JP5660451B2 - 造血幹/前駆細胞の特性を有する細胞の製造方法 - Google Patents

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Description

本発明は、造血幹細胞移植および血液細胞を用いた細胞療法の前駆細胞ソースに用いる造血幹細胞もしくは造血前駆細胞(以下、「造血幹/前駆細胞」と略記する)の特性を有する細胞の製造方法、該方法により製造された造血幹/前駆細胞様細胞、及び該細胞もしくは該細胞から分化させた細胞を有効成分として含有してなる免疫療法剤等に関する。
骨髄移植は、血液系の腫瘍性疾患や、致死的な貧血、免疫不全など、造血系細胞の異常に起因する疾患の治療の切り札として行われている。しかし、提供者と患者のHLA型が一致する必要があること、骨髄移植のためには相当量の細胞数が必要であり、提供者には全身麻酔などの負担が強いられていることから、提供者を探すのが困難である。最近では、臍帯血を用いた造血幹細胞移植も普及しつつあるが、HLA型の適合性の問題は骨髄移植と大差なく、また成人の治療に使用するのに十分な量が必ずしも得られないこともあり、成人への適用には限界もある。さらに、他人からの移植細胞が生着しなかった場合には、再度移植を行うということは極めて困難である。
造血幹細胞は、骨髄の中で自己複製により生涯維持されることが知られている。即ち、定常状態では総数として大幅に増減することなく維持されているだけで、必ずしも増幅している訳ではない。しかし、造血幹細胞移植などにより少量の造血幹細胞が移植された場合には、生体内で相当に増幅されることが知られている。例えばマウスの場合、ある条件で骨髄移植を行えば、造血幹細胞が数十倍に増えることが報告されている。この知見は、造血幹細胞が本質的には増幅可能であることを示すものである。そこで、造血幹細胞移植に用いるための十分な数の造血幹細胞を確保することを目的として、造血幹細胞を生体外で増幅させる数多くの試みがなされてきた(非特許文献1)。これらは主に、造血幹細胞のおかれている生体内環境を体外で再現させる試みと、造血幹細胞が自己複製する際に細胞内で起こる状態を再現させる試みの2種類に分類できる。
生体内環境を再現する方法としては、増殖因子などの外的因子を用いる方法がある(特許文献1〜9、非特許文献2)。例えば、体外で造血幹細胞が死なないように、あるいは幹細胞としての能力が失われないように、主にサイトカインなどの増殖因子を培地に添加する方法である。SCF、IL6、TPO、GCSFなどは、一定期間は効果を発揮する。今のところ単独で効率よく幹細胞を増幅させ得るサイトカインは見つかっておらず、複数のサイトカインを組み合わせると効果が増大するが、造血幹細胞を無限に増幅できるレベルではない。サイトカイン以外で造血幹細胞の維持、増幅に関与する外的因子としては、Notch、Wnt、Kirreなどが知られているが、これらの環境因子を用いた試みでは、いずれも応用に結びつくほどの効果は得られていない(非特許文献3、4)。
造血幹細胞の細胞内で起こる状態を再現する方法としては、サイトカインレセプターを介して受け取る細胞内シグナルの活性化状態を再現させる方法や、幹細胞の未分化性の維持に関わる転写因子などを導入する方法などが検討されている(特許文献10〜12)。例えば、Stat分子の導入により、体外で幹細胞を増幅させることができる(特許文献12)。また、HoxB4の強制発現では、ある程度の体外増幅に成功している(非特許文献5)。抑制性制御因子であるポリコーム分子のひとつであるBmi−1やc−kit分子下流シグナルの抑制因子lnkなども幹細胞の維持に関与していることが知られており、体外での幹細胞増幅への応用が検討されている(非特許文献6、7)。しかし、これらの場合においても、造血幹細胞を大量に増幅させることが可能なわけではない。
このように、数々の研究が精力的になされてきたが、生理的条件を再現するというアイデアに基づくストラテジーを用いて造血幹細胞を生体外で大量に増幅する試みは、未だ成功していない。生体内にて造血幹細胞は生涯一定数に保たれており、特殊な場合を除いては、特に増幅しているわけではないので、生理的条件を利用する限り、生体外で大量に増幅させることは原理的に不可能である可能性が考えられる。したがって、造血幹細胞の大量増幅を実現化するためには、これまでとは別の切り口からアプローチする必要がある。
転写因子E2Aは、B細胞以外の細胞への分化を阻害することによりB細胞に系列決定する因子であり、プレプロB細胞からプロB細胞にコミットメントするところで機能する因子であることが、これまでに明らかにされている。E2A欠損マウスでは、B細胞分化過程において、B細胞は作られずに、プレプロB細胞段階で分化が停止すること(非特許文献8)、そしてこのE2A欠損プレプロB細胞は、多能性前駆細胞としての特徴を示すこと(非特許文献9)が最近報告された。しかし、これらの研究では、マウスのE2Aを遺伝学的に欠損させており、そのような遺伝子の消去を患者の血液細胞で行うことは極めて困難である。また、E2Aが存在しないとマウスはB細胞をつくることができない、すなわち抗体を作成することができないことから、このプレプロB細胞は血液細胞/免疫細胞再構築のための前駆細胞としては用をなさない。従って、この研究と同じ手法を用いて、患者の免疫能回復を目指すための手段とすることは不可能である。
また、E2Aの制御下にある転写因子PAX5は、B細胞への分化過程において重要な働きをしており、PAX5欠損マウスでは、B細胞分化はプロB細胞の段階で停止している。しかも、このPAX5欠損プロB細胞は、T細胞への分化能を保持しているという知見がある(非特許文献10)。これを利用した関連技術として、特許文献13は、コンディショナルノックアウトマウスを用いてプロB細胞におけるPAX5遺伝子を用時不活性化することにより、T細胞への分化能を保持する細胞を得て、リンパ球系の免疫不全症に用いることを開示している。しかしながら、造血幹/前駆細胞に相当する細胞の増幅に関する記載はない。
したがって、造血幹細胞移植に使用するための造血幹/前駆細胞の特性を有する細胞を、生体外で任意に大量に増幅させる方法は存在しないのが現状である。
特開2006-67858号公報 特開2006-61106号公報 特開2005-204539号公報 特開2004-222502号公報 特開2001-161350号公報 特開平10-295369号公報 特表2006-525013号公報 WO 2003/038077公開パンフレット WO 98/08869公開パンフレット 特開2007-37401号公報 特表2007-507206号公報 特表2006-505266号公報 米国特許第20040029271号公報 Nature Rev. Immunol. 4, 878-888, 2004 Science 316, 590-593, 2007 Nature 423, 409-414, 2003 Nature Immunol. 4, 457-463, 2003 Cell 109, 39-45, 2002 Nature 423, 255-260, 2003 Dev. Cell 8, 907-914, 2005 Immunity 6, 145-154, 1997 Immunity 20, 349-360, 2004 Nature 401, 556-562, 1999
本発明は、生体外において造血幹/前駆細胞の特性を有する細胞を大量増幅可能な、新たな方法を提供することを目的とする。
本発明者らは、上記の目的を達成するべく研究を重ねた結果、E2A機能を阻害する分化抑制因子であるId3を、レトロウイルスベクターを用いてマウスの造血前駆細胞に導入、強制発現させることにより、E2A遺伝子をノックアウトした場合と同様にプレプロB細胞の段階で分化が停止すること、B細胞の培養条件下で培養を続けるとプレプロB細胞を大量増幅させ得ることを見出した。しかも、この細胞は、マウスに移植すると多能性を示し、B細胞を含む多系列の造血能を長期間維持することができた。さらに、該細胞を致死量の放射線を照射したマウスに移植することにより、マウスを被曝死から救うことができた。これらの知見から、本発明者らは、該細胞が、分化多能性と自己複製能とを保持した、造血幹/前駆細胞の特性を有する細胞であると結論づけた。
