JP4603216B2 - 鋼構造物を構成する鋼材の疲労損傷度診断方法および疲労損傷度診断システム - Google Patents

鋼構造物を構成する鋼材の疲労損傷度診断方法および疲労損傷度診断システム Download PDF

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、主要構造部が鋼材によって構成された建築物、橋梁、工作物などの鋼構造物の疲労損傷度診断方法、および、疲労損傷度診断装置に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
建築物を構成している構造部材は、風、地震等による揺れによって、程度の差はあるものの、建設後から繰り返し荷重に伴う疲労損傷を受けている。また橋梁等においては、通過車両による繰り返し振動によっても疲労損傷が進行している。疲労が累積した鋼材や溶接部は、大地震等による突然の大きな荷重負荷に対して破壊し易く、疲労損傷度の診断は鋼構造物の安全性を確認していく上で必要と考えられている。
【0003】
現状では、構造物に発生する歪みの程度を予め構造計算等で求めた上で耐用年数を推定する方法や、疲労損傷に起因する亀裂をカラーチェック等によって主として目視で行う検査が実施されている。しかしながら、これらの方法では、設計から外れた異常荷重による累積疲労が捉えられなかったり、亀裂がある程度まで進展しないと検出されにくいことから、既に致命的な亀裂が発生していて補修等の対策が手遅れになる危険性があった。このため、亀裂が致命的なレベルに進展する前に鋼材の疲労損傷度を非破壊で診断できる技術が望まれている。
【0004】
繰り返し応力あるいは歪に起因して生じる亀裂発生を事前に非破壊的に検出する手法として、磁化の不連続性に起因するバルクハウゼンノイズ(以下、BHNと記す)を用いた方法が注目されている。L.P. Karjalainenらは、軟鋼から検出されるBHNの波高電圧値が繰り返し荷重に対して変化することを見出し、破断直前に電圧値が急激に増加するとの報告を行った(L.P. Karjalainenら、IEEE Trans. Mag. MAG-16, 514(1980))。
【0005】
また、本発明者らは特開平10-253595号公報にBHNを利用して精度の高い疲労診断を行う方法として、鋼材表面の特定位置に磁気ヘッドを固定する方法を開示した。しかしこれらの方法は、疲労劣化前の敷設直後から連続的にモニタリングしなければならず、既に疲労劣化している既設構造物には適用できない。
【0006】
特開平5-249081号公報では、BHNを2分割してそれぞれの部分の実効値電圧から材料組織を評価する方法が示されている。しかし、特開平5-249081号公報の方法は、結晶粒径や介在物粒径を測定するものであって、疲労損傷度を診断するものではない。
【0007】
【発明が解決しようとする課題】
以上の様な理由で、従来技術には既設の鋼構造物の疲労損傷度をスポットで診断する方法は無かった。本発明はBHN電圧パルス幅の新規な評価手法を疲労損傷材に適用することによって、既設の鋼構造物の疲労損傷度をスポットで診断可能とする診断方法、および、診断システムを提供するものである。
【0008】
【課題を解決するための手段】
前述の目標を達成するために、本発明は以下の態様を要旨とする。
(1)鋼構造物を構成する鋼材から検出されるBHNから疲労損傷度を診断する方法であって、
被測定物と同一鋼種の鋼材を試験片に用いて、荷重の繰り返し回数がN=0,Nf(破断回数)、および、N=0〜Nfの間で少なくとも1条件の繰り返し回数で疲労させたそれぞれの試験片を励磁部で励磁させるステップ、
該試験片の励磁による磁化変化を検出部に誘起される電圧波形として検出するステップ、
該電圧波形から周波数フィルタリングでBHNの電圧波形を抽出するステップ、
該BHNの電圧波形を電圧−時間領域に示した後にBHNの電圧パルス幅を求めるステップ、
その際にBHNの電圧パルス幅が前記Nに対して最も大きく変化する励磁磁場を求めるステップ、
