JP4059532B2 - 腸内細菌の体内移行を阻止するペプチド混合物と、このペプチド混合物を含有する組成物 - Google Patents
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Description
【産業上の利用分野】
この発明は、腸内細菌の体内移行(Bacterial translocation 、以下BTと記載することがある)を阻止する効果を発現する物質、すなわち、ラクトフェリンの加水分解物から抗菌性ペプチド等の抗菌性分画を除去して得られるラクトフェリン加水分解物由来のペプチド混合物と、このペプチド混合物を有効成分として含有する食品、医薬品または飼料等の組成物に関するものである。さらに詳しくは、この発明は、それ自体では生体外で全く抗菌活性を示さず、ヒトおよび動物に経口的または経管的に投与することにより、腸管から臓器への腸内細の体内移行を阻止し、腸内細菌の体内移行に起因する日和見感染症、嫌気性菌感染症、敗血症等の疾病を予防する効果を有するラクトフェリン加水分解物由来の抗菌性を有しないペプチド混合物と、このペプチド混合物を有効成分として含有する組成物に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
近年、抗生物質等による化学療法の発展並びに栄養面および衛生面の向上は病原性微生物の感染症を著しく減少させ、ヒトおよび動物の寿命、ヒトの重症患者および重症の動物の生存期間の延長が実現された。一方、感染に対する抵抗力の弱い未熟児、小児、老人、外科手術、火傷、リュウマチ、ガン、エイズ等の患者等、いわゆる易感染性宿主と呼ばれる人の数が増加し、日和見感染症、嫌気性菌感染症、敗血症等の罹患が深刻な問題となっている。
【0003】
これらの感染症は、消化管内に常在する細菌が、患者の血中、病巣中に検出される[ジャーナル・オブ・インフェクシャス・ディジーズ(Journal of Infectious Diseases),第152巻,第99〜103ページ,1985年]ことから、腸内細菌の腸管から臓器への体内移行が原因と考えられている。また、これらの感染症に罹患する人は、消化管の機能が低下している場合が多く、主に経腸栄養または高カロリー輸液による経中心静脈栄養 (total parenteral nutrition。以下TPNと記載することがある) による栄養補給が実施されるが、これらの栄養法がBTを一層促進することが知られている。
【0004】
TPNでは消化管を使用しないため、消化管の機能は低下し、消化管粘膜の萎縮および粘液量の減少が見られる(輸液・栄養ジャーナル,第15巻,第1311〜1319ページ,1993年)。本来、消化管は粘膜および粘液によって微生物の侵入から宿主を保護しているが、TPNにおける消化管粘膜の萎縮および粘液の減少は、消化管粘膜の透過性を増大させ、消化管腔内の微生物が粘膜を通過し、リンパ系、門脈へ移行するBTを惹起する。BTは、腸管膜リンパ節、脾臓、肝臓、腎臓等の臓器、血液、さらには全身性の感染症に波及し、易感染性宿主に感染症を誘発する[フューラー編,「プロバイオティクス・ザ・サイエンティフィック・ベーシス」(Probiotics, The Scientific Basis),チャップマン・アンド・ホール社,ロンドン,第55〜58ページ,1992年]。
【0005】
これに対して、経腸栄養は、TPNに比して消化管粘膜の形態変化の程度が少なく、しかも糖、アミノ酸代謝、免疫機能等の栄養的または臨床的側面についても優れている(外科,第51巻,24〜31ページ,1989年)ため、栄養補給は早期にTPNから経腸栄養に移行すべきことが推奨されている。
しかしながら、経腸栄養の場合でも、成分組成により消化管粘膜の構造と機能の相違が認められている(輸液・栄養ジャーナル,第13巻,1043〜1048ページ,1991年)。高カロリー輸液を経口投与した動物実験では、BTが認められることから[ジャーナル・オブ・パーエンテラル・アンド・エンテラル・ニュートリション(Journal of Parenteral and Enteral Nutrition),第14巻,第442〜447ページ,1990年]、経腸栄養でも栄養成分の相違によりBTの誘導される可能性が指摘されている。
