JP4596721B2 - 液胞のpHを制御する蛋白質をコードする遺伝子 - Google Patents
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Description
本発明は液胞のpHを制御する活性を有する蛋白質をコードする遺伝子およびその利用方法に関するものである。
背景技術
花き産業においては、顕花植物の新規なあるいは多様性に富んだ新品種の開発が重要であり、なかでも、花の色は花きの最も重要な形質のひとつである。交配による従来の育種により、さまざまな色の品種が育種されてきたが、単一の植物種がすべての色の品種を有することはまれであり、さまざまな色の品種開発が望まれている。
花の色の主な成分は、アントシアニンと総称されるフラボノイドの一群の化合物である。植物には多様なアントシアニンが存在することは知られており、それらの多くの構造が既に決定されている。アントシアニンの色は、一部は、その構造に依存している。アントシアニンの生合成に関わる酵素や遺伝子に関しても研究が進んでおり、分子生物学的手法と植物への遺伝子導入により、アントシアニンの構造を変換し、花の色を変えた例もある(Plant Cell,7(1995)Holton and Cornish,p.1071、Plant Cell Physiol.39(1998)Tanaka et al,p1119.)。また、アントシアニンの色は、水溶液のpHにも依存し、同じアントシアニンでも水溶液のpHが中性から弱いアルカリ性で青く見える(現代化学、(1998年5月)本田と斉藤、p.25)。
アントシアニンは細胞の液胞に存在するため、液胞のpHが花の色に大きな影響を与えることも知られている(Plant Cell,7(1995)Holton and Cornish,Trends Plant Sci.3(1998)Mol et al.p212)。たとえば、アサガオ(Ipomea tricolor)においては、赤紫色のつぼみが開花したときに青くなるのは、花弁上皮細胞の液胞のpHが6.6から7.7に上昇するためであることが知られている(Nature,373(1995),Yoshida et al.p291)。
植物細胞の液胞はおもに液胞プロトン輸送ATPaseと液胞プロトン輸送ピロフォスファターゼによって制御されているとされる(The Plant Vacuole,(1997)Leigh et al.Academic Press)が、これらのプロトンポンプが花の色にどのように関わっているかは明確ではない。また、ナトリウムイオン−プロトンアンチポーター(以下、Na+−H+アンチポーターと記載)が植物の液胞に存在すること、また、Na+−H+アンチポーターは、液胞の外と中のプロトン濃度勾配に依存してナトリウムイオンを液胞内に輸送し、その際プロトンが液胞外に輸送され、プロトン濃度勾配が減少することが知られていた。
さらに、Na+−H+アンチポーターは、分子量約17万の蛋白質であることが示唆されていた。しかしながら、液胞のpHの制御には多くの未知の要因があり、どのようにして液胞、特に花弁液胞のpHが制御されているのかは、不明確である(以上The Plant Vacuole,(1997)Leigh et al.Academic Press)。また、植物液胞のpHを人為的に上昇させ、産業上有用な形質が得られたこともなく、花の色との関連も不明である。
また、分子量約7万のNa+−H+アンチポーター遺伝子がアラビドプシスからクローニングされ、この遺伝子を導入した酵母は耐塩性を獲得したことは知られているが(Proc.Natl.Acad.Sci.USA96(1999)Gaxiola et al.p1480〜1485)、このアンチポーターが植物細胞の液胞のpHを制御しているかどうか、あるいは花の色に関わっているかどうかは知られていない。
一方、ペチュニアには花弁の液胞のpH制御に関わっている遺伝子座が7種あることがわかっており、これらのうちの一つがホモの劣性になることにより花弁の液胞のpHが上昇するとされている(Plant J.13(1998)van Houwelingen et al.P39,Trends Plant Sci.3(1998)Mol et al.p212)。そのうちの一つPh6はすでにクローン化されていて、転写調節因子の一種であることがわかったが(Plant Cell 5(1993)Chuck et al.p371)、実際にどのような生化学的な機構で液胞のpHを制御しているかは不明である。
