以下、添付図面を参照しながら、本発明の好ましい実施形態について説明する。
図1は、本発明の実施の一形態に係る自動車用火花点火式エンジン10の概略構成を示す断面略図である。
図示のように、当実施形態の火花点火式エンジン10は、エンジン本体20と、このエンジン本体20を制御するためのコントロールユニット100とを備えている。
エンジン本体20は、クランクシャフト21を回転自在に支持するシリンダブロック22と、シリンダブロック22の上部に配置されたシリンダヘッド23とを一体的に有しており、これらシリンダブロック22およびシリンダヘッド23には、複数の気筒24が設けられている。
各気筒24には、コンロッド25を介してクランクシャフト21に連結されたピストン26と、ピストン26が気筒24内に形成する燃焼室27とが設けられている。本実施形態において、各気筒24の幾何学的圧縮比は14に設定されている。
ここで、本実施形態において、幾何学的圧縮比の設定について説明する。
本件発明者は、ノッキングと幾何学的圧縮比との関係を研究する過程で、ノッキング限界から決まる点火タイミングが圧縮上死点以降になるくらい圧縮比を上げると、ノッキング防止のためにリタードされる点火タイミングのリタード量が少なくなり、圧縮比向上分による出力上昇分がノッキングを防止するための点火タイミングのリタードによる出力低下を遙かに凌ぐ現象を見出した。この現象について、本件発明者は、図2の丸印で示すように、圧縮比が13以上になると、上記リタード量が比較的小さいストローク範囲に逓減するという仮説を立てた。図2は、本発明の開発過程における仮説を説明するためのクランク角度とトルク(図示平均有効圧(IMEP))との関係を示すグラフである。
この仮説は、圧縮上死点以降に点火タイミングをリタードさせた場合には、圧縮比を高めることによって、圧縮上死点での圧力・温度が一旦高まるものの、点火リタードによって、筒内の端ガスで自着火が生じる前にピストンが急降下して圧力・温度が低下するため、自着火が生じ難くなるという考えに基づいていた。
この仮説を検証するため、本件発明者は、数値シミュレーションによって、図示平均有効圧(IMEP)と点火タイミングとの関係をシミュレートした結果、図3に示すグラフを得た。図3は、点火タイミングとIMEPとの関係を示すシミュレーション結果を示すグラフである。
図3に示すように、圧縮比が11と12とを比較した場合、12と13とを比較した場合では、IMEPが僅かずつ上昇するのに対し、13と14とを比較した場合、IMEPは、大きく上昇し、14と15とを比較した場合、IMEPの上昇比率が、13から14の場合に比べ、低減することが数値シミュレーションから明らかになった。この出力変化を検証するために、本件発明者は、各圧縮比における熱発生率について調べた。
図4は、圧縮比が11、13、14、15のエンジンにおいて、圧縮上死点経過後8°CAで点火した場合の熱発生率とクランク角度との関係を示すグラフである。
図4に示すように、圧縮比が11、13では、圧縮上死点から点火タイミングまでの熱発生率が緩やかに上昇しているのに対し、圧縮比が14の場合には、点火タイミング直前の熱発生率が大きく上昇している。この結果から、圧縮比がある値(96RONの場合、ε=13)からある値(96RONの場合、ε=14)に高く設定されることにより、ピストン上昇による圧力上昇によって周囲の冷損を上回る僅かな発熱反応を伴う冷炎反応が生じることがわかる。
図3および図4の結果から、高圧縮比であって、点火タイミングが圧縮上死点以降にリタードされた場合には、圧縮上死点以降の燃焼過程が多段発火となり、特に所定の圧縮比(例えば、オクタン価が96RONで、幾何学的圧縮比が14の場合)においては、冷炎反応が顕著になることが明らかになった。以下に冷炎反応のノック悪化抑制効果について説明する。
図5は、高圧縮比で圧縮上死点経過後の燃焼過程を模擬したグラフであり、上段が圧力と時間の関係、下段がモル数増加割合と時間との関係を示している。この計算値は、高温高圧の定容量器を用意し、時間変化で圧力とモル数の変化を計算したものである。
図5に示すように、ピストンが圧縮上死点を通過して経過時間がt1に達すると、冷炎反応が発生し、圧力が僅かに上昇する。この冷炎反応が生じる時間では、体積が一定でモル数が増加するため、理想気体の状態方程式
PV=nRT (1)
但し、P:圧力、V:体積、n:モル数、R:気体定数、T:温度
から明らかなように、圧力が上昇する程の温度上昇は生じない。このため、温度との関係では、筒内の端ガスにおいても圧力が上昇するほどの温度上昇はなく,自着火が生じにくくなる。そして、燃焼室(定容量器)では、所定時間経過後(t2)に連鎖反応によって熱炎反応が生じ、圧力が急上昇するという多段発火現象に至る。
次に、ピストンが圧縮上死点に達した時点で、筒内温度は、図6のように変化する。図6は、圧縮上死点に達した時点での燃焼室の温度分布を示す等高線である。
図6に示すように、ピストンが圧縮上死点に達したときの燃焼室は、中央部が冷炎反応によって高温になるが、周辺部分(端ガス部分)は、壁温の影響を受けて冷炎反応が進行し難いため、周辺部分の筒内温度は、約800K程度に留まっている。このため、冷炎反応が生じている過程では、周辺部分の筒内温度は、相対的に低温のまま燃焼が進行し、ノッキング悪化が抑制されることになる。
次に、燃焼室内で冷炎反応が進行している間は、ホルムアルデヒド(HCHO)が生成されることになる。このホルムアルデヒドは、燃焼室の温度が900K以下である場合、ノッキングの原因となるOHラジカルを吸収するので、ノッキングが抑制されることになる。
図7は、燃焼時の筒内圧力と周辺部分の端ガス部分の断熱圧縮温度履歴を示すグラフであり、上段が圧力とクランク角度との関係、下段が端ガス温度とクランク角度との関係を示している。
図7に示すように、ある気筒のピストンが下死点から圧縮上死点を経て下死点に至る過程で、圧力は、圧縮上死点から所定クランク角度上昇し、これに伴って温度も同じタイミングで上昇するが、吸気温度が極端に高くない限り、燃焼室の端ガス部分の温度は、900Kを超えることはない。従って、ノッキング限界から決まる点火タイミングが圧縮上死点以降になる位に圧縮比の高いエンジンにおいても、多段発火現象が生じるので、冷炎反応において生成されたホルムアルデヒドがノッキングの抑制に寄与することがわかった。
