JP4617327B2 - 二硫化モリブデン複合めっき液の調製方法、二硫化モリブデン複合めっき方法およびニッケル−二硫化モリブデン複合めっき皮膜 - Google Patents

二硫化モリブデン複合めっき液の調製方法、二硫化モリブデン複合めっき方法およびニッケル−二硫化モリブデン複合めっき皮膜 Download PDF

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本発明は、めっき金属と二硫化モリブデンとの複合めっきに関し、詳しくは、二硫化モリブデン微粉末を均一に分散させためっき液を得ることができる二硫化モリブデン複合めっき液の調製方法、および二硫化モリブデン微粒子が均一に分布しためっき皮膜を得ることができる二硫化モリブデン複合めっき方法に関する。さらに本発明は、ニッケルマトリックス中に二硫化モリブデン微粒子を均一に分散させたニッケル−二硫化モリブデン複合めっき皮膜に関し、その目的とするところは、自己潤滑性を有するめっき皮膜を得ることである。
従来より、疎水性物質の二硫化モリブデンの微粉末を例えばニッケルめっき液に分散させて電解することにより、被めっき素材の表面に析出しためっき金属のニッケルマトリックス中に二硫化モリブデン微粒子を共析させた複合めっきが知られている。
この複合めっきにおいて、ニッケルマトリックス中に疎水性微粒子(二硫化モリブデン微粒子)が均一に分布しためっき皮膜を得るには、一部が凝集によって塊になっている疎水性微粉末をめっき液に如何に均一に分散させるかが課題になる。従来は、二硫化モリブデン微粒末を少量のめっき液と強く攪拌して予備混合することで、めっき液への疎水性微粉末(二硫化モリブデン微粉末)の均一な分散を図っていた(例えば、非特許文献1を参照)。
しかしながら、この方法では二硫化モリブデン微粉末は十分に解されず、めっき液中で粒子が凝集した塊として存在する結果、この二硫化モリブデン微粒子の塊が被めっき素材のアルミニウム合金板に付着したニッケル中に析出して、図14に示すように、アルミニウム合金の母材組織(被めっき素材)07の表面上に得られる複合めっき皮膜06は、多孔質で二硫化モリブデン微粒子の分布が不均一で厚さも不均一になり(図14(a))、皮膜に突起物10を含むことがあった(図14(b))。
Co-Deposited Nickel-Molybdenum Disulfide. CHARLESE.E.VEST;D. FURANK BAZZARRE. METALFINISHING. Nov. 1967, 52-58.
したがって、本発明の第一の課題は、二硫化モリブデン微粉末をバラバラな粒子に解して均一に分散しためっき液を得ることができる二硫化モリブデン複合めっき液の調製方法、および二硫化モリブデン微粒子が均一に分布しためっき皮膜を得ることができる二硫化モリブデン複合めっき方法を提供することである。
また本発明者等は、ニッケル中に二硫化モリブデン微粒子が均一に分布した複合めっき皮膜を得る実験・研究の過程で、二硫化モリブデン微粉末を低級アルコールと混合して攪拌すれば、一部に塊が存在する二硫化モリブデン微粉末をバラバラな粒子に解すことができ、その解した状態で二硫化モリブデン微粉末のアルコール混合液をめっき液に加えて調製しためっき浴を用いれば、被めっき素材の表面に析出したニッケル中に二硫化モリブデン微粒子が均一に分布したニッケル−二硫化モリブデン複合めっき皮膜が得られることが分かった。
図1に、この複合めっき皮膜の断面のSEM観察像を示す。被めっき素材であるアルミニウム合金板の表面に得られた複合めっき皮膜は、母材(被めっき素材)07上のニッケルマトリックス08中に二硫化モリブデン微粒子09が均一に分布している。なお、めっき条件は、めっき浴中の二硫化モリブデン微粉末含有量が2.5g/L、電流密度が9.5A/dm2である。
しかしながら、この複合めっき皮膜を有するめっき製品についてスチールロッドテスト(後述する)を行なったところ、複合めっき皮膜は自己潤滑性を有しないことが判明した。これは、二硫化モリブデン微粒子が散在しているだけの複合めっき皮膜には、めっき製品の使用時の磨耗によって皮膜中の二硫化モリブデン微粒子が皮膜表面を覆って、自己潤滑性を獲得するというメカニズムが働かないためだと考えられる。
したがって、本発明の第二の課題は、自己潤滑性を有するニッケル−二硫化モリブデン複合めっき皮膜を提供することである。
本発明者等は、めっき金属の例えばニッケル中に疎水性物質の二硫化モリブデン微粒子が均一に分布した複合めっき皮膜を得るべく鋭意実験・研究を行なった結果、二硫化モリブデン微粉末を低級アルコールと混合して攪拌すれば、一部に塊が存在する微粉末をバラバラな粒子に解すことができ、その解した状態で二硫化モリブデン微粉末のアルコール混合液をめっき液に加えれば、めっき液中で二硫化モリブデン微粉末が容易に凝集せず、二硫化モリブデン微粉末の均一な分散状態を維持した二硫化モリブデン複合めっき液を得ることができることが分かった。そして、これを用いて被めっき素材をめっきすることにより、被めっき素材の表面に析出しためっき金属中に二硫化モリブデン微粒子が均一に分布した二硫化モリブデン複合めっき皮膜が得られることが分かった。
本発明は斯かる知見に基づいてなされたもので、本発明の二硫化モリブデン複合めっき液の調製方法は、二硫化モリブデンの微粉末を低級アルコールと混合し攪拌して該微粉末を解した後、この混合液をめっき液に加えることを特徴とする。本発明の二硫化モリブデン複合めっき方法は、上記方法で調整した複合めっき液を用いて被めっき素材にめっきを施すことを特徴とする。
すなわち、本発明は、二硫化モリブデンの微粉末を低級アルコールと混合し攪拌して上記二硫化モリブデンの微粉末を解す解粒処理工程と、上記二硫化モリブデンの微粉末および上記低級アルコールの混合液をめっき液に加える混合工程と、上記二硫化モリブデンおよび上記低級アルコールを含有するめっき液から上記低級アルコールを揮散させて除去するアルコール除去工程とを有することを特徴とする二硫化モリブデン複合めっき液の調製方法を提供する。
本発明によれば、二硫化モリブデン複合めっき液中に二硫化モリブデン微粉末をバラバラの粒子に解して均一に分散することができるので、これを用いた被めっき素材のめっきにより、めっき金属中に二硫化モリブデン微粒子が均一に分布した複合めっき皮膜を得ることができる。
上記発明においては、上記めっき液が、レベリング剤を含有することが好ましい。レベリング剤を含有する二硫化モリブデン複合めっき液を用いることにより、めっき時に二硫化モリブデン微粒子が凝集して析出したり連鎖的に析出したりするのを効果的に抑制することができ、均一で平滑で緻密な二硫化モリブデン複合めっき皮膜を得ることができるからである。また、めっき液がレベリング剤を含有しない場合には、被めっき素材表面が二硫化モリブデン微粒子に覆われて絶縁され、めっき金属の電析が妨げられるおそれがあるからである。
また本発明においては、上記めっき液が、スルファミン酸ニッケルめっき液であることが好ましい。スルファミン酸ニッケルめっき液は、電着応力が小さいことで、航空・宇宙部品用ニッケルめっきの主流となっているからである。
また本発明は、上述した二硫化モリブデン複合めっき液の調製方法で調製した二硫化モリブデン複合めっき液を用いて被めっき素材にめっきを施すことを特徴とする二硫化モリブデン複合めっき方法を提供する。
本発明によれば、二硫化モリブデン複合めっき液中に二硫化モリブデン微粉末をバラバラの粒子に解して均一に分散することができるので、これを用いた被めっき素材のめっきにより、めっき金属中に二硫化モリブデン微粒子が均一に分布した複合めっき皮膜を得ることができる。
また本発明では、レベリング剤を含むスルファミン酸ニッケルめっき液に二硫化モリブデン微粉末を加えて複合めっき浴を調製する際、より多くの二硫化モリブデン粉末を添加することによって、被めっき素材の表面に形成されるニッケル−二硫化モリブデン複合めっき皮膜に、枝分かれしたミクロ構造が得られるようにしたことで、複合めっき皮膜に自己潤滑性を持たせる課題を解決した。
すなわち、本発明は、二硫化モリブデン微粉末を低級アルコールと混合し攪拌して該微粉末を解して、レベリング剤を含むスルファミン酸ニッケルめっき液に添加し、攪拌によりアルコールを揮散して複合めっき浴を調製し、該めっき浴を用いためっきで形成するニッケル−二流化モリブデン複合めっき皮膜において、二硫化モリブデン微粒子がマトリックス中に均一に分布する平滑な皮膜を形成し得る処理条件よりもめっき浴中の二硫化モリブデン含有量を増やすことにより得られた枝分かれしたミクロ構造を特徴とするニッケル−二硫化モリブデン複合めっき皮膜である。