また、アサガオ(Ipomea nil)においては、変異体の解析から花と葉の色や形に関わる遺伝子座がいくつかあり、これらのうち19が易変異性であることが知られている(植物細胞工学シリーズ5(1996)p132,飯田ら 秀潤社、Annal.New York Acad.Sci.,(1999)Iida et al.p870)。これらの内で、青色ではなく紫色の花を咲かせるようになった劣性の変異により規定される1遺伝子座をPurple遺伝子座と呼び(T.Hagiwara(1931)The genetics of flower colours in Phrarbitis nil.J.Coll.Agr.Imp.Univ.Tokyo 51,241−262.;Y.Imai(1931)Analysis of flower colour in Pharbitis nil.J.Genet.,24:203−224.)、紫の花弁に青いセクターを生じる花を咲かせる易変性変異のアリールは、purple−mutable(pr−m)と名付けられた(J.Coll.Agric.Imp.Univ.Tokyo,12(1934)Imai,p479)。なお、Purple遺伝子座に由来する遺伝子をPurple遺伝子と記す。
この青い部分は劣性のpurpleからの体細胞復帰突然変異により生じたと考えられ、さらに生殖細胞復帰突然変異体も分離できる。これら復帰突然変異体の復帰突然変異により生じたアリールをここではPurple−revertant(Pr−r)と名付ける。このような古典遺伝学的解析は、このPurple遺伝子に関しては行われていたが、このPurple遺伝子の実体や花弁液胞のpHの調節との関連等は全く不明であった。
液胞のpHを改変できれば、たとえば液胞のpHを上昇させることにより、花の色を青くすることができるであろうと考えられる。青い色のない植物種の代表例として、バラ、キク、カーネーション、ガーベラなどがあり、これらはきわめて重要な切り花である。液胞pHの改変の重要性は認識されてきたが、いままでに花弁の液胞のpHを制御する蛋白質の実態は不明であり、これをコードする遺伝子の単離が望まれていた。
発明の開示
本発明は、植物細胞の液胞のpHを制御する蛋白質の遺伝子、好ましくは液胞でプロトンを輸送する蛋白質の遺伝子、より好ましくはNa+−H+アンチポーター遺伝子を提供しようとするものである。本発明の遺伝子を植物に導入し、発現させることで、花色を調節し、好ましくは青色化することが可能である。
従って、本発明は、液胞のpHを制御する活性を有する蛋白質をコードする遺伝子を提供する。この遺伝子は、好ましくはNa+−H+アンチポーターをコードする遺伝子であり、例えば、配列番号:2記載のアミノ酸配列をコードする遺伝子、あるいは配列番号:2記載のアミノ酸配列に対して1個又は複数個のアミノ酸の付加、欠失及び/または他のアミノ酸による置換により修飾されているアミノ酸配列を有し、且つ液胞のpHを制御する活性を有する蛋白質をコードする遺伝子;配列番号:2記載のアミノ酸配列に対して20%以上の相同性を示すアミノ酸配列を有し、且つ液胞のpHを制御する活性を有する蛋白質をコードする遺伝子;あるいは配列番号:2記載のアミノ酸配列をコードする塩基配列を有する核酸の一部または全部に対して、ストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、且つ液胞のpHを制御する活性を有する蛋白質をコードする遺伝子である。
本発明はまた、前記の遺伝子を含んでなるベクターを提供する。
本発明はまた、前記のベクターにより形質転換された宿主細胞を提供する。
本発明はまた、前記の遺伝子によってコードされる蛋白質を提供する。
本発明はさらに、前記の宿主細胞を培養し、又は生育させ、そして該宿主細胞から液胞のpHを制御する活性を有する蛋白質を採取することを特徴とする該蛋白質の製造方法を提供する。
本発明はまた、前記の遺伝子、または前記のベクターが導入された植物もしくはこれと同じ性質を有するその子孫またはそれらの組織を提供する。
本発明はまた、前記の植物又はこれと同じ性質を有するその子孫の切り花を提供する。
本発明はさらに、前記の遺伝子、または前記のベクターを植物又は植物細胞に導入し、該遺伝子を発現せしめることによる、液胞のpHを制御する方法を提供する。
本発明はさらに、前記の遺伝子、または前記のベクターを植物又は植物細胞に導入し、該遺伝子を発現せしめることによる、植物体の花の色を調節する方法を提供する。
