図1および図2は、本発明に係る異常判定方法が適用される高圧燃料ポンプ63を備えた火花点火式エンジン1の概略構成を示し、このエンジン1は、複数の気筒18(図1では一つのみを図示)が設けられたシリンダブロック11と、このシリンダブロック11上に配設されたシリンダヘッド12と、シリンダブロック11の下側に配設されて潤滑油を貯溜するオイルパン13とを有している。各気筒18内には、コンロッド142を介してクランクシャフト15と連結されたピストン14が往復動可能に嵌挿されている。上記エンジン1に供給される燃料は、ガソリンを主成分とするものであればよく、その全てがガソリンであってもよいし、ガソリンにエタノール(エチルアルコール)等を含有させたものであってもよい。
ピストン14の頂面には、図3に拡大して示すように、リエントラント形のキャビティ20が形成されている。キャビティ20は、ピストン14が圧縮上死点付近に位置するときには、後述する直噴インジェクタ67に相対するように設置されている。シリンダヘッド12と、気筒18と、キャビティ20を有するピストン14とにより燃焼室19が区画されている。
なお、「燃焼室」とは、狭義には、上死点時におけるピストン14の上方空間のことを指すが、本明細書でいう燃焼室19とは、ピストン14の上下位置に拘わらずその上方に形成される空間からなる広義の燃焼室のことを指すものとする。また、燃焼室19の形状は、図示する形状に限定されるものではなく、例えばキャビティ20の形状、ピストン14の頂面形状、および燃焼室19の天井部の形状等を適宜に変更可能である。
このエンジン1の幾何学的圧縮比は、理論熱効率の向上や、後述する予混合圧縮自己着火燃焼の安定化等を目的として、比較的高い値、例えば14〜20程度の範囲内に設定されている。
シリンダヘッド12には、吸気ポート16および排気ポート17が各気筒18にそれぞれ形成されている。これら吸気ポート16および排気ポート17には、燃焼室19側の開口を開閉する吸気弁21および排気弁22がそれぞれ配設されている。
吸気弁21および排気弁22をそれぞれ駆動する動弁系の内、排気側には、排気弁22の作動モードを通常モードと特殊モードとに切り替える油圧作動式の可変機構、例えばVVL(Variable Valve Lift)58が設けられている。VVL58は、その構成の詳細な図示を省略するが、カム山を一つ有する第1カムおよびカム山を二つ有する第2カムからなるカムプロファイルの異なる2種類のカムと、この第1および第2カムのいずれか一方の作動状態を選択的に排気弁22に伝達するロストモーション機構とを備えている。第1カムの作動を排気弁22に伝達している状態では、排気弁22が排気行程中において一度だけ開弁される通常モードで作動し(図9参照)、第2カムの作動を排気弁22に伝達している状態では、排気弁22が排気行程中において開弁するとともに、吸気行程中においても開弁する特殊モード(排気の二度開きモード)で作動する(図8参照)。
VVL58は、エンジン1の運転状態に応じて排気弁22の作動モードを上記通常モードと特殊モードとに切り替えるように構成されている。こうしたモードの切替を行う機構としては、排気弁22を電磁アクチュエータによって駆動する電磁駆動式の動弁系を採用可能である。また、内部EGRは、上記排気弁22の二度開きのみによって実現されるのではなく、例えば吸気弁21を二回開くようにした吸気の二度開きモードによっても行うことができ、また排気行程乃至吸気行程において吸気弁21および排気弁22の双方を閉じるネガティブオーバーラップ期間を設けて既燃ガスを気筒18内に残留させることによっても実現できる。
VVL58を備えた排気側の動弁系に対し、吸気側には、図2に示すように、クランクシャフト15に対する吸気カムシャフトの回転位相を変更可能に構成されたVVT(Variable Valve Timing)59からなる位相可変機構と、吸気弁21のリフト量を連続的に変更可能に構成されたCVVL(Continuously Variable Valve Lift)60からなるリフト量可変機構とが設けられている。VVT59は、液圧式、電磁式または機械式等からなる公知の構造を採用可能であり、その詳細な構造についての図示は省略する。また、CVVL60も、種々の公知構造を適宜採用することができ、その詳細な構造についての図示は省略する。上記VVT59およびCVVL60により、吸気弁21の開弁タイミングおよび閉弁タイミング、並びにリフト量をそれぞれ変更可能に構成されている。
シリンダヘッド12には、各気筒18内に燃料を直接噴射する直噴インジェクタ67と、吸気ポート16内に燃料を噴射するポートインジェクタ68とがそれぞれ取り付けられている。
直噴インジェクタ67は、図3に拡大して示すように、その噴口が燃焼室19の天井面の中央部分から、その燃焼室19内に臨むように配設され、エンジン1の運転状態に応じた量の燃料を、適正なタイミングで燃焼室19内に直接噴射する。この例において、直噴インジェクタ67は、複数の噴口を有する多噴口型のインジェクタであって、燃料噴霧が放射状に広がるように、燃料を噴射するように構成されている。図3に示すように、ピストン14が圧縮上死点付近に位置するタイミングで、燃焼室19の中央部分に設けられた直噴インジェクタ67から放射状に広がるように噴射された燃料噴霧が、ピストン頂面に形成されたキャビティ20の壁面に沿って流動することにより、後述する点火プラグ25の周囲に到達するようになる。
キャビティ20は、ピストン14が圧縮上死点付近に位置するタイミングで噴射された燃料噴霧を、その内部に収めるように形成されている。上記多噴口型の直噴インジェクタ67とキャビティ20との組み合わせは、燃料の噴射後にその噴霧が点火プラグ25の周りに到達するまでの時間を短くするとともに、燃焼期間を短くする上で有利な構造となっている。
そして、直噴インジェクタ67には、燃料タンク61から下記ポート燃料噴射手段57の低圧燃料供給システム56を介して供給された燃料を、30MPa以上、好ましくは40MPa以上の高圧に加圧する高圧燃料ポンプ63と、この高圧燃料ポンプ63から圧送された高圧の燃料を蓄えるとともに、各気筒18の直噴インジェクタ67に供給するコモンレール64とが配設された高圧燃料供給通路65が接続され、これらにより燃料を燃焼室19の中心部に高圧で燃料を噴射する筒内燃料噴射手段62が構成されている。なお、上記高圧燃料ポンプ63から吐出される燃料の最大圧力は、エンジン1の性能および燃料の性状に適宜に設定可能であるが、燃料の噴射圧力を過度に高めるとエンジン1の駆動損失等が大きくなるため、通常は120MPa程度以下に設定される。
