JP4462687B2 - 糖脂質に結合するペプチドの選別方法 - Google Patents

糖脂質に結合するペプチドの選別方法 Download PDF

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、ガングリオシドに対して結合性を示すアミノ酸配列を選別する方法に関する。更に本発明は、該方法によって得られるガングリオシド結合性アミノ酸配列を有するペプチドに関する。
【0002】
当該ペプチドはガングリオシドに特異的に結合するため、生体タンパク質及びウイルス等のガングリオシドへの結合を競合的に阻害することができる。このため、該ペプチドはそれ自身ガングリオシド−タンパク結合阻害剤として有用であるとともに、ガングリオシドとタンパクとの相互作用並びにタンパク結合を介したガングリオシドの機能メカニズムを解明するための研究ツールとして有用である。さらに、そのアミノ酸配列の解明により既知のDNAやアミノ酸配列のデータベースを検索することにより、ガングリオシドによって活性制御をうけるタンパク質が推定でき、ガングリオシドの機能解析のための重要な糸口となり得る。また、特定のガングリオシドに結合するアミノ酸配列の解明により、標的細胞に薬理物質を運搬するドラッグデリバリーシステムのプローブとしての応用も期待される。本発明の方法は、かかる医学上有用なペプチド又は蛋白質を選択的に取得する方法として有用である。
【0003】
【従来技術】
シアル酸を含むスフィンゴ糖脂質であるガングリオシドは、細胞膜表面に存在して多様な細胞機能並びに生命現象に関与していることが知られている。特にガングリオシドは、糖鎖を認識するレクチンや種々の毒素、インフルエンザウイルスの受容体として働くほかに、細胞間相互作用や細胞の分化・増殖にも関与していることが分かっている。
【0004】
このようなガングリオシドの機能はタンパク質によって制御されていることから、機能発現の過程で細胞内のタンパク質がガングリオシドの糖鎖部分等を認識して結合する段階が存在すると考えられるが、そのメカニズムの全容については未だ解明されていない。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】
上記のことから、ガングリオシドに結合するタンパク質のアミノ酸配列がわかれば、タンパク質のガングリオシド認識機構の解明に極めて有用であり、これにより種々の疾患のメカニズムが解明され、その予防薬や治療薬の開発が期待できる。
【0006】
本発明は、ガングリオシドの糖鎖部分を認識し結合するアミノ酸配列を有するペプチドを特異的に選択し、取得する方法を提供することを目的とするものである。更に本発明は、かかる方法によって得られるガングリオシドに結合性を有するアミノ酸配列、特にガングリオシドGM1に対して結合性を有するアミノ酸配列を提供することをも目的とする。
【0007】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねていたところ、ガングリオシドに結合するアミノ酸配列を有するペプチドの選別に際してファージディスプレイ法を用い、更にこの方法においてペプチドと反応させる固定化ガングリオシドとしてガングリオシド単分子膜を用いることにより、ガングリオシドに結合するアミノ酸配列を有する所望のペプチドを特異的にセレクションできることを見いだした。
【0008】
固定化ガングリオシドとして、上記ガングリオシド単分子膜に代えて、脂肪酸が一つ欠けたガングリオシドのリゾ体をビーズに結合させたもの、又はガングリオシドを疎水性膜にキャスティングして固定化させたものを使用すると、固定化させるガングリオシドの構造がコントロールできず、その結果、不規則なコンホメーションのガングリオシドの任意の部位に結合する種々のペプチドが選択されてしまうという欠点がある。
【0009】
本発明の方法によれば、ガングリオシドを単分子膜状に固定化することにより全てのガングリオシド分子の構造を一定に保つことができ、その結果、ガングリオシドの特定部位(特に糖鎖部位)を特異的に認識して結合するペプチドが選択的に選別取得できることが確認された。また、またかかる方法によれば、より生理的な態様で結合ペプチド(タンパク)が選択できるため、得られるペプチド(タンパク)は、体内におけるガングリオシドの機能メカニズムを解明するツールとしてより好ましいものであると思われる。
【0010】
本発明は、かかる知見に基づいて開発されたものである。
すなわち、本発明は、ファージディスプレイ法によってガングリオシドに結合するペプチドを選別する方法であって、ガングリオシド単分子膜を用いてパニングを行うことを特徴とする方法である。
【0011】
さらに本発明は、上記方法によって取得し得るペプチドであり、具体的にはガングリオシドGM1に結合することを特徴とする配列番号1〜3で示されるいずれかのアミノ酸配列を有するペプチドである。
【0012】
なお、以下、本明細書におけるアミノ酸、ペプチド、塩基配列、核酸等の略号による表示は、IUPAC、IUBの規定、「塩基配列又はアミノ酸配列を含む明細書等の作成のためのガイドライン」(特許庁編)及び当該分野における慣用記号に従うものとする。
【0013】
【発明の実施の形態】
本発明は、ガングリオシドに結合するアミノ酸配列を有するペプチド若しくはタンパクの選別取得方法である。
【0014】
以下、ガングリオシド結合性アミノ酸配列を有するペプチドの選別方法ならびに該方法で得られるペプチドにつき詳述する。
【0015】
本発明の方法には、分子ライブラリーのスクリーニング手法を採用でき、上記ライブラリーとしては、例えばファージディスプレイライブラリーを好ましく用いることができる。
【0016】
かかるライブラリーとしては、市販のものを用いることができる。該ライブラリー中のランダムペプチドディスプレイファージは、標的とする分子又は細胞に特異的に結合するペプチドを同定するために、特定の標的分子又は目的の細胞を用いてインビトロでスクリーニングされ得る多数のペプチドを発現するのに利用される。該ファージディスプレイライブラリーを用いるスクリーニングは、ファージディスプレイ法と呼ばれ、従来から種々の細胞表面レセプターと特異的に結合するリガンドや種々の抗体を同定するために使用されている。これらファージディスプレイライブラリーの作成方法及びインビトロスクリーニング法については、スコット及びスミスらの方法が参照される(Scott, J. M. and Smith, G. P., Science, 249, 386-390 (1990); Smith, G. P. and Scott, J. K., Methodsin Enzymology, 217, 228-257 (1993))。
