従来、ネットワーク機器や情報端末に搭載されて情報を記憶する装置(メモリ)には、主に半導体材料が用いられてきた。半導体を用いたメモリの1つとして、DRAM(Dynamic Random Access Memory)が広く使用されている(非特許文献1参照)。DRAMの単位記憶素子(以下、メモリセルという)では、1個の蓄積容量と1個のMOSFET(Metal-oxide-semiconductor field effect transistor)からなり、選択されたメモリセルの蓄積容量に蓄えられた電荷の状態に対応する電圧を、ビット線から電気的なデジタル信号の「on」あるいは「off」として取り出すことで、記憶されているデータを読み出すようにしている。
しかし、DRAMでは、電源を切ると蓄積容量の状態を維持することが不可能となり、蓄積された情報が消去されてしまう。言い換えると、DRAMは揮発性のメモリ素子である。また、よく知られているように、DRAMでは、データを再び書き込むリフレッシュ動作が必要となり、動作速度が低下するという欠点もある。
昨今のマルチメディア情報化社会の拡大、さらには、ユビキタスサービスを実現するためには、より高機能なメモリが必要とされてきている。例えば、ユビキタス端末に搭載されるメモリに求められる機能として、高速,長期保持期間,環境耐性,低消費電力などがあり、さらに、電源を切っても蓄積された情報を保持し続ける不揮発性が必須とされている。不揮発性メモリとしては、ROM(Read only Memory)がよく知られているが、一度記憶された(書き込まれた)データは、消去不可能であり、また、再書き込みができないという大きな欠点を持っている。
そこで、ROMの一種ではあるが、限定された回数のデータ消去と書き込みとを可能としたEEPROM(Electrically erasable programmable read only memory)を用いたフラッシュメモリ(Flash memory)が開発されている(特許文献1,非特許文献1,2参照)。このフラッシュメモリは、実用的な不揮発性メモリとして、多くの分野で使用されている。
代表的なフラッシュメモリのメモリセルは、MOSFETのゲート電極部が、制御ゲート電極と浮遊ゲート電極を有した複数の層からなるスタックゲート(Stack gate)構造となっている。フラッシュメモリでは、浮遊ゲートに蓄積された電荷の量により、MOSFETの閾値が変化することを利用して、データの記録を可能としている。
フラッシュメモリのデータの書き込みは、ドレイン領域に高電圧を印加して発生したホットキャリアがゲート絶縁膜のエネルギー障壁を乗り越えることで行う。また、ゲート絶縁膜に高電界を印加してF−N(Fowler-Nordheim)トンネル電流を流すことで、半導体基板から浮遊ゲートに電荷(一般的には電子)を注入することで、データの書き込みが行われる。データの消去は、ゲート絶縁膜に逆方向の高電界を印加することで、浮遊ゲートから電荷を引き抜くことにより行われる。
フラッシュメモリは、DRAMのようなリフレッシュ動作が不要な反面、F−Nトンネル現象を用いるために、DRAMに比べてデータの書き込み及び消去に要する時間が桁違いに長くなってしまうという問題がある。さらに、データの書き込み・消去を繰り返すと、ゲート絶縁膜が劣化するので、書き換え回数がある程度制限されているという問題もある。
上述したフラッシュメモリに対し、新たな不揮発性メモリとして、強誘電体の分極を用いた強誘電体メモリ(以下、FeRAM(Ferroelectric RAM)や、強磁性体の磁気抵抗を用いた強磁性体メモリ(以下、MRAM(Magnetoresist RAM)という)などが注目されており、盛んに研究されている。この中で、FeRAMは、既に実用化されていることもあり、諸処の課題を解決できれば、可搬型メモリだけでなくロジックのDRAMも置き換えできると期待されている。
このようにフラッシュメモリの代わりとして期待されるFeRAMには、主に、スタック型とFET型に分類される。スタック型は、1トランジスタ1キャパシタ型FeRAMとも呼ばれ、この構造からスタック型キャパシタを持つものと、プレーナ型キャパシタを持つもの、立体型キャパシタを持つものがある。また、スタック型には、1トランジスタ1キャパシタ型FeRAMやこれを2つ重ねて安定動作化させた2トランジスタ2キャパシタ型FeRAMがある。実用的には、スタック型FeRAMが主流である。
スタック型FeRAMは、例えば図19に示すように、半導体基板1901の上に、ソース1902,ドレイン1903,ゲート絶縁膜1904を介して設けられたゲート電極1905よりなるMOSトランジスタを備え、MOSトランジスタのソース1902に、下部電極1911,強誘電体からなる誘電体層1912,上部電極1913からなるキャパシタが接続している。図19に示すFeRAMの例では、ソース電極1906により上記キャパシタがソース1902に接続している。また、ドレイン1903にはドレイン電極1907が接続し、電流計が接続している。このFeRAMでは、強誘電体からなる誘電体層1912の分極の向きをソース−ドレイン間(チャネル1921)に流れる電流として検出することで、「on」あるいは「off」のデータとして取り出す機能を持っている。
このFeRAMの構造で重要なのは、下部電極−誘電体−上部電極のキャパシタ構造の部分であり、特に強誘電体の絶縁性を保ち長期にわたりデータを保持するというメモリ安定性という意味では、下部電極と強誘電体の界面状態は大変重要である。例えば、下部電極の表面凹凸が大きい場合、強誘電体の結晶性に影響を与え、また、下部電極の表面凹凸がリークの原因となり、素子の電気耐圧が低下して長期間のメモリ保持が不可能となる。このため、キャパシタ構造においては、下部電極の材料や形成方法は大変重要な要素技術となっている。
さらに、前述したMRAMにおいても、電極となる金属薄膜の形成は、重要な要素技術となっている。MRAMは、トンネル接合における強磁性トンネル抵抗(Tunnel magnetoresistance:TMR)効果を用いた不揮発性メモリであり、不揮発を備え、高速な読み出し/書き込みが可能である。また、MRAMは、無限に書き換えが可能であるなどの高い可能性を有している。
一般的なMRAMは、熱酸化膜などで絶縁された基板の上に、下部磁性層(フリー層とも呼ばれる)、トンネル絶縁層、上部磁性層(ピンド層、ピニング層、カバー層)が形成された構造となっている。しかし、一般的なMRAM構造では、スイッチングするための磁界が大きくなることが問題である。このため、下部磁性層のフリー層に反平行結合膜としてルテニウム(Ru)を積層した、多層交換結合構造(Co90Fe10/Ru/Co90Fe10)にすることによって、スイッチング電界を低減する検討が進められている。この多層交換結合構造を形成するCo90Fe10膜の膜厚は3nmであり、Ru膜の膜厚は1nmであり、極めて薄い膜である(非特許文献4参照)。
上記の多層交換結合構造において、金属薄膜は、1nmと極めて薄い膜であるために表面凹凸を十分小さくすることが重要であり、この金属薄膜の形成方法は大変重要な要素技術となっている。
上述したようなメモリを取り巻く状況に対し、強誘電体の分極量により半導体の状態を変化させる(チャネルを形成する)などの効果によりメモリを実現させるのではなく、図20に示すように半導体2001の上部に直接形成した強誘電体層2003の抵抗値を変化させ、結果としてメモリ機能を実現する技術が提案されている。図20に示す素子の強誘電体層2003の抵抗値の制御は、上部電極2004と下部電極2002との間に電圧を印加することで行う。
