本発明は、鋼材等からなる部品である焼入対象物(以下「ワーク」という。)に対してエネルギビームを走査照射することで、ワークの表面近傍に硬化層を形成する焼入れを施すエネルギビームによる焼入れにおいて、あらかじめ記憶等されたワークに対するエネルギビームの条件に基づいて、焼入れに際してワークに対して走査照射されるエネルギビームの条件を制御しようとするものである。本発明に係るエネルギビームによる焼入れは、例えばプレス成形に用いられるプレス型がワークとされ、プレス型の抜刃部分等、高硬度が必要な部位に対して有効に用いられる。ただし、本発明に係るエネルギビームによる焼入れにおいては、ワークとして歯車や軸部材等、種々の金属部品が適用可能である。
以下に、本発明の実施の形態を説明する。なお、以下に説明する実施の形態では、ワークに対して走査照射されるエネルギビームをレーザ光とする。つまり、以下に説明する実施の形態では、本発明に係るエネルギビームによる焼入方法および焼入システムが、レーザ焼入方法およびレーザ焼入システムとして適用される場合について説明する。ただし、本発明に係る焼入れに用いられるエネルギビームは、レーザ光のほか、電子ビーム等、鋼材等からなる部品に対して部品の表面近傍に硬化層を形成する焼入れを施すことができるエネルギビームであれば、特に限定されない。
本発明の第一実施形態について説明する。本実施形態のレーザ焼入れにおいては、レーザ光によるワークに対する焼入れの前に、ワークに対して与えられるエネルギがワークに焼入れが施されない程度に低いレーザ光の走査照射が予備的に行われる。この焼入れには強度が不十分な弱いレーザ光のワークに対する走査照射にともない、ワークにおけるレーザ光の照射部位の温度が測定される。このように焼入れに先立ってワークに対して走査照射される弱いレーザ光の照射部位についての測定温度に基づいて、実際に焼入れが行われる際のワークにおけるレーザ光の照射部位の温度が予想される。このように、ワークに対して予備的に走査照射される弱いレーザ光の照射部位の測定温度に基づいて、実際の焼入れの際に走査照射されるレーザ光の照射部位の温度が予想されることは、レーザ光の照射部位のワークにおける位置による温度変化の態様が、弱いレーザ光の場合と、実際の焼入れに用いられるレーザ光の場合とで強い相関を有することに基づく。
そして、焼入れの際のレーザ光の照射部位の温度として予想された温度と、ワークの焼入れにおける所定の目標温度との相対的な関係に基づいて、焼入れに際してワークに対して走査照射されるレーザ光の条件があらかじめ設定される。ここで、あらかじめ設定されるレーザ光の条件は、レーザ光の走査照射にともなうワークにおけるレーザ光が照射される位置に対応して、予想された温度が所定の目標温度となるような条件となる。したがって、ワークにおけるレーザ光が照射される位置について、予想された温度が所定の目標温度よりも高い位置では、レーザ光によってワークに対して与えられるエネルギが相対的に低くなるように、レーザ光の条件が設定される。逆に、予想された温度が所定の目標温度よりも低い位置では、レーザ光によってワークに対して与えられるエネルギが相対的に高くなるように、レーザ光の条件が設定される。
すなわち、予想された温度の、所定の目標温度に対する関係(高低、高低差の大きさ)に基づき、焼入れに際してワークに走査照射されるレーザ光の強度が、照射部位の温度が所定の目標温度となるように調整される。かかるレーザ光の強度の調整に際して、レーザ光の条件についての制御プログラムがあらかじめ作成される。つまり、焼入れに際してワークに走査照射されるレーザ光が、予想された温度等に基づいてあらかじめ設定されたレーザ光の条件に基づいて制御される。
図1に示すように、本実施形態のレーザ焼入れは、ワーク1に対してレーザ光2を走査照射することで、ワーク1の表面近傍に硬化層を形成する焼入れを施すものである。本実施形態のレーザ焼入システムは、レーザ発振器3と、温度測定装置4と、制御盤5とを備える。
レーザ発振器3は、レーザ光2を発振する発振器である。本実施形態において、ワーク1のレーザ焼入れに用いられるレーザ光2、つまりレーザ発振器3によって発振されるレーザ光2の種類は、特に限定されない。レーザ光2としては、例えば、YAGレーザや、CO2レーザ等の従来のレーザ焼入れにおいて採用されているものが用いられる。レーザ発振器3は、制御盤5に接続される。
レーザ発振器3において発振され射出されたレーザ光2は、ハーフミラー7を介して集光レンズ6により集光され、ワーク1に照射される。本実施形態では、レーザ発振器3からのレーザ光2の射出方向(図1における下方向)が、レーザ光2のワーク1に対する照射方向となっている。つまり、本実施形態のレーザ焼入システムにおいては、図1に示すように、ワーク1の上方に位置するレーザ発振器3から下方に向けて射出されたレーザ光2が、ベントミラー等によって屈折させられることなく、ワーク1に対して照射される。
レーザ光2についての光学系を構成する集光レンズ6およびハーフミラー7は、レーザ光2(レーザ発振器3)およびワーク1との関係(ハーフミラー7については温度測定装置4との関係を含む)において、所定の位置および姿勢(角度)で支持される。なお、レーザ光2についての光学系の構成は、本実施形態に限定されない。レーザ光2についての光学系としては、例えば、レーザ発振器3から射出されたレーザ光2が、ベントミラー等によって一回あるいは複数回屈折させられ、レーザ発振器3からの射出方向とは異なる方向でワーク1に対して照射される構成であってもよい。
温度測定装置4は、ワーク1におけるレーザ光2の照射部位(以下単に「照射部位」という。)1aの温度を測定する温度測定手段として機能する。本実施形態では、温度測定装置4は、照射部位1aの温度を非接触で測定する放射温度計としての機能を有する。すなわち、温度測定装置4は、照射部位1aから放射される反射光のうち、集光レンズ6を介してハーフミラー7によって導かれる光を受けて、赤外線あるいは可視光線の強度を測定することにより、照射部位1aの温度を測定する。つまり、温度測定装置4は、ハーフミラー7によって導かれる照射部位1aからの反射光の一部として赤外線等の電磁波を検出し、その検出信号を温度に変換することで、照射部位1aの温度を測定する。
したがって、レーザ発振器3と集光レンズ6との間に設けられるハーフミラー7は、一側(レーザ発振器3側)から受ける光(レーザ光2)については、ほぼ透過させるとともに、他側(ワーク1側)から受ける光(照射部位1aからの反射光)については、少なくとも温度測定装置4によって検出される所定の波長域の光(例えば赤外光)を反射する。なお、温度測定装置4としては、照射部位1aからの反射光に含まれる光を受けて照射部位1aの温度を測定することができる機能を有するものであれば、特に限定されない。温度測定装置4は、制御盤5に接続され、温度測定装置4によって測定された温度についての信号は、制御盤5に入力される。
本実施形態のレーザ焼入システムでは、レーザ光2は、ワーク1に対して走査されながら照射される。つまり、レーザ光2の照射を受けるワーク1において、レーザ光2が照射される部分(照射部位1a)は、焼入れが施される部分(以下「焼入部分」という。)に沿って移動する。
本実施形態では、ワーク1は、鋳鉄からなる部材(粗材)であり、レーザ光2が照射される面として、レーザ光2の照射方向に対して略垂直方向な平面部1bを有する。そして、ワーク1の平面部1bは、ワーク1が有する他の面(側面)とともに略直線状のエッジ部1cを形成し、このエッジ部1cが、ワーク1における焼入部分となる。
すなわち、レーザ光2は、ワーク1に対する走査照射として、エッジ部1cに沿う方向に移動しながら(走査されながら)、エッジ部1cに対して照射される。つまり、照射部位1aは、ワーク1における焼入部分となるエッジ部1cに沿って移動する。したがって、レーザ発振器3は、図示せぬ保持機構によって保持された状態のワーク1に対して、所定の姿勢(レーザ光2の照射方向が平面部1bに対して略垂直方向となる姿勢)を保った状態で、図示せぬ移動機構によってエッジ部1cに沿う方向に移動可能に設けられる。
また、ワーク1は、エッジ部1cに沿う方向について、厚さ(レーザ光2の照射方向に平行な方向の長さ)が異なる部分として、主に、相対的に厚い部分である厚部1dと、相対的に薄い部分である薄部1eとを有する。
