以下、図面を参照して本発明による陽極酸化層の形成方法およびモスアイ用型の製造方法の実施形態を説明する。ただし、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではない。
図1に本実施形態の陽極酸化層10の模式図を示す。陽極酸化層10は、バリア層10aとポーラス層10bとを含むポーラスアルミナ層10cを有している。ポーラスアルミナ層10cは陽極酸化層10の表面に設けられている。ポーラス層10bには複数の微細な凹部(細孔)10pが設けられている。
本明細書において、微細な凹部10pの中心間距離の平均値を平均隣接間距離Dintまたは単に隣接間距離Dintと呼ぶ。なお、凹部10pが周期構造の場合、隣接間距離Dintはピッチとも呼ばれる。また、本明細書において、凹部(細孔)10pの孔径の平均値を平均孔径Dpまたは単に孔径Dpと呼ぶ。細孔壁の厚さはバリア層10aの厚さLと等しいので、2つの細孔を隔てる細孔壁全体の平均厚さは2Lと表される。細孔10pの平均隣接間距離Dintは、細孔壁の平均厚さ2Lと細孔の平均孔径Dpとの和で表される。
以下、図2を参照して陽極酸化層10の形成方法を説明する。
まず、図2(a)に示すように、基材Sを用意する。基材Sの表面はアルミニウムから形成されている。基材Sは、支持体、および、その上に設けられたアルミニウム膜を有してもよい。基材Sは、支持体の上にアルミニウム膜を堆積することによって形成される。例えば、支持体はガラス基板であり、アルミニウム膜はガラス基板上に直接堆積されてもよい。または、基材Sは、支持体とアルミニウム膜との間に設けられた別の部材を有していてもよい。あるいは、基材Sはアルミニウム基材(アルミニウムのバルク材)であってもよい。
次に、図2(b)に示すように、基材Sの表面を電解液E0に接触させた状態で、基材Sの表面と電気的に接続された陽極E1と、電解液E0内に設けられた陰極E2との間に電圧を印加することによって、バリア層10aおよびポーラス層10bを含むポーラスアルミナ層10cの設けられた陽極酸化層10を形成する。このような工程は陽極酸化工程とも呼ばれる。ポーラスアルミナ層10cには微細な凹部10pが設けられている。
なお、陽極酸化工程において、電圧が印加されると、まず、基材Sの表面にバリア層10aが形成され、そのバリア層10aに凹凸が形成され、凹部に電流密度が集中して局所的に溶解して凹部がより深くなり、ポーラス層10bが形成される。印加する電圧に対して流れる電流は比較的小さく、抵抗が大きいため、陽極酸化工程においてジュール熱が発生する。凹部10pのピッチまたは平均隣接間距離は印加電圧に応じて変化する。
以下、図3を参照して、陽極酸化層10の形成方法における電圧の変化を説明する。
まず、陽極と陰極との間の電圧をピーク値に上昇させ、その後、電圧を、ピーク値からピーク値よりも低い値に低下させる。例えば、電源を落とすことにより、電圧をピーク値からゼロに低下させる。このとき、バリア層10aはピーク値に対応する厚さを有している。
その後、電圧をピーク値よりも高い目標値に上昇させ、電圧を目標値に所定の時間維持する。その後、例えば、電源を落とすことにより、電圧を目標値からゼロに低下させる。これにより、バリア層10aは目標値に対応する厚さになる。なお、このバリア層10aは、目標値の電圧の印加を開始する前よりも厚い。また、陽極酸化層10のポーラスアルミナ層10cに設けられた凹部のピッチまたは平均隣接間距離は目標値に対応する。
ここでは、電圧をピーク値または目標値まで上昇させる時間変化率(傾き)は一定である。詳細は後述するが、電圧をピーク値および目標値に上昇させる際の電圧の時間変化率はそれぞれ0.57V/sよりも大きく20V/sよりも小さいことが好ましい。
陽極酸化工程において単位時間あたりに発生する熱量(すなわち、電力)が大きい場合、基材Sの異なる領域における温度の差が比較的大きくなり、その結果、形成される凹部がばらつくことがある。
本実施形態では、電圧を目標値に上昇させる前に目標値よりも低いピーク値に上昇させており、これにより、瞬間的に発生する熱量を効率的に抑制できる。電圧をピーク値まで上昇させることによって形成されたバリア層は絶縁性の高いアルミナを有しており、その後でさらに陽極酸化を進めるためには、ピーク値以上の電圧を印加する必要があり、ピーク値未満の電圧を印加しても電流がほとんど流れず、陽極酸化は進行しない。このため、目標値まで電圧を上昇させる際に、ゼロからピーク値まで電圧を変化させても電流がそれほど流れず、電圧がピーク値に達してから目標値まで上昇する際の電流は、電圧をピーク値まで上昇させることなく目標値まで直接上昇させた場合と比べて抑制される。このように、電圧の上昇を段階的に行うことにより、電流量を抑制して単位時間当たりの発生熱量(すなわち、電力)を抑制することができ、その結果、凹部10pのばらつきを抑制することができる。
また、本実施形態において、電圧を目標値よりも低いピーク値まで上昇させた際の電流は、電圧を目標値まで上昇させた際の電流よりも低く、ジュール熱の発生量が比較的少ない。その後、電圧をピーク値に上昇させた後にピーク値よりも低くすることにより、電流が少なくとも一時的に流れなくなり、ジュール熱の発生が停止する。このため、電圧をピーク値に上昇させた際に発生した熱が拡散し、電圧をピーク値に上昇させる際に発生した熱の影響を抑制することができる。このように、本実施形態の陽極酸化層の形成方法によれば、基材Sの異なる領域における温度差を抑制することができ、その結果、凹部のばらつきを抑制することができる。
なお、上述した説明では、電圧をピーク値に上昇させた後に電圧をピーク値からゼロに低下させたが、本発明はこれに限定されない。電圧をゼロに低下させなくてもピーク値よりも低くすることにより、電流が少なくとも一時的に流れなくなり、これにより、電圧をピーク値に上昇させる際に発生した熱の影響を抑制することができる。ただし、電圧がピーク値よりも低くても、基材Sのばらつきに起因して電流が流れることがある。このため、電圧をゼロに低下させることにより、ばらつきに起因する電流を効果的に抑制することができる。
なお、図3では、電圧を目標値に上昇させる前に電圧の上昇および低下を1回行ったが、本発明はこれに限定されない。電圧を目標値に上昇させる前に電圧の上昇および低下を2回以上行ってもよい。
以下、図4を参照して、陽極酸化層10の形成方法における電圧の変化を説明する。
まず、陽極と陰極との間の電圧を第1ピーク値に上昇させ、その後、電圧を、第1ピーク値から第1ピーク値よりも低い値に低下させる。例えば、電源を落とすことにより、電圧を第1ピーク値からゼロに低下させる。このとき、バリア層10aは、第1ピーク値に対応する厚さを有している。
その後、陽極と陰極との間の電圧を第1ピーク値よりも高い第2ピーク値に上昇させ、その後、電圧を、第2ピーク値から第2ピーク値よりも低い値に低下させる。例えば、電源を落とすことにより、電圧を第2ピーク値からゼロに低下させる。このとき、バリア層10aは、第2ピーク値に対応する厚さを有している。なお、このときのバリア層10aは、第2ピーク値への電圧の上昇を開始する前よりも厚い。
その後、電圧を第2ピーク値以上の目標値に上昇させ、目標値で所定の時間維持する。その後、例えば、電源を落とすことにより、電圧を目標値からゼロに低下させる。このとき、バリア層10aは目標値に対する厚さを有している。また、凹部のピッチまたは平均隣接間距離は所定の長さとなる。
ここでは、電圧をピーク値または目標値まで上昇させる時間変化率(傾き)は一定である。詳細は後述するが、電圧を第1ピーク値、第2ピーク値および目標値に上昇させる際の電圧の時間変化率は0.57V/sよりも大きく20V/sよりも小さいことが好ましい。なお、第2ピーク値が目標値と等しい場合、電圧を第2ピーク値に上昇させた際に形成される凹部のピッチまたは隣接間距離が、後に、目標値の電圧で形成されるピッチまたは平均隣接間距離とほぼ等しいため、所定のピッチまたは隣接間距離で所定の深さの凹部を効率的に形成することができる。
