JP3941418B2 - 異方性交換スプリング磁石用合金および異方性交換スプリング磁石の製造方法 - Google Patents

異方性交換スプリング磁石用合金および異方性交換スプリング磁石の製造方法 Download PDF

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、異方性交換スプリング磁石の製造方法に関し、特に、異方性交換スプリング磁石の原料となる磁石合金の特性を改善する方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
モータ等に用いられる磁石としては、高い磁気特性を有するNd−Fe−B系永久磁石が広く用いられており、溶解法(M.Sagawa et al,Japanese Journal of Applied Physics26(1987)785参照)や急冷法(R.W.Lee,Applied Physics Letter46(1985)790参照)を用いて製造されている。また、HDDR処理(T.Takeshita et al,Proc.10th Int.Workshop on RareEarth Magnetsand Their Applications,Kyoto,(1989)511参照)が開発され、結晶粒の微粒化による保磁力向上が可能となっている。このとき、Co、Ga、Zr、Hfなどの添加元素を加えて、得られる粉末に異方性を付与することができる。これらの技術開発によって、優れた磁気特性を有するNd−Fe−B系永久磁石の開発が可能になった。
【0003】
しかしながら、Nd−Fe−B系永久磁石は、磁石特性に関して理論上の限界値に近づきつつある。このため、さらなる高性能を有する次世代磁石の開発が所望されており、近年、交換スプリング磁石が注目を集めている(E.F.Kneller and R.Hawig,IEEE Transaction Magnetics27(1991)3588他)。交換スプリング磁石は、ハード磁性相(以下、ハード相とも記載)とソフト磁性相(以下、ソフト相とも記載)が数十nmオーダーで微細分散した組織からなり、両相の磁化が交換相互作用で結び付くことによってソフト相の磁化が容易に反転せず、全体として単一ハード相のように振る舞う磁石であり、ナノコンポジット磁石とも称される。理論上はSm2Co173/Fe−Coにおいて、異方性化できれば(BH)max=137MGOeもの値を得られることが報告されている(R.Skomski andJ.M.D.Coey,Physical ReviewB48(1993)15812)。
【0004】
これまでのところ、R.Coehoornet al,Journal de Physique 49(1988)C8−669にNd2 Fe14 B/Fe3 B系交換スプリング磁石の製造方法が開示されている。また、特開平7−173501号公報、特開平7−176417号公報、L.Withanawasamet al,Journal of Magnetism and Applied Physics 76(1994) 7065には、Nd2 Fe14 B/Fe系交換スプリング磁石の製造方法が開示されている。
【0005】
しかしながら、上記文献において用いられているメルトスパン法やメカニカルアロイング(MA)法では結晶方位を揃えることができないため等方性交換スプリング磁石しか得られず、交換スプリング磁石の特性を十分に活かしきれていなかった。
【0006】
異方性交換スプリング磁石の製造方法としては、特開平11−8109号公報にはNd−Fe−Bアモルファス合金を強磁場中で加熱結晶化する方法が、特開平11−97222号公報にはハード相とソフト相が微細分散析出するような急冷薄帯合金を熱間加工する方法が、特開2000−235909号公報には急冷薄帯を急速昇温して直接温間一軸変形する方法がそれぞれ開示されている。
【0007】
しかしながら、上記方法によって製造された異方性交換スプリング磁石は磁石特性が不充分であり、また、優れた生産性を有する異方性交換スプリング磁石の製造方法の開発が所望されていた。
【0008】
【発明が解決しようとする課題】
上記事項に鑑み、本発明は、異方性交換スプリング磁石の特性を改良し、製造される異方性交換スプリング磁石の磁気特性および生産性を向上させることを目的とする。
【0009】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、合金全体としては等方的であるが、ハード相とソフト相とが微細に分散して部分的にはハード相の磁化容易軸の方向が揃っている希土類磁石合金を用い、これをハード相の揃った領域より小さいサイズまで粉砕し、磁場成形することによって優れた磁気特性を有する異方性交換スプリング磁石が製造できることを見出した。このとき、原料である磁石合金を水素雰囲気中で処理することによって、磁石合金の特性を改善し、磁気特性・生産性の向上が図れることを見出し、本発明を完成させたものである。即ち本発明は、請求項毎に次のように構成される。
