JP4200627B2 - 変異型チロシンリプレッサー遺伝子とその利用 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、チロシンフェノールリアーゼ遺伝子の発現を正に調節する活性が上昇した変異型チロシンリプレッサー、それをコードする遺伝子及びそれらの利用に関する。これらは、チロシンフェノールリアーゼ又はL−3,4−ジヒドロキシフェニルアラニン(以下、「L−ドーパ」ともいう)の製造等、醗酵工学分野において有用である。
【0002】
【従来の技術】
チロシンリプレッサーはチロシンなどの芳香族アミノ酸の生合成を負に制御することが知られており、さらに、チロシンリプレッサー遺伝子の構造は既にエシェリヒア・コリ(Escherichia coli)では明らかになっている(E. C. Cornish et al., J. Biol. Chem., 261, 403-410 (1986))。
【0003】
L−ドーパは、神経伝達物質であるドーパミンの前駆体であり、パーキンソン病の治療薬等として有用である。L−ドーパは、従来化学合成法により製造されていたが、近年ではチロシンフェノールリアーゼを用いて、ピロカテコール及びセリン、又はピロカテコール、ピルビン酸及びアンモニアから酵素的に合成されている。
【0004】
チロシンフェノールリアーゼは、エシェリヒア属、シュードモナス属、フラボバクテリウム属、バチルス属、セラチア属、キサントモナス属、アグロバクテリウム属、アクロモバクター属、エアロバクター属、エルビニア属、プロテウス属、サルモネラ属、シトロバクター属、エンテロバクター属など広範な微生物によって生産されることが知られており(特許第2521945号公報、特公平6−98003号公報)、酵素学的諸性質についても明らかにされている(Biochem. Biophys. Res. Commun.,33,10(1963))。
【0005】
また、チロシンフェノールリアーゼを高発現することが知られているエルビニア(Erwinia)属細菌においては、チロシンフェノールリアーゼ遺伝子の構造遺伝子と上流域の塩基配列が報告されている(H.Suzuki et al., J, Ferment. Bioeng., 75, No.2, 145-148 (1993))。さらに、本発明者等は、同細菌のチロシンリプレッサーをコードする遺伝子を単離することに成功し、チロシンリプレッサーがチロシンフェノールリアーゼ遺伝子の発現を正に調節する活性を有することを開示している(特開平11−313672号公報)。
尚、エシェリヒア・コリtyrRにおいて、97位のアスパラギン酸残基からグリシン残基への変異、117位のアスパラギン酸残基からフェニルアラニン残基への変異により、mtrおよびtyrP+4のプロモーターが2倍程度活性化されることが報告されている(J. Bacteriol., 178, 1120-1125 (1996))。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、前記チロシンリプレッサー遺伝子を利用した新規な技術を開発すること、具体的にはチロシンフェノールリアーゼ遺伝子の発現を正に調節する活性が上昇した変異型チロシンリプレッサー及びそれをコードする遺伝子、並びにそれらの利用法を提供することを課題とする。
【0007】
【課題を解決するための手段】
本発明者等は、前記チロシンリプレッサー遺伝子に種々の変異を導入し、得られた変異型チロシンリプレッサーについて活性を解析したところ、野生型チロシンリプレッサーに比べてチロシンフェノールリアーゼ遺伝子の発現を正に調節する活性が上昇した変異型チロシンリプレッサーをコードする遺伝子を取得することに成功し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち本発明は、67位のバリン残基をバリン以外のアミノ酸に置換する変異、72位のチロシン残基をチロシン以外のアミノ酸基に置換する変異、97位のアスパラギン酸残基をアスパラギン酸以外のアミノ酸残基に置換する変異、及び402位のイソロイシン残基をイソロイシン以外のアミノ酸残基に置換する変異から選ばれる1又は2以上の変異を少なくとも有し、かつ、チロシンフェノールリアーゼ遺伝子の発現を正に調節する活性が、前記変異を有しないチロシンリプレッサーに比べて上昇した変異型チロシンリプレッサーである。
【0009】
本発明はまた、前記変異型チロシンリプレッサーをコードするDNAを提供する。
本発明はさらに、チロシンフェノールリアーゼ遺伝子のプロモーターに発現可能に連結された構造遺伝子を保持し、同構造遺伝子産物を産生する能力を有するエシェリヒア属細菌又はエルビニア属細菌であって、さらに前記変異型チロシンリプレッサーをコードするDNAを保持し、同DNAにより産生する変異型チロシンリプレッサーにより前記構造遺伝子の発現が正に調節されるエシェリヒア属細菌又はエルビニア属細菌を提供する。
【0010】
また本発明は、前記エシェリヒア属細菌又はエルビニア属細菌を培地に培養し、チロシンフェノールリアーゼを産生させることを特徴とする、チロシンフェノールリアーゼの製造法を提供する。
【0011】
さらに本発明は、前記エシェリヒア属細菌又はエルビニア属細菌を培地に培養し、チロシンフェノールリアーゼを産生させる工程と、産生したチロシンフェノールリアーゼを、ピロカテコール及びセリン、又はピロカテコール、ピルビン酸及びアンモニアに作用させてL−3,4−ジヒドロキシフェニルアラニンを生成させる工程を含む、L−3,4−ジヒドロキシフェニルアラニンの製造法を提供する。
【0012】
本明細書において、前記変異を有するチロシンリプレッサーを変異型チロシンリプレッサー、変異型チロシンリプレッサーをコードするDNAを変異型チロシンリプレッサー遺伝子ということがある。また、前記変異を有しないチロシンリプレッサーを野生型チロシンリプレッサーということがある。
【0013】
【発明の実施の形態】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明の変異型チロシンリプレッサーは、67位のバリン残基をバリン以外のアミノ酸に置換する変異、72位のチロシン残基をチロシン以外のアミノ酸基に置換する変異、97位のアスパラギン酸残基をアスパラギン酸以外のアミノ酸残基に置換する変異、及び402位のイソロイシン残基をイソロイシン以外のアミノ酸残基に置換する変異から選ばれる1又は2以上の変異を少なくとも有し、かつ、チロシンフェノールリアーゼ遺伝子の発現を正に調節する活性が、前記変異を有しないチロシンリプレッサーに比べて上昇した変異型チロシンリプレッサーである。
【0014】
前記バリン以外のアミノ酸残基としてはアラニンが、チロシン以外のアミノ酸残基としてはシステインが、アスパラギン酸以外のアミノ酸残基としてはグリシンが、イソロイシン以外のアミノ酸残基としてはバリンが挙げられる。
【0015】