上述したように、ノッキング限界から決まる点火タイミングが圧縮上死点以降になる位に圧縮比の高いエンジンにおいては、ノッキング抑制メカニズムとして、
(1) 冷炎反応によって、燃焼室は、圧力の上昇分ほどの温度上昇がないこと、
(2) 冷炎反応は、主として燃焼室の中央部で生じるので、端ガス部分の温度は相対的に低いこと、
(3) ピストンが圧縮上死点を通過した後も燃焼室が所定温度(900K)以下になるため、ホルムアルデヒドがOHラジカルを消費すること
が機能していることが判明した。そこで、本件発明者は、これらノッキング抑制メカニズムを従来の化学反応に基づく計算に加味し、ノッキング限界を計算した。
図3の丸印は、各圧縮比におけるノッキング限界のシミュレーション結果を示している。図3の丸印で示すように、各圧縮比11〜15でのノック限界は、圧縮比が11と12とを比較した場合、12と13とを比較した場合では、リタード量がほぼ同じ量なのに対し、13と14とを比較した場合、リタード量は殆ど変化しないことがわかった。さらに、14と15とを比較した場合、リタード量が再び増加することがわかった。
これらの結果から、ノッキング抑制のためのリタード量は、冷炎反応の熱発生量に依存していることが判明し、ある圧縮比をピークにして逓減し、その圧縮比を超えると、再び増加することがわかった。
次に本件発明者は、冷炎反応とトルクとの関係についてシミュレーションを実施した。
図8は、圧縮比が14の場合の熱発生率とクランク角度との関係を示すグラフであり、図9は、数値シミュレーションに基づく圧縮比14のときのPV線図である。各図において、C11は、実際のエンジンと同様に冷炎反応を圧縮上死点経過後に生じせしめた場合、C12は、故意に冷炎反応が生じていない場合を示している。
図8に示すように、点火リタードによって、冷炎反応を圧縮上死点経過後に生じせしめた場合、熱発生率は、圧縮上死点経過直後から緩やかに高くなり、点火後(圧縮上死点経過後8°CA)過早着火を伴うことなく上昇する。
この前提に基づいて、PV特性を演算した結果、図9に示すように、PV特性は、圧縮上死点経過後の圧力が高い状態のまま燃焼し、冷炎反応が生じなかった場合に比べ、時間損失が低減することがわかった。
これらのシミュレーション結果から、圧縮比を高く設定し、且つ、点火タイミングを圧縮上死点以降にリタードした場合、圧縮比が14の場合に冷炎反応による熱発生率の上昇を高め、時間損失を低減して、高いトルクを得ることができることが判明した。
次に、本件発明者は、上述したような圧縮比とノッキング限界の関係が、オクタン価によってどのように変化するかを検討した。
図10は、圧縮比と冷炎反応による発熱量との関係をオクタン価毎に示すグラフである。
図10を参照して、オクタン価と圧縮比とを組み合わせて、冷炎反応による熱量を計測した結果、オクタン価が96RONの燃料を用いた場合、圧縮比が12.5以上のエンジンで冷炎反応が顕著になり、圧縮比が15以上のエンジンで冷炎反応が逓減した。この実測値に基づいて、91RON、100RONの場合を演算した場合、オクタン価が91RONの燃料を用いた場合には、圧縮比が12.0以上のエンジンで冷炎反応が顕著になり、圧縮比が14.5以上のエンジンで冷炎反応が逓減し、オクタン価が100RONの燃料を用いた場合には、圧縮比が13.0以上のエンジンで冷炎反応が顕著になり、圧縮比が15.5以上のエンジンで冷炎反応が逓減する。この図10のグラフに基づいて、オクタン価毎にノッキング発生点の出力を演算した。
図11は、図10のグラフに基づいて計算された圧縮比と図示平均有効圧(IMEP)との関係をオクタン価毎に示すグラフである。
図11を参照して、オクタン価が96RONの燃料を用いた場合、圧縮比が13以上15以下のエンジンで冷炎反応が顕著になるので、この冷炎反応による時間損失の低減とノッキング悪化の抑制効果,圧縮比向上分によって、出力も向上する。同様に、オクタン価が100RONの燃料を用いた場合は、圧縮比が13.5以上15以下のエンジンで、オクタン価が91RONの燃料を用いた場合は、圧縮比が12.5から13.5以下のエンジンで、それぞれ冷炎反応発生直前の圧縮比の出力よりも向上する。
特に、オクタン価が96RON、100RONの燃料では、冷炎反応が最も顕著に生じる圧縮比14近傍で出力が向上することが検証された。
次に、圧縮比の上限について説明する。
点火リタードが圧縮上死点以降になる圧縮比では、冷炎反応によって出力が上昇するのであるが、温度と圧力が高くて時間が長い場合には、過早着火が発生しやすくなる。例えば、温間時にエンジンがパーキングエリア等で一時停止し、吸気温が上昇しているときに再始動した場合には、吸気温度が異常に高くなる場合があり、その場合には、燃焼室の温度が急上昇して過早着火が発生する場合がある。また、最近では、吸気弁の閉タイミングを調整可能な可変バルブタイミングシステム(VVT)を有するエンジンも普及しているが、低速時のスロットル全開域では、吸気弁の閉タイミングが吸気下死点経過後30°CA以下であることから、図12に示すように、有効圧縮比と幾何学的圧縮比との差は、1以下になる。このため、吸気弁の閉タイミングを変更する手法を採用しても、有効圧縮比を低減可能な範囲は限られており、幾何学的圧縮比の上限を何らかの基準に基づいて、設定しておくことが好ましい。また、運転状況によっては、有効圧縮比を低減できない低速高負荷運転領域も存在する。そこで、本発明では、幾何学的圧縮比、有効圧縮比、オクタン価の組み合わせを表1のように設定することにより、出力の向上とノッキング抑制とを両立させることとしている。
なお、近年、エタノール(エチルアルコール)やメタノール(メチルアルコール)、食用油などからメチルエステルなどを作り、これを自動車用燃料として利用するバイオ燃料が開発されているが、バイオ燃料を用いるエンジンにおいても、オクタン価は、高くなる方向にあるので、本発明の技術思想を適用することが可能となる。
