JP3997009B2 - 高速動部品用アルミニウム合金鍛造材 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、回転ローター (小型羽根) や回転インペラー (大型羽根) 、或いはピストンなど、高速で回転乃至摺動する高速動部品用のアルミニウム合金冷間鍛造材 (以下、アルミニウムを単にAlと言う) に関し、これらの用途に求められる、高温特性 (耐熱性および高温耐力) と被削性に優れたAl合金冷間鍛造材に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
ロケットや航空機などの航空・宇宙機材用、鉄道車両、自動車、船舶などの輸送機材用、エンジン部品、コンプレッサーなどの機械部品用などに使用されるAl合金で、特に100 ℃を超える高温の使用環境となるAl合金には、高温特性に優れたAl合金が用いられる。そして、これらAl合金に求められる高温特性とは、基本的に高温での耐クリープ特性および高温耐力である。
【0003】
従来、この所謂耐熱性Al合金材にはAA規格乃至JIS 規格の 2000 系( 以下、単に2000系と言う)Al 合金が用いられている。この内、特に、ロケットなどの宇宙機器のタンクや航空機などの機体外板およびタービン、ローター等の羽根などの耐熱Al合金には、Al-Cu-Mn-Zr-V-Ti系の2219Al合金およびAl-Cu-Mg-Fe-Ni-Si-Ti系の2618Al合金が主に使用されている。この内2219Al合金は溶接性にも優れている。しかし、これらの2000系 Al 合金は、120 ℃を越える高温では、長時間使用すると強度の低下が著しい。したがって、使用条件が120 ℃を越える場合には、使用時間を短く制限するか、冷却装置を付加して使用環境を低温に保持して使用されているのが実情である。
【0004】
このため、120 ℃を越える高温使用環境でのクリープ特性や高温耐力を改善するために、近年では、2219 Al 合金にMgを0.3mass%添加した2519 Al 合金(Al-6.1Cu-0.3Mn-0.15Zr-0.1V)が開発されている。また、この2519 Al 合金にAgを添加した2519(Ag)Al合金も開発されている。
【0005】
これら2519 Al 合金および2519(Ag)Al合金の高温特性が高いのは、「Metal Sience ,12(1978),478頁,J.A.Tayler 他」或いは「Metall Trans ,19A(1988),1027頁,J.Polmear他」に開示されている通り、2519 Al 合金では(100) 面にθ' 相、2519(Ag)Al合金では(111) 面に晶癖面をもつ六角形盤状の析出物であるΩ相が、各々析出するためである。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】
前記高温特性が要求される用途の中でも、特に高速で摺動するピストンなどのエンジン部品や、高速で回転する回転ローター (小型羽根) や回転インペラー (大型羽根) などの高真空機器の吸排気部品などの、部品自身が高速で摺動乃至回転する高速動部品がある。これら高速動部品は、基本的に肉厚の円筒形状や多数の羽根を周囲に設けた複雑形状を有している。このため、Al合金材によりこれらの部品を製造する場合には、圧延加工による板や押出加工による形材からではなく、Al合金のバルク状 (塊状) の鋳塊を熱間鍛造加工或いは冷間鍛造加工(熱間鍛造後冷間鍛造することも含む)した鍛造材から切削加工により部品とされている。
【0007】
そして、これらの高速動部品自身は、狭い空間乃至クリアランスを高速で摺動乃至回転するため、高い寸法精度や平滑性やすべらかさなどの表面性状が厳しく要求される。このため、これら用途に使用されるAl合金材には、前記高温特性に加えて高い精密切削加工性、即ち被削性が要求される。
【0008】
