以下、この発明につき図面を参照しつつ詳細に説明する。なお、この発明を実施するための最良の形態(以下実施形態という)によりこの発明が限定されるものではない。また、下記実施形態における構成要素には、当業者が容易に想定できるもの、実質的に同一のもの、いわゆる均等の範囲のものが含まれる。
以下においては、動力発生手段に電動機を用いる、いわゆる電気自動車に本発明を適用した場合について説明するが、本発明の適用対象はこれに限られるものではない。動力発生手段は電動機に限られるものではなく、内燃機関でもよく、内燃機関と電動機とを組み合わせた、いわゆるハイブリッドの動力発生手段を用いてもよい。また、本発明においては、車両が備える車輪の個数は4個に限定されるものではなく、単輪に対するばね下振動を抑制する場合にも本発明は適用できる。
本発明は、車輪間で駆動力を異ならせることにより、車両の旋回性能を向上させたり、車両の姿勢を安定させたりする制御を実行する際に好適に適用できる。この制御を駆動力配分制御という。なお、車輪の駆動力を制御することには、車輪に与える駆動力を制御することの他、車輪に付与する制動力を制御することにより、車輪の駆動力を制御することも含む。
(実施形態1)
図1は、実施形態1に係る走行装置を備える車両の構成を示す概略図である。実施形態1は、次の点に特徴がある。すなわち、車輪の発生可能な駆動力と車輪によって発生可能なヨーモーメントとを、車両の左輪が発生可能な左輪駆動力と車両の右輪が発生可能な右輪駆動力とに変換する。そして、車輪に対する要求駆動力から求められる左輪に対する左輪要求駆動力又は右輪に対する右輪要求駆動力の少なくとも一方が、左輪駆動力又は右輪駆動力の少なくとも一方を超える場合には、左輪及び右輪に発生させる駆動力を、左輪及び右輪が発生可能な駆動力に調整する。
図1に示す車両1は、電動機のみを動力発生手段とする走行装置100を備える。走行装置100は、動力発生手段として、左前電動機10L、右前電動機10R、左後電動機11L、右後電動機11Rを備えている。そして、左前電動機10Lは左前輪2Lを、右前電動機10Rは右前輪2Rを、左後電動機11Lは左後輪3Lを、右後電動機11Rは右後輪3Rを駆動する。このように、この走行装置100は、すべての車輪が駆動輪となる全輪駆動形式となっている。また、左前電動機10L、右前電動機10R、左後電動機11L、右後電動機11Rは、左前輪2L、右前輪2R、左後輪3L、右後輪3Rのホイール内に配置される、いわゆるインホイールタイプの構成となっている。なお、動力発生手段に電動機を用いる場合、電動機の配置はインホイールタイプに限定されるものではない。
以下の説明において、4台の電動機を区別しない場合には、単に電動機MGといい、4輪を区別しない場合には、単に車輪Wという。また、4輪のうち車両1の前後に着目するときには前輪2、後輪3といい、4台の電動機のうち、車両1の前後に着目するときには、前側電動機10、後側電動機11という(以下同様)。ここで、左右の区別は、車両1(あるいは走行装置100)の前進する方向(図1の矢印X方向)を基準とする。すなわち、「左」とは、車両1(あるいは走行装置100)の前進する方向に向かって左側をいい、「右」とは、車両1(あるいは走行装置100)の前進する方向に向かって右側をいう。
本実施形態において、電動機MGと車輪Wとは直結してある。すなわち、電動機MGのローターは、電動機MGの出力軸を介して車輪Wと連結されている。また、本実施形態において、左前電動機10L、右前電動機10R、左後電動機11L、右後電動機11Rは、ECU(Engine Control Unit)50によってそれぞれ独立に制御される。これによって、左前輪2L、右前輪2R、左後輪3L、右後輪3Rそれぞれの駆動力が独立して制御される。また、左前輪2Lの駆動力と、右前輪2Rの駆動力と、左後輪3Lの駆動力と、右後輪3Rの駆動力との配分比は、必要に応じてECU50によって変更される。これによって、旋回時において内外輪回転数差を設けたり、トラクションコントロールを実行したりすることができる。
なお、電動機MGと車輪Wとの間に減速機構を設け、電動機MGの回転数を減速して左右の車輪Wに伝達してもよい。一般に、電動機は小型化するとトルクが低下するが、減速機構を設けることによって電動機のトルクを増加させることができる。その結果、走行装置100が搭載する電動機MGを小型化することができる。
左前電動機10L、右前電動機10R、左後電動機11L、右後電動機11Rには、それぞれ左前電動機用レゾルバ40L、右前電動機用レゾルバ40R、左後電動機用レゾルバ41L、右後電動機用レゾルバ41Rによって回転角度や回転速度が検出される。左前電動機用レゾルバ40L、右前電動機用レゾルバ40R、左後電動機用レゾルバ41L、右後電動機用レゾルバ41Rの出力は、電動機用ECU8に取り込まれて、左前電動機10L、右前電動機10R、左後電動機11L、右後電動機11Rの制御に用いられる。ここで、4輪を区別しない場合には、単にレゾルバQという。
左前電動機10L、右前電動機10R、左後電動機11L、右後電動機11Rは、電動機制御回路6に接続されている。電動機制御回路6には、図1に示す車両1が搭載する、例えばニッケル−水素電池や鉛蓄電池等の車載電源7が接続されており、必要に応じて、車載電源7から左前電動機10L、右前電動機10R、左後電動機11L、右後電動機11Rを駆動するための電力が供給される。電動機制御回路6は、W、V、Uの三相電流を発生させるための3つのインバータ回路より構成されている。インバータ回路は、ECU50からの制御信号に基づいて電動機用ECU8が制御する。ここで、ECU50と電動機用ECU8とは、通信回線9を介して接続されており、ECU50は、通信回線9を介して電動機用ECU8へ制御信号を送信する。これによって、左前電動機10L、右前電動機10R、左後電動機11L、右後電動機11Rが駆動制御される。
本実施形態においては、アクセル開度センサ42によって検出されるアクセル5の開度によって、左前電動機10L、右前電動機10R、左後電動機11L、右後電動機11Rの出力が制御され、その結果、走行装置100の総駆動力F_allが制御される。なお、本実施形態においては、一組のインバータ回路によって1台の電動機が制御される。走行装置100は4台の電動機、すなわち、走行装置100は、左前電動機10L、右前電動機10R、左後電動機11L、右後電動機11Rを備えるため、これらを制御するために、電動機制御回路6には4組のインバータ回路が備えられる。
左前電動機10L、右前電動機10R、左後電動機11L、右後電動機11Rが走行装置100の動力発生手段として用いられる場合、車載電源7の電力が電動機制御回路6を介して供給される。また、例えば車両1の減速時には、左前電動機10L、右前電動機10R、左後電動機11L、右後電動機11Rが発電機として機能して回生発電を行い、車両1を制動するとともに、車両1の制動によって回収したエネルギーを車載電源7に蓄える。これは、ブレーキ信号やアクセルオフ等の信号に基づいて、ECU50が電動機制御回路6を制御することにより実現される。
左前輪2L、右前輪2R、左後輪3L、右後輪3Rには、それぞれを制動するための左前制動装置12L、右前制動装置12R、左後制動装置13L、右後制動装置13Rが備えられる。ここで、左前制動装置12L、右前制動装置12R、左後制動装置13L、右後制動装置13Rを区別しない場合には、単に制動装置Bという。制動装置Bは、摩擦力を利用して各車輪Wに制動力を発生させる。各制動装置Bは、制動力伝達媒体であるブレーキフルードが満たされた制動力伝達媒体配管17を介して制動力制御装置14に接続されており、制動力制御装置14が発生する制動圧力に基づいて、各制動装置Bの制動力が調整される。
制動力制御装置14は、制動圧力発生装置(オイルポンプ)14pと、制動圧力調整装置(弁装置)14vと、制動圧力配分装置14dとを含んで構成される。通常の制動時においては、運転者によるブレーキペダル15の踏み込み力に応じて駆動されるマスターシリンダ16が発生する制動圧力が、制動圧力配分装置14dによって各制動装置Bに分配されて、各車輪Wに制動力を発生させる。この場合、マスターシリンダ16が発生する圧力、すなわち、運転者によるブレーキペダル15の踏み込み力に応じて、各制動装置Bに配分される制動圧力が調整されて、各車輪Wの発生する制動力が制御される。
