以下に、本発明の好ましい実施の形態を挙げて、詳細に説明する。
本発明は一般のインク及び該インクを用いた記録の全般に対して効果が発揮されるが、好ましくはインクジェット用のインクとした場合に特に顕著な効果が得られる。そこで、本発明にかかるインクを、インクジェット用インク(以下、単にインクと呼ぶこともある)として用いた場合について、以下に説明する。
尚、本発明においては、化合物が塩である場合は、インク中では塩はイオンに解離して存在しているが、便宜上、「塩を含有する」と表現する。
一般に、フタロシアニン系色材は複数の構造を有する化合物からなる混合物であり、色材としての特性は、これらの分子構造の総和に依存するものである。そこで、本発明者らは、上記した特許文献1や特許文献3に記載されたフタロシアニン系色材の特性を安定化することについて検討を行った。しかし、優れた耐環境ガス性を得ながら、耐ブロンズ性や高い発色性を両立することは困難であった。
そこで、本発明者らは、高い発色性が得られ、更に、耐環境ガス性及び耐ブロンズ性を高いレベルで両立することができるフタロシアニン系色材を含有するインクを提供することを課題として検討を行った。具体的には、高い発色性が得られ、耐環境ガス性と耐ブロンズ性を高いレベルで両立することができると考えられるフタロシアニン系色材の構造について数々の検討を行った。その結果、特定の構造を有するフタロシアニン系色材を用いることで、高い発色性が得られ、更に、耐環境ガス性及び耐ブロンズ性を高いレベルで達成できることを見出した。
本発明者らが更に検討行った結果、まず、高い発色性を得ることができる構造を有するフタロシアニン系色材の特性は、記録媒体上にかかる色材が存在するときの、非会合状態の分子の挙動に影響されることがわかった。具体的には、特定の構造を有する色材が記録媒体上に存在する場合、非会合状態に起因する波長領域においてより大きな吸収を示し、その結果、高い発色性が得られることがわかった。
更に、耐環境ガス性及び耐ブロンズ性を両立することができる、特定の構造を有するフタロシアニン系色材の特性は、分子の状態に大きく依存することがわかった。具体的には、水溶液中では、色材の特性に関して会合状態の分子の存在が支配的であるのに対して、ある種の水溶性有機溶剤が共存する場合、色材の特性に関して非会合状態の分子の寄与が増大することがわかった。
フタロシアニン系色材の会合状態及び非会合状態の挙動の指標を示す測定方法には、2つの方法がある。1つは、分光光度計を用いて吸光度を測定した際に可視域に存在する2つの極大吸収波長における吸光度の比率(一般に、短波長側のピークが会合状態に由来、長波長側のピークが非会合状態に由来する)である。もう1つは、小角X線散乱装置を用いて測定する、分子集合体の分散距離(分散距離の値が大きいほど会合が進んでいる)が挙げられる。
そこで、本発明者らは、上記した2つの測定原理に基づいて、種々の水溶性有機溶剤に対する、特定の構造を有するフタロシアニン系色材の会合状態及び非会合状態について詳細に検討した。その結果、水溶性有機溶剤の中でも特に、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)が、その色材の特徴を最も顕著に示すことを知見した。
(色材)
本発明にかかるインクは、一般式(I)で表される化合物又はその塩を含有することが必須である。下記一般式(I)で表される化合物又はその塩は、シアンの色相を有し、耐環境ガス性に優れるという特徴を持つフタロシアニン誘導体である。
一般式(I)
(一般式(I)中、Mはアルカリ金属又はアンモニウムであり、R1及びR2はそれぞれ独立に水素原子、スルホン酸基、又はカルボキシル基(但し、R1及びR2が同時に水素原子となる場合を除く)であり、Yは塩素原子、ヒドロキシル基、アミノ基、又はモノ若しくはジアルキルアミノ基であり、l、m、及びnはそれぞれ、l=0から2、m=1から3、n=1から3(但し、l+m+n=2から4)であり、銅フタロシアニンが少なくとも1つのベンゼン環の3位及び3’位の少なくとも一方に置換基を有する。)
本発明において用いる色材は、フタロシアニン骨格に、スルホン酸基(−SO3M)、無置換スルファモイル基(−SO2NH2)、及び置換スルファモイル基(一般式(III)で表される基)を選択的に導入したフタロシアニン誘導体である。本発明者らは、かかる化合物を含有するインクを用いて得られた記録物が、極めて耐環境ガス性に優れることを見出した。尚、本発明においては、一般式(I)において、l=0、即ち、フタロシアニン骨格の置換基としてスルホン酸基を有さないものであることが好ましい。更には、このとき、m+n=2〜4であることが好ましい。
一般式(III)
一般式(III)で表される置換スルファモイル基の好ましい具体例を以下に示す。勿論、本発明に用いられる置換スルファモイル基は、これらに限られるものではない。尚、(III)で表される置換スルファモイル基は、遊離酸の形で記す。
中でも、上記例示置換基1が置換した化合物、即ち、下記一般式(II)で表される化合物又はその塩が、その発色性と耐環境ガス性のバランスから最も好ましい化合物である。
一般式(II)
(一般式(II)中、Mはアルカリ金属又はアンモニウムであり、l、m、nはそれぞれ、l=0から2、m=1から3、n=1から3(但し、l+m+n=2から4)であり、銅フタロシアニンが少なくとも1つのベンゼン環の3位及び3’位の少なくとも一方に置換基を有する。)
本発明で用いる化合物は、一般式(I)で表されるように、銅フタロシアニンが少なくとも1つのベンゼン環の3位及び3’位の少なくとも一方に置換基を有し、更に4位及び4’位にも置換基を有してもよい化合物である。このため、下記表1〜3にその一部を示すように、フタロシアニン骨格に置換する置換基である無置換スルファモイル基(−SO2NH2)、及び置換スルファモイル基(一般式(III)で表される基)の数が異なる異性体が多数存在する。一般式(I)で表される化合物又はその塩はこれらの異性体の混合物であり、その異性体の数及び種類の違いにより、同一構造の化合物であっても、その特性が大きく異なることが確認されている。そして、その特性の1つに、色材の凝集性の違いが挙げられる。
一般に、フタロシアニン系色材は、その他の構造の色材(トリフェニルメタン系、アゾ系、キサンテン系等)と比較して凝集性が高い。そして、色材の凝集性を高めることで、画像の堅牢性が高くなる。その一方で、凝集性が高い色材は、インクにおける色材の凝集性も高くなる。そのため、記録媒体上に記録した際に画像品位の低下を招くブロンズ現象の発生が顕著になるという傾向がある。逆に、色材の凝集性が著しく低い場合、堅牢性、特に耐環境ガス性が低下する。
従って、一般式(I)で示される化合物又はその塩を色材として用いる場合、高い発色性が得られ、更に、ブロンズ現象の発生を抑制することができ、且つ、所望の耐環境ガス性が得られるように、色材の凝集性をコントロールすることが必要となる。
本発明の色材である、一般式(I)で表される化合物又はその塩と、前記色材と同様の骨格を有し、インクに従来から用いられている代表的な色材である、C.I.ダイレクトブルー199や、C.I.ダイレクトブルー86等と比較すると以下のことが言える。前者はフタロシアニン骨格に置換する置換基の分子量が大きく、更に、色材全体の分子量も大きいため、後者と比較して、同一質量%当たりの発色効率が低下する。このため、従来の色材を含有するインクと同程度の発色性を得るためには、インク中における色材濃度を高く設定する必要がある。特に、発色性が低い普通紙等に記録する場合に、従来の色材を含有するインクと同程度の発色性を得るためには、色材の含有量(質量%)が、インク全質量を基準として3.0質量%以上であることが好ましい。尚、記録ヘッドにおけるインク吐出口の目詰まりを防止する等の信頼性を十分満たすためには、含有量が10.0質量%以下であることが好ましい。
上述の知見に基づき、一般式(I)で表される化合物又はその塩の凝集性に着目して、本発明者らは鋭意検討を行った。その結果、一般式(I)で表される化合物又はその塩である色材を用いることで、高い発色性が得られることを知見した。更には、置換基の種類を変化させることで色材の凝集性をコントロールし、ブロンズ現象の発生を抑制することができ、且つ、耐環境ガス性を高める方法を知見し、本発明を為すに至った。
〔色材の凝集性の測定:極大吸収波長〕
