以下、本発明を実施するための形態(以下実施形態という)を図面に従って説明する。
図1〜3は、本発明の実施形態に係る歪補償回路を備えるプリディストーション型歪補償増幅器の構成の概略を示す図である。本実施形態に係るプリディストーション型歪補償増幅器は、非線形特性を有する増幅器(電力増幅器)12からの出力信号中に残留する歪成分を低減させるためのプリディストーション(前置歪)を増幅器12への入力信号に予め与えることで歪補償を行うものである。
制御部14においては、所定のサンプル周期毎に生成されたディジタル信号(データ系列)である入力信号x(n)が前置歪補償部16に入力される。ここでのnはディジタル信号のサンプル時刻を表す。入力信号x(n)は、実部(同相成分I(n))と虚部(直交成分Q(n))とを有する複素信号(変調信号)であり、変調に応じた周波数帯域幅を有する。入力信号x(n)は、同相成分I(n)と直交成分Q(n)とを用いて以下の(2)式で表すことが可能である。また、入力信号x(n)は、ベースバンド信号であってもよいし、IF信号であってもよい。
x(n)=I(n)+j・Q(n) (2)
前置歪補償部16は、増幅器12への入力信号x(n)にプリディストーション(前置歪)を与えたプリディストーション信号(前置歪信号)y(n)を生成して出力する。前置歪補償部16で前置歪が与えられたプリディストーション信号(ディジタル信号)y(n)は、D/Aコンバータ18を介して制御部14から出力されることで、アナログ信号y(t)に変換されて出力される。ここでのtはアナログ信号の時刻を表す。なお、前置歪補償部16で与える前置歪の詳細については後述する。
ミキサ20は、制御部14(D/Aコンバータ18)から供給されたプリディストーション信号y(t)に発振器22から出力された発振信号を混合することで、このプリディストーション信号y(t)をRF信号にアップコンバートして出力する。増幅器12は、ミキサ20から供給されたRF信号、つまり前置歪が与えられたプリディストーション信号y(t)を増幅して出力端子OUTへ出力する。増幅器12で増幅されるプリディストーション信号y(t)は変調に応じた周波数帯域幅を有するRF信号となる。増幅器12の入出力特性は非線形特性であるため、増幅器12で信号を増幅する際に歪が発生し、増幅器12からの出力信号z(t)には、増幅された入力信号成分(以下主信号成分とする)の他に歪成分も含まれる。そこで、増幅器12の非線形特性に起因して生じる歪成分を打ち消すために、前置歪補償部16で前置歪を増幅器12への入力信号x(n)に予め与えておく。その際には、前置歪補償部16で与える前置歪の特性を増幅器12の入出力特性の逆特性に一致させることで、増幅器12からの出力信号z(t)に生じる歪成分を打ち消すことができる。以下、前置歪補償部16で増幅器12への入力信号x(n)に前置歪を与えるための構成について説明する。
現サンプル時刻nにおける入力信号をx(n)、時刻nよりkサンプル前(kは0以上の整数)の時刻(n−k)における入力信号をx(n−k)とすると、前置歪補償部16は、前述の(1)式で表される多項式によりプリディストーション信号y(n)を演算する。前述のように、増幅器12の歪特性がメモリ効果の影響を受けると、増幅器からの出力信号z(t)に生じる歪成分の周波数特性が非対称となるが、(1)式で表される複数サンプル時刻における入力信号x(n−k)の多項式によりプリディストーション信号y(n)を演算することで、プリディストーション信号y(n)に周波数特性を付与することが可能となり、周波数特性が非対称となる歪成分を補償することが可能となる。ただし、(1)式では、必ずしも0から(L−1)(Lは2以上の整数)までのすべてのlの値に関してAl,k・|x(n−k)|l・x(n−k)の値を積算する必要はなく、例えば偶数のみのlの値に関してAl,k・|x(n−k)|l・x(n−k)の値を積算してy(n)の値を演算してもよい。また、(1)式では、必ずしも0から(K−1)(Kは2以上の整数)までのすべてのkの値に関してAl,k・|x(n−k)|l・x(n−k)の値を積算しなくてもよい。