この新原理によるメモリ素子においても、抵抗変化を起こす膜(金属酸化物層)の基体となる下部電極の表面凹凸が、重要な課題となっている。
上記に挙げたように薄膜の形成(成膜)においては、現在までに様々な形成装置及び種々の薄膜形成方法が試みられている。例えば、真空蒸着法(Evaporation),電子ビーム蒸着法(Electron beam deposition,EB蒸着法)、PLD法(Pulse laser deposition)、DCスパッタ法やRFスパッタ法やマグネトロンスパッタ法などのスパッタリング法(sputtering,)、また、ECRスパッタ法(Electron cyclotron resonance sputtering)などが挙げられる。
上述した成膜方法のうち、EB蒸着法は、高融点材料の成膜に適している。EB蒸着法では、原料を電子ビームで融解して基板の上に原料の膜を形成する方法であり、原料が高融点材料であっても、簡便に成膜できるのが特徴である。しかし、成膜された膜の結晶性や、原料状態により表面凹凸の小さい薄膜を基板上に形成することは難しいという問題を抱えている。
また、エキシマレーザなどの強力なレーザ光源で原料のターゲットをスパッタすることで、良好な膜質で金属薄膜を形成できるPLD法が注目されている。しかし、この方法では、ターゲット面内においてレーザが照射される部分の面積が非常に小さく、レーザ照射部からスパッタされて供給される原料に大きな分布が生じる。このために、基板に形成される金属薄膜の膜厚や膜質などに大きな面内分布を生じ、また、同一条件で形成しても全く異なった特性になるなど再現性について大きな問題がある。
上述した種々の膜形成方法に対し、強誘電体膜の形成方法としてプラズマを用いたスパッタリング法(単にスパッタ法ともいう)が注目されている。スパッタ法は、原料に危険度の高いガスや有毒ガスなどを用いることなく、堆積(成膜)する膜の表面凹凸(表面モフォロジ)が比較的良いなどの理由により、有望な成膜装置・方法の一つになっている。スパッタ法において、化学量論的組成の膜を得るための優れた装置・方法として反応性スパッタ装置・方法が有望である。
スパッタ法の中でも、従来から使用されているDCスパッタ法やRFスパッタ法(従来スパッタ法という)においても、前述した金属薄膜の形成は検討されている。従来よりあるスパッタ法において、金属薄膜を堆積するときには、対象となる金属ターゲットを用い、スパッタガスとして不活性ガスのアルゴンを用いる。しかし、従来のスパツタ法においては、一般的にスパッタ現象を起こすために入力する高周波バイアスが500W程度と大きく、成膜すべき基板及び成膜した薄膜をスパッタしてしまう現象が見られるなど基板及び薄膜にダメージを与え、十分小さな膜特性と表面凹凸を得ることが難しかった。
これに対し、良好な膜質の成膜が可能な方法として、電子サイクロトロン共鳴(ECR)によりプラズマを発生させ、発生させたプラズマの発散磁界を利用して作られたプラズマ流を基板に照射し、同時に、ターゲットと接地との間に高周波又は負の直流電圧を印加し、上記ECRで発生させたプラズマ流中のイオンをターゲットに引き込み衝突させてスパッタリングし、膜を基板に堆積させるECRスパッタ法がある。
従来スパッタ法では、0.1Pa程度以上のガス圧力でないと安定なプラズマが得られないが、ECRスパッタ法では、安定なECRプラズマが0.01 Pa台の圧力で得られる特徴を持つ。また、ECRスパッタ法は、高周波又は負の直流高電圧により、ECRにより生成した粒子をターゲットに衝突させてスパッタリングを行うため、低い圧力でスパッタリングができる。
ここで、ECRプラズマ流中のイオンは、発散磁界により10eVから数10eVのエネルギーを持っている。また、気体が分子流として振る舞う程度の低い圧力でプラズマを生成・輸送しているため、基板に到達するイオンのイオン電流密度も大きく取れる。従って、ECRプラズマ流中のイオンは、スパッタされて基板の上に飛来した原料粒子にエネルギーを与えるとともに、酸化物を成膜する場合に、原料粒子と酸素との結合反応を促進することとなり、堆積した膜の膜質が改善される。
上述したように、ECRスパッタ法では、低い基板温度で高品質の膜が形成できることが特徴となっている。ECRスパッタ法でいかに高品質な薄膜を堆積し得るかは、例えば、特許文献2、特許文献3、及び非特許文献5を参照されたい。
さらに、ECRスパッタ法は、膜の堆積速度が比較的安定しているため、ゲート絶縁膜などの極めて薄い膜を膜厚の制御よく形成するのに適している。また、ECRスパッタ法で堆積した膜の表面モフォロジは、原子スケールのオーダーで平坦である。従って、ECRスパッタ法は、金属より構成される電極膜の形成にとって有望な方法であるといえる。
しかしながら、技術的な進展を維持するためには、ECRスパッタ法を用いても、十分な表面凹凸性を得ることが困難となってきた。
特開平8−031960号公報
特許第2814416号公報
特許第2779997号公報
サイモン・ジー著、「フィジクス・オブ・セミコンダクター・デバイス」、1981年、(S.M.Sze,"Physics of Semiconductor Devices",John Wiley and Sons,Inc.)
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ウィルクらのジャーナル・オブ・アプライド・フィジクス、第87号、484頁、2000年、(Wilk et a1., J.Appl.Phys., 87, 484(2000).)
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以下、本発明の実施の形態について図を参照して説明する。図1は、本発明の実施の形態に係る金属酸化物素子の構成例を模式的に示す断面図である。図1に示す金属酸化物素子は、基板101の上に、絶縁層102を介し、ルテニウム(Ru)と窒素(N)とから構成された導電薄膜よりなる下部電極層103と、金属酸化物層104と、上部電極105とを備えるようにしたものである。なお、以降では、ルテニウムと窒素とから構成された導電物質について、便宜上、窒化ルテニウムと称する。また、ルテニウムに窒素が導入される状態を窒化されると表現する。ただし、これらの状態が、必ずしも、窒素とルテニウムとが化合物を形成していることを示すものとは限らない。
基板101は、例えば単結晶シリコンである。また、基板101は、シリコンに限らず他の半導体であってもよい。また、基板101は、絶縁体から構成されていてもよく、金属などの導電体から構成されていてもよい。
絶縁層102は、例えばアモルファス状態のシリコン酸化膜である。また、絶縁層102は、シリコン酸化物(二酸化シリコン)に限らず、シリコン酸窒化膜、アルミナなどをはじめ、リチウム,ベリリウム,マグネシウム,カルシウムなどの軽金属の例えばLiNbO3などの形態の酸化物であってもよい。また、絶縁層102は、LiCaAlF6,LiSrAlF6,LiYF4,LiLuF4,KMgF3などのフッ化物、あるいは、スカンジウム,チタン,ストロンチウム,イットリウム,ジルコニウム,ハフニウム,タンタル,及びランタン系列を含む遷移金属の酸化物及び窒化物で合ってもよい。また、絶縁層102は、以上の元素を含むシリケート(金属、シリコン、酸素の三元化合物)、及びこれらの元素を含むアルミネート(金属、アルミニウム、酸素の三元化合物)、さらに、以上の元素を2以上含む酸化物及び窒化物などであってもよい。さらにまた、これらの絶縁膜からなる多層構造の絶縁層であってよい。
