JP4239659B2 - ころ軸受及び工作機械用主軸装置 - Google Patents

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、高速回転条件下の用途で好適に使用されるころ軸受及び工作機械用主軸装置に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
各種工作機械の主軸を支承して回転させるころ軸受は、内輪及び外輪からなる鋼製の軌道部材、保持器、ころとから構成されている。そして、保持器のポケット内に収容保持されたころがポケット内を転動し、内輪と外輪との間でころと保持器が周方向に回転し、内輪が主軸とともに外輪に対して回転する。係るころ軸受にあっては、保持器を外輪の内周面で案内する外輪案内形式、保持器を内輪の外周面で案内する内輪案内形式、保持器をころで案内するころ案内形式がある。
【0003】
近年、加工効率と生産性を向上させるため、各種工作機械には高速化が求められており、これらの工作機械の主軸の高速回転化が進み、ころ軸受にも高速回転への対応が要求されている。また、工作精度を向上させるために、振動、音響等の特性に優れたころ軸受が必要とされている。潤滑をグリースで行うころ軸受にあっては、dmn値(ころ軸受ピッチ円径mm×回転数min-1)が1×106を超えるような高速回転条件下で使用されるものがあり、潤滑油供給装置がオイルエア又はオイルミストで潤滑油を供給して潤滑を行うころ軸受にあっては、dmn値が2×106を超えるような高速回転条件下で使用されるものもある。
【0004】
そして、高速回転条件下で使用されるころ軸受では、微量の潤滑剤を供給する微量潤滑が多く採用されており、ころ軸受からの発熱量の低減が図られている。即ち、潤滑油供給装置がオイルエア又はオイルミストでころ軸受に供給する潤滑油を微少量としたり、グリースの封入量をころ軸受の軸受空間容積の10〜20%としている。尚、軸受空間容積とは、軌道部材の内輪の外周面、外輪の内周面及びシールによって囲まれた空間の容積からころ及び保持器が占める容積を差し引いた容積のことをいう。
【0005】
また、微量潤滑を採用するころ軸受には、合成樹脂組成物から形成した保持器が多く用いられている。この合成樹脂組成物には軽量で柔軟性に優れるポリアミド樹脂、ポリアセタール樹脂、ポリブチレンテレフタレート樹脂、フッ素樹脂等のいわゆるエンジニアリングプラスチックが用いられており、あるいは、ガラス繊維、炭素繊維、アラミド繊維等の短繊維を強化繊維として混入し強化した複合材料の形態で使用されてきた。これらの中で、46ナイロンや66ナイロン等のポリアミド樹脂は材料コストと性能とのバランスの良さから多用されている。
【0006】
しかし、ころ軸受を高速回転条件下で使用すると、保持器に遠心力や振れ周りに起因する大きな力が作用して変形を生じ、保持器のポケット内でころが拘束されて、ころ軸受の異常発熱、焼きつき、破損等を生じるおそれがある。かかる高速回転条件下での保持器の変形、ころの拘束、異常発熱、焼きつき、破損等を防止するべく、ころ軸受の形状に関する発明がこれまでになされており、例えば、回転軸受の回転体を保持するための保持構造体(特許文献1参照)や、本出願人の出願に係る円筒ころ軸受(特許文献2参照)が知られている。また、本出願人の出願に係る特願2001−231698には軸受装置及び工作機械主軸の発明が記載されている。尚、本出願の出願時に、特願2001−231698に記載の発明は公開されていない。
【特許文献1】
特開平11−82520号公報
【特許文献2】
特開平11−336767号公報
【0007】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、グリースを充填した微量潤滑の外輪案内形式のころ軸受では、高速回転条件下でグリースに大きな遠心力が作用し、グリースが外輪側へ移動してしまうとともに、グリースがころに案内されて保持器のポケットの外へ掻き出され、大半のグリースが保持器に案内されて保持器の外側へ掻き出されてしまい、保持器のポケット内や保持器を案内する外輪の案内面と保持器の間に充分な量のグリースを保持することが困難であった。このため、外輪の案内面上、この案内面と対向する保持器の外周面上、ころを収容保持する保持器のポケット面上では、保持器の外側へ掻き出されたグリースから漏れ出た基油が油膜を形成しているが、この油膜が一旦切れてしまうと再形成されないおそれがあった。また、保持器を形成する合成樹脂が油を保持できない合成樹脂である場合には、油膜が再形成されないおそれは一層大きくなってしまう。
【0008】
そして、油膜が切れた状態が続くと、外輪の案内面が保持器と直接接触することとなり、外輪の案内面が摩耗し、摩耗により生じた粉塵等の異物が原因となってグリースを劣化させ、ころ軸受が異常発熱し、ひいては焼きつきや破損等を生じてしまう問題があった。保持器が強化繊維を含有している場合は、外輪の案内面が保持器と直接接触したときに、保持器の表面に露出している強化繊維が案内面と接触し、摩耗を一層顕著なものとしてしまう。
【0009】
また、内輪案内形式のころ軸受にあっても同様であり、内輪の案内面から離れた外輪側へグリースの大半は移動してしまう。このため、内輪の案内面への基油の供給はより少なくなり、高速回転条件下での潤滑条件は外輪案内形式のころ軸受よりも過酷なものとなってしまう。
【0010】
更に、潤滑油供給装置がオイルエアやオイルミストによって微量潤滑するころ軸受においても、供給される潤滑油は微量であり、潤滑油により形成された油膜が一旦切れると再形成されないおそれがある。
【0011】
従って、高速回転条件下で使用される外輪案内形式又は内輪案内形式のころ軸受にあっては、軌道部材の案内面に摩耗を生じやすく、ころ軸受に異常発熱、焼きつき、破損を生じるおそれが大きいという問題があった。これらの問題は、上記の特許文献1及び特許文献2に記載の各発明、並びに特願2001−231698に記載の軸受装置及び工作機械主軸の発明においても充分に解決はされていない。
【0012】
本発明は、上記した従来の技術の問題点を除くためになされたものであり、その目的とするところは、保持器を案内する軌道部材の案内面の摩耗を防止でき、高速回転条件下での使用に好適であり、生産性に優れるころ軸受及び工作機械用主軸装置を提供することである。
【0013】
【課題を解決するための手段】
