JP3942718B2 - 酒類、食品の製造方法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、特定の酵素活性が低減又は消失した酵母を用いることを特徴とする酒類、食品の製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
一般に実用酵母を用いて製造される酒類、食品(清酒、ワイン、紹興酒、ビール、醤油、味噌又はパン等)に含有される有機酸の組成は、使用する微生物(酵母、麹菌、乳酸菌等)及び原材料の影響が大きくこれらに依存している。その微生物の中で酵母が有機酸生成に関し、重要な役割をしている。
清酒の場合、清酒中の有機酸含量は乳酸、リンゴ酸及びコハク酸が大部分を占め、酵母は主にリンゴ酸及びコハク酸を代謝産物として生成することが知られている。
【0003】
酵母を用いて清酒中の有機酸組成を変化させた例として以下の方法が報告されている。
エチルメタンスルホン酸(EMS)、紫外線処理等の変異処理により薬剤耐性株又は感受性株を取得し清酒中の有機酸組成を変化させる方法(特開平6−121670号公報、特開平3−175975号公報、及び日本醸造協会誌、第88巻、第645〜647頁、1993年)がある。該方法にはリンゴ酸を多量に含む清酒を製造する方法が記載されている。
【0004】
遺伝子レベルで酵母を改良し清酒中の有機酸組成変化を行っている例としては以下の報告がなされている。
クエン酸回路中のフマラーゼ遺伝子を破壊した結果、親株と比較して生成するコハク酸が減少し、フマル酸が増加したという報告〔ジャーナル・オブ・ファーメンテーション・アンド・バイオエンジニアリング(Journal of Fermentation and Bioengineering) 、第80巻、第355〜361頁、1995年〕がある。
また、フマラーゼ遺伝子及び/又はコハク酸デヒドロゲナーゼ遺伝子を破壊し、有機酸組成への影響を報告している例(平成9年度農芸化学会大会講演要旨集、p346、4Ya7)もある。
クエン酸回路以外の酵素でUra3(ウラシル合成酵素遺伝子)を破壊した結果、親株と比較してコハク酸及びリンゴ酸が増加したという報告(特公平7−114689号公報)がある。
以上の報告はすべてコハク酸、フマル酸又はリンゴ酸の増減に関するものであり、これらのほかには遺伝子レベルで遺伝子を破壊又は増幅することにより有機酸組成を変化させる方法はなかった。
【0005】
イソクエン酸デヒドロゲナーゼの遺伝子レベルでの酵母の改良を行っている例としては以下の報告がなされている。
紫外線変異処理法を用い、酢酸培地にて選択することによりイソクエン酸デヒドロゲナーゼ活性(NAD特異的)が消失した酵母を取得した報告〔ジャーナル・オブ・バクテリオロジー(Journal of Bacteriology)、第172巻、第4280〜4287頁、1990年〕がある。
また、イソクエン酸デヒドロゲナーゼのIDH1、IDH2、IDP1遺伝子の塩基配列はそれぞれ公知の配列であり、IDH1、IDH2、IDP1の遺伝子破壊の酵母は取得されている。各々、下記文献に記載されている。IDH1〔ジャーナル・オブ・バイオロジカル・ケミストリー(The Journal of Biological Chemistry)、第267巻、第16417〜16423頁、1992年〕、IDH2(ジャーナル・オブ・バイオロジカル・ケミストリー、第266巻、第22199〜22205頁、1991年)、IDP1(ジャーナル・オブ・バイオロジカル・ケミストリー、第266巻、第2339〜2345頁、1991年)。
しかしながら、上記遺伝子破壊酵母は生化学実験に主に供されている酵母を用いており、すべて酵素又は遺伝子の細胞内での生理的役割を解明する目的のための手段として作製されたものである。酒類、食品の有機酸組成を変化させるために、酒類、食品の製造に適するよう改良し、嗜好に適した有機酸含量が増加し及び嗜好に不適な有機酸含量が減少した酵母の取得並びにその酵母を用いた酒類、食品の製造は知られていない。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】
