フォトニック結晶素子を応用展開するに当たって重要な課題は、フォトニック結晶と、光波回路または電子回路との集積化および融合を実現することである。ここで、光波回路とは、フォトニック結晶を使わない従来技術、すなわち屈折率の異なるコアとクラッドからなる光導波路をベースとした光素子および光回路を意味する。具体的にはリング導波路共振器、端面発光型半導体レーザ、光変調器、光スイッチ、導波路型光受光器、これらをつなぐ光配線(導波路)等既存の通信用光部品に広く採用されている技術である。
集積化による高機能化、高効率化および低コスト化を究極的に進めるためには、フォトニック結晶と、光波回路または電子回路とを、同一の基板上に集積して加工することが求められる。例えばシリコンからなるフォトニック結晶は、同じシリコンからなる光波回路または電子回路との集積が原理的に可能である。一方、工業的視点から集積化するメリットを得るためには、結晶および各回路の構造上の互換性や、集積される要素間で加工技術における互換性が重要となる。集積する各要素間で構造や使用される加工技術がばらばらで統一されていなければ、集積化の効率の低下やコスト増加を招くためである。
従来技術において提案されてきたフォトニック結晶の設計では、単体での性能追求を最優先にしていた。このため、フォトニック結晶と、集積化される対象の光波回路または電子回路との互換性は十分には考慮されていなかった。例えば、典型的な2次元フォトニック結晶においては、集積化の観点から酸化膜による埋め込み構造が検討されてきたが、共振器のQ値が高い構造は容易には実現できなかった。また、2次元フォトニック結晶は、構造の非対称性に極めて敏感であり現実的なシリコン電子・光子回路と集積して使用することは困難であった。以下、従来技術における問題について、さらに詳細に説明する。
図1は、従来の代表的なフォトニック結晶の構成を示す図である。図1の(a)および(b)は、エアブリッジ構造による2次元フォトニック結晶および1次元フォトニック結晶の構成例をそれぞれ示している。エアブリッジ構造は、結晶部分が基板から空隙を空けて中空構造となっていることを特徴とする。たとえば、(a)に示した2次元フォトニック結晶11は、x方向およびz方向に周期的に穴12が配置され、空気10によって囲われた構造を持つ。(b)に示した1次元フォトニック結晶14は、z方向に周期的に穴14が配置され、空気20によって囲われた構造を持つ。フォトニック結晶11、13は、図には示していない基板によって少なくとも2端で空気中に保持される。
フォトニック結晶では、周期構造を持たない方向について、光閉込を半導体と空気との屈折率差により行っている。このため、(a)および(b)に示したように、結晶部11、13の周囲を全て空気で囲うことによって、性能面での制約を最も小さくすることができる。性能面においては、エアブリッジ構造は最適な構造である。したがって、各種の結晶材料系において、このエアブリッジ構造によって共振器Q値の最高性能が達成され、報告されてきた。
しかしながらエアブリッジ構造は、フォトニック結晶と、他の電子回路または光波回路との集積を行うためには適していない。シリコン結晶11、13が剥き出しとなっており、また、中空構造であることによって機械的に脆弱なため、エアブリッジ構造に対して他のプロセス処理を適用できないからである。例えば、エアブリッジ構造の完成後に、集積する電子回路または光波回路部分の加工に必要とされるエッチング、成膜、電極形成および熱処理等のプロセス処理の多くを、適用することができない。結局、フォトニック結晶と、電子回路または光波回路とを集積するためには、電子回路または光波回路を形成した後でエアブリッジ加工を行うしかない。
この加工順序では、ウェハ内でフォトニック結晶の下側部分のみを選択的に除去する特殊な工程が必要となり、そもそもこのような工程を実施すること自体が難しい。その上に、このような特殊な工程は、作製済みの電子回路や光波回路の品質を損なう恐れもある点で問題であった。さらに、フォトニック結晶が空気以外の材料に触れたり埋め込まれたりすると所定の性能が発揮できないため、加工完了後の実使用状態においてフォトニック結晶が中空で剥き出しの状態を終始維持する必要があった。