【0006】
さらに、これらの栄養補給が必要な患者は、疾病の治療または感染症の予防のため、同時に放射線療法、抗生物質、抗癌剤の投与等のストレスが付加されている場合が多く、いずれも消化管粘膜の損傷、消化管内の常在細菌叢の変化等の副作用を併発し、相乗的にBTを惹起して、感染症を悪化させる危険性が高い。動物を用いた実験例では、通常の固形飼料、経腸栄養剤、TPN等で飼育したマウスの腹腔内に、5−フルオロウラシル、メトトレキセート等の抗癌剤または免疫抑制剤を投与することにより、BTが高頻度に発生することも知られている[ カレント・ミクロバイオロジー(Current Microbiology) ,第8巻,第285〜292ページ,1983年] 。また、マウスに抗生物質(ペニシリン、クリンダマイシン等)を経口投与した場合、BTが高頻度に発生することも知られている[ インフェクション・アンド・イミュニティー(Infection and immunity),第33巻、第854〜861ページ,1984年] 。
【0007】
このように液状または流動状の食品のみを摂取しているヒトおよび動物は、BTが誘導されやすい状態である上に、治療に用いられる薬剤、治療方法等により、一層BTが誘導されるという深刻な状況におかれているにもかかわらず、有効な治療方法はほとんど開発されていなかった。
一方、BTの防止に有効な成分に関しては、若干の報告がある。グルタミンまたは核酸成分を添加した高カロリー輸液のTPNが、動物試験で有効であるという報告があるが[輸液・栄養ジャーナル,第12巻,第1251〜1255ページ,1990年、サージェリー(Surgery),第104巻,第917〜923ページ,1988年、および第47回日本栄養・食糧学会総会講演要旨集,第203ページ,1993年]、経口投与での効果は知られていない。
【0008】
また、経腸栄養でのBTの防止に有効な成分として、消化管内の内容量を増加させる非発酵性のセルロースおよびカオリンが、動物試験で有効であるという報告があるが[ジャーナル・オブ・パーエンテラル・アンド・エンテラル・ニュートリション(Journal of Parenteral and Enteral Nutrition),第14巻,第442〜447ページ,1990年、およびニュートリション(Nutrition),第8巻,第266〜271ページ,1992年]、これらの成分は腸内で消化されないため、低残渣性が要求される経腸栄養での使用範囲は極めて限定されている。
【0009】
以上のように、経口的または経管的に摂取してBTを阻止し、感染症の予防に有効な成分およびこの成分を含有する医薬品、食品、飼料等はほとんど開発されていない。
最近、抗癌剤の5−フルオロウラシルの投与によって誘導されるマウスの内因性敗血症に、経口投与したウシラクトフェリンの有効性が報告された(第71回日本細菌学会関東支部総会講演抄録集,第35ページ,1994年)。この内因性敗血症にはBTが関与していると推定されるが、ラクトフェリンの抑制効果は固形飼料を摂取した場合のみ観察され、液体の経腸栄養剤を摂取した場合の効果は全く検討されていない。さらに、消化吸収性の改善、抗原性を低下させるためにラクトフェリンを蛋白質分解酵素等で処理した場合の影響については全く検討されていない。
【0010】
ラクトフェリンは涙、唾液、末梢血、乳汁中に含まれている鉄結合性糖蛋白質であり、従来より、大腸菌、カンジダ菌、クロストリジウム菌等の有害微生物に対して抗菌作用を示すことが知られている[ジャーナル・オブ・ペディアトリクス(Journal of Pediatrics),第94巻,第1〜9ページ,1979年]。ラクトフェリン由来の生理活性物質として、ラクトフェリン加水分解物を有効成分とする抗菌剤(特開平5−320068号公報)、抗菌性ペプチドおよび抗菌剤(特開平5−92994号公報)は、多くの食品、医薬品等への応用例が報告されている。しかしながら、ラクトフェリン加水分解物から抗菌性ペプチドを除去したペプチドおよび糖ペプチドの混合物を主成分とする分画(以下ペプチド混合物と記載する)、すなわち、それ自体では抗菌活性を示さないペプチド混合物の生理活性は全く知られておらず、その用途に関しても何ら報告されていない。