本実施形態では、電圧を目標値に上昇させる前に目標値よりも低い第1ピーク値(必要に応じて第2ピーク値)に上昇させることにより、瞬間的に発生する熱量を効率的に抑制することができる。
具体的には、電圧を第1ピーク値まで上昇させることによって形成されたバリア層は絶縁性の高いアルミナを有しており、その後でさらに陽極酸化を進めるためには第1ピーク値以上の電圧を印加する必要があり、第1ピーク値未満の電圧を印加しても電流はほとんど流れない。このため、次に、第1ピーク値よりも高い第2ピーク値まで電圧を上昇する際に、ゼロから第1ピーク値まで電圧を変化させても電流がそれほど流れず、電圧が第1ピーク値に達してから第2ピーク値まで上昇する際の電流は、第1ピーク値までの電圧の上昇を行うことなく電圧を直接第2ピーク値に上昇させた場合と比べて抑制される。このように、電圧のピーク値を段階的に上昇させることにより、電流量を抑制して単位時間当たりの発生熱量(すなわち、電力)を抑制することができ、その結果、凹部のばらつきを抑制することができる。
同様に、電圧を第2ピーク値まで上昇させることによって形成されたバリア層は絶縁性の高いアルミナを有しており、その後でさらに陽極酸化を進めるためには第2ピーク値以上の電圧を印加する必要があり、第2ピーク値未満の電圧を印加しても電流はほとんど流れない。このため、目標値まで電圧を上昇する際に、ゼロから第2ピーク値まで電圧を変化させても電流がそれほど流れず、電圧が第2ピーク値に達した後の電流は、電圧を第2ピーク値まで上昇させることなく目標値に上昇させた場合と比べて抑制される。このように、電圧のピーク値を段階的に上昇させることにより、電流量を抑制して単位時間当たりの発生熱量(すなわち、電力)を抑制することができ、その結果、凹部のばらつきを抑制することができる。
また、本実施形態において、電圧を目標値よりも低いピーク値まで上昇させた際の電流は、電圧を目標値まで上昇させた際の電流よりも低く、ジュール熱の発生量が比較的少ない。その後、電圧をピーク値に上昇させた後に電圧をピーク値よりも低くすることにより、電流が少なくとも一時的に流れなくなり、陽極酸化層の形成が停止され、熱の発生が停止する。このため、電圧を第1ピーク値または第2ピーク値に上昇させた際に発生した熱が拡散し、電圧を第1ピーク値または第2ピーク値に上昇させる際に発生した熱の影響を抑制することができる。以上のように本実施形態の陽極酸化層の形成方法によれば、複数のパルスを印加し、各パルスのピーク値を前のパルスのピーク値以上とすることにより、凹部のばらつきを抑制することができる。
なお、上述した説明では、電圧を第1ピーク値または第2ピーク値に上昇させた後にゼロに低下させたが、本発明はこれに限定されない。電圧をゼロに低下させなくても第1ピーク値または第2ピーク値よりも低くすることにより、電流が少なくとも一時的に流れなくなり、これにより、電圧を第1ピーク値または第2ピーク値に上昇させる際に発生した熱の影響を抑制することができる。ただし、電圧が第1ピーク値または第2ピーク値よりも低くても、基材Sのばらつきに起因して電流が流れることがある。このため、電圧をゼロに低下させることにより、ばらつきに起因する電流を効果的に抑制することができる。
また、図4では、電圧を目標値に上昇させる前に電圧の上昇および低下を2回行ったが、電圧を目標値に上昇させる前に電圧の上昇および低下を3回以上行ってもよい。このように形成された陽極酸化層10はモスアイ用型の作製に好適に用いられる。
以下、図5を参照して、本実施形態のモスアイ用型を説明する。図5(a)にモスアイ用型100の模式的な断面図を示し、図5(b)にモスアイ用型100の模式的な上面図を示す。モスアイ用型100は、図1および図2に示した陽極酸化層10から形成された陽極酸化層10’を有している。
陽極酸化層10’においてポーラスアルミナ層10cには複数の微細な凹部10pが設けられており、反転されたモスアイ構造が形成されている。微細な凹部10pは、二次元的な大きさ(開口径:DP)が10nm以上500nm未満で、深さ(Ddepth)が10nm以上1000nm(1μm)未満程度であることが好ましい。凹部10pのピッチまたは平均隣接間距離Dint(隣接する凹部の中心間距離)は10nm以上500nm未満である。
微細な凹部10pの底部は尖っている(最底部は点になっている)ことが好ましい。さらに、微細な凹部10pは密に充填されていることが好ましく、陽極酸化層10’の法線方向から見たときの微細な凹部10pの形状を円と仮定とすると、隣接する円は互いに重なり合い、隣接する微細な凹部10pの間に鞍部が形成されることが好ましい。なお、略円錐状の微細な凹部10pが鞍部を形成するように隣接しているときは、微細な凹部10pの二次元的な大きさDPは平均隣接間距離Dint(微細な凹部の中心間距離)とほぼ等しい。従って、反射防止材を形成するためのモスアイ用型100のポーラスアルミナ層10cは、DPおよびDintがそれぞれ10nm以上500nm未満で、Ddepthが10nm以上1000nm(1μm)未満程度の微細な凹部10pが密に不規則に配列した構造を有していることが好ましい。ポーラスアルミナ層10cの厚さは概ね1μm以下である。
以下、図6を参照してモスアイ用型100の製造方法を説明する。
まず、図6(a)に示すように、型基材Sを用意する。型基材Sの表面はアルミニウムから形成されている。型基材Sは、支持体と、その上に設けられたアルミニウム膜とを有してもよい。あるいは、型基材Sはアルミニウム基材であってもよい。
次に、図6(b)に示すように、型基材Sの表面を電解液E0に接触させた状態で、型基材Sの表面と電気的に接続された陽極E1と、電解液E0内に設けられた陰極E2との間に電圧を印加することによって、微細な凹部を有するポーラスアルミナ層10cを形成する。この陽極酸化工程は、図3または図4を参照して上述したように、電圧を目標値に上昇させる前に電圧の上昇および低下を少なくとも1回行う。目標値は、陽極酸化層10’における凹部のピッチまたは平均隣接間距離に応じて設定される。
次に、図6(c)に示すように、ポーラスアルミナ層10cを形成した後に、ポーラスアルミナ層10cをエッチング液に接触させることによって、微細な凹部を拡大させつつ、微細な凹部の側面に傾きを付与する。このような工程はエッチング工程とも呼ばれる。
その後、必要に応じて、図6(d)に示すように再び陽極酸化を行ってもよい。エッチング工程の後に行われる2回目以降の陽極酸化工程では、型基材Sの表面には、ポーラスアルミナ層10cが形成されているので、ある程度高い電圧を印加しないと電流は流れない。ここでは、電圧を先の目標値と同じ値まで上昇させて、陽極酸化を行う。
その後、必要に応じて、図6(e)に示すようにエッチング工程を行う。また、さらに陽極酸化工程を行ってもよい。なお、陽極酸化工程およびエッチング工程を繰り返し行う場合(すなわち、陽極酸化工程を少なくとも2回行う場合)、最後に、陽極酸化を行うことが好ましい。陽極酸化層10’では凹部10pは深い部分ほど狭くなる形状を有している。このようにして、反転されたモスアイ構造の設けられた陽極酸化層10’を有するモスアイ用型100が作製される。
陽極酸化工程を複数回行う場合、第1回の陽極酸化工程における電圧は図3または図4を参照して上述したように印加される。電圧を比較的ゆっくりピーク値または目標値に上昇させる場合、ピーク値または目標値に達する前の電圧に応じてバリア層に凹部(細孔)が形成されることがある。特に、陽極酸化工程において電圧の時間変化率が比較的小さい場合、バリア層に所定の隣接間距離よりも短い凹部が形成されることがある。このような隣接間距離の短い凹部はポーラスアルミナ層の浅い部分に多い。しかしながら、エッチング工程により、このような隣接間距離の短い凹部は効率的に除去される。
モスアイ用型100は反射防止材の作製に好適に用いられる。詳細は後述するが、一般的なモスアイ用型では、特にモスアイ用型の面積が大きい場合、モスアイ用型の複数の異なる領域における凸部の平均高さが比較的大きくばらつき、その結果、領域に応じて反射防止特性がばらついてしまうことがある。これに対して、本実施形態のモスアイ用型100では、複数の異なる領域における凹部10pのばらつきを抑制することができ、その結果、モスアイ用型100を用いて作製された反射防止材の反射防止特性のばらつきを抑制することができる。