シリコンフォトニクスやシリコン電子回路においては、層間分離膜や封止膜として、シリコン酸化膜、シリコン窒化膜等の誘電体膜が採用されている。作製プロセスの各工程をも含めて、フォトニック結晶とこれらの酸化膜や誘電体膜とを集積化するときの整合性を高めるためには、シリコン酸化膜等の誘電体膜で埋め込んだ状態でも必要な性能を発揮するフォトニック結晶を採用するのが望ましい。
フォトニック結晶を囲んでいる空気部分をより屈折率の高い誘電体に置き換える場合、最大の課題は光損失の増加であった。3次元波数ベクトル空間において、ライトコーンと呼ばれる領域内の波数成分を有する光は、結晶から外部に漏れやすいことが知られている。フォトニック結晶を囲んでいる空気部分を誘電体に置き換えると、ライトコーンが拡大するため光損失が大きくなりやすい問題があった。
また図1の(a)で示したような、結晶内の要素構造が2次元面内方向(x−z面)に存在し、上下方向は屈折率差によって光を閉じ込めるスラブ型2次元フォトニック結晶においては、上下方向(y方向)の対称性が少しでも損なわれると性能が大きく損なわれる問題が報告されている(非特許文献2)。一般的な加工プロセスを使った場合、フォトニック結晶の下側および上側の誘電体の屈折率を一致させるのは困難である。スラブ型2次元フォトニック結晶の場合、性能低下を回避するのは困難であった。
さらに、上下方向について対称にする意味では、フォトニック結晶の上側および下側の両方の誘電体の膜厚を共に同等程度の厚さとする必要があった。一般に、フォトニック結晶および基板の間の光絶縁のために、フォトニック結晶の下側には、少なくとも500nm以上の誘電体膜厚が必要である。一方で、別の要請によって、フォトニック結晶の上側の誘電体膜を例えば100nm程度に抑える必要があるような場合では、非対称性のために、フォトニック結晶に必要とされる性能の確保は困難であった。
1次元フォトニック結晶は、スラブ型2次元フォトニック結晶に比べてモードの設計自由度が大きく、結果的にフォトニックバンドギャップ内に、シングルモードでライトコーンの影響を受けにくい伝搬モードを実現できる。したがって、図1の(c)に示したように、上下方向に著しい非対称性があり、かつ、フォトニック結晶15の底面が低屈折率媒体であるシリコン酸化膜17(屈折率1.4)に接しているSOI(Silicon On Insulator)構造30を利用することができる。最近、発明者らは、SOI構造を利用して適切な設計を行うことで、高い性能のフォトニック結晶共振器を実現できることを報告している(非特許文献1)。
SOI構造30は、エアブリッジ加工の特殊な工程を必要とせず、エアブリッジ構造と比べて作製がより単純であり、また機械的にも安定堅牢である利点がある。しかし3面および結晶穴が空気に剥き出しとなっている点では、SOI構造30は、依然としてエアブリッジ構造と同様の問題を残していた。1次元フォトニック結晶において、全面を同じ材料の酸化膜で埋め込んで、かつ100万以上のQ値の実現可能性のある高性能共振器構造は報告されていない。フォトニック結晶と、光波回路や電子回路との集積融合するメリットを得るためには、ただ構造を共通化するだけでは不十分であった。集積化される他の回路の要素と同一の材料を使用し、しかも同時に一括して加工をすることが可能であって、完全なフォトニック結晶の埋込を実現することが求められていた。
本発明は、このような問題に鑑みてなされたもので、その目的とするところは、1次元フォトニック結晶において、結晶を低屈折率材料で埋め込んだ状態でQ値等の性能が十分高い光共振器を実現することにある。低屈折率材料は、一般に層間分離膜または封止膜に使われている材料を含んでおり、多様な光波回路または電子回路集積素子にナノ共振器を組み込むことがより容易になる。
本発明は、このような目的を達成するために、請求項1に記載の発明は、1次元フォトニック結晶を用いた光共振器において、低屈折率材料層の上に形成された、高屈折率材料層からなる概ね直方体形状のフォトニック結晶であって、その内部に、前記直方体の長手方向に、周期的に配列された格子定数aを有する複数の要素構造を有し、結晶の厚さが前記格子定数aの0.75〜1.25倍の範囲にあるフォトニック結晶と、前記フォトニック結晶よりも低い屈折率を有し、前記フォトニック結晶の上方を覆う埋め込み層とを備えたことを特徴とする光共振器である。すでに述べたように、格子定数a(Lattice Constant)は、要素構造の繰り返し距離を意味している。