しかし、前記2519 Al 合金および2519(Ag)Al合金の鍛造材或いは前記2219 Al 合金および2618 Al 合金の鍛造材は、この被削性が劣っており、前記Al合金の鋳造材乃至鍛造材から切削加工により部品とされた場合に、高い寸法精度や表面性状が出ずに、高速動部品として使えない場合が生じるという問題がある。
【0009】
本発明はこの様な事情に着目してなされたものであって、その目的は、高い高温特性とともに被削性に優れた高速動部品用Al合金冷間鍛造材を提供しようとするものである。
【0010】
【課題を解決するための手段】
この目的を達成するために、本発明の高速動部品用Al合金冷間鍛造材の要旨は、Cu:1.5〜7.0%、Mg:0.01 〜2.0%を含み残部アルミニウムおよび不可避的不純物からなるアルミニウム合金冷間鍛造材であって、ミクロ組織がθ' 相および/ またはΩ相を有するとともに、結晶粒径が 500 μ m 以下の等軸再結晶粒からなり、この等軸再結晶粒の組織中の互いにくっついた形で集合体化している 1 μ m 以下の微細再結晶粒の面積率が 10% 以下であり、1000hrクリープ破断強度が250N/mm2以上および高温耐力が280N/mm2以上とすることである。
【0011】
本発明のような上記要旨とすることにより、高速動部品への被削性を確保できるとともに、高温特性を再現性良く保証することができる。
【0012】
【発明の実施の形態】
以下に本発明の各要件の意義について説明する。
【0013】
(等軸再結晶粒)
本発明Al合金鍛造材の組織は、被削性の向上と1000hrクリープ破断強度を250N/mm2以上、および高温耐力を280N/mm2以上とするために、溶体化処理後のミクロ組織を基本的に結晶粒径が500 μm 以下の概ね一定サイズの等軸な再結晶粒とする。但し、1000hrクリープ破断強度と高温耐力とは測定条件により異なるので、1000hrクリープ破断強度の測定条件は、応力負荷方向:LT 方向、温度150 ℃とし、高温耐力の測定条件は、保持条件:180℃で100hr 、引張方向:LT 方向、引張温度:150℃、引張歪速度:8×10-5S -1とする。
【0014】
後述する通り、概ね一定サイズの等軸な再結晶粒組織中に、微細な再結晶粒( 或いは亜結晶粒) の集団が存在すると、クリープ特性などの高温特性は低下する。また、再結晶粒径が大きいほど、結晶粒界面の段差が大きくなって被削性が低下する。したがって、本発明Al合金鍛造材は、500 μm 以下の、好ましくは10〜500 μm の範囲の、更に好ましくは50〜300 μm の範囲の、ほぼ一定サイズの微細な再結晶粒 (等軸再結晶粒) とすることで、クリープ特性などの高温特性と被削性とを兼ね備える。
【0015】
より具体的には、被削性の点からは、等軸再結晶粒の再結晶粒径は500 μm 以下が好ましく、300 μm 以下がより好ましい。また、クリープ特性などの高温特性の点からは、微細な再結晶粒( 或いは亜結晶粒) の集団の割合が面積率で10% 以下であることが好ましい。
【0016】
通常、Al合金のバルク状 (塊状) の鋳塊を熱間鍛造加工した場合、熱間圧延などに比較して、熱間鍛造の加工度は小さくなる。このために、熱間圧延の場合に溶体化処理後のAl合金板のミクロ組織が概ね一定サイズの再結晶粒組織となるのに対し、通常の熱間鍛造材のAl合金では、溶体化処理後のミクロ組織は、500 μm 以下のほぼ一定サイズの等軸再結晶粒も一部存在するものの、粒径が1 μm 以下の微細な再結晶粒( 或いは亜結晶粒) が集合体化したものと粗大な再結晶粒とからなり、一部には鋳塊組織も残存する混粒組織となっている。
【0017】
この混粒組織は、図1(b)にAl合金鍛造材の溶体化処理後のミクロ組織に示す通り、等軸な再結晶粒1 も部分的に存在するものの、粒径が1 μm 以下の微細な再結晶粒 (或いは亜結晶粒) が密集、集合化した集団2 と数mm〜数cm程度の粗大な再結晶粒3 とからなり、一部には鋳塊組織も残存する混粒組織となっている。この様々なサイズからなる混粒組織は、加工後の熱処理によっても解消することが無く、製品Al合金鍛造材中に残留する。そして、本発明者らは、この混粒組織が、特に製品Al合金鍛造材の被削性を低下させることを知見した。そして、これら混粒組織は合わせてクリープ特性などの高温特性も低下させるものである。