高圧燃料ポンプ63は、図4に示すように、上記低圧燃料供給システム56を介して供給された燃料の流量を調節するレギュレータ70と、一対の加圧室72を有するポンプハウジング71と、このポンプハウジング71の加圧室72に対する燃料の供給を制御するサンクションコントロールバルブ73と、このサンクションコントロールバルブ73を介して上記加圧室72に燃料を供給するフィードポンプ74と、加圧室72内の燃料を加圧して上記コモンレール64に圧送する一対の加圧プランジャー75と、この加圧プランジャー75を駆動する駆動カム76と、この駆動カム76と一体に回転する駆動軸77とを有している。
そして、エンジン1により駆動されるクランク軸とカム軸との間に掛け渡されたタイミングベルト等を介して上記駆動軸77および駆動カム76が回転駆動されるのに応じ、ポンプハウジング71に設けられた支持部78に沿って加圧プランジャー75が衝動変位することにより、加圧室72内の燃料が加圧された状態で逆止弁からなる吐出弁79を介して高圧燃料供給通路65に導出されるとともに、この高圧燃料供給通路65を介してコモンレール64に上記燃料が供給されるように構成されている。
また、上記ポンプハウジング71には、加圧プランジャー75の基端部を駆動カム76に圧接させる方向に付勢するバネ80の収容室81が設けられているとともに、この収容室81内に貯まった燃料の温度を検出する温度センサ82が配設されている。この温度センサ82の検出信号は、後述のPCM10に設けられた異常判別手段83に入力されるようになっている。
上記サンクションコントロールバルブ73から加圧室72には、必要量よりもやや多めの燃料が供給される。そして、必要量の燃料が上記吐出弁79から高圧燃料供給通路65に導出され、余分な燃料は上記ポンプハウジング71の支持部78と加圧プランジャー75との間に形成された5μm程度の微細な隙間を通って上記バネ80の収容室81内にリークされる。この収容室81内にリークした燃料は、リターン通路85を介して上記フィードポンプ74のインレットパイプ86に戻されることにより再使用される。
上記ポートインジェクタ68は、図1に示すように、吸気ポート16乃至吸気ポート16に連通する独立通路に臨んで配置され、吸気ポート16内に燃料を噴射する。ポートインジェクタ68は、一つの気筒18に対して一つ設けてもよく、一つの気筒18に対して二つの吸気ポート16が設けられているのであれば、二つの吸気ポート16のそれぞれに設けてもよい。ポートインジェクタ68の形式は、特定の形式に限定されるものではなく、種々の形式のインジェクタを適宜に採用可能である。
ポートインジェクタ68には、その詳細な図示を省略するが、燃料タンク61内の燃料を供給する低圧燃料供給通路55が接続されている。この低圧燃料供給通路55には、電動またはエンジン駆動式の低圧ポンプ等を有する低圧燃料供給システム56が配設され、これらにより上記燃料を0.3〜0.4MPa程度の低圧で吸気ポート16に燃料を噴射するポート燃料噴射手段57が構成されている。
また、上記ポート燃料噴射手段57の低圧燃料供給システム56から導出された低圧の燃料は、上記高圧燃料ポンプ63のレギュレータ70に供給され、この高圧燃料ポンプ63の加圧プランジャー75により所定圧に加圧された状態で、コモンレール64および高圧燃料供給通路65を介して直噴インジェクタ67に供給されるようになっている。
シリンダヘッド12には、図3に示すように、燃焼室19内の混合気に点火する点火プラグ25が取り付けられている。この点火プラグ25は、エンジン1の排気側から斜め下向きに延びるように、シリンダヘッド12内を貫通して配置されるとともに、点火プラグ25の先端部が、燃焼室19の中央部分に配置された直噴インジェクタ67の先端部に近接し、かつ燃焼室19内に臨むように設置されている。
エンジン1の一側面には、各気筒18の吸気ポート16に連通するように吸気通路30が接続されている。一方、エンジン1の他側面には、各気筒18の燃焼室19からの既燃ガス(排気ガス)を排出する排気通路40が接続されている。
吸気通路30の上流側部には、吸入空気を濾過するエアクリーナ31が配設されている。また、吸気通路30における下流端近傍には、サージタンク33が配設されている。このサージタンク33よりも下流側の吸気通路30は、各気筒18毎に分岐する独立通路とされ、これら各独立通路の下流端が各気筒18の吸気ポート16にそれぞれ接続されている。
吸気通路30におけるエアクリーナ31とサージタンク33との間には、空気を冷却または加熱する水冷式のインタークーラ/ウォーマ34と、各気筒18への吸入空気量を調節するスロットル弁36とが配設されている。また、吸気通路30には、インタークーラ/ウォーマ34をバイパスするインタークーラバイパス通路35が接続されており、このインタークーラバイパス通路35には、当該通路35を通過する空気流量を調整するためのインタークーラバイパス弁351が配設されている。インタークーラバイパス弁351の開度を調整することにより、インタークーラバイパス通路35の通過流量とインタークーラ/ウォーマ34の通過流量との割合が変更されて、気筒18内に導入される新気の温度が調整されるようになっている。
排気通路40の上流側部分は、各気筒18毎に分岐して排気ポート17の外側端に接続された独立通路と、該各独立通路が集合する集合部とを有する排気マニホールドにより構成されている。この排気通路40における排気マニホールドよりも下流側には、排気ガス中の有害成分を浄化する直キャタリスト41とアンダーフットキャタリスト42とからなる排気浄化装置が設けられている。直キャタリスト41およびアンダーフットキャタリスト42は、例えば筒状ケースと、その内部に配置された三元触媒とを備えている。
吸気通路30におけるサージタンク33とスロットル弁36との間と、排気通路40における直キャタリスト41よりも上流側部分とは、排気ガスの一部を吸気通路30に還流するEGR通路50により接続されている。このEGR通路50は、排気ガスをエンジン冷却水によって冷却するEGRクーラ52が配設された主通路51と、EGRクーラ52をバイパスするためのEGRクーラバイパス通路53とを有している。主通路51には、吸気通路30への排気還流量を調整するためのEGR弁511が配設され、EGRクーラバイパス通路53には、EGRクーラバイパス通路53を流通する排気ガスの流量を調整するためのEGRクーラバイパス弁531が配設され、これらにより燃焼室から導出された排気ガスを吸気系に還流させる排気還流手段54が構成されている。
