本発明は、ポリマーの表面改質方法に関し、さらに詳細には、超臨界流体を用いたポリマーの表面改質方法に関する。
近年、気体のような浸透性を有すると同時に液体のような溶媒としての機能を備える超臨界流体をポリマーの成形加工に用いたプロセスが種々提案されている。例えば、超臨界流体は熱可塑性樹脂に浸透することによって可塑剤として作用し、ポリマーの粘性を低下させることができるので、この超臨界流体の作用を活用して、射出成形時におけるポリマーの流動性や転写性を向上させる方法が提案されている(例えば、特許文献1を参照)。
また、超臨界流体の溶媒としての機能を活かして、ポリマーの表面の濡れ性を向上させる等の高機能化のための方法も種々提案されている(例えば、特許文献2及び3を参照)。特許文献2には、ポリアルキルグリコールを超臨界流体に溶解させて繊維に接触させることによって、繊維表面を親水化することができることが開示されている。特許文献3には、超臨界状態、即ち、高圧下で、機能性材料である溶質が予め溶解した超臨界流体とポリマーとを接触させて染色を行うポリマー表面の高機能化のためのバッチプロセスが開示されている。
また、従来、所望の形状の孔が形成されたマスクを基体上に設け、マスクの上から基体上に付着させる物質(金属錯体)を溶解させた超臨界流体を噴射し、基体表面に付着物質の100μm以下のパターンを形成する方法も提案されている(例えば、特許文献4を参照)。
特開平10−128783号公報
特開2001−226874号公報
特開2002−129464号公報
特開2002−313750号公報
上記特許文献1〜3には、超臨界流体を溶媒として用いたポリマーの表面改質方法であり、ポリマー表面全体を改質する技術が開示されている。しかしながら、上記特許文献1〜3に開示された技術でポリマー表面の一部を選択的に且つ微細に改質することは困難である。また、特許文献4では、超臨界流体に物質(溶質)を溶解してポリマー基板に噴射するため、次のような問題が生じるおそれがある。
超臨界流体の圧力と溶質の溶解度との間には強い相関関係が存在する。溶質を溶解した超臨界流体が充填された高圧下の容器から超臨界流体が外部へ放出されると、超臨界流体の圧力が急激に低下し、溶質の溶解度が著しく低下する。すなわち、特許文献4に記載されているように、溶質を超臨界流体に溶解してポリマーに噴射する場合、噴射された時点で溶質の析出が起こる。そのため特許文献4に記載されている技術では、溶質をポリマー基板の表面に堆積させることはできるが、超臨界流体のポリマー基板への浸透とともに溶質をポリマー基板の内部に浸透させて表面改質することはできない。
本発明は上記課題を解決するためになされたものであり、本発明の目的は、超臨界流体を用いて、より簡易な方法でポリマー表面の一部を選択的(部分的に)に改質する方法を提供することである。
本発明に従えば、超臨界流体を用いたポリマーの表面改質方法であって、上記ポリマーの表面の所定領域に有機物質を付加することと、上記有機物質が付加されたポリマーの表面に超臨界流体を接触させて上記ポリマー表面に上記有機物質を浸透させることとを含む表面改質方法が提供される。
本発明のポリマーの表面改質方法では、上記ポリマーの表面の所定領域に有機物質を付加する際に、上記有機物質を上記ポリマーの表面に所定のパターンで付加することが好ましい。
本件出願人は先に、予め有機物質をポリマーの表面に塗布しておき、そのポリマー表面に超臨界流体を接触させてポリマー表面を改質する技術を提案した(特願2004−129235号)。この出願では、ポリマー表面の一部分を選択的に改質する方法として、次のような方法を提案した。まず、ポリマーの表面の全面ないし広域に、ポリマー表面に浸透させようとする有機物質を塗布し、次いで、所定の凹凸パターンを有する金型表面をポリマーの表面に密着させる。次いで、金型(凹部)とポリマー表面との間に画成される空間に超臨界流体を流入し、超臨界流体を流入したポリマー表面の領域のみに、塗布された有機物質を選択的に浸透させる。
本発明の別の目的は、上記特願2004−129235号で提案したポリマー表面の一部分を選択的に改質する方法のように微細な凹凸パターンが形成された金型を用いることなく、より簡易な方法でポリマー表面の一部を選択的(部分的)に改質する方法を提供することである。
本発明のポリマーの表面改質方法を図1を用いて説明する。まず、図1(a)に示すように、予めポリマー1の表面の一部に選択的(部分的)に有機物質2を付加する(有機物質2を所定のパターンでポリマー1表面に付加する)。次いで、図1(b)に示すように、例えば密閉容器4内で、ポリマー1の有機物質2が付加された表面に超臨界流体3を接触させる。そうすると、超臨界流体3と一緒に有機物質2がポリマー1内部に浸透する。その結果、図1(c)に示すように、有機物質2が付加されたポリマー1の部分にのみ有機物質2が浸透したポリマー1が得られる。すなわち、有機物質2が付加されたポリマー1の部分のみが表面改質されたポリマー1が得られる。
なお、図1(c)では、有機物質2の一部がポリマー1に浸透した例を示しているが、本発明はこれに限定されず、例えば、付加した有機物質2を全てポリマー1内に浸透させても良い。有機物質2の浸透量は接触させる超臨界流体3の温度、圧力、接触時間等の条件を変化させることにより任意に制御することができ、本発明の表面改質方法では、用途等に応じて適宜有機物質2の浸透量を調整することが好ましい。