図1に示すように、シリンダヘッド23の下面には、気筒24毎に燃焼室27の天井部が形成され、この天井部は中央部分からシリンダヘッド23の下端まで延びる2つの傾斜面を有するいわゆるペントルーフ型となっている。
燃焼室27の側部には、コントロールユニット100からの燃料噴射パルスを受けて、このパルス幅に対応する燃料を燃焼室27に噴射する燃料噴射弁32(燃料供給手段)が設けられている。
各気筒24には、シリンダヘッド23に固定され、燃焼室27内にスパークを発する点火プラグ34が設けられている。この点火プラグ34は、燃焼室27の略中央部に配置されている。点火プラグ34には、電子制御による点火タイミングのコントロールが可能な点火回路35が接続されており、この点火回路35がコントロールユニット100によって制御されることにより、点火タイミングが制御されるようになっている。
図13は同エンジン10の気筒24を拡大して示す平面略図である。
図1および図13に示すように、上記燃焼室27の天井部を構成する一方の傾斜面には各々独立した2つの吸気ポート28が開口し、また、他方の傾斜面には2つの排気ポート29が開口しており、各ポート28、29の開口端に吸気弁30および排気弁31が設けられている。
各吸気弁30は、後に詳述するような動弁機構40(図14〜図16)によって駆動されるようになっている。
また、エンジン本体20の吸気ポート28には、インテークマニホールド50の分岐通路53が接続されている。このインテークマニホールド50には、後に詳述するような吸気通路容積可変手段(図17、図18)が設けられている。
図1に示すように、インテークマニホールド50より上流の吸気通路60には、吸入空気量を検出するエアフローセンサSW1が設けられるとともに、吸入空気量を調節するスロットル弁61が設けられ、このスロットル弁61はステップモータ等の電気的なアクチュエータ62により駆動されるようになっている。また、シリンダブロック22には、クランクシャフト21の回転角を検出するクランク角センサSW2、特定クランク角位置を検出することにより気筒識別信号を発生する気筒識別センサSW3および冷却水の温度を検出するエンジン水温センサSW4が設けられている。さらに、排気通路70には、空燃比を制御するための酸素濃度センサSW5が設けられている。これらのセンサSW1〜SW5からの信号はコントロールユニット100に入力されている。さらに、エンジン負荷を検出するためのアクセル開度センサSW6からの信号もコントロールユニット100に入力されている。
図14は、動弁機構40の具体的な構成を示す斜視図である。この動弁機構40は、吸気弁閉タイミングを可変にする機構を有し、当実施形態では、吸気弁30の開閉タイミング(位相角度)を変更可能なVCT(Variable Camshaft Timing機構)42と、吸気弁30のリフト量(開弁量)を無段階で変更可能なVVE(Variable Valve Event)43とを備えている。そして、このVCT42およびVVE43により、エンジンの有効圧縮比を変更可能にする有効圧縮比可変手段を構成している。
同図に示すように、動弁機構40は、各気筒24が並ぶ方向に沿って延びるカムシャフト41aを備えており、このカムシャフト41aに対してVCT42とVVE43とが組み込まれている。
VCT42は、カムシャフト41aの端部に固定されるロータ(入力部材)42aと、ロータ42aの外周に同心に配置されたケーシング(出力部材)42bと、このケーシング42bに固定され、上記カムシャフト41aの外周に相対的に回動自在に配置されたスプロケット42cとを有している。スプロケット42cには、クランクシャフト21(図1参照)から駆動力を伝達するチェーン42dが巻回されている。また、ロータ42aとケーシング42bとの間には、図略の作動油室が形成されており、電磁弁42eの油圧制御によって、ロータ42aとケーシング42bは、一体的な回転動作または相対的な回転動作に切換えられるようになっている。これにより、VCT42は、クランクシャフト21に対するカムシャフト41aの位相をずらすことで吸気弁30の開弁開始時期および閉弁時期を同時に変更することが可能な作動時期可変機構を構成している。後述するように、電磁弁42eは、ECU100によって駆動制御されるようになっており、この駆動制御により、ロータ42aとケーシング42bとが連結と非連結とに切換わるようになっている。
次に、VVE43は、吸気弁30に対応して気筒毎に一対ずつの吸気カム43a、43bを備えている。これらの吸気カム43a,43bは、その間に設けられたスリーブ状の連結部43cによって互いに連結され、カムシャフト41aに対しては相対回転自在に取り付けられている。
図15は、図14のVVEの要部を示す断面図であり、(A)は大リフト制御状態においてリフト量が0のときを示し、(B)は大リフト制御状態においてリフト量が最大のときを示し、(C)は小リフト制御状態においてリフト量が0のときを示し、(D)は小リフト制御状態においてリフト量が最大のときを示している。
図14並びに図15(A)〜(D)に示すように、カムシャフト41aに対して相対回転自在に取り付けられた吸気カム43a,43bを揺動させるために、カムシャフト41aには、気筒24毎に設けられた偏心カム43dが固定されている。この偏心カム43dは、図15(A)〜(D)から明らかなように、カムシャフト41aに対して偏心している。偏心カム43dの外周には、オフセットリンク43eが回動自在に取り付けられている。オフセットリンク43eの外周部には、径方向に突出する突部43fが一体に設けられている。この突部43fには、カムシャフト41aと平行な連結ピン43gが貫通しており、この連結ピン43gによって、オフセットリンク43eの両側面には、それぞれリンクアーム43h、43iの一端部が回動自在に取り付けられている。一方のリンクアーム43hは、オフセットリンク43eと上記吸気カム43bとを連結するものであり、その他端部が、カムシャフト41aと平行なピン43jによって吸気カム43bの膨出部近傍部分に回動自在に連結されている。また、他方のリンクアーム43iは、オフセットリンク43eの位相を変更するコントロールシャフト43kにオフセットリンク43eを連結するためのものであり、このコントロールシャフト43kに固定されたコントロールアーム43mの端部に対し、リングアーム43iの他端部がカムシャフト41aと平行なピン43nで回動自在に連結されている。