本発明で用いる色材の凝集性の測定方法の1つについて以下に述べる。インクを90質量%のN,N−ジメチルホルミアミド(DMF)水溶液を用いて質量基準で2000倍に希釈した液体の吸光度を測定した際に、可視域(380nm以上780nm以下)に存在する2つの極大吸収波長における吸光度を測定する。そして、得られた吸光度の比率が、その色材の凝集性の特性を最も顕著に表すことを知見した。
分光光度計を用いて吸光度を測定した際に可視域に存在する2つの極大吸収波長は、580nm以上640nm以下の範囲及び650nm以上700nm以下の範囲にそれぞれ存在する。一般に、580nm以上640nm以下の範囲のピークがフタロシアニン系色材の会合(凝集)状態に由来し、650nm以上700nm以下の範囲のピークがフタロシアニン系色材の非会合(非凝集)状態に由来すると言われている。そして、これらの極大吸収波長は、フタロシアニン系色材の置換基の数、種類、及び置換位置によって変化することが知られている。又、複数の置換基を有する場合には、それらの比率によってもこれらの極大吸収波長が変化することが知られている。
これらの極大吸収波長は、色材が存在する環境、特には色材を溶解する媒体によってその状態が大きく変化する。以下、このことを、グラフを用いて説明する。図14はフタロシアニン系色材の水溶液の吸収スペクトルを示すグラフである。又、図15はフタロシアニン系色材を、N,N−ジメチルホルミアミドを主とした溶媒に溶解した液体の吸収スペクトルを示すグラフである。
図14に示すように、フタロシアニン系色材を水に溶解した場合、会合状態に由来する580nm以上640nm以下の範囲には明確に吸収が存在し、非会合状態に由来する650nm以上700nm以下の範囲では極大吸収が明確には存在しない。一方、図15に示すように、フタロシアニン系色材をN,N−ジメチルホルミアミドを主とした溶媒に溶解すると、580nm以上640nm以下の範囲及び650nm以上700nm以下の範囲のそれぞれに明確に吸収が存在することがわかった。
そこで、580nm以上640nm以下の範囲に存在する極大吸収波長(会合ピーク)の吸光度の値を吸光度A、及び、650nm以上700nm以下の範囲に存在する極大吸収波長(非会合ピーク)の吸光度の値を吸光度Bとする。このとき、B/Aの値を求めると、このB/A値とフタロシアニン系色材の耐環境ガス性(後述の実施例における残存濃度率)との間に、図16に示すような相関があることがわかった。かかる知見に基づき、耐環境ガス性及び耐ブロンズ性をバランスよく両立することができるフタロシアニン系色材の特性を、B/A値により適切に規定できるという発想に基づいて本発明者らが検討を行った結果、本発明が完成したものである。
本発明においては、580nm以上640nm以下の範囲に存在する極大吸収波長の吸光度A、650nm以上700nm以下の範囲に存在する極大吸収波長の吸光度Bとする。そして、A及びBの比率であるB/A値が0.75以上0.90以下である場合、耐環境ガス性、ブロンズ現象の抑制、及び発色性を共に高いレベルとすることができる。更には、B/A値が0.75以上0.85以下であることが特に好ましい。尚、本発明のB/A値は、小数点以下第3位を四捨五入して得られる値である。
吸光度の測定条件は以下に示す通りである。
・分光光度計:自記分光光度計(商品名:U−3300;日立製作所製)
・測定セル:1cm 石英セル
・測定範囲:200nm以上800nm以下
・サンプリング間隔:0.5nm
・スキャン速度:300nm/min
・測定回数:1回測定。
尚、分光光度計で吸光度を測定する際には、90質量の%N,N−ジメチルホルミアミド水溶液を用いてインクを希釈して、色材濃度を1.5×10−3質量%とした液体を用いることがより好ましい。更には、色材濃度を2.0×10−3質量%とした液体を用いることが特に好ましい。又、本発明においては、前記吸光度A及び前記吸光度Bが、共に1以下である場合、より精度良く色材を判定することができるため、特に好ましい。
〔色材の凝集性の測定:小角X線散乱法〕
本発明者らは、色材として一般式(I)で示される化合物又はその塩を用いる場合、ブロンズ現象の発生を抑制することができ、且つ、所望の耐環境ガス性が得られるような、色材の凝集性の別の測定方法を見出した。
具体的には、小角X線散乱法により得られた、色材3.0質量%、N,N−ジメチルホルムアミド50質量%、水47.0質量%を含有する液体を調製する。そして、かかる液体における分子集合体の分散距離の分布の75%を占める分散距離d75値が、5.60nm以上6.10nm以下であるインクを用いることである。
本発明で用いる色材の凝集性の別の測定方法には、小角X線散乱法が適用できる。
小角X線散乱法は、コロイド溶液におけるコロイド粒子間の距離を算出するのに汎用に用いられてきた手法である。この手法については、「最新コロイド化学」(講談社サイエンティフィック 北原文雄、古澤邦夫)及び「表面状態とコロイド状態」(東京化学同人 中垣正幸)等に記載されている。
小角X線散乱装置の概要を、小角X線散乱法の測定原理図である図1を用いて説明する。X線源より発生したX線は、第1〜第3スリットを通る間に、数mm以下の程度まで焦点サイズを絞られ、試料溶液に照射される。試料溶液に照射されたX線は、試料溶液中の粒子によって散乱された後、イメージングプレート上で検出される。散乱したX線は、その光路差の違いによって干渉が起こるため、得られたθ値を用いて、粒子間の距離d値は、Braggの式(下記式(1))によって求められる。尚、ここで求められるd値は、一定間隔で配列している粒子の中心から中心までの距離と考えられる。
(式(1)中、λはX線の波長、dは粒子間の距離、θは散乱角である。)
一般に、溶液中の粒子が規則正しく配列していない場合、散乱角プロファイルにはピークが発生しない。本発明で用いるフタロシアニン系色材の水溶液の場合、2θ=0°〜5°の範囲に最大値を持つ強いピークが検出され、フタロシアニン系色材分子の凝集により形成される粒子(分子集合体)が、ある一定の規則で配列していることが確認できる。図2に、下記構造式(1)で表される構造を有するトリフェニルメタン系色材、及び一般式(I)で表される構造を有するフタロシアニン系色材、それぞれの10質量%水溶液における散乱角プロファイルを示す。図2より、同じシアンの色相を有する色材においても、フタロシアニン系色材は特異的に散乱角ピークを有することがわかる。つまり、フタロシアニン系色材の場合、水溶液中ではフタロシアニン分子がいくつか凝集して分子集合体を形成する。そして、分子集合体間の距離は、散乱角プロファイルで示されるような一定の分布を有する。
構造式(1)
図3は、フタロシアニン系色材の分子集合体の分散距離の概念図である。図3に示すように、あるフタロシアニン系色材の分子集合体の半径をr1、分子集合体間の距離をd1とする。フタロシアニン系色材の構造が同一であるならばd1は常に一定である、と仮定すると、フタロシアニン系色材が形成する分子集合体の半径がr1→r2と大きくなるのに従って、小角X線散乱法から測定されたd値もd2→d3へと大きくなると考えられる。そのため、前記方法で測定されるd値は、フタロシアニン系色材の分子集合体の大きさを表す指数であると考えられ、d値が大きいほど、色材分子が形成する分子集合体の大きさが大きくなっていると考えられる。
フタロシアニン系色材を含有するインクにおけるd値とブロンズ現象の関係を調べたところ、同一の構造式で示されるフタロシアニン系色材の場合には、d値が大きいほどブロンズ現象が発生しやすい傾向があることがわかった。記録媒体上での色材分子の集合によってブロンズ現象が発生することを考慮すると、d値と分子集合体の大きさに関係があることを裏付ける結果となった。
散乱角プロファイルにおけるピーク形状は、分子集合体間の距離の分布、即ち、分子集合体の分散距離の分布を示している。上記で述べたように、この分散距離が分子集合体の大きさを表す指数であることを考えると、かかる散乱角プロファイルは、溶液中における分子集合体の大きさの分布を示していると考えることができる。つまり、散乱角プロファイルのピーク面積を、溶液中の分子集合体全体の大きさとすれば、d値が大きい、即ち、大きい分子集合体の頻度が高いほど、ブロンズ現象が発生しやすい傾向がある。従って、ブロンズ現象が発生しやすい、大きな分子集合体の頻度を減少させることで、ブロンズ現象の発生を抑制することができると考えられる。但し、著しく小さい分子集合体のみを含有するインクの場合、ブロンズ現象は発生しにくくなるものの、その耐環境ガス性も低下してしまう。このため、ブロンズ現象の発生を抑制することができ、且つ、耐環境ガス性を得るという観点からも、分子集合体の大きさ(d値の大きさ)を的確にコントロールすることが必要となる。