本発明者らはまた、同様にヒトの造血前駆細胞にId3遺伝子を導入してB細胞の培養条件下で培養することにより、CD33陽性CD19陰性細胞を大量増幅させることに成功した。
さらに、本発明者らは、Id3遺伝子を導入する代わりに、E2Aタンパク質の標的DNA配列に特異的に結合し得る非核酸性化合物であるPIポリアミドを用いても、同様に造血幹/前駆細胞の特性を有する細胞を誘導することに成功して、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は以下に関する。
〔1〕以下の工程:
(1)哺乳動物のプロB細胞もしくはその前駆細胞を提供する工程、及び
(2)上記(1)の細胞を、B細胞への分化を誘導する条件下で培養する工程
を含み、かつ上記(2)の工程中、少なくともプレプロB細胞もしくはプロB細胞段階において、転写因子E2Aの機能及び/又は発現を抑制することを特徴とする、分化多能性及び自己複製能を保持する造血幹/前駆細胞様細胞の製造方法。
〔2〕Id因子を用いてE2Aの機能を抑制することを特徴とする、上記〔1〕の方法。
〔3〕E2A遺伝子に対するアンチセンス核酸、siRNAもしくはリボザイムを用いてE2Aの発現を抑制することを特徴とする、上記〔1〕の方法。
〔4〕E2Aの制御下にあるか、もしくはE2Aと協働的に機能する他の転写因子の機能及び/又は発現を抑制することにより、E2Aの機能を抑制することを特徴とする、上記〔1〕の方法。
〔5〕ピロール−イミダゾールポリアミドを用いてE2Aの機能を抑制することを特徴とする、上記〔1〕の方法。
〔6〕哺乳動物がヒトである、上記〔1〕〜〔5〕のいずれかの方法。
〔7〕プロB細胞の前駆細胞が、造血幹細胞、造血前駆細胞、リンフォミエロイド系前駆細胞、プレプロB前駆細胞、ES細胞及びiPS細胞からなる群より選択される、上記〔1〕〜〔6〕のいずれかの方法。
〔8〕上記〔1〕〜〔7〕のいずれかの方法により製造され得る、分化多能性及び自己複製能を保持する造血幹/前駆細胞様細胞。
〔9〕上記〔8〕の細胞を含有してなる、細胞免疫療法剤。
〔10〕上記〔8〕の細胞を、血液細胞への分化を誘導する条件下で培養することを含む、血液細胞の製造方法。
〔11〕上記〔10〕の方法により製造され得る成熟血液細胞。
〔12〕上記〔11〕の細胞、もしくは該成熟血液細胞にまで分化する途上にある細胞集団を含有してなる、細胞免疫療法剤。
〔13〕骨髄細胞をさらに含有する、上記〔9〕または〔12〕の剤。
本発明の方法を用いれば、骨髄移植においてHLA型さえ一致すれば、少数の細胞をもとに造血幹/前駆細胞の特性を有する細胞を作製し、これをほとんど無限に増幅させることができるので、骨髄液提供者の負担が大幅に軽減する。さらには、増幅させた細胞を用いて移植を反復して行うことや、自分自身の細胞を造血幹細胞として移植することも可能となることから移植の適用範囲が広がり、現時点においては造血幹細胞数に限度があるために移植が実現化されない又は成功しないようなケースでも、移植が実現可能となり得る。また、本発明の方法で得られる造血幹/前駆細胞の特性を有する細胞から各種系列の成熟血液細胞を人為的に作り出すことができるので、得られた成熟血液細胞を細胞療法に用いる細胞として使用することも可能である。
図1は、マウスIdHP細胞の作製方法を示す。 図2は、マウスIdHP細胞の造血再建能を示す。細胞移入2週間後のマウスの骨髄細胞中のIdHP細胞由来(CD45.1陽性)細胞の表面抗原マーカー解析により、ミエロイド系とエリスロイド系細胞の生成が認められた。 図3は、Id3を強制発現させたB前駆細胞によるマウスの被曝死からの救助を示す。図3Aは、致死量の放射線を照射した後に、IdHP細胞を移入したマウスの生存曲線を示す。図3Bは、照射後4週間および12週間の生存マウスの末梢血においてIdHP細胞由来の血液細胞が出現したことを示す。 図4は、個々のマウスIdHP細胞がいずれも多能性前駆細胞であることを示す。1個のマウスIdHP細胞から増幅されたIdHP細胞クローンを静脈注射して4週後のマウス末梢血中の、IdHP細胞由来(CD45.1陽性)細胞の表面抗原マーカー解析により、ミエロイド細胞、B細胞、T細胞、NK細胞の再構築が確認された。 図5は、E2AのDNA結合モチーフであるEボックス配列に特異的に結合する合成PIポリアミド(図5A)によりE2Aの転写調節機能を阻害すると(図5B)、T細胞への分化能を有する造血前駆細胞が増幅すること(図5C)を示す。 図6は、ヒトIdHP細胞の作製手順(図6A)、培養4週間後におけるヒトIdHP細胞の出現(図6B)、並びに得られたヒトIdHP細胞が多能性を有すること(図6C)を示す。
本発明は、造血幹/前駆細胞の特性を有する細胞の製造方法を提供する。該方法は、
(1)哺乳動物のプロB細胞もしくはその前駆細胞を提供する工程、及び
(2)上記(1)の細胞を、B細胞への分化を誘導する条件下で培養する工程
を含み、かつ上記(2)の工程中、少なくともプレプロB細胞もしくはプロB細胞の段階において、転写因子E2Aの機能及び/又は発現を抑制することを特徴とする。
本明細書において「造血幹/前駆細胞の特性を有する」とは、分化多能性及び自己複製能を保持することを意味する。「分化多能性」とは、B細胞、T細胞、赤血球、マクロファージなどの複数の系列の成熟血液細胞に分化し得る能力を意味する。「自己複製能」とは、細胞がその特性を保持したまま増幅し続ける能力を意味する。
造血幹/前駆細胞の増幅(自己複製能の保持)は、細胞マーカーの解析(例えば、セルソーターによる各種CDマーカーなどに対応する細胞の計数)、コロニーアッセイ法に基づく定量的な解析などにより、評価することが可能である。コロニーアッセイ法とは、メチルセルロース、軟寒天などの半固形培地中で造血細胞を培養し、形成された細胞集団すなわちコロニーから、造血幹細胞等の数や性質を推定する方法である。また、分化多能性の保持は、自体公知の方法に準じて、例えば、マウスの成体に造血幹細胞を移入した後に、長期間に渡って複数の系列の細胞をつくり続ける能力を有するか否かによって測定できる(例、J Exp Med 192 (2000), 1281-1288)。あるいは、各種血液細胞への分化を誘導する培養条件下で培養し、当該血液細胞への分化を細胞マーカーの解析等により調べることにより行うこともできる。
本発明の方法が適用できる哺乳動物は特に制限されず、例えば、ヒト、マウス、ラット、ハムスター、サル、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、イヌ、ネコ、モルモット、ウサギなどであり得、好ましくはヒトである。
本発明の方法は、哺乳動物に対する細胞免疫療法のための造血幹/前駆細胞様細胞を人為的に作製・大量増幅させることを目的とするものである。したがって、本発明の方法に用いる哺乳動物は、当該細胞免疫療法の対象となる動物個体(自家移植)もしくは該動物と同種の個体(同種移植)が好ましいが、異種動物の使用を排除するものではない。
本明細書において「プロB細胞」とは、Bリンパ球の前駆細胞の1つであって、表面抗原マーカーとしてCD34、CD45R、B220、AA4.1、IL−7R、MHCクラスII、CD10、CD19、CD38等を発現することで特徴づけられる。「プレプロB細胞」とは、Bリンパ球への分化においてリンフォミエロイド系前駆細胞から分化した細胞であって、かつプロB細胞の前段階にある細胞である(B220陽性かつCD19陰性により特徴づけられる)。