請求項2に記載の発明は、請求項1の光共振器であって、前記複数の要素構造は、前記フォトニック結晶内に形成された柱状もしくは円柱の穴であって、前記埋め込み層は、前記複数の要素構造の内部も充たしており、前記フォトニック結晶と集積可能な光波回路もしくは電子回路において利用される層間分離膜または封止膜を形成するのと同一な方法によって構成されたことを特徴とする。
請求項3に記載の発明は、請求項1の光共振器であって、前記低屈折率材料層および前記高屈折率材料層は、それぞれ、SOI(Silicon On Insulator)基板のシリコン酸化膜層およびSOI層を利用して構成され、前記埋め込み層はシリコン酸化膜またはシリコン窒化膜を含む誘電体で構成されることを特徴とする。
請求項4に記載の発明は、請求項1の光共振器であって、前記フォトニック結晶の前記長手方向に平行な両側面に接して、前記高屈折率材料層をエッチングすることによって除去されて残存する前記高屈折率材料により形成され、前記埋め込み層によって覆われたサイドスラブをさらに備えたことを特徴とする。
請求項1の光共振器において、前記複数の要素構造の内部は、ボイド空気穴とすることもできる。好ましくは、前記高屈折率材料層は、Si、GaAs、InP、GaNおよびSiCのいずれかで形成することができる。
請求項5に記載の発明は、格子定数aを有する複数の要素構造が形成された1次元フォトニック結晶を用いた光共振器を作製する方法において、基板および低屈折率材料層が順次形成された多層構造上に、前記格子定数aの0.75〜1.25倍の範囲にある厚さを有する高屈折率材料層を形成するステップと、前記高屈折率材料層の上にレジスト層を形成するステップと、前記レジスト層をパタニングして、フォトニック結晶の外形、および、前記複数の要素構造を形成するためのマスクを形成するステップと前記マスクを通して、前記高屈折率材料層をエッチングするステップであって、エッチングによって、前記複数の要素構造および前記フォトニック結晶を形成するステップと、前記形成されたフォトニック結晶を覆う埋め込み層を形成するステップとを備えることを特徴とする光共振器の作製方法である。
請求項6に記載の発明は、請求項5の方法であって、前記複数の要素構造は、前記フォトニック結晶内に形成された柱状もしくは円柱の穴であって、前記埋め込み層は、前記複数の要素構造の内部も充たしており、フォトニック結晶を覆う埋め込み層を形成する前記ステップは、前記フォトニック結晶と集積可能な光波回路もしくは電子回路において利用される層間分離膜または封止膜を形成するのと同一の方法を使用して形成されることを特徴とする。
好ましくは、前記高屈折率材料層は、Si、GaAs、InP、GaNおよびSiCのいずれかで形成することができる。
請求項7に記載の発明は、請求項5の方法であって、前記低屈折率材料層および前記高屈折率材料層は、それぞれ、SOI(Silicon On Insulator)基板のシリコン酸化膜層およびSOI層を利用して構成され、前記埋め込み層はシリコン酸化膜またはシリコン窒化膜を含む誘電体で構成されることを特徴とする。
請求項8に記載の発明は、請求項5の方法であって、フォトニック結晶を覆う埋め込み層を形成する前記ステップは、前記複数の要素構造の内部をボイド空気穴として形成するためのステップを含むこと特徴とする。
以上説明したように、本発明により、多様な光波回路または電子回路集積素子にナノ共振器を組み込むことが容易になる。フォトニック結晶と集積化される他の回路の要素と同一の材料を使用し、同時に一括して加工をすることが可能であって、フォトニック結晶の完全な埋込を実現する。
本発明に係る光共振器は、所定の関係にて穴径が設定され、一列に一定周期で並んだ結晶穴を持つ1次元のフォトニック結晶を利用する。さらに、フォトニック結晶部材の厚さを所定の範囲に設定する。本発明では、光波回路・電子回路において層間分離膜や封止膜としての役割を果たしている低屈折率のシリコン酸化膜を使用して1次元フォトニック結晶共振器を埋め込み、必要十分なQ値を確保することができる。光波回路または電子回路で必要とされる様々な仕様の層間分離膜または封止膜を利用して、フォトニック結晶と、光波回路または電子回路とを集積化する。
