数十nm乃至数百nmの微細な構造を作製する方法としては、従来、光を利用した光リソグラフィー法や電子線を利用した電子線リソグラフィー法が知られており、このような方法を利用することによって種々の半導体デバイスが製造されている。
前者の光リソグラフィー法では、所望の配線構造に対応したUV光のパターンをレジスト膜表面に縮小して露光し、引き続いて露光した像を現像するというプロセスを含んでいる。このような方法は煩瑣な工程を含んでいる上、光の回折現象によって原理的に加工可能な寸法の下限が決められるという本質的な問題を有している。特に、加工寸法が100nm以下となる領域においては、使用する光学系が極めて高価となり、これが微細加工工程におけるコストに反映し、光リソグラフィー法の適用範囲を実質的に制限している。
一方、後者の電子線リソグラフィー法では、UV光に拠るよりも更に小さい寸法での加工が可能となるものの、直接、電子ビームにより描画するため、微細な構造を多数の基板に書き込むには多大の時間を要する。これらの理由から、上記のような従来のリソグラフィー法を用いた場合には、高いスループットを得るのは一般に困難である。
これに対して、近年、ナノインプリントと呼ばれる微細構造を作製する方法がスループットの高い方法として知られるようになった。この方法は、所望の凹凸パターンを予めSi基板や金属板上に描いた原盤(モールド)を用意し、これをガラス転移点付近以上に加熱された樹脂膜の表面に押し当てて原盤の凹凸像を樹脂膜上に写すものである。これによって、原盤の凹凸像に対して逆転した凹凸像が樹脂膜上に形成される。このような方法は、普通、熱ナノインプリント法と呼ばれている。
この熱ナノインプリント法に用いられる樹脂膜の材料としては、例えばPMMA(ポリメチルメタクリレート)やポリカーボネート、あるいはポリスチレンといった熱可塑性樹脂をはじめ、これらの架橋体ポリマーや、場合によってはポリイミドなどの熱硬化樹脂も用いられる。このような熱ナノインプリント法によって、数十nm乃至数百nmの径を有する樹脂の柱(ピラー)が基板上に配列された構造、窪みや溝のパターン、あるいは、隆起した線状のパターンも作られる。
このような工程では、先に述べた光リソグラフィー法で用いられるような高価な部品を用いることもなく、また、転写操作によって同じ原盤から微細な構造を有する多数の樹脂膜を得ることができることから、比較的安価な微細加工手段として期待されている。
しかしながら、加工すべき寸法が小さくなる場合、例えば、直径数十nmのピラーを立てるような加工を高分子レジスト膜に施すような場合には、モールドをより高い圧力で押し付ける必要が生じ、その結果、モールド表面や、せっかく形成した微細なレジストパターン構造が壊されやすくなるといった問題が生じる。
また、上記のような熱ナノインプリント法による場合には、元々変形しやすいレジストを用いる必要があるため、逆に形成された後のピラーが剛直さを欠くことになり、微細な形状を維持できない場合が少なくない。また、レジスト膜を予めガラス転移点以上まで加熱しておく必要があるため、1サイクルの工程を短縮する上でも限界がある。
上記のような高分子樹脂膜を用いるナノインプリント法に対して、光重合性のレジスト単量前駆体を用いる方法が知られている。ここで、前駆体と呼ぶ理由は、光照射による硬化によって始めてレジストとしての作用を呈することによる。この前駆体は、1種もしくは複数種の光重合可能な単量体(モノマー)、またはオリゴマーを含む組成物である。
上記の方法は、光ナノインプリント法と呼ばれるもので、例えば、液状レジスト単量前駆体を基板に滴下し、ついで、モールドを押し当ててこの液状レジスト単量前駆体をモールドの表面凹凸形状に従わせ、その後、レジスト単量前駆体にモールドを透過させたUV光を照射して光硬化させるものである。
