JP4200473B2 - 耐食性に優れた高強度析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼 - Google Patents

耐食性に優れた高強度析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼 Download PDF

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、船舶シャフト、ポンプシャフト、弁棒、プラスチック金型等に要求されるような高い強度に加え良好な耐食性を兼備する耐食性に優れた高強度析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
船舶シャフト、ポンプシャフト、弁棒およびプラスチック金型等には、高強度、高靭性に加え、良好な耐食性が求められる。これらの用途に使用される材料としては、一般的にJIS SUS630を始めとする析出硬化型ステンレス鋼が多くされている。しかし、前述のJIS SUS630では、強度に加え、耐食性が求められるような例えば、船舶シャフト、ポンプシャフト、弁棒およびプラスチック金型等に対しては、強度および耐食性がともに十分でないこともあり、近年においては、JIS SUS630を改良しさらに耐食性を向上させたステンレス鋼として、特開平8−144023号に開示される「強度、靭性、耐食性に優れた析出硬化型ステンレス個」および特開平11−256282号に開示される「強度、靭性および疲労特性に優れた析出硬化型ステンレス鋼」等が報告されている。また、耐食性が優れた鋼として特開昭58−174554号に開示される「溶接部の延性及び耐食性の優れたステンレス鋼」等も報告されている。
【0003】
特開平8−144023号に記載される合金は、C:0.030%以下、Si:0.50%以下、Mn:0.60%以下、S:0.010%以下、Cu:0.50〜2.50%、Ni:6.00〜8.00%、Cr:15.0〜17.0%、Mo:0.50〜2.00%、N:0.030%以下、C+N:0.45%以下および、Nb:0.02〜0.50%、Ti:0.02〜0.50%、V:0.02〜0.50%の一種または二種以上を含有しているもので、オーステナイト系であるJIS SUS316並の耐海水性を示すと同時に析出硬化処理後のマルテンサイトとオーステナイトの量比を規定することで優れた耐食性と高強度を両立させたマルテンサイト系ステンレス鋼に関するものである。
【0004】
また、特開平11−256282号に開示される合金は、C:0.05%以下、Si:0.50〜2.0%、Mn:1.0%以下、S:0.005%以下、Ni:6.5〜9.0%、Cr:12.0〜15.0%、Cu:1.0%以下、Mo:0.5〜3.0%、Ti:0.15〜0.60%、N:0.015%以下、Al:0.30%以下を含み、残留オーステナイト量が10体積%以下、平均結晶粒径が30μm以下である組識を持つ強度、靭性および疲労特性に優れた析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼に関するものである。
【0005】
また、特開昭58−174554号に開示される合金は、C:0.03%以下、Si:2.0%以下、Mn:2.0%以下、Ni:7.0%以下、Cr:9.0〜20.0%、Cu:0.1〜4.0%以下、Mo:0.05〜5.0%、Nb+Ta:1.0%以下、Ti:0.01〜0.3%、N:0.02%以下、V:0.05〜0.3%以下を含む溶接部の延性および耐食性に優れたステンレス鋼に関するものである。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】
上述した特開平8−144023号に記載される合金は、高CrでかつCuおよびMoの添加によりJIS SUS630より良好な耐食性を実現させ、一方で時効処理後のCuの析出強化により、高強度化を図ったものである。この合金は、Cuの添加による析出強化で高強度化を付与させているものの、同じCuによる析出強化を狙ったJIS SUS630ほどCuを添加していないため、この合金の強度は、JIS SUS630と同等以下のレベルである。
【0007】
