以下、図面を参照しながら本発明の実施の形態を説明する。なお、同様の要素には同様の番号を付し、その説明を省略する。
図1は、本発明による撥水性超分子組織体(A)、フラーレン構造体(B)、および、二分子膜構造(C)の模式図を示す。
図1(A)は、本発明の撥水性超分子組織体100が基材110上に位置する様子を示しており、撥水性超分子組織体100は、層状の様態である。基材110は、Si、GaAs等の半導体基板、石英基板、ガラス基板、金属基板など任意の基材であり得る。基材110は、平板である必要はなく、表面に曲率あるいは凹凸を有していてもよい。このように、本発明の撥水性超分子組織体100が基材110上に位置すれば、取扱が簡便である。
本発明の撥水性超分子組織体100は、図1(B)に模式的に示すフラーレン構造体120が層状に組織化されている。さらにフラーレン構造体120は、粒子状の形状を有し、その表面はフレーク構造である。この表面のフレーク構造によって、本発明の撥水性超分子組織体100は、撥水性を発現する。
フラーレン構造体120は、図1(C)に模式的に示されるフラーレン誘導体130が組織化された二分子膜構造140からなる。なお、「フラーレン誘導体130が二分子膜構造140からなる」とは、フラーレン構造体120が、二分子膜構造140を基礎構造として構成されていることを意味する。二分子膜構造140におけるフラーレン誘導体130は、それぞれ互いに、重合(150、160)されている。これにより、本発明の撥水性超分子組織体100は強度に優れる。詳細には、本発明の撥水性超分子組織体100は、フラーレン誘導体130のフラーレン部位のπ−π相互作用による集合力、および、後述の官能基Rの疎水性相互作用およびファンデルワールス力による集合力に加えて、フラーレン誘導体130それぞれの重合(150、160)による結合力を有するため、例えば、特許文献2に記載の超分子組織体の強度よりも高い強度を有する。
上述のフラーレン誘導体130のそれぞれの重合は、具体的には、フラーレン誘導体130がそれぞれ有するフラーレン部位が互いに重合されており(150)、フラーレン誘導体130がそれぞれ有する後述の官能基Rが互いに重合されている(160)。なお、本明細書において「重合されている」とは、ラジカル重合によるポリマー化またはダイマー化、カチオン重合によるポリマー化に代表される付加重合を意図するが、必ずしも、重合度が高くある必要はなく、一部ポリマー化/ダイマー化がされていなくてもよい。
次に、本発明の撥水性超分子組織体100を、一般式を用いてさらに詳述する。
本発明の撥水性超分子組織体100は、フラーレン誘導体130から構成される。フラーレン誘導体130は、次式(1)で示され、次式(2)で示されるフラーレン部位Aと、フラーレン部位Aに結合したベンゼン環の3,4,5位それぞれに結合した官能基Rとを含む。式(2)において、(Fu)はフラーレンを、Xは水素原子またはメチル基を示し、フラーレン部位Aの含窒素5員環にベンゼン環が結合している。
式(1)において、官能基Rのそれぞれは、重合効率および撥水性の観点から、少なくとも20個の炭素原子を含む官能基である。さらに、官能基Rのそれぞれは、重合性官能基を介して重合している。重合効率および重合後の二分子膜構造140の構造維持の観点から、重合性官能基は官能基Rそれぞれの同位置に位置すること、および、そのような重合性官能基を有する官能基Rはそれぞれ同一であることが望ましい。
重合性官能基は、例えば、ジアセチレン基、エポキシ基、オレフィン基であるが、これらに限定されない。好ましくは、官能基Rは、重合性官能基としてジアセチレン基を有する。これは、官能基Rそれぞれにおけるジアセチレン基の位置が同位置であれば、官能基Rの中間であっても、末端であっても、フラーレン誘導体130および二分子膜構造140の構造を損なうことなく、重合が達成できるためである。なお、図1(C)は、官能基Rが、重合性官能基としてジアセチレン基を中間に有し、官能基R間で重合している様子を示す。
このようなジアセチレン基を有する官能基Rそれぞれは、具体的には、−O(CH2)9C≡C−C≡C(CH2)13CH3、−(CH2)9C≡C−C≡C(CH2)13CH3または−S(CH2)9C≡C−C≡C(CH2)13CH3である。これらは、重合効率および撥水性の観点から十分な数の炭素原子を含んでいるとともに、同様の特性を有している。また、これらの官能基Rであれば、フラーレン誘導体130および二分子膜構造140の構造を損なうことなく、重合が達成できる。本発明では、例えば、ジアセチレン基の重合は、図1(C)に模式的に示すように、官能基R間で共役が結ばれることによって達成される。また、ジアセチレン基の不飽和結合(三重−三重結合)が必ずしも飽和結合になるのではなく、例えば、三重−三重結合の二重−三重結合への変化を含むものであり、必ずしも高い重合度を有しないことに留意されたい。
一方、官能基Rが、重合性官能基としてエポキシ基またはオレフィン基を有する場合には、フラーレン誘導体130および二分子膜構造140の構造を維持するために、エポキシ基またはオレフィン基の位置は、好ましくは、官能基Rの末端である。
官能基Rが含有する重合性官能基を1つとして説明してきたがこれに限定されない。上述の条件を満たしていれば、官能基Rのそれぞれが、複数の重合性官能基、または、組み合わせた重合性官能基を有していてもよい。しかしながら、官能基Rの不飽和度が高くなることにより、フラーレン誘導体130および二分子膜構造140の構造の維持が困難になるとともに、重合効率が低下する恐れがあるため、官能基Rは、それぞれ、1つの重合性官能基を有すれば十分である。
フラーレン誘導体130のフラーレン部位Aのフラーレンは、C60、C70、C76、および、C84からなる群から選択される。これらのフラーレンは類似の性質を有しているとともに、工業的に生産されており容易に入手できる。中でもC60は、安価であるとともに取扱が簡便であるために有利である。上述したように、フラーレン部位Aのフラーレンは互いに重合している(150)。詳細には、二分子膜構造140において隣接するフラーレン部位Aのフラーレンが互いに重合する。図1(C)では、一部重合していないフラーレンを含むものの、フラーレンが互いに重合している様子を示す。
このように、本発明の撥水性超分子組織体100は、フラーレン誘導体130それぞれのフラーレン部位Aが互いに重合し、かつ、フラーレン誘導体130それぞれの官能基Rが互いに重合している(ダブルクロスリンクとも呼ぶ)。このような構造をとることにより、既存の超分子組織体の撥水性を維持しつつ、既存の超分子組織体よりも高い強度を達成することができる。さらに、本発明の撥水性超分子組織体100は、著しく向上した温度耐性、各種有機溶媒、pH等の耐環境特性を有することが分かった。これにより、本発明の撥水性超分子組織体100の使用環境への制限がなくなり、実用化を促進できるとともに、用途拡大が大いに期待できる。