次に、図7を参照して、モスアイ用型100を用いた反射防止材の製造方法を説明する。被加工物42の表面と型100との間に紫外線硬化樹脂32を付与した状態で、型100を介して紫外線硬化樹脂32に紫外線(UV)を照射することによって紫外線硬化樹脂32を硬化する。紫外線硬化樹脂32は、被加工物42の表面に付与しておいてもよいし、型100の型面(モスアイ構造を有する面)に付与しておいてもよい。紫外線硬化樹脂としては、例えばアクリル系樹脂を用いることができる。
その後、被加工物42からモスアイ用型100を分離することによって、モスアイ用型100の凹凸構造が転写された紫外線硬化性樹脂32の硬化物層が被加工物42の表面に形成される。このように、モスアイ用型100の反転されたモスアイ構造を光硬化性樹脂に転写することにより、モスアイ用型100の反転されたモスアイ構造が転写されてモスアイ構造の設けられた反射防止材100Rが形成される。反射防止材100Rの凸部は、モスアイ用型100の細孔(微細な凹部)に対応して形成される。
なお、モスアイ構造を構成する凸部としては、直径が10nm以上500nm未満である底面を有することが好ましい。また、凸部が円錐状であると、反射防止作用を向上させることができる。また、不要な回折光の発生を防止するために、凸部は周期性を有しないように配置されていることが好ましい。ここで、「周期性を有しない」とは、例えば、複数の凸部のうちのある凸部の頂点とこの凸部の頂点に最も近い凸部の頂点との距離が、複数の凸部のうちの別の凸部の頂点とこの凸部の頂点に最も近い凸部の頂点との距離と異なることである。また、「周期性を有しない」とは、例えば、ある細孔の重心からその細孔に隣接する全ての細孔のそれぞれの重心に向けたベクトルの総和がベクトルの全長の5%以上であれば、実質的に周期性を有しないと言える。
モスアイ用型100は、ほぼ平板状であってもよいが、ほぼ円柱状であることが好ましい。この場合、モスアイ用型100を用いてロール・ツー・ロール方式で転写を行うことにより、反射防止材100Rを簡便に作製することができる。
以下、図8を参照してモスアイ用型100を製造するための型基材Sを説明する。図8(a)は型基材Sの模式的な断面図であり、図8(b)は型基材Sの模式図である。型基材Sはほぼ円柱状である。例えば、型基材Sの直径は約300mmであり、長さは1000mm以上1600mm以下である。
型基材Sは、支持体S0とアルミニウム膜ALとの間に設けられた部材を有している。具体的には、型基材Sは、ほぼ円柱状の支持体S0と、支持体S0を覆う絶縁層S1と、絶縁層S1を覆う無機下地層S2と、無機下地層S2を覆う緩衝層S3と、緩衝層S3を覆うアルミニウム膜ALとを有している。
このような型基材Sは以下のように作製される。まず、ほぼ円柱状の支持体S0を用意する。支持体S0はシームレスであることが好ましい。支持体S0は例えばニッケルから形成されており、このような支持体S0はニッケルスリーブとも呼ばれる。
次に、支持体S0の外周面上に絶縁層S1を形成する。絶縁層S1は、例えば有機絶縁層である。有機絶縁層の材料としては、例えば樹脂を用いることができる。例えば、支持体S0の外周面上に、硬化性樹脂を付与することによって硬化性樹脂層を形成し、その後、硬化性樹脂を硬化させることにより、支持体S0の外周面上に有機絶縁層を形成する。
硬化性樹脂層は、例えば、電着法で形成できる。電着法としては、例えば、公知の電着塗装方法が用いられる。例えば、支持体S0を洗浄し、次に、支持体S0を、電着樹脂を含む電着液が溜められた電着槽に浸漬する。電着槽には、電極が設置されている。例えば、カチオン電着で硬化性樹脂層を形成する場合、支持体S0を陰極とし、電着槽内に設置された電極を陽極として、支持体S0と陽極との間に電流を流し、支持体S0の外周面上に電着樹脂を析出させることによって硬化性樹脂層を形成する。アニオン電着で硬化性樹脂層を形成する場合、支持体S0を陽極とし、電着槽内に設置された電極を陰極として電流を流すことによって硬化性樹脂層を形成する。その後、洗浄工程、焼付工程等を行うことにより、有機絶縁層が形成される。電着樹脂としては、例えば、ポリイミド樹脂、エポキシ樹脂、アクリル樹脂、メラミン樹脂、ウレタン樹脂、またはこれらの混合物を用いることができる。
硬化性樹脂層を形成する方法としては、電着法以外に、例えば、吹き付け塗装を用いることができる。例えば、ウレタン系の樹脂やポリアミック酸を用いて、スプレーコート法や静電塗装法により、支持体S0の外周面上に硬化性樹脂層を形成することができる。ウレタン系の樹脂としては、例えば、日本ペイント株式会社製のウレトップを用いることができる。
上記以外にも、例えば、ディップコート法やロールコート法を用いてもよい。例えば、硬化性樹脂として、熱硬化性のポリアミック酸を用いたときは、ポリアミック酸をディップコート法により塗布して硬化性樹脂層を形成した後、ポリアミック酸を300℃程度に加熱することにより、有機絶縁層を形成する。ポリアミック酸は、例えば日立化成工業株式会社から入手できる。
支持体S0の外周面上に絶縁層S1を設けることにより、アルミニウム膜ALは、支持体S0から絶縁される。支持体とアルミニウム膜との間の絶縁が不十分であると、後でアルミニウム膜にエッチング工程を行う場合に、支持体とアルミニウム膜との間に局所電池反応が生じてしまう。この場合、アルミニウム膜に直径1μm程度の窪みが形成されることがあり、このような比較的大きい窪みが形成されたモスアイ用型を用いると、所望のモスアイ構造が形成された反射防止膜を作製できない。また、支持体とアルミニウム膜との間の絶縁が不十分であると、後で行う陽極酸化工程において、支持体にも電流が流れることがある。このように支持体に電流が流れると、支持体およびアルミニウム膜を含む基材全体として過剰な電流が流れることとなるので、安全性の観点から好ましくない。しかしながら、絶縁層S1を設けることにより、上記のようなエッチング工程における局所電池反応の発生、および、陽極酸化工程における過剰な電流を抑制できる。
なお、絶縁層S1は、無機絶縁層であってもよい。無機絶縁層の材料としては、例えばSiO2またはTa2O5を用いることができる。ただし、有機絶縁層は、無機絶縁層に比べ、絶縁層上に形成されるアルミニウム膜ALの表面の鏡面性を高くすることができる。あるいは、無機絶縁層を設ける場合でも、支持体S0の表面の鏡面性を高くしておくことにより、無機絶縁層上に形成されるアルミニウム膜ALの表面の鏡面性を高くすることができる。絶縁層上に形成されるアルミニウム膜の表面の鏡面性が高いと、後に形成されるポーラスアルミナ層の表面の平坦性が高くなる。ポーラスアルミナ層の表面の平坦性が高いモスアイ用型は、例えば、クリアタイプの反射防止構造を形成するためのモスアイ用型の作製に好適に用いられる。なお、クリアタイプの反射防止構造とは、防眩作用を有しない反射防止構造をいう。
次に、絶縁層Sの外周面上に無機下地層S2を形成する。無機下地層S2は、スパッタリング法で作製することができる。例えば、DCリアクティブスパッタ法やRFスパッタ法で作製することができる。無機下地層S2は、例えば、外周面上に絶縁層S1が形成された支持体S0を回転させながら、蒸着によって形成することができる。
無機下地層S2を設けることにより、有機絶縁層とアルミニウム膜ALとの密着性を向上させることができる。無機下地層S2は無機酸化物を含み、無機酸化物の層としては、例えば、酸化シリコン層または酸化チタン層を形成することが好ましい。あるいは、無機下地層S2として、無機窒化物の層を形成してもよい。無機窒化物の層としては、例えば、窒化シリコン層が好ましい。