また、特開平11−256282号に開示される合金は、用途が各種バネやスチールベルト、溶接構造材に関するもので、冷間加工により加工誘起マルテンサイトを生成し、時効することで高強度を示すステンレス鋼に関するものであり、高強度を重視し、強度および靭性を上げるために成分、組織およびプロセスを検討したものである。耐食性については考慮されていないが、記載組成から判断すると、十分な耐食性が得られるものと考えられる。しかし、この合金は、組織的に冷間加工を施すことが高強度を得るための必須の手段となっており、固溶化熱処理後に冷間加工処理を施さずに析出硬化処理を施した場合、十分なマルテンサイト組織が得られないことから析出硬化が不十分となり、高強度が得られない恐れがある。
【0008】
また、特開昭58−174554号に開示される合金については、溶接部の延性および耐食性に優れたステンレス鋼に関するものであり、溶接部にマッシブマルテンサイト組織を有することを特徴としたものであり、母材自体が溶接性及び加工性に優れたフェライト系あるいはマルテンサイト系ステンレス鋼を提供するものである。しかし、この合金は、高強度、高靭性を考慮したものではなく、本発明が対象とする高強度および耐食性を同時にすべて満足するような検討はなされていないが、特開昭58−174554号に記載された合金は、合金の強度はJIS SUS410程度であると考えられ、JIS SUS630より強度は低い。
【0009】
【課題を解決するための手段】
本発明では、高強度と良好な耐食性を同時に達成させるべく析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼の成分および組織を検討した結果、Bを必須添加とし、MoおよびWを複合添加させ、Si、Cr、Mo、W、Cu、N、Ti、Nb、Bの量を最適化し、(3)式に示すC値を20以上とすることで良好な耐食性を実現させ、かつNi、Si、Tiの複合添加により、高強度化の実現を可能にした。また高強度かつ高耐食性を実現するために、Cr、Niをはじめとした全ての添加元素の範囲を規定すべく(1)、(2)の式によるA、B値の範囲をそれぞれ最適化することによって組織を最適化し、本発明に到達した。
【0010】
すなわち、本発明は、質量%にて、C:0.050%以下、S:0.005%以下、Si:0.50を超えて2.0%以下、Mn:0.5%以下、Ni:5.5〜7.5%、Cr:13.0以上15.0%未満、MoとWとを複合添加でMo+0.5×Wで1.5を越えて3.0%以下、Cu:0.2〜1.0%、N:0.05%以下B:0.0005〜0.01%、更にNb、V、Taから選ばれる一種または2種以上を合計で0.1〜1.0%の範囲で含有し残部がFe及び不純物からなり、かつ、(1)式で示されるA値が21以下、(2)式で示されるB値が20.5以下、(3)式で示されるC値が20以上であることを特徴とする耐食性に優れた高強度析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼である。
A値=−20×(%C)+(%Si)−0.1×(%Mn)−1.25×(%Ni)+1.8×(%Cr)+1.4×(%Mo)+0.7×(%W)−0.5×(%Cu)+2.5×(%Nb)+1.5×(%V)+0.75×(%Ta)+1.8×(Ti)−24×(%N)・・・(1)
(ただし、選択元素のうち無添加の元素はゼロとして計算)
B値=(%Ni)+0.7×(%Cr)+0.98×(%Mo)+0.49×(%W)+1.05×(%Mn)+0.35×(%Si)+0.48×(%Cu)+0.15×(%Nb)+0.75×(%V)+0.6×(%Ta)+0.3×(%Ti)+12.5×(%C)+10×(%N)・・・(2) (ただし、選択元素のうち無添加の元素はゼロとして計算)
=(%Cr)+3.3×(%Mo)+1.65×(%W)+30×(%N)・・・(3)
また、本発明は、質量%で、Ti:1.0%以下を含む耐食性に優れた高強度析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼である。
【0011】
