JP4654490B2 - 板状部材でなる成形体の製造方法 - Google Patents

板状部材でなる成形体の製造方法 Download PDF

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
この発明は、例えば自動車等の車両の車体用のパネル部材や構造部材などのような、板状部材でなる成形体の製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
一般に良く知られているように、近年、自動車等の車両については、車両運行上の経済性向上の要求に加えて環境問題の観点から燃費性能の向上が強く求められており、特に、車両重量の大部分を占める車体について、より一層の軽量化が要求されている。一方、車両衝突時における乗員保護性能を維持・向上させるためには、一定以上の車体強度および車体剛性を確保する必要がある。
このように、自動車の車体には、衝突時の安全性向上のための車体強度および剛性の確保と燃費性能向上のための軽量化とを、両立して達成することが求められている。
【0003】
周知のように、車両衝突時の乗員保護性能を高めるためには、車体のパネル部材や構造部材の形成に用いる鋼板自体を高強度化するか、若しくは鋼板の板厚を増したり補強部材を追加的に設けて構造上の強化を図る必要がある。
これらの方法のうち、前者の方法(鋼板自体の高強度化)については、鋼板のプレス成形等の塑性加工性確保上の制約から、通常、引張強さ440MPa(メガパスカル)クラス(所謂、440MPa鋼板で、規格上の引張強さの最低値が440MPaに規定されており、実際上は、440〜約500MPa程度の範囲の引張強さを有している。)までの鋼板しか適用できず、それ以上の高強度の鋼板では成形が極めて困難であることが知られている。
しかしながら、上記程度(略500MPa以下)の引張強さでは、高強度な鋼板を用いて薄肉化を図るにしても、車体の軽量化や製造コストの低減等に関して十分な効果を達成することは難しい。
【0004】
ところで、鋼素材に対する熱処理の一種として、窒化元素を含有した鋼素材(所謂、窒化鋼)に所定の熱処理(窒化処理)を施すことによって、内部が比較的柔らかく表面部分およびその近傍の硬度が非常に高い鋼部材が得られることは、従来、公知である。
この窒化処理は、本来、部材内部の硬度上昇を抑制しその靭性を確保した上で表面部の耐摩耗性向上を図るものであり、部材全体としての強度向上を目的としたものではないのであるが、近年では、車体の軽量化と強度・剛性の確保とを両立させる観点から、かかる窒化処理を含む表面熱処理技術を自動車の構造用部材や補強部材などに適用することが考えられている。例えば、特開平11−279685号公報では、衝撃吸収性に優れた高強度プレス成形体を寸法良く且つ低コストで製造することを目的にして、特定組成の窒化鋼板をプレス加工した後に窒化処理を施すことが開示されている。
【0005】
しかしながら、この従来技術では、たとえ窒化鋼板をプレス加工した後に窒化処理を施すことにより、プレス成形性を確保した上で鋼板自体の高強度化を図っても、実際には、窒化処理後に得られる強度(引張強さ)が最高でも700MPa程度と、なお十分ではないため、車体の軽量化や製造コストの低減等に関して余り大きな効果を得ることはできない。
【0006】
ところで、鋼板自体の高強度化による(つまり、鋼板素材の薄肉化による)車体の軽量化を検討する場合、車体構造上、強度だけでなく剛性の確保が重視される(換言すれば、車体全体の剛性に対する寄与度が高い)部分については、鋼板自体を高強度化してその強度を確保したとしても、板厚を薄くすることは剛性確保上不利になるので、一般的には薄肉化による軽量化の対象とすることは好ましくなく、車体全体の剛性に対する寄与度が比較的低くて、且つ、一定以上の強度保持が求められる部分について、その適用が検討されるべきである。
【0007】
また、逆に、車体のパネル部材や構造部材の形成に用いる鋼板の板厚を増し構造的に強化することによって車両衝突時における乗員保護性能の向上を図る場合、車体全体の剛性に対する寄与度が低い部分についてまで板厚を大きくすることは、車体の軽量化および製造コストを抑制する上で好ましくない。
このような観点から、本来一つのプレス成形体として得られるべき車体用のパネル部材や構造部材でも、その部分によって異なる特性を備えることが望まれる場合が少なくない。
【0008】
このような要請に関連して、一つの部材中に他の部分と異なる特性を持った部分を形成する方法として、所謂、テイラード・ブランク法が知られている。このテイラード・ブランク法は、所定の仕様(例えば、板厚や熱処理特性など)について異なる特性を有するブランク材(板状部材)どうしを、例えば溶接等で接合して1枚物の板材(予備成形体)とし、この予備成形体にプレス等の塑性加工を施して成形体を得るものである。
【0009】
この方法を採用することにより、一般に材料歩留まりの向上が図れるとともに、素材に用いたブランク材の特性に応じて、特定の仕様に関して、一つの部材中に他の部分と異なる特性を持った部分を有する成形体を得ることができる。
従って、このテイラード・ブランク法を自動車の車体の製造に適用することにより、鋼板材料の歩留まりの向上を図ることができるとともに、車体の一部を構成する一つの部材について、他の部分と異なる特性を持った部分を形成することができ、両部分それぞれが備えるべき特性(例えば、強度,剛性,耐食性などの特性)並びに車体の軽量化および製造コストの低減効果を考慮して、鋼板素材の材質,板厚,熱処理特性,表面処理等の仕様をそれぞれ最適に設定することが可能になる。
【0010】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、従来では、このテイラード・ブランク法を適用して、他の部分に比して高強度の部分を有する成形体を製作しようとした場合、前述のように、鋼板のプレス成形性確保上の制約から、引張強さ440MPaクラスまでの鋼板しか適用できないので、利用範囲が限られ、やはり、車体の軽量化や製造コストの低減等に関して十分な効果を達成することは難しい。
特に、ブランク材どうしを溶接接合して塑性加工を行うので、引張強さの大きい素材を用いた場合には、両ブランク材の機械的特性が大きく異なることに起因して、この接合部で亀裂・割れ等の不具合が発生し易く、適用範囲が限られる大きな要因となっていた。
【0011】
そこで、この発明は、テイラード・ブランク法を適用して、板状素材の歩留まりの向上を図るとともに、一つの部材中に他の部分に比して強度が十分に高い部分を有する成形体が確実に得られるようにすることを基本的な目的としてなされたものである。
【0012】
【課題を解決するための手段】
本願発明者らは、テイラード・ブランク法を自動車の車体の製造に適用することについて鋭意研究および開発を重ねる中で、溶接等で接合されるブランク材どうしの機械的性質に関し、両者の伸び特性の差がある程度以上小さく、略同等に近い場合には、接合後の塑性加工時に亀裂や割れ等の不具合が生じ難くなることを見出した。
【0013】
また、上述のように鋼板自体の高強度化によって車体の軽量化や製造コストの低減を図る場合、一般に、達成される鋼板強度に応じてその効果(特に経済的効果)に差が出るものであるが、本願発明者らは、図5に示すように、特定の(1000MPa程度の)引張強さ値を境にして、得られる経済的効果に著しい差異が生じることを見出した。
すなわち、鋼板の引張強さが1000MPa程度未満の場合には、引張強さの向上に応じて車体鋼板の板厚を薄く設定できることによる効果が得られるだけであるが、鋼板の引張強さが1000MPa程度以上になると、板厚を薄くできるだけでなく、補強部材を不要にすることが可能になり、当該補強部材の削減に伴なって、車体重量の削減や材料費の低減はもとより、当該部材のための金型費用や組付工数も不要となるので、得られる経済効果が著しく大きくなるのである。
【0014】
更に、本願発明者らは、この窒化処理技術の車体鋼板への適用についての研究開発を進める過程で、窒化処理を施した鋼板の硬度は、鋼板素材自体の違いや処理条件の違いに応じて、その板厚方向に種々の分布を有することとなるのであるが、その平均硬さと引張強さとの間に高い相関性があり、この板厚方向における平均硬さを所定値とすることにより、それに対応した所期の引張強さが得られることを見出した。また、平均硬さが同じであれば、板材の表面部分(表面およびその近傍部分)と内部中央との硬度差が大きくなるほど引張強さや伸び特性が低下し、特に、この硬度差が一定の値を上回ると、これら引張強さおよび伸び特性が急激に落ち込むことを見出した。
【0015】
そこで、本願の第1の発明に係る板状部材でなる成形体の製造方法は、所定の仕様について互いに異なる特性を有する第1及び第2の板状部材であって、その少なくともいずれか一方は、窒化元素として、チタニウム(Ti),ニオブ(Nb),ボロン(B),バナジウム(V),アルミニウム(Al)の少なくとも1種の元素を所定量含有している、第1板状部材と第2板状部材とを接合して予備成形体を形成する工程と、上記予備成形体に塑性加工を施して所定形状の成形体を形成する工程と、上記成形体の特定部位を、板厚方向における平均硬度がビッカース硬さでHv300以上で、且つ、表面部分と板厚方向における内部中央との硬度差がビッカース硬さでHv200以下となるように、窒化処理することによって硬化させる工程とを備えたことを特徴としたものである。