【0017】
本発明の方法は、上記ファージディスプレイ法によりガングリオシドに結合するペプチドをインビトロでスクリーニングする方法であり、具体的には以下の方法によって行うことができる。
【0018】
すなわち、まず、公知のファージライブラリーにランダムなDNA配列を挿入して、ファージの外殻表面にランダムなアミノ酸配列を有するペプチドを発現し得るように構築したランダムペプチドディスプレイファージを用いて、これを固定化したガングリオシドと反応させて、ガングリオシドと特異的に結合するファージを回収する(バイオパンイング)。得られたファージを大腸菌に感染させて大量培養し、分離、精製して、ガングリオシドと特異的に結合するペプチド発現ファージを得る。かくして得られたファージは、再び上記と同様に、固定化ガングリオシドと反応させてガングリオシドと特異的に結合するファージをスクリーニングするパニング(panning)操作を行う。かかるパニング操作を数回、好ましくは4〜6回程度繰り返すことによりガングリオシドと特異的に結合するペプチドを発現し得るファージを選別し、濃縮することができる。
【0019】
次いで、選択されたファージからDNAを抽出しその配列を決定することにより、ファージが発現するペプチド、すなわちガングリオシドと特異的に結合するペプチドを同定することができる。
【0020】
上記DNAの配列決定は、当業界で公知の方法により容易に行うことができ、例えばジデオキシ法〔Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 74, 5463-5467 (1977)〕やマキサム−ギルバート法〔Method in Enzymology, 65, 499 (1980)〕等を挙げることができる。かかる塩基配列の決定は、市販のシークエンスキット等を用いても容易に行うことができる。
【0021】
上記ファージディスプレイ法において用いられるファージライブラリーは、通常この方法で用いられる公知のファージライブラリーのいずれであってもよいが、例えば実施例に掲げるような繊維状ファージであって、ファージのコートタンパク質pIII遺伝子にランダムなDNAが挿入されて、ファージ外殻表面にランダムな15個のアミノ酸からなるアミノ酸配列を有するペプチドが発現し得るように構築されたランダムペプチドディスプレイファージを好適に例示することができる。
【0022】
また本発明が対象とするガングリオシドは、ガングリオシドと総称されるものであればよく特に限定されないが、通常ヒト又は動物の生体に存在するガングリオシドを挙げることができる。よく知られているガングリオシドとして、Svennerholmの命名法に従えば、GM4、GM3、GM2、GM1、GM1b、GD3、GD1a、GD2、GD1b、GT1a、GT1b、GQ1b、GG1c、GP1c、GD1a-GalNAc、GD1b-Fucを挙げることができる。尚、ここでGM1及びGM1bは、正式にはそれぞれGM1a及びGM1と命名されるものであるが、本発明においては常法に従ってGM1及びGM1bとして表記する(「脳機能とガングリオシド」、安藤進、共立出版(1997)、 第16-17頁)。
【0023】
本発明の方法は、上記ファージディスプレイ法におけるパニング(panning)をガングリオシドの単分子膜を用いて行うこと、すなわち固定化ガングリオシドとしてガングリオシド単分子膜を用いることを特徴とする。
【0024】
実施例に記載するように、発明者らは固定化ガングリオシドとして、疎水性膜であるポリビニルイリデンジフルオライド膜(PVDF膜)にガングリオシドをキャストしたもの、並びにガングリオシドを単分子膜状に形成したものの二種類を用いてパニングを行ったところ、前者の方法で得られたファージからは一定の規則性はあるものの互いに相同性のない多種多様のアミノ酸配列を有する31種類のペプチドが得られたのに対し、後者の方法で得られたファージから発現されるペプチドはいずれも相同性が高く、わずか3種類に分類することができた。更に、得られたファージについて、ガングリオシド全てが一定の分子構造に並列してなるガングリオシド単分子膜に対する結合性を評価したところ、パニング前のランダムなファージライブラリーでは殆ど結合しないのに対して、後者の方法で得られたファージはかかる単分子膜に有意に結合することが観察された。
【0025】
これらのことは、ファージディスプレイ法において、固定化ガングリオシドとしてガングリオシドの単分子膜を用いてパニングすると、ガングリオシドの特定部位、好ましくは糖鎖部位を特異的に認識して結合する所望のペプチドが選択的に取得できることを示す。
【0026】
ガングリオシドの単分子膜は、上記に記載するいずれかのガングリオシドを用いて、例えば、佐藤智典ら、”Quantitative measurement of the interaction between ganglioside monolayers and wheat germ agglutinin (WGA) by a quartz-crystal microbalance” Biochim. Biophys. Acta, 1138, 82-92 (1998) または佐藤智典ら、”Binding o Influenza Virus to Monosialoganglioside (GM3) Reconstituted in Glucosylceramide and Sphingomyelin Membranes” Biochim. Biophys. Acta, 1285, 14-20 (1996) に記載される方法に従って調製することができる。具体的には、後述する実施例において記載する方法を挙げることができるが、これに限定されない。
【0027】