このような光によるナノインプリントの方法では、レジストが液状の前駆体の形をとっているため、比較的小さい圧力でモールドを押し当ててもモールド表面の形状が容易に転写されるという大きい利点がある。光ナノインプリント法の更なる重要な利点は、UV光の照射に際して、精密な光学系を一切使用する必要が無いことで、加工サイズに関わりなく、レジスト単量前駆体を硬化させうる波長のUV光を照射するだけで良いため、パターン形成のプロセスを低コストで実施することが可能となる。
また、光ナノインプリント法は、照射するUV光の波長によって加工可能な寸法が左右されるという問題がない。
このような特徴から、光ナノインプリント法は、熱ナノインプリント法よりも微細な構造の形成を対象とした場合に用いられることが多い。モールドとして、例えば、広範な波長範囲のUV光を透過する石英板を使用すれば、モールドを透過させて露光させることが可能である。また、同様にUV光を透過する基板を用いれば、基板を透過させて露光することも可能となる。このような方法は、シリコンウェハーのようなUV光を透過しない基板をモールドに用いようとする場合に有効である。
非特許文献1には、寸法25nm、ピッチ70nmで、垂直面を滑らかにし、角度約90°の加工を可能とするナノインプリントリソグラフィーが開示されている。
非特許文献2には、ナノインプリントリソグラフィーにおける紫外線硬化材料として、アクリレートに代えてビニルエーテル用いる技術が開示されている。
本発明は、微細構造加工体及びその製造方法に関するものであり、特に、ナノインプリントリソグラフィーによって形成される微細構造加工体及びその製造方法に関するものである。
ナノインプリントリソグラフィーでは、上記した熱ナノインプリントか光ナノインプリントかを問わず、転写したあとには残留層あるいはベース層と呼ばれるモールドの幾何構造を反映しない層が残る。これは、モールドによる構造制御が及ばない層が数nm〜数十nmの厚さで存在することに起因しており、モールドの破壊を避けるために用いられる範囲の圧力を使用する限り、残留層の発生は避けがたいものである。
しかしながら、この残留層の存在は、その下部にある基板を加工しようとする際には不都合であり、除去する必要がある。通常、ナノインプリント工程を終えた基板にイオン照射を加えてエッチングし、残留層を取り去る。
しかしながら、この工程は減圧下エッチング性ガス雰囲気で行われるため、作業性の向上に限界があり、その結果、ナノインプリント工程全体に関わるコストを上昇させる要因となっている。
さらに、光ナノインプリントによる微細加工が基板の両面に及ぶ場合には、イオン照射によるエッチングは更に高コストの工程となる。一度のイオン照射で基板の両面をエッチングしようとすれば、イオン照射の効果が基板の両面に均一に及ぶように特別に配慮された装置が必要となる。このような装置は、基板の単面のみを対象とするイオン照射装置に比較して高価となることは容易に理解できる。表裏それぞれ別々にイオン照射を行う際には、基板の反転が必要であり、これも工程のコストを引き上げる要因となる。紫外光などの光照射をエッチング加工に用いる際にも事情は同様であり、多数の基板を介して光照射の効果を満遍なく十分に得るのは困難である。
本発明者は、溶媒による溶解によって残留層を取り去ることができれば、イオン照射に比較してコストが極めて低いプロセスとなりうることに着目した。しかしながら、微細な加工に用いる光硬化樹脂では、一般に、溶媒に対して溶解性を示さないことが多い。
これは、硬化後の樹脂に剛直性を付与する目的で、レジスト単量前駆体として、単官能性不飽和化合物に、分子内に2つ以上の光重合性官能基を有する単量前駆体を混合した組成物が用いられているためである。この結果、硬化した樹脂バルクには架橋点が多数形成され、ここが結節点となって樹脂に剛直性が付与されるものの、それに伴って、樹脂は溶媒による溶解を受け難くなる。