このように構成されたエンジン1は、PCM(パワートレイン・コントロール・モジュール)10からなる制御手段によって制御される。PCM10は、CPU、メモリ、カウンタタイマ群、インターフェースおよびこれらのユニットを接続するパスを有するマイクロプロセッサで構成されている。
PCM10には、図1,2に示すように、各種のセンサSW1〜SW16の検出信号が入力される。この各種のセンサには、エアクリーナ31の下流側で新気の流量を検出するエアフローセンサSW1および新気の温度を検出する吸気温度センサSW2と、インタークーラ/ウォーマ34の下流側に配置されてインタークーラ/ウォーマ34を通過した後の新気の温度を検出する第2吸気温度センサSW3と、EGR通路50における吸気通路30との接続部近傍に配置されて外部EGRガスの温度を検出するEGRガス温センサSW4と、吸気ポート16に取り付けられて気筒18内に流入する直前の吸気の温度を検出する吸気ポート温度センサSW5と、シリンダヘッド12に取り付けられて気筒18内の圧力を検出する筒内圧センサSW6と、排気通路40におけるEGR通路50の接続部近傍に配置されて排気温度および排気圧力を検出する排気温センサSW7および排気圧センサSW8と、直キャタリスト41の上流側に配置されて排気中の酸素濃度を検出するリニアO2センサSW9と、直キャタリスト41とアンダーフットキャタリスト42との間に配置されて排気中の酸素濃度を検出するラムダO2センサSW10と、エンジン冷却水の温度を検出する水温センサSW11と、クランクシャフト15の回転角を検出するクランク角センサSW12と、車両のアクセルペダル(図示省略)の操作量に対応したアクセル開度を検出するアクセル開度センサSW13と、吸気側および排気側のカム角センサSW14,SW15と、筒内燃料噴射手段62のコモンレール64に取り付けられて直噴インジェクタ67に供給する燃料圧力を検出する燃圧センサSW16と、高圧燃料ポンプ63に配設されてリーク燃料の温度を検出する温度センサ82とが含まれる。
PCM10は、各センサの検出信号に基づいて種々の演算を行うことによりエンジン1や車両の状態を判定し、これに応じて直噴インジェクタ67、ポートインジェクタ68、点火プラグ25、吸気弁側のVVT59およびCVVL60、排気弁側のVVL58、筒内燃料噴射手段62、並びに各種の弁(スロットル弁36、インタークーラバイパス弁351、EGR弁511、およびEGRクーラバイパス弁531)のアクチュエータへ制御信号を出力するものである。
図5は、エンジン1のクランク回転速度およびエンジン負荷(目標トルク)をパラメータとしたエンジン1の制御マップを示している。この制御マップにおいてエンジン負荷が比較的、低い領域には、燃費の向上や排気エミッションの向上を目的として、点火プラグ25による点火を行わずに、均質でリーンな混合気をピストンの圧縮作用により自着火させる予混合圧縮自己着火燃焼を行うCIモード領域αに設定されている。一方、エンジン負荷が相対的に高い領域には、上記予混合圧縮自己着火燃焼を中止して点火プラグ25を利用した強制着火を行うSIモード領域βが設定されている。
詳しくは後述するが、CIモード領域αでは、基本的に吸気行程中に、ポート燃料噴射手段57の低圧ポンプおよびレギュレータから供給された燃料を、0.3〜0.4MPa程度の低圧でポートインジェクタ68から吸気ポート16内に噴射することにより、比較的均質なリーン混合気を燃焼室19内に形成するとともに、その混合気を圧縮上死点付近において自着火させるリーンHCCI(Homogeneous-Charge Compression Ignition Combustion)モードの燃焼(予混合圧縮自己着火燃焼)を行うように構成されている。
これに対してSIモード領域βでは、基本的に圧縮行程後期から膨張行程の初期に、筒内燃料噴射手段62の直噴インジェクタ67から気筒18内に燃料を、30MPa以上の高圧で噴射することにより、燃焼室19内に均質乃至成層化した混合気を形成するとともに、圧縮上死点付近で点火プラグ25を用いた強制着火をきっかけにして、混合気を急速な火炎伝播により燃焼させる制御(以下、急速リタードSI燃焼という)が実行されるように構成されている。
このエンジン1の幾何学的圧縮比は、前述のように14以上の高い値(例えば18)に設定されている。このように圧縮比を高い値に設定することにより、圧縮端温度および圧縮端圧力を上昇させることができるため、上記CIモード領域αでは、圧縮自己着火燃焼の安定化に有利になる。一方で、この高圧縮比のエンジン1は、高負荷域で強制着火のモード(SIモード)に切り替えられるため、特に低速域でエンジン負荷が高くなればなるほど、過早着火やノッキングといった異常燃焼が生じ易くなるという不都合がある。
そこで、このエンジン1では、エンジン1が高負荷のSIモード領域βにあるときに、燃料の噴射形態を従来とは大きく異ならせた急速リタードSI燃焼を行うことにより、異常燃焼を回避するようにしている。具体的に、この燃料の噴射形態は、従来と比較して大幅に高圧化した燃料圧力、例えば30MPa以上、好ましくは40MPa以上の圧力で、圧縮行程後期から膨張行程初期にかけての大幅に遅角した期間内で、直噴インジェクタ67により気筒18内に燃料噴射を実行するものである。この特徴的な燃料噴射形態を、以下においては「高圧リタード噴射」と呼ぶ。
図6は、急速リタードSI燃焼(実線)の場合と、吸気行程中に燃料噴射を実行する従来のSI燃焼(破線)場合とで、熱発生率(図6上段)および未燃混合気の反応進行度(図6下段)がそれぞれどのように異なるかを概念的に示す説明図である。負荷および回転速度は同一であり、燃料の噴射量も同一であるものとする。ただし、燃料の噴射圧力は、急速リタードSI燃焼の方が、従来のSI燃焼よりも大幅に高いものとする。
まず、従来から行われていた一般的なSI燃焼では、吸気行程中に燃料噴射P′を実行する。燃焼室19では、その燃料噴射P′の後、ピストン14が圧縮上死点に至るまでの間に、比較的均質な混合気が形成される。そして、この例では、圧縮上死点を過ぎたかなり遅めのタイミングθig’で火花点火が実行され、それによって火炎伝播による燃焼が開始される。燃焼の開始後は、図6の上段に破線の波形で示すように、点火プラグ25による点火時期θig’から所定期間が経過した時点で熱発生率のピークを迎え、その後の時点θend’で燃焼が完了する緩慢燃焼状態となる。