現在、前記のような方法で有機酸組成を変化させようとしているが、イソクエン酸デヒドロゲナーゼ活性が低減又は消失した酵母を用いて、従来にない有機酸組成を持つ酒類、食品の製造方法を開発していくことが課題として残されている。
本発明の目的は、特定の酵素活性が低減又は消失した酵母を用いて製造される従来にない有機酸組成の酒類、食品の製造方法を提供することにある。
【0007】
【課題を解決するための手段】
本発明を概説すれば、本発明はNAD特異的イソクエン酸デヒドロゲナーゼ活性が低減又は消失したサッカロミセス属に属する酵母を用いることを特徴とする酒類、食品の製造方法に関する。
【0008】
本発明者らは、酵母を遺伝子レベルで操作することにより、酒類、食品(清酒、ワイン、紹興酒、ビール、醤油、味噌又はパン等)の有機酸組成を変化させようとした。
イソクエン酸デヒドロゲナーゼは、補酵素の種類により2種類〔NAD特異的:IDH1、IDH2(IDH1、IDH2はサブユニット構造を形成する)、NADP特異的:IDP1(IDP1はダイマー構造を形成する)〕が存在する。
本発明者らは、イソクエン酸デヒドロゲナーゼ活性が低減又は消失した酵母を取得し、この株を用いて清酒小仕込み試験を行った結果、有機酸組成が変化することを見出した。すなわち、酵母では元来調節不可能であったクエン酸が増加すると同時に、コハク酸が減少することを見出し、本発明を完成した。
【0009】
【発明の実施の形態】
以下、本発明を具体的に説明する。
使用する酵母は特に限定はなく酒類、食品に用いられる実用酵母であればよく例えば清酒酵母、ワイン酵母、ビール酵母、醤油酵母又はパン酵母等が挙げられサッカロミセス(Saccharomyces)属、チゴサッカロミセス(Zygosaccharomyces)属等がありサッカロミセス属が香味の点から好ましい。
【0010】
本発明においては一倍体、二倍体の実用酵母を使用することができ、例えば二倍体実用酵母から一倍体実用酵母を作製してもよい。
二倍体株からの一倍体株の取得方法は、特に限定はなく常法に従って行えばよい。例えば特開平5−317035号公報に記載されている製造方法にて取得した株、すなわち、日本醸造協会701号(以下、K−701と略記する)を麹汁培地にて胞子形成させた後、アルコール処理にて胞子を分離し、色素培地にて一倍体を選別するという方法を用いて取得したα型の一倍体株α41(以下、α41と略記する)又はa型の一倍体株a10(以下、a10と略記する)を用いてもよい。
【0011】
本発明におけるイソクエン酸デヒドロゲナーゼ活性が低減又は消失した酵母を取得する方法としては、特に限定はなく遺伝子破壊法、変異処理法でもよい。変異処理としては酵母に公知の変異誘導法、例えば、変異誘発の物理的手段としては、紫外線照射、放射線照射等があり、化学的手段としては、エチルメタンスルホン酸、N−メチル−N′−ニトロソグアニジン等の変異剤を接触させる方法を適宜用いることにより行えばよい。イソクエン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子が特異的に破壊された株を得るには遺伝子工学的手法の遺伝子破壊法を用いるのが好ましい。目的とする有機酸の生成酵母の選択方法は、通常用いられる方法でよく、特に限定はない。
酵母での遺伝子破壊の方法は、3通りの方法、すなわち化学と生物、第31巻、No.8、第524〜530頁、1993年記載のA:破壊しようとする遺伝子の翻訳領域のN末端とC末端を欠失させた遺伝子と選択マーカー遺伝子からなるプラスミドを使用する方法、B:翻訳領域の真中に選択マーカー遺伝子を導入することにより目的遺伝子を破壊する方法、C:N末端とC末端の方向を逆にもつ破壊用プラスミドにより破壊する方法が存在するが、いずれの方法においても目的とする遺伝子破壊株は得られる。なお、酵母育種用の選択マーカーとしては酵母由来の選択マーカーが好適であり、該選択マーカーとしては本発明で使用したオーレオバシジンA耐性遺伝子が挙げられる。この選択マーカーはオーレオバシジンA耐性酵母形質転換システム〔宝酒造(株)製〕として市販されており、該システムを使用することにより簡便に目的酵母の形質転換を行うことができる。