上述のような本発明のポリマーの表面改質方法では、上記特願2004−129235号で用いた微細な凹凸パターンを有する金型を必要としないため、製造コストを下げることができ、またプロセスも簡略化することができる。また、本発明のポリマーの表面改質方法では、有機物質がしかるべきパターンで予めポリマーの表面に付加されているので、有機物質を超臨界流体に溶解させた状態でポリマーに接触させる場合に生じる、超臨界流体の減圧時に有機物質が析出するという問題も解消される。以上のことから、本発明のポリマーの表面改質方法によれば、有機物質を短時間で且つ高濃度にポリマー内に浸透させることができる。
本発明のポリマーの表面改質方法では、ポリマーの表面に超臨界流体を接触させた状態(例えば、図1(b))で、超臨界流体の圧力を制御して、ポリマー表面を適度な圧力の超臨界流体でプレスすることが好ましい。このプレスにより有機物質をポリマー内部により深く浸透させることが可能となる。また、上述のように、超臨界流体はポリマーに対して可塑剤として作用し、ポリマー表面を軟化させる。それゆえ、超臨界流体をポリマー表面に接触させる際あるいはその後に、金型などでポリマー表面をプレスすると、ポリマーの変形を抑制しつつ効率良く有機物質をポリマー内部に浸透させることができるので、より精密なパターンをポリマー表面に形成することが可能である。
本発明のポリマーの表面改質方法では、上記超臨界流体が超臨界状態の二酸化炭素(以下、超臨界二酸化炭素ともいう)であることが好ましい。なお、超臨界流体としては種々の物質を用いることが可能であり、超臨界ニ酸化炭素以外では、超臨界状態の窒素(超臨界窒素)を用いても良い。なお、超臨界二酸化炭素は、熱可塑性樹脂材料に対する可塑剤として、射出成形や押し出し成形において実績があり特に最適である。また、超臨界流体としては、超臨界状態にある空気、水、ブタン、ペンタン、メタノール等を用いても良く、有機物質をある程度溶解する流体であれば任意のものを用い得る。また、有機物質の超臨界流体に対する溶解度を向上させるために、超臨界流体にエントレーナ、即ち、助剤としてアセトン、メタノール、エタノール、プロパノール等のアルコールを混合させても良い。
なお、本発明において、ポリマーに接触させる超臨界流体の温度及び圧力等の条件は任意であるが、例えば超臨界状態になる閾値が温度約31℃、圧力約7MPa以上である二酸化炭素の場合、温度は35〜150℃の範囲、圧力は10〜25MPaの範囲が望ましい。温度や圧力が上記範囲外であると、有機物質の超臨界流体に対する溶解性やポリマーへの浸透性が不十分となる。
本発明のポリマーの表面改質方法では、記ポリマーがポリメチルメタクリレート、ポリカーボネート、全芳香族ポリアミド、全芳香族ポリエステル及びアモルファスポリオレフィンからなる群から選ばれる1つであることが好ましい。ただし、本発明のポリマーの表面改質方法では、ポリマーとして上記樹脂以外の各種の樹脂を用いても良い。例えば、ポリ乳酸、ポリアミド、ポリエーテルイミド、ポリアミドイミド、ポリエステル、ポリアセタール、ポリメチルペンテン、ポリテトラフルオロエチレン、液晶ポリマー、スチレン系樹脂、ポリメチルペンテン、ポリアセタール等やそれらを複合種混合したもの、これらを主成分とするポリマーアロイやこれらに各種の充填剤を配合したもの等の各種熱可塑性樹脂を用いても良い。
本発明のポリマーの表面改質方法では、上記有機物質が上記超臨界流体に溶解する有機物質であることが好ましい。有機物質として超臨界流体に溶解するものを用いた場合には、有機物質が超臨界流体に溶解した状態でポリマーに浸透するので、有機物質がポリマー内に浸透し易くなる。
本発明のポリマーの表面改質方法では、上記有機物質が色素であることが好ましい。有機物質として、例えばアゾ系等の染料、蛍光染料やフタロシアニン等の有機色素材料を用いた場合には、ポリマー表面を染色することができる。
なお、本発明では、有機物質と称しているポリマー基板の表面に浸透させる物質として、種々の有機物や有機化合物で修飾された無機材料を用いても良く、特に超臨界流体にある程度溶解するものであれば、任意のものを用いることができる。それゆえ、有機物質として蛍光物質を用いる場合には、有機蛍光材料に限らず無機蛍光材料も用い得る。具体的には、次のような蛍光物質が用い得る。
蛍光物質は、紫外線または赤外線照射により蛍光を発光する物質であって、無機蛍光材料と有機蛍光材料に大別することができる。
有機蛍光材料としては、ジアミノスチルベンジスルホン酸誘導体、イミダゾール誘導体、クマリン誘導体、トリアゾール、カルバゾール、ピリジン、ナフタル酸、イミダゾロン等の誘導体、フルオレセイン、エオシン等の色素、アントラセン等のベンゼン環を持つ化合物などを用いることができる。
また、有機蛍光材料として、超臨界流体に溶解しない材料を用いることも可能である。超臨界流体に溶解しない有機蛍光材料を用いた場合には、超臨界流体をポリマー表面に接触させた際に、ポリマー表面に付加された有機蛍光材料が、超臨界流体の圧力によってポリマー内に浸透する。この場合、該有機蛍光材料としては、ポリマー基材内に容易に浸透可能な分子の大きさを考慮して、特に分子量5000以下の材料を用いることが望ましい。
無機蛍光材料としては、酸化亜鉛などが用い得る。また、無色の無機蛍光材料としては、Ca、Ba、Mg、Zn、Cd等の酸化物、硫化物、ケイ酸塩、リン酸塩、タングステン酸塩などの結晶を主成分とし、Mg、Ag、Cu、Sb、Pb等の金属元素もしくはランタノイド類などの希土類元素を活性剤として添加して焼成して得られる顔料を用いることもできる。