【0011】
【発明が解決しようとする課題】
以上のように、経口的または経管的に摂取してBTを阻止し、BTに起因する感染症の予防に有効な物質、この物質を含有する医薬品、食品、飼料等の開発が待望されているにもかかわらず、前記の限定された報告を除き、そのような物質および組成物については従来何らの報告もなされていなかった。
【0012】
この発明は、以上のとおりの事情に鑑みてなされたものであり、消化管機能および感染抵抗力の低下したヒトおよび動物が、経口的または経管的に摂取するだけで腸内細菌のBTを阻止し、感染症を予防する効果があり、しかも消化吸収性、低抗原性、および低残渣性に優れ、副作用のないペプチド混合物を提供することを目的としている。
【0013】
この発明は、また、以上のペプチド混合物を含有する組成物、すなわち食品、医薬品、飼料等を提供することを目的としている。
【0014】
【課題を解決するための手段】
この発明の発明者らは、前記の課題を解決をするため、各種タンパク質のプロテアーゼ加水分解物を調製し、BTを阻止する活性をスクリーニングしたが、その中でそれ自体では生体外で全く抗菌活性を示さないペプチド混合物がBTを阻止する活性を有すること、すなわち、抗菌活性を示さないラクトフェリン加水分解物由来のペプチド混合物が、ヒトおよび動物が経口的または経管的に摂取することにより、BTを阻止する効果を有することを発見し、この発明を完成した。
【0015】
すなわち、この発明は、ラクトフェリンをプロテアーゼで加水分解し、抗菌性ペプチドを除去して得られるペプチド混合物であって、次の理化学的および生物学的性質を有するペプチド混合物を有効成分として含有する腸管から臓器への腸内細菌の体内移行を阻止する組成物、
b)生体外で抗菌作用を有しないこと、
c)抗原性が未分解のラクトフェリンの1/1000から1/100000であること、
d)高速液体クロマトグラフィーにより測定した平均分子量が300から13,000ダルトンであること、
e)ラクトフェリンの分解率が6%から50%であること、を提供する。
【0016】
以下、この発明について詳しく説明する。この発明のBTを阻止するラクトフェリン加水分解物由来のペプチド混合物は、例えば、特開平5−238948号公報に記載の方法に従って製造することができる。具体的には、ラクトフェリンのペプシン加水分解物から疎水性クロマトグラフィーによって抗菌性ペプチドを分画して精製する場合、各ペプチドはクロマトグラフ用担体に吸着した抗菌性ペプチドと、クロマトグラフ用担体に吸着しないで溶出する抗菌性ペプチド以外のペプチド混合物とに分画される。この発明のペプチド混合物は、後者の画分に存在し、ペプチドおよび糖ペプチドを主成分とするものであり、後記する試験例から明らかなように、ペプチド混合物そのものには生体外で抗菌活性が存在しない。
【0017】
この発明のペプチド混合物は、ラクトフェリン加水分解物から抗菌性ペプチドを分離した残渣を、常法(例えば、噴霧乾燥、真空乾燥、凍結乾燥等)により乾燥した粉末、限外濾過膜によって濃縮した濃縮液またはこの濃縮液を常法により乾燥した粉末として、最も安価に製造し得るが、製造コストを無視すれば、各種プロテアーゼにより、抗菌性ペプチドを生成させることなくラクトフェリンを加水分解した分解物からも得ることができる。
【0018】
この発明のペプチド混合物は、ラクトフェリンの加水分解工程後に、酵素を加熱失活させる工程を経るため、殺菌はこの加熱失活工程で既に達成されているが、必要があればさらに加熱殺菌することもできる。
以上のようにして得られたこの発明のペプチド混合物は、次のa)〜e)の理化学的および生物学的性質を有する。
a)腸管から臓器への腸内細菌の体内移行を阻止する。
b)生体外で抗菌作用を有しない。
c)抗原性が未分解のラクトフェリンの1/1000から1/100000である。
d)高速液体クロマトグラフィーにより測定した平均分子量が300から13,000ダルトンである。
e)ラクトフェリンの分解率が6%から50%である。
【0019】
