JP4137687B2 - 酵母の早期凝集を誘引する麦芽検出法 - Google Patents

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【0001】
【発明の属する利用分野】
本発明はビールや発泡酒あるいはウィスキー等の酒類醸造に用いる原料麦芽の酵母早期凝集沈降誘引能判定方法、すなわち原料麦芽の早期凝集因子の強弱判定に関する。
【0002】
【従来の技術】
麦芽を原料として、酵母を用いて発酵により製造される酒類には、ビール、発泡酒やウィスキー等がある。
【0003】
日本やドイツをはじめ世界各国でラガータイプのビールが醸造されているが、最近はアメリカを中心にライトタイプのビールの生産が、また日本では麦芽配合比率の低い発泡酒の生産量が増えてきている。これらのビールあるいは発泡酒の醸造には、発酵終了後に酵母が発酵タンクの底に沈降する下面酵母を用いることが多い。
【0004】
このように原料として麦芽を使用する酒類を製造する場合に、発酵中に<酵母の早期凝集沈降現象>と呼ばれる現象が認められることがある。これは発酵終了前に酵母の資化可能な糖分がまだ麦汁中に残っているにもかかわらず、酵母が凝集・沈降してしまい、その結果発酵の進行が停止してしまう現象である。この事象が発生すると、発酵液中に糖やアミノ態窒素が残り、さらに、いわゆる未熟臭と呼ばれるようなVDK(vicinal diketone)や発酵不順臭といわれる麦汁臭アルデヒドが残り、ビールや発泡酒、あるいはウィスキー品質の著しい低下をもたらし、大きな損害を被ることが知られている。
【0005】
この麦芽による酵母の早期凝集沈降現象は頻度高く生じる現象ではないが、一度早期凝集沈降を誘引する物質を含む麦芽を大量に工場に受け入れてしまうと、その処理が難しく、損害が大きくなる。
発酵中の酵母の早期凝集沈降現象を解明し、問題解決を図るベく研究が古くから進められてきた結果、原因の一つとして原料麦芽があげられ、主として麦芽の穀皮に含まれる高分子の酸性多糖類、あるいは糖鎖をもつレクチン様蛋白質が関与することが示唆されている。(非特許文献1、2)。しかし、この早期凝集沈降を誘引する原因となる因子(以下、PYF(Premature Yeast Flocculation)因子という)は麦の段階ですでに存在するとの報告(非特許文献3)や、浸麦工程など製麦工程中に生成するという報告(非特許文献4)もあり、原因物質の詳細やその生成機構は十分に明らかになっているとは言い難いのが現状である。
【0006】
これまでの大麦を対照として、PYF因子の存在の有無を調査する場合には、大麦を実際に小スケールで製麦して、その麦芽から実際に副原料を添加しない麦汁を調製した後、酵母を添加して発酵試験を行い、その進行状況から判断するという方法が報告されている(非特許文献2)。また、最近は大麦を酵素処理することによって得られた酵素処理物を発酵試験原料の一部または全部とし、20℃で48時間あるいは約8℃で8日間発酵試験を行い判断する方法が報告されている。(特許文献1)。しかしながら、この方法では製麦工程中にPYF因子が生成する場合には見落とす危険性がある。
【0007】
一方、麦芽を対象として、PYF因子の存在の有無を調査する場合には、その麦芽から実際に副原料を添加しない麦汁を調製した後、酵母を添加して約1週間あまりの発酵試験を行い、その進行状況から判断するという方法が報告されている(非特許文献2)。さらに麦芽穀皮からの水あるいは緩衝液抽出成分を酵母懸濁液に添加することで酵母の凝集・沈降を誘引する能力があるかどうかを判断するという簡便な方法も報告されているが、十分な精度は認められていない(非特許文献5)。
【0008】
【特許文献1】
特許第3121552号公報
【非特許文献1】