図2は、本発明のフォトニック結晶を用いた光共振器の基本構成を示す図である。光共振器100は、シリコン基板1と、周期的に配置された穴5を有する1次元シリコンフォトニック結晶2と、基板1およびフォトニック結晶部材2の間にあってフォトニック結晶部材2よりも十分低い屈折率を持つ下部シリコン酸化膜層3とから成る。さらに、シリコンフォトニック結晶2は、フォトニック結晶部材2よりも十分低い屈折率を持つ上部シリコン酸化膜4で完全に被覆し、結晶穴5の内部は上部シリコン酸化膜4と同一のシリコン酸化膜で満たされている。
1次元シリコンフォトニック結晶2は、概ね直方体の形状をしており、直方体の長手方向に、例えば円柱、柱状の形状をした複数の要素構造が、格子定数a(周期または繰り返し距離)で配置されている。
具体的には、結晶穴5が配置される周期すなわち格子定数aを330nm、結晶幅WPCを600nm、上部シリコン酸化膜層2および下部シリコン酸化膜層3の厚さをそれぞれ各2μmとする。結晶穴5の半径については共振器の中心位置にある穴(0番目)から数えてn番目の穴半径rnを次式で設定する。
rn=r0×{1−(n/m)2)} 式(1)
ここではr0を格子定数aの0.39倍、mを18とする。mを10以上とし、式(1)にしたがって穴の半径を緩やかに変調をして変化させることでフォトニックバンドギャップ中の導波モードにモードギャップを導入することができる。共振器の中心付近に、非常に漏れを抑制した光閉込を実現できる。(非特許文献1)
図2に示した光共振器100は、さらにフォトニック結晶2の両側にサイドスラブ層6を有する。サイドスラブ層6については後述するが、ここでは、サイドスラブ層6の厚さが0であって、上部シリコン酸化膜層4が下部シリコン酸化膜層3と直接接している場合を考える。図2に示した本発明の光共振器の構造が、所望の光共振器性能を有することについて数値シミュレーションによる検証を行った。以下、シミュレーションによる結果について詳細に説明する。
以下の数値シミュレーションは、電磁界シミュレーション法として確立されており市販ソフトとしても普及しているFDTD法(Finite difference time domain method:有限領域時間差分法)を利用した。FDTD法によって共振器閉込モードを求め、その共振波長、Q値および モード体積を算出した。計算方法としては現実的で精度の高い3次元計算を使用し、屈折率値をそれぞれ、シリコンは3.46、酸化膜は1.44、空気は1.0とした。上記各数値を基に、図2に示した構造を設定しシミュレーションを行った結果を以下に示す。
図3は、フォトニック結晶の厚さとQ値との関係のシミュレーション結果を示す。ここでは、フォトニック結晶2の幅を600nmとし、厚さを210nmから400nmになるまで変化させたときのQ値の変化を示している。現実のQ値が10万以上のナノ共振器においては、加工誤差等の影響によりシミュレーションによる予測より1桁程度Q値が低下する。したがって、計算値の時点でQ値が数百万以上あることが望ましい。図3において、Q値は概ね1000万程度あるいはそれを超える十分な範囲にある。ただし、図3におけるQ値の結果は、1種類の穴径r0およびフォトニック結晶の格子定数aの組み合わせにおいてのみの確認である。さらに、結晶構造のより広範なパラメータ設定値における共振器特性の評価を行った。
図4は、穴半径r0と共振器特性(Q値および発振波長)の関係を結晶厚さtおよび結晶幅Wをパラメータとして示した図である。具体的には、フォトニック結晶2の厚さtが280nmおよび210nmの2つの場合について、穴5の半径r0を変えて共振器特性、すなわちQ値および発振波長の依存性を調べた。横軸には、穴半径r0を格子定数aで正規化した値をとっている。
図4の(a)に示すように、フォトニック結晶の厚さt=280nmの場合、いずれの結晶幅Wでも、広い範囲のr0に対し107以上の非常に高いQ値が得られた。モード体積も全域で0.1μm3を下回る優れた値であった。(b)に示したように、共振波長λCも半径r0および結晶幅Wを適切に設定することによって、光通信で使われる1500nmから1600nmの範囲の波長帯のどこかに合わせることが可能であって、実際の光通信システムへの応用にも優れている。