パニングは、上記のようにして水面にガングリオシドの単分子膜が形成された水槽に、選択されるべきファージを添加して一定時間放置し、単分子膜にファージを結合させることなどによって行うことができる。詳細には後述する実施例において記載する。放置時間(反応時間)は、単分子膜とファージとが反応して結合する時間であればよいが、好ましくは結合が飽和に達する時間である。
【0028】
ガングリオシド単分子膜の下層水は、特に制限されないが、好ましくは中性域に緩衝能を有する緩衝液であり、例えばpH7〜7.5のTBSを挙げることができる。
【0029】
かかるパニング工程において、ガングリオシド単分子膜にファージ粒子が結合していく過程を経時的にモニタリングすることもできる。かかるモニタリングによれば、ファージ粒子のガングリオシド単分子膜に対する結合性並びに結合挙動を検出することができ、これにより所望のペプチドを発現するファージの選別をより有利に簡便に行うことができ、更に得られた所望のファージの評価に有用である。更に、かかるモニタリングによってパニングの為の反応時間を決定することもできる。
【0030】
モニタリング方法としては、マイクロバランスとして知られる水晶発振子を用いる方法を例示することができる。これは、ファージの結合に応じて生じる水晶発振子金電極表面の重量変化を周波数の変化として検出するというものである。具体的には、例えば上記文献(Biochim. Biophys. Acta, 1138, 82-92 (1998)、Biochim. Biophys. Acta, 1285, 14-20 (1996))に記載されるように、TBSを下層水としてトラフに作製した単分子膜の表面に発振子電極表面を水平付着させ、発振させて、安定したところでファージライブラリー溶液を加え、ファージの結合に応じた発振子の振動数を計測し、モニタリングする方法を挙げることができる。
【0031】
本発明の方法の一例として、ガングリオシドとしてGM1を用いてそれに特異的に結合するアミノ酸配列を有するペプチドを選択し、同定する方法を後記実施例に記載する。
【0032】
かかる方法によって選別され、同定されたペプチドは、配列番号1から3に示されるいずれかのアミノ酸配列を有するものであり、これらはいずれもガングリオシドGM1、特にその糖鎖部位に結合性を有することにより特徴づけられる。実施例において示すように、配列番号1のアミノ酸配列を有するペプチド1は、ガングリオシドの主にシアル酸と相互作用していると考えられ、また配列番号3のアミノ酸配列を有するペプチド3はガングリオシドのシアル酸と末端Galと相互作用していると考えられる。また、配列番号2のアミノ酸配列を有するペプチド2は、どのGSL(glycosphingolipids)にもある程度の結合を示すもののGlcCerとは全く結合しないことから、上記ペプチド1及びペプチド3とは異なる結合様式を有するものと考えられる。
【0033】
本発明のペプチドには、上記配列番号1から3に示されるいずれかのアミノ酸配列を有するペプチドの他に、該アミノ酸配列において、1若しくは複数個のアミノ酸が置換、欠失若しくは付加により改変されたアミノ酸配列からなり、且つガングリオシド、特にガングリオシドGM1に結合性を有するペプチド並びに蛋白質が包含される。
【0034】
ここで、アミノ酸の「置換、欠失若しくは付加」の程度及びそれらの位置などは、改変されたペプチド若しくは蛋白質が、配列番号1から3で示されるアミノ酸配列のいずれかからなるペプチドと同様にガングリオシド、特にGM1に対して結合性を有する同効物であれば特に制限されない。アミノ酸配列の改変(変異)は、例えば突然変異や翻訳後の修飾などにより生じることもあるが、人為的に改変することもできる。本発明は、このような改変・変異の原因及び手段などを問わず、上記特性を有する全ての改変ペプチドを包含する。
【0035】
本発明のガングリオシド結合性ペプチドは、そのアミノ酸配列に従って、一般的な化学合成法により製造することができる。該方法には、通常の液相法及び固相法によるペプチド合成法が包含される。かかるペプチド合成法は、より詳しくは、アミノ酸配列情報に基づいて、各アミノ酸を1個ずつ逐次結合させ鎖を延長させていくステップワイズエロゲーション法と、アミノ酸数個からなるフラグメントを予め合成し、次いで各フラグメントをカップリング反応させるフラグメント・コンデンセーション法とを包含する。本発明のペプチドの合成は、そのいずれによることもできる。
【0036】
上記ペプチド合成に採用される縮合法も、公知の各種方法に従うことができる。その具体例としては、例えばアジド法、混合酸無水物法、DCC法、活性エステル法、酸化還元法、DPPA(ジフェニルホスホリルアジド)法、DCC+添加物(1−ヒドロキシベンゾトリアゾール、N−ヒドロキシサクシンアミド、N−ヒドロキシ−5−ノルボルネン−2,3−ジカルボキシイミド等)、ウッドワード法等を例示できる。これら各方法に利用できる溶媒もこの種ペプチド縮合反応に使用されることがよく知られている一般的なものから適宜選択することができる。その例としては、例えば ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ヘキサホスホロアミド、ジオキサン、テトラヒドロフラン(THF)、酢酸エチル等及びこれらの混合溶媒等を挙げることができる。
【0037】
尚、上記ペプチド合成反応に際して、反応に関与しないアミノ酸及至ペプチドにおけるカルボキシル基は、一般にはエステル化により、例えばメチルエステル、エチルエステル、第三級ブチルエステル等の低級アルキルエステル、例えばベンジルエステル、p−メトキシベンジルエステル、p−ニトロベンジルエステルアラルキルエステル等として保護することができる。また、側鎖に官能基を有するアミノ酸、例えばTyrの水酸基は、アセチル基、ベンジル基、ベンジルオキシカルボニル基、第三級ブチル基等で保護されてもよいが、必ずしもかかる保護を行う必要はない。更に例えばArgのグアニジノ基は、ニトロ基、トシル基、2−メトキシベンゼンスルホニル基、メチレン−2−スルホニル基、ベンジルオキシカルボニル基、イソボルニルオキシカルボニル基、アダマンチルオキシカルボニル基等の適当な保護基により保護することができる。上記保護基を有するアミノ酸、ペプチド及び最終的に得られる本発明のペプチドにおけるこれら保護基の脱保護反応もまた、慣用される方法、例えば接触還元法や、液体アンモニア/ナトリウム、フッ化水素、臭化水素、塩化水素、トリフルオロ酢酸、酢酸、蟻酸、メタンスルホン酸等を用いる方法等に従って、実施することができる。