【0018】
そして、本発明における等軸再結晶粒の組織とは、図1(a)のAl合金鍛造材の溶体化処理後のミクロ組織に示す通り、500 μm 以下、好ましくは300 μm 以下の分布範囲で、概ね一定サイズの等軸な再結晶粒1 からなる組織である。そして、図1(a)には、前記混粒組織における、粒径が1 μm 以下の微細な再結晶粒( 或いは亜結晶粒) が集合体化した集団、数mm〜数cm程度の粗大な再結晶粒3 、あるいは残存する鋳塊組織も見られない。即ち、本発明における等軸再結晶粒の組織は、数十μm から500 μm までのサイズの分布幅内にある等軸再結晶粒により実質的に構成される。したがって、本発明で言う概ね一定のサイズとは、本発明Al合金鍛造材における溶体化処理後のミクロ組織を実質的に構成する等軸再結晶粒が前記サイズの分布範囲を有すると言う意味である。
【0019】
ただ、本発明における等軸再結晶粒の組織とは、図1(a)のように、前記一定サイズの等軸再結晶粒が100%のみの組織を必ずしも意味するものではなく、前記被削性やクリープ破断強度などの高温特性を規定した下限値以下に低下させない範囲での、鋳造組織や混粒組織の混入は許容する。例えば、粒径が1 μm 以下の微細な再結晶粒( 或いは亜結晶粒) は、単一の結晶粒が個々に分散して存在しても、前記被削性やクリープ破断強度などの高温特性を低下させない。しかし、これがお互いにくっついた形で集団化乃至集合体化した場合に被削性や高温特性を低下させるようになる。したがって、この点からは、溶体化処理後のミクロ組織において、集合体化している1 μm 以下の微細再結晶粒の面積率は10% 以下とすることが好ましい。
【0020】
なお、前記被削性やクリープ破断強度などの高温特性を阻害する組織は、この粒径が1 μm 以下の微細な再結晶粒 (或いは亜結晶粒) の集合体以外にも、前記した通り、サイズが500 μm を越える粗大再結晶粒、或いは鋳造組織などもあるので、これら特性を阻害する粒や組織の全て乃至各々を量的に規定することは、実質的に困難である。したがって、本発明では、一義的に、Al合金鍛造材自体の前記1000hrクリープ破断強度と高温耐力の下限値の規定により、これら組織の混入限界を規定している。
【0021】
本発明で言う等軸再結晶粒の特定および混粒組織の有無は、試料を電解エッチング等によりミクロエッチングを行い、これを50〜400 倍の光学顕微鏡により観察乃至測定可能である。なお、前記図1 もミクロエッチングした試料を100 倍の光学顕微鏡により観察した結果である。
【0022】
(θ' 相とΩ相との各々の大きさと析出物間の平均間隔)
また、本発明において、高温耐力やクリープ破断強さなどの高温特性をより高めるためには、2519 Al 合金では(100) 面に析出するθ' 相、2519(Ag)Al合金では(111) 面に析出するΩ相が微細にかつ高密度に析出させることが好ましい。特にΩ相はすべり面(111) と同一面に析出するため、(100) 面に析出するθ' 相に比べ、転移の運動には極めて大きな障害となるオロワン機構を発揮し、高温耐力やクリープ特性が向上する。
【0023】
また、本発明者らの知見によれば、θ' 相およびΩ相の分散状態、即ち、θ' 相とΩ相との各々の大きさと析出物間の平均間隔が、2519乃至2519(Ag)Al合金の高温特性 (耐熱性) を支配している。そして、θ' 相とΩ相との各々の大きさと析出物間の平均間隔が、大きすぎる場合には、これら2519 Al 合金および2519(Ag)Al合金の高温特性が低下し、実際のAl合金製造の際に、高い高温特性を有するAl合金を再現性良く作れないことにつながる。したがって、θ' 相の平均サイズが 120nm以下であるとともに、θ' 相の析出物間の平均間隔が100 nm以下であり、かつΩ相の平均サイズが100 nm以下であるとともに、Ω相の析出物間の平均間隔が150 nm以下であることが好ましい。
