以下、本発明の実施の形態について図面を参照しながら詳細に説明する。
図1は本発明の第1の実施の形態における車両の構成を示す概略図であり乗員が搭乗した状態で加速前進している状態を示す図、図2は本発明の第1の実施の形態における車両の制御システムの構成を示すブロック図である。
図において、10は、本実施の形態における車両であり、車体の本体部11、駆動輪12、支持部13及び乗員15が搭乗する搭乗部14を有し、倒立振り子の姿勢制御を利用して車体の姿勢を制御する。そして、前記車両10は、車体を前後に傾斜させることができるようになっている。図1に示される例においては、車両10は矢印Aで示される方向に加速中であり、車体が進行方向前方に向かって傾斜した状態が示されている。
前記駆動輪12は、車体の一部である支持部13によって回転可能に支持され、駆動アクチュエータとしての駆動モータ52によって駆動される。なお、駆動輪12の軸は図1の図面に垂直な方向に延在し、駆動輪12はその軸を中心に回転する。また、前記駆動輪12は、単数であっても複数であってもよいが、複数である場合、同軸上に並列に配設される。本実施の形態においては、駆動輪12が2つであるものとして説明する。この場合、各駆動輪12は個別の駆動モータ52によって独立して駆動される。なお、駆動アクチュエータとしては、例えば、油圧モータ、内燃機関等を使用することもできるが、ここでは、電気モータである駆動モータ52を使用するものとして説明する。
また、車体の一部である本体部11は、支持部13によって下方から支持され、駆動輪12の上方に位置する。そして、本体部11には、能動重量部として機能する搭乗部14が、車両10の前後方向に本体部11に対して相対的に並進可能となるように、換言すると、車体回転円の接線方向に相対的に移動可能となるように、取り付けられている。
ここで、能動重量部は、ある程度の質量を備え、本体部11に対して並進する、すなわち、前後に移動させることによって、車両10の重心位置を能動的に補正するものである。そして、能動重量部は、必ずしも搭乗部14である必要はなく、例えば、バッテリ等の重量のある周辺機器を並進可能に本体部11に対して取り付けた装置であってもよいし、ウェイト、錘(おもり)、バランサ等の専用の重量部材を並進可能に本体部11に対して取り付けた装置であってもよい。また、搭乗部14、重量のある周辺機器、専用の重量部材等を併用するものであってもよい。
本実施の形態においては、説明の都合上、乗員15が搭乗した状態の搭乗部14が能動重量部として機能する例について説明するが、搭乗部14には必ずしも乗員15が搭乗している必要はなく、例えば、車両10がリモートコントロールによって操縦される場合には、搭乗部14に乗員15が搭乗していなくてもよいし、乗員15に代えて、貨物が積載されていてもよい。
前記搭乗部14は、乗用車、バス等の自動車に使用されるシートと同様のものであり、座面部14a、背もたれ部14b及びヘッドレスト14cを備え、図示されない移動機構を介して本体部11に取り付けられている。
前記移動機構は、リニアガイド装置等の低抵抗の直線移動機構、及び、能動重量部アクチュエータとしての能動重量部モータ62を備え、該能動重量部モータ62によって搭乗部14を駆動し、本体部11に対して進行方向に前後させるようになっている。なお、能動重量部アクチュエータとしては、例えば、油圧モータ、リニアモータ等を使用することもできるが、ここでは、回転式の電気モータである能動重量部モータ62を使用するものとして説明する。
リニアガイド装置は、例えば、本体部11に取り付けられている案内レールと、搭乗部14に取り付けられ、案内レールに沿ってスライドするキャリッジと、案内レールとキャリッジとの間に介在するボール、コロ等の転動体とを備える。そして、案内レールには、その左右側面部に2本の軌道溝が長手方向に沿って直線状に形成されている。また、キャリッジの断面はコ字状に形成され、その対向する2つの側面部内側には、2本の軌道溝が、案内レールの軌道溝と各々対向するように形成されている。転動体は、軌道溝の間に組み込まれており、案内レールとキャリッジとの相対的直線運動に伴って軌道溝内を転動するようになっている。なお、キャリッジには、軌道溝の両端をつなぐ戻し通路が形成されており、転動体は軌道溝及び戻し通路を循環するようになっている。
また、リニアガイド装置は、該リニアガイド装置の動きを締結するブレーキ又はクラッチを備える。車両10が停車しているときのように搭乗部14の動作が不要であるときには、ブレーキによって案内レールにキャリッジを固定することで、本体部11と搭乗部14との相対的位置関係を保持する。そして、動作が必要であるときには、このブレーキを解除し、本体部11側の基準位置と搭乗部14側の基準位置との距離が所定値となるように制御される。