一般に、色材分子の大きさがある頻度で分布を持つ場合、人間が目視で認識できる視覚限界のしきい値は、その全体の1/4とされている。ブロンズ現象が発生しやすい大きな分子集合体が全体の1/4以下となる点、言い換えれば、ブロンズ現象が発生しにくい小さな分子集合体が全体の3/4以上となる点のd値をd75値とする。このとき、d75値を特定の範囲にコントロールすることで、ブロンズ現象の発生が抑制され、高い耐環境ガス性を有するインクを得ることが可能となる。
実際に散乱角プロファイルにおける2θ値のピークから算出したdpeak値と上述のd75値とブロンズ現象の発生レベルの相関性を調査した。その結果、dpeak値よりも、分子集合体全体の大きさの分布因子を考慮したd75値の方がブロンズ現象との相関性が高いことが判明した。尚、2θ値を求める際のベースラインは0.5°〜5°の範囲で引く。
そこで、本発明者らは、フタロシアニン系色材である一般式(I)で表される化合物又はその塩において、置換基の数、種類、及び置換位置を変化させた化合物、即ち、凝集性をコントロールした色材を用いて以下の実験を行った。色材3.0質量%、N,N−ジメチルホルムアミド50.0質量%、及び純水47.0質量%を含有する液体を調製し、該液体の散乱角プロファイルを測定し、d75値を算出した。次に、得られたd75値から、それぞれの色材の凝集性を評価した。その結果、前記d75値が、5.60nm以上6.10nm以下である場合に、ブロンズ現象の発生が効果的に抑制され、高い耐環境ガス性を有するインクとなることわかった。更には、前記d75値が、5.65nm以上5.90nm以下である場合に、ブロンズ現象の発生が特に効果的に抑制され、高い耐環境ガス性を有することがわかった。つまり、一般式(I)で表される化合物又はその塩を含有するインクにおいて、以下のことがわかった。即ち、インクのd75値が上記範囲を取るように色材の凝集性がコントロールされている場合、良好な発色性を得るために色材濃度が高く設定されていたとしても、ブロンズ現象の発生が抑制され、且つ、高い耐環境ガス性を有することが見出された。
尚、小角X線散乱法によりd値を測定する場合は、溶液中の分子密度を一定にする必要がある。このため、色材濃度を一定にした溶液でd値を測定することが好ましい。本発明においては、色材の含有量(質量%)が液体全質量を基準として3.0質量%となるように、N,N−ジメチルホルムアミドと純水を用いて調整した液体を用いて散乱角プロファイルの測定を行った。
(吸収スペクトルにおける最大吸収波長)
又、上記で述べた2種の方法により測定される色材の凝集性は、吸収スペクトルにおける最大吸収波長(λmax)とも相関性がある。色材の凝集性が高い(B/A値が小さい)インクほど、最大吸収波長が短波長側に存在する傾向がある。従って、B/A値に相関する最大吸収波長を用いて、色材の凝集性を評価することもできる。この場合、水を用いて質量基準で2000倍に希釈したインクにおける最大吸収波長が、608.5nm以上612.0nm未満の範囲に存在する場合、ブロンズ現象の発生が効果的に抑制され、高い耐環境ガス性を有するインクとなることがわかった。(実用上は、最大吸収波長が608.0nm以上612.0nm未満に最大吸収波長が存在すればよい。)更には、前記最大吸収波長が、609.0nm以上612.0nm未満の範囲に存在する場合、ブロンズ現象の発生が特に効果的に抑制され、特に高い耐環境ガス性を有するインクとなることがわかった。つまり、一般式(I)で表される化合物又はその塩を含有するインクにおいて、インクの最大吸収波長が上記範囲を取るように色材の凝集性をコントロールする。このことで、良好な発色性を得るために色材濃度が高く設定されていたとしても、ブロンズ現象の発生が抑制され、且つ、高い耐環境ガス性を有することが見出された。
最大吸収波長の測定条件は以下に示す通りである。
・分光光度計:自記分光光度計(商品名:U−3300;日立製作所製)
・測定セル:1cm 石英セル
・サンプリング間隔:0.1nm
・スキャン速度:30nm/min
・測定回数:5回測定平均
尚、最大吸収波長を測定する際には、水を用いてインクを希釈して、色材濃度を1.5×10−3質量%とした液体を用いることがより好ましい。更には、色材濃度を2.0×10−3質量%とした液体を用いることが特に好ましい。
(水性媒体)
本発明のインクは、水、又は水及び水溶性有機溶剤の混合溶媒である水性媒体を用いることができる。水溶性有機溶剤は、水溶性であれば特に制限はなく、以下に挙げるようなものを用いることができる。これらの水溶性有機溶剤は、1種又は2種以上で用いることができる。インク中の水溶性有機溶剤の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、5.0質量%以上90.0質量%以下、更には10.0質量%以上50.0質量%以下であることが好ましい。含有量が5.0質量%より少ない場合、インクジェット用インクとして用いると、吐出性等の信頼性が悪化する場合がある。又、含有量が90.0質量%より多い場合、インクの粘度が上昇して、インクの供給不良が起きる場合がある。
エタノール、イソプロパノール、n−ブタノール、イソブタノール、第二ブタノール、第三ブタノール等の炭素数1〜4のアルキルアルコール。N,N−ジメチルホルムアミド又はN,N−ジメチルアセトアミド等のカルボン酸アミド。アセトン、メチルエチルケトン、2−メチル−2−ヒドロキシペンタン−4−オン等のケトン又はケトアルコール。テトラヒドロフラン、ジオキサン等の環状エーテル。グリセリン、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコール、1,2−又は1,3−プロピレングリコール、1,2−又は1,4−ブチレングリコール、ポリエチレングリコール等。又、1,3−ブタンジオール、1,5−ペンタンジオール、1,2−ヘキサンジオール、1,6−ヘキサンジオール等。又、ジチオグリコール、2−メチル−1,3−プロパンジオール、1,2,6−ヘキサントリオール、アセチレングリコール誘導体、トリメチロールプロパン等の多価アルコール類。エチレングリコールモノメチル(又はエチル)エーテル、ジエチレングリコールモノメチル(又はエチル)エーテル、トリエチレングリコールモノエチル(又はブチル)エーテル等の多価アルコールのアルキルエーテル類。2−ピロリドン、N−メチル−2−ピロリドン、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン、N−メチルモルホリン等の複素環類。ジメチルスルホキシド等の含硫黄化合物。尿素及び尿素誘導体等。
本発明においては、上記した水溶性有機溶剤の中でも、2−ピロリドン、ポリエチレングリコール(平均分子量200以上)、トリエチレングリコールモノエチルエーテル等の多価アルコールのアルキルエーテル類を用いることが好ましい。これは、一般式(I)で表される化合物又はその塩とこれらの水溶性有機溶剤を組み合わせて用いることで、ブロンズ現象の発生を抑制する効果が得られるためである。特に、2−ピロリドンは、一般式(I)で表される化合物又はその塩と組み合わせて用いることで、ブロンズ現象の発生を特に効果的に抑制する効果があるため、特に好ましい。
これら特定の水溶性有機溶剤が、ブロンズ現象の発生を抑制することができるメカニズムは明確には明らかではないが、以下のように推測される。インクの小角X線散乱法によるd75値は、インク中におけるこれら特定の水溶性有機溶剤の有無によっては変化しない。このことから、これら特定の水溶性有機溶剤は、インク中での色材の凝集性を変化させるわけではなく、記録媒体上において、色材の分子集合体どうしの凝集を抑制することができるためであると考えられる。尚、これら特定の水溶性有機溶剤を含有するインクとすることにより上記した効果を得るためには、インク中のこれら特定の水溶性有機溶剤の含有量(質量%)が、色材の含有量(質量%)に対して50.0質量%以上であることが好ましい。特には、インク中の2−ピロリドンの含有量(質量%)が、色材の含有量(質量%)に対して50.0質量%以上であることが好ましい。