Rept. Res. Lab. Kirin Brewery Co.,Ltd., 19,45,1976
【非特許文献2】
J. Inst. Brew., 97(5),359,1991
【非特許文献3】
Eur. Brew. Conv. Proc. 53-60, 1997
【非特許文献4】
MBAA Tech. Quart., 37(4), 501, 2000
【非特許文献5】
Proc. Eur. Brew. Conv., Budapest, 2001,No.42
【0009】
【発明が解決しようとする課題】
本発明の課題は、上記従来方法に比べて、はるかに簡単かつ短期間で、精度良く麦芽に起因する酵母の早期凝集沈降性誘因能を判定する方法を提供することにある。
【0010】
【課題を解決するための手段】
従来から麦芽の一般性状評価に幅広く用いられているコングレス麦汁を活用し、これに糖をはじめとする栄養源を添加し、溶存酸素量を高め、発酵温度を一般的な温度より高めに設定することにより、短期間に簡便で精度良く、麦芽に由来する酵母の早期凝集性を評価出来ることを見出し、本発明を完成した。また、本試験法は50mlの小スケールでも評価することが出来ることから、麦芽の一般性状を評価し終わった残りのコングレス麦汁を用いて試験を行うことが出来る。さらに、特殊な設備・装置を必要としないため、新たな試験法として導入することが容易である。
【0011】
すなわち、本発明は、酵母を用いる発酵試験により原料麦芽による酵母の早期凝集沈降性誘引能を判定する方法において、コングレス麦汁を活用し、これに栄養源を添加しおよび/または溶存酸素量を高めに設定しおよび/または発酵温度を一般的な発酵温度より高めに設定する発酵試験を行うことにより、酵母の増殖を促進することを特徴とする原料麦芽の酵母早期凝集沈降性誘引能の判定方法を提供することである。
【0012】
【発明の実施の形態】
本発明は、従来から麦芽の評価に幅広く用いられているコングレス麦汁(改訂BCOJ分析法(財)日本醸造協会発行4.3コングレス麦汁、European Brewery Convention.Analytica-EBC(4th ed.),Method 4.4, p.E59.Brauerei-und Getrauke-Rundschau,CH-8047. Zurich,Switzerland (1987))を活用する。これに糖をはじめとする栄養源を添加し、さらに十分な酸素を付与し、発酵温度を一般的な温度より高めに設定し、十分な通気を行い、酵母の増殖能を高めることにより、短期間に精度良く、麦芽に由来する酵母の早期凝集性を評価する方法を提供することが出来る。
【0013】
以下に本発明を詳しく説明する。
【0014】
試験用EBCコングレス麦汁を用意する。このコングレス麦汁は例えば、微粉砕した麦芽50gに蒸留水200mlを加え45℃で30分保持後、25分かけて1℃/分の割で70℃に昇温させ、同温度の蒸留水100mlを加えて全体を450gとしてから一定規格の濾紙で濾過して得られたものを用いる。コングレス麦汁の量としては60ml以上あれば試験が可能であるため、麦芽の量は10gもあれば良いが、実験の精度を高めるためには、調査対象麦芽を代表するサンプルになるような分取量ならびに方法が望ましい。
【0015】
また、評価の信頼性を向上させるために試験対照麦芽と比較することが好ましく、早期凝集沈降現象を生じない麦芽(ネガティブコントロール)と生じる麦芽(ポジティブコントロ―ル)から調製した麦汁もあわせて準備することが望ましい。さらに本試験法は50mlの小スケールでも評価が出来ることから、麦芽の一般性状を評価し終わった残りのコングレス麦汁を用いて試験を行うことが出来る。コングレス麦汁は微生物の汚染を受けやすいので、必要に応じてオートクレーブ処理を行うとよいが、下記に示すフィルター濾過までの一連の操作を連続して行うのであれば、行わなくても構わない。