発明の実施の形態
アサガオの遺伝子座Purpleは優性であると花弁の色は青で、ホモの劣性となると青い花弁が紫となる。この遺伝子座が花の色に関わっていることは明らかではあるが、その機構については不明である。
まず、pr−m変異体とその復帰突然変異体の花弁色素を化学分析したところ、両者の色素組成に差違は認められなかった。青色花アサガオの蕾は赤紫色で開花に伴って青色に変化するのは、前述のように、花弁細胞液胞のpH変化によると考えられる。
pr−m変異体では、開花に伴って青色に変化せず、さらに開花した花弁細胞の液胞のpHは、pr−m変異体のほうがPr−rに比べて低かった。それゆえ、Purple遺伝子は開花時の花弁細胞液胞内のpHを制御し、花色を調節する遺伝子と考えられる。そこで、pr−m変異体とその復帰突然変異体を用いて、トランスポゾン・ディスプレー法により、まずpr−mに特異的に存在するPurple遺伝子配列を含むゲノムDNAの断片を同定し、ついでPurple遺伝子を同定した。今回得られたPurple遺伝子は驚くべきことにアラビドプシスなどのNa+−H+アンチポーターと相同性を持ち、pr−m変異はPurple遺伝子の5’非翻訳領域中にトランスポゾンが挿入されていた。
本発明の遺伝子としては、例えば配列番号:2に記載するアミノ酸配列をコードするものが挙げられる。しかしながら、複数個のアミノ酸の付加、欠失および/または他のアミノ酸との置換によって修飾されたアミノ酸配列を有する蛋白質も、もとの蛋白質と同様の活性を維持することが知られている。従って本発明は、液胞のpHを制御する活性を有している蛋白質である限り、配列番号:2に記載のアミノ酸配列に対して1個または複数個のアミノ酸配列の付加、欠失および/または他のアミノ酸との置換によって修飾されたアミノ酸配列を有する蛋白質および当該蛋白質をコードする遺伝子も本発明に属する。
本発明はまた、配列番号:1に記載の塩基配列または配列番号:2に記載のアミノ酸配列をコードする塩基配列、またはそれらの塩基配列の一部分をコードする塩基配列に対して、ストリンジェントな条件下、例えば5xSSC、50℃の条件下でハイブリダイズし、且つ液胞のpHを制御する活性を有する蛋白質をコードする遺伝子に関するものである。なお、適切なハイブリダイゼーション温度は塩基配列やその塩基配列の長さによって異なり、例えばアミノ酸6個をコードする18塩基からなるDNAフラグメントをプローブとした場合には50℃以下の温度が好ましい。
このようなハイブリダイゼーションによって選択される遺伝子としては、天然由来のもの、例えば植物由来のもの、例えば、ペチュニアやトレニア由来の遺伝子が挙げられるが、植物以外の由来であってもよい。また、ハイブリダイゼーションによって選択される遺伝子はcDNAであってもよく、ゲノムDNAであってもよい。
また、Na+−H+アンチポーター遺伝子はスーパーファミリーを形成しており(FEBS Lett.424(1998)Debrov et al.,pl)、アミノ酸配列で20%以上の相同性を有する(J.Biol.Chem.272(1997)Orlowski et al.,p22373)。
そこで本発明はさらに配列番号:2に記載のアミノ酸配列に対して約20%以上、好ましくは50%以上、例えば60%または70%以上、の相同性を有するアミノ酸配列を有し、且つ液胞のpHを制御する活性を有する蛋白質をコードする遺伝子に関するものである。
生来の塩基配列を有する遺伝子は実施例に具体的に示すように、例えばcDNAライブラリーのスクリーニングによって得られる。また、修飾されたアミノ酸配列を有する蛋白質をコードするDNAは生来の塩基配列を有するDNAを基礎として、常用の部位特定変異誘発やPCR法を用いて合成することができる。例えば修飾を導入したいDNA断片を生来のcDNAまたはゲノムDNAの制限酵素処理によって得、これを鋳型にして、所望の変異を導入したプライマーを用いて部位特異的変異誘発またはPCR法を実施し、所望の修飾を導入したDNA断片を得る。その後、この変異を導入したDNA断片を目的とする酵素の他の部分をコードするDNA断片と連結すればよい。
あるいはまた、短縮されたアミノ酸配列からなる蛋白質をコードするDNAを得るには、例えば目的とするアミノ酸配列より長いアミノ酸配列、例えば全長アミノ酸配列をコードするDNAを所望の制限酵素により切断し、その結果得られたDNA断片が目的とするアミノ酸配列の全体をコードしていない場合は、不足部分の配列からなるDNA断片を合成し、連結すればよい。