また、ECU50によって制動圧力発生装置14pと、制動圧力調整装置14vと、制動圧力配分装置14dとを制御することにより、運転者によるブレーキペダル15の踏み込み力に関係なく、各車輪Wの発生する制動力を制御することもできる。このように、各駆動輪の制動力を個別に制御することによって、制動時における各車輪Wのロックを抑制したり、車両1の走行中に空転の発生している車輪Wを制動することによって車両1の横滑り等を抑制したりすることができる。
ECU50は、各電動機MGの駆動力を制御したり、各電動機MGによって回収する電力量を制御することにより、各電動機MGの制動力を制御したりする。これによって、ECU50は、電動機MGの駆動力を制御することができる。また、後述するように、ECU50には駆動制御装置30が備えられており、駆動制御装置30が本実施形態に係る駆動制御を実行する。なお、本実施形態において、駆動制御装置30は、ECU50の一機能として実現される。
車両1が備える通信回線9には、レゾルバQ、アクセル開度センサ42、車速センサ43、ヨーセンサ44、操舵角センサ45等が接続されている。そして、ECU50は、通信回線9を介して、走行装置100の制御に必要な情報をこれらのセンサ類から取得する。次に、本実施形態に係る駆動制御を実行する駆動制御装置30及び電動機用ECU8の構成を説明する。
図2は、実施形態1に係る駆動制御装置の構成例を示す説明図である。図2に示すように、駆動制御装置30は、ECU50に組み込まれて構成されている。ECU50は、CPU(Central Processing Unit:中央演算装置)50pと、記憶部50mと、入力及び出力ポート55、56とから構成される。
なお、ECU50とは別個に、本実施形態に係る駆動制御装置30を用意し、これをECU50に接続してもよい。そして、本実施形態に係る駆動制御を実現するにあたっては、ECU50が備える走行装置100等に対する制御機能を、駆動制御装置30が利用できるように構成してもよい。
駆動制御装置30は、要求値演算部31と、パラメータ演算部32と、変換部33と、駆動力調整部34と、動荷重基準駆動力演算部35と、制御条件判定部36と、駆動力設定部37とを含んで構成される。これらが、本実施形態に係る駆動制御を実行する部分となる。本実施形態において、駆動制御装置30は、ECU50を構成するCPU50pの一部として構成される。CPU50pには、電動機制御部50peが備えられており、電動機制御部50peは、車両1の走行時における電動機MGの出力や電力の回生を制御する他、駆動制御装置30が実行した駆動制御の処理結果に基づいて電動機MGの出力(トルク)を制御する。また、CPU50pには、総合制御部50pcが備えられており、走行装置100の制御(例えば、制動装置Bの制御や電動機MGの制御等)に必要な演算を実行する。
CPU50pと記憶部50mとは、バス541〜543を介して、入力ポート55及び出力ポート56を介して接続される。これにより、駆動制御装置30に含まれる要求値演算部31と、パラメータ演算部32と、変換部33と、駆動力調整部34と、動荷重基準駆動力演算部35と、制御条件判定部36と、駆動力設定部37とは、相互に制御データをやり取りしたり、一方に命令を出したりできるように構成される。また、駆動制御装置30は、ECU50が有する走行装置100の運転制御データを取得し、これを利用することができる。また、駆動制御装置30は、本実施形態に係る駆動制御をECU50が予め備えている運転制御ルーチンに割り込ませたりすることができる。
入力ポート55は、通信回線9と接続される。通信回線9には、アクセル開度センサ42、車速センサ43、ヨーセンサ44、操舵角センサ45その他の、走行装置100の運転制御に必要な情報を取得するセンサ類が接続されている。車速センサ43は、例えば、車両1が備える4個の車輪Wの平均回転速度から、車両1の走行速度(車速)Vを求めたり、4個の車輪のうち最も低い回転速度から車速Vを求たりするものである。CPU50pは、通信回線9を介して、これらのセンサ類から出力される信号を取得する。また、CPU50pは、CPU8p及び通信回線9を介して、レゾルバQ(左前電動機用レゾルバ40L、右前電動機用レゾルバ40R、左後電動機用レゾルバ41L、右後電動機用レゾルバ41R)が検出する電動機回転速度を取得する。これにより、CPU50pは、走行装置100の運転制御や、本実施形態に係る駆動制御に必要な情報を取得することができる。
出力ポート56は、通信回線9と接続されている。そして、CPU50pが演算した電動機MG(左前電動機10L、右前電動機10R、左後電動機11L、右後電動機11R)に対する駆動制御指令は、通信回線9を介して電動機用ECU8に発信される。これによって、CPU50pは、電動機用ECU8を介して、電動機MGを制御することができる。
記憶部50mには、本実施形態に係る駆動制御の処理手順を含むコンピュータプログラムや制御用データ等が格納されている。ここで、記憶部50mは、RAM(Random Access Memory)のような揮発性のメモリ、フラッシュメモリ等の不揮発性のメモリ、あるいはこれらの組み合わせにより構成することができる。
上記コンピュータプログラムは、CPU50pへ既に記録されているコンピュータプログラムとの組み合わせによって、本実施形態に係る駆動制御の処理手順を実現できるものであってもよい。また、この駆動制御装置30は、前記コンピュータプログラムの代わりに専用のハードウェアを用いて、要求値演算部31、パラメータ演算部32、変換部33、駆動力調整部34、動荷重基準駆動力演算部35、制御条件判定部36及び駆動力設定部37の機能を実現するものであってもよい。
通信回線9に接続される電動機用ECU8は、入力ポート8iと、CPU8pと、プリドライバ8dとを備えている。入力ポート8iは通信回線9に接続されており、CPU8pは、通信回線9及び入力ポート8iを介して、ECU50から発信される電動機MGの駆動制御信指令を取得する。CPU8pは、取得した駆動制御指令に基づいて電動機MGに供給する電流の値、すなわち電流指令値を演算する。そして、CPU8pは、演算した電流指令値をプリドライバ8dに出力し、プリドライバ8d及びプリドライバ8dに接続される電動機制御回路6を介して、電動機MGを駆動制御する。
また、CPU8pは、入力ポート8iに接続されるレゾルバQ(左前電動機用レゾルバ40L、右前電動機用レゾルバ40R、左後電動機用レゾルバ41L、右後電動機用レゾルバ41R)が検出する電動機回転速度や、入力ポート8iに接続される駆動電流検出回路46が検出する電動機MGの駆動電流値を取得する。そして、CPU8pは、取得した電動機回転速度や駆動電流値に基づいて、ECU50から発信される電動機MGの駆動制御指令の通りに電動機MGが駆動されるように、電動機MGをフィードバック制御する。
電動機用ECU8が備えるプリドライバ8dは、CPU8pで演算された電流指令値を、パルス幅変調されたデューティ指令値W、V、U、Wb、Vb、Ubに変換するためのものである。ここで、デューティ指令値W、V、Uは正相の三相信号を表し、デューティ指令値Wb、Vb、Ubは逆相の三相信号を表す。プリドライバ8dから出力されるデューティ指令値W、V、U、Wb、Vb、Ubは電動機制御回路6が備えるインバータ回路に送られて、左前電動機10L、右前電動機10R、左後電動機11L、右後電動機11Rが駆動制御される。次に、本実施形態に係る駆動制御を説明する。次の説明では、適宜図1、図2を参照されたい。