又、水は脱イオン水(イオン交換水)を用いることが好ましい。インク中の水の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、10.0質量%以上90.0質量%以下であることが好ましい。
(その他の添加剤)
更に、本発明にかかるインクは、必要に応じて、界面活性剤、pH調整剤、防錆剤、防腐剤、防カビ剤、キレート化剤、防錆剤、紫外線吸収剤、粘度調整剤、消泡剤、及び水溶性ポリマー等の種々の添加剤を含有してもよい。
界面活性剤の具体例は、アニオン界面活性剤、両性界面活性剤、カチオン界面活性剤、ノニオン界面活性剤等が挙げられる。
アニオン界面活性剤の具体例は、以下のものが挙げられる。アルキルスリホカルボン酸塩、α−オレフィンスルホン酸塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテル酢酸塩、N−アシルアミノ酸及びその塩。N−アシルメチルタウリン塩、アルキル硫酸塩ポリオキシアルキルエーテル硫酸塩、アルキル硫酸塩ポリオキシエチレンアルキルエーテル燐酸塩。ロジン酸石鹸、ヒマシ油硫酸エステル塩、ラウリルアルコール硫酸エステル塩、アルキルフェノール型燐酸エステル、アルキル型燐酸エステル。アルキルアリルスルホン塩酸、ジエチルスルホ琥珀酸塩、ジエチルヘキシルスルホ琥珀酸ジオクチルスルホ琥珀酸塩等。
カチオン界面活性剤の具体例は、以下のものが挙げられる。2−ビニルピリジン誘導体、ポリ4−ビニルピリジン誘導体等。
両性界面活性剤の具体例は、以下のものが挙げられる。ラウリルジメチルアミノ酢酸ベタイン、2−アルキル−N−カルボキシメチル−N−ヒドロキシエチルイミダゾリニウムベタイン、ヤシ油脂肪酸アミドプロピルジメチルアミノ酢酸ベタイン、ポリオクチルポリアミノエチルグリシン、その他イミダゾリン誘導体等。
ノニオン界面活性剤の具体例は、以下のものが挙げられる。ポリオキシエチレンノニルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンドデシルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンラウリルエーテル。ポリオキシエチレンオレイルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシアリルキルアルキルエーテル等のエーテル系。ポリオキシエチレンオレイン酸、ポリオキシエチレンオレイン酸エステル、ポリオキシエチレンジステアリン酸エステル、ソルビタンラウレート、ソルビタンモノステアレート。ソルビタンモノオレエート、ソルビタンセスキオレート、ポリオキシエチレンモノオレエート、ポリオキシエチレンステアレート等のエステル系。2,4,7,9−テトラメチル−5−デシン−4,7−ジオール、3,6−ジメチル−4−オクチン−3,6−ジオール、3,5−ジメチル−1−ヘキシン−3−オール等のアセチレングリコール系。例えば、川研ファインケミカル製アセチレノールEH、日信化学製サーフィノール104、82、465、オルフィンSTG等。
pH調整剤は、インクのpHを6.0〜11.0の範囲に制御できるものが好ましい。具体的には、例えば、以下のものが挙げられる。ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、イソプロパノールアミン、トリスヒドロキシメチルアミノメタン等のアルコールアミン化合物等。水酸化リチウム、水酸化カリウム等のアルカリ金属の水酸化物等。水酸化アンモニウム。炭酸リチウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム等のアルカリ金属の炭酸塩等。中でも、ブロンズ現象の発生を抑制する効果があるため、アルコールアミン化合物やアルカリ金属の炭酸塩を用いることが好ましい。アルコールアミン化合物の具体例は、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、イソプロパノールアミン、トリスヒドロキシメチルアミノメタン等が挙げられる。又、アルカリ金属の炭酸塩の具体例は、炭酸リチウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム等が挙げられる。
防腐剤・防カビ剤の具体例は、以下のものが挙げられる。有機硫黄系、有機窒素硫黄系、有機ハロゲン系、ハロアリルスルホン系、ヨードプロパギル系、N−ハロアルキルチオ系、ベンツチアゾール系、ニトチリル系、ピリジン系、8−オキシキノリン系、ベンゾチアゾール系、イソチアゾリン系、ジチオール系。又、ピリジンオキシド系、ニトロプロパン系、有機スズ系、フェノール系、第4アンモニウム塩系、トリアジン系、チアジアジン系、アニリド系、アダマンタン系、ジチオカーバメイト系、ブロム化インダノン系、ベンジルブロムアセテート系、無機塩系等。
有機ハロゲン系化合物は、例えば、以下のものが挙げられる。ペンタクロロフェノールナトリウム等。2−ピリジンチオール−1オキサイドナトリウム等のピリジンオキシド系化合物。無水酢酸ソーダ等の無機塩系化合物。
イソチアゾリン化合物は、例えば、以下のものが挙げられる。1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン、2−n−オクチル−4−イソチアゾリン−3−オン、5−クロロ−2−メチル−4−イソチアゾリン−3−オン。5−クロロ−2−メチル−4−イソチアゾリン−3−オンマグネシウムクロライド、5−クロロ−2−メチル−4−イソチアゾリン−3−オンカルシウムクロライド等。
その他の防腐剤・防カビ剤の具体例として、ソルビン酸ソーダ安息香酸ナトリウム等、例えば、アベシア製プロキセルGXL(S)、プロキセルXL−2(S)等が挙げられる。
キレート化剤は、例えば、以下のものが挙げられる。クエン酸ナトリウム、エチレンジアミン四酢酸ナトリウム、二ニトロ三酢酸ナトリウム、ヒドロキシエチルエチレンジアミン三酢酸ナトリウム、ジエチレントリアミン五酢酸ナトリウム、ウラミル二酢酸ナトリウム等。
防錆剤は、例えば、以下のものが挙げられる。酸性亜硫酸塩、チオ硫酸ナトリウム、チオグリコール酸アンモニウム、ジイソプロピルアンモニウムナイトライト、四硝酸ペンタエリスリトール、ジシクロヘキシルアンモニウムナイトライト等。
紫外線吸収剤は、例えば、以下のものが挙げられる。ベンゾフェノン系化合物、ベンゾトリアゾール系化合物、桂皮酸系化合物、トリアジン系化合物、スチルベン系化合物等。又、ベンズオキサゾール系化合物に代表される、紫外線を吸収して蛍光を発する化合物、所謂蛍光増白剤も用いることができる。
粘度調整剤は、水溶性有機溶剤の他に水溶性高分子化合物が挙げられる。例えば、ポリビニルアルコール、セルロース誘導体、ポリアミン、ポリイミン等を用いることができる。
消泡剤は、フッ素系化合物、シリコーン系化合物を用いることができる。
<記録媒体>
本発明にかかるインクを用いて画像を形成する際に用いる記録媒体は、インクを付与して記録を行う記録媒体であれば何れのものでも用いることができる。特には、色材をインク受容層内の多孔質構造を形成する微粒子に吸着させて、少なくともこの吸着した微粒子で画像が形成される、インクジェット用の記録媒体を用いることが好ましい。このような記録媒体は、支持体上のインク受容層に形成された空隙によりインクを吸収する所謂吸収タイプであることが好ましい。
吸収タイプのインク受容層は、微粒子を主体とし、必要に応じて、バインダーやその他の添加剤を含有する多孔質層として構成される。これらの構成成分は1種又は2種以上を用いることができる。
微粒子の具体例は、以下のものが挙げられる。シリカ、クレー、タルク、炭酸カルシウム、カオリン、アルミナ又はアルミナ水和物等の酸化アルミニウム、珪藻土、酸化チタン、ハイドロタルサイト、酸化亜鉛等の無機顔料や尿素ホルマリン樹脂、エチレン樹脂、スチレン樹脂等の有機顔料。
バインダーは水溶性高分子やラテックスを用いることができ、具体例は、以下のものが挙げられる。ポリビニルアルコール又はその変性体、澱粉又はその変性体、ゼラチン又はその変性体、アラビアゴム等。カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース等のセルロース誘導体等。SBRラテックス、NBRラテックス、メチルメタクリレート−ブタジエン共重合体ラテックス、官能基変性重合体ラテックス、エチレン酢酸ビニル共重合体等のビニル系共重合体ラテックス等。ポリビニルピロリドン、無水マレイン酸又はその共重合体、アクリル酸エステル共重合体等。