無機下地層S2の上には、アルミニウムを含有する緩衝層S3を形成する。緩衝層S3は、無機下地層S2とアルミニウム膜ALとの接着性を向上させるように作用する。また、緩衝層S3は、無機下地層S2を酸から保護する。緩衝層S3は、アルミニウムと、酸素または窒素とを含むことが好ましい。酸素または窒素の含有率は一定であってもよいが、特に、アルミニウムの含有率が無機下地層S2側よりもアルミニウム膜AL側において高いプロファイルを有することが好ましい。
緩衝層S3は、例えば、以下の(1)−(3)の3つの方法を用いて形成することができる。なお、いずれの方法でも、緩衝層S3は、例えば、外周面上に無機下地層S2が形成された支持体S0を回転させながら、スパッタリングによって形成することができる。
(1)ArガスとO2ガスとの混合ガスと、酸素元素を含むAlターゲットとを用いて、反応性スパッタリング法によって緩衝層S3を形成する。このとき、ターゲット中の酸素含有率は1at%以上40at%以下の範囲内にあることが好ましい。
(2)スパッタガスとして純Arガスと、酸素元素を含むAlターゲットとを用いて反応性スパッタリング法によって緩衝層S3を形成する。このとき、ターゲット中の酸素含有率は5at%以上60at%以下の範囲内にあることが好ましい。
(3)純Alターゲットを用いて反応性スパッタリング法によって緩衝層S3を形成する。このとき、スパッタリングに用いる混合ガスのArガスとO2ガスとの流量比を2:0超2:1以下程度とする。
次に、緩衝層S3の上にアルミニウム膜ALを形成する。アルミニウム膜ALの厚さは約1μmである。アルミニウム膜ALは、例えば、外周面上に緩衝層S3が形成された支持体S0を回転させながら、アルミニウムを蒸着させることにより形成することができる。以上のようにしてほぼ円柱状の型基材Sが形成される。
このような型基材Sに対して陽極酸化を行う。陽極酸化は、陽極酸化槽において行われる。
以下、図9を参照して陽極酸化槽40を説明する。図9(a)に型基材Sが電解液E0に浸漬された陽極酸化槽40の模式図を示し、図9(b)に陽極酸化槽40の電解液E0に浸漬された型基材Sの模式的な断面図を示す。陽極酸化槽40には電解液E0が溜められおり、電解液E0は4000L(リットル)である。型基材Sは、その母線が陽極酸化槽40内の電解液E0の界面と平行になるように浸漬されている。
陽極E1は、アルミニウム膜ALと電気的に接続される。陰極E2は、陽極酸化槽40内の電解液E0に浸漬している。陰極E2は複数の線状部E2aと、複数の線状部E2aの両端と接触する接続部E2bとを有している。線状部E2aは、ほぼ円柱状の型基材Sとの最短距離がほぼ一定となるように同心円状に配置されており、線状部E2aと型基材Sとの間の最短距離はほぼ5cmである。なお、型基材Sと接続部E2bとの最短距離は型基材Sと線状部E2aとの最短距離よりも長い。
ここでは、線状部E2aは12本設けられており、線状部E2aおよび接続部E2bのそれぞれは布で覆われている。詳細は後述するが、このようなマスキングにより、陰極E2において発生する水素の泡に起因する電解液E0の流れのムラを抑制できる。
以下、図10を参照して、ロール・ツー・ロール方式で反射防止材を製造する方法を説明する。
紫外線硬化樹脂32が表面に付与された被加工物42を、モスアイ用型100に押し付けた状態で、紫外線硬化樹脂32に紫外線(UV)を照射することによって紫外線硬化樹脂32を硬化する。紫外線硬化樹脂32としては、例えばアクリル系樹脂が用いられる。被加工物42は、例えば、TAC(トリアセチルセルロース)フィルムである。被加工物42は、図示しない巻き出しローラから巻き出され、その後、表面に、例えばスリットコータ等により紫外線硬化樹脂32が付与される。被加工物42は、図10に示すように、支持ローラ46および48によって支持されている。支持ローラ46および48は、回転機構を有し、被加工物42を搬送する。また、ほぼ円柱状のモスアイ用型100は、被加工物42の搬送速度に対応する回転速度で、図10に矢印で示す方向に回転される。
その後、被加工物42からモスアイ用型100を分離することによって、モスアイ用型100の凹凸構造(反転されたモスアイ構造)が転写された硬化物層32’が被加工物42の表面に形成される。表面に硬化物層32’が形成された被加工物42は、図示しない巻き取りローラによって巻き取られる。このようにモスアイ用型100がほぼ円柱状の場合、ロール・ツー・ロール方式で転写を行うことができ、反射防止材100Rの量産を簡便に行うことができる。
上述したように、本実施形態の陽極酸化層の形成方法によれば、凹部のばらつきを抑制することができる。このため、このような陽極酸化層から形成されたモスアイ用型においても凹部のばらつきを抑制することができ、反射防止材の凸部のばらつきが抑制され、結果として、反射特性のばらつきを抑制することができる。
ここで、図11を参照して反射防止材における凸部の平均高さに応じた反射特性を説明する。
図11に、反射防止材における凸部の高さの異なる反射率の波長依存性を示す。反射率は5度正反射を測定している。ここでは、反射防止材における凸部の平均高さは、それぞれ、130nm、160nm、180nm、200nm、220nm、240nm、320nmである。凸部のピッチまたは平均隣接間距離は200nmである。
凸部の平均高さが160nmの場合、比較的長い波長において反射率が増大し、この反射防止材は赤みを帯びて見える。凸部の平均高さが130nmであると、比較的高い波長において反射率がさらに増大し、さらに赤みを帯びて見える。
凸部の平均高さが240nmの場合、比較的短い波長において反射率が増大し、この反射防止材は青みを帯びて見える。凸部の平均高さが320nmであると、比較的低い波長において反射率がさらに増大し、さらに青みを帯びて見える。
反射防止材の反射率は、波長380nm〜780nmの範囲内のすべての領域にわたって0.1以下であることが好ましい。ここでは、凸部の平均高さが180nm、200nm、220nmの場合、反射率が波長380nm〜780nmの範囲内のすべての領域にわたって0.1以下となる。凸部の平均高さが200nmに対して10%程度変化しても反射率の変化が比較的少ないが、20%以上異なると反射率は比較的大きく変化する。このように、凸部の平均高さが20%以上異なると、反射率特性が大きく異なることになるため、反射防止材における凸部の平均高さのばらつきを20%未満とすることが好ましい。
以下、比較例1、2の陽極酸化層の形成方法を含むモスアイ用型の製造方法、および、その製造方法で製造されたモスアイ用型を用いて作製された反射防止材と比較して、本実施形態の陽極酸化層の形成方法を含むモスアイ用型の製造方法、および、その製造方法で製造されたモスアイ用型を用いて作製された反射防止材の利点を説明する。
まず、比較例1のモスアイ用型の製造方法を説明する。
図12(a)に比較例1のモスアイ用型700を製造するための型基材Sの模式的な断面を示し、図12(b)に型基材Sの模式図を示す。型基材Sはほぼ円柱状であり、その直径は300mmであり、長さは500mmである。型基材Sの表面にはアルミニウム膜が設けられている。型基材Sは、支持体S0と、絶縁層S1と、無機下地層S2と、緩衝層S3と、アルミニウム膜ALとを有している。
ここでは、支持体S0はニッケルスリーブである。絶縁層S1は、電着および塗装でそれぞれアクリル系の塗料から形成される。絶縁層S1の厚さは5μm以上100μm以下である。無機下地層S2は、SiO2から形成され、その厚さは100nmである。緩衝層S3は酸化アルミニウムから形成され、その厚さは30nm以上35nm以下である。アルミニウム膜ALの厚さは1μmである。
モスアイ用型700を製造する場合、型基材Sに対してまず陽極酸化を行う。型基材Sの陽極酸化は陽極酸化槽において行われる。
図13(a)に陽極酸化槽740の模式図を示し、図13(b)に陽極酸化槽740の電解液E0に浸漬された型基材Sの模式的な断面図を示す。陽極酸化槽740には濃度0.3質量%のシュウ酸が溜められている。陽極E1はアルミニウム膜ALと電気的に接続されている。陰極E2は型基材Sの周囲に同心円状に設けられている。