図3は、実施形態1に係る駆動制御の処理手順を示すフローチャートである。図4は、車輪と路面との間における駆動力及び制動力を示す概念図である。図5−1は、車輪がスリップするときにおける駆動力又は制動力の時間変化を示す概念図である。図5−2は、駆動力又は制動力と、車輪と路面との間におけるスリップ率との関係を示す説明図である。図6は、実施形態1に係る走行装置が備える車輪の駆動力、制動力、ヨーモーメントを説明するための概念図である。本実施形態に係る駆動制御を実行するにあたり、ステップS101において、駆動制御装置30が備えるパラメータ演算部32は、左前輪2L、右前輪2R、左後輪3L、右後輪3Rの最大駆動力を求める。次に、この手法を説明する。
(最大駆動力を求める手法)
各車輪Wの最大駆動力を求めるためには、図4に示す車輪Wと路面GLとの間で発生可能な最大駆動力及び最大制動力の情報、及び動力発生手段である電動機MGで発生可能な駆動力の情報も必要である。このため、本実施形態では、各車輪Wの最大駆動力を求めるため、車輪−路面間における駆動力のピーク値(駆動力ピーク値)ftp、車輪−路面間における制動力のピーク値(制動力ピーク値)fbp、電動機の発生可能なトルクの最大値(電動機トルクピーク値)tmpを用いる。
左前輪2Lの駆動力ピーク値をftp_fl、右前輪2Rの駆動力ピーク値をftp_fr、左後輪3Lの駆動力ピーク値をftp_rl、右後輪3Rの駆動力ピーク値をftp_rrとし、左前輪2Lの制動力ピーク値をfbp_fl、右前輪2Rの制動力ピーク値をfbp_fr、左後輪3Lの制動力ピーク値をfbp_rl、右後輪3Rの制動力ピーク値をfbp_rrとする。なお、左前輪2L、右後輪3R等を区別しないときの駆動力ピーク値はftpで表し、制動力ピーク値はfbpで表す。
車両1の走行中、例えば、車輪Wを駆動する電動機MGのトルク(電動機駆動トルク)tmが増加すると(図5−1の上段)、車輪Wが路面GL上でスリップし始める(図5−1の中段における(1)で示す部分)。また、車輪Wを制動する制動力(電動機MGの回生トルクや制動装置Bの制動力)fbが増加すると(図5−1の上段)、車輪Wが路面GL上でスリップし始める(図5−1の中段における(1)で示す部分)。車輪Wがスリップし始めると、車輪Wの周速度(駆動輪速度)Vwと車両1の走行速度(車速V)との差が大きくなり、その結果としてスリップ率slipが増加し、車輪Wの駆動力あるいは制動力も増加する。
さらにスリップ率slipが増加すると、車輪Wの駆動力ftあるいは制動力fbはピーク値をとり(図5−1における時間t=t1)、それ以降はスリップ率slipの増加とともに車輪Wの駆動力ftあるいは制動力fbは低下する。車輪Wの駆動力ftあるいは制動力fbとスリップ率slipとの関係は、図5−2に示すようになる。すなわち、図5−2に示すように、車輪Wの駆動力ftあるいは制動力fbは、スリップ率slipの増加とともに大きくなり、スリップ率slipがslip_maxになったときに駆動力ピーク値ftpあるいは制動力ピーク値fbpとなる。
駆動力ピーク値ftpあるいは制動力ピーク値fbpを超えると(図5−1のt=t1以降)、車輪速度Vwは短時間で急激に上昇し、これにともなってスリップ率slipも急激に上昇する(図5−1の下段及び図5−2参照)。この場合、車輪Wの駆動力ftあるいは制動力fbを制御することにより、車輪Wのスリップが徐々にグリップ状態へ回復し始める(図5−1の中段における(3)で示す部分)。図5−1の中段における(4)で示す部分は、車輪Wのスリップがグリップ状態へ回復している途中であり、スリップ率slipはグリップ走行時におけるスリップ率へ近づいていく。
ここで、車輪Wの駆動力ftは式(1)で、車輪Wの制動力fbは式(2)で、スリップ率slipは式(3)で求めることができる。車輪速度Vwは、車輪Wの回転角速度をωとし、車輪Wの動荷重半径(車輪Wの回転軸Zrから外周までの距離)をRとすると、Vw=R×ωとなる(図4参照)。また、tmは車輪Wを駆動する電動機MGのトルク、tbは車輪Wを制動する制動トルク(電動機MGの電力回生による制動トルクも含む)、Ivは車輪Wのイナーシャも含んだ駆動系のイナーシャ、GRは駆動系の変速比、aは車輪Wの加速度(車輪加速度)である。なお、車輪加速度aは、車輪Wの回転角加速度である。
駆動系のイナーシャIvは、例えば、本実施形態における車両1においては、電動機MGのローターから車輪Wまでの間に存在する動力伝達に関わる構造物すべてのイナーシャである。駆動系の変速比GRは、動力発生源である電動機MGが備えるローターから車輪Wまでの間における変速比であり、本実施形態に係る車両1が備える走行装置100のように、インホイール形式かつ直結の場合、変速比GR=1である。
駆動力ピーク値ftpは、例えば、式(1)から駆動力ftを求めるとともに、現時点の駆動力ft(m)が、現時点よりも1回前にサンプリングした駆動力(前回駆動力)ft(m−1)よりも小さくなったときの前回駆動力ft(m−1)とすることができる(mは1以上の整数)。制動力ピーク値fbpは、例えば、式(2)から制動力fbを求めるとともに、現時点の制動力fb(m)が、現時点よりも1回前にサンプリングした制動力(前回制動力)fb(m−1)よりも小さくなったときの前回制動力fb(m−1)とすることができる。なお、通常駆動力ピーク値ftpと制動力ピーク値fbpとは等しいため、制動力ピーク値fbpは、駆動力ピーク値ftpを用いてもよいし、制動力ピーク値fbpと、駆動力ピーク値ftpとを別個に求めてもよい。駆動力ピーク値ftp、制動力ピーク値fbpは、車輪Wと路面GLとの間の状況に応じて、適宜更新される。
また、左前電動機10Lの電動機トルクピーク値をtmp_fl、右前電動機10Rの電動機トルクピーク値をtmp_fr、左後電動機11Lの電動機トルクピーク値をtmp_rl、右後電動機11Rの電動機トルクピーク値をtmp_rrとする。電動機トルクピーク値tmpは、電動機MGの出力や、電動機MGの温度等に基づいて求められる。例えば、電動機MGの温度が上昇すると、過熱により電動機MGの耐久性が低下するおそれがあるため、電動機MGの温度が一定の値を超えた場合には、電動機MGの発生可能な出力が制限され、電動機トルクピーク値tmpも制限される。
ここで、電動機トルクピーク値tmpの単位はN・mであり、駆動力ピーク値ftp及び制動力ピーク値fbpの単位はNなので、これらの単位を統一するために、電動機トルクピーク値tmpを車輪Wの駆動力に変換する必要がある。電動機トルクピーク値tmpを車輪Wの駆動力に変換する際には、電動機−車輪間の変速比GRと、図4に示す車輪Wの動荷重半径Rとを用いる。そして、数式tmp×GR/Rによって変換する。ここで、変換後の電動機トルクピーク値tmpを電動機駆動力ピーク値fmpといい、fmp=tmp×GR/Rである。そして、左前電動機10Lの電動機駆動力ピーク値をfmp_fl、右前電動機10Rの電動機駆動力ピーク値をfmp_fr、左後電動機11Lの電動機駆動力ピーク値をfmp_rl、右後電動機11Rの電動機駆動力ピーク値をfmp_rrとする。
ここで、fmp_fl=tmp_fl×GR_fl/R_fl、fmp_fr=tmp_fr×GR_fr/R_fr、fmp_rl=tmp_rl×GR_rl/R_rl、fmp_rr=tmp_rr×GR_rr/R_rrである。GR_fl、GR_fr、GR_rl、GR_rrは、それぞれ左前電動機10L−左前輪2L間の変速比、右前電動機10R−右前輪2R間の変速比、左後電動機11L−左後輪3L間の変速比、右後電動機11R−右後輪3R間の変速比である。また、R_fl、R_fr、R_rl、R_rrは、それぞれ左前輪2Lの動荷重半径、右前輪2Rの動荷重半径、左後輪3Lの動荷重半径、右後輪3Rの動荷重半径である。
上述した駆動力ピーク値ftp、制動力ピーク値fbp、電動機駆動力ピーク値fmpが、車輪Wで発生可能な最大駆動力Fmaxを求める際に必要な情報となる。車輪Wの摩擦円を考えると、車輪Wで発生可能な前後方向の力は等しいため、車輪Wが発生可能な駆動力と制動力とは、最大値が等しくなる。すなわち、車輪Wで発生可能な最大駆動力Fmaxは、車輪Wで発生可能な最大制動力Fbmaxであり、車輪Wで発生可能な最大駆動力は、最大駆動力及び最大制動力の両方を含む概念である。