本発明は、二硫化モリブデン微粒子がニッケルマトリックス中に分散した電気めっき皮膜であるニッケル−二硫化モリブデン複合めっき皮膜であって、上記皮膜中の上記二硫化モリブデン微粒子の含有量が2.7wt%以上であり、平均ビッカース硬さ(HV)が300以上であることを特徴とするニッケル−二硫化モリブデン複合めっき皮膜を提供する。
本発明によれば、自己潤滑性を有するニッケル−二硫化モリブデン複合めっき皮膜を提供することができる。
上記発明においては、上記皮膜中の上記二硫化モリブデン微粒子の含有量が5wt%以上であり、平均ビッカース硬さ(HV)が350以上であることが好ましい。平均ビッカース硬さが上記範囲であれば、優れた耐久性が得られるからである。
また本発明は、二硫化モリブデン微粒子がニッケルマトリックス中に分散したニッケル−二硫化モリブデン複合めっき皮膜であって、上記皮膜の最表面に位置し、空隙率が比較的大きい表面層と、上記表面層の上記皮膜内部側に位置し、上記表面層よりも空隙率が小さい充填層とを有することを特徴とするニッケル−二硫化モリブデン複合めっき皮膜を提供する。
本発明によれば、自己潤滑性を有するニッケル−二硫化モリブデン複合めっき皮膜を提供することができる。
上記発明においては、上記皮膜中の上記二硫化モリブデン微粒子の含有量が5wt%以上であり、平均ビッカース硬さ(HV)が350以上であることが好ましい。平均ビッカース硬さが上記範囲であれば、優れた耐久性が得られるからである。
本発明によれば、二硫化モリブデン微粉末をバラバラな粒子に解して均一に分散した二硫化モリブデン複合めっき液を得ることができ、またこれを用いてめっきすることにより、複合めっき皮膜をめっき金属中に二硫化モリブデン微粒子が均一に分布したものとすることができる。また本発明によれば、自己潤滑性を有するニッケル−二硫化モリブデン複合めっき皮膜を提供することができる。
以下、本発明の二硫化モリブデン複合めっき液の調製方法、二硫化モリブデン複合めっき方法、およびニッケル−二硫化モリブデン複合めっき皮膜について詳細に説明する。
A.二硫化モリブデン複合めっき液の調製方法
まず、本発明の二硫化モリブデン複合めっき液の調製方法について説明する。
本発明の二硫化モリブデン複合めっき液の調製方法は、二硫化モリブデンの微粉末を低級アルコールと混合し攪拌して上記二硫化モリブデンの微粉末を解す解粒処理工程と、上記二硫化モリブデンの微粉末および上記低級アルコールの混合液をめっき液に加える混合工程と、上記二硫化モリブデンおよび上記低級アルコールを含有するめっき液から上記低級アルコールを揮散させて除去するアルコール除去工程とを有することを特徴とするものである。
本発明によれば、二硫化モリブデン微粉末をバラバラな粒子に解して均一に分散した二硫化モリブデン複合めっき液を得ることができる。また、本発明により調製される二硫化モリブデン複合めっき液を用いてめっきすることにより、めっき金属中に二硫化モリブデン微粒子が均一に分布した複合めっき皮膜を得ることができる。
以下、本発明の二硫化モリブデン複合めっき液の調製方法における各工程について説明する。
1.解粒工程
本発明における解粒工程は、二硫化モリブデンの微粉末を低級アルコールと混合し攪拌して上記二硫化モリブデンの微粉末を解す工程である。
本発明では、二硫化モリブデン微粉末をめっき液に加える前に、低級アルコールと合して攪拌することにより、二硫化モリブデン微粉末の粒子をバラバラに解す。この二硫化モリブデン微粉末と混合する低級アルコールとしては、例えばエチルアルコールを初めとする各種のものを用いることができる。
本発明に用いられる低級アルコールは、後述のアルコール除去工程にて揮散させて除去することができるものであれば特に限定されるものではない。二硫化モリブデン複合めっき液中にアルコールが残留していると、めっきが正常につかないおそれがあるからである。中でも、低級アルコールは、比較的低温で揮散させることができる、すなわち沸点が比較的低いものであることが好ましい。アルコール除去のために、二硫化モリブデンおよび低級アルコールを含有するめっき液を高温にすると、めっき液の溶媒、例えば水の蒸発が激しくなるので、二硫化モリブデン複合めっき液に悪影響を及ぼすおそれがあるからである。沸点が比較的低ければ、アルコール除去工程にて比較的穏やかな条件で低級アルコールを除去することができる。
このような低級アルコールとしては、メタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノールが好ましく用いられ、特にメタノール、エタノールが好ましい。
また本発明に用いられる二硫化モリブデン微粉末の平均粒径としては、均一な複合めっき皮膜を得ることができ、二硫化モリブデン複合めっき液中にて適度に分散し、複合めっき皮膜にて金属マトリックス中に共析しうる程度のものであれば特に限定されるものではない。具体的には、二硫化モリブデン微粉末が燐片状かつ平板状であるとして換算したときの平均粒径が、5μm以下であることが好ましく、より好ましくは3μm〜0.1μmの範囲内、さらに好ましくは2μm〜0.5μmの範囲内である。二硫化モリブデン微粉末の平均粒径が上記範囲より大きいと、均一で平滑な複合めっき皮膜が得られない場合があるからである。
さらに、二硫化モリブデン微粉末の粒径分布は比較的狭いことが好ましい。粒径分布が比較的狭ければ、二硫化モリブデン複合めっき液中での二硫化モリブデン微粉末の分散の均一性を確保することができるからである。
具体的には、二硫化モリブデン微粉末としては、添川理化学社製のものが好適に用いられる。
二硫化モリブデン微粉末および低級アルコールの混合・攪拌方法としては、特に限定されるものではなく、スケールに応じて適宜選択される。二硫化モリブデン微粉末と低級アルコールとの混合液の攪拌には、一般的な攪拌装置を用いることができ、例えば攪拌羽根を備えた攪拌機(スターラ)を用いることができる。
さらに、二硫化モリブデン微粉末および低級アルコールを混合して攪拌する際には、超音波処理を行うことが好ましい。二硫化モリブデン微粉末と低級アルコールとの混合液の攪拌の際に、好適には超音波攪拌器または超音波分散器を用いると、二硫化モリブデン微粉末の粒子を効果的に解すことができる。また、超音波処理により二硫化モリブデン微粉末に付着した気泡を効果的に抜くことができ、より確実に解粒できる。
2.混合工程
本発明における混合工程は、上記二硫化モリブデンの微粉末および上記低級アルコールの混合液をめっき液に加える工程である。
二硫化モリブデン微粉末は低級アルコールと攪拌後、アルコール混合液をめっき液に加えて均一に分散する。
本発明に用いられるめっき液としては、めっき金属を含有するものであれば特に限定されるものではなく、一般的なめっき液を用いることができる。
めっき液に含まれるめっき金属としては、例えば、ニッケル、銅、亜鉛、すず、鉛、鉄、クロム、金および銀等が挙げられ、またこれらの合金が挙げられる。中でも、めっき金属は比較的硬い金属であることが好ましい。耐磨耗性に優れる複合めっき皮膜を得ることができるからである。このようなめっき金属としては、例えば、ニッケル、銅、鉄、クロム等を挙げることができ、特にニッケルが好ましい。
めっき液中の金属の含有量としては特に限定されるものではないが、アルコール除去工程後に得られる二硫化モリブデン複合めっき液中の金属イオンの濃度が所定の範囲となるように適宜調整される。
また、例えばめっき金属がニッケルである場合、めっき浴(めっき液)は、スルファミン酸浴であってもよくワット浴であってもよい。中でも、スルファミン酸浴、すなわちスルファミン酸ニッケルめっき液が好ましい。スルファミン酸浴は、電着応力が小さいことで、航空・宇宙部品用ニッケルめっきの主流となっているからである。
めっき液は、レベリング剤、ピット防止剤、pH緩衝剤、錯化剤等の添加剤を含有していてもよい。めっき液に使用される添加剤の種類としては、めっき金属の種類に応じて適宜選択される。
中でも、めっき液がレベリング剤を含有することが好ましい。レベリング剤を含有する二硫化モリブデン複合めっき液を用いることにより、めっき時に二硫化モリブデン微粒子が凝集して析出したり連鎖的に析出したりするのを効果的に抑制することができ、均一で平滑で緻密な複合めっき皮膜を得ることができるからである。また、めっき液がレベリング剤を含有しない場合には、被めっき素材表面が二硫化モリブデン微粒子に覆われて絶縁され、めっき金属の電析が妨げられるおそれがあるからである。
また、二硫化モリブデン微粒子の分散性を考慮すると、めっき液にピット防止剤を添加することが好ましい。
レベリング剤は、一般的にめっき液に使用されるものを用いることができ、めっき金属の種類に応じて適宜選択される。例えばめっき金属がニッケルである場合、レベリング剤としては、1,3,6−ナフタレントリスルフォン酸三ナトリウム等が例示される。レベリング剤は、1種単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