さらに、赤色光を発光する無機蛍光材料としては、例えば、Y2O3:Eu、YVO4:Eu、Y2O2S:Eu、3.5MgO、0.5MgF2GeO2:Mn、(Y,Gd)BO3:Eu、Y(P,V)O4:Eu等を用いることができる。
緑色光を発光する無機蛍光材料としては、例えば、ZnO:Zn、Zn3SiO2:Mn、Zn3S:Cu,Al、(Zn,Cd)S:Cu,Al、ZnS:Cu,Au,Al、Zn2SiO4:Mn、ZnS:Ag,Cu、(Zn,Cd)S:Cu、ZnS:Cu、Gd2O2S:Tb、La2O2S:Tb、Y2SiO5:Ce,Tb、Zn2GeO4:Mn、CeMgAl11O13:Tb、SrGa2S4:Eu2+、ZnS:Cu,Co、MgO・nB2O3:Ce,Tb、LaOBr:Tb,Tm、La2O2S:Tb、ZnS:Cu(Mn)等を用いることができる。
青色光を発光する無機蛍光材料としては、例えば、ZnS:Ag、CaWO4、Y2SiO5:Ce、ZnS:Ag,Ga,Cl、Ca2B5O3Cl:Eu2+、BaMgAl14O23:Eu2+、Sr3(PO2)3Cl:Eu等を用いることが可能である。そして、上述のような無機蛍光材料を用いる場合には、これらの無機蛍光材料を化学修飾、物理修飾して超臨界流体に可溶化処理することがより好ましい。なお、上記蛍光材料は用途等に応じて適宜選択することができる。
また、本発明のポリマーの表面改質方法では、上記有機物質がポリエチレングリコールであることが好ましい。有機物質としてポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリアルキルグリコール等を用いた場合には、ポリマーの表面を親水化することができる。特に、ポリエチレングリコールは、例えば超臨界二酸化炭素に対して溶解するため比較的ポリマーに浸透し易く、また、親水基(OH)を有する。それゆえ、有機物質としてポリエチレングリコールを用いた場合には表面が親水化されたポリマーを作製し易いので好ましい。また、生体適合性に優れたポリエチレングリコールを用いて親水化されたポリマーは、バイオチップやマイクロTAS(micro total analysis system)等に用いられるポリマーとしても好適である。例えば、疎水性材料であるポリマー表面を親水化することにより、核酸やタンパク質の固着を制御する効果や、ポリマー表面の親水化−疎水化の微小領域における区分けにより核酸の疎水化率による分離を行うことが可能となる。
本発明のポリマーの表面改質方法では、上記有機物質が金属錯体であることが好ましい。上述のように、本発明では、有機物質と称しているポリマー基板の表面に浸透させる物質として、種々の有機物や有機化合物で修飾された無機材料を用いても良く、特に超臨界流体にある程度溶解するものであれば、任意のものを用いることができる。このような有機物質のベースとなる無機材料としては、例えば、金属アルコキシド、有機金属錯体等が挙げられる。なお、有機物質として有機金属錯体を用いた場合には、ポリマーに無電解メッキの触媒核を形成することができる。この場合、本発明のポリマーの表面改質方法では、さらに、上記有機物質が付加された領域に、無電解メッキによりメッキ層を形成することを含むことが好ましい。
また、本発明のポリマーの表面改質方法では、次のような有機物質を用いても良い。有機物質としてベンゾフェノン、クマリン等の疎水性紫外線安定剤を用いた場合には、ポリマーの風化後の引っ張り強度を向上することができる。また、有機物質としてフッ素化有機銅錯体等のフッ素化合物を用いた場合には、ポリマーの摩擦性が向上したり、撥水機能を持たせることができる。さらに、該有機物質としてシリコンオイルを用いた場合には、撥水機能が発現する。
また、本発明のポリマーの表面改質方法では、有機物質として、超臨界流体に溶解しない材料を用いることも可能である。超臨界流体に溶解しない有機物質を用いた場合には、超臨界流体をポリマー表面に接触させた際に、ポリマー表面に部分的に付加(塗布)された有機物質が、超臨界流体の圧力によってポリマー内に浸透する。この場合、有機物質に用いる材料としては任意の材料を用い得るが、ポリマー内に容易に浸透可能な有機物質の分子の大きさを考慮して、特に分子量5000以下の材料を用いることが望ましい。ただし、金属微粒子、カーボンナノチューブ、フラーレン、ナノホーン等のナノカーボン、酸化チタン等、無機材料を用いる場合には、それらの無機材料を化学修飾、物理修飾して超臨界流体に可溶化処理することが望ましい。
本発明のポリマーの表面改質方法において、ポリマーの表面の所定領域に有機物質を選択的(部分的)に付加する方法としては、有機物質を液状化してこれをスクリーン印刷法やインクジェット法などの印刷方法で付加する方法が好ましい。それ以外の方法としては、メタルマスクやフォトリソグラフィー法を用い作製したレジストマスクをポリマー上に設置した後、有機物質を含有した溶液を塗布する方法を採用しても良い。有機物質を液状化する方法としては、有機物質を加熱して軟化させる方法や、有機物質を所定の溶媒に溶解する方法などが挙げられるが、温度調整を行う必要のない点から溶媒に溶解する方法が簡便で好適である。
本発明のポリマーの表面改質方法では、上記ポリマーの表面の所定領域に有機物質を付加することが、上記ポリマー表面に所定の溝パターンを形成することと、該溝パターン内に上記有機物質を付加することとを含むことが好ましい。