【0016】
続いて、一定量の栄養源を添加する。栄養源としては酵母の増殖が促進されるものが望ましく、糖、酵母エキスなどの発酵補助剤や微量ミネラルがあげられる。
【0017】
糖を添加する場合において、添加濃度は添加後麦汁の糖濃度が、一般的な麦汁と同程度になれば良く、酵母の増殖が促進され、生育阻害の起こらない程度が望ましい。糖の種類は試験に用いる酵母が資化出来るものならいずれでも良いが、酵母による代謝スピードを考えると、麦汁中に含まれるグルコースなどの単糖類や、マルトースなどの二糖類が望ましい。また、その他の栄養源も酵母の増殖が促進され、生育阻害の起こらない添加量が好ましい。
【0018】
栄養源を添加したコングレス麦汁は、0.45μmのフィルター濾過を行うことにより、環境中の微生物を取り除くことが望ましい。
【0019】
続いて、麦汁中の酸素濃度を飽和させるために通気を行う。通気の方法は無菌的な空気の吹込みや酸素の吹込みなど、一般的な方法で良いが、低温下で十分に麦汁を攪拌することによっても、容易に十分な濃度の酸素量を付与させることが可能である。
【0020】
十分量の酸素を取り込ませた麦汁を発酵試験用の減菌済み容器に移す。容器は直径に対して深さが十分にある円筒形のものが好ましく、例えばメスシリンダーなどが至適な形状であり、安価かつ容易に入手することができる。スケールは50ml以上なら判断が可能である。
【0021】
発酵に用いる酵母の種類は、試験の信頼性をあげ、得られたデータの有効性を高めるためには、実際にビールや発泡酒の製造に用いている種類が最も好ましいが、凝集性を持つ一般的な下面酵母でも良い。
【0022】
酵母の添加量は十分な増殖がおこり、発酵が行なわれる量ならいくらでも良いが、試験期間を短縮し、明確な試験結果を得るためには初発酵母が1〜2×107ce11s/m1程度になるように添加することが好ましい。
【0023】
発酵温度は下面酵母の増殖に適した温度ならいずれでも良い。試験に用いる酵母の種類によっても最適温度は多少異なるが、試験期間を短縮し、酵母を十分に増殖させるためには、発酵温度を10〜25℃とするのが好ましく、さらに15〜20℃が好ましい。
【0024】
発酵中の酵母の生育度合いおよび浮遊酵母数の変化は、―般的な酵母数の測定装置や濁度計あるいは分光光度計で600〜800nm程度の波長を用いて経時的に測定すればよい。
【0025】
なお、酵母数を測定するための試料は発酵液表面から一定の深さのところからサンプリングすることが望ましい。発酵後期の浮遊酵母数を、対照である酵母の早期凝集沈降現象を生じない麦芽と生じる麦芽から調製した麦汁の試験と比較することにより、試験対象麦芽に酵母の早期凝集沈降性を誘引する性質があるかどうかを判断することが出来る。
【0026】
さらに、酵母が早期に凝集沈降すると上記でも述べたように、麦汁中の栄養分の取り込みが抑制されることから、発酵後期の麦汁中の糖濃度を測定することによっても早期凝集沈降性を評価することが出来る。なお、糖濃度は密度によって測る方法やHPLCを使う方法など一般的な方法で良い。
【0027】
【発明の効果】
本発明により原料麦芽に由来する酵母の早期凝集沈降性を、麦汁から最短2日以内で正確に再現性高く判定することが可能になる。さらに、コングレス麦汁を用い、特殊な設備、装置を用いないことから既存の試験に追加して実施することが容易である。
【0028】
【実施例】
以下に実施例を用いて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0029】