【0018】
ここに、チタン(Ti)の含有量としては0.14重量%以上、ニオブ(Nb)の含有量としては0.1重量%以下、ボロン(B)の含有量としては0.005重量%以下、バナジウム(V)の含有量としては0.1重量%以下、また、アルミニウム(Al)含有量としては0.06重量%以下であることが、それぞれ好ましい。
【0020】
ここに、上記成形体の特定部位の板厚方向における平均硬度の下限値をHv300としたのは、上述のように、板厚を薄くできるだけでなく補強部材を不要にでき、車体重量の削減や材料費の低減のみならず当該部材のための金型費用や組付工数も不要とすることによって著しく大きい経済効果を得るためには、鋼板の引張強さを1000MPa程度以上にする必要があるが、この引張強さを得るためには上記平均硬度をHv300以上とする必要があるからである。
また、上記成形体の板材表面部分と板厚方向における内部中央との硬度差の上限値をHv200としたのは、上述のように、板厚方向における平均硬さが同じでも、鋼板部材の表面部分(表面およびその近傍部分)と内部中央との硬度差が大きくなるほど引張強さや伸び特性が低下するが、この硬度差がHv200を越えると、これら引張強さおよび伸び特性の低下度合いが急激なものとなるからである。
【0021】
また、本願の第の発明は、上記第1の明において、上記窒化処理前に、上記成形体の上記特定部位以外の部分にマスキング処理を施すことを特徴としたものである。
【0022】
また、更に、本願の第の発明は、上記第1の明において、上記成形体の上記特定部位のみを塩浴槽に浸漬させて窒化処理を施すことを特徴としたものである。
【0024】
【発明の実施の形態】
以下、本発明の実施の形態を、添付図面を参照しながら詳細に説明する。
まず、本実施の形態に係る成形体の素材として用いられる鋼板素材について説明する。本実施の形態では、成形体の素材鋼板として、窒化元素を含有した、所謂、窒化鋼板が用いられ、その合金成分としては、下記表1に示す範囲の含有量(重量%)の鉄鋼基本5元素(C,Si,Mn,P及びS)と、同じく表1に示す範囲の含有量(重量%)の窒化元素の少なくとも1種の元素を含有するものとした。
尚、本明細書において、「窒化処理」と言うときは、特にことわらない限り、一般的な窒化処理のみならず軟窒化処理をも含むものとし、塩浴窒化処理を含む液体窒化処理およびイオン窒化処理を含むガス窒化処理等、あらゆる種類の窒化および軟窒化処理を含むものとする。
【0025】
【表1】
Figure 0004654490
【0026】
各合金元素の含有量を表1のように規定したのは、以下の理由による。
すなわち、炭素(C)含有量の上限値を0.003重量%としたのは、本実施の形態に係る鋼板素材では、窒化処理により板厚方向における平均硬度を高めるためにチタン(Ti)やニオブ(Nb)等の窒化元素を添化するが、C含有量が0.003重量%を越えると、窒化元素と結び付いて炭化物(TiCやNiC等)を析出し易くなり、窒化処理前における塑性加工性を低下させるとともに、窒化元素をより多く添化する必要が生じるからである。
【0027】
珪素(Si)含有量の上限値を0.05重量%としたのは、Si含有量がこの値を越えると、フェライト組織中への固溶量が多くなって窒化処理前における塑性加工性を低下させ、また、窒化処理時に窒素(N)と結び付いて窒化物(SiN)を析出し易くなるので、鋼板素材内部までNを進入させて板厚方向における硬度分布のフラット化を図ることが難しくなるからである。
【0028】
マンガン(Mn)含有量の上限値を0.5重量%としたのは、Mnはフェライト組織中に固溶する固溶強化元素であり、窒化処理時にNの鋼板素材内部への進入に悪影響を及ぼすとともに、硫黄(S)と結び付いてMnSを析出し表面疵を引き起こすので、その含有量を抑制する必要があり、0.5重量%以下とすることが望ましいからである。
【0029】
リン(P)含有量の上限値を0.05重量%としたのは、Pはフェライト組織中に固溶する固溶強化元素であり、窒化処理前における塑性加工性を低下させるとともに、窒化処理時にNの鋼板素材内部への進入に悪影響を及ぼすので、その含有量を抑制する必要があり、0.05重量%以下とすることが望ましいからである。
【0030】
硫黄(S)含有量の上限値を0.02重量%としたのは、上述のように、SはMnと結び付いてMnSを析出し表面疵を引き起こすので、その含有量を抑制する必要があり、0.02重量%以下とすることが望ましいからである。
【0031】
チタン(Ti)の含有量の下限値を0.14重量%としたのは、Tiはフェライト組織中に固溶したCやNを析出固定して組織の塑性加工性を高めることができ、また、窒化物形成元素であり、0.14重量%以上添加することで更に高硬度の窒化物(TiN)を析出し、板厚方向における平均硬さを高めることができる。含有量が0.14重量%未満では、その効果が小さいからである。
【0032】
ニオブ(Nb)は、Tiと同じく、フェライト組織中に固溶したCやNを析出固定して組織の塑性加工性を高めることができ、また、窒化物形成元素であり、これを含有させることで高硬度の窒化物を析出し、窒化処理により板厚方向における平均硬さを高めることができる。好ましくは、Nbを0.04重量%以上含有させることで、かかる効果をより確実に奏することができる。Nb含有量の上限値を0.1重量%としたのは、この値を越えてNbを添加してもその効果が飽和するからである。
【0033】
ボロン(B)は、窒化処理によって窒化物(BN)を析出し、窒化処理により板厚方向における平均硬さを高めることができる。好ましくは、Bを0.001重量%以上含有させることで、かかる効果をより確実に奏することができる。B含有量の上限値を0.005重量%としたのは、B含有量がこの値を越えると、窒化処理前における塑性加工性が悪化するからである。
【0034】
バナジウム(V)は、Nの拡散を促進し窒化物(VN)を析出するもので、0(ゼロ:零)重量%より大の所定量含有させることで、窒化処理により板厚方向における平均硬さを高めることができるものである。V含有量の上限値を0.1重量%としたのは、V含有量がこの値を越えると、鋼板の表面側に多量の窒化物を析出して結果的にNの鋼板内部への進入を阻害し、内部まで十分に硬化させることができず、板厚方向における硬度分布をフラットにすることが困難になるからである。
【0035】
アルミニウム(Al)は窒化物形成元素であり、これを添加することで硬度を高めることができる。好ましくは、Alを0.03重量%以上含有させることで、かかる硬度向上効果をより確実に奏することができる。Al含有量の上限値を0.06重量%としたのは、Al含有量がこの値を越えると表面側での硬化が顕著になり、板厚方向における硬度分布をフラットにすることが困難になるからである。
【0036】
以上のように、鋼板素材に、窒化元素として、チタニウム(Ti),ニオブ(Nb),ボロン(B),バナジウム(V),アルミニウム(Al)の少なくとも1種の元素を所定量含有させることにより、窒化処理による熱処理効果を確実に得ることが可能になるのである。尚、以上の窒化元素のうちでは、主としてTiが用いられ、好ましくは、他の窒化元素(Nb,B,V,Al)は、必要に応じてこのTiの補助として用いられる。すなわち、窒化元素として1種類の元素(Ti)を余り多量に添加することが好ましくない場合があり得るので、かかる場合には、Tiの含有量をある程度抑制して他の窒化元素(Nb,B,V,Al)を適量添加することが好ましい。
【0037】
<試験1>
本実施の形態に係る成形体および製造法の具体例の説明に先立って、種々の供試材・サンプルを用いて、窒化処理を施して得られる鋼板の種々の機械的特性や得られる引張強さと経済効果(自動車の車体の軽量化および製造コスト低減に及ぼす効果)などを調べるために行なった種々の試験や試算について説明する。
まず、鋼板素材の合金成分が窒化処理後における板厚方向の硬度分布および平均硬度に及ぼす影響を調べる試験1を行った。この試験1に用いた供試材a〜dの鋼種および材質・板厚ならびに合金成分(基本5元素)は、表2に示す通りであった。尚、これら供試材の準拠規格は、日本鉄鋼連盟規格(JFS)である。
【0038】
【表2】
Figure 0004654490
【0039】
供試材aは、いわゆる低炭素鋼であり、Si,Mn,P及びS含有量については上述の表1で示した規定範囲に適合しているが、C含有量はかなり多い(上限値の10倍以上)。また、供試材dは、いわゆる高張力鋼であり、P及びS以外の合金元素については含有量が上述の表1で示した規定範囲を大きく越えており、440MPa以上の引張強さを有している。
【0040】