本発明は、その課題を解決するために以下のような構成をとる。請求項1の発明は、内輪及び外輪からなる鋼製の軌道部材と、前記外輪によって案内される保持器と、ころとからなるころ軸受において、前記外輪が、該外輪を径方向に貫通して保持器の案内面に向かう補給孔を備えるとともに、前記保持器を案内する案内面に浸炭窒化処理が施されており、前記保持器を形成する熱溶融可能な合成樹脂は、ガラス繊維、炭素繊維のうち少なくとも何れか一つを強化繊維として含有し、且つ前記外輪に設けた前記補給孔を通じて外部から、一回当り0.005〜0.02ccの補給量にて供給されるグリースにより潤滑されることを特徴とするころ軸受である。
【0014】
請求項1の発明によると、軌道部材が保持器を案内する案内面は、浸炭窒化処理がなされて表面炭素濃度が大きくなって転がり疲労強度が向上し、表面窒素濃度が大きくなって耐摩耗性及び耐焼きつき性も向上している。また、保持器を形成する熱溶融可能な合成樹脂は、保持器の射出成型が可能となるとともに、強化繊維を含有しているので、高速回転条件下で保持器に大きな力が作用してもその形が変形することが防止され、ころが保持器内で拘束されることも防止され、異常高温、焼きつき、損傷等の発生も防止される。更に、潤滑用のグリースが順次補給されるため、耐磨耗性及び耐焼きつき性が長期にわたり維持される。
【0015】
尚、熱溶融可能な合成樹脂としては、ポリアミド樹脂、ポリアセタール樹脂、ポリブチレンテレフタレート樹脂、フッ素樹脂等のエンジニアリングプラスチック、ポリエーテルスルホン(PES)樹脂、ポリエーテルイミド(PEI)樹脂、ポリアミドイミド(PAI)樹脂、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)樹脂、ポリフェニレンサルファイド(PPS)樹脂、ポリイミド(PI)樹脂等の超エンジニアリングプラスチック等を挙げることができる。
【0016】
請求項2の発明は、内輪及び外輪からなる鋼製の軌道部材と、前記外輪によって案内される保持器と、ころとからなるころ軸受において、前記外輪が、該外輪を径方向に貫通し、且つ前記ころの転動面に向けて開口する補給孔を備えるとともに、前記保持器を案内する案内面に浸炭窒化処理が施されており、前記保持器を形成する熱溶融可能な合成樹脂は、ガラス繊維、炭素繊維のうち少なくとも何れか一つを強化繊維として含有し、且つ前記外輪に設けた前記補給孔を通じて外部から、一回当り0.005〜0.02ccの補給量にて供給されるグリースにより潤滑されることを特徴とするころ軸受である。請求項2の発明によると、グリースがころの転動面に供給される。
【0017】
請求項3の発明は、請求項1または2に記載のころ軸受であって、前記軌道部材を形成する鋼は、合金成分としてCを0.2〜1.2質量%、Siを0.4〜1.5質量%、Moを0.5〜1.5質量%、Crを0.5〜2.0質量%、残部Fe及び不可避的不純物元素を含有し、且つ浸炭窒化処理が施されて、表面炭素濃度が0.8〜1.3質量%、表面窒素濃度が0.2〜0.8質量%であることを特徴とするころ軸受である。
【0018】
請求項3の発明において使用する鋼材料の各成分の作用及び数値限定の臨界的意義について説明する。
〔C:0.2〜1.2質量%〕
Cは焼入れ、焼戻し処理により素地をマルテンサイト化して鋼に硬さを付与する元素であり、ころ軸受として必要な転がり疲労強度を獲得するために不可欠な元素である。軸受部材の表面炭素濃度が低いと転がり疲労強度が低くなるので、鋼中のCの含有率が0.6〜0.8質量%の範囲の所定値以下の場合には、浸炭処理を施して表面炭素濃度を所定値以上とする必要がある。この浸炭処理時間は材料中のCの含有率が低いほど長くなる。材料中のCの含有率が0.2質量%以上であれば、この浸炭処理時間を短くしてコストを低減することができる。一方、材料中のCの含有率が多いと巨大炭化物が析出し、これらが欠陥となって転がり疲労寿命が低下する。Cの含有率が1.2質量%を超えるとこのような巨大炭化物が析出しやすくなる。このため、Cの含有率の上限値を1.2質量%とした。
【0019】
〔Si:0.4〜1.5質量%〕
Siは固溶を強化し、焼戻し軟化抵抗を高くする作用があり、高温強度を向上させる元素である。また、浸炭窒化時に表面の窒素濃度を高くする効果がある。本発明者等による試験の結果、Siの含有率が0.4質量%以上であると、0.4質量%未満である場合と比較して格段に耐焼きつき性が向上することがわかった。上限値に関しては、Siの含有率が1.5質量%を超えると、加工性が低下する可能性があるため、上限値を1.5質量%とした。
【0020】
〔Mo:0.5〜1.5質量%〕
Moは焼戻し軟化抵抗を高くする作用があり、高温強度を向上させる元素である。また、浸炭窒化時に析出する炭化物及び炭窒化物を微細にする作用がある。本発明者等による試験の結果、Moの含有率が0.5質量%以上であると、0.5質量%未満である場合と比較して格段に耐焼きつき性が向上することがわかった。上限値に関しては、Moを1.5質量%を超えて添加してもMo添加による効果は飽和するとともに、Moは高価な元素であるので、上限値を1.5質量%とした。
【0021】
〔Cr:0.5〜2.0質量%〕
Crは焼入れ性を向上させる元素であり、ころ軸受に必要な強度を獲得するためには不可欠な元素である。また、Cと結びついて炭化物を形成し、微細な析出物を生じさせるために必要な元素である。焼入れを充分に高くし、且つ炭化物及び炭窒化物を充分に析出させるには0.5質量%以上必要であるため、下限値を0.5質量%とした。上限値に関しては、Crの含有率が2.0質量%を超えると、巨大炭化物が析出しやすくなり、この巨大炭化物が欠陥となって転がり疲労寿命が低下するため、上限値を2.0質量%とした。
【0022】
〔浸炭窒化処理後の表面炭素濃度が0.8〜1.3質量%〕
ころ軸受として必要な転がり疲労強度を得るためには、表面炭素濃度が0.8質量%以上である必要がある。また、表面炭素濃度が1.3質量%を超えると、巨大炭化物が形成されやすくなり、このような巨大炭化物が欠陥となって転がり疲労寿命が低下することがある。このため、浸炭窒化処理後の表面炭素濃度を0.8〜1.3質量%とした。
【0023】
〔浸炭窒化処理後の表面窒素濃度が0.2〜0.8質量%〕