【0038】
かくして得られる本発明のガングリオシド結合性ポリペプチドは、通常の方法に従って、例えばイオン交換樹脂、分配クロマトグラフィー、ゲルクロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、向流分配法等のペプチド化学の分野で汎用されている方法に従って、適宜その精製を行うことができる。
【0039】
本発明の方法によって、選別され同定されるペプチド(タンパク質)は、ガングリオシドを特異的に認識して結合するアミノ酸配列を有するものであり、それ自身、in vivoにおいて、ガングリオシドを認識するタンパク質やウイルス等の結合を競合的に妨げることのできる、すなわちガングリオシド結合阻害剤として用いることができる。当該ガングリオシド結合阻害剤によれば、ガングリオシドと蛋白質との結合若しくは相互作用を介して生じる、種々の細胞機能や生命現象を解明するのためのツールとしての応用、またはタンパク質やウイルス等がガングリオシドに作用して生じる種々の疾患の予防・治療薬としての応用、アフィニティカラムとしての利用が期待される。また、同定されたガングリオシド結合性ペプチドのアミノ酸配列をデータベース検索にかけることにより、公知のヒト又は動物のタンパク質の中で従来知られていなかった糖脂質結合活性部位を見いだせるものと期待される。
【0040】
【実施例】
以下、本発明を更に詳しく説明するため、実施例を挙げるが本発明はこれに限定されるものではない。
実施例1 ガングリオシド結合性アミノ酸配列を有するペプチドの選別及びその同定
(1)ファージディスプレイライブラリーの調製
西、佐谷らの報告(Nishi T., Satani H., et al., FEBS Lett, 399, 237-240 (1996))に従ってファージディスプレイライブラリーを作成した(2.5×108クローン)。該ファージディスプレイライブラリーは図1に示すように、具体的にはNNK(NはA,C,G,Tのいずれかを示し、KはG又はTを示す。)が15回繰り返された配列を含むDNAが遺伝子工学的に挿入された繊維状ファージfdであって、更に外殻タンパク質pIII遺伝子のN末端部分に15残基のランダムなアミノ酸配列からなるペプチドをコードするDNAが挿入されてファージ外殻表面にランダムな15残基のアミノ酸配列を有するペプチドが発現できるように構築されている。上記のファージディスプレイライブラリーは、スコットら(Scott,J.K. and Smith, G.P., Science, 249, 386-390 (1990))により報告されている特徴を有している。
【0041】
(2)ガングリオシド結合性ペプチドの選択
(i)ガングリオシドの固定化
ガングリオシドの固定化するための方法としては、脂肪酸が一つ欠けたリゾ体ガングリオシドをビーズに結合させる方法及びガングリオシドをPVDF膜のような疎水性膜にキャストする方法が挙げられる(図2、I)及びII)参照)。しかしながら、このような方法では、ガングリオシドの構造がコントロールできず、不規則なコンフォメーションのガングリオシドに対してペプチドをセレクションしてしまうおそれがある。
【0042】
このため、本発明ではガングリオシド結合性アミノ酸配列を有するペプチドのセレクション方法として、水面にガングリオシドからなる単分子膜を形成させ、該単分子膜に対して上記ファージを反応させる方法を採用した(図2、III))。
【0043】
なお、当該実施例においては、ガングリオシドの例としてガングリオシド系列でシアル酸を一つ含む糖脂質GM1を用いて、これに結合するアミノ酸配列を有するペプチドをセレクションした。なお、GM1はコレラトキシンの受容体として知られており、図3に示すように、GlcCerにガラクトース、N−アセチルガラクトース、ガラクトースがつながった骨格にシアル酸が1つ結合している構造を有している。
【0044】
(ii)GM1単分子膜の作製
M1単分子膜をTBS(pH7.5)を下層水として、トラフ(ラングミュアー型トラフFSD-110、USI社製)を用いて作製した(Biochim. Biophys. Acta, 1138, 82-92 (1998) またはBiochim. Biophys. Acta, 1285, 14-20 (1996)参照)。
【0045】
具体的には、ガングリオシドGM1のクロロホルム−エタノール(4:1 v/v)溶液を所定量、マイクロシリンジを用いて水面上に展開し、乾燥させた。なお、下層水の温度は、水循環式恒温槽CCM−2(池田理化社製)で20℃に制御した。10分以上乾燥させた後、1000mm2/minのバリアー速度で脂質単分子膜を圧縮した。なお、単分子膜の累積は、単分子膜が表面圧30mN/mに保持されるようにした。ついで該値に表面圧を保持した脂質単分子膜上に、超純水で十分に洗浄した水晶発振子(9MHz:Φ13.5mm、住友ベークライト社製)の金電極表面をリフトコントローラーを用いて水平に押さえつけるように付着させて、該水晶発振子に脂質単分子膜を移し、それを空気に曝されないようにしながら、バイオパニング用のウエルに移した。空気の暴露を避けるのは、脂質単分子膜は気相に曝されると剥離乃至は脂質分子の反転が起こる可能性があるためである。
【0046】
(iii)GM1単分子膜に対するパニング(panning)(図4参照)
M1単分子膜へのファージの結合過程をモニタリングするためにマイクロバランスとして知られる水晶発振子を用いた。これは単分子膜にファージが結合することによって生じる水晶発振子の金電極表面の重量変化を周波数変化として検知するものである。
【0047】
上記と同様にして単分子膜を9MHz発振子電極表面に水平付着し、1mL TBS中で発振させ、安定したところで、ファージライブラリー溶液10μL(5.5×1010TU、2.5×108クローン)を加えた。15分後、結合が飽和に達したことを確認して水晶発振子を引き上げた。
【0048】
なお、単分子膜へのファージの結合過程は、発振子の振動数の変化をSC-7201 UNIVERSAL COUNTER(岩崎通信機社製)で計測し、コンピューターに取り込んでモニタリングすることによって追跡した