上述したように、本発明の撥水性超分子組織体100におけるフラーレン部位Aおよび官能基Rは、必ずしも完全に重合されている必要はないが、当然のことながら、重合度が高いほど、強度が高くなる。また、重合度が高いほど、温度耐性等の耐環境特性も向上し得る。したがって、用途に応じて異なる重合度の撥水性超分子組織体を適宜選択することが望ましい。なお、本明細書において、「完全に重合されている」とは、重合がこれ以上進まない安定な状態を意図し、必ずしも重合度が高いとは限らないことに留意されたい。
次に、本発明の撥水性超分子組織体100の例示的な製造方法を説明する。
図2は、本発明の撥水性超分子組織体100の製造ステップを示すフローチャートである。
図3は、本発明の光照射による変化を示す模式図である。
ステップS210:フラーレン誘導体130(図1)と所定の溶媒との混合物を加熱する。これにより、フラーレン誘導体130が組織化された二分子膜構造310からなるフラーレン構造体(図示せず)が析出する。フラーレン誘導体130は図1を参照して説明したフラーレン誘導体と同様であるため、説明を省略する。また、ここでは、フラーレン誘導体130は、重合されていないことに留意されたい。所定の溶媒は、テトラヒドロフラン(THF)およびメタノールである。好ましくは、THFとメタノールとの混合比率は、3:2(体積%比率)である。この混合比率であれば、歩留まりよく、フラーレン構造体を製造できる。
混合物の加熱は、40℃〜60℃の温度範囲で行われる。加熱時間は、溶媒の蒸発による組成変動を考慮すれば、15分〜30分の短時間で行うことが好ましい。このような加熱により、混合物中に二分子膜構造310からなるフラーレン構造体が析出物として生じる。このような析出物は目視にて確認できる。
ステップS220:ステップS210で得られたフラーレン構造体を含む混合物を冷却・保持する。これにより、二分子膜構造310からなるフラーレン構造体が安定化する。冷却・保持は、−10℃〜−90℃の温度範囲で12時間〜24時間行われる。温度範囲は、THFおよびメタノールの凝固点(−98℃〜−108℃)を考慮すれば、−10℃〜−20℃の温度範囲で十分である。
ステップS230:ステップS220で得られたフラーレン構造体を層状化する。これにより、フラーレン構造体からなる撥水性超分子組織体を得る。ただし、ここでもやはり、撥水性超分子組織体を構成するフラーレン誘導体130は重合されていない。
層状化は、例えば、フラーレン構造体を水面上に展開し、空気と水との界面にフラーレン構造体からなる層を形成し、形成された層を基材110(図1)に移し取るLB法(Langmuir−Blodgett法)によって行われる。LB法は、均一かつ良質な層が得られるため好ましいが、この方法に限定されない。例えば、フラーレン構造体を含有する溶液に基材110を浸漬させる浸漬法、基材110上にフラーレン構造体を含有する溶液を滴下する滴下法、回転する基材110上にフラーレン構造体を含有する溶液を滴下するスピンコート法を採用してもよい。また、ステップS240は、要求される厚さに応じて、複数回行ってもよい。
このような層状化は、通常、基材110上で行われ、基材110には、半導体基板、石英基板、ガラス基板、金属基板など任意の基材が適用可能であるとともに、基材110は平板である必要はなく、表面に曲率あるいは凹凸を有していてもよい。本発明の撥水性超分子組織体100を、用途に応じた形状の基材110に形成できるので、実用化に有利である。
ステップS240:ステップS230で得られた撥水性超分子組織体に光を照射する。これにより、撥水性超分子組織体は、二分子膜構造310が重合した二分子膜構造140(図1、図3)からなるフラーレン構造体120(図1)を有する。すなわち、二分子膜構造310を構成するフラーレン誘導体130のフラーレン部位Aのそれぞれと、官能基Rのそれぞれとが互いに重合する。
光照射は、図1を参照して説明した重合性官能基の種類にもよるが、例えば、重合性官能基がジアセチレン基であれば、紫外線が好ましく、エポキシ基であれば可視光線が好ましい。
また、光照射は、好ましくは、脱酸素雰囲気で行う。酸素を含有する雰囲気下において光照射すると、二分子膜構造を構成するフラーレン誘導体130のフラーレン部位Aの表面でエポキシ化が発生し、エポキサイドが生成する場合がある。このようなエポキサイドの生成は、最終的に得られる撥水性超分子組織体100の撥水性を低下させる場合がある。脱酸素雰囲気は、例えば、真空または窒素、アルゴン等の不活性ガス雰囲気がある。
図1を参照して上述したように、本発明の撥水性超分子組織体100のフラーレン部位Aおよび官能基Rは必ずしも完全に重合されている必要はないが、用途に応じて適宜重合度を制御できることが望ましい。例えば、光照射は、例示的には、150WのHgランプを用いて、室温にて行うことができるが、光照射の時間を変化させることによって、重合度を制御することができる。上記光照射の条件では、9時間照射を行うと、完全に重合され、これ以上光照射を行っても、重合度は変化しない。
所望の重合度を有するフラーレン構造体が得られたか否かは、例えば、フーリエ変換赤外分光法(FT−IR)、紫外可視分光法(UV−vis)およびラマン分光法のスペクトルにより判定できる。例えば、フラーレン誘導体130の官能基Rがジアセチレン基を有する場合、FT−IRスペクトルを見れば、ポリジアセチレンにおけるC≡C結合を示すバンドの出現およびその強度の変化から完全に重合されたか否かが分かる。また、UV−visスペクトルまたはラマンスペクトルを見れば、フラーレンを示すバンドの強度の低下から重合度の程度を知ることができる。
このようにステップS210〜S240によって、本発明の撥水性超分子組織体100が得られる。
図4は、本発明の撥水性超分子組織体100の別の製造ステップを示すフローチャートである。
図4は、図2の製造方法においてステップS230とS240とを逆に行う以外同様である。
ステップS410:フラーレン誘導体130(図1)と所定の溶媒との混合物を加熱し、フラーレン構造体を析出させる。
ステップS420:ステップS410で得られたフラーレン構造体を冷却・保持し、安定化させる。
ステップS430:ステップS420で得られたフラーレン構造体に光を照射する。なお、この場合、ステップS420で得られたフラーレン構造体をろ過し、固体粉末として取扱えばよい。
ステップS440:ステップS430で得られたフラーレン構造体を層状化する。
ステップS410およびS420は、それぞれ、ステップS210およびS220と同様であり、ステップS430は、フラーレン構造体が層状化されていない点を除いてステップS240と同様であり、ステップS440は、フラーレン構造体が重合されている点を除いてステップS230と同様であるため説明を省略する。
このように、本発明の製造方法によれば、フラーレン構造体への光照射、すなわち、フラーレン構造体中のフラーレン誘導体130の重合は、層状化の前であってもよいし、層状化の後であってもよく、順番は問わない。本発明の製造方法は、特定の混合物の加熱およびフラーレン構造体の析出ステップ、フラーレン構造体の冷却・保持・安定化ステップ、フラーレン構造体の層状化ステップ、および、フラーレン構造体への光照射ステップを包含していればよい。