【0010】
発明は、異方性交換スプリング磁石用合金の製造方法であって、
結晶質サイズの最大径が80nm以下のハード磁性相およびソフト磁性相が混在してなり、ハード磁性相の磁化容易軸の方向が揃っている部分異方化領域の大きさが0.1μm以上である下記式(1):
【化2】
Figure 0003941418
で表される合金を、0.1〜1気圧の水素気流中、750〜900℃で30分〜2時間保持し、
水素と不活性ガスとの混合気体を用いた場合の水素分圧または水素のみを用いた場合の全圧が1torr以下、750〜900℃で30分〜1時間保持し、
水素と不活性ガスとの混合気体を用いた場合の水素分圧または水素のみを用いた場合の全圧が1torr以下、30分〜1時間かけて20〜80℃にまで冷却する
ことを特徴とする異方性交換スプリング磁石用合金の製造方法である。
【0018】
また、本発明は、前記ハード磁性相および前記ソフト磁性相の結晶質サイズの最大径が60nm以下であることを特徴とする上記記載の異方性交換スプリング磁石用合金の製造方法である。
また、本発明は、前記冷却の際には水素と不活性ガスとの混合気体を用いた場合の水素分圧または水素のみを用いた場合の全圧が1torr以下の圧力条件下、30分かけて室温以下へ冷却することを特徴とする、上記記載の異方性交換スプリング磁石用合金の製造方法である。
【0019】
また、本発明は、上記記載の方法により得られた異方性交換スプリング磁石用合金を部分異方化領域の大きさ以下に粉砕して磁石粉末を得る段階と、
前記磁石粉末を磁場中成形し、圧粉体を得る段階と、
前記圧粉体を放電プラズマ中で加圧焼結してバルク磁石を得る段階と、
からなる異方性交換スプリング磁石の製造方法である。
【0020】
また、本発明は、上記製造方法によって得られた異方性交換スプリング磁石を備えてなるモータである。
【0021】
【発明の効果】
以上のように構成された本発明によれば、請求項毎に次のような効果を奏する。
【0022】
請求項1に記載の発明にあっては、優れた磁気特性を有する異方性交換スプリング磁石用合金を得ることができる。この磁石用合金を用いて製造された磁石は、異方性であるのでエネルギー積が大きく、使用する希土類金属量を低減することができる。従って、例えば本発明に係る磁石を自動車のモータに適用した場合、モータの小型・軽量化を達成でき、自動車の燃費向上および製造コスト削減に大きく寄与しうる。また、温度特性に優れた磁石を得ることができ、高温耐久性が要求される部位に適用した場合に特に有益な効果を示す。また、粉砕しやすい特性を有するため、製造プロセスの効率が上がり、コスト的にも有利な磁石を提供できる。
【0023】
請求項2に記載の発明にあっては、組成を上記式(1)とすることにより、磁石の保磁力、生産性を高めることができる。
【0024】
請求項3に記載の発明にあっては、Ndの一部をPrで置換することによって、残留磁束密度の低下を生じることなく保磁力および角型性を向上させることができる。
【0025】
請求項4に記載の発明にあっては、Ndの一部をDyまたはTbで置換することによって、残留磁束密度の低下を生じることなく保磁力および温度特性を向上させることができる。
【0026】
請求項5に記載の発明にあっては、Feの一部をCoで置換することによって、温度特性や磁束密度を向上させることができる。
【0027】
請求項6に記載の発明にあっては、FeまたはCoの一部をAl、Mo、Zr、Ti、Sn、Cu、GaまたはNbの1種以上で置換することによって、微粒化を図ることができ、ひいては保磁力増大を達成できる。
【0028】
請求項7に記載の発明にあっては、ハード磁性相および前記ソフト磁性相の大きさを60nm以下とすることによって、保磁力のさらなる増大を実現できる。
【0029】
請求項8に記載の発明にあっては、異方性を有するバルク交換スプリング磁石が得られる。また、放電プラズマ加圧焼結を用いることによって、加熱時間の短縮および加熱温度の低減が図れ、交換スプリング磁石の微細粒が維持される。従って、得られる交換スプリング磁石の磁石特性がより優れたものとなる。
【0030】
請求項9に記載の発明にあっては、優れた磁石特性を有する本発明に係る交換スプリング磁石を搭載したモータとすることによって、モータの小型・軽量化を達成でき、モータの燃費向上および製造コスト削減を達成できる。また、高温耐久性に優れるため、熱設計上優れた効果を有する。
【0031】
【発明の実施の形態】
まず、本発明に係る磁石合金の製造方法に用いられる原料について説明する。
【0032】