尚、供試材bと供試材cとは共に、いわゆる極低炭素鋼であり、フェライト組織中に固溶した炭素(C)及び窒素(N)と結び付いて炭化物および窒化物を析出させるチタン(Ti)を含有している(通常、極低炭素鋼では約0.05重量%程度のTiを含有している)が、供試材cの方が供試材bよりも、このTi含有量が多かった。
【0041】
上記各供試材a〜dに対して同一処理条件でそれぞれ窒化処理(570℃の雰囲気温度でガス軟窒化処理)を施し、その際、各供試材ごとにその窒化処理時間を0.5時間(h)〜10.0時間(h)の範囲で5段階にわたって変えて窒化処理したサンプルを採取し、板厚方向におけるビッカース硬さ(Hv:測定荷重200g)の分布をそれぞれ測定した。
【0042】
測定結果は、図1〜図4に示す通りであった。この測定結果から良く分かるように、供試材aは、供試材b及びcに比べてC含有量が多い関係上、窒化処理前の母材硬度は高いが、窒化処理による硬度の上昇量は非常に小さい。また、鋼板の表面部分と板厚方向における中央部分とで硬度差は非常に小さく、板厚方向における硬度分布は略フラット(平坦)な形状を呈していた。窒化処理時間を長くした場合、板厚方向における硬度分布がよりフラット化する効果が若干認められるが、硬度レベル(板厚方向における平均硬度)が元々低いので、余り顕著なものではない。
以上のように、供試材aの場合には、窒化処理後の板厚方向における平均硬度は低く、また、板厚方向における硬度分布は略フラットになることが分かった。
【0043】
供試材bの場合は、窒化処理による硬度上昇量が、供試材aに比して大きいが供試材cに比べると小さい。また、鋼板の表面部分と板厚方向における中央部分とで硬度差は、窒化処理時間が短い場合には大きいが、処理時間が長くなると非常に小さくなって板厚方向における硬度分布は略フラット(平坦)な形状を呈している。窒化処理時間を長くすることにより、板厚方向における硬度分布をフラット化する効果が明確に認められる。
以上のように、供試材bの場合には、一定以上の処理時間で窒化処理した後の板厚方向における平均硬度は(供試材aの場合に比べて)若干高くなり、また、板厚方向における硬度分布は略フラットになることが分かった。
【0044】
供試材cの場合は、窒化処理による硬度上昇量が供試材bに比して更に大きくなっている。これは、供試材bに比べてTiの含有量が多いことに因るものであると考えられる。また、鋼板の表面部分と板厚方向における中央部分とで硬度差は、窒化処理時間が短い場合には非常に大きいが、処理時間が長くなるほど小さくなり、6時間以上の処理時間では、板厚方向における硬度分布は若干の膨らみは残るが全体として略フラット(平坦)な形状を呈している。この場合も、窒化処理時間を長くすることにより、板厚方向における硬度分布をフラット化する効果が明確に認められる。
以上のように、供試材cの場合には、一定以上の処理時間で窒化処理した後の板厚方向における平均硬度は(供試材bの場合に比べて)高くなり、また、板厚方向における硬度分布は略フラットになることが分かった。
【0045】
供試材dの場合は、窒化処理時間を長くすることによって板厚方向における平均硬度としてはかなり高い値が得られるものの、長時間の窒化処理を行なっても鋼板の板厚方向における中央部分およびその近傍の硬度上昇が殆ど見られず、鋼板の表面部分と板厚方向における中央部分との硬度差が極めて大きく、板厚方向における硬度分布は全体として逆放物線状を呈している。これは、合金元素が多量に含まれており、表面近傍で窒化物を析出させる関係上、Nが鋼板内部にまで進入できず、窒化処理による硬度上昇効果が表面およびその近傍領域に限られることに因るものと考えられる。
以上のように、供試材dの場合には、一定以上の処理時間で窒化処理することにより、板厚方向における平均硬度は高くできるものの、板厚方向における略中央部分およびその近傍領域の硬度を高めることができず、鋼板の表面部分と板厚方向における中央部分との硬度差が極めて大きくなることが分かった。
【0046】
尚、以上の硬度測定において、板厚方向における平均硬度の算出は、例えば、板厚方向に所定のプロット幅(例えば、0.05mm幅)でビッカース硬さを測定して行き、これら全ての測定値を平均して算出した。この代わりに、以上のようにプロットして得られた各測定値ポイントを結んで硬度分布曲線を描き、この硬度分布曲線と座標軸(硬さゼロ(0:零)の基準線と板材の端部を示す一対の基準線)とで囲まれた領域の面積を算出し、この面積を板厚で割り算して得られた値を平均硬度としても良い。
【0047】
<試験2>
次に、窒化処理後における鋼板の引張強さと板厚方向における平均硬度との相関性を調べる試験を行った。この試験は、供試材の鋼種や化学組成あるいは窒化処理条件等を様々に変更して、窒化処理後の板厚方向における平均硬度が広範囲(略Hv80〜Hv330程度の範囲)に異なる多数のサンプルを製作し、これらサンプルの引張強さを測定して上記平均硬度との相関性を調べた。
試験結果は図6に示す通りであり、窒化処理後における鋼板の板厚方向における平均硬度(ビッカース硬さHv:測定荷重200g)と引張強さとの間には、非常に高い相関性があることが分かった。
【0048】
車体パネルや構造部材の形成に用いる鋼板自体を高強度化することによって車体の軽量化や製造コストの低減を図る場合、達成される鋼板強度に応じてその効果(特に経済的効果)に差が出るものである。そこで、プレス成形性確保の観点からは上限値である約440MPa以上に鋼板の引張強さを高めた場合に得られる経済的効果をシミュレーションにより試算した。この試算は、普通乗用車タイプの自動車の車体を対象として行なった。
【0049】
その結果、図5に示すように、特定の引張強さ値の近辺(本試算では、略1000MPa近辺)を境にして、得られる経済的効果に著しい差異が生じることが分かった。すなわち、鋼板の引張強さが1000MPa程度未満の場合には、引張強さの向上に応じて車体鋼板の板厚を薄く設定できることによる効果が得られるだけであるが、鋼板の引張強さが1000MPa程度以上になると、板厚を薄くできるだけでなく、補強部材を不要にすることが可能になり、当該補強部材の削減に伴なって、車体重量の削減や材料費の低減はもとより、当該部材のための金型費用や組付工数も不要となるので、得られる経済効果が著しく大きくなるのである。
そして、上記試験2の試験結果(図6)を参照すれば、このような大きな経済的効果を達成すべく、鋼板の引張強さを略1000MPa程度以上とするためには、板厚方向における平均硬度は略Hv300以上にすれば良いことが分かる。
【0050】
<試験3>
次に、窒化処理による硬化パターン、すなわち、窒化処理後の板厚方向における硬度分布の分布形状が(換言すれば、鋼板の表面部分と板厚方向における中央部分との硬度差が)鋼板の引張強さや伸び特性に及ぼす影響を調べる試験を行った。この試験は、板厚方向における平均硬度が同等(例えば、Hv280)で硬化パターンが異なる多数のサンプルを製作し、これらサンプルの引張強さおよび伸びを測定して上記硬度差との関係を調べた。
【0051】
試験結果は図7(引張強さ)及び図8(伸び特性)に示す通りであり、引張強さおよび伸び特性の両方について、鋼板の表面部分と板厚方向における中央部分との硬度差が大きくなるほど測定値が低下することが分かった。これは、鋼板の表面部が内部よりも硬いため、鋼板長手方向に引張荷重が作用した際には、基本的には表面は伸びにくくて内部のみが伸び易く、応力が表面部に集中して割れ発生を招き、亀裂が急速に伝播することによる強度低下を来すためであると考えられる。
また、鋼板の表面部分と板厚方向における中央部分との硬度差が大きくなることに起因するこのような引張強さの低下および伸び特性の低下は、特に、上記硬度差がHv200を越えるとより顕著になることが分かった。
【0052】
以上のように、板厚方向における平均硬度を一定以上に保っても、鋼板の表面部分と板厚方向における中央部分との硬度差がある程度以上大きい場合には、鋼板の引張強さについて平均硬度に対応した所期の値が得られるとは一概は言えないが、板厚方向の硬化パターンをできるだけフラットな形状にすることにより、具体的には、鋼板の表面部分と板厚方向における中央部分との硬度差を略Hv200以下に抑えることにより、引張強さおよび伸び特性の急激な低下を回避して、より安定した高強度化を図ることができる。
【0053】
前述のように、鋼板の高強度化によって大きな経済的効果を達成すべく、鋼板の引張強さを略1000MPa程度以上とするためには、板厚方向における平均硬度は略Hv300以上で、且つ、表面部分と中央部分との硬度差をHv200以下にすれば良い。
尚、このとき、窒化処理前の鋼板素材としては、窒化処理前に行なわれるプレス成形等の塑性加工での加工性を良好に保つ観点から、引張強さが500MPa以下のものが採用される。
【0054】