「プロB細胞の前駆細胞」は、プロB細胞に分化させ得る細胞である限り特に制限はなく、例えば造血幹細胞、造血前駆細胞、リンフォミエロイド系前駆細胞、プレプロB前駆細胞の他、胚性幹(ES)細胞や人工多能性幹(iPS)細胞等も前駆細胞に包含される。ES細胞は、B細胞、T細胞、赤血球、マクロファージなど、各系列の血液細胞に分化することが知られているが、ES細胞から造血幹細胞の生成に成功した例はこれまでにない。ES/iPS細胞又はES/iPS細胞に由来する造血前駆細胞において、本発明の方法によりE2Aの機能及び/又は発現を抑制することによって、造血幹/前駆細胞様細胞を製造し得る。
プロB細胞およびその前駆細胞は、均一の細胞であってもよいし、種々の分化段階の細胞の不均一な集団であってもよい。
プロB細胞およびその前駆細胞は、哺乳動物の骨髄、臍帯血、末梢血などから自体公知の方法(例えば、表面抗原マーカー分子に対する抗体とFACS (fluorescence activated cell sorter) を用いる方法等)により取得することができ、あるいは生体外で誘導することができる。例えば、造血幹細胞は、CD34陰性または弱陽性、c−Kit陽性、Sca−1陽性、分化抗原(Lineageマーカー)陰性(CD34-/lowKSL)で特徴づけられるので、これらの表面抗原に対する抗体とFACSとを用いてCD34-/lowKSL細胞を分画することにより得ることができる。本発明の方法は、例えば、血液系腫瘍患者における自家移植を行う場合(例えば、放射線治療前に骨髄細胞を採取しておき、治療後にそれを体内に戻す場合等)に威力を発揮し得る。即ち、血液系腫瘍の患者では、骨髄中に腫瘍細胞が存在する危険性が高いが、腫瘍細胞と区別できる前駆細胞、例えば前記造血幹細胞やプロB細胞のみを表面抗原マーカーの発現を指標にセルソーターで分離すれば、腫瘍細胞を除くことができるので、安全に自家移植を実施することができる。
一方、ES細胞やiPS細胞は、初期胚や体細胞から自体公知の方法により誘導することができる。
プロB細胞およびその前駆細胞は、B細胞への分化を誘導する条件下で培養される。B細胞への分化誘導培地としては、例えば、5〜20%のウシ胎児血清(FCS)を含有する最小必須培地(MEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、イスコヴ改変ダルベッコ培地(IMDM)、RPI1640培地、ハムF12培地等に、IL7、SCF、Flt3リガンドなどのサイトカインを添加した培地が挙げられる。培養途中で無血清培地に馴化させることが好ましい。培地に播種される細胞数としては、細胞培養が可能であれば特に制限されないが、約1.0×10〜約1.0×10細胞/mlが好ましい。培養期間は特に限定されないが、30〜60日が好ましい。培養温度は約30〜約40℃、特に約37℃が好ましい。二酸化炭素含有量は、約5〜約10%、特に約5%が好ましい。
本発明の方法は、上記培養工程中、少なくともプレプロB細胞もしくはプロB細胞の段階において、転写因子E2Aの機能及び/又は発現を抑制することを特徴とする。E2AはB細胞以外の細胞への分化を阻害することによりB細胞に系列決定する転写因子であり、プレプロB細胞からプロB細胞にコミットメントするところで可逆的に機能する因子である。したがって、プレプロB細胞もしくはプロB細胞の段階において、該因子の機能及び/又は発現を抑制するとB細胞への分化が停止し、該細胞は、B細胞以外の複数の細胞系列への分化能(分化多能性)を再獲得する。該細胞はB細胞への分化が進まないので、B細胞への分化を誘導する培養条件下で培養を続けることにより、分化多能性を維持したまま自己複製することができ、無尽蔵に増幅させることができる。
本発明において「E2Aの機能を抑制する」とは、いったん機能的に産生されたE2Aタンパク質が、下流の遺伝子発現を制御してプレプロB細胞のB細胞への分化を誘導する活性を発揮するのを抑制する限り、いかなる様式であってもよく、例えば、E2Aと結合してE2Aが標的遺伝子に作用するのを抑制する因子を増強する、E2Aの機能ドメインを不活性化したドミナントネガティブ変異体を導入する、あるいはE2Aの制御下にあるか、もしくはE2Aと協働的に機能する他の転写因子の発現または活性を阻害する等の方法が挙げられる。
E2Aと結合してE2Aが標的遺伝子に作用するのを抑制する因子として、Id(Inhibitor of DNA binding)因子が挙げられる。Id因子は哺乳動物において4種類存在する分化抑制因子(Id1〜Id4)であり、細胞分化に重要な役割を果たす塩基性ヘリックス−ループ−ヘリックス(bHLH)型転写因子の機能阻害因子である。Id因子は、E2Aを含むEタンパク質(E2A、HEB、E2−2)に直接結合してその機能を抑制する。本発明で用いられるId因子は特に制限されず、Id1〜Id4のいずれも好ましく用いられ得る。
E2Aと結合してE2Aが標的遺伝子に作用するのを抑制する他の因子として、例えば、E2Aに対する抗体やE2A結合モチーフ(例、5’-AACAGATGGT-3’;配列番号1、5’-GCAGGTG(T/G)-3’;配列番号2)を有するデコイ核酸などが挙げられる。
E2Aと結合してE2Aが標的遺伝子に作用するのを抑制する因子を増強する方法としては、当該因子自体を細胞内に導入してもよいが(例えば、プロB細胞もしくはその前駆細胞の培地中に当該因子を添加する、あるいは当該因子をリポソームに封入して該細胞内に導入する等)、当該因子を効率よく細胞内に導入し、かつ持続的に供給するためには、当該因子をコードする核酸を含む発現ベクターを該細胞に導入し、強制発現させることがより好ましい。
例えば、E2Aと結合してE2Aが標的遺伝子に作用するのを抑制する因子としてId3を用いる場合、Id3遺伝子の塩基配列情報(GenBankにRefseq No. NM_002167(ヒト)及びNM_008321(マウス)として登録されている)をもとに適当なプライマーを設計し、Id3を発現する細胞・組織から自体公知の方法により抽出したRNAを鋳型としてRT−PCRを行い、Id3をコードする塩基配列を含むDNAを増幅・クローン化することができる。あるいは、前記細胞・組織由来のcDNAライブラリーから、ハイブリダイゼーション法を用いてId3のcDNAをクローニングすることができる。他のId因子についても同様に行うことができる。ハイブリダイゼーションは、例えば、モレキュラー・クローニング(Molecular Cloning)第2版(J. Sambrook et al., Cold Spring Harbor Lab. Press, 1989)に記載の方法などに従って行なうことができる。
クローン化されたDNAは、目的によりそのまま、または所望により制限酵素で消化するか、リンカーを付加した後に、宿主である哺乳動物のプロB細胞もしくはその前駆細胞に適合したプロモーターの下流に連結して、使用することができる。該DNAはその5'末端側に翻訳開始コドンとしてのATGを有し、また3'末端側には翻訳終止コドンとしてのTAA、TGAまたはTAGを有していてもよい。これらの翻訳開始コドンや翻訳終止コドンは、適当な合成DNAアダプターを用いて付加することができる。
発現ベクターとしては、動物細胞発現プラスミド(例:pA1-11、pXT1、pRc/CMV、pRc/RSV、pcDNAI/Neo);λファージなどのバクテリオファージ;レトロウイルス、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、レンチウイルスなどの動物ウイルスベクターなどが用いられる。プロモーターとしては、遺伝子の発現に用いる宿主に対応して適切なプロモーターであればいかなるものでもよい。例えば、SRαプロモーター、SV40プロモーター、LTRプロモーター、CMV(サイトメガロウイルス)プロモーター、RSV(ラウス肉腫ウイルス)プロモーター、MoMuLV(モロニーマウス白血病ウイルス)LTR、HSV-TK(単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ)プロモーターなどが用いられる。