前記搭乗部14の脇(わき)には、目標走行状態取得装置としてのジョイスティック31を備える入力装置30が配設されている。乗員15は、操縦装置であるジョイスティック31を操作することによって、車両10を操縦する、すなわち、車両10の加速、減速、旋回、その場回転、停止、制動等の走行指令を入力するようになっている。なお、乗員15が操作して走行指令を入力することができる装置であれば、ジョイスティック31に代えて他の装置、例えば、ジョグダイヤル、タッチパネル、押しボタン等の装置を目標走行状態取得装置として使用することもできる。
なお、車両10がリモートコントロールによって操縦される場合には、前記ジョイスティック31に代えて、コントローラからの走行指令を有線又は無線で受信する受信装置を目標走行状態取得装置として使用することができる。また、車両10があらかじめ決められた走行指令データに従って自動走行する場合には、前記ジョイスティック31に代えて、半導体メモリ、ハードディスク等の記憶媒体に記憶された走行指令データを読み取るデータ読取り装置を目標走行状態取得装置として使用することができる。
また、車両10は、車両制御装置としての制御ECU(Electronic Control Unit)20を有し、該制御ECU20は、主制御ECU21、駆動輪制御ECU22及び能動重量部制御ECU23を備える。前記制御ECU20並びに主制御ECU21、駆動輪制御ECU22及び能動重量部制御ECU23は、CPU、MPU等の演算手段、磁気ディスク、半導体メモリ等の記憶手段、入出力インターフェイス等を備え、車両10の各部の動作を制御するコンピュータシステムであり、例えば、本体部11に配設されるが、支持部13や搭乗部14に配設されていてもよい。また、前記主制御ECU21、駆動輪制御ECU22及び能動重量部制御ECU23は、それぞれ、別個に構成されていてもよいし、一体に構成されていてもよい。
そして、主制御ECU21は、駆動輪制御ECU22、駆動輪センサ51及び駆動モータ52とともに、駆動輪12の動作を制御する駆動輪制御システム50の一部として機能する。前記駆動輪センサ51は、レゾルバ、エンコーダ等から成り、駆動輪回転状態計測装置として機能し、駆動輪12の回転状態を示す駆動輪回転角及び/又は回転角速度を検出し、主制御ECU21に送信する。また、該主制御ECU21は、駆動トルク指令値を駆動輪制御ECU22に送信し、該駆動輪制御ECU22は、受信した駆動トルク指令値に相当する入力電圧を駆動モータ52に供給する。そして、該駆動モータ52は、入力電圧に従って駆動輪12に駆動トルクを付与し、これにより、駆動アクチュエータとして機能する。
また、主制御ECU21は、能動重量部制御ECU23、能動重量部センサ61及び能動重量部モータ62とともに、能動重量部である搭乗部14の動作を制御する能動重量部制御システム60の一部として機能する。前記能動重量部センサ61は、エンコーダ等から成り、能動重量部移動状態計測装置として機能し、搭乗部14の移動状態を示す能動重量部位置及び/又は移動速度を検出し、主制御ECU21に送信する。また、該主制御ECU21は、能動重量部推力指令値を能動重量部制御ECU23に送信し、該能動重量部制御ECU23は、受信した能動重量部推力指令値に相当する入力電圧を能動重量部モータ62に供給する。そして、該能動重量部モータ62は、入力電圧に従って搭乗部14を並進移動させる推力を搭乗部14に付与し、これにより、能動重量部アクチュエータとして機能する。
さらに、主制御ECU21は、駆動輪制御ECU22、能動重量部制御ECU23、車体傾斜センサ41、駆動モータ52及び能動重量部モータ62とともに、車体の姿勢を制御する車体制御システム40の一部として機能する。前記車体傾斜センサ41は、加速度センサ、ジャイロセンサ等から成り、車体傾斜状態計測装置として機能し、車体の傾斜状態を示す車体傾斜角及び/又は傾斜角速度を検出し、主制御ECU21に送信する。そして、該主制御ECU21は、駆動トルク指令値を駆動輪制御ECU22に送信し、能動重量部推力指令値を能動重量部制御ECU23に送信する。
なお、主制御ECU21には、入力装置30のジョイスティック31から走行指令が入力される。そして、該主制御ECU21は、駆動トルク指令値を駆動輪制御ECU22に送信し、能動重量部推力指令値を能動重量部制御ECU23に送信する。