以上のように、鋼板素材の引張強さを500MPa以下とすることにより、窒化処理前におけるプレス加工等の塑性加工性を十分に確保できる。また、窒化処理後の鋼板部材の板厚方向における平均硬度をHv300以上とすることにより、当該鋼板部材の引張強さを1000MPa程度以上にすることができ、非常に大きい経済効果を得ることができる。例えば、自動車の車体用のパネル部材や構造部材に適用した場合には、板厚を薄くできるだけでなく補強部材を不要にでき、車体重量の削減や材料費の低減のみならず当該部材のための金型費用や組付工数も不要とすることができ、著しい経済効果を得ることができる。
【0055】
更に、板厚方向における平均硬さが同じでも、鋼板部材の表面部分(表面およびその近傍部分)と内部中央との硬度差が大きくなるほど引張強さや伸び特性が低下するのであるが、上記成形体の鋼板部材表面部分と板厚方向における内部中央との硬度差をHv200以下とすることにより、これら引張強さおよび伸び特性の急激な低下を回避して、より安定した高強度化を達成することができるのである。
【0056】
尚、以上の説明は、鋼板素材(板状の鋼製素材)についてのものであったが、板状のものに限らず、例えば所定肉厚のパイプ状の鋼製素材などについても、その鋼製素材の引張強さを500MPa以下とすることにより、また、窒化処理後の鋼製部材の板厚方向における平均硬度をHv300以上とすることにより、更には、窒化処理後の鋼製部材の表面部分と板厚方向における内部中央との硬度差をHv200以下とすることにより、それぞれ上述の板状鋼製素材の場合と同様の効果が得られるものである。
【0057】
次に、以上のような鋼製素材を用い以上のような窒化処理を施すことによって製造される鋼製部材(成形体)の種々の具体例について説明する。尚、以下の各具体例の説明においては、重複を避けるために繰り返して記載はしないが、特にことわらない限り、少なくとも窒化処理を行なう部材もしくは部分に用いられる鋼製素材は、上記表1に規定された範囲の鉄鋼基本5元素(C,Si,Mn,P,S)を含有し、また、上述のように、窒化元素として、チタニウム(Ti),ニオブ(Nb),ボロン(B),バナジウム(V),アルミニウム(Al)の少なくとも1種の元素を所定量(表1参照)含有し、更に、上述のように引張強さが500MPa以下とされたものである。また、窒化処理としては、上述のように、窒化処理後の鋼製部材の板厚方向における平均硬度がHv300以上で、更に、窒化処理後の鋼製部材の表面部分と板厚方向における内部中央との硬度差がHv200以下となるように、条件設定した上で処理が行なわれるものである。
【0058】
まず、鋼板部材でなる成形体およびその製造方法の一具体例について、自動車の車体ピラーの補強部材に適用した場合を例にとって説明する。
図9(a)及び(b)は、自動車の車体側部の略中央部において上下方向へ伸びるセンタピラーの内部に組み込まれる鋼板製の補強部材(センタピラー・レインフォースメント:以下、適宜、センタピラー・レインと略称する。)の窒化処理前の状態および窒化処理後の状態をそれぞれ模式的に示す正面説明図である。
【0059】
これらの図に示すように、センタピラー・レイン10(図9(b)参照)は、上下方向へ伸びる本体部11(レイン本体)と、該レイン本体11の上端部に設けられ車体の天井側部に位置するルーフレール(不図示)内に組み込まれる前後方向の上端基部12と、上記レイン本体11の下端部に設けられ車体のフロア側部に位置するサイドシル(不図示)内に組み込まれる前後方向の下端基部13とで構成され、これら各部11,12及び13が1枚物の窒化鋼板をプレス加工して一体形成されている。
【0060】
上記センタピラー・レイン10が主要な補強部材としてその内部に組み込まれるセンタピラー(不図示)は、周知のように、車両が側方からの衝突(所謂、側突)を受けた際には、その衝撃エネルギを分散させて乗員保護の役割を果たし得るものであるが、側突時における折り曲げ変形の変形モードを好適に制御することによって、乗員の安全性をより高めることができる。
すなわち、センタピラー・レイン10のレイン本体11は、車室内の乗員シート部(不図示)に対応する部分を境にして、それよりも上側領域に対応するベルトライン部分11Uと下側領域に対応するヒンジ部分11Lとで成っているが、側突時、センタピラーが折れ曲がる際には、車室内の乗員位置に対応するベルトライン部分11Uの車室内への進入が極力抑制されることが好ましい。換言すれば、このベルトライン部分11Uの下側に位置するヒンジ部分11Lが、ベルトライン部分11Uに比して優先的に変形することが好ましい。
【0061】
従って、上記ベルトライン部分11Uの直下側部分11Pを折れ曲がり易くして、側突荷重が入力された際には、このベルトライン直下側部分11Pで優先的に折れ曲がり、この直下側部分11Pを起点としてヒンジ部分11Lが優先的に変形するように、センタピラー・レイン10のレイン本体11が折れ曲がることが好ましい。このように折れ曲げ時の変形モードを設定することにより、上記ベルトライン部分11Uの車室側への進入を極力抑制して、乗員の安全性をより高めることができるのである。
【0062】
そこで、本具体例では、センタピラー・レイン10の窒化処理前の状態を示すセンタピラー・レイン成形体10’(図9(a)参照)に対して部分的に窒化処理を施し、高強度化を図りたいベルトライン部分11Uを含む高強度化領域10Hと、ベルトライン部分11Uに比して優先的に折れ曲がるように設定したいヒンジ部分11Lを含む非高強度化領域10Mとの境界を上記ベルトライン直下側部11Pとした。
【0063】
このように設定することにより、上記境界部分11Pでは、高強度化領域10Hと非高強度化領域10Mとの強度上の差が生じることになるので、センタピラー・レイン11はこの境界部分11Pで折れ曲がり易くなる。また、上記ベルトライン直下側部11Pより上方で高強度化領域10Hに対応するベルトライン部分11Uが、窒化処理によって高強度化されて変形しにくくなる一方、上記ベルトライン直下側部11Pより下方で非高強度化領域10Mに対応するヒンジ部分11Lは、高強度化されないので相対的に変形し易くなる(つまり、ベルトライン部分11Uに比して優先的に折れ曲がる)。
【0064】
このような部分窒化処理を行うには、窒化処理に先立って、上記非高強度化領域10Mをマスキング処理しておけば良い。このマスキング処理は、例えば、非高強度化領域10Mを適切な被覆材(例えばメッキ皮膜等の皮膜も含む)で覆うことによって行なうことができる。マスキング処理を行なった場合には、ガス窒化法および塩浴窒化法のいずれの方法でも適用することができる。
このように、窒化処理前に上記成形体10の特定部位10H以外の部分(非特定部位10M)にマスキング処理を施すことにより、確実かつ簡単に上記成形体10の特定部位10Hのみを窒化処理で高強度化することができる。
【0065】
上記のようなマスキング処理を行なわない場合には、塩浴窒化法を適用し、高強度化領域10Hのみを塩浴槽内に浸漬させ、非処理領域10Mは塩浴槽の外部に保持するようにすれば良い。
このように、上記成形体10の上記特定部位10Hのみを塩浴槽に浸漬させて窒化処理を施した場合には、別工程(マスキング工程)を設ける必要がなしに、確実に上記成形体10の特定部位10Hのみを窒化処理で高強度化することができる。
【0066】
以上のように、上記成形体(センタピラー・レイン10)の特定部位(高強度化領域10H)のみが窒化処理で高強度化され、該成形体10が折り曲げ変形する際には、上記特定部位10Hと非特定部位(非強度化領域10M)との境界部分11Pを起点にして変形するので、一体物の成形体10について、例えば節部材や部分的な補強部材等の別部材を設ける必要無しに、折り曲げ変形時の変形モードを好適に制御することができるのである。
【0067】
次に、鋼板部材でなる成形体の他の具体例について、自動車の車体フレームであるフロントフレームを例にとって説明する。
図10は、自動車の車体前部の左右側部において前後方向へ伸びるフロントフレームを模式的に示す斜視図である。この図に示すように、上記フロントフレーム20は、その断面形状がハット状(コ字形断面の両端末部に、外側へ張り出すフランジ状部分が一体化された形状)にプレス成形された対を成す2枚の鋼板部材20a,20bを、その断面の開口部が向かい合うように接合して形成されている。
【0068】
上記フロントフレーム20は、周知のように、車両が正面衝突した際には、その衝撃エネルギを吸収して乗員保護の役割を果たし得るものであるが、この場合には、フレーム20自体が座屈することにより、その座屈過程で衝突エネルギが吸収される。そして、このようにフレーム自体の座屈によってエネルギ吸収を行う場合には、フレーム20ができるだけ折り畳まれるように座屈変形することによって、より効果的なエネルギ吸収を行なうことができる。
【0069】
そこで、本具体例では、窒化鋼板を素材に用いてフロントフレーム成形体を形成した上で、図10に示すように、所定幅にそれぞれ設定された複数の高強度化領域20Hが、非高強度化領域20Mをそれぞれ間に挟んだ状態で、フレーム20の長手方向に並ぶように部分窒化処理を施した。
尚、このようにプレス成形した窒化鋼板でフロントフレーム成形体を形成した後に部分窒化処理を施す代わりに、窒化鋼板をプレス成形した後に各プレス成形体に部分窒化処理を施し、その後に両者を接合してフロントフレームを完成するようにしても良い。