発現ベクターとしては、上記の他に、所望によりエンハンサー、スプライシングシグナル、ポリA付加シグナル、選択マーカー、SV40複製起点などを含有しているものを用いることができる。選択マーカーとしては、各種薬剤耐性遺伝子や宿主プロB細胞もしくはその前駆細胞が発現しない表面抗原をコードする遺伝子などが挙げられる。
細胞への遺伝子導入は、レトロウイルス、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、レンチウイルス、センダイウイルスなどのウイルスを利用する方法、及び単純なプラスミドベクターを電気穿孔法、リポソーム融合法、遺伝子銃などで細胞内に導入する方法等により行うことができる。
生体内で幹細胞としての自己複製能を維持するためには、恒久的な発現が必要と考えられるので、染色体への遺伝子組み込みは好ましい。レンチウイルスは染色体DNAに安定に組み込まれ、かつエピジェネティックなサイレンシングがほとんど起こらないので、造血幹/前駆細胞様細胞の自己複製能を永続的に維持するという目的においては好ましいが、E2Aの機能が恒久的に抑制されると該細胞はB細胞への分化能を再獲得できないという欠点がある。一方、レトロウイルスを用いると、染色体に組み込まれた遺伝子は、ある一定の割合で不活性化されて発現されなくなるので、E2Aの機能が一定の割合で回復し、遺伝子導入処理された細胞集団は、全体としてみれば、自己複製能とB細胞以外の複数の細胞系列への分化能とを保持したまま、B細胞への分化能をも再獲得することになる。したがって、過剰発現の際にはレトロウイルスを用いるのが好ましい。持続発現型センダイウイルスベクター(例、J. Biol. Chem. 282, 27383-27391, 2007)は染色体外で安定に存在することができ、必要に応じてsiRNAにより分解除去することができるので、同様に好ましく利用され得る。
尚、遺伝子を改変した細胞を作製する場合は、生体内で白血病化する危険性を念頭に置く必要がある。本発明の方法では、マウスの実験においては、最長4ヶ月の経過観察の範囲内では、致死的な白血病はみられていないので、危険性は必ずしも高くないと考えられる。しかし、安全性を保障するため、自殺遺伝子を同時に導入して、移入した細胞が一定の効果を発揮した後や、白血病化したときなどに、薬剤投与により移入細胞を除去する方法を併用することも可能である。自殺遺伝子としてはチミジンキナーゼ、細胞死誘導薬剤としてガンシクロビルなどがあげられる。
一方、幹細胞移植としてではなく、例えば一過性の造血により免疫能を回復させることを目的とするような移植、及び体外で分化誘導をかけて細胞療法に用いるような利用法においては、ウイルスなどによる抑制因子の遺伝子導入よりは、抑制因子の直接投与によってE2Aを抑制する方が、患者細胞の遺伝子を改変しなくてすむので、むしろ好ましい。
遺伝子導入後の細胞は、E2Aの機能が抑制されることによりB細胞への分化が停止するので、前記したプロB細胞の培養条件下で培養し続けることにより、造血幹/前駆細胞の特性を保持した状態で長期間維持・大量増幅させることができる。
E2Aの制御下にあり、またE2Aと協働してB細胞の分化過程で作用する他の転写因子としては、例えば、EBF、PAX5等が挙げられる。これら他の転写因子の機能を抑制する方法としては、例えば、それらの機能ドメインを不活性化したドミナントネガティブ変異体を導入すること等が挙げられる。即ち、EBFやPAX5をコードするDNAを上記Id3の場合と同様の手法で単離し、公知の部位特異的変異誘発法等によって該DNAの機能ドメインに変異を導入してドミナントネガティブ変異体をコードするDNAを作製、これを上記と同様の手法で、宿主プロB細胞もしくはその前駆細胞に導入する方法等である。
上記他の転写因子の発現を抑制する方法としては、後述のE2Aの発現を抑制する方法と同様の方法が挙げられる。
本発明において「E2Aの発現を抑制する」とは、E2A遺伝子の転写レベル、転写後調節のレベル、蛋白質への翻訳レベル、翻訳後修飾のレベル等のいかなる段階を抑制するものであってもよい。従って、E2Aの発現を抑制する物質としては、例えば、該遺伝子の転写を阻害する物質、初期転写産物からmRNAへのプロセッシングを阻害する物質、mRNAの細胞質への輸送を阻害する物質、mRNAの分解を促進する物質、mRNAからタンパク質への翻訳を阻害する物質、E2Aポリペプチドの翻訳後修飾を阻害する物質などが含まれる。いずれの段階で作用するものであっても好ましく用いることができるが、E2Aタンパク質の産生を直接的に阻害するという意味では、mRNAからタンパク質への翻訳を阻害する物質が好ましい。
E2AのmRNAからタンパク質への翻訳を特異的に阻害し得る物質として、好ましくは、該mRNAの塩基配列と相補的な塩基配列またはその一部を含む核酸が挙げられる。より具体的には、E2AのmRNAの塩基配列と相補的な塩基配列としては、GenBankにaccession No. M31523(ヒト)及びNM_011548.3(マウス)として登録されているE2AのmRNAの塩基配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし得る塩基配列が挙げられる。ストリンジェントな条件としては、例えば、6×SSC(sodium chloride/sodium citrate)中45℃でのハイブリダイゼーション反応の後、0.2×SSC/0.1% SDS中65℃での一回以上の洗浄などが挙げられる。
「E2AのmRNAの塩基配列と相補的な塩基配列の一部」とは、E2AのmRNAに特異的に結合することができ、且つ該mRNAからのタンパク質の翻訳を阻害し得るものであれば、その長さや位置に特に制限はないが、配列特異性の面から、標的配列に相補的もしくは実質的に相補的な部分を少なくとも10塩基以上、好ましくは約15塩基以上、より好ましくは約20塩基以上含むものである。
具体的には、E2AのmRNAの塩基配列と相補的な塩基配列またはその一部を含む核酸として、以下の(a)〜(c)のいずれかのものが好ましく例示される。
(a) E2AのmRNAに対するアンチセンス核酸
(b) E2AのmRNAに対するsiRNA
(c) E2AのmRNAに対するリボザイム
(a) E2AのmRNAに対するアンチセンス核酸
本発明における「E2AのmRNAに対するアンチセンス核酸」とは、該mRNAの塩基配列と相補的な塩基配列またはその一部を含む核酸であって、標的mRNAと特異的かつ安定した二重鎖を形成して結合することにより、タンパク質合成を抑制する機能を有するものである。
アンチセンス核酸は、2−デオキシ−D−リボースを含有しているポリデオキシリボヌクレオチド、D−リボースを含有しているポリリボヌクレオチド、プリンまたはピリミジン塩基のN−グリコシドであるその他のタイプのポリヌクレオチド、非ヌクレオチド骨格を有するその他のポリマー(例えば、市販のタンパク質核酸および合成配列特異的な核酸ポリマー)または特殊な結合を含有するその他のポリマー(但し、該ポリマーはDNAやRNA中に見出されるような塩基のペアリングや塩基の付着を許容する配置をもつヌクレオチドを含有する)などが挙げられる。それらは、二本鎖DNA、一本鎖DNA、二本鎖RNA、一本鎖RNA、DNA:RNAハイブリッドであってもよく、さらに非修飾ポリヌクレオチド(または非修飾オリゴヌクレオチド)、公知の修飾の付加されたもの、例えば当該分野で知られた標識のあるもの、キャップの付いたもの、メチル化されたもの、1個以上の天然のヌクレオチドを類縁物で置換したもの、分子内ヌクレオチド修飾のされたもの、例えば非荷電結合(例えば、メチルホスホネート、ホスホトリエステル、ホスホルアミデート、カルバメートなど)を持つもの、電荷を有する結合または硫黄含有結合(例、ホスホロチオエート、ホスホロジチオエートなど)を持つもの、例えばタンパク質(例、ヌクレアーゼ、ヌクレアーゼ・インヒビター、トキシン、抗体、シグナルペプチド、ポリ−L−リジンなど)や糖(例、モノサッカライドなど)などの側鎖基を有しているもの、インターカレント化合物(例、アクリジン、ソラレンなど)を持つもの、キレート化合物(例えば、金属、放射活性をもつ金属、ホウ素、酸化性の金属など)を含有するもの、アルキル化剤を含有するもの、修飾された結合を持つもの(例えば、αアノマー型の核酸など)であってもよい。ここで「ヌクレオシド」、「ヌクレオチド」および「核酸」とは、プリンおよびピリミジン塩基を含有するのみでなく、修飾されたその他の複素環型塩基をもつようなものを含んでいて良い。このような修飾物は、メチル化されたプリンおよびピリミジン、アシル化されたプリンおよびピリミジン、あるいはその他の複素環を含むものであってよい。修飾されたヌクレオシドおよび修飾されたヌクレオチドはまた糖部分が修飾されていてよく、例えば、1個以上の水酸基がハロゲンとか、脂肪族基などで置換されていたり、またはエーテル、アミンなどの官能基に変換されていてよい。