そして、本実施形態では、ワーク1の焼入れに際し、レーザ光2は、レーザ発振器3の移動により、照射部位1aがエッジ部1cに沿って厚部1d側から薄部1e側にかけて移動する方向に所定の速度で走査される(矢印A1参照)。ここで、レーザ光2のワーク1に対する走査のためのレーザ発振器3の移動にともない、レーザ光2についての光学系を構成する集光レンズ6およびハーフミラー7、ならびに温度測定装置4は、レーザ発振器3との関係において互いの相対的な位置関係を保ちつつ移動する。
このような構成において、ワーク1に対してレーザ光2が走査照射されることにより、ワーク1においてレーザ光2が照射された部分は、急速に高温に加熱された後、ワーク1内部への熱伝導(熱拡散)による自己冷却によって急激に冷却される。かかる作用により、ワーク1のエッジ部1cにおける表面近傍に硬化層(焼入層)が形成される(図1、薄墨部分参照)。
なお、ワーク1に対するレーザ光2の走査照射のための構成は、本実施形態に限定されない。すなわち、本実施形態では、ワーク1に対するレーザ光2の走査照射のための構成として、固定された状態のワーク1に対してレーザ発振器3やレーザ光2についての光学系等を含むレーザ光2側が移動する構成が採用されている。この点、ワーク1に対するレーザ光2の走査照射のための構成は、レーザ光2側が移動する構成のほか、固定状態のレーザ光2に対してワーク1側が移動する構成や、ワーク1側およびレーザ光2側の両者が移動する構成のように、レーザ光2がワーク1に対して相対的に走査方向に移動する構成であればよい。
制御盤5は、ワーク1に対するレーザ光2の条件(以下「レーザ条件」という。)を制御する制御手段として機能する。制御盤5は、プログラム等を格納する格納部、プログラム等を展開する展開部、プログラム等に従って所定の演算を行う演算部、演算部による演算結果等を保管する保管部等を有する。制御盤5は、具体的には、CPU、ROM、RAM、HDD等がバスで接続される構成や、ワンチップのLSI等からなる構成を備える。制御盤5としては、専用品のほか、市販のパーソナルコンピュータやワークステーション等に上記プログラム等が格納されたものが用いられる。
制御盤5によって制御されるレーザ条件には、レーザ光2の出力(以下「レーザ出力」という。)と、レーザ光2のワーク1に対する走査速度(以下単に「走査速度」という。)と、レーザ光2のワーク1に対する照射面積(照射部位1aの面積、以下単に「照射面積」という。)とが含まれる。このようなレーザ条件の制御のため、図1に示すように、制御盤5は、発振器制御部11を有する。
発振器制御部11は、レーザ発振器3によるレーザ出力を調整する機能を有する。つまり、発振器制御部11により、レーザ出力が制御される。また、発振器制御部11は、前記のとおり移動機構によって移動可能に設けられるレーザ発振器3の、ワーク1に対するレーザ光2の走査照射に際しての移動速度を調整する機能を有する。つまり、発振器制御部11により、レーザ発振器3の移動速度が制御されることによって走査速度が制御される。ここで、ワーク1に対するレーザ光2の走査照射のための構成が、ワーク1側が移動する構成である場合は、制御盤5がワーク1の移動速度を調整する機能を有する。
また、発振器制御部11は、レーザ発振器3において、レーザ光2のコリメート用光学レンズ部等に設けられる絞りの開口面積を調整する機能を有する。つまり、発振器制御部11により、絞りの開口面積が制御されることによって照射面積が制御される。
また、照射面積の制御は、ワーク1に照射されるレーザ光2についてのデフォーカス値(ワーク1の表面からレーザ光2の焦点位置までの距離)の調整によっても行うことができる。デフォーカス値は、集光レンズ6とワーク1との間の、ワーク1に照射されるレーザ光2の光軸に沿う方向(以下「光軸方向」という。)の距離によって調整される。したがって、デフォーカス値の調整に際しては、集光レンズ6およびワーク1が、光軸方向に相対的に近接離間するように移動可能に設けられる。つまりこの場合、制御盤5が、前記のとおり所定の位置および姿勢(角度)で支持される集光レンズ6、およびワーク1の少なくともいずれかの光軸方向における位置を調整する機能を有する。
したがって、集光レンズ6がワーク1に対して光軸方向に移動可能に設けられる場合は、集光レンズ6の移動のための機構が制御盤5によって制御されることにより、集光レンズ6とワーク1との間の光軸方向の距離が調整される。また、ワーク1が集光レンズ6に対して光軸方向に移動可能に設けられる場合は、ワーク1の移動のための機構が制御盤5によって制御されることにより、集光レンズ6とワーク1との間の光軸方向の距離が調整される。集光レンズ6とワーク1との間の光軸方向の距離が調整されることで、デフォーカス値が調整され、照射面積が調整される。このように、制御盤5によって、デフォーカス値が調整されることで、照射面積が制御される。ただし、集光レンズ6またはワーク1が手動操作によって移動可能に設けられる場合は、デフォーカス値の調整、つまり集光レンズ6とワーク1との間の光軸方向の距離の調整は、手動操作によって行われてもよい。
以上のような構成を備える本実施形態に係るレーザ焼入システムにおいて行われるレーザ焼入方法について、以下に説明する。本実施形態に係るレーザ焼入方法においては、レーザ光2によるワーク1に対する焼入れの前に、ワーク1に対するレーザ光2の走査照射として、予備照射が行われる。そして、このレーザ光2のワーク1に対する予備照射にともない、照射部位1aの温度が測定される。
予備照射とは、ワーク1の焼入れに際してのレーザ光2の走査照射(以下「焼入走査照射」という。)と同じ態様での走査照射であり、かつ、ワーク1におけるレーザ光2の照射部位1aの温度が焼入れにともなう変態が生じる温度に達しないような一定のエネルギレベルでの走査照射である。
ここで、予備照射について、焼入走査照射と同じ態様での走査照射とは、ワーク1においてレーザ発振器3により発振されるレーザ光2が照射される部分が焼入走査照射と同じであることを意味する。言い換えると、焼入走査照射と同じ態様での走査照射とは、前記のとおり移動機構によってワーク1のエッジ部1cに沿う方向に移動可能に設けられるレーザ発振器3から射出されるレーザ光2の、ワーク1において焼入れが施される部分に対する走査照射である。したがって、予備照射は、焼入走査照射と同様、レーザ発振器3の移動により、ワーク1における焼入部分となるエッジ部1cに対して行われる。
また、予備照射について、ワーク1におけるレーザ光2の照射部位1aの温度が焼入れにともなう変態が生じる温度に達しないような一定のエネルギレベルでの走査照射とは、次のようなレーザ光2の走査照射を意味する。すなわち、レーザ光2によるワーク1の焼入れは、前述したように、ワーク1においてレーザ光2の照射により加熱された部分における自己冷却作用等によって硬化層が形成されることにより行われる。そして、ワーク1において硬化層が形成されるためには、レーザ光2が照射された部分が、所定の温度変化による結晶構造の変化現象である変態が生じる温度(変態点)以上の高温に加熱される必要がある。このように、焼入れのために必要とされるワーク1の加熱温度としての変態点が、焼入れにともなう変態が生じる温度に対応する。
したがって、予備照射は、ワーク1においてレーザ光2が照射されることにより上昇する母材温度(照射部位1aの温度)が変態点に達しないようなレーザ光2の走査照射となる。例えば、鋼材であるワーク1について、変態点以上の高温は約900℃である。
また、一定のエネルギレベルでの走査照射とは、レーザ光2の照射によってワーク1に対して与えられるエネルギが一定であることを意味する。具体的には、ここでのレーザ光2のエネルギレベルは、レーザ出力と走査速度から導かれる入熱量(=レーザ出力/走査速度)と、レーザ出力と照射面積から導かれるエネルギ密度(=レーザ出力/照射面積)とが指標とされる。つまり、一定のエネルギレベルでの走査照射とは、レーザ光2についての入熱量およびエネルギ密度が、ワーク1に対するレーザ光2の走査範囲において一定である走査照射である。
したがって、予備照射におけるレーザ光2による入熱量およびエネルギ密度は、ワーク1の焼入れの際におけるレーザ光2による入熱量およびエネルギ密度に対して相対的に低い値となる。以上のように、予備照射は、照射部位1aの温度が変態点に達することのない一定の入熱量およびエネルギ密度であるレーザ光2による走査照射である。