【0024】
Cu:1.5〜7.0%、Mg:0.01 〜2.0%を含む2519系或いは2618系などのAl合金において、θ' 相の平均サイズが120 nmを越え、またθ' 相の析出物間の平均間隔が100 nmを越えた場合、また、Cu:1.5〜7.0%、Mg:0.01 〜2.0%に加えて、更にAg:0.05 〜0.7%を含む2519(Ag)系などのAl合金において、或いは、熱間鍛造後冷間加工を受けた2519系或いは2618系などのAl合金において、前記θ' 相の規定とともに、Ω相の平均サイズが100 nmを越え、またΩ相の析出物間の平均間隔が150 nmを越えた場合には、各々これらθ' 相およびΩ相の高温特性向上効果 (転移に対する障害となるオロワン機構の発揮など) が極端に低下し、結果として、Al合金材の高温耐力やクリープ特性が低下し、優れた高温特性を保証することができない可能性がある。
【0025】
また、更に、前記サイズや間隔の条件を満たした上で、θ' 相を高密度に析出させる乃至θ' 相の数が多い方が高温特性が向上する。より具体的には、θ' 相が5000個/mm3以上存在することが好ましく、7000個/mm3以上存在することがより好ましい。
【0026】
本発明のAl合金組織 (マトリックス) 中のθ' 相とΩ相の平均サイズと析出物間の平均間隔の同定は、透過型電子顕微鏡(TEM) により、アルミ合金マトリックスを観察して行う。より具体的には、50000 倍のTEM による目視観察乃至画像解析を行い、θ' 相とΩ相の平均サイズと析出物間の平均間隔乃至析出物の個数の同定を行う。
【0027】
次に、本発明Al合金における、化学成分組成について説明する。本発明のAl合金の化学成分組成は、基本的に2519 或いは2618などのAl合金および2519にAgを加えた2519(Ag)系Al合金の成分規格として良いが、より具体的な用途および要求特性に応じて、以下に説明する成分組成範囲から適宜選択しうる。
【0028】
(Cu:1.5 〜7.0%) Cuは本発明Al合金の基本成分であり、主としてAl合金の常温と高温のクリープ特性および高温耐力を確保するために必須である。本発明のAl合金材は、ロケットや航空機などの航空・宇宙機材用、鉄道車両、自動車、船舶などの輸送機材用、エンジン部品、コンプレッサーなどの機械部品用などに使用されるAl合金である。この点、Cuは固溶強化及び析出強化の双方の作用によりAl合金の強度を向上させる。この効果は1.5%、より好ましくは4.0%以上で発揮され、Cuの含有量が1.5%未満では上述の効果が小さく、Al合金の常温と高温での十分なクリープ特性および高温耐力が得られない。一方、Cuの含有量が7.0%を越えると、強度が高くなりすぎ鍛造性などの加工性が低下する。したがって、Cuの含有量は1.5 〜7.0%の範囲、より好ましくは4.0 〜7.0%の範囲とする。
【0029】
(Mg:0.01〜2.0%) MgはCuと同様に、固溶強化及び析出強化の双方の作用により、主としてAl合金の常温と高温での十分なクリープ特性および高温耐力を確保するために必須である。この効果は0.01% 、より好ましくは0.02% 以上で発揮され、Mgの含有量が0.01% 未満では上述の効果が小さく、Al合金の常温と高温での十分なクリープ特性および高温耐力が得られない。一方、Mgの含有量が2.0%を越えると、強度が高くなりすぎ、鍛造性などの加工性が低下する可能性が高くなる。したがって、Mgの含有量は0.01〜2.0%の範囲、より好ましくは0.02〜2.0%の範囲とする。
【0030】
(Fe:1.5%以下、Ni:0.8〜2.4%、V:0.05〜0.15% 、Mn:0.05 〜1.5%、Cr:0.15 〜0.30% 、Zr:0.05 〜0.50% 、Sc:0.05 〜1.0%の一種または二種以上)Fe 、Ni、V 、Mn、Cr、Zr、Scは、いずれもAl合金の高温特性を向上させる元素である。FeはAl中には殆ど固溶せず、凝固時にAlとの反応によってマトリックス中に晶出物を形成する。特にNiと同時に含有するとAl9(Fe−Ni) を形成して高温特性を著しく向上させる。しかし、Feを1.5%を越えて含有すると、不溶性金属間化合物を生成し、成形不良および破壊の原因となりやすい。このため、Feの含有量は1.5%以下とする。