図14に示すように、コントロールシャフト43kの途中部には、扇形のウォームホイール43pが固定されており、このウォームホイール43pに噛合するウォームギヤ43qが、ステッピングモータ43rによって回転駆動されるようになっている。ステッピングモータ43rは、ECU100によって駆動制御されるようになっており、この駆動制御により、コントロールアーム43mの位相が決定され、それによってオフセットリンク43eの位相が決定されるので、タペット36を駆動する吸気カム43bの回動軌跡が当該吸気弁30の軸方向において変化し、バルブリフト量が無段階で変更されるようになっている。
図15(B)に示すように、吸気弁30のバルブステム30aの端部にタペット36が固定されている。他方、吸気弁30のバルブステム30aは、周知のバルブガイド30bにガイドされている。このバルブガイド30bの外周には、スプリングシート部30cが一体に形成されており、このスプリングシート部30cには、当該タペット36の内奥部に形成されたスプリングシート部36aとの間に縮設されるバルブスプリング30dが着座している。
上記吸気カム43bは、このタペット36に接合し、バルブスプリング30dの付勢力を受けている。
この状態において、ステッピングモータ43rによりコントロールシャフト43kおよびコントロールアーム43mを回動させて、図15(A)(B)に示すようにピン43nをコントロールシャフト43kの下方に位置付けると、吸気カム43bの揺動角が大きくなり、リフトピークにおけるバルブのリフト量が最も大きな大リフト制御状態になる。また、そこからコントロールアーム43mなどの回動によってピン43nを上方へ移動させると、これに応じて吸気カム43bの揺動角は小さくなり、図15(C)(D)に示すようにピン43nをカムシャフト41aの上方に位置付けると、バルブのリフト量が最も小さな小リフト制御状態になる。
図15(A)(B)に示す大リフト制御状態において、吸気カム43bは、同図(B)に示すようにカムノーズの先端側でタペット36を押圧し、該タペット36を介して吸気弁30を大きくリフトさせたリフトピークの状態(吸気カム43bがタペット36を介して吸気弁30を大きくリフトさせた状態)と、同図(A)に示すように吸気弁30(吸気弁30)のリフト量が0になる状態との間で揺動する。小リフト制御状態である図15(C)(D)の場合も同様にリフトピークの状態(カムノーズの基端側でタペット36を押圧)とリフト量0の状態との間で揺動する。
図16は、図15(B)(D)の制御状態を模式的に表わすものであり、(A)は大リフト制御位置、(B)は小リフト制御位置に対応している。なお図16(A)(B)では、コントロールアーム43mおよびリンクアーム43h,43iについては簡略に直線で表しており、また、偏心カム43dの中心(オフセットリンク43eの外輪の中心)の回転軌跡を符号T0として示している。
まず、図16(A)を参照して吸気カム43b自体のプロファイルを説明すると、この吸気カム43bの周面には、曲率半径が所定角度範囲一定の基円面(ベースサークル区間)θ1と、該θ1に続いて曲率半径が漸次大きくなっているカム面(リフト区間)θ2とが形成されている。
図16(A)に実線で示すのは吸気弁30がリフトピーク近傍にある図15(B)の状態であり、このときには、リンクアーム43hによってピン43jが最も上方に引き上げられ、吸気カム43bは、カム面θ2のカムノーズ先端側がタペット36に当接した状態になっている。一方、仮想線で示すのはバルブリフト量Hが0の状態(図15(A))であり、このときには吸気カム43bの基円面θ1がタペット36に接していて、吸気弁30が閉じた状態になっている。
そして、カムシャフト41a(偏心カム43d)が図の時計回りに回転すると、これに伴いオフセットリンク43eの一端側(図の下端側)は、図に矢印で示すようにカムシャフト41aの軸心X周りを公転することになるが、このオフセットリンク43eの他端部の変位はそこに連結されたリンクアーム43iによって規制される。すなわち、リンクアーム43iは、コントロールシャフト43kの下方に位置付けられたピン43nを中心に図の実線の位置と仮想線の位置との間を揺動し、これに伴い、オフセットリンク43eの他端側(連結ピン43g)は、偏心カム43dが1回転する度に、ピン43nを中心として往復円弧運動をすることになる(この連結ピン43gの運動軌跡をT1として示す)。
上記連結ピン43gの往復円弧運動T1に伴い、この同じ連結ピン43gによって一端部がオフセットリンク43eに連結されているリンクアーム43hの他端部(ピン43j)は、図にT2として示す軌跡で往復円弧運動し、そのピン43jによってリンクアーム43hに連結されている吸気カム43bが図の実線の位置と仮想線の位置との間で揺動運動をする。すなわち、上記連結ピン43gが上方に移動するときには、リンクアーム43hによってピン43jが上方に引き上げられて、吸気カム43bのカムノーズがタペット36を押し下げ、これによりバルブスプリング30d(図15(B)参照)を圧縮しながら、吸気弁30をリフトさせる。
一方、連結ピン43gが下方に移動するときには、リンクアーム43hによってピン43jが下方に押し下げられて、吸気カム43bのカムノーズが上昇することになるので、上記の圧縮されたバルブスプリング30dの反力によってタペット36が押し上げられて、上記カムノーズの上昇に追従するように上方に移動し、吸気弁30が引き上げられて、吸気ポート28が閉じられる。
つまり、大リフト制御状態では、吸気カム43bがその周面の基円面θ1およびカム面θ2の略全体によってタペット36を押圧するように大きく揺動し、このように大きな揺動角に対応してバルブのリフト量が大きくなるものである。