また、前記制御ECU20は、車両10の走行状態及び車体姿勢の時間変化に基づいて路面勾配を推定する路面勾配推定手段として機能する。また、目標走行状態及び路面勾配に応じて目標とする車体姿勢、すなわち、車体傾斜状態及び/又は能動重量部移動状態を決定する目標車体姿勢決定手段として機能する。さらに、各センサによって取得した車両10の走行状態及び車体姿勢、並びに、目標走行状態、目標車体姿勢及び路面勾配に応じて各アクチュエータの出力を決定するアクチュエータ出力決定手段として機能する。さらに、車両10の前後方向の路面勾配を取得する路面勾配取得手段として機能する。さらに、路面勾配に応じて付加する駆動トルクを決定する登坂トルク決定手段として機能する。さらに、登坂トルクに応じて、車体の重心補正量を決定する重心補正量決定手段として機能する。
なお、各センサは、複数の状態量を取得するものであってもよい。例えば、車体傾斜センサ41として加速度センサとジャイロセンサとを併用し、両者の計測値から車体傾斜角と傾斜角速度とを決定するようにしてもよい。
次に、前記構成の車両10の動作について説明する。まず、走行及び姿勢制御処理の概要について説明する。
図3は本発明の第1の実施の形態における坂道上での車両の動作を示す概略図、図4は本発明の第1の実施の形態における車両の走行及び姿勢制御処理の動作を示すフローチャートである。なお、図3(a)は比較のための従来技術による動作例を示し、図3(b)は本実施の形態による動作を示している。
本実施の形態においては、搭乗部14が能動重量部として機能し、図3(b)に示されるように、並進させる、すなわち、前後に移動させることによって、車両10の重心位置を能動的に補正するようになっている。これにより、坂道で車両10を停止させるために、すなわち、該車両10が下り方向に移動しないように駆動輪12に駆動トルクを付与し、その反作用である反トルクが車体に作用しても、車体が下り方向に傾いてしまうことがない。また、坂道を走行する場合にも、車体が下り方向に傾いてしまうことがなく、安定して走行することができる。
これに対し、仮に、「背景技術」の項で説明した従来の車両のように、路面勾配に応じた重心位置補正を行わない場合、図3(a)に示されるように、坂道で車両10を停止させておくために駆動輪12に付与した駆動トルクの反作用、すなわち、反トルクが車体に作用するので、車体が下り方向に傾いてしまう。そして、坂道を走行する場合にも、安定した車体姿勢及び走行の制御を行うことができない。
そこで、本実施の形態においては、走行及び姿勢制御処理を実行することによって、路面勾配に関わらず、車両10は安定して停止及び走行することができるようになっている。
走行及び姿勢制御処理において、制御ECU20は、まず、状態量の取得処理を実行し(ステップS1)、各センサ、すなわち、駆動輪センサ51、車体傾斜センサ41及び能動重量部センサ61によって、駆動輪12の回転状態、車体の傾斜状態及び搭乗部14の移動状態を取得する。
次に、制御ECU20は、路面勾配の取得処理を実行し(ステップS2)、状態量の取得処理で取得した状態量、すなわち、駆動輪12の回転状態、車体の傾斜状態及び搭乗部14の移動状態と、各アクチュエータの出力値、すなわち、駆動モータ52及び能動重量部モータ62の出力値とに基づき、オブザーバによって路面勾配を推定する。ここで、前記オブザーバは、力学的なモデルに基づいて、制御系の内部状態を観測する方法であり、ワイヤードロジック又はソフトロジックで構成される。
次に、制御ECU20は、目標走行状態の決定処理を実行し(ステップS3)、ジョイスティック31の操作量に基づいて、車両10の加速度の目標値、及び、駆動輪12の回転角速度の目標値を決定する。
次に、制御ECU20は、目標車体姿勢の決定処理を実行し(ステップS4)、路面勾配の取得処理によって取得された路面勾配と、目標走行状態の決定処理によって決定された車両10の加速度の目標値とに基づいて、車体姿勢の目標値、すなわち、車体傾斜角及び能動重量部位置の目標値を決定する。
最後に、制御ECU20は、アクチュエータ出力の決定処理を実行し(ステップS5)、状態量の取得処理によって取得された各状態量、路面勾配の取得処理によって取得された路面勾配、目標走行状態の決定処理によって決定された目標走行状態、及び、目標車体姿勢の決定処理によって決定された目標車体姿勢に基づいて、各アクチュエータの出力、すなわち、駆動モータ52及び能動重量部モータ62の出力を決定する。
次に、走行及び姿勢制御処理の詳細について説明する。まず、状態量の取得処理について説明する。
図5は本発明の第1の実施の形態における車両の力学モデル及びそのパラメータを示す図、図6は本発明の第1の実施の形態における状態量の取得処理の動作を示すフローチャートである。
本実施の形態においては、状態量やパラメータを次のような記号によって表す。なお、図5には状態量やパラメータの一部が示されている。
θ
W :駆動輪回転角〔rad〕
θ
1 :車体傾斜角(鉛直軸基準)〔rad〕
λ