本実施形態において、車輪Wの最大駆動力Fmaxは、駆動力ピーク値ftpの絶対値|ftp|、制動力ピーク値fbpの絶対値|fbp|、電動機駆動力ピーク値fmpの絶対値|fmp|のうち、最小の値とする。すなわち、Fmax=MIN(|ftp|、|fbp|、|fmp|)となる。ここで、MIN(|aa|、|bb|、|cc|)は、|aa|、|bb|、|cc|のうち、最小のものを選択するという意味である。このようにすることで、車輪Wで発生可能な最大駆動力Fmaxを、精度よく求めることができる。なお、駆動力ピーク値ftpの絶対値|ftp|と制動力ピーク値fbpの絶対値|fbp|とは等しくなる。
例えば、駆動力ピーク値ftpの絶対値|ftp|が最も小さい場合、車輪Wの最大駆動力Fmaxは、駆動力ピーク値ftpの絶対値|ftp|となる。この場合、電動機駆動力ピーク値fmpの絶対値|fmp|は、駆動力ピーク値ftpの絶対値|ftp|よりも大きいが、図6に示すように、車輪Wは、駆動力ピーク値ftp(あるいは制動力ピーク値fbp)よりも大きい駆動力を発生することはできないので、車輪Wの最大駆動力Fmax=|ftp|となる。
また、電動機駆動力ピーク値fmpの絶対値|fmp|が最も小さい場合、車輪Wの最大駆動力Fmaxは、電動機駆動力ピーク値fmpの絶対値|fmp|となる。この場合、駆動力ピーク値ftpの絶対値|ftp|は、電動機駆動力ピーク値fmpの絶対値|fmp|よりも大きいので、車輪Wに電動機駆動力ピーク値fmpを付与しても、車輪Wは、電動機駆動力ピーク値fmpを駆動力として発生できる。
車輪Wの最大駆動力Fmaxは、車両1が備える走行装置100の各車輪についてそれぞれ求める。すなわち、左前輪2Lの最大駆動力(左前輪最大駆動力)Fmax_fl、右前輪2Rの最大駆動力(右前輪最大駆動力)Fmax_fr、左後輪3Lの最大駆動力(左後輪最大駆動力)Fmax_rl、右後輪3Rの最大駆動力(右後輪最大駆動力)Fmax_rrを、それぞれ下記のように求める。
Fmax_fl=MIN(|ftp_fl|、|fbp_fl|、|fmp_fl|)
Fmax_fr=MIN(|ftp_fr|、|fbp_fr|、|fmp_fr|)
Fmax_rl=MIN(|ftp_rl|、|fbp_rl|、|fmp_rl|)
Fmax_rr=MIN(|ftp_rr|、|fbp_rr|、|fmp_rr|)
上記手法により、左前輪2L、右前輪2R、左後輪3L、右後輪3Rの最大駆動力を求めたら、ステップS102に進む。ステップS102において、パラメータ演算部32は、車両1の左側に存在する車輪で発生可能な最大駆動力、及び車両1の右側に存在する車輪で発生可能な最大駆動力を求める。また、パラメータ演算部32は、車両1の左側に存在する車輪で発生可能な最大ヨーモーメント駆動力、及び車両1の右側に存在する車輪で発生可能な最大ヨーモーメントを求める。次に、この手法を説明する。
図1に示す車両1の左側に存在する車輪(左輪という)WLが発生可能な駆動力の最大値(左輪最大駆動力)をFmax_l、車両1の右側に存在する車輪(右輪という)WRが発生可能な駆動力の最大値(右輪最大駆動力)をFmax_rとする。左輪最大駆動力Fmax_l、右輪最大駆動力Fmax_rは、左前輪最大駆動力Fmax_fl、右前輪最大駆動力Fmax_fr、左後輪最大駆動力Fmax_rl、右後輪最大駆動力Fmax_rrを用いて、式(4)、式(5)で求めることができる。
また、左輪WLが発生可能なヨーモーメントの最大値(左輪最大ヨーモーメント)をMmax_l、車両1の右輪WRが発生可能なヨーモーメントの最大値(右輪最大ヨーモーメント)をMmax_rとする。ここで、図6に示すように、本実施形態においては、車両1が左旋回する場合のヨーモーメントMを正とし、車両1が右旋回する場合のヨーモーメントMを負とする。左輪最大ヨーモーメントMmax_l、左輪最大ヨーモーメントMmax_rは、式(6)、式(7)で求めることができる。ここで、Dfは前輪2のトレッド、Drは後輪3のトレッドである(図6参照)。
図6に示すように、左前輪最大駆動力Fmax_flと左前輪最大制動力Fbmax_fl(すなわち左前輪最小駆動力Fmin_fl)とは等しい。同様に、右前輪最大駆動力Fmax_frと右前輪最大制動力Fbmax_fr(すなわち右前輪最小駆動力Fmin_fr)とは等しい。また、左後輪最大駆動力Fmax_rlと左後輪最大制動力Fbmax_rl(すなわち左後輪最小駆動力Fmin_rl)とは等しい。また、右後輪最大駆動力Fmax_rrと右後輪最大制動力Fbmax_rr(すなわち右後輪最小駆動力Fmin_rr)とは等しい。
したがって、左輪WLの最小駆動力(左輪最小駆動力)Fmin_l(=Fmin_fl+Fmin_rl)、右輪WRの最小駆動力(右輪最小駆動力)Fmin_r(=Fmin_fr+Fmin_rr)は、式(6)、式(7)のようになる。なお、左輪最小駆動力Fmin_lは、左輪WLの最大制動力(前輪最大制動力)であり、右輪最小駆動力Fmin_rは、右輪WRの最大制動力(後輪最大制動力)である。
ステップS102において、左輪WL、右輪WRで発生可能な最大駆動力を求めたら、ステップS103に進む。ステップS103において、駆動制御装置30の変換部33は、車両1の搭載する走行装置100が発生可能な駆動力の範囲を示す枠を、左輪WLの駆動力(左輪駆動力)F_lが横軸(x軸)、右輪WRの駆動力(右輪駆動力)F_rが縦軸(y軸)とした直交座標上に作成する。この枠を、調整枠という。なお、調整枠は、右輪WRの駆動力(右輪駆動力)F_rを横軸(x軸)に、左輪WLの駆動力(左輪駆動力)F_lを縦軸(y軸)とした直交座標上に作成してもよい。ここで、車両1の左側に存在する車輪は左前輪2L、左後輪3Lであり、車両1の右側に存在する車輪は右前輪2R、右後輪3Rである。次に、調整枠について説明する。
(要求駆動力及び要求ヨーモーメントの求め方)
例えば、左輪WLと右輪WRとの間で駆動力を異ならせる場合を考える。この場合、車両1の旋回に必要なヨーモーメント(以下要求ヨーモーメントという)Mdを求める必要がある。要求値演算部31は、操舵輪である左前輪2L及び右前輪2Rの操舵角θを検出する操舵角センサ45及び車両1の車速Vを検出する車速センサ43からの出力を取得する。そして、要求値演算部31は、取得した操舵角θ及び車速Vに基づいて車両1が旋回する際の目標ヨーモーメントMpを算出し、その算出された目標ヨーモーメントと、ヨーセンサ44から出力された実ヨーモーメントとの偏差を要求ヨーモーメントMdとする。
また、左輪WLと右輪WRとの間に必要な駆動力差(要求駆動力差)ΔFdは、要求ヨーモーメントというMdから求めることができる。そして、要求駆動力差ΔFdから、車両1に必要な駆動力(要求駆動力)Fを求めることができる。なお、車両1の左右の車輪間で駆動力を変更して要求ヨーモーメントMdを発生させる前後において、車両1の総駆動力F_allが変化すると運転者に違和感を与えるため、要求ヨーモーメントMdを発生させる前後において、車両1の総駆動力F_allが一定となるようにすることが好ましい。
(調整枠)
図7は、実施形態1に係る調整枠の一例を示す概念図である。本実施形態において、調整枠60は左輪駆動力F_lを横軸、右輪駆動力F_rを縦軸とする直交座標上に作成される。本実施形態では、車両1の駆動力Fと、ヨーモーメントMとを、それぞれ左輪駆動力F_l、右輪駆動力F_rに変換する。すなわち、駆動力Fの軸と、ヨーモーメントMの軸とを、右輪駆動力F_rの軸(縦軸)と、左輪駆動力F_lの軸(横軸)とに変換する。
これにともない、車両1の駆動力配分制御において要求される駆動力(要求駆動力)Fdを左輪WLで要求される駆動力(左輪要求駆動力)Fd_lに変換し、また、車両1の駆動力配分制御において要求されるヨーモーメント(要求ヨーモーメント)Mdを右輪WRで要求される駆動力(右輪要求駆動力)Fd_rに変換する。