本発明のポリマーの表面改質方法では、有機物質が付加されるポリマー表面に成形加工等により、所定の凹凸パターンが設けられていることが望ましい。例えば、ポリマー表面に溝パターンを形成すると、該溝パターンを有機物質をポリマー表面の一部(所定パターン)に付加する際のガイドとして用いることができる。
上述のようにスクリーン印刷法やインクジェット法による印刷方法で有機物質を平坦なポリマー表面に付加する場合、現状では、技術的に100μm以下の微細パターンを形成することは困難である。また、有機物質を平坦なポリマー表面に付加した場合、ポリマー表面に超臨界流体を接触させると、有機物質のパターンの滲み等により、微細パターンを形成することが困難になる恐れもある。しかしながら、例えば、100μm以下、より望ましくは50μm以下、さらに望ましくは10μm以下の幅あるいは深さを有する凹凸パターンをポリマー表面に形成して、その凹凸パターン部に例えばインクジェット法などにより有機物質を付加すると、毛細管現象により有機物質が凹凸パターン部に沿って引き伸ばされ、ポリマー表面に有機物質のより微細なパターンを形成することができる。
また、この方法を用いると、凹凸パターン内部に有機物質が入り込んでいるので、ポリマー表面に超臨界流体を接触させても有機物質のパターンが滲み難くなり、有機物質のパターンの大きさや精度を補うことも可能になる。さらに、ポリマー表面に所定の微細な凹凸パターンを形成すると、超臨界流体にポリマーが接触した際に、凹凸パターン内部に付加された有機物質が超臨界流体の側に溶出して拡散することを抑制する効果も大きくなる。なお、ポリマー表面に形成される凹凸パターンとしては溝パターンのように凹パターンであることが好ましいが、凸パターンを形成して凸パターン間の谷部を利用することも可能である。
本発明のポリマーの表面改質方法では、上記有機物質が付加される上記ポリマーの表面が立体であることが好ましい。
本発明のポリマーの表面改質方法では、さらに、上記ポリマーの表面の所定領域に付加された上記有機物質を被覆するようにコーティング層を形成することを含むことが好ましい。
有機物質をコーティング層で覆うことにより、超臨界流体をポリマーに接触させた際に、超臨界流体に溶解して流体状態にある有機物質がポリマーの表面近傍から外部に飛散しない。それゆえ、有機物質をコーティング層で覆った場合には、超臨界流体に溶解された有機物質をポリマー内部に効率良く且つ高濃度で浸透させることができる。また、有機物質がコーティング層に覆われているため、ポリマー上に付加された有機物質の所定パターンが滲むことなく有機物質を浸透させることができ、ポリマーの表面改質すべき所定パターンの領域を高精度で改質することができる。
また、本発明のポリマーの表面改質方法では、上記ポリマーの表面の所定領域に有機物質を付加することが、上記ポリマーに接して所定パターンの開口部を有するマスク層を形成することと、上記マスク層の少なくとも開口部に上記有機物質の層を形成することと、上記有機物質の層上にコーティング層を形成することとを含むことが好ましい。
この場合にも、有機物質の層がコーティング層及びマスク層で覆われているので、超臨界流体をポリマーに接触させた際に、超臨界流体に溶解して流体状態にある有機物質がポリマーの表面近傍から外部に飛散せず、有機物質をポリマー内部に効率良く且つ高濃度で浸透させることができる。また、有機物質がコーティング層及びマスク層に覆われているため、ポリマー上に付加された有機物質の所定パターンが滲むことなく有機物質を浸透させることができ、ポリマーの表面改質すべき所定パターンの領域を高精度で改質することができる。
なお、マスク層は超臨界流体を遮蔽することが可能であり、ポリマーの表面に付着/密着する材料であり、且つ、超臨界流体をポリマーに接触させる処理を行った後、該ポリマーに損傷を残すことなく除去できる材料であれば、任意の材料が用い得る。このような性質を有する材料でマスク層を形成することにより、マスク層が付着/密着したポリマーの領域に超臨界流体が浸入することを防ぐことができる。そのような性質を有する材料としては、高分子材料を用いることができ、例えば、感光性樹脂、熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂などが好適である。特にポリマー上に所定のパターンを容易に形成し、且つポリマーへの密着の容易さから感光性樹脂材料が好適であり、例えば、ポリエステルアクリレート、エポキシアクリレート、ウレタンアクリレート、シリコーンアクリレートなどのオリゴマーをベース材料として配合された材料等が用い得る。また、ポリマー基材に熱可塑性樹脂を用いた場合、ポジ型レジスト1805(シプレイ・ファーイースト社製)を用いることが好ましい。この感光性樹脂材料は、超臨界流体を遮蔽することが可能であり、ポリマーの表面に付着/密着する材料であるとともに、除去する際にはプロパノール、ブタノール、エタノール、メタノールなどを用いることができるので、マスク層除去の際にもポリマー基材を傷めることなく処理することが可能である。
なお、本発明のポリマーの表面改質方法では、マスク層の開口部以外の領域において、超臨界流体の遮蔽し、且つ、ポリマー基材へのダメージの抑制するために、マスク層とポリマー基材との間に上記効果を発揮する下地層を設けても良い。