その他に、さらにこの発明のペプチド混合物は、乳中に含まれるラクトフェリンをプロテアーゼで加水分解し、抗菌性ペプチドを除去して得られるペプチドを主成分とするものであるから、水溶解性、消化吸収性、低抗原性および低残渣性に優れ、かつ副作用も存在しないという優れた特徴を有している。
なお、前記理化学的および生物学的性質は、次の方法による試験によるものであり、後記の試験例および実施例における試験方法も次の方法による。
1)抗原性
ウサギ抗ラクトフェリン血清を用いたエライザ法(ELISA:Enzyme linked immunosorbent assay.東邦医学会雑誌、第35巻、第509〜516ページ、1989年) によって測定し、未分解のラクトフェリンに対する相対値により表示した。
2)平均分子量
常法(宇井信生等編,「タンパク質・ペプチドの高速液体クロマトグラフィー」,化学増刊第102号,第241〜251ページ,株式会社化学同人,1984年)により、高速液体クロマトグラフシステム(島津製作所製。LC−7A)を用いて分子量分布を測定し、得られたデータを解析プログラム(島津製作所製。CR−4A)を用いて算出した重量平均分子量により表示した。
3)分解率
ケルダール法により試料の全窒素を、ホルモール滴定法により試料のホルモール態窒素を測定し、これらの値から次式により算出した数値により表示した。
【0020】
分解率(%)=(ホルモール態窒素/全窒素)×100
4)生体外の抗菌性
生体外の抗菌性は、試験例1に記載の方法により行った。すなわち、1%バクトペプトン(ディフコ・ラボラトリー社製)および水からなる液体培地2mlに、0〜20mg/mlの濃度範囲で段階的に試料を添加し、対数増殖期のEscherichia coli O111 (東京大学医科学研究所より分譲)を106 /mlの生菌数濃度で接種し、37℃で16〜20時間培養し、培養後の培養液の供試菌の発育状態を660nmの吸光度で測定し、いずれの濃度に試料を添加した場合にも供試菌の増殖が見られる場合に抗菌性無しと判定した。
5)BT阻止効果
試験例2、3または6に記載の方法により作出されるBT誘導マウスにおいて、試料を添加した飼料でマウスを飼育した場合のBT発生率を測定し、BT発生率の低下が認められた場合にBT阻止効果が有ると判定した。BT発生率の測定方法は次のとおりである。
【0021】
飼育終了後のマウスを解剖し、腸間膜リンパ節を無菌的に採取し、少量の希釈液(光岡知足著、「腸内細菌の世界」、322ページ、叢文社、1980年)を添加し、テフロン製ホモジナイザーにて均質化した懸濁液を2等分し、BL寒天平板培地およびTS寒天平板培地(光岡知足著、「腸内細菌の世界」、319ページおよび327ページ、叢文社、1980年)にそれぞれ塗布し、BL寒天平板培地は嫌気的条件下、TS寒天平板培地は好気的条件下で、37℃で48時間培養する。培養後の寒天培地上に細菌のコロニーが形成された場合にBTが発生したものと評価した。このように、腸間膜リンパ節中に細菌が検出されたマウスの匹数の、供試したマウスの匹数に対する割合をBT発生率と表示した。
【0022】
次に、この発明のペプチド混合物を有効成分として含有する組成物について説明する。
この発明の組成物は、加工乳、乳清飲料、育児用ミルク、治療用ミルク、飼料用ミルク、経腸または経管栄養剤等摂取時に液状または流動状の形態の食品、飼料、医薬品等である。経腸または経管栄養剤としては、普通流動食、ブレンダー食、濃厚流動食等の完全流動食、低蛋白流動食、低脂肪流動食、低コレステロール流動食、低ナトリウム流動食、治療乳、成分栄養流動食等の特殊流動食であってもよい。この発明の組成物に添加するペプチド混合物は、加熱による変性がほとんどないため食品、医薬品、飼料等に添加する場合、製造工程のいずれの段階であっても可能である。
【0023】
この発明の組成物は、少なくとも0.01%(重量。以下特に断りのない限り同じ)、望ましくは0.1〜5%のペプチド混合物を含有し、感染抵抗力、消化管機能が低下したヒトおよび動物に経口的または経管的に投与することによって、BTを阻止する効果があり、BTに起因するあらゆる感染症を予防することができる。
【0024】