さらに前記測定励磁磁場で測定したBHNの電圧パルス幅と疲労損傷度との相関関係を求めるステップ、
引き続き、被測定物を励磁磁場で励磁するステップ、該被測定物の励磁による磁化変化を検出部に誘起される電圧波形として検出するステップ、
該電圧波形から周波数フィルタリングでBHNの電圧波形を抽出するステップ、
該BHNの電圧波形を電圧−時間領域に示した後に前記測定励磁磁場におけるBHNの電圧パルス幅を求めるステップ、
該BHNの電圧パルス幅から前記相関関係を用いて被測定物の疲労損傷度を診断するステップ、
を含むことを特徴とする鋼構造物を構成する鋼材の疲労損傷度診断方法。
【0009】
(2)前記BHNの電圧パルス幅を規定するステップが、該BHNの電圧波形を電圧−時間領域に示した後に電圧が0となるゼロクロス時刻Tiを求めるステップと、隣り合う時刻TiとTi+1の差分Ti+1−Tiを前記BHNの電圧パルス幅として規定するステップを含むことを特徴とする請求項1に記載の鋼構造物を構成する鋼材の疲労損傷度診断方法。
【0010】
(3)前記疲労損傷度を応力拡大係数幅ΔKで規定することを特徴とする前記(1),(2)に記載の鋼構造物を構成する鋼材の疲労損傷度診断方法。
【0011】
(4)鋼構造物を構成する鋼材から検出されるBHNから疲労損傷度診断するシステムであって、
被測定物または被測定物と同一鋼種の鋼材を励磁するための励磁部と、
該被測定物または該被測定物と同一鋼種の鋼材の励磁による磁化変化を電圧波形として検出する検出部と、
該検出電圧波形からBHNの電圧波形を抽出する周波数フィルタリング部と、
該BHNの電圧波形からBHNの電圧パルス幅を求める演算部と、
前記被測定物と同一鋼種の鋼材の前記BHNの電圧パルス幅と疲労損傷度との関係を示す検量線を作成し、該検量線を記憶させた記憶部と、
前記被測定物の前記BHNの電圧パルス幅と、前記記憶部に記憶されている前記検量線とから前記被測定物の疲労損傷度を診断する診断部と、
を含むことを特徴とする鋼構造物を構成する鋼材の疲労損傷度診断システム。
【0012】
(5)前記演算部において、前記BHNの電圧波形の電圧が0となるゼロクロス時刻Tiを求め、少なくとも2つ以上の隣り合う時刻TiとTi+1の差分Ti+1−Tiから差分の平均値を求めて、該平均値を前記BHNの電圧パルス幅の代表値とすることを特徴とする前記(4)に記載の鋼構造物を構成する鋼材の疲労損傷度診断システム。
【0013】
(6)前記疲労損傷度を応力拡大係数幅ΔKで規定することを特徴とする前記(4),(5)に記載の鋼構造物を構成する鋼材の疲労損傷度診断システム。
【0014】
【発明の実施の形態】
BHN電圧波形は、被測定物の磁化反転過程で検出コイル等に誘起される比較的高い周波数の電圧波形である。図1にBHN電圧波形を電圧−時間領域に示した一例を示す。BHN電圧波形は正と負の電圧の極性である複数の山形形状の波形から構成されており、BHN電圧パルス幅は山形形状の個々の波形における時間幅を指す。
【0015】
本発明者らは、BHN電圧パルス幅をパラメータに用いることによって初めて、BHN電圧パルス幅が疲労損傷度に対して大きく変化する磁化反転中の特定領域が存在することを見出した。従来のBHN電圧波形の電圧値をパラメータに用いた方法では、この様な磁化反転の特定領域を見つけることは出来なかった。BHN電圧パルス幅が疲労損傷度に対して大きく変化する磁化反転中の特定領域は鋼種によって異なり、磁化反転が励磁磁場の変化によって進行するため、鋼種毎に測定励磁磁場の決定が必要であることが種々の鋼種を用いた実験で明らかになった。
【0016】
すなわち、この測定励磁磁場においてBHN電圧パルス幅と疲労損傷度の関係を示す検量線を作成することによって、既設の鋼構造物の疲労損傷度診断が可能となる。以下にこれらの手順について記述する。
【0017】