【0012】
通常、清酒、ワイン、紹興酒、ビール等の実用酵母においては二倍体あるいは、それ以上の高次倍数体である。
【0013】
二倍体の遺伝子破壊株の取得方法としては、以下の3つの方法がある。
(1)マーカー遺伝子(本発明で用いたオーレオバシジンA耐性遺伝子等)を含む破壊用プラスミドを用いて、一回の形質転換で染色体の二本両方共破壊された株を取得する方法。この方法は形質転換後、選択培地にて大きなコロニーを選択することで染色体の二本両方共破壊された株が取得可能である。
(2)異なったマーカー遺伝子を含む二種類の破壊用プラスミドを用いて、一本ずつ染色体を破壊する方法。まず最初に、あるマーカー遺伝子(例えばオーレオバシジンA耐性遺伝子等)を含む破壊用プラスミドで一本の染色体を破壊後、次に別のマーカー遺伝子(例えばセルレニン耐性遺伝子、G418耐性遺伝子等)を含む破壊用プラスミドを用いて残りの染色体を破壊する方法である。
(3)一倍体(a型及びα型)の遺伝子破壊株を各々取得後、交雑を用い二倍体株にする方法。この方法は異なったマーカー遺伝子を含む二種類の破壊用プラスミドを用いてa型及びα型を各々破壊後、その破壊株を交雑し、二種類の選択培地にて順次二倍体株を取得する方法である。この場合、マーカー遺伝子を含む一種類の破壊用プラスミドを用いて各一倍体株(a型及びα型)を破壊後、交雑を行い、一種類の選択培地で二倍体株を取得することも可能である。
【0014】
本発明で破壊したイソクエン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子(IDH1、IDH2)破壊株の効果は、この酵素だけに限定されず、同じイソクエン酸デヒドロゲナーゼのアイソザイムであるIDP1遺伝子を破壊しても同様の効果が得られる。
【0015】
以下にその取得方法の1例を示す。
(遺伝子破壊によるIDH1遺伝子破壊株の取得)
遺伝子破壊用プラスミド(pIDH1)(図1)はオーレオバシジンA耐性酵母形質転換システム〔Aureobasidin A (Code No.9000) 、pAUR101 DNA (Code No.3600) :宝酒造(株)製〕を使用し、以下のように作製した。なお、図1は遺伝子破壊用プラスミド(pIDH1)の構造を示す図である。
K−701の染色体DNAを精製後、これを鋳型として配列表の配列番号1、配列番号2でそれぞれ表される30残基のプライマー(5′末端リン酸化)を用いてPCRにてIDH1遺伝子部分配列〔−47番目から795番目(既述のジャーナル・オブ・バイオロジカル・ケミストリー、第267巻、第16417〜16423頁、1992年の記載による)〕842残基を増幅した。PCR増幅IDH1遺伝子部分配列842残基をPvuI処理後、末端平滑化処理、電気泳動にて精製し625残基のPCR増幅DNA断片を得た。このPCR増幅DNA断片とSmaI消化、脱リン酸化したプラスミドpAUR101〔宝酒造(株)製〕とをリガーゼにて連結した。
得られた遺伝子破壊用プラスミド(pIDH1)の挿入遺伝子の塩基配列確認は、DNAシークエンサーにて行った。
pIDH1をAflIIで切断直線化後、K−701由来の一倍体株(α41)を酢酸リチウム法にて形質転換し、0.5μg/mlのオーレオバシジンA〔宝酒造(株)製〕含有YPD培地にて選択し、IDH1遺伝子破壊株1α−1(以下、1α−1と略記する)を取得した。遺伝子破壊の確認は、サザン解析及び酵素活性を測定することにより行った。
【0016】
(遺伝子破壊によるIDH2遺伝子破壊株の取得)
遺伝子破壊用プラスミド(pIDH2)(図2)は以下のように作製した。なお、図2は遺伝子破壊用プラスミド(pIDH2)の構造を示す図である。