本実施形態において、予備照射に際してのレーザ光2のエネルギレベルとしては、例えば、入熱量:60W・s/mm、エネルギ密度:16.7W/mm2とされる。これらの各値を導くレーザ条件は、例えば、レーザ出力:500W、走査速度:500mm/min、照射面積:30mm2である。なお、予備照射に際し、入熱量は、例えば、20〜100W・s/mmの範囲で設定され、エネルギ密度は、例えば、5〜30W/mm2の範囲で設定される。これに対し、ワーク1の焼入れに際しては、入熱量は、例えば、250〜300W・s/mmの範囲で設定され、エネルギ密度は、例えば、10〜30W/mm2の範囲で設定される。
このようなレーザ光2によるワーク1に対する予備照射が行われながら、照射部位1aの温度が測定される。予備照射が行われながらの照射部位1aの温度の測定は、前記のとおり放射温度計としての機能を有する温度測定装置4によって行われる。すなわち、温度測定装置4は、ワーク1に対して予備照射が行われることで照射部位1aから放射される反射光の一部を受けて、照射部位1aの温度を測定する。
このように、ワーク1に対する予備照射が行われながら照射部位1aの温度が測定されることにより、照射部位1aのワーク1における位置(以下「ワーク位置」という。)と予備照射による照射部位1aの温度である予備照射温度との相関関係が求められる。つまり、予備照射によって、ワーク1における焼入部分となるエッジ部1cに沿って走査照射されるレーザ光2の照射位置(ワーク位置)による、予備照射温度の温度変化が求められる。したがって、ワーク位置は、焼入部分となるエッジ部1cにおける照射部位1aの位置に対応する。
ワーク位置と予備照射温度との相関関係は、例えば、図2(a)において実線で示すように、予備照射温度グラフG1のように表される。図2(a)のグラフにおいて、横軸は照射部位1aのワーク位置を示し、縦軸は温度(予備照射温度グラフG1については予備照射温度)を示す。本例に係る予備照射温度グラフG1においては、ワーク位置についてレーザ光2の走査方向(図2における左右方向に対応)における両端部に、温度が相対的に高い山形状の部分が存在し、中間部は、温度が相対的に低い谷形状の部分となっている。
予備照射温度グラフG1によって示されるように、前記のとおり一定のエネルギレベルでの走査照射の下に測定される予備照射温度がワーク位置によって異なることは、ワーク1の形状がレーザ光2の走査方向に不均一であることや、ワーク1の表面性状にバラツキがあること等に起因する。
このようなワーク位置と予備照射温度との相関関係は、制御盤5において記憶される。このため、本実施形態のレーザ焼入システムにおいては、図1に示すように、制御盤5において第一の記憶部12が備えられる。すなわち、第一の記憶部12は、レーザ発振器3により、予備照射が行われながら、温度測定装置4により、照射部位1aの温度が測定されることで、ワーク位置と予備照射温度との相関関係を記憶する。
次に、予備照射温度に基づき、ワーク1の焼入れに際しての照射部位1aの温度が、ワーク位置と予備照射温度との相関関係を反映してワーク位置に対応して変化する温度である予想温度として算出される。つまり、予想温度は、予備照射温度に基づいて予備照射温度よりも高い温度として算出される予測温度であり、そのワーク位置による変化の態様が、予備照射温度のワーク位置による変化の態様を反映したものとなる。
したがって、ワーク位置と予想温度との相関関係は、予備照射温度グラフG1との関係において、例えば、図2(a)において破線で示すように、予想温度グラフG2のように表される。すなわち、本例に係る予想温度グラフG2は、予備照射温度グラフG1よりも高温側において、予備照射温度グラフG1と同様に、ワーク位置についてレーザ光2の走査方向(図2における左右方向に対応)における両端部に温度が相対的に高い山形状の部分を有するとともに、中間部は温度が相対的に低い谷形状の部分となっている。ただし、予想温度は、予備照射温度との関係において、ワーク位置による変化の態様としての、温度のグラフで凹凸として表れる温度の変化方向(上昇または下降)の態様はほぼ共通するが、温度のグラフで勾配として表れる温度の変化度合い(上昇度合いまたは下降度合い)の態様等は異なる場合がある。
このように、予想温度は、予備照射温度との関係において、ワーク位置による変化の態様を反映するものとして予測される温度となる。このことは、予備照射のように走査照射されるレーザ光2のエネルギレベルがワーク位置によらずに一定である場合の照射部位1aの温度変化が、ワーク1の形状や表面性状がレーザ光2の走査方向について一定でないこと等に起因することに基づく。言い換えると、エネルギレベルが一定である条件下での予備照射によるワーク1における温度分布は、エネルギレベルが一定である条件下での焼入走査照射によるワーク1における温度分布と強い相関があることに基づく。つまり、予想温度は、予備照射温度のワーク位置による変化に基づき、ワーク1の焼入れに用いられるレーザ光2としてある一定のエネルギレベルと仮定されたレーザ光2が走査照射された場合の照射部位1aについて予測される温度となる。
したがって、予想温度は、予備照射温度から、レーザ条件および母材条件に基づいて予測される。ここで、レーザ条件には、予備照射の際のレーザ光2のレーザ条件と、焼入れの際のレーザ光2のレーザ条件として仮定されるレーザ条件との相対的な関係が含まれる。また、母材条件には、ワーク1を構成する材料の種類(材質)が含まれる。具体的には、予備照射温度に基づく予想温度の予測に際しては、レーザ条件および母材条件に基づいて決まる所定の温度予測式が用いられる。かかる温度予測式によれば、予備照射温度から予想温度が一義的に算出される。つまり、温度予測式によって算出される予想温度は、算出に用いられた予備照射温度とワーク位置を共通とする予想温度となる。
本実施形態において、予想温度の算出に際して用いられる温度予測式としては、例えば、次式(1)により表される。
予想温度(℃)=予備照射温度(℃)×0.4+670(℃) ・・・(1)
上記式(1)において、予備照射温度の係数(0.4)や、予備照射温度の項に加算される温度の値(670(℃))は、前記のとおりレーザ条件および母材条件に基づいて決定される。ただし、予想温度の算出に際して用いられる温度予測式は、本例の様式に限定されるものではない。
上記式(1)のような温度予測式は、前述したようなレーザ条件の相対的な関係、および母材条件が共通であれば、複数種類のワーク1間において共用される。つまり、所定のレーザ条件および母材条件の下に定められた温度予測式は、レーザ条件および母材条件が共通である限り、形状や表面性状の異なる複数種類のワーク1において共用することができる。
このような温度予測式による予備照射温度に基づく予想温度の算出は、制御盤5において行われる。このため、本実施形態のレーザ焼入システムにおいては、図1に示すように、制御盤5において予想温度算出部13が備えられる。すなわち、予想温度算出部13は、予備照射温度に基づき、ワーク1の焼入れに際しての照射部位1aの温度を、第一の記憶部12により記憶されたワーク位置と予備照射温度との相関関係を反映してワーク位置に対応して変化する温度である予想温度として算出する。
続いて、ワーク1の焼入れに用いられるレーザ条件である焼入ビーム条件が求められる。ここで求められる焼入ビーム条件は、ワーク位置に対応する予想温度の、所定の目標焼入温度に対する温度差に基づいて、照射部位1aの温度が目標焼入温度となるようなワーク1に対するレーザ条件である。ここで、目標焼入温度は、ワーク1を構成する材料に応じてあらかじめ設定される。本実施形態のレーザ焼入システムにおいて、目標焼入温度は、制御盤5においてあらかじめ設定され記憶される。目標焼入温度は、前記のとおり焼入れのために必要とされるワーク1の加熱温度としての変態点以上の高温であり、鋼材であるワーク1に対して例えば約900℃として設定される。
したがって、焼入ビーム条件としては、図2(a)に示すように、ワーク位置に対して予想温度グラフG2で表される予想温度と、目標焼入温度T0(一点鎖線直線L1参照)との比較において、予想温度が目標焼入温度T0を上回る部分(符号P1、P2参照)に対応するワーク位置では、レーザ光2のエネルギレベルが、前記のとおり予想温度の予測に際して一定と仮定されたエネルギレベルよりも低くなるようなレーザ条件が採用される。逆に、予想温度が目標焼入温度T0を下回る部分(符号P3参照)に対応するワーク位置では、レーザ光2のエネルギレベルが、前記のとおり予想温度の予測に際して一定と仮定されたエネルギレベルよりも高くなるようなレーザ条件が採用される。