S :能動重量部位置(車体中心点基準)〔m〕
τ
W :駆動トルク(2つの駆動輪の合計)〔Nm〕
S
S :能動重量部推力〔N〕
g:重力加速度〔m/s
2 〕
η:路面勾配〔rad〕
m
W :駆動輪質量(2つの駆動輪の合計)〔kg〕
R
W :駆動輪接地半径〔m〕
I
W :駆動輪慣性モーメント(2つの駆動輪の合計)〔kgm
2 〕
D
W :駆動輪回転に対する粘性減衰係数〔Nms/rad〕
m
1 :車体質量(能動重量部を含む)〔kg〕
l
1 :車体重心距離(車軸から)〔m〕
I
1 :車体慣性モーメント(重心周り)〔kgm
2 〕
D
1 :車体傾斜に対する粘性減衰係数〔Nms/rad〕
m
S :能動重量部質量〔kg〕
l
S :能動重量部重心距離(車軸から)〔m〕
I
S :能動重量部慣性モーメント(重心周り)〔kgm
2 〕
D
S :能動重量部並進に対する粘性減衰係数〔Nms/rad〕
次に、路面勾配の取得処理について説明する。
図7は本発明の第1の実施の形態における路面勾配の取得処理の動作を示すフローチャートである。
路面勾配の取得処理において、主制御ECU21は、路面勾配ηを推定する(ステップS2−1)。この場合、状態量の取得処理で取得した各状態量と、前回(一つ前の時間ステップ)の走行及び姿勢制御処理におけるアクチュエータ出力の決定処理で決定した各アクチュエータの出力とに基づき、次の式(1)により、路面勾配ηを推定する。
このように、本実施の形態においては、駆動モータ52が出力する駆動トルクと、状態量としての駆動輪回転角加速度、車体傾斜角加速度及び能動重量部移動加速度とに基づいて路面勾配を推定する。この場合、駆動輪12の回転状態を示す駆動輪回転角加速度だけでなく、車体の姿勢変化を示す車体傾斜角加速度及び能動重量部移動加速度をも考慮している。すなわち、倒立振り子の姿勢制御を利用した、いわゆる倒立型車両に特有の要素である車体の姿勢変化を考慮している。
従来においては、駆動トルクと駆動輪回転角加速度とに基づいて路面勾配を推定するため、特に車体の姿勢が変化しているとき、路面勾配の推定値に大きな誤差が生じることがあった。しかし、本実施の形態においては、車体の姿勢変化を示す車体傾斜角加速度及び能動重量部移動加速度をも考慮して路面勾配を推定するので、大きな誤差が生じることがなく、極めて高い精度で路面勾配を推定することができる。
一般的に、倒立型車両では、駆動輪と相対的に車体の重心が前後に移動するので、駆動輪が停止していても、車両の重心が前後に移動することがある。したがって、重心の加速度と駆動力、あるいは、駆動トルクとから路面勾配を高い精度で推定するためには、このような影響を考慮する必要がある。一般的な倒立型車両においては、車両全体に対する車体の重量比率が高いので、特に車両停止時には、このような影響が大きくなる。
なお、路面勾配の値にローパスフィルタをかけることによって、推定値の高周波成分を除去することもできる。この場合、推定に時間遅れが生じるが、高周波成分に起因する振動を抑制することができる。
本実施の形態においては、駆動力、慣性力及び路面勾配による重力成分を考慮しているが、駆動輪12の転がり抵抗や回転軸の摩擦による粘性抵抗、あるいは、車両10に作用する空気抵抗などを副次的な影響として考慮してもよい。
また、本実施の形態においては、駆動輪12の回転運動に関する線形モデルを使用しているが、より正確な非線形モデルを使用してもよいし、車体傾斜運動や能動重量部並進運動についてのモデルを使用してもよい。なお、非線形モデルについては、マップの形式で関数を適用することもできる。
さらに、計算の簡略化のために、車体姿勢の変化を考慮しなくてもよい。
次に、目標走行状態の決定処理について説明する。
図8は本発明の第1の実施の形態における目標走行状態の決定処理の動作を示すフローチャートである。
目標走行状態の決定処理において、主制御ECU21は、まず、操縦操作量を取得する(ステップS3−1)。この場合、乗員15が、車両10の加速、減速、旋回、その場回転、停止、制動等の走行指令を入力するために操作したジョイスティック31の操作量を取得する。
続いて、主制御ECU21は、取得したジョイスティック31の操作量に基づいて、車両加速度の目標値を決定する(ステップS3−2)。例えば、ジョイスティック31の前後方向への操作量に比例した値を車両加速度の目標値とする。
続いて、主制御ECU21は、決定した車両加速度の目標値から、駆動輪回転角速度の目標値を算出する(ステップS3−3)。例えば、車両加速度の目標値を時間積分し、駆動輪接地半径RW で除した値を駆動輪回転角速度の目標値とする。
次に、目標車体姿勢の決定処理について説明する。