ナノインプリント後の樹脂パターン膜のうち、少なくとも残留層の厚さに相当する膜厚分のみを溶解することができれば、パターン最上部の極薄い層も同時に失いつつも、残留層を除去することが可能となる。従って、硬化後における樹脂膜表面の残留層の厚みに相当する部分だけ可溶化できれば、溶媒によって残留層を除去しうることになる。
樹脂の溶媒への可溶性を失わせた原因は、前述したように、樹脂の架橋によっている。したがって、樹脂の可溶化には、架橋構造を解消させることが有効である。こうすることによって、見かけ上、単官能性のレジスト単量前駆体を用いて重合した場合に類似した分子構造が得られることになる。
架橋構造の解消に適した化学構造を、予め架橋点を構成する分子に与えておけば、このような可溶化を容易に行うことができるようになる。このような可溶化を容易に行いうる分子構造としては、例えば、加水分解が可能な3級アルコキシド構造やエステル構造などが挙げられる。
このような化学基を解離ないしは分解するには、通常、酸やアルカリを作用させる方法が知られている。しかしながら、その反応には比較的過酷な条件を要するため、架橋点のみに対して選択的に加水分解を起こさせるのは困難である。このような単量前駆体の典型的な例はメタクリル酸やアクリル酸のエステルである。エステルやエーテルの結合を切断するような比較的過酷な条件においては、使用している基板にも腐食などによる損傷を与える可能性が高く、好ましくない。
本発明において用いる加水分解の用語は、必ずしも反応系内に反応物として水が用いられることを意味しない。すなわち、金属錯塩が有機酸や鉱酸との反応によってこの酸の金属塩となり、一方、配位子が水酸基末端、カルボン酸末端、アミノ末端などとなるような分解反応を意味しており、水を加水分解の必須成分としていない。ただし、水の存在の下に進行する加水分解も、本発明の趣旨に照らして、本発明に包含されうるものである。
本発明者は、光硬化性樹脂を構成する架橋構造を、より容易に、且つ選択的に解離させうる分子構造を調べた結果、例えば、カルボン酸の金属塩によって架橋点を構成することが有効であることを見出した。
光重合性不飽和基およびカルボキシル基を有する2つ以上の単量体(モノマー)が金属イオンに結合した物質は、多官能性光重合性前駆体の1種として機能し、その重合によって架橋構造を含んだ樹脂を得ることができる。すなわち、多官能性光重合性前駆体は、2つのモノマーが金属イオンまたは金属を介して結合した物質である。
この場合に、カルボン酸金属塩の金属イオンが、前記の架橋構造の結節点に相当する。このような金属イオンに結合したカルボン酸は、一般に、加水分解を受け易いものが多く、弱酸性の溶液に浸しただけで容易にカルボン酸と金属イオンとに分解することができる場合が少なくない。このような場合には、カルボン酸塩部分の加水分解に際して、樹脂の骨格構造を形成するエステル基などが損傷を受ける可能性は極めて小さい。
上述の加水分解を硬化した樹脂に対して行うと、架橋点が解除されて架橋構造でなくなり、その結果、樹脂構造がセグメントに切断される。このセグメントは、容易に類推されるように、カルボン酸末端を有する単官能性の単量前駆体を用いて重合した場合の樹脂構造に近く、線状高分子からなるため、溶媒によって容易に溶解しうることになる。
図1は、光ナノインプリントによる微細構造加工体の製造工程を原理的に示す模式断面図である。
まず、ガラス製の基板1の上に樹脂の光重合性前駆体組成物2(光重合性モノマー組成物)の液滴を塗布する(a)。
つぎに、光重合性前駆体組成物2に石英製のモールド3を押し当てる(b)。そして、モールド3の上部からモールド3を透過するUV光4(紫外光)を照射し、光重合反応を起こさせて光重合性前駆体組成物2を硬化させる(c)。