なお、図2のステップS220の後およびステップS230の前、および、図4のステップS420の後およびステップS430の前に、フラーレン構造体を含む混合物にフラーレン誘導体130に対する貧溶媒を添加するステップをさらに包含してもよい。これにより、二分子膜構造310(図3)からなるフラーレン構造体を、室温においても効果的に安定化させることができる。貧溶媒は、例えば、メタノールである。
次に具体的な実施例を用いて本発明を詳述するが、本発明がこれら実施例に限定されないことに留意されたい。
<参考例1>
参考例1では、本発明で用いるフラーレン誘導体(i)、それを組織化したフラーレン構造体(ii)、および、それを層状化した撥水性超分子組織体(iii)を合成し、フラーレン誘導体が重合される前の各種の特性について調べた。
本発明のフラーレン誘導体として、上式(1)において官能基Rが、−O(CH2)9C≡C−C≡C(CH2)13CH3であり、上式(2)において(Fu)がC60であり、XがCH3である、フラーレン誘導体1を合成した。次いで、合成したフラーレン誘導体1を二分子膜構造に組織化し、これを基礎構造としたフラーレン構造体、および、フラーレン構造体からなる撥水性超分子組織体を合成した。まず、本発明で用いられるフラーレン誘導体1の合成手順を詳述する。
(i)フラーレン誘導体1の合成
フラーレン誘導体1の合成手順をスキーム1に示す。
フラーレン誘導体1は、1−ヘキサデシンAから出発し、B、C、DおよびEを経て得られる。これらを詳述する。
ステップa:N−ブロモこはく酸イミド(8.9g、50.0mmol)と、1−ヘキサデシンA(8.88g、20.0mmol)と、AgNO3(800mg、4.7mmol)と、アセトン(80mL)とを、室温で2時間混合・攪拌し、白い懸濁液をろ過した。ろ液を減圧下で濃縮した。残渣を溶離剤としてn−ヘキサンを用いたシリカゲルカラムクロマトグラフィにより精製し、無色のオイル状の生成物Bを得た。核磁気共鳴(NMR分光法)を用いて生成物Bを同定した。用いた装置は、Bruker DMX400であった。同定結果を示す。同定結果から生成物Bは、ブロムアルキンであることが分かった。
1H NMR(400MHz、CDCl3):δ2.20(t,2H,J=7.2Hz)、1.62−1.15(m,24H)、0.90(t,3H)
ステップb:塩酸ヒドロキシルアミン(0.5g)および塩化第一銅(0.25g)を、アルゴン雰囲気中、10−ウンデシン−1−オール(10.0mmol)と、70%エチルアミン水溶液(5.0mL)と、メタノール(20.0mL)と、テトラヒドロフラン(THF)(80.0mL)との混合溶液に添加し、混合物を10分間攪拌し、Cadiot−Chodkiewiczカップリングを行った。次いで、ステップaで得られた生成物B(3.01g、10.0mmol)を加え、30分間攪拌した。これらの混合溶液の色が青色に変化した際に、さらに微量の塩化ヒドロキシルアミンを加えた。室温にて3時間攪拌し、反応させた。
次いで、混合溶液を水300mLで希釈し、CH2Cl2を用いて抽出した。抽出された生成物は有機相と化合しているため、飽和Na2CO3および水を用いて洗浄し、硫酸ソーダを用いて乾燥させた。溶媒を減圧留去させ、アセトンおよびエタノールから再結晶化を数回行って、無色固体の生成物C(1.98g、5.1mmol、71%)を得た。NMR分光法を用いて生成物Cを同定した。同定結果を示す。同定結果から生成物Cは、水酸基で終端されたジアセチレン化合物であることが分かった。
1H NMR(400MHz、CDCl3):δ3.60−3.66(m,2H,−O−CH2)、2.23(t,4H,J=7.2Hz,−CH2−t−t−CH2−)、1.59−1.46(m,6H)、1.41−1.22(m,34H)、0.89(t,3H,J=6.1Hz,−CH3)
ステップc:PPh3(8.9g、50.0mmol)およびCBr4(800mg、2.2mmol)を、アルゴン雰囲気中、生成物C(2.0g、20.0mmol)と脱水THF(40mL)との混合溶液に加え、室温で30分間攪拌し反応させた。次いで、混合溶液を減圧下で濃縮した。残渣を溶離剤としてn−ヘキサンを用いたシリカゲルカラムクロマトグラフィにより精製し、無色のオイル状の生成物D(11.04g、90%)を得た。NMR分光法を用いて、生成物Dを同定した。同定結果を示す。同定結果から生成物Dは、臭素で終端された生成物Cの誘導体であることが分かった。
1H NMR(400MHz、CDCl3):δ3.40(t,2H,J=6.8Hz,−CH2−Br)、2.23(t,4H,J=6.8Hz,−CH2−t−t−CH2−)、1.80−1.88(m,2H,CH2CH2Br)、1.51−1.27(m,36H,CH2)、0.88(t,3H,J=6.8Hz,CH3−CH2)
ステップd:K2CO3(1.04g、7.5mmol)と、KI(25mg)と、3,4,5−トリヒドロキシベンズアルデヒド(430mg、2.5mmol)と、生成物D(4.52g、10mmol)と、脱水ジメチルホルムアミド(DMF)(60mL)との混合物を、アルゴン雰囲気中、16時間70℃で攪拌し、Williamsonエーテル合成を行った。反応した混合物を室温まで冷却し、混合物に水(200mL)を注ぎ、ジクロロメタン(200mL)を用いて2回抽出した。抽出された有機相を、硫酸ソーダを用いて乾燥させた。溶媒を減圧下で濃縮し、残渣を溶離剤としてジクロロメタン/メタノール(50/1)を用いたシリカゲルカラムクロマトグラフィにより精製し、白色固体の生成物E(2.1g、1.6mmol、64%)を得た。NMR分光法を用いて、生成物Eを同定した。同定結果を示す。同定結果から生成物Eは、前駆体ベンズアルデヒドであることが分かった。
1H NMR(400MHz、CDCl3):δ9.83(s,1H)、7.08(s,2H)、4.06(t,2H,J=6.6Hz)、4.03(t,4H,J=6.4Hz)、2.20(t,12H,J=6.4Hz、−CH2−t−t−CH2−)、1.87−1.70(m,6H)、1.47−1.26(m,108H)、0.88(t,9H,J=6.8Hz)
ステップe:Prato法を採用し、生成物E(600mg、0.47mmol)と、N−メチルグリシン(445mg、5.0mmol)と、C60(504mg、0.7mmol)と、脱水クロロベンゼン(500mL)との混合物を、アルゴン雰囲気中、20時間130℃で加熱し、反応させた。冷却後、溶媒を減圧留去させた。残渣を溶離剤としてクロロホルムを用いたシリカゲルカラムクロマトグラフィにより粗精製した。粗生成物をゲル浸透クロマトグラフィ(Bio−beads S−X3、トルエン)により精製し、クロロホルム/メタノールから再結晶し、茶色の固体の生成物(398mg、0.18mmol、38%)を合成した。