添加剤は、必要に応じて用いることができ、具体例は、以下のものが挙げられる。分散剤、増粘剤、pH調整剤、潤滑剤、流動性変性剤、界面活性剤、消泡剤、離型剤、蛍光増白剤、紫外線吸収剤、酸化防止剤等。
特に、本発明においては、平均粒子径が1μm以下である微粒子を主体として形成されたインク受容層を有する記録媒体を用いることが好ましい。前記微粒子の具体例は、シリカ微粒子や酸化アルミニウム微粒子等が挙げられる。シリカ微粒子は、コロイダルシリカに代表されるシリカ微粒子を用いることが好ましい。コロイダルシリカは市場より入手可能であるが、特には、例えば特許第2803134号、同2881847号公報に掲載されたものが好ましい。又、酸化アルミニウム微粒子は、アルミナ水和物等を用いることが好ましい。このようなアルミナ系顔料の一つとして下記式により表されるアルミナ水和物を挙げることができる。
Al2O3−n(OH)2n・mH2O
(上記式中、nは1、2、又は3の整数の何れかであり、mは0〜10、好ましくは0〜5である。但し、m及びnは同時には0にはならない。mH2Oは、多くの場合mH2O結晶格子の形成に関与しない脱離可能な水相をも表すものであるため、mは整数又は整数でない値を取ることもできる。又、この種の材料を加熱するとmは0に達することがありうる。)
アルミナ水和物は、米国特許第4,242,271号、米国特許第4,202,870号に記載のアルミニウムアルコキシドの加水分解、アルミン酸ナトリウムの加水分解等、公知の方法で製造することができる。又、特公昭57−44605号公報に記載のアルミン酸ナトリウム等の水溶液に硫酸ナトリウム、塩化アルミニウム等の水溶液を加えて中和を行う方法等、公知の方法で製造することができる。
記録媒体は上記したインク受容層を支持するための支持体を有することが好ましい。支持体は、インク受容層が、上記多孔質の微粒子で形成することが可能であって、且つインクジェット記録装置等の搬送機構によって搬送可能な剛度を与えるものであれば、特に制限はなく何れのものも用いることができる。具体的には、例えば、以下のものが挙げられる。天然セルロース繊維を主体としたパルプ原料で構成される支持体、ポリエチレンテレフタラート等のポリエステル、セルローストリアセテート、ポリカーボネート、ポリ塩化ビニル、ポリプロピレン、ポリイミド等で構成される支持体が挙げられる。又、支持体の少なくとも一方の面に、白色顔料等を添加したポリオレフィン樹脂の被覆層を有する樹脂被覆紙(例えば、RCペーパー)を用いても良い。
<インクジェット記録方法>
本発明にかかるインクは、インクをインクジェット方法で吐出する工程を有するインクジェット記録方法に用いることが好ましい。インクジェット記録方法は、インクに力学的エネルギーを作用させることでインクを吐出する記録方法、及びインクに熱エネルギーを作用することでインクを吐出する記録方法等がある。特に、本発明においては、熱エネルギーを利用するインクジェット記録方法を好ましく用いることができる。
<インクカートリッジ>
本発明にかかるインクを用いて記録を行う際には、インクを収容するインク収容部を備えたインクカートリッジを用いることができる。以下にインクカートリッジの具体例を示す。
図10は、インクカートリッジである液体収容容器の概略説明図である。図10において、液体収容容器は、負圧発生部材収容室134及び液体収容室136を仕切壁138で仕切る構造を有する。負圧発生部材収容室134は、上部で大気連通口112を介して大気に連通し、下部でインク供給口に連通して、内部に負圧発生部材を収容する。液体収容室136は、液体のインクを収容し、実質的に密閉されてなる。負圧発生部材収容室134及び液体収容室136は、液体収容容器の底部付近で仕切壁138に形成された連通孔140、及び液体供給動作時に液体収容室への大気の導入を促進するための大気導入溝(大気導入路)150を介してのみ連通する。負圧発生部材収容室134を形成する液体収容容器の上壁には、内部に突出する形態で複数個のリブが一体に成形され、負圧発生部材収容室134に圧縮状態で収容される負圧発生部材と当接する。このリブにより、上壁と負圧発生部材の上面との間にエアバッファ室が形成されている。又、液体供給口114を備えたインク供給筒には、負圧発生部材より毛管力が高く、且つ物理的強度が大きい圧接体146が設けられており、負圧発生部材と圧接している。
負圧発生部材収容室134内には、負圧発生部材として、ポリエチレン等のオレフィン系樹脂の繊維からなる第一の負圧発生部材132B及び第二の負圧発生部材132A、の2つの毛管力発生型負圧発生部材を収容している。132Cはこの2つの負圧発生部材の境界層であり、境界層132Cの仕切壁138との交差部分は、連通部を下方にした液体収容容器の使用時の姿勢において大気導入溝(大気導入路)150の上端部より上方に存在している。又、負圧発生部材内に収容されるインクは、インクの液面Lで示されるように、上記境界層132Cよりも上方まで存在している。ここで、第一の負圧発生部材132Bと第二の負圧発生部材132Aの境界層は圧接しており、負圧発生部材の境界層近傍は他の部位と比較して圧縮率が高く、毛管力が強い状態となっている。即ち、第一の負圧発生部材132Bの毛管力をP1、第二の負圧発生部材132Aの毛管力をP2、負圧発生部材同士の界面の持つ毛管力をPSとすると、P2<P1<PSとなっている。
図11は、別のインクカートリッジである液体収容容器の概略説明図である。図11に示す形態の液体収容容器は、イエロー(Y)、マゼンタ(M)、シアン(C)の3色のインクを収容する容器41と、容器41を覆う蓋部材42とを有する。容器41の内部は、3色のインクを収容するために、互いに平行に配置された2つの仕切板411及び412により、容量がほぼ等しい3つの空間に仕切られる。これら3つの空間は、互いにインクカートリッジホルダへインクカートリッジを装着する際のインクカートリッジの挿入方向に沿って並んでいる。又、これらの各空間にそれぞれ、イエローのインクを吸収して保持するインク吸収体44Y、マゼンタのインクを吸収して保持するインク吸収体44M、及びシアンのインクを吸収して保持するインク吸収体44Cが収容されている。又、負圧発生部材であるインク吸収体44Y、44M、44C内に収容されているインクは、インクの液面Lで示されるように、それぞれのインク吸収体の上部まで存在している。
本発明にかかるインクを用いて記録を行う際には、記録ヘッドと一体構成になっているインクカートリッジを用いることもできる。又、本発明においては、インクセットを構成する各インクの各液室からの蒸発量の差が、実質的に等しいインクカートリッジを好ましく用いることができる。インクセットを構成する各インクの各液室からの蒸発量の差が、実質的に等しいとは、例えば、各液室に水を含有させて各液室からの蒸発速度を測定した場合に、蒸発速度の差が1%程度以下となることをいう。
図12は、本発明に用いることができる記録ヘッドの分解図である。図12に示される記録ヘッドは、インクカートリッジ一体構成となっている。記録ヘッド1001は、インクジェット記録装置に載置されているキャリッジの位置決め手段及び電気的接点によって支持固定されると共に、キャリッジに対して着脱可能となっており、搭載したインクが消費されると交換される。
記録ヘッド1001はインクを吐出するためのもので、記録素子基板1100、電気配線テープ1300、インク供給保持部材1400、インク吸収体1500、蓋部材1600から構成されている。記録素子基板1100はインク供給口が並列して形成されている。電気配線テープ1300はインクを吐出するための電気信号を印加する電気信号経路を形成する。インク供給保持部材1400は樹脂成形により形成されている。インク吸収体1500はインクを保持するための負圧を発生する。