発振子の金電極をTBS50μLで3回洗浄した後、elution buffer(Glycine,HCl. pH2.2)20μLで15分間室温に放置してファージを溶出させた(GM1単分子膜結合ファージ、GM1−n)。溶出液を遠心濃縮用チューブに移し、7.5μL Tris・HCl(pH9.1)を加えて中和し、その後TBSを加えて総容量2mLにメスアップした。チューブを遠心し(5000rpm、20分間)、再び約2mLのTBSを加え、再度遠心(5000rpm、20分間)することによりbuffer交換とファージ溶液の濃縮を同時に行った。
【0049】
得られたファージ溶液に調製済みK91−Kan溶液100μLを加え、15分間室温で感染させた。15分後、あらかじめ37℃で保温しておいた、0.2μg/mlテトラサイクリン(シグマ社製:以下TCという)を含むNZY培地20mLにこの感染溶液を加えて、37℃で40分間振盪培養した。
【0050】
40分後、TCのストック溶液(20mg/mL)20μLを加え(終濃度20μg/mL)、37℃で一晩振盪培養した。得られた培養液を3000rpmで10分間遠心して大腸菌を除去した。上清を再度12000rpmで10分間遠心して更に大腸菌を除去した。上清にPEG/NaCl溶液3mL(0.15 v/v)を加え、100回穏やかに攪拌した後、4時間以上4℃で静置した。12000rpmで10分間遠心して上清を除去し、沈殿したファージペレットに1mL TBSを加えて完全に溶解した。得られたファージ溶液を1.5mL容Epチューブに移し、15000rpmで10分間遠心して不溶物を除去した。この中に再びPEG/NaCl溶液150μLを加え、数回穏やかに攪拌した後、1時間以上4℃で静置した。15000rpmで10分間遠心してペレットを回収し、0.02% NaN3/TBS(200μL)に溶解した。15000rpmで10分間遠心して、不溶物を除去し、上清のファージ溶液(200μL)を0.6mL容Epチューブに移した。こうして得られたファージ溶液の半分を次のパニングに、また2μLをtiteringに使用し、残りを保存した。
【0051】
上記パニング操作によって得られた結果を図5及び表1に示す。
【0052】
図5は、1〜5回のそれぞれのパニング操作におけるGM1単分子膜へのファージ粒子の結合挙動を示す図である。横軸がパニング時間(反応時間)で縦軸が重量変化、すなわちファージ粒子の単分子膜への結合を示す。縦軸の△F/Hz値が低くなるほど、ファージ粒子が単分子膜に結合していることを示す。結果から分かるように1回目のラウンドは殆ど結合しなかったが、ラウンドが進むにつれて、ファージの結合量と初期結合速度が増加し、このことからパニングがうまく進行していることが確認できた。
【0053】
表1は、1〜5回目のパニングによって得られたファージの回収率を示すものである。表に示されるように用いたファージ数に対する単分子膜に結合したファージ数の比(Yield)を%で示したファージ回収率は、パニングの回数を重ねる度に4回目の0.043%(1回目に比して110倍の濃縮)を最高に上昇した。なお、5回目で回収率が低下したのはファージが単分子膜に覆い尽くされ、それ以上結合できなかったためであり、回収されたファージの絶対量は増加していた。
【0054】
【表1】
Figure 0004462687
【0055】
このことから、上記の方法により、ガングリオシドGM1に特異的に結合するペプチドを発現しているファージが回収されていることが確認された。
(3)ガングリオシドGM1結合性アミノ酸配列の配列決定
上記(2)で得られたファージ(18クローン)から、発現しているペプチドのアミノ酸配列決定を以下のとおり行った。
【0056】
即ち、5回目のパニングの後のタイター測定で得られたプレート上のコロニーをそれぞれ50コロニーずつ、無作為に拾い上げ、新しいNZYプレートに、植菌し直し、一晩37℃にて培養し、これをマスタープレートとして4℃で保存した。マスタープレートのコロニーを各々20mLのNZY培地(20μg/mlテトラサイクリン含有)の入った50mL遠心チューブに懸濁し、37℃で一晩200rpm/分で振盪培養した。ついで3000rpm/分、10分間遠心分離を行った後、上清をオーク・リッジ遠心チューブに移し、12000rpm/分で10分間遠心分離し、大腸菌を除菌した。更に上清をオーク・リッジ遠心チューブに移し、3mLのポリエチレングリコール(PEG6000:ナカライテスク社製)/NaClを加え、よく撹拌した後、4℃に4時間静置した。12000rpm/分で10分間遠心分離し、ファージを沈殿させた。ついで上清を除去し、沈殿したファージを1mLのTBS(トリス緩衝塩溶液)に懸濁させた。1.5mLのエッペンドルフ・チューブに移し、15000rpm/分で10分間遠心分離し、不溶性物質を除去後、上清を別のエッペンドルフ・チューブに移し、150μLのポリエチレングリコール/NaClを加え、よく撹拌した後、4℃に1時間静置した。次いで15000rpm/分で10分間遠心分離し、ファージを再沈殿させた。ついで上清を除去し、沈殿したファージを200μlのTBSで再度懸濁した。15000rpm/分で10分間遠心分離し、不溶性物質を沈殿させた後、該沈澱物を0.5mlのエッペンドルフ・チューブに移し、ファージクローンを4℃で保存した。
【0057】
上記で得られたファージクローンからのDNAの抽出は、1.5mLのエッペンドルフ・チューブにファージクローン100μlに対してTBS100μl及びTE飽和フェノール(ニッポジーン社製)200μlを加えて、10分間激しく撹拌後、15000rpm/分で10分間遠心分離した。次いで、上清(水相)200μlに対してTE飽和フェノール200μl及びクロロホルム200μlを加えて、前記同様10分間激しく撹拌後、15000rpm/分で10分間遠心分離した。更に、上清(水相)150μlに対してTE250μl、3M酢酸ナトリウム40μl、20mg/mLグリコ−ゲン(ベーリンガー・マインハイム社製)1μl及びエタノール1mLを加えて、1.5mLのエッペンドルフ・チューブにて−20℃で、一時間放置した後、15000rpm/分で10分間遠心分離した。上清を取り除き、1mLの80%エタノール(−20℃)を緩やかに加えて、15000rpm/分で10分間遠心分離し残存する塩を除いた。上清を除去後、チューブ内の水分を蒸発させ、沈殿しているDNAを10μlの滅菌蒸留水に溶解し、4℃にて保存した。かくして得られた個々のファージDNAをペプチドの配列決定のために使用した。
