JP3979022B2 - 質量分析装置および質量分析方法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は溶液中の物質を分析する質量分析計及び液体クロマトグラフなどの液相での分離手段と質量分析計とを結合した装置に関する。
【0002】
【従来の技術】
現在、分析の分野では、溶液中の化学物質の高感度検出法が重要視されている。例えば、環境問題への関心の高まりとともに、水道水に含まれる化学物質に対して規制が年々強化されている。このため、規制や監視の対象となる物質が増加し、各々の物質の基準値も引き下げられる傾向にある。質量分析計(Mass Spectrometer、以下ではMSと略する)は感度も高く物質の同定能力に優れることから、このような溶液中の化学物質の分析に有効である。特に、混合物の分析では、液体クロマトグラフ(Liquid Chromatograph、以下ではLCと略する)やキャピラリー電気泳動(Capillary Electrophoresis、以下ではCEと略する)などの液相での分離手段とMSとを結合した装置が極めて有効であると期待されている。
【0003】
図5により、アナリティカル ケミストリー、62巻、1284頁、1990年(Analytical Chemistry, 62, 1284 (1990))に記載されている従来のイオントラップ質量分析計を説明する。各々の電極に印加される電圧の極性は、分析するイオンの極性に応じて選択される。簡単のため、以下では正イオンを分析する場合を記載する。試料溶液は、送液ポンプ1、配管2を介して金属管3に導入される。金属管3に、対向する電極4に対して数キロボルトの正の電圧を印加すると、試料溶液は金属管3末端から静電噴霧される。噴霧で生成した液滴中には分析対象物質に関連した正イオンが多く含まれる。液滴は大気中を飛翔する間に乾燥するので、ガス状のイオンが生成される。この様にして生成されたイオンは、第一細孔5、排気系6aで排気された差動排気部7、第二細孔8を介して排気系6bで排気された真空部20へと取り込まれる。第一細孔の開口する電極4と第二細孔が開口する電極8との間にはドリフト電圧と呼ばれる電圧が印加される。ドリフト電圧には、イオンを加速して残留しているガス分子と衝突させることによりイオンに付着している溶媒分子を除去する効果と、イオンの第二細孔の透過率を向上させる効果がある。第二細孔の開口する電極8は接地される。イオンを収束させるため、差動排気部7および真空部20には静電レンズ10a、10bが配置されている。イオントラップ質量分析計11は2枚のエンドキャップ12a、12bとリング電極13とから構成される。リング電極13に高周波電圧を印加し、質量分析計内部21にイオン閉じ込めのポテンシャルを形成する。質量分析計内部21は衝突ガスと呼ばれるヘリウムが導入され、1/103torr程度の圧力に保たれている。イオン取り込み口14から入射したイオンは、ヘリウムと衝突してエネルギーを失い、閉じ込めポテンシャルにより質量分析計内に閉じ込められる。一定時間イオンを蓄積した後、リング電極13に印加する高周波電圧を変え、質量分析計内のイオン軌道を不安定化させてイオンをイオン排出口15より排出させる。軌道が不安定となる条件はイオンの分子量を電荷で割った値(以下、m/zと記載する)により異なるため、イオンのm/zに関する情報が得られる。排出されたイオンは検出器16により検出され、検出された信号はデータ処理装置により処理される。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】
従来のイオントラップ質量分析計では、ドリフト電圧を高くするとイオンの検出感度が低下するという問題点があった。ぺプチドなどの極性の高い物質のイオンは、水などの溶媒分子を多数付着させているので、これらの溶媒分子を効果的に除去するには高いドリフト電圧が必要である。従って、従来のイオントラップ質量分析計ではぺプチドなどの高極性物質を高感度で分析できなかった。
【0005】