インク供給保持部材1400は、インクカートリッジの機能とインク供給機能とを有する。インク供給保持部材1400は、内部にシアン、マゼンタ、イエローのインクを保持するための負圧を発生する吸収体1500を保持するための空間を有し、又、記録素子基板1100のインク供給口にインクを導くための独立したインク流路を形成してなる。インク流路の下流部には、記録素子基板1100にインクを供給するためのインク供給口1200が形成されてなる。そして、記録素子基板1100のインク供給口がインク供給保持部材1400のインク供給口1200に連通するよう、記録素子基板1100がインク供給保持部材1400に対して固定される。又、インク供給口1200付近周囲の平面には、電気配線テープ1300の一部の裏面が固定される。蓋部材1600は、インク供給保持部材1400の上部開口部に溶着されることで、インク供給保持部材1400内部の空間を閉塞するものである。蓋部材1600は記録ヘッドをインクジェット記録装置に固定するための係合部1700を有している。
図13は、本発明に用いることができる別の一例の記録ヘッドの分解図である。図13の記録ヘッドは、図12の場合と同様に、インクカートリッジ一体構成となっている。記録ヘッド1001は、異なる複数の色のインク(例えば、シアンインク、マゼンタインク、イエローインク)を搭載することができ、搭載したインクが消費されると交換される。
記録ヘッド1001は異なる複数の色のインク(例えば、シアンインク、マゼンタインク、イエローインク)を吐出するためのものである。そして、シアン、マゼンタ、イエロー用のインク供給口が並列して形成された記録素子基板1100等から構成されている。インク供給保持部材1400は、インクカートリッジの機能とインク供給機能とを有する。インク供給保持部材1400は、内部にシアン、マゼンタ、イエローのインクを保持するための負圧を発生する吸収体1501、1502、1503をそれぞれ独立して保持するための空間を有する。又、インク供給保持部材1400は、記録素子基板1100のインク供給口にそれぞれのインクを導くための独立したインク流路を形成してなる。
<記録ユニット>
本発明にかかるインクは、これらのインクを収容するインク収容部と、記録ヘッドとを備えた記録ユニットに用いることが好ましい。特に、前記記録ヘッドが、記録信号に対応した熱エネルギーをインクに作用させ、前記熱エネルギーによりインクを吐出する記録ユニットを好ましく用いることができる。
<インクジェット記録装置>
本発明にかかるインクは、インクを収容するインク収容部を有する記録ヘッドの内部のインクに、記録信号に対応した熱エネルギーを作用させ、前記熱エネルギーによりインクを吐出するインクジェット記録装置に用いることが特に好ましい。
以下に、インクジェット記録装置の機構部の概略構成を説明する。インクジェット記録装置は、各機構の役割から、給紙部、用紙搬送部、キャリッジ部、排紙部、クリーニング部及びこれらを保護し、意匠性を持たす外装部から構成される。以下、これらの概略を説明する。
図4は、インクジェット記録装置の斜視図である。又、図5及び図6は、インクジェット記録装置の内部機構を説明するための図であり、図5は右上部からの斜視図、図6はインクジェット記録装置の側断面図をそれぞれ示したものである。
給紙を行う際には、まず給紙トレイM2060を含む給紙部において所定枚数の記録媒体が給紙ローラM2080と分離ローラM2041から構成されるニップ部に送られる。この記録媒体はニップ部で分離され、最上位の記録媒体のみが搬送される。用紙搬送部に送られた記録媒体は、ピンチローラホルダM3000及びペーパーガイドフラッパーM3030に案内されて、搬送ローラM3060とピンチローラM3070とのローラ対に送られる。搬送ローラM3060とピンチローラM3070とからなるローラ対は、LFモータE0002の駆動により回転され、この回転により記録媒体がプラテンM3040上を搬送される。
記録媒体に記録を行う際には、キャリッジ部が記録ヘッドH1001(図7)を目的の記録位置に配置させ、電気基板E0014からの信号に従って、記録媒体にインクを吐出する。記録ヘッドH1001についての詳細な構成は後述する。記録ヘッドH1001により記録を行いながらキャリッジM4000が列方向に走査する主走査と、搬送ローラM3060により記録媒体を行方向に搬送する副走査とを交互に繰り返すことにより、記録媒体に記録を行う。
記録が行われた記録媒体は、排紙部で第1の排紙ローラM3110と拍車M3120とのニップに挟まれ、搬送されて排紙トレイM3160に排出される。
クリーニング部では、記録前後の記録ヘッドH1001をクリーニングするために、以下の動作が行われる。キャップM5010を記録ヘッドH1001のインク吐出口に密着させた状態で、ポンプM5000を作用させると、記録ヘッドH1001から不要なインク等が吸引される。又、キャップM5010を開けた状態で、キャップM5010に残っているインクを吸引することにより、残インクによる固着やその後の弊害が起こらないように配慮されている。
<記録ヘッド>
ヘッドカートリッジH1000の構成について説明する。ヘッドカートリッジH1000は、記録ヘッドH1001とインクカートリッジH1900を搭載する手段、及びインクカートリッジH1900から記録ヘッドにインクを供給する手段を有しており、キャリッジM4000に対して着脱可能に搭載される。
図7は、ヘッドカートリッジH1000にインクカートリッジH1900を装着する様子を示した図である。インクジェット記録装置は、例えば、イエロー、マゼンタ、シアン、ブラック、淡マゼンタ、淡シアン、及びグリーンの各インクで記録を行う。従ってインクカートリッジH1900は7色分が独立に用意されている。上記の少なくとも1種のインクに、本発明にかかるインクを用いる。そして、それぞれがヘッドカートリッジH1000に対して着脱自在となっている。尚、インクカートリッジH1900の着脱は、キャリッジM4000にヘッドカートリッジH1000が搭載された状態で行うことができる。
図8は、ヘッドカートリッジH1000の分解斜視図である。ヘッドカートリッジH1000は、記録素子基板、プレート、電気配線基板H1300、タンクホルダーH1500、流路形成部材H1600、フィルターH1700、シールゴムH1800等から構成される。記録素子基板は第1の記録素子基板H1100及び第2の記録素子基板H1101で構成され、プレートは第1のプレートH1200及び第2のプレートH1400で構成される。第1の記録素子基板H1100及び第2の記録素子基板H1101はSi基板であり、その片面にインクを吐出するための複数の記録素子(ノズル)がフォトリソグラフィ技術により形成されている。各記録素子に電力を供給するAl等の電気配線は、成膜技術により形成されており、個々の記録素子に対応した複数のインク流路もフォトリソグラフィ技術により形成されている。更に、複数のインク流路にインクを供給するためのインク供給口が裏面に開口するように形成されている。
図9は、第1の記録素子基板H1100及び第2の記録素子基板H1101の構成を説明する正面拡大図である。H2000〜H2600は、それぞれ異なるインクを供給する記録素子の列(以下ノズル列ともいう)である。第1の記録素子基板H1100には、イエローインクのノズル列H2000、マゼンタインクのノズル列H2100、及びシアンインクのノズル列H2200の3色分のノズル列が構成されている。第2の記録素子基板H1101には、淡シアンインクのノズル列H2300、ブラックインクのノズル列H2400、グリーンインクのノズル列H2500、及び淡マゼンタインクのノズル列H2600、の4色分のノズル列が構成されている。
各ノズル列は、記録媒体の搬送方向に1200dpi(dot/inch;参考値)の間隔で並ぶ768個のノズルによって構成され、約2ピコリットルのインクを吐出する。各吐出口における開口面積は、およそ100平方μm2に設定されている。又、第1の記録素子基板H1100及び第2の記録素子基板H1101は第1のプレートH1200に接着固定されている。ここには、第1の記録素子基板H1100及び第2の記録素子基板H1101にインクを供給するインク供給口H1201が形成されている。更に、第1のプレートH1200には、開口部を有する第2のプレートH1400が接着固定されている。この第2のプレートH1400は、電気配線基板H1300と第1の記録素子基板H1100及び第2の記録素子基板H1101とが電気的に接続されるように、電気配線基板H1300を保持する。