金属酸化物層104は、金属を含む酸化物層から構成されたものである。例えば、NiO,TiO,HfO,ZnOなどの遷移金属の酸化物であればよい。また、少なくとも2つの金属を含む金属酸化物から構成されたものでもよい。例えば、ペロブスカイト構造を持つ材料、又は、擬イルメナイト構造を持つ材料、さらに、タングステン・プロンズ構造を持つ材料、ビスマス層状構造を持つ材料、パイロクロア構造を持つ材料である。
詳細には、Bi4Ti3O12,La2Ti2O7,BaTiO3,PbTiO3,Pb(Zr1-xTix)O3,(Pb1-yLay)(Zr1-xTix)O3,LiNbO3,LiTaO3,KNbO3,YMnO3など、また、PbNb3O6,Ba2NaNb5O15,(Ba1-xSrx)2NaNb5O15,Ba2Na1-xBix/3Nb5O15が適用可能である。さらに、一,二,三価の少なくとも一種のイオン及びこれらのイオンの組み合わせを表す記号をAとし、四,五,六価の少なくとも一種のイオン及びこれらのイオンの組み合わせを示す記号をBとし、mを1から5としたときに、(Bi2O2)2+(Am-1BmO3m+1)2-で表されるビスマス層状構造を持つものであってもよい。この具体例としては、SrBi2Ta2O9,SrBi2Nb2O9,BaBi2Nb2O9,BaBi2Ta2O9,PbBi2Nb2O9,PbBi2Ta2O9,BiO4Ta3O12,CaBi4Ti4O15,SrBi4Ti4O15,BaBi4Ti4O15,Na0.5Bi4.5Ti4O15,K0.5Bi4.5Ti4O15,Sr2Bi4Ta5O18,Ba2Bi4Ta5O18,Pb2Bi4Ta5O18が挙げられる。
さらに、金属酸化物層104は、ランタン系列から選ばれる少なくとも一種の希土類金属元素を表す記号をLnとし、II族の軽金属(Be,Mgとアルカリ土類金属のCa,Sr,Ba,Ra)から選ばれる少なくとも一種を表す記号をAeとし、III族,IV族,V族,VI族,VII族,VIII族,I族,及びII族の重金属(遷移金属)から選ばれる少なくとも一種を表す記号をTrとしたとき、Ln1-xAexTrO3、又はLnAe1-xTrxO3で表されるものであってもよい。ただし、xは固溶限界範囲内で有効な数字を示すものである。なお、2つの金属から構成された金属酸化物層は、一般に強誘電性を示す場合が多い。しかしながら、膜厚条件などにより強誘電性を示さない場合もある。
また、上部電極105は、例えば、白金(Pt),Ru,金(Au),銀(Ag)などの貴金属やタングステン(W)を含む遷移金属から構成されていればよい。また、窒化チタン(TiN),窒化ハフニウム(HfN),窒化タンタル(TaN),ルテニウム酸ストロンチウム(SrRuO2),酸化亜鉛(ZnO),鉛酸錫(IZO)、フッ化ランタン(LaF3)などの遷移金属の窒化物や酸化物、フッ化物などの化合物、さらに、これらを積層した複合層であっても良い。
次に、図1に示した金属酸化物素子についてより詳細に説明する。例えば、下部電極層103は、ルテニウムと窒素とからなる膜厚20nmの導電薄膜であり、金属酸化物層104は、ビスマスとチタンと酸素からなる膜厚30nmの金属酸化物膜であり、上部電極105は、膜厚20nmのルテニウム膜から構成されたものである。なお、前述したように、基板及び絶縁層の構成は、これに限るものではなく、電気的に影響を及ぼさなければ他の材料も適当に選択できる。
以上で説明した、絶縁層102,下部電極層103,金属酸化物層104,及び上部電極105は、具体的な製法については後述するが、図2に示すようなECRスパッタ装置により金属ターゲットや金属ターゲットを、アルゴンガス、キセノンガス、酸素ガス、窒素ガスからなるECRプラズマをプラズマ源で発生させ、発生させたプラズマ中の粒子を用いてスパッタリングして形成すればよい。
ここで、ECRスパッタ装置について、図2の概略的な断面図を用いて説明する。図2に示すECRスパッタ装置は、まず、処理室201とこれに連通するプラズマ生成室202とを備えている。処理室201は、図示していない真空排気装置に連通し、真空排気装置によりプラズマ生成室202とともに内部が真空排気される。
処理室201には、膜形成対象の基板101が固定される基板ホルダ204が設けられている。基板ホルダ204は、図示しない回転機構により所望の角度に傾斜し、かつ回転可能とされている。基板ホルダ204を傾斜して回転させることで、堆積させる材料による膜の面内均一性と段差被覆性とを向上させることが可能となる。また、処理室201内のプラズマ生成室202からのプラズマが導入される開口領域において、開口領域を取り巻くようにリング状のターゲット205が備えられている。
ターゲット205は、絶縁体からなる容器205a内に載置され、内側の面が処理室201内に露出している。また、ターゲット205には、マッチングユニット221を介して高周波電源222が接続され、例えば、13.56MHzの高周波が印加可能とされている。ターゲット205が導電性材料の場合、直流を印加するようにしても良い。なお、ターゲット205は、上面から見た状態で、円形状だけでなく、多角形状態であっても良い。
プラズマ生成室202は、真空導波管206に連通し、真空導波管206は、石英窓207を介して導波管208に接続されている。導波管208は、図示していないマイクロ波発生部に連通している。また、プラズマ生成室202の周囲及びプラズマ生成室202の上部には、磁気コイル(磁場形成手段)210が備えられている。これら、マイクロ波発生部、導波管208,石英窓207,真空導波管206により、マイクロ波供給手段が構成されている。なお、導波管208の途中に、モード変換器を設けるようにする構成もある。
図2のECRスパッタ装置の動作例について説明すると、まず、処理室201及びプラズマ生成室202内を真空排気した後、不活性ガス導入部211より不活性ガスであるArガス又はXeガスを導入し、また、反応性ガス導入部212より反応性ガスを導入し、プラズマ生成室202内を例えば10-5〜10-4Pa程度の圧力にする。この状態で、磁気コイル210よりプラズマ生成室202内に0.0875T(テスラ)の磁場を発生させた後、導波管208,石英窓207,及び真空導波管206を介してプラズマ生成室202内に2.45GHzのマイクロ波を導入し、電子サイクロトロン共鳴(ECR)プラズマを発生させる。なお、1T=10000ガウスである。
ECRプラズマは、磁気コイル210からの発散磁場により、基板ホルダ204の方向にプラズマ流を形成する。生成されたECRプラズマのうち、電子は磁気コイル210で形成される発散磁場によりターゲット205の中を貫通して基板101の側に引き出され、基板101の表面に照射される。このとき同時に、ECRプラズマ中のプラスイオンが、電子による負電荷を中和するように、すなわち、電界を弱めるように基板101側に引き出され、成膜している層の表面に照射される。このように各粒子が照射される間に、プラスイオンの一部は電子と結合して中性粒子となる。
なお、図2の薄膜形成装置では、図示していないマイクロ波発生部より供給されたマイクロ波電力を、導波管208において一旦分岐し、プラズマ生成室202上部の真空導波管206に、プラズマ生成室202の側方から石英窓207を介して結合させている。このようにすることで、石英窓207に対するターゲット205からの飛散粒子の付着が、防げるようになり、ランニングタイムを大幅に改善できるようになる。また、処理対象の基板とターゲット205との間にシャッターなどを設け、基板に対する原料の到達を制御してもよい。
次に、図1に示した金属酸化物素子の製造方法例について、図3を用いて説明する。まず、図3(a)に示すように、主表面が面方位(100)で抵抗率が1〜2Ω−cmのp型のシリコンよりなる基板101を用意し、基板101の表面を硫酸と過酸化水素水の混合液、及び純水と希フッ化水素水の混合液により洗浄し、この後で乾燥させる。