【0031】
NiもAl中には殆ど固溶せず、凝固時にAlとの反応によってマトリックス中に硬い晶出物(Ni Al3)を形成する。特にFeと同時に含有するとAl9(Fe−Ni) を形成して高温特性を著しく向上させる。しかし、Ni:0.8% 未満ではこの効果が発揮されず、一方、Ni:2.4% を越えて含有すると、粗大なNiAl3 を生成しやすく、成形性を阻害する。このため、Niの含有量は0.8 〜2.4%の範囲とする。
【0032】
V、Mn、Crは、Al合金のミクロ組織を繊維組織化して、常温強度および高温強度を向上させる。これらの元素は、均質化加熱処理時にそれぞれアルミ合金マトリックス中で熱的に安定な化合物であるAl-V系、Al-Mn 系、Al-Cr 系の分散粒子を析出させる。これらの分散粒子は、Al20Cu2Mn3あるいはAl12Mg2Cr2等が例示される。これら分散粒子は再結晶後の粒界移動を妨げる作用があるため結晶粒の粗大化防止には効果的である。V:0.05% 、Mn:0.05%、Cr:0.15%未満ではこれらの効果が得られず、一方、V:0.15% 、Mn:1.5% 、Cr:0.30%を越えると、溶解鋳造時に粗大な不溶性金属間化合物を生成しやすく成形不良および破壊の原因となる。したがって、V 、Mn、Crの含有量は、各々V:0.05〜0.15% 、Mn:0.05 〜1.5%、Cr:0.15 〜0.30% の範囲とする。
【0033】
ZrとScもAl合金の組織を繊維組織化して、常温強度および高温強度を向上させる。これらの元素は、アルミ合金マトリックス中で均質化加熱処理時にそれぞれアルミ合金マトリックス中で熱的に安定な化合物であるAl3Sc あるいはAl3Zr 等のAl-Sc 系、Al-Zr 系、Al-Cr 系の分散粒子を析出させる。これらの分散粒子には再結晶後の粒界移動を妨げる作用があるため、結晶粒の粗大化防止に効果的である。ZrとScの含有量が各々Zr:0.05%未満、Sc:0.05 % 未満ではこの効果がなく、また一方でZrとScの含有量が各々Zr:0.50%、Sc:1.0% を越えると、溶解鋳造時に粗大な不溶性金属間化合物を生成しやすく成形不良の原因となる。したがって、ZrとScを含有させる場合、これらの含有量は、各々Zr:0.05 〜0.50% 、Sc:0.05 〜1.0%の範囲とする。
【0034】
(Ag:0.05〜0.7%) AgはAl合金中において、微細で均一なΩ相を形成するとともに、析出物相が存在しない領域(PFZ;solute-depleted precipitate free zone) の幅を極めて狭くすることによりAl合金の常温および高温強度を向上させる。Agの含有量が0.05% 未満ではこの効果がなく、また一方でAgの含有量が0.7%を越えて含有しても効果は飽和する。したがって、Agの含有量は0.05〜0.7%の範囲とする。
【0035】
その他の元素についても、本発明に係るAl合金材の高温特性やその他の特性を阻害しない範囲での含有は許容される。例えば、SiはMgと結合してアルミマトリックス中に晶出物としてMg2Si が形成され、溶体化処理により大部分は固溶するが、過剰なMg2Si が形成されると溶体化処理においても残存して破断の起点になるため、成形性が低下する。したがって、Siは0.3%以下とする。この他、Ti、B は、結晶粒を微細化するが、過剰に添加すると粗大な金属間化合物を形成し、成形加工時の破断の起点になるため、成形性が低下する。したがって、Ti、B は、各々0.20% 以下、0.005%以下までの含有は許容される。また、この他の不純物元素についてもAA規格乃至JIS 規格での上限値までは許容される。
【0036】