電気配線基板H1300は、第1の記録素子基板H1100及び第2の記録素子基板H1101に形成されている各ノズルからインクを吐出するための電気信号を印加する。この電気配線基板H1300は、第1の記録素子基板H1100及び第2の記録素子基板H1101に対応する電気配線と、この電気配線端部に位置し、インクジェット記録装置からの電気信号を受け取るための外部信号入力端子H1301とを有する。外部信号入力端子H1301は、タンクホルダーH1500の背面側に位置決め固定されている。
インクカートリッジH1900を保持するタンクホルダーH1500には、流路形成部材H1600が、例えば超音波溶着により固定され、インクカートリッジH1900から第1のプレートH1200に通じるインク流路H1501を形成する。インクカートリッジH1900と係合するインク流路H1501のインクカートリッジ側端部には、フィルターH1700が設けられており、外部からの塵埃の侵入を防止し得るようになっている。又、インクカートリッジH1900との係合部にはシールゴムH1800が装着され、係合部からのインクの蒸発を防止し得るようになっている。
更に、上記したように、タンクホルダー部と記録ヘッド部H1001とを接着等で結合することで、ヘッドカートリッジH1000が構成される。尚、タンクホルダー部は、タンクホルダーH1500、流路形成部材H1600、フィルターH1700、及びシールゴムH1800から構成される。又、記録ヘッド部H1001は、第1の記録素子基板H1100及び第2の記録素子基板H1101、第1のプレートH1200、電気配線基板H1300及び第2のプレートH1400から構成される。
尚、ここでは記録ヘッドの一形態として、電気信号に応じて膜沸騰をインクに対して生じさせるための熱エネルギーを生成する電気熱変換体(記録素子)を用いて記録を行うサーマルインクジェット方式の記録ヘッドについて述べた。この代表的な構成や原理については、例えば、米国特許第4,723,129号明細書、同第4,740,796号明細書に開示されている基本的な原理を用いて行うものが好ましい。この方式は、所謂オンデマンド型、コンティニュアス型の何れにも適用することができる。サーマルインクジェット方式は、オンデマンド型に適用することが特に有効である。オンデマンド型の場合には、インクを保持する液流路に対応して配置されている電気熱変換体に、記録情報に対応していて核沸騰を超える急速な温度上昇を与える少なくとも一つの駆動信号を印加する。このことによって、電気熱変換体に熱エネルギーを発生せしめ、記録ヘッドの熱作用面に膜沸騰を生じさせて、結果的にこの駆動信号に一対一で対応したインク内の気泡を形成できる。この気泡の成長及び収縮により吐出口を介してインクを吐出することで、少なくとも一つの滴を形成する。駆動信号をパルス形状とすると、即時、適切に気泡の成長及び収縮が行われるので、特に応答性に優れたインクの吐出が達成でき、より好ましい。
又、別の形態として、力学的エネルギーを利用したインクジェット記録装置が挙げられる。この場合、複数のノズルを有するノズル形成基板と、ノズルに対向して配置される圧電材料と導電材料からなる圧力発生素子と、この圧力発生素子の周囲を満たすインクを備え、印加電圧により圧力発生素子を変位させ、インクを吐出口から吐出する。
インクジェット記録装置は、上記したように、記録ヘッドとインクカートリッジとが別体となったものに限らず、それらが分離不能に一体になったものを用いてもよい。更に、インクカートリッジは記録ヘッドに対して分離可能又は分離不能に一体化されてキャリッジに搭載されるもの、又、インクジェット記録装置の固定部位に設けられて、チューブ等のインク供給部材を介して記録ヘッドにインクを供給するものでもよい。更に、記録ヘッドに対して、好ましい負圧を作用させるための構成をインクカートリッジに設ける場合には、以下の構成とすることができる。即ち、インクカートリッジのインク収納部に吸収体を配置した形態、又は可撓性のインク収容袋とこれに対してその内容積を拡張する方向の付勢力を作用するばね部とを有した形態等とすることができる。又、インクジェット記録装置は、上記したようなシリアル型の記録方式を採るもののほか、記録媒体の全幅に対応した範囲にわたって記録素子を整列させてなるラインプリンタの形態をとるものであってもよい。
以下、実施例及び比較例を用いて本発明を更に詳細に説明するが、本発明は、その要旨を超えない限り、下記の実施例によって何ら限定されるものではない。尚、特に指定のない限り、実施例、比較例のインク成分は「質量部」を意味する。
<色材の合成>
特開2004−323605号公報に記載の合成方法に基づいて、色材A〜Gの合成を行った。具体的には、フタロシアニン顔料を、クロロスルホン酸及び塩化チオニル等を用いることによりクロロスルホン化する。そして、前記クロロスルホン酸基を加水分解することで、フタロシアニン骨格にスルホン酸基(−SO3M)を導入する。又、前記クロロスルホン酸基とアンモニウム塩等を反応させることで、フタロシアニン骨格に無置換スルファモイル基(−SO2NH2)を導入する。更に、前記クロロスルホン酸基と下記構造式(2)で表される化合物(合成法は後述する)等を反応させることで、フタロシアニン骨格に置換スルファモイル基(上記で説明した一般式(III)で表される基)を導入する。
これらの原料の仕込み量、反応濃度、反応温度等の合成条件を詳細に検討して、フタロシアニン骨格に導入するスルホン酸基、無置換スルファモイル基、及び置換スルファモイル基の割合を調整した。例えば、前記無置換スルファモイル基(−SO2NH2)をフタロシアニン骨格に導入する割合を多くすることで、フタロシアニン系色材の会合(凝集)状態に由来するピークAの割合が大きくなる、即ちB/A値が小さくなる。この事実を利用することで、B/A値を任意に設定することができる。このようにして、一般式(III)で表される基において、Yがアミノ基、R1及びR2が2位及び5位に置換したスルホン酸基(例示置換基1)であり、一般式(I)で表される化合物又はその塩の置換基数の平均及び置換位置が異なる色材A〜Gを合成した。尚、上記の手順のように、フタロシアニン顔料に置換基を導入する反応を行うと、一般式(I)において、銅フタロシアニンが少なくとも1つのベンゼン環の3位及び3’位の少なくとも一方に置換基を必ず有することがわかっている。
構造式(2)で表される化合物は以下の手順で合成した。氷水中に、リパールOH、塩化シアヌル、アニリン−2,5−ジスルホン酸モノナトリウム塩を加え、水酸化ナトリウム水溶液を添加しながら反応を行った。次に、反応液に、水酸化ナトリウム水溶液を添加して、反応液のpHを10に調整した。この反応液に、28%アンモニア水、エチレンジアミンを加え、反応を行った。得られた反応液に、塩化ナトリウム、濃塩酸を滴下して、結晶を析出させた。析出した結晶を濾過分取し、20%塩化ナトリウム水溶液で洗浄し、ウェットケーキを得た。得られたウェットケーキに、メタノール及び水を加え、更に濾過し、メタノールで洗浄を行った後、乾燥させて、構造式(2)で表される化合物を得た。
構造式(2)
又、国際公開2004/087815号パンフレットに記載の合成方法に基づいて、色材Hの合成を行った。得られた銅フタロシアニンのベンゼン環における置換位置は4位及び4’位のみであり、3位及び3’位には置換基は存在しなかった。これは、フタロシアニン環を形成する反応を行う段階で、フタロシアニン骨格におけるベンゼン環の4位及び4’位のみに置換基が選択的に導入されるためである。
<発色性の評価>
(1)インクの調製
下記表4に示した各成分を混合し、十分撹拌した後、ポアサイズ0.2μmのメンブランフィルターにて加圧濾過を行い、実施例1〜7及び比較例1〜4のインクを調製した。
(2)最大吸収波長(λmax)の測定
実施例1〜7及び比較例1〜4のインク(色材濃度:3.0質量%)を、それぞれ純水を用いて質量基準で2000倍に希釈した後に、最大吸収波長(λmax)を測定した。結果を表5に示す。
最大吸収波長(λmax)の測定条件は以下に示す通りである。
・分光光度計:自記分光光度計(商品名:U−3300;日立製作所製)
・測定セル:1cm 石英セル
・サンプリング間隔:0.1nm
・スキャン速度:30nm/min
・測定回数:5回測定平均
(3)記録物の作製
インクジェット記録装置(商品名:Pixus iP8600;キヤノン製)に上記で得られた実施例1〜7及び比較例1のインクを搭載した。そして、インクジェット用光沢メディア(商品名:PR101;キヤノン製)に、記録デューティを下記のように変化させた20段階の階調パターンを記録して、記録物を作製した。前記記録デューティは、5、10、15、20、25、30、35、40、45、50、55、60、65、70、75、80、85、90、95、100%とした。