本発明の変異型チロシンリプレッサーとして具体的には、(イ)67位のバリン残基をアラニン残基に置換する変異(V67A)、(ロ)72位のチロシン残基をシステイン残基に置換する変異(Y72C)、(ハ)67位のバリン残基をアラニン残基に置換する変異及び72位のチロシン残基をシステイン残基に置換する変異(V67A, Y72C)、又は(ニ)67位のバリン残基をアラニン残基に置換する変異及び72位のチロシン残基をシステイン残基に置換する変異並びに201位のグルタミン酸残基グリシン残基に置換する変異(V67A, Y72C, E201G)のいずれかを有する変異型チロシンリプレッサーが挙げられる。
【0016】
本発明の変異型チロシンリプレッサーは、上記変異を除いては、チロシンリプレッサー、例えばエルビニア・ヘルビコーラ由来の野生型チロシンリプレッサーと同じアミノ酸配列を有していてよい。野生型チロシンリプレッサーのアミノ酸配列としては、配列番号2に示すアミノ酸配列が挙げられる。尚、上記変異以外に加えて、チロシンフェノールリアーゼ遺伝子の発現を正に調節する活性を上昇させる他の変異を有していてもよい。
【0017】
本発明の変異型チロシンリプレッサーは、野生型チロシンリプレッサーをコードするDNAに、同DNAによってコードされるチロシンリプレッサーのチロシンフェノールリアーゼ遺伝子の発現を正に調節する活性が上昇するような変異を導入することによって、取得することができる。野生型チロシンリプレッサーとしては、エルビニア・ヘルビコーラ由来のチロシンリプレッサーが挙げられる。また、エルビニア・ヘルビコーラ由来の野生型チロシンリプレッサーをコードするDNAとしては、配列番号1に示す塩基配列を有するDNAが挙げられる。変異は、部位特異的変異法等によって計画的に導入することができる。
【0018】
また、本発明の変異型チロシンリプレッサーは、前記変異以外の位置において、1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、付加、又は逆位を含み、かつ、チロシンフェノールリアーゼ遺伝子の発現を正に調節する活性が、前記変異を有しないチロシンリプレッサーに比べて上昇した変異型チロシンリプレッサーであってもよい。ここで、「数個」とは、アミノ酸残基のタンパク質の立体構造における位置や種類によっても異なる。それは、アミノ酸によっては、類縁性の高いアミノ酸が存在し、そのようなアミノ酸の違いが、タンパク質の立体構造に大きな影響を与えないことに由来する。従って、チロシンリプレッサーを構成する521アミノ酸残基全体に対し、30〜50%以上、好ましくは50〜70%以上、より好ましくは80%以上の相同性を有し、チロシンフェノールリアーゼ遺伝子の発現を正に調節する活性を有するものであってもよい。
【0019】
尚、本発明において、67位のバリン残基、72位のチロシン残基、97位のアスパラギン酸残基、及び402位のイソロイシン残基とは、配列番号2に示す野生型チロシンリプレッサーのアミノ酸配列における位置である。上記のような活性に影響を与えないアミノ酸の欠失、挿入、付加、又は逆位によって位置が前後することがある。例えば、N末端部に1つのアミノ酸残基が挿入されれば本来67位のバリン残基は68位となるが、そのような67位のバリン残基に相当するバリン残基を、本発明においては67位のバリン残基と呼ぶこととする。
【0020】
上記のような変異型チロシンリプレッサーと実質的に同一のタンパク質をコードするDNAは、例えば部位特異的変異法によって、特定の部位のアミノ酸残基が置換、欠失、挿入、付加、又は逆位を含むように塩基配列を改変することによって得られる。また、上記のような改変されたDNAは、従来知られている変異処理によっても取得され得る。変異処理としては、チロシンリプレッサーをコードするDNAをヒドロキシルアミン等でインビトロ処理する方法、及びチロシンリプレッサーをコードするDNAを保持する微生物、例えばエルビニア属細菌を、紫外線照射またはN−メチル−N'−ニトロ−N−ニトロソグアニジン(NTG)もしくは亜硝酸等の通常変異処理に用いられている変異剤によって処理する方法が挙げられる。
【0021】
また、上記のような塩基の置換、欠失、挿入、付加、又は逆位等には、チロシンリプレッサーを保持する微生物の属、種、又は菌株の個体差に基づく場合などの天然に生じる変異(mutant又はvariant)も含まれる。
【0022】
上記のような変異を有するDNAを適当な細胞で発現させ、発現産物のチロシンリプレッサー活性(チロシンフェノールリアーゼ遺伝子の発現を正に調節する活性)を調べることにより、変異型チロシンリプレッサーと実質的に同一のタンパク質をコードするDNAが得られる。また、変異を有するチロシンリプレッサーをコードするDNAまたはこれを保持する細胞から、例えば配列表の配列番号1に記載の塩基配列のうち、塩基番号442〜2004からなる塩基配列を有するDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、チロシンリプレッサー活性を有するタンパク質をコードするDNAを単離することによっても、変異型チロシンリプレッサーと実質的に同一のタンパク質をコードするDNAが得られる。ここでいう「ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。この条件を明確に数値化することは困難であるが、一例を示せば、相同性が高いDNA同士、例えば50%以上の相同性を有するDNA同士がハイブリダイズし、それより相同性が低いDNA同士がハイブリダイズしない条件、あるいは通常のサザンハイブリダイゼーションの洗いの条件である65℃、1×SSC,0.1%SDS、好ましくは、0.1×SSC、0.1%SDSに相当する塩濃度でハイブリダイズする条件が挙げられる。
【0023】
このような条件でハイブリダイズする遺伝子の中には途中にストップコドンが発生したものや、活性中心の変異により活性が低下又は消失したものも含まれるが、それらについては、市販の発現ベクターにつなぎチロシンリプレッサー活性を調べることによって容易に取り除くことができる。
【0024】
エルビニア・ヘルビコーラ由来のチロシンリプレッサー遺伝子は、特開平11−313672号公報に記載の方法にしたがって、自身のチロシンリプレッサー遺伝子を欠失し、さらにエルビニア・ヘルビコーラ由来のチロシンフェノールリアーゼ遺伝子のプロモーター・エンハンサー支配下にラクトースオペロンを発現するエシェリヒア・コリを宿主に用いることにより、エルビニア・ヘルビコーラの染色体遺伝子ライブラリーから選択することができる。
【0025】
また、エルビニア・ヘルビコーラのチロシンリプレッサー遺伝子の構造はすでに明らかであるので(配列番号1)、その配列に基づいてオリゴヌクレオチドを作製し、それを用いたPCR法又はハイブリダイゼーションによって、エルビニア・ヘルビコーラの染色体DNA又は染色体遺伝子ライブラリーからチロシンリプレッサー遺伝子を取得することもできる。
【0026】
尚、エルビニア・ヘルビコーラに分類されていた微生物は、現在ではパントエア・アグロメランス(Pantoea agglomerans)に分類されている。エルビニア属及びパントエア属は非常に近縁であり、チロシンリプレッサー遺伝子は、エルビニア属及びパントエア属のいずれに属する微生物からも取得され得る。