【0070】
このような部分窒化処理を行なうことにより、フロントフレーム20は、高強度化された部分20H(高強度化領域)が強化されていない部分20M(非高強度化領域)を間に挟んで長手方向に配列されることとなり、強度差をもった領域が周期的に(所定幅で)繰り返して現れることにより、長手方向から衝突荷重が入力された際には、フレーム20が折り畳まれるように座屈変形し易くなり、効率良くエネルギ吸収量を高めることができるのである。
【0071】
このような部分窒化処理を行うには、窒化処理に先立って、上記非処理領域20Mをマスキング処理しておけば良い。このマスキング処理は、例えば、非処理領域20Mを適切な被覆材(例えばメッキ皮膜等の皮膜も含む)で覆うことによって行なうことができる。このようなマスキング処理を行なった場合には、ガス窒化法および塩浴窒化法のいずれの方法でも適用することができる。
【0072】
上記のように一つの成形体中に他の部分と強度差をもった部分を形成する方法としては、所謂、テイラード・ブランク法により形成された部材を用いる方法がある。
次に、鋼板部材でなる成形体の更に他の具体例について、図11(a)及び(b)を参照しながら説明する。本具体例に係るフロントフレーム30(図11(b)参照)は、図10に示したものと同様に、その断面形状がハット状にプレス成形された対を成す2枚の鋼板部材30a,30bを、その断面の開口部が向かい合うように接合して形成されている。
【0073】
このフロントフレーム30は、図11(a)に示すフロントフレーム成形体30’に所定の硬化熱処理(本具体例では、例えば窒化処理)を施して得られたもので、該フロントフレーム成形体30’は、窒化処理によって高強度化されない第1プレス成形部31’と、窒化処理によって高強度化し得る第2プレス成形部32’とで構成されている。
【0074】
すなわち、上記フロントフレーム成形体30’は、所謂、テイラード・ブランク法により形成されたもので、具体的には図示しなかったが、例えば窒化元素を含有せず窒化処理によって高強度化されない鋼板素材で成る第1ブランク材(鋼板素材)と、窒化元素を含有し窒化処理にて高強度化され得る第2ブランク材とを溶接接合して予備成形体を形成し、こうして得られた1枚物の板材(予備成形体)をプレス成形することにより、上述のように断面形状がハット状をなす鋼板部材30a’を作製する。また、これと組み合わされる鋼板部材30b’を同様の方法で作製し、両者を溶接接合することにより、上記第1プレス成形部31’と第2プレス成形部32’とを有する上記フロントフレーム成形体30’が得られる。
【0075】
尚、上記第1プレス成形部31’は、例えば、上述のように窒化元素を含有しない鋼板を素材(第1ブランク材)として形成されても良く、或いは、素材としては窒化元素を含有した窒化鋼板であっても、所定の何等かの仕様(例えば、板厚など)が第2ブランク材とは異なる鋼板を素材(第1ブランク材)として形成されても良い。一方、上記第2プレス成形部32’は、窒化鋼板を素材(第2ブランク材)として形成され、窒化処理で高強度化され得る成形体部分を成している。
【0076】
この場合には、窒化処理に先立って、上記第1プレス成形部31’をマスキング処理しておけば良い。このマスキング処理は、例えば第1プレス成形部31’を適切な被覆材(例えばメッキ皮膜等の皮膜も含む)で覆うことによって行なうことができる。マスキング処理を行なった場合には、ガス窒化法および塩浴窒化法のいずれの方法でも適用することができる。上記のようなマスキング処理を行わない場合には、塩浴窒化法を適用し、高強度化すべき第2プレス成形部32’のみを塩浴槽内に浸漬させ、高強度化しない第1プレス成形部31’は塩浴槽の外部に保持するようにすれば良い。
【0077】
上記第1プレス成形部31’にマスキング処理を行なう場合、メッキ処理を施してマスキングすることが好ましい。自動車の車体下部で使用される部材の場合、耐食性について厳しい条件が求められるが、窒化処理のみでは耐食性が十分でないので、第1プレス成形部31’をメッキ皮膜で覆うことにより、耐食性の向上を図ることができるからである。
【0078】
以上のように、第1プレス成形部31’と第2プレス成形部32’とで成るフロントフレーム成形体30’を窒化処理することにより、高強度化されていない領域(非高強度化領域)31と窒化処理で高強度化された領域(高強度化領域)32とで成るフロントフレーム30が得られるのである。
かかるフロントフレーム30では、非高強度化領域31と高強度化領域32との境界で強度が大きく異なるので、この境界部分を起点として折れ曲がり易く、また、高強度化されていない非高強度化領域31で折り畳むような座屈が生じて、衝突エネルギを効率良く吸収することが可能になる。
【0079】
上記のようにテーラードブランク法で形成された部材を用いて一つの部材中に他の部分と強度差をもった部分を形成する場合、一般に、機械的特性が異なる鋼板素材(ブランク材)どうしが接合されてプレス加工されるので、両ブランク材のプレス成形性(換言すれば、素材の伸び特性)に差が生じることに起因して、その接合部に亀裂・破断等の不具合が発生する場合がある。
そこで、本具体例では、伸び特性が略同等な鋼板素材をブランク材として用意し、これらをテイラード・ブランク法によって一体的な成形体とし、この成形体に窒化処理を施して、一つの部材中に他の部分と強度差をもった部分を有する部材を得るようにした。
【0080】
本具体例で用いた各ブランク材の鋼種および化学組成等の仕様は、表3に示す通りとした。ブランク材1では、窒化元素の1種であるチタン(Ti)の含有量については0.05重量%以下としか規定されておらず、窒化処理を施しても余り安定した高強度化は期待できない。一方、ブランク材2の場合には、Tiの含有量について0.05重量%以上と規定されており、窒化処理による十分に安定した高強度化が期待できるものである。
【0081】
【表3】
Figure 0004654490
【0082】
また、上記各ブランク材1及び2の素材状態における(つまり、窒化処理前における)機械的特性(引張強さおよび伸び特性)は、表4の左欄に示す通りであった。両者の窒化処理前における伸び特性を比較すると、50%と55%であり差が5%しかなく、略同等の伸び特性であると言える。
【0083】
【表4】
Figure 0004654490
【0084】
以上のような両ブランク材を用い、テイラード・ブランク法を適用して、例えば図11に示したフロントフレーム30と同じく、一つの部材中に他の部分と強度差をもった部分を有する部材を製作した。
すなわち、まず、上記ブランク材1を素材とする第1ブランク材と、上記ブランク材2を素材とする第2ブランク材とを、例えばレーザ溶接にて接合し、こうして得られた1枚物の板材(予備成形体)を例えばプレス成形して所定形状の成形体を得た。このとき、両ブランク材の接合部に亀裂・破断等の不具合が生じることはなかった。
【0085】
そして、この成形体に例えばガス軟窒化処理を施した。具体的には、処理温度570℃に維持されたNH3ガスとRXガス(吸熱性)との混合ガス(NH3:RX=1:1)雰囲気中で6時間保持する軟窒化処理を行なった。尚、この熱処理においても、上記第1及び第2の両ブランク材の接合部に亀裂・破断等の不具合が生じることはなかった。
【0086】
これにより、窒化処理で高強度化されない第1ブランク材で成る領域(第1ブランク材領域)と、窒化処理で高強度化され得る第2ブランク材で成る領域(第2ブランク材領域)とで構成された最終部材が得られた。この最終部材の第1ブランク材領域(ブランク材1)及び第2ブランク材領域(ブランク材2)の窒化処理後における機械的特性は表4の右欄に示した通りであった。
また、ブランク材1及びブランク材2について、窒化処理前および処理後での伸びに対する引張強さの関係を図12のグラフに示した。この図12のグラフにおいて、実線曲線K’及びKが第2ブランク材の窒化処理前および処理後の特性を示し、破線曲線J’及びJが第1ブランク材の窒化処理前および処理後の特性を示している。
【0087】
この図12及び上記表4から良く分かるように、ブランク材2(第2ブランク材領域)は、ブランク材1(第1ブランク材領域)に比べて、窒化処理による引張強さの上昇幅が非常に大きくなっており、一つの部材中に他の部分と十分な強度差をもった部分を有する成形体が得られた。
また、上記第2ブランク領域の引張強さは窒化処理によって651MPaまで上昇している。この値は、従来ではテイラード・ブランク法を適用することが到底できなかった引張強度値である。すなわち、本発明方法により、従来ではテイラード・ブランク法を適用することが到底できなかった高強度の鋼板部材で成る成形体を同法によって得ることができた。
【0088】
以上のように、所定の仕様について互いに異なる特性を有する板状部材(第1ブランク材と第2ブランク材)どうしを接合し形成した予備成形体にプレス加工を施した後に、このプレス加工で得られた成形体の特定部位を熱処理(窒化処理)で硬化させるようにしたので、熱処理前におけるプレス加工性を十分良好に確保できる。そして、プレス加工後に行う熱処理によって、成形体の特定部位に所期の強度を付与することができる。