次いで、図3(b)に示すように、洗浄・乾燥した基板101の上に、絶縁層102が形成された状態とする。絶縁層102の形成では、上述したECRスパッタ装置を用い、処理室201内の基板ホルダ204に基板101を固定し、ターゲット205として純シリコン(Si)を用い、プラズマガスとしてアルゴン(Ar)と酸素ガスを用いたECRスパッタ法により、基板101の上に、表面を覆う程度にSi−O分子によるメタルモード膜の絶縁層102を形成する。
図2に示すECRスパッタ法において、まず、プラズマ生成室202の内部を10-4〜10-5Pa台の高真空状態に真空排気した後、プラズマ生成室202内に、不活性ガス導入部211より、例えば希ガス(不活性ガス)であるArガスを流量20sccm程度導入し、例えば反応性ガスである酸素ガスを5sccm程度導入し、プラズマ生成室202内の圧力を例えば10-2〜10-3Pa台に設定する。なお、sccmは流量の単位であり、0℃で1気圧の流体が1分間に1cm3流れることを示す。また、プラズマ生成室202内には、磁気コイル210にコイル電流を例えば28Aで供給することで電子サイクロトロン共鳴条件の磁場を与える。これにより、プラズマ生成室202内の磁束密度を87.5mT(テスラ)程度の磁場状態とする。
加えて、図示していないマイクロ波発生部より、例えば2.45GHzのマイクロ波(例えば500W)を供給し、これを導波管208,石英窓207、真空導波管206を介してプラズマ生成室202内に導入し、このマイクロ波の導入により、プラズマ生成室202内にArのプラズマが生成された状態とする。
上述したことにより生成されたECRプラズマは、磁気コイル210の発散磁場によりプラズマ生成室202より処理室201の側に放出される。また、プラズマ生成室202の出口に配置されたターゲット205に、高周波電源222より高周波電力(例えば500W)を供給する。このことにより、ターゲット205にAr粒子が衝突してスパッタリング現象を起こし、Si粒子がターゲット205より飛び出す。
この状態とされた後、ターゲット205と基板101との間の図示しないシャッターを開放すると、ターゲット205より飛び出したSi粒子は、プラズマ生成室202より放出されたプラズマ、及び、反応性ガス導入部212より導入されてプラズマにより活性化された酸素ガスとともに基板101の表面に到達し、活性化された酸素により酸化され二酸化シリコンとなる。
以上のことにより、基板101の上に二酸化シリコン膜からなる例えば100nm程度の膜厚に形成する(図3(a))。所定の膜厚まで形成した後、前述したシャッターを閉じた状態としてスパッタされた原料が基板101に到達しないようにすることで、成膜を停止する。この後、マイクロ波電力の供給を停止することなどによりプラズマ照射を停止し、各ガスの供給を停止し、基板101温度を所定の値までに低下させ、処理室201の内部より絶縁層102が形成された基板101を搬出する。
なお、絶縁層102は、この後に形成する下部電極層103に電圧を印加した時に基板101に電圧が洩れて、所望の電気的特性に影響することがないように絶縁を図るものである。従って、絶縁層102は、絶縁性が持てれば酸化シリコン以外の他の絶縁材料から構成しても良く、また、絶縁層102の膜厚は100nmに限らず、これより薄くても良く厚くても良い。また、上述したECRスパッタによる絶縁層102の形成において、基板101に対して加熱をしていないが、基板101を加熱しながら膜の形成を行っても良い。さらに、シリコン基板101の表面を熱酸化法により酸化することで形成した酸化シリコン膜を絶縁層102として用いるようにしても良い。
以上のようにして絶縁層102を形成した後、基板101を装置内より大気中に搬出し、次いで、ターゲット205として純ルテニウム(Ru)を用い、図3(c)に示すように、下部電極層103を形成する。図2同様のECRスパッタ装置の基板101ホルダに、基板101を固定する。引き続いて、プラズマガスとしてキセノン(Xe)、反応性ガスとして窒素(N2)を用いたECRスパッタ法により、図3(c)に示すように、絶縁層102の上に、表面を覆う程度にルテニウムと窒素からなる導電薄膜を形成することで、下部電極層103が形成された状態とする。
下部電極層103を構成する導電薄膜の形成について詳述すると、純ルテニウムからなるターゲット205を用いた図2に示すECRスパッタ法において、まず、プラズマ生成室202内を10-4〜10-5Pa台の高真空状態に真空排気した後、基板101を例えば400℃程度に加熱し、プラズマ生成室202内に、不活性ガス導入部211より、例えば流量26sccmで希ガスであるXeガスを導入し、反応性ガス導入部より例えば流量8sccmで反応性ガスである窒素ガスを導入し、プラズマ生成室202内の圧力を例えば10-1〜10-2Pa台に設定する。また、プラズマ生成室202内には、磁気コイル210にコイル電流を例えば26Aで供給することで電子サイクロトロン共鳴条件の磁場を与える。
加えて、図示していないマイクロ波発生部より、例えば2.45GHzのマイクロ波(例えば800W)を供給し、これを導波管208,石英窓207,真空導波管206を介してプラズマ生成室202内に導入し、上記マイクロ波の導入により、プラズマ生成室202にXeと反応性ガスの窒素からなるECRプラズマが生成した状態とする。
この生成されたプラズマは、磁気コイル210の発散磁場によりプラズマ生成室202より処理室側に放出される。また、プラズマ生成室202の出口に配置されたRuよりなるターゲット205に、高周波電源222より高周波電力(例えば500W)を供給する。このことにより、ターゲット205にXe粒子が衝突してスパッタリング現象を起こし、Ru粒子がターゲット205より飛び出す。ターゲット205より飛び出したRu粒子は、プラズマにより活性化された窒素ガスとともに絶縁層102の表面に到達し、活性化された窒素により窒化したルテニウム膜が堆積する。
以上のことにより、絶縁層102の上に例えば20nm程度の膜厚の下部電極層103が形成された状態が得られる(図3(c))。なお、下部電極層103の膜厚は、20nmに限るものではなく、これより厚くても薄くてもよい。
ところで、上述したようにECRスパッタ法によりルテニウムと窒素からなる導電薄膜を形成するときに、基板101を400℃に加熱したが、加熱しなくても良い。ただし、加熱を行わない場合、ルテニウムと窒素からなる導電薄膜の二酸化シリコン(絶縁層102)への密着性が低下するため、剥がれが生じる恐れがあり、これを防ぐために、基板101を加熱して膜を形成する方が望ましい。以上のようにして所望の膜厚に下部電極層103を堆積した後、シャッターを閉じることなどにより成膜を停止し、マイクロ波電力の供給を停止してプラズマ照射を停止することなどの終了処理をすれば、基板101が搬出可能となる。
以上のようにして下部電極層103を形成した後、基板101を装置内より大気中に搬出する。次いで、ターゲット205としてBiとTiの割合が4:3の焼結体(Bi−Ti−O)を用いた図2同様のECRスパッタ装置の基板101ホルダに、基板101を固定する。引き続いて、図3(d)に示すように、プラズマガスとしてArと酸素(O2)を用いたECRスパッタ法により、表面を覆う程度に金属酸化物層104が形成された状態とする。