また、エルビニア属及びパントエア属以外の細菌、例えばエシェリヒア・コリ等のエシェリヒア属細菌からも、上記と同様にしてチロシンリプレッサー遺伝子を取得することができる。エシェリヒア・コリのチロシンリプレッサーは、エルビニア・ヘルビコーラのチロシンリプレッサーと約72%のホモロジーを有している。特に、67位のバリン残基は、エシェリヒア・コリとエルビニア・ヘルビコーラのチロシンリプレッサーで共通して保存されており、エシェリヒア・コリのチロシンリプレッサーの67位に変異を導入することによってチロシンフェノールリアーゼ遺伝子の発現を正に調節する活性が上昇する可能性が高い。エルビニア・ヘルビコーラのチロシンリプレッサーとこのようなホモロジー、好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上のホモロジーを有するチロシンリプレッサーは、本発明を適用し得る。
【0027】
後記実施例に記載の変異型チロシンリプレッサー遺伝子は、上記のようにして取得されたエルビニア・ヘルビコーラのチロシンリプレッサー遺伝子にエラープローン(error-prone)PCRによりランダムに変異を導入し、変異が導入された遺伝子をエルビニア・ヘルビコーラ由来のチロシンフェノールリアーゼ遺伝子のプロモーター・エンハンサー支配下にラクトースオペロンを発現するエシェリヒア・コリに導入し、X-gal(5-ブロモ-4-クロロ-3-インドリル-β-D-ガラクトシド)を含み、チロシンを含まない培地で培養し、他のコロニーに比べて濃い青色を呈するコロニーを選択することによって取得されたものである。
【0028】
本発明の変異型チロシンリプレッサー及びそれをコードする遺伝子は、目的遺伝子の発現調節に利用することができる。例えば、チロシンフェノールリアーゼ遺伝子のプロモーターに目的のタンパク質をコードする構造遺伝子を発現可能に連結し、得られる融合遺伝子を微生物に導入し、さらに、本発明の変異型チロシンリプレッサー遺伝子を同微生物に導入すると、変異型チロシンリプレッサーにより前記タンパク質の発現が正に制御される。
【0029】
したがって、チロシンフェノールリアーゼ遺伝子のプロモーターと目的のタンパク質の構造遺伝子との融合遺伝子と、変異型チロシンリプレッサー遺伝子が導入された微生物を培地に培養することにより、目的のタンパク質を効率よく産生させることができる。目的のタンパク質の構造遺伝子として、チロシンフェノールリアーゼをコードするDNAを用いると、チロシンフェノールリアーゼを産生させることができる。チロシンフェノールリアーゼは、酵素法によるL−ドーパの生産に利用することができる。すなわち、前記微生物を培地に培養し、チロシンフェノールリアーゼを産生させる工程と、産生したチロシンフェノールリアーゼを、ピロカテコール及びセリン、又はピロカテコール、ピルビン酸及びアンモニアに作用させてL−3,4−ジヒドロキシフェニルアラニンを生成させる工程により、L−ドーパを製造することができる。
【0030】
前記微生物としては、エシェリヒア属細菌又はエルビニア属細菌が挙げられる。また、エシェリヒア属細菌としてはエシェリヒア・コリが、エルビニア属細菌としてはエルビニア・ヘルビコーラが挙げられる。
【0031】
エシェリヒア属細菌及びエルビニア属細菌においては、通常、チロシンフェノールリアーゼ遺伝子の発現のインデューサーとしてチロシンが必要であるが、本発明の変異型チロシンリプレッサー遺伝子を保持するエシェリヒア属細菌又はエルビニア属細菌は、チロシンを培地に添加しなくても、あるいは添加量が少なくてもチロシンフェノールリアーゼ遺伝子の発現が誘導されるので、チロシンの使用量を低減させることができる。
【0032】
前記融合遺伝子又は変異型チロシンリプレッサー遺伝子をエシェリヒア属細菌又はエルビニア属細菌等の微生物に導入するには、通常、これらの遺伝子を適当なベクターに連結して組換えDNAを作製する。ベクターとしては、pUC19、pUC18、pBR322、pHSG299、pHSG399、pHSG398、RSF1010、pACYC177、pACYC184、pMW219、pMW118等が挙げられる。
【0033】
上記のように調製した組換えDNAをエシェリヒア属細菌又はエルビニア属細菌に導入するには、これまでに報告されている形質転換法に従って行えばよい。例えば、エシェリヒア・コリ K−12について報告されているような、受容菌細胞を塩化カルシウムで処理してDNAの透過性を増す方法(Mandel,M.and Higa,A.,J. Mol. Biol., 53, 159 (1970))があり、バチルス・ズブチリスについて報告されているような、増殖段階の細胞からコンピテントセルを調製してDNAを導入する方法( Duncan,C.H.,Wilson,G.A.and Young,F.E., Gene, 1, 153 (1977))がある。あるいは、バチルス・ズブチリス、放線菌類及び酵母について知られているような、DNA受容菌の細胞を、組換えDNAを容易に取り込むプロトプラストまたはスフェロプラストの状態にして組換えDNAをDNA受容菌に導入する方法(Chang,S.and Choen,S.N.,Molec. Gen. Genet., 168, 111 (1979);Bibb,M.J.,Ward,J.M.and Hopwood,O.A.,Nature, 274, 398 (1978);Hinnen,A.,Hicks,J.B.and Fink,G.R.,Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 75 1929 (1978))も応用できる。また、エレクトロポレーション法(Methods for general and molecular bacteriology, 1994, Philipp Gerhardt ed., ASM Press, 14.1.3.3 Electroporation procedure)も利用することができる。
【0034】
前記融合遺伝子及び変異型チロシンリプレッサー遺伝子の導入は、別々のベクターを用いて行ってもよく、単一のベクターを用いて同一ベクター上に両遺伝子を保持させてもよい。また、遺伝子の導入の順序は特に制限されない。
【0035】
また、前記融合遺伝子及び/又は変異型チロシンリプレッサー遺伝子は、宿主微生物のプラスミド上に存在させてもよく、相同組換え等によって宿主微生物の染色体DNA上に存在させてもよい。
【0036】
導入される変異型チロシンリプレッサー遺伝子は、チロシンリプレッサー遺伝子固有のプロモーターによって発現制御されてもよく、プロモーターをlacプロモーター、trpプロモーター、trcプロモーター、tacプロモーター、ラムダファージのPRプロモーター、PLプロモーター、tetプロモーター、amyEプロモーター等の強力なプロモーターと置換し、これらのプロモーターによって発現制御されてもよい。
【0037】
染色体DNAの調製、染色体DNAライブラリーの作製、ハイブリダイゼーション、PCR、プラスミドDNAの調製、DNAの切断及び連結、形質転換、プライマーとして用いるオリゴヌクレオチドの設定等の方法は、当業者によく知られている通常の方法を採用することができる。これらの方法は、Sambrook, J., Fritsch, E. F., and Maniatis, T., "Molecular Cloning A Laboratory Manual, Second Edition", Cold Spring Harbor Laboratory Press, (1989)等に記載されている。