pIDH1作製時と同様にK−701の染色体DNAを精製後、これを鋳型として配列表の配列番号3、配列番号4でそれぞれ表される30残基のプライマー(5′末端リン酸化)を用いてPCRにてIDH2遺伝子部分配列〔304番目から850番目(既述のジャーナル・オブ・バイオロジカル・ケミストリー、第266巻、第22199〜22205頁、1991年の記載による)〕547残基を増幅した。PCR増幅IDH2遺伝子部分配列547残基をBglII処理後、末端平滑処理、電気泳動にて精製し516残基のPCR増幅DNA断片を得た。このPCR増幅DNA断片とSmaI消化、脱リン酸化したpAUR101〔宝酒造(株)製〕とをリガーゼにて連結した。
得られた遺伝子破壊用プラスミド(pIDH2)の挿入遺伝子の塩基配列の確認は、DNAシークエンサーにて行った。
pIDH2をFbaIで切断直線化後、K−701由来の一倍体株(α41)を酢酸リチウム法にて形質転換し、0.5μg/mlのオーレオバシジンA含有YPD培地にて選択しIDH2遺伝子破壊株2α−10(以下、2α−10と略記する)を取得した。遺伝子破壊の確認は、サザン解析及び酵素活性を測定することにより行った。
【0017】
(サザン解析)
遺伝子破壊株の染色体DNAを精製後、HpaI(HpaIは、pIDH1、pIDH2に切断部位を持たない)消化し電気泳動にて分離、ナイロンメンブレンにブロッティングした。PCR増幅DNAを鋳型としてRandom Primer Labeling Kit〔宝酒造(株)製〕を用いて32P標識したプローブを作製後、ハイブリダイゼーション、洗浄、フィルムへの感光、現像を行った。1α−1のIDH1遺伝子破壊及び2α−10のIDH2遺伝子破壊のサザン解析の結果のパターンを各々図3と図4に写真で示した。横はlane(レーン)、縦は分子量の大きさを意味する。
図3に示すようにlane1のK701、lane2のα41では約10kbpのIDH1遺伝子のバンドが検出された。lane3の1α−1では約10kbpのIDH1遺伝子のバンドが検出されず、IDH1遺伝子内にオーレオバシジンA耐性遺伝子が挿入されたことを示す約17kbpのバンドが検出された。
また、図4に示すようにlane1のK701、lane2のα41では約8kbpのIDH2遺伝子のバンドが検出された。lane3の2α−10では約8kbpのIDH2遺伝子のバンドが検出されず、IDH2遺伝子内にオーレオバシジンA耐性遺伝子が挿入されたことを示す約15kbpのバンドが検出された。
【0018】
(酵素活性)
ダニエル(Daniel) ら(ジャーナル オブ バクテリオロジー、第172巻、第4280〜4287頁、1990年)の方法に従い行った。
酵母をYPD溶液50mlで30℃にて19時間振とう培養した。遠心分離で集菌した後、蒸留水、緩衝液A(組成は後述する)で洗浄した。洗浄菌体を緩衝液A 1ml、0.5gのガラスを加えホモジナイザーで粉砕(5分)した。粉砕溶液を遠心分離(10,000rpm、10分、4℃)した後、上清を酵素抽出液として活性測定に供した。
酵素活性は、酵素活性測定用緩衝液〔10倍(組成は後述する)〕0.3ml、蒸留水2.4mlに酵素抽出液0.3mlを加え、25℃でのNADHの増加をOD340nmで追跡することにより測定した。コントロールとして酵素活性測定用緩衝液(10倍)から基質のイソクエン酸がない緩衝液を作製しNADH増加分を上記測定値から差し引いた。蛋白定量は、プロテイン アッセイ キット(バイオラッド社製)を用いて行った。
【0019】
酵素活性を測定した結果、IDH1遺伝子破壊株(1α−1)及びIDH2遺伝子破壊株(2α−10)のNAD特異的イソクエン酸デヒドロゲナーゼ活性(IDH1、IDH2はサブユニット構造を形成する)は消失していた。
【0020】
緩衝液A:5mM リン酸緩衝液(pH7.6)、0.5mM クエン酸ナトリウム、10mM β−メルカプトエタノール及び2mM PMSF 酵素活性測定用緩衝液(10倍):400mM トリス−塩酸(pH7.6)、40mMMgCl2 、25mM DL−イソクエン酸三ナトリウム及び2.5mM NAD+
【0021】
上記のように、本発明に用いられる菌株(1α−1、2α−10)は、K−701由来の一倍体(α41)遺伝子破壊株であるが、それらの菌学的性質を以下に示す。