本発明はアサガオ由来の液胞のpHを制御する活性を有する蛋白質をコードする遺伝子のみに限定されるものではなく、起源としては、植物でも動物でも微生物であってもよく、液胞においてプロトンを汲み出すトポロジーを持っていればよい。
また、得られた遺伝子を大腸菌または酵母での遺伝子発現系を用いて発現させ、活性を測定することにより、得られた遺伝子が液胞のpHを制御する活性を有する蛋白質をコードすることを確認することができる。さらに、当該遺伝子を発現させることにより、遺伝子産物である液胞のpHを制御する活性を有する蛋白質を得ることができる。あるいはまた、配列番号:2に記載のアミノ酸配列に対する抗体を用いても、液胞のpHを制御する活性を有する蛋白質を得ることができ、抗体を用いて他の生物の液胞のpHを制御する活性を有する蛋白質をクローン化することもできる。
従って本発明はまた、前述の遺伝子を含む組換えベクター、特に発現ベクター、及び当該ベクターによって形質転換された宿主細胞に関するものである。宿主としては、原核生物または真核生物を用いることができる。原核生物としては細菌、例えばエシェリヒア(Escherichia)属に属する細菌、例えば大腸菌(Escherichia coli)、バシルス(Bacillus)属微生物、例えばバシルス.スブシルス(Bacillus subtilis)など常用の宿主を用いることができる。真核性宿主としては、下等真核生物、例えば真核性微生物、例えば真菌である酵母または糸状菌が使用できる。
酵母としては例えばサッカロミセス(Saccharomyces)属微生物、例えばサッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)等が挙げられ、また糸状菌としてはアスペルギルス(Aspergillus)属微生物、例えばアスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)、アスペルギルス.ニガー(Aspergillus niger)、ペニシリウム(Penicillium)属微生物が挙げられる。さらに動物細胞または植物細胞が使用でき、動物細胞としては、マウス、ハムスター、サル、ヒト等の細胞系が使用される。さらに昆虫細胞、例えばカイコ細胞、またはカイコの成虫それ自体も宿主として使用される。
本発明の発現ベクターはそれらを導入すべき宿主の種類に依存して発現制御領域、例えばプロモーターおよびターミネーター、複製起点等を含有する。細菌用発現ベクターのプロモーターとしては、常用のプロモーター、例えばtrcプロモーター、tacプロモーター、lacプロモーター等が使用され、酵母用プロモーターとしては、例えばグリセルアルデヒド3リン酸デヒドロゲナーゼプロモーター、PH05プロモーター等が使用され、糸状菌用プロモーターとしては例えばアミラーゼプロモーター、trpCプロモーター等が使用される。
また動物細胞宿主用プロモーターとしてはウイルス性プロモーター、例えばSV40アーリープロモーター、SV40レートプロモーター等が使用される。発現ベクターの作製は制限酵素、リガーゼ等を用いて常用に従って行うことができる。また、発現ベクターによる宿主細胞の形質転換も常法に従って行うことができる。
前記の発現ベクターによって形質転換された宿主細胞を培養、栽培または飼育し、培養物等から常法に従って、例えば、濾過、遠心分離、細胞の破砕、ゲル濾過クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー等により目的とするタンパク質を回収、精製することができる。
さらに本発明は、液胞のpHを制御する活性を有する蛋白質をコードする遺伝子、具体的には、Na+−H+アンチポーター遺伝子を導入することにより、色合いが調節された植物もしくはその子孫又はこれらの組織に関するものであり、その形態は切り花であってもよい。本発明で得た液胞のpHを制御する活性を有する蛋白質をコードする遺伝子を用いると、液胞においてプロトンの細胞質への汲み出しとナトリウムイオンの汲み入れを行うことができ、液胞内に蓄積しているアントシアニンを青くでき、結果として花の色を青くすることができる。
また、本発明の遺伝子の発現を抑制することにより、液胞のpHを下げることも可能である。現在の技術水準をもってすれば、植物に遺伝子を導入し、その遺伝子を構成的あるいは組織特異的に発現させることは可能であるし、またアンチセンス法やコサプレッション法によって目的の遺伝子の発現を抑制することも可能である。