図8は、フォトニック結晶の厚さtが280nmの場合で、結晶幅Wと共振波長との関係を示した図である。r0/aをパラメータとして、結晶幅Wと共振波長λcとの関係が示されている。フォトニック結晶の結晶幅Wと穴の半径r0とを適切に選択することによって、共振波長λcを任意の値に設定できことがわかる。本発明の構成においては、この発振波長設定の容易性が特徴の1つである。
ここで、再び図4に戻ると、図4の(c)および(d)には、従来のシリコン光波回路や2次元フォトニック結晶でよく使われてきたフォトニック結晶の厚さtが210nmの場合のシミュレーション結果が示されている。図4の(c)に示したように、穴の半径r0を格子定数aの0.39倍前後にした場合でのみ、高いQ値の性能が得られることが分かった。一報、半径r0を格子定数aの0.36倍以下にするとQ値が下がるだけでなく、光共振器の中心位置で電磁界強度が最大になる(腹になる)ガウシアン的な電磁界分布を示す共振器モードが得られなくなり、モード体積が増大してしまうことが分かった。ガウシアン的な電磁界分布を示す共振器モードはナノ共振器の特徴的な動作であり、この共振器モードが得られなければナノ共振器の特徴を生かすことができない。上述のように、フォトニック結晶の厚さtが210nmの場合は、高Q値モードが得られる条件が極めて狭い範囲に限定され、発振波長の設定などを行いにくい。このため、従来のシリコン光波回路や2次元フォトニック結晶でよく使われてきた厚さtが210nmは、本発明の光共振器の構造に適した条件から外れている。
一方、図4の(a)および(b)に示したように、フォトニック結晶の厚さtが280nmの場合は、r0の全域でガウシアン的な共振器モードが安定して得られる。図3で示されたように、シミュレーションを行った本発明の光共振器では、格子定数aの値330nmに対してフォトニック結晶厚さが250nm以上であれば、十分なQ値を持つ共振器性能が十分広いパラメータ調整範囲(発振波長)において実現可能である。
フォトニック結晶の厚さの上限については、主に結晶や接続する光導波路の偏光依存性により決まる。本発明の共振器では、加工が容易な縦方向の結晶穴に整合したTE偏光モードを利用している。フォトニック結晶の幅Wに対して結晶の厚さtが大きくなると、TE偏光モードよりもTM偏光モードに適した構造になってくる。さらには、両モードが混在することによる性能低下の問題も生ずる。共振器単体だけを考えた場合、本発明におけるフォトニック結晶2の適切な厚さtは、格子定数aの0.75倍から1.25倍の範囲と言うことが出来る。
さらに、フォトニック結晶とシリコン光波回路や電子回路とを集積化する場合、光波回路または電子回路側との整合性を考えれば、フォトニック結晶の厚さtは300nm以下とするのが望ましい。フォトニック結晶を作製するのに使うのと同じSOI層上に並べて集積対象の光波回路および電子回路を作成するようなモノリシック集積を考えると、フォトニック結晶の厚さと、他の光波回路または電子回路と厚さが概ね一致しているほうが有利だからである。例えば、対象となるシリコン光波回路がシリコンフォトニクスで使われるシリコン細線(ナノ導波路)の場合、300nm以下の厚さが好ましい。
図5は、本発明の光共振器の実際の作製手順を示す図である。本発明の光共振器は、広く市販されコンピュータの量産CPUチップの基板に採用されているSOI基板をベースとして、以下のように作製できる。SOI基板は、厚いシリコン基板21上に所定の厚さの埋込み酸化層22(buried oxide :BOX)およびシリコン薄膜デバイス層23(SOI層)が載った複層基板である。市販のSOI基板では、基板、BOX層およびSOI層の各厚さを製造時に指定できるようになっている。ステップ1のSOI基板完成時においては、基板21、BOX層22およびSOI層23の厚さは、それぞれ所定の値になっている。
ステップ2では、SOI基板上に、リソグラフィによるパタニングの際にマスク型となるレジスト層24を塗布形成する 。ステップ3では、ガイド溝25および結晶穴26を加工するために、レジスト層24にマスクパタンをリソグラフィ装置によって露光および現像し、パタニングを行う 。例えば電子線リソグラフィおよびポジ型レジストの組み合わせの場合、真上から見て正確に電子線レジスト(ポジ型)を塗布し、ガイド溝25および結晶穴26に該当する部分を電子線によって塗りつぶす。さらに、引き続きを加工する部分を電子線によって描画する。その後、レジスト層14を現像することによって、ガイド溝25および結晶穴26になる部分のレジストが除去され、窓となってマスクパタンが完成する。