まず、被測定物と同一鋼種で異なる疲労損傷度の試験片を作製し、それぞれの試験片を励磁して励磁磁場とBHN電圧パルス幅の関係を求める。試験片の疲労損傷度の種類としては、荷重の繰り返し回数Nが0と破断回数Nf、および、0〜Nfの間で少なくとも1つの条件の繰り返し回数があれば前記検量線の作成が可能である。少なくともこれらの条件が実施されれば磁化反転中の特定領域の決定が可能となる。
【0018】
さらに特定領域の位置の精度を上げるためには、できるだけ0〜Nfの間の疲労損傷度の種類を多くするのが望ましい。これらの試験片を用いた実験から、各疲労損傷度における励磁磁場とBHN電圧パルス幅の関係が求められ、BHN電圧パルス幅が前記Nに対して最も変化する励磁磁場が測定励磁磁場と決定される。
【0019】
測定励磁磁場が決定されたら、次にBHN電圧パルス幅と疲労損傷度の間の関係を示す検量線を作成する。
本発明者らは、応力拡大係数幅ΔKがBHN電圧パルス幅と一義的な相関関係を持ち、疲労損傷度を表わすパラメータとして適用できることを見出した。応力拡大係数幅ΔKは亀裂寸法2Lと応力振幅Δσから定義され、通常Δσ×(π×L)0.5で記述される。このΔKは、表面に発生した亀裂の寸法と、応力条件から計算することができる。様々な荷重で疲労試験を行って、測定した応力拡大係数幅ΔKとBHN電圧パルス幅の相関関係を求めて検量線を作成する。ここで、本発明者らは、本発明で得られるBHN電圧パルス幅は疲労試験の荷重には関わらず応力拡大係数幅ΔKと一義的な関係にあり、その相関関係は1本の曲線で表わされることを新たに見出した。このため、この検量線を用いれば既設構造物において繰り返し荷重の大きさが未知であっても、被測定物のBHN電圧パルス幅は応力拡大係数幅へ換算が可能である。
【0020】
従来から、応力拡大係数幅ΔKと亀裂進展速度da/dNの間には図2に示す相関関係があることが知られており、亀裂進展段階はStageI〜IIIで定義されている。この図の中でStageIの領域は微小亀裂が発生する段階、StageIIは微小亀裂が亀裂進展する段階、StageIIIは破断に向けて亀裂進展速度が急激に増大する段階を示している。
【0021】
これらのことから、BHN電圧パルス幅から応力拡大係数幅ΔKが求まれば、現時点における亀裂進展段階が診断できる。検量線は鋼種によって異なるため、鋼種毎に検量線を求める必要がある。求められた検量線は診断部のコンピュータに記録しておき、鋼種とBHN電圧パルス幅が入力され次第、即座に疲労損傷度が求められるようにすると現場での効率の良い診断作業が実現できる。
【0022】
次に、被測定物のBHN電圧パルス幅の測定方法について詳細を記述する。
BHN電圧波形を測定するために外部から磁場を印加させ、磁場を変化させる方法によって被測定物の測定すべき局部領域を磁化反転させる。外部から磁場を印加する具体的な手段としては、励磁コイルの中に被測定物を配置したり、励磁コアに励磁コイルを巻きつけた励磁ヘッドを被測定物に当てて励磁コイルに電流を流す。
【0023】
そして、励磁コイルに流す電流値を変化させて印加する磁場を変化させる。高い精度でBHN電圧パルス幅を測定するために、励磁磁場の時間変化率は比較的低くする。励磁磁場の変化が速すぎると、BHN電圧パルスが重なり合ってパルス幅を正確に測定することが出来なくなる。
【0024】
また、遅すぎるとBHN電圧パルスの電圧値が小さくなるため外乱ノイズの影響を受けやすくなる。したがって、前記測定励磁磁場を求めたり、被測定物の疲労損傷度を診断する際の磁場の時間変化率は10-8〜数十Oe/ms程度が望ましい。
【0025】
ここで、被測定物の疲労損傷度を診断する際のBHN測定における励磁磁場条件について記述する。
励磁磁場は試験片を用いた実験により予め決定しておいた測定励磁磁場を含んでいれば良い。通常、測定励磁磁場の磁場範囲は数mOe〜数Oe程度であり、磁場の時間変化率が10-8〜数十Oe/ms程度であるので、この磁場範囲でのBHN電圧波形の測定に要する時間は数ms〜数秒間のごく短い時間である。被測定物を一端飽和磁化状態にする必要がある場合には、該測定励磁磁場以外では励磁磁場は数百Oe/s程度の高速で変化させ、測定励磁磁場の磁場範囲のみ磁場の時間変化率を10-8〜数十Oe/ms程度にすればよい。