図9は本発明の第1の実施の形態における能動重量部位置の目標値及び車体傾斜角の目標値の変化を示すグラフ、図10は本発明の第1の実施の形態における目標車体姿勢の決定処理の動作を示すフローチャートである。
目標車体姿勢の決定処理において、主制御ECU21は、まず、能動重量部位置の目標値及び車体傾斜角の目標値を決定する(ステップS4−1)。この場合、目標走行状態の決定処理によって決定された車両加速度の目標値と、路面勾配の取得処理によって取得された路面勾配ηとに基づき、次の式(2)及び(3)により、能動重量部位置の目標値及び車体傾斜角の目標値を決定する。
続いて、主制御ECU21は、残りの目標値を算出する(ステップS4−2)。すなわち、各目標値を時間微分又は時間積分することにより、駆動輪回転角、車体傾斜角速度及び能動重量部移動速度の目標値を算出する。
このように、本実施の形態においては、車両加速度に伴って車体に作用する慣性力及び駆動モータ反トルクだけでなく、路面勾配ηに応じた登坂トルクに伴って車体に作用する反トルクも考慮して、車体姿勢の目標値、すなわち、能動重量部位置の目標値及び車体傾斜角の目標値を決定する。
このとき、車体に作用して車体を傾斜させようとするトルク、すなわち、車体傾斜トルクを重力の作用によって打ち消すように、車体の重心を移動させる。例えば、車両10が加速するとき及び坂を上るときには、搭乗部14を前方へ移動させ、あるいは、さらに車体を前方へ傾ける。また、車両10が減速するとき及び坂を下るときには、搭乗部14を後方へ移動させ、あるいは、さらに車体を後方へ傾ける。
本実施の形態においては、図9に示されるように、まず、車体を傾斜させずに搭乗部14を移動させ、該搭乗部14が能動重量部移動限界に達すると、車体の傾斜を開始させる。そのため、細かい加減速に対しては車体が前後に傾かないので、乗員15にとっての乗り心地が向上する。また、格別な急勾配でなければ、坂道の上でも車体が直立状態を維持するので、乗員15にとっての視界の確保が容易となる。さらに、格別な急勾配でなければ、坂道の上でも車体が大きく傾斜することがないので、車体の一部が路面に当接することが防止される。
なお、本実施の形態においては、能動重量部移動限界が前方と後方とで等しい場合を想定しているが、前方と後方とで異なる場合には、各々の限界に応じて、車体の傾斜の有無を切り替えるようにしてもよい。例えば、加速性能よりも制動性能を高く設定する場合、後方の能動重量部移動限界を前方よりも遠くに設定する必要がある。
また、本実施の形態においては、加速度が低いときや勾配が緩やかなときには、搭乗部14の移動だけで対応させているが、その車体傾斜トルクの一部又は全部を車体の傾斜で対応させてもよい。車体を傾斜させることにより、乗員15に作用する前後方向の力を軽減することができる。
さらに、本実施の形態においては、線形化した力学モデルに基づいた式を使用しているが、より正確な非線形モデルや粘性抵抗を考慮したモデルに基づいた式を使用してもよい。なお、式が非線形になる場合には、マップの形式で関数を適用することもできる。
次に、アクチュエータ出力の決定処理について説明する。
図11は本発明の第1の実施の形態におけるアクチュエータ出力の決定処理の動作を示すフローチャートである。
アクチュエータ出力の決定処理において、主制御ECU21は、まず、各アクチュエータのフィードフォワード出力を決定する(ステップS5−1)。この場合、各目標値と路面勾配ηとから、後述の式(4)により駆動モータ52のフィードフォワード出力を決定し、また、同じく後述の式(5)により能動重量部モータ62のフィードフォワード出力を決定する。
このように、路面勾配ηに応じた登坂トルクを自動的に付加することにより、つまり、路面勾配ηに応じて駆動トルクを補正することにより、坂道であっても、平地と同様の操縦感覚を提供することができる。すなわち、坂道で停止した後、乗員15がジョイスティック31から手を放しても、車両10は動くことがない。また、坂道の上であっても、ジョイスティック31の一定の操縦操作に対して、平地と同様の加減速を行うことができる。
このように、本実施の形態においては、理論的にフィードフォワード出力を与えることによって、より高精度な制御を実現する。
なお、必要に応じて、フィードフォワード出力を省略することもできる。この場合、フィードバック制御により、定常偏差を伴いつつ、フィードフォワード出力に近い値が間接的に与えられる。また、前記定常偏差は、積分ゲインを適用することによって低減させることができる。
続いて、主制御ECU21は、各アクチュエータのフィードバック出力を決定する(ステップS5−2)。この場合、各目標値と実際の状態量との偏差から、後述の式(6)により駆動モータ52のフィードバック出力を決定し、また、同じく後述の式(7)により能動重量部モータ62のフィードバック出力を決定する。