好ましくは、上述の耐食性に優れた高強度析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼の析出硬化処理後の組織が実質的にマルテンサイト相、オーステナイト相の二相組織からなり、エックス線回折結果から測定した前記オーステナイト相を2〜40%含有し、析出硬化処理後の30℃、脱気3.5%NaCl中で測定した孔食電位(Vc’100)が220mV(vs Ag/AgCl)以上を有する耐食性に優れた高強度析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼である。もしくは、上述の金属組織を満足した耐食性に優れた高強度析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼をJIS G4303(H1150)で規定する析出硬化処理を行った後の常温の0.2%耐力が、800MPa以上である耐食性に優れた高強度析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼である。
【0012】
【発明の実施の形態】
以下、本発明を詳細に説明する。
先ず、本発明の最大の特徴は、高強度に加え良好な耐食性を具備することを可能にした化学組成および金属組織の最適化にある。以下に、本発明で規定する各元素とその範囲および組織の規定理由について説明する。
なお、特に指定しない限り、本発明では質量%として記す。
【0013】
C:0.050%以下
Cは本発明の高靭性および耐食性に関する重要な元素の一つである。Cが0.050%を超えると、Crと結びついてCr炭化物を結晶粒界に形成することにより、粒界付近のCr濃度の低下によって、孔食が発生することで耐食性が大きく低下する。したがって、Cは0.050%以下に規定した。しかし、Cは凝固時にTi、Nb、VもしくはTaと形成される炭化物によって結晶粒を微細化し靭性を向上させる効果があるので、Cは0.050%以下の範囲で必須添加する。好ましい範囲は、0.005〜0.030%である。
【0014】
Si:0.50を越えて2.0%以下
Siは、良好な耐食性と高強度に寄与する元素であり、本発明においては非常に重要な元素である。Siを増加させると、表面の酸化保護皮膜(不動態膜)を強化することで耐食性を向上させるばかりでなく、時効処理時にNiやTiと結びつき、金属間化合物を微細に析出させることで著しく強度を向上させる。0.5%以下ではその効果があらわれないために、Siは、0.5%より多く必要である。しかし、2%を超えて多量に添加すると、凝固時に多量にデルタフェライトを形成することで、熱間加工性や耐孔食性を著しく劣化させる。したがって、Siは0.50を越えて2.0%以下とした。好ましくは、0.8〜1.5%である。
【0015】
Mn:0.5%以下
Mnは、脱酸のために必要であるが、0.5%を超えて添加すると、鋼中のSと凝固中に結びついてMnSを形成することで孔食発生の起点となり、耐食性が著しく劣化する恐れがある。したがって、Mnは0.5%以下とした。好ましくは、0.3%以下である。
【0016】
S:0.005%以下
Sは、被削性を考慮すると、少量必要であるが、0.005%を越えて添加すると、Mnと結びついて凝固時に形成するMnSが孔食発生の起点となり、耐食性が著しく劣化する可能性がある。したがって、Sは0.005%以下とした。
【0017】
Ni:5.5〜7.5%
Niは、本発明において、ステンレス鋼の組織を安定化させるための基本となる重要な元素であるとともに強化に寄与する元素であるために非常に重要な元素である。5.5%より少ないと、金属間化合物による析出強化が不十分であることに加え、Niは同時にオーステナイト形成元素であるために、凝固時にデルタフェライトを多量に形成させて、熱間加工性および耐食性を著しく悪化させる恐れがある。したがって、本合金の場合、5.5%は必要である。一方、7.5%を超えると残留オーステナイトおよび時効時に逆変態オーステナイトが多量に形成されることで強度が大きく低下する。したがって、Niは5.5〜7.5%とした。好ましくは、6.0〜7.0%である。
【0018】
Cr:13.0以上15.0%未満
Crは本発明において、耐食性に最も寄与する重要な元素である。良好な耐食性を維持することに加えてマルテンサイト相組織とするために、13.0%以上の添加を必要とするが、15.0を越えて添加すると、相のバランスが崩れ凝固時にデルタフェライトを多量に形成することで、熱間加工性および耐食性を著しく劣化させる恐れがある。したがって、13.0以上15.0%未満とした。
【0019】
MoとWとをMo+0.5×Wで1.5を越えて3.0%以下