【0026】
次に、磁場の変化に伴って変化する磁化変化を検出部に誘起されるBHN電圧波形として検出する。検出部としては検出コイルや軟磁性体のコアに検出コイルを巻き付けた検出ヘッドを用い、検出コイルの中に被測定物を配置させる、あるいは、検出ヘッドを被測定物に当てる。特に、診断しようとする部位に検出コイルを当てると、その領域からのみのBHNが得られるため、高い精度の測定が効率よく実施できる。検出部に誘起される電圧波形は、励磁磁場の周波数とほぼ同じ周波数の電圧波形に高い周波数のBHN電圧波形が重畳した状態である。したがって、その中からハイパスフィルターとローパスフィルターを組み合わせた周波数フィルタリング部でBHN電圧波形を取り出す。フィルター条件は励磁磁場の時間に対する変化率と、鋼種によって異なるが、通常ハイパスフィルターの周波数は数十Hz〜数十kHz、ローパスフィルターの周波数は数kHz〜数MHz程度の条件である。
【0027】
ここで、BHN電圧波形の電圧値は数μVと小さいので、予め低ノイズ型の電圧増幅器で電圧増幅することが望ましい。フィルタリング部のノイズの影響を小さくできるため、電圧増幅はフィルタリングの前に行うことが望ましい。
【0028】
BHN電圧波形からBHN電圧パルス幅を求める解析は、BHN電圧波形を図1のように電圧−時間領域に示した後に実施する。BHN電圧波形において電圧が0となるゼロクロス時刻Tiを検出し、隣り合った時刻TiとTi+1の差分Ti+1−TiをBHN電圧パルス幅とするものである。例えば図1の第3パルス波形は2つのパルスから構成されているが、電圧が0である時間軸を横切ったゼロクロス時刻T3とT4に着目し、BHNパルス幅はその差分であるT4−T3とする。全体の発生時間をピーク数で割ってBHNパルス幅とする従来の方法(例えば第3パルスを例に取ると差分T4−T3を波形のピーク数2で割った値をBHNパルス幅とする)では、得られたBHNパルス幅と疲労損傷度の間の相関が極めて低い。
【0029】
本発明者らは、ゼロクロス時刻の差分から求めた値をBHN電圧パルス幅とすることによって、このBHN電圧パルス幅が疲労損傷度と強い相関を持ち、この相関関係を用いることによってBHN電圧パルス幅から疲労損傷度を診断できることを見出し、本発明を完成するに至ったものである。
【0030】
ここでBHN電圧波形が図3に示す様な離散的に発生する電圧パルスから構成される場合の取り扱いを記す。時刻TiとTi+1の間の電圧が0の場合、そこにはBHN電圧パルスが存在しないものと考える。したがって、T1とT2の間には第一のBHN電圧パルスが存在してBHN電圧パルス幅はT2−T1とし、T2とT3の間は電圧が0なのでBHN電圧パルスは存在しないものとする。そして、T3とT4の間には第二の電圧パルスが存在するため、第二のBHN電圧パルス幅はT4−T3とする。
【0031】
上記に示したBHN電圧波形の解析は、アルゴリズムをプログラミングした演算部で行われる。例えば、BHN電圧波形をAD変換等でデジタルデータ化して、演算部としてコンピュータを用いれば効率的に解析を実施できる。この場合、BHN電圧波形が電圧0となるゼロクロス時刻は図4に示したように離散的なデータ点の間を補完して求めればよい。
【0032】
本発明のBHNの電圧パルス幅の測定方法を実施するのに当たって、測定システムの一例を図5に示した。磁気ヘッド1は励磁ヘッド11と検出コイル12から構成されており、励磁ヘッド11は珪素鋼板製のU型コアに励磁コイルを巻いたものであり、検出コイル12は空心コイルである。検出コイル12は励磁コアの両脚の間に固定配置され、励磁に伴い強磁性体内の磁化変化を電圧波形として捉えられるようにしてある。この磁気ヘッド1を強磁性体である被測定物の表面上に当てて、検出コイルの位置の磁化変化を検出する。
【0033】