また、例えば、車輪Wと路面GLとの間の摩擦係数が異なることによって、車輪Wが発生可能な要求駆動力Fd及び要求ヨーモーメントMdを制限する必要がある。この場合、要求駆動力Fd及び要求ヨーモーメントMdは制限を受けるが、制限を受けた後の要求駆動力Fd、要求ヨーモーメントMdを、それぞれ制限要求駆動力Fd_lim、制限要求ヨーモーメントMd_limという。
本実施形態においては、制限要求駆動力Fd_limを左輪制限要求駆動力Fdlim_lに変換し、制限要求ヨーモーメントMd_limを右輪制限要求駆動力Fdlim_rに変換する。ここで、左輪制限要求駆動力Fdlim_lは、左輪WLの発生可能な駆動力の最大値であり、右輪制限要求駆動力Fdlim_rは、右輪WRの発生可能な駆動力の最大値である。
図7に示すように、調整枠60は、直線A1(F_l=Fmax_l)、直線A2(F_l=Fmin_l)、直線B1(F_r=Fmax_r)、直線B2(F_r=Fmin_r)の4本の直線で構成される。ここで、直線A1及び直線A2は、直線B1及び直線B2と直交する。また、直線A1と直線A2とは平行であり、直線B1と直線B2とは平行である。すなわち、直線A1、A2、B1、B2で構成される調整枠60の形状は、長方形又は正方形となる。車両1が搭載する走行装置100の左輪WL及び右輪WRが発生可能な駆動力の範囲は、直線A1、A2、B1、B2で構成される方形の内部(辺上も含む)となる。
次に、調整枠60を作成するため、図1に示す車両1の駆動力、及びヨーモーメントMを求める。車両1の駆動力Fは式(8)で、ヨーモーメントMは式(9)で求めることができる。ここで、alは左輪WLの駆動力及びヨーモーメントに対する係数であり、arは右輪WRの駆動力及びヨーモーメントに対する係数である。−1≦al≦1、−1≦ar≦1である。
式(8)、式(9)からalを求め、式(4)〜式(7)を用いて整理すると、alは式(10)のようになる。左輪駆動力F_lは、al×(Fmax_fl+Fmax_rl)=al×Fmax_lなので、式(10)からalの値が定まることにより、左輪駆動力F_lは式(11)で求めることができる。また、右輪駆動力F_rは、式(12)で求めることができる。式(10)、式(11)を用いることにより、車両1の駆動力Fと、ヨーモーメントMとを、右輪駆動力F_rと、左輪駆動力F_lとに変換し、調整枠60を作成することができる。
左輪要求駆動力Fd_l及び右輪要求駆動力Fd_rが調整枠60の外にある場合、車両1が搭載する走行装置100の車輪Wは、要求駆動力Fd及び要求ヨーモーメントMdを発生できない。このため、左輪要求駆動力Fd_l及び右輪要求駆動力Fd_rが、調整枠60上となるように調整する。次に、この調整方法の一例を説明する。
図8−1、図8−2は、駆動力の調整手法を示す説明図である。本実施形態では、ヨーモーメント発生割合R_Mと駆動力発生割合R_Fとの比R_M:R_Fを用いて、図8−1に示す調整枠61外の要求ヨーモーメントMdと要求駆動力Fdとを調整枠61上に調整する。R_M:R_F=1:0である場合、車両1の駆動力を0とする。この場合、ヨーモーメントを優先して、左輪要求駆動力Fd_l及び右輪要求駆動力Fd_rを調整する。R_M:R_F=0:1である場合、車両1のヨーモーメントを0とする。この場合、駆動力を優先して左輪要求駆動力Fd_l及び右輪要求駆動力Fd_rを調整する。これら以外の場合、ヨーモーメント−駆動力比Md:Fd(=Md/Fd)が一定となるように、左輪要求駆動力Fd_l及び右輪要求駆動力Fd_rを調整する。
(1)駆動力を優先させる場合
条件(a)車速Vが車速上限閾値V_up以下
条件(b)アクセル開度saccがアクセル開度下限閾値sacc_low以上又はアクセルペダル開速度dsaccがアクセル開度速下限閾値dsacc_low以上
条件(c)操舵角絶対値|θ|が操舵角絶対値上限閾値|θ_up|以下
であり、条件(a)かつ条件(b)かつ条件(c)が成立する場合、運転者には加速意思があると推定できる。この場合、駆動力を優先して、左輪要求駆動力Fd_l及び右輪要求駆動力Fd_rを調整する。これによって、運転者の加速意思を車両1へより忠実に反映させることができる。
(2)ヨーモーメントを優先させる場合
条件(a)操舵角絶対値|θ|が操舵角絶対値上限閾値|θ_up|以上
条件(b)操舵角速度絶対値|θv|が操舵角速度絶対値上限閾値|θv_up|以上
であり、条件(a)又は条件(b)が成立する場合、運転者には車両1をより旋回させようとする意思があると推定できる。この場合、ヨーモーメントを優先して、左輪要求駆動力Fd_l及び右輪要求駆動力Fd_rを調整する。これによって、車両1をより旋回させたいという運転者の意思を車両1へより忠実に反映させることができる。
(3)ヨーモーメント−駆動力比を一定とする場合
上記(1)、(2)以外の場合、ヨーモーメント−駆動力比Md:Fd(=Md/Fd)が一定となるように、左輪要求駆動力Fd_l及び右輪要求駆動力Fd_rを調整する。ヨーモーメントを優先して、左輪要求駆動力Fd_l及び右輪要求駆動力Fd_rを調整する。これによって、ヨーモーメントと駆動力とのバランスを確保する。
(4)ヨーモーメントを優先させる調整を最優先させる場合
条件(a)車体ヨーレートγと目標ヨーレートγrとが同符号かつ|γ−γr|がヨーレート偏差絶対値上限閾値(偏差の絶対値)Δγ_up1以上
条件(b)車体ヨーレートγと目標ヨーレートγrとが異符号かつ|γ−γr|がヨーレート絶対値偏差上限閾値(絶対値の偏差)Δγ_up2以上
条件(c)車体スリップ角微分値|dβ/dt|が車体スリップ角微分値上限値閾値Δβ_up以上
であり、条件(a)又は条件(b)又は条件(c)が成立する場合、ヨーモーメントを優先させる調整を最優先させる。この場合、車両1の旋回力が不足するおそれがあるため、ヨーモーメントを優先して左輪要求駆動力Fd_l及び右輪要求駆動力Fd_rを調整することにより、車両1の旋回に必要なヨーモーメントを確保する。
(5)駆動力を優先させる調整を最優先させる場合
条件(a)車体ヨーレートγと目標ヨーレートγrとが同符号かつ|γ−γr|がヨーレート偏差絶対値上限閾値(偏差の絶対値)Δγ_up1よりも小さい
条件(b)車体ヨーレートγと目標ヨーレートγrとが異符号かつ|γ−γr|がヨーレート絶対値偏差上限閾値(絶対値の偏差)Δγ_up2よりも小さい
条件(c)車体スリップ角微分値|dβ/dt|が車体スリップ角微分値上限値閾値Δβ_upよりも小さい
条件(d)アクセル開度saccがアクセル開度下限閾値sacc_low以上又はアクセルペダル開速度dsaccがアクセル開度速下限閾値dsacc_low以上
条件(e)車両1の進行方向前方の所定距離L(m:メートル)以内における道路の旋回半径ρが旋回半径下限値ρ_low以上
であり、{条件(a)又は条件(b)又は条件(c)又は条件(d)}かつ条件(e)が成立する場合、駆動力を優先させる調整を最優先させる。これによって、車両1の運転状態や道路状況を考慮して、車両1を加速させたいという運転者の意思を車両1へ反映させるので、より安全性を確保することができる。
運転者の操作や車両1の運転状態、あるいは道路状況を考慮して、どの調整を優先させるかを決定し、ヨーモーメント発生割合R_Mと駆動力発生割合R_Fとの比を定め、次のように左輪要求駆動力Fd_l及び右輪要求駆動力Fd_rを調整する。
図8−1は、車両1のヨーモーメントMと駆動力Fとの直交座標に作成した調整枠61において、ヨーモーメント発生割合R_Mと駆動力発生割合R_Fとの比(ヨーモーメント−駆動力比という)R_M:R_F(=R_M/R_F)を用いて、調整枠61外の要求ヨーモーメントMdと要求駆動力Fdとを調整枠61上に調整する例を示している。ヨーモーメント−駆動力比R_M:R_Fは、調整枠61に要求ヨーモーメントMdと要求駆動力Fdとを調整したときにおける、ヨーモーメント発生割合R_Mと駆動力発生割合R_Fとの比であり、車両1の運転状況や車両1に対する運転者の操作状況に基づいて、予め設定される。例えば、R_M:R_Fを0.5:1とした場合、調整枠61上において、ヨーモーメントは0.5の割合で発生させ、駆動力は1の割合で発生させるということになる。なお、ヨーモーメント発生割合R_M及び駆動力発生割合R_Fは、無次元である。