めっき液中のレベリング剤の含有量としては特に限定されるものではないが、アルコール除去工程後に得られる二硫化モリブデン複合めっき液中のレベリング剤の含有量が所定の範囲となるように適宜調整される。
また、ピット防止剤としては、通常、界面活性剤が用いられる。界面活性剤としては、一般的にめっき液に使用されるものを用いることができ、めっき金属の種類に応じて適宜選択される。例えばめっき金属がニッケルである場合、界面活性剤としては、ラウリル硫酸ナトリウムが好適である。界面活性剤は、1種単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
めっき液中のピット防止剤の含有量としては特に限定されるものではないが、アルコール除去工程後に得られる二硫化モリブデン複合めっき液中のピット防止剤の含有量が所定の範囲となるように適宜調整される。
二硫化モリブデン微粉末および低級アルコールの混合液とめっき液との混合方法としては、特に限定されるものではない。
また、二硫化モリブデン微粉末および低級アルコールの混合液とめっき液とを混合するまでの時間としては特に限定されない。
二硫化モリブデン微粉末および低級アルコールの混合液をめっき液に加える際、めっき液に対する二硫化モリブデン微粉末および低級アルコールの混合液の配合量としては、後述のアルコール除去工程後に得られる二硫化モリブデン複合めっき液中の二硫化モリブデン微粒子の含有量が所定の範囲となるように適宜調整される。
3.アルコール除去工程
本発明におけるアルコール除去工程は、上記二硫化モリブデンおよび上記低級アルコールを含有するめっき液から上記低級アルコールを揮散させて除去する工程である。
二硫化モリブデン微粉末は低級アルコールと攪拌後、アルコール混合液をめっき液に加えて均一に分散し、ついでめっき液を空気攪拌してアルコールを揮散して除去し、二硫化モリブデン複合めっき液を得ることができる。
低級アルコールを除去する方法としては、低級アルコールを揮散させることができる方法であれば特に限定されるものではなく、例えば、空気攪拌(エアレーション)、減圧除去等を行う方法を挙げることができる。中でも、操業性の観点から、空気攪拌(エアレーション)が好ましく用いられる。
低級アルコールを揮散させる際の温度としては、低級アルコールが蒸発する温度であれば特に限定されるものではないが、低級アルコールのみが蒸発し、めっき液の溶媒が蒸発しないような温度であることが好ましい。上記温度は、低級アルコールおよびめっき液の溶媒の種類に応じて適宜調整される。通常、めっき液の溶媒には水が用いられることから、上記温度は、40℃〜65℃の範囲内であることが好ましく、より好ましくは50℃〜60℃の範囲内である。
また、上記温度で保持する時間としては、ほぼ完全に低級アルコールを除去することができる時間であればよく、中でも1日間〜7日間の範囲内であることが好ましく、より好ましくは1日間〜2日間の範囲内である。
4.二硫化モリブデン複合めっき液
本発明により調製される二硫化モリブデン複合めっき液中の二硫化モリブデン微粒子の含有量としては、めっき時の電流密度等によって異なるものであるが、2.5g/L〜40g/Lの範囲内とすることが好ましい。複合めっき液中の二硫化モリブデン微粒子の含有量が少なすぎると、二硫化モリブデン複合めっき液を用いて形成される複合めっき皮膜にて二硫化モリブデン微粒子による潤滑性が充分に発揮されない可能性があるからである。逆に、複合めっき液中の二硫化モリブデン微粒子の含有量が多すぎると、二硫化モリブデン微粒子が凝集しやすくなり、均一で平滑で緻密な複合めっき皮膜を得られない場合があるからである。
二硫化モリブデン複合めっき液を用いて形成される複合めっき皮膜の硬さを考慮すると、複合めっき液中の二硫化モリブデン微粒子の含有量は、中でも2.5g/L〜30g/Lの範囲内であることが好ましい。
また、二硫化モリブデン複合めっき液を用いて形成される複合めっき皮膜の潤滑性を考慮すると、複合めっき液中の二硫化モリブデン微粒子の含有量は、中でも10g/L〜40g/Lの範囲内であることが好ましく、特に10g/L〜30g/Lの範囲内であることが好ましい。
二硫化モリブデン複合めっき液を用いて電気めっきを施す場合であって、複合めっき液中の二硫化モリブデン微粒子の含有量が比較的多い場合には、めっき時の電流密度を低めに設定することにより、複合めっき皮膜中での二硫化モリブデン微粒子の分散性を改善することができる。
また、二硫化モリブデン複合めっき液中の金属イオンの濃度としては、一般的なめっき液にて処方される範囲であれば特に限定されるものではなく、めっき方法が電気めっきであるか無電解めっきであるかに応じて適宜調整される。
二硫化モリブデン複合めっき液中のレベリング剤の含有量としては、めっき金属やレベリング剤の種類によって異なるものであり、適宜調整される。例えばめっき金属がニッケルである場合、複合めっき液中のレベリング剤の含有量は、2g/L〜20g/L程度とすることが好ましく、より好ましくは5g/L〜16g/Lの範囲内、さらに好ましくは8g/L〜13g/Lの範囲内である。複合めっき液中のレベリング剤の含有量が少なすぎると、二硫化モリブデン微粒子が連鎖的に析出するのを抑制する効果が充分に得られない場合があり、また複合めっき液中のレベリング剤の含有量が多すぎると、ニッケル電析物等の金属電析物の品質が低下する場合があるからである。
また、二硫化モリブデン複合めっき液中のピット防止剤の含有量としては、一般的なめっき液にて処方される範囲であれば特に限定されるものではないが、0.01g/L〜0.15g/L程度とすることが好ましく、より好ましくは0.03g/L〜0.10g/Lの範囲内である。
二硫化モリブデン複合めっき液のpHとしては、特に限定されるものではない。
本発明により二硫化モリブデン複合めっき液を調製した後は、すぐに二硫化モリブデン複合めっき液をめっきに使用することが好ましい。
B.二硫化モリブデン複合めっき方法
次に、本発明の二硫化モリブデン複合めっき方法について説明する。
本発明の二硫化モリブデン複合めっき方法は、上述した二硫化モリブデン複合めっき液の調製方法で調製した二硫化モリブデン複合めっき液を用いて被めっき素材にめっきを施すことを特徴とするものである。
本発明によれば、上述した二硫化モリブデン複合めっき液の調製方法で調製した二硫化モリブデン複合めっき液を用いるので、この二硫化モリブデン複合めっき液を用いてめっきすることにより、めっき金属中に二硫化モリブデン微粒子が均一に分布した複合めっき皮膜を得ることができる。
めっきは、好適には電気めっき(電解めっき)であるが、無電解めっきであってもよい。すなわち、めっきは電気めっきでもよく無電解めっきでもよいが、中でも電気めっきが好ましい。電気めっきは、無電解めっきと異なり、皮膜形成後に熱処理を必要としないからである。
また、二硫化モリブデン複合めっき液を用いためっき方法としては、特に限定されるものではなく、一般的なめっき方法を適用することができる。例えば、二硫化モリブデン複合めっき液は、めっき槽に移した後、好ましくは、二硫化モリブデン微粉末の分散状態を確実に維持するために、ポンプ循環等により攪拌しながら被めっき素材にめっきを施す。
めっき時の二硫化モリブデン複合めっき液のpHとしては、一般的なめっき時のめっき液のpH範囲であれば特に限定されるものではなく、めっき金属の種類に応じて適宜調整される。例えばめっき金属がニッケルである場合、めっき時の二硫化モリブデン複合めっき液のpHは3.5〜5.5程度とすることが好ましく、より好ましくは4.5〜5.4の範囲内である。二硫化モリブデン複合めっき液のpHが上記範囲であれば、ニッケルめっき液が安定で複合めっき皮膜の品質を良好に維持できるからである。
また、めっき時の二硫化モリブデン複合めっき液の温度としては、一般的なめっき時のめっき液の温度範囲であれば特に限定されるものではなく、めっき金属の種類に応じて適宜調整される。例えばめっき金属がニッケルである場合、めっき時の二硫化モリブデン複合めっき液の温度は40℃〜65℃の範囲内であることが好ましく、より好ましくは50℃〜60℃の範囲内である。二硫化モリブデン複合めっき液の温度が上記範囲であれば、ニッケルの析出速度および二硫化モリブデン微粒子の析出速度が良好となるからである。
めっきが電気めっきである場合、めっき時の電流密度としては、二硫化モリブデン複合めっき液を用いて被めっき素材にめっきを施すのに適した条件であればよく、めっき金属の種類に応じて適宜調整される。例えばめっき金属がニッケルである場合、めっき時の電流密度は0.5A/dm2〜12A/dm2程度とすることが好ましく、より好ましくは1A/dm2〜10A/dm2の範囲内である。電流密度が小さすぎると、めっきに時間がかかるからである。逆に、電流密度が大きすぎると、二硫化モリブデン微粒子が凝集しやすくなり、均一で平滑で緻密な複合めっき皮膜を得られない場合があるからである。