原料として用いられるNdFeB系磁石合金は、ハード磁性相および前記ソフト磁性相の大きさが80nm以下のハード相およびソフト相が混在し、ハード相の磁化容易軸の方向が揃っている部分異方化領域の大きさが0.1μm以上であることを特徴とする。図1には本発明に係る磁石合金の概念図を示す。矢印は磁化容易軸の方向を示し、矢印が付された粒子がハード相を、矢印が付されていない粒子がソフト相を表す。実際の磁石合金においては、図1に示すようなハード相の磁化容易軸の方向が揃った小領域(本願において、「部分異方化領域」とも記載)が組み合わさった構造を有しており、さらに部分異方化領域も、やや拡大したマクロのスケールでみるとテクスチャーを持っている。即ち、略同一の異方化方向を有する複数の部分異方化領域からなる領域が形成されている。そして、合金全体としては等方性を有する。即ち、合金は異方性を有する部分異方化領域の集合体のような構成をなしている。なお、本発明において磁石合金とは、結晶質合金薄帯、これらを粗粉砕した中間体など種々の態様を指すものであり、特に限定的に用いられるものではない。
【0033】
ハード相およびソフト相の大きさおよび混在状態はSEMを用いて確認することができ、その際、ハード相およびソフト相の大きさ(以下、結晶質サイズとも記載)は最大径として定義される。結晶質サイズは、大きすぎると交換相互作用が低下するため80nm以下であることが必要であり、60nm以下であることが好ましい。結晶質サイズの下限値に関しては特に限定されるものではなく、小さいほど強い交換相互作用が得られるが、製造の困難性に伴う生産性低下などを考慮すると5nm以上が実際的である。
【0034】
ハード相の磁化容易軸の方向はTEMにより最終的には確認することができ、本願においては磁化容易軸の方向が±15°な場合に「磁化容易軸の方向が揃っている」と判断するものとする。部分異方化領域の大きさの確認も最終的にはTEMによって行うことができ、本願においては磁化容易軸の方向が±15°以内になっている領域を部分異方化領域の大きさとして定義するものとする。TEMの代用方法を用いて磁石合金の優劣を判断してもよく、例えば、次段落で説明する演繹的な推論方法を用いてもよい。本発明は、磁石合金を部分異方化領域の大きさ以下の粒子に粉砕し、この粉末を用いることによって交換スプリング磁石に異方性を付与するものである。即ち、部分異方化領域の大きさ以下の粒子に磁石合金を粉砕した場合、粉砕によって生成した磁石粉末は、異方性を有する磁石となる。なお、粉砕に際しては、隣接する部分異方化領域との境界面において分離しやすいと思料される。異方性を有する磁石粉末に磁場をかけた場合、磁石粉末の整列により磁石の集合体(粉末の圧粉体)は、異方性を有するものとなる。部分異方化領域の大きさは0.1μm以上であることが必要である。磁石合金の粉砕は、部分異方化領域の大きさ以下にまで行う必要があるが、粉砕によって生じた磁石粉末の大きさが小さすぎると、磁場配向させることが困難となるからである。部分異方化領域の大きさの上限は特に限定されるものではなく、大きいほど好ましい。
【0035】
次に、出発原料である希土類磁石合金の異方化の度合いを推論する方法について説明する。一つは、実際にバルク磁石を製造して、部分異方化領域の有無を推定する方法である。具体的には、ボールミルを用いて粉砕し、磁場中プレスにより圧粉体を作製し、800℃以下の温度で放電プラズマ装置によりバルク化し磁石とする。このバルク磁石の磁場中プレスの磁場方向とそれに垂直な方向での磁化曲線を比較することにより、異方性の程度を調べ、異方性が有れば部分異方化領域を有していたと推定する方法である。もう一つは、より簡便な方法である。磁石合金(ストリップキャスト法で作製した希土類合金薄帯や、アモルファスリボンを熱処理して結晶質とした薄帯等)を25μm以下に粉砕し、エポキシ樹脂(接着剤)に混ぜ、10kOeの磁場中で固めて、振動型磁力計(VSM)用サンプルを作製する。VSMにて磁場方向とそれに垂直な方向での磁化曲線を測定し、下記式(2):
【0036】
【数1】
Figure 0003941418
【0037】
で表される16kOeにおける磁化の比(異方化度)から部分異方化の程度を推定する方法である。磁石合金をもっと細かく粉砕する方が好ましいが、固化させる際のハンドリングの容易性や、乳鉢を用いて手で粉砕し篩い分けできる大きさを考慮すると25μm程度が好ましい。
【0038】
後者の方法は希土類磁石材料開発において特に威力を発揮しうる。経験的には、Js1が1.1以上の希土類磁石合金を出発材料とした場合に、優れた異方性交換スプリング磁石の作製が可能であった。Js1は1.3以上がより好ましく、1.5以上がさらに好ましい。
【0039】
原料として用いるNdFeB系希土類磁石合金の好ましい磁石組成としては、下記式(1):
【0040】
【化3】
Figure 0003941418
【0041】