形質転換可能な植物の例としては、バラ、キク、カーネーション、金魚草、シクラメン、ラン、トルコギキョウ、フリージア、ガーベラ、グラジオラス、カスミソウ、カランコエ、ユリ、ペラルゴニウム、ゼラニウム、ペチュニア、トレニア、チューリップ、イネ、オオムギ、小麦、ナタネ、ポテト、トマト、ポプラ、バナナ、ユーカリ、サツマイモ、ダイズ、アルファルファ、ルーピン、トウモロコシなどがあげられるがこれらに限定されるものではない。
実施例
以下実施例に従って、発明の詳細を述べる。分子生物学的手法はとくに断らない限り、Molecular Cloning(Sambrook et al.,1989)に依った。
実施例1.生殖細胞復帰突然変異体の取得
生殖細胞復帰突然変異体の取得に関しては、すでに報告がある(植物細胞工学シリーズ 5(1996)p132,飯田ら 秀潤社、Annal.New York Acad.Sci.,(1999)Iida et al.p870、Plant Cell,6(1994)Inagaki et al.p375、Theor.Appl.Genet.92(1996)Inagaki et al.p499)。
遺伝子型(Pr−r/pr−m)を有するアサガオ(Iida et al.p870、Plant Cell,6(1994)Inagaki et al.p375、Theor.Appl.Genet.92(1996)Inagaki et al.p499)を自家受粉し、後代の種子を蒔き、それら自殖後代の花を観察して、復帰突然変異により青花を咲かせる個体を選抜し、さらにこの生殖細胞復帰突然変異体の自殖後代で、紫花を咲かせる分離体が得られるか否かでホモかヘテロかを検証し、遺伝子型(Pr−r/Pr−r)および(pr−m/pr−m)を有するものを選択した。
実施例2.復帰変異体花弁のアントシアニン
アサガオに含まれるアントシアニンはおもにヘブンリブルーアントシアニンであり、その他にいくつかのアントシアニンが含まれる(Phytochemistry 31(1992)Lu et al.P659)。実施例1で得られたPr−r/Pr−r株とpr−m/pr−m株の開いた花弁を同様に解析したところ、両者に含まれるアントシアニンはほぼ同一であった。
セロハンテープを表側の花弁に貼り、剥がすことにより一層の上皮細胞だけを回収し、ここから細胞液をメスなどで掻き取り遠心して搾汁を得た。搾汁をホリバB212pHメーター(株式会社堀場製作所)にてpHを測定した。Pr−r/Pr−r株の花弁上皮細胞のpHは約7.1であったのに対し、pr−m/pr−m株の花弁上皮細胞のpHは約6.5であった。この結果は、purpleの変異による花色の変化は、アントシアニンの構造によるものではなく液胞のpHの変化によるものであることを示す。
実施例3.pr−mに特異的に存在するゲノム断片の単離
遺伝子の単離にはトランスポゾンディスプレー法(たとえばPlant J.13(1998)Frey et al.p717,Plant J.13(1998)Van den Broeck et al.p121)あるいは類似の方法(植物細胞工学シリーズ7(1997)、土生ら、p144,秀潤社)を用い、pr−m/pr−m株とPr−w/pr−m株には存在し、Pr−r/Pr−r株と野性株には存在しないDNAのバンドを探した。アサガオにおいてはTpn1関連のトランスポゾンが主に易変異性に関与していると考えられるので、ここでもTpn1関連のトランスポゾンに着目した。
具体的には、pr−m/pr−m株から染色体DNAを抽出し、125ngを20μl中でMselで消化した。消化したDNAに80pmoleのMselアダプター(5’−GACGATGAGTCCTGAG−3’(配列番号:3)と5’−TACTCAGGACTCAT−3’(配列番号:4)をアニールしたもの)を25μl中で20℃で2時間付加した。75℃で10分間保持した後、−20℃で保管した。これを10倍希釈した後、2μlを鋳型とし、これを4.8pmoleのTIRプライマー(5’−TGTGCATTTTTCTTGTAGTG−3’(配列番号:5)、トランスポゾンTpn1の末端逆位繰り返し配列を含む)と4.8pmoleのMselプライマー(5’−GATGAGTCCTGAGTAA−3’)(配列番号:6)を用いて20μl中でPCRにより増幅した。