上記の通り、アンチセンス核酸はDNAであってもRNAであってもよく、あるいはDNA/RNAキメラであってもよい。アンチセンス核酸がDNAの場合、標的RNAとアンチセンスDNAとによって形成されるRNA:DNAハイブリッドは、内在性RNase Hに認識されて標的RNAの選択的な分解を引き起こすことができる。したがって、RNase Hによる分解を指向するアンチセンスDNAの場合、標的配列は、mRNA中の配列だけでなく、E2A遺伝子の初期翻訳産物におけるイントロン領域の配列であってもよい。例えば、ヒトの場合、E2A遺伝子は第19番染色体の19p13.3領域に存在するので、該領域のゲノム配列と、GenBankにaccession No. M31523として登録されているヒトE2A cDNA配列とをBLAST、FASTA等のホモロジー検索プログラムを用いて比較して、イントロン配列を決定することができる。
本発明のアンチセンス核酸の標的領域は、該アンチセンス核酸がハイブリダイズすることにより、結果としてE2Aタンパク質への翻訳が阻害されるものであればその長さに特に制限はなく、該タンパク質をコードするmRNAの全配列であっても部分配列であってもよく、短いもので約10塩基程度、長いものでmRNAもしくは初期転写産物の全配列が挙げられる。合成の容易さや細胞内移行性の問題等を考慮すれば、約10〜約40塩基、特に約15〜約30塩基からなるオリゴヌクレオチドが好ましいが、それに限定されない。具体的には、E2A遺伝子の5’端ヘアピンループ、5’端非翻訳領域、翻訳開始コドン、タンパク質コード領域、ORF翻訳終止コドン、3’端非翻訳領域、3’端パリンドローム領域または3’端ヘアピンループなどが、アンチセンス核酸の好ましい標的領域として選択しうるが、それらに限定されない。
さらに、本発明のアンチセンス核酸は、E2AのmRNAや初期転写産物とハイブリダイズしてタンパク質への翻訳を阻害するだけでなく、二本鎖DNAであるこれらの遺伝子と結合して三重鎖(トリプレックス)を形成し、RNAへの転写を阻害し得るもの(アンチジーン)であってもよい。
アンチセンス核酸を構成するヌクレオチド分子は、天然型のDNAもしくはRNAでもよいが、安定性(化学的および/または対酵素)や比活性(RNAとの親和性)を向上させるために、種々の化学修飾を含むことができる。例えば、ヌクレアーゼなどの加水分解酵素による分解を防ぐために、アンチセンス核酸を構成する各ヌクレオチドのリン酸残基(ホスフェート)を、例えば、ホスホロチオエート(PS)、メチルホスホネート、ホスホロジチオネートなどの化学修飾リン酸残基に置換することができる。また、各ヌクレオチドの糖(リボース)の2’位の水酸基を、−OR(Rは、例えばCH(2’−O−Me)、CHCHOCH(2’−O−MOE)、CHCHNHC(NH)NH、CHCONHCH、CHCHCN等を示す)に置換してもよい。さらに、塩基部分(ピリミジン、プリン)に化学修飾を施してもよく、例えば、ピリミジン塩基の5位へのメチル基やカチオン性官能基の導入、あるいは2位のカルボニル基のチオカルボニルへの置換などが挙げられる。
RNAの糖部のコンフォーメーションはC2’−endo(S型)とC3’−endo(N型)の2つが支配的であり、一本鎖RNAではこの両者の平衡として存在するが、二本鎖を形成するとN型に固定される。したがって、標的RNAに対して強い結合能を付与するために、2’酸素と4’炭素を架橋することにより、糖部のコンフォーメーションをN型に固定したRNA誘導体であるBNA(LNA)(Imanishi, T. et al., Chem. Commun., 1653-9, 2002; Jepsen, J.S. et al., Oligonucleotides, 14, 130-46, 2004)やENA(Morita, K. et al., Nucleosides Nucleotides Nucleic Acids, 22, 1619-21, 2003)もまた、好ましく用いられ得る。
本発明のアンチセンスオリゴヌクレオチドは、E2AのcDNA配列もしくはゲノミックDNA配列に基づいてmRNAもしくは初期転写産物の標的配列を決定し、市販のDNA/RNA自動合成機(アプライド・バイオシステムズ社、ベックマン社等)を用いて、これに相補的な配列を合成することにより調製することができる。また、上記した各種修飾を含むアンチセンス核酸も、いずれも自体公知の手法により、化学的に合成することができる。
(b) E2AのmRNAに対するsiRNA
本明細書においては、E2AのmRNAに相補的なオリゴRNAとその相補鎖とからなる二本鎖RNA、いわゆるsiRNAもまた、E2AのmRNAの塩基配列と相補的な塩基配列またはその一部を含む核酸に包含されるものとして定義される。短い二本鎖RNAを細胞内に導入するとそのRNAに相補的なmRNAが分解される、いわゆるRNA干渉(RNAi)と呼ばれる現象は、以前から線虫、昆虫、植物等で知られていたが、この現象が動物細胞でも広く起こることが確認されて以来(Nature, 411(6836), 494-498, 2001)、リボザイムの代替技術として汎用されている。siRNAは標的となるmRNAの塩基配列情報に基づいて、市販のソフトウェア(例:RNAi Designer; Invitrogenなど)を用いて適宜設計することができる。
siRNAを構成するリボヌクレオシド分子もまた、安定性、比活性などを向上させるために、上記のアンチセンス核酸の場合と同様の修飾を受けていてもよい。但し、siRNAの場合、天然型RNA中のすべてのリボヌクレオシド分子を修飾型で置換すると、RNAi活性が失われる場合があるので、RISC複合体が機能できる最小限の修飾ヌクレオシドの導入が必要である。
siRNAは、mRNA上の標的配列のセンス鎖及びアンチセンス鎖をDNA/RNA自動合成機でそれぞれ合成し、適当なアニーリング緩衝液中、約90〜約95℃で約1分程度変性させた後、約30〜約70℃で約1〜約8時間アニーリングさせることにより調製することができる。また、siRNAの前駆体となるショートヘアピンRNA(shRNA)を合成し、これをダイサー(dicer)を用いて切断することにより調製することもできる。
(b’) E2AのmRNAに対するsiRNAを生成し得る核酸
本明細書においては、生体内で上記のE2AのmRNAに対するsiRNAを生成し得るようにデザインされた核酸もまた、E2AのmRNAの塩基配列と相補的な塩基配列またはその一部を含む核酸に包含されるものとして定義される。そのような核酸としては、上記したshRNAなどが挙げられる。shRNAは、mRNA上の標的配列のセンス鎖およびアンチセンス鎖を適当なループ構造を形成しうる長さ(例えば15から25塩基程度)のスペーサー配列を間に挿入して連結した塩基配列を含むオリゴRNAをデザインし、これをDNA/RNA自動合成機で合成することにより調製することができる。
(c) E2AのmRNAに対するリボザイム