NMR分光法に加えて、フーリエ変換赤外分光法(FT−IR)、マトリクス支援レーザ脱離イオン化飛行時間型質量分析法(MALDI−TOF−MS)および紫外可視分光法により、生成物を同定した。FT−IRスペクトルの測定は、Bruker EQUINOX 55/S分光光度計によりKBrペレットを用いて行った。MALDI−TOF−MSスペクトルの測定は、Bruker Reflex II(マトリクス:2−(4−ヒドロキシフェニルアゾ)安息香酸)を用い、反射モードで行った。UV−visスペクトルの測定は、Varian Cary 50 Conc分光光度計を用いて行った。同定結果を示す。同定結果から生成物は、目的とするフラーレン誘導体1であることが分かった。
1H NMR(400MHz、CDCl3):δ7.26−6.68(br,2H)、4.97(d,1H,J=9.6Hz)、4.81(s,1H)、4.25(d,1H,J=9.6Hz)、4.02−3.92(m,6H)、2.85(s,3H)、2.27−2.18(m,12H)、1.75−1.65(m,6H)、1.55−1.20(m,108H)、0.88(t,9H,J=6.8Hz)
13C NMR(100MHz、CDCl3):δ156.0、154.0、153.8、153.4、153.1、147.2、147.0、146.4、146.1、146.0、145.9、145.7、154.4、145.2、144.6、144.3、143.1、143.0、142.5、142.1、142.1、142.0、141.8、141.6、141.5、140.1、140.0、139.6、138.3、136.5、136.1、135.7、131.8、83.6、73.1、70.0、69.2、68.9、65.3、40.0、31.9、30.2、29.6、29.4、29.3、29.1、28.8、28.3、25.9、22.6、19.2、14.1
FT−IR(cm−1):2924.0、2852.4、2776.7、2256.3、1587.4、1116.4
MALDI−TOF−MS:C150H149NO3の計算値2013.75、測定値2013.45[M−]
UV−vis(n−ヘキサン、0.5×10−5M):λmax(ε、M−1cm−1)=210(178820)、254(129676)、313(43120)、430(4254)
(ii)フラーレン誘導体1を組織化した二分子膜構造からなるフラーレン構造体の合成
フラーレン誘導体1(2.0mg、1μmol)と、テトラヒドロフランTHFと、メタノールとの混合物を50℃で15分加熱した(図2のステップS210および図4のステップS410)。ここで、THFとメタノールとの混合割合は、体積%で3:2であり、合計1mLであった。
混合物を20℃まで冷却し、−14℃で24時間保持し、暗黄色の析出物を析出させた(図2のステップS220および図4のステップS420)。さらに、フラーレン誘導体1に対して貧溶媒であるメタノール(3mL)を、析出物を含む混合物に添加し、室温において析出物を安定化させた。
析出物がフラーレン誘導体1の二分子膜構造を基礎構造とするフラーレン構造体(ただし重合していない状態)であることを、高解像度クライオ透過型電子顕微鏡(HR−cryo−TEM)による観察、粉末X線回折(XRD)およびFT−IRによる同定を行った。
HR−cryo−TEMによる観察は、JEOL透過型電子顕微鏡JEM−4000SFXにより加速電圧400kVで行った。観察結果は、電子ビームによる試料の放射ダメージを最小限に抑えた低ドーズシステムを用いて写真用フィルムに記録した。HR−cryo−TEM用の試料は、以下のように調製した。
炭素をコーティングした銅製グリッド上に析出物を含む混合物を滴下し、グリッド上の過剰な溶液をフィルタペーパで除去した。次いで、浸透低温固定化装置(immersion cryofixation apparatus)内で100K以下の温度に維持した液体プロパンにグリッドを入れ、凍結させた。凍結したグリッドをHR−cryo−TEM用の試料として用いた。なお、試料そのままの構造を観察するため、染色等は一切行っていない。
試料をHR−cryo−TEMに取り付けられた特別仕様のクライオトランスファシステムの仕切り内に設置した。なお、クライオトランスファシステムは、液体ヘリウムステージを備えており、試料を約4Kに維持できる。
粉末XRD回折は、モノクロメータで単色化したCu Kα線(λ=0.15405nm)を用いたRIGAKU RINT Ultima III X線回折計により25℃で行った。UV−visおよびFT−IRによる同定は上述したとおりである。これらのHR−cryo−TEM、XRDおよびFT−IRの結果を図5〜図7に示す。
図5は、参考例1の光照射前のフラーレン誘導体1からなるフラーレン構造体のHR−cryo−TEM像を示す図である。
図5の挿入図は、ストライプ状画像の高速フーリエ変換画像である。図5にはフラーレン構造体の端部が示されている。図5より、フラーレン構造体は、多層構造(マルチラメラ構造)であることが分かる。図5の挿入図に示すように、高速フーリエ変換(FFT)解析によれば、その層間距離は、5.7±0.1nmであることが分かった。さらに、FFTに第三次スポットの輝点が現れたことからも、多層構造は極めて高い規則性を有していることが分かる。フラーレン誘導体1の大きさ(約4.5nm)を考慮すれば、フラーレン構造体が二分子膜構造310(図3)を有していることが示唆される。
図6は、参考例1の光照射前のフラーレン誘導体1からなるフラーレン構造体のXRDパターンを示す図である。
図6によれば、フラーレン構造体は、(001)、(002)、(003)、(004)、(005)、(006)、(007)、(008)および(009)の反射を示した。このことは、長距離にわたって規則的な多層構造であることを示し、図5の結果に良好に一致する。図6から得られる層間距離は6.0nmであり、図5の結果よりわずかに大きいものの、比較的一致した。このわずかな差は、温度および圧力等の実験条件の差異に起因する。さらに、図6は、約10.3°および約19.4°に2つのブロードなハローを示した。これらのハローは、それぞれ、近接するC60間の面内平均距離(約8.7nm)、および、アルコキシ基間の面内平均距離(約0.46nm)に相当する。
図7は、参考例1の光照射前のフラーレン誘導体1からなるフラーレン構造体のFT−IRスペクトルを示す図である。
図7のFT−IRスペクトルは、波数2924cm−1にメチレン基の非対称伸縮モード、および、波数2852cm−1にメチレン基の対称伸縮モードを示した。このことは、フラーレン構造体において、フラーレン構造体を構成するフラーレン誘導体1のアルコキシ基が結晶状態ではないことを示す。さらに、オリゴメチレン基の斜方晶系副格子構造によれば、図7の挿入部に示すように、波数約1463cm−1を中心としてブロードなピーク分裂(分裂後の波数1467cm−1および1460cm−1)を示した。このピーク分裂は、メチレン基のはさみモードに相当し、フラーレン構造体において、フラーレン誘導体1のアルコキシ基が二分子膜構造301(図3)に示すように互いに噛み合った状態にあることを示唆する。