最後に、モールド3を除去し、基板1の上にモールド3の凹凸パターンが転写された微細構造体5を得る。微細構造体5の底部には全体に一様な厚さで残留層6が形成される(d)。
図2は、本発明の光重合性モノマー組成物に含まれる二官能性単量前駆体の重合反応および加水分解反応を示す分子構造の模式図である。
図2(a)において、7および8は、光重合性不飽和基であり、9は、加水分解性官能基が金属イオンMに結合した結合部である。ここで、光重合性不飽和基7および8は、結合部9を介して二官能性となった光重合性前駆体の2つの光重合性不飽和基を示す。また、本図において、結合部9は、カルボキシル基を配位子とした配位結合により構成されているものである。
図2(b)は、図2(a)の光重合性前駆体の光重合性不飽和基7、8が、光重合によって、それぞれ、高分子鎖10、11となり、架橋された樹脂構造となった状態を示したものである。
次いで、図2(c)は、酸またはアルカリによる加水分解によって図2(b)の金属イオンMが解離し、架橋構造が解消された状態を示したものである。すなわち、架橋構造解消部12(プロトン付加体)であり、加水分解により二分子のカルボン酸となっている。
本発明の光重合性モノマー組成物においては、一分子中に加水分解性官能基と光重合性官能基とを有するモノマーを含み、かつ、一分子中に加水分解性官能基を有さず、光重合性官能基を有するモノマーを含むことが望ましい。例えば、金属錯体を含む光重合性前駆体と、単官能性の光重合性単量体とを混合して作製した光重合性モノマー組成物を用いて共重合反応させてもよい。これにより、本発明の効果を一層効率よく発現させることが可能となる場合も多い。
加水分解の反応速度は、樹脂の幾何学的な構造を若干反映するため、残留層を取り去ると同時に、パターンの角も多少滑らかになることが多い。また、凸型構造では、加水分解による可溶化によって凸部の形状が細る傾向にある。このような場合には、このような形状の変化を予め見込んだ上で初期に与える微細構造の形状を決定しておくことが有効である。
さらに、本発明の光重合性モノマー組成物においては、一分子中に加水分解性官能基と光重合性官能基とを有する前記モノマーを1〜35モル%の範囲で含有することが望ましい。前記モノマー含有範囲で前記モノマーを含有することで、形成したパターンを30〜40%のウェットエッチングが可能であるため、前記モノマー含有範囲が特に有効である。
図3は、本発明の微細構造加工体の残留層が除去される前後の状態を示す模式断面図である。
図3(a)は、図1(d)と同様の状態であり、ガラス基板13の上にモールドの凹凸パターンが転写された微細構造体15を得た状態である。微細構造体15の底部には全体に一様な厚さで残留層14が形成されている。
そして、図3(b)は、加水分解による溶出を受けて残留層14が除かれた後の微細構造体の凹凸パターン16である。
上記の加水分解による架橋点の解除は、常温付近の温度条件で行いうるように分子構造を設計してあるため、前述のエステル基やエーテル基以外の化学基も実質的に影響を受けることがない。このため、多様な分子構造を含んだ単量前駆体に対して適用することが可能である。
ここで、常温付近の温度条件は、厳密に限定されるものではないが、0〜60℃の温度範囲であればよく、0〜40℃が好ましい。また、10〜40℃であれば更に好ましい。
上記の条件で加水分解を引き起こし、架橋点を解消させうる金属錯塩構造(図2(a)の結合部9)としては、上述したカルボキシル錯体のみならず、他の酸残基をも用いることができ、本発明の目的に合致させうる。それらの例としては、スルホン酸金属塩、金属アルコキシド、燐酸金属塩、金属珪酸塩などが挙げられ、カルボン酸塩を用いた際と同様の好ましい結果が得られる場合が少なくない。本発明の趣旨に照らして、用いる酸残基の種類がここに挙げたものに限定されることはない。