(1)式で表されるプリディストーション信号y(n)を生成するための歪補償回路の構成例を図2に示す。図2では、(1)式で表される多項式y(n)における(l+1)次の項の総和(Al,0・|x(n)|l・x(n)+Al,1・|x(n−1)|l・x(n−1)+…)を演算するための構成を示しているが、実際には、以下に説明する、べき乗演算部152、乗算器154、遅延素子156−1〜156−4、及び乗算器158−1〜158−5の構成が、x(n−k)の多項式y(n)における各次数の項の総和を演算するために、各次数毎に対応して複数設けられる。
べき乗演算部152は、入力信号x(n)に基づいて、入力信号x(n)の絶対値(振幅レベル)のl乗(べき乗数)|x(n)|lを演算して出力する。乗算器154は、入力信号x(n)とべき乗数|x(n)|lとの積|x(n)|l・x(n)を演算して出力する。カスケード接続された遅延素子156−1〜156−4は、複数通りの1以上のkの値に関して、kサンプル分遅延させた信号|x(n)|l・x(n)を信号|x(n−k)|l・x(n−k)として出力する。図2に示す構成例では、遅延素子156−1からは信号|x(n)|l・x(n)を1サンプル分遅延させた信号|x(n−1)|l・x(n−1)が出力され、遅延素子156−2からは信号|x(n)|l・x(n)を2サンプル分遅延させた信号|x(n−2)|l・x(n−2)が出力され、遅延素子156−3からは信号|x(n)|l・x(n)を3サンプル分遅延させた信号|x(n−3)|l・x(n−3)が出力され、遅延素子156−4からは信号|x(n)|l・x(n)を4サンプル分遅延させた信号|x(n−4)|l・x(n−4)が出力される。各遅延素子156−1〜156−4では、複素数|x(n)|l・x(n)を遅延させる処理が行われる。
乗算器158−1〜158−5は、歪補償係数Al,kと信号|x(n−k)|l・x(n−k)との積Al,k・|x(n−k)|l・x(n−k)を複数通りの0以上のkの値に関してそれぞれ演算して出力する。図2に示す構成例では、乗算器158−1は、歪補償係数Al,0と乗算器154からの信号|x(n)|l・x(n)との積Al,0・|x(n)|l・x(n)を演算し、乗算器158−2は、歪補償係数Al,1と遅延素子156−1からの信号|x(n−1)|l・x(n−1)との積Al,1・|x(n−1)|l・x(n−1)を演算し、乗算器158−3は、歪補償係数Al,2と遅延素子156−2からの信号|x(n−2)|l・x(n−2)との積Al,2・|x(n−2)|l・x(n−2)を演算し、乗算器158−4は、歪補償係数Al,3と遅延素子156−3からの信号|x(n−3)|l・x(n−3)との積Al,3・|x(n−3)|l・x(n−3)を演算し、乗算器158−5は、歪補償係数Al,4と遅延素子156−4からの信号|x(n−4)|l・x(n−4)との積Al,4・|x(n−4)|l・x(n−4)を演算する。各乗算器158−1〜158−5では、複素数Al,kと複素数|x(n−k)|l・x(n−k)との乗算が行われる。
加算器160は、各乗算器158−1〜158−5で演算された積Al,k・|x(n−k)|l・x(n−k)(図2に示す構成例ではk=0〜4)を積算してその総和を演算することで、歪補償係数Al,kと信号|x(n−k)|l・x(n−k)との畳み込み和ΣAl,k・|x(n−k)|l・x(n−k)を演算する。図2に示す構成例では、畳み込み和ΣAl,k・|x(n−k)|l・x(n−k)は、Al,0・|x(n)|l・x(n)+…+Al,4・|x(n−4)|l・x(n−4)となる。ただし、遅延素子156−1〜156−4及び乗算器158−1〜158−5の個数については、任意に設定することが可能であり、畳み込み和ΣAl,k・|x(n−k)|l・x(n−k)を演算する際に積算する信号Al,k・|x(n−k)|l・x(n−k)の個数については、任意に設定することが可能である。このように、べき乗演算部152と乗算器154と遅延素子156−1〜156−4と乗算器158−1〜158−5と加算器160とを含んで、畳み込み和ΣAl,k・|x(n−k)|l・x(n−k)を演算する畳み込み演算部を構成することが可能である。