が挙げられる。この組成でのハード相はNd2Fe14Bであり、ソフト相はα−FeであることがX線回折、磁化の温度依存性の測定等より推定できた。
【0042】
Ndの量が少なすぎると、交換スプリング磁石を製造した際の保磁力の確保が困難になる場合があるため4atom%以上であることが好ましい。一方、多すぎると、ソフト相の占める割合が少なくなり、交換スプリング磁石を製造した場合の磁石特性が低下する恐れがある。このため、10atom%以下であることが好ましい。
【0043】
Ndの一部をPrで置換した組成としてもよく、その場合の置換量は0.01〜80atom%であることが好ましく、20〜60atom%であることがより好ましい。この範囲であると、残留磁束密度の低下をほとんど生じることなく、保磁力および角型性を向上させることができるためである。
【0044】
また、Ndの一部をDyまたはTbで置換した組成としてもよい。その場合の置換量は0.01〜10atom%であることが好ましい。この範囲であると、残留磁束密度の著しい低下を生じることなく、保磁力を向上させることができると共に、温度特性の向上も可能となるからである。
【0045】
Feの一部をCoで置換した組成としてもよく、その場合の置換量は0.01〜30atom%であることが好ましく、5〜20atom%であることがより好ましい。この範囲であると、保磁力、磁束密度の低下を生じることなく、温度特性の向上に加え、磁束密度自体も向上させることができる。なお、Feの一部をCoで置換した場合におけるハード相はNd2(Fe−Co)14Bとなり、ソフト相はFe−CoであることがX線回折、磁化の温度依存性の測定等より推定できた。
【0046】
また、FeまたはCo(Fe−Coとして存在するCo)は、少量のAl、Mo、Zr、Ti、Sn、Cu、GaまたはNbの1種以上で置換してもよい。これらの元素を含有させることによって組織の微細化を図ることができ、保磁力増大が達成できるからである。しかしながら、含有しすぎると、磁気特性が逆に低下する原因となる。この観点からは、置換される元素量は、全組成に対して0.1〜3atom%であることが好ましく、0.5〜2atom%がより好ましい。
【0047】
Bの量が少なすぎると、本発明に係る磁石合金の製造が困難となる恐れがあり、4atom%以上であることが好ましい。一方、多すぎると、Nd2Fe14B、Nd2(Fe−Co)14B、α−Fe、α−(Fe−Co)以外の磁石特性の低下を誘起する他の相ができる恐れがある。このため、7atom%以下であることが好ましい。
【0048】
Vの量は、結晶質の微細化、保磁力増大を図る観点から添加することができ、0.1atom%以上であることが好ましく、0.5atom%以上であることがより好ましい。一方、加えすぎると磁気特性が逆に低下する原因となるため、2atom%以下であることが好ましい。ただし、添加は必須ではなく加えなくてもよい。
【0049】
なお、本発明に係る磁石は合金材料であるため微量の不純物の混入は止むを得ないが、不純物量は少量であるほど好ましく、1質量%以下であることが好適である。
【0050】
本発明に係る磁石合金の製造は、まず所望の組成になるように各金属元素を調整して配合し、真空中やアルゴン雰囲気下において高周波誘導溶解などの公知手段によって溶解インゴットを作製する。これにストリップキャスト法などの急冷法を施すことによって、本発明にかかる希土類磁石合金(合金薄帯)を得ることができる。ストリップキャスト法は公知の装置を用いて行うことができ、特に特別な改良を加えなくともよい。ただし、改良を排除するものではない。希土類合金薄帯は、超急冷法を用いて得ることもできる。この場合も公知手段を用いて調製することができ、具体的には超急冷してアモルファスリボンを作製し、それを800℃以下の温度で結晶化することによって得ることができる。製造条件は使用する装置や合金の種類に応じて適宜設定する必要があり一義的に決められないが、本発明に係る磁石合金を調製する上では特に冷却速度に留意する必要がある。冷却速度が早すぎても(合金薄帯は薄くなる)遅すぎても(合金薄帯は厚くなる)結晶質サイズの粗大化や、合金薄帯の均一性が損なわれる恐れがある。冷却速度は、ストリップキャスト法によって得られる合金薄帯または超急冷法によって得られるアモルファスリボンの厚さと密接な関連があり、得られる合金薄帯の厚さが10〜300μmになるように調製することが適切である。本発明にかかる微細な結晶質を有する希土類磁石合金の調整方法として、ストリップキャスト法と超急冷法とについて説明したが、本発明の希土類磁石合金の調製方法はこれらの限定されるものではなく、例えば、ガスアトマイズ等の方法によってアモルファス部を含有する粉末を作製し、それを熱処理することにより調製してもよいことは勿論である。
【0051】