ヒトおよび動物に経口的または経管的に投与する場合の有効投与量は、後述する試験例2から6に示したように、BTを高頻度に誘導するモデルマウスを用いて確認した。このモデルマウスは、感染抵抗力、消化管機能が低下したヒトおよび動物に近似させるため、液状または流動状の食餌だけで飼育し、場合によって抗ガン剤のメトトレキセートを投与しBTを誘導した。なお、ヒトおよび動物に起こるBTの発症部位は、臓器の中でも腸間膜リンパ節が最も早期に、また高頻度に認められる。このモデルマウスの腸間膜リンパ節でのBT発生率は、食餌にこの発明のペプチド混合物を0.01%以上添加して投与した場合に低下し、特に0.1〜5%の濃度にペプチド混合物を添加した場合に顕著な効果を示した。これらの結果から、この発明のペプチド混合物が、感染抵抗力、消化管機能が低下したヒトおよび動物に発症するBTを抑制することは明らかである。
【0025】
次に試験例を示してこの発明をさらに詳しく説明する。
(試験例1)
この試験は、この発明のペプチド混合物の抗菌活性を調べるために行った。
1%バクトペプトン(ディフコ・ラボラトリー社製)水からなる液体培地2mlに、0〜20mg/mlの濃度範囲で段階的にこの発明のペプチド混合物(実施例1と同一の方法により製造)を添加し、対数増殖期のEscherichia coli O111 (東京大学医科学研究所より分譲)を106 /mlの生菌数濃度で接種し、37℃で16〜20時間培養した。培養後、培養液の供試菌の発育状態を660nmの吸光度で測定した結果、ペプチド混合物をいずれの濃度に添加した場合にも供試菌の増殖抑制は認められず、このペプチド混合物に抗菌活性は存在しないことが認められた。
【0026】
一方、対照として用いた未分解のウシラクトフェリン(森永乳業社製)は2mg/ml以上の濃度で供試菌の増殖を完全に阻止し、抗菌性ペプチド(特開平5−238948号公報の実施例1と同一の方法により製造した)は6μg/ml以上の濃度で供試菌の増殖を完全に阻止した。
なお、他の方法により製造したこの発明のペプチド混合物についても同様の試験を行ったが、ほぼ同様な結果が得られた。
(試験例2)
この試験は、この発明のペプチド混合物のBT阻止効果を試験するために必要なBT誘導マウス作出のために行った。
【0027】
先ず、この試験に使用する液状または流動状の食品をマウスに投与した場合にBTを高頻度に誘導するモデルマウスを次のようにして作成した。即ち、9週齢のSPFマウス(日本SLCから購入)、BALB/c、雌、20匹を10匹づつ2群に分け、糞食防止ネットを配設したケージに入れ、通常の固形飼料および水で2週間飼育した。次いで、1群のマウスに表1に示す組成の高カロリー輸液のみを無菌パックから経口的に自由摂取させ、2週間飼育した。他の1群は対照として固形飼料および水で同様に2週間飼育した。
【0028】
【表1】
【0029】
飼育終了後のマウスを解剖し、腸間膜リンパ節を無菌的に採取し、少量の希釈液(光岡知足著、「腸内細菌の世界」、322ページ、叢文社、1980年)を添加し、テフロン製ホモジナイザーにて均質化した。この均質化した懸濁液を2等分し、BL寒天平板培地およびTS寒天平板培地(光岡知足著、「腸内細菌の世界」、319ページおよび327ページ、叢文社、1980年)にそれぞれ塗布し、BL寒天平板培地は嫌気的条件下、TS寒天平板培地は好気的条件下で、37℃で48時間培養した。培養後の寒天培地上に細菌のコロニーが形成されたマウスの場合、すなわち腸間膜リンパ節中に細菌が検出されたマウスの場合を、BTが発生したものと評価し、各群のBT発生率を測定した。
【0030】
その結果、固形飼料で飼育した群のBT発生率は1/10(10匹中1匹にBTが発生したことを示す。以下特に断りのない限り同じ)であったのに対し、高カロリー輸液で飼育した群のBT発生率は8/10であった。従って、マウスを固形飼料で飼育した場合、BTはほとんど発生しなかったが、高カロリー輸液だけで飼育することにより、BT誘導マウスが、高頻度で作出されることが認められた。
(試験例3)
この試験は、この発明のペプチド混合物のBT阻止効果を試験するために必要なBT誘導マウス作出の他の方法を調べるために行った。
【0031】
4週齢のSPFマウス(日本SLCから購入)、BALB/c、雌、20匹を10匹づつ2群に分けて糞食防止ネットを配設したケージに入れ、市販の牛乳のみを無菌パックから経口的に自由摂取させて2週間飼育した。飼育後のマウスを解剖し、腸間膜リンパ節を無菌的に採取し、試験例2と同様の方法によりBT発生率を測定した。