金属酸化物層104の形成について詳述すると、Bi−Ti−Oからなるターゲット205を用いた図2に示すECRスパッタ装置において、まず、プラズマ生成室202内を10-4〜10-5Pa台の高真空状態に真空排気した後、次いで、基板101が30℃〜700℃にされた状態とし、プラズマ生成室202内に、不活性ガス導入部211より、例えばArガスを流量20sccm導入し、プラズマ生成室202内の圧力を例えば10-2〜10-3Pa台に設定する。また、プラズマ生成室202内には、磁気コイル210にコイル電流を例えば27Aで供給することで電子サイクロトロン共鳴条件の磁場を与える。
加えて、図示していないマイクロ波発生部より、例えば2.45GHzのマイクロ波(例えば500W)を供給し、これを導波管208,石英窓207,真空導波管206を介してプラズマ生成室202内に導入し、このマイクロ波の導入により、プラズマ生成室202にプラズマが生成された状態とする。
この生成されたプラズマは、磁気コイル210の発散磁場によりプラズマ生成室202より処理室201の側に放出される。また、プラズマ生成室202の出口に配置されたターゲット205に、高周波電源222より高周波電力(例えば500W)を供給する。このことにより、ターゲット205にAr粒子が衝突してスパッタリング現象を起こし、Bi粒子とTi粒子がターゲット205より飛び出す。
ターゲット205より飛び出したBi粒子とTi粒子は、プラズマ生成室202より放出されたプラズマ、及び、反応性ガス導入部212より導入されてプラズマにより活性化した酸素ガスとともに、下部電極層103の表面に到達し、活性化された酸素により酸化される。酸素ガスは、反応性ガス導入部212より、例えば1sccm程度で導入されていればよい。ターゲット205は焼結体であり、酸素が含まれるが、酸素を供給することにより堆積している膜中の酸素不足を防ぐことができる。
以上に説明したECRスパッタ法による膜の形成で、例えば、膜厚30nm程度の金属酸化物層104が形成された状態が得られる(図3(d))。この後、前述と同様にすることで終了処理をし、基板101が搬出可能な状態とする。
次いで、図3(e)に示すように、金属酸化物層104の上に所定の面積のルテニウムからなる上部電極105が形成された状態とすることで、下部電極層103の形成された金属酸化物層104を用いた金属酸化物素子が得られる。例えば、よく知られたフォトリソグラフィ技術とエッチング技術とによりパターニングでルテニウム膜を加工することで、所定の面積の上部電極105が形成可能である。なお、上部電極105は、例えば金、ルテニウム、白金、窒化チタンなどの他の金属材料や導電性材料を用いるようにしても良い。また、上部電極105は、下部電極層103と同様のルテニウムと窒素からなる導電薄膜から構成してもよい。
上述した本実施の形態によれば、ルテニウムと窒素からなる導電薄膜より構成された下部電極層103形成されている状態で、この上に金属酸化物層104を形成するようにした。この結果、上述したECRスパッタ法により形成された金属酸化物層104の表面凹凸は平滑生を劣化させることなく金属酸化物層104を形成できる。例えば、下層が金属材料で酸化されやすい状態であると、金属酸化物層104の形成時に下層の表面が部分的に酸化され、モフォロジが劣化する場合がある。これに対して、窒化ルテニウムよりなる下部電極層103を用いることにより、表面のモフォロジがよい状態で金属酸化物層104が形成されるようになり、品質の高い金属酸化物層104が得られる。
ここで、下部電極層103として、ECRスパッタ法を用いて形成したルテニウムと窒素からなる導電薄膜の特性について、より詳細に説明する。発明者らは、注意深く観察を繰り返すことで、スパッタガスと反応性ガスの窒素ガスからなるECRプラズマを用いたスパッタ時に、成膜される上記導電薄膜(下部電極層103)の表面凹凸性,成膜速度,抵抗率,及び結晶性などの膜特性が、供給する窒素ガスの量(流量)によって制御できることを見出した。
図4は、ECRスパッタ法において、ルテニウムターゲットを用いて下部電極層103を成膜した場合の、導入したXeガスと窒素ガスの割合に対する成膜速度の変化を示した特性図である。図4は、単結晶シリコンよりなる基板101に熱酸化により膜厚100nmの絶縁層102を形成したものを用いた場合で、横軸に導入した全ガス流量に対してのXeガスの流量比(Xe/(Xe+N2))を示し、縦軸に成膜速度を示したものである。つまり、横軸が1の場合は、供給したガスがXeガスのみであり、0の場合は、供給したガスが窒素ガスのみの場合である。なお、Xeガスの供給量は26sccmと一定の値とした。
図4より、窒素を導入しない場合、5nm/minであった成膜速度は、窒素ガスの割合が増えるに従って緩やかに低下する傾向にあることがわかる。窒素流量比0.2の場合、成膜速度は、約3nm/minとなる。
また、図5に、同様にECRスパッタ法において、ルテニウムターゲットを用いて下部電極層103を成膜した場合の、導入したXeガスと窒素ガスの割合に対する下部電極層103の抵抗率の変化を示す。図5に示すように、窒素を導入しない(Xe流量比1)場合、30μΩ−cmであった下部電極層103の抵抗率は、窒素ガスの割合が増えるに従って緩やかに上昇する傾向にあることがわかる。下部電極層103の抵抗率は、Xe流量比0.6以下(窒素流量比0.4)以上で一定の値となり、約50μΩ−cmとなる。以上のことより、スパッタ時の窒素流量により、下部電極層103の成膜速度及び抵抗率を精度良く制御することが可能であることがわかる。
次に、ルテニウム成膜中に窒素を導入することによって表面凹凸性がどのように変化するかについて説明する。図6に、導入した窒素ガスの流量に対する表面凹凸性を示す原子力顕微鏡(AFM)像を示した俯瞰図を示す。図6(a)は、窒素を導入せずに形成したルテニウム膜の状態を示し、図6(b)は、窒素ガスを8sccm導入して形成した下部電極層103の状態を示し、図6(c)は、窒素ガスを20sccm導入して形成した下部電極層103の状態を示している。これらは、単結晶シリコンよりなる基板101に熱酸化により膜厚100nmの絶縁層102を形成したものを用い、この上に形成した下部電極層103の表面を観察したものである。なお、窒素ガス8sccm導入の条件は、窒素ガスの流量比「N2/(Xe+N2)」が0.16に相当し、窒素ガス20sccm導入の条件は、窒素ガスの流量比「N2/(Xe+N2)」が0.4に相当する。いずれの条件でも、表面凹凸が少なく平滑な状態が得られているが、窒素ガスの導入量が多いほど、より平坦な膜が得られていることがわかる。
さらに、詳細に調べるために、導入した窒素ガスの流量に対する表面凹凸性の変化を示した特性図を図7に示す。図7は、単結晶シリコンよりなる基板101に熱酸化により膜厚100nmの絶縁層102を形成したものを用いた場合で、横軸に導入した窒素ガスの流量を示し、縦軸に表面凹凸性を示す指針として原子力顕微鏡で観察された自乗平均面粗さ(RMS)と、平均粒子径を示したものである。なお、原子間力顕微鏡による表面凹凸像(トポロジー像)の凹凸から平均的な粒子の高さを求め、求めた平均粒子高さの半分の値をしきい値として2値化処理を行い、観察される粒子を横から輪切りしたときの面を円と見なしてこの直径の値を求め、観察される個々の粒子毎に求めた上記直径の値を平均して平均粒子径としている。
図7より、窒化されていないルテニウム膜のRMSは0.14nm程度であり、表面凹凸はかなり小さいことがわかる。しかし、窒素を導入してゆくと、形成される下部電極層103のRMSの値は、さらに小さくなる傾向となる。窒素導入量20sccmでは、0.13nmとなり、下部電極層103の表面は、非常に平滑な状態となることがわかった。これは、図7からわかる通り、窒素を導入すると、ある導入量より平均粒子径が小さくなることから、窒化により結晶面内配向性が変化するとともにルテニウムのグレインサイズが小さくなることに起因すると考えられる。