窒素は耐摩耗性及び耐焼きつき性を向上させる作用を有し、特に、耐焼きつき性を著しく向上させるためには、窒素を軸受部材の表面に0.2質量%以上存在させる必要がある。しかしながら、表面窒素濃度が0.8質量%を超えると研削されにくくなるため、ころ軸受の仕上工程である研磨工程の生産性が低下する。このため、浸炭窒化処理後の表面窒素濃度を0.2〜0.8質量%とした。
【0024】
従って、かかる組成を有する鋼からなる軌道部材の案内面は耐摩耗性等に優れ、高速回転条件下でもころ軸受の案内面の摩耗、異常高温、焼きつき、損傷等が防止され、グリースに異物が混入して劣化することも防止される。
【0025】
請求項4の発明は、主軸を支持するころ軸受がハウジング内に装着された工作機械用主軸装置であって、前記ころ軸受が請求項1〜3の何れか1項に記載のころ軸受であることを特徴とする工作機械用主軸装置である。請求項4の発明によると、ころ軸受が耐摩耗性及び耐焼きつき性に優れるため、長寿命となる
【0034】
【発明の実施の形態】
本発明の実施の形態を図に基づいて説明する。尚、以降の説明は、ころ軸受として単列円筒ころ軸受を例示するが、自動調心ころ軸受、針状ころ軸受、スラスト針状ころ軸受、円錐ころ軸受、更には複列のころ軸受等、ころ軸受全般に適応可能である。
【0035】
〔ころ軸受〕
図1は、円筒ころ軸受80の第1実施形態を示す断面図である。図示されるように、円筒ころ軸受80は、内輪81、外輪82、内輪81の内輪軌道81aと外輪82の外輪軌道82aとの間に複数配置された円筒ころ83及び外輪案内の保持器84を備えている。また、保持器84は、外輪82の外輪軌道82aが保持器20を案内しており、外輪案内形式となっている。
【0036】
外輪82及び内輪81はともに鋼製であり、外輪82の外輪軌道82aには浸炭窒化処理が施されて、その表面炭素濃度が0.8〜1.3質量%、表面窒素濃度が0.2〜0.8質量%となっている。また、外輪82及び内輪81を形成する鋼は、合金成分としてCを0.2〜1.2質量%、Siを0.4〜1.5質量%、Moを0.5〜1.5質量%、Crを0.5〜2.0質量%、残部Fe及び不可避的不純物元素を含有している。
【0037】
ここで、鋼はCを0.2〜1.2質量%含有しているので、軌道部材中に巨大炭化物が析出することが抑えられ、円筒ころ軸受80は必要な転がり疲労強度を有し、浸炭処理時間も短くなり処理コストが低減されている。また、Siを0.4〜1.5質量%含有するので、軌道部材の高温強度が向上し、耐焼きつき性も向上しているとともに、加工性が低下することも防止されている。更に、Moを0.5〜1.5質量%含有するので、軌道部材の高温強度が向上しており、浸炭窒化時に析出する炭化物及び炭窒化物も微細なものとなり、しかも含有率が1.5質量%を超えないので、Mo添加による効果が飽和して、無駄にMoを添加することもなく、コストの無駄な上昇が防止されている。また、Crを0.5〜2.0質量%含有するので、軌道部材中に巨大炭化物が析出することが抑えられ、転がり疲労寿命が低下も防止され、必要な強度が獲得され、微細な炭化物及び炭窒化物が充分に析出している。
【0038】
また、外輪軌道82aにおける浸炭窒化処理後の表面炭素濃度が0.8〜1.3質量%となっているので、外輪軌道82aで巨大炭化物が析出することが抑えられ、転がり疲労寿命が低下も防止され、充分な転がり疲労強度が得られている。更に、外輪軌道82aにおける浸炭窒化処理後の表面窒素濃度が0.2〜0.8質量%となっているので、外輪軌道82aで耐摩耗性及び耐焼きつき性が向上しているとともに、ころ軸受80の仕上工程である研磨工程の生産性が低下することも防止されている。
【0039】
また、保持器84は熱溶融可能な合成樹脂組成物、例えばPEEK樹脂、ポリアミド樹脂、ポリアセタール樹脂、ポリブチレンテレフタレート樹脂、フッ素樹脂等のエンジニアリングプラスチック、PES樹脂、PEI樹脂、PAI樹脂、PI樹脂、PPS樹脂等の超エンジニアリングプラスチックをマトリクスとし、強化繊維として炭素繊維を30質量%含有したものを射出成形して得られる。そのため、保持器84の生産性は高く、また合成樹脂組成物は強化繊維を含有しているので、保持器84の形状が高速回転条件下で加わる力により変形することが防止されている。また、強化繊維により、昇温した場合でも変形が抑えられる。そして、保持器84は、その軸方向両端部が外輪82の外輪軌道82aで案内される両側案内となっている。
【0040】
更に、円筒ころ83はセラミックス製であり、保持器84のポケットに収容保持されている。
【0041】
本実施形態においては、外輪82に、外輪82を径方向に貫通する補給孔85が、軸方向に見て2本設けられている。各補給孔85は、円筒ころ83の軸方向両側に位置する保持器84の案内面に向けて開口しており、追加グリースがこの補給孔85を通じて軸受内に供給される。また、外輪外径面には、2列の溝85bが設けられており、図示しないグリース供給装置との接続部として機能する。
【0042】
円筒ころ軸受80の軸受空間には、軸受空間容積の8〜15%の量のグリースが初期封入される。そして、軸受使用時には、適宜なタイミングで(間欠的、定期的に)、補給孔85を介して保持器84に向け所定量のグリースGがショットさせる。ショットされたグリースGは、軸受回転に伴って、内外輪の軌道面の円周上に均一に塗布される。こうして、ショットされたグリースGによる新しい油膜が形成される。慣らし運転が終わると、必要最低限のグリース以外は、転動面外側にかき出されて土手のような形状になる。その状態のグリースから微量な基油が漏れて、転動面や保持器案内面が潤滑される。
【0043】
円筒ころ軸受へのグリースの供給様式は、種々変更可能である。即ち、図2に示す第2実施形態の単列円筒ころ軸受90は、内輪91、外輪92、内輪91の内輪軌道91aと外輪92の外輪軌道92aとの間に複数配置された円筒ころ93及び外輪案内の保持器94を備えている。また、外輪軌道92aには、同様の浸炭窒化処理が施されている。そして、本実施形態においては、外輪92の軸方向中央部に、外輪92を径方向に貫通する補給孔95が一本設けられている。補給孔95は、円筒ころ93の転動面に向けて開口している。外輪外径面の軸方向中央部には、溝95bが設けられている。
【0044】