微細構造とする樹脂は、通常、数種の単量前駆体との混合物として用いることが有効である。これは、光重合性官能基の数のバランスや粘度、硬化物の剛直性などを考慮して行われる。したがって、本発明による方法でも、金属塩を含む光重合性前駆体は、他種の単量体に混合して用いることとなる。このため、通常の単量前駆体に対する溶解性あるいは相溶性が必要になる。
一般に、極性の強い金属塩では、液体状の有機物質に対して溶解性が小さい場合が少なくない。このような観点からすると、用いる金属塩は少なくとも光重合性前駆体として余分の電荷を持たないことが望ましく、酸基の配位によって金属イオンの電荷が中和されていることが必要である。例えば、4価のジルコニウムに配位子としてアクリル酸を用いる場合には、例えば、テトラアクリレートとして用いるのが有効な方法の1つである。
しかしながら、元々の金属イオンの電荷を、光重合性基を結合させることのみですべて中和する必要は必ずしもなく、例えば、4価のスズ原子に対しては、ジアクリレートとし、残る価数についてはアルキル基やフェニル基を結合させる方法も有効である。この場合には、有機の置換基が他の金属元素を含まない単量前駆体への溶解度を増加させるという利点もある。
金属元素にアルキル基やフェニル基などの有機基を安定に直接結合させうる場合には、溶解度を獲得する上で極めて有効な手段となる。このような例としては、他に珪素、ゲルマニウム、5価のアンチモンなどが挙げられる。上述のスズの場合には、さらに、アルキル置換することによって、アクリレート錯体が室温で液状になるという極めて好ましい性質も同時に付与される。このような例としては、ジブチルスズジアクリレートが挙げられる。この場合、アルキル基とスズ原子との間の結合は弱酸によっては解離せず、もっぱらアクリル酸のカルボキシル基とスズ原子の結合のみが加水分解されるという、本発明の目的に照らして極めて好ましい性質を具備している。
用いる金属塩の種類によっては、配位子の電子構造が反映されなくても実質的に着色している場合が少なくない。特に遷移金属イオンの場合に顕著である。光重合に用いられるUV光の波長域で実質的な光吸収が生じるのを避けるためには、配位子および金属イオンの種類を両方とも適切に選ぶ必要がある。また、可視域での着色の元となる光吸収自体は、光硬化の直接の妨げにはならないものの、このような着色を避けようとすれば、遷移元素の場合には、比較的少ない選択肢からイオン種を選ぶ必要がある。このような目的には、4価のチタンやジルコニウムを選択するのが賢明である。
本発明における金属の用語は、通常、化学や物理学で定義される金属や金属元素とは必ずしも一致しない。例えば、本発明では、ホウ素、珪素、リンなどの、通常、金属とは呼ばれない元素も含んでいる。本発明では、金属あるいは金属イオンの一般的な性質とは無関係ではないものの、必ずしも本来金属と呼ばれる元素のみが本発明の目的を達成する上で必須なのではない。例えば、酸残基を分子中に有する光重合性前駆体と結合し、重合したあと、加水分解を受ける元素は本発明の目的を満たしうる。その意味において、本発明で金属と呼ぶのは多分に便宜的なものである。
本発明では、Sn、Ge、Si、In、Ga、Al、B、P、Sb、Ta、Zr、Ti、Hf、Sc、Zn、Cu、Ni、Co、Mn、Cr、Mo、W、V、Nb、Ta、Yなどの元素、および、Nd、Sm、Eu、Gdなどの希土類元素からなる群から選ぶことができる。これらの元素群からの選択は、それらのルイス酸性度、光重合性単量体の配位子との錯安定度定数、着色性、他の光重合性単量体との相溶性などを考慮して行う。