ここで、燃料噴射の開始から燃焼の終了までの間は、未燃混合気が存在し得る期間(未燃混合気の存在期間)ということができる。図6の下段に破線で示すように、未燃混合気の反応が上記未燃混合気の存在期間中に徐々に進行する従来のSI燃焼(緩慢燃焼)は、未燃混合気の存在期間が非常に長く、その間に未燃混合気の反応が進行し続けることから、点火時期θig’とほぼ同時、もしくはそれよりも早いタイミングで未燃混合気の反応度が着火しきい値を超えることにより、火花点火とは関係なく未燃混合気が自着火してプリイグニッション(過早着火)を招く可能性がある。点火時期θig’を図6のタイミングより早めてもよいが、そのようにした場合には、上記プリイグニッションの発生は仮に避けられても、火花点火後の火炎伝播の途中で未燃混合気が自着火する異常燃焼、つまりノッキングが起きてしまう。
以上のことから、当実施形態のような高圧縮比エンジンにおいて、SI運転領域βのような高負荷域で従来のSI燃焼を適用した場合(つまり吸気行程中のようなかなり早いタイミングで燃料を噴射して緩慢燃焼させた場合)には、たとえ火花点火のタイミングθig’を調節しても、プリイグニッションまたはノッキングといった異常燃焼が避けられないということが分かる。
これに対して急速リタードSI燃焼では、上述したように30MPa以上(例えば40MPa)という非常に高い噴射圧力で、しかも圧縮行程の後期という大幅に遅角した期間に燃料が噴射される(図6の上段のP1,P2)。このような高圧でかつ遅いタイミングの噴射(以下、高圧リタード噴射という)を行うことは、未燃混合気の存在期間を短縮し、異常燃焼を回避することにつながる。すなわち、未燃混合気の存在期間は、直噴インジェクタ67からの燃料の噴射に要する期間(燃料噴射期間(A))と、噴射終了後に点火プラグ25の周りに可燃混合気が形成されるまでの期間(混合気形成期間(B))と、点火によって開始された燃焼が終了するまでの期間(燃焼期間(C))とを足し合わせた期間(A)+(B)+(C)である。以下に説明するように、高圧リタード噴射は、噴射期間(A)、混合気形成期間(B)および燃焼期間(C)をそれぞれ短縮化し、それによって未燃混合気の存在期間を短くすることができる。
まず、高い噴射圧力は、単位時間当たりに直噴インジェクタ67から噴射される燃料の量を相対的に多くする。このため、燃料噴射量を一定とした場合には、図7の下段に示すように、噴射圧力が高いほど、上記噴射量を噴射するのに要する期間(燃料噴射期間)は短くなる。したがって、噴射圧力が従来のSI燃焼に比べて大幅に高く設定された高圧リタード噴射は、上記燃料噴射期間(A)の短縮化に貢献する。
また、高い噴射圧力は、噴射された燃料噴霧の微粒化に有利になるとともに、燃料噴霧の飛翔距離をより長くする。このため、噴射圧力が高いほど、燃料の蒸発に要する時間(燃料蒸発時間)は短くなり、点火プラグ25の周りに噴霧が到達するまでの時間(噴霧到達時間)も短くなる。上記混合気形成期間(B)は、燃料蒸発時間と噴霧到達時間とを足し合わせた期間であるから、図7の下段に示すように、噴射圧力が高いほど、上記混合気形成期間(B)は短くなる。したがって、噴射圧力の高い高圧リタード噴射は、上記混合気形成期間(B)の短縮化に貢献する。
このように高い噴射圧力によって燃料噴射期間(A)および混合気形成期間(B)を短縮化できれば、これに伴って燃料の噴射タイミング、より正確には、噴射開始タイミングを遅らせることができる。このような背景から、図6に示すように、燃料噴射P1,P2のタイミングが圧縮行程の後期にまで遅角されている。そして、圧縮行程の後期という遅いタイミングで燃料を高圧噴射することは、燃焼期間中の乱流エネルギーを増大させることにつながる。
すなわち、燃料噴射タイミングを圧縮行程後期にまで遅らせた場合、燃料の噴射圧力が高いほど乱流エネルギーは高くなる。これに対し、たとえ高い噴射圧力で燃焼室19に燃料を噴射したとしても、そのタイミングが早すぎる(例えば吸気行程中に噴射した)場合には、点火時期までの時間が長いことや、圧縮行程中にピストン14から圧縮を受けることに起因して、燃焼室19内の乱れは減衰してしまう。このため、吸気行程中のような早いタイミングで燃料噴射を行った場合には、燃焼期間中の乱流エネルギーは、噴射圧力の高低に拘わらず著しく低下してしまう。
燃焼期間中の乱流エネルギーは、これが高いほど燃焼期間を短くする作用をもたらす。したがって、噴射タイミングが圧縮行程後期である場合には、図7の下段に示すように、噴射圧力が高いほど燃焼期間(C)が短くなる。つまり、圧縮行程の後期に高圧で燃料噴射する高圧リタード噴射は、上記燃焼期間(C)の短縮化に貢献する。
なお、図7の下段には、従来通りの低い噴射圧力で吸気行程中に燃料を噴射した場合の燃焼期間(C)を白丸の点で示している。この従来の緩慢燃焼期間との比較からも明らかなように、当実施形態の高圧リタード噴射のように、例えば30MPa以上の高い噴射圧力で圧縮行程後期に燃料を噴射した場合には、燃焼期間(C)を大幅に短縮できることが分かる。
しかも、当実施形態の直噴インジェクタ67のように、多数の噴口を有したインジェクタであれば、より乱流エネルギーが高まるため、燃焼期間(C)の短縮により有利となる。さらに、このような多噴口型の直噴インジェクタ67と、ピストン14に設けられたキャビティ20との組み合わせによって、圧縮行程後期の燃料噴射P1,P2により噴射された燃料の噴霧を、主にキャビティ20内で迅速に拡散させることができる。このことも、燃焼期間(C)の短縮化に貢献する。
ここで、図6に示したように、高圧リタード噴射として、圧縮行程後期の2回(P1,P2)に分けて燃料を噴射したのは、燃料の気化霧化の促進と乱流エネルギーの向上とをそれぞれ狙ったものである。
すなわち、1回目の燃料噴射P1は、相対的に長い混合気形成期間(B)を確保することができるため、燃料の気化霧化に有利である。そして、1回目の燃料噴射P1によって十分な混合気形成期間(B)が確保される分、2回目の燃料噴射P2のタイミングは、より一層遅れたタイミングに設定することが可能になる。このことは、燃焼室19内の乱流エネルギーの向上に有利になり、燃焼期間(C)の短縮に貢献する。この場合において、1回目の燃料噴射P1と2回目の燃焼噴射P2の割合は、2回目の燃料噴射P2の噴射量を、1回目の燃料噴射P2の噴射量よりも多く設定することが望ましい。このようにすることで、燃焼室19内の乱れエネルギーが十分に高まり、燃焼期間(C)の短縮、ひいては異常燃焼の回避に有利になる。