潤滑性および耐久性に優れる複合めっき皮膜を得るためには、上述した範囲の中でも、二硫化モリブデン複合めっき液中の二硫化モリブデン微粒子の含有量を比較的多くし、めっき時の電流密度を比較的小さくすることが好ましい。
上記電流密度で電圧を印加する時間としては、一般的な範囲であれば特に限定されるものではなく、めっき金属の種類および目的とする複合めっき皮膜の厚みに応じて適宜調整される。
本発明に用いられる被めっき素材としては、電気を通すものであれば特に限定されるものではない。
なお、二硫化モリブデン複合めっき液については、上記「A.二硫化モリブデン複合めっき液」の項に詳しく記載したので、ここでの説明は省略する。
C.ニッケル−二硫化モリブデン複合めっき皮膜
本発明のニッケル−二硫化モリブデン複合めっき皮膜は、2つの実施態様に分けることができる。以下、各実施態様について説明する。
1.第1実施態様
本発明のニッケル−二硫化モリブデン複合めっき皮膜の第1実施態様は、二硫化モリブデン微粒子がニッケルマトリックス中に分散した電気めっき皮膜であるニッケル−二硫化モリブデン複合めっき皮膜であって、上記皮膜中の上記二硫化モリブデン微粒子の含有量が2.7wt%以上であり、平均ビッカース硬さ(HV)が300以上であることを特徴とするものである。
本発明によれば、皮膜中の二硫化モリブデン微粒子の含有量、および、平均ビッカース硬さ(HV)を所定の範囲とすることにより、自己潤滑性を有するニッケル−二硫化モリブデン複合めっき皮膜とすることができる。
本実施態様において、皮膜中の二硫化モリブデン微粒子の含有量は2.7wt%以上であり、好ましくは4wt%以上、より好ましくは5wt%以上である。皮膜中の二硫化モリブデン微粒子の含有量が少なすぎると、二硫化モリブデン微粒子による潤滑性が充分に発揮されない可能性があるからである。一方、皮膜中の二硫化モリブデン微粒子の含有量の上限は、複合めっき皮膜の硬さを損なわない値であれば特に限定されるものではないが、通常は20wt%とする。
なお、皮膜中の二硫化モリブデン微粒子の含有量は、ICP分析により測定した値とする。wt%から容量%の変換は、ニッケルおよび二硫化モリブデン微粒子の比重をそれぞれ8.845、4.8として、その比率から変換係数を1.84とする。
また、本実施態様のニッケル−二硫化モリブデン複合めっき皮膜の平均ビッカース硬さ(HV)は300以上であり、好ましくは350以上、より好ましくは400以上である。平均ビッカース硬さが小さすぎると、磨耗量が大きくなり、耐久性が低下する可能性があるからである。
なお、ビッカース硬さの測定は、マイクロビッカース硬さ試験機を用い、荷重200g、保持時間18秒で行った。そして、複合めっき皮膜表面の任意の10箇所について硬度測定を行い、最大値および最小値を除いた8個の硬度について算術平均した値を平均ビッカース硬さとした。
さらに、上記の複合めっき皮膜表面の任意の10箇所におけるビッカース硬さの分布(ビッカース硬さのばらつき)は比較的小さいことが好ましい。ビッカース硬さの分布が比較的小さいということは、複合めっき皮膜中にて二硫化モリブデン微粒子が均一に分散していることを示すものだからである。具体的には、ビッカース硬さの標準偏差は50以下であることが好ましく、より好ましくは30以下、さらに好ましくは20以下である。
また、複合めっき皮膜の平均摩擦係数は0.2以下であることが好ましく、より好ましくは0.15以下、さらに好ましくは0.1以下である。平均摩擦係数が大きすぎると、良好な潤滑性が得られないおそれがあるからである。
なお、摩擦係数は、トライボギア TYPE 18Lにより、摩擦力を定量的に測定して求めた値である。具体的には、垂直面内回転可能なアームの先端にロードセルと圧子を固定し、これをその上に載せた錘で加重し、移動テーブルに載せた複合めっき皮膜との摩擦力を測定して、摩擦係数を求めた。この際、圧子:SUS φ10mm、荷重:1.96N(200g錘)、テーブル移動速度:600mm/minまたは60mm/min、測定長:10mmとした。そして、測定を5回行って平均値を求め、平均摩擦係数とした。
本実施態様の複合めっき皮膜の厚みとしては、特に限定されるものではなく、例えば10μm〜500μm程度とすることができ、好ましくは20μm〜100μmの範囲内である。
本発明のニッケル−二硫化モリブデン複合めっき皮膜は、例えば、宇宙、加速器、原子力分野において低温、真空、放射線暴露などの環境下で高度な固体潤滑が必要とされるものに適用することができる。
なお、二硫化モリブデン微粒子については、上記「A.二硫化モリブデン複合めっき液」の項に記載した二硫化モリブデン微粉末と同様であるので、ここでの説明は省略する。
本実施態様のニッケル−二硫化モリブデン複合めっき皮膜を形成する際には、レベリング剤を含有するスルファミン酸ニッケル−二硫化モリブデン複合めっき液が用いられる。このレベリング剤を含有するスルファミン酸ニッケル−二硫化モリブデン複合めっき液は、二硫化モリブデンの微粉末を低級アルコールと混合し攪拌して上記二硫化モリブデンの微粉末を解す解粒処理工程と、上記二硫化モリブデンの微粉末および上記低級アルコールの混合液を、レベリング剤を含有するスルファミン酸ニッケルめっき液に加える混合工程と、上記二硫化モリブデンおよび上記低級アルコールを含有するスルファミン酸ニッケルめっき液から上記低級アルコールを揮散させて除去するアルコール除去工程とを行うことにより、調製することができる。
本実施態様の複合めっき皮膜は電気めっき皮膜であるので、めっきは電気めっきとされる。なお、ニッケル−二硫化モリブデン複合めっき皮膜の製造方法のその他の点については、上記「B.二硫化モリブデン複合めっき方法」の項に記載したものと同様であるので、ここでの説明は省略する。
2.第2実施態様
本発明のニッケル−二硫化モリブデン複合めっき皮膜の第2実施態様は、二硫化モリブデン微粒子がニッケルマトリックス中に分散したニッケル−二硫化モリブデン複合めっき皮膜であって、上記皮膜の最表面に位置し、空隙率が比較的大きい表面層と、上記表面層の上記皮膜内部側に位置し、上記表面層よりも空隙率が小さい充填層とを有することを特徴とするものである。
図2は、本実施態様のニッケル−二硫化モリブデン複合めっき皮膜の断面の一例を示す走査型電子顕微鏡(SEM)写真である。図2において、被めっき素材07上に形成されたニッケル−二硫化モリブデン複合めっき皮膜(複合めっき皮膜)06は、皮膜の最表面に位置する表面層6aと、この表面層6aの皮膜内部側に位置する充填層6bと、皮膜の被めっき素材側に位置する初期層6cとを有している。表面層6aは空隙12を有しており、空隙率が比較的大きいのに対して、充填層6bは空隙12を有するものの、表面層6bよりも空隙率が小さく、充填層6bではニッケルおよび二硫化モリブデン微粒子が緻密に存在している。
図2において、複合めっき皮膜06先端のめっき成長面付近(表面層6a)では、ニッケル電析物で薄く覆われた二硫化モリブデン微粒子同士が連なり、空隙12の多い構造となっている。一方、複合めっき皮膜06の内部に行く程、二硫化モリブデン微粒子を覆っているニッケル電析物の厚みは増加しており、複合めっき皮膜06の最表面から一定深さ以下の充填層6bでは、当初存在した空隙12がニッケル電析物でほぼ埋め尽くされて閉じ込み部(ミクロボイド)を形成している。これにより、充填層6bでは、ニッケルマトリックス中に二硫化モリブデン微粒子が均一に分散した構造となっている。
このような構造は、次のように自己潤滑性を高めることに寄与していると思料される。すなわち、複合めっき皮膜の先端部(表面層)は摩擦時に容易につぶれて多くの二硫化モリブデンを放出し、この二硫化モリブデンが複合めっき皮膜内部の間隙に保持されて優れた自己潤滑性を発揮するものと思料される。一方、複合めっき皮膜の先端部(表面層)の下の充填層では、密に充填されたニッケル電析物が一体的なマトリックスを形成しており、複合めっき皮膜はより強靭となる。また、充填層では、複合めっき皮膜中に存在するミクロボイドが、摩擦時につぶされて放出された二硫化モリブデンクラスターを保持するよう機能すると思料される。
このように本発明によれば、皮膜の最表面に位置し、空隙率が比較的大きい表面層と、この表面層の下に位置し、表面層よりも空隙率が小さい充填層とを有することにより、優れた自己潤滑性を得ることができる。