カルボン酸等の酸残基が金属イオンに結合した際、金属イオンのルイス酸性度が高いと、配位不飽和の状態で安定に保たれる可能性が低く、配位子が分子間で互いに配位子した会合構造をとり易くなる。その際には架橋構造が複雑になり過ぎ、溶解性が大きく損なわれることが多いことから、含金属単量前駆体を設計する際には注意が必要である。
このような問題の解決手段の1つは、分子内でキレート構造をとらせて配位飽和にするのが一般的に有効である。分子間での配位による会合を防ぐ別の方法は、金属元素に同種もしくは多種の配位子を結合させることによって配位飽和の状態にしておくことである。
本発明の目的に照らして、光重合性不飽和基に結合させて用いうる配位基としては、前記した酸残基のほか、アセトアセチルメチレンなどのβ−ジケトンおよびその誘導体、8−ヒドロキシキノリン、2、2’−ジピリジン、1、10−フェナンスロリン、クロラニル酸、エチレンジアミン四酢酸などの多価カルボン酸類、ケトキシム類、カルバミン酸などが挙げられる。さらに、これらの配位子の配位原子が酸素原子である場合には、その硫黄原子への置換体を用いることも有効な場合が多い。
光ナノインプリントによって形成された樹脂パターンの表面に対して、残留層の厚みに相当する表面層のみを加水分解して架橋構造を解消するためは、加水分解される層の厚みを精度よく制御することが必要である。このようなことを可能にするには、あまりに加水分解が激しく、加水分解反応速度が大きすぎる条件は避けるべきである。このような加水分解速度の調節は、処理溶液の種類や酸性度、あるいは処理温度を適切に選び、処理時間を変えるによって行うことができる。
加水分解によるエッチングは、基板に対して平行な表面に対してのみ行われるのではなく、一般に垂直方向の壁に対しても起こる。このような垂直方向の壁に対するエッチングは、一般に微細加工の寸法精度を損なうことから好ましいものではない。しかし、光ナノインプリントによって形成される微細構造を、平面に対して垂直方向のエッチングも考慮に入れた構造として事前に設計しておくことにより、この問題の影響を緩和することができる。あるいは、加水分解を起こさせる溶液を微細構造体の基板に垂直に噴射する方法も、垂直方向の相対速度を減らす目的に対して有効な場合がある。
また、微細構造体の表面に例えば金属膜などを予め蒸着しておけば、これが加水分解や溶解のバリヤとして働くため、微細構造の内、特定のパターンのみを選択的に溶解させ易くすることが可能となる場合がある。
本発明の方法による加水分解は、樹脂の突起した部分などで特に起こり易いため、本発明の目的である残留層の除去以外にも、本発明は、樹脂のバリ除去などの加工手段としても用いることができる。また、加水分解する際に用いる溶媒の選択などを適宜行うことによって、樹脂の溶解を部分的に制御するばかりでなく、全面的に除去することも可能である。光ナノインプリントにおいては、繰り返し使用によってモールドの微細構造中に樹脂が付着したままになり、正確なパターンを転写できなくなることが多い。このような問題に対しても、本発明の方法による表面膜の可溶化の方法を適用すれば、モールド表面から室温で樹脂の付着物を容易に除去することが可能となり、モールドの使用可能な回数を大幅に増加させることができる。その結果、光ナノインプリント工程の全体のコストを大幅に低減することが可能となる。
加水分解は、光ナノインプリントによって微細な構造を表面に設けられた基板を処理液に浸すことによって行われるため、微細な構造の細部にまで処理を行き届かせる配慮が必要である。この目的で、加水分解反応槽内部の処理液を機械的に撹拌することや、槽内部に対して弱い超音波を照射することなども有効な場合がある。
硬化した樹脂によって形成された微細構造体の表面層を加水分解したのち、該加水分解を受けた層を溶媒によって溶解し、除去することが必要である。この溶解のプロセスは、加水分解を引き起こす酸溶液そのものによっても行うことができ、例えばp−トルエンスルホン酸単体によってもこのような効果を奏する場合がある。