PCRは、Taqポリメラーゼ(宝酒造株式会社)94℃0.5分、56℃1分、72℃1分を1サイクルとし、20サイクル反応し、10倍に希釈した。このうち2μlを鋳型として、4.8pmoleのTIR+Nプライマー(5’−TGTGCATTTTTCTTGTAGN−3’(配列番号:7)N=A,C,GまたはT.混合ではなく4種合成する。)と4.8pmoleのMsel+Nプライマー(5’−GATGAGTCCTGAGTAAN−3’,(配列番号:8)N=A,C,GまたはT.混合ではなく4種合成する。5’端をフルオロセインで標識(アマシャムファルマシアバイオテク株式会社Vistra fluorescence5’−オリゴラベリングキットを使用))を用いて20μl中でPCRを行った。
反応はそれぞれのプライマーの組み合わせで行うため16反応をおこなう。PCRは、94℃0.5分、65℃1分(1サイクルごとに0.7℃づつ下げる)、72℃1分を1サイクルとし、13サイクル反応し、さらに94℃0.5分、56℃1分、72℃1分を1サイクルとし、13サイクル反応した。同様の操作をPr−r/Pr−r株から得た染色体DNAについても行い、DNAシークエンサー377(ピーイーバイオシステムズジャパン株式会社)のシークエンスゲルにて電気泳動を行い、FMBIOII(宝酒造株式会社)を用いてバンドを検出した。
Pr−r/Pr−r株とpr−m/pr−m株由来のバンドを比較したところ、約130bpのDNA断片がpr−mを有する株に特異的に発現していた。この130bpのDNA断片を回収し、20pmole TIRプライマーと20pmole Mselプライマーを用いてPCR(94℃0.5分、56℃1分、72℃1分を1サイクルとし、30サイクル反応)により増幅し、pGEM−Tベクター(Promega Corporation)にサブクローニングし、塩基配列を決定した。その
配列は、
であった(1本下線部は使用したプライマー、2本下線はエクソン、その他はイントロンに対応)。配列番号:9に記載の配列をプローブとしてノザン解析を行ったところ、Pr−rを有するアサガオの蕾には約2.3kbの転写産物が存在したが、pr−m/pr−m株には対応する転写産物は存在しなかった。従って、この2.3kbの転写産物がPurple遺伝子に対応することがわかった。
実施例4.cDNAの単離
野生株アサガオ(Pr−w/Pr−w)由来のcDNAライブラリー(Plant Cell,6(1994)Inagaki et al.p375)の約600万個クローンを130bpDNA断片をプローブとしてスクリーニングし、2クローンの陽性クローンを得た。そのうち1クローンは、2237bpのcDNAを持ち、その中には1626bpからなるオープンリーディングフレームが見られた(配列番号:1)。予測されるアミノ酸配列は、酵母とアラビドプシスのNa+−H+アンチポーター(それぞれNhx1,AtNhx1,Proc.Natl.Acad.Sci.USA96(1999)Gaxiola et al.p1480〜1485)に対して29.3%、73.4%の同一性を示した。
この結果からアサガオのPurple遣伝子はNa+−H+アンチポーターをコードしていることが判明した。なお、アラビドプシスから得られたNa+−H+アンチポーターは、酵母において耐塩性を与えるタンパク質として注目されているが、Na+−H+アンチポーターと花の色との関連が見出されたのは今回が初めてである。
実施例5.酵母Na + −H + アンチポーター変異体の相補実験
アサガオのPurple遺伝子がコードする推定アミノ酸配列は、酵母やアラビドプシスのNa+−H+アンチポーターのそれらに相同性がある。そこで実際に、アサガオPurple遺伝子産物が、Na+−H+アンチポーター蛋白として機能できるか酵母Na+−H+アンチポーター変異体を用いた相補実験で確認した。
まず最初に、以下の2種類のDNA断片を合成した。
この2つのDNA断片からは、CIaI−BgIII−SaII−CIaIという制限酵素部位をもつリンカーができる。pYES2ベクター(Invitrogen Corporation)のCIaI部位にBgIIIサイトがURA3遺伝子側に位置するよう定法にしたがって上記のリンカーを挿入し、プラスミドpINA145を作成した(図3)。プラスミドpJJ250(Jones and Prakash,1990,Yeast,6,363−366)をBamHIとSaIIで消化して得られる2kbのDNA断片をBgIIIとSaIIで消化したプラスミドpINA145とライゲーションし、プラスミドpINA147を作成した(図4)。