以上、図5〜図7により、フラーレン誘導体1に、図2(または図4)に示すステップS210(S410)およびS220(S420)を行うことによって、フラーレン誘導体1が組織化された二分子膜構造310(図3)からなるフラーレン構造体が形成されたことを確認した。
(iii)フラーレン誘導体1が組織化された二分子膜構造を基礎構造とするフラーレン構造体の層状化
LB法を採用し、層状化を行った。上記(ii)で得られた析出物であるフラーレン構造体を水面上に展開し、空気と水との界面にフラーレン構造体からなる層を形成し、形成された層をSi基板、石英ガラスおよびガラス(スライドガラスカバー)にそれぞれ移し取り、フラーレン構造体を層状に組織化した薄膜を作製した(図2のステップS230)。このようにして得られた薄膜が、フラーレン構造体からなること、および、撥水性を有することを調べた。
Si基板上に層状化した薄膜の表面を走査型電子顕微鏡(SEM)により観察した。SEMによる観察は、Philips XL30電子顕微鏡により加速電圧3kVで行われた。SEM用の試料には、Si基板上の薄膜の上に、MTM−20膜厚コントローラを備えたJFC−1300 JEOL自動スパッタコータでAuをスパッタリングした試料を用いた。上記(i)と同様に、石英基板上に層状化した薄膜のUV−visスペクトルを測定した。これらの結果を図8および図9に示す。
図8は、参考例1の光照射前のフラーレン構造体を層状化した超分子組織体のSEM像を示す図である。
図8より、Si基板上に得られた薄膜は、粒子状の形状を有したフラーレン構造体から構成されている超分子組織体であることを確認した。また、挿入図に示されるように(スケールバー=500nm)、フラーレン構造体の表面はフレーク構造であることを確認した。粒子状の形状の大きさは、約1μmであり、フレーク構造の各フレークの厚さは約100nmであった。
図9は、参考例1の光照射前のフラーレン構造体を層状化した超分子組織体のUV−visスペクトルを示す図である。
図9には、上記(i)で得られたフラーレン誘導体1のUV−visスペクトルを併せて示す。超分子組織体のUV−visスペクトルは、329nm、271nmおよび212nmに吸収最大値を有する3つのピークを示した。一方、上述したように、フラーレン誘導体1のUV−visスペクトル(溶液中均一分散状態)は、313nm、254nmおよび210nmに吸収最大値を有する3つのピークを示した。フラーレン誘導体1を組織化したフラーレン構造体を層状化することによって、3つのピークは、長波長側にそれぞれ16nm、17nmおよび2nmピークシフト(レッドシフト)するとともに、可視領域の吸収が増大した。このことは、層状化した薄膜中のフラーレン構造体において、近接するC60間にπ−π相互作用が働いていることを示唆する。
以上、図5〜図7に加えて、図8および図9からも、フラーレン誘導体1が組織化された二分子膜構造310(図3)からなる、フレーク構造の粒子状の形状を有するフラーレン構造体が形成されたこと、および、フラーレン構造体を層状化しても、フラーレン構造体の形状が維持された超分子組織体が形成されたことを確認した。
次に、Si基板上の超分子組織体の水との接触角から表面濡れ性を調べた。水との接触角の測定は、接触角測定システムG10装置(Kruss(但しuにはウムラウト)、Germany)を用い、室温で行った。結果を図10に示す。
図10は、参考例1の光照射前の、フラーレン構造体を層状化した超分子組織体、および、フラーレン誘導体1を層状化した薄膜の水との接触角の状態を示す図である。
図10(A)は、超分子組織体の水との接触角の状態を示す。図10(B)には、上記(i)で合成したフラーレン誘導体1を組織化することなく、直接層状化した薄膜の水との接触角の状態を併せて示す。詳細には、フラーレン誘導体1を含有するクロロホルム溶液をスピンコートによりSi基板上に付与し、層状化し、薄膜を得た。
図10(A)より、フラーレン誘導体1を組織化しフラーレン構造体を層状化することによって、超分子組織体は、接触角約146.2°を有する高い撥水性を示した。一方、図10(B)より、フラーレン誘導体1を直接層状化し、薄膜とした場合には、接触角は102.1°と撥水性が極めて低いことが分かった。このことから、撥水性を十分に発現させるためには、フラーレン誘導体1を二分子膜構造310(図3)に組織化させ、これを基礎構造としたフラーレン構造体を層状化することが有効であることが分かった。
参考例1の(ii)において合成したフラーレン構造体に光を照射し(図4のステップS430)、フラーレン構造体を構成するフラーレン誘導体1を重合させ、その特性を調べた。光照射は、25℃で150Wの低圧Hgランプを用い、最大11時間まで行った。詳細には、光照射の時間を、4分、30分(0.5時間)、43分、108分、180分(3時間)、198分、312分、426分、540分(9時間)、666分(11時間)と変化させた。
光照射後のフラーレン構造体の先端部の様子をHR−cryo−TEMにより観察した。HR−cryo−TEM用の試料の調整は(ii)と同様であった。光照射を9時間行ったフラーレン構造体の観察結果を図11に示す。
図11は、実施例1の光照射(9時間)後のフラーレン誘導体1からなるフラーレン構造体のHR−cryo−TEM像を示す図である。
図11の挿入図は、ストライプ状画像の高速フーリエ変換画像である。図11は、図5と同様に、光照射後であっても、フラーレン構造体が多層構造(マルチラメラ構造)を維持していることが分かる。図11の挿入図に示すように、FFT解析によれば、その層間距離は、図5と同様に、5.7±0.1nmであることが分かった。さらに、FFTに第三次スポットの輝点が現れたことからも、光照射後であっても、多層構造は極めて高い規則性を維持していることが分かる。
光照射後のフラーレン構造体についてFT−IRスペクトルを測定した。FT−IRスペクトルの測定は、25℃、アルゴン雰囲気下で、(i)および(ii)と同様に行った。結果を図12に示す。
結果を解釈するために、参照実験を行った。参照実験として、上記(i)のステップdにおいて得られた生成物E(スキーム1に示される前駆体ベンズアルデヒド)に光照射を行い、生成物E、詳細には、生成物Eが有するジアセチレン基を備えたアルコキシ基を重合させた。光照射には20℃で150Wの低圧Hgランプを用いた。光照射の時間を、0分、1分、3分、5分、6分、10分、15分、25分、35分、75分および180分と変化させた。0分、5分、35分、75分および180分間それぞれ光照射した生成物EについてFT−IRスペクトルを測定した。これらの結果を図13に示す。
図12は、実施例1の光照射後のフラーレン誘導体1からなるフラーレン構造体のFT−IRスペクトルを示す図である。
図12は、4分、43分、108分、198分、312分、426分および666分間それぞれ光照射したフラーレン構造体の各FT−IRスペクトルを示すとともに、参考のため、図7に示す光照射前のフラーレン誘導体1からなるフラーレン構造体のFT−IRスペクトル(光照射時間が0分)を併せて示す。