なお、スライディングモード制御等の非線形のフィードバック制御を導入することもできる。また、より簡単な制御として、KW2、KW3及びKS5を除くフィードバックゲインのいくつかをゼロとしてもよい。さらに、定常偏差をなくすために、積分ゲインを導入してもよい。
最後に、主制御ECU21は、各要素制御システムに指令値を与える(ステップS5−3)。この場合、主制御ECU21は、前述のように決定したフィードフォワード出力とフィードバック出力との和を駆動トルク指令値及び能動重量部推力指令値として、駆動輪制御ECU22及び能動重量部制御ECU23に送信する。
このように、本実施の形態においては、路面勾配ηをオブザーバによって推定し、登坂トルクを与えるとともに、搭乗部14を上り側に移動させる。そのため、坂道で車体を直立に保持することができ、急勾配にも対応することができる。また、路面勾配ηを計測する装置が不要となり、構造を簡素化してコストを低減することができる。
さらに、車体の姿勢を示す車体傾斜角θ1 及び能動重量部位置λS をも考慮して路面勾配ηを推定するので、大きな誤差が生じることなく、極めて高い精度で路面勾配ηを推定することができる。
次に、本発明の第2の実施の形態について説明する。なお、第1の実施の形態と同じ構造を有するものについては、同じ符号を付与することによってその説明を省略する。また、前記第1の実施の形態と同じ動作及び同じ効果についても、その説明を省略する。
図12は本発明の第2の実施の形態における車両の構成を示す概略図であり坂道で停止している状態を示す図、図13は本発明の第2の実施の形態における車両の制御システムの構成を示すブロック図である。なお、図12において(b)は(a)の要部拡大図である。
本実施の形態においては、路面勾配ηを計測し、その計測値に基づいて車両10の制御を行うようになっている。路面勾配ηを推定によって取得すると、誤差や時間遅れが生じることがある。また、車両10が障害物と接触したときに、それを上り坂であると誤認識してしまうことがある。
そこで、本実施の形態においては、路面勾配ηをセンサによって計測し、その計測値に基づいて登坂トルクや能動重量部の移動量を決定するようになっている。そのため、車両10は、図12に示されるように、路面勾配計測センサとしての距離センサ71を有する。該距離センサ71は、例えば、レーザ光を利用したものであるが、いかなる種類のセンサであってもよい。図12に示される例においては、2つの距離センサ71が、互いに前後に離れて、搭乗部14の下面に配設され、各々が搭乗部14の下面から路面までの距離を計測する。望ましくは、一方の距離センサ71が駆動輪12の路面に接地する部位よりも前方に位置し、他方の距離センサ71が駆動輪12の路面に接地する部位よりも後方に位置するように配設される。このように、2つの距離センサ71が互いに前後に離れた位置において路面までの距離を計測するので、各距離センサ71によって計測された距離の差に基づいて路面勾配ηを算出することができる。
また、車両10は、図13に示されるように、距離センサ71を含む路面勾配計測システム70を有する。そして、距離センサ71は、前後の2点において、路面までの距離としての対地距離を検出して主制御ECU21に送信する。
次に、本実施の形態における走行及び姿勢制御処理の詳細について説明する。なお、走行及び姿勢制御処理の概要、状態量の取得処理、目標走行状態の決定処理、目標車体姿勢の決定処理及びアクチュエータ出力の決定処理については、前記第1の実施の形態と同様であるので、説明を省略し、路面勾配の取得処理についてのみ説明する。
図14は本発明の第2の実施の形態における路面勾配取得時の幾何学的条件を示す図、図15は本発明の第2の実施の形態における路面勾配の取得処理の動作を示すフローチャートである。
路面勾配の取得処理において、主制御ECU21は、まず、距離センサ71の計測値を取得する(ステップS2−11)。この場合、前後2つの距離センサ71から対地距離の計測値を取得する。
続いて、主制御ECU21は、路面勾配ηを計算する(ステップS2−12)。この場合、前後の対地距離と車体傾斜角θ1 とから、次の式(8)により、路面勾配ηを算出する。
ここで、LR は後方に配設された距離センサ71が計測した対地距離であり、LF は前方に配設された距離センサ71が計測した対地距離であり、Bは前後に配設された距離センサ71間の距離である。
このように、本実施の形態においては、搭乗部14の下面の前後に配設された距離センサ71が計測した対地距離に基づいて路面勾配ηを決定する。なお、この場合、車体傾斜角θ
1 を考慮して、路面勾配ηの値を補正するようになっている。