畳み込み演算部(べき乗演算部152と乗算器154と遅延素子156−1〜156−4と乗算器158−1〜158−5)は、x(n−k)の多項式y(n)における各次数毎に対応して複数設けられており、積Al,k・|x(n−k)|l・x(n−k)は複数通りのl及びkの値に関してそれぞれ演算される。そして、加算器160では、畳み込み和ΣAl,k・|x(n−k)|l・x(n−k)は、複数通りのlの値に関してそれぞれ演算される。例えば、べき乗演算部152と乗算器154と遅延素子156−1〜156−4と乗算器158−1〜158−5とを多項式y(n)における奇数次数(1次、3次、5次、…)毎に対応して設け、複数通りの偶数lの値(0,2,4,…)のそれぞれに関して畳み込み和ΣAl,k・|x(n−k)|l・x(n−k)を演算することも可能である。そして、加算器160は、各lの値毎に演算された畳み込み和ΣAl,k・|x(n−k)|l・x(n−k)を積算してその総和を演算することで、(1)式の多項式で表されるプリディストーション信号y(n)を生成して出力する。このように、図2に示す構成では、畳み込み演算(FIRフィルタ)を利用してプリディストーション信号y(n)を生成しており、各歪補償係数Al,kがFIRフィルタのタップ係数に相当する。なお、プリディストーション信号y(n)の演算の際には、各kの値毎に演算された積Al,k・|x(n−k)|l・x(n−k)を先に積算することもできるし、各lの値毎に演算された積Al,k・|x(n−k)|l・x(n−k)を先に積算することもできる。
次に、各歪補償係数Al,kを演算するための構成例について説明する。図1に示すように、増幅器12と出力端子OUTとの間には方向性結合器(カプラ)34が設けられており、増幅器12からの出力信号z(t)の一部が方向性結合器34により抽出される。ミキサ36は、方向性結合器34により抽出された出力信号(以下、帰還信号とする)resp(t)に発振器22から出力された発振信号を混合することで、この帰還信号(RF信号)resp(t)をIF信号またはベースバンド信号にダウンコンバートして出力する。ミキサ36の出力側に設けられたフィルタ38により、ミキサ36から出力された信号のうち低周波成分(IF成分またはベースバンド成分)のみが抽出される。フィルタ38を通過した後の帰還信号resp(t)は、A/Dコンバータ40によりアナログ信号からディジタル信号(データ系列)resp(n)に変換されてから制御部14内の多項式係数演算部70へ供給される。また、多項式係数演算部70には、前置歪が与えられる前の入力信号x(n)も供給される。多項式係数演算部70は、増幅器12の非線形特性を以下の(3)式で表される入力信号x(n)の多項式で近似して表す場合に、入力信号x(n)と帰還信号resp(n)(増幅器12からの出力信号)とに基づいて、(3)式で表される多項式の各係数Bl,fを複数通りの周波数帯域に関してそれぞれ演算して出力する。そして、歪補償係数演算部46は、多項式係数演算部70で各周波数帯域毎に演算された各係数Bl,fに基づいて、各歪補償係数Al,kを演算する。
多項式係数演算部70の構成例を図3に示す。歪発生器71は、(3)式で表される入力信号x(n)の多項式により、入力信号x(n)に歪を与えた信号(以下、近似信号とする)fit(n)を演算して出力する。(3)式は増幅器12の非線形特性を近似した多項式であるため、近似信号fit(n)には、増幅器12の非線形歪に相当する歪が与えられる。可変フィルタ72は、帰還信号resp(n)(増幅器12からの出力信号)における特定の周波数成分を抽出し、さらに、抽出する周波数成分(通過周波数帯域)を複数通りに変化させることが可能である。可変フィルタ74は、歪発生器71から出力される近似信号fit(n)における特定の周波数成分を抽出し、さらに、抽出する周波数成分(通過周波数帯域)を複数通りに変化させることが可能である。フィルタ特性制御部76は、可変フィルタ72,74の通過周波数帯域(可変フィルタ72,74が抽出する周波数成分)を制御し、近似信号fit(n)及び帰還信号resp(n)の周波数帯域の範囲内で可変フィルタ72,74の通過周波数帯域を複数通りに変化させる。フィルタ特性制御部76は、可変フィルタ72,74の通過周波数特性が等しくなる状態を保ちながら、可変フィルタ72,74が抽出する周波数成分を複数通りに変化させる。