図3に示す第3実施形態の単列円筒ころ軸受100は、内輪101、外輪102、内輪101の内輪軌道101aと外輪102の外輪軌道102aとの間に複数配置された円筒ころ103及び外輪案内の保持器104を備えている。また、外輪軌道102aには、同様の浸炭窒化処理が施されている。そして、本実施形態においては、外輪102に、外輪102を径方向に貫通する補給孔105が軸方向に見て2本設けられている。各補給孔105は、円筒ころ103の軸方向両端面と保持器104の案内面との間に向けて開口している。外輪外径面には、2列の溝105bが設けられている。尚、図示しないが、軸方向に見て1本の補給孔を設けた構成とすることもできる。
【0045】
図4に示す第4実施形態の単列円筒ころ軸受110は、内輪111、外輪112、内輪111の内輪軌道111aと外輪112の外輪軌道112aとの間に複数配置された円筒ころ113及び外輪案内の保持器114を備えている。また、外輪軌道112aには、同様の浸炭窒化処理が施されている。そして、本実施形態においては、外輪112の軸方向中央部に、外輪112を径方向に貫通する補給孔115が設けられている。補給孔115は、グリースをショットするノズル400の先端のテーパ形状に対応するように、外径面側から内径面側に向かうにつれて直径が減少して円錐台状空間になっている。また、補給孔115は、円筒ころ113の転動面に向けて開口している。
【0046】
上記各円筒ころ軸受において、グリースの1回当たりの補給量は軸受空間容積の4%以下が好ましい。この補給量は、以下に示す実験から得られたものである。
【0047】
図2に示した形態の円筒ころ軸受を用いて、次の実験を行った。即ち、内径95mm、外径145mm、ころ径11mm、ころ長さ11mm、ころ数27個、軸受空間容積31cm3で、外輪軌道に浸炭窒化処理を施した円筒ころ軸受を用い、グリース(イソフレックスNBU15:NOKクリューバー(株)製)を初期封入量として軸受空間容積の10%充填し、慣らし運転を行った。慣らし運転後の9000min-1での外輪温度は35℃であった。その後、イソフレックスNBU15を補給量を変えて補給した後、0から9000min-1に2秒で立ち上げて、外輪温度を測定する実験を5回(n1〜n5)行った。尚、補給孔は、図5(a)に示すように1箇所に設けた。実験結果を表1に示す。
【0048】
【表1】
Figure 0004239659
【0049】
表1中、◎は外輪温度が40℃以下であったことを示し、○は外輪温度が40℃を超え50℃以下であったことを示し、△は外輪温度が50℃を超え60℃以下であったことを示し、×は外輪温度が60℃を越えたことを示す。
【0050】
また、図5(b)に示すように、対向する2箇所(180°離れた位置)に補給孔からグリースGを補給して同様の実験を行った。実験結果を表2に示す。
【0051】
【表2】
Figure 0004239659
【0052】
更に、図5(c)に示すように、ころところの間全てに設けられた補給孔からグリースGを補給して同様の実験を行った。実験結果を表3に示す。
【0053】
【表3】
Figure 0004239659
【0054】
表1〜表3からわかるように、2%以下では、補給後の回転で異常昇温は見られなかった。また、4%では、補給箇所を増やすことにより異常昇温を顕著に抑えることができた。即ち、同じ量を補給するにしても、外輪の円周方向に間隔をあけた複数箇所に設けた補給孔からグリースをショットする方が、異常昇温を抑制できることがわかった。一方、4%を越えると、グリースの補給箇所を増やしても、温度にバラツキが出て、安定しない状態であった。
【0055】
上記の実験から、グリースの一回当たりの補給量は、軸受空間容積の4%以下が好ましいといえる。但し、グリースの供給に同期して一時的に軸受温度が上昇(脈動)する傾向にあり、円筒ころ軸受は他の軸受、例えばアンギュラ玉軸受よりも温度の脈動が顕著に起こりやすい。この温度の脈動は、精度を要求されない通常の使用時には問題とはならないが、金型用途向けの工作機械等、精度が厳しく要求される装置の主軸に用いられる円筒ころ軸受においては、この温度の脈動により軸の長さが変化してしまい、加工精度に影響を及ぼしてしまうおそれがある。そこで、グリースの補給量を減じて、この温度の脈動を抑えることが好ましい。具体的には、一回当たりの補給量を0.005cc〜0.02ccとすることで、温度の脈動も抑制することができ、円筒ころ軸受が適用される工作機械主軸装置の加工精度を高いレベルに保つことが可能となる
【0056】
本発明においては、更に、円筒ころ軸受を以下のように設計することが好ましい。円筒ころ軸受は、工作機械等において大きなラジアル荷重を支承するために使用されるが、全周に亙って一様に負荷を受ける状態で使用されることはない。言い換えれば、使用時に円筒ころ軸受は、その円周方向の一部がラジアル荷重を支承する負荷圏となり、直径方向反対側はラジアル荷重を受けない非負荷圏となる。従って円筒ころ軸受の運転時に各円筒ころは、公転運動に伴って、上記負荷圏と非負荷圏とを交互に通過する。そして、これら各円筒ころは、このうちの負荷圏に位置する間は、内輪軌道と外輪軌道との間で強く挟持されるので、姿勢(スキュー角)は殆ど変化せず、安定した状態のまま自転しつつ公転する。これに対して、非負荷圏に位置する各円筒ころは、内輪軌道と外輪軌道とによる拘束を受けず、比較的自由にその姿勢を変化させる。そして、非負荷圏に位置する間に各円筒ころの姿勢が、これら各円筒ころの動的不釣り合いにより発生するモーメントや、これら各円筒ころの公転運動に伴うこれら各円筒ころのスキュー角の変動に伴って発生するモーメントにより変化すると、これら各円筒ころの自転運動及び公転運動が不安定になる。この結果、これら各円筒ころの端面と鍔との間の摩擦が大きくなり、異常摩耗や焼きつきが発生し易くなる。
【0057】
そこで、円筒ころ軸受において、各円筒ころの自転軸X回りの慣性モーメントをIX とし、これら各円筒ころの中心点でこれら各円筒ころの自転軸Xに対し直交するZ軸回りの慣性モーメントをIZ とし、これら各円筒ころの公転角速度をωC とし、これら各円筒ころの自転角速度をωB とし、これら各円筒ころのスキュー角をφとし、これら各円筒ころが1回自転する間のスキュー角の変動をΔφとし、これら各円筒ころの動的不釣り合いにより発生する、これら各円筒ころの中心点でこれら各円筒ころの自転軸に対し直交する軸回りのモーメントをIU とした場合に、S=IX ・ωC ・ωB ・ sinφ−(IX −IZ )・ωC 2・ sinφ・ cosφで表されるジャイロモーメントSを、各円筒ころの動的不釣り合いにより発生するZ軸回りのモーメントの最大値U(=IU ・ωB 2)と、各円筒ころがスキューする事によりこれら各円筒ころの端面と上記各鍔の内側面とが摺接しつつこれら各円筒ころが自転する場合に、これら各円筒ころのスキュー角の変動に伴って発生するモーメントの最大値C(=IZ ・Δφ・ωB 2)との和以上(S≧U+C)とし、更に、各円筒ころがスキューして各円筒ころの端面と各鍔の内側面とが摺接した状態で、各モーメントS、U、Cに基づいて摺接点でこれら各円筒ころの端面と各鍔の内側面とを互いに押し付け合う方向に作用する力Qと、摺接点での滑り速度Vとの積Q・Vが60kgf・m/s 以下となるようにする。以下に、このような構成について更に詳述するが、内輪の外周面に鍔を形成した場合について述べる。