【0038】
【実施例】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明する。
【0039】
【実施例1】
エルビニア・ヘルビコーラのチロシンリプレッサー遺伝子の取得
<1>エルビニア・ヘルビコーラ由来の染色体遺伝子ライブラリーの調製
Current protocols in molecular biology 2.4.1(A.M.Frederick et al., Massachusetts General Hospital, Harvard Medical School, John Wiley & Sons, Inc., 1994)の方法に従って、エルビニア・ヘルビコーラ AJ2985株(ATCC21434)より染色体DNA 1.45mgを抽出した。得られたDNAの43.5μgを50μlの反応系でSau3AI 6 unitsで10分間および15分間部分分解した後、アガロース電気泳動を行い、約4〜8kbのDNA断片5.1μgを回収した。
【0040】
また、pBR322(東洋紡(株))の5μgをBamHI 10 unitsで2時間消化し、アガロース電気泳動解析で完全に切断されているのを確認した後、アルカリフォスファターゼ(東洋紡(株))2 unitsで37℃、1時間処理で5'末端の脱リン酸化を行い、約3μgのpBR322のBamHI切断DNAを得た。
【0041】
上記のように調製したpBR322 DNA 1.4μgと約4〜8kbのDNA断片の1.7μgをDNA連結キット(TAKARA ligation kit Ver.2(宝酒造(株)))を用いて80μlの反応系で、16℃で1時間ライゲーションし、エルビニア・ヘルビコーラ由来の染色体遺伝子ライブラリーとした。
【0042】
<2>スクリーニング用宿主(E. coli TK453)の作製
チロシンリプレッサー遺伝子(tyrR)を含むプラスミドクローンを選択するためのスクリーニング用宿主として、自身のチロシンリプレッサー遺伝子を欠失し、さらにエルビニア・ヘルビコーラ由来のチロシンフェノールリアーゼ遺伝子(tpl)のプロモーター・エンハンサー支配下にラクトースオペロンを発現する遺伝子を染色体上に保持するエシェリヒア・コリを作製した。
【0043】
ラクトースオペロンは、pRS552(R.W.Simons et al., Gene, 53,85-96(1987))から調製した。pRS552は、ラクトースオペロン中のlacZのN末端が一部欠失している不完全なlacオペロンを保持するプラスミドである。これにチロシンフェノールリアーゼ遺伝子(tpl)のN末端及び上流域を含む遺伝子断片をフレームを合わせて連結することで、tplの制御下でチロシンフェノールリアーゼのN末端部分(tpl')とβ−ガラクトシダーゼの一部のN末端を欠いたC末端部分('lacZ)との融合タンパク質(tpl'-'lac 融合タンパク質)を発現する融合遺伝子が形成される。これによって、tplの転写調節をエシェリヒア・コリ内でβ−ガラクトシダーゼ活性を指標として検討することが可能である。
【0044】
tplのプロモーター・エンハンサー領域は、これを含むプラスミドpSH768(H.Suzuki et al., J.Ferment. Biol., 75, 145-148(1993))から調製した。
はじめに、上記融合遺伝子をエシェリヒア・コリに導入するためのプラスミドを構築した(図1〜3)。まず、pSH768中のtplのN末端にあたるatgaactatcc配列(配列番号3)を部位特異的変異によってatgaaggatcc(BamHIサイト導入)(配列番号4)とし、またN末端より約480bp上流にあたるttaacattcgc配列(配列番号5)をttagaattcgc(EcoRIサイト導入)(配列番号6)とした。具体的には次のようにして行った。pSH768をSmaIとPstIで切断し、SmaI-PstIの2.2Kb断片を調製し、この断片をpTZ19R(Pharmacia社)のSmaIとPstIサイトの間に挿入した(図1)。そして、Kunkelの方法(Kunkel,T.A.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA, 82, 488-492(1985)、Kunkel,T.A., Methods in Enzymology, 154, 367-382(1987))により、部位特異的変異導入キット(Muta-gene phagemid in vitro mutagenesis kit instruction manual(Bio-Rad社))を用いて、部位特異的変異を導入した(図1及び図2上部)。BamHIサイト、及びEcoRIサイトの導入に使用したオリゴヌクレオチド配列はそれぞれ5'-tcggcaggatccttcatgttta-3'(配列番号7)と5'-agcggcgaattctaatgacgtg-3'(配列番号8)である。
【0045】
この後、EcoRI、BamHIで切り出される約480bpの遺伝子断片をpUC18のEcoRIとBamHI部位に挿入し(pTK311)、挿入断片部分の塩基配列を決定し、正しく目的の位置にEcoRIやBamHIが造成されていることを確認した(図2)。確認後、このEcoRI、BamHIで切り出される約480bpの遺伝子断片をpRS552のEcoRI、BamHIサイトに挿入し、tpl'-'lac 融合タンパク質をコードする遺伝子を搭載したプラスミド(pTK312)を作製した(図3)。
【0046】
次に、このtpl'-'lac 融合遺伝子を搭載したpTK312でE. coli TE2680(T.Elliott, J.Bacteriol., 174, 245-253(1992))を形質転換した。形質転換法及びそれに用いたコンピテントセルの作製法は、井上浩明、野島博「遺伝子ライブラリーの作製法」、p19-26, 1995(羊土社)に従って行った。pTK312(由来はpRS552)とTE2680の染色体上には相同な領域(カナマイシン耐性遺伝子とlac遺伝子)が存在するために、ある頻度で相同組換えを起こし、結果として染色体上にtpl'-'lac 融合タンパク質をコードする遺伝子がシングルコピーとして組み込まれた菌株を作製できる。このようにして得られた菌株をTK314とした。
【0047】
上記TK314は、recD(エクソヌクレアーゼ Vのエクソヌクレアーゼ活性を欠失しており、細胞内で直鎖状のDNAは切断を免れる)を保持しており、このような菌株内ではプラスミドが安定に複製されないため、これをエルビニア・ヘルビコーラ由来の染色体遺伝子ライブラリーの宿主として使用することは困難である。そこで、TK314中のtpl'-'lac 融合タンパク質をコードする遺伝子を含む周辺の遺伝子をP1トランスダクション(A Short Course in Bacterial Genetics, J.H.Miller, Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor N.Y. 1992)により、E. coli JM107に形質導入した。
【0048】