【0032】
その結果、BT発生率は15/20で、牛乳だけで飼育することによってもBT誘導マウスを高頻度で作成可能であることが認められた。
(試験例4)
この試験は、この発明のペプチド混合物のBT阻止効果を調べるために行った。 実施例1と同一の方法により製造したこの発明のペプチド混合物を0、0.01、0.1、1および3%の各濃度で、試験例2と同一の高カロリー輸液に添加し、試験例2と同一の方法により試験し、BT発生率を比較した。なお、試験した高カロリー輸液中のアミノ酸とペプチド混合物の合計濃度は、すべて4.25%に調整した。また、マウスは9週齢のSPFマウス(日本SLCから購入)、BALB/c、雌を、各群20匹、合計100匹用いた。この試験の結果は表2に示すとおりである。
【0033】
表2の結果からこの発明のペプチド混合物は、0.01%以上の添加濃度でBTの発生を顕著に阻止することが認められた。一方、対照として牛乳カゼイン酵素分解物(森永乳業社製)を高カロリー輸液に3%の濃度で添加し、同様に試験したが、BT発生率は16/20でありBT阻止効果は認められなかった。 なお、他の方法により製造したこの発明のペプチド混合物を用いて同様の試験を行ったが、ほぼ同じようなBT阻止効果が得られた。
【0034】
【表2】
【0035】
(試験例5)
この試験は、この発明のペプチド混合物のBT阻止効果を調べるために行った。
実施例1と同一の方法により製造したこの発明のペプチド混合物を0、0.01、0.1、1および5%の各濃度で市販の牛乳に添加し、試験例3と同一の方法により試験を行ってBT発生率を比較した。使用したマウスは、4週齢のSPFマウス(日本SLCから購入)、BALB/c、雌を、各群10匹、合計50匹用いた。
【0036】
この試験の結果は、表3に示すとおりである。表3の結果から、ペプチド混合物は0.01%以上の添加濃度でBTの発生を顕著に阻止することが認められた。一方、対照として牛乳カゼイン酵素分解物(森永乳業社製)を牛乳に5%濃度で添加し、同様に試験したが、BT発生率は8/10でありBT阻止効果は認められなかった。
【0037】
なお、他の方法により製造したこの発明のペプチド混合物を用いて同様の試験を行ったが、ほぼ同じようなBT阻止効果が得られた。
【0038】
【表3】
【0039】
(試験例6)
この試験は、マウスに薬剤を投与してBTを高頻度に誘導した場合のペプチド混合物のBT阻止効果について調べるために行った。
市販の経腸栄養剤エンシュアー(日本ダイナボット社発売)、およびこの栄養剤にこの発明のペプチド混合物(実施例1と同一の方法により製造)を0.5%添加した栄養剤の2種類を飼料とし、8週齢のSPFマウス(日本SLCから購入)、BALB/c、雌に3週間自由摂取させた。マウスは各飼料に1群10匹ずつ、2群合計20匹を用いた。各飼料で1週間飼育した2群のマウスに対し、生理食塩水に溶解したメトトレキセート(シグマ社製)をマウスの体重1kg当たり50mg、100mgの割合でマウスの腹腔内にそれぞれ単回投与した。投与後2週間、各飼料で飼育した後、マウスを解剖し、腸間膜リンパ節を無菌的に採取し試験例2と同一の方法によりBT発生率を測定した。この試験の結果は表4に示すとおりである。
【0040】
表4の結果から、この発明のペプチド混合物は、薬剤で誘導されるBTの発生を顕著に阻止することが認められた。
なお、他の製造方法により得られたこの発明のペプチド類についても同様の試験を行ったが、ほぼ同じようなBT阻止効果が得られた。
【0041】
【表4】
【0042】
(試験例7)
この試験は、ペプチド混合物の急性毒性を調べるために行った。
1)使用動物
6週齢のCD(SD)系のラット(日本SLCから購入)の両性を用い、雄および雌を無作為にそれぞれ3群ずつ計6群(1群5匹)に分けて使用した。
2)試験方法
実施例1と同一の方法で製造したペプチド混合物を体重1kg当り1000および2000mgの割合で注射用水(大塚製薬社製)に10%の濃度で溶解し、体重100g当たり1mlおよび2mlの割合で金属製玉付き針を用いて単回強制経口投与し、2週間観察して急性毒性を試験した。なお、対照として雄および雌の各1群に、注射用水を体重100g当たり2mlの割合で同様に経口投与した。