常法に従って調製したコングレス麦汁を115℃、10分間オートクレーブ処理を行い、熱トルーブを析出させた後に、遠心分離処理を行って熱トルーブを除去する。続いて、遠心後のコングレス麦汁60mlを分取して、グルコースを2.4g添加し十分に溶解する。0.45μmのフィルターで除菌して試験麦汁の調製を終了する。
【0030】
続いて、ビール工場で発酵後に回収した酵母を初発酵母数が1.5×107ce11s/m1になるように植菌し、15℃にて48時間発酵させる。発酵開始24時間程度経過したところで酵母数を測定し、発酵が順調に進行していることを確認する。なお、酵母数を測定するための試料は常に発酵液表面から4cmの深さのところからサンプリングする。続いて発酵開始40時間経過したところで再び酵母数を測定する。麦芽に酵母の早期凝集沈降を誘引する性質がある、すなわちPYF因子がある場合は、この時点で浮遊酵母数が著しく低下していることを確認出来る。さらに、発酵を継続し、発酵開始48時間で酵母数および麦汁中に残っている糖濃度を測定する。麦芽に酵母の早期凝集沈降を誘引する性質がある場合は、酵母数だけではなく、発酵後期の麦汁中の糖濃度にも差異が認められ、早期凝集沈降が生じる麦芽では糖が多く残ることが確認出来る。
【0031】
酵母の早期凝集沈降現象を生じない麦芽と生じる麦芽を用いて3000Lスケールで実際のビール醸造を行った時と、上記の本発明の発酵試験を行った時の浮遊酵母数の経過を図1、図2に示す。ビール醸造において、酵母の早期凝集・沈降性が認められた麦芽は本試験法によってより一層明らかな酵母の凝集沈降を認めることができ、短期間に容易に麦芽の酵母の早期凝集沈降性誘引能を評価することが可能であった。さらに醸造の発酵開始後7日目と本試験の発酵48時間後における麦芽中に残る糖濃度(ショ糖換算)を表1に示すが、糖濃度についてもビール醸造と本試験の間に関係性があることを確認した。
【0032】
【表1】
Figure 0004137687

【図面の簡単な説明】
【図1】酵母の早期凝集沈降現象を生じない麦芽(1)と生じる麦芽(2)を用いて3000Lスケールでビール醸造を行った時の浮遊酵母数の変化を示す図である。
【図2】酵母の早期凝集沈降現象を生じない麦芽(1)と生じる麦芽(2)を用いて本発明の方法で50mlスケールの発酵試験を行った時の浮遊酵母数の変化を示す図である。

Claims (8)

  1. 酵母を用いる発酵試験により、原料麦芽による酵母の早期凝集沈降性誘引能を判定する方法において、栄養源を添加したコングレス麦汁を使用することを特徴とする原料麦芽の酵母早期凝集沈降性誘引能判定方法。
  2. 請求項1記載の方法において、栄養源として糖を添加したコングレス麦汁を使用することを特徴とする原料麦芽の酵母早期凝集沈降性誘引能判定方法。
  3. 糖が単糖類または二糖類である請求項2記載の方法。
  4. 請求項1、2または3記載の方法において、十分に酸素を付与したコングレス麦汁を使用することを特徴とする原料麦芽の酵母早期凝集沈降性誘引能判定方法。
  5. 請求項1、2、3または4記載の方法において、通常のビールまたは発泡酒に比ベて発酵温度を高めに設定して、コングレス麦汁を使用することを特徴とする原料麦芽の酵母早期凝集沈降性誘引能判定方法。
  6. 発酵温度が10〜25℃である請求項2記載の方法。
  7. 請求項1,2,3,4,5または6記載の方法において、ー定時間後の発酵液中の浮遊酵母数あるいは発酵液の濁度を測定することにより酵母の早期凝集沈降性を判定することを特徴とする原料麦芽の酵母早期凝集沈降性誘引能判定方法。
  8. 請求項1,2,3,4,5,6または7記載の方法において、一定時間後の発酵液中の糖濃度を測定することにより酵母の早期凝集沈降性を判定することを特徴とする原料麦芽の酵母早期凝集沈降性誘引能判定方法。
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