ここで、ニッケル−二硫化モリブデン複合めっき皮膜では、二硫化モリブデン微粒子が積み重なる速度とニッケルマトリックスの成長速度とはバランスがとれていなくてはならない。また、めっき面に捕捉された二硫化モリブデン微粒子が速やかに薄いニッケル電析物で覆われなければならない。すなわち、めっき面に捕捉された二硫化モリブデン微粒子が薄いニッケル電析物で覆われるからこそ、二硫化モリブデン微粒子が重なり合える程度の高密度でめっき面に到達しても、めっき面は絶縁されることなく成長を続けることができる。薄いニッケル電析物で覆われた二硫化モリブデン微粒子には、この薄いニッケル電析物の膜を通して通電されるのであまり多くの電解電流は流れない。したがって、この二硫化モリブデン微粒子を核としたニッケル電析物の成長と並行して、複合めっき液を通過する電界電流により、複合めっき皮膜内部の空隙もニッケル電析物で満たされていき、最終的に一体的なニッケルマトリックス中に二硫化モリブデン微粒子が均一に分散した充填層が形成されると思料される。
表面層と充填層との空隙率の差は、充填層の空隙率が表面層の空隙率よりも小さければ特に限定されるものではないが、複合めっき皮膜の形成プロセスを考慮すると、表面層の空隙率と充填層の空隙率との差が5%以上であることが好ましく、より好ましくは25%〜45%の範囲内である。
表面層の空隙率は、25%以上であることが好ましく、より好ましくは30%〜50%の範囲内である。表面層の空隙率が上記範囲であれば、優れた潤滑性が得られるからである。ここで、表面層の空隙率とは、複合めっき皮膜の最表面を基準(厚みゼロ)として厚み0μm〜20μmの領域の空隙率とする。
一方、充填層の空隙率は、20%以下であることが好ましく、より好ましくは5%〜15%の範囲内である。充填層の空隙率が上記範囲であれば、充分な硬さを得ることができ、耐久性を高めることができるからである。ここで、充填層の空隙率とは、複合めっき皮膜の最表面を基準(厚みゼロ)として厚み20μm〜40μmの領域の空隙率とする。
なお、上記空隙率は、まず複合めっき皮膜をイオンビーム(例えば日本電子製SM-09010)により切断(CP加工)して複合めっき皮膜の断面を形成し、次に複合めっき皮膜の断面の電子顕微鏡写真を撮影し、次いでその電子顕微鏡写真の白黒の面積比率を実測した値とする。
本実施態様の複合めっき皮膜の厚みは、50μm以上とする。なお、複合めっき皮膜の厚みのその他の点については、上記第1実施態様と同様である。
表面層の厚みとしては、皮膜の厚みおよびめっき条件等により多少異なるものであるが、通常20μm程度となる。
一方、充填層の厚みとしては、複合めっき皮膜の厚みおよびめっき条件等により異なるものであり、一概には規定できないが、複合めっき皮膜の厚みを100%とした場合に20%〜96%の範囲内であることが好ましく、より好ましくは60%〜80%の範囲内である。ニッケルおよび二硫化モリブデン微粒子が緻密に存在している充填層の厚みの比率が上記範囲であれば、充分な硬さを得ることができ、耐久性を高めることができるからである。
本実施態様のニッケル−二硫化モリブデン複合めっき皮膜は、図2(a)に例示するように、複合めっき皮膜06の被めっき素材07側に位置し、空隙率が比較的大きい初期層6cを有していてもよい。この初期層は、めっき初期に析出するものであり、空隙率が比較的大きい領域である。一般に、めっき条件を適正に制御することにより、空隙率が比較的大きい初期層を形成させなくすることができる。
初期層の空隙率としては、充填層の空隙率よりも大きければ特に限定されるものではない。
また、初期層の厚みとしては、複合めっき皮膜の厚みおよびめっき条件等により異なるものであるが、通常20μm以下である。
本実施態様において、皮膜中の二硫化モリブデン微粒子の含有量は5wt%以上であることが好ましい。皮膜中の二硫化モリブデン微粒子の含有量が上記範囲であれば、優れた潤滑性が得られるからである。
なお、皮膜中の二硫化モリブデン微粒子の含有量の上限および測定方法等については、上記第1実施態様と同様であるので、ここでの説明は省略する。
また、本実施態様のニッケル−二硫化モリブデン複合めっき皮膜の平均ビッカース硬さ(HV)は350以上であることが好ましい。平均ビッカース硬さが上記範囲であれば、優れた耐久性が得られるからである。
なお、ビッカース硬さの測定方法等については、上記第1実施態様と同様であるので、ここでの説明は省略する。
さらに、上記の複合めっき皮膜の10箇所におけるビッカース硬さの分布は比較的小さいことが好ましい。具体的には、ビッカース硬さの標準偏差は30以下であることが好ましく、より好ましくは20以下である。
また、複合めっき皮膜の平均摩擦係数は0.15以下であることが好ましい。平均摩擦係数が上記範囲であれば、優れた潤滑性が得られるからである。
なお、摩擦係数の測定方法等については、上記第1実施態様と同様であるので、ここでの説明は省略する。
本実施態様の複合めっき皮膜は、電気めっき皮膜であることが好ましい。
なお、複合めっき皮膜の用途およびその製造方法については、上記第1実施態様と同様であるので、ここでの説明は省略する。さらに、二硫化モリブデン微粒子については、上記「A.二硫化モリブデン複合めっき液」の項に記載した二硫化モリブデン微粉末と同様であるので、ここでの説明は省略する。
3.他の実施態様
本発明のニッケル−二硫化モリブデン複合めっき皮膜の他の実施態様は、二硫化モリブデン微粉末を低級アルコールと混合し攪拌して該微粉末を解して、レベリング剤を含むスルファミン酸ニッケルめっき液に添加し、攪拌によりアルコールを揮散して複合めっき浴を調整し、該めっき浴を用いためっきで形成するニッケル−二流化モリブデン複合めっき皮膜において、二硫化モリブデン微粒子がマトリックス中に均一に分布する平滑な皮膜を形成し得る処理条件よりもめっき浴中の二硫化モリブデン含有量を増やすことにより得られた枝分かれしたミクロ構造を特徴とするものである。
本実施態様では、ニッケル−二硫化モリブデン複合めっき浴の調製時、ニッケルめっき液(レベリング剤を含むスルファミン酸ニッケルめっき液)に二硫化モリブデン微粉末を直接添加しないで、微粉末を低級アルコールと混合し攪拌してから添加する。この低級アルコールとの攪拌によって、一部が凝集によって塊になっている二硫化モリブデン微粉末はバラバラな粒子に解され、その解した状態で二硫化モリブデン微粉末をニッケルめっき液に添加すると、めっき液中で微粉末が容易に凝集せず、微粉末の均一な分散状態を維持した複合めっき浴を得ることができる。
さらに本実施態様では、そのめっき浴を使用して得られるニッケル−二硫化モリブデン複合めっき皮膜が使用時に磨耗されたときに、皮膜中の二硫化モリブデン微粒子が皮膜表面を覆うことによって安定した自己潤滑性を持つようにするために、複合めっき皮膜を枝分かれしたミクロ構造を有するものとする。そのために、ニッケルめっき液により多くの二硫化モリブデン微粉末を添加して、めっき浴中の二硫化モリブデン含有量を二硫化モリブデン微粒子がマトリックス中に均一に分布する平滑な皮膜を形成し得る処理条件よりも増大させるようにするものである。
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。上記実施形態は、例示であり、本発明の特許請求の範囲に記載された技術的思想と実質的に同一な構成を有し、同様な作用効果を奏するものは、いかなるものであっても本発明の技術的範囲に包含される。
以下、本発明の実施例を説明する。
[実施例1]
二硫化モリブデン微粉末を分散したニッケルめっき液を調製し、電解法により被めっき素材のアルミニウム合金板にニッケル−二硫化モリブデン複合めっきを行なった。
二硫化モリブデン微粉末は俗称粒径2μmの試薬特級品(添川理化学株式会社製)を用い、これと混合する低級アルコールはエタノール(試薬特級)を用いた。ベースとなるニッケルめっき液としては次の標準組成のスルファミン酸ニッケルめっき液を用いた。
スルファミン酸ニッケル: 400 g/L
塩化ニッケル : 65 g/L
ホウ酸 : 30 g/L
ラウリル硫酸ナトリウム: 0.08g/L
レベリング剤(1,3,6−ナフタレントリスルフォン酸三ナトリウム)
: 12 g/L
めっき液の調製はつぎの手順で行なった。
(手順1)二硫化モリブデン微粉末25gを150mLのエタノールと混ぜ、超音波をかけて掻き混ぜる。
(手順2)上記のスルファミン酸ニッケルめっき液10Lに手順1の混合液を加えて空気攪拌し、めっき液中に均一に分散させる。
(手順3)55℃で24時間のエアレーションを行い、めっき液からエタノールを揮散して除去し、複合めっき液を得る。