【0058】
ファージDNAによりコードされるペプチドの配列決定は、ジデオキシ法(Proc.Natl.Acad.Sci., USA., 74, 5463-5467(1977))により、アマシャム社のTHERMO配列キット(Amersham Life Sciene, Code; US79765, Lot番号; 201503)を用いて機器の使用説明書に従い実施した。DNAの伸長反応は、96℃、30秒、45℃、15秒、60℃、4分を1サイクルとして、30サイクル行い、DNAの配列は、ABI社製のDNAシーケンサー(ABI PRISMTM377DNAシーケンサー)を用いて行った。
【0059】
その結果、5回のパニングによって得られたファージ18クローンはいずれも配列番号1〜3に示すアミノ酸配列を有する3種類のペプチドのいずれかを発現していた。特に配列番号1に示すアミノ酸配列を有するペプチド(ペプチド1)を発現するファージは13クローンと一番数が多く、全体の72%の割合を占めていた(ファージ1)。配列番号2に示すアミノ酸配列を有するペプチド(ペプチド2)を発現するファージは4クローンと全体の22%で(ファージ2)、また配列番号3に示すアミノ酸配列を有するペプチド(ペプチド3)を発現するファージは1クローンであった(ファージ3)(図6参照)。
【0060】
(4)GM1結合性ペプチドのハイドロパシー
上記でアミノ酸配列が決定されたファージ1〜3についてhydropathyを調べた(Eisenberg,D.,Tweiss,R.M.,Terwilliger,T.C.,Wilcox,W.,Faraday Symp.Chem.Soc.,17,109-120 (1982))。ファージ1及び2についての結果をそれぞれ図7(A)及び図7(B)に示す。図中、横軸はアミノ酸残基番号を示し、縦軸は疎水性度を示す。
【0061】
図7から分かるように、一番クローン数が多かったファージ1ではN端側の3〜4残基並びにC端側の13残基にカチオンを持つArgが見られた。これらArgは、糖の糖水酸基と2価で水素結合しているか、シアル酸のカルボキシル基と2価で水素結合しているか、シアル酸のカルボキシル基と静電結合している可能性が考えられた。また、その間に挟まれるように、turn構造(折り返し構造)を取りやすいPro−Gly配列が見られたことから、糖鎖部分をArgで挟み込んで糖と相互作用している可能性が推測された。また、図には示さないが、ファージ3のhydropathyパターンはこのファージ1のパターンとよく似ていた。ファージでは、中央付近にLys、Argのカチオンをもつ3つの塩基性アミノ酸が見られた。
【0062】
(5)GM1結合性ペプチド発現ファージの膜への選択性
5回のパニングによって得られたファージが本当にセレクションされた所望のファージであるかを調べるために、下記の実験を行った。
(i)GM1単分子膜に対するファージ1の結合挙動
パニングする前のランダムなファージライブラリー及びパニング後のファージ1を用いて、GM1単分子膜に対する結合挙動を調べた。結合挙動のモニタリングは、ファージディスプレイ法におけるパニング時のモニタリングと同様に、水晶発振子を用いて行った。
【0063】
結果を図8(A)に示す。図から分かるように、パニング前のランダムなライブラリーでは殆どGM1単分子膜と結合しなかったが、パニング後に単離したファージ1では14Hz程度の結合が観察された。
【0064】
(ii)脂質混合単分子膜に対するファージ1の結合挙動
パニングする前のランダムなファージライブラリー及びパニング後のファージ1を用いて、脂質混合単分子膜(PC/PE/PS/SM(モル比、20:20:10:15))に対する結合挙動を調べた。結果を図8(B)に示す。図から分かるように、パニング前のランダムなライブラリーでは脂質混合単分子膜と結合するが、パニング後に単離したファージ1では結合しなかった。
【0065】
この実験の結果から、ファージディスプレイ法において固定化ガングリオシドとしてGM1単分子膜を用いて該膜に対してパニングすることにより、GM1単分子膜、すなわちガングリオシドの特定部位に特異的に結合性を示すアミノ酸配列を有するペプチドを発現するファージが選別取得できることが確認された。
【0066】
実施例2 コレラトキシン−GM1結合阻害試験
実施例1で得られたガングリオシドGM1単分子膜に特異的結合性を示すアミノ酸配列を有するペプチド1、2及び3(配列番号1〜3のアミノ酸配列を有するペプチド)を常法の化学合成法に従って製造し、これらのペプチドのGM1単分子膜への結合能を、コレラトキシンとGM1単分子膜の結合への阻害活性により試験した。具体的には、GM1単分子膜を30mN/mでセルデスクに写し取り、1%BSA/TBS(0.5mL)の入った24ウエルに移して、4℃で一夜、ブロッキングを行った。TBS(0.5mL)で3回洗浄した後、これにHRP標識コレラトキシンBサブユニット(200μLの0.5%BSA/TBSで5000倍希釈:C-4672、シグマ社)と合成ペプチド(10-7〜10-3M)を加え、4℃で一夜インキュベートした。これをTBS(0.5mL)で3回洗浄した後、基質溶液(o−フェニレンジアミン)を0.5mL加え、10〜15分発色させて、3N H2SO4(100μL)を加えて反応を停止し、200μLを96ウエルに移して492nmにおける吸光度を検出した。
【0067】
なお、対照ペプチドとしてコレステロール結合性ペプチド(AREYGTRFSLTGGYR)を用いて同様に試験を行った。上記各試験はそれぞれ3回ずつ実施した。
【0068】
上記の試験からIC50(コレラトキシンの結合を50%阻害するペプチド濃度:平均値)を求めた結果を表2に示す。
【0069】
【表2】
Figure 0004462687
【0070】
この結果から、ペプチド1、2及び3はGM1に結合し、コレラトキシンの結合を阻害できることが示され、特にペプチド3は1μMという低濃度で阻害活性を有していることが確認できた。
【0071】
実施例3 各種糖脂質単分子膜に対する選択性