MoおよびWはどちらも耐食性を向上する元素であり、本発明において極めて重要な元素である。Mo単独添加でも良好な耐食性を示すが、Wを同時に添加してMoと複合添加することによりさらに良好な耐食性を示すので、本発明では、MoとWを必須として添加する。Mo+0.5×Wで1.5%を越えて添加しないと、本用途のような厳しい耐食性には、不十分であるが、3.0%を超えて添加すると、凝固時に多量にデルタフェライトを形成することで、熱間加工性および耐食性を著しく劣化させる恐れがある。したがって、1.5を越えて3.0%以下とする。
【0020】
Cu:0.2〜1.0%
Cuは、耐食性を向上させるとともに、オーステナイト相を形成する元素の一つである。良好な耐食性の維持およびオーステナイト安定元素として最低0.2%は必要であるが、1.0%を超えると、逆に耐食性を劣化させ、さらに多量の添加は熱間加工性をも劣化させる。したがって、Cuは0.2〜1.0%とした。
【0021】
N:0.05%以下
Nは、基地に固溶して、基地の強度および耐食性を向上させる元素である。しかし、0.05%を超えると、Ti等と結びついて介在物を形成することで、孔食発生の起点となり、耐食性を劣化させる恐れがある。したがって、Nは0.05%以下とした。
【0022】
Ti:1.0%以下(0を含む)
Tiは本発明において、高強度を得るために重要な元素の一つである。Tiは、微量に添加することで時効処理時にNi、Siと結びついて金属間化合物を形成することで著しく強度、靭性を向上させる。また、凝固時にCと結びついた炭化物によって、結晶粒を粗大化させずに微細にすることにおいて靭性の向上も望める。しかし、1.0%を越えて添加すると、凝固時に多量のデルタフェライトを形成することで、耐食性および熱間加工性を著しく低下させる。したがって、Tiは1.0%以下とした。なお、高強度化を考慮する場合、Tiは必須の添加となるが、耐食性のみを重視する場合、Tiは無添加としても全く耐食性を損なうものではないので、0を含むものとする。
【0023】
B:0.0005〜0.01%
Bは、本発明において、耐食性の向上に寄与する重要な元素であり、必須添加する。0.0005%以上の添加でその効果は顕著にあらわれるが、0.01%よりも多く添加すると、靭性や熱間加工性を劣化させる。したがって、Bは0.0005〜0.01%とした。
【0024】
Nb、V、Taから選ばれる一種または二種以上を合計で0.1〜1.0%
Nb、VおよびTaは、本発明において強度、靭性および耐食性を向上させる元素である。これらの元素はいずれもCと結びつくことで、炭化物を分散させ結晶粒の粗大化を抑制し、強度および靭性を向上させる働きがある。また、Cと結びつくことで、Crの炭化物の形成を抑制するために耐食性も向上する。しかし、一方で、フェライト形成元素であるため、多量に添加すると凝固時に多量のデルタフェライトを形成して、耐食性や熱間加工性を悪化させる。したがって、Nb、V、Taから選ばれる一種または二種以上を合計で0.1〜1.0とした。
【0025】
次に本発明では、上述してきた各元素の成分範囲を単に簡単に満足するだけでは、強度、耐食性を同時に満足することはできないので、本願発明においては、以下に示す4つの式を同時に満たすことが必要となる。
A値からC値の3つの値は、良好な特性を得るべく組織を制御するための指標となる式であり、良好な特性を有するために不可欠なものであり、前記した成分を制御して、さらにこの式の値を制御することが本発明において非常に重要である。
A値:21以下
A値=−20×(%C)+(%Si)−0.1×(%Mn)−1.25×(%Ni)+1.8×(%Cr)+1.4×(%Mo)+0.7×(%W)−0.5×(%Cu)+2.5×(%Nb)+1.5×(%V)+0.75×(%Ta)+1.8×(Ti)−24×(%N)・・・(1)
(ただし、選択元素のうち無添加の元素はゼロとして計算)
A値は、本発明合金において、デルタフェライト相の存在を予測する式である。A値が21よりも大きくなると、デルタフェライト相が多量に存在することで、耐食性や熱間加工性が大きく劣化するために、A値は21以下とした。
【0026】
B値:20.5以下
B値=(%Ni)+0.7×(%Cr)+0.98×(%Mo)+0.49×(%W)+1.05×(%Mn)+0.35×(%Si)+0.48×(%Cu)+0.15×(%Nb)+0.75×(%V)+0.6×(%Ta)+0.3×(%Ti)+12.5×(%C)+10×(%N)・・・(2)
(ただし、選択元素のうち無添加の元素はゼロとして計算)