ヨーモーメント−駆動力比を用いて調整する場合、当初要求されている要求ヨーモーメントMd及び要求駆動力Fdを、ヨーモーメント−駆動力比から得られる一定の傾きR_M/R_F(=R_M:R_F)で調整枠61に近づけ、調整枠61と交わった座標Pdlimのヨーモーメントと駆動力とを、制限要求ヨーモーメントMd_limと制限要求駆動力Fd_limとする。
ここで、R_M:R_Fが1:0である場合、図8−1に示す調整枠61と要求値の座標Pd1を通る直線F=Fdとが交わった座標Pdlim1のヨーモーメント及び駆動力が、制限要求ヨーモーメントMd_limと制限要求駆動力Fd_limとなる。また、R_M:R_Fが0:1である場合、図8−1に示す調整枠61と要求値の座標Pd2を通る直線M=Mdとが交わった座標Pdlim2のヨーモーメント及び駆動力が、制限要求ヨーモーメントMd_limと制限要求駆動力Fd_limとなる。
図8−2に示すように、本実施形態に係る調整枠60は、左輪駆動力F_lを横軸、右輪駆動力F_rを縦軸とした直交座標に作成される。図8−1に示す調整枠60は、車両1の駆動力Fを横軸、ヨーモーメントMを縦軸とした直交座標に作成されるので、要求ヨーモーメントMd及び要求駆動力Fdの調整に用いるヨーモーメント−駆動力比R_M:R_F(=R_M/R_F)を、右輪駆動力発生割合R_Frと左輪駆動力発生割合R_Flとの比(左右輪駆動力発生比率という)R_Fr:R_Flに変換する。
左右輪駆動力発生比率R_Fr:R_Flが得られたら、当初要求されている右輪要求駆動力Fd_r及び左輪要求駆動力Fd_l(要求値の座標Pd)を、左右輪駆動力発生比率R_Fr:R_Flから得られる一定の傾き(調整比という)R_Fr1:R_Fl1(=R1)又はR_Fr1:R_Fl1(=R2)で調整枠60に近づける。そして、調整枠60と交わった座標Pdlimの右輪駆動力及び左輪駆動力を、調整後における右輪WRの駆動力(右輪制限要求駆動力)Fd_r_lim及び制限後における左輪WLの駆動力(左輪制限要求駆動力)Fd_l_limとする。このようにすることで、要求駆動力を調整する前後において、ヨーモーメント−駆動力比を一定にすることができるので、要求駆動力を調整する前後において車両1の挙動変化を抑制することができる。
当初要求されている右輪要求駆動力Fd_r及び左輪要求駆動力Fd_lを、図8−2に示す調整枠60上に調整する場合、直線A1、A2と直線B1、B2とでは直線の傾きが90度異なる。このため、右輪要求駆動力Fd_r及び左輪要求駆動力Fd_lを、調整枠60の直線A1、A2上へ調整する場合と、直線B1、B2上へ調整する場合とは、それぞれ別個に調整比を求める。このため、調整比はR1、R2が必要になる。
右輪要求駆動力Fd_r及び左輪要求駆動力Fd_lを直線A1、A2上に調整することは、図8−1に示す調整枠61の直線A1'、A2'に、要求ヨーモーメントMd及び要求駆動力Fdを調整することに相当する。図8−1に示す調整枠61での調整では、一定の傾きを−R_M/R_Fとして調整する。この場合、図8−2に示す調整枠60において、左輪駆動力発生割合R_Fl1は式(13)で、右輪駆動力発生割合R_Fr1は式(14)で求めることができる。なお、調整比R1は、R_Fr1/R_Fl1となり、図8−2に示す調整枠60では、破線で示す直線が調整比R1に相当する。
右輪要求駆動力Fd_r及び左輪要求駆動力Fd_lを直線B1、B2上に調整することは、図8−1に示す調整枠61の直線B1'、B2'に、要求ヨーモーメントMd及び要求駆動力Fdを調整することに相当する。図8−1に示す調整枠61での調整では、一定の傾きをR_M/R_Fとして調整する。この場合、図8−2に示す調整枠60において、左輪駆動力発生割合R_Fl2は式(15)で、右輪駆動力発生割合R_Fr2は式(16)で求めることができる。なお、調整比R2は、R_Fr2/R_Fl2となり、図8−2に示す調整枠60では、一点鎖線で示す直線が調整比R2に相当する。
上記式(13)〜式(16)を用いて、右輪要求駆動力Fd_r及び左輪要求駆動力Fd_lを調整枠60上に調整する。
(1)調整枠60の直線A1に右輪要求駆動力Fd_r及び左輪要求駆動力Fd_lを調整する場合、左輪制限要求駆動力Fd_l_limは式(17)で、右輪制限要求駆動力Fd_r_limは式(18)で求めることができる。
(2)調整枠60の直線A2に右輪要求駆動力Fd_r及び左輪要求駆動力Fd_lを調整する場合、左輪制限要求駆動力Fd_l_limは式(19)で、右輪制限要求駆動力Fd_r_limは式(20)で求めることができる。
(3)調整枠60の直線B1に右輪要求駆動力Fd_r及び左輪要求駆動力Fd_lを調整する場合、左輪制限要求駆動力Fd_l_limは式(21)で、右輪制限要求駆動力Fd_r_limは式(22)で求めることができる。
(4)調整枠60の直線B2に右輪要求駆動力Fd_r及び左輪要求駆動力Fd_lを調整する場合、左輪制限要求駆動力Fd_l_limは式(23)で、右輪制限要求駆動力Fd_r_limは式(24)で求めることができる。
式(17)〜式(24)を用いて、調整枠60の直線A1、A2、B1、B2のいずれかに左輪要求駆動力Fd_l及び右輪要求駆動力Fd_rが調整できた場合、調整後の値を、左輪制限要求駆動力Fd_l_lim及び右輪制限要求駆動力Fd_r_limとして、本実施形態に係る駆動制御に用いる。
調整比R1(=R_Fr1/R_Fl1)と調整比R2(=R_Fr2/R_Fl2)との間に左輪要求駆動力Fd_l及び右輪要求駆動力Fd_rがある場合(図8−2のPd1〜Pd4)、調整枠60の直線A1、A2、B1、B2のいずれにも左輪要求駆動力Fd_l及び右輪要求駆動力Fd_rは調整できない。この場合、調整枠60の4個の頂点P1、P2、P3、P4のうち、要求値の座標Pd1〜Pd4と最も近い頂点の左輪駆動力と右輪駆動力とを、左輪制限要求駆動力Fd_l_lim及び右輪制限要求駆動力Fd_r_limとして、本実施形態に係る駆動制御に用いる。
上記手法により調整枠60を作成し、左輪制限要求駆動力Fd_l_lim及び右輪制限要求駆動力Fd_r_limを求めたら、ステップS104に進む。ステップS104において、駆動制御装置30の駆動力調整部34は、左前輪2L、右前輪2R、左後輪3L、右後輪3Rの駆動力を求める。次に、この手法を説明する。
左輪制限要求駆動力Fd_l_lim及び右輪制限要求駆動力Fd_r_limは、それぞれ式(25)、式(26)で求めることができる。したがって、係数al_lim、ar_limは、それぞれ式(27)、式(28)で求めることができる。ここで係数al_lim、ar_limは、要求駆動力を調整した後における値である。
式(27)、式(28)で求めた係数al_lim、ar_limを用いて、左前輪駆動力F_fl、右前輪駆動力F_fr、左後輪駆動力F_rl、右後駆動力F_rrは、それぞれ式(29)〜式(32)で求めることができる。
左輪要求駆動力Fd_l及び右輪要求駆動力Fd_rが調整枠60内にある場合、左輪要求駆動力Fd_l及び右輪要求駆動力Fd_rは、それぞれ式(33)、式(34)で求めることができる。したがって、係数al、arは、それぞれ式(35)、式(36)で求めることができる。
式(27)、式(28)で求めた係数al、arを用いて、左前輪駆動力F_fl、右前輪駆動力F_fr、左後輪駆動力F_rl、右後駆動力F_rrは、それぞれ式(37)〜式(40)で求めることができる。図8−1に示す、ヨーモーメント−駆動力の直交座標で作成した調整枠61では、調整枠61の内部に要求ヨーモーメントMd及び要求駆動力Fdの要求点が存在する場合、調整枠61を前記要求点上に変換する必要があり、計算が煩雑になる。しかし、図8−2に示す、本実施形態に係る調整枠60は、右輪駆動力F_rを縦軸、左輪駆動力F_lを横軸とした直交座標に作成されるので、左輪要求駆動力Fd_l及び右輪要求駆動力Fd_rの要求点が調整枠60内にある場合でも、煩雑な計算をすることなく左輪要求駆動力Fd_l及び右輪要求駆動力Fd_rを求めることができる。