前記合成ペプチド(ペプチド1〜3)の各種糖脂質単分子膜に対する結合性選択性を、前記したパニング時のモニタリングと同様にして、水晶発振子(QCM;27MHz)を用いて試験した。糖脂質として、GM1,GM2,GM3,asGM1,GDla及びGlcCerを用い、合成ペプチドのこれら糖脂質単分子膜への結合の見かけ上の飽和結合量(△mmax)と解離定数(Kd)を求めた。
【0072】
具体的には、27MHz水晶発振子の電極表面に糖脂質単分子膜を吸着させ、測定用セルに移動した。20℃で発振が安定になるのを確認した後、ペプチド溶液(3〜10μl、0.1〜10mM、TBS中)をインジェクトし、結合が平衡に達した後、更にペプチド溶液を打ち込むことでセル内の濃度を変化させ、振動数変化量を測定した(図9)。セル内のペプチド終濃度は、0.1〜40μMの範囲内で行った。同じ操作を2〜6回程度繰り返し、それぞれの濃度における結合量の平均(△m)と標準偏差を求めた。各ペプチドの結合量をペプチド濃度に対してプロットし、結合曲線を描いた。これを図10に示す逆数プロットから解離定数(Kd)と飽和結合量(△mmax)を求めた。
【0073】
[peptide]0/△m=([peptide]0/△mmax)+(Kd/△mmax
その結果、ペプチド3はGM1>GDla=GM3=asGM1>GM2>GlcCerの順で結合した。このようにシアル酸と末端Galが存在すると結合することから、このペプチドはシアル酸と末端Galと相互作用していると考えられる。ペプチド1は、GM3>GDla>GM2>>GM1>asGM1>GlcCerの順で結合した。このことから、このペプチドは主に非還元末端のシアル酸と相互作用していると考えられる。ペプチド2はGM1≧GDla≧asGM1=GM2≧GM3の順で結合し、GlcCerには全く結合しなかった。このことから、ペプチド2は結合量は低いものの、どのGSL(glycosphingolipids)にもある程度の結合を示し、このことからペプチド1及びペプチド3とは異なる結合様式で結合するものと考えられる。
【0074】
実施例4 変異ペプチドのGM1単分子膜への結合能
配列番号1及び3のアミノ酸配列においてはモチーフが認められる。このため、このモチーフが糖脂質単分子膜との結合にどのように寄与しているかを検討した。具体的には、モチーフ部分(xxPxLPxxFxxxRxP)の各R、F及びPをそれぞれE、V及びAに置換したものを含む次の変異体ペプチドを常法に従って合成して、これらペプチドのGM1単分子膜への結合能を実施例2で行ったコレラトキシン−GM1結合阻害試験に従って試験した。
<変異ペプチド>
下記に示すアミノ酸配列のうち下線部が変異部である。
【0075】
ペプチド1/R→E置換 :DFRLPGAFWQLQP
ペプチド1/P→A置換 :DFRRLGAFWQLRQ
ペプチド1/F→V置換 :DFRRLPGAWQLRQP
ペプチド3/R→E置換 :VWLLAPPFSNLLP
ペプチド3/P→A置換 :VWRLLAAAFSNRLL
ペプチド3/F→V置換 :VWRLLAPPSNRLLP
ペプチド3/RF→EG置換:VWLLAPPSNRLLP
ペプチド3/WR→GE置換:VRLLAPPFSNLLP
ペプチド3/WF→GG置換:VRLLAPPSNRLLP。
【0076】
なお、上記各ペプチドの変異は、シアル酸と静電相互作用すると予想されるR(Arg、+)をE(Glu、−)に変え、末端Galとのスタッキングが予想されるF(Phe)を同じ疎水性のV(Val)に変え、ペプチドをターン構造にさせると予想されるP(Pro)をヘリックスを取り扱い易いA(Ala)に変えるものであり、このモチーフがGM1との結合に重要な役割を果たしているとすれば、これらの変異体ペプチドによればGM1単分子膜への結合能が低下すると予想される。
【0077】
かかる予想のもと、上記各変異体ペプチドについて、GM1単分子膜への結合能を試験した結果、ペプチド3の変異体ペプチドに関して「ペプチド3/P→A置換」のIC50はペプチド3のそれと変わらず略同等の結合能が認められ、また、「ペプチド3/R→E置換」においては全く阻害がかからず結合能のないものと考えられた。ペプチド1の変異体ペプチドに関しては、「ペプチド1/R→E置換」は全く阻害がかからず結合能が認められなかったが、「ペプチド1/F→V置換」及び「ペプチド1/P→A置換」については阻害能の上昇、すなわち結合能の上昇が認められた。また、「ペプチド3/RF→EG置換」では阻害能が低下し、「ペプチド3/WR→GE置換」や「ペプチド3/WF→GG置換」では有意な阻害活性が認められなかった。
【0078】
これらの結果から、2番目のWと12番目のR(W2−R12)及び3番目のRと9番目のF(R3−F9)のアミノ酸は、対で、GM1と相互作用しており、(W2−R12)の対が(R3−F9)の対に比べて高いGM1結合性を有しているものと考えられる。
【0079】
比較例 ガングリオシドをキャストさせたPVDF膜を用いた、ガングリオシド結合性アミノ酸配列を有するペプチドの選別
パニングに用いる固定化ガングリオシドとして、上記ガングリオシド単分子膜に代えて、ガングリオシドをPVDF(ポリビニルイリデンジフルオライド)膜のキャストして固定化させたものを用いてファージディスプレイ法を行い、ガングリオシド結合性アミノ酸配列を有するペプチドを選別した。かかる選別方法の概略を図11に示す。
【0080】
具体的には、実施例1で用いたのと同じファージライブラリー(1010〜1011TU、2.5×108クローン、TBS)をまずPVDF膜に反応させて上澄みをとって、PVDF膜と非特異的に結合するものを除いた。次いで該上澄みを、同様にしてリン脂質混合物をキャストさせたPVDF膜と反応させて上澄みをとって、リン脂質混合物と非特異的に結合するものを除いた。このsubtructionした上澄みに含まれるファージについて、ガングリオシドGM1をキャストしたPVDF膜と反応させた(室温、1時間)。
【0081】
反応後、TBSで膜を洗浄して膜に結合していないファージを除去し、次いでpH2の溶出緩衝液で膜に結合しているファージを回収した。得られたファージは、実施例1の方法と同様にして大腸菌に感染させ、増殖させて次のラウンドに使用した。また、溶出されたファージは回収率を求め、パニング操作がうまくできているかを評価した。