これらの方法によって、80nm以下の結晶質サイズを有する結晶質合金薄帯を得ることができる。また、マクロ的に観察すると等方性の薄帯であるが、0.1μm以上の部分異方化領域を形成することができる。
【0052】
本発明に係る希土類磁石合金は、結晶質であることが発明の一側面となっている。示差熱分析(DTA)も行ったが、明瞭な発熱ピークは見られなかった。
【0053】
本発明においては、上記方法によって得られたNdFeB系希土類磁石材料を水素で処理することによって、磁気特性を改善し、また、生産性を向上させることを特徴とする。以下、水素処理の方法について説明する。
【0054】
まず、磁石合金を水素気流中にて保持する。水素分圧は、低すぎると十分な効果が得られない恐れがあるため、0.1気圧以上とすることが必要である。一方、高すぎると装置を耐圧性のものとする必要がある等の問題があるため1気圧であることが好ましい。水素分圧の調整は、アルゴンなどの不活性ガスとの混合気体とすることによって実現してもよく、真空ポンプで減圧することによって実現してもよい。保持温度は、低すぎると水素処理が有効に機能しない恐れがあるため、750℃以上であることが必要であり、770℃以上であることが好ましい。一方、高すぎると結晶粒が粗大化する恐れがあるため、900℃以下であることが必要であり、880℃以下であることが好ましい。保持温度の調節は、水素処理装置に設けられた加熱器または冷却器を用いて強制的に行う方法などを採用することができるが、特に限定されるものではない。保持時間は、保持温度や保持圧力によって適宜調節すればよく、30分〜2時間であることが適切である。保持温度、水素分圧は上記の範囲であれば、特に限定されるものではなく、上記範囲内で変化させることを排除するものではない(以下同じ)。なお、本発明において「水素気流中」とは、水素が流れていることを意味し、流量は1〜10ml/min程度であることが適当である。また、保持温度は雰囲気ガスの温度を測定することによって測定できる。
【0055】
次に、750〜900℃の保持温度を保ったまま、好ましくは770〜880℃の温度にて、水素分圧を下げ、さらに一定時間保持する。水素分圧は、水素の磁石合金中への吸収・残留によって生じる磁気特性の劣化(異方性の低下等)を考慮すると、1torr以下であることが必要であり、0.1torr以下であることが好ましい。水素分圧は低いほど好ましく、下限値については特に限定されるものではない。水素分圧の調整は、上記同様にアルゴンなどの不活性ガスとの混合気体とすることによって実現してもよく、真空ポンプで減圧することによって実現してもよい。保持時間は、磁石合金からの脱水素時間を考慮すると、30分〜1時間であることが適当である。
【0056】
続いて、水素分圧を下げたままで、雰囲気温度を降下させる。水素分圧は同様の理由により、1torr以下であることが必要であり、0.1torr以下であることが好ましい。降下させる温度は80〜20℃が適切であり、作業の容易性を考慮すると室温にまで降下させることが好ましい。また、冷却速度が遅すぎると水素を吸収してしまい、磁気特性に悪影響(異方性の低下等)が及ぶ恐れがある。このため、30分〜1時間で降下させる必要がある。
【0057】
水素処理に用いることができる装置は、上記条件の下での処理を施しうる市販の装置を用いることができ、自作の装置を製造しても構わないことは勿論である。上記の水素処理により、得られる磁石の異方性を高めることができる。上述のJs1で判断した場合少なくとも0.1、場合によっては0.2以上の向上が見られた。また、容易に粉砕できるように改質でき、粉砕作業の生産性を高めることができる。
【0058】
続いて、上述した磁石合金を用いた異方性交換スプリング磁石の製造方法について説明する。
【0059】
まず、本発明に係る希土類磁石合金を部分異方化領域の大きさ以下(1μm未満程度にまで粉砕することが一般的には好適である)に粉砕する。例えば、部分異方化領域の大きさが0.5μmである場合には0.5μm未満の粒子に粉砕するとよい。粉砕する大きさの下限値については特に限定されるものではないが小さすぎると磁場配向させることが困難になり、また、微粉になるほど耐酸化性が劣るという弊害もある。このため微粒化の程度は0.1μm以上であることが好ましい。なお、as milled状態での粉末は一部アモルファス化しているようであることが、磁気測定、X線回折等から推定されている。本発明にかかる水素処理が施された磁石合金は、粉砕されやすくなっているため、粉砕処理に要する時間を短縮することができる。即ち、工業的に適応された場合にあっては、プロセスの生産性を高めることができる。
【0060】