また、上記の大リフト制御状態から、コントロールアーム43mをコントロールシャフト43kの軸心回りに上方へ略水平になるまで回動させて、図15(D)や図16(B)に示すように、リンクアーム43iの回動軸であるピン43nを大リフト制御状態よりもカムシャフト41aの回転方向の手前側に位置付けると、小リフト制御状態になる。この図16(B)においても図16(A)と同様に吸気弁30がリフトピーク近傍にある状態を実線で示し、リフト量Hが0の状態を仮想線で示している。
図16(B)において、カムシャフト41a(偏心カム43d)が回転すると、上記大リフト制御状態と同様にオフセットリンク43eの連結ピン43gはリンクアーム43iによって変位が規制され、コントロールシャフト43kの側方に位置するピン43nを中心として、往復円弧運動T3をする(リンクアーム43iは図の実線位置と仮想線位置との間で往復回動する)。そして、その連結ピン43gの往復円弧運動T3に伴ってリンクアーム43hのピン43jが往復円弧運動T4をし、そのピン43jによってリンクアーム43hに連結されている吸気カム43bが、図の実線の位置と仮想線の位置との間で揺動運動をして、吸気弁30を開閉するようになる。
つまり、小リフト制御状態では、上記大リフト制御状態と比べて吸気カム43bの揺動角が小さくなり、この吸気カム43bが、その周面の基円面θ1およびこれに連続するカム面θ2の一部分のみによってタペット36を押圧するようになって、バルブのリフト量が小さくなるものである。
図17および図18は、インテークマニホールド50に設けられた吸気通路容積可変手段の構造を概略的に示している。
これらの図に示すように、吸気通路容積可変手段は、比較的大容量のサージタンク51と、このサージタンク51と一体に形成されたサージタンク上流側通路52と、低速用通路53aおよび高速用通路53bを有する気筒別の分岐通路53と、切替弁54と、シャッター弁55とを有している。上記サージタンク上流側通路52は、連通部51aを介してサージタンク51に連通するとともに、上流側端部がスロットルボディ63に接続されており、スロットルボディ63にはスロットル弁61が内蔵されている。
上記低速用通路53aはサージタンク51に通じてサージタンク51の周囲を通る比較的長い通路で構成され、高速用通路53bはサージタンク上流側通路52に通じる短い通路で構成されて、低速用通路53aの下流側に合流しており、これらの通路53a,53bの合流部53cより下流の分岐通路53はエンジン本体側に延びて、吸気ポート28に接続されている。
上記切替弁54は、サージタンク51とサージタンク上流側通路52との間の連通部51aを開くとともに高速用通路53bを閉じる第1の状態(図17に示す状態)と、上記連通部51aを遮蔽するとともにサージタンク上流側通路52に対して高速用通路53bを開く第2の状態(図17(A)の二点鎖線および図18に示す状態)とに切替可能となっている。
また、シャッター弁55は、合流部53cの直上流の低速用通路53aに位置し、この位置で低速用通路53aを開く状態(図17に示す状態)と閉じる状態〔図18に示す状態〕とに切替可能となっている。
上記切替弁54およびシャッター弁55は、それぞれモータ等のアクチュエータ56,57により駆動されるようになっている。
図19は、コントロールユニット100の機能的構成を示している。この図に示すように、コントロールユニット100には、入力要素として上記各センサSW1〜SW6が接続される一方、出力要素として燃料噴射弁32、点火回路35、スロットル弁61のアクチュエータ62、VCT42の電磁弁42e、VVE43のステッピングモータ43r、吸気通路容積可変手段における切替弁54およびシャッター弁55の各アクチュエータ56,57が接続されている。
上記コントロールユニット100は、運転状態判別手段101、温度状態判別手段102および制御手段103を含んでいる。
運転状態判別手段101は、クランク角センサSW2からの信号に基づいて求められるエンジン回転速度とアクセル開度センサSW6からの信号に基づいて求められるエンジン負荷等によりエンジンの運転状態を判別し、例えば図20に示す運転領域のマップを予め設定しておいて、運転状態がどの運転領域にあるかを判別する。図20に示す例では、後述のように点火タイミングを圧縮上死点後にリタードさせる点火リタード運転領域Aと、圧縮上死点前に点火する通常点火運転領域Bとに大別されている。点火リタード運転領域Aは、エンジン回転速度を低速域、中速域、高速域の三段階に分割した場合の低速域にあって、所定の中高負荷運転領域からスロットル全開域の範囲に設定されている。通常点火運転領域Bは、破線で示すように低速軽負荷域B1を含んでいる。
なお、運転状態判別手段101は、スタータスイッチからの信号によるスタータ(エンジン始動用モータ)の作動の判別等により、エンジン始動時の判別も行い得るようになっている。
温度状態判別手段102は、エンジン始動時に、エンジン水温が所定温度以上か否かの判別等によりエンジン温度が高い温間時か否かを判別するものである。
また、制御手段103は、有効圧縮比制御手段104、点火タイミング制御手段105、燃料供給制御手段106、スロットル弁制御手段107および吸気通路容積制御手段108を含んでいる。
有効圧縮比制御手段104は、VVE制御部およびVCT制御部を含み(図14参照)、VCT42およびVVE43の制御により吸気弁30の閉タイミングを制御することで有効圧縮比を制御する。点火タイミング制御手段105は、点火回路35を制御することにより点火タイミングを制御する。
有効圧縮比制御手段104および点火タイミング制御手段105は、図20に示す運転領域のマップに基づき、運転状態に応じた有効圧縮比および点火タイミングの制御を行う。この制御の具体例を、図21および図22によって説明する。