励磁は磁場の変化率が数十Oe/ms〜10-8Oe/msの内、所定値で一定になるように励磁コイルに流れる電流を波形発生装置2と電力増幅装置3で制御して行う。ここで、鋼種を決定すると予め求められている測定励磁磁場条件と検量線が選択されるようになっている。
【0034】
検出コイルに誘起された電圧波形は低ノイズ型の電圧増幅装置4で昇圧された後、周波数フィルター装置5によってローパス、ハイパスカット処理が施される。フィルタリングによって得られたBHN電圧波形はデジタルオシロスコープ6でデジタルデータに変換される。そして、GP−IB等で演算部として設けられたコンピュータ7へ該データは送られ、専用のプログラムによってBHN電圧パルス幅を求める解析が行われる。解析は測定と同時にリアルタイムで行っても良いし、BHN波形データをメモリに記憶させた後、まとめて行うことも可能である。そして、同コンピュータの記憶部には鋼種毎の検量線が入力されており、BHN電圧パルス幅が求まり次第、診断部によって疲労損傷度が診断され、その結果がインジケータ等で表示されるようになっている。
【0035】
【実施例】
以下、いくつかの実施例をもって本発明を詳細に説明する。
【0036】
(実施例1)
一般構造用鋼において、繰り返し荷重を負荷させた場合の疲労損傷度とBHN電圧パルス幅の間の相関を調べる実験を行った。用いた鋼材はC量が0.13wt%の成分系で、フェライト−パーライト組織を有するものである。
【0037】
まず、BHN電圧パルス幅が疲労損傷度の進展に対して大きく変化する磁化反転中の特定領域を求める実験を行った。用意した疲労試験片の形状は通常の砂時計型であり、試験片の中央部分で表面観察による疲労損傷度の評価と、BHN測定を行った。疲労試験は試験片の長手方向へ圧縮引っ張り荷重を繰り返し負荷させて行った。荷重の大きさは応力にして±290MPaであり、この荷重条件ではNfは12万回であり、この際には数mm程度の目視亀裂が発生した。繰り返し回数Nが0、12万回、および、2万、6万、10万回の疲労損傷度が異なる試験片を作製し、この異なる繰り返し回数Nの試験片において、磁化反転中においてBHN電圧パルス幅を測定する測定励磁磁場とBHN電圧パルス幅の関係を調べた。
【0038】
使用したBHN診断システムは図5に示したものである。励磁速度は磁場の変化率で2×10-4Oe/ms一定であり、励磁磁場は被測定物の磁化が飽和した状態から磁化反転によって逆方向に飽和するまでの間変化させた。周波数フィルタリング条件としてはローパス周波数は100kHz、ハイパス周波数は500Hzとした。磁気ヘッドを試験片の最も疲労損傷が進んでいる中央部へ押し当ててBHNを測定し、BHN波形が電圧0であるゼロクロス時刻から個々のBHN電圧パルス幅を求めた。
【0039】
励磁磁場とBHN電圧パルス幅の関係を図6に示す。
その結果、BHN電圧パルス幅が疲労損傷度に対して最も大きく変化した励磁磁場は磁化反転開始直後の磁場H1であり、励磁磁場H1ではBHN電圧パルス幅は繰り返し回数Nが増えて疲労損傷度が増加するほど高い値を示した。一方、保磁力から磁化反転終了までの励磁磁場では、BHN電圧パルス幅は疲労損傷度の変化に対してほとんど変化しなかった。したがって、この鋼種の測定励磁磁場は磁場H1と決定した。
【0040】
次に、この鋼種で色々な荷重で疲労試験を行い、応力拡大係数幅ΔKと磁場H1で測定したBHN電圧パルス幅の関係を示す検量線を作成した。応力拡大係数幅ΔKは試験片に発生した微小亀裂の大きさと応力振幅から求めた。さらに、図2に示したような応力拡大係数幅ΔKと亀裂進展速度の相関図を作成して、亀裂進展段階の程度を表わすStageI〜IIIに段階分けした。BHN測定を行う際の励磁速度や周波数フィルタリング条件は上記と同じであるが、BHN電圧波形の検出は励磁磁場がH1から12.8mOe(64ms間)の間に行い、この間のBHN電圧パルス幅の平均値を求めた。
【0041】
図7に応力拡大係数幅ΔKとBHN電圧パルス幅の関係を示す。