粉砕には各種粉砕機を用いることができ、ボールミル、サンドミル、振動ミル、ジェットミル、ピンミルなどが挙げられるが、サブミクロン粉砕の観点からはボールミルが好ましい。ボールミルは湿式でも乾式でもよいが、磁石粉末の酸化による磁気特性の劣化を防ぐために非酸化性の雰囲気下(アルゴン雰囲気下、窒素雰囲気下など)で行うことが好ましい。湿式ボールミルにはシクロヘキサンなどを用いることができる。また、粉砕された粉末の凝集を抑制するために分散剤を用いる必要がある。分散剤は磁場配向にも好適な効果を及ぼしうる。分散剤としては、湿式ではコハク酸を、乾式ではステアリン酸を用いることができる。
【0061】
次に、得た磁石粉末を磁場配向することによって圧粉体を得る。磁場配向およびプレスに用いる装置は特に限定されるものではなく、各種公知の手段を用いることができる。例えば、磁場印加によって磁化容易軸方向を揃えた状態で加圧成形することができる。加圧力は1〜5トン/cm2、印加する磁場は15〜25kOe程度が適当である。圧粉体は以下に説明する放電プラズマ焼結装置の型を用いて作製し、型に収まったままの状態で、型ごと装置に運ばれ、圧力をかけながら放電プラズマ焼結することが作業の容易性の点からは好適である。
【0062】
得られた圧粉体を放電プラズマ中で加圧焼結することによって、バルク化した異方性交換スプリング磁石を得る。放電プラズマ加圧焼結を用いて、比較的低温で焼結することによって結晶質サイズの粗大化を抑制でき、得られる磁石の特性を優れたものとすることができる。放電プラズマ加圧焼結はイズミテック社製Model SPS−2040などの市販の装置を用いて行うことができ、製造する磁石や生産ラインに応じて適宜改良を施してもよい。
【0063】
放電プラズマ加圧焼結の温度は、高すぎると結晶質サイズが粗大化し、磁石の保磁力が低下すると共に、交換結合が弱くなる恐れがある。このため、800℃以下で行うことが好ましく、700℃以下がより好ましい。一方、低すぎると緻密化が不充分となる恐れがあるため、600℃以上であることが好ましい。なお、交換結合の大きさはスプリングバックの大きさで認知することができる。加圧焼結はロータリーポンプ等を用いて減圧下で行うことが好ましく、処理温度までの昇温速度は15〜25K/min程度が適切である。処理保持時間は、使用する装置、温度、圧粉体の大きさなどに応じて適宜変更する必要があり一義的には定義できないが、0〜5min程度が一般的である。処理温度にて焼結後、炉冷する。降温速度は10〜30K/min程度が適切である。加圧力は1〜10トン/cm2程度が適切である。だたし、放電プラズマ加圧焼結は、結晶質サイズが粗大化し、異方性交換スプリング磁石の特性が劣化しない程度においては上記条件から外れてもよい。なお、放電プラズマ加圧焼結を用いた場合、酸素濃度の低いバルク磁石を製造することができ、磁石特性の向上を図ることができる。
【0064】
上記方法によって得られるバルク化磁石は、粉砕方法の如何を問わず磁化曲線の第2、第3象限においてスプリングバック現象を示すものとなる。これは原料としてハード相とソフト相がそれぞれ60〜80nm以下の大きさで微細に混在している希土類磁石合金を用いたためである。
【0065】
得られるバルク磁石の密度は、エネルギー積を高める観点からは原料である希土類磁石合金の真密度に近いことが好ましく、具体的には95%以上の真密度とすることが好ましい。
【0066】
本発明の方法によって製造された交換スプリング磁石は、従来のNd−Fe−B焼結磁石に比べて磁石フラックスが大きいので小型化が図れる、温度特性が優れ減磁しにくい等の特性を有し、電気自動車用、HEV用の駆動モータに適用した場合に特に優れた効果を示す。Nd−Fe−B焼結磁石に比べて、磁石フラックスが大きい理由は、交換スプリング磁石がソフト相を多量に含んでいるためである。温度特性が優れる理由としては、保磁力機構が異なるためと考えられる。即ち、ハード相の結晶質サイズが小さく、ピンニング型に近い保磁力機構となっているため、温度安定性が増しているようである。
【0067】
【実施例】
次に、本発明について実施例を挙げて具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0068】
<実施例1>
1.合金薄帯の調製
超急冷装置を用いて、組成がNd9Fe76Co861である合金インゴットから、ストリップキャスト法により合金薄帯を調製した。ストリップキャスト法の条件は、固化する温度である900℃程度までの冷却速度を約2500℃/secとした。得られた合金薄帯を800℃の水素気流中で1時間保持した。その後、保持温度800℃、水素分圧を1torr以下として、30分間保持し、室温以下にまで30分かけて冷却した。
【0069】
得られた合金薄帯の切断面をSEMで観察したところ、合金薄帯中にはハード相とソフト相とが混在し、それぞれの大きさはハード相が40nm以下、ソフト相が40nm以下であった。また、TEM観察により調べた部分異方化領域の大きさは0.3〜0.8μmであった。未水素処理のものとの差はSEM観察からは認めることができなかった。