図21は、有効圧縮比の制御例を示す吸気弁開閉タイミングの説明図である。前述のように当実施形態ではVCT42およびVVE43を備えた動弁機構40を採用していることにより、吸気弁開閉タイミングとバルブリフト量とを無段階に調節することができる。そして、従来から知られているように吸気弁閉タイミングを吸気下死点から遠ざけるほど有効圧縮比が低下し、例えば吸気弁閉タイミングを吸気下死点以後とした場合はその吸気弁閉タイミングを遅くするほど有効圧縮比が低下する。
そこで、低速高負荷の点火リタード運転領域Aでは、吸気弁閉タイミングを吸気下死点直後とすることにより、有効圧縮比を13以上に維持する一方、点火タイミングを圧縮上死点後にリタードさせることにより、ノッキングを確実に防止することとしている。
他方、残余の運転領域B(特に低速軽負荷領域B1)では、吸気弁閉タイミングを吸気下死点よりも大きく遅らせることにより、有効圧縮比を13未満(例えば8程度)に下げるようにしている。これにより、ポンピングロスが低減され、燃費が改善される。ここで、有効圧縮比をεrとすると、
式中、
ε :幾何学的圧縮比
vs:行程容積(m3)
vc:隙間容積(m3)
θ :バルブリフト量が1mmのときの吸気弁30の閉タイミングのクランク角度
R :連桿比(コンロッド長/クランク半径)
である。
上記(2)式を用いることにより、バルブリフト量が1mmのときの吸気弁30の開弁角度に基づいて、有効圧縮比εrと開弁角度との関係をデータ化しておき、制御マップとすることで精緻に有効圧縮比εrを制御することが可能になる。
図22は、制御マップの基となる点火タイミングの一例を示すグラフである。
図22を参照して、例えば、幾何学的圧縮比が11の場合、通常運転時の点火タイミングは、IGaで示すように圧縮上死点よりも相当量AIg(例えば、エンジン回転速度が1500rpmでクランク角度CA=6°〜8°)アドバンスしている。これに対し、幾何学的圧縮比が14の場合、圧縮比11と同じノッキング特性であればIGv で示すように、圧縮上死点の直前で点火していたところであるが、本実施形態では、IGb で示すように、圧縮上死点よりもさらにリタードさせた点火タイミングで火花点火することとしている。これにより、本実施形態では、リタード運転領域(低速域においてスロットル全開域を含む低速中高負荷運転域)Aにおいて、ノッキングを回避しつつ、依然高圧縮比(εr ≦14)のままトルク低下を起こさない状態を維持することが可能になる(図22参照)。
点火タイミングを圧縮上死点後にリタードさせる場合、そのリタード量RIgは、筒内温度や筒内圧力等、ノッキングを決定する要因を考慮して実験的に集積され、制御マップによって定められるが、本実施形態では、例えば、圧縮上死点からのリタード量RIgをピストン26が上死点経過後10%以下のストローク範囲(クランク角度CA=圧縮上死点後35°付近)としている。点火タイミングを圧縮上死点後にリタードさせることにより、ノッキングを抑制し、高圧縮比での運転が可能となるわけであるが、点火タイミングが圧縮上死点よりもリタードしている分だけ、燃焼期間という点では不利になる。そこで本実施形態では、ノッキングを抑制可能な範囲であって、なおかつ早期に膨張行程に移行した燃料を燃焼させるために、リタード量RIgをピストン26が上死点経過後10%以下のストローク範囲としているのである。
このように、点火タイミングとともに有効圧縮比が運転状態に応じて制御されて、少なくとも低速域において軽負荷では高負荷よりも有効圧縮比が低くされる。
また、エンジンの始動時には、燃焼性の悪化を抑制するため、少なくとも低速軽負荷時よりは有効圧縮比が高められる。つまり、図21中に示すように、吸気弁閉タイミングが低速軽負荷よりは早くされて、吸気下死点に近づけられる。なお、この図の例では、エンジン始動時の吸気弁閉タイミングを低速高負荷時よりは遅くしているが、低速高負荷時と同程度でもよい。
また、燃料供給制御手段106は、温間状態でのエンジン始動時には、図24に示すような制御を行う。この制御を、図23をも参照しつつ説明する。
図23は、エンジンの温間始動時におけるクランキング中のエンジン回転速度と自着火タイミングとの関係を示し、ε1は圧縮比が比較的低い場合(例えば11程度)、ε2,ε3,ε4はこの順に圧縮比が高くなった場合(例えばε4で15程度)を示している。この図のように、エンジン回転速度が極めて低いクランキング初期には圧縮上死点前に自着火が生じ易く、特に圧縮比が高いほどこの傾向が顕著になって過早着火を招き易くなる。一方、クランキング中のエンジン回転速度が高くなるにつれ自着火のタイミングが遅角側にずれる。これは、クランキング中にエンジン回転速度が高くなるにつれて吸気通路内の空気が吸入されることで吸気圧力が低下することにより自着火が生じ難くなることと、エンジン回転速度の増加に伴い圧縮行程が時間的に短くなることで自着火のタイミングが相対的に遅角することとによる。そして、ある程度以上の回転速度になれば自着火が生じなくなる。
そこで、図24に示すように、クランキング期間において吸気圧力が所定圧力まで低下する所定回転速度N1にエンジン回転速度が上昇するまでは燃料カットとし、つまり燃料噴射弁32からの燃料噴射(燃料供給)を停止することにより、自着火を回避する。なお、クランキング開始後に、気筒識別センサSW3で気筒識別信号が発生すれば、各気筒に対してそれぞれ所定のタイミングで燃料噴射を行うことが可能となるが、温間始動時にはこの気筒識別信号が発生した時点t1以後も、所定回転速度N1に達する時点t2までは燃料カット状態を維持する。
そして、エンジン回転速度が上記所定回転速度N1を超えると各気筒の燃料噴射弁32から燃料を噴射して燃焼を行わせるようにしている。
スロットル弁制御手段107は、スロットル弁61のアクチュエータ62を制御することによりスロットル開度を調節する。また、吸気通路容積制御手段108は、切替弁54およびシャッター弁55の各アクチュエータ56,57を制御することにより、吸気通路容積を調節する。そして、温間始動時には、クランキング中の吸気圧力の低下を早めるため、吸気通路容積を小さくするとともに、スロットル弁61を全閉とするように制御する。