そして、このようなワーク位置による目標焼入温度T0に対する予想温度の高低に基づく、レーザ条件によるレーザ光2のエネルギレベルの調整は、予想温度が目標焼入温度T0となるように(目標焼入温度T0に一致するように)行われる。つまり、焼入ビーム条件の設定において、レーザ光2のエネルギレベルの調整量は、予想温度の目標焼入温度T0に対する温度差の大きさに応じた量となる。
焼入ビーム条件は、例えば、図2(b)に示すレーザ出力グラフG3のように表される。図2(b)のグラフにおいて、横軸は照射部位1aのワーク位置を示し、縦軸はレーザ出力を示す。すなわち、本例では、焼入ビーム条件の設定に際して調整されるレーザ条件として、レーザ出力が採用されている。そして、レーザ出力グラフG3からわかるように、焼入ビーム条件としてのレーザ出力は、予想温度が目標焼入温度T0を上回る部分(図2(a)符号P1、P2参照)に対応するワーク位置では相対的に弱くなるように設定され、予想温度が目標焼入温度T0を下回る部分(図2(a)符号P3参照)に対応するワーク位置では相対的に強くなるように設定される。
そして、このようなワーク位置による目標焼入温度T0に対する予想温度の高低に基づくレーザ出力の調整は、前記のとおり予想温度が目標焼入温度T0となるように(目標焼入温度T0に一致するように)行われる。したがって、レーザ出力グラフG3の形状は、予想温度グラフG2との関係において、凹凸が逆となるような形状となる。言い換えると、ワーク位置との関係において、予想温度グラフG2における山形状の部分はレーザ出力グラフG3において谷形状の部分となり、予想温度グラフG2における谷形状の部分はレーザ出力グラフG3において山形状の部分となる。つまり、焼入ビーム条件としてのレーザ出力は、予想温度の目標焼入温度T0に対する温度差が相殺されるようなエネルギレベルとなるように設定される。
なお、焼入ビーム条件の設定に際して調整されるレーザ条件は、制御盤5によって制御されるレーザ条件であればよく、レーザ出力のほか、走査速度および照射面積が含まれる。すなわち、焼入ビーム条件の設定に際して調整されるレーザ条件としては、例えば、レーザ出力、走査速度、および照射面積のうちのいずれか一つ、あるいは二つ以上の組合せが採用される。
このように、本実施形態のレーザ焼入方法においては、ワーク1の焼入れに際して、ワーク位置に対応する予想温度の目標焼入温度T0に対する温度差に基づいて、焼入ビーム条件があらかじめ求められる。
このような焼入ビーム条件は、制御盤5において記憶される。このため、本実施形態のレーザ焼入システムにおいては、図1に示すように、制御盤5において第二の記憶部14が備えられる。すなわち、第二の記憶部14は、予想温度算出部13により算出されたワーク位置に対応する予想温度の、目標焼入温度T0に対する温度差に基づいて、照射部位1aの温度が目標焼入温度T0となるようなワーク1に対するレーザ条件である焼入ビーム条件をあらかじめ記憶する。
そして、ワーク1の焼入れにおいてレーザ条件が焼入ビーム条件に基づいて制御される。すなわち、焼入走査照射にともない、焼入ビーム条件に基づいて、ワーク1に対するレーザ条件が制御される。ここで制御されるレーザ条件としては、前記のとおり焼入ビーム条件として採用され得るレーザ出力、走査速度、および照射面積が含まれる。
したがって、焼入ビーム条件にレーザ出力が含まれる場合は、焼入ビーム条件に基づいて、発振器制御部11によってレーザ出力が制御される。また、焼入ビーム条件に走査速度が含まれる場合は、焼入ビーム条件に基づいて、発振器制御部11等によって走査速度が制御される。また、焼入ビーム条件に照射面積が含まれる場合は、焼入ビーム条件に基づいて、発振器制御部11によって、あるいはデフォーカス値の調整によって照射面積が制御される。
このようなワーク1の焼入れにおける焼入ビーム条件に基づくレーザ条件の制御は、本実施形態のレーザ焼入システムに備えられる制御盤5によって行われる。すなわち、制御盤5は、焼入走査照射にともない、第二の記憶部14に記憶された焼入ビーム条件に基づいて、ワーク1に対するレーザ条件を制御する。
以上説明した本実施形態のレーザ焼入方法について、図3に示すフロー図を用いて説明する。本実施形態のレーザ焼入方法では、まず、予備照射による温度測定工程が行われる(S110)。すなわち、ワーク1に対するレーザ光2の走査照射としての予備照射にともなう照射部位1aの温度の測定(予備照射温度の測定)が行われる。これにより、ワーク位置と予備照射温度との相関関係が求められる(図2(a)、予備照射温度グラフG1参照)。
次に、予備照射温度に基づく予想温度の算出工程が行われる(S120)。すなわち、予備照射温度が用いられることで、予想温度が、ワーク位置と予備照射温度との相関関係を反映してワーク位置に対応して変化する温度(図2(a)、予想温度グラフG2参照)として、所定の温度予測式(上記式(1)参照)により算出される。
続いて、焼入ビーム条件の設定工程が行われる(S130)。すなわち、予想温度(図2(a)、予想温度グラフG2参照)と、所定の目標焼入温度(同図(a)、目標焼入温度T0参照)との関係に基づいて、ワーク1に対するレーザ条件である焼入ビーム条件(図2(b)、レーザ出力グラフG3参照)が求められ設定される。
そして、焼入ビーム条件に基づくレーザ焼入工程が行われる(S140)。すなわち、あらかじめ求められた焼入ビーム条件に基づいてレーザ条件(レーザ出力、走査速度、照射面積等)が制御されながら、ワーク1に対するレーザ光2によるレーザ焼入れが行われる。
なお、上記のような一連の工程の流れにおいて、予備照射による温度測定工程(S100)にて予備照射が行われてから、レーザ焼入工程(S140)にてワーク1に対してレーザ光2が走査照射されるまでの間において、必要に応じてワーク1の放熱工程が行われる。すなわち、かかる放熱工程では、予備照射を受けることによって温度が上昇したワーク1が、予備照射を受ける前の温度(常温)と同程度の温度となるまでワーク1の放熱が行われる。したがって、ここで行われる放熱工程は、予備照射を受けたワーク1が常温となるまでの時間が確保される工程となる。なお、予備照射を受けたワーク1を常温とさせるためには、所定の方法によってワーク1を冷却させる工程が行われてもよい。
このように、ワーク1の放熱工程が行われることで、ワーク1の焼入れ時における照射部位1aの温度が必要以上に高くなることを防止することができる。これにより、予想温度に基づいて求められる焼入ビーム条件によるレーザ光2の制御の正確性が向上する。
以上の本実施形態のレーザ焼入れによれば、ワーク1において形状や大きさや表面性状等の個体バラツキが存在する場合や、ワーク1が初めて焼入れを行うものである場合等であっても、レーザ光2の照射による焼入温度を安定させることができ、安定した焼入深さや硬さを有する良好な硬化層を均一的に得ることができる。
すなわち、本実施形態のレーザ焼入れに際して行われる予備照射にともなって測定される予備照射温度は、ワーク1の形状や大きさや表面性状等の個体バラツキに応じてワーク位置によって変化する。そして、焼入ビーム条件は、予備照射温度の変化を反映する温度として予測される予想温度が所定の目標焼入温度となるように調整されるレーザ条件である。このため、かかるレーザ条件に基づいて制御されるレーザ光2によってワーク1の焼入れが行われることで、ワーク1において存在する形状等の個体バラツキ等にかかわらず、焼入温度の均一化を図ることができる。結果として、ワーク1の焼入部分として均一的な硬化層を形成することが可能となる。
なお、ワーク1についての焼入ビーム条件は、ワーク1の形状や表面性状等によって変化する予備照射温度から予測される予想温度に基づいて設定される。また、予備照射温度に基づく予想温度の予測は、前述したように、レーザ条件および母材条件が共通である限り形状や表面性状の異なる複数種類のワーク1において共用することができる温度予測式(上記(1)参照)が用いられて行われる。これらのことから、ワーク1についての焼入ビーム条件は、ワーク1を構成する材料の種類(母材条件)、形状、表面性状がある程度同じであれば、複数のワーク1間において共用することができる。