また、tpl'-'lac 融合タンパク質をコードする遺伝子がE. coliのチロシンリプレッサー(TyrR)によって活性化されることが示唆された(H.Suzuki et al.,Biosci.Biotech.Biochem.,59,2339-2341(1995), H.Q.Smith et al.,J.Bacteriol.,179,5914-5921(1997))ため、E. coli JM107の染色体tyrRの機能を不活化するために、P1トランスダクションによりtyrR366(H.Camakaris et al.,J.Bacteriol.,115,1135-1144(1973))を導入した。そして最後に、recA-とするために、MV1184(Methods in Enzymology,153,3-11(1987))よりΔ(srl-recA)306::Tn10を導入し、これをTK453とした。このTK453でコンピテントセルを作製し、エルビニア・ヘルビコーラ(Erwinia herbicola)由来の染色体遺伝子ライブラリーのスクリーニング用の宿主として用いた。
【0049】
<3>tpl'-'lac 融合タンパク質遺伝子の発現を活性化する染色体遺伝子ライブラリーのスクリーニング
上記のように作製したライブラリー8μlを用いて、TK453を形質転換した後、5 mML−チロシンを含むMacConkey-Lactose(Difco社)培地にプレーティングし、約20,000個のコロニーを得た。この中で23個のコロニーがβ−ガラクトシダーゼ遺伝子(lacZ)の発現の指標である赤色の表現型を示した。この表現型からは、これらのコロニー細胞に導入されたプラスミドに挿入された染色体DNA断片に、目的とするtyrRか、又はβ−ガラクトシダーゼ遺伝子が含まれていると考えられるが、あるいはその他不明のものが含まれている可能性もある。
【0050】
そこで、さらに確認のために、tplのプロモーターの上流域のTyrRなどの調節タンパク質が結合すると考えられる調節領域(regulatory region)を除去した、tpl'-'lac 融合タンパク質遺伝子を持つ菌株(TK481)を作製した。すなわち、プラスミドpTK311をBssHII処理した後、末端を平滑末端化し、さらにBamHIで消化し、BssHII-BamHI 180bp断片を切り出した。この断片を、pUC18のSmaIとBamHI部位に挿入し、得られたプラスミドをEcoRIとBamHIで消化し、約190bpの断片を調製した。
この断片と、EcoRIとBamHI消化を行ったpRS552を連結した(pTK475)(図4)。次に、こうして得られたpTK475でE. coli TE2680を形質転換し、先に述べたのと同じ方法で、染色体相同組換えを行い、TK481を得た。
【0051】
TK481は、上流の調節領域(regulatory region)が除去されているために、tplの発現調節に関与するタンパク質は作用できず、その結果としてtpl'-'lac 融合タンパク質遺伝子の発現がほとんど起こらないものと考えられる。そこで、一次スクリーニングで赤色の表現型を示した株よりプラスミドを調製し、該プラスミドでTK481を形質転換し、今度は白色の表現型を示すものを選択した。この二次スクリーニングにより20株が得られた。これらの株のプラスミドはすべてEcoRI処理で約1.6KbのDNA断片が検出された。またこれらの形質転換体はすべて3−フルオロチロシン(3-fluorotyrosine)に感受性を示し(E. coliでtyrR-は3−フルオロチロシン耐性となる。H. Camakaris et al., J. Bacteriol., 115, 1135-1144(1973))、E. coliでのtyrR+の表現型と同一の性質を示した。これらの結果から、これらのクローンはある同一のDNA領域を含むDNA断片を有し、エルビニア・ヘルビコーラ由来のtyrRを含むことが強く示唆された。
【0052】
上記の候補株の中で、tyrRを有する一つのプラスミドをpTK-#20と命名し、以降の操作に使用した。tyrRを含むDNA断片をさらに短くするために種々の制限酵素(EcoRI, BssHII, EcoRV, HpaI, SalI, SphI, NruI等)で処理して得られた約2 kb以上の遺伝子断片をpBR322にサブクローニングして、TK453を形質転換し、上記と同じ要領で5 mML−チロシンを含むMacConkey-Lactose(Difco社)培地で赤くなるものを選択した。その結果、選択された株が保持するDNA断片として、SalIおよびSphIで消化した各々3.5Kbの断片を得ることができた。この中で、SalI 3.5 kb断片をpUC18に乗せ換えて、該断片の塩基配列を塩基配列決定装置(Shimadzu DSQ-1000L)を用いて決定した(配列番号1)。このDNA断片中にはオープン・リーディング・フレームが存在し(塩基番号442〜2004)、これから予想されるアミノ酸配列(配列番号2)は、E. coliのTyrRと約72%のホモロジー(相同性)を有していた。
【0053】
【実施例2】
変異型チロシンリプレッサー遺伝子の取得
<1>チロシンリプレッサー活性測定用宿主(E. coli TK747)の作製
チロシンリプレッサーの活性を調べるための宿主として、tyrR遺伝子を欠失し、tpl'-'lac融合遺伝子を染色体上に保持するE. coli菌株を構築した。
【0054】
(1)tyrR欠失株の作製
E. coli由来tyrRを含むプラスミドpMU400(C. Edwina et al., J. Bacteriol., 152, 1276-1279 (1982))をMluIとMfeIで切断して得られる3.9kbの断片を、Takara blunting kit(宝酒造(株))を用いて平滑末端化し、tyrRの内部領域を欠失させた。一方、pACYC184(J. Bacteriol, 134, 1141(1978))をAccI及びHincIIで切断した後、AccI末端を平滑化し、クロラムフェニコール耐性遺伝子(cat)を含む断片を得た。これらの断片を連結し、pTK689を得た。pTK689は、ColE1由来の複製制御領域、アンピシリン耐性遺伝子(bla)、及び内部領域がcatで置換されたtyrR遺伝子(ΔtyrR::cat)を保持している。
【0055】
pTK689をHindIII及びNdeIで切断し、ΔtyrR::catを含む3.5kbの断片を回収した。この断片を用いて、E. coli FS1576(国立遺伝学研究所(ME9019)より入手)を形質転換した。FS1576株は、recDが導入されているため、相同組換えを起こしやすい株である。
【0056】
0.2mMフルオロチロシン耐性、クロラムフェニコール耐性の表現型を有する形質転換株を選択し、さらに、得られた形質転換株の染色体DNAを鋳型とするPCRにより、tyrR遺伝子が破壊されたことを確認した。こうして、TK699株(recD1009, thi-1, thr-1, leuB6, lacY1, tonA21, supE44, ΔtyrR::cat)を得た。
【0057】
(2)宿主菌株へのΔtyrR::cat及びtpl'-'lac融合遺伝子の導入