次に、エンジン始動時の制御の一例を、図25のフローチャートによって説明する。
このフローチャートに示す処理はイグニッションスイッチがオンとなったときスタートし、ステップS1でスタータオンとなるまで待ってから、ステップS2で、吸気弁閉タイミングが始動時用のタイミング(図21参照)とされる。この始動時用のタイミングは、温間時、または温間時でないとき(冷間時)のいずれにおいても、共通のタイミングとなっている。
なお、動弁機構40において油圧式のVCT42が用いられている場合、始動中に吸気弁閉タイミングを変化させることは難しいため、予めエンジン停止時に始動時用の吸気弁閉タイミングとなるように制御され、ステップS2ではこの閉タイミングが保持されるようにすることが好ましい。
続いてステップS3で、エンジン水温の検出等に基づいて温間始動時か否かが判定される。温間始動時であれば、ステップS4で、吸気通路容積可変機構における切替弁54が第2状態、シャッター弁55が閉状態とされる(図18参照)ことにより、吸気通路容積が小さくされる。さらに、ステップS5で、スロットル弁61が全閉とされる。
次にステップS6で気筒識別信号が発生したことが判別された後、ステップS7で、エンジン回転速度Nが所定回転速度N1に達するまで待機され、所定回転速度N1以上になれば、ステップS8で、各気筒に対して燃料噴射および点火が行われることにより、各気筒で燃焼が行われる。
なお、ステップS3で温間時でない(冷間時)と判定されたときは、ステップS9で気筒識別信号の発生が判定されるとすぐにステップS8に移行して、燃料噴射および点火が行われる。
ステップS8の次にはステップS10で、完爆によりエンジン回転速度が急上昇したか否かが判定され、完爆すれば、ステップS11で通常制御に移行する。
以上のような当実施形態のエンジンによると、エンジンの温間始動時には、クランキング中に気筒識別信号が発生した後でも、エンジン回転速度Nが所定回転速度N1に達するまでは、燃料供給が停止されることにより、過早着火が確実に回避される。
すなわち、エンジン始動時には低速軽負荷域よりは有効圧縮比が高くされるとともに、クランキング初期の極低速時は、軽負荷時と比べて吸気圧力が高く、かつ、圧縮行程の時間が長いことから、温間の場合に、燃料供給を行うと圧縮上死点前の自着火(過早着火)が生じやすく、特に当実施形態のような高圧縮比エンジンでこのような傾向が顕著になるが、エンジン回転速度Nが所定回転速度N1に達するまで燃料供給が停止されることでこのような事態が確実に回避される。
この場合に、スロットル弁63が全閉とされるとともに、吸気通路容積可変手段における切替弁54が第2状態、シャッター弁55が閉状態とされることにより、サージタンク51および低速用通路53aが遮断されて、吸気マニホールド50の中で吸気ポート28に通じる部分の吸気通路容積が小さくされる。これにより、スロットル弁63が閉じられることに伴う吸気圧力の低下が速やかになり、エンジン回転速度Nが所定回転速度N1に達した時点で充分に吸気圧力が低下する。
そして、エンジン回転速度Nが所定回転速度N1に達すれば燃料供給が行われるが、その時点では吸気圧力が充分に低下し、かつ、圧縮行程の時間が短くなることから、自着火が生じないか、生じても圧縮上死点以降となり、過早着火が生じることはない。そして、有効圧縮比はある程度高くされていることにより、燃焼性が高められる。
こうして、始動が良好に行われる。
なお、エンジン始動後において通常制御に移行した後は、有効膨張比および吸気通路容積が運転状態に応じて制御される。すなわち、前述のように、VCT42およびVVE43が制御されることにより少なくとも低速軽負荷域では有効圧縮比が低くされ、低速高負荷域では有効圧縮比が高くされるとともに、点火時期がリタードされる。特に高圧縮比エンジンでこのような制御が行われることにより、低速軽負荷域でポンピングロス低減による燃費改善の効果が充分に高められるとともに、低速高負荷域で、ノッキングが抑制されつつトルクが高められる。すなわち、ノッキング回避のためにリタードされる点火タイミングIGb が、圧縮上死点後に設定されている場合には、図4に示したように、ピストン26が圧縮上死点経過後に、筒内での冷炎反応が顕著になり、圧縮上死点経過後の燃焼過程が多段発火となる結果、時間損失を低減しつつ熱発生率を維持することができ、充分なトルクを得ることが可能になる。また、このような熱発生率の維持により、当該リタード量RIgを可及的に低減することが可能になる。他方、冷炎反応が生じる領域では、図5に示したように、モル数が上昇する結果、圧力上昇分ほどは筒内温度が上昇しなくなる。加えて、図6に示したように、冷炎反応は燃焼室27の中央側で生じ、端ガスでの発生が少ないことから、筒内温度の上昇も抑制される。このような温度条件により、ホルムアルデヒドが生成されるとともに、このホルムアルデヒドがノッキングの原因となるOHラジカルの消費を促進し、この点からも自着火が抑制される。点火リタード運転領域A(少なくとも低速域においてスロットル全開域を含む高負荷運転領域)での高圧縮比化において、このようなノッキング抑制メカニズムを構成することにより、点火タイミングのリタードによる出力低下を熱効率改善分が補い、出力を犠牲にすることなく、可及的にディーゼルエンジン並みの燃費を得ることも可能となる。また、有効圧縮比εrが、吸気弁30の閉タイミング調整制御によって決定される構成になっているため、幾何学的圧縮比を変更するための複雑な機構を用いる必要がなくなる。
また、吸気通路容積可変機構の制御としては、エンジン回転速度が特定回転速度(例えば4500rpm)より低い低速域では、切替弁54が第1状態(図17(A)に実線で示す状態)、シャッター弁55が開状態とされることにより、高速用通路53bが閉じられるとともに低速用通路53aが開かれ、サージタンク51から吸気ポート28まで吸気通路長が長くされる(吸気通路容積が増大される)ことにより、低速域で共鳴同調状態が得られる。一方、特定回転速度より高い高速域では、切替弁54が第2状態(図17(A)に二点差線で示す状態)とされることにより、高速用通路53bが開かれ、吸気集合部から吸気ポート28までの吸気通路長が短くされて、高速域で共鳴同調状態が得られる。こうして、図26に示すように、低速域および高速域でそれぞれ共鳴過給によりエンジントルクが高められる。