(菌学的性質)
1.形態学的性質
YPD培地で30℃、2日間培養した後、顕微鏡で観察した。
a)形:球形
b)大きさ:長さ4.0〜5.6μm
2.胞子形成:無し
胞子形成用培地(酢酸カリウム2w/v%、グルコース0.05w/v%及び寒天2w/v%)で30℃、5日間培養した後、顕微鏡で観察した。
3.増殖の形態:出芽
4.生化学的観察
a)糖の発酵性
ウイッカーハムの炭素化合物同化試験用培地(ディフコ社製)をダーラム管入り試験管に分注して、当該2菌株を接種し、30℃で7日間培養して、その炭酸ガス発生の有無を観察した。
グルコース (+) ガラクトース(+)
スクロース (+) マルトース (+)
ラクトース (−) メリビオース(−)
ラフィノース(+)
b)糖の資化性
ウイッカーハムの炭素化合物同化試験用培地(ディフコ社製)を用いて、オキザノグラフ法にて、30℃、14日間後の生育を観察した。
グルコース (+) ガラクトース(+)
スクロース (+) マルトース (+)
ラクトース (−)
c)硝酸塩の同化性:(−)
硝酸塩は硝酸カリウムとし、ウイッカーハムの炭素化合物同化試験用培地(ディフコ社製)を用いてオキザノグラフ法により生育を観察した。
d)TTC染色性:赤
e)β−アラニン培地、35℃、3日間培養での生育:(−)
5.高泡の形成
清酒の小仕込を行ったところ、いずれの遺伝子破壊株も高泡の形成は観察されなかった。
6.交雑
K−701由来の一倍体株(a型)と当該2菌株は交雑した。
7.オーレオバシジンAに対する耐性
オーレオバシジンA(0.5μg/ml)を含むYPD培地を用いて、30℃で2日間培養した結果、α41は生育しなかったが、当該2菌株は生育した。
以上、形態学的、生化学的結果は、本発明に用いられる酵母2菌株がサッカロミセス・セレビシエに属する酵母であることを示すものである。また、β−アラニン培地、35℃での生育が陰性、かつ清酒の小仕込試験において高泡の形成も認められず、更に一倍体株(a型)と交雑することから、当該2菌株はK−701株由来の一倍体株(α型)であることを示すものである。
【0022】
かくして、これらのα41株のIDH1又はIDH2を遺伝子破壊した株が得られ、これらの株を用いることにより親株と比較し従来にない有機酸組成の酒類、食品例えば清酒が得られることが判明した。
【0023】
K701由来の一倍体株であるα41、α41のIDH1遺伝子を破壊した株1α−1及びα−41のIDH2遺伝子を破壊した株2α−10は、それぞれSaccharomyces cerevisiaeα41、Saccharomyces cerevisiae1α−1、 Saccharomyces cerevisiae 2α−10と命名、表示され、工業技術院生命工学工業技術研究所に、各々FERM P−16290、FERM P−16291、及びFERM P−16292として寄託されている。
【0024】
以下に二倍体株の取得方法の1例を示す。
〔遺伝子破壊によるa型(一倍体)のIDH1遺伝子破壊株の取得〕
1α−1取得時と同様の方法で、IDH1遺伝子破壊用プラスミド(pIDH1)を用いて、K−701由来の一倍体a10を形質転換し、IDH1遺伝子破壊株1a−1(以下、1a−1と略記する)を取得した。
【0025】
〔遺伝子破壊によるa型(一倍体)のIDH2遺伝子破壊株の取得〕
2α−10取得時と同様の方法で、IDH2遺伝子破壊用プラスミド(pIDH2)を用いてK−701由来の一倍体a10を形質転換し、IDH2遺伝子破壊株2a−1(以下、2a−1と略記する)を取得した。
【0026】
〔交雑組合せ〕
前記の方法で取得した一倍体の各遺伝子破壊株で交雑を行った。
二倍体のIDH1遺伝子破壊株を取得するために、a型(一倍体)のIDH1遺伝子破壊株1a−1とα型(一倍体)のIDH1遺伝子破壊株1α−1の組合せで交雑を行った。
二倍体のIDH2遺伝子破壊株を取得するために、a型(一倍体)のIDH2遺伝子破壊株2a−1とα型(一倍体)のIDH2遺伝子破壊株2α−10の組合せで交雑を行った。
【0027】
(交雑方法)