次に、図8に、ECRスパッタ法において、ルテニウムターゲットを用いて下部電極層103を成膜した場合の、導入したXeガスと窒素ガスの割合に対するX線回折(XRD)で観測された下部電極層103におけるRuの(002),(100),及び(101)方向のピーク強度の変化を示す。図8において、(002)方向は白丸で示し、(100)方向は黒丸で示し、(101)方向は黒四角で示している。図8の結果(特性)は、単結晶シリコンよりなる基板101に熱酸化により膜厚100nmの絶縁層102を形成したものを用いた場合である。
また、図8では、横軸に導入した全ガス流量に対しての窒素ガスの流量比「Xe/(Xe+N2)」を示し、縦軸にXRDで観測された(002),(100),及び(101)面のピークの強度を任意単位で示したものである。(002)面の格子間隔は0.2142nmであり、(100)面の格子間隔は0.2343nmであり、(101)面の格子間隔は0.2056nmある。横軸が0の場合は窒素ガスのみであり、1の場合はXeガスのみの場合である。Xeガスは26sccmと一定の値とした。
図8より、窒素を導入しない場合、言い換えると、窒素を含まないルテニウム膜は(002)面に配向しており、よく知られたC軸配向であった。これに対し、窒素ガスを流量比0.2(図8では、0.8に相当)程度導入して形成した下部電極層103では、(002)のピークよりも(101)と(100)のピークが大きくなり、膜の結晶構造が大きく変化することがわかる。この現象については知られておらず、ECRスパッタ法を用いた窒素導入により初めて可能となったものである。また、さらに窒素導入量を増加してゆくと、(101)と(100)のピークは小さくなるが、(002)面のピークは大きくなる。窒素流量比0.4(図8では0.6に相当)では、ほぼ同じ程度のピーク強度となる。この結果より、スパッタ時に窒素流量を導入してゆくと表面凹凸性が向上する現象は、下部電極層103の配向性や結晶性が変化したことも一因として考えられる。
同様に、基板温度を100℃と加熱した場合の、導入したXeガスと窒素ガスの割合に対するX線回折(XRD)で観測された導電薄膜におけるRu(002),(100),及び(101)方向のピークの強度の変化を図9に示す。図9では、横軸に導入した全ガス流量に対してのXeガスの流量比「Xe/(Xe+N2)」を示し、縦軸にXRDで観測された(002),(100),及び(101)方向のピークの強度を(002)のピーク強度で規格化した値を任意単位で示したものである。Xeガスは10sccmと一定の値とした。
図9に示すように、窒素を導入しない場合、言い換えると、窒素を含まないルテニウム膜は(002)面に配向しており、よく知られたC軸配向であった。これに対し、窒素を流量比0.2(図9では0.8に相当)程度導入して形成した導電薄膜では、(002)のピークが、(100)及び(101)のピーク強度と同程度となり、導電薄膜の結晶構造が変化することが判る。
さらに、窒素を流量比0.4(図9では、0.6に相当)程度以上導入して形成した導電薄膜では、(002)のピークよりも(100)面に配向しており、A軸配向となり、導電薄膜の結晶構造が大きく変化することがわかる。また、さらに窒素の導入量を増加させていくと、(101)及び(100)のピークは、窒素流量比0.5程度で最大となり、以後徐々に小さくなる。窒素流量比0.6(図9では0.4に相当)程度以上を導入すると、(002)ピークよりも小さくなる。
導入するXeガス流量や、基板温度のスパッタ条件で若干の変化はするものの、導入する窒素流量により(002)のC軸配向を示すピークよりも(100)のA軸配向を示すピークの強度が大きくなる現象は現れ、スパッタ時の窒素流量により、導電薄膜の結晶性を制御することが可能であることがわかる。
さらに、断面電子顕微鏡(TEM)の観察図を、図10に示す。図10は、単結晶シリコンよりなる基板101に熱酸化により膜厚100nmの絶縁層102を形成したものを用い、また、Xeガス流量は26sccmとし、窒素ガス流量は8sccmとして前述したECRスパッタ法により形成した下部電極層103の場合を示している。図10では、下部絶縁膜と導電薄膜と、この上に保護のために形成した保護膜とが観察された状態を示している。図10より、下部電極層103中の結晶は、C軸方向のみならず横方向の配向性が見られることがわかる。また、表面凹凸もグレインサイズが小さくなったために、平滑な面であることがわかる。
ここで、図5及び図6に示す結果と、図8に示す結果とを参照すると、(002)のピークよりも(100)のピークが高くなる範囲であれば、下部電極層103は、抵抗率があまり高くない範囲で、ルテニウムのみの場合よりも高い平坦性が得られることがわかる。言い換えると、ルテニウムと窒素とから構成された下部電極層103は、A軸配向の構造がC軸配向の構造より多い状態とされていれば、ルテニウムのみの場合よりも高い平坦性が得られるものと考えられる。
次に、図1に示す素子(抵抗スイッチ素子)の、電気的特性について図11を用いて説明する。この電気的特性の調査は、下部電極層103と上部電極105との間に電圧を印加することで行った。下部電極層103と上部電極105との間に電源により電圧を印加し、電圧を印加したときの電流値を電流計により観測する。図11では、横軸に上部電極105に印加した電圧値を取り、縦軸に電流値の絶対値を対数表示してある。
以下、図11に示す特性を説明するが、ここで説明する電圧値や電流値は、実際の素子で観測されたものを例として使用している。従って、本現象は、以下に示す数値に限るものではなく、実際に素子に用いる膜の材料や膜厚、その他の条件により、他の数値が観測されることがある。
まず、上部電極105に正の電圧を印加すると、図11の(1)に示すように、0〜0.8Vでは、+0.5Vに対し10-6A以下と電流は少なく高抵抗状態である。しかし、(2)に示すように、0.8Vを超えると急に正電流が流れ低抵抗状態となる。(2)に示すように急に正電流が流れないように、0〜0.8Vの電圧を印加している場合は、(1)に示すように高抵抗状態を維持する。
(2)のように低抵抗状態となった後に、再び上部電極105に正電圧を印加すると、(3)に示すように0.5V程度で1×10-5A程度の正電流が流れる。さらに続いて、上部電極105に負電圧を印加すると、やはり(4)で示すように−0.5V程度で3×10-5A程度の電流が流れ、低抵抗状態であることがわかる。しかし、上部電極105に−0.8Vを超える負電圧を印加すると、(5)に示すように急激に電流が流れなくなり、高抵抗状態と遷移する。
この後、(6)に示すように、上部電極105に負電圧を印加しても−0.5Vで10-6A以下の高抵抗状態を維持する。さらに続いて、上部電極105に正電圧を印加すると、(1)のように+0.8V程度までは高抵抗状態であるが、+0.8Vを超える正電流によって、低抵抗状態と遷移する。以下、高抵抗状態と低抵抗状態が可逆的にスイッチする現象が安定に観測される。
ここで、注目すべきは、低抵抗状態の電流値、すなわち、On電流の電流値である。図19で示した従来技術では、On電流の値は10-2A程度であった。これに対し、図1に示す素子では、図11に示すように、On電流値は10-4〜10-5A程度と2〜3桁も低減できていることがわかる。これは、窒化ルテニウムからなる下部電極層103の表面が、非常に平滑な状態とされているためと推測される。