3)試験結果
この試験の結果は、表5に示すとおりである。表5から明らかなように、このペプチド混合物を1000mg/kg体重および2000mg/kg体重の割合で投与した群に死亡例は認められなかった。従って、このペプチド混合物のLD50は、2000mg/kg体重以上であり、毒性は極めて低いことが判明した。
【0043】
なお、他の製造方法により得られたこの発明のペプチド混合物についても同様の試験を行ったが、ほぼ同じような結果が得られた。
【0044】
【表5】
【0045】
次に実施例を示してこの発明をさらに詳細かつ具体的に説明するが、この発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0046】
【実施例】
実施例1
牛乳から分離した市販のラクトフェリン(森永乳業社製)1kgを精製水9リットルに溶解し、1規定の塩酸を添加してpHを3.0に調整した。市販の豚ペプシン(1:10000。和光純薬工業社製)30gを添加して均一に混合し、37℃に4時間保持し、85℃で10分間加熱して酵素を失活させた。次いで1規定水酸化ナトリウムを添加してpHを7.0に調整し、不溶物を濾過して除去し、ラクトフェリン分解物溶液を得た。このラクトフェリン分解物溶液を凍結乾燥し、ラクトフェリン分解物の粉末約960gを得た。
【0047】
このラクトフェリン分解物の分解率を前記と同様の方法により測定した結果、11.3%であった。
前記粉末800gを精製水20リットルに溶解し、ブチルトヨパール(商標。東ソー社製)650Mを充填し、予め精製水で平衡化したカラム(直径36cm×高さ15cm)に流速0.2リットル/分で通液し、流出液の280nmにおける吸光度が0.01以下になるまで0.6リットル/分の流速で精製水を通液して洗浄した。得られたブチルトヨパールに未吸着の流出画分、約60リットルを逆浸透膜(旭化成社製)により濃縮し、更に凍結乾燥し、ペプチド混合物の粉末約720gを得た。
【0048】
得られたペプチド混合物について、前記と同様の方法により試験した結果、抗菌活性はなく、抗原性は未分解のラクトフェリンの10000分の1に低減しており、分解率は12%であり、平均分子量は約3200ダルトンであった。
実施例2
牛乳100リットルを70℃に加温し、150kg/cm2 の圧力で均質化し、90℃で10分間殺菌し、殺菌した牛乳49.5リットルに実施例1と同一の方法で調製したペプチド混合物の粉末0.5kgを添加して均一に溶解し、最終濃度1%のこの発明のペプチド混合物を含有する乳飲料約50kgを調製した。
【0049】
この乳飲料および市販の牛乳を無菌パックに分注し、試験例5と同様に4週齢のSPFマウス(日本SLCから購入)、BALB/c、雌各10匹に2週間自由摂取させた。飼育後のマウスを解剖し、腸間膜リンパ節を無菌的に採取し、試験例2と同様の方法でBT発生率を測定した。その結果、BT発生率は市販の牛乳を投与した場合に8/10であったのに対し、実施例1に記載のペプチド混合物を添加して調製した乳飲料を投与した場合には1/10であり、BTの発生は顕著に抑制された。
実施例3
牛乳から分離した市販のラクトフェリン(森永乳業社製)4kgを精製水36リットルに溶解し、市販の豚トリプシン(シグマ社製)120gを添加して均一に混合し、37℃に4時間保持し、85℃で10分間加熱して酵素を失活させ、不溶物を濾過して除去し、凍結乾燥し、ラクトフェリン分解物の粉末約4kgを得た。
【0050】
このラクトフェリン分解物の分解率を前記と同様の方法により測定した結果、7.8%であった。
【0051】
前記粉末800gを精製水20リットルに溶解し、ブチルトヨパール(商標。東ソー社製)650Mを充填し、予め精製水で平衡化したカラム(直径36cm×高さ15cm)に流速0.2リットル/分で通液した。次いで流出液の280nmにおける吸光度が0.01以下になるまで0.6リットル/分の流速で精製水を通液して洗浄した。この様にして得られたブチルトヨパールに未吸着の流出画分、約65リットルを逆浸透膜(旭化成社製)により濃縮し、更に凍結乾燥し、ペプチド混合物の粉末約760gを得た。これら一連の分画操作を4回繰り返し、合計約3kgのペプチド混合物の粉末を得た。