プラスミドpINA147のGAL 1プロモーターの制御下にPurple cDNAを連結してプラスミドpINA151を作成した。pINA147およびpINA151をNa+−H+アンチポーターの変異株である酵母R101株にそれぞれ形質転換した。酵母R101株はNa+−H+アンチポーター遺伝子の変異により400mM NaCl添加APG培地(Nass et al.,1997,J.Biol.Chem.,272,26145;Gaxiola et al.,1999,96.1480−1485)では生育できない。pINA147を形質転換したR101株も同様に生育できなかったが、pINA151を形質転換したR101株のみ400mM NaCl添加APG培地でも生育が可能であった。この結果から、アサガオPurple遺伝子産物はNa+−H+アンチポーター機能を有していることが明らかになった。
実施例6.植物での発現ベクターの構築
アサガオPurple cDNA10ngを鋳型として、合成プライマーPR−5(5’−GGGATCCAACAAAAATGGCTGTCGGG−3’)(配列番号:10)とPR−3(5’−GGGTCGACTAAGCATCAAAACATAGAGCC−3’)(配列番号:11)を用いてPCRを行った。ポリメラーゼは、Taqポリメラーゼ(東洋紡績株式会社)を使用し、95℃45秒反応後、95℃45秒、50℃45秒、72℃45秒を1サイクルとし、25サイクル反応し、さらに72度で10分反応した。得られた約1.6kbのDNA断片をpCR2.1−Topo(クロンテック株式会社)にライゲーションし、pCR−purpleとした。このプラスミド上のPurple cDNAの塩基配列にPCRによるエラーがないことを確認した。
pBE2113−GUS(Plant Cell Physiol.37(1996)Mitsuhara et al.p49)をSacIで消化し、平滑末端化した後、XhoIリンカー(東洋紡績株式会社)を挿入し、得られたプラスミドをpBE2113−GUSxとした。これをEcoRIとHindIIIで消化して得られる約2.7kbのDNA断片をpBinPLUSのHidIIIとEcoRI消化物と連結し、得られたプラスミドをpBEXPとした。
一方、pCGP484(特表平8−511683号公報)をHindIIIとXbaIで消化して得られる約1.2kbのDNA断片と、pCR−purpleをXbaIとSaIIで消化して得られる約1.6kbのDNA断片と、pBEXPをHindIIIとXhoIで消化して得られる約13kbのDNA断片をライゲーションし、pSPB607を得た(図1)。このプラスミドは、アグロバクテリウムによる植物の形質転換用のバイナリーベクターで、このプラスミド上で、Purple cDNAは、キンギョソウ由来カルコンシンターゼプロモーターと、アグロバクテリウム由来のノパリンシンターゼターミネーターの制御下にある。
また、pCGP669(特表平8−511683号公報)をHindIIIとBamHIで消化して得られる約0.8kbのDNA断片と、pCR−purpleをBamHIとSaIIで消化して得られる約1.6kbのDNA断片と、pBEXPをHindIIIとXhoIで消化して得られる約13kbのDNA断片をライゲーションし、pSPB608を得た(図2)。このプラスミドは、アグロバクテリウムによる植物の形質転換用のバイナリーベクターで、このプラスミド上で、Purple cDNAは、ペチュニア由来カルコンシンターゼAプロモーターと、アグロバクテリウム由来のノパリンシンターゼターミネーターの制御下にある。
このようにして得られた発現ベクターを用いて植物の形質転換を行うことにより、液胞のpHを制御し、花色を調節することができる。
実施例7.Purple遺伝子のホモログの単離
ペチュニア(Petunia hybrida品種Old Glory Blue)、ニーレンベルギア(Nierembergia hybrida品種NB17)、トレニア(Torenia hybrida品種サマーウェーブ・ブルー)の花弁由来cDNA libraryをcDNA synthesis kit(Stratagene USA)を用いてそれぞれ作成した。作成方法は、製造者の推奨する方法に従った。それぞれ約20万個のクローンを定法に従って、スクリーニングした。なお、メンブレンの洗浄には、5xSSC,0.1%SDS水溶液を用い、50℃で10分間、3回行った。得られた陽性クローンのうち、それぞれの最長クローンの塩基配列を決定した。ペチュニアのクローンの塩基配列及び対応するアミノ酸配列を配列番号:14及び15に、ニーレンベルギアのクローンの塩基配列及び対応するアミノ酸配列を配列番号:16及び17に、そしてトレニアのクローンの塩基配列及び対応するアミノ酸配列を配列番号:18及び19に示す。ペチュニア、ニーレンベルギア及びトレニアのPurple遺伝子のホモログは、アサガオのPurple遺伝子に対してアミノ酸レベルでそれぞれ75%、76%及び71%の同一性を示した。