一倍体株をYPD液体培地にて一夜、30℃にて振とう培養後、各15μ1をYPD平板培地上、十字に植菌し2日間、30℃にて静置培養した。交雑個所を採取し水に懸濁後、YPD平板培地あるいはオーレオバシジンA含有YPD平板培地に植菌し2日間、30℃にて静置培養を行い、大きいコロニーを形成する株を選択した。選択した株の二倍体の確認は顕微鏡観察にて行い、遺伝子破壊の確認はサザン解析にて行った。
【0028】
(サザン解析)
a型(一倍体)のIDH1遺伝子破壊株1a−1とα型(一倍体)のIDH1遺伝子破壊株1α−1の交雑株No.7(以下、No.7と略記する)、及びa型(一倍体)のIDH2遺伝子破壊株2a−1とα型(一倍体)のIDH2遺伝子破壊株2α−10の交雑株No.49(以下、No.49と略記する)の染色体DNAを精製後、HpaI(HpaIは、pIDH1,pIDH2に切断部位を持たない)消化し電気泳動にて分離、ナイロンメンブレンにブロッティングした。PCR増幅DNAを鋳型としてRandom Primer Labeling Kit〔宝酒造(株)製〕を用いて32P標識したプローブを作製後、ハイブリダイゼーション、洗浄、フィルムへの感光、現像を行った。No.7のIDH1遺伝子破壊、及びNo.49のIDH2遺伝子破壊のサザン解析の結果のパターンを各々図5と図6に写真で示した。横はlane(レーン)、縦は分子量の大きさを意味する。
図5に示すようにlane1のK701は約10kbpのIDH1遺伝子のバンドが検出された。lane2のNo.7は約10kbpのIDH1遺伝子のバンドが検出されず、IDH1遺伝子内にオーレオバシジンA耐性遺伝子が挿入されたことを示す約17kbpのバンドが検出された。
また、図6に示すようにlane1のK701では約8kbpのIDH2遺伝子のバンドが検出された。lane2のNo.49では約8kbpのIDH2遺伝子のバンドが検出されず、IDH2遺伝子内にオーレオバシジンA耐性遺伝子が挿入されたことを示す約15kbpのバンドが検出された。
【0029】
かくして本発明者らは、a型(一倍体)のIDH1遺伝子破壊株1a−1とα型(一倍体)のIDH1遺伝子破壊株1α−1の交雑株No.7、及びa型(一倍体)のIDH2遺伝子破壊株2a−1とα型(一倍体)のIDH2遺伝子破壊株2α−10の交雑株No.49を取得した。
【0030】
本発明に用いられる菌株(No.7、No.49)はK−701由来の一倍体(a10、α41)遺伝子破壊株の交雑株であるが、それらの菌学的性質を以下に示す。
(菌学的性質)
1.形態学的性質
YPD培地で30℃、2日間培養した後、顕微鏡で観察した。
a)形:卵円形
b)大きさ:長さ4.8〜7.5μm 幅4.0〜5.7μm
2.胞子形成:有り
胞子形成用培地(酢酸カリウム2w/v%、グルコース0.05w/v%及び寒天2w/v%)で30℃、5日間培養した後、顕微鏡で観察した。
3.増殖の形態:出芽
4.生化学的観察
a)糖の発酵性
ウイッカーハムの炭素化合物同化試験用培地(ディフコ社製)をダーラム管入り試験管に分注して当該2菌株を接種し、30℃で7日間培養してその炭酸ガス発生の有無を観察した。
グルコース (+) ガラクトース(+)
スクロース (+) マルトース (+)
ラクトース (−) メリビオース(−)
ラフィノース(+)
b)糖の資化性
ウイッカーハムの炭素化合物同化試験用培地(ディフコ社製)を用いて、オキザノグラフ法にて、30℃、14日間後の生育を観察した。
グルコース (+) ガラクトース(+)
スクロース (+) マルトース (+)
ラクトース (−)
c)硝酸塩の同化性:(−)
硝酸塩は硝酸カリウムとし、ウイッカーハムの炭素化合物同化試験用培地(ディフコ社製)を用いてオキザノグラフ法により生育を観察した。
d)TTC染色性:赤
e)β−アラニン培地、35℃、3日間培養での生育:(−)
5.高泡の形成
清酒の小仕込を行ったところ、いずれの遺伝子破壊株も高泡の形成は観察されなかった。
6.オーレオバシジンAに対する耐性
オーレオバシジンA(0.5μg/ml)を含むYPD培地を用いて、30℃で2日間培養した結果、K701、a10、α41は生育しなかったが、当該2菌株は生育した。