【0052】
得られたペプチド混合物について、前記と同様の方法により試験した結果、抗菌活性はなく、抗原性は未分解のラクトフェリンの1000分の1に低減しており、分解率は7.9%であり、平均分子量は約13,000ダルトンであった。
実施例4
ホエー蛋白酵素分解物(森永乳業社製)11.8kg、デキストリン(昭和産業社製)36kg、および少量の水溶性ビタミンとミネラルを水200kgに溶解し、水相をタンク内に調製した。一方、大豆サラダ油(太陽油脂社製)3kg、パーム油(太陽油脂社製)8.5kgおよびサフラワー油(太陽油脂社製)2.5kg、レシチン(味の素社製)0.2kg、脂肪酸モノグリセリド(花王社製)0.2kgおよび少量の脂溶性ビタミンを混合溶解し、油相を調製した。タンク内の水相に油相を添加し、攪拌して混合し、70℃に加温し、ホモゲナイザーにより150kg/cm2 の圧力で均質化し、90℃で10分間殺菌し、濃縮し、噴霧乾燥し、中間製品粉末約60kgを得た。
【0053】
この中間製品粉末50kgに蔗糖(ホクレン製)6.7kg、実施例3と同一の方法により製造したペプチド混合物の粉末3kg、およびアミノ酸混合粉末(味の素社製)0.3kgを添加し均一に混合し、粉末状の経腸栄養剤A約60kgを得た。
これとは別に中間製品粉末5kgに蔗糖(ホクレン製)0.67kg、ホエー蛋白酵素分解物(森永乳業社製)0.3kg、およびアミノ酸混合粉末(味の素社製)0.03kgを添加し均一に混合し、粉末状の経腸栄養剤B約6kgを得た。
【0054】
この2種類の経腸栄養剤粉末を水で15%の濃度にそれぞれ溶解し、実施例3に記載のペプチド混合物を0.75%(以下、経腸栄養剤Aと記載する)および0%(以下、経腸栄養剤Bと記載する)含有する経腸栄養剤を調製した。この2種類の経腸栄養剤を無菌パックに分注し、試験例6と同様に8週齢のSPFマウス(SLC)、BALB/c、雌各10匹に3週間自由摂取させた。飼育1週間目に、生理食塩水に溶解したメトトレキセートをマウスの体重1kg当たり100mgの割合で、マウスの腹腔内にそれぞれ単回投与した。投与後2週間、各飼料で飼育した後、マウスを解剖し、腸間膜リンパ節を無菌的に採取し、BT発生率を測定した。その結果、BT発生率は実施例3に記載のペプチド混合物を含まない経腸栄養剤Bを投与したマウスの場合に9/10であったのに対し、この発明のペプチド混合物を含む経腸栄養剤Aを投与した場合には1/10であり、BTの発生は顕著に抑制されていた。
【0055】
【発明の効果】
以上詳しく説明したとおり、この発明によって、ラクトフェリン加水分解物由来の抗菌性のないペプチド混合物と、このペプチド混合物を有効成分として含有する組成物が提供され、これらによって次のとおりの効果が奏せられる。
1)ヒトおよび動物の腸管から臓器への腸内細菌の体内移行を阻止し、日和見感染症、嫌気性菌感染症、敗血症等の疾病を予防する効果を有する。
2)未熟児、新生児、幼児、老人、慢性消化器疾患患者、術後患者等の消化機能、感染抵抗力の低下したヒトの経口的または経管的栄養組成物の成分として副作用が少ない状態で用いられる。
3)腸内細菌の体内移行に起因する感染症の治療において、薬剤投与量の減少を可能にする。
4)抗生物質、抗癌剤等のヒトおよび動物の腸管に障害を及ぼす副作用を緩和する効果を有する。
Claims (1)
- ラクトフェリンをプロテアーゼで加水分解し、抗菌性ペプチドを除去して得られるペプチド混合物であって、次の理化学的および生物学的性質を有するペプチド混合物を有効成分として含有する腸管から臓器への腸内細菌の体内移行を阻止するための組成物、
b)生体外で抗菌作用を有しないこと、
c)抗原性が未分解のラクトフェリンの1/1000から1/100000であること、
d)高速液体クロマトグラフィーにより測定した平均分子量が300から13,000ダルトンであること、
e)ラクトフェリンの分解率が6%から50%であること。
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