【0058】
先ず、ジャイロモーメントSを、上記モーメントの最大値Uと、上記モーメントの最大値Cとの和以上(S≧U+C)として、各円筒ころの姿勢を安定させる点について説明する。
【0059】
図6に示すように、通常円筒ころ軸受31(説明のため、補給孔は省略する)では、内輪33の外周面両端部に形成した1対の鍔38、38同士の間隔は、円筒ころ36の軸方向に亙る長さ寸法よりも僅かに大きくなっている。従って、これら各円筒ころ36の軸方向両端面と鍔38、38の内側面との間には若干の隙間が存在し、この隙間に基づいて、上記各円筒ころ36は、スキューした状態で、自転しつつ公転する。この様に各円筒ころ36が、スキューした状態で自転しつつ公転する結果、これら各円筒ころ36が図7に示す様な歳差運動をして、これら各円筒ころ36に、次の(1)式に示す様な大きさのジャイロモーメントSが作用する。
S=IX ・ωC ・ωB ・ sinφ−(IX −IZ )・ωC 2・ sinφ・ cosφ−−− (1)
この(1)式中、IX は、図8に示す様に、各円筒ころ36の自転軸X回りの慣性モーメント、IZ は同じく各円筒ころ36の中心点で各円筒ころ6の自転軸Xと直交するZ軸回りの慣性モーメント、ωB は各円筒ころ36の自転角速度、ωC は各円筒ころ6の公転角速度、φは各円筒ころ6のスキュー角で、正の値(>0)である。また、図7中、Hは各円筒ころ36が歳差運動をしている場合の角運動量(ベクトル)を表している。また、ωC は各円筒ころ36の公転角速度である。
【0060】
一方、従来から知られていた円筒ころ軸受の通常の諸元では、外輪35を静止させ、内輪33を回転させる状態で使用する場合には、ωB /(ωC ・ cosφ)>1である。この為、外力(ジャイロモーメントS以外の力)を考慮しなければ、各円筒ころ36がスキューした場合にこのジャイロモーメントSは、これら各円筒ころ36がスキューしているのと同じ向きに、即ち、スキューを助長し、スキュー角φを大きくしようとする向きに作用する。図9に、各円筒ころ36がスキューした場合にジャイロモーメントSがスキュー角φを大きくしようとする向きに作用する範囲{1−IZ /IX ≦ωB /(ωC・ cosφ)}で、且つ、IZ /IX ≧0の範囲を斜線で示す。尚、図9の横軸が各円筒ころ36の各慣性モーメントIX 、IZ の比IZ /IX であり、縦軸がωB /(ωC ・ cosφ)である。
【0061】
一方、各円筒ころ36には、Z軸回りに発生する動的不釣り合い(アンバランス)によるモーメントUV が、次の(2)式で表される大きさで、作用する。
V =U・cos (ωB t) −−− (2)
また、この(2)式中、モーメントUV の最大値であるUは、次の(2)´式で表される。
U=IU ・ωB 2 −−− (2)´
尚、この(2)´式中、IU は各円筒ころ36の動的不釣り合いにより発生するモーメント、ωB は各円筒ころ36の自転角速度である。また、モーメントIU は次の(3)式で表される。
U =(M6 /2)・e・L −−− (3)
この(3)式中、M6 は上記各円筒ころ6の質量を、eは、図5に示す様に、これら各円筒ころ6の各重心が幾何学的中心からずれており、そのずれ成分をこれら各円筒ころ6の両端部に存在させたと仮定した状態での、これら各円筒ころ6の半径方向の偏心量を、Lは、上記各円筒ころ6の軸方向長さを、それぞれ表している。
【0062】
更に、各円筒ころ36は、スキューする事でその軸方向両端面外周縁部が各鍔38、38の内側面に押し付けられた状態のまま、自転しつつ公転する。この結果、各円筒ころ36には、各円筒ころ36や各鍔38、38の形状誤差等に基づき、スキュー角φが変化する事に伴って発生するモーメントCV が、次の(4)式の様な大きさで作用する。
V =C・cos (ωB t+θ) −−− (4)
尚、この(4)式中、θは、モーメントUV に対するモーメントCVの位相差を表している。又、この(4)式中、モーメントCV の最大値であるCは、次の(4)´式で表される。
C=IZ ・Δφ・ωB 2 −−− (4)´
この(4)´式中、Δφは各円筒ころ36が1回自転する毎のスキュー角φの変動量、ωB は各円筒ころ36の自転角速度である。
【0063】
ここで、各円筒ころ36の両端面外周縁部が各鍔38、38の内側面と接触した状態で自転しているものと仮定し、各円筒ころ36が各鍔38、38から受けるスキューモーメントをTとすれば、各円筒ころ36のスキュー角φに関する以下の方程式が得られる。但し、内輪、外輪両軌道32、34から各円筒ころ36に作用するスキューモーメントは小さいものとして無視する。
Z ・(d2φ/dt2 )=S+UV −T −−− (5)
又、この(5)式の左辺は、
Z ・(d2φ/dt2 )=IZ ・d2/dt2 {Δφ・cos (ωB t+θ)}
=IZ ・{−Δφ・ωB 2 ・cos (ωB t+θ)}
=−CV
であるから、上記(5)式は、次の(6)式の様に書き換えられる。
T=S+UV +CV −−− (6)
【0064】
また、θ=0、即ち、UV とCV との位相が互いに一致した場合を考えると、上記(6)式は、
T=S+(U+C)・cos (ωB t) −−− (7)
となる。即ち、各円筒ころ36が各鍔38、38から受けるスキューモーメントTは、各円筒ころ36が1回自転する間に周期的に変動する。この様子を示したものが図11である。
【0065】