陰極E2は、複数の線状部E2aと、複数の線状部E2aの両端と接触する接続部E2bとを有している。各線状部E2aは型基材Sの母線と平行に設けられている。陽極酸化槽740では、型基材Sと接続部E2bとの最短距離は、型基材Sと線状部E2aとの最短距離よりも短い。陽極酸化工程では、型基材Sを陽極酸化槽740内のシュウ酸に浸漬させて、電圧を39秒間印加する。なお、陽極酸化槽740では陰極E2に対してマスキング処理を行っていない。
図14に、陽極酸化槽740における電圧の変化を示す。陽極酸化工程において陽極E1と陰極E2との間の電圧を目標値に上昇させる。目標値(最終到達電圧)は凹部のピッチまたは平均隣接間距離に応じて設定される。ここでは、目標値は80Vであり、電圧は25秒間で目標値に上昇し、その後、電圧は目標値で14秒間維持される。このように電圧を印加することにより、アルミニウム膜の表面にポーラスアルミナ層が形成される。目標値が80Vである場合、凹部のピッチまたは平均隣接間距離は200nmとなる。なお、図14は、比較例1の陽極酸化層の形成方法における電圧の変化を示している。
その後、エッチング工程が行われる。エッチング工程では、型基材Sを30℃で1Mの燐酸水溶液に29分間浸漬させる。
なお、型基材Sに対する陽極酸化工程およびエッチング工程はそれぞれ複数回交互に行われる。具体的には、陽極酸化工程は合計3回行われ、エッチング工程は合計2回行われる。以上のように、型基材Sに対して陽極酸化工程およびエッチング工程を行うことによって比較例1のモスアイ用型700が作製される。モスアイ用型700は、反射防止材700Rの作製に用いられる。
図15(a)に、比較例1のモスアイ用型700の模式図を示す。モスアイ用型700はほぼ円柱状である。直径は300mmであり、長さは500mmである。図15(b)では、モスアイ用型700の模式的な展開図を示している。図15(b)は、陽極酸化槽740内に配置されたモスアイ用型700の下方部分を母線に沿って切り開いて展開した図である。
図15(b)において、モスアイ用型700で直線状のムラが視認された領域を領域M1と示している。また、モスアイ用型700において液が流れているようなムラが視認された領域を領域M2と示している。
図15(a)および図15(b)では、型700の4つの領域を領域1a〜1dとしている。領域1aは円柱下部中央に位置し、領域1bは円柱側部中央に位置し、領域1cは円柱上部中央に位置し、領域1dは円柱側部右側に位置する。
図16(a)〜図16(d)に、型700の領域1a〜1dのそれぞれの断面SEM像の模式図を示す。断面SEM像において凹部の深さを測定したところ、型700の領域1a〜1dにおける凹部の深さの平均は、それぞれ、160nm、280nm、320nm、170nmである。
このようなモスアイ用型700における領域M2のムラおよび領域1a〜1dにおける凹部の平均深さのばらつきは、陽極酸化時に陰極E2において発生した水素の泡に起因すると考えられる。
図17に、陽極酸化槽740の模式的な断面を示す。陽極酸化槽740では陰極E2において水素が発生する。陰極E2において発生した水素は泡となり、この泡は上方に向かって型基材Sの周囲に沿うように上昇する。図17において、矢印を付した太線で陽極酸化時の泡の流れを示しており、矢印を付した点線で液の流れを示している。
なお、陰極E2の線状部E2aは型基材Sの最下部に対応する位置に設けられていないため、図15(b)において領域M2は分離されていると考えられる。また、上述したように、型基材Sと接続部E2bとの最短距離は型基材Sと線状部E2aとの最短距離よりも短い。陽極酸化時に陰極において形成された泡は電解液を上方に移動する。この泡は型基材Sの下部および側部に到達するものの上部表面に到達しない。領域M1は泡が型基材Sに到達した部分に形成されると考えられる。
ここで、モスアイ用型700の領域1a、1b、1dを比較する。モスアイ用型700において領域1a、1b、1dはほぼ円柱状の型基材Sの長さ方向に沿った中央付近で、その位置が異なる。モスアイ用型700の領域1a、1b、1dの凹部の平均深さはそれぞれ160nm、280nm、170nmである。水素の泡の流れに伴う電解液E0の流れが激しい場所ほど、電解液E0がリフレッシュされやすく、陽極酸化が進行するため、型700の凹部が深くなると考えられる。
次に、モスアイ用型700の領域1b、1cを比較する。モスアイ用型700において領域1b、1cはほぼ円柱状の中央付近の母線上で、その位置が異なる。モスアイ用型700の領域1b、1cの凹部の平均深さはそれぞれ280nm、320nmである。水素の泡は拡散するように移動し、泡の流れに伴う電解液E0の流れが激しい場所ほど、電解液E0がリフレッシュされやすく、陽極酸化が進行するため、型700の凹部が深くなると考えられる。
なお、本願発明者は、陰極E2において発生する泡に起因するムラを抑制するために、陽極酸化時に電解液の攪拌を行ったが、攪拌にもかかわらずムラが確認された。これは、攪拌に伴う電解液の流れによるムラであると考えられる。このように、電解液を単純に攪拌してもムラを抑制することができない。
次に、比較例2のモスアイ用型の製造方法を説明する。
図18(a)に比較例2のモスアイ用型800を製造するための型基材Sの模式的な断面を示し、図18(b)に型基材Sの模式図を示す。型基材Sはほぼ円柱状である。型基材Sの直径は300mmであり、長さは1200mmである。型基材Sは、その表面にアルミニウム膜が設けられている。型基材Sは、支持体S0と、絶縁層S1と、無機下地層S2と、緩衝層S3と、アルミニウム膜ALとを有している。ここでは、支持体S0はニッケルスリーブである。絶縁層S1は電着および塗装でそれぞれアクリル系の塗料から形成される。絶縁層S1の厚さは5μm以上100μm以下である。無機下地層S2は、SiO2から形成され、その厚さは100nmである。緩衝層S3は酸化アルミニウムから形成され、その厚さは30nm以上35nm以下である。アルミニウム膜ALの厚さは1μmである。
モスアイ用型800を製造する場合、型基材Sに対してまず陽極酸化を行う。型基材Sの陽極酸化は陽極酸化槽で行われる。
図19(a)に陽極酸化槽840の模式図を示し、図19(b)に陽極酸化槽840の電解液E0に浸漬された型基材Sの模式的な断面図を示す。陽極酸化槽840には、液温15℃のシュウ酸が溜められている。陽極酸化槽840では陰極E2に対してマスキング処理を行っており、陰極E2は布で覆われている。これにより、陰極E2において発生する水素の泡に起因するムラが抑制される。陽極酸化槽840では、型基材Sと接続部E2bとの最短距離は型基材Sと線状部E2aとの最短距離よりも長い。
図20に、陽極酸化槽840における電圧の変化を示す。陽極酸化工程において陽極E1と陰極E2との間の電圧を目標値に上昇させる。ここでは、目標値は80Vであり、電圧は25秒間で目標値に上昇し、その後、目標値で10秒間維持される。なお、目標値(最終到達電圧)は凹部のピッチまたは平均隣接間距離に応じて設定される。このように電圧を印加することにより、アルミニウム膜の表面にポーラスアルミナ層が形成される。目標値が80Vである場合、凹部のピッチまたは平均隣接間距離は200nmとなる。なお、図20は、比較例2の陽極酸化層の形成方法における電圧の変化を示している。
その後、エッチング工程が行われる。エッチング工程では、型基材Sを30℃で1Mの燐酸水溶液に19分間浸漬させる。
型基材Sに対する陽極酸化工程およびエッチング工程はそれぞれ複数回交互に行われる。具体的には、陽極酸化工程は合計7回行われ、エッチング工程は合計6回行われる。以上のように、型基材Sに対して陽極酸化工程およびエッチング工程を行うことによって型800が作製される。
図21(a)に、比較例2の型800の模式図を示す。型800はほぼ円柱状であり、その直径は300mmであり、長さは1200mmである。図21(b)には、モスアイ用型800の模式的な展開図を示している。なお、図21(b)は、陽極酸化槽840内に配置されたモスアイ用型800の下方部分の母線に沿って切り開いて展開した図である。