すなわち、テイラード・ブランク法を適用して、板状素材の歩留まりの向上を図るとともに、一つの部材中に他の部分に比して強度が十分に高い部分を有する成形体が確実に得ることができる。
【0089】
この場合において、特に、上記第1ブランク材と第2ブランク材のプレス加工前における伸び特性の差が所定範囲内に設定されているので、両者を接合した後に行なわれるプレス加工において、亀裂や割れ等の不具合が生じることを抑制することができるのである。
【0090】
次に、上述のようなテイラード・ブランク法を自動車の車体に適用する場合について説明する。
図13は自動車の車体の主として車室部分の側部(キャブサイド)を構成するパネル組立体(キャビサイド・アッセンブリ)の構造を示す分解斜視図である。この具体例は、キャブサイド・インナパネル50(車室側部の内側パネル),キャブサイド・レインフォースメント60(車室側部の補強部材),リヤピラー・インナパネル70(車室側部後側の内側パネル)及びキャブサイド・アウタパネル80(車体側部の外側パネル)の各々について、上述のようなテイラード・ブランク法を適用し、それぞれ最終的に一体化するものである。
【0091】
例えば、キャブサイド・インナパネル50の場合にはL1〜L4の各分割ラインで、キャブサイド・レインフォースメント60の場合にはL11〜L16の各分割ラインで、リヤピラー・インナパネル70の場合にはL21の分割ラインで、キャブサイド・アウタパネル80の場合にはL31〜L34の各分割ラインで、それぞれ分割されている。
【0092】
そして、これら分割ラインで区切られた各領域毎に、備えるべき特性(例えば、強度,剛性,耐食性などの特性)並びに車体の軽量化および製造コストの低減効果を考慮し、鋼板素材の材質,板厚,熱処理,表面処理等がそれぞれ最適化して設定される。
例えば、リヤピラー・インナパネル70の場合には、板厚は一定であるが、L21の分割ラインより上側部分は表面処理を特に施さないが、下側部分については耐食性向上のためにメッキ処理を施した鋼板が用いられる。また、キャブサイド・アウタパネル80の場合には、L31〜L34の各分割ラインで囲まれた斜線ハッチングを施した領域については、テイラード・ブランク法を用いて、他の部分よりも板厚が厚く設定されることが好ましい。
【0093】
尚、鋼板自体の高強度化による(つまり、鋼板素材の薄肉化による)車体の軽量化を検討する場合には、前述のように、車体構造上、強度だけでなく剛性の確保が重視される(換言すれば、車体全体の剛性に対する寄与度が高い)車体部分や構造部材については、鋼板自体を高強度化してその強度を確保したとしても、板厚を薄くすることは剛性確保上不利になるので、一般的には薄肉化による軽量化の対象とすることは好ましくなく、車体全体の剛性に対する寄与度が比較的低くて、且つ、一定以上の強度保持が求められる車体部分や構造部材について、その適用が検討されることが望ましい。
【0094】
図14は、自動車のキャビサイド・アッセンブリにテイラード・ブランク法を適用した他の例を示す分解斜視図である。この具体例では、キャブサイド・レインフォースメント60,リヤピラー・インナパネル70及びキャブサイド・アウタパネル80については、図13で示した例と同じであるが、キャブサイド・インナパネル50’については、分割ラインL1’〜L5’の5つの分割ラインで分割されており、分割の仕方が図13で示した例とは異なっている。
【0095】
以上のように、自動車の車体の製造にテイラード・ブランク法を適用することにより、各領域毎(つまり、各ブランク材毎に)に、備えるべき特性(例えば、強度,剛性,耐食性などの特性)並びに車体の軽量化および製造コストの低減効果を考慮して、鋼板素材の材質,板厚,熱処理特性,表面処理等の仕様をそれぞれ最適化して設定することができるのである。
【0096】
次に、鋼板部材でなる成形体をその内部に配設した発泡体で補強するようにした具体例について説明する。
図15は、本具体例に係る成形体としての自動車用の車体フレーム部材の断面構造を示している。上記フレームを構成するパネル材としては、日本鉄鋼連盟規格(JFS)に規定されたJSH270C鋼板(表2:供試材a参照)で前述の窒化元素の少なくとも1種の元素を所定量含有したものを用いた。また、その板厚は約1mm程度のものとした。
【0097】
この鋼板を用いて、図15に示すように、片側が開口した断面コ字状にプレス成形されたパネル材Po(アウタパネル)と平板状のパネル材Pi(インナパネル)とを片ハット状に組み合わせ、その重合部分Lfについて60mmピッチでスポット溶接を行って最終的に組み立てた。
尚、図15において仮想線で示すように、フレーム断面内にレインフォースメントRfを配設したものの場合、このレインフォースメントRfの材料はフレームFRのパネル材Pi,Poの材料と同じものを用いた。この場合、レインフォースメントRfの両端フランジ部分(不図示)は、両パネル材Pi,Poのフランジ(重合部分Lf)に挟み込んだ上で、三枚重ねにしてスポット溶接で組み立てられる。
【0098】
上記フレームFRの閉断面内に充填される発泡材料としては、以下のようなものが好ましい。また、これら発泡材料の密度をそれぞれ調べた。尚、この発泡材料の密度は、いずれの材料についても、室温(約20℃)における値を調べた。
・発泡ウレタン樹脂(硬度[8kg/cm2]):密度0.09[g/cm3
・エポキシ樹脂A:密度0.50[g/cm3
・エポキシ樹脂B:密度0.50[g/cm3
【0099】
尚、上記鋼板製のレインフォースメントRfで補強する場合を想定すると、図15に示すようにフレーム断面内に配設されたレインフォースメントRfの重量と、当該レインフォースメントRfの配設部分に対応するフレームFRの容積から、フレーム内換算密度を算出することができ、本具体例の場合には、このレインフォースメントRfのフレーム内換算密度は、0.61[g/cm3]であった。
従って、フレーム部材FRの軽量化の観点から、その内部に充填される発泡材料の密度としては、0.60[g/cm3]以下であることが好ましい。
【0100】
本具体例では、上記のフレームFRを作製するに際し、少なくとも未発泡状態の発泡材料がセットされるパネル材(例えば、平板状のインナパネル材Pi)に予め窒化処理が施されている。
この窒化処理により、インナパネルPiの表面およびその近傍にはポーラス状の表面を有する窒化物が生成されるので、発泡材料がセットされる領域の表面状態は微視的にポーラス状である。
【0101】
そして、この表面およびその近傍がポーラス状のインナパネルPi上に、図16に示すように、未発泡状態の発泡材料Se’(例えば、エポキシ樹脂)をセットした後、フレーム体FRを150〜200℃の温度範囲に加熱する。これにより、図17に示すように、エポキシ樹脂Seが発泡・膨張し、フレーム体FRの閉断面全体を隙間無く満たした後に硬化する。このとき、エポキシ樹脂は、それ自体の接着力でパネル内面に接着する。尚、この発泡工程での加熱は、フレームFRを塗装した後に乾燥させる際、その乾燥工程での熱を利用して行うことができる。
【0102】
このように、熱処理されて表面およびその近傍がポーラスになった所定領域(インナパネルPi)に対して発泡材料が発泡硬化させられることにより、熱処理されていない鋼板に対する場合に比して、大幅に高い接着力を得ることができる。すなわち、発泡体を充填して成形体を補強するに際して、比較的簡単な構成で成形体に対し発泡体を固着させ、しかも、発泡体の充填による高い補強効果を得ることができる。
【0103】
フレーム断面内に充填材を充填する際に、フレームを構成するパネル材の少なくとも一部分と充填材との間の接着力を高めることにより、フレームが耐え得る最大曲げモーメントおよびエネルギ吸収性を大幅に高めることができる。
図18は、フレームの静的片持ち曲げ試験を行う試験装置を模式的に表した説明図である。図17に示される断面形状を備えた所定長さのフレームFRの断面内に充填材Sを充填した上で、このフレームFRの一端を支持板Meに固定し、この支持板Meを装置基盤Mfに固定する。そして、万能試験機により、フレームFRの他端近傍に圧子Mdを介して静的荷重Wmを加え、変位および曲げ角度と荷重との関係を測定し、最大曲げモーメント及び静的エネルギ吸収量を求めた。
【0104】
図19は、種々の充填材を充填したフレームの曲げ角度と曲げモーメントとの関係を示すグラフである。このグラフにおいて、a〜eの各曲線はそれぞれ以下の充填材を適用したフレームの特性を示している。
・曲線a:充填材なし(鋼板フレームのみ)
・曲線b:エポキシ樹脂A
・曲線c:エポキシ樹脂B
・曲線d:エポキシ樹脂BでフレームFRのパネル材Po又はPiとの間に 接着剤(剪断強度7.3MPaの車体シーラ)を適用
・曲線e:木材(松)
【0105】