以上のように、急速リタードSIモードにおける高圧リタード噴射により、燃料噴射期間(A)、混合気形成期間(B)、および燃焼期間(C)をそれぞれ短縮することかできる。その結果、図6に示したように、燃料の噴射開始時期θinjから燃焼終了時期θendまでの期間(未燃混合気の存在期間)を、吸気行程中に燃料噴射する従来の場合と比較して大幅に短縮することができる。そして、当該期間の短縮により、圧縮比が高く、しかも負荷の高い条件下であっても、異常燃焼を引き起こすことなく、適正な火炎伝播によって混合気を燃焼し切ることができる。すなわち、図7の上段に示すように、低い噴射圧力で吸気行程噴射する従来のSI燃焼では、白丸の点で示すように、未燃混合気の反応進行度が着火しきい値を超えてしまい、異常燃焼が発生してしまうのに対し、高圧リタード噴射を用いたSI燃焼、つまり急速リタードSI燃焼では、黒丸の点で示すように、未燃混合気の反応の進行を抑制し、異常燃焼を回避することが可能になる。なお、図7の上段における白丸と黒丸とで、点火時期は互いに同じタイミングに設定している。
しかも、急速リタードSI燃焼では、燃焼期間(C)が大幅に短縮化されることから、たとえ点火時期θigに基づく燃焼開始時期が、圧縮上死点から、ある程度遅れたタイミングに設定されていたとしても、膨張行程がかなり進行するまで燃焼が緩慢に継続するといったことがなく、熱効率および出力トルクの低下が避けられる。もちろん、点火時期θigを図6の例よりもさらに進角させれば、熱効率および出力トルクをさらに向上できる可能性がある。しかし、点火時期θigを早めると、ノッキングが起き易くなるため、ノッキングを起こさないという制約の下で、点火プラグ25による点火時期θigを可能な限り進角側に設定すべきである。
図8は、エンジン1の低負荷域、つまり図5のCIモード領域αで実行されるリーンHCCIモードの燃焼制御における燃料噴射時期と吸排気弁21,22のリフト特性、およびそれに基づく燃焼により生じる熱発生率(J/deg)を示す図である。本図に示すように、上記リーンHCCIモードでは、燃料噴射P0のタイミングが吸気行程中に設定され、ポート燃料噴射手段57のポートインジェクタ68から0.3〜0.4MPa程度の低圧で吸気ポート16に比較的少量の燃料が噴射されることにより、燃焼室19内に均質なリーン混合気が形成される。そして、このリーンな混合気が、ピストン14の圧縮作用により高温、高圧状態となって、圧縮上死点付近で自着火することにより、波形Qaに示すような熱発生を伴う燃焼が生じることになる。
上記リーンHCCIモードでは、燃焼室19内の混合気の空燃比(実空燃比)を理論空燃比(14.7)で割った値である空気過剰率λが、燃焼室19の全体に亘って2以上となるように設定される。ただし、このように大幅にリーンでかつ均質な空燃比下では、筒内温度を意図的に上昇させないと、失火が起きるおそれがある。そこで、上記リーンHCCIモードでは、VVL58を駆動して排気弁22を吸気行程中に開弁させることにより、排気ガスを燃焼室19内に逆流させる内部EGRが実行される。すなわち、排気弁22は、通常、排気行程のみで開弁するが(図8のリフトカーブEX)、VVL58の駆動に基づき排気弁22を吸気行程でも開弁させることにより(リフトカーブEX’)、排気ポート17から燃焼室19に排気ガスを逆流させる。このように、高温の排気ガスを燃焼室19に逆流(残留)させることで、燃焼室19を高温化して、混合気の自着火を促進できる。
ここで、燃焼室19に残留する排気ガスの量(内部EGR量)は、低負荷側ほど多く、高負荷側ほど少なく設定される。これに対し、燃焼室19に導入される空気(新気)の量は、低負荷側ほど少なく、高負荷側ほど多く設定される。そのための制御として、上記リーンHCCIモードでは、吸気弁21のリフト量が、負荷の高まりとともに徐々に増大するように設定される。図8中の一点鎖線のリフトカーブINは、吸気弁21が小リフト状態のときのリフトカーブであり、この状態から負荷が高まると、それに伴って吸気弁21のリフト量が破線のリフトカーブを上限として徐々に増大するように設定される。上記のように吸気弁21のリフト量を増大させる際には、吸気弁21の閉時期が吸気下死点(吸気行程と圧縮行程の間のBDC)の近傍に固定されたまま、吸気弁21の開時期のみが排気上死点(排気行程と吸気行程の間のTDC)に向けて徐々に進角するように、吸気弁21の開閉タイミングおよびリフト量が上記VVT59およびCVVL60によって調整される。
なお、リーンHCCIモードでは、上記のように排気弁22の再開弁(吸気行程中の開弁)に基づく内部EGRが実行されるため、排気還流手段54による排気還流は停止される。すなわち、EGR通路50に設けられたEGR弁511の開度が全閉に設定されることにより、排気通路40から吸気通路30への排気ガスの還流が停止される。
また、上記リーンHCCIモードでは、上述したように空気過剰率λが2以上という大幅にリーンな値に設定される。このように大幅にリーンに設定された混合気を燃焼させると、燃焼温度が大幅に低下するため、冷却損失を低減して熱効率(燃費)を向上させることができる。なお、λ≧2にまでリーンになると、三元触媒によるNOxの浄化作用をほとんど期待できないが、λ≧2のときに燃焼により生じるNOx量(生のNOx量)は大幅に少なくなるため、三元触媒以外に特別な触媒(例えばNOxトラップ触媒)を設けなくても、排気ガス中に含まれるNOxの量を十分に小さい値に抑制することができる。
上記CIモード領域αよりもエンジン1の負荷が高いSIモード領域βでは、通常、図9に示すような急速リタードSI燃焼の制御が実行される。すなわち、圧縮上死点以前に直噴インジェクタ67から燃焼室19内に燃料を噴射させ(P1,P2)、この燃料噴射P1,P2の後に点火プラグ25による強制着火を行うことにより、圧縮上死点を過ぎたタイミングから火炎伝播により混合気を燃焼させる制御が実行される。
上記燃料噴射P1,P1によるトータルの噴射量は、燃焼室19内に理論空燃比(空気 過剰率λ=1)の混合気を形成し得る量に設定される。また、上記急速リタードSI燃焼が行われるSIモード領域βでは、上記CIモード領域αよりもエンジン負荷が高いため、このCIモード領域よりも燃料の噴射量が多くなる。そこで、この増量される燃料に見合う多量の新気を確保すべく、エンジン負荷の増大に応じてCVVL60が駆動され、吸気弁21のリフト量がさらに増大される(リフトカーブIN)。なお、図9の例では、吸気弁21のリフトピーク位置を固定したままリフト量を増大させている。このため、リフト量の増大に伴って、吸気弁21の開時期は排気行程内に進角し、閉時期は圧縮行程内に進角することになる。このような吸気弁21の開閉タイミングの変更は、ポンピングロスの低減に有利となる。