この原因は次のように考えられる。イオントラップ質量分析計では、イオンを質量分析計内に蓄積する必要性から、質量分析計へ入射するイオンのエネルギーが重要である。入射したイオンは質量分析計内で衝突ガスとの衝突によりエネルギーを失い質量分析計内に蓄積されるが、イオンの入射エネルギーが高過ぎると、衝突ではエネルギーを奪いきれずに質量分析計を通過してしまう。イオンの入射エネルギーは第二細孔の開口する電極の電位とイオン取り込み口の開口するエンドキャップの電位との差で与えられると考えられていたので、従来のイオントラップ質量分析計ではこの電位を共に接地電位とし、差を無くすることによりイオンの入射エネルギーをほぼゼロの状態で質量分析計に入射させていた。しかしながら、実際にはイオンは第二細孔を通過する時点でドリフト電圧によりある程度加速されていると考えられる。差動圧力部の真空度が悪く、イオンは残留しているガス分子と頻繁に衝突するため、第二細孔通過時のエネルギーを正確に求めることは難しいが、イオンの入射エネルギーがドリフト電圧に依存している可能性がある。従って、ドリフト電圧を高くすると、イオンの入射エネルギーが高くなるためイオンの閉じ込め効率が悪くなり、結果として感度が低下してしまう。
【0006】
差動排気部を有する質量分析計において、高極性物質の高感度検出のためには高いドリフト電圧が必要である。本発明の目的は、高いドリフト電圧を使用できるイオントラップ質量分析計を実現し、ひいてはペプチドなどの高極性物質の検出感度を向上させることである。
【0007】
【課題を解決するための手段】
本発明では、第二細孔の開口する電極とイオン取り込み口の開口するエンドキャップとの間にイオンを減速する電位差を設けることにより前記課題を解決する。また、ドリフト電圧を変えた際に、イオン入射エネルギーを一定に保つよう前記電位差を制御することにより、ドリフト電圧を変えた場合でも強いイオン強度が得られる。
【0008】
【発明の実施の形態】
図1は本発明の実施の形態を示す図である。各々の電極に印加される電圧の極性は、分析するイオンの極性に応じて選択される。簡単のため、以下では正イオンを分析する場合を記載する。試料溶液は送液ポンプ、配管を介して外径約0.4mmのステンレス管3に導入される。金属管3には約3.5キロボルトの電圧が印加される。静電噴霧により生成されたイオンは、内径約0.3mmの第一細孔5、排気系で約0.8torrに排気された差動排気部7、内径約0.3mmの第二細孔8を介して排気系で約8×1/106torrに排気された真空部へと取り込まれる。イオンが細孔を介してより圧力の低い領域に引き込まれる際に断熱膨張により冷却されイオンに溶媒分子が付着する、いわゆるクラスタリングを防止するため、第一細孔の開口する電極4と第二細孔の開口する電極9は約100℃に加熱されている。第一細孔の開口する電極4と第二細孔の開口する電極9との間には数十ボルトのドリフト電圧を印加する。ドリフト電圧の影響で加速されたイオンを減速し、低い入射エネルギーで質量分析計に導入するため、第二細孔の開口する電極9にはイオン取り込み口14の開口するエンドキャップ12aよりも低い電圧を印加する。すなわち第二細孔の開口する電極9に印加する電圧をV、イオン取り込み口の開口するエンドキャップ12aに印加する電圧をV’とした場合、V<V’とする。イオントラップ質量分析計ではV’は0ボルトである場合が多い。本実施例に用いた装置でもV’を0Vとしたので、V<0、すなわち第二細孔に開口する電極8に負の電圧を印加する。正のイオンを質量分析計に入射させるにもかかわらず、第二細孔が開口する電極8の電圧よりもイオン取り込み口の開口するエンドキャップの電圧12aを高くすることが本発明の特徴である。VとV’との間の電位差で減速されたイオンは、低い入射エネルギーで質量分析計に入射する。イオンは質量分析計内21で衝突ガスと衝突し、エネルギーを失い閉じ込められる。イオンの入射エネルギーが低いので、イオンの閉じ込め効率が向上する。静電レンズ10cとイオントラップ質量分析計11との間に設けられたゲート電極17は、イオンの入射を制御する役目がある。図2に、リング電極13とゲート電極17に印加される電圧の関係を1スキャン分示す。イオン蓄積時にはゲート電圧を下げてイオンを通過させるが、リング電極13に印加する高周波電圧を変えて質量分析計内部のイオンの質量分析を行うスキャンのタイミングではゲート電圧を上げてイオンのさらなる入射を防止する。本発明により、ドリフト電圧の影響で加速されたイオンを減速してから質量分析計に導入するので、高いドリフト電圧を用いてもイオンを効率よくイオントラップ質量分析計に閉じ込めることが可能となった。従って、ぺプチドなどの高極性物質を高いドリフト電圧の条件で分析でき、検出感度が向上した。
【0009】
エンドキャップには、分解能を向上させる目的や重いイオンを排出させる目的で、直流や交流の電圧が印加される場合がある。また、この電圧はイオン蓄積時とスキャン時とでは異なる場合がある。このような場合、上記のV’はイオン蓄積時にエンドキャップに印加される電圧の直流成分を意味する。