陽極酸化槽840では、陽極酸化槽740とは異なり、陽極酸化時に、陰極E2をマスキングしており、陰極E2において発生する水素の泡に起因するムラを抑制している。このため、モスアイ用型800には液が流れるようなムラは発生しない。
しかしながら、モスアイ用型800においても上部部分においてムラが視認される。図21(a)においてこのようなムラが視認された領域を領域M3と示している。
図21(b)において型800の9つの領域を領域2a〜2iと示している。領域2aは円柱右側部左側に位置し、領域2bは円柱右側部中央に位置し、領域2cは円柱右側部右側に位置する。また、領域2dは円柱上部左側に位置し、領域2eは円柱上部中央に位置し、領域2fは円柱上部右側に位置する。領域2gは円柱左側部左側に位置し、領域2hは円柱左側部中央に位置し、領域2iは円柱左側部右側に位置する。モスアイ用型800において、領域2a〜2c、2g〜2iにおいてムラは視認されなかったが、領域2d〜2fにおいてムラが視認された。
モスアイ用型800は反射防止材800Rの製造に用いられる。以下の説明において、モスアイ用型800の領域2a〜2iのそれぞれに対応して形成された反射防止材800Rの領域を領域2A〜2Iと示す。反射防止材800Rの領域2A〜2C、2G〜2Iにおいてムラが発生しなかったのに対して、領域2D〜2Fにおいてムラが視認された。
図22(a)〜図22(i)に、反射防止材800Rの領域2A〜2Iの断面SEM像の模式図を示す。断面SEM像において、反射防止材800Rの領域2A〜2C、2G〜2Iにおける凸部の高さは約160nmであるのに対して、領域2D〜2Fにおける凸部の高さは約125nmである。このように、領域2D〜2Fにおける凸部の高さは他の部分における凸部の高さよりも20%以上低い。
図23に、反射防止材800Rの領域2A〜2Iの5度正反射測定の測定結果を示す。図23から理解されるように、反射防止材800Rの領域2A〜2C、2G〜2Iの反射率は比較的低いのに対して、反射防止材800Rの領域2D〜2Fの反射率は特に高波長領域において比較的高い。
本願発明者は、陽極酸化工程の型基材Sの温度に着目し、陽極酸化槽840内の型基材Sの上部および下部の温度を測定した。また、同時に陽極酸化時のピーク電流を測定した。
図24に、比較例2の型800の作製時の各陽極酸化工程における型基材Sの温度およびピーク電流を示す。なお、上述したように型800の作製では陽極酸化工程を7回行っている。
任意の回数の陽極酸化工程においても上部の温度は下部の温度以上であり、特に第1回の陽極酸化工程では上部の温度は下部の温度よりも8℃高い。これは、電解液の対流に起因すると考えられる。
なお、下部の温度に着目すると、第1回の陽極酸化における温度は第2回以降の陽極酸化における温度よりも高い。これは、最初にバリア層が形成される際に多くの電流が流れるためと考えられる。また、上部の温度に着目すると、第1回の陽極酸化における温度は第2回以降の陽極酸化における温度よりも高い。同様に、最初にバリア層が形成される際に多くの電流が流れるためと考えられる。
ピーク電流に着目すると、第1回の陽極酸化工程におけるピーク電流が比較的大きく、第2回のピーク電流は第1回と比べて大きく減少する。なお、第2回以降のピーク電流は少しずつ増大している。これは、電解の繰り返しによるアルミニウム膜の厚さの減少によって抵抗が増大し、これに伴って発熱量および反応速度が増大し、その結果、ピーク電流が増大したと考えられる。
上述したように、陽極酸化槽840では、陽極酸化槽740とは異なり、陰極E2をマスキングしており、陰極E2において発生する水素の泡に起因するムラを抑制している。このことから、モスアイ用型800におけるムラは陽極酸化時の温度差に起因していると考えられる。
なお、一般に、陽極酸化時の温度が上昇すると、陽極酸化が進行し、凹部の深さの進行速度が大きくなることが知られている。しかしながら、上述したように、型800のうち温度の高い領域2d〜2fに対応する反射防止材800Rの領域2D〜2Fの平均高さは型800のうち温度の低い領域2a〜2c、2g〜2iに対応する反射防止材800Rの領域2A〜2C、2G〜2Iの平均高さよりも低い。
ここでは、陽極酸化を開始する時点においてシュウ酸の温度は比較的低い。陽極酸化時において、シュウ酸の温度が比較的低い場合には、陽極酸化のみが起こり、エッチングはほとんど起こらないが、シュウ酸の温度が比較的高い場合には陽極酸化とともにエッチングがある程度進行してしまう。このため、型800の領域2d〜2fの凹部は領域2a〜2c、2g〜2iよりもなだらかに形成されることとなり、その結果、反射防止材800Rにおける領域2D〜2Fの凸部の平均高さが領域2A〜2C、2G〜2Iよりも低くなったと考えられる。
以上のように、比較例2の陽極酸化層の形成方法では電圧を連続的に上昇させており、熱が連続的に発生し、比較的高い温度で陽極酸化が行われる。このため、反応速度および電流が増大し、瞬間的(短期間)に発生する熱量が増大する。また、熱の対流に伴い、型基材Sの上方部分における温度が特に高く、陽極酸化とともにエッチングが進行する。
次に、本実施形態のモスアイ用型100の製造方法を説明する。まず、型基材Sを用意する。型基材Sは図8を参照して上述したのと同様である。ここでは、支持体S0はニッケルスリーブである。絶縁層S1は、電着および塗装でそれぞれアクリル系の塗料から形成される。絶縁層S1の厚さは5μm以上100μm以下である。無機下地層S2は、SiO2から形成され、その厚さは100nmである。緩衝層S3は酸化アルミニウムから形成され、その厚さは30nm以上35nm以下である。アルミニウム膜ALの厚さは1μmである。
モスアイ用型100を製造する場合、型基材Sに対して陽極酸化工程を行う。型基材Sの陽極酸化は図9を参照して上述した陽極酸化槽40で行われる。陽極酸化槽40には、液温15℃のシュウ酸が溜められている。陽極酸化槽40では陰極E2に対してマスキング処理を行っており、陰極E2は布で覆われている。これにより、陰極E2において発生する水素の泡に起因するムラが抑制される。
再び図4を参照して陽極酸化槽40における電圧の変化を説明する。まず、電圧を第1ピーク値に上昇させる。ここでは、10秒で第1ピーク値が35Vとなるように電圧を上昇させる。その後、電圧を低下させる。ここでは、3分間電圧をゼロとする。このとき、陽極酸化槽40を揺動する。先の電圧の上昇に伴って型基材Sの温度が上昇するが、電圧の低下とともに陽極酸化槽40の揺動により、熱拡散が効率的に行われる。なお、電圧をピーク値からゼロ以外の値に低下させる期間が比較的長いと、再び電流が流れ始めることがあるが、電圧の低い期間が比較的短い(例えば、数分間)のであれば、電流はほとんど流れない。
次に、電圧を第2ピーク値に上昇させる。第2ピーク値は先の第1ピーク値よりも高く、第2ピーク値は80Vである。ここでは、25秒で第2ピーク値80Vとなるように電圧を上昇させる。その後、電圧を低下させる。ここでは、3分間電圧をゼロとする。なお、このとき、陽極酸化槽40を揺動する。
その後、電圧を目標値に上昇させる。目標値は第2ピーク値以上であり、目標値は80Vである。ここでは、25秒で目標値80Vとなるように電圧を上昇させた後に目標値を13秒間維持する。その後、電圧を低下させる。以上のようにして第1回の陽極酸化を行う。
次に、1回目のエッチング工程を行う。エッチング工程では、型基材Sを30℃で1Mの燐酸水溶液に19分間浸漬させる。
その後、陽極酸化工程およびエッチング工程を交互に繰り返す。具体的には、陽極酸化工程は合計7回行われ、エッチング工程は合計6回行われる。第2回から第7回までのそれぞれの陽極酸化の時間は38秒である。第2回から第7回までのそれぞれの陽極酸化において、25秒で目標値80Vとなるように電圧を上昇させた後に13秒間目標値を維持する。また、第2回から第6回までのエッチングの時間は19分である。以上のように、本実施形態では型基材Sに対して陽極酸化工程およびエッチング工程を行うことによって型100が作製される。
図25(a)は本実施形態のモスアイ用型100の模式図であり、図25(b)はモスアイ用型100の模式的な展開図である。型100はほぼ円柱状である。直径は300mmであり、長さは1200mmである。