本実施形態のレーザ焼入方法の一実施例について、温度測定結果等を用いて説明する。図4に示すように、本実施例に係るレーザ焼入方法では、ワーク1における焼入部分は、所定の基準位置(ワーク位置=0mm)に対してワーク位置が約5mmの位置から約24mmの位置までの範囲の直線状の部分である。かかる焼入部分に対して予備照射が行われることで、図4に示すような予備照射温度グラフG11が得られた。
本実施例では、予備照射温度グラフG11からわかるように、予備照射温度が、約5mmの位置から約20mmの位置までは、500℃から600℃の間の中間の温度で略一定であるとともに、22mmの位置付近で約650℃程度のピーク(符号P11参照)を有する。このような予備照射温度グラフG11として表される予備照射温度から、上記式(1)のような所定の温度予測式によって算出された予想温度は、予想温度グラフG12で表される。
予想温度は、予備照射温度のワーク位置による変化を反映して変化する温度として予測される。このため、本実施例では、予想温度グラフG12からわかるように、予想温度は、予備照射温度と同様、約5mmの位置から約20mmの位置までは、900℃から1000℃の間の中間の温度で略一定であるとともに、22mmの位置付近で約1000℃程度のピーク(符号P12参照)を有する。
予想温度グラフG12からわかるように、本実施例における予想温度は、ピーク部分(符号P12)が存在する側(図4のグラフにおいて右側)のワーク位置で相対的に高くなっている。このため、本実施例では、焼入ビーム条件は、予想温度が相対的に高くなるワーク位置で、レーザ光2のエネルギレベルが相対的に低くなるようなレーザ条件として設定される。
本実施例の焼入ビーム条件は、図5に示すレーザ出力グラフG13のように表される。すなわち、本実施例では、焼入ビーム条件の設定に際して調整されるレーザ条件として、レーザ出力が採用されている。そして、レーザ出力グラフG13からわかるように、焼入ビーム条件としてのレーザ出力は、予想温度が相対的に低く略一定となる部分に対応するワーク位置の範囲(図4矢印範囲D1参照)では500Wとして設定され、予想温度が相対的に高くなる部分に対応するワーク位置の範囲(矢印範囲D2)では440Wとして設定される。つまり、本実施例では、レーザ条件として、予想温度が相対的に高くなる部分に対応するワーク位置でレーザ出力が500Wから440Wに下げられることで、レーザ光2のエネルギレベルが相対的に低くされている。
レーザ出力グラフG13で表されるような焼入ビーム条件が用いられてワーク1に対するレーザ条件が制御されながらワーク1の焼入れが行われることにより、焼入れに際してのワーク位置による照射部位1aの測定温度(焼入温度)を示すグラフとして、図4に示す焼入温度グラフG14が得られた。焼入温度グラフG14からわかるように、焼入ビーム条件に基づいてレーザ条件の制御が行われた部分(矢印範囲D1およびD2)については、焼入温度が全体的に安定している。つまり、予想温度グラフG12と焼入温度グラフG14との比較において、焼入温度については、予想温度が有するピーク(符号P12参照)の部分に対応するワーク位置における温度上昇がなく、温度の均一化が図られている。
図6は、本実施例に対する比較例のグラフを示す図である。本比較例では、ワーク1に対する予備照射が行われた後、上記実施例のような焼入ビーム条件に基づくレーザ条件の制御が行われることなく、ワーク1の焼入れが行われている。つまり、本比較例は、予備照射温度の測定、および予想温度の算出が行われる一方、焼入走査照射が一定のエネルギレベルで行われた場合についての温度測定結果等を示す。
本比較例では、予備照射温度として、図6において予備照射温度グラフG21で表されるような温度が測定された。そして、かかる予備照射温度から算出される予想温度として、図6において予想温度グラフG22で表されるような温度が予測された。予想温度は、上記実施例と同様、予備照射温度のワーク位置による変化を反映して変化する温度として予測される。
このように予想温度グラフG22で表される予想温度に対し、前記のとおりワーク1の焼入れに際してレーザ条件の制御が行われない(レーザ光2のエネルギレベルが一定の)本比較例では、図6において焼入温度グラフG24で表されるような焼入温度が測定された。すなわち、本比較例では、予想温度グラフG22と焼入温度グラフG24との比較からわかるように、焼入温度は、予想温度に略一致する。かかる現象は、上記実施例のような焼入レーザ条件に基づくレーザ条件の制御が行われない場合、焼入温度は予備照射温度と同様にワーク1の形状や表面性状等に応じて変動すること、および、予備照射温度に基づいて算出される予想温度が、レーザ光2のエネルギレベルが一定である場合の焼入温度に対応していることを示す。
なお、上記実施例では、焼入ビーム条件として調整されるレーザ出力は、500Wと440Wの二段階に変化するように設定されているが、ワーク位置による予想温度の変化に応じて、三段階以上の多段階的にあるいは連続的に変化するように設定される。また、上記実施例では、焼入ビーム条件の設定に際して調整されるレーザ条件として、レーザ出力が採用されているが、かかるレーザ条件としては、走査速度および照射面積が適宜用いられる。
また、本実施形態のレーザ焼入れにおいて行われる予備照射は、焼入温度を安定させ、ワーク1における焼入部分の焼入深さや硬さを安定させるという効果をもたらす。かかる効果は、次のような現象に基づく。
ワーク1においては、例えば焼入れの前の加工工程で用いられた切削油等の加工油やゴミ等の付着物(汚れ)が表面に存在する場合がある。このような付着物が焼入部分の表面に存在している状態でレーザ焼入れが行われると、焼入温度が不安定となり、焼入部分の焼入深さや硬さが不安定となる場合がある。すなわち、ワーク1において焼入部分の表面に存在する付着物は、ワーク1の表面におけるレーザ光2の吸収率を変化させる原因となる。このため、焼入部分の表面に付着物が存在することにより、レーザ光2の吸収率にバラツキが生じ、焼入温度が不安定となる。
そこで、ワーク1の焼入部分に対して予備照射が行われることにより、照射部位1aの温度が数百度程度に上昇することで、前記のように焼入部分の表面に存在する付着物が除去されるという作用が得られる。これにより、付着物の存在が原因で生じる焼入温度の不安定化が解消され、焼入部分の焼入深さや硬さが安定する。つまり、ワーク1に対して予備照射が行われることにより、焼入部分の表面についてクリーニング作用が得られ、焼入温度が安定し、焼入部分の焼入深さや硬さの安定化が図られる。
このような予備照射によって得られる付随的な効果について、測定結果例を用いて説明する。本例は、予備照射が行われた場合の焼入温度の測定値と、予備照射が行われなかった場合の焼入温度の測定値との比較である。図7において、グラフG31は、予備照射有りの場合の焼入温度グラフであり、グラフG32は、予備照射無しの場合の焼入温度グラフである。図7の各グラフに示されるように、本例では、予備照射有りの場合の焼入部分は、ワーク位置が所定の基準位置(ワーク位置=0mm)から約80mmの位置までの範囲の部分であり、予備照射無しの場合の焼入部分は、ワーク位置が所定の基準位置から約100mmの位置までの範囲の部分である。ただし、ワーク1における焼入部分の形状(断面形状)は、両方の場合で略同じである。
本例において、焼入温度の測定条件(レーザ条件)は次のとおりである。すなわち、予備照射有りの場合(グラフG31)における予備照射についてのレーザ条件は、レーザ出力:500W、速度500mm/min、照射面積30mm2(入熱量:60W・s/mm、エネルギ密度:16.7W/mm2)である。また、焼入れについてのレーザ条件は、予備照射有りの場合(グラフG31)と予備照射無しの場合(グラフG32)の場合とで共通であり、レーザ出力:750W、速度380mm/min、照射面積30mm2(入熱量:118W・s/mm、エネルギ密度:25W/mm2)である。