相関演算部78は、フィルタ特性制御部76により可変フィルタ72,74が抽出する周波数成分を複数通りに変化させる場合に、可変フィルタ72を通過した帰還信号resp(n)と可変フィルタ74を通過した近似信号fit(n)との相関値を各周波数成分毎に演算して出力する。多項式係数制御部80は、相関演算部78で各周波数成分毎に演算された相関値に基づいて、(3)式で表される多項式の各係数Bl,fを各周波数帯域毎に制御する。可変フィルタ72,74を通過した帰還信号resp(n)及び近似信号fit(n)をそれぞれe2(n)及びe1(n)とすると、複素信号e2(n)と複素信号e1(n)との相関値(複素相互相関係数)ρmは以下の(4)式で表すことができる。(4)式において、Rは相関長を表す整数、mは2つの信号e2(n),e1(n)間の相対時間差(m=0は同時刻)である。
例えば図4に示すように、フィルタ特性制御部76は、可変フィルタ72,74の通過周波数帯域(中心周波数)をf0,f1,f2,f3,f4にそれぞれ変化させる。相関演算部78は、各周波数帯域f0〜f4毎に帰還信号resp(n)と近似信号fit(n)との複素相互相関係数ρmを演算する。多項式係数制御部80は、各周波数帯域f0〜f4毎に演算された複素相互相関係数ρmの実数部が最大となるような各係数Bl,fを各周波数帯域f0〜f4毎に検索する。ここでの検索アルゴリズムとしては、例えば全検索法やRMSやLMS等の公知のアルゴリズムを用いることができる。各周波数帯域f0〜f4毎に帰還信号resp(n)と近似信号fit(n)との相関値が最大となるような各係数Bl,fを演算することで、増幅器12の非線形特性を近似する多項式を各周波数帯域f0〜f4毎に求めることができる。増幅器12のメモリ効果に起因して歪成分の周波数特性が非対称となる場合は、各係数Bl,fは周波数帯域f0〜f4に応じて異なる値となる。また、各係数Bl,fを演算する際には、可変フィルタ72,74の通過周波数特性を等しくすることで、可変フィルタ72,74の通過周波数特性の影響はキャンセルされる。なお、各係数Bl,fを演算する周波数帯域の数については、上記に説明した5通りに限られるものではなく、任意に設定することが可能である。
各周波数帯域f0〜f4毎に演算された増幅器12の非線形特性を近似する多項式の例を以下の(5)式に示す。(5)式においては、周波数帯域f0に対応する多項式の係数をBl,f0、周波数帯域f1に対応する多項式の係数をBl,f1、周波数帯域f2に対応する多項式の係数をBl,f2、周波数帯域f3に対応する多項式の係数をBl,f3、周波数帯域f4に対応する多項式の係数をBl,f4としている。係数Bl,f0〜Bl,f4は、(5)式で表される多項式における(l+1)次の項に対応する係数を示しており、(5)式は、1次と3次と5次の項(奇数次の項)で増幅器12の非線形特性を近似した例を示している。ただし、増幅器12の非線形特性を近似する多項式の各項の次数については、(5)式に示した1次と3次と5次(奇数次)に限られるものではなく、任意に設定することが可能である。また、不確定を排除するために、各係数B0,f0〜B0,f4は全て1に設定される。
歪補償係数演算部46は、各周波数帯域f0〜f4毎に演算された多項式における(l+1)次の項に対応する係数Bl,f0〜Bl,f4に基づいて、(1)式で表される多項式における(l+1)次の項に対応する歪補償係数Al,kを演算する。ここでは、各周波数帯域f0〜f4毎の離散的な係数Bl,f0〜Bl,f4は、図5の実線に示すような(3)式の係数Bl,fの周波数特性を表す関数の一部と考えられる。図5(A)は係数Bl,fの振幅の周波数特性を示し、図5(B)は係数Bl,fの位相の周波数特性を示す。そして、図5において、横軸の周波数は、f2を基準とする(0とする)正規化周波数である。歪補償係数演算部46は、各係数Bl,f0〜Bl,f4に基づいて、図5の実線に示すような係数Bl,fの周波数特性を表す関数を演算する。その際には、係数Bl,fの周波数特性を表す関数の種類を予め用意しておき、この関数の各係数を例えば最小二乗法や線形補間等の公知の方法を用いて演算する。そして、歪補償係数演算部46は、係数Bl,fの周波数特性を表す関数をIFFT(逆周波数変換)を用いて周波数領域から時間領域に変換することで、図6に示すような時間軸のインパルス応答関数(Bl,0,Bl,1,Bl,2)に変換する。ここでのインパルス応答関数の各タップ係数(Bl,0,Bl,1,Bl,2)は複素数である。さらに、このインパルス応答のセンタタップ(図6に示す例ではBl,1)以外のタップ係数(図6に示す例ではBl,0,Bl,2)の符号を反転させる。ここでは、タップ係数を複素ベクトルと考え、センタタップ以外の複素ベクトルを反転(180°回転)させる。