【0070】
この合金薄帯の優劣の判断は、以下の方法にしたがってVSMサンプルを調製し、Js1が1.1以上である場合を「優れている」と判定した。これは、Js1が1.1以上である材料を用いた場合に優れた異方性バルク交換スプリング磁石を調製できる点を考慮したものである。
【0071】
2.VSMサンプルの調製およびJs1評価方法乳鉢を用いて、水素処理前後の合金薄帯を直径25μm以下の粒子に粉砕し、10kOeの磁場中において粉末をエポキシ樹脂で固定することにより、VSMサンプルを得た。最大磁場16kOeの振動型測定器(東英工業株式会社製VSM−5−15型)を用いて、磁場に平行な方向の磁化曲線と磁場に垂直な方向の磁化曲線とを測定し、上記式(2)で表されるJs1を評価したところ、水素処理前のJs1は1.7、水素処理後のJs1は1.9と、水素処理により特性の向上が確認された。結果を表1に示す。
【0072】
<実施例2>
合金インゴットの組成をNd10Fe75Co861とし、ストリップキャストの条件を冷却速度約2200℃/secとした以外は実施例1と同様にして合金薄帯を作製し、水素処理を施した。得られた合金薄帯の切断面をSEMで観察したところ、合金薄帯中にはハード相とソフト相とが混在し、それぞれの大きさはハード相が40nm以下、ソフト相が40nm以下であった。また、TEM観察により調べた部分異方化領域の大きさは0.3〜1.0μmであった。未水素処理のものとの差はSEM観察からは認めることができなかった。実施例1と同様の方法でVSMサンプルを作成しJs1を評価したところ、水素処理前のJs1は1.8、水素処理後のJs1は2.1と、水素処理により特性の向上が確認された。結果を表1に示す。
【0073】
<実施例3>
合金インゴットの組成をNd7Fe78Co861とし、ストリップキャストの条件を冷却速度約3000℃/secとした以外は実施例1と同様にして合金薄帯を作製し、水素処理を施した。得られた合金薄帯の切断面をSEMで観察したところ、合金薄帯中にはハード相とソフト相とが混在し、それぞれの大きさはハード相が50nm以下、ソフト相が50nm以下であった。また、TEM観察により調べた部分異方化領域の大きさは0.3〜0.6μmであった。未水素処理のものとの差はSEM観察からは認めることができなかった。実施例1と同様の方法でVSMサンプルを作成しJs1を評価したところ、水素処理前のJs1は1.6、水素処理後のJs1は1.8と、水素処理により特性の向上が確認された。結果を表1に示す。
【0074】
<実施例4>
合金インゴットの組成をNd6Fe79Co861とし、ストリップキャストの条件を冷却速度約4000℃/secとした以外は実施例1と同様にして合金薄帯を作製し、水素処理を施した。得られた合金薄帯の切断面をSEMで観察したところ、合金薄帯中にはハード相とソフト相とが混在し、それぞれの大きさはハード相が50nm以下、ソフト相が50nm以下であった。また、TEM観察により調べた部分異方化領域の大きさは0.1〜0.5μmであった。未水素処理のものとの差はSEM観察からは認めることができなかった。実施例1と同様の方法でVSMサンプルを作成しJs1を評価したところ、水素処理前のJs1は1.5、水素処理後のJs1は1.7と、水素処理により特性の向上が確認された。結果を表1に示す。
【0075】
<実施例5>
合金インゴットの組成をNd4Fe81Co861とし、ストリップキャストの条件を冷却速度約5000℃/secとした以外は実施例1と同様にして合金薄帯を作製し、水素処理を施した。得られた合金薄帯の切断面をSEMで観察したところ、合金薄帯中にはハード相とソフト相とが混在し、それぞれの大きさはハード相が60nm以下、ソフト相が60nm以下であった。また、TEM観察により調べた部分異方化領域の大きさは0.1〜0.5μmであった。未水素処理のものとの差はSEM観察からは認めることができなかった。実施例1と同様の方法でVSMサンプルを作成しJs1を評価したところ、水素処理前のJs1は1.45、水素処理後のJs1は1.65と、水素処理により特性の向上が確認された。結果を表1に示す。
【0076】
【表1】
Figure 0003941418
【0077】
<実施例6>
実施例1に記載の方法で得られた合金薄帯を湿式ボールミル(Ar雰囲気下、シクロヘキサン)で粉砕した。分散剤としてポリブテニルコハク酸イミドテトラエチレンペンタミン(分子量1300)を使用した。この分散剤は若干の鉱油を含むものであった。粒子径を1μm未満とするのに10時間を要した。この粉末を20kOeの磁場中にて配向させ、2トン/cm2で加圧して圧粉体を得た。
【0078】