このようなレーザ条件の下での焼入温度の測定結果として、図7に示すような各グラフG31、G32が得られた。予備照射有りの場合のグラフG31と予備照射無しの場合のグラフG32との比較からわかるように、予備照射が行われた場合は、焼入温度の変動の幅つまり焼入温度のバラツキが比較的小さい。具体的には、焼入温度の測定データのバラツキを表す標準偏差の値として、予備照射無しの場合は62.7という数値が得られたのに対し、予備照射有りの場合は34.1という数値が得られた。つまり、本測定結果例では、予備照射が行われることで、焼入温度のバラツキが、標準偏差の値で62.7から34.1に低減されている。
このように、ワーク1に対する焼入れが施される前に、予備照射が行われることで、焼入部分の焼入深さや硬さに影響する焼入温度のバラツキを低減することができる。したがって、例えば工場の生産ライン等において複数のワーク1に対してレーザ焼入れが施される場合、全てのワーク1に対して予備照射が行われることが好ましい。
すなわち、ワーク1の焼入れに用いられる焼入ビーム条件は、前述したようにワーク1を構成する材料の種類、形状、表面性状がある程度同じであれば、複数のワーク1間において共用することができる。したがって、例えば工場の生産ライン等で材料の種類や形状等が略同じの複数のワーク1についてレーザ焼入れが行われる場合において、複数のワーク1で焼入ビーム条件が共用されるときには、ワーク1に対する予備照射は、焼入ビーム条件の設定のためには、その焼入ビーム条件の設定に用いられるワーク1に対してのみ行われればよい。この点、例えば工場の生産ライン等で複数のワーク1に対してレーザ焼入れが施される場合、焼入ビーム条件の設定に用いられるワーク1以外のワーク1を含む全てのワーク1に対して(焼入ビーム条件の設定の有無にかかわらず)予備照射が行われることで、前述したような予備照射による付随的な効果が得られることができる。
また、本実施形態のレーザ焼入れにおいては、前述したように焼入ビーム条件に基づくレーザ条件の制御について、焼入温度の測定値に基づくフィードバック制御による補正(以下「レーザ条件補正」という。)が行われることが好ましい。すなわち、本実施形態におけるレーザ条件補正は、ワーク1の焼入れにおいて、焼入ビーム条件に基づいてレーザ条件が制御されている状態において、照射部位1aについての測定温度(焼入温度)の値が、所定の目標温度の値(狙い値)と比較され、その比較結果に基づいて、焼入ビーム条件に基づくレーザ条件の制御量が補正される。
したがって、レーザ条件補正が行われる場合、焼入走査照射にともない、照射部位1aの温度測定(以下「焼入温度測定」という。)が行われる。焼入温度測定は、予備照射温度が測定される場合と同様に、温度測定装置4によって行われる。すなわち、レーザ条件補正が行われる場合、温度測定装置4は、ワーク1に対して焼入走査照射が行われることで照射部位1aから放射される反射光の一部を受けて、照射部位1aの温度を測定する。
そして、焼入温度に対する所定の目標温度となる目標焼入温度(図2(a)、目標焼入温度T0参照)に基づく目標温度(以下単に「目標温度」という。)と、焼入温度測定による測定温度(以下「測定焼入温度」という。)との比較による差に基づいて、ワーク1に対するレーザ条件を制御するフィードバック制御により、焼入ビーム条件に基づくワーク1に対するレーザ条件の制御が補正される。
すなわち、測定焼入温度が、目標温度よりも高い場合、レーザ光2のエネルギレベルが低くなるように、焼入ビーム条件に基づいて制御されているレーザ条件が補正される。また、測定焼入温度が、目標温度よりも低い場合、レーザ光2のエネルギレベルが高くなるように、焼入ビーム条件に基づいて制御されているレーザ条件が補正される。このように、焼入ビーム条件に基づくレーザ条件の制御量が、測定焼入温度が目標温度に追従するように(一致するように)、焼入温度についてのフィードバック制御による補正が行われる。
具体的には、焼入走査照射にともない、焼入温度測定が行われる。ここで測定された測定焼入温度に基づき、フィードバック信号が生成される。そして、この測定焼入温度に基づいて生成されたフィードバック信号が、あらかじめ設定されている目標温度に基づく入力信号と比較される。かかる比較によって、入力信号とフィードバック信号との差(偏差)が求められる。この入力信号とフィードバック信号との差に基づいて、レーザ条件に対する制御信号が生成され、この制御信号に基づいてレーザ条件の制御の補正が行われる。ここで、レーザ条件に対する制御信号は、焼入ビーム条件に基づいて制御されるレーザ条件、つまりレーザ出力、走査速度、および照射面積のうちのいずれか一つ、あるいは二つ以上の組合せとして採用されるレーザ条件に対するものである。
したがって、例えば図8に示すように、レーザ条件補正が行われない場合の測定焼入温度が、ワーク位置との関係においてグラフG44で表されるとする。これに対し、本例では、目標温度が、900℃に設定される(破線直線L41参照)。かかる場合、測定焼入温度と目標温度(900℃)との比較において、測定焼入温度が900℃を上回る部分に対応するワーク位置では、焼入ビーム条件に基づいて制御されるレーザ条件が、レーザ光2のエネルギレベルが低くなるように補正される(矢印A41、A42参照)。また、測定焼入温度が900℃を下回る部分に対応するワーク位置では、焼入ビーム条件に基づいて制御されるレーザ条件が、レーザ光2のエネルギレベルが高くなるように補正される(矢印A43参照)。このように、レーザ条件補正では、測定焼入温度の目標温度との偏差が、フィードバック制御によって補正される。なお、図8において、グラフG41は、本例におけるワーク位置による予備照射温度の変化を表す。
また、本例では、レーザ条件補正として行われるフィードバック制御において狙い値となる目標温度として、所定の温度である900℃という値が用いられているが、目標温度としては、幅を有するもの(温度範囲)であってもよい。つまり、フィードバック制御において、測定焼入温度が、目標温度としての所定の温度範囲内に入ることが目標とされてもよい。したがって、目標温度が所定の温度範囲として設定される場合、測定焼入温度が所定の温度範囲の上限値を上回った場合、レーザ光2のエネルギレベルが低くなるようにレーザ条件が補正され、測定焼入温度が所定の温度範囲の下限値を下回った場合、レーザ光2のエネルギレベルが高くなるようにレーザ条件が補正される。
このようなレーザ条件補正は、制御盤5によって行われる。このため、本実施形態のレーザ焼入システムにおいては、図1に示すように、制御盤5において補正部15が備えられる。すなわち、補正部15は、目標温度と、測定焼入温度との比較による差に基づいて、ワーク1に対するレーザ条件を制御するフィードバック制御により、第二の記憶部14に記憶された焼入ビーム条件に基づくワーク1に対するレーザ条件の制御を補正する。
つまり、制御盤5に備えられる補正部15は、温度測定装置4によって測定される測定焼入温度についての温度測定データを記録する機能を有するとともに、その記録した温度測定データと、あらかじめ設定されている目標温度とに基づいて、レーザ条件のフィードバック制御による補正を行う。
したがって、レーザ条件補正に際しては、温度測定装置4によって測定される測定焼入温度についての温度測定データを記録するための装置(温度測定データ記録装置)が、制御盤5とは別体で設けられてもよい。かかる構成では、レーザ条件補正としてのフィードバック制御は、次のようにして行われる。すなわち、温度測定データ記録装置が、温度測定装置4および制御盤5に接続され、温度測定装置4によって測定された測定焼入温度が、温度測定データ記録装置に測定データとして記録される。温度測定データ記録装置に記録された測定データは、制御盤5の補正部15に対してフィードバック信号として送られる。そして、補正部15において、あらかじめ設定されている目標温度に基づく入力信号とフィードバック信号とが比較され、レーザ条件に対する制御信号が生成される。この制御信号に基づいてレーザ条件の制御の補正が行われる。
以上のように、測定焼入温度に基づくフィードバック制御によるレーザ条件補正が行われることにより、焼入ビーム条件に基づいて制御されるレーザ条件によるワーク1の焼入れにおいて、実際の焼入状況に応じて焼入温度を目標温度に近付けることができるので、焼入温度の安定性の向上を図ることができる。