測定のばらつきは点線の領域で示した。また図中には亀裂進展段階StageI〜IIIの領域を示した。BHN電圧パルス幅は疲労損傷度の進展に伴い大きく変化することが確認できた。荷重条件を変えて同様な相関関係を求めた場合でも、荷重条件が変わってもBHN電圧パルス幅は応力拡大係数幅ΔKと一義的な相関を有し、図7とほぼ同様な関係が得られた。
【0042】
これらのことから、本発明のBHN電圧パルス幅を疲労損傷材で測定することにより、BHN電圧パルス幅が疲労損傷度に対して大きく変化し、荷重条件によらず鋼構造物を構成する鋼材の疲労損傷度を診断できることが明らかになった。
【0043】
上述と同一鋼種の鋼材で構成されているモデル鋼構造物を4種類建造し、繰り返し荷重を負荷し疲労損傷させて上述と同じ本発明の診断システムを用いて疲労損傷度の診断を行った。ここで、測定励磁磁場はH1であり、測定時間は64msであった。BHN電圧パルス幅を求めた後に、応力拡大係数幅ΔKと亀裂進展段階を図7の検量線を用いて診断した。また、歪みゲージで測定した応力振幅と詳細な表面観察から求めた微小亀裂長さから別途、応力拡大係数幅ΔKと亀裂進展段階を求めた。その結果を表1にまとめる。
【0044】
【表1】
Figure 0004603216
【0045】
表1から本発明の方法および診断システムを用いると、既設の鋼構造物においてもスポットで疲労損傷度が診断できることがわかった。従来のBHN波形の実効値電圧を利用した方法でスポット的な診断を試みたが、電圧値から疲労損傷度を一義的に決めることが出来なかったため、既設構造物の疲労損傷度を診断できなかった。
【0046】
以上に示した様に、本発明の方法および診断システムを利用すると、従来法では不可能であった既設の鋼構造物の疲労損傷度の非破壊診断が正確かつ迅速に行えることがわかった。
【0047】
(実施例2)
高強度鋼の溶接HAZ部において、繰り返し荷重を負荷させた場合の疲労損傷度とBHN電圧パルス幅の間の相関を調べる実験を行った。用いた鋼材はC量が0.05wt%の成分系で、HAZ部はベイナイト組織を有するものである。
【0048】
まず、BHN電圧パルス幅が疲労損傷度の進展に対して大きく変化する磁化反転中の特定領域を求める実験を行った。用意した疲労試験片の形状は通常の砂時計型であり、中央部分で表面観察による疲労損傷度の評価と、BHN測定を行った。疲労試験は試験片の長手方向へ圧縮引っ張り荷重を繰り返し負荷させて行った。荷重の大きさは応力にして±380MPaであり、この荷重条件ではNfは12万回であり、この際には数mm程度の目視亀裂が発生した。繰り返し回数Nが0、12万回、および、4万、6万、10万回の疲労損傷度が異なる試験片を作製し、この異なる繰り返し回数Nの試験片において、磁化反転途中においてBHN電圧パルス幅を測定する測定励磁磁場とBHN電圧パルス幅の関係を調べた。
【0049】
使用したBHN診断システムは図5に示したものである。励磁条件は磁場の変化率で1×10-4Oe/ms一定であり、励磁磁場は被測定物の磁化が飽和した状態から磁化反転によって逆方向に飽和するまでの間変化させた。周波数フィルタリング条件としてはローパス周波数が250kHz、ハイパス周波数が500Hzとした。磁気ヘッドを疲労試験片の最も疲労損傷が進んでいる中央部へ押し当ててBHNを測定し、BHN波形が電圧0であるゼロクロス時刻から個々のBHN電圧パルス幅を求めた。励磁磁場とBHN電圧パルス幅の関係を図8に示した。その結果、BHN電圧パルス幅が疲労損傷度に対して最も大きく変化した励磁磁場は磁化反転中期の磁場H2であり、励磁磁場H2では電圧パルス幅は繰り返し回数Nが増えて疲労損傷度が増加するほど高い値を示した。このことから、この鋼種の測定励磁磁場は磁場H2と決定した。
【0050】
次に、この鋼種のHAZ部で色々な荷重で疲労試験を行い、応力拡大係数幅ΔKと磁場H2で測定したBHN電圧パルス幅の関係を示す検量線を作成した。応力拡大係数幅ΔKは試験片に発生した微小亀裂の大きさと応力振幅から求めた。
【0051】