このようにして調製した複合めっき液を容器内で24時間静置後、目視観察したところ、図3に示すように、容器04内のめっき液01には沈殿物は認められず(図3(a))、無攪拌下でも二硫化モリブデン微粉末の分散が維持されることが確認された。一方、エタノールを用いず、ニッケルめっき液に直接二硫化モリブデン微粉末を混合して調製したもの(従来法)は、同じ24時間の静置で上澄み02と沈殿物03の二層に分かれ、容器04内のめっき液01に二硫化モリブデン微粉末が沈殿しているのが観察された(図3(b))。
これは、二硫化モリブデン微粉末は、図4の電子顕微鏡写真に示すように、その一部が凝集して塊05になっているからであり、本発明では、予めエタノールと混合し攪拌して解すことにより、バラバラの二硫化モリブデン粒子になり、めっき液中で容易に沈殿しなくなったものと考えられる。
めっきには、底にエアーの吹き込み口を設けた容積15Lの漏斗状のめっき槽を用い、めっき槽に収容しためっき液中に槽の底からエアーを供給してめっき液を強く攪拌し、二硫化モリブデン微粉末の分散を維持した状態下でめっきを行なった。めっき条件は次の通りである。
pH : 5.0
液温度 : 56℃
電流密度 : 9.5A/dm2
攪拌 : エアー攪拌
めっき時間 : 25分
被めっき素材は、縦75mm×横75mm×厚さ1mmの70750−T6アルミニウム合金板で、常法に従い、このアルミニウム合金板にジンケート処理並びに青化銅めっきを施したうえで、これを陰極として複合めっきを行った。陽極には、縦75mm×横75mm×厚さ1mmのニッケル板を使用した。
その結果、図5に複合めっきを施したアルミニウム合金板の外観の写真を示すように、アルミニウム合金板の母材(被めっき素材)07上に得られた複合めっき皮膜06は、外観が均一で突起物の認められない平滑な表面状態であった。このめっき皮膜をEPMA分析したところ二硫化モリブデンの含有率は0.95wt%であった。めっき皮膜の断面のSEM写真を図1に示す。図1に示されるように、母材(被めっき素材)07の組織上の複合めっき皮膜06は膜厚が均一で、めっき金属のニッケルマトリックス08中の二硫化モリブデン微粉末09が均質に分布し、図14のような異常凝集した微粉末の析出による突起状の結晶成長がないことがわかる。
[実施例2]
(複合めっき皮膜の形成)
二硫化モリブデン微粉末を分散したニッケルめっき浴を調製し、電解法により被めっき素材のアルミニウム合金板にニッケル−二硫化モリブデン複合めっき皮膜を得るめっき試験を行なった。
二硫化モリブデン微粉末は俗称粒径2μmの試薬特級品(添川理化学株式会社製)を用い、これと混合する低級アルコールはエタノール(試薬特級)を用いた。ベースとなるニッケルめっき液としては次の標準組成のスルファミン酸ニッケルめっき液を用いた。
スルファミン酸ニッケル: 400 g/L
塩化ニッケル : 65 g/L
ホウ酸 : 30 g/L
ラウリル硫酸ナトリウム: 0.08g/L
レベリング剤(1,3,6−ナフタレントリスルフォン酸三ナトリウム)
: 12 g/L
めっき浴中の二硫化モリブデン微粉末の含有量(分散剤量)5g/L、10g/L、20g/Lの3ケースとした。
めっき浴の調製はつぎの手順で行なった。
(手順1)所定量(50g、100g、200g)の二硫化モリブデン微粉末を150〜300mLのエタノールと混ぜ、超音波をかけて掻き混ぜる。
(手順2)上記のスルファミン酸ニッケルめっき液10Lに手順1の混合液を加えて空気攪拌し、めっき液中に均一に分散させる。
(手順3)55℃で24時間のエアレーションを行い、めっき液からエタノールを揮散して除去し、複合めっき浴を得る。
めっきには、底にエアーの吹き込み口を設けた容積15Lの漏斗状のめっき槽を用い、めっき槽に収容しためっき液中に槽の底からエアーを供給してめっき液を強く攪拌し、二硫化モリブデン微粉末の分散を維持した状態下でめっきを行なった。めっき条件は次の通りである。
pH : 5.0
液温度 : 56℃
電流密度 : 2.5A/dm2、6.5A/dm2、9.5A/dm2
攪拌 : エアー攪拌
通電量 : 4A・Hr
試験片の被めっき素材は、縦75mm×横75mm×厚さ1mmの70750−T6アルミニウム合金板で、常法に従い、このアルミニウム合金板にジンケート処理並びに青化銅めっきを施したうえで、これを陰極として複合めっきを行った。陽極には、縦75mm×横75mm×厚さ1mmのニッケル板を使用した。試験片の総数は、3種の二硫化モリブデン微粉末含有量、3種の電流密度に対し各1枚ずつの計9枚である。
(評価)
まず、こうして得られた試験片の全てに対し外観検査、マイクロメーターによる膜厚測定およびステンレスロッドテストによる潤滑性評価を行い、そのうちの一部には連続加重式引掻強度試験機のトライボギア TYPE 18Lによる摩擦力測定を行った。また一部の試験片にはEPMA分析やSEM観察を行った。さらに一部の試験片のビッカース硬さを測定した。
ステンレスロッドテストは、先端に直径5mmのステンレス球を有するステンレス製ロッドを手に持ち、斜め(約45°)から試験片に強く当てて滑らせるものである。このとき、手に感じる抵抗、滑り易さ、滑った痕跡から定性的に潤滑性を評価するもので、極めて鋭敏に潤滑性を評価することができる。トライボギア TYPE 18Lによる摩擦測定は、摩擦力を定量的に測定するもので、垂直面内回転可能なアームの先端にロードセルと圧子(剛球)を固定し、これをその上に載せた錘で加重し、移動テーブルに載せた試料の試験片との摩擦力を測定するものである。
皮膜断面のSEM観察に際しては、カッターで切断して研磨した。また、皮膜断面のEPMAによる組成分析においては、二硫化モリブデン微粒子の異方性により、観察面に現れた二硫化モリブデン微粒子の断面次第でMoおよびSの比率が異なってくる。このため全体を100%とし、これからニッケルの分析値を差し引いたものを二硫化モリブデンの含有量とした。また一部の試験片については、二硫化モリブデン微粒子の異方性による差異がでないICPによる組成分析も行った。なお、wt%から容量%への変換は、ニッケルおよび二硫化モリブデン微粒子の比重をそれぞれ8.845、4.8として、その比率から変換係数を1.84とした。
試験条件および結果の一覧を下記表1に示す。まためっき皮膜のSEM観察像を図6〜図9に示す。
ステンレスロッドテストによる潤滑性の評価は、めっき浴中の二硫化モリブデン微粉末含有量が5g/Lの試験片No.1〜3で滑らず、10g/LのNo.4〜6の試験片である程度滑った。これに対し含有量が20g/Lの試験片No.7〜9は良く滑って、繰り返しの摩擦に耐えた。特に試験片No.7の電流密度2.5A/dm2のものは秀逸であり、皮膜が硬く、良く滑り、かつ磨耗しない。
トライボギア TYPE 18Lによる摩擦力測定は試験片No.7について行い、No.7−2は分散めっき(複合めっき)のまま測定したもの、No.7−3はめっき後の仕上げとして試験片の片面にSUSによるならし磨耗を行って測定したもの、No.7−4は同じく試験片の他の片面に分散めっき材によるならし磨耗を行なって測定したものである。摩擦力測定により得られた摩擦係数は、試験片No.7−2のめっきしたままの表面で0.205、試験片No.7−3のステンレス材で擦った表面で0.118、試験片No.7−4の同じ複合めっきを施したステンレス材で擦った表面で0.100であった。なお、めっきしたままの摩擦係数が大きいのは表面粗さのためであり、実際の複合めっき使用時には慣らし磨耗したのと同様の表面になるので、摩擦係数として0.1を認定した。
これから明らかなように、めっき浴中の二硫化モリブデン微粉末の含有量が10g/L以上の領域で自己潤滑性を有する複合めっきが得られる。
図6はめっき浴中の二硫化モリブデン微粉末含有量5g/L、電流密度9.5A/dm2で作成された試験片No.3の複合めっき皮膜の断面のSEM観察像である。図6(a)が全体像、図6(b)が高倍率の拡大像である。母材(アルミニウム合金板)(被めっき素材)07上の複合めっき皮膜06は均質かつ比較的平滑であり、二硫化モリブデン微粒子09は、皮膜06のニッケルマトリックス08中に均一に分布している。これは、先に示した図1の複合めっき皮膜と同類のものである。
図7はめっき浴中の二硫化モリブデン微粉末含有量10g/L、電流密度9.5A/dm2で作成された試験片No.6の複合めっき皮膜の断面のSEM観察像である。図7(a)が全体像、図7(b)が高倍率の拡大像である。母材(被めっき素材)07上の複合めっき皮膜06は表面近傍の層が枝分れしたミクロ構造を取っている。
図8はめっき浴中の二硫化モリブデン微粉末含有量20g/L、電流密度2.5A/dm2で作成された試験片No.7の複合めっき皮膜の断面および表面のSEM観察像である。図8(a)が断面の観察像、図8(b)が表面の観察像である。表面の観察像では複合めっき皮膜06に細かく枝分れしたミクロ構造が認められる。この表面の観察像の枝分かれしたミクロ構造を構成する粒状の単位電析部物11は、その大きさ並びに形状から、各々その内部に核となる二硫化モリブデン粒子を含んでいると考えられる。