ステップ4では、SOI層23に対してドライエッチングを行う。ドライエッチングの際、レジスト層24がマスクとして働くため、窓が開いているガイド溝25および結晶穴26の部分のSIO層のみが選択的にエッチングされる。ガイド溝25および結晶穴26が、SOI層23を貫通してそれぞれ形成され、BOX層22にまで達したところでエッチングを停止する。ステップ5において、残っているレジスト層24を除去しクリーニングを行う。ステップ5の時点で、SOI型フォトニック結晶構造が完成する。
最後のステップ6において、シリコン酸化膜の成膜により上部シリコン酸化膜層27を形成する。ガイド溝25および結晶穴26を上部シリコン酸化膜層27によって完全に埋め込むことによって、本光共振器が完成する。フォトニック結晶のシリコン酸化膜による埋込は、段差被覆性に優れシリコン電子回路製造にも使われているイオンビームスパッタ法やECR(電子サイクロトロン共鳴)スパッタ法等ならば可能と考えられる。
本発明の光共振器を光波回路に接続する場合、実用的な光素子における値として光透過率を適切に設定すれば、穴の総数は20から30個程度となる。2次元フォトニック結晶では、通常数100個の穴が必要となるのとは対照的に、フォトニック結晶型光共振器としては穴の数は非常に少ない。穴の数が少なくて済むことによって、フォトニック結晶デバイス自体の占める面積を抑え、デバイスを非常に小型化できる。さらには、フォトニック結晶の穴が一直線上にしか存在しないので、リソグラフィによる作製を容易にできる。
本発明の光共振器は、構造パラメータの許容範囲が広く、発振波長等の動作条件の設定の柔軟性に優れている点に特徴がある。穴の周期(繰り返し間隔)、穴径およびフォトニック結晶の幅を変化させることで、高いQ値を維持したままで共振器の発振波長のチューニングが可能である。また本発明において、図2に示した埋込層である上部シリコン酸化膜4の膜厚を薄くしてもQ値は維持される。次に、埋込層の厚さの効果について説明する。
図6は、上部シリコン酸化膜の膜厚とQ値との関係の数値シミュレーション結果を示す図である。図6において、最も左側のプロット点におけるシリコン酸化膜の厚さは0であり、左から2番目のプロット点におけるシリコン酸化膜の厚さは320nmである。厚さが280nmのフォトニック結晶を、厚さが320nmの上部シリコン酸化膜で埋め込んで平坦化をした場合、フォトニック結晶上は40nmの厚さでしか埋め込まれていないことになるが、それでも高い共振器Q値が維持される。
一般的な埋込酸化膜の製膜手段を使用した場合、上部シリコン酸化膜の屈折率はBOX層の熱酸化シリコンの屈折率と若干異なる値になる。図2に示した本発明の光共振器では下部シリコン酸化膜層3と、埋め込み層である上部シリコン酸化膜層4との間に、屈折率の差があっても高い共振器Q値は維持される。上述のように本発明では、埋込層の屈折率や膜厚にかかわらず光共振器に必要な性能を実現できるので、フォトニック結晶における埋込層を、集積対象となる光波回路または電子回路で使われる埋込層と同一のものに合わせることができる。これによって、デバイスの構造およびデバイスの加工工程の両面において、フォトニック結晶と、光波回路または電子回路との間の互換性を確保できる。
図2に示した本発明の共振器は、サイドスラブ層6が設けられている場合でも有効である。サイドスラブは、光共振器を電気駆動する際に電気導線の役割を果たす。本発明の光共振器では、フォトニック結晶2と同様にシリコンSOI層を加工して作製する。
図7は、本発明の光共振器が有限の厚さのサイドスラブを有する場合の共振器Q値の数値シミュレーション結果を示す図である。図2に示した構造において、r0を格子定数aの0.39倍、サイドスラブ層6はシリコン、その幅を2μmとして、サイドスラブ層の厚さを変えてシミュレーションを行った。図7からわかるように、電流を流すのに十分な40nm程度のサイドスラブ膜厚において、106程度の十分に高い共振器Q値が実現されている。
以上のように、図2に示した本発明の光共振器の構成について、結晶穴5が埋込層である上部シリコン酸化膜4と同じ材料によって完全に埋め込まれている場合を述べてきた。しかしながら、上部シリコン酸化膜層の材料を同程度の屈折率を持ったシリコン窒化膜、その他の誘電体に置き換えることができる。また、シリコン結晶部分の材料を屈折率の高いGaAs、InP、GaN、SiC等のいずれかの半導体に置き換えることもできる。