さらに、図2に示したような応力拡大係数幅ΔKと亀裂進展速度の相関図を作製して、亀裂進展段階の程度を表わすStageI〜IIIに段階分けした。BHN測定を行う際の励磁速度や周波数フィルタリング条件は上記と同じであるが、BHN電圧波形の検出は励磁磁場がH2から1mOe(10ms間)の間に行い、この間のBHN電圧パルス幅の平均値を求めた。
【0052】
図9には応力拡大係数幅ΔKと電圧パルス幅の関係を示す。
測定のばらつきは点線の領域で示した。また図中には亀裂進展段階StageI〜IIIの領域を示した。この鋼種のHAZ部においてBHN電圧パルス幅は疲労損傷度の進展に伴い大きく変化することが確認できた。荷重条件を変えて同様な相関関係を求めた場合でも、BHN電圧パルス幅は応力拡大係数幅ΔKと一義的な相関を有し、図9とほぼ同様な関係が得られた。
【0053】
これらのことから、本発明のBHN電圧パルス幅を疲労損傷材で測定することによって、BHN電圧パルス幅が疲労損傷度に対して大きく変化し、荷重条件によらず鋼構造物を構成する鋼材の疲労損傷度を診断できることが明らかになった。
【0054】
上述と同一鋼種の鋼材で構成されているモデル鋼構造物を4種類建造し、繰り返し疲労で溶接部を疲労させて、上述と同じ本発明の診断システムを用いて溶接HAZ部の疲労損傷度の診断を行った。ここで測定励磁磁場はH2であり、測定時間は10msであった。BHN電圧パルス幅を求めた後に、応力拡大係数幅ΔKと亀裂進展段階を図9の検量線を用いて診断した。また、歪みゲージで測定した応力振幅と詳細な表面観察から求めた微小亀裂長さから別途、応力拡大係数幅ΔKと亀裂進展段階を求めた。その結果を表2にまとめる。
【0055】
【表2】
Figure 0004603216
【0056】
表2から本発明の方法および診断システムを用いると、既設の鋼構造物においてもスポットで溶接HAZ部の疲労損傷度が診断できることがわかった。従来のBHN波形の実効値電圧を利用した方法でスポット的な診断を試みたが、電圧値から疲労損傷度を一義的に決めることが出来なかったため、既設構造物の疲労損傷度を診断できなかった。
【0057】
以上に示した様に、本発明の方法および診断システムを利用すると、従来法では不可能であった既設の鋼構造物の疲労損傷度の非破壊診断が正確かつ迅速に行えることがわかった。
【0058】
【発明の効果】
本発明は、鋼材の磁化反転中の特定領域の励磁磁場におけるBHNの電圧パルス幅が疲労損傷度に強い相関を有することを利用して、鋼材の疲労損傷度を診断する方法、および、診断システムである。本発明によるBHN電圧パルス幅を用いた疲労損傷度診断方法およびそのシステムを用いれば、既設の鋼構造物の疲労損傷度を求めることが可能となり、測定時間が極めて短いため、効率的な診断作業が実施できる。したがって、敷設から時間が経過して高い疲労損傷度を有し、破壊の危機に晒されている鋼構造物を確実に検出でき、補修等の対策を早急に実施出来るようになる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の方法で測定したBHN電圧波形の電圧パルス幅の一例を示す特性図である。
【図2】応力拡大係数幅と亀裂進展速度の相関図から求められた疲労損傷度StageI〜IIIの領域を示す特性図である。
【図3】BHN波形データが離散的な場合のゼロクロス点Tiの決定方法の一例を示す特性図である。
【図4】本発明の方法で測定したBHN電圧波形の電圧パルス幅の一例を示す特性図である。
【図5】本発明の方法を実施するための測定システムの一例を示す模式図である。
【図6】一般構造用鋼の励磁磁場とBHN電圧パルス幅の関係を示す相関図である。
【図7】一般構造用鋼の疲労損傷度とBHN電圧波形の電圧パルス幅の関係を示す相関図である。
【図8】高強度鋼の溶接HAZ部の励磁磁場とBHN電圧パルス幅の関係を示す相関図である。
【図9】高強度鋼の溶接HAZ部の疲労損傷度とBHN電圧波形の電圧パルス幅の関係を示す相関図である。
【符号の説明】
1 磁気ヘッド
2 波形発生装置
3 電力増幅装置
4 電圧増幅装置
5 周波数フィルター装置
6 デジタルオシロスコープ
7 コンピュータ