図12によれば、光照射時間が増加するにつれて、ジアセチレン基の非対称振動モードに相当する2256cm−1および2191cm−1を中心とする吸収バンドの強度が低くなった。一方、光照射時間が増加するにつれて、ポリジアセチレンのC≡C三重結合の非対称振動モードに相当する2212cm−1を中心とする吸収バンドが出現し、その強度が高くなった。図12のFT−IRスペクトルには等吸収点がない。このことは、光照射による重合反応に2種以上の種類が含まれていることを示唆する。
なお、図示しないが、540分(9時間)光照射したフラーレン構造体のFT−IRスペクトルは、666分間光照射したフラーレン構造体のそれと一致した。このことから、上記光照射の条件では、9時間照射するとフラーレン構造体は完全に重合され、安定化したものと考えられる。
図13は、光照射後のスキーム1に示す生成物EのFT−IRスペクトルを示す図である。
図13によれば、図12の挙動と同様に、光照射時間が増加するにつれて、2256cm−1および2179cm−1を中心とする吸収バンドの強度が低くなった。また、図12の挙動と同様に、光照射時間が増加するにつれて、2215cm−1を中心とする吸収バンドが出現し、その強度が高くなった。
図12および図13から、フラーレン構造体を構成するフラーレン誘導体1のアルコキシ基間において重合されたことが示唆される。この後、重合されたフラーレン構造体を層状化し(図4のステップS440)、超分子組織体が合成され得る。以上、実施例1より、本発明の図4に示す方法の有効性が示された。
参考例1の(iii)において合成した各種基板上の撥水性超分子組織体に光を照射し(図2のステップS240)、撥水性超分子組織体を構成するフラーレン誘導体1を重合させ、その特性を調べた。光照射は、実施例1と同様に、25℃で150Wの低圧Hgランプを用い、最大11時間まで行った。詳細には、光照射の時間を、4分、30分(0.5時間)、43分、108分、180分(3時間)、198分、312分、426分、540分(9時間)、666分(11時間)と変化させた。
光照射後の撥水性超分子組織体の表面の様子をSEMにより観察した。光照射を9時間行った撥水性超分子組織体の観察結果を図14に示す。
図14は、実施例2の光照射(9時間)後の撥水性超分子組織体のSEM像を示す図である。
図14は、図8と同様のモルフォロジを示し、光照射後であっても、フラーレン構造体は粒子状の形状を維持しており、表面全体がフレーク構造であることを確認した。粒子状の形状の大きさは、約1μmであり、フレーク構造の各フレークの厚さは約100nmであった。
実施例1の図11の結果と合わせて、光照射前のフラーレン構造体のモルフォロジは、層状化前および光照射後のフラーレン構造体、および、層状化後および光照射後の超分子組織体においても良好に維持されることが確認された。
光照射後の撥水性超分子組織体について、UV−visスペクトルおよびラマンスペクトルを測定した。これらの結果を図15および図17にそれぞれ示す。UV−visスペクトルの測定は、25℃、アルゴン雰囲気下で、(i)と同様に行った。ラマンスペクトルの測定は、HAL100 Witec分光光度計を用いて、レーザ波数785cm−1、アルゴン雰囲気下、25℃で行った。レーザ強度を可能な限り低く維持し、測定中にC60が重合することを防いだ。なお、UV−visスペクトルおよびラマンスペクトルの測定には、光照射後の石英基板上の撥水性超分子組織体を用いた。
実施例1と同様に、結果を解釈するために、参照実験を行った。実施例1で用いた、0分、1分、3分、6分、10分、15分および25分間それぞれ光照射した生成物EについてUV−visスペクトルを測定した。結果を図16に示す。
図15は、実施例2の光照射に伴う撥水性超分子組織体のUV−visスペクトルを示す図である。
図15は、666分(11時間)光照射後の撥水性超分子組織体のUV−visスペクトルを示すとともに、参考のため、図9に示す光照射前の撥水性超分子組織体のUV−visスペクトル(光照射時間が0分)を併せて示す。
図15によれば、光照射によって、C60の吸収バンドの強度が低下するとともにブロードになった。このことは、撥水性超分子組織体を構成するフラーレン構造体における近接するC60間で重合が生じたことを示唆する。また、図示しないが、540分(9時間)光照射した撥水性超分子組織体のUV−visスペクトルは、666分間光照射した撥水性超分子組織体のそれと一致した。実施例1の図12と同様に、上記光照射の条件では、9時間照射すると撥水性超分子組織体におけるフラーレン構造体は完全に重合され、安定化したものと考えられる。
図16は、光照射後のスキーム1に示す生成物EのUV−visスペクトルを示す図である。
図16によれば、光照射時間が増加するにつれて、550nm近傍の吸収バンドが出現し、その強度が増大した。これは、非特許文献3に示される、長い共役長を有するポリジアセチレンが生成されると、約550nmに吸収バンドが生じるという知見に良好に一致した。
図15の結果は図16のそれとは異なる。このことは、非特許文献4に示される、重合により共役長の長さおよび構造の変化したポリジアセチレンが生成されるという知見を参照すれば、本発明による撥水性超分子組織体においては、官能基R中のジアセチレン基は、延伸型共役した(トランス型二重−三重−二重結合)長い共役長を有するポリジアセチレンとなりにくいことを示唆する(例えば、図3の二分子膜構造140)。具体的には、フラーレン誘導体1が有するアルコキシ基中のジアセチレン基の三重−三重結合が、部分的に、非直線状のシス型二重−三重−二重結合に変化している。
二分子膜構造140(図3)に模式的に示されるような、重合後のフラーレン構造体は、フラーレン誘導体1におけるアルコキシ基中のジアセチレン基の配列に起因している。本発明で用いるフラーレン誘導体1におけるアルコキシ基中のジアセチレン基の配列は、スキーム1の生成物Eのそれと比較して、幾分不完全であり、その結果、光照射による重合が阻害され、延伸型共役を有するポリジアセチレンの生成が抑制される。
図17は、実施例2の光照射後の撥水性超分子組織体のラマンスペクトルを示す図である。
図17は、30分(0.5時間)、180分(3時間)および540分(9時間)それぞれ光照射した撥水性超分子組織体のラマンスペクトルを示すとともに、参考のため、光照射前の撥水性超分子組織体のラマンスペクトル(光照射時間が0分)、および、上記(i)のステップeにおいて用いたフラーレンC60のラマンスペクトルを併せて示す。
図17によれば、光照射時間が増加するにつれて、C60のペンタゴナルピンチモード(pentagonal pinch mode)に相当する1467cm−1を中心とするバンドの強度が低くなった。図15に加えて、このことからも、フラーレン構造体における近接するC60間で重合が生じたことが示唆される。