本発明の第二実施形態について説明する。なお、前述した本発明の第一実施形態と重複する部分については、同一の符号を用いる等して適宜説明を省略する。本実施形態のレーザ焼入れにおいては、焼入部分について、面粗度やレーザ光の吸収率等の表面性状と、レーザ光の照射を受けた場合の温度との関係を規定する複数のレーザ条件が、あらかじめ設定される。すなわち、所定のレーザ条件の下では、焼入部分の表面性状とレーザ光の照射を受けた場合の温度との関係が一義的に定まることから、かかる関係について複数種類のレーザ条件があらかじめ設定される。このように、所定のレーザ条件の下において焼入部分の表面性状とレーザ光の照射を受けた場合の温度との関係が一義的に定まることは、表面性状がレーザ光の吸収率そのものあるいは吸収率に関係するものであるため、一定のレーザ条件下では、吸収率によって変化する照射部位の温度は、表面性状に対して所定の関係性を有することに基づく。なお、焼入部分についての表面性状は、ワークの表面に対する機械加工の精度や表面処理の方法等に依存する。
複数のレーザ条件が設定された状態で、ワークの焼入れに際して、前述したような表面性状と温度との関係から、焼入部分の温度を把握するため、焼入部分の表面性状が測定される。そして、測定された表面性状に対応する、レーザ光の照射を受けた場合の温度が所定の目標温度に最も近くなるように、ワーク位置によって最適なレーザ条件が選択され、その選択されたレーザ条件に基づいて、焼入れに際してワークに走査照射されるレーザ光(レーザ条件)が制御される。ここで、ワーク位置によるレーザ条件の選択は、ワークに対して焼入れが行われながら(レーザ光が走査照射されながら)行われてもよく、ワークの焼入れに先立って行われてもよい。
図9に示すように、本実施形態のレーザ焼入システムは、レーザ発振器3と、制御盤5と、面粗度測定装置8とを備える。なお、本実施形態では、レーザ発振器3において発振され射出されたレーザ光2は、集光レンズ6により集光され、ワーク20に照射される(照射部位20a参照)。
本実施形態に係るワーク20は、鋳鉄からなる略直方体形状を有する部材(粗材)であり、レーザ光2が照射される面として、レーザ光2の照射方向に対して略垂直方向な平面部20bを有する。そして、ワーク20の平面部20bは、ワーク20が有する他の面(側面)とともに略直線状のエッジ部20cを形成し、このエッジ部20cが、ワーク20における焼入部分となる。
すなわち、レーザ光2は、ワーク20に対する走査照射として、エッジ部20cに沿う方向に移動しながら(走査されながら)、エッジ部20cに対して照射される。そして、本実施形態では、ワーク20の焼入れに際し、レーザ光2は、レーザ発振器3の移動により、照射部位20aがエッジ部20cに沿って移動する方向に所定の速度で走査される(矢印A2参照)。これにより、ワーク20のエッジ部20cにおける表面近傍に硬化層(焼入層)が形成される(図9、薄墨部分参照)。
面粗度測定装置8は、ワーク20におけるレーザ光2の照射面(焼入部分の表面、以下「レーザ照射面」という。)についての表面性状である面粗度を測定する表面性状測定手段として機能する。面粗度測定装置8は、触針8aを有する接触式のもの(接触式プローブ)であり、触針8aをレーザ照射面に接触させることにより、レーザ照射面の面粗度つまり表面粗さを測定する。なお、面粗度測定装置8としては、接触式のものに限られず、レーザ光等の光を照射することでその反射光の性質等によって面粗度を測定する非接触式のもの(レーザ干渉計等)であってもよく、周知の構成のものが用いられる。
面粗度測定装置8は、レーザ照射面において、レーザ光2の走査方向における照射部位20aよりも前方の部位についての面粗度を測定する。このため、面粗度測定装置8は、レーザ発振器3よりもレーザ光2の走査方向における前側(図9における左側)に設けられる。具体的には、面粗度測定装置8は、レーザ光2の走査方向について、面粗度測定装置8が有する触針8aのレーザ照射面に対する接触部分が、照射部位20aよりも前側に位置するように設けられる。
したがって、面粗度測定装置8は、図示せぬ保持機構によって保持された状態のワーク20に対して、所定の姿勢(例えば触針8aの接触方向が平面部20bに対して略垂直方向となる姿勢)を保った状態で、図示せぬ移動機構によってエッジ部20cに沿う方向に移動可能に設けられる。ここで、面粗度測定装置8は、例えばレーザ発振器3との関係において互いの相対的な位置関係を保ちつつ移動するように設けられる。面粗度測定装置8は、制御盤5に接続され、面粗度測定装置8によって測定された面粗度についての信号は、制御盤5に入力される。
以上のような構成を備える本実施形態に係るレーザ焼入システムにおいて行われるレーザ焼入方法について、以下に説明する。本実施形態に係るレーザ焼入方法においては、レーザ光2によるワーク20に対する焼入れの前に、ワーク20に対するレーザ条件として、レーザ照射面についての、面粗度と、レーザ光2の照射を受けた場合の温度(以下「仮定温度」という。)との関係を規定する条件であるビーム条件(以下「被選択ビーム条件」という。)が、あらかじめ複数種類設定される。
すなわち、レーザ照射面の表面性状としての面粗度は、レーザ照射面におけるレーザ光2の吸収率に関係する。具体的には、面粗度が高い(表面粗さが粗い)ほど、レーザ光2の吸収率は高くなって照射部位20aの温度は上昇しやすくなり、面粗度が低い(表面粗さが細かい)ほど、レーザ光2の吸収率は低くなって照射部位20aの温度は上昇しにくくなる。このような面粗度と照射部位20aの温度との関係は、一定のレーザ条件の下では一義的に定まる。そこで、面粗度と、照射部位20aの温度に対応する仮定温度との関係を規定するレーザ条件が、被選択ビーム条件としてあらかじめ複数種類設定される。
このような被選択ビーム条件は、制御盤5において記憶される。このため、本実施形態のレーザ焼入システムにおいては、図9に示すように、制御盤5においてビーム条件記憶部21が備えられる。すなわち、ビーム条件記憶部21は、ワーク20に対するレーザ条件として、面粗度と、仮定温度との関係を規定する被選択ビーム条件をあらかじめ複数種類記憶する。言い換えると、ビーム条件記憶部21において、被選択ビーム条件が記憶されることにより、面粗度と仮定温度との関係についてのデータベースが、あらかじめ複数種類の被選択ビーム条件ごとに対応して設定される。
具体的には、図10(a)に示すように、本実施形態では、ビーム条件記憶部21において、「第一レーザ条件」、「第二レーザ条件」、・・・「第五レーザ条件」の五種類の被選択ビーム条件21aが記憶され設定される。ただし、あらかじめ設定される被選択ビーム条件21aの数は限定されない。
被選択ビーム条件21aにより規定される面粗度と仮定温度との関係は、その被選択ビーム条件21a(レーザ条件)の下における、面粗度測定装置8により測定される面粗度の測定値と、その面粗度の測定値に対応する仮定温度との関係である。つまり、仮定温度は、所定のレーザ条件と面粗度の測定値とから予想される温度となる。
被選択ビーム条件21aにより規定される面粗度と仮定温度との関係は、図10(a)に示すように、前記のとおり面粗度が高い(表面粗さが粗い)ほど照射部位20aの温度は上昇しやすくなる等の関係が、例えばグラフ21bのような一次関数(直線)として表される。そしてこの場合、五種類の被選択ビーム条件21aは、面粗度と仮定温度との関係を表すグラフ21bの傾きや切片等が異なる五種類の値となるように設定される。
このように、五つの被選択ビーム条件21aが設定された状態で、焼入走査照射にともない、レーザ照射面についての面粗度の測定が行われる。レーザ照射面についての面粗度の測定は、前記のとおり接触式の面粗度測定装置8によって行われる。すなわち、面粗度測定装置8は、触針8aをレーザ光2の走査方向における照射部位20aよりも前方の部位(焼入走査照射においてレーザ光2が照射される前の部分)に接触させることにより、レーザ照射面の面粗度を測定する。
このような焼入走査照射にともなう面粗度測定装置8によるレーザ照射面の面粗度の測定が行われることで、五つの被選択ビーム条件21aから、最適ビーム条件が選択される。ここで、最適ビーム条件としては、面粗度の測定値に対応する、仮定温度が、ワーク20を構成する材料に応じてあらかじめ設定される所定の目標焼入温度に最も近くなる被選択ビーム条件21aが選択される。