更に、本発明に係るAl合金冷間鍛造材の製造方法について説明する。まず、本発明の成分範囲内に溶解調整されたAl合金溶湯を鋳造する。この鋳造された鋳塊を、大型の部材については、製品のニアネットシェイプに熱間鍛造後、冷間鍛造して、溶体化処理後焼入れおよび人工時効処理を施し、T6処理材とすることが好ましい。また、比較的小型の部材については、製品のニアネットシェイプに熱間鍛造後焼入れを行い、焼入れによる残留応力発生を除去するために、冷間鍛造を行った後に人工時効処理を施すT8処理が好ましい。なお、鍛造用の素材としては、押出材や圧延材を使用しても良い。
【0037】
また、人工時効処理前の冷間鍛造は、前記サイズや間隔の条件を満たした上で、θ' 相、更にはΩ相を高密度に析出させるために重要である。即ち、人工時効処理前の冷間加工はθ' 相の析出を促進し、人工時効処理前に冷間加工しないと、θ' 相を高密度に析出させることはできず、θ' 相の数が増加せず、前記θ' 相を5000個/mm2以上存在させるという好ましい条件を満足できなくなる。
【0038】
更に、Al合金鍛造材の溶体化処理後のミクロ組織は、熱間鍛造の鍛練比に大きく影響される。したがってAl合金鍛造材の溶体化処理後のミクロ組織を等軸結晶粒とするためには、鍛練比を1.5 以上とすることが好ましい。鍛練比が1.5 未満であれば、Al合金鍛造材の組織が混粒となりやすい。また、鍛練の方向は一方向だけではなく、少なくとも、異なる2 方向で行い、各方向での鍛練比を1.5 以上とすることが好ましい。
【0039】
前記Al合金鍛造材の溶体化処理および焼入れなどの調質( 熱処理) に用いる炉はバッチ炉、連続焼鈍炉、溶融塩浴炉、オイル炉などが適宜使用可能であり、焼入れに際しての冷却手段も、温水浸漬、水浸漬、水噴射、空気噴射などの手段が適宜選択される。そして、この溶体化処理および焼入れは、可溶性金属間化合物を再固溶し、かつ冷却中の再析出を十分に抑制するため、JIS −W −1103、MIL −H −6088F に規定された条件内にて行うことが好ましい。また、焼入れは水中あるいは温湯中へ試料を投入しても良いが、焼入れによる残留応力発生を抑制するためには、温湯、或いはコーコンクウェルチャント等に焼入れすることが好ましい。
【0040】
また、焼入れ後、焼入れ時の歪み強制および最終製品の耐力値を増大させることを目的として、冷間圧延機、ストレッチャーおよび冷間鍛造等を用いて、冷間加工を行っても良い。更に、溶体化処理および焼入れ後、必要に応じて冷間加工を行った後人工時効処理を行い、Ω相およびθ' 相を請求項に示す形態に析出させても良い。前記した通り、人工時効処理条件は、JIS −W −1103あるいはMIL −H −6088F に規定された条件内にて行うことが好ましいが、要するに、請求項に示す形態にΩ相およびθ' 相が得られるものであれば良い。
【0041】
但し、この溶体化処理および焼入れ条件が、析出するθ' 相の平均サイズを120 nm未満、θ' 相の析出物間の平均間隔を100 nm以下とするとともに、Ω相の析出物間の平均間隔を150 nm以下とすることに影響する。即ち、本発明Al合金におけるθ' 相およびΩ相の微細分散析出のためには、冷却途中に粗大なθ' 相乃至Ω相が析出することを防止するために、冷却速度は20℃/ 分以上、好ましくは100 ℃/secとできるだけ速い方が望ましい。また、昇温速度は、例えば10℃/ 分以上の速い方が、溶体化処理温度までの昇温中に生じる結晶粒の粗大化を防止し、高切削性と、更には破壊靱性および疲労特性に優れる微細結晶を得るためにも好ましい。
【0042】
【実施例】
次に、本発明の実施例を説明する。表1 に示す組成のAl合金鋳塊 (500mm φ×500mml) を溶製後、350mmt×350mmW×350mmlの角材に切り出し、470 ℃×8 時間の範囲で均質化熱処理を施し、熱間鍛造した。但し、供試材の溶体化処理後のミクロ組織が変わるように、鍛造の鍛造方向および鍛練比を種々変えて行った。次に鍛造材を硝石炉を用いて530 ℃で30分の溶体化処理した後水焼入れし、冷間鍛造した後 (但し、後述する表2 の比較例No.6および比較例No.7は冷間鍛造せず) 、177 ℃×18時間の人工時効処理し、Al合金鍛造材の供試材とした。そして、θ' 相およびΩ相の析出形態は、人工時効処理前の冷間鍛造の加工率を変えることにより制御した。