E2AのmRNAの塩基配列と相補的もしくは実質的に相補的な塩基配列またはその一部を含む核酸の他の好ましい例としては、該mRNAをコード領域の内部で特異的に切断し得るリボザイムが挙げられる。「リボザイム」とは、狭義には、核酸を切断する酵素活性を有するRNAをいうが、本明細書では配列特異的な核酸切断活性を有する限りDNAをも包含する概念として用いるものとする。リボザイムとして最も汎用性の高いものとしては、ウイロイドやウイルソイド等の感染性RNAに見られるセルフスプライシングRNAがあり、ハンマーヘッド型やヘアピン型等が知られている。ハンマーヘッド型は約40塩基程度で酵素活性を発揮し、ハンマーヘッド構造をとる部分に隣接する両端の数塩基ずつ(合わせて約10塩基程度)をmRNAの所望の切断部位と相補的な配列にすることにより、標的mRNAのみを特異的に切断することが可能である。このタイプのリボザイムは、RNAのみを基質とするので、ゲノムDNAを攻撃することがないというさらなる利点を有する。E2AのmRNAが自身で二本鎖構造をとる場合には、RNAヘリカーゼと特異的に結合し得るウイルス核酸由来のRNAモチーフを連結したハイブリッドリボザイムを用いることにより、標的配列を一本鎖にすることができる(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 98(10) 5572-5577, 2001)。さらに、リボザイムを、それをコードするDNAを含む発現ベクターの形態で使用する場合には、転写産物の細胞質への移行を促進するために、tRNAを改変した配列をさらに連結したハイブリッドリボザイムとすることもできる(Nucleic Acids Res., 29(13) 2780-2788, 2001)。
E2AのmRNAの塩基配列と相補的な塩基配列またはその一部を含む核酸は、リポソーム、ミクロスフェアのような特殊な形態で供与されたり、付加された形態で与えられ得る。こうして付加形態で用いられるものとしては、リン酸基骨格の電荷を中和するように働くポリリジンのようなポリカチオン体、細胞膜との相互作用を高めたり、核酸の取込みを増大せしめるような脂質(例、ホスホリピド、コレステロールなど)などの疎水性のものが挙げられる。付加するに好ましい脂質としては、コレステロールやその誘導体(例、コレステリルクロロホルメート、コール酸など)が挙げられる。こうしたものは、核酸の3’端または5’端に付着させることができ、塩基、糖、分子内ヌクレオシド結合を介して付着させることができる。その他の基としては、核酸の3’端または5’端に特異的に配置されたキャップ用の基で、エキソヌクレアーゼ、RNaseなどのヌクレアーゼによる分解を阻止するためのものが挙げられる。こうしたキャップ用の基としては、ポリエチレングリコール、テトラエチレングリコールなどのグリコールをはじめとした当該分野で知られた水酸基の保護基が挙げられるが、それに限定されるものではない。
E2AのmRNAの塩基配列と相補的な塩基配列またはその一部を含む核酸は、上記のE2Aと結合してE2Aが標的遺伝子に作用するのを抑制する因子の場合と同様に、それをコードするDNAを適当な発現ベクターに挿入して、宿主プロB細胞もしくはその前駆細胞に導入することができる。アンチセンス核酸やリボザイムについては、前記と同様の発現ベクター、プロモーター等がそれぞれ利用できる。shRNAの発現ベクターとしては、U6やH1などのPol III系プロモーターを有するものが用いられ得る。この場合、該発現ベクターを導入された細胞内で転写されたshRNAは、自身でループを形成した後に、内在の酵素ダイサー(dicer)などによってプロセシングされることにより成熟siRNAが形成される。
細胞への遺伝子導入や導入後の細胞の培養も前記と同様に行うことができる。
E2Aの機能及び発現を抑制する別の手法としてピロールイミダゾール(PI)ポリアミドを用いる方法が挙げられる。PIポリアミドは、ピロール(Py)/イミダゾール(Im)ペアがCG、Py/PyペアはATまたはTA、Im/PyペアはGCを認識し、これにより様々な任意の二本鎖DNAに塩基特異的に結合し、ターゲット遺伝子の発現を抑制することができる。また、PIポリアミドはDNAのマイナーグルーブに入り込んで結合し、それによって転写因子の該DNAへの結合を阻害するので、E2Aの制御下にある遺伝子のE2A結合シスエレメントであるEボックス配列(5’-GCAGGTG(T/G)-3’;配列番号2)に結合するPIポリアミド(図5A)を用いて該遺伝子の発現を抑制することで、E2Aの機能を抑制することができる(図5B)。PIポリアミドは、既存のアンチセンス核酸やsiRNAと異なり核酸構造を有しないため、生体内で核酸分解酵素により分解されにくく、ベクターやカオチン脂質などのドラッグデリバリーシステム、エレクトロポーション法などを必要としない。
PIポリアミドは、例えば、Fmoc保護アミノ基を有するPyおよびIm誘導体(下式)を合成原料として、Fmocペプチド固相合成技術を用いて合成することができるが、それに限定されない。

(式中、Xは炭素または窒素原子を表わす。)
PIポリアミドが所望のヘアピン構造を形成できるように、対形成するピロール−イミダゾール両鎖の間に、例えばγ−アミノ酪酸などの適当なリンカーが分子内に導入される。また、β−アラニンなどの標的DNA配列との結合に寄与しない適当なスペーサー分子を、対形成するピロール−イミダゾール両鎖の相補的な位置に挿入することもできる。
PIポリアミドの全配列のカップリングが完了すれば、末端アミノ基をアシル基などでキャッピングした後、トリフルオロ酢酸(TFA)を用いてカルボン酸として、あるいはN,N−ジメチルアミノプロピルアミン(Dp)を用いてアミンとして、PIポリアミドを固相から切り出すことができる。
得られたPIポリアミドは、公知の精製法により単離・精製することができる。ここで、精製法としては、例えば、溶媒抽出、蒸留、カラムクロマトグラフィー、液体クロマトグラフィー、再結晶、これらの組み合わせなどが挙げられる。精製PIポリアミドは自体公知の方法で凍結乾燥して室温で保存することができ、用時、DMSO等の有機溶媒に溶解後、水もしくは水/有機溶媒混合液で適当な濃度に希釈することができる。
上述のように、PIポリアミドは特別な導入手段を用いることなく、培地に添加するだけで容易に細胞内に導入される。PIポリアミドの添加濃度は、E2Aの機能を抑制するのに十分で、かつ細胞の生育に悪影響を及ぼさない範囲であれば特に制限はないが、例えば、5〜50μMの濃度となるように培地に添加することができる。
上記のようにして得られる造血幹/前駆細胞様細胞は、前記B細胞への分化を誘導する培養条件下で継代培養を続けることにより、自己複製能及び分化多能性を保持したまま長期間にわたり大量増幅させることができる。また、該細胞は凍結保存が可能であるため、増幅した造血幹/前駆細胞様細胞の一部を移植に用い、残りを凍結保存しておいて、移植が生着しなかった場合など、再度移植が必要になったときに用時融解して使用することが可能である。
本発明はまた、上記の方法により製造され得る、分化多能性及び自己複製能を保持する造血幹/前駆細胞様細胞を提供する。当該造血幹/前駆細胞様細胞では、E2Aの機能もしくは発現が、抑制手段に応じて、恒久的もしくは一時的に(あるいは全体的もしくは部分的に)抑制されている。異なる様式で抑制を受けた造血幹/前駆細胞様細胞は、細胞免疫療法の分野においてそれぞれ優れた効果を奏し得る。従って、本発明はまた、当該造血幹/前駆細胞様細胞を含有してなる細胞免疫療法剤を提供する。
本発明の免疫細胞療法剤は造血幹/前駆細胞の特性を有する細胞を有効成分として含有するので、造血機能の障害を伴う疾患、例えば、再生不良性貧血、先天性免疫不全症、先天性代謝異常症、骨髄異形成症候群、白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫、骨髄線維症、放射線障害等の予防および/または治療剤として使用され得る。