従って、各円筒ころ36が各鍔38、38から受けるスキューモーメントTが最大となるのは、各円筒ころ36が各鍔38、38の間で最もスキューした状態で、各円筒ころ36が各鍔38、38から、それぞれスキュー角φが小さくなる方向に押し戻される場合で、且つ、各円筒ころ36が各鍔38、38の間で最もスキューした状態で、各円筒ころ36のアンバランスによるスキューモーメントUV によって各円筒ころ36が各鍔38、38に最も押し付けられる場合である。また、各円筒ころ36が各鍔38、38から受けるスキューモーメントTが最小となるのは、各円筒ころ36のスキュー角φが最も小さくなった状態で、各円筒ころ6のスキュー角φが大きくなる際に、各円筒ころ36が各鍔38、38から離れる方向にモーメントCV が各円筒ころ36に作用する場合で、且つ、各円筒ころ36のスキュー角φが最も小さくなった状態で、各円筒ころ36が各鍔38、38から離れる方向にスキューモーメントUV が各円筒ころ36に作用する場合である。
【0066】
上述した様な各モーメントS、U、C同士の間で、S≧U+Cなる関係が成立した場合に就いて説明する。式(7)から常にT≧0である為、円筒ころ36は一定の方向のスキュー角を保ちながら常に鍔38、38に押し付けられている状態、即ち、円筒ころ36は常に鍔38、38に案内されながら公転している事になり、鍔38、38から離れる事がない。この様に、各円筒ころ36が、鍔38、38に案内される事によって安定した状態のまま自転しつつ公転する為、円筒ころ軸受31が、前述した様に非負荷圏を有する状態で使用されても、この円筒ころ軸受31の運転を安定した状態で行なえる。
【0067】
即ち、この非負荷圏を通過する間中、各円筒ころ36は、その軸方向両端面を各鍔38、38の内側面に押し付けたまま自転しつつ公転し、同じ姿勢のまま(スキュー角φの方向を変えないまま)で、再び負荷圏に入り込む。この為、各円筒ころ36が1回公転する間に各円筒ころ36の挙動が不安定になる事はない。
【0068】
尚、円筒ころ軸受31の運転時に、各円筒ころ36のスキュー角φを変える力となり得る要素としては、前述した各モーメントUV、CV の他に、内輪33と外輪35とのミスアライメント、或は内輪軌道32または外輪軌道34の形状誤差(傾斜)等により誘発されるスキューモーメントも考えられる。但し、これらにより生じるスキューモーメントは、本発明が対象としている様な、dmn値が106を越える様な高速で使用される場合には、各モーメントS、U、Cよりも遥かに小さい。従って、ミスアライメントや形状誤差に基づくスキューモーメントは考慮しなくても特に問題とはならない。
【0069】
次に、各円筒ころ36の軸方向両端面と各鍔38、38の内側面との摺接点で各円筒ころ36の端面と各鍔38、38の内側面とを互いに押し付け合う方向の力Qと、摺接点での滑り速度Vとの積Q・Vを60kgf・m/s 以下として摺接点での摩擦を抑え、異常摩耗や焼き付きの発生を防止する点に就いて説明する。上述した様に、ジャイロモーメントSを、それぞれ前述した各モーメントの最大値UとCとの和以上にすれば、各円筒ころ36の運動は安定し、異常摩耗や焼きつきの防止を図れる。但し、ジャイロモーメントSが大き過ぎると、各円筒ころ36の軸方向両端面を各鍔38、38の内側面に押し付ける力Qが大きくなり過ぎる。そして、この力Qが過大になる結果、次の(8)式で表される、摺接点でのQ・V値が大きくなり、異常摩耗及び焼きつきが発生し易くなる。
Q・V=(M/B)・V −−−−−(8)
尚、この(8)式中、Qは各円筒ころ36が図13〜図14に示す様にスキューし、各円筒ころ36の軸方向両端面の外周縁部と各鍔38、38の内側面とが接触した場合に、接触点Gで発生する互いに押し付け合う方向の力(kgf )であり、Vはこの接触点Gでの各円筒ころ36の軸方向両端面外周縁部と各鍔38、38の内側面との間の滑り速度(m/s )である。また、Mは各円筒ころ36のスキュー角φを小さくする方向に作用するスキューモーメント(kgf・m )で、前述した各モーメントS、U、Cの和(M=S+U+C)である。また、Bは図14に示す様に、各円筒ころ36をスキューさせた場合に各円筒ころ36端面と鍔38の内側面とが当接する部分の長さ(m)である。
【0070】
この様な前提で、Q・V値が各円筒ころ36の軸方向端面及び各鍔38、38の内側面の摩耗に及ぼす影響を調べたところ、図16に示すようにQ・V値が60kgf・m/s 以下(Q・V≦60kgf・m/s )であれば、各円筒ころ36の軸方向両端面及び各鍔38、38の内側面に異常摩耗や焼き付きが発生しない事が分った。尚、図16の横軸はQ・V値のうち、ジャイロモーメントSにより生じる部分を、同じく縦軸は、このQ・V値のうち、各モーメントUとCとの和(U+C)により生じる部分を、それぞれ表している。また、図16において、斜格子で示した範囲から外れる部分のうち、斜線で示した(U+C)>Sなる領域では、図15(A)に斜線で示した様に、各円筒ころ36の端面が偏心摩耗する。即ち、(U+C)>Sなる領域では、円筒ころ軸受31の運転に伴って、各円筒ころ36が不安定な運動をするので、これら各円筒ころ36の軸方向端面が偏心摩耗する。これに対して、図16に梨地模様で示したS≧U+CであるがQ・V>60kgf・m/s なる領域では、円筒ころ軸受31の運転に伴う各円筒ころ36の運動が安定するので、各円筒ころ36の軸方向端面が図15(B)に斜線で示す様に同心円状に摩耗する。但し、同心円状に摩耗するにしても、Q・V>60kgf・m/s である限り、摩耗量は多くなり、焼きつきが発生する可能性もある。
【0071】
そこで、図16の斜格子で示した領域、即ち、S≧U+Cで、且つQ・V≦60kgf・m/s とすることにより、円筒ころ軸受31の運転に伴う各円筒ころ36の運動を安定させ、且つ、摩耗を抑えて焼きつきの危険性を低くすることができる。この様な、2つの条件(S≧U+C、Q・V≦60kgf・m/s )を何れも満たす円筒ころ軸受31としては、例えば、転動面の直径(外径)Dよりも軸方向寸法Lが小さい(L/D<1)、所謂短寸ころを使用する事が考えられる。
【0072】
また、このような条件を満たす円筒ころ軸受31の運転条件として、例えば下記を例示することができる。
Figure 0004239659
【0073】
更に、本発明の円筒ころ軸受は種々の変更が可能であり、外輪軌道のみならず内輪軌道も浸炭窒化処理を施すことも可能である。また、保持器を片側案内とすることも可能であり、内輪案内形式とすることも可能である。その際、内輪案内形式とする場合には、内輪の外周面に浸炭窒化処理を施す。これにより、潤滑条件が過酷な内輪の案内面で摩耗等の発生を防止できる。また、保持器をころ案内形式とし、外輪軌道及び内輪軌道に浸炭窒化処理を施すことも可能である。更には,補給孔も外輪を径方向に設ける他、図示は省略するが外輪を軸方向に貫通するように設けることもでき、また外輪間座を付設し、この外輪間座に補給孔を設けて軸受の内部にグリースを供給する構成(図19参照)とすることもできる。