さらに、抵抗スイッチさせるための電圧値も、従来技術では土1.5V程度であったが、図1に示す素子によれば、±0.8Vと低減され、消費電力が小さいものとなっている。消費電力が小さいということは、デバイスに取って非常に有利になり、例えば、移動体通信機器、デジタル汎用機器、デジタル撮像機器を始め、ノートタイプのパーソナルコンピュータ、パーソナル・デジタル・アプライアンス(PDA)のみならず、全ての電子計算機、パーソナルコンピュータ、ワークステーション、オフィスコンピュータ、大型計算機や、通信ユニット、複合機等のメモリを用いている機器の消費電力を下げられる。
なお、図1に示す金属酸化物素子は、図11に示すように、正電圧で高抵抗状態から低抵抗状態へ、負電圧で低抵抗状態から高抵抗状態へ遷移する特性を示したが、これに限らず、図12に示すように、負電圧のみでの高抵抗状態から低抵抗状態へ、また、低抵抗状態から高抵抗状態への遷移についても確認されている。
ところで、上述した例では、シリコンからなる基板101上の絶縁層102,下部電極層103,金属酸化物層104を,各々ECRスパッタ法で形成するようにした。しかしながら、これらの各層を形成する方法は、ECRスパッタ法に限定するものではない。例えば、基板101上の絶縁層102は、前述したように熱酸化法により形成してもよく、また、化学気相法(CVD法)、ALD法、従来のスパッタ法、MOCVD法などで形成しても良い。また、下部電極層103も、CVD法、MBE法、IBD法、従来スパッタ法、PDL法などの他の方法で形成しても良い。また、CER特性を示す金属酸化物層104も、MOD法や従来スパッタ法、PLD法などの他の方法で形成しても良い。ただし、ECRスパッタ法を用いることで、平坦で良好な絶縁膜,導電薄膜,強誘電体膜が容易に得られる。
また、図3を用いた製造方法の説明では、各層を形成した後、一旦大気に取り出していたが、各々のECRスパッタを実現する処理室を、連続的な処理により真空搬送室でつなげてもよい。これらのことにより、処理対象の基板101を真空中で搬送できるようになり、水分などの外乱の影響を受けづらくなり、膜質と界面の特性の向上につながる。
また、特開2003−077911号公報に示されているように、各層を形成した後、形成した層の表面にECRプラズマを照射し、特性を改善するようにしても良い。また、各層を形成した後に、特開2004−273730号公報に示されているように、適当なガス雰囲気でアニールし、形成した層の特性を改善してもよい。また、導電薄膜(下部電極層103)の厚さは、適便最適な厚さとした方がよい。例えば、膜応力による剥離などを考慮すれば、導電薄膜は100nm以下の厚さが望ましい。また、配線としての抵抗値を考慮すれば、10nmより厚くした方がよい。なお、発明者らの実験の結果、金属酸化物層104の厚さが10〜100nmであれば、図1に示す素子におけるメモリの動作が確認された。また、図1に示す素子のメモリ動作の最も良好な状態は、金属酸化物層104の厚さを20nmとした時に得られた。
また、上述では、シリコンという半導体の基板101を用いた結果について示したが、図13に示すように、ガラス,石英,及びサファイア(酸化アルミニウムの結晶)などの絶縁性を有する絶縁基板1301を用いても良い。絶縁基板1301の上に、下部電極層103,金属酸化物層104,及び上部電極105を形成すればよい。この場合、図13に示すように、絶縁基板1301に穴を開けてプラグ1306を設け、絶縁基板1301の裏面よりプラグ1306を介し、下部電極層103と電気的コンタクトを取ればよい。この構造にすることによって、加工しやすいガラス基板上などへの適用が可能となる。
さらに、図14(a)に示すように、金属などの導電性を有する導電基板1401に接触して絶縁層1402を形成して基体として用い、この上に、絶縁層102,下部電極層103,金属酸化物層104,及び上部電極105を形成してもよい。また、図14(b)に示すように、導電基板1401の上に、直接、下部電極層103が形成されているようにしてもよい。
次に、金属酸化物層104について、より詳細に説明する。金属酸化物層104は、Bi4Ti3O12の化学量論的組成に比較して過剰なチタンを含む層からなる基部層141の中に、Bi4Ti3O12の結晶からなる粒径3〜15nm程度の複数の微結晶粒142が分散されて構成されたものである。これは、透過型電子顕微鏡の観察により確認されている。基部層141は、ビスマスの組成がほぼ0となるTiOxの場合もある。言い換えると、基部層141は、2つの金属から構成されている金属酸化物において、いずれかの金属が化学量論的な組成に比較して少ない状態の層である。このような金属酸化物層104を用いた図1に示す金属酸化物素子によれば、前述した2つの状態が保持される機能素子が実現できる。
以下、金属酸化物層104を構成するECRスパッタ法により形成されるBi4Ti3O12膜の特性について、より詳細に説明する。発明者らは、ECRスパッタ法を用いたBi4Ti3O12膜の形成について注意深く観察を繰り返すことで、温度と導入する酸素流量によって、形成されるBi4Ti3O12膜の組成が制御できることを見いだした。なお、このスパッタ成膜では、ビスマスとチタンが4:3の組成を持つように形成された酸化物焼結体ターゲット(Bi4Ti3Ox)を用いている。図15は、ECRスパッタ法を用いてBi4Ti3O12を成膜した場合の、導入した酸素流量に対する成膜速度の変化を示した特性図である。図15は、基板に単結晶シリコンを用い、基板温度を420℃とした条件の結果である。
図15より、酸素流量が0〜0.5sccmと小さいとき、酸素流量が0.5〜0.8sccmの時、酸素流量が0.8sccm以降の時の領域に分かれることがわかる。この特性について、高周波誘導結合プラズマ発光(ICP)分析と透過型電子顕微鏡の断面観察を実施し、成膜された膜を詳細に調べた。調査の結果、酸素流量が0〜0.5sccmと小さい時には、ターゲット205にBi−Ti−Oの焼結ターゲットを使用しているのにも拘わらず、Biがほとんど含まれないTi−Oが主成分の結晶膜が形成されていることが判明した。この酸素領域を酸素領域Aとする。
また、酸素流量が0.8〜3sccm程度の場合は、Bi4Ti3O12の化学量論的組成の微結晶又は柱状結晶で成膜していることが判明した。この酸素領域を酸素領域Cとする。さらに、酸素流量が3sccm以上の場合には、Biの割合が多い膜となり、Bi4Ti3O12の化学量論的組成からずれてしまうことが判明した。この酸素領域を酸素領域Dとする。さらにまた、酸素流量が0.5〜0.8sccmの場合は、酸素領域Aの膜と酸素領域Cの中間的な成膜となることが判明した。この酸素領域を酸素領域Bとする。
これらの供給する酸素に対して、4つの領域に分かれて、組成変化することは今まで知られておらず、ECRスパッタ法でBi−Ti−Oの焼結ターゲットを用いてBi4Ti3O12を成膜した場合の特徴的な成膜特性であるといえる。この領域を把握した上で、成膜を制御することで所望の組成と膜質の膜が得られることになる。さらに別の厳密な測定結果より、得られた膜が強誘電性を明らかに示す成膜条件は、化学量論的組成が実現できている酸素領域Cであることが判明した。
次に、図15中の酸素領域A内のα,酸素領域B内のβ,酸素領域C内のγの酸素流量条件で作製したビスマスチタン酸化物薄膜の状態について、図16(a)〜図16(d’)を用いて説明する。図16(a)〜図16(d’)は、作製した薄膜の断面を透過型電子顕微鏡で観察した結果を示している。図16(a),図16(b),図16(c),図16(d)は、顕微鏡写真であり、図16(a’),図16(b’),図16(c’),図16(d’)は、各々の状態を模式的に示した模式図である。まず、酸素流量を0とした条件αでは、図16(a)及び図16(a’)に示すように、膜全体が柱状結晶から構成されている。条件αで作製した薄膜の元素の組成状態をEDS(エネルギー分散形X線分光)法で分析すると、ビスマスが含まれていなく、この膜は、酸化チタンであることがわかる。