B値は、析出硬化処理前の固溶化処理後のマルテンサイト相を安定に析出させるための予測式である。B値が20.5を越えると、オーステナイトが安定となり、マルテンサイトの形成が不安定となるために、固溶化処理後の冷却時に十分にマルテンサイト変態しなくなり、析出硬化処理後の強度を大きく低下させる。したがって、B値は20.5以下とした。好ましいB値の範囲は、19.5以下である。
【0027】
C値:20以上
=(%Cr)+3.3×(%Mo)+1.65×(%W)+30×(%N)
C値は耐食性(耐孔食性)を示す式であり、耐食性に大きな効果があるCr、Mo、WおよびNで構成された式である。C値が20以上では、本発明が対象となる用途に用いられる厳しい耐食性に対しても非常に良好な耐食性を示す。したがって、C値は20以上とした。
【0028】
以上が、各発明で規定した各組成および組織とその範囲であるが、以下に示す元素は良好な耐食性と高強度、高靭性の特性を損なわない範囲で添加する事が出来る。
Co:≦0.5%、P:≦0.04%、Mg:≦0.01%、Ca:≦0.01%、Al:≦0.1
【0029】
前記成分を規定した上で、良好な特性を得るために組織を制御することも重要である。良好な強度および耐食性を具備するために、本発明合金は、固溶化処理を行ってマルテンサイト母地の組織にした後に、析出硬化処理と呼ばれる処理を行い、強化に大きく寄与する微細な析出物を析出させた状態で使用する。
本発明の耐食性に優れた高強度析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼を析出硬化処理すると、析出硬化処理後の組織は実質的にマルテンサイト相、オーステナイト相の二相組織からなる。なお、析出硬化処理後の金属組織は、マルテンサイト相を母相とし、オーステナイト相との実質的な二相となるが、本発明で実質的に二相とは、上記の二相以外にも、前記した強化に寄与する金属間化合物をはじめとして炭化物、窒化物、炭窒化物、デルタフェライト相等が存在するため、このような金属組織を指す表現として実質的にマルテンサイト相、オーステナイト相の二相として表している。
【0030】
上述したオーステナイト相は光学顕微鏡組織では、判別できず定量できないので、エックス線回折結果による測定した量で判断すると良い。また、デルタフェライト相が存在する場合、デルタフェライト相は光学顕微鏡組織で確認できるために、視野面積率による定量が可能である。もし、デルタフェライト相が視野面積率で10%未満の範囲で存在していても、特に耐食性や強度に悪影響を及ぼすことがない。なお、デルタフェライト相が10%未満存在する金属組織の場合でも、本発明で言う実質的なマルテンサイト相とオーステナイト相の二相組織で呼ぶ。
【0031】
本願発明合金に時効処理を行うと、マルテンサイト基地中に微細なオーステナイト相が析出することで強度および靭性が大きく向上する。その効果は2%で顕著に現れる。しかし、40%を越えてオーステナイトが析出すると、オーステナイト相そのものは強化に寄与しないので、多量の析出により強度が大きく低下する。したがって、オーステナイト相は2〜40%とした。
【0032】
次に本発明鋼に先述のような析出硬化処理を施し、金属組織を調整したものを船舶シャフト、プラスチック金型等に使用しようとすると、その材料には、厳しい環境下において優れた耐食性が要求される。本発明では、優れた耐食性の判断を孔食電位によって判断することとし、合金を使用する状態の析出硬化処理後において、30℃、脱気3.5%NaCl中で測定した孔食電位(Vc’100)が220mV(vs Ag/AgCl)以上であれば、上記用途の厳しい条件においても十分な耐食性を示すので、耐孔食性の指標として上述のように規定した。
【0033】
また、次に本発明鋼に先述のような析出硬化処理を施し、金属組織を調整したものを船舶シャフトや弁棒等に使用しようとすると、その材料には、優れた耐食性同様に高い強度も要求される。本発明では、従来合金であるJIS SUS630で推奨された析出硬化処理において、析出硬化処理の中において、処理後の強度が最も低くなるJIS G4303(H1150)で規定される析出硬化処理後の0.2%耐力が800MPa以上であれば、優れた高強度が得られるので、強度の指標として上述のように規定した。なお、この析出硬化処理時の保持時間は4時間程度とすれば良い。
【0034】
【実施例】