しかし、一般的には、酸性を呈する物質を高分子物質に対して溶解性の高い溶媒に溶解して用いるのが有効である場合が多い。このような例としては、酸性物質としてp−トルエンスルホン酸や酢酸、溶媒としてテトラヒドロフランなどを用いることである。両者を適当な量比で混合して用いれば、上記2つの工程を一度に行いうる。酸性物質としては、その他の有機酸のほか、鉱酸の有機溶液なども用いうる。架橋構造を失わせた樹脂を溶解するための溶媒としては、上記したテトラヒドロフランのほか、メタノール、エタノール、i−プロピルアルコールといったアルコール性の溶媒を用いてもよいし、ジオキサン、アセトニトリル、アセトン、メチルエチルケトン、N、N−ジメチルホルムアミド、N−メチルピロリドン、ジメチルスルフォキサイドなどを単体でもしくは混合して用いてもよい。しかし、本発明の実施にあたっては、加水分解を受けた層の溶出に用いる溶媒が上記に限定されることはない。
しかし、あまり溶解性の強い溶媒を用いると、残存している架橋高分子膜の膨潤または軟化を生じさせ、パターンを劣化させることも起こりうる。このような観点から、溶解させるための溶媒を選択するべきである。また、用いる溶媒の種類によって、硬化膜の溶解速度に大きい差がある。したがって、このような点をも考慮に入れて使用する溶媒を選択するべきである。溶解速度が高すぎる場合には、単体では遅い溶解速度を与える溶媒と適当な割合で混合することにより、好適な溶解速度を得ることができる。このような例としては、テトラヒドロフランと2−プロパノールとの混合溶媒が挙げられる。
金属イオンの溶出による架橋構造の解消の進行を反応槽中でモニターする手段の1つとして、溶出した金属イオンの濃度を検知する方法がある。最も簡便な方法の1つとしては、金属イオンが溶出した溶液に発色性の配位子を加え、吸光度を測定して濃度を知る方法である。
樹脂の架橋部分を構成する金属錯体中心の分解を加速する目的で、酸やアルカリの溶液中に金属の配位子となりうる物質を予め仕込んでおくことも有効な場合がある。重合に用いる単量前駆体が有する配位基よりも強く金属元素に配位しうる配位子を予め仕込んでおけば、酸を作用させなくとも、配位子交換反応のみで架橋の解消すら起こしうる場合がある。樹脂が2種またはそれ以上の金属元素を架橋構造の形成の用いている場合には、用いる溶液の特徴や仕込む配位子の種類によって特定の金属種に対する選択性が得られる場合もある。このような化学反応機構によって架橋構造が解消される場合には、単なる加水分解と呼ぶよりも、より広義の化学分解と呼ぶのがより適当となる場合がある。
本発明による方法は、その目的の趣旨に照らして、狭義の加水分解のみを対象としているのではなく、金属錯体構造の解消に基づく高分子物質の可溶化をもたらす化学過程を広範に含みうるものである。したがって、金属錯体構造の解消を単に酸やアルカリの作用のみに限定する必要はない。このような例としては、特定の金属イオンに対して極めて強い反応性を示す化学物質を反応液に加えるような場合が挙げられる。
架橋点に用いている金属元素によっては、酸素原子よりも硫黄原子を配位原子とする配位子により高い親和性を示す場合があり、このような場合には、架橋点を解消する方法として、硫黄原子を配位原子とする配位子を用いることが有効である。このような目的に合致する配位子の例としては、チオール化合物、ジチオカルバミン酸誘導体、ジチオカルボン酸誘導体などが挙げられる。架橋点に用いている金属元素の種類によっては、このような硫黄を配位原子とする配位子を用いることよって、架橋点から金属原子を引き抜くことが可能である。このような反応によって、硫黄を配位原子とする錯化合物として遊離させ、架橋点の錯構造を壊すことが可能である。しかしながら、このような反応に際しても、反応溶液の酸性度を適切に調節することが重要である場合がある。