アサガオPurple遺伝子がコードするNa+−H+アンチポーターとアラビドプシスのAtNhx 1がコードするNa+−H+アンチポーターのアミノ酸配列の同一性が約73%であることから、ここで得たペチュニア、ニーレンベルギア、トレニアのPurple遺伝子のホモログは、Na+−H+アンチポーターをコードしていると判断される。
実施例8.アサガオPurple 染色体クローンの単離
変異型アサガオ(pr−m/pr−m)と復帰型アサガオ(Pr−r/Pr−r)の染色体DNAをBgIIIで切断後、0.8%アガロースゲルで電気泳動し、アサガオPurpleのcDNAをプローブにそれぞれゲノミックサザン解析を行った。その結果、変異型アサガオでは無く、復帰型アサガオには存在する約7.5kbのバンドを検出した。
野性型アサガオ(Pr−w/Pr−w、KKZSK2系統)の染色体DNA50μgをBgIIIで切断後、0.8%アガロースゲルで電気泳動し、約7〜9kbの部分を切り出してGENECLEAN III KIT(BIOI01)を用いてDNAを抽出した。このDNAをλZap express vector(Stratagene USA)にライゲーションし、アサガオPurpleのcDNAをプローブとしてスクリーニングした。得られたポジティブクローンの塩基配列を決定したところ、この約7.5kbのDNA断片にPurpleのプロモーター上流約6.3kbとエキソン3の途中までの領域が存在した。この配列のうちPurple遺伝子の開始コドンまでの配列を配列番号:20に示す。
Purple遺伝子は、アサガオの開花約24時間前にのみ強く発現が誘導されること、また、5’−非翻訳領域へのトランスポゾンの挿入により、Purple遺伝子の発現が抑制されることが判明している。このことから、得られたPurple遺伝子のプロモーター領域には、アサガオ花弁で時期特異的、器官特異的にPurple遺伝子を発現させるために必要な因子を含んでいる。このプロモーター領域の下流に目的遺伝子を配置すれば、時期特異的、器官特異的に目的遺伝子の発現が制御できる。
産業上の利用可能性
本発明により得られた遺伝子が液胞のpHおよび花の色の調節に関わっていることがはじめて明らかとなった。また、本発明の遺伝子を花弁で発現することにより、液胞のpHを上昇させ、花の色を青く変化させることができる。また、本発明の遺伝子の発現を抑制することにより、液胞のpHを低下させ、花の色を赤く変化させることができる。液胞のpHを制御する蛋白質をコードする遺伝子としては、本発明において得られたアサガオ由来のものだけでなく、他の生物の同様な遺伝子も用いることができる。
【配列表】
【図面の簡単な説明】
図1は、プラスミドpSPB607の構造を示す図である。
図2は、プラスミドpSPB608の構造を示す図である。
図3は、プラスミドpINA145の構造を示す図である。
図4は、プラスミドpINA147の構造を示す図である。
Claims (7)
- 配列番号2に示すアミノ酸配列を有するか、あるいは配列番号2に示すアミノ酸配列に対して1個のアミノ酸の付加、欠失及び/又は他のアミノ酸による置換により修飾されているアミノ酸配列を有し、且つ、植物細胞の液胞のpHを制御する活性を有する蛋白質をコードする遺伝子。
- 請求項1に記載の遺伝子を含むベクター。
- 請求項2に記載のベクターにより形質転換された宿主細胞。
- 請求項1に記載の遺伝子によりコードされた蛋白質。
- 請求項3に記載の宿主細胞を培養し又は生育させ、そして該宿主細胞から液胞のpHを制御する活性を有する蛋白質を採取する工程を含む、該蛋白質の製造方法。
- 請求項1に記載の遺伝子、又は請求項2に記載のベクターが導入され形質転換された植物若しくはその子孫又はそれらの組織。
- 切り花である、請求項6に記載の植物若しくはその子孫又はそれらの組織。
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