この圧粉体を、放電プラズマ焼結装置(イズミテック株式会社製;ModelSPS−2040)を用いて、加圧力9トン/cm2、雰囲気温度650℃で、3分間放電プラズマ焼結してバルク交換スプリング磁石を得た。型には非磁性のWC型を使用し、焼結はロータリーポンプによる減圧下で行った。また、昇温速度は20K/minとした。得られたバルク交換スプリング磁石の形状は、10mm×10mm×7mmであり、磁石の密度は真密度に到達していた。磁石をTEM観察したところ結晶質サイズは合金薄帯についてSEMで観察した大きさと変化しておらず、電子線の回折パターンより、ハード相の向きが揃っていることが確認できた。
【0079】
得られたバルク交換スプリング磁石の磁化曲線を最大印加磁場20kOeの(直流)BHトレーサにて測定した。下記式(3):
【0080】
【数2】
Figure 0003941418
【0081】
で表されるJs2を評価したところ2.1であった。また、磁化曲線からエネルギー積を算出したところ30MGOeであった。結果を表2に示す。
【0082】
<比較例1>
水素処理をしていない磁石合金を用いた以外は、実施例6と同様にして交換スプリング磁石を作製した。このとき、ボールミルで粒子径を1μm未満とするのに16時間を要した。また、Js2を評価したところ1.8であり、磁化曲線からエネルギー積を算出したところ25MGOeであった。結果を表2に示す。
【0083】
このように、水素処理を施すことによって、1ミクロン未満までの粉砕時間を3割削減することができた。また、得られる磁石の特性も向上することが明らかとなった。
【0084】
【表2】
Figure 0003941418
【0085】
<実施例7>
実施例6の交換スプリング磁石を表面磁石型モータ(ステータ12極、ロータ8極)に適用した。図2は適用された集中巻の表面磁石型モータの1/4断面図である。外側はアルミケース11、その内側がステータ12であり、1−2がu相、3−4がv相、5−6がw相巻線である。また、ステータ12は電磁鋼板の積層体とした。ロータ鉄14上に図示するような形状の磁石13を配置した。なお、15は軸である。
【0086】
モータの性能は、最大定格2kW、耐熱限界160℃であった。本磁石の保磁力は7.2kOeであった。一方、従来のNdFeB焼結磁石を用いた場合、同等の耐熱性を確保するには保磁力19.8kOe程度以上の磁石を使用する必要がある。即ち、本発明の磁石をモータに適用した場合、熱設計において優れた特性を発現することが示された。
【図面の簡単な説明】
【図1】 本発明に係る磁石合金の概念図である。
【図2】 本発明の交換スプリング磁石が適用された集中巻の表面磁石型モータの1/4断面図である。
【符号の説明】
11 アルミケース
12 ステータ
13 磁石
14 ロータ鉄
15 軸

Claims (5)

  1. 異方性交換スプリング磁石用合金の製造方法であって、
    結晶質サイズの最大径が80nm以下のハード磁性相およびソフト磁性相が混在してなり、ハード磁性相の磁化容易軸の方向が揃っている部分異方化領域の大きさが0.1μm以上であり、組成が下記式(1):
    Figure 0003941418
    であるNdFeB系希土類磁石合金を、0.1〜1気圧の水素気流中、750〜900℃で30分〜2時間保持し、
    水素と不活性ガスとの混合気体を用いた場合の水素分圧または水素のみを用いた場合の全圧が1torr以下の圧力条件下、750〜900℃で30分〜1時間保持し、
    水素と不活性ガスとの混合気体を用いた場合の水素分圧または水素のみを用いた場合の全圧が1torr以下の圧力条件下、30分〜1時間かけて20〜80℃にまで冷却する
    ことを特徴とする異方性交換スプリング磁石用合金の製造方法。
  2. 前記ハード磁性相および前記ソフト磁性相の結晶質サイズの最大径が60nm以下であることを特徴とする請求項1に記載の異方性交換スプリング磁石用合金の製造方法。
  3. 前記冷却の際には水素と不活性ガスとの混合気体を用いた場合の水素分圧または水素のみを用いた場合の全圧が1torr以下の圧力条件下、30分かけて室温以下へ冷却することを特徴とする、請求項1または2に記載の異方性交換スプリング磁石用合金の製造方法。
  4. 請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法により得られた異方性交換スプリング磁石用合金を部分異方化領域の大きさ以下に粉砕して磁石粉末を得る段階と、
    前記磁石粉末を磁場中成形し、圧粉体を得る段階と、
    前記圧粉体を放電プラズマ中で加圧焼結してバルク磁石を得る段階と、
    からなる異方性交換スプリング磁石の製造方法。
  5. 請求項4に記載の製造方法によって得られた異方性交換スプリング磁石を備えてなるモータ。
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