金属元素を含む錯体構造を架橋点とした樹脂においては、架橋点を解消する手段として、上記した例以外にも、さらに別の方法がある。例えば、樹脂中に事前にUV光によって酸種を発生させることのできる、いわゆる光酸発生剤を混合しておくことである。光ナノインプリントによって形成した微細構造体に対して、所望の空間パターンを有する光を照射することにより、空間的に選択された領域にのみ酸が発生し、その箇所でのみ加水分解を惹起させることができる。
このような反応を用いると、光ナノインプリントにより形成されたパターンに対して、第2の光照射による2次的な加工が可能になるわけである。このような加工方法も、本発明を実施する方法の1つになりうる。このような場合には、第2の光照射においては、光ナノインプリントに用いる第1のUV光照射の波長と異なる波長で行うことが必ずしも必要ではない。また、本発明の基本的な考え方に基づけば、加水分解性の架橋点を有する熱可塑性フィルムをホットエンボス法によって加工した微細構造体についても、制御されたウェットエッチングを行うことができる。
以下、本発明を実施例に基づいて説明する。
4−アクリロイルモルフォリン15重量部、ベンジルアクリレート15重量部、ジブチルスズジアクリレート70重量部、を混合して良く撹拌し、ここに光重合開始剤としてIRGACURE 907(チバ スペシャリティ ケミカルズ製)を5重量%加え、さらに2時間撹拌した。
次いで、この液状組成物を孔径200nmのフィルタを使ってろ過した。この液状組成物を、大きさ15mm×15mm、厚さ0.7mmの無アルカリガラス基板上に付着させ、この上部より、予めフッ素系表面処理剤で離型処理を行い、表面に孔径200nm、深さ300nmのピットが多数配列した石英製モールドを0.65MPaの圧力で押し当て、このモールドを透過させて高圧水銀灯のUV光を120mJ/cm2照射した。
次いで、モールドを剥がし、ガラス基板表面に形成された微細構造を原子間力顕微鏡により観察した。
その結果、ガラス基板上には、前面にわたって径200nm、高さ約300nmのピラーが配列しているのが観測された。この基板上の樹脂膜の一部を剥離して周囲との段差を調べることにより、残留層の厚さを測定したところ約5nmであった。
このようにして、ガラス基板上に形成された微細構造体が得られた。
以下の操作は、いずれも室温(約23℃)における操作である。
孔径200nmのフィルタを通過させた濃度0.1mol/Lの塩酸水50mLの入ったビーカーを用意し、該微細構造体をガラス基板ごとビーカーの底部に微細構造体が上面を向くように配置して浸した。このビーカー内の溶液を緩やかに撹拌し、3分経過した後ガラス基板を取り出し、蒸留水に浸して洗浄した。
次いで、テトラヒドロフラン50mL入ったビーカーの液を撹拌しながら垂直に浸したまま3分間保った。
次いで、ガラス基板をビーカーから取り出し、2−プロパノールで洗浄した後、窒素気流により乾燥した。
この基板表面の微細構造を原子間力顕微鏡で観察し、前記残留層が消滅していることを確認した。また、ピラーの高さはおよそ280nmであった。
このようにして、本発明による方法に基づいて微細構造加工体が得られた。
実施例1と同様の方法で光ナノインプリントにより、ガラス基板上に径200nm、高さ約300nmのピラーが配列した微細構造体を作製した。
この基板を、濃度125mmol/Lのp−トルエンスルホン酸のテトラヒドロフラン溶液50mLに、液を緩やかに撹拌しながら3分間浸した。
次いで、基板を取り出して2−プロパノールで洗浄し、窒素気流で乾燥させた。この基板表面の微細構造を原子間力顕微鏡で観察し、前記残留層が消滅していることを確認した。