本発明の細胞免疫療法剤は、有効量の上記造血幹/前駆細胞様細胞をそのまま、あるいは常套手段にしたがって、医薬上許容される担体と混合して医薬組成物とした後に用いることができる。本発明の剤は、好ましくは注射剤、懸濁剤、点滴剤などの非経口製剤として製造される。当該非経口製剤に含まれ得る医薬上許容される担体としては、例えば、生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬を含む等張液(例えば、D−ソルビトール、D−マンニトール、塩化ナトリウムなど)などの注射用の水性液が挙げられる。本発明の剤は、例えば、緩衝剤(例えば、リン酸塩緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液)、無痛化剤(例えば、塩化ベンザルコニウム、塩酸プロカインなど)、安定剤(例えば、ヒト血清アルブミン、ポリエチレングリコールなど)、保存剤、酸化防止剤などと配合してもよい。
本発明の剤を水性懸濁液剤として製剤化する場合、上記水性液に、約1.0×10〜1.0×10細胞/ml、好ましくは約1.0×10〜1.0×10細胞/mlとなるように、細胞を懸濁させればよい。
このようにして得られる製剤は、安定で低毒性であるので、哺乳動物(例えば、ヒト、サル、イヌ、ネコ、マウス、ラット、ウサギ、ヒツジ、ブタなど)、好ましくはヒトに対して安全に投与することができる。投与対象は、有効成分である造血幹/前駆細胞様細胞が由来する哺乳動物個体自身であることが好ましいが、投与される造血幹/前駆細胞様細胞と投与対象のHLA型が適合していれば、これに限定されない。投与方法は特に限定されず、経口又は非経口的に投与することができるが、好ましくは、注射もしくは点滴投与であり、静脈内投与、皮下投与、腹腔内投与などが挙げられる。
本発明の細胞免疫療法剤の投与量は、有効成分の活性や種類、投与目的、病気の重篤度、投与対象となる動物種、投与対象の薬物受容性、体重、年齢等によって異なり一概に云えないが、骨髄(造血幹細胞)移植の代替療法として使用する場合、通常、成人1日あたり有効成分量として10細胞/kg以上、好ましくは10〜1010細胞/kg、さらに好ましくは2×10〜10細胞/kgである。
本発明の細胞免疫療法剤はまた、骨髄移植の補助療法剤として、骨髄細胞とともに投与することができる。例えば同種骨髄移植の場合、供与者由来の血液/免疫細胞の生成の遅延が起きたり、またHLA型が完全に一致しているわけではないので、移植片対宿主病が起こり得る。このような場合に、供与者の骨髄細胞の一部から本発明の方法により造血幹/前駆細胞様細胞を作製、増幅させた後に、自体公知の手法により各種血液細胞への分化をある程度誘導した細胞集団を調製し、該細胞集団を上記と同様の手段により製剤化して投与すれば、移植細胞の生着を助けることができる。
本発明はまた、前記造血幹/前駆細胞様細胞を血液細胞への分化を誘導する条件下で培養することを含む、血液細胞の製造方法、並びに該方法により得られる、成熟血液細胞を提供する。成熟血液細胞としては、例えば、T細胞、B細胞、樹状細胞、赤血球、マクロファージ等が挙げられる。これらの血液細胞への分化を誘導するための培地、その他の培養条件は当業者に周知である。尚、これらの成熟血液細胞には、造血幹/前駆細胞様細胞を正常に機能分化させたものだけでなく、特定の機能を遺伝子治療により回復させたもの、又は特定の性質を遺伝子改変や特殊な培養条件により付与したものも含まれ得る。
さらに、本発明は、上記成熟血液細胞を含有してなる細胞免疫療法剤を提供する。現在、成熟血液細胞を作製するための材料として、患者由来の単球や末梢還流造血幹細胞、HLA適合臍帯血などが想定されているが、これらの幹/前駆細胞は増幅能力に限度がある。本発明によれば、もとになる造血幹/前駆細胞様細胞を無尽蔵に供給できるので、所望の量の成熟血液細胞を容易に得ることが可能である。
本発明の方法を用いて、ES細胞またはiPS細胞から、各種系列の成熟血液細胞を作り出すことも可能である。ES/iPS細胞を増幅した後に、特定の血液細胞に分化誘導する方法よりも、本発明の方法を用いて、一度E2Aを不活性化した幹/前駆細胞を作製してから増幅して分化誘導するほうが、はるかに効率良く各種血液細胞を人為的に生成することができるので、好ましい。
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、これらは単なる例示であって、本発明の範囲を何ら限定するものではない。
実施例1 Id3遺伝子導入によるマウス造血幹/前駆細胞の作製
図1に、Id3遺伝子導入による造血幹/前駆細胞の作製の手順を示した。
(1)B前駆細胞の培養条件
B前駆細胞は、IL7(10ng/ml)、SCF(10ng/ml)、及びFLT3リガンド(10ng/ml)を添加して、10%FCS、200U/mlペニシリン、200ng/mlストレプトマイシン、及び4mM L−グルタミンを含む培地にて、培養した。
(2)マウス胎仔肝臓からの造血幹/前駆細胞の単離
マウス胎仔肝臓を様々な系列の血液細胞に特異的な分化抗原に対する抗体を混合したもの(Lineage markers;Lin)で染色した。Lin陰性細胞をセルソーターにより分離した。
(3)Id3遺伝子の導入
胎仔肝臓細胞集団から分離したLin陰性細胞10個を、24ウェル平底プレート中に単層培養したストローマ細胞TSt−4の上に播いた。Id3とTAC抗原のcDNAが組み込まれたレトロウイルス(MSCV−Id3−IRES−TAC)を培地に添加し、Lin陰性細胞に感染させた。2日後に、TAC陽性細胞をセルソーターにより単離した。
(4)Id3を強制発現させたB前駆細胞の作製
Id3を強制発現させた造血前駆細胞(TAC陽性細胞)を10cmディッシュに106個播き、単層培養されたストローマ細胞S17と共培養した。SCF、IL−7、Flt3−L(各10ng/ml)を培地に加え、14日間培養した。B220陽性CD19陰性のプロB細胞様細胞が多数(約10個)生成した(図1)。以下、この細胞をIdHP(Id−induced hematopoietic progenitor;Id誘導造血前駆)細胞と呼ぶ。
実施例2 IdHP細胞のin vitro増殖能/分化能解析
(1)IdHP細胞のin vitro増殖能
IdHP細胞は最初に誘導したときの条件下で培養を続けると、形態や表面抗原型を変えることなく、均質なままで数ヶ月間増殖を続ける。増殖速度は3日で約2倍のペースであった。継代のときに細胞を捨てずに培養を続けると想定すると、2ヶ月間で100万倍以上に増幅したことになる。
(2)IdHP細胞のin vitro分化能解析
約1ヶ月間培養して増幅させたIdHP細胞の分化能をin vitroの分化誘導系を用いて解析した。コロニーアッセイでミエロイド系のコロニー生成能を調べたところ、IdHP細胞10個を播いたプレートにおいて約30個のミエロイド系コロニーが認められた。次にT細胞への分化能を検定するために、IdHP細胞10個を24ウェル平底プレートの中で単層培養されたストローマ細胞TSt−4/DLL1の上に播いた。2週間後、約10個のCD4/CD8ダブルポジティブ細胞が出現した。よって、IdHP細胞はミエロイド系列およびT系列への分化能を保持していると考えられた。
実施例3 IdHP細胞の造血再建能
造血幹細胞としての能力を有していることを示すためには、生体内で長期間にわたって主要な系列の細胞を作り続ける能力を持っていることを示す必要がある。マウスの場合は、致死量の放射線を照射したマウスに移植して8週間以上複数の系列の細胞が末梢血中に検出できるかどうかで判定される。そこで、IdHP細胞10個を放射線致死量照射マウスに移入した。この実験では、競合相手の細胞として2×10個の正常骨髄細胞も同時に移入した。IdHP細胞と正常骨髄細胞とは、Ly5.1(IdHP細胞)とLy5.2(正常骨髄細胞)という表面抗原マーカーで区別することができる。2週間後、コントロール細胞(Id3を含まないウイルスベクターを感染させた細胞)を同数移入したマウスで、すでに移入細胞由来の血液細胞はみられなかったが、IdHP細胞はミエロイド系とエリスロイド系細胞を生成していた(図2)。
2ヶ月後、IdHP細胞由来のミエロイド系とT細胞およびB細胞が検出された。E2Aが阻害されていればB細胞にならないはずであるが、一部の細胞でId3の発現が停止してE2Aの活性が復活したものと考えられる。