【0074】
以上詳述したように、本実施の形態に係る円筒ころ軸受は、dmn値が106以上となる環境でも長寿命を達成できる。
【0075】
〔円筒ころ軸受システム〕
記の円筒ころ軸受と、グリース供給装置とを備える円筒ころ軸受システムとしてもよい。図示は省略するが、例えば図4に示した円筒ころ軸受110と、図示は省略するグリース供給装置とで構成し、グリース供給装置に接続するノズル400を円筒ころ軸受110の外輪112の補給孔115に差込み、固定する構成とすることができる。
【0076】
また、同じく図示は省略するが、外輪間座を付設し、外輪間座に補給孔を設けるとともに、この補給孔にグリース供給装置からのノズルを差込み固定してもよい。
【0077】
〔工作機械主軸装置〕
図17は、上記の円筒ころ軸受を用いて構成される工作機械用主軸装置としてのスピンドル装置を示す図である。ここでは、例として図2に示す円筒ころ軸受90を用いている。
【0078】
円筒ころ軸受90は、主軸1に外嵌し、そしてハウジング7に内嵌している。主軸1は、円筒ころ軸受90を介して、ハウジング7に対し回転可能である。円筒ころ軸受90の各内輪及び外輪間には、それぞれ主軸1及びハウジング7に沿って配置された内輪間座5及び外輪間座6が配置されている。内輪間座5及び外輪間座6の軸方向両端には、それぞれ内輪押さえ部材8及び外輪押さえ部材9が配置され、各間座を介して各軸受に予圧を与えている。内輪押さえ部材8及び外輪押さえ部材9の間には、図示せぬ間隙が形成されており、両押さえ部材間にラビリンスを形成している。
【0079】
ハウジング7には、ハウジング7を貫通し、各円筒ころ軸受90の外輪に形成された補給孔に追加グリースを補給するノズル(グリース供給こま)4が固定されている。グリースは、グリース補給器2から補給パイプ3を介してノズル4に供給され、そして径方向に軸受内部に補給される。グリース補給器2は、適宜なタイミングで(間欠的、定期的に)、上記した所定量でグリースショットする。
【0080】
また、図18に示す構成とすることもできる。図示されるように、円筒ころ軸受210は、主軸1に外嵌し、ハウジング7に内嵌している。主軸1は、円筒ころ軸受210を介して、ハウジング7に対し回転可能である。円筒ころ軸受210の各内輪及び外輪間には、それぞれ主軸1及びハウジング7に沿って配置された内輪間座500a,500b,500c,500d,500e及び外輪間座600a,600b,600c,600d,600eが図視左から順に配置されている。内輪間座500a及び500e並びに外輪間座600a及び600eの軸方向両端には、それぞれ内輪押さえ部材8a,8b及び外輪押さえ部材9a,9bが配置され、各間座を介して各軸受に予圧を与えている。内輪押さえ部材8a及び外輪押さえ部材9a並びに内輪押さえ部材8b及び外輪押さえ部材9bの間には、図示せぬ間隙が形成されており、両押さえ部材間にラビリンスを形成している。
【0081】
図19は、図18に示すスピンドル装置の拡大断面図であるが、円筒ころ軸受210は内輪211の内輪軌道211aと外輪212の外輪軌道212aとの間に保持器213で円筒ころ213を保持して構成されている。また、円筒ころ軸受210の軸方向隣には、グリース補給用外輪間座600dが配置されている。グリース補給用外輪間座600dには、ハウジング7を貫通したグリース補給用ノズル4がグリース補給用外輪間座600dに差し込み固定されている。グリース補給用ノズル4には、外部のグリース供給器2から補給パイプ3を介して追加グリースが供給される。
【0082】
グリース補給用外輪間座600dは、ノズル4の先端から追加グリースを軸受210内部に補給するための補給孔215を有している。補給孔215は、軸受210の内側(保持器214よりも内径側)に向けて軸方向に開口している。補給孔215は、内輪211及び外輪212間に背面側から軸方向に追加グリースを供給する。そして、供給されたグリースは、主に保持器214よりも内径側に供給される。
【0083】
尚、補給孔215は、径方向に間隔をあけてグリース補給用外輪間座600dの複数箇所に設けられてもよい。また、供給されるグリースは、主に保持器214よりも内径側に供給されるほうが好ましいが、外径側に供給してもよい。
【0084】
【実施例】
以下に実施例を挙げて本発明を更に説明するが、本発明はこれら実施例に制限されるものではない。
【0085】
(実施例1)
試験円筒ころ軸受として、内輪鍔つきN型円筒ころ軸受と同様の構成を有し、内径70mm、外径110mm、ころ径9mm、ころ長さ9mm、ころ数20個で、外輪軌道に浸炭窒化処理を施した円筒ころ軸受を用い、外径99、5mmで炭素繊維を30質量%含有するPEEK樹脂で作製した保持器を組み込み、更にグリース(イソフレックスNBU15)を軸受空間容積の10%充填したものを用いた。尚、外輪、内輪及び円筒ころにはSUJ2材を用いた。そして、慣らし運転を行った後、以下に示す運転条件で回転させて耐久性を評価した。
【0086】
(比較例1)
また、比較のために、外輪軌道に浸炭窒化処理を施さない以外は上記の同一の円筒ころ軸受を用意し、同様に慣らし運転した後、以下に示す運転条件で回転させて耐久性を評価した。
【0087】
(1)運転条件1
運転条件1における試験では、実施例1と比較例1の各円筒ころ軸受に、イソフレックスNBU15を一回当たりの補給量を0.01ccとして6時間間隔で補給しながら、回転数15000min-1、dmn値1.35×106にて100時間にわたって連続回転させた。回転後に分解し、外輪軌道の母線の形状を測定し、その摩耗状態を評価した。
【0088】
その結果、実施例1の円筒ころ軸受の外輪案内面に摩耗の発生は認められなかったが、比較例1の円筒ころ軸受の外輪案内面には摩耗が生じていた。
【0089】
(2)運転条件2
運転条件2における試験では、5000時間を目処として実施例1と比較例1の各円筒ころ軸受が破損するまで連続回転をさせ、耐久性を評価した。但し、各転がり軸受の回転数は運転条件1の場合と同じにした。
【0090】