図25(b)において型100の9つの領域を領域a〜iと示している。領域aは円柱右側部左側に位置し、領域bは円柱右側部中央に位置し、領域cは円柱右側部右側に位置する。また、領域dは円柱上部左側に位置し、領域eは円柱上部中央に位置し、領域fは円柱上部右側に位置する。領域gは円柱左側部左側に位置し、領域hは円柱左側部中央に位置し、領域iは円柱左側部右側に位置する。型100では領域a〜iのそれぞれにおいてムラは視認されない。
モスアイ用型100は反射防止材100Rの作製に用いられる。以下の説明において、モスアイ用型100の領域a〜iのそれぞれに対応して形成された反射防止材100Rの領域を領域A〜Iと示す。反射防止材100Rでは領域A〜Iのそれぞれにおいてムラは視認されない。
以上のように、本実施形態の陽極酸化層の形成方法では電圧を段階的に上昇させている。電圧が前のピーク値よりも低い場合、電圧を前のピーク値まで上昇させる間に発生した熱は電解液に拡散される。このため、比較的低い温度で陽極酸化が行われ、反応速度および電流の増大が抑制され、瞬間的(短期間)に発生する熱量が抑制される。
図26(a)〜図26(i)に、反射防止材100Rの領域A〜Iの断面SEM像の模式図を示す。反射防止材100Rの領域A〜Iのそれぞれにおける凸部の平均高さはほぼ等しく、約160nmである。また、凸部のピッチまたは平均隣接間距離は200nmである。
図27は、図26に示した反射防止材100Rの領域A〜Iの5度正反射測定の測定結果を示すグラフである。領域A〜Iのそれぞれにおいて可視光範囲にわたる反射率は低く、0.1%未満である。また、領域A〜Iのそれぞれにおいて反射率のばらつきが抑制されている。以上のようにして、反射特性のばらつきの抑制された反射防止材100Rを製造することができる。
なお、上述したように、比較例2の陽極酸化層の形成方法において型基材Sの上方および下方の温度差は比較的大きい。このような温度差は、単位時間当たりに発生する熱量が大きいほど、大きくなると考えられる。上述したように、比較例2の陽極酸化形成方法では、1回の電圧上昇で陽極酸化を行い、電圧は、目標値(80V)まで25秒で上昇し、その後、10秒間維持される。
図28は、電圧を目標値に上昇させる際の電力の時間変化を示すグラフである。ここでは、型基材Sの直径は300mmであり、長さ1600mmである。電力は電圧の上昇(時間)とともに増大し、25秒付近で極大値に達する。その後、電圧は維持されるが、時間とともに電流が低下するため、電力は低下する。
この場合、発生熱量は217.1kJであり、電力の単位面積当たりの最大値は、wmax=8873(W/m2)となる。このように、比較例2の陽極酸化層の形成方法では、電力の単位面積当たりの最大値が比較的大きいため、対流によって温度差が発生し、結果として、陽極酸化層の凹部にばらつきが発生したと考えられる。
これに対して、本実施形態では、単位時間当たりに発生する熱量を抑制できるため、型基材Sの温度差を抑制することができる。
以下、図29および図30を参照して本実施形態の陽極酸化層の形成方法における単位時間あたりの熱量の変化を説明する。
図29に、本実施形態の陽極酸化層10の形成方法における電圧の時間変化を示す。図29では理論的に電流が流れる時間を太線で示している。
上述したように、ある電圧で形成されたバリア層は絶縁性の高いアルミナを有しており、その後、さらに陽極酸化を進めるためには、前に印加した電圧以上の電圧を印加する必要がある。
一旦、第1ピーク値の電圧を印加して陽極酸化を行った後に第2ピーク値まで電圧を上昇させる場合、電圧が第1ピーク値に達してから電流が再び流れ始める。また、第2ピーク値の電圧を印加して陽極酸化を行った後に目標値まで電圧を上昇させる場合、電圧が第2ピーク値に達してから電流が再び流れ始める。このように、電圧を目標値まで段階的に上昇させることにより、バリア層が段階的に厚くなる。このため、電流量を抑制して単位時間当たりの発生熱量(すなわち、電力)を抑制することができる。
電力Wは電圧Vおよび電流Iの積で表される(W=V×I)。また、そのときに発生する総熱量Eは電力Wを時間で積分することによって得られる。
なお、図29では、第2ピーク値を目標値よりも低く示しているが、ここでは、上述したように、第1ピーク値、第2ピーク値、および、目標値は、それぞれ、35V、80V、80Vとする。電圧は、第1ピーク値まで10秒で上昇し、第2ピーク値まで25秒で上昇する。また、目標値まで25秒で上昇し、その後、10秒間維持される。
ここで、図30を参照して、本実施形態の陽極酸化層10を形成する際の陽極酸化工程における電力の時間変化を説明する。
図30(a)は、電圧を第1ピーク値に上昇させる際の電力の時間変化を示すグラフであり、図30(b)は、電圧を第2ピーク値に上昇させる際の電力の時間変化を示すグラフであり、図30(c)は、電圧を目標値に上昇させる際の電力の時間変化を示すグラフである。なお、図30(a)、図30(b)および図30(c)のそれぞれにおいて横軸は時間(秒)であり、縦軸は電力(W)である。
図30(a)において、電力は時間とともに増大する。これは、時間とともに印加電圧が増大しており、これに伴い電流が増大しているからである。
図30(b)において、電力は5秒を超えてから時間とともに増大し、20秒付近で飽和する。はじめ、電圧が小さい場合には電流が流れないため電力はゼロであるが、電圧がある程度大きくなると、電流が流れ始める。
図30(c)において、電力は18秒を超えてから時間とともに増大し、25秒付近で極大値に達する。その後、電圧は維持されるが、時間とともに電流が低下するため、電力が低下する。
電圧を第1ピーク値、第2ピーク値および目標値に上昇させる際に発生する熱量はそれぞれ16.5kJ、123.7kJ、73.2kJである。なお、単位時間あたりに発生する熱量は電力(W)で示される。この場合、電力の単位面積当たりの最大値は、w1max=2787W/m2、w2max=6935W/m2、w3max=4968W/m2となる。
上述したように、比較例2の陽極酸化層の形成方法では、単位面積当たりの最大値は8873W/m2であったが、本実施形態の陽極酸化層の形成方法では、単位面積当たりの最大値を抑制できるため、陽極酸化層における凹部のばらつきを抑制することができる。
特に、型基材Sが熱伝導率の比較的低い絶縁層S1を有する場合、単位時間あたりの熱量(すなわち、電力)が大きいと、型基材Sの温度差が大きくなりやすく、これに伴って凹部のばらつきが発生しやすいが、本実施形態の陽極酸化層の形成方法によれば、凹部のばらつきを効率的に抑制できる。本願発明者らは、上述した条件以外にも異なる条件で複数の実験を行ったが、単位面積当たりの電力の最大値が8500W/m2を超えない場合には、陽極酸化層における凹部のばらつきを抑制することができた。
なお、ここでは、電圧を目標値に上昇させる前に、電圧の上昇および低下を2回行ったが、本発明はこれに限定されない。ただし、煩雑さを避けるために、電圧を目標値に上昇させる前に、電圧の上昇および低下を行う回数は10回未満であることが好ましい。なお、電圧の時間変化率が0.57V/s以下である場合、電圧を低下させることなく目標値に向けて連続的に上昇させたとしても、発生する熱量を抑制してばらつきを抑制することができるが、上述したように、樹枝状の孔が形成されてしまう。これに対して、電圧の時間変化率が0.57V/sよりも大きく20V/sよりも小さい場合、電圧を低下させることなく目標値に向けて連続的に上昇させると、発生する熱量が大きくなり、ばらつきが発生することがある。
また、ここでは、型基材Sは、支持体S0およびその上に設けられたアルミニウム膜ALを有していたが、本発明はこれに限定されない。型基材Sはアルミニウム基材であってもよい。ただし、支持体S0上に絶縁層S1を介してアルミニウム膜ALが設けられる場合、アルミニウム膜ALが薄いほど、アルミニウム膜ALに熱が滞留しやすいため、本実施形態を適用する効果は大きい。