ステップS104において、左前輪2L、右前輪2R、左後輪3L、右後輪3Rの駆動力を求めたら、ステップS105へ進む。ステップS105において、駆動制御装置30の動荷重基準駆動力演算部35は、動荷重配分による左前輪2L、右前輪2R、左後輪3L、右後輪3Rの駆動力を求める。次に、動荷重配分によって各車輪の駆動力を求める手法を説明する。
(動荷重配分による各車輪の駆動力)
動荷重配分による各車輪の駆動力は、車両1が備える走行装置100の前輪2の荷重と後輪3の荷重との配分比(前後輪荷重配分比)に基づいて、左前輪2L、右前輪2R、左後輪3L、右後輪3Rの駆動力を求める手法である。動荷重配分による左前輪駆動力Fu_fl、右前輪駆動力Fu_fr、左後輪駆動力Fu_rl、右後輪駆動力Fu_rrと、車両1が備える走行装置100全体に対して要求される駆動力Fdとの関係は式(41)で表される。また、動荷重配分による左前輪駆動力Fu_fl、右前輪駆動力Fu_fr、左後輪駆動力Fu_rl、右後輪駆動力Fu_rrと、駆動力配分制御によって車両1に発生させるために要求される要求ヨーモーメントMdとの関係は、式(42)で表される。ここで、Dfは前輪2のトレッド幅であり、Drは後輪3のトレッド幅である。
式(41)、式(42)では、要求駆動力Fd及び要求ヨーモーメントMdから左前輪2L、右前輪2R、左後輪3L、右後輪3Rの駆動力を求めることはできない。このため、前輪2の駆動力と後輪3の駆動力との比(前後輪駆動力比)、及び前輪2のヨーモーメントと後輪3のヨーモーメントとの比(前後輪ヨーモーメント比)を、前後輪荷重配分比として、左前輪2L、右前輪2R、左後輪3L、右後輪3Rの駆動力を求める。ここで、前後輪荷重配分比をw:(1−w)=前輪の荷重割合:後輪の荷重割合とする。なお、0≦w≦1である。動荷重配分によって各車輪の駆動力を求める場合、荷重がより大きい車輪の方が、発生可能な駆動力の余裕が大きいとして、前後輪荷重配分比を前後輪駆動力比、前後輪ヨーモーメント比とする。前後輪駆動力比を前後輪荷重配分比とすると、式(43)が成立する。また、前後輪ヨーモーメント比を前後輪荷重配分比とすると、式(44)が成立する。
式(41)〜式(44)を用いて、動荷重配分による左前輪駆動力Fu_fl、右前輪駆動力Fu_fr、左後輪駆動力Fu_rl、右後輪駆動力Fu_rrを求めると、式(45)〜式(48)のようになる。ここで、c0=Fd、c1=2×Md−Df×Fd、c2=−(1−w)×Fd、c3=−2×(1−w)+Dr×(1−w)×Fdである。
ステップS105で動荷重配分による各車輪の駆動力を求めたら、ステップS106へ進む。ステップS106では、駆動制御装置30の制御条件判定部36が、動荷重配分により求めたFuと、ステップS101で求めた最大駆動力とFmaxを、左前輪2L、右前輪2R、左後輪3L、右後輪3Rそれぞれに対して比較する。すなわち、動荷重配分による左前輪駆動力Fu_flと左前輪最大駆動力Fmax_flとを比較し、動荷重配分による右前輪駆動力Fu_frと右前輪最大駆動力Fmax_frとを比較し、動荷重配分による左後輪駆動力Fu_rlと左後輪最大駆動力Fmax_rlとを比較し、動荷重配分による右後輪駆動力Fu_rrと右後輪最大駆動力Fmax_rrとを比較する。そして、動荷重配分により求めた駆動力がステップS101で求めた最大駆動力を超える車輪が少なくとも一輪存在するか否かを判定する。
ステップS106でYesと判定された場合、すなわち、制御条件判定部36が、動荷重配分により求めた駆動力がステップS101で求めた最大駆動力を超える車輪が少なくとも一輪存在すると判定した場合、ステップS107へ進む。ステップS107では、駆動制御装置30の駆動力設定部37が、ステップS101〜ステップS104までの手法で求めた左前輪駆動力F_fl、右前輪駆動力F_fr、左後輪駆動力F_rl、右後輪駆動力F_rrを、それぞれ左前輪2L、右前輪2R、左後輪3L、右後輪3Rの要求駆動力として設定する。そして、ECU50の電動機制御部50peが要求駆動力となるように、左前電動機10L、右前電動機10R、左後電動機11L、右後電動機11Rを制御する。このとき、制動装置Bを制御してもよい(以下同様)。ここで、ステップS101〜ステップS104までの手法は、各車輪の発生可能な最大駆動力を考慮して、各車輪の駆動力を求める手法である。
これによって、左前輪2L、右前輪2R、左後輪3L、右後輪3Rと路面との間の摩擦係数や車両1の運転状況を考慮して、左前輪2L、右前輪2R、左後輪3L、右後輪3Rに駆動力を配分できるので、例えば、前輪2に対する要求駆動力が、前輪2の発生可能な駆動力を上回るような場合、前輪2ではまかなえない分の駆動力を後輪3で発生させることができる。これによって、車両1の安定性向上、走行性能低下の抑制といった効果が得られる。また、車両1は、より運転者の要求に近い走行性能を発揮できるので、ドライバビリティが向上する。
ステップS106でNoと判定された場合、すなわち、制御条件判定部36が、動荷重配分により求めた駆動力がステップS101で求めた最大駆動力を超える車輪は存在しないと判定した場合、ステップS108へ進む。ステップS108では、駆動力設定部37が、ステップS105で求めた動荷重配分による左前輪駆動力Fu_fl、右前輪駆動力Fu_fr、左後輪駆動力Fu_rl、右後輪駆動力Fu_rrを、それぞれ左前輪2L、右前輪2R、左後輪3L、右後輪3Rの要求駆動力として設定する。そして、ECU50の電動機制御部50peが要求駆動力となるように、左前電動機10L、右前電動機10R、左後電動機11L、右後電動機11Rを制御する。
例えば、図1に示す車両1の前後輪荷重配分比が6:4であり、左前輪2L、右前輪2R、左後輪3L、右後輪3Rと路面との間の摩擦係数がすべて等しい場合には、ステップS101〜ステップS104までの手法では、前後輪駆動力比が5:5となる。この場合、前輪2の発生可能な駆動力が後輪3の発生可能な駆動力よりも大きいにも関わらず、前後輪駆動力比が5:5なので、前輪2は発生可能な駆動力に余裕があることになり、前輪2の発生可能な駆動力を有効に利用できないことになる。このため、動荷重配分により求めた駆動力が、各車輪の発生可能な駆動力の範囲にある場合には、動荷重配分により求めた駆動力を各車輪の要求駆動力とする。これによって、各車輪が発生可能な駆動力を有効に利用して、効率よく車両1を走行させることができる。
以上、本実施形態では、車輪の発生可能な駆動力及び車輪によって発生可能なヨーモーメントを考慮して各車輪の駆動力を決定する。これによって、車輪と路面との摩擦係数が低い車輪や、車輪を駆動する動力発生手段の出力が限界になっている場合でも、これらを考慮して各車輪に駆動力を配分することができる。その結果、各車輪に適切な駆動力を発生させることができるので、複数の車輪間で制駆動力を異ならせる制御を実行する際に、車両の走行安定性低下を抑制できる。また、定常運転状態においても、適切に駆動力やヨーモーメントを発生させ、車両の走行安定性低下を抑制できる。
また、車輪の発生可能な駆動力及び車輪によって発生可能なヨーモーメントを、右輪駆動力と左輪駆動力とに変換して、車輪の駆動力を調整する。これによって、車輪の駆動力を求める際に煩雑な計算が不要になる。
(実施形態2)
図9は、実施形態2に係る駆動制御装置の構成例を示す説明図である。図10は、実施形態2に係る駆動制御の手順を示すフローチャートである。実施形態2は、実施形態1と同様の構成であるが、前輪、後輪毎、あるいは各車輪毎に、要求された駆動力及びヨーモーメントを達成できるか否かを判定し、達成できない車輪がある場合には、駆動力に余裕がある車輪で不足分を補う点が異なる。他の構成は、実施形態1と同様である。次においては、図1に示す、実施形態1で説明した車両1及びこの車両1が搭載する走行装置100に、実施形態2に係る駆動制御を適用した例を説明する。