この反転させたインパルス応答の各タップ係数(複素ベクトル)は、各歪補償係数Al,kと考えることができる。図6に示す例では、Al,0=−Bl,0、Al,1=Bl,1、Al,2=−Bl,2とすることができる。ただし、インパルス応答のタップ数(演算する歪補償係数Al,kの数)については、上記に説明した3に限られるものではなく、任意に設定することが可能である。このように、時間軸のインパルス応答関数(Bl,0,Bl,1,Bl,2)に基づいて、(l+1)次の項に対応する歪補償係数Al,kを得ることができる。そして、歪補償係数Al,kは、(1)式で表される多項式における各項(各次数)毎に演算される。
以上説明した本実施形態では、増幅器12の非線形特性を近似した入力信号x(n)の多項式の各係数Bl,fを複数通りの周波数帯域f0〜f4に関してそれぞれ演算し、各周波数帯域f0〜f4毎に演算された各Bl,f0〜Bl,f4に基づいて各歪補償係数Al,kを演算している。これによって、各歪補償係数Al,kの値を変化させる前後においてスカラー量である歪成分電力が低減するか否かを判定しながら各歪補償係数Al,kの値を更新する摂動法を用いることなく各歪補償係数Al,kを演算することができるので、各歪補償係数Al,kを発散させることなく最適値に設定することができる。したがって、増幅器12のメモリ効果に起因して周波数特性が非対称となる歪成分を補償するための各歪補償係数Al,kを精度よく演算することができる。
本実施形態の構成による歪補償効果を実測により確認した結果を図7に示す。図7は、増幅器12からの出力信号電力の周波数特性を実測した結果を示しており、本実施形態の構成(メモリ効果対応)との比較対象として、歪補償を行わない場合(歪補償なし)の実測結果と、入力信号の瞬時値のみを考慮して歪補償を行う場合(メモリ効果非対応)の実測結果も図示している。ただし、図7において、横軸の周波数は、中心周波数を0とする正規化周波数である。図7に示すように、入力信号の瞬時値のみを考慮して歪補償を行う場合(メモリ効果非対応の場合)は、増幅器からの出力信号に生じる歪成分の周波数特性が非対称となって歪補償量が制限されるが、本実施形態の構成により、周波数特性が非対称となる歪成分を補償することができ、歪補償性能を向上できていることがわかる。
以下、本実施形態の他の構成例について説明する。
多項式係数演算部70の他の構成例を図8に示す。周波数変換部81は、帰還信号resp(n)(増幅器12からの出力信号)をFFT(周波数変換)を用いて時間領域から周波数領域のデータresp(f)(fは周波数)へ変換して出力する。データ選択部82は、周波数変換部81で周波数領域に変換された帰還信号resp(f)における特定の周波数成分を抽出し、さらに、抽出する周波数成分を複数通りに変化させることが可能である。逆周波数変換部83は、データ選択部82で特定の周波数成分が抽出された帰還信号resp(f)をIFFT(逆周波数変換)を用いて周波数領域から時間領域のデータresp(n)へ変換して出力する。周波数変換部84は、入力信号x(n)をFFT(周波数変換)を用いて時間領域から周波数領域のデータx(f)へ変換して出力する。データ選択部85は、周波数変換部84で周波数領域に変換された入力信号x(f)における特定の周波数成分を抽出し、さらに、抽出する周波数成分を複数通りに変化させることが可能である。逆周波数変換部86は、データ選択部85で特定の周波数成分が抽出された入力信号x(f)をIFFT(逆周波数変換)を用いて周波数領域から時間領域のデータx(n)へ変換して出力する。なお、周波数変換部81,84、データ選択部82,85、及び逆周波数変換部83,86の代わりに、抽出する周波数成分を複数通りに変化させることが可能な可変フィルタを用いることもできる。