【0010】
図3は本発明の効果を説明するグラフである。静電噴霧法によりぺプチドの一種であるグラミシジンS(分子量1140)のプロトン付加した2価イオン(m/z=571)を生成し、第二細孔の開口する電極の電圧をパラメータとして、イオントラップ質量分析計で観測されるイオン強度とドリフト電圧との関係を調べたものである。分析条件を以下に示す。溶媒は水、メタノール、ギ酸を50:50:0.5の比率で混合したものを用いた。試料濃度は5×1/106mol/l、試料溶液の流量は流量3μl/minとした。静電レンズを構成する電極には、各々−400ボルト、−200ボルト、−400ボルトを印加した。エンドキャップに印加する電圧の直流成分は0ボルトとした。第二細孔が開口する電極の電圧を0ボルト、すなわち、第二細孔が開口する電極とエンドキャップとを同じ電圧に設定した場合、ドリフト電圧10ボルト(すなわち、第一細孔の開口する電極に+10ボルトを印加した場合)でイオン強度が最大になった。一方、第二細孔の開口する電極の電圧を−5ボルトに設定した場合はドリフト電圧20ボルト(すなわち、第一細孔の開口する電極に+15ボルトを印加した場合)、また、第二細孔の開口する電極の電圧を−10ボルトに設定した場合はドリフト電圧30ボルト(すなわち、第一細孔の開口する電極に+20ボルトを印加した場合)でイオン強度が最大となったが、これらの条件で得られたイオン強度は第二細孔が開口する電極の電圧を0ボルトとした場合に得られたイオン強度の約2倍である。このように、ぺプチドの正イオンの検出において、第二細孔の開口する電極に負の電圧を印加することによりイオン強度が増加することが確認された。
【0011】
最適なドリフト電圧は、差動排気部の真空度などの装置パラメータや試料により異なる。本発明の装置でグラミシジンSを分析する場合、20ボルトから30ボルト程度のドリフト電圧が適している。しかし、図3から明らかなように、従来の方法では20ボルトから30ボルトというドリフト電圧では、イオン強度が減少し高感度分析が困難であった。
【0012】
分析対象とする試料物質に応じてドリフト電圧の最適値を探さなければならないが、イオンのエネルギーがドリフト電圧に応じて変わるので、ドリフト電圧を最適化する場合には第二細孔の開口する電極に印加する電圧も検討しなければならない。本実施例で使用した装置では、ドリフト電圧をΔVd変化させた場合、第二細孔の開口する電極に印加する電圧をおよそ(−(ΔVd/2))変化させるとイオン強度が強く得られる。例えば、ドリフト電圧を10ボルト増加させた場合には、第二細孔が開口する電極の電圧をおよそ5ボルト低くするとよい。このように、ドリフト電圧の変化量に係数(本実施例の場合(−1/2))を掛けた分を同時に変化させる様に制御すれば、ドリフト電圧の最適化を簡便に行うことができる。本実施例で用いた装置の場合、より具体的に表せば、第一細孔の開口する電極に印加する電圧の増加分、第2細孔の開口する電極に印加する電圧を下げればよい。
【0013】
負イオンを分析する場合、上記に示した正イオンを分析する場合とは電圧の関係が逆になることは言うまでもない。この場合、第二細孔の開口する電極にはイオン取り込み口の開口するエンドキャップよりも高い電圧を印加する。すなわち第二細孔の開口する電極に印加する電圧をV、イオン取り込み口の開口するエンドキャップに印加する電圧をV’とした場合、V>V’とすることで質量分析計へのイオンの入射エネルギーを低くし、イオンの閉じ込め効率を向上させることができる。
【0014】
図4は、LCとMSとを結合した装置(以下では、LC/MSと記載する)において本発明を実施した形態を示す。LC70は移動相溶液槽71、送液ポンプ72、試料導入器73、分離カラム74及び各々を接続する配管75で構成されている。ポンプは一定流量で移動相を送液する。試料は、試料導入器73から導入され、移動相とともに分離カラム74に送られる。分離カラム74内には充填剤が充填されている。試料は充填剤との相互作用により各々の成分別に分離される。分離された試料はイオン源に送られガス状のイオンに変換される。このようにして生成したイオンは、図1に示した方法と同様に分析される。本発明により、混合物のLC/MS分析でも従来に比べて高い感度が達成できる。
【0015】
本発明は、CEなどの他の分離手段とMSとを結合した装置でも同様に有効である。