実施形態2に係る駆動制御は、図9に示す駆動制御装置30aで実現できる。駆動制御装置30aは、図2に示す、実施形態1に係る駆動制御装置30に、駆動力補償部38をさらに備えて構成される。実施形態2に係る駆動制御のステップS201〜ステップS204は、実施形態1に係る駆動制御のステップS101〜ステップS104と同様なので、説明を省略する。ステップS201〜ステップS204によって左前輪駆動力F_fl、右前輪駆動力F_fr、左後輪駆動力F_rl、右後輪駆動力F_rrが求められたら、ステップS205に進む。
ステップS205において、駆動制御装置30aの駆動力補償部38は、ステップS201〜ステップS204によって求めた各車輪の駆動力を用いて、前輪駆動力F_m(=F_fl+F_fr)及び後輪駆動力F_t(=F_rl+F_rr)を求める。また、駆動力補償部38は、ステップS201〜ステップS204によって求めた各車輪の駆動力を用いて、前輪ヨーモーメントM_m{=(F_fl−F_fr)Df/2}及び後輪ヨーモーメントM_t{=(F_rl−F_rr)Dr/2}を求める。
ここで、ステップS201〜ステップS204によって求められた、左前輪駆動力F_fl、右前輪駆動力F_fr、左後輪駆動力F_rl、右後輪駆動力F_rrは、車輪と路面との摩擦係数や運転状況を考慮して得られる、左前輪2L、右前輪2R、左後輪3L、右後輪3Rが発生可能な駆動力である。したがって、ステップS205で求めた前輪駆動力F_m及び後輪駆動力F_tも、車輪と路面との摩擦係数や運転状況を考慮して得られる、前輪2及び後輪3が発生可能な駆動力である。同様に、ステップS205で求めた前輪ヨーモーメントM_m及び後輪ヨーモーメントM_tも、車輪と路面との摩擦係数や運転状況を考慮して得られる、前輪2及び後輪3が発生可能なヨーモーメントである。
次に、ステップS206において、駆動制御装置30aの制御条件判定部36は、ステップS205で求めた前輪駆動力F_m及び後輪駆動力F_tを、それぞれ当初要求されていた前輪要求駆動力Fd_m及び後輪要求駆動力Fd_tと比較する。また、制御条件判定部36は、ステップS205で求めた前輪ヨーモーメントM_m及び後輪ヨーモーメントM_tを、それぞれ当初要求されていた前輪要求ヨーモーメントMd_m及び後輪要求ヨーモーメントMd_tと比較する。
ステップS206においてNoと判定された場合、すなわち、制御条件判定部36が、F_m≧Fd_m、かつF_t≧Fd_t、かつM_m≧Md_m、かつM_t≧Md_tであると判定した場合、ステップS209に進む。ステップS209〜ステップS211までは、実施形態1に係る駆動制御のステップS106〜ステップS108と同様なので、説明を省略する。
ステップS206においてYesと判定された場合、すなわち、制御条件判定部36が、F_m<Fd_m、又はF_t<Fd_t、又はM_m<Md_m、又はM_t<Md_tの少なくとも一つが成立すると判定した場合、ステップS207に進む。ステップS207において、制御条件判定部36は、発生可能な駆動力あるいはヨーモーメントが、当初要求されていた要求駆動力(前輪要求駆動力Fd_m、後輪要求駆動力Fd_t)、要求ヨーモーメント(前輪要求ヨーモーメントMd_m、後輪要求ヨーモーメントMd_t)に足りないのは、前輪2又は後輪3のいずれか一方であるか否かを判定する。
ステップS207においてNoと判定された場合、すなわち、制御条件判定部36が、発生可能な駆動力あるいはヨーモーメントが、当初要求されていた要求駆動力又は要求ヨーモーメントに足りないのは、前輪2及び後輪3の両方であると判定した場合、ステップS208に進む。ステップS208において、制御条件判定部36は、現在の駆動力補償制御カウントNを0として(N=0)、ステップS209へ進む(Nは整数)。ステップS209〜ステップS211までは、実施形態1に係る駆動制御のステップS106〜ステップS108と同様なので、説明を省略する。
ステップS207においてYesと判定された場合、すなわち、制御条件判定部36が、発生可能な駆動力あるいはヨーモーメントが、当初要求されていた要求駆動力又は要求ヨーモーメントに足りないのは、前輪2又は後輪3のいずれか一方であると判定した場合、ステップS212へ進む。ステップS212において、駆動力補償部38は、現在の駆動力補償制御カウントNに1を加算した値を、新たな駆動力補償制御カウントNとする(N=N+1)。駆動力補償制御カウントNは、後述する駆動力補償制御を実行した回数を表すものであり、初期値は0である。
ステップS212で新たな駆動力補償制御カウントNをN+1としたら、ステップS213において、制御条件判定部36は、新たな駆動力補償制御カウントNと、予め定めた駆動力補償制御実行数閾値nとを比較する。ステップS213においてYesと判定された場合、すなわち、制御条件判定部36がN>nであると判定した場合、駆動制御装置30は、ステップS208〜ステップS211までの手順を実行する。これは、駆動力補償制御実行ルーチンが無限に繰り返されることを回避するためである。
ステップS213においてNoと判定された場合、すなわち、制御条件判定部36がN≦nであると判定した場合、ステップS214に示す駆動力補償制御実行ルーチンへ進む。次に、駆動力補償制御実行ルーチンについて説明する。
図11は、実施形態2に係る駆動制御の駆動力補償制御実行ルーチンを示すフローチャートである。駆動力補償制御実行ルーチンを実行するにあたり、ステップS301において、駆動力補償部38は、発生可能な駆動力あるいはヨーモーメントが、当初要求されていた要求駆動力又は要求ヨーモーメントに足りない車輪において、当初要求されていた要求駆動力及び要求ヨーモーメントと、ステップS205で求めた駆動力及びヨーモーメントとの差分を求める。
発生可能な駆動力あるいはヨーモーメントが、当初要求されていた要求駆動力又は要求ヨーモーメントに足りない車輪が前輪2である場合、前輪要求駆動力Fd_mとステップS205で求めた前輪駆動力F_mとの差分(駆動力差分)ΔF_mは、式(49)で求めることができる。また、前輪要求ヨーモーメントMd_mとステップS205で求めた前輪ヨーモーメントM_mとの差分(ヨーモーメント差分)ΔM_mは、式(50)で求めることができる。なお、この場合、後輪3は、発生可能な駆動力及びヨーモーメントが、当初要求されていた要求駆動力及び要求ヨーモーメントを充足しており、発生可能な駆動力及びヨーモーメントには余裕がある。すなわち、当初要求されていた要求駆動力及び要求ヨーモーメントは、図8−2に示す調整枠60の枠内に存在する。
次に、ステップS302において、前輪2の駆動力差分ΔF_m及びヨーモーメント差分ΔM_mを、発生可能な駆動力及びヨーモーメントに余裕のある後輪3へ加算する。後輪3に要求される駆動力及びヨーモーメントの前回値をそれぞれFd_t(k−1)、Md_t(k−1)とし、後輪3に要求される駆動力及びヨーモーメントの今回値をそれぞれFd_t(k)、Md_t(k)とすると、Fd_t(k)、Md_t(k)は、それぞれ式(49)、(50)で求めることができる(kは2以上の整数)。駆動力補償部38が、式(49)、式(50)に基づいてFd_t(k)、Md_t(k)を求めたら、駆動力補償制御実行ルーチンが終了し、ステップS203に戻る。そして、駆動制御装置30は、ステップS203以降の手順を実行する。
上記手順により、発生可能な駆動力あるいはヨーモーメントが、当初要求されていた要求駆動力又は要求ヨーモーメントに足りない車輪がある場合には、発生可能な駆動力及びヨーモーメントに余裕がある車輪で足りない分を補うことができる。これによって、車両1の安定性がより向上し、また走行性能低下をより効果的に抑制できるといった効果が得られる。また、車両1は、より運転者の要求に近い走行性能を発揮できるので、ドライバビリティがさらに向上する。
以上、本実施形態では、発生可能な駆動力あるいはヨーモーメントが、当初要求されていた要求駆動力又は要求ヨーモーメントに足りない車輪については、発生可能な駆動力及びヨーモーメントに余裕がある車輪で駆動力の不足分を補うことができる。その結果、さらなる車両の安定性向上、ドライバビリティの向上という効果が得られる。