さらに、本共振器における結晶穴5の中が全て空気であっても、高い性能の光共振器を得ることができる。例えばシリコン酸化膜の製膜法および成膜条件によっては、結晶穴部分を埋め込む代わりにボイド空気穴として保持し、フォトニック結晶全体を埋め込む状態を実現しやすい場合がある。そのような場合には、ボイド空気穴を形成することを前提として、構造パラメータを選択する設計を行うことで、高性能な光共振器が実現できる。
既に述べたように、本発明において使用しているSOI基板は、SOIウェハを入手する際に、BOX層およびSOI層の厚さを仕様値として設定することができる。フォトニック結晶部材2および下部シリコン酸化膜層3の厚さは、SOIウェハ製造時点に設定すれば良い。図2に示した本発明のフォトニック結晶の加工およびシリコン酸化膜の堆積などは、実際に半導体集積回路製造に現在使われている微細加工技術と互換性がある。サイドスラブ6が無くても光共振器として機能するが、光共振器を電気駆動するような用途において電気配線層としてサイドスラブを配置することができる。サイドスラブの材料をシリコンとし、適切な厚さに設定すれば、十分な光共振器性能を確保できる。
従来技術における代表的な2次元フォトニック結晶では、通常、結晶層の厚さを結晶の格子定数(周期)の0.5倍程度に設定していた。これは、フォトニック結晶においてフォトニックバンドギャップの帯域およびフォトニックバンドギャップの効果を最大にするためである。シリコン酸化膜は屈折率が1.4程度と空気の1.0よりも高く、フォトニック結晶(シリコン)との屈折率差が小さくなる。このため、フォトニック結晶層の厚さを結晶の格子定数(周期)の0.5倍程度に設定すると、十分な光共振器の性能を得ることが難しかった。結局、フォトニックバンドギャップの効果と、光共振器の性能とを両立することは難しかった。
これに対して、本発明の光共振器で用いられている1次元フォトニック結晶は、バンドギャップ帯域が非常に大きく、従来技術の2次元フォトニック結晶に比べて、結晶の厚さの影響を受けにくいという特徴がある。
本発明の光共振器では、2次元フォトニック結晶において、構造の非対称性によって生じていた問題も回避することができる。1次元フォトニック結晶を用いる場合、TE偏波モードのシングルモードとして、TM偏波モードを排除する設計が可能である。この1次元フォトニック結晶の特徴により、構造の非対称性のために生じていた他モードの影響を回避できる。上述のように、本発明では1次元共振器の高Q値を得られるフォトニック結晶構造の範囲を明らかにして、フォトニック結晶の厚さを、穴の格子定数(周期または繰り返し距離)の0.75倍から1.25倍の範囲に設定する。本発明は、この範囲に従って、構造パラメータを柔軟に選択可能としながら、十分に高い共振器Q値を実現できるようにした点に特徴がある。
以上詳細に説明したように、本発明の1次元フォトニック結晶共振器において、光波回路または電子回路において層間分離膜や封止膜としての役割を果たしている低屈折率のシリコン酸化膜を利用して、フォトニック結晶を埋め込むことができる。光波回路または電子回路において既に利用されている互換性の高い構造とプロセスを使って、光共振器に必要十分なQ値を確保することができる。フォトニック結晶と、集積化の対象となる光波回路または電子回路において必要とされる様々な仕様の層間分離膜または封止膜をそのまま利用して、光共振器をベースとした光素子の集積化を可能とする。
本発明の光共振器におけるフォトニック結晶はシリコンだけに限らず、概ね3以上の屈折率が高い半導体からなる1次元フォトニック結晶にも適用できる。さらに、埋込層はシリコン酸化膜だけに限らず、屈折率がフォトニック結晶の半導体よりも十分小さい概ね2以下の低屈折率材料も適用可能である。このような低屈折率の材料は一般に層間分離膜または封止膜に使われている材料を含んでいるので、本発明により、多様な光波回路または電子回路集積素子にナノ共振器を組み込むことが容易になる。
フォトニック結晶と集積化される他の回路の要素と同一の材料を使用し、互換性の高いプロセスを使用して、同時に一括して加工をすることが可能であって、フォトニック結晶の完全な埋込を実現する。