次に、酸素流量を0.5sccmとした条件βでは、図16(b)及び図16(b’)に示すように、作製した薄膜は2層に分離しており、Bi4Ti3O12の化学量論的組成に比較して過剰なチタンを含む金属酸化物単一層144と、Bi4Ti3O12の化学量論的組成に比較して過剰なチタンを含む基部層141とから構成され、基部層141の中にBi4Ti3O12の結晶からなる粒径3〜15nm程度の複数の微結晶粒142が分散している状態が確認される。基部層141は、非晶質の状態となっている。
次に、酸素流量を1sccmとした条件γでは、図16(c)及び図16(c’)に示すように、基部層141の中に微結晶粒142が分散している状態が確認される。ただし、基部層141及び金属酸化物単一層144は、共にほぼビスマスが存在していない状態となっている。以上に示した状態は、成膜時の温度条件が420℃である。なお、図16(d)及び図16(d’)は、酸素流量を1sccmとした条件で作製した膜の観察結果であるが、以下に説明するように、膜形成時の温度条件が異なる。
ECRスパッタ法により形成されるBi4Ti3O12膜の特徴は、成膜温度にも関係する。図17は、基板温度に対する上記Bi4Ti3O12膜の成膜速度と屈折率の変化を示したものである。図17には、図15に示した酸素領域Aと酸素領域Cと酸素領域Dに相当する酸素流量の成膜速度と屈折率の変化が示してある。図17に示すように、成膜速度と屈折率が、温度に対して共に変化することがわかる。
まず、屈折率に注目すると、酸素領域A、酸素領域C、酸素領域Dのいずれの領域に関して同様の振る舞いを示すことがわかる。具体的には、約250℃程度までの低温領域では、屈折率は約2と小さくアモルファス的な特性を示している。300℃から600℃での中間的な温度領域では、屈折率は、約2.6と論文などで報告されているバルクに近い値となり、Bi4Ti3O12の結晶化が進んでいることがわかる。これらの数値に関しては、例えば、山口らのジャパニーズ・ジャーナル・アプライド・フィジクス、第37号、5166頁、1998年、(Jpn.J.Appl.Phys.,37,5166(1998).)などを参考にしていただきたい。
しかし、約600℃を超える温度領域では、屈折率が大きくなり表面モフォロジ(表面凹凸)が大きくなってしまい結晶性が変化しているものと思われる。この温度は、Bi4Ti3O12のキュリー温度である675℃よりも低いが、成膜している基板表面にECRプラズマが照射されることでエネルギーが供給され、基板温度が上昇して酸素欠損などの結晶性の悪化が発生しているとすれば、上述した結果に矛盾はないものと考える。成膜速度の温度依存性についてみると、各酸素領域は、同じ傾向の振る舞いを示すことがわかる。具体的には、約200℃までは、温度とともに成膜速度が上昇する。しかし、約200℃から300℃の領域で、急激に成膜速度が低下する。
約300℃に達すると成膜速度は600℃まで一定となる。この時の各酸素領域における成膜速度は、酸素領域Aが約1.5nm/min、酸素領域Cが約3nm/min、酸素領域Dが約2.5nm/minであった。以上の結果から、Bi4Ti3O12の結晶膜の成膜に適した温度は、屈折率がバルクに近くなり、成膜速度が一定となる領域であり、上述の結果からは、300℃から600℃の温度領域となる。
上述した成膜時の温度条件により、金属酸化物層104の状態は変化し、図16(c)に示した状態となる酸素流量条件で、成膜温度条件を450℃と高くすると、図16(d)及び図16(d’)に示すように、Bi4Ti3O12の柱状結晶からなる寸法(グレインサイズ)20〜40nm程度の複数の柱状結晶部143の中に、寸法が3〜15nm程度の微結晶粒142が観察されるようになる。この状態では、柱状結晶部143が、図16(c)及び図16(c’)に示す基部層141に対応している。なお、図16に示すいずれの膜においても、XRD(X線回折法)測定では、Bi4Ti3O12の(117)軸のピークが観測される。また、前述した透過型電子顕微鏡の観察において、微結晶粒142に対する電子線回折により、微結晶粒142は、Bi4Ti3O12の(117)面を持つことが確認されている。
一般に、強誘電性を示す材料では、キュリー温度以上では結晶性が保てなくなり、強誘電性が発現されなくなる。例えば、Bi4Ti3O12などのBiとTiと酸素とから構成される強誘電材料では、キュリー温度が675℃付近である。このため、600℃に近い温度以上になると、ECRプラズマから与えられるエネルギーも加算され、酸素欠損などが起こりやすくなるため、結晶性が悪化し、強誘電性が発現され難くなるものと考えられる。
また、X線回折による解析により、上記の温度領域(450℃)で、酸素流量Cで成膜したBi4Ti3O12膜は、(117)配向した膜であることが判明した。このような条件で成膜したBi4Ti3O12膜は、100nm程度の厚さにすると2MV/cmを超える十分な電気耐圧性を示すことが確認された。以上に説明したように、ECRスパッタを用い、図15や図17で示される範囲内でBi4Ti3O12膜を形成することにより、膜の組成と特性を制御することが可能となる。
ところで、金属酸化物層104は、図18に示す状態も観察されている。図18に示す金属酸化物層104は、Bi4Ti3O12の化学量論的組成に比較して過剰なチタンを含む金属酸化物単一層144と、複数の微結晶粒142が分散している基部層141との積層構造である。図18に示す状態も、図16に示す状態と同様に、透過型電子顕微鏡の観察により確認されている。上述した各金属酸化物層104の状態は、形成される下層の状態や、成膜温度,成膜時の酸素流量により変化し、例えば、金属材料からなる下地の上では、酸素流量が図18に示すβ条件の場合、図16(b)もしくは図18に示す状態となることが確認されている。
上述したように、微結晶粒が観察される成膜条件の範囲において、基部層が非晶質の状態の場合と柱状結晶が観察される場合とが存在するが、いずれにおいても、微結晶粒の状態には変化がなく、観察される微結晶粒は、寸法が3〜15nm程度となっている。このように、微結晶粒が観察される状態の金属酸化物層104において、前述したように、低抵抗状態と高抵抗状態の2つの安定状態が存在し、図16(a)及び図16(a’)に示す状態の薄膜では、上記2つの状態が著しく悪くなる。
従って、図16(b)〜図16(d’)及び図18に示す状態となっている金属酸化物薄膜によれば、図11及び図12を用いて説明したように、状態が保持される機能を備えた図1に示す金属酸化物素子を実現することが可能となる。この特性は、上述したECRスパッタにより膜を形成する場合、図15の酸素領域B,Cの条件で形成した膜に得られていることになる。また、図17に示した成膜温度条件に着目すると、上記特性は、成膜速度が低下して安定し、かつ屈折率が上昇して2.6程度に安定する範囲の温度条件で、上述した特性の薄膜が形成できる。
上述では、ビスマスとチタンとの2元金属からなる酸化物を例に説明したが、2つの状態が保持されるようになる特性は、少なくとも2つの金属と酸素とから構成されている前述した他の金属酸化物薄膜においても得られるものと考えられる。少なくとも2つの金属と酸素とから構成され、いずれかの金属が化学量論的な組成に比較して少ない状態となっている層の中に、化学量論的な組成の複数の微結晶粒が分散している状態であれば、図11及び図12を用いて説明した図1に示す素子の特性が発現するものと考えられる。