E. coli CSH26(国立遺伝学研究所ME 8116)[F-, ara,Δ(lac-pro), thi]に、P1トランスダクションにより、前記のtpl'-'lac融合遺伝子が染色体上に組み込まれた菌株TK314が保持するtrpDC700::putPA1303::[kan, tpl'-'lac]を導入した。次に、P1トランスダクションによりTK699株よりΔtyrR::catを導入し、続いて、E. coli MV1184(Methods in Enzymology,153,3-11(1987))よりΔ(srl-recA)306::Tn10を導入し、TK747[F-, ara,Δ(lac-pro), thi, ΔtyrR::cat, trpDC700::putPA1303::[kan, tpl'-'lac], Δ(srl-recA)306::Tn10]を得た。
【0058】
上記のようにして得られたTK747株は、染色体上のtyrR遺伝子及びlacオペロンを欠失し、tpl'-'lac融合遺伝子を保持している。
【0059】
<2>変異型tyrR遺伝子の作製
エラープローン(error-prone)PCRにより、エルビニア・ヘルビコーラのtyrR遺伝子のコード領域に変異を導入した。プロモーター領域に変異が導入されないように、tyrRの翻訳開始点にNdeIサイトを導入し、PCRで増幅した構造遺伝子をその下流に連結するようにした。そうすることにより、変異型tyrRを野生型tyrRと同レベルで発現させることができると考えられる。
【0060】
pTK#-20から、tyrRのプロモーター領域及び翻訳開始点を含む0.6kbのSalI-EcoRI断片を切り出し、SalI及びEcoRIで切断したpTZ19R(Pharmacia社)と連結した。そして、Kunkelの方法により、部位特異的変異導入キット(Muta-gene phagemid in vitro mutagenesis kit instruction manual(Bio-Rad社))を用いた部位特異的変異法により、tyrRの翻訳開始点にNdeIサイトを導入し、pTK619とした(図5)。変異導入プライマーとしては、5'-gattaaggcccaccatatgcgtttagaag-3'(配列番号9)を用いた。
【0061】
エラープローンPCRは、次のようにして行った。10mM Tris-HCl(25℃でpH8.3)、50mM KCl、0.1% Triton X-100、1.5mM MgCl2、0.2mM dNTPs(dATP, dGTP, dCTP, dTTPを各0.2mM含む混合物)、0.1mM dITP、pTK#-20 100ng、プライマー各20pmole、及びrTaqポリメラーゼ2.5Uを含む反応液を用いて、95℃ 30秒、55℃ 30秒、72℃ 120秒の反応を25サイクル又は30サイクル繰り返した。プライマーとしては、5'-gattaaggcccaccatatgcgtttagaag-3'(配列番号10)、5'-tgagcatgacaaaaagctttacagccag-3'(配列番号11)を用いた。
【0062】
pTK619をEcoRIで切断し、平滑末端化した後、SalIで切断し、SalI-EcoRI断片(0.6kb)を切り出し、シングルコピープラスミドpACYC177のXhoI、SmaIサイトに挿入した。得られたプラスミドをNdeI、HindIIIで切断して得た3.9kbの断片と、PCRで増幅した変異型tyrR遺伝子をNdeI、HindIIIで消化した断片を連結し、変異型tyrR発現プラスミドを構築した(図5)。
【0063】
一方、コントロールとして、野生型tyrR発現プラスミドの構築を行った。pTK-#20をSspIおよびSalI処理して得られる約2.4kbの断片を平滑末端化し、pBR322のEcoRV部位に挿入し、pTK561を作製した。
【0064】
<3>tpl転写活性の増加した株のスクリーニング
上記のようにして得られた変異型tyrR遺伝子発現プラスミドを用いてTK747株を形質転換し、X-gal(5-ブロモ-4-クロロ-3-インドリル-β-D-ガラクトシド)を含み、チロシンを含まない基本培地(0.5%ペプトン、0.5%イーストエキストラクト、0.5%ミートエキストラクト、0.2% KH2PO4, pH8.0)プレートにまき、37℃で培養した。
【0065】
出現した約9万個のコロニーの中から、他のコロニーに比べて濃い青色を呈した100コロニーを選択した。さらに、それらのコロニーを前記と同じプレート上で培養し、最も濃い青色を呈すると認められた5個のコロニーを選択した。それらの株についてβ−ガラクトシダーゼ比活性を、公知の方法(Miller, J.H., A short course in bacterial genetics, A laboratory manual and handbook for Escherichia coli and related bacteria. Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, N.Y. (1992))により測定した。タンパク質の定量は、ウシ血清アルブミンを標準として、ローリー法(Lowry, O.H.et al., J. Biol. Chem. 193, 265 (1951)により行った。尚、各菌株の培養は基本培地で行った。
【0066】
結果を表1に示す。表中、tyrR2、tyrR3及びtyrR4は25サイクルのPCR反応により、他は30サイクルのPCR反応により得られた変異型tyrR遺伝子である。
その結果、変異型tyrR遺伝子導入株は、野生型tyrR遺伝子導入に比べて高いβ−ガラクトシダーゼ活性を示した。また、野生型導入株を含め、各tyrR導入株は、プラスミド非導入株に比べて高いβ−ガラクトシダーゼ活性を示した。
【0067】
各変異型tyrR遺伝子の変異点、及び各変異から推定されるアミノ酸置換を表1に示した。表1中、カッコ内は、配列番号1中のアミノ酸番号と、その左側に変異前のアミノ酸残基と、変異後のアミノ酸残基を示す。尚、tyrR5及びtyrR6は、同一の変異を有していた。
【0068】
【表1】
【0069】
<4>重複変異を有するtyrR遺伝子の変異の分離及びtplプロモーター発現調節活性の評価
tyrR5は最も高いtplプロモーター誘導活性を示したが、3つの変異(V67A, Y72C, E201G)が導入されていたので、各変異を単独で又は2つ組み合わせて保持する変異型tyrRを作製し、それぞれの活性を評価した。tyrRへの変異の導入は、部位特異的変異法によって行った。得られた変異型tyrRをTK747株に導入し、形質転換株を最少培地(MM)又はL−フェニルアラニン(Phe)、L−トリプトファン(Trp)又はL−チロシン(Tyr)を終濃度で1mM含む最少培地で培養し、前記Millerの方法によりβ−ガラクトシダーゼ比活性を測定した。結果を表2に示す。表中、カッコ内の数字は、培地に添加したPhe、Trp又はTyrによるβ−ガラクトシダーゼ比活性の活性化率を示す。
【0070】
この結果から、特にV67A変異、Y72C変異、V67A, Y72C変異、及びV67A, Y72C, E201G変異が、tplプロモーター誘導活性を高めることがわかる。また、tyr非存在下でのβ−ガラクトシダーゼ活性に対するtyr存在下での活性の比は、V67A変異及びY72Cにおいて高く、特にV67A変異では野生型tyrRに比べて2倍であった。