この図19のグラフから分かるように、いずれの曲線についても、曲げ角度がある程度に達するまでは、曲げモーメント値は曲げ角度の増加に伴って立ち上がるように大きく上昇する。そして、曲線a〜c及び曲線eについては、それぞれある曲げ角度でピーク(極大点)を迎え、その後は曲げ角度が増すにつれて曲げモーメントは低下する。曲線a(充填材なしで鋼板フレームのみ)の場合、この低下度合いが特に大きい。
【0106】
これに対して、曲線d(エポキシ樹脂B+接着剤)の場合には、曲げモーメントが大きく上昇した後でも、曲げ角度の増加に対して曲げモーメントの落ち込みは見られず、高い曲げモーメント値を維持している。また、最大曲げモーメント値も5つの曲線のうちで最も大きい。同じ充填材(エポキシ樹脂B)を用いた曲線cと比較して、曲げ角度の増加に対する傾向および最大曲げモーメントの大きさの両方について、明確な差がある。
すなわち、同じ充填材を用いても、この充填材をフレームのパネル材に対して接着剤で固定することにより、フレームの曲げモーメント特性が大きく向上することが分かる。
【0107】
また、図20は、図19と同様の種々の充填材を充填したフレームの最大曲げモーメント[Nm]及びエネルギ吸収量[J]を示す棒グラフである。このグラフにおいて、A〜Eの各欄はそれぞれ以下の充填材を適用したフレームの特性を示している。また、各欄において、左側の数値(白抜きの棒グラフ)がフレームの最大曲げモーメント[Nm]を示し、右側の数値(斜線ハッチングの棒グラフ)はフレームのエネルギ吸収量[J]を示している。
・A欄:充填材なし(鋼板フレームのみ)
・B欄:エポキシ樹脂A
・C欄:エポキシ樹脂B
・D欄:エポキシ樹脂B+接着剤
(充填材がエポキシ樹脂BでフレームFRのパネル材Po又はPiと の間に接着剤(剪断強度7.2MPaの車体シーラ)を適用したもの)
・E欄:木材(松)
【0108】
この図20のグラフから良く分かるように、フレームのエネルギ吸収量は、エポキシ樹脂B+接着剤(D欄)を適用したものが最も大きく、同じ充填材(エポキシ樹脂B)を用いたC欄のエネルギ吸収量と比べて明確な差がある。
すなわち、同じ充填材を用いても、この充填材をフレームのパネル材に対して接着剤で固定することにより、フレームのエネルギ吸収特性が大きく向上することが分かる。
【0109】
図21は、接着剤層の剪断接着強さと最大曲げモーメントとの関係を示すグラフである。
この図21のグラフから良く分かるように、接着剤層の剪断接着強さが大きくなるにつれて最大曲げモーメントも増加するが、剪断接着強さが3MPa以上になると、最大曲げモーメントの増加度合い(グラフにおける曲線の勾配)は、それまでに比べて緩やかになる。つまり、接着剤層の剪断接着強さが3MPa以上であれば、フレームが負担できる最大曲げモーメントを非常に効果的に増加させ、十分な曲げモーメント値を達成して高いエネルギ吸収能力を得ることが可能である。従って、接着剤層の剪断接着強さとしては、3MPa以上であれば良い。
また、剪断接着強さが更に大きくなり、7MPa以上になると最大曲げモーメントの増加度合いは飽和する。換言すれば、剪断接着強さが7MPa以上であれば、ほぼ最大値に近い曲げモーメント値を得ることができる。従って、接着剤層の剪断接着強さが7MPa以上であることが更に好ましい。
【0110】
尚、本具体例におけるエポキシ樹脂のように、充填材自体が接着性を有している場合には、別途に接着剤を用いることなく、その接着性を利用して、そのままフレームのパネル材に接着固定させることができる。この場合においても、剪断接着強さが3MPa以上であることが好ましく、7MPa以上であることが更に好ましい。
【0111】
図22は、フレームFRの発泡材料がセットされるインナパネルPiに熱処理としての窒化処理を施した具体例(本案実施例)と該処理を行なわなかった比較例のせん断接着強さを示すグラフである。尚、上記インナパネルPiの鋼板素材は、共に上述のJSH270C鋼板とした。また、このせん断接着強さの測定は、JIS K 6850「接着剤の引張せん断接着強さ試験方法」に規定された試験方法に準拠して行なった。
このグラフから良く分かるように、発泡材料がセットされる板材に窒化処理を施すことにより、発泡体と板材との接着部分におけるせん断接着強さが大幅に高められることが確認された。
【0112】
以上のように、所定の熱処理元素(窒化元素)を含有する板状部材に塑性加工を施して所定形状の成形体(車体用フレーム部材)を形成した後、該成形体の少なくとも所定領域にに所定の熱処理(窒化処理)を施すようにしたので、この所定領域について、その表面および表面近傍に多孔性を有する(所謂、ポーラスな)金属間化合物が生成される。そして、この所定領域に発泡材料をセットした後、成形体を加熱して発泡材料を発泡させるようにしたので、表面およびその近傍がポーラスな所定領域に対して発泡体が発泡硬化させられることにより、熱処理されていない鋼板に対する場合に比して、大幅に高い接着力を得ることができる。すなわち、発泡体を充填して成形体を補強するに際して、比較的簡単な構成で成形体に対し発泡体を固着させ、しかも、発泡体の充填による高い補強効果を得ることができるのである。
【0113】
特に、自動車の車体の一部を構成する閉断面状のフレーム体について、比較的簡単な構成で、当該車体のフレーム体の強度・剛性および衝撃荷重を受けた際のエネルギ吸収性の向上を図ることができる。
また、上記発泡材料の密度を0.6[g/cm3]以下としたので、鋼板を用いて補強する場合に比べて、軽量で且つ高いエネルギ吸収能力を得ることができる。また、上記発泡材料をエポキシ樹脂としたことにより、該樹脂の発泡性を利用して、成形体内部への充填作業を容易かつ確実に行うことができる。
【0114】
尚、本具体例では、フレームを構成するパネル材として、日本鉄鋼連盟規格(JFS)に規定されたJSH270C鋼板を母材としこれに前述の窒化元素の少なくとも1種の元素が所定量含有されたものを用い、これに窒化処理を施すことにより、少なくともその所定領域の表面および表面近傍を多孔性(所謂、ポーラス状)とし、この所定領域に発泡材料をセットして発泡させることにより、非常に高い接着力を発現させて発泡体の充填による補強効果をより高めるようにしていたが、上記フレームを構成するパネル材として、上記JSH270C鋼板の代わりに、JSC260G鋼板(表2:供試材c参照)を用いることにより、上述の発泡体とパネル材との接着力向上による補強効果に加えて、前述したように、パネル材(鋼板)自体が窒化処理によって(JSH270C鋼板に比して)より効果的に高強度化されるので、上記フレームのより一層の強度向上を図ることができる。
【0115】
次に、流体の加圧力を利用して金属部材を成形する、所謂、ハイドロフォーム法による金属成形体の具体例について説明する。
図23(a)〜図23(d)は、上記ハイドロフォーム法を適用して、例えば、自動車の車体懸下装置の一部をなす所謂ぺリメータフレームを製造する場合における一連の工程を概略的に示す説明図である。
まず、図23(a)に示すように、閉断面状の金属素材として、真直した所定肉厚の鋼製パイプ状部材F1を用意する。このパイプ状部材F1は、窒化鋼で形成されている。尚、このパイプ状部材F1は、所定肉厚の平板状鋼板を巻いて溶接によって形成することもできる。
次いで、図23(b)に示すように、このパイプ状部材F1をプレス加工し、成形体(ぺリメータフレーム)の最終形状(図23(c)及び23(d)参照)に比較的近似した予備成形体F2を形成した。
【0116】
この予備成形体F2をハイドロフォーム用の所定の成形型(不図示)内にセットした上で、予備成形体F2の閉断面内に所定の流体(例えば、油圧用オイル)を供給し、加圧装置(不図示)によって流体を所定圧力に加圧することにより、その内圧によって上記予備成形体F2が塑性変形し、成形型の型面形状に沿った形状の金属成形体F3が得られる(図23(c)参照)。つまり、予備成形体F2がハイドロフォーム加工されて金属成形体F3が得られるのである。
【0117】
そして、この金属成形体F3の所定部位を窒化処理によって硬化することにより、特定部位(図23(d)における斜線ハッチング部分参照)が窒化処理によって高強度化されたぺリメータフレームF4が得られる。
このように、上記金属成形体(ぺリメータフレームF4)の特定部位のみが熱処理にて硬化されるので、一体物の金属成形体F4について所望の部分のみを確実に硬化・高強度化させることができるのである。
【0118】
上述のように、特定部位のみを窒化処理によって高強度化する方法としては、種々の方法が考えられる。
上記具体例では、図24(a)及び24(b)に示すように、塩浴窒化法において、ハイドロフォーム法で形成した成形体F3の高強度化すべき特定領域Fs(高強度化領域)のみを塩浴槽S内に浸漬させ、この部分のみを窒化処理するようにした。
このように、上記ハイドロフォーム法で形成した成形体F3の特定部位Fsのみを塩浴槽Sに浸漬させて熱処理を施すようにしたので、別工程を設ける必要がなしに、確実に金属成形体F4の特定部位Fsのみを熱処理で硬化・高強度化させることができる。
【0119】