【0016】
本発明は、図1や図4で示したような、大気圧下でイオンを生成する大気圧イオン化質量分析計において特に有効である。従って、本明細書に詳しく記載した静電噴霧法だけではなく、大気圧下での化学反応を利用した大気圧化学イオン化法、高速ガス流を用いたソニックスプレー法、溶液を加熱噴霧する大気圧スプレー法などのイオン化法を用いることができる。
【0017】
【発明の効果】
本発明によれば、高いドリフト電圧を用いてもイオンを効率よくイオントラップ質量分析計に蓄積することができる。従って、高極性物質の分析に対して高いドリフト電圧を使用でき、その結果ぺプチドなどの高極性物質の検出感度が向上した。
【図面の簡単な説明】
【図1】 本発明の一実施例である、第二細孔の開口する電極とイオン取り込み口の開口するエンドキャップとの間にイオンを減速する電位差を設ける質量分析計の構成を示す図である。
【図2】 リング電極とゲート電極に印加される電圧の時間的な関係を1スキャン分示す図である。
【図3】 本発明の効果を説明するためのグラフである。
【図4】本発明を液体クロマトグラフ・質量分析計結合装置において本発明を実施する形態を示す構成図である。
【図5】従来のイオントラップ質量分析計の構成を示す図である。
【符号の説明】
1……送液ポンプ、2…配管、3…金属管、4…第一細孔の開口する電極、5…第一細孔、6a、6b…排気系、7…差動排気部、8…第二細孔、9…第二細孔の開口する電極、10a、10b、10c…静電レンズ、11…イオントラップ質量分析計、12a、12b…エンドキャップ、13…リング電極、14…イオン取り込み口、15…イオン排出口、16…検出器、17…ゲート電極、20…真空部、21…質量分析計内部、50、51、52、53、54、55、56、57、58、59…電源、70…液体クロマトグラフ、71…移動相溶液槽、72…ポンプ、73…試料導入器、74…分離カラム、75…配管、76…コネクタ、80…イオン源、101、102、103、104、105、106、107、108…静電レンズを構成する電極。
Claims (4)
- 大気圧領域に配置され試料をイオン化するイオン源と、
真空領域に配置され一対のエンドキャップ電極とリング電極とで構成されるイオントラップ部を備えたイオントラップ質量分析計と、
前記大気圧領域と前記真空領域との間に配置された差動排気部と、
前記大気圧領域と前記差動排気部との間に配置され前記イオン源からのイオンを前記差動排気部に導入する第一細孔を有する第1の電極と、
前記差動排気部と前記真空領域との間に配置され前記差動排気部からのイオンを前記真空領域に導入する第二細孔を有する第2の電極と、
前記第1の電極と前記第2の電極との間にドリフト電圧を印加する電源と、
前記第2の電極と前記エンドキャップ電極との間に電位差を設定する電源とを有し、
前記第二細孔から導入されるイオンを前記イオントラップ部に閉じ込めるイオン蓄積時に前記第2の電極に電圧を印加することで質量分析計から検出されるイオン強度を調節することを特徴とする質量分析装置。 - 前記ドリフト電圧に対応して前記第2の電極に印加する電圧が設定されて、前記真空領域内の前記電位差が設定されることを特徴とする請求項1に記載の質量分析装置。
- 大気圧領域に配置され試料をイオン化するイオン源と、
真空領域に配置され一対のエンドキャップ電極とリング電極とで構成されるイオントラップ部を備えたイオントラップ質量分析計と、
前記大気圧領域と前記真空領域との間に配置された差動排気部と、
前記大気圧領域と前記差動排気部との間に配置され前記イオン源からのイオンを前記差動排気部に導入する第一細孔を有する第1の電極と、
前記差動排気部と前記真空領域との間に配置され前記差動排気部からのイオンを前記真空領域に導入する第二細孔を有する第2の電極と、
前記第1の電極と前記第2の電極との間にドリフト電圧を印加する電源と、
前記第2の電極と前記エンドキャップ電極との間に電位差を設定する電源とを有する質量分析装置を用い、
前記第二細孔から導入されるイオンを前記イオントラップ部に閉じ込めるイオン蓄積時に前記第2の電極に電圧を印加することで質量分析計から検出されるイオン強度を調節することを特徴とする質量分析方法。 - 前記ドリフト電圧に対応して前記第2の電極に印加する電圧が設定されて、前記真空領域内の前記電位差が設定されることを特徴とする請求項3に記載の質量分析方法。
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