すなわち、五つの被選択ビーム条件21aのうち、いずれかの被選択ビーム条件21a(例えば第一レーザ条件)の下で、ワーク20の焼入れ(焼入走査照射)が開始される。焼入走査照射が開始されるとともに、面粗度測定装置8によるレーザ照射面についての面粗度の測定が行われる。ここで、面粗度測定装置8によって面粗度の測定が行われる部分は、レーザ光2の走査方向における照射部位20aよりも前方の部位である。
そして、面粗度測定装置8による面粗度の測定が行われた時点での被選択ビーム条件(第一レーザ条件)において、面粗度の測定値から、グラフ21bにより、対応する仮定温度が算出される。ここで算出された仮定温度が、例えば目標焼入温度よりも所定量以上高い場合、面粗度の測定値に対応する仮定温度が低くなるように、傾きまたは切片が比較的小さいグラフ21bを規定する被選択ビーム条件21a(例えば第二ビーム条件)が、最適ビーム条件として選択される。
ここでの被選択ビーム条件21aの選択は、面粗度の測定値に対応する仮定温度が、目標焼入温度に最も近くなるように行われる。したがって、面粗度が測定された時点からの被選択ビーム条件21aの変更(切換え)は、例えば面粗度の測定値に対応する仮定温度の目標焼入温度に対する温度差を基準に行われる。つまり、面粗度の測定値に対応する仮定温度の目標焼入温度に対する温度差が、例えばあらかじめ設定された所定量以上である場合、その温度差がより小さくなる被選択ビーム条件21aが選択され、その選択された被選択ビーム条件21aにレーザ条件が変更される。このため、設定される被選択ビーム条件21aの数が多いほど、被選択ビーム条件21aの変更の基準となる、面粗度の測定値に対応する仮定温度の目標焼入温度に対する温度差の大きさを小さく(細かく)設定することができ、仮定温度を目標焼入温度に精度良く近付けることができる。
最適ビーム条件の選択の手法の一例について、図11を用いて説明する。本例では、被選択ビーム条件21aとしての第一レーザ条件と第二レーザ条件との比較において、いずれのビーム条件が選択されるかを例として説明する。
図11(a)に示すように、第一レーザ条件の下においては、面粗度の測定値がR1である場合、グラフ21bにより、対応する仮定温度T1が算出される。仮定温度T1は、目標焼入温度T0に対して温度差(絶対値)ΔT1を有する。一方、図11(b)に示すように、第二レーザ条件の下においては、面粗度の測定値R1から、グラフ21bにより、対応する仮定温度T2が算出される。仮定温度T2は、目標焼入温度T0に対して温度差(絶対値)ΔT2を有する。温度差ΔT2は、温度差ΔT1よりも小さい(ΔT1>ΔT2)。
このような場合、第一レーザ条件と第二レーザ条件との比較において、被選択ビーム条件21aとしては第二レーザ条件が選択される。つまり、この場合、第一レーザ条件よりも第二レーザ条件の方が、面粗度の測定値R1に対応する仮定温度が目標焼入温度T0に近いことから、第二レーザ条件が選択される。したがって、この場合、面粗度が測定された時点でのレーザ条件が第一レーザ条件のときには、レーザ条件が第二レーザ条件に変更される。かかる手法に基づいて、五つの被選択ビーム条件21aから、面粗度の測定値に対応する仮定温度が目標焼入温度に最も近くなる最適ビーム条件が選択される。
このような最適ビーム条件の選択は、前記のとおりレーザ光2の走査方向における照射部位20aよりも前方の部位について測定される面粗度に基づいて行われる。このため、レーザ光2が照射される部分についてのレーザ条件は、あらかじめ最適ビーム条件に基づいて制御される状態となる。
このような最適ビーム条件の選択は、制御盤5において行われる。このため、本実施形態のレーザ焼入システムにおいては、図9に示すように、制御盤5においてビーム条件選択部22が備えられる。すなわち、ビーム条件選択部22は、ビーム条件記憶部21に記憶された複数の被選択ビーム条件21aから、面粗度測定装置8による面粗度の測定値に対応する仮定温度が、所定の目標焼入温度に最も近くなるビーム条件である最適ビーム条件を選択する。
そして、ワーク20の焼入れにおいてレーザ条件が最適ビーム条件に基づいて制御される。すなわち、焼入走査照射にともない、最適ビーム条件に基づいて、ワーク20に対するレーザ条件が制御される。ここで制御されるレーザ条件としては、前記のとおり焼入ビーム条件として採用され得るレーザ出力、走査速度、および照射面積が含まれる。
このようなワーク20の焼入れにおける最適ビーム条件に基づくレーザ条件の制御は、本実施形態のレーザ焼入システムに備えられる制御盤5によって行われる。すなわち、制御盤5は、焼入走査照射にともない、ビーム条件選択部22により選択された最適ビーム条件に基づいて、ワーク20に対するレーザ条件を制御する。
なお、本実施形態では、ワーク位置による面粗度に基づくレーザ条件の選択が、ワーク20に対して焼入れが行われながら(レーザ光2が走査照射されながら)行われているが、かかるレーザ条件の選択は、ワーク20の焼入れに先立ってあらかじめ行われてもよい。
この場合、ワーク20における焼入部分についての面粗度が、面粗度測定装置8によってあらかじめ測定される。そして、面粗度の測定値に基づいて、ビーム条件記憶部21に記憶されている被選択ビーム条件21aから、ワーク位置による最適ビーム条件がビーム条件選択部22によって選択される。このようにワーク位置について選択された最適ビーム条件が、レーザ条件についての制御プログラムとしてあらかじめ作成される。そして、焼入走査照射にともない、前記制御プログラムにしたがって自動的に選択される最適ビーム条件に基づいて、ワーク20に対するレーザ条件が制御される。
また、本実施形態では、レーザ条件の制御に際して用いられる焼入部分の表面性状として、面粗度が用いられているが、ここで用いられる表面性状としては、レーザ光2の吸収率(以下「レーザ吸収率」という。)、またはレーザ光2の反射率(以下「レーザ反射率」という。)であってもよい。つまり、本実施形態のレーザ焼入れにおいて、レーザ条件の制御に際して用いられるレーザ照射面についての表面性状としては、面粗度、レーザ吸収率、およびレーザ反射率のうちいずれかが採用される。
レーザ条件の制御に際して用いられるレーザ照射面についての表面性状が、レーザ吸収率である場合においては、本実施形態のレーザ焼入システムにおいて備えられる面粗度測定装置8の代わりに、レーザ吸収率を測定するための装置が用いられる。かかる装置としては、周知の構成のものが用いられる。そして、表面性状としてレーザ吸収率が用いられる場合、図10(b)に示すように、ビーム条件記憶部21において記憶される被選択ビーム条件21aは、レーザ吸収率と仮定温度との関係を規定するものとなる。また、この場合、レーザ吸収率が高いほど照射部位20aの温度が上昇しやすくなる関係が、例えばグラフ21bのような一次関数として表される。
同様にして、レーザ条件の制御に際して用いられるレーザ照射面についての表面性状が、レーザ反射率である場合においては、本実施形態のレーザ焼入システムにおいて備えられる面粗度測定装置8の代わりに、レーザ反射率を測定するための装置が用いられる。かかる装置としては、周知の構成のものが用いられる。そして、表面性状としてレーザ反射率が用いられる場合、図10(c)に示すように、ビーム条件記憶部21において記憶される被選択ビーム条件21aは、レーザ反射率と仮定温度との関係を規定するものとなる。また、この場合、レーザ反射率が高いほど照射部位20aの温度が上昇しにくくなる関係が、例えばグラフ21bのような一次関数として表される。
以上の本実施形態のレーザ焼入れによれば、ワーク20において表面性状の個体バラツキが存在する場合や、ワーク20が初めて焼入れを行うものである場合等であっても、レーザ光2の照射による焼入温度を安定させることができ、安定した焼入深さや硬さを有する良好な硬化層を均一的に得ることができる。
すなわち、本実施形態のレーザ焼入れに際して測定されるレーザ照射面についての面粗度等の表面性状は、ワーク20の個体バラツキやワーク位置によって変化する。そして、最適ビーム条件は、面粗度等の表面性状の変化にともなって表面性状の測定値に対応する仮定温度が所定の目標焼入温度となるように選択されるレーザ条件である。このため、かかるレーザ条件に基づいて制御されるレーザ光2によってワーク20の焼入れが行われることで、ワーク20において存在する個体バラツキ等にかかわらず、焼入温度の均一化を図ることができる。結果として、ワーク20の焼入部分として均一的な硬化層を形成することが可能となる。