本発明合金No.1〜8、比較合金No.11〜17、従来合金No.21を重量10kg溶解した。表1に化学組成を示す。なお、比較合金のNo.11は、本発明合金に対しWを無添加としてMoを単独で添加したもの、No.12は本発明合金に対しB無添加のもの、No.13は本発明合金に対しNb無添加のもの、No.14は本発明に対し、Cr、Niが大きく外れることによって、A値、B値が請求項範囲から外れた合金、No.15は、Si、Tiが本発明の請求範囲から外れて少ない合金、No.16はSiの値が本発明の請求範囲から外れて多くなることで、A値が請求範囲から外れて多い合金、No.17はCrやMoが本発明の請求範囲から外れて少なくなることでC値が請求範囲から外れて少ない合金である。また、従来合金No.21はJIS SUS630相当の合金である。
【0035】
【表1】
Figure 0004200473
【0036】
本発明合金、比較合金および従来合金を熱間鍛伸後、1040℃で1時間保持後、油冷の固溶化処理を行った後、JIS G4303で推奨されるH1150処理に準じて、621℃で4時間保持後、空冷の析出硬化処理を行って、各種試験片素材を採取した。
【0037】
採取した試験片の金属組織はマルテンサイト相とオーステナイト相に若干のデルタフェライト相が存在する実質的な二相組織となっていることを確認した。デルタフェライト量を100倍の倍率の光学顕微鏡組織5視野を画像解析処理し、その中のデルタフェライトの視野面積率を求め、平均して算出した。
オーステナイト量は、エックス線回折から、フェライト相とオーステナイト相の積分強度を求め、その割合から求めた。
常温の引張試験は、ASTM規格に準じて、平行部長さ25.4mm、平行部径6.35mmの試験片を作製して行った。
耐食性の評価試験は、10mm×10mm角の試験片を作製し、JIS G0577に準じ、3.5%NaCl溶液を30℃に制御して、十分に脱気した後の電流密度が100μA/cm2となるときの電位V’c100を孔食電位として求め、合金の耐孔食性を評価した。
表2にデルタフェライト量、オーステナイト量、常温引張特性および耐孔食性の評価結果をまとめて示す。
【0038】
【表2】
Figure 0004200473
【0039】
本発明合金において、デルタフェライトは多少存在しても強度や耐食性を損ねないことがわかる。すべての請求項範囲を満足する本願発明合金は、220mV(vs Ag/AgCl)以上という高い孔食電位を示しており、表には記していないが比較として測定したオーステナイト系ステンレス鋼JIS SUS316とほぼ同等の非常に優れた耐食性を示している(JIS SUS316=250mV)。なお、本発明合金の合金No.8は、耐力が0.2%800MPaには及ばないものの、孔食電位は220mV以上となっていた。これは、強化に寄与するTiが無添加であるものの、耐食性向上に寄与するCr、Mo、W等の元素が本発明の請求項の範囲に入っているために、十分に良好な耐食性が維持されるからである。この合金No.8は、本発明の合金No.1〜No.7と比較して強度が低下するが、それでも従来合金であるNo.21(JIS SUS630)とほぼ同等の強度で、No.21(JIS SUS630)よりはるかに優れた耐食性を示すことも分かる。No.8を除いた合金No.1〜No.7では、0.2%耐力は、900MPa程度の優れた高強度を示している。
【0040】
一方、比較合金の中で、合金No.11〜13の三合金は、それぞれ、Mo、Wの複合添加、B添加、Nb添加の有効性を実験で確認したものである。比較合金の中のMoを単独で添加した合金No.11は、ほぼ同組成の本発明合金のNo.5と比較すると、耐食性が低下しており不十分となる。この比較結果から、本発明合金のようにMoはWとの複合添加によって良好な耐食性を発揮できることが分かる。また、合金No.12はBが無添加であるために、ほぼ同組成の合金No.6と比較すると、耐食性が低下しており、Bの添加も耐食性向上に非常に有効であることが分かる。また、合金No.13は、Nbが無添加であるために合金の強度や耐食性が低下しており、Nbは、本発明において重要な添加元素であることが分かる。
【0041】
また、合金No.14〜17は明らかに添加元素ならびに各計算値が請求項の範囲から外れた合金である。合金No.14は、Cr、Ni量が多すぎることで、B値が請求項の範囲から外れており、析出硬化処理後に多量にオーステナイトが発生するために強度が大きく低下した。合金No.15はSi、Tiの添加量が少ないために析出硬化処理後の強度が低下する。合金No.16はSiを多く添加したが、デルタフェライト相が多量に発生したために、熱間鍛伸時に割れた。試験片は採取できたために評価は可能であったが、デルタフェライトが多量に存在するものは、製造が困難であることから実用には適さない。また、耐食性も悪い。合金No.17は、Cr、Moの添加量が少ないためにC値が本発明の請求項の範囲から外れて少なくなり、本願発明合金と比較すると、耐食性が悪い。