なお、上記実施形態において、動弁機構40にはVCT42およびVVE43が設けられていることにより、吸気弁閉タイミングおよびリフト量がともに無段階に変更可能となっているが、VVE43を省略し、VCT42による吸気弁開閉タイミングの制御のみが可能となるようにしてもよい。
また、上記実施形態のVCT42は油圧制御式であるが、電気的駆動手段により駆動される開閉タイミング可変機構を用いてもよい。この場合、エンジン始動中にも閉タイミングの変更を行うことができるので、温間始動時用と冷間始動時用とで別の吸気弁閉タイミングを設定しておき、エンジン始動時に温間か冷間かに応じ開閉タイミング可変機構を作動させて吸気弁の開閉タイミングを変えるようにすることが望ましい。
この例による場合、制御動作は図27のフローチャートに示すようになる。
すなわち、イグニッションスイッチがオンとなったときスタートし、ステップS101でスタータオンとなるまで待ってから、ステップS102で、温間始動時か否かが判定される。そして、温間始動時である場合、吸気弁閉タイミングが温間始動時用のタイミングに制御される。なお、予めエンジン停止時に吸気弁閉タイミングが温間始動時用以外のタイミング、例えば冷間始動時のタイミングとなっている場合に、上記開閉タイミング可変機構が作動されて吸気弁閉タイミングが変えられる。
続いてステップS106で、燃料供給開始条件が成立したか否かが判定される。この場合、吸気弁閉タイミングの変更が完了していることと、気筒識別信号があったことと、エンジン回転速度Nが所定回転速度N1以上であることとが条件とされ、これらの条件が全て満足された場合に、ステップS107に移り、各気筒に対して燃料噴射および点火が行われることにより各気筒で燃焼が行われる。
ステップS102で温間始動時でない(冷間始動時)と判定された場合、ステップS108で、吸気弁閉タイミングが冷間始動時用のタイミングに保持される。この冷間始動時用のタイミングは、温間始動時用のタイミングよりも有効圧縮比をある程度高くするものとされる。そして、ステップS109で気筒識別信号の発生が判定されるとすぐにステップS107に移行して、燃料噴射および点火が行われる。
ステップS110およびステップS111の処理は、前述の図25のフローチャート中のステップS10,S11の処理と同じである。
この実施形態によっても、第1の実施形態と略同様の効果が得られる。とくに当実施形態では、温間始動時と冷間始動時とで吸気弁閉タイミングを異ならせているので、始動時のエンジン温度に応じて適切に有効圧縮比が調整される。
また、温間始動時に、吸気弁閉タイミングの変更が完了するまでは燃料供給が停止されるので、過早着火の防止が確実に達成される。
なお、吸気弁閉タイミングの変更による有効圧縮比のへ変更のさせ方として、図21に示す例では、低速軽負荷時に吸気弁閉タイミングを吸気下死点より大きくリタードすることで有効圧縮比を低下させるようにしているが、吸気弁閉タイミングを吸気下死点より進角側にずらすことによって有効圧縮比を低下させるようにしてもよい。この場合、エンジン始動時における吸気弁閉タイミングは、低速軽負荷時の吸気弁閉タイミングよりも遅角させて吸気下死点に近づけるようにすればよい。
上述した実施形態は、本発明の好ましい具体例に過ぎず、本発明は上述した実施形態に限定されない。
例えば、上述した実施形態において、エンジン本体20は、オクタン価が96RON以上の燃料を用いて運転されることが好ましい。その場合には、低速域においてスロットル全開域を含む点火リタード運転領域Aにおいて、有効圧縮比εrを13以上にするとともに、点火タイミングIGb を圧縮上死点経過後の所定リタード量RIgだけリタードさせることにより、最も有効に筒内での冷炎反応を利用し、高いトルクを得ることができる。図3並びに図11で説明したように、96RON以上の燃料が噴射される場合には、筒内が、圧縮比が13以上で冷炎反応を引き起こす活性化エネルギー以上となり、点火リタードによって冷炎反応による熱発生量を向上し、トルクを高めることが可能になるのである。
上述した実施形態において、エンジン本体20の幾何学的圧縮比εの上限は、16であることが好ましい。その場合には、吸気温度が高い低速全負荷運転の場合や温間時のエンジンを再始動する場合等の自着火が生じやすい状況下で高い有効圧縮比εrを維持しても、過早着火等の発生を防止することができる。
さらに本発明の別の態様として、エンジン本体20が91RON以上の燃料で運転される場合には、幾何学的圧縮比を13.5以上に設定し、低速域においてスロットル全開域を含む点火リタード運転領域Aでの運転時には、弁リフト1mmで規定した吸気弁閉タイミングで求められる有効圧縮比εr を12.5以上に維持するように吸気弁閉タイミングを調整するとともに点火タイミングIGbを圧縮上死点後の所定期間内にリタードするように構成してもよい。そのような態様では、比較的オクタン価が低い燃料が使用される場合においても、低速域においてスロットル全開域を含む点火リタード運転領域Aにおいて、有効に筒内での冷炎反応を利用し、高いトルクを得ることができる。
また、オクタン価が91RON以上の燃料を用いて運転される自動車用火花点火式エンジンにおいては、エンジン本体20の幾何学的圧縮比の上限は、15.5であることが好ましい。その場合には、吸気温度が高い場合や温間時のエンジンを再始動する場合等の自着火が生じやすい状況下で高い有効圧縮比εを維持しても、過早着火等の発生を防止することができる。
さらに本発明の別の態様として、エンジン本体20が、100RON以上の燃料を用いて運転されるものである場合には、エンジン本体20の幾何学的圧縮比の上限は、16.5であることが好ましい。その場合には、吸気温度が高い場合や温間時のエンジンを再始動する場合等の自着火が生じやすい状況下で高い有効圧縮比εを維持しても、過早着火等の発生を防止することができる。