【0071】
【表2】
【0072】
【実施例3】
変異型TyrRのリプレッサー活性の評価
TyrRは、チロシンなどの芳香族アミノ酸の生合成に関するaroF(DAHPシンターゼ遺伝子)及びはtyrP(チロシン特異的トランスポーター遺伝子)等の遺伝子の発現を負に制御することが知られている。そこで、実施例2で得られた変異型Tyrについて、aroF及びtyrPに対するリプレッサー活性を調べた。
【0073】
aroF及びtyrPを、E. coli MG1655株(E. coli Genetic Stock Center (Yale University, Dept. Biology, Osborn Memorial Labs., 06511-7444 New Haven, Connecticut, U.S.A., P.O. Box 6666)から入手)染色体DNAを鋳型し、KODポリメラーゼ(東洋紡社)を用いたPCRによって、それぞれ増幅した。プライマーは、aroFには、5'-ccgaattcgctaaatgcatcgtcatcttttatg-3'(配列番号12)及び5'-ccggatccttttgcatgatggcgatcctgttta(配列番号13)を、tyrPには、5'-ccgaattccagactggcatgcgtatattgc-3'(配列番号14)及び5'-ccggatccttcacgctttcttctgtcctgacga-3'(配列番号15)を用いた。各増幅断片は、それぞれの遺伝子のうち、TyrRによる調節を受ける領域から開始コドンの少し下流までを含む。
【0074】
各増幅断片をEcoRI及びBamHIで消化し、pUC19のEcoRI、BamHIサイトにクローニングした。クローン化断片を、塩基配列を確認した後にpRS552に移し換えた。得られたプラスミドから、aroF'-'lac又はtyrP'-'lacを含む断片をHindIII及びSalIで切り出し、低コピーベクターpMW219(ニッポンジーン)のHindIII、SalIサイトに挿入し、pTK588[pSC101ori, kan, aroF'-'lac]、及びpTK589[pSC101ori, kan, tyrP'-'lac]を構築した。
【0075】
一方、E. coli由来tyrRの発現プラスミドを、以下のようにして構築した。E. coli由来tyrRを含むプラスミドpMU400(C.Edwina et al., J.Bacteriol., 152,1276-1279(1982))から、NdeIおよびHindIII処理により約2.6kbの断片を得、T4 DNAポリメラーゼで平滑末端化した後にpBR322(東洋紡(株))の EcoRV部位に挿入し、pTK559を作製した。
【0076】
pTK588又はpTK589を、変異型tyrR発現プラスミド又はpTK559(E. coli tyrR)もしくはpTK561(E. herbicola野生型tyrR)とともに、E. coli TK809[F-, ara,Δ(lac-pro), thi, ΔtyrR::cat,Δ(srl-recA)306::Tn10](E. coli CSH26株にP1トランスダクションによりTK699株よりΔtyrR::catを導入し、続いてMV1184株よりΔ(srl-recA)306::Tn10を導入して作製した)に共形質転換した。得られた形質転換株について、実施例2<4>と同様にしてβ−ガラクトシダーゼ比活性を調べた。結果を表3(aroF)、表4(tyrP)に示す。
【0077】
この結果から、各変異型TyrRは、aroF遺伝子及びtyrP遺伝子の発現を抑制する活性が野生型TyrRに比べて低下しており、リプレッサー活性が低下していることが明らかとなった。
【0078】
【表3】
【0079】
【表4】
【0080】
【実施例4】
エルビニア・ヘルビコーラへの変異型tyrRの導入
<1>エルビニア・ヘルビコーラtyrR欠失株の作製
実施例1<3>で得られたtyrR遺伝子を保持する候補株のプラスミドの中で、最も長い挿入断片を有するプラスミドをpTK#-13と命名した。pTK#-13をEcoRIで切断し、5.5kbと6.5kbの断片を回収し、pUC4K(Pharmacia biotech)をEcoRIで切断して生じるカナマイシン耐性遺伝子(kan)を含む1.3kbの断片と連結し、pTK766[ColEIori, bla, ΔtyrR::kan]を得た。同プラスミドは、tyrR遺伝子のほぼ全領域がカナマイシン耐性遺伝子で入れ換えられている。
このプラスミドは、FspIで消化すると、ベクター側で4個所、挿入断片内で1個所切断され、kan遺伝子の両側に4kb又は2.2kbの相同領域を持つ断片が生じる。この断片を回収し、エレクトロポレーション法(Methods for general and molecular bacteriology, 1994, Philipp Gerhardt ed., ASM Press, 14.1.3.3 Electroporation procedure)により、エルビニア・ヘルビコーラ AJ2985株(ATCC21434)に導入した。エレクトロポレーションは、0.2cmキュベットに細胞0.25μlを入れ、25μF、2.5kV、200Ωでパルスを印加することにより行った。
【0081】
形質転換処理した細胞を一時間培養し、カナマイシン30μg/mlを含むLBプレートにまき、生育してきた菌株について、プラスミドの有無を調べ、プラスミドを保持をしていない株を3株得た。
【0082】
上記で得られた3株について、抗チロシンフェノールリアーゼ抗体を用いたウエスタン・ブロッティングを行ったところ、いずれの株もチロシンフェノールリアーゼが発現していなかった。その中の1株について、ゲノミックサザンを行い、tyrRがΔtyrR::kanで置き換えられていることが確認され、同株をYG17と命名した。
前記抗チロシンフェノールリアーゼ抗体は、次のようにして作製した。チロシンフェノールリアーゼ(TPL)をエルビニア・ヘルビコーラの無細胞抽出液から精製した。フロイント完全アジュバントに乳化させたTPL 1mgを用いて、雌のニュージーランドホワイトラビットを免疫した。フロイント不完全アジュバントに乳化させたTPL 1mgを用いて、追加免疫を2週間空けて2回行い、それぞれ追加免疫後に少量の血液を採取して抗TPL活性を調べた。全血を採取し、37℃で1時間静置した後、遠心分離して血餅を除去し、粗抗血清を得た。この粗抗血清から、プロテイン−AセファロースCL-6B(Pharmacia社)カラムクロマトグラフィーを用いて、使用説明書に推奨されている方法により、イムノグロブリンG画分を精製した。
【0083】
<2>変異型tyrR導入用プラスミドの構築
pMW118(ニッポンジーン)をPvuIIで切断後、セルフライゲーションし、lacZ遺伝子を除去した。得られたプラスミドをScaIで切断し、pBR322をSspI及びPpuMIで切断することにより切り出したテトラサイクリン耐性遺伝子(tet)を平滑末端化後挿入して、pTK631を得た。次に、pTK631をPvuIIで切断し、pTK#-20をSalIで切断、平滑末端化後、SspIで切断することにより切り出したtyrR遺伝子断片を挿入し、pTK919を得た。さらに、pTK919をSacII、MscIで切断して6.3kbの断片を回収し、V67A, Y72C, E201G変異を有する変異型tyrR(tyrR5)断片が挿入されたpACYC177をSacII、MscIで切断して得られる断片を挿入して、pTK922を得た(図6)。