【0042】
【発明の効果】
本発明によれば、良好な耐食性を得るために、Si、Cr、Mo、W、Cu、N、Ti、Nb、Bを添加、最適化し、高強度化を実現するためにNi、Si、Tiの複合添加し、さらに、良好な耐食性と高強度を具備すべく、Cr、Niをはじめとした全ての添加元素の範囲を規定し、組織を制御することで、良好な耐食性と高強度を両立させることができ、船舶シャフトやプラスチック金型等の優れた耐食性と高強度を要する部材に最適である。

Claims (5)

  1. 質量%で、C:0.050%以下、Si:0.50を超えて2.0%以下、Mn:0.5%以下、S:0.005%以下、Ni:5.5〜7.5%、Cr:13.0以上15.0%未満、MoとWとを複合添加でMo+0.5×Wで1.5を越えて3.0%以下、Cu:0.2〜1.0%、N:0.05%以下B:0.0005〜0.01%、更にNb、V、Taから選ばれる一種または二種以上を合計で0.1〜1.0%の範囲で含有し残部がFe及び不純物からなり、かつ、(1)式で示されるA値が21以下、(2)式で示されるB値が20.5以下、(3)式で示されるC値が20以上であることを特徴とする耐食性に優れた高強度析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼。
    A値=−20×(%C)+(%Si)−0.1×(%Mn)−1.25×(%Ni)+1.8×(%Cr)+1.4×(%Mo)+0.7×(%W)−0.5×(%Cu)+2.5×(%Nb)+1.5×(%V)+0.75×(%Ta)+1.8×(Ti)−24×(%N)・・・(1)
    (ただし、選択元素のうち無添加の元素はゼロとして計算)
    B値=(%Ni)+0.7×(%Cr)+0.98×(%Mo)+0.49×(%W)+1.05×(%Mn)+0.35×(%Si)+0.48×(%Cu)+0.15×(%Nb)+0.75×(%V)+0.6×(%Ta)+0.3×(%Ti)+12.5×(%C)+10×(%N)・・・(2)
    (ただし、選択元素のうち無添加の元素はゼロとして計算)
    =(%Cr)+3.3×(%Mo)+1.65×(%W)+30×(%N)・・・(3)
  2. 質量%で、Ti:1.0%以下を含むことを特徴とする請求項1に記載の耐食性に優れた高強度析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼。
  3. 請求項1または2に記載の高強度析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼の析出硬化処理後の組織が実質的にマルテンサイト相、オーステナイト相の二相組織からなり、エックス線回折結果から測定した前記オーステナイト相を2〜40%含有することを特徴とする請求項1または2に記載の耐食性に優れた高強度析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼。
  4. 請求項に記載の高強度析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼の析出硬化処理後の30℃、脱気3.5%NaCl中で測定した孔食電位(Vc’100)が220mV(vs Ag/AgCl)以上であることを特徴とする耐食性に優れた高強度析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼。
  5. 請求項に記載の高強度析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼をJIS G4303(H1150)で規定する析出硬化処理を行った後の常温の0.2%耐力が、800MPa以上であることを特徴とする耐食性に優れた高強度析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼。
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