その結果、実施例1の円筒ころ軸受は回転時間が5000時間に達しても異常を生じることなく円滑に回転を続け、5000時間でその回転を停止させた。また、回転停止後に実施例1の円筒ころ軸受を分解して調べたところ、何ら異常は認められなかった。一方、比較例1の円筒ころ軸受は回転時間が600時間となったときに回転が止まった。また、回転停止後、比較例1の円筒ころ軸受を分解して調べたところ、内輪鍔、ころの端面、外輪案内面に摩耗の発生が認められた。外輪案内面の摩耗量は16〜17μmとなっていた。また、グリースは黒色に変色して劣化していた。
【0091】
(比較例2)
図20(A)に示す様な、転動面の直径(外径)Dと軸方向寸法Lと(D、Lに関しては図10参照)が等しい(L/D=1)等長等径ころ36aを使用して円筒ころ軸受31aを作製した。尚、円筒ころ軸受31aは呼び番号がN1014に準ずるもので、外径が110mm、内径が70mm、幅が20mmであり、円筒ころの数は18個である。また、外輪、内輪及び円筒ころにはSUJ2材を用い、外輪軌道に浸炭窒化処理を施した。そして、円筒ころ軸受31aにグリース(イソフレックスNBU15)を軸受空間容積の10%充填し、慣らし運転を行った後、回転数を変えながら回転させ、軸受の温度変化を測定した。結果を図21に示す。
【0092】
(実施例2)
図20(B)に示す様な、本発明の範囲からは外れた円筒ころ軸受1aと、図12(B)に示す様な、転動面の直径(外径)Dよりも軸方向寸法Lが小さい(L/D<1)短寸ころ36bを使用して同様の円筒ころ軸受31bを作製した。そして、比較例1と同様の試験を行った。結果を同じく図21に示す。
【0093】
図21から明らかな様に、短寸ころ(実施例2)を使用すれば、外輪温度上昇が小さく、耐焼付性が向上することがわかる。
【0094】
上記の結果から、本発明に係るころ軸受は、dmn値が1×106となる高速回転条件下で使用しても、ころ軸受に異常を生じず、グリースを劣化させることもなく連続運転可能であることが確認された。
【0095】
【発明の効果】
本発明は、上記のようなころ軸受であるので、摩耗を防止でき、高速回転条件下での使用に好適であり、生産性に優れるころ軸受及び工作機械主軸装置を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明のころ軸受の第1実施形態を示す断面図である。
【図2】本発明のころ軸受の第2実施形態を示す断面図である。
【図3】本発明のころ軸受の第3実施形態を示す断面図である。
【図4】本発明のころ軸受の第4実施形態を示す断面図である。
【図5】グリースの補給量を検証する際のグリースの供給様式を説明するための模式図である。
【図6】円筒ころ軸受の設計例を説明するための部分断面図である。
【図7】円筒ころ軸受の運転時に円筒ころに加わるジャイロモーメントを説明するための模式図である。
【図8】円筒ころの慣性モーメントを説明するための略図である。
【図9】円筒ころがスキューした場合にジャイロモーメントがスキュー角を大きくしようとする向きに作用する範囲を示すグラフである。
【図10】円筒ころの動的不釣り合いを説明するための略図である。
【図11】円筒ころに加わるジャイロモーメントとこの円筒ころのスキュー角の変動に伴って発生するモーメントとの関係を示すグラフである。
【図12】円筒ころがスキューした状態を示す部分断面図である。
【図13】図11の上方から見た図である。
【図14】図11の側方から見た図である。
【図15】円筒ころの端面の摩耗状態の2例を示す端面図である。
【図16】S≧U+Cで、且つQ・V≦60kgf・m/sを満たす範囲を示すグラフである。
【図17】本発明の工作機械主軸装置の第1実施形態(スピンドル装置)を示す断面図である。
【図18】本発明の工作機械主軸装置の第2実施形態を示す断面図である。
【図19】図18に示すスピンドル装置の拡大断面図である。
【図20】実施例2及び比較例2で使用した円筒ころ軸受を示す部分断面図である。
【図21】実施例2及び比較例2の円筒ころ軸受を用いて行った試験結果を示すグラフである。
【符号の説明】
1 主軸
2 グリース補給器
3 補給パイプ
4 ノズル
5 内輪間座
6 外輪間座
7 ハウジング
8 内輪押さえ部材
9 外輪押さえ部材
80 円筒ころ軸受
81 内輪
81a 内輪軌道
82 外輪
82a 外輪軌道
83 円筒ころ
84 保持器
85 補給孔

Claims (4)

  1. 内輪及び外輪からなる鋼製の軌道部材と、前記外輪によって案内される保持器と、ころとからなるころ軸受において、
    前記外輪が、該外輪を径方向に貫通して保持器の案内面に向かう補給孔を備えるとともに、前記保持器を案内する案内面に浸炭窒化処理が施されており、
    前記保持器を形成する熱溶融可能な合成樹脂は、ガラス繊維、炭素繊維のうち少なくとも何れか一つを強化繊維として含有し、且つ
    前記外輪に設けた前記補給孔を通じて外部から、一回当り0.005〜0.02ccの補給量にて供給されるグリースにより潤滑されることを特徴とするころ軸受。
  2. 内輪及び外輪からなる鋼製の軌道部材と、前記外輪によって案内される保持器と、ころとからなるころ軸受において、
    前記外輪が、該外輪を径方向に貫通し、且つ前記ころの転動面に向けて開口する補給孔を備えるとともに、前記保持器を案内する案内面に浸炭窒化処理が施されており、
    前記保持器を形成する熱溶融可能な合成樹脂は、ガラス繊維、炭素繊維のうち少なくとも何れか一つを強化繊維として含有し、且つ
    前記外輪に設けた前記補給孔を通じて外部から、一回当り0.005〜0.02ccの補給量にて供給されるグリースにより潤滑されることを特徴とするころ軸受。
  3. 請求項1または2に記載のころ軸受であって、前記軌道部材を形成する鋼は、合金成分としてCを0.2〜1.2質量%、Siを0.4〜1.5質量%、Moを0.5〜1.5質量%、Crを0.5〜2.0質量%、残部Fe及び不可避的不純物元素を含有し、且つ浸炭窒化処理が施されて、表面炭素濃度が0.8〜1.3質量%、表面窒素濃度が0.2〜0.8質量%であることを特徴とするころ軸受。
  4. 主軸を支持するころ軸受がハウジング内に装着された工作機械用主軸装置であって、
    前記ころ軸受が請求項1〜3の何れか1項に記載のころ軸受であることを特徴とする工作機械用主軸装置。
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