なお、上昇する電圧の時間変化率は0.57V/sよりも大きく20V/sよりも小さく設定されることが好ましい。電圧の時間変化が急峻であると、電圧および電流が急激に変化するため、電源の電気容量を超えてしまうことがある。電気容量の大きな電源はコストおよびサイズの点で不利である。このため、電圧の上昇時間変化率は20V/s以上ではないことが好ましい。
電圧の時間変化率の下限は以下のように求められる。以下、電圧の時間変化率の異なるサンプルにおける陽極酸化層のバリア層およびポーラス層を説明する。
まず、6つの型基材を用意する。6つの型基材はそれぞれ図12を参照して上述した型基材と同様の構成を有している。これらの6つの型基材に対して液温18℃で濃度0.3質量%のシュウ酸を用いて陽極酸化を行う。各型基材に対して電圧は目標値80Vまで1回上昇させる。ただし、型基材のそれぞれについて電圧の時間変化率は異なる。以上のようにして、6つの型基材からサンプルSa〜Sfを形成する。
サンプルSa〜Sfの電圧の時間変化率は、それぞれ、1.6V/s、0.8V/s、0.32V/s、0.16V/s、0.08V/s、0.032V/sであり、サンプルSa〜Sfの電圧印加時間は、それぞれ、50秒、100秒、250秒、500秒、1000秒および2500秒である。電源において電圧を一定にする期間はない。
サンプルSa〜Sfのそれぞれについて、電圧の時間変化率、電圧印加時間(秒)、バリア層の厚さ(nm)およびポーラス層の厚さ(nm)を表1に示す。
図31(a)〜図31(f)に、サンプルSa〜Sfの陽極酸化層の断面SEM像の模式図を示す。サンプルSa〜Sfのそれぞれについて電圧の目標値は80Vであり、バリア層の厚さは電圧の時間変化率にかかわらずほぼ一定である。これに対して、電圧の時間変化率が小さいほど、すなわち、電圧印加時間が長いほど、ポーラス層の厚さは増大する。
サンプルSc〜Sfの断面SEM像において樹枝状の細孔が顕著に確認される。サンプルSc〜Sfでは、電圧の上昇を開始した時の細孔のピッチは狭いが、電圧の上昇に伴い、バリア層が徐々に厚くなり、細孔のピッチは広くなる。ピッチはおよそバリア層の2倍になる。このようにして細孔が樹枝状に形成されたと考えられる。樹枝状の細孔が形成されると、細孔が垂直に形成されず、反転されたモスアイ構造を適切に形成できない。このように電圧の時間変化率が小さすぎる場合には、凹部を規定する細孔が垂直に形成されない。これに対して、サンプルSaおよびSbにおいて樹枝状の細孔は確認されなかった。このように電圧の時間変化率が比較的大きい場合には、凹部を規定する細孔が垂直に形成される。
なお、上述したように、反転されたモスアイ構造を形成する場合、陽極酸化工程の後にエッチング工程を行うことが好ましい。サンプルSa、Sbにおいて樹枝状の細孔は確認されなかったが、たとえ、サンプルSa、Sbにおいて小さな樹枝状の細孔が形成されていたとしても、エッチング工程において小さな樹枝状の細孔は溶解されるため、問題にならない。
例えば、凹部の平均隣接間距離が200nmである場合、各凹部においてエッチングされるバリア層の合計の厚さが60nm〜96nmであると、隣接する凹部が連絡する。濃度1mol/l、30℃のリン酸におけるエッチングレートは0.6〜0.8nm/分であり、この場合、合計エッチング時間は100〜120分である。近似曲線を用いてポーラス層の深さが96nmとなる陽極酸化の時間を計算すると、約140秒になり、この場合、電圧の時間変化率は0.57V/s(=80/140)である。これよりも電圧の時間変化率が大きい場合には、仮に樹枝状の細孔が形成されたとしてもエッチングによって溶解されるため、最終的に形成される型には影響がない。以上から、電圧の時間変化率は0.57V/sよりも大きく20V/sよりも小さいことが好ましい。
電圧をピーク電圧から低下させてから、次に電圧の上昇を開始するまでの期間は、電解液E0内の温度の均一性を実現するために必要な期間を設定することが好ましい。例えば、電圧をピーク電圧から低下させてから、次に電圧の上昇を開始するまでの期間は、電解液内の温度差が2℃以下になるように設定される。上述したように、陽極酸化槽内には4000Lの電解液が入れられており、定常状態で測定しても、±2℃程度のばらつきがある。電解液の異なる部分の温度差が2℃以下であればムラを抑制できる。なお、陽極酸化槽40内において電解液E0を撹拌することにより、温度差を所定の範囲内にするための時間を短縮することができる。
なお、上述した説明では、電圧はピーク値または目標値に達するまで上昇したが、本発明はこれに限定されない。電圧はピーク値または目標値に達する前に部分的に平坦であってもよい。あるいは、電圧はピーク値または目標値に達する前に部分的に低下していてもよい。
また、電源電圧がピーク値または目標値まで単調に増加する場合でも、型基材Sの特定の領域の電圧は揺らぐことがある。例えば、電源から印加される電圧が一定であっても、電解液の揺らぎ等に起因して型基材の表面に印加される実効的な電圧は大きく揺らぐ。例えば、型基材Sの表面における電圧の揺らぎは5V程度である。
図32に示すように、電源電圧はピーク値または目標値まで単調に増加する場合でも、電圧の時間変化率にもよるが、例えば、電解液の揺らぎ等により、型基材Sの表面に印加される電圧がフラットになる時間が存在することがあると考えられる。例えば、電圧の時間変化率が3.2V/sの場合、5V程度電圧が揺らぐと、1.5秒(=5/3.2)程度電圧がフラットな時間が存在する。このように、型基材Sの表面に印加される電圧には、t=5/a(aは電圧の時間変化率)程度の時間、電圧がフラットになる時間が生じることがある。
なお、上述した説明では、第1ピーク値に電圧を上昇させる際の電圧の傾きは第2ピーク値に電圧を上昇させる際の電圧の傾きとほぼ等しかったが、本発明はこれに限定されない。第1ピーク値に電圧を上昇させる際の電圧の傾きは第2ピーク値に電圧を上昇させる際の電圧の傾きと異なっていてもよい。
また、ピーク値に電圧を上昇させる際の電圧の傾きは目標値に電圧を上昇させる際の電圧の傾きとほぼ等しかったが、本発明はこれに限定されない。ピーク値に電圧を上昇させる際の電圧の傾きは目標値に電圧を上昇させる際の電圧の傾きと異なっていてもよい。
なお、上述した説明では、電圧をピーク値または目標値まで上昇させる際の時間変化率は変化せず、電圧をピーク値または目標値まで上昇させる際の電圧の傾きは一定であったが、本発明はこれに限定されない。ただし、電圧をピーク値または目標値まで上昇させる際の時間に対するピーク値の割合を示す電圧の平均時間変化率が0.57V/sよりも大きく、20V/sよりも小さいことが好ましい。
上述した説明では、電圧を上昇させる際の電源における電圧の時間変化率は一定であったが、本発明はこれに限定されない。例えば、陽極酸化工程において電圧を第1ピーク値および目標値まで2回上昇させる場合、第1ピーク値よりも低い電圧を目標値まで上昇させる際に、第1ピーク値よりも低い電圧から第1ピーク値までの電圧の時間変化率は電源の利用可能な最大値となるように設定し、第1ピーク値を超えて目標値まで上昇させる際に電圧の時間変化率を0.57V/sよりも大きく、20V/sよりも小さくなるように設定してもよい。このように電源電圧を変化させることにより、陽極酸化の時間を短縮することができる。
また、陽極酸化工程において、電圧を第1ピーク値、第2ピーク値および目標値まで3回上昇させる場合、第1ピーク値よりも低い電圧を第2ピーク値まで上昇させる際に、第1ピーク値よりも低い電圧から第1ピーク値までの電圧の時間変化率は電源の利用可能な最大値となるように設定し、第1ピーク値を超えて第2ピーク値まで上昇させる際に電圧の時間変化率を0.57V/sよりも大きく、20V/sよりも小さくなるように設定してもよい。同様に、第2ピーク値よりも低い電圧を目標値まで上昇させる際に、第2ピーク値よりも低い電圧から第2ピーク値までの電圧の時間変化率は電源の利用可能な最大値となるように設定し、第2ピーク値を超えて目標値まで上昇させる際に電圧の時間変化率を0.57V/sよりも大きく20V/sよりも小さくなるように設定してもよい。