尚、ここでインクジェット用光沢メディアとして用いたPR101は、アルミナ水和物の微粒子を主体として形成されたインク受容層を有する、アルミナコート紙である。前記アルミナ水和物の構造式は、Al2O3−n(OH)2n・mH2O(上記式中、nは1、2、又は3の整数の何れかであり、mは0〜10である。但し、m及びnは同時には0にはならない。)である。
前記インク受容層は、更に、色材の定着や凝集を促進する添加剤を含有してなる。前記添加剤は、例えば以下のものが挙げられる。マグネシウム、カルシウム、バリウム、ジルコニウム、ランタン等の多価金属と無機酸や有機酸との塩、又はこれらの錯体化合物。ジシアンジアミド系縮合体、ポリアルキレンポリアミン系縮合体、ポリアリルアミン系縮合体、メタクリル酸アルキルアミノ酸系縮合体、エピハロヒドリン・アミン縮合体等のポリアミン系カチオンポリマー。ポリ塩化アルミニウム等の無機多価金属ポリマー。アルカノールアミン、ピペリジン環等の含窒素複素環を有する化合物の4級アンモニウム塩。
前記したPR101は、上記したような添加剤を含有してなり、記録媒体表面のpHが7より小さく、又、インク受容層の細孔半径が12nm以下という特性を有する。かかる構成を有するため、高い記録デューティで記録を行う、即ち、記録媒体上に存在する色材が増えると、ブロンズ現象の発生がより顕著となる傾向がある。本発明にかかるインクは、色材の凝集性が適切にコントロールされているため、このような構成を有する光沢メディアと組み合わせて用いる場合に、ブロンズ現象の発生を特に効果的に抑制することができる。
(4)発色性(反射濃度)の測定
上記で得られた記録物の20階調の階調パターンにおいて、記録デューティが80%の部分における反射濃度を測定した。尚、反射濃度の測定には、マクベスRD−918(マクベス製)を用いた。反射濃度は、小数点以下第2位を四捨五入した値とした。発色性(反射濃度)の基準は以下の通りである。結果を表5に示す。
A:反射濃度が、2.1以上である。
B:反射濃度が、2.0以上2.1未満である。
C:反射濃度が、1.9以上2.0未満である。
D:反射濃度が、1.9未満である。
<耐ブロンズ性の評価>
(1)d75値の測定
A〜Gの各色材3質量%、N,N−ジメチルホルムアミド50質量%、及び純水47質量%を含有する液体について、小角X線散乱法により散乱角プロファイルを測定した。
散乱角プロファイルの測定条件は以下に示す通りである。
・装置:Nano Viewer(理学製)
・X線源:Cu−Kα
・出力:45kV−60mA
・実効焦点:0.3mmφ+Confocal Max−Flux Mirror
・1st slit:0.5mm、2nd Slit:0.4mm、3rd Slit:0.8mm
・照射時間:60min
・ビームストッパー:3.0mmφ
・測定法:透過法
・検出器:Blue Imaging Plate
得られた散乱角プロファイルから、X線回折データ処理ソフトJADE(Material Data,Inc.)を用いて、バックグラウンドを除去したピーク面積、及び、同ピーク面積全体の75%以上が含まれる2θ値(2θ75値)を測定した。又、2θ75値から、下記式(2)に基づいてd75値を算出した。d75値は、小数点以下第3位を四捨五入した値とした。結果を表6に示す。
(2)B/A値の測定
上記で得られた実施例1〜7並びに比較例2及び3のインクを、それぞれ90質量%のN,N−ジメチルホルミアミド水溶液を用いて質量基準で2000倍に希釈した。その後、580nm以上640nm以下の範囲に存在する極大吸収波長の吸光度A、及び、650nm以上700nm以下の範囲に存在する極大吸収波長の吸光度B、を測定した。得られた各吸光度の値から、B/A値を求めた。結果を表7に示す。
吸光度の測定条件は以下に示す通りである。
・分光光度計:自記分光光度計(商品名:U−3300;日立製作所製)
・測定セル:1cm 石英セル
・測定範囲:200nm以上800nm以下
・サンプリング間隔:0.5nm
・スキャン速度:300nm/min
・測定回数:1回測定
(2)記録物の作製
インクジェット記録装置(商品名:Pixus iP8600;キヤノン製)に上記で得られた実施例1〜7並びに比較例2及び3のインクを搭載した。そして、インクジェット用光沢メディア(商品名:PR101;キヤノン製)に、記録デューティを下記のように変化させた20段階の階調パターンを記録して、記録物を作製した。前記記録デューティは、5、10、15、20、25、30、35、40、45、50、55、60、65、70、75、80、85、90、95、100%とした。
(3)耐ブロンズ性の評価
上記で得られた記録物の20段階の階調パターンにおいて、ブロンズ現象が発生する記録デューティを目視で確認し、その記録デューティをブロンズ現象が発生する記録デューティとした。一般にブロンズ現象は記録デューティが高くなるのに従って発生しやすくなる傾向がある。つまり、ブロンズ現象が発生する記録デューティが低いほどブロンズ現象が発生しやすく、ブロンズ現象が発生する記録デューティが高いほどブロンズ現象が発生しにくいインクと言える。耐ブロンズ性の基準は以下の通りである。結果を表6に示す。
A:ブロンズ現象が発生する記録デューティが、85%以上である。
B:ブロンズ現象が発生する記録デューティが、65%以上85%未満である。
C:ブロンズ現象が発生する記録デューティが、50%以上65%未満である。
D:ブロンズ現象が発生する記録デューティが、50%未満である。
尚、耐ブロンズ性の評価結果がAであった実施例1〜3、6、及び7の中では、実施例7の耐ブロンズ性が最も優れていた。
<耐環境ガス性の評価>
(1)記録物の作製
インクジェット記録装置(商品名:Pixus iP8600;キヤノン製)に上記で得られた実施例1〜7及び比較例4のインクを搭載した。そして、インクジェット用光沢メディア(商品名:PR101;キヤノン製)に、記録デューティを50%としたパターンを記録して、記録物を作製した。
(2)耐環境ガス性の評価
上記で得られた記録物を、オゾン試験装置(商品名:OMS−H;スガ試験機製)中に置き、温度40℃、湿度55%、オゾンガス濃度10ppmの環境で4時間、オゾン暴露を行った。暴露試験前後の記録物の反射濃度から、下記式(3)に基づいて、残存濃度率を算出した。尚、反射濃度の測定には、マクベスRD−918(マクベス製)を用いた。残存濃度率は、小数点以下第1位を四捨五入した値とした。耐環境ガス性の基準は以下の通りである。結果を表8に示す。
(式(3)中、dO3はオゾン暴露後の反射濃度、diniはオゾン暴露前の反射濃度である)
A:残存濃度率が、82%以上である。
B:残存濃度率が、79%以上82%未満である。
C:残存濃度率が、76%以上79%未満である。
D:残存濃度率が、76%未満である。
以上より、一般式(I)で表される化合物又はその塩である色材を用いた場合、高い発色性が得られることがわかった。更に、前記色材を含有したインクを90質量%N,N−ジメチルホルムアミド水溶液を用いて質量基準で2000倍に希釈した液体の吸光度を測定して得られたB/A値が0.90を上回る場合、耐環境ガス性が不十分であることがわかった。又、前記B/A値が0.75を下回る場合、耐ブロンズ性が不十分であることがわかった。
又、以上より、色材3.0質量%、N,N−ジメチルホルムアミド50.0質量%、水47.0質量%を含有する液体のd75値が5.60nmを下回る場合、耐環境ガス性が不十分であることがわかった。又、前記d75値が6.10nmを上回る場合、耐ブロンズ性が不十分であることがわかった。
更に、以上より、本発明にかかるインクは、上記した実施例で用いたものと同様の特性を有する記録媒体と組み合わせて用いることが特に有効であることがわかった。即ち、上記したような添加剤を含有してなり、記録媒体表面のpHが7より小さく、又、インク受容層の細孔半径が12nm以下という特性を有する記録媒体を用いることが有効である。勿論、本発明にかかるインクに用いる一般式(I)で表される化合物又はその塩である色材は、上記以外の記録媒体と組み合わせて用いても、良好な画像を形成することができることは言うまでもない。