる試験法、アセトン等気化性液体を用いた冷却刺激を用いる試験法等を用いて、痛み反応を調べ、帯状疱疹後神経痛を発現している動物を選択し、帯状疱疹後神経痛の発症率を算出する。
(1−2)EPA−E投与による帯状疱疹後神経痛発症抑制
(1−1)で作製したモデル動物を用いて、EPA投与群および対象群を設定する。EPA投与群にはEPA−Eを1000mg/kgを5%アラビアゴム水溶液に懸濁して1日1回経口投与する。対照群には5%アラビアゴム水溶液を1日1回経口投与する。投与開始時期は、抗ウイルス薬投与開始時、または皮疹消失時のどちらかとする。皮疹消失後25日目および40日目に痛み反応を調べ、帯状疱疹後神経痛を発現している動物を選択し、帯状疱疹後神経痛の発症率を算出する。EPA投与群では対照群に比べ、帯状疱疹後神経痛の発症率が低下する、および/または発症症例中の重症度率が低下する。
(実施例2)ω3PUFAsの脂質ラフトを介した抗ウイルス効果の確認
シミアンウイルス40(SV40)は細胞膜上の脂質ラフトを介したエンドサイトーシスによって細胞内に侵入する(Pelkmans,Science,2002年,第296巻,p535−539)。一方、水疱性口内炎ウイルス(VSV)は、脂質ラフトを介さないクラスリン媒介型エンドサイトーシスによって細胞内に侵入する。被験物質の、SV40およびVSVに対する感染抑制効果を検定することで、被験物質が脂質ラフトに作用し抗ウイルス効果を発揮する物質かどうかを判定できる。
HeLa細胞をω3PUFAsを添加した培地または添加しない培地中で培養した後、SV40またはVSVを感染させる。数時間から数日インキュベート後、ウイルス感染細胞数を測定する。ω3PUFAsを添加した場合の感染細胞数と、ω3PUFAs非添加の場合の感染細胞数を比較し、ω3PUFAsの抗ウイルス効果を判定する。ω3PUFAsは、SV40に対しては抗ウイルス効果を示し、VSVに対しては抗ウイルス効果を示さないことから、ω3PUFAsが脂質ラフトに作用して抗ウイルス効果を発揮していることを確認できる。
(実施例3)ω3PUFAs投与による帯状疱疹罹患患者における帯状疱疹後神経痛発症抑制効果
帯状疱疹を罹患し、抗ウイルス薬であるアシクロビル、ビダラビン、バラシクロビルまたはファムシクロビルによる治療を受けた患者に対し、EPA−E投与群とEPA−E非投与群を設定する。EPA−E投与群には、抗ウイルス薬の投与終了後、エパデールS(登録商標)900(EPA−E900mg含有)を1日2回投与する。EPA−E非投与群には、試験期間中、EPAまたはその製薬学上許容される塩もしくはエステルのいずれも投与しない。両群の帯状疱疹後神経痛発症率を経時的に追跡調査する。EPA−E投与群では、EPA−E非投与群に比べ、帯状疱疹後神経痛の発症率が低い、発症時期が遅くなる、および/または発症症例での重症度が軽減されていることを確認できる。
(実施例4)ω3PUFAs投与による帯状疱疹罹患患者における帯状疱疹後神経痛抑制効果
帯状疱疹を罹患し、帯状疱疹後神経痛(PHN)を発症した患者に対し、EPA−Eを1日900mg〜2700mg経口投与したところ、全ての症例において帯状疱疹後神経痛の重症度が軽減され、あるいは完全に消失した(表1)。また、EPA−E投与による副作用は認められなかった。この結果は、従来のPHN治療薬に比して、顕著な効果であった。従来のPHN治療薬の有効率(投与患者中、痛みの軽減効果が認められた患者数の割合)と副作用発現率との比較を表2に示す。既存のPHN治療薬の有効率、副作用発現率は、文献に記載のNNT(numbers needed to treat)およびNNH(numbers needed to harm)より算出した(村上和重ら、医学のあゆみ、2007年、第223巻、第9号、p747−752)。表2に示すように、既存のPHN治療薬の有効率は30%前後であり、副作用発現率は20%前後であるのに対し、EPA−Eを投与した場合、有効率は100%、副作用発現率は0%という顕著な効果を示した。また、PHNの発症が認められてからすぐにEPA−Eの投与を開始した方が症状の改善効果が高い傾向を示しており、PHNの発症前であっても帯状疱疹が発生した時点あるいは帯状疱疹の発症が予期される患者にω3PUFAsの投与を開始すれば、より高い治療効果および/またはPHNの発症抑制効果が期待されることが示唆された。さらに、PHNの発症から数カ月以上にわたり痛みが継続している陳旧例(症例3、4、8〜11)であっても、EPA−E投与を開始して最短1週間で改善効果が認められた。PHNの陳旧例に対する治療は極めて困難とされているが、EPA−E投与により改善が認められたことは驚くべき効果であった。長期にわたってEPA−E投与を行っても副作用は認められないことから、改善例(症例3、6、8〜11)について引き続きEPA−E投与を行うことで、PHN症状の消失に至ることが期待できる。

Claims (4)

  1. イコサペント酸、その製薬学上許容しうる塩およびエステルからなる群から選ばれる少なくとも1つを有効成分として含有することを特徴とする、陳旧性の帯状疱疹後神経痛治療用の経口投与用の医薬組成物。
  2. 前記有効成分としてイコサペント酸エチルエステルを含有することを特徴とする、請求項1に記載の医薬組成物。
  3. 感染顕在期に感染症治療薬を投与された経歴を有する患者に適用することを特徴とする、請求項1または2に記載の医薬組成物。
  4. 帯状疱疹後神経痛発症後、2か月以上経過した患者に適用することを特徴とする、請求項1ないしのいずれか1項に記載の医薬組成物。
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