以上、図15〜図17から、撥水性超分子組織体を構成するフラーレン誘導体1のフラーレン部位間およびアルコキシ基間において重合されたことが示唆される。また、実施例2より、本発明の図2に示す方法の有効性が示された。
実施例1および2によれば、フラーレン誘導体1が組織化されたフラーレン構造体、および、それを層状化した撥水性超分子組織体のような分子の集合系において、光照射による重合後であっても、図5および図8に示される重合前のフラーレン構造体のモルフォロジが良好に維持されることが、実験をして初めて確認された。
実施例2において、完全に重合され安定化している、9時間光照射した撥水性超分子組織体を用いて、熱量変化および強度特性を調べた。熱量変化の測定は、DSC204を用いて、走査速度5℃/分、アルゴン雰囲気下で行い、示差走査熱量変化図を得た。熱量変化の測定には、9時間光照射後のSi基板上の撥水性超分子組織体をSi基板から剥離し、粉末状にした試料を用いた。結果を図18に示す。
強度特性の測定は、原子間力顕微鏡AFM(MFP 1D、 Asylum research)を用い、非特許文献5に示されるコロイドプローブ法により大気中にて行った。強度特性の測定には、9時間光照射後のガラス基板上の撥水性超分子組織体を用いた。直径約50μmのガラスビーズ(Polyscience Inc.)を、マイクロマニピュレータ(Suttner Instruments Co.)を用いて2種のエポキシ系接着剤(UHU Plus endfest 300, UHU GmbH & Co. KG、 Germany)により取り付けたチップレスカンチレバー(MicroMash)を用いた。カンチレバーのばね定数を、非特許文献6に示されるSader法により求めた。各試料について異なる4つの領域を測定した。これらの結果を図19〜図21に示す。
図18は、実施例3の光照射後の撥水性超分子組織体のDSC示差走査熱量変化を示す図である。
図18には、参考のため、光照射前の撥水性超分子組織体のDSC示差走査熱量変化(UV照射前)を併せて示す。光照射前の撥水性超分子組織体のDSC示差走査熱量変化によれば、約15℃近傍にブロードなピーク(図中黒丸で示す)、および、29.1℃を中心とする明瞭なピークを示した。これらのピークは、いずれも、撥水性超分子組織体を構成するフラーレン誘導体1におけるアルコキシ基が固相から固液中間相への相転移に起因する吸熱ピークである。これらのピークから求められるエンタルピーΔHおよびエントロピーΔSは、それぞれ、55.4kJmol−1および180Jmol−1K−1であった。さらに、光照射前の撥水性超分子組織体のDSC示差走査熱量変化は、140.3℃(フラーレン誘導体1の融点)を中心とする明瞭なピークを示した。このピークは、固液中間相から等方相への相転移に起因する吸熱ピークである。
一方、光照射後の撥水性超分子組織体のDSC示差走査熱量変化は、わずかながら15℃、29.1℃および104.3℃に吸熱ピークを示すが、その強度は、光照射前の撥水性超分子組織体のそれの5%以下であった。このわずかながら検出された吸熱ピークは、光照射後の撥水性超分子組織体におけるフラーレン誘導体1中の未反応のモノマーと考えられる。このことからも、上述したように、本発明では、フラーレン誘導体1が完全に重合していても、重合度は必ずしも高いわけではないことが示される。
さらに、光照射後の撥水性超分子組織体のDSC示差走査熱量変化は、51.2℃にブロードなピークを示した。これは、光照射後の撥水性超分子組織体における互いに重合したアルコキシ基のガラス転移点と考えられる。
以上より、フラーレン誘導体1を組織化したフラーレン構造体からなる撥水性超分子組織体を光照射によって重合させることで、フラーレン誘導体1の融点を超えても、相転移することなく構造が安定であることがわかった。すなわち、光照射後の撥水性超分子組織体は熱安定性が高いことが示された。
図19は、実施例3の光照射後の撥水性超分子組織体の歪みと力との関係を示す図である。
図19には、参考のため、光照射前の撥水性超分子組織体の歪みと力との関係を併せて示す。実線は、往路を示し、点線は復路を示す。光照射後の撥水性超分子組織体の挙動によれば、歪みの増大にともなって、大きな力が印加されることが分かる。このことは、光照射後の撥水性超分子組織体は、光照射前のそれに比べて高い強度を有することを示す。図19から、光照射前および光照射後の撥水性超分子組織体の硬度は、それぞれ、0.64N/mおよび14.4N/mと算出された。
図20は、実施例3の光照射後の撥水性超分子組織体の硬度の分布を示す図である。
図20には、参考のため、光照射前の撥水性超分子組織体の硬度の分布を併せて示す。図20から、光照射後の撥水性超分子組織体は、試料全体にわたって、光照射前のそれに比べて高い強度を有することが分かった。詳細には、光照射前の撥水性超分子組織体の硬度は、0.54±0.48N/mであったが、光照射後の撥水性超分子組織体の硬度は、14.5±1.7N/mであり、光照射前のそれの約25倍増大した。
図21は、実施例3の光照射後の撥水性超分子組織体の接着力の分布を示す図である。
図21には、参考のため、光照射前の撥水性超分子組織体の接着力の分布を併せて示す。図21から、光照射後の撥水性超分子組織体は、試料全体にわたって、光照射前のそれに比べて低い接着力を有することが分かった。詳細には、光照射前の撥水性超分子組織体の接着力は、425±90nNであったが、光照射後の撥水性超分子組織体の接着力は、140±28nNであった。このことは、例えば、光照射後の撥水性超分子組織体の接着力は、光照射前のそれに比べて低いため、本発明の撥水性超分子組織体は、表面の埃を落としやすく、表面洗浄機能に優れることを示す。
本発明の撥水性超分子組織体の耐熱性と撥水性との関係を調べた。試料には、実施例2において、完全に重合され安定化している、9時間光照射した、Si基板上の撥水性超分子組織体を用いた。
150℃(フラーレン誘導体1の融点(140.3℃)以上の温度設定)で12時間加熱した超分子組織体の表面をSEMで観察した。結果を図22に示す。200℃で20時間加熱した超分子組織体の水との接触角を測定した。結果を図23に示す。さらに、150℃、50℃、75℃、100℃、125℃、150℃、200℃、250℃および300℃の各温度まで昇温し、各温度で3分間保持した超分子組織体について、水との接触角の加熱温度依存性を調べた。なお、測定は、各加熱温度で加熱後、室温にて行った。結果を図24に示す。
図22は、実施例4の加熱前後の撥水性超分子組織体のSEM像を示す図である。
図22(A)は、加熱前の撥水性超分子組織体のSEM像であり、図22(B)は加熱後の撥水性超分子組織体のSEM像である。図22から、加熱前後であっても超分子組織体のモルフォロジになんら変化がないことが分かる。この結果は、図18の結果に一致し、撥水性超分子組織体を構成するフラーレン誘導体1の融点(140.3℃)を超えても、本発明の撥水性超分子組織体は安定であることを示す。このことから本発明の撥水性超分子組織体の構造の高い熱安定性が示される。