図9はめっき液中の二硫化モリブデン微粉末含有量20g/L、電流密度9.5A/dm2で作成された試験片No.9の複合めっき皮膜の断面のSEM観察像である。図9(a)が全体像、図9(b)が高倍率の拡大像である。複合めっき皮膜06は太く枝分れして成長した電析物からなるミクロ構造を取り、その間に多くの空隙12を生じている。
図8(試験片No. 7)および図9(試験片No. 9)では、複合めっき皮膜中の二硫化モリブデン微粒子が判別できないが、これは複合めっき皮膜中の二硫化モリブデン微粒子が高密度で断面が微細なモザイク状になっているか、あるいは観察用の断面がミクロレベルで破壊されたことから均一に見えたためではないかと推測される。
また、図6(試験片No. 3)は、緻密なニッケルマトリックス中に二硫化モリブデン微粒子が均一に分散し、めっき表面はなだらかに起伏をしていた。一方、複合めっき液中の二硫化モリブデン微粒子の含有量の多い複合めっき液から得られた皮膜である図7(試験片No. 6)、図8(試験片No. 7)および図9(試験片No. 9)では、それぞれ図6(試験片No. 3)と異なった複雑な内部構造をしていた。すなわち、(1)複合めっき液中の二硫化モリブデン微粒子の含有量が10g/Lの複合めっき液を用いて9.5A/dm2の電流密度で作製した皮膜は、緻密なニッケルマトリックス中に二硫化モリブデン微粒子が均一に分散しているものの、表面の凹凸が著しかった(図7)。(2)複合めっき液中の二硫化モリブデン微粒子の含有量が20g/Lの複合めっき液から9.5A/dm2の電流密度で作製した皮膜は、皮膜全体に渡り大きく枝分れした内部構造になっていた(図9)。(3)これに対し、複合めっき液中の二硫化モリブデン微粒子の含有量が20g/Lの複合めっき液から2.5A/dm2の電流密度で作製した皮膜は、表面観察像では粒子状物質がサンゴ状に積み重なっている(図8(b))ものの、断面は緻密で均一に見えた(図8(a))。
次に、試験片No.7の皮膜内部のミクロ構造を明らかにするために、皮膜をイオンビーム(日本電子製SM-09010)で切断(CP加工)して、平滑で加工時の変質の少ない断面を形成し、これを高倍率でSEM観察およびEPMA観察した。SEM観察像を図2に、またEPMAマッピングを図10に示す。
図2の観察像から、複合めっき皮膜06先端のめっき成長面付近(表面層6a)では、ニッケル電析物で薄く覆われた二硫化モリブデン微粒子同士が連なった構造(以下、骨格構造と称する。)となっていた。一方、皮膜の内部に行く程この骨格構造を覆っているニッケル電析物の厚みが増加し、さらに皮膜の最表面から一定深さ以下の充填層では、当初存在した空隙がニッケル電析物でほぼ埋め尽くされて閉じ込み部(ミクロボイド)を形成し、これによってニッケルマトリックス中に二硫化モリブデン微粒子が均一分散している形となっていることが分かった。複合めっき皮膜06先端のめっき成長面付近(表面層6a)に認められるこの骨格構造は、表面SEM観察像(図8(b))で粒子状物質の積み重なりが認められることから、二硫化モリブデン微粒子が粒子同士重なり合える程度の頻度でめっき面に到達し、到達後速やかにニッケル電析物で薄く覆われることによって形成されていったと考えられる。
このような皮膜構造とその形成過程は皮膜断面のEPMAマッピングからも裏付けられる。図10(a)〜(c)に皮膜全体のモリブデン、硫黄およびニッケルのそれぞれの分布を示し、図10(d),(e)に皮膜先端(表面層)のモリブデンおよび硫黄のそれぞれの分布を示す。二硫化モリブデン微粒子の存在を示す硫黄やモリブデンのインジケーションが皮膜全体に均一に分布しているのに対し、ニッケルのインジケーションは皮膜先端(表面層)で分布が少ない(図10(a)〜(c))。また、二硫化モリブデン微粒子の形状が投影された硫黄やモリブデンのインジケーションが、粒子同士重なり合える程度の間隔で分布している(図10(d),(e))。なお、皮膜の初期層にめっき下地を起点とする大きい空洞(空隙)が認められるが、これはめっき開始時、当該下地表面が二硫化モリブデン微粒子で覆われていたために生じたものと考えられる。
次に、放射線環境下、加速器部品を迅速に締結するためのアルミニウム合金製クランプに試験片No.7の皮膜を施し、クランプの着脱試験を行って耐久性を評価した。めっきを施したクランプは高エネルギー加速器研究機構殿所有のセラミックスダクト締結用プロトタイプとした。このクランプでは、単位クランプの内側側面がしゅう動面となる。単位クランプ毎、この面に29μmを目標に複合めっきを形成させた。クランプ着脱時には荷重がかかり、着脱試験では2トン前後の荷重を全しゅう動面で受ける。複合めっきは6回の着脱を経てもなお有効に機能し、1回の着脱で破損する従来の有機結合皮膜に対し、格段に優れた耐久性を示した。
次に、自己潤滑性および皮膜の内部構造について考察した。
図7(試験片No. 6)の皮膜は、表面に枝分れしたミクロ構造を有している。この枝分かれしたミクロ構造の部分は摩擦時に大きな面圧がかかり潰れやすい。枝分かれしたミクロ構造の部分が潰れると皮膜中に含有されていた二硫化モリブデン微粒子が皮膜の表面全体に拡がり、潤滑性が発現すると考えられる。図7(試験片No. 6)の皮膜は繰り返し摩擦で潤滑性が低下するが、これはこの枝分かれしたミクロ構造の部分が摩滅したためだと考えられる。
図9(試験片No. 9)の皮膜は、マクロ的には平滑な皮膜であるが、皮膜全体に渡り大きく枝分れしたミクロ構造を有している。また、繰り返しの摩擦でも当初の潤滑性を維持する硬さを有するが、一体的なニッケルマトリックスを持たないのでその分皮膜は弱くなる。一方、図9(試験片No. 9)の皮膜は、枝分れした電析物の間に空隙を有しており、この空隙が摩擦時につぶされて放出された二硫化モリブデンクラスターを保持し摩擦面に繰り返し提供するよう機能すると考えられる。
図2および図8(試験片No. 7)の皮膜は、皮膜先端のめっき成長面付近(表面層)では、ニッケル電析物で薄く覆われた二硫化モリブデン微粒子同士が連なり、空隙の多い構造となっている。一方、皮膜の内部に行く程、覆っているニッケル電析物の厚みが増加し、さらに皮膜の最表面から一定深さ以下の充填層では当初存在した空隙がニッケル電析物でほぼ埋め尽くされて閉じ込み部(ミクロボイド)を形成し、これによってニッケルマトリックス中に二硫化モリブデン微粒子が均一分散している形となっている。この構造は、次のように自己潤滑性を高めることに寄与していると考えられる。すなわち、皮膜の先端部(表面層)は摩擦時に容易につぶれて多くの二硫化モリブデンを放出し、この二硫化モリブデンが間隙に保持されて優れた自己潤滑性を発揮する。実際、この皮膜の表面をステンレス製スプーンの凸面で擦り合わせると図8(b)の表面SEM観察像は、図11のように変化し、表面のEPMA分析によるモリブデン含有率も4.72wt%から8.19wt%に変化した。一方、皮膜の内部の充填層では、密に充填されたニッケル電析物が一体的なマトリックスを形成し、皮膜はより強靭となる。また、充填層では、皮膜中に存在するミクロボイドが摩擦時につぶされて放出された二硫化モリブデンクラスターを保持するよう機能すると考えられる。
[比較例]
二硫化モリブデン微粉末にエタノール処理を施さず、さらに一部の試験片を作製する際にレベリング剤が添加されていない複合めっき液を用いた以外は、実施例2と同様にして複合めっき皮膜を形成した。また、実施例2と同様に評価を行った。
試験条件および結果の一覧を下記表2に示す。
レベリング剤を含有しない複合めっき液を用いた場合、複合めっき液中のMoS2微粒子の含有量が10g/Lのとき、過大な分極が生じ正常なめっきは得られなかった。外観上特に問題のない皮膜は、複合めっき液中のMoS2微粒子の含有量が5g/Lおよび2.5g/Lのときに得られた。またスチールロッドテストにおいても、複合めっき液中のMoS2微粒子の含有量が5g/Lおよび2.5g/Lの複合めっき液から得られた皮膜は、繰り返しの摩擦で皮膜に擦り傷を生じるなど強靭さには欠けるが、一応の自己潤滑性を示した。中でも、複合めっき液中のMoS2微粒子の含有量が2.5g/Lの複合めっき液から得られた皮膜の方がより優れた潤滑性を示した。