さらに、車両10が停止している際に、搭乗部14を前後に移動させながら対地距離を連続して計測することによって、より正確に路面勾配ηを決定することができる。例えば、路面に石等の障害物が存在する場合に、たまたま一方の距離センサ71が障害物の真上に位置するときには、実際の対地距離よりも短い障害物までの距離が計測されてしまうことになるので、それにより決定された路面勾配ηは不正確なものになる。しかし、搭乗部14を前後に移動させながら対地距離を連続して計測すれば、障害物の前後において対地距離を計測することができ、障害物による影響を排除することが可能となる。
このように、本実施の形態においては、路面勾配ηをセンサによって計測するようになっている。したがって、路面勾配ηの取得に際して時間遅れが生じることがない。また、車両10が障害物と接触したときに、上り坂であると誤認識してしまうことがない。
さらに、センサによる計測と推定とを併用して路面勾配ηを取得することもできる。例えば、センサによって計測した値と推定した値とを比較することにより、センサが正常であるか異常であるかを判別し、異常であるときには、推定した値を使用するようにしてもよい。
次に、本発明の第3の実施の形態について説明する。なお、第1及び第2の実施の形態と同じ構造を有するものについては、同じ符号を付与することによってその説明を省略する。また、前記第1及び第2の実施の形態と同じ動作及び同じ効果についても、その説明を省略する。
図16は本発明の第3の実施の形態における路面勾配の取得処理の動作を示すフローチャート、図17は本発明の第3の実施の形態における目標走行状態の決定処理の動作を示すフローチャートである。
前記第1の実施の形態においては、駆動輪12の回転状態、車体の傾斜状態及び搭乗部14の移動状態と、駆動モータ52及び能動重量部モータ62の出力値とに基づき、オブザーバによって路面勾配を推定する。このとき、車体が障害物に接触すると、オブザーバが、それを坂道であると誤認識してしまい、障害物を押すような駆動トルクが付加されることがある。そのため、車体が障害物に接触したときに、障害物又は車体を損傷させる可能性がある。
一般に、路面勾配は、車体に作用する慣性力(車体重心の加速度)及び駆動力の大きさから推定される。具体的には、車両運動の路面に平行な成分を考慮し、車体に作用する慣性力と釣り合う外力は、駆動力及び車体に作用する重力の路面に平行な成分のみで構成される、という仮定に基づいて路面勾配を推定する。このとき、重力以外の外力、例えば、障害物に接触したときの障害物からの反力が作用すると、路面勾配を推定する手段は、前記反力を重力の作用、すなわち、上り方向の大きな路面勾配による作用であると認識する。すなわち、路面勾配を推定する手段は、路面勾配の作用と障害物と接触したことの作用とを併せて認識する。
また、前記第2の実施の形態における路面勾配計測センサのような路面勾配を実際に計測する手段を用いて、車体が障害物に接触したことを検出することは困難である。例えば、前記第2の実施の形態における路面勾配計測センサは、車両下方の対物(対地)距離を計測するため、車両前方、あるいは、後方の障害物は認識することができない。認識を実現するためには、他のセンサあるいは機構が必要となる。
そこで、本実施の形態においては、路面勾配の推定値と路面勾配の計測値との比較に基づいて障害物との接触を識別する。具体的には、路面勾配の推定値と路面勾配の計測値との差が大きいと、障害物と接触したと判定する。
これにより、路面勾配と障害物との接触とを正確に識別することができ、障害物に接触したときには、それに対応した制御を確実に実行することができる。そして、車両10の安全性を更に高めることができる。
なお、本実施の形態における車両10の構成については、前記第2の実施の形態と同様であるので、その説明を省略する。
次に、本実施の形態における走行及び姿勢制御処理の詳細について説明する。なお、状態量の取得処理、目標車体姿勢の決定処理及びアクチュエータ出力の決定処理については、前記第1及び第2の実施の形態と同様であるので、説明を省略し、路面勾配の取得処理及び目標走行状態の決定処理についてのみ説明する。
まず、路面勾配の取得処理の動作について説明する。
路面勾配の取得処理において、主制御ECU21は、路面勾配ηを推定する(ステップS2−21)。この場合、状態量の取得処理で取得した各状態量と、前回(一つ前の時間ステップ)の走行及び姿勢制御処理におけるアクチュエータ出力の決定処理で決定した各アクチュエータの出力とに基づき、前記式(1)により、路面勾配ηを推定する。
続いて、主制御ECU21は、距離センサ71の計測値を取得する(ステップS2−22)。この場合、前後2つの距離センサ71から対地距離の計測値を取得する。