また、上記急速リタードSIモードの燃焼状態では、EGR通路50を通じて排気ガスを吸気通路30に還流させる外部EGRが実行される。なお、上述したように、急速リタードSIモードの実行領域(図5のSIモード領域β)では、必要な新気量が多いために、エンジン負荷(トルク)の増大に応じて外部EGR量が低減され、全負荷域の近傍では、より多量の新気を確保するために、外部EGR量は0に設定される。
上記燃料噴射P1,P2による噴射燃料に基づき形成される理論空燃比(λ=1)の混合気は、上記各噴射P1,P2の完了から比較的短い期間を空けた所定のタイミング(図例では圧縮上死点の直後)で実行される火花点火をきっかけに、通常よりも急速な火炎伝播によって燃焼し始め、図中の波形Qbに示すように、膨張行程のそう遅くない時期までに燃焼を完了させる。
上記のようにSIモード領域βにおいて、リーンHCCIモードの燃焼(自着火による予混合圧縮自己着火燃焼)ではなく、急速リタードSI燃焼(火花点火に基づく火炎伝播燃焼)を実行するのは、負荷が相対的に高く、トータルの燃料噴射量が多いSIモード領域βで、これよりも負荷の低い領域と同様に、リーンHCCIモードの燃焼を継続させた場合には、異常燃焼の発生やスートの増大を招く可能性が高くなるためである。
このようにエンジン1の高負荷域に設定されたSIモード領域βにおいては、適切なCI燃焼の継続が困難であるため、上記SIモード領域βにまで負荷が高まったときに、CI燃焼状態からSI燃焼へと切り替えるようにしている。ただし、上述したように、当実施形態のエンジン1は、部分負荷域でCI燃焼を確実に行わせるために、幾何学的圧縮比が14以上というかなり高い値に設定されている。よって、通常のSI燃焼、つまり圧縮上死点よりもかなり前(例えば吸気行程中)に、燃料を噴射して圧縮上死点付近で火花点火を行わせるという制御を、上記SIモード領域βで実行した場合には、上述したプリイグニッションや、火炎伝播の途中で未燃混合気(エンドガス)が自着火するノッキングのような異常燃焼を引き起こすことが懸念される。このため、図9に示したような急速リタードSIモードに基づく特殊なSI燃焼が必要となる。
また、上記急速リタードSIモードにおける燃料噴射の形態は、前述した筒内燃料噴射手段62による高圧リタード噴射である。したがって、圧縮行程後期から膨張行程初期にかけてのリタード期間内に、高圧燃料ポンプ63により30MPa以上に高められた燃料圧力でもって、筒内燃料噴射手段62の直噴インジェクタ67から燃料を気筒18内に直接、噴射する。
なお、図9に示すように、前段の第1噴射P1と、後段の第2噴射P2との二回に分割した燃料噴射に代え、上記高圧リタード噴射を一回の噴射(一括噴射)によって構成してもよい。さらに、吸気充填効率の向上を目的として、吸気行程中にポート燃料噴射手段57による低圧の燃料噴射が追加される場合がある。この吸気行程噴射は、燃料噴射に伴う吸気の冷却効果によって吸気充填効率が向上し、トルクの向上に有利になる。
ここで、前述の通り、筒内燃料噴射手段62による燃料の噴射圧力は極めて高いため、吸気行程中に上記筒内燃料噴射手段62のポートインジェクタ68から気筒18内に直接燃料を噴射してしまうと、気筒18内の壁面(シリンダライナー)に燃料が大量に付着して、オイル希釈等の問題を引き起こす可能性がある。しかし、上記のように吸気行程噴射を、筒内燃料噴射手段62の直噴インジェクタ67ではなく、相対的に低い燃料圧力でもって燃料を噴射するポート燃料噴射手段57のポートインジェクタ68から吸気ポート16内に燃料を噴射するように構成することにより、上記オイル希釈等の問題を回避することができる。
図10は、低速域内における負荷の変動に対するエンジン1の各パラメータ、つまり、スロットル弁36の開度(b)、EGR弁511の開度(c)、排気の二度開きモードにおける閉弁タイミング(d)、吸気弁21の開弁タイミング(e)、吸気弁21の閉弁タイミング(f)、および吸気弁のリフト量(g)の制御例をそれぞれ示している。
図10(a)は、気筒18内の状態を示している。同図は、横軸をトルク(言い換えるとエンジン負荷)、縦軸を気筒内の混合気充填量として、気筒内の混合気の構成を示している。前述の通り、相対的に負荷の低い図の左側の領域はCIモードとなり、所定負荷よりも負荷が高い図の右側の領域はSIモードとなる。燃料量(総括燃料量)は、CIモードおよびSIモードに拘わらず、エンジン負荷の増大に従って増量される。この燃料量に対して、理論空燃比(λ=1)となるための新気量が設定されることとなり、この新気量は、負荷の増大に対し、燃料量の増量に伴って増量することになる。
リーンHCCI燃焼が行われるCIモードにおいては、前述の通り、内部EGRガスが気筒18内に導入されることから、充填量の残り分は、内部EGRガスと余剰の新気とによって構成される。したがって、上記CIモードでは、リーン混合気となる。一方、急速リタードSI燃焼が行われるSIモードでは、λ=1となるようにエンジン1が運転されるとともに、内部EGRガスの導入が中止される。
気筒18内の状態が、図10(a)に示すような状態となるように、スロットル弁36は、同図(b)に示すように、エンジン1の負荷の高低に拘わらず全開に設定される。一方、EGR弁511は、図10(c)に示すように、CIモードでは閉じられたままになるのに対し、SIモードでは開弁される。EGR弁511の開度は、SIモードにおいて低負荷ほど大きく高負荷ほど小さくなるように、エンジン負荷の増大に伴い次第に小さくされる。より正確には、CIモードとSIモードとの切り替わりにおいては全開とされ、全開負荷において全閉とされる。したがって、この制御例では、SIモードにおいても、全開負荷時に外部EGRガスの気筒18内への導入が停止される。
図10(d)は、排気の二度開きモードにおける排気弁22の閉弁タイミングを示している。CIモードでは、前述の通り、内部EGRガスを気筒18内に導入すべく、その閉弁タイミングが排気上死点と吸気下死点との間の所定タイミングに設定される。一方、SIモードでは、その閉弁タイミングが排気上死点に設定される。つまり、SIモードでは、排気弁22の二度開きが中止されることにより、内部EGRが停止される。