11 励磁ヘッド
12 検出コイル

Claims (6)

  1. 鋼構造物を構成する鋼材から検出されるバルクハウゼンノイズにより疲労損傷度を診断する方法であって、
    被測定物と同一鋼種の鋼材を試験片に用いて、荷重の繰り返し回数がN=0,Nf(破断回数)、および、N=0〜Nfの間で少なくとも1条件の繰り返し回数で疲労させたそれぞれの試験片を励磁部で励磁させるステップと、
    前記試験片の励磁による磁化変化を検出部に誘起される電圧波形として検出するステップと、
    前記電圧波形から周波数フィルタリングでバルクハウゼンノイズの電圧波形を抽出するステップと、
    該バルクハウゼンノイズの電圧波形を電圧−時間領域に示した後にバルクハウゼンノイズの電圧パルス幅を求めるステップと、
    その際にバルクハウゼンノイズの電圧パルス幅が前記Nに対して最も大きく変化する励磁磁場を求めるステップと、
    さらに前記測定励磁磁場で測定したバルクハウゼンノイズの電圧パルス幅と疲労損傷度との相関関係を求めるステップと、
    引き続き、前記被測定物を励磁磁場で励磁するステップと、
    前記被測定物の励磁による磁化変化を検出部に誘起される電圧波形として検出するステップと、
    該電圧波形から周波数フィルタリングでバルクハウゼンノイズの電圧波形を抽出するステップと、
    該バルクハウゼンノイズの電圧波形を電圧−時間領域に示した後に前記測定励磁磁場におけるバルクハウゼンノイズの電圧パルス幅を求めるステップと、
    該バルクハウゼンノイズの電圧パルス幅から前記相関関係を用いて前記被測定物の疲労損傷度を診断するステップと
    を含むことを特徴とする鋼構造物を構成する鋼材の疲労損傷度診断方法。
  2. 前記バルクハウゼンノイズの電圧パルス幅を規定するステップが、
    該バルクハウゼンノイズの電圧波形を電圧−時間領域に示した後に電圧が0となるゼロクロス時刻Tiを求めるステップと、
    隣り合う時刻TiとTi+1の差分Ti+1−Tiを前記バルクハウゼンノイズの電圧パルス幅として規定するステップと
    を含むことを特徴とする請求項1に記載の鋼構造物を構成する鋼材の疲労損傷度診断方法。
  3. 前記疲労損傷度を応力拡大係数幅ΔKで規定することを特徴とする請求項1又は2に記載の鋼構造物を構成する鋼材の疲労損傷度診断方法。
  4. 鋼構造物を構成する鋼材から検出されるバルクハウゼンノイズにより疲労損傷度診断するシステムであって、
    被測定物または被測定物と同一鋼種の鋼材を励磁するための励磁部と、
    該被測定物または該被測定物と同一鋼種の鋼材の励磁による磁化変化を電圧波形として検出する検出部と、
    該検出電圧波形からバルクハウゼンノイズの電圧波形を抽出する周波数フィルタリング部と、
    該バルクハウゼンノイズの電圧波形からバルクハウゼンノイズの電圧パルス幅を求める演算部と、
    前記被測定物と同一鋼種の鋼材の前記バルクハウゼンノイズの電圧パルス幅と疲労損傷度との関係を示す検量線を作成し、該検量線を記憶させた記憶部と、
    前記被測定物の前記バルクハウゼンノイズの電圧パルス幅と、前記記憶部に記憶されている前記検量線とから前記被測定物の疲労損傷度を診断する診断部と
    を含むことを特徴とする鋼構造物を構成する鋼材の疲労損傷度診断システム。
  5. 前記演算部において、前記バルクハウゼンノイズの電圧波形の電圧が0となるゼロクロス時刻Tiを求め、少なくとも2つ以上の隣り合う時刻TiとTi+1の差分Ti+1−Tiから差分の平均値を求めて、該平均値を前記バルクハウゼンノイズの電圧パルス幅の代表値とすることを特徴とする請求項4に記載の鋼構造物を構成する鋼材の疲労損傷度診断システム。
  6. 前記疲労損傷度を応力拡大係数幅ΔKで規定することを特徴とする請求項4又は5に記載の鋼構造物を構成する鋼材の疲労損傷度診断システム。
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