続いて、主制御ECU21は、路面勾配ηを計算する(ステップS2−23)。この場合、前後の対地距離と車体傾斜角θ1 とから、前記式(8)により、路面勾配ηを算出する。
このように、本実施の形態においては、駆動モータ52が出力する駆動トルクと、状態量としての駆動輪回転角加速度、車体傾斜角加速度及び能動重量部移動加速度とに基づいて路面勾配を推定するとともに、搭乗部14の下面の前後に配設された距離センサ71が計測した対地距離に基づいて路面勾配ηを算出する。これにより、路面勾配の推定値及び路面勾配の計測値を取得することができる。
次に、目標走行状態の決定処理の動作について説明する。
目標走行状態の決定処理において、主制御ECU21は、まず、操縦操作量を取得する(ステップS3−11)。この場合、乗員15が、車両10の加速、減速、旋回、その場回転、停止、制動等の走行指令を入力するために操作したジョイスティック31の操作量を取得する。
続いて、主制御ECU21は、取得したジョイスティック31の操作量に基づいて、車両加速度の目標値を決定する(ステップS3−12)。例えば、ジョイスティック31の前後方向への操作量に比例した値を車両加速度の目標値とする。
続いて、主制御ECU21は、障害物に接触したか否かを判断する(ステップS3−13)。すなわち障害物接触判定を行う。ここで、主制御ECU21は、路面勾配の取得処理において取得した路面勾配の推定値と路面勾配の計測値との差の絶対値が、あらかじめ設定された所定の閾値以上であるか否かを判断する。
そして、所定の閾値以上である場合、主制御ECU21は、障害物に接触したと判断し、車両加速度の目標値を修正する(ステップS3−14)。具体的には、障害物に接触したと判断されると、すなわち、障害物接触の判定が行われると、路面勾配の計測値と路面勾配の推定値との大小関係に応じて、前記ステップS3−12で決定した車両加速度の目標値である乗員15が要求した車両加速度の目標値を制限(修正)する。
つまり、次の(ア)及び(イ)のように、車両加速度の目標値を制限する。
(ア)路面勾配の計測値が路面勾配の推定値より小さい場合:障害物が前方にあると考えられるので、車両加速度の目標値α* をゼロ以下とする。
(イ)路面勾配の計測値が路面勾配の推定値より大きい場合:障害物が後方にあると考えられるので、車両加速度の目標値α* をゼロ以上とする。
続いて、主制御ECU21は、修正した車両加速度の目標値から、駆動輪回転角速度の目標値を算出する(ステップS3−15)。例えば、車両加速度の目標値を時間積分し、駆動輪接地半径RW で除した値を駆動輪回転角速度の目標値とする。
なお、障害物に接触したか否かを判断して障害物に接触しなかった場合、主制御ECU21は、前記ステップS3−12で決定した車両加速度の目標値から、駆動輪回転角速度の目標値を算出する。
このように、本実施の形態においては、障害物との接触を識別すると、車両加速度の目標値を修正することで、誤った登坂トルクが与えられるのを防止する。具体的には、路面勾配の推定値と路面勾配の計測値との差の絶対値が所定の閾値以上であると、障害物接触の判定を行い、車両加速度の目標値を修正する。これにより、路面勾配と障害物との接触とを正確に識別することができ、障害物に接触したときには、該障害物との接触に適した制御を確実に実行することができる。したがって、障害物に接触したときにも、安定した走行状態及び安定した姿勢制御を実現することができ、車両10の安全性を更に高めることができる。
なお、本実施の形態においては、路面勾配の推定値と路面勾配の計測値との比較に基づいて障害物との接触を識別するようになっているが、路面勾配の推定値と路面勾配の計測値との差の変化率によって障害物との接触を識別するようにしてもよい。これにより、路面勾配の計測値にオフセットがある場合でも、障害物との接触を高精度に識別することができる。
なお、本実施の形態においては、障害物接触判定時に、車両加速度の目標値のみを制限するようになっているが、車両速度の目標値を制限してもよい。例えば、走行中に前方の障害物と接触した場合、車両の目標速度をゼロ以下に制限してもよい。この場合、車両10は自動的に急停止するようになる。
また、障害物との接触判定時に、他の制御を加えて行ってもよい。例えば、乗員15に警告音や警告表示を与えて注意を喚起するようにしてもよい。また、車両10が障害物から自動的に離れるように、例えば、自動的にわずかに後に下がって停まるように、駆動輪回転角速度の目標値のタイムスケジュールを与えてもよい。
また、本発明は前記実施の形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨に基づいて種々変形させることが可能であり、それらを本発明の範囲から排除するものではない。