以上の結果は、IdHP細胞が長期間多系列にわたる造血を再建できたこと、すなわち造血幹細胞としての能力を有していることを示している。
実施例4 IdHP細胞によるマウスの被曝死からの救助と造血能の維持
IdHP細胞からつくられた血液細胞が生体内で正常に機能しているか否かを調べる目的で以下の実験を行った。致死量放射線被曝マウスを被曝死から救うことができるかどうかを調べた。8Gy照射した13匹のマウスを2群に分けた。第1群7匹には細胞移入を行わなかった。第2群6匹には、照射後1匹あたり各10個のIdHP細胞を移入した。移入されなかったマウスは17日後には全て死んだのに対して、移入したマウスでは3週間後で4匹(67%)が、8週間後でも2匹(33%)が生存していた(図3A)。この結果は、IdHP細胞の移入によって、少なくとも一定期間被曝死を回避できたことを示している。
4週間後および12週間後の生存マウスの末梢血からは、IdHP細胞由来のミエロイド系とT細胞およびB細胞が検出され、3ヶ月以上にわたって複数の系列の細胞が作られ続けていることが示された(図3B)。
実施例5 個々のIdHP細胞の分化多能性試験
IdHP細胞を1個ずつ同じ培養環境(実施例1(4)参照)の96ウェルプレートに播き直すと、50%以上のウェルで細胞の増殖がみられた。それぞれのクローンを十分増やした後、いくつかのクローンについて、IdHP細胞を10個ずつ、放射線照射したRAG欠損マウス(組換え酵素であるRAGを欠損しているため、VDJ組換えができずに分化が阻害され、成熟したT細胞やB細胞が作られない。)に静脈注射した。4週間後に各マウスから末梢血を採取して分化マーカー解析を行った結果、どのクローンでも、多系列の細胞の再構築がみられた(図4)。これらの結果は、個々のIdHP細胞が多能前駆細胞であることを示すとともに、IdHP細胞はクローニングが可能なことを示している。
実施例6 PIポリアミドによる造血幹/前駆細胞の作製
ジェンティア・バイオシステムズ株式会社(京都市)に合成を委託して、図5Aに示される合成PIポリアミドを得た。このPIポリアミドは、ゲノムDNA中のEボックス配列に特異的に結合し得るので、E2Aタンパク質は当該標的配列に結合できなくなり、その転写調節機能が阻害される(図5B)。実施例1(2)の方法で得たマウス造血前駆細胞を、培地に上記PIポリアミドを10μMの濃度となるように添加する以外は、実施例1(4)と同様の培養条件で培養した。10日後、PIポリアミド存在下の培養では、コントロール(PIポリアミド非添加)の培養と比べ、B細胞が著明に減少しており、CD19陰性Mac1陰性の細胞群が増加した(図5C左)。それぞれの培養から同数をT細胞分化誘導環境に移しかえた。14日後、PIポリアミド存在下で培養された細胞からは多数のT細胞の生成がみられた(図5C右)。これらの結果は、PIポリアミド存在下の培養中でT細胞への分化能を有する前駆細胞が増幅したことを示している。
実施例7 Id3遺伝子導入によるヒト造血幹/前駆細胞の作製及び多能性の確認
ヒトId3遺伝子を組み込んだレトロウイルスを、ヒト臍帯血CD34陽性造血前駆細胞に感染させた。2日後、感染した細胞をセルソーターで分離し、hSCF、hIL−7、hIL−3(各10ng/ml)の存在下でストローマ細胞TSt−4と共培養した(図6A)。
培養開始4週間後の細胞について、FS/SSプロファイルを調べたところ、ヒトId3発現細胞ではコントロール(Id3を含まないウイルスベクターを感染させた細胞)に比べて大型の芽球様細胞が選択的に増幅していた(図6B上段)。表面抗原マーカー分析によれば、コントロールではB細胞が多数出現していたのに対し、ヒトId3発現細胞ではB細胞が消失する一方、CD33陽性CD19陰性細胞が増殖していた(ヒトIdHP細胞)。さらに培養を続けると、ヒトIdHP細胞は、マウスのIdHP細胞と同様に継続的に増殖した。
コントロール細胞とヒトIdHP細胞とをそれぞれIL−2存在下に培養すると、ヒトIdHP細胞からはNK細胞(CD56陽性細胞)が生成した。また、GM−CSF存在下に培養すると、ヒトIdHP細胞からはCD11c陽性の樹状細胞が生成した(図6C)。これらの結果は、ヒトIdHP細胞が多能性を保持していることを示している。
本発明の方法を用いれば、骨髄移植においてHLA型さえ一致すれば、少数の細胞をもとに造血幹/前駆細胞の特性を有する細胞を作製し、これをほぼ無限に増幅させることができるので、骨髄液提供者の負担が大幅に軽減する。さらには、増幅させた細胞を用いて移植を反復して行えるので、移植の適用範囲が広がり、現時点においては造血幹細胞数に限度があるために移植が実現化されないようなケースでも移植が実現可能となり得る。例えば、臍帯血は造血幹細胞数が少ないために移植に用いることができないことが多いが、そのような場合でも本発明の方法により造血幹/前駆細胞様細胞を製造することによって使用可能となり得る。さらに重要なことは、自分自身の細胞を造血幹細胞として移植することも可能となることである。従って、幹細胞提供者がみつからないようなケースでも骨髄移植が可能となる。このことは、白血病のような骨髄移植が決定的な治療になる疾患だけでなく、他の種々のがんに対しても、骨髄抑制をおそれずに抗がん剤が使えるようになることを意味している。また、本発明の方法で得られる造血幹/前駆細胞様細胞から各種系列の成熟血液細胞を人為的に作り出すことができるので、得られた成熟血液細胞を細胞療法に用いる細胞として使用したり、ある程度分化誘導した細胞を造血幹細胞移植の拒絶反応の際の補助細胞として使用することも可能である。
本発明を好ましい態様を強調して説明してきたが、好ましい態様が変更され得ることは当業者にとって自明であろう。本発明は、本発明が本明細書に詳細に記載された以外の方法で実施され得ることを意図する。したがって、本発明は添付の「請求の範囲」の精神および範囲に包含されるすべての変更を含むものである。
本出願は、日本で出願された特願2008-061542(出願日:2008年3月11日)を基礎としており、そこに開示される内容は本明細書にすべて包含されるものである。また、ここで述べられた特許および特許出願明細書を含む全ての刊行物に記載された内容は、ここに引用されたことによって、その全てが明示されたと同程度に本明細書に組み込まれるものである。

Claims (6)

  1. 以下の工程:
    (1)哺乳動物のプロB細胞もしくはその前駆細胞を提供する工程、及び
    (2)上記(1)の細胞を、B細胞への分化を誘導する条件下で培養する工程
    を含み、かつ上記(2)の工程中、少なくともプレプロB細胞もしくはプロB細胞段階において、ピロール−イミダゾールポリアミドを用いて転写因子E2Aの機能を抑制することを特徴とする、分化多能性及び自己複製能を保持する造血幹/前駆細胞様細胞の製造方法。
  2. さらに、Id因子を用いてE2Aの機能を抑制することを特徴とする、請求項1に記載の方法。
  3. さらに、E2A遺伝子に対するアンチセンス核酸、siRNAもしくはリボザイムを用いてE2Aの発現を抑制することを特徴とする、請求項1に記載の方法。
  4. さらに、E2Aの制御下にあるか、もしくはE2Aと協働的に機能する他の転写因子の機能及び/又は発現を抑制することにより、E2Aの機能を抑制することを特徴とする、請求項1に記載の方法。
  5. 哺乳動物がヒトである、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
  6. プロB細胞の前駆細胞が、造血幹細胞、造血前駆細胞、リンフォミエロイド系前駆細胞、プレプロB前駆細胞、ES細胞及びiPS細胞からなる群より選択される、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
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