【0043】
そして、前記供試材のミクロ組織について、400 倍の倍率の光学顕微鏡によりミクロ組織観察を行い、図1aのような、実質的に等軸再結晶粒組織A(10〜500 μm の範囲でほぼ一定サイズの等軸再結晶粒) であるか、或いは図1bのような、実質的に1 μm 以下の微細な再結晶粒( 或いは亜結晶粒) の集合体と粗大結晶粒からなる混粒組織B であるかを確認した。これらの結果を表2 に示す。なお、実質的に等軸再結晶粒組織A である表2 の発明例供試材の結晶粒径dIは、いずれも50〜300 μm の範囲での一定サイズの粒径であった。これに対し、混粒組織B である比較例6 は 1μm 以下〜数mmの範囲で大きくばらついていた。
【0044】
また、同じく20000 倍の倍率の透過型電子顕微鏡(TEM) により、供試材のミクロ組織の(100) 入射、(111) 入射のTEM 画像解析を行い、供試材の(100) 面上に析出するθ' 相および(111) 面上に析出するΩ相の、各平均サイズ(nm)、各相の析出物間の平均間隔(nm)を測定した。これらの結果も表2 に示す。
【0045】
前記供試材の被削性は、前記供試材を、直径50 mm φ、長さ300mmlの円筒形を有する丸棒に、旋盤を用いて切削加工した際の被削性を丸棒表面の目視観察で評価するとともに、丸棒表面の平滑性を平均表面粗さRaにて評価した。目視観察による被削性の評価は、むしれ等の表面疵や欠陥の無い平滑な表面のものを○、表面疵や欠陥が有るものを×として評価した。この結果も表2 に示す。
【0046】
前記供試材の高温特性として、特にAl合金の1000hrクリープ破断強度 (応力負荷方向:LT 方向、温度150 ℃) および高温耐力 (保持条件:180℃で100hr 、引張方向:LT 方向、引張温度:150℃、引張歪速度:8×10-5S -1) を測定した。これらの試験片は平行部10mmφ×28mml とした。これらの結果を常温での耐力とともに表2 に示す。
【0047】
表2 から明らかな通り、組織が等軸で、平均結晶粒径が50〜500 μmmの範囲の一定サイズの粒径であり、更に(100) 面上に析出するθ' 相および(110) 面上に析出するΩ相の、各平均サイズ(nm)と各相の析出物間の平均間隔(nm)およびθ' 相の個数が、各々好ましい規定を満足する発明例No.1〜5 は、被削性 (切削性) に優れ、クリープ破断強度が250N/mm2を超える280 〜300N/mm2のレベル、および高温耐力が280N/mm2を大幅に超える300 〜330N/mm2のレベルと、高温特性に著しく優れている。
【0048】
しかし、結晶粒径が50〜500 μm の範囲にあるものの、(100) 面上に析出するθ' 相および(110) 面上に析出するΩ相の、各平均サイズ(nm)と各相の析出物間の平均間隔(nm)が、各々好ましい規定の上限乃至下限付近である発明例No.5は、被削性に優れ、クリープ破断強度が 250N/mm 2 以上、および高温耐力が 280N/mm 2 以上はあるものの、前記発明例 No.1 〜 3 に比してクリープ破断強度および高温耐力に劣っている。比較例 No.6 は、結晶粒径およびθ ' 相の平均サイズ、平均間隔、個数が好ましい規定を満足するものの、前記発明例に比してクリープ破断強度および高温耐力に劣っている。
【0049】
これに対し、前記Ω相およびθ' 相の平均サイズ、平均間隔、個数が好ましい規定を満足する組織を有するAl合金であっても、組織が混粒である比較例No.7は、発明例に比して、被削性とクリープ特性が著しく劣ることが分かる。
【0050】