また、図10(e)に示すように、CIモードでは、エンジン1の負荷が高くなるほど吸気弁21の開弁タイミングが排気上死点に近づくように進角される。したがって、エンジン1の負荷が低いほど、気筒18内に導入される内部EGRガスが増量するのに対し、エンジン1の負荷が高くなればなるほど、気筒18内に導入される内部EGRガスは減少する。エンジン1の負荷が低いほど、大量の内部EGRガスによって気筒18内の圧縮端温度が高まるため、安定した圧縮自己着火燃焼を実現する上で有利になり、かつエンジン1の負荷が高いほど、内部EGRガスを抑制することで気筒18内の圧縮端温度の上昇を抑制するため、過早着火を抑制する上で有利になる。
一方、吸気弁21の開弁タイミングは、図10(e)に示すように、SIモードにおいて排気上死点で一定とされ、吸気弁21の閉弁タイミングは、図10(f)に示すように、CIモードおよびSIモードにおいて吸気下死点で一定とされる。従って、SIモードでは、スロットル弁36が全開で一定にされ(図10(b))、吸気弁21の開弁タイミングおよび閉弁タイミングが一定にされるとともに、リフト量が最大で一定にされる(図10(g))。このことから、EGR弁511の開度調整によって、気筒18内の導入される新気量と、外部EGRガス量との割合が調整されることになる。このような制御は、ポンプ損失の低減に有利である。また、SIモードにおいて、外部EGRガスを気筒18内に導入することは、冷却損失の低減、異常燃焼の回避、およびRaw NOxの抑制に有利になる。
図11は、エンジン1の負荷の変動に対する各制御パラメータであって、G/F(b)、噴射タイミング(c)、燃料圧力(d)、噴射期間に対応した燃料噴射パルス幅(e)、及び点火タイミング(f)の変化を示している。
気筒18内における混合気の状態は、図11(a)に示すようになるため、図11(b)に示すように、CIモードでは、G/Fが燃料量の増大に伴いリーンから次第に理論空燃比に近づくようになる。また、SIモードでは、外部EGRガスを気筒18内に導入していることから、上記CIモードに連続しつつ、エンジン負荷の増大に応じて次第に減少する。
燃料噴射タイミングは、図11(c)に示すように、CIモードにおいては、一例として、排気上死点と吸気下死点との間の吸気行程中に設定される。この燃料噴射タイミングを、エンジン1の負荷に応じて変更してもよい。これに対してSIモードでは、燃料噴射タイミングが圧縮行程後半から膨張行程初期にかけてのリタード期間に設定されることにより、高圧リタード噴射される。また、SIモードでは、エンジン負荷の増大に伴い、その噴射タイミングは次第に遅角側に変更される。これは、エンジン負荷の増大に伴い、気筒18内の圧力及び温度が高まって異常燃焼が発生し易くなることから、これを効率的に回避するには、燃焼の噴射タイミングを遅角側に設定する必要があるためである。
ここで、図11(c)の実線は、高圧リタード噴射を一回の燃料噴射によって行う一括噴射の場合の、燃料噴射タイミングの一例を示している。これに対し、図11(c)の一点鎖線は、高圧リタード噴射を、第1噴射と第2噴射との二回の燃料噴射に分割した場合の第1噴射及び第2噴射それぞれの燃料噴射タイミングの一例を示している。これによると、分割噴射における第2噴射は、一括噴射を行う場合よりも、遅角側に実行することになるため、異常燃焼の回避により有利になる。これは、前述したように、比較的早期に第1噴射を実行して燃料の気化霧化時間を確保していること、および第2噴射の燃料噴射量が相対的少なくなるために必要な気化霧化時間が短くなることに起因する。
さらに、図11(c)に点線で示すように、エンジン1の全開負荷域においては、総括燃料噴射量が多くなることから、燃料噴射量の増量分を、吸気充填効率の向上を目的として、吸気行程噴射を実行するようにしてもよい。
図11(d)は、直噴インジェクタ67に供給される燃料圧力の変化を示しており、CIモードでは最小燃料圧力で一定に設定される。これに対してSIモードでは、最小燃料圧力よりも高い燃料圧力に設定されるとともに、エンジン負荷の増大に伴い、燃料圧力が増大するように設定される。これは、エンジン負荷が高くなるにつれて異常燃焼が発生し易くなることから、噴射期間のさらなる短縮や、噴射タイミングのさらなる遅角化が求められるためである。また、SIモードにおいて外部EGRガスを導入することから、特にエンジン1の運転状態が中負荷域にあるときには、燃焼が緩慢になって燃焼期間が長くなる虞がある。そこで、燃焼期間の短縮を目的に、この制御例では、外部EGRの導入を行わないと仮定した場合に設定される場合(同図の一点鎖線を参照)と比較して、燃料圧力が高い値となるように調節される。
図11(e)は、一括噴射を行う場合の噴射期間に相当する噴射パルス幅(インジェクタの開弁期間)の変化を示しており、CIモードにおいては、燃料噴射量の増大に伴いパルス幅も大きくなり、SIモードにおいても同様に、燃料噴射量の増大に伴いパルス幅も大きくなる。しかしながら、同図(d)に示すように、SIモードでは、CIモードよりも燃料圧力が大幅に高く設定されているため、SIモードにおける燃料噴射量は、CIモードにおける燃料噴射量よりも多いにも拘わらず、そのパルス幅は、CIモードのパルス幅よりも短く設定される。これは、未燃混合気の存在期間を短縮し、異常燃焼の回避に有利になる。
また、図11(f)は、点火タイミングの変化を示しており、SIモードでは、燃料噴射タイミングがエンジン負荷の増大とともに遅角されることに従って、点火タイミングもまた、エンジン負荷の増大とともに遅角される。これは、異常燃焼の回避に有利である。また、CIモードでは、基本的には点火を実行しないものの、点火プラグ25のくすぶりを回避する目的で、同図に一点鎖線で示すように、例えば排気上死点付近で点火を行ってもよい。
次に、図12に示すフローチャートを参照しながら、PCM10により実行されるエンジン1の制御を詳細に説明する。まず、ステップS1において積算されたAWS実行時間tを読み込んだ後、この読み込まれたAWSの実行時間tが所定値K以上であるか否かを、ステップS2において判定する。このAWS(Accelerated Warm-up System)は、エンジン1の始動時に排気ガスの温度を高めてキャタリスト41,42の活性化を早めることで、排気ガスの浄化を促進するシステムであり、エンジン1の始動後に、予め定められた所定時間だけAWSモードの制御が実行される。したがって、ステップS2の判定においてNOのとき、つまりAWSの実行時間tが所定値K以上でないときには、ステップS3に移行してAWSモードとする。AWSモードでは、基本的に、吸入空気量を増量させるとともに、点火プラグ25の点火タイミングを大幅にリタードさせたSI燃焼を行う。