以上、形態学的、生化学的結果は、本発明に用いられる酵母2菌株がサッカロミセス・セレビシエに属する酵母であることを示すものである。また、β−アラニン培地、35℃での生育が陰性、かつ清酒の小仕込試験において高泡の形成も認められないことから当該2菌株は、K−701株の交雑株であることを示すものである。
【0031】
かくして、本発明によりIDH1又はIDH2を遺伝子破壊した二倍体株が得られ、この株を用いることにより親株と比較し従来にない有機酸組成の酒類、食品例えば清酒が得られることが判明した。
【0032】
K701由来の交雑株であるIDH1遺伝子を破壊した株No.7及びIDH2遺伝子を破壊した株No.49は、それぞれSaccharomyces cerevisiaeNo.7、Saccharomyces cerevisiaeNo.49と命名、表示され、工業技術院生命工学工業技術研究所に、各々FERM P−16567、FERM P−16568として寄託されている。
【0033】
本発明でいうイソクエン酸デヒドロゲナーゼの低減又は消失とは、イソクエン酸デヒドロゲナーゼが、IDH1、又はIDH2遺伝子起源の酵素よりなるが、消失とは、一つ以上の酵素活性が完全に失活していることをいう。低減とは、一つ以上の酵素活性が弱くなることをいう。
【0034】
本発明の酒類とは、清酒、ワイン、紹興酒又はビール等があり、食品とは醤油、味噌又はパン等がある。
清酒、ワイン、紹興酒の製造は原料処理、仕込、糖化及び発酵、熟成、上槽及び精製工程からなる。蒸留酒の製造は原料処理、仕込、糖化及び発酵(糖化、発酵)、蒸留及び熟成工程からなる。醤油の製造は原料処理、仕込、発酵、上槽、精製工程からなる。味噌の製造は原料処理、仕込、発酵工程からなる。ここでいう原料処理は製麹工程も含む。
【0035】
本発明の酒類、食品の製造方法は、これらのイソクエン酸デヒドロゲナーゼ活性が低減又は消失した酵母を用いることを特徴とし、製造方法は特に限定されるものではない。
【0036】
【実施例】
次に、本発明の酒類、食品製造の実施例を挙げて、本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されない。
【0037】
実施例1
IDH1遺伝子を破壊した株1株(1α−1)及びIDH2遺伝子を破壊した株1株(2α−10)を用いて麹汁発酵試験を行った。
麹汁培地は、精米歩合75w/w%の麹米に蒸留水を加え55℃、一夜自己消化し、ブリックス度10.0に調製したものを使用した。酵母は、3ml中に6×108 個含むものを添加した。発酵は、15℃一定で行い、留後15日目で上槽した。対照株として親株のα41及びpAUR101をBstPIで切断後α41を形質転換した株pα−1(以下、pα−1と略記する)を用いた。有機酸組成分析は、イオン排除クロマトグラフィーを利用した島津高速液体クロマトグラフの有機酸分析システムにて行った。上槽液の分析結果を表1に示す。
【0038】
【表1】
【0039】
この結果、IDH1遺伝子破壊株(1α−1)及びIDH2遺伝子破壊株(2α−10)は親株と比較し、嗜好に適したクエン酸、リンゴ酸含量が増加し、及び嗜好に適さぬコハク酸含量が減少し、爽やかな味となり官能的にも良好な結果となった。
【0040】
実施例2
IDH1遺伝子を破壊した株1株(1α−1)及びIDH2遺伝子を破壊した株1株(2α−10)を用いて、表2に示す仕込配合で清酒の製造を行った。
【0041】
【表2】
【0042】
掛米は精米歩合77w/w%のα化米〔セブンライス工業(株)製〕を使用した。麹は、精米歩合75w/w%の白米を用いて製造した。酵母は5ml中に1×109 個含むものを添加した。発酵は、15℃一定で行い、留後15日目で上槽した。対照株としてα41及びpα−1を用いた。上槽液の分析結果を表3に示す。
【0043】
【表3】
【0044】
官能検査は3点法(1:良、2:普通、3:悪)で行い、パネラー10名の平均値で表した。
【0045】