したがって、2519 Al 合金および2519(Ag)Al合金材などを製造しても、組織を本発明の等軸再結晶組織にしなければ、高い高温特性と被削性とを兼備するAl合金を、再現性良く作れるわけではないという事実が立証される。それとともに、本発明の等軸組織、および(100) 面上に析出するθ' 相および(110) 面上に析出するΩ相の、各平均サイズ(nm)と各相の析出物間の平均間隔(nm)の規定の臨界的な意義が裏付けられる。この結果、本発明によって得られるAl合金鍛造材が、高速で摺動するピストンなどのエンジン部品や、高速で回転する回転ローターやインペラー (羽根) などの高真空機器の吸排気部品などの、部品自身が高速で摺動乃至回転する高速動部品に好適に適用できることが分かる。
【0051】
【表1】
【0052】
【表2】
【0053】
【発明の効果】
本発明によれば、被削性に優れるとともに高い高温特性を有するAl合金鍛造材を提供することができる。したがって、耐熱Al合金鍛造材の用途を拡大することができる点で、工業的な価値を有するものである。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明Al合金材における等軸再結晶粒組織を模式的に示す説明図である。
【符号の説明】
1:等軸再結晶粒、2:集合体化している微細再結晶粒、3:粗大再結晶粒
Claims (12)
- Cu:1.5〜7.0%、Mg:0.01 〜2.0%を含み残部アルミニウムおよび不可避的不純物からなるアルミニウム合金冷間鍛造材であって、ミクロ組織がθ' 相および/ またはΩ相を有するとともに、結晶粒径が 500 μ m 以下の等軸再結晶粒からなり、この等軸再結晶粒の組織中の互いにくっついた形で集合体化している 1 μ m 以下の微細再結晶粒の面積率が 10% 以下であり、1000hrクリープ破断強度が250N/mm2以上および高温耐力が280N/mm2以上であることを特徴とする高速動部品用アルミニウム合金冷間鍛造材。
- 前記アルミニウム合金が更にAg:0.05 〜0.7%を含む請求項1に記載の高速動部品用アルミニウム合金冷間鍛造材。
- 前記アルミニウム合金が更に、Fe:1.5% 以下、Ni:0.8〜2.4%、V:0.05〜0.15% 、Mn:0.05 〜1.5%、Cr:0.15 〜0.30% 、Zr:0.05 〜0.50% 、Sc:0.05 〜1.0%の一種または二種以上を含有する請求項1または2に記載の高速動部品用アルミニウム合金冷間鍛造材。
- 前記等軸再結晶粒の結晶粒径が300 μm 以下である請求項1乃至3のいずれか1項に記載の高速動部品用アルミニウム合金冷間鍛造材。
- 前記θ' 相の平均サイズが 120nm以下であるとともに、θ' 相の析出物間の平均間隔が100 nm以下であり、および/ またはΩ相の平均サイズが100 nm以下であるとともに、Ω相の析出物間の平均間隔が150 nm以下である請求項1乃至4のいずれか1項に記載の高速動部品用アルミニウム合金冷間鍛造材。
- 前記鍛造材が人工時効処理前に冷間加工されたものであって、前記θ' 相の数が5000個/mm3以上である請求項1乃至5のいずれか1項に記載の高速動部品用アルミニウム合金冷間鍛造材。
- 前記高速動部品がアルミニウム合金冷間鍛造材を切削加工して製造するものである請求項1乃至6のいずれか1項に記載の高速動部品用アルミニウム合金冷間鍛造材。
- 前記高速動部品がアルミニウム合金表面に硬質めっきを施すものである請求項1乃至7のいずれか1項に記載の高速動部品用アルミニウム合金冷間鍛造材。
- 前記アルミニウム合金が高速回転部品用である請求項1乃至8のいずれか1項に記載の高速動部品用アルミニウム合金冷間鍛造材。
- 前記アルミニウム合金が回転ローター用または回転インペラー用である請求項9に記載の高温特性に優れたアルミニウム合金冷間鍛造材。
- 前記アルミニウム合金が高速摺動部品用である請求項1乃至8のいずれか1項に記載の高温特性に優れたアルミニウム合金冷間鍛造材。
- 前記アルミニウム合金がピストン用である請求項11に記載の高温特性に優れたアルミニウム合金冷間鍛造材。
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