【0084】
<3>変異型tyrR導入株のチロシンフェノールリアーゼ活性の評価
上記のようにして得られたプラスミドpTK919[pSC101 ori, bla::tet, tyrR]、及びpTK922[pSC101 ori, bla::tet, tyrR V67A, Y72C, E201G]を、前記YG17株に導入し、YG38株及びYG40株を得た。これらの株を0.1%チロシンを含む基本培地100mlで、30℃で一夜培養した。菌体を10mMリン酸カリウム緩衝液(pH7.0)、0.2mM PLP(ピリドキサール5'リン酸)、5mM 2-メルカプトエタノール、4mM EDTA(pH7.0)に懸濁し、超音波処理により破砕した。菌体破砕液を、前記緩衝液に対して一夜透析した。こうして得られた粗酵素液について、タンパク質定量及びチロシンフェノールリアーゼの活性測定を行った。
【0085】
タンパク質の定量は、ウシ血清アルブミンを標準として、ローリー法(Lowry, O.H.et al., J. Biol. Chem. 193, 265 (1951)により行った。チロシンフェノールリアーゼ活性は、次のようにして測定した。1mMチロシン、0.1 mM PLP、0.078mM NADH、0.1mM 2-メルカプトエタノール、ラクテートデヒドロゲナーゼ(ウサギ筋由来、1.3国際単位/ml)、100mMリン酸カリウム緩衝液(pH8.0)からなる反応液を30℃でプレインキュベーションした後、サンプル10〜100μlを加えて、NADHの酸化を340nmでの吸収により追跡した。NADHの消費は、1:1でチロシンの消費に相当する。1分間に1μMのチロシンを消費する酵素量を1ユニットとした。結果を表5に示す。
【0086】
この結果から、変異型tyrRが導入されたエルビニア・ヘルビコーラの菌株は、野生型tyrRが導入された株よりも高いチロシンフェノールリアーゼ活性を示した。また、変異型tyrRが導入されたエルビニア・ヘルビコーラは、培地にチロシンを添加しなくても、高いチロシンフェノールリアーゼ活性を示した。
【0087】
【表5】
【0088】
【発明の効果】
本発明により、チロシンフェノールリアーゼ遺伝子の発現を正に調節する活性が、前記変異を有しないチロシンリプレッサーに比べて上昇した変異型チロシンリプレッサー、及びそれをコードするDNAが提供される。
【0089】
本発明の変異型チロシンリプレッサー遺伝子は、チロシンフェノールリアーゼ等のタンパク質をコードする遺伝子の発現制御に利用することができる。また、本発明により製造されるチロシンフェノールリアーゼは、L−ドーパの製造に利用することができる。
【0090】
【配列表】
【0091】
【0092】
【0093】
【0094】
【0095】
【0096】
【0097】
【0098】
【0099】
【0100】
【0101】
【0102】
【0103】
【0104】
【0105】
【図面の簡単な説明】
【図1】 tpl'-'lac 融合タンパク質をコードする遺伝子を搭載したプラスミド(pTK312)の構築過程の一部を示す図。
【図2】 tpl'-'lac 融合タンパク質をコードする遺伝子を搭載したプラスミド(pTK312)の構築過程の一部を示す図。
【図3】 tpl'-'lac 融合タンパク質をコードする遺伝子を搭載したプラスミド(pTK312)の構築過程の一部を示す図。
【図4】 調節領域(regulatory region)が除去されたtpl'-'lac 融合タンパク質遺伝子を含むプラスミド(pTK475)の構築を示す図。
【図5】 変異型tyrR発現プラスミドの構築を示す図。
【図6】 エルビニア・ヘルビコーラに変異型tyrRを導入するためのプラスミドpTK922の構築を示す図。
Claims (9)
- 配列番号2に示すアミノ酸配列において、下記(1)〜(5)から選ばれる変異を少なくとも有し、かつ、チロシンフェノールリアーゼ遺伝子の発現を正に調節する活性が、前記変異を有しないチロシンリプレッサーに比べて上昇した変異型チロシンリプレッサー。
(1)67位のバリン残基をアラニン残基に置換する変異、
(2)72位のチロシン残基をシステイン残基に置換する変異、
(3)97位のアスパラギン酸残基をグリシン残基に置換する変異、及び402位のイソロイシン残基をバリン残基に置換する変異、
(4)67位のバリン残基をアラニン残基に置換する変異及び72位のチロシン残基をシステイン残基に置換する変異、又は
(5)67位のバリン残基をアラニン残基に置換する変異、72位のチロシン残基をシステイン残基に置換する変異及び201位のグルタミン酸残基をグリシン残基に置換する変異。 - 前記変異以外の位置において、1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、付加、又は逆位を含み、かつ、チロシンフェノールリアーゼ遺伝子の発現を正に調節する活性が、前記変異を有しないチロシンリプレッサーに比べて上昇した請求項1記載の変異型チロシンリプレッサー。
- 請求項1または2に記載の変異型チロシンリプレッサーをコードするDNA。
- チロシンフェノールリアーゼ遺伝子のプロモーターに発現可能に連結された構造遺伝子を保持し、同構造遺伝子産物を産生する能力を有するエシェリヒア属細菌又はエルビニア属細菌であって、さらに請求項3記載のDNAを保持し、同DNAにより産生する変異型チロシンリプレッサーにより前記構造遺伝子の発現が正に調節されるエシェリヒア属細菌又はエルビニア属細菌。
- 前記構造遺伝子が、チロシンフェノールリアーゼをコードする遺伝子である請求項4記載のエシェリヒア属細菌又はエルビニア属細菌。
- 請求項5記載のエシェリヒア属細菌又はエルビニア属細菌を培地に培養し、チロシンフェノールリアーゼを産生させることを特徴とする、チロシンフェノールリアーゼの製造法。
- 前記培地に含まれるチロシンの量が、エシェリヒア属細菌又はエルビニア属細菌の野生株においてチロシンフェノールリアーゼの誘導に必要な量よりも少ないこと
を特徴とする請求項6記載のチロシンフェノールリアーゼの製造法。 - 請求項5記載のエシェリヒア属細菌又はエルビニア属細菌を培地に培養し、チロシンフェノールリアーゼを産生させる工程と、産生したチロシンフェノールリアーゼを、ピロカテコール及びセリン、又はピロカテコール、ピルビン酸及びアンモニアに作用させてL−3,4−ジヒドロキシフェニルアラニンを生成させる工程を含む、L−3,4−ジヒドロキシフェニルアラニンの製造法。
- 前記培地に含まれるチロシンの量が、エシェリヒア属細菌又はエルビニア属細菌の野生株においてチロシンフェノールリアーゼの誘導に必要な量よりも少ないことを特徴とする請求項8記載のL−3,4−ジヒドロキシフェニルアラニンの製造法。
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