入出力関係演算部87は、逆周波数変換部83からの帰還信号resp(n)(増幅器12からの出力信号)と逆周波数変換部86からの入力信号x(n)とに基づいて、増幅器12の入出力関係を複数通りの周波数帯域に関してそれぞれ演算する。ここでは、増幅器12の入出力関係として帰還信号respと入力信号xとの比resp/x(以下、伝達関数とする)が各周波数帯域毎に演算される。ヒストグラム演算部88は、入力信号x(n)の電力値|x(n)|2に対する伝達関数resp/xの特性を表すヒストグラムを各周波数帯域毎に演算する。ここでは、ヒストグラムの階級を入力信号x(n)の電力値|x(n)|2とし、その階級(電力値|x(n)|2)に対応する複素伝達関数resp/xの値を累積加算する。一定時間経過したところで、複素伝達関数resp/xの累積加算値を度数(各階級の累積加算数)で割って平均化する。この演算により、入力信号電力値|x(n)|2に対する複素伝達関数resp/x(平均値)の特性が得られる。入力信号電力値(瞬時入力電力)|x(n)|2に対する複素伝達関数resp/xのゲイン特性は、図9(A)に示すように増幅器12のAM−AM特性を表し、入力信号電力値(瞬時入力電力)|x(n)|2に対する複素伝達関数resp/xの位相特性は、図9(B)に示すように増幅器12のAM−PM特性を表す。この複素伝達関数resp/xの特性は、入力信号電力値|x(n)|2の多項式で近似して表すことが可能である。
多項式係数設定部90は、ヒストグラム演算部88で各周波数帯域毎に演算された、入力信号電力値|x(n)|2に対する複素伝達関数resp/xの特性に基づいて、以下の(6)式で表される多項式の各係数Bl,fを各周波数帯域毎に設定する。ここでは、(6)式で表される多項式がヒストグラム演算部88で演算された複素伝達関数resp/xの特性に一致する(あるいはほぼ一致する)ように、例えば最小二乗法等の公知の手法を用いて各係数Bl,fを設定することが可能である。増幅器12のメモリ効果に起因して歪成分の周波数特性が非対称となる場合は、入力信号電力値|x(n)|2に対する複素伝達関数resp/xの特性は周波数帯域に応じて異なる特性となり、各係数Bl,fは周波数帯域に応じて異なる値となる。なお、(6)式で表される多項式は複素伝達関数を表し、前述の(5)式で表される多項式よりも1次低い式となる。
例えば、データ選択部82は、帰還信号resp(f)から抽出する周波数成分を、帰還信号resp(f)の中心周波数より高い高域成分と、帰還信号resp(f)の中心周波数より低い低域成分と、帰還信号resp(f)の全周波数成分との複数通りに変化させることができる。同様に、データ選択部85は、入力信号x(f)から抽出する周波数成分を、入力信号x(f)の中心周波数より高い高域成分と、入力信号x(f)の中心周波数より低い低域成分と、入力信号x(f)の全周波数成分との複数通りに変化させることができる。その場合は、入出力関係演算部87は、高域成分と低域成分と全周波数成分とに関して複素伝達関数resp/xをそれぞれ演算し、ヒストグラム演算部88は、高域成分と低域成分と全周波数成分とに関して入力信号電力値|x(n)|2に対する複素伝達関数resp/xの特性をそれぞれ演算する。そして、多項式係数設定部90は、高域成分と低域成分と全周波数成分とに関して(6)式で表される多項式の各係数Bl,fをそれぞれ演算する。ただし、各係数Bl,fを演算する周波数帯域の数については、上記に説明した3通りに限られるものではなく、任意に設定することが可能である。また、複素伝達関数resp/xを近似する多項式の各項の次数については、(6)式に示した0次と2次と4次に限られるものではなく、任意に設定することが可能である。
また、本実施形態では、現サンプル時刻nにおける入力信号をx(n)、時刻nよりkサンプル前(kは0以上の整数)の時刻(n−k)における入力信号をx(n−k)、時刻nよりmサンプル前(mは0以上の整数)の時刻(n−m)における入力信号をx(n−m)とすると、前置歪補償部16は、以下の(7)式で表される多項式によりプリディストーション信号y(n−m)を演算することもできる。
(7)式から、増幅器12の入出力特性の逆特性に相当するy(n−m)/x(n−m)(以下、伝達関数とする)は、以下の(8)式で表される。前述の(1)式は、プリディストーション信号y(n)自体に周波数特性を付与しているのに対して、(8)式は、伝達関数y(n−m)/x(n−m)に周波数特性を付与している点で(1)式と異なる。ただし、(7)式、(8)式では、必ずしも0から(L−1)(Lは2以上の整数)までのすべてのlの値に関してAl,k・|x(n−k)|lの値を積算する必要はなく、例えば偶数のみのlの値に関してAl,k・|x(n−k)|lの値を積算してy(n−m)、y(n−m)/x(n−m)の値を演算してもよい。また、(7)式、(8)式では、必ずしも0から(K−1)(Kは2以上の整数)までのすべてのkの値に関してAl,k・|x(n−k)|lの値を積算しなくてもよい。