この代わりに、例えば図25(a)〜25(c)に示すように、窒化処理を施すに先立って、ハイドロフォーム法で形成した成形体F3にマスキング処理を行ない、つまり、高強度化しない領域(非高強度化領域)を適切なマスキング材(例えばメッキ皮膜等の皮膜も含む)で覆い(図(b)におけるクロスハッチング部分参照)、その後に、ハイドロフォーム法で形成した成形体F3全体を塩浴槽S内に浸漬させて、マスキング材で覆われていない高強度化すべき領域Fs(高強度化領域)のみが窒化処理で高強度化されるるようにしても良い。
このように、熱処理前にハイドロフォーム法で形成した成形体F3の特定部位Fs以外の部分にマスキング処理を施すようにしたので、確実かつ簡単に金属成形体F4の特定部位Fsのみを熱処理で硬化・高強度化させることができる。
【0120】
以上のように、本具体例によれば、金属成形体F4の最終形状に比較的近似した閉断面状の予備成形体F2を所定の成形型内に配設し、この予備成形体F2の閉断面空間内に加圧流体を供給することにより、上記成形型の型形状に沿った金属成形体F3を形成した後に該金属成形体を熱処理にて硬化するようにしたので、熱処理前の成形時には塑性加工性を十分良好に確保できる。そして、塑性加工後に行う熱処理によって、成形体F4の特定部位Fsに所期の強度を付与することができる。
すなわち、所謂ハイドロフォーム法を適用して金属成形体を得るに際して、強度が十分に高い金属成形体F4を確実に得ることができるのである。
また、この場合において、上記金属成形体(ぺリメータフレームF4)の特定部位のみが熱処理にて硬化されるので、一体物の金属成形体F4について所望の部分のみを確実に硬化・高強度化させることができるのである。
【0121】
尚、本発明は、以上の実施態様や具体例に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において、種々の変更あるいは設計上の改良等が可能であることは言うまでもない。
【0122】
【発明の効果】
本願の第1の発明に係る板状部材でなる成形体の製造方法によれば、所定の仕様について互いに異なる特性を有する板状部材どうしを接合し形成した予備成形体に塑性加工を施した後に、この塑性加工で得られた成形体の特定部位を窒化処理で硬化させるようにしたので、窒化処理前における塑性加工性を十分良好に確保できる。そして、塑性加工後に行う窒化処理によって、成形体の特定部位に所期の強度を付与することができる。すなわち、テイラード・ブランク法を適用して、板状素材の歩留まりの向上を図るとともに、一つの部材中に他の部分に比して強度が十分に高い部分を有する成形体確実に得ることができる。
特に、上記第1および第2の板状部材の少なくともいずれか一方は、窒化元素として、チタニウム(Ti),ニオブ(Nb),ボロン(B),バナジウム(V),アルミニウム(Al)の少なくとも1種の元素を所定量含有しているので、当該板状部材について窒化処理による熱処理効果を確実に得ることができる。
また、特に、窒化処理が施される上記成形体の特定部分は、窒化処理後の鋼板部材の板厚方向における平均硬度がHv300以上であるので、当該鋼板部材の引張強さを1000MPa程度以上にすることができ、非常に大きい経済効果を得ることができる。例えば、自動車の車体用のパネル部材や構造部材に適用した場合には、板厚を薄くできるだけでなく補強部材を不要にでき、車体重量の削減や材料費の低減のみならず当該部材のための金型費用や組付工数も不要とすることができ、著しい経済効果を得ることができる。また、板厚方向における平均硬さが同じでも、鋼板部材の表面部分(表面およびその近傍部分)と内部中央との硬度差が大きくなるほど引張強さや伸び特性が低下するが、上記成形体の鋼板部材表面部分と板厚方向における内部中央との硬度差をHv200以下としたことにより、これら引張強さおよび伸び特性の急激な低下を回避して、より安定した高強度化を達成することができる。
【0126】
また、本願の第の発明によれば、基本的には、上記第1の明と同様の効果を奏することができる。特に、上記窒化処理前に上記成形体の上記特定部位以外の部分にマスキング処理を施すようにしたので、確実かつ簡単に上記成形体の特定部位のみを窒化処理で高強度化することができる。
【0127】
また、更に、本願の第の発明によれば、基本的には、上記第1の明と同様の効果を奏することができる。特に、上記成形体の上記特定部位のみを塩浴槽に浸漬させて窒化処理を施すようにしたので、別工程を設ける必要なしに、確実に上記成形体の特定部位のみを窒化処理で高強度化することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】 鋼板素材の合金成分が窒化処理後の板厚方向における硬度分布および平均硬度に及ぼす影響を調べた試験の供試材aについての試験結果を示すグラフである。
【図2】 上記試験の供試材bについての試験結果を示すグラフである。
【図3】 上記試験の供試材cについての試験結果を示すグラフである。
【図4】 上記試験の供試材dについての試験結果を示すグラフである。
【図5】 鋼板の引張強さと自動車の車体の軽量化・コスト低減効果との関係を概略的に示すグラフである。
【図6】 鋼板の板厚方向における平均硬度と引張強さとの相関性を示すグラフである。
【図7】 鋼板の板厚方向における硬度差と引張強さとの関係を示すグラフである。
【図8】 鋼板の板厚方向における硬度差と伸び特性との関係を示すグラフである。
【図9】 成形体の具体例としてのセンタピラー・レインフォースメントを模式的に示す正面説明図である。
【図10】 成形体の他の具体例としてのフロントフレームを模式的に示す斜視図である。
【図11】 成形体の更に他の具体例としてのフロントフレームを模式的に示す斜視図である。
【図12】 上記更に他の具体例に係るフロントフレームに用いた各ブランク材の窒化処理前および処理後における伸びに対する引張強さの関係を示すグラフである。
【図13】 自動車のキャビサイド・アッセンブリにテイラード・ブランク法を適用した例を示す分解斜視図である。
【図14】 自動車のキャビサイド・アッセンブリにテイラード・ブランク法を適用した他の例を示す分解斜視図である。
【図15】 発泡体で補強される車体フレームの発泡材料セット前の断面構造を示す説明図である。
【図16】 上記発泡体で補強される車体フレームの発泡材料セット状態での断面構造を示す説明図である。
【図17】 上記発泡体で補強される車体フレームの発泡材料が発泡した後の断面構造を示す説明図である。
【図18】 車体フレームの静的片持ち曲げ試験を行う試験装置を模式的に表した説明図である。
【図19】 上記片持ち曲げ試験における各種充填材入りフレームの曲げ角度と曲げモーメントの関係を示すグラフである。
【図20】 上記片持ち曲げ試験における各種充填材入りフレームの最大曲げモーメントとエネルギ吸収量を示すグラフである。
【図21】 接着剤層の剪断接着強さと最大曲げモーメントとの関係を示すグラフである。
【図22】 フレームの所定領域に熱処理を施した具体例と熱処理を行なわなかった比較例のせん断接着強さを示すグラフである。
【図23】 ハイドロフォーム法による金属成形体の製造方法を説明するための一連の工程説明図である。
【図24】 ハイドロフォーム法による金属成形体の製造方法における部分窒化処理を説明するための一連の工程説明図である。
【図25】 上記製造方法における部分窒化処理の他の例を説明するための一連の工程説明図である。
【符号の説明】
10…センタピラー・レインフォースメント
10H,20H,32…高強度化領域
10M,20M,31…非高強度化領域
20,30…フロントフレーム
F1…パイプ状部材
F2…予備成形体(ハイドロフォーム前)
F3…成形体(ハイドロフォーム後)
F4…ぺリメータフレーム(金属成形体:窒化処理後)
FR…フレーム体
Pi…インナパネル
S…塩浴槽
Se…発泡体(発泡硬化後)
Se’…発泡材料(発泡硬化前)

Claims (3)

  1. 所定の仕様について互いに異なる特性を有する第1及び第2の板状部材であって、その少なくともいずれか一方は、窒化元素として、チタニウム(Ti),ニオブ(Nb),ボロン(B),バナジウム(V),アルミニウム(Al)の少なくとも1種の元素を所定量含有している、第1板状部材と第2板状部材とを接合して予備成形体を形成する工程と、
    上記予備成形体に塑性加工を施して所定形状の成形体を形成する工程と、
    記成形体の特定部位を、板厚方向における平均硬度がビッカース硬さでHv300以上で、且つ、表面部分と板厚方向における内部中央との硬度差がビッカース硬さでHv200以下となるように、窒化処理することによって硬化させる工程と、
    を備えたことを特徴とする板状部材でなる成形体の製造方法。
  2. 上記窒化処理前に、上記成形体の上記特定部位以外の部分にマスキング処理を施すことを特徴とする請求項1に記載の板状部材でなる成形体の製造方法。
  3. 上記成形体の上記特定部位のみを塩浴槽に浸漬させて窒化処理を施すことを特徴とする請求項1に記載の板状部材でなる成形体の製造方法
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