また、マスク層の形成方法として、ポリマーの表面改質すべき領域を開口部とするマスク層を形成することが可能な方法であれば任意の方法が用い得るが、特に、液状化した感光性樹脂などのマスク材料をスクリーン印刷法やインクジェット法などの印刷法によりポリマーの表面改質すべき領域以外の領域に付着させ、硬化させることによりマスク層を形成することが好ましい。また、これ以外のマスク層の形成方法としては、感光性樹脂をポリマー全面に塗布した後、メタルマスクやフォトリソグラフィー法などを用いて、ポリマー上の表面改質すべき領域の該感光性樹脂を除去して、マスク層を形成することも可能である。なお、マスク材料を液状化する方法としては、マスク材料を加熱して軟化させる方法や、マスク材料を所定の溶媒に溶解する方法などが挙げられるが、温度調整を行う必要のない点から溶媒にマスク材料を溶解する方法が簡便で好適である。
本発明のポリマーの表面改質方法で用い得るコーティング層の材料としては、超臨界流体を比較的透過させることができ、且つ有機物質の拡散を抑えることができる材料を選択することが好適である。このような性質を有する材料でコーティング層を形成すると、上述のように、有機物質を溶解した超臨界流体をポリマー表面に誘導し、且つ該有機物質がポリマー表面から拡散することを抑制しつつ、超臨界流体をポリマーに接触させることができるので、有機物質を効率良く且つ高濃度でポリマーに浸透させることができる。また、本発明のポリマーの表面改質方法では、コーティング層が有機物質より超臨界流体に溶解し難い材料で形成されていることが好ましい。
上記性質を有するコーティング層の材料として、例えば、各種の水溶性樹脂(水溶性高分子)を用いることができる。水溶性樹脂としては、例えば、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、デンプン、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、アルギン酸ナトリウムなどが挙げられる。また、その他のコーティング層の形成材料としては、ポリエチレンオキサイド、ポリアクリル酸ナトリウム、ポリアクリルアミド、セルロース、ポリエチレングリコール、ポリビニルピロリドンなどを用いることができる。コーティング層を水溶性樹脂で形成した場合には、浸透物質をポリマー基材に浸透させた後に、コーティング層を除去する際に、ポリマーを水で洗い流すことでコーティング層を除去することができるので、ポリマーにダメージを与えることなく除去することができる。
本発明のポリマーの表面改質方法では、上記コーティング層が、ディッピング法、ロールコーティング法、スクリーン印刷法及びスプレー法からなる群から選ばれる1つの方法で形成されるが好ましい。なお、ポリマーの有機物質上にコーティング層を付加する方法として、少なくとも有機物質の付加部分が被覆されるように付加できる方法であれば任意の方法を用いることができ、上記方法以外でも種々の公知の付加方法を用いることができる。コーティング層の厚さは、超臨界流体が浸透しやすく且つ浸透物質が拡散しないような厚さであれば任意であり、コーティング層の厚さは、使用するポリマー、有機物質等に応じて適宜設定し得る。なお、一般的にはコーティング層の厚さは、5μm〜200μmの範囲であることが好ましく、また均一であることが好適である。
本発明のポリマーの表面改質方法によれば、ポリマー表面の所定領域(所定パターン)にのみ有機物質を付加し、そのポリマー表面に超臨界流体を接触させることにより、ポリマーの表面を部分的に改質することができる。それゆえ、ポリマー表面を選択的に且つ微細に表面改質を行うことができる。
また、本発明のポリマーの表面改質方法によれば、ポリマー表面に有機物質の微細なパターン形成する際に、インクジェット法やスクリーン印刷法などで有機物質をポリマー表面の所定領域に付加するので、微細パターンを形成するための金型を必要としないため、低コストであり、またプロセスが簡略化される。
さらに、本発明のポリマーの表面改質方法では、様々な機能を発現する有機物質をポリマー内部に浸透させることができるので、有機物質の機能が持続し、耐候性に優れた機能性ポリマーを提供することができる。
また、本発明のポリマーの表面改質方法において、ポリマーの所定領域に塗布された有機物質をコーティング層またはコーティング層及びマスク層で覆った場合には、超臨界流体をポリマーに接触させた際に、超臨界流体に溶解して流体状態にある有機物質がポリマーの表面近傍から外部に飛散せず、有機物質をポリマー内部に効率良く且つ高濃度で浸透させることができる。また、この場合、ポリマー上に付加された有機物質の所定パターンが滲むことなく有機物質を浸透させることができ、ポリマーの表面改質すべき所定パターンの領域を高精度で改質することができる。
以下に、本発明のポリマーの表面改質方法の実施例について図面を参照しながら具体的に説明するが、本発明はこれに限定されない。
実施例1では、図2に示すように、ポリマー基板1の表面に色素2を文字パターン(「A」及び「B」)で付加し、その部分においてのみ色素2をポリマー1内に浸透させて表面改質を行う方法について説明する。
[表面改質方法に用いる高圧装置]
まず、実施例1の表面改質方法に用いる高圧装置について、図3を用いて説明する。図3は、この例の表面改質方法に用いる高圧装置の概略構成図である。高圧装置100は、図3に示すように、主に、高圧容器11と、CO2ボンベ12と、超臨界流体調整装置13と、それらの構成要素を繋ぐ配管16a及び16bとで構成されている。
高圧容器11は、図3に示すように、表面に凹部31が形成された容器本体33と、蓋34とを含み、容器本体33の凹部31の外壁上面にはO−リング32が設けられている。そして、図3に示すように、蓋34を容器本体33の凹部側の上面に載置してボルト締めすることにより、容器本体33の凹部31が密閉される。また、高圧容器11には、図3に示すように、容器本体33の凹部31と流通した流路36及び導入口35が形成されている。また、流路36は、図3に示すように、導入口35を介して外部の超臨界流体を流す配管16bと流通しており、高圧容器11の外部で生成された超臨界流体は、配管16bから導入口35及び流路36を通って密閉された容器本体33の凹部31に効率良く導入される。この際、容器本体33の凹部31はO−リング32を介して蓋34により密閉されているので、導入口35及び流路36を介して凹部31に導入された超臨界流体が高圧容器11の外部に漏れ出すことはない。
超臨界流体調整装置13は、図3に示すように、主に、ブースターポンプ21と、バッファータンク17とから構成されている。CO2ボンベ12と超臨界流体調整装置13とは配管16aによって接続されており、CO2ボンベ12から配管16aを介して超臨界流体調整装置13に導入されたCO2ガスは、ブースターポンプ21により、バッファータンク17内に導入される。そして、導入されたCO2ガスは、バッファータンク17内で所定の圧力に昇圧され、バッファータンク17に設けられたヒーター14aにより所定の温度に調整された超臨界状態のCO2ガス(超臨界二酸化炭素)となる。バッファータンク17内で発生した超臨界二酸化炭素は、温調装置14bで所定の温度に温調された配管16bを通過して、高圧容器11の導入口35から流路36を介して密閉された凹部31内に導入される。
[ポリマーの表面改質方法]
次に、この例のポリマーの表面改質方法について説明する。まず、表面が平坦なポリマ−基板1を用意した。ポリマー基板1にはガラス転移温度Tgが約130℃のポリカーボネート樹脂を用いた。次いで、そのポリマー基板1の表面にスクリーン印刷法により色素2(有機物質)を所定パターン(文字パターン)で付加した。この例では、部分的な表面改質の効果を評価するために、図2に示すように、色素2のパターンとしてアルファベット「A」及び「B」を形成した。また、ポリマー基板1に付加する色素2としては、下記化学式(1)で表される染料Blue35のアルコール溶液を用いた。なお、この際、色素溶液の塗布厚さが約15μmとなるように付加した。次いで、色素2を塗布したポリマー基板1を70℃にて1時間乾燥させ、その後、室温にて1時間冷却した。
上述のようにして、図2に示したような表面に色素2を所定の文字パターンで付加したポリマー基板1を得た。この時点のポリマー基板1の概略断面図を示したのが図1(a)であり、この時点では、ポリマー基板1上に色素2が塗布されただけの状態であり、色素2はポリマー基板1内には浸透していない。
次いで、ポリマー基板1を高圧容器11の凹部31の底部に設置した。その後、蓋34を容器本体33上に載置してボルト締めすることにより高圧容器11内の凹部31を密閉した。次に、高圧容器11内の凹部31内に超臨界流体を以下のようにして導入した。まず、CO2ボンベ12からCO2ガスが超臨界流体調整装置13のブースターポンプ21を経由してバッファータンク17内に導入される。導入されたCO2ガスは、バッファータンク17内で昇圧・加熱されて超臨界状態のCO2(超臨界二酸化炭素)が発生する。この例では、温度40℃、圧力15MPaの超臨界二酸化炭素を発生させた。次いで、バルブ15bを開放して、バッファータンク17内で所定の圧力に調整された超臨界二酸化炭素を高圧容器11の導入口35及び流路36を介して、高圧容器11内の密閉された凹部31に導入して滞留させた(図1(b)の状態)。
なお、超臨界流体調整装置13と高圧容器11とを繋ぐ配管16bは、温調装置14b(例えば、温水循環型の温調装置)によって所定の温度に温調されているので、配管の調整温度に応じてこの配管16bを通過する超臨界二酸化炭素の温度も調整することができる。それゆえ、温調装置14bにより、超臨界二酸化炭素が導入された高圧容器11の凹部31内の温度調節も可能となる。なお、超臨界流体は温度調節されることにより、高圧容器11内での温度や圧力が変化するが、本実施例における上記超臨界流体の温度や圧力条件は、高圧容器11導入前の状態を示したものである。
高圧容器11の凹部31内部に導入された超臨界二酸化炭素がポリマー基板1の表面に接触すると、ポリマー基板1の表面に部分的に付加された色素2が超臨界二酸化炭素に溶解して、超臨界二酸化炭素とともにポリマー基板1の内部に浸透する。
次いで、超臨界流体調整装置13内の開放弁24を開放して、高圧容器11内の凹部31を大気開放した後、高圧容器11からポリマー基板1を取り出した(図1(c)の状態)。
上述のプロセスにより図2に示すような色素2の文字パターンが、ポリマー基板1内部に浸透した状態のポリマー基板1を得た。すなわち、色素2で部分的に表面改質が行われたポリメチルメタクリレート樹脂からなるポリマー基板1を得ることができた。
上述のように、本発明のポリマーの表面改質方法では、予めスクリーン印刷法等の印刷方法で、ポリマー表面の所定部分に色素などの有機物質を付加することができるので、微細な凹凸パターンを形成した金型を用いることなくポリマー表面を部分的に表面改質することができる。それゆえ、ポリマー表面に形成するパターンに応じて個々に金型を作製する必要もなく、低コストであり、またプロセスを簡略化することができる。
[密着性の評価]
上述のプロセスで得られたポリマー基板1の表面に形成された色素2の密着性を評価した。具体的には、色素材料(染料)の良溶媒であるイソプロピルアルコールにポリマー基板1を浸漬して評価した。なお、比較のため染料色素をポリマー基板1にスクリーン印刷した後、上述の表面改質処理(超臨界流体と接触させて色素材料をポリマー基板に浸透させる処理)を行わなかったポリマー基板(以下、比較例1のポリマー基板という)を作製して密着性の評価を行った。その結果、比較例1のポリマー基板をイソプロピルアルコールに浸漬すると染料が溶出し印字が消えた。しかしながら、この例で作製したポリマー基板1では、印刷部(文字パターン部)の色の消失がみられなかった。
[断面構造]
実施例1で作製したポリマー基板(所定の表面領域を部分的に表面改質したポリマー基板)と、比較例1で作製したポリマー基板において、有機物質(色素)のポリマー基板表面への浸透の様子を分析した。具体的には、実施例1及び比較例1のポリマー基板の色素を付加した部分の基板の厚さ方向における色素の濃度分布について調べた。測定方法としては、ポリマー基板を表面からスパッタリングで掘り下げ、ESCA(Electron Spectroscopy for Chemical Analysis)を用いて色素の相対的な含有量(所定深さの色素含有量に対する各測定深さにおける色素含有量(但し、任意スケールで表す))の変化を測定した。その結果を図8に示した。図8では、横軸にポリマー基板の厚さ方向の深さ位置をとり、縦軸には色素の含有量の相対値を示した。なお、図8中の白丸印が実施例1の測定結果であり、黒丸印が比較例1の測定結果である。また、横軸の0の位置は基板の最表面であり、印刷層(色素)との境界面である。すなわち、図8の特性においては、図面上の右側に向かって基板の深さ位置が深くなる方向になる。図8から明らかなように、実施例1で作製したポリマー基板では、基板の最表面付近から約400nmの基板深さまで色素が浸透していることが分かった。一方、比較例1で作製したポリマー基板では、図8から明らかなように、基板内部への色素の浸透はほとんど見られなかった。
上記結果から明らかなように、この例で作製したポリマー基板は、表面改質処理を行わなかったポリマー基板に比べて、色素材料がポリマー基板の表面から内部に高濃度で浸透しており、色素が浸透したポリマー基板の領域では色素が剥離しにくい状態に改質されていることが分かった。
実施例2では、マイクロTASと呼ばれる生化学分析等に用いられるプレートに本発明の表面改質方法を適用した例を説明する。この例で作製したマイクロTASの概略構成を図4に示した。
この例のマイクロTAS40では、ポリマー基板41上に、図4(a)に示すような有機物質43のパターン42を形成した。ポリマー基板41としては、ガラス転移温度Tgが約100℃のポリメチルメタクリレート樹脂(旭化成工業(株)製、商品名:デルペット560F)からなる平坦なポリマー基板を用いた。パターン42を形成する有機物質43としては、平均分子量が約1000のポリエチレングリコール(PEG)を用いた。すなわち、この例では、ポリマー基板1の表面の所定領域にPEG43を付加して超臨界流体を接触させることにより、PEG53が付加された表面領域を親水化する表面改質処理を行った。
有機物質43のパターン42は、図4(a)に示すように、液体状のサンプルが注入される円形部42aと、円形部42aからポリマー基板41の長手方向に沿って延在する流路42bと、流路42bの途中から分かれた3つの分流路42cと、3つの分流路42cのそれぞれの先端に形成された試薬が注入される3つの小円形部とから構成した。なお、この例では、円形部42aの直径を5mm、小円形部42dの直径を2mm、流路42b及び小流路42cの幅を300μmとした。この例ではポリマー基板1の表面は平坦面である。PEG43のパターン42はスクリーン印刷によりポリマー基板41上に印刷して付加した。この際、60℃に加熱して軟化させたPEG43をポリマー基板41の表面にスクリーン印刷で付加した。
次に、スクリーン印刷でPEG43のパターン42が形成されたポリマー基板41を、実施例1で用いた高圧容器11の凹部31に設置して、高圧容器11内部を密閉した。次いで、実施例1と同様にして、ポリマー基板41の表面に、超臨界二酸化炭素に接触させてPEG43をポリマー基板41内部に浸透させた。なお、この際、高圧容器11内部には、圧力P=15MPa、温度50℃の超臨界二酸化炭素を導入し滞留させ、超臨界二酸化炭素の圧力Pが安定した後、その状態を30分間保持した。これにより、ポリマー基板41の表面に塗布されたPEG43が超臨界二酸化炭素に溶解して、超臨界二酸化炭素とともにポリマー基板41内部に浸透する。ただし、この際、PEG43が付加されていない部分にも超臨界二酸化炭素が接触するが、この部分にはPEG43が付加されていないので、この部分のポリマー基板41の表面は改質されない。
次いで、実施例1と同様にして高圧容器11内部を大気開放し、高圧容器11からポリマー基板41を取り出した。こうして、ポリマー基板41表面のパターン42部にのみPEG43が浸透した、即ち、PEG43が付加された部分だけが表面改質されたポリメチルメタクリレート樹脂からなるマイクロTAS40を得ることができた。この例で作製されたマイクロTAS40では、PEG43が浸透したポリマー基板41の表面部(パターン42部)のみが親水化されている。
次に、上述のようにして作製されたこの例のマイクロTAS40の表面における濡れ性を評価した。なお、この評価では、比較のため表面改質処理(超臨界流体に接触させることによるPEGの浸透させる処理)を行わなかったマイクロTAS(以下、比較例2のマイクロTASという)も作製して濡れ性を評価した。その結果、比較例2のマイクロTASでは、PEGが付加された表面部分の水の接触角が約55°であったのに対して、この例のマイクロTAS40(表面改質処理を行ったマイクロTAS)ではPEGが付加された表面の水の接触角は約10°であった。すなわち、この例で作製したマイクロTAS40のように、表面改質処理を行う(超臨界二酸化炭素を接触させる)ことにより、PEGが付加された部分の濡れ性が大幅に改善される(親水性が向上する)ことが分かった。また、この例で作製したマイクロTAS40上に形成された円形部42a付近に水滴を滴下したところ、その水は流路42b及びに分流路42cに沿って伝わり、小円形部42dに到達する様子が確認できた。
また、この例のマイクロTAS40を24時間水に浸漬した後に再度濡れ性を確認したところ、水の接触角は殆ど変化し無かった。さらに、この例のマイクロTAS40を10ヶ月間大気中に放置した後に、PEGが付加された領域の濡れ性を確認したところ、水の接触角は13°であり、良好な濡れ性が維持されることが分かった。これは、PEGがポリマー内部に高濃度に浸透しているため、濡れ性が安定に保持されているためであると考えられる。
実施例3では、実施例2と同様にマイクロTASに本発明の表面改質方法を適用した例を説明する。ただし、この例では実施例2よりさらに微細な有機物質のパターンをポリマー基板上に形成する場合に好適な表面改質方法を説明する。
この例で作製したマイクロTASの概略構成図を図5に示した。この例のマイクロTAS50では、図5(a)及び(b)に示すように、ポリマー基板51の表面に、実施例2で作製したマイクロTASのポリマー基板表面に形成されたPEGのパターンと同様の溝パターン52を形成し、その溝パターン内にPEG53を付加した。この例のマイクロTAS50では、溝パターン52の寸法を次の通りとした。円形部52aの直径を5mm、流路52b及び分流路52cの幅をともに100μm、小円径部52dの直径を2mm、そして、円形部52a、小円径部52d及び溝パターン52の深さはいずれも100μmとした。また、この例では、ポリマー基板51としてPMMA(ポリメチルメタクリレート)樹脂を用い、溝パターン52内部に付加する有機物質としてPEG(ポリエチレングリコール)53を用いた。この例のマイクロTAS50は次のようにして作製した。
まず、ポリマー基板51に形成する溝パターン52とは逆の凹凸パターンが形成された金型を用意し、その金型を用いて射出成形により、図5に示すような溝パターン52が表面に形成されたポリマー基板51を作製した。なお、この例では、金型上の凹凸パターンを精密機械加工により形成したが、リソグラフィー法を応用して金型上に凹凸パターンを形成しても成形しても良い。
次に、図5(a)に示すように、上述の方法で形成されたポリマー基板51の溝パターン52に沿ってPEG53をインクジェット法により付加した。この際、60℃に加熱されて軟化した状態のPEG53をインクジェットヘッドから吐出して、ポリマー基板51表面に形成された溝パターン52内部に付加した。なお、この工程でPEG53が溝パターン52からはみ出した場合には、その不要なPEG53を水やアルコールなどを用いて拭き取り、除去することが好ましい。
PEG53をポリマー基板51の溝パターン52内に付加した後は、実施例2と同様にして、超臨界二酸化炭素をポリマー基板52の表面に接触させて、PEG53をポリマー基板52の溝パターン部52に浸透させて表面改質を行った(親水化した)。このようにして、この例のマイクロTAS50を得た。上述のような方法でマイクロTASを作製すると、100μm以下のパターンで有機物質をポリマー基板上に付加することができ、より微細なパターン部分のみを表面改質したマイクロTASを作製することができる。
また、この例で作製したマイクロTAS50に対して、実施例2と同様にして濡れ性を評価した。その結果、実施例2と同様の結果が得られた。すなわち、PEGを浸透させたパターン部でのみ濡れ性が向上し、親水化し、且つそれが安定に保持されることが確認された。
実施例4では、表面が立体形状のポリマー基板に対して本発明のポリマーの表面改質方法を適用した例を説明する。具体的には、この例では、レンズと、レンズによる結像を電気信号として検出するイメージセンサーとを一体に有するワンチップ型のレンズモジュールのモジュール基材に回路配線を行う際に、本発明のポリマーの表面改質方法を適用した例を説明する。
この例で作製したレンズモジュールの概略構成を図6に示した。この例で作製したレンズモジュール60は、図6(a)及び(b)に示すように、基材61(ポリマー基板)と、レンズ62と、イメージセンサー63とから構成される。基材61の一方の面61a(図6(a)中