(7)式で表されるプリディストーション信号y(n−m)((8)式で表される伝達関数y(n−m)/x(n−m))を生成するための前置歪補償部16の構成例を図10に示す。図10では、(8)式で表される多項式y(n−m)/x(n−m)におけるl次の項の総和(Al,0・|x(n)|l+Al,1・|x(n−1)|l+…)を演算するための構成を示しているが、実際には、以下に説明する、べき乗演算部52、遅延素子56−1〜56−4、及び乗算器58−1〜58−5の構成が、|x(n−k)|の多項式y(n−m)/x(n−m)における各次数の項の総和を演算するために、各次数(ただし0次を除く)毎に対応して複数設けられる。
べき乗演算部52は、入力信号x(n)に基づいて、入力信号x(n)の絶対値(振幅レベル)のl乗(べき乗数)|x(n)|lを演算して出力する。カスケード接続された遅延素子56−1〜56−4は、複数通りの1以上のkの値に関して、kサンプル分遅延させたべき乗数|x(n)|lをべき乗数|x(n−k)|lとして出力する。図10に示す構成例では、遅延素子56−1からは信号|x(n)|lを1サンプル分遅延させた信号|x(n−1)|lが出力され、遅延素子56−2からは信号|x(n)|lを2サンプル分遅延させた信号|x(n−2)|lが出力され、遅延素子56−3からは信号|x(n)|lを3サンプル分遅延させた信号|x(n−3)|lが出力され、遅延素子56−4からは信号|x(n)|lを4サンプル分遅延させた信号|x(n−4)|lが出力される。各遅延素子56−1〜56−4では、スカラー量(実数)|x(n)|lを遅延させる処理が行われる。
乗算器58−1〜58−5は、歪補償係数Al,kとべき乗数|x(n−k)|lとの積Al,k・|x(n−k)|lを複数通りの0以上のkの値に関してそれぞれ演算して出力する。図10に示す構成例では、乗算器58−1は、歪補償係数Al,0とべき乗演算部52からの信号|x(n)|lとの積Al,0・|x(n)|lを演算し、乗算器58−2は、歪補償係数Al,1と遅延素子56−1からの信号|x(n−1)|lとの積Al,1・|x(n−1)|lを演算し、乗算器58−3は、歪補償係数Al,2と遅延素子56−2からの信号|x(n−2)|lとの積Al,2・|x(n−2)|lを演算し、乗算器58−4は、歪補償係数Al,3と遅延素子56−3からの信号|x(n−3)|lとの積Al,3・|x(n−3)|lを演算し、乗算器58−5は、歪補償係数Al,4と遅延素子56−4からの信号|x(n−4)|lとの積Al,4・|x(n−4)|lを演算する。各乗算器58−1〜58−5では、複素数Al,kとスカラー量(実数)|x(n−k)|lとの乗算が行われる。
加算器60は、各乗算器58−1〜58−5で演算された積Al,k・|x(n−k)|l(図10に示す構成例ではk=0〜4)を積算してその総和を演算することで、歪補償係数Al,kとべき乗数|x(n−k)|lとの畳み込み和ΣAl,k・|x(n−k)|lを演算する。図10に示す構成例では、畳み込み和ΣAl,k・|x(n−k)|lは、Al,0・|x(n)|l+Al,1・|x(n−1)|l+…+Al,4・|x(n−4)|lとなる。ただし、遅延素子56−1〜56−4及び乗算器58−1〜58−5の個数については、任意に設定することが可能であり、畳み込み和ΣAl,k・|x(n−k)|lを演算する際に積算する信号Al,k・|x(n−k)|lの個数については、任意に設定することが可能である。このように、べき乗演算部52と遅延素子56−1〜56−4と乗算器58−1〜58−5と加算器60とを含んで、畳み込み和ΣAl,k・|x(n−k)|lを演算する畳み込み演算部を構成することが可能である。