図23は、実施例4の加熱前後の撥水性超分子組織体の水との接触角の状態を示す図である。
図23(A)は、加熱前の撥水性超分子組織体の水との接触角の状態を示し、図23(B)は、加熱後の撥水性超分子組織体の水との接触角の状態を示す。図23(A)は、図2に示されるステップS210〜S240を経た光照射前の超分子組織体が、高い撥水性(接触角145.3°)を有することを示す。このことは、光照射によってフラーレン誘導体1が重合されても、光照射前に撥水性超分子組織体が示した撥水性が、良好に維持されることを示す(例えば、図10(A))。図23(B)は、加熱後の撥水性超分子組織体もまた高い撥水性(接触角144.1°)を有することを示す。このことから、フラーレン誘導体1の融点を超える温度で超分子組織体を加熱しても、その撥水性(接触角144.1°)に何ら影響がないことが分かった。
図24は、実施例4の撥水性超分子組織体の水に対する接触角の加熱温度依存性を示す図である。
図24には、図23(A)で得られた加熱前の超分子組織体の水との接触角の値を併せて示す。加熱温度200℃までは、接触角の値に加熱温度依存性はなかった。すなわち、本発明の超分子組織体は、加熱温度200℃までは極めて高い耐熱性および高い撥水性を有することが分かる。なお、加熱温度が250℃を超えると、撥水性は示すものの接触角の値の低下が見られた。250℃以上の温度では、要求される撥水性の程度に応じて本発明の撥水性超分子組織体が適用可能である。
<比較例1>
光照射されていない、すなわち重合されていないフラーレン誘導体1の超分子組織体の耐熱性と撥水性との関係を調べた。試料には、参考例1の(iii)で得られたSi基板上の超分子組織体を用いた。150℃で5秒加熱した超分子組織体の水との接触角を測定した。結果を図25に示す。
図25は、比較例1の加熱前後の超分子組織体の水との接触角の状態を示す図である。
図25(A)は、光照射前かつ加熱前の超分子組織体の水との接触角の様子を示し、図10(A)と同一である。図25(B)は、光照射前かつ加熱後の超分子組織体の水との接触角の様子を示す。図10(A)を参照して説明したように、光照射前であっても、超分子組織体を構成するフラーレン構造体のフレーク構造によって良好な撥水性(接触角146.2°)を示す。しかしながら、図25(B)に示されるように、光照射していない超分子組織体を加熱すると、撥水性(接触角100.8°)が著しく低下した。これは、図18を参照して説明したように、超分子組織体を構成するフラーレン誘導体1の融点(140.3℃)を超える温度で加熱すると、フラーレン構造体を維持することができず、フレーク構造が壊れるためである。
実施例4および比較例1から、高い耐熱性の維持に、超分子組織体を構成するフラーレン誘導体1の重合が寄与していることが示された。
本発明の撥水性超分子組織体の耐薬品性および耐酸・アルカリ性と表面濡れ性との関係を調べた。試料には、実施例2において、完全に重合され安定化している、9時間光照射した、Si基板上の撥水性超分子組織体を用いた。
光照射後の撥水性超分子組織体を各種有機溶媒に浸漬させ、耐薬品性および耐酸・アルカリ性と表面濡れ性との関係を調べた。クロロホルム(CHCl3)に12時間浸漬させた撥水性超分子組織体の表面をSEMで観察した。結果を図26に示す。各種有機溶媒としてエタノール、アセトン、テトラヒドロフラン(THF)、アセトニトリル(CH3CN)、酢酸エチル(AcOEt)、クロロホルム(CHCl3)、トルエンおよびn−ヘキサン、酸・アルカリとしてpH=1の強酸水溶液およびpH=11の強アルカリ水溶液それぞれに、光照射後の撥水性超分子組織体を3分間浸漬させ、アセトンにて洗浄、乾燥後、水との接触角を測定した。結果を図27に示す。
図26は、実施例5のクロロホルムへ浸漬前後の撥水性超分子組織体のSEM像を示す図である。
図26(A)は、クロロホルムへ浸漬前の撥水性超分子組織体のSEM像を示し、図26(B)は、クロロホルムへ浸漬後の撥水性超分子組織体のSEM像を示す。また、図26(B)から、本発明の超分子組織体を、フラーレン誘導体1に対して良溶媒であるクロロホルムに長時間浸漬させてもモルフォロジに何ら影響がないことが分かった。
図27は、実施例5の撥水性超分子組織体の水との接触角の各種有機溶媒依存性を示す図である。
図27によれば、強酸性および強アルカリ性水溶液、クロロホルム、THFおよびトルエン等のフラーレン誘導体1に対する良溶媒、および、その他代表的な有機溶媒に本発明の撥水性超分子組織体を浸漬させても、その接触角は、いずれも144°以上を維持し、高い撥水性に何ら影響しないことがわかった。
<比較例2>
従来技術による超分子組織体として、特許文献2に記載の超分子組織体の耐薬品性を調べた。上式(1)において官能基Rが、−O(CH2)19CH3であり、上式(2)において(Fu)がC60であり、XがCH3である、フラーレン誘導体2を用いて、特許文献2に記載の超分子組織体を合成した。
フラーレン誘導体2を1,4−ジオキサン溶液(1mL)に溶解させ、70℃で2時間加熱し、室温まで冷却した。これにより、溶液の底部に黒茶色の析出物が生成した。実施例1の(iii)と同様の手順にて、析出物をSi基板上に層状化し、超分子組織体を合成した。
次いで、従来技術による超分子組織体に、実施例3および4と同様に光照射を行った。光照射は、25℃で150Wの低圧Hgランプを用い、9時間行った。光照射後の従来技術による超分子組織体の表面の様子をSEMにより観察した。その後、光照射後の従来技術による超分子組織体を、フラーレン誘導体2に対する良溶媒であるクロロホルムに5秒浸漬させた後、再度、超分子組織体の表面の様子をSEMにより観察した。これらの観察結果を図28に示す。
図28は、比較例2のクロロホルムへ浸漬前後の従来技術による超分子組織体のSEM像を示す図である。
図28(A)は、光照射後、かつ、クロロホルム浸漬前の従来技術による超分子組織体の表面の様子を示し、図28(B)は、光照射後、かつ、クロロホルム浸漬後の従来技術による超分子組織体の表面の様子を示す。図28(A)より、従来技術による超分子組織体を光照射しても、図26(A)に示す本発明の撥水性超分子組織体と同様のモルフォロジを示すことを確認した。一方、図28(B)によれば、超分子組織体の多くはクロロホルムに溶解し、超分子組織体のごく一部がSi基板上に残っていることを示す。
従来技術による超分子組織体を構成するフラーレン誘導体2のアルコキシ基は、重合性官能基を有さない。したがって、光照射後の従来技術による超分子組織体は、超分子組織体を構成するフラーレン誘導体2のフラーレン部位が互いに重合しているものの、アルコキシ基は互いに重合していない。このフラーレン部位の重合により、超分子組織体の一部のみがSi基板上に留まったものと考えられる。
実施例5および比較例2から、撥水性超分子組織体の高い耐環境特性は、撥水性超分子組織体を構成する、フラーレン誘導体1のフラーレン部位が互いに重合するとともに、アルコキシ基が互いに重合することによって達成されることが示された。