試験片No. 13−4のSEMによる断面観察像を図12に示す。複合めっき皮膜06は塊状の電析物からなる多孔質体であり、電析物が全く認められない下地(被めっき素材07)表面も観察された(図12(a))。これは、下地(被めっき素材07)表面がめっき開始時に二硫化モリブデン微粒子で覆われて絶縁され、その一部が印加電圧で絶縁破壊し、その場所に電析物が成長したものと思料される。また拡大像(図12(b))からは、塊状の電析物が一辺10〜20μm程度の単位塊の集合体であり、その中に比較的均一かつ高密度に分布した二硫化モリブデン微粒子09が観察される。これから、二硫化モリブデン微粒子は個々の粒子としてではなく複数の粒子が凝集した状態でめっき面に析出し、その周りにニッケル電析物が成長して塊になったものと推測される。そして、一旦生成した塊状の電析物上には電場が集中し、他の場所に優先してさらなる二硫化モリブデン微粒子析出およびニッケル電析が起こったと考えられる。二硫化モリブデン微粒子が複合めっき液中でもともと凝集していたのか、あるいはめっき時の電界によりめっき面で凝集したかのかは定かではないが、単位塊の間に特段の方向性が認められないことから、前者であると考えられる。
また、レベリング剤を含有する複合めっき液を用いた場合、皮膜はめっき後すぐに腐食した。この腐食は、ピット内に残留した処理液の染み出しにより生じたものであり、液が残留しやすくなったのはレベリング剤の作用により皮膜内の空隙が中途半端に塞がれたためと考えられる。
[実施例3]
一部の試験片を作製する際にレベリング剤が添加されていない複合めっき液を用いた以外は、実施例2と同様にして複合めっき皮膜を形成した。また、実施例2と同様に評価を行った。
試験条件および結果の一覧を下記表3に示す。
試験片No. 15−4のSEMによる断面観察像を図13に示す。レベリング剤を含有しない複合めっき液から得られた皮膜は目視レベルで多孔質であり、スチールロッドテストで自己潤滑性を示さなかった。また図13(a)のSEM観察像から、複合めっき皮膜06は10μm以下の微小な電析物が集合した塊が局部的に成長したものであり、全く電析が起こらなかった下地(被めっき素材07)表面が広い範囲で観察された。これは、エタノール処理によって解された二硫化モリブデン微粒子がより下地(被めっき素材07)を覆い易くなったためである。また拡大像(図13(b))から、複合めっき皮膜06を構成する微小電析物の核となる部分に二硫化モリブデン微粒子09が観察された。この皮膜では、個々の粒子が連鎖的に析出し、これを核として連鎖した微小電析物が成長して大きな塊の電析物になったと考えられる。
また、レベリング剤を含有しない複合めっき液から得られた皮膜のSEM観察像である図12および図13から、複合めっき液に添加されている界面活性剤のラウリル硫酸ナトリウムは、単独では二硫化モリブデン微粒子を一粒ずつ別れて析出させる上での効果がないと考えられる。
試験片No. 16−3のSEMによる断面観察像を図1に示す。レベリング剤を含有する複合めっき液から得られた複合めっき皮膜06は外観上均一平滑であったが、スチールロッドテストでは自己潤滑性を示さなかった。図1のSEM観察像から、めっきがミクロ的にも緻密で連続しており、二硫化モリブデン微粒子09が一粒ずつ別れて析出しているのが分かった。このことから、エタノール処理を施した二硫化モリブデン微粒子を使用し、レベリング剤を含有する複合めっき液においては、二硫化モリブデン微粒子は複合めっき液中で個々の粒子に分かれて分散しており、めっきに際しても再凝集や連鎖的な析出をすることなく、粒子が一個ずつ析出したことが確認された。レベリング剤にはめっき時、二硫化モリブデン微粒子が連鎖的に析出するのを防止する効果があり、これがエタノール処理と相まって粒子が一個ずつ析出することを可能とし、均一平滑で連続した複合めっきが得られたものと考えられる。
また、試験片No. 16−3の皮膜中の二硫化モリブデン微粒子の含有量は0.95wt%であったことから、二硫化モリブデン微粒子が個別に析出した皮膜においては、0.95wt%では自己潤滑性を発現するのには足りず、摩擦の際、潤滑に必要な量の二硫化モリブデンを摩擦面に供出できなかったためと考えられる。
試験片No. 16−1と比較すると、試験片No. 3(図6)および試験片No. 6(図7)では皮膜中の二硫化モリブデン微粒子の含有量が多かった(粒子密度が高かった)。また、電流密度が同じ試験片No. 3(図6)と試験片No. 6(図7)とでは、試験片No. 6(図7)の皮膜中の二硫化モリブデン微粒子の含有量が多い(粒子密度が高い)ことから、複合めっき液中の二硫化モリブデン微粒子の含有量を増やすことによって、皮膜中の二硫化モリブデン微粒子の含有量が高くなることが分かった。
本発明の二硫化モリブデン複合めっき方法により得られたニッケル−二硫化モリブデン複合めっき皮膜の断面の一例を示す電子顕微鏡写真であり、また図5のアルミニウム合金版の母材組織上の複合めっき皮膜の断面の電子顕微鏡写真であり、全体像(a)および高倍像(b)である。 本発明のニッケル−二硫化モリブデン複合めっき皮膜の断面の一例を示す電子顕微鏡写真である。 本発明に従い調製した二硫化モリブデン複合めっき液の24時間静置後の外観を示す写真(a)と従来法により調製した二硫化モリブデン複合めっき液の24時間静置後の外観を示す写真(b)である。 二硫化モリブデン微粉末の粒子を示す電子顕微鏡写真である。 本発明に従い複合めっきを施したアルミニウム合金版の外観を示す写真である。 本発明の実施例2で行なっためっき試験における試験片No.3の、めっき浴中の二硫化モリブデン微粉末含有量5g/L、電流密度9.5A/dm2で作成された複合めっき皮膜の断面のSEM観察像である。 本発明の実施例2で行なっためっき試験における試験片No.6の、めっき浴中の二硫化モリブデン微粉末含有量10g/L、電流密度9.5A/dm2で作成された複合めっき皮膜の断面のSEM観察像である。 本発明の実施例2で行なっためっき試験における試験片No.7の、めっき浴中の二硫化モリブデン微粉末含有量20g/L、電流密度2.5A/dm2で作成された複合めっき皮膜の断面および表面のSEM観察像である。 本発明の実施例2で行なっためっき試験における試験片No.9の、めっき浴中の二硫化モリブデン微粉末含有量20g/L、電流密度9.5A/dm2で作成された複合めっき皮膜の断面のSEM観察像である。 本発明の実施例2で行なっためっき試験における試験片No.7の、めっき浴中の二硫化モリブデン微粉末含有量20g/L、電流密度2.5A/dm2で作成された複合めっき皮膜のEPMAマッピングである。 本発明の実施例2で行なっためっき試験における試験片No.7の、めっき浴中の二硫化モリブデン微粉末含有量20g/L、電流密度2.5A/dm2で作成された複合めっき皮膜の摩擦後の表面のSEM観察像である。 本発明の比較例で行なっためっき試験における試験片No. 13-4の、めっき浴中の二硫化モリブデン微粉末含有量2.5g/L、電流密度2.5A/dm2で作成された複合めっき皮膜の断面のSEM観察像である。 本発明の実施例3で行なっためっき試験における試験片No. 15-4の、めっき浴中の二硫化モリブデン微粉末含有量2.5g/L、電流密度2.5A/dm2で作成された複合めっき皮膜の断面のSEM観察像である。 従来法により得られた二硫化モリブデン複合めっき皮膜の断面を示す顕微鏡写真である。
符号の説明
01 二硫化モリブデン微粉末を分散した複合めっき液
02 二層分離した複合めっき液の上澄み
03 二層分離した複合めっき液の沈殿物
04 容器
05 二硫化モリブデン微粉末の塊
06 複合めっき皮膜
07 アルミニウム合金母材(被めっき素材)
08 ニッケルマトリックス
09 二硫化モリブデン微粒子
10 めっき皮膜中の突起物
11 ミクロ構造を構成する粒状の単位電析物
12 空隙

Claims (4)

  1. 二硫化モリブデンの微粉末を低級アルコールと混合し攪拌して前記二硫化モリブデンの微粉末を解す解粒処理工程と、
    前記二硫化モリブデンの微粉末および前記低級アルコールの混合液をめっき液に加える混合工程と、
    前記二硫化モリブデンおよび前記低級アルコールを含有するめっき液から前記低級アルコールを揮散させて除去するアルコール除去工程と
    を有し、前記低級アルコールがメタノール、エタノール、n−プロパノールまたはイソプロパノールであることを特徴とする二硫化モリブデン複合めっき液の調製方法。
  2. 前記めっき液が、レベリング剤を含有することを特徴とする請求項1に記載の二硫化モリブデン複合めっき液の調製方法。
  3. 前記めっき液が、スルファミン酸ニッケルめっき液であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の二硫化モリブデン複合めっき液の調製方法。
  4. 請求項1から請求項3までのいずれかに記載の二硫化モリブデン複合めっき液の調製方法で調製した二硫化モリブデン複合めっき液を用いて被めっき素材にめっきを施すことを特徴とする二硫化モリブデン複合めっき方法。
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