畳み込み演算部(べき乗演算部52と遅延素子56−1〜56−4と乗算器58−1〜58−5)は、|x(n−k)|の多項式y(n−m)/x(n−m)における各次数(ただし0次を除く)毎に対応して複数設けられており、歪補償係数Al,kとべき乗数|x(n−k)|lとの積Al,k・|x(n−k)|lは複数通りのl及びkの値に関してそれぞれ演算される。そして、加算器60では、畳み込み和ΣAl,k・|x(n−k)|lは、複数通りのlの値に関してそれぞれ演算される。例えば、べき乗演算部52と遅延素子56−1〜56−4と乗算器58−1〜58−5とを多項式y(n−m)/x(n−m)における偶数次数(2次、4次、…)毎に対応して設け、複数通りの偶数lの値(0,2,4,…)のそれぞれに関して畳み込み和ΣAl,k・|x(n−k)|lを演算することも可能である。ただし、l=0に対応する畳み込み和ΣAl,k・|x(n−k)|lは、単に各歪補償係数A0,k(図10に示す構成例ではA0,0〜A0,4)の総和となる。そして、加算器60は、各lの値毎に演算された畳み込み和ΣAl,k・|x(n−k)|lを積算してその総和を演算することで、(8)式の多項式で表される伝達関数y(n−m)/x(n−m)を生成して出力する。このように、図10に示す構成では、畳み込み演算(FIRフィルタ)を利用して伝達関数y(n−m)/x(n−m)を生成しており、各歪補償係数Al,kがFIRフィルタのタップ係数に相当する。なお、伝達関数y(n−m)/x(n−m)の演算の際には、各kの値毎に演算された積Al,k・|x(n−k)|lを先に積算することもできるし、各lの値毎に演算された積Al,k・|x(n−k)|lを先に積算することもできる。
遅延素子61は、mサンプル分遅延させた入力信号x(n)を入力信号x(n−m)として出力する。乗算器62は、加算器60で各lの値毎に演算された畳み込み和ΣAl,k・|x(n−k)|lの総和(伝達関数y(n−m)/x(n−m))と入力信号x(n−m)との積y(n−m)/x(n−m)・x(n−m)を演算することで、(7)式の多項式で表されるプリディストーション信号y(n−m)を生成して出力する。なお、図10は、遅延素子61が入力信号x(n)を2サンプル分遅延させる(mの値が2である)例を示しているが、遅延素子61で入力信号x(n)を遅延させる時間(mの値)については(例えばm≧1の範囲で)任意に設定することができる。あるいは、遅延素子61を省略する(mの値を0に設定する)ことも可能である。
前述のプリディストーション信号y(n)自体に周波数特性を付与している図2に示す構成例に対して、伝達関数y(n−m)/x(n−m)に周波数特性を付与している図10に示す構成例では、伝達関数y(n−m)/x(n−m)による多項式の次数がプリディストーション信号y(n)による多項式の次数よりも1次低くなる。そのため、図2の構成の乗算器154を省略することが可能となる。そして、図2に示す構成例では、各乗算器158−1〜158−5による乗算が複素数同士の乗算となるのに対して、図10に示す構成例では、各乗算器58−1〜58−5による乗算が複素数と実数との乗算となる。そのため、各乗算器58−1〜58−5の回路規模を削減することができる。さらに、図2に示す構成例では、各遅延素子156−1〜156−4での遅延処理が複素数を遅延させる処理となるのに対して、図10に示す構成例では、各遅延素子56−1〜56−4での遅延処理が実数を遅延させる処理となる。そのため、各遅延素子56−1〜56−4の回路規模を削減することができる。したがって、図10に示す構成例によれば、回路規模を削減して小型化を図ることができる。なお、増幅器12のメモリ効果は信号の包絡線変動の影響によりバイアスラインが変動し、信号が変調されることが原因の1つと考えられる。この考えに基づけば、伝達関数y(n−m)/x(n−m)に周波数特性を付与している図10の構成はきわめて妥当であると考えられる。
以上、本発明を実施するための形態について説明したが、本発明はこうした実施形態に何等限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、種々なる形態で実施し得ることは勿論である。
12 増幅器、14 制御部、16 前置歪補償部、18 D/Aコンバータ、20,36 ミキサ、22 発振器、34 方向性結合器、38 フィルタ、40 A/Dコンバータ、46 歪補償係数演算部、52,152 べき乗演算部、56−1〜56−4,156−1〜156−4 遅延素子、58−1〜58−5,62,154,158−1〜158−5 乗算器、60,160 加算器、70 多項式係数演算部、71 歪発生器、72,74 可変フィルタ、76 フィルタ特性制御部、78 相関演算部、80 多項式係数制御部、81,84 周波数変換部、82,85 データ選択部、83,86 逆周波数変換部、87 入出力関係演算部、88 ヒストグラム演算部、90 多項式係数設定部。