【0082】
かかるサイクルを4回行った後、ファージクローン(31クローン)を単離して、実施例1と同様にしてランダムペプチド相当部分のDNAの塩基配列を解析することにより、GM1キャスティングPVDF膜に結合性を示したペプチドのアミノ酸配列を同定した。
【0083】
M1キャスト膜に対してパニングした結果を表3に示す。
【0084】
【表3】
Figure 0004462687
【0085】
ファージ回収率をラウンドに対して対数でプロットした図が図12である。この図から分かるように、ラウンドが進むにつれて回収率が増加し、目的のファージが濃縮されるのが分かる。
【0086】
31クローンのランダムペプチド部分のアミノ酸配列の結果を図13に示す。Argをもとに分類すると、Argが隣接して見られるモチーフA、Argが少し離れて見られるモチーフB、Argを一つ含むモチーフC、Argを含まないモチーフDに分けられた。しかしながら、このキャスト膜を用いて得られた結果では、アミノ酸配列の相同性が認められなかった。
【0087】
【発明の効果】
本発明によれば、ガングリオシド、特にその糖鎖部位に結合するアミノ酸配列を有するペプチド又は蛋白質を特異的に選別し、同定する方法を提供することができる。かかる方法によって得られたペプチド又は蛋白質は、ガングリオシドに特異的に結合することから、ペプチド又は蛋白質を介して機能するガングリオシドの作用メカニズムを解明する研究ツールとして有用である。また、ガングリオシドが結合するアミノ酸配列が明らかになることにより、既知のDNAやアミノ酸配列のデーターベースを検索することでガングリオシドによって活性制御をうける生体蛋白質を推定することができ、これはガングリオシドの機能の解析に重要な糸口とあるものと思われる。
【0088】
【配列表】
Figure 0004462687
Figure 0004462687
Figure 0004462687
Figure 0004462687
Figure 0004462687
Figure 0004462687
Figure 0004462687
Figure 0004462687
Figure 0004462687
Figure 0004462687
Figure 0004462687
Figure 0004462687
Figure 0004462687

【図面の簡単な説明】
【図1】実施例1で用いた、ランダム15アミノ酸を融合したpIIIコートタンパク質を有するファージの概略を示す図である。
【図2】ガングリオシド結合性アミノ酸配列を有するペプチドのセレクションのためのファージディスプレイ法に用いられる各種パニング法を示す図である。図中I)は、固定化ガングリオシドとしてビーズにリゾ−ガングリオシドを化学的に結合させたものを用いてファージとパニングする方法、II)はPVDF等の疎水性膜にガングリオシドをキャストし固定化してファージとパニングする方法、及びIII)はガングリオシドを単分子膜状に整列させて固定化してファージとパニングする方法を示す。
【図3】ガングリオシドGM1の構造を示す図である。
【図4】実施例1において行った、GM1単分子膜に結合するペプチドを発現するファージを選択するためのバイオパニングの方法を概略した図である。なお、図中、QCMは水晶発振子(Quartz-Crystal Microbalance)を示す。
【図5】実施例1において、1〜5回のそれぞれのパニング操作におけるGM1単分子膜へのファージ粒子の結合挙動を示す図である。横軸にパニング時間(反応時間)、及び縦軸に金電極表面の重量変化(周波数変化)を示す。
【図6】ガングリオシドGM1に結合したファージ(18クローン)のランダム15アミノ酸の配列を示す図である(実施例1)。
【図7】実施例1で得られたファージ1及び2のペプチドについてhydropathy Indexを示す図((A)はファージ1、(B)はファージ2)である。図中、横軸はアミノ酸残基番号を示し、縦軸は疎水性度を示す。
【図8】(A)はGM1単分子膜に対するファージの結合挙動を示す図である。図中、(イ)はパニングする前のランダムなファージライブラリーについての結合挙動、(ロ)はパニング後のファージ1についての結合挙動である。(B)は脂質混合単分子膜(PC/PE/PS/SM(20:20:10:15))に対するファージの結合挙動を示す図である。図中、(ハ)はパニング後のファージ1についての結合挙動、(ニ)はパニング前のランダムなファージライブラリーについての結合挙動である。
【図9】糖脂質単分子膜に対する合成ペプチドの結合挙動の測定の概念図を示す図である。
【図10】糖脂質単分子膜に対する合成ペプチドの結合挙動の解析のための図である。なお図中、[peptide]はペプチドの濃度(μM)を、△mはペプチドの各濃度における結合量の平均(n=2〜6)を、Kdは解離定数を、並びに△mmaxは飽和結合量を示す。
【図11】比較例において行った、GM1キャスト膜に結合するペプチドを発現するファージを選択するためのバイオパニングの方法を概略した図である。
【図12】GM1キャスト膜に対してパニングし、回収されたファージの収率を示す図である。図中の表の左からサイクルの数(ラウンド数)、反応させたファージ量、溶出させたファージ量、回収率(反応させたファージ量分の溶出させたファージ量)、サイクルの繰り返しによってファージの濃縮度を示す。下図はこの回収率をラウンドに対して対数でプロットしたものである。
【図13】比較例においてGM1キャスト膜に結合したファージののランダム15アミノ酸の配列を示す図である。

Claims (4)

  1. ファージディスプレイ法によってガングリオシドに結合するペプチドを選別する方法であって、ランダムペプチドディスプレイファージをガングリオシド単分子膜を用いてパニングすることを特徴とする方法。
  2. ガングリオシドがガングリオシドGM1である請求項1記載の方法。
  3. パニング操作において、ガングリオシド単分子膜へのファージの結合挙動を水晶発振子を用いてモニタリングする請求項1記載の方法。
  4. ガングリオシドGM1に結合することを特徴とする、配列番号1〜3で示されるいずれかのアミノ酸配列を有するペプチド。
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