この結果、IDH1遺伝子を破壊した株(1α−1)及びIDH2遺伝子を破壊した株(2α−10)は、α41株と違う有機酸組成を示した。すなわち、嗜好に適したクエン酸、リンゴ酸含量が増加し、及び嗜好に適さぬコハク酸含量が減少した。本発明において、イソクエン酸デヒドロゲナーゼを破壊した酵母を用いた上槽清酒は、親株と比較し、爽やかな酸味を示し、バランスも優れており官能的にも良好な結果を示した。
【0046】
実施例3
通常のパンを調製するに当り当該遺伝子破壊株1α−1又は2α−10をそれぞれシクロデキストリンに充分含有させ、各々をパンのドウ当り1.0%〜2.0%添加した。また親株のα41も同時に調製した。常法に従い発酵させ焙焼した。得られたパンについて官能検査を行った結果、当該遺伝子破壊株で作製したパンは、親株のα41で作製したパンに比べ、爽やかな酸味を示し従来にない優れた味覚に改良されたことが認められた。
【0047】
実施例4
1a−1と1α−1との交雑株であるNo.7及び2a−1と2α−10との交雑株であるNo.49を用いて実施例2に従い清酒の製造を行った。
対象株として二倍体株は、K701及びa10とα41の交雑株である10−41−2及びpα−1とpa−1(pα−1と同様の方法でa10を用いて取得)の交雑株である10p−41p−15を用いた。一倍体の対照株としてa10、α41を用いた。上槽液の分析結果を表4に示す。
【0048】
【表4】
【0049】
官能検査は3点法(1:良、2:普通、3:悪)で行い、パネラー10名の平均値で表した。
【0050】
この結果、IDH1遺伝子を破壊した二倍体株(No.7)及びIDH2遺伝子を破壊した二倍体株(No.49)は、対照株として用いた二倍体株と違う有機酸組成を示した。すなわち、嗜好に適したクエン酸が増加し、嗜好に適さぬコハク酸が減少した。イソクエン酸デヒドロゲナーゼを破壊した清酒酵母(二倍体)を用いた上槽清酒は、対照株として用いた5株中で最も官能的に優れたK701と比較し、爽やかな酸味を呈し、爽快で、バランスも優れており官能的にも良好な結果を示した。
【0051】
【発明の効果】
本発明のイソクエン酸デヒドロゲナーゼ活性が低減又は消失した酵母を用いることにより、従来にない有機酸組成をもつ酒類、食品の製造が可能になった。すなわち、該酵素活性を低減又は消失させることにより、嗜好に適したクエン酸含量が増加し、及び嗜好に不適なコハク酸含量が減少した新規な酒類、食品の製造方法を提供することができる。
【0052】
【配列表】
【0053】
【0054】
【0055】
【0056】
【図面の簡単な説明】
【図1】遺伝子破壊用プラスミド(pIDH1)の構造を示す図である。
【図2】遺伝子破壊用プラスミド(pIDH2)の構造を示す図である。
【図3】1α−1のIDH1遺伝子破壊のサザン解析の結果のパターンを示す写真である。
【図4】2α−10のIDH2遺伝子破壊のサザン解析の結果のパターンを示す写真である。
【図5】No.7のIDH1遺伝子破壊のサザン解析の結果のパターンを示す写真である。
【図6】No.49のIDH2遺伝子破壊のサザン解析の結果のパターンを示す写真である。
Claims (2)
- 酒類、食品を製造する方法において、NAD特異的イソクエン酸デヒドロゲナーゼ活性が低減又は消失したサッカロミセス属に属する酵母を用いることを特徴とする酒類、食品の製造方法。
- NAD特異的イソクエン酸デヒドロゲナーゼ活性が低減又は消失したサッカロミセス属に属する酵母が、イソクエン酸デヒドロゲナーゼのIDH1又はIDH2遺伝子より選択される一つ以上を破壊したものであることを特徴とする請求項1に記載の酒類、食品の製造方法。
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JPH1175717A JPH1175717A (ja) | 1999-03-23 |
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1998
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