一方、ステップS2の判定においてYESのとき(つまり、AWS実行時間tが所定値K以上のとき)には、ステップS4に移行して定常モードの制御を実行する。このステップS4において、アクセル開度およびエンジン回転数を読み込んだ後、ステップS5において、エンジン1の運転状態が予混合圧縮自己着火燃焼(リーンHCCI燃焼)を行うCIモード領域αにあるか否かを判定し、当該判定結果がYESのときにはステップS6に移行して、図8に示すリーンHCCIモードの燃焼制御、つまり吸気行程における所定のタイミングで、かつ0.3〜0.4MPa程度の圧力で、ポート燃料噴射手段57のポートインジェクタ68から吸気ポート16に噴射することによりリーンで均質な混合気を形成し、この混合気をピストン14により圧縮して自着火させる燃焼させる制御を実行する。
また、上記ステップS5でNOと判定されてエンジン1の運転状態が高負荷のSIモード領域βにあることが確認された場合には、ステップS7に移行して図9に示す急速リタードSIモードの燃焼制御、つまり圧縮上死点以前に直噴インジェクタ67から燃焼室19内に燃料を噴射させ(P1,P2)、この燃料噴射P1,P2の後に点火プラグ25による強制着火を行うことにより、圧縮上死点を過ぎたタイミングから火炎伝播により混合気を燃焼させる制御を実行する。
次いで、ステップS8において、上記温度センサ82により検出された収容室81内の燃料温度、つまり上記高圧燃料ポンプ63の加圧室72から収容室81にリークした燃料の温度Tを読み込んだ後、ステップS9において、このリーク燃料の検出温度Tが予め設定された基準温度Rよりも高いか否かを判定し、NOと判定された場合にはリターンする。
上記ステップS9でYESと判定され、リーク燃料の検出温度Tが基準温度Rよりも高いと判定された場合には、ステップS10において、上記高圧燃料ポンプ63の摩耗が大きくなる異常が発生したと判別して異常表示ランプを点灯させる等の制御を行うとともに、ステップS11において、上記高圧燃料ポンプ63から吐出される燃料圧力を低下させる制御を実行する。
具体的には、図6の実線および図9に示す急速リタードSIモードの燃焼制御状態から図6の破線で示す緩慢燃焼を行う一般的なSIモードの燃焼制御状態に移行することにより、吸気行程中に上記急速リタードSIモードの燃焼制御時よりもかなり低い圧力、例えば7MPa程度の圧力で燃料噴射P′を実行し、ピストン14が圧縮上死点に至るまでの間に比較的均質な混合気を形成するとともに、圧縮上死点を過ぎたかなり遅めのタイミングで火花点火を実行して火炎伝播による燃焼させる制御を実行する。
上記のようにガソリンまたはアルコール燃料を30MPa以上の燃圧で燃焼室19内に供給可能な高圧燃料ポンプ63を備えた火花点火式エンジンにおいて、上記高圧燃料ポンプ63の加圧室72からリークした燃料の温度を検出する温度検出工程と、このリーク燃料の検出温度Tと予め設定された基準温度Rとを比較し、リーク燃料の検出温度Tが基準温度Rよりも高い場合に、上記高圧燃料ポンプ63の摩耗が大きくなる異常が発生したと判別する異常判別工程とを備えた高圧燃料ポンプ63の故障判定方法、および上記リーン燃料の温度を検出する温度検出手段(温度センサ82)と、上記リーク燃料の検出温度Tと基準温度Rとを比較することにより高圧燃料ポンプ63の摩耗が大きくなる異常が発生したか否かを判別する異常判別手段83とを備えた火花点火式エンジンの制御装置によれば、高圧燃料ポンプ63の駆動抵抗が過大になって駆動損失が増大したり、上記加圧プランジャー75の支持部78に焼き付きが生じたりすること等を効果的に防止できるという利点がある。
すなわち、軽油に比べて低沸点・低粘度のガソリンを主成分とした燃料を高圧でエンジン1の燃焼室19内に供給する高圧燃料ポンプ63においては、上記燃料の流動性が軽油に比べて高いために、加圧室72内の燃料が加圧される際に、加圧プランジャー75とその支持部78との間に形成された微細な隙間を通って加圧室72からバネ80の収容室81にリークし易い傾向がある。そして、高圧燃料ポンプ63の摺動部に金属接触が生じ、その駆動抵抗が増大する等の異常が発生した場合に、必要な燃圧を確保しようとして高圧燃料ポンプ63の駆動力を増大させると、上記隙間を通過する大量の燃料が、より大きな剪断力を受けてその温度が顕著に上昇する。この温度上昇により燃料の粘性が低下して、その潤滑作用がさらに低下するために、上記加圧プランジャー75の摺動部等に焼き付きが生じ易くなる傾向がある。また、上記加圧室72内の燃料が隙間を通って収容室81内にリークする際に、このリーク燃料の温度が上昇するとともに、その圧力が低下することに起因してパーコレーションが発生するという弊害がある。
したがって、上記実施形態に示すように、温度センサ82からなる温度検出手段により検出されたリーク燃料の検出温度Tが、例えば50°C乃至60°C程度に予め設定された基準温度Rよりも高いことが確認された場合に、高圧燃料ポンプ63の摩耗が大きくなる異常が発生したと判別して異常表示ランプを点灯させる等の異常報知制御を実行することにより、高圧燃料ポンプ63の駆動抵抗が過大になって駆動損失が増大したり、上記加圧プランジャー75の支持部78に焼き付きが生じたりすること等を未然に防止するための措置を講じることができる。
また、上記実施形態では、エンジン1の高負荷域で、圧縮行程から膨張行程初期までの間に高圧燃料ポンプ63から30MPa以上の燃圧で燃焼室19内に燃料を噴射して低負荷域よりもリッチな混合気を形成し、この混合気に圧縮上死点近傍で点火して圧縮上死点よりも所定期間遅れたタイミングで急速燃焼させるように制御する制御手段を備えた火花点火式エンジンにおいて、上記異常判別工程でリーク燃料の検出温度Tが基準温度Rよりも高いと判別された場合に、急速リタードSIモードの燃焼制御時に比べて燃料の噴射圧力が低い一般的なSIモードの緩慢燃焼制御状態に移行することにより、上記高圧燃料ポンプ63から吐出される燃料圧力を低下させるように構成したため、エンジン1の運転状態を維持しつつ、上記加圧プランジャー75の支持部78に焼き付きが生じる等の故障が発生するのを効果的に防止できるという利点がある。
また、上記高圧燃料ポンプ63からリターン通路85を介して導出された燃料をフィードポンプ74のインレットパイプ86に戻されることにより再使用するように構成した実施形態に代え、上記リターン通路85を介して高圧燃料ポンプ63の外部に導出された燃料を燃料タンク61に戻した後、ポート燃料供給手段57の低圧燃料供給システム56を介して上記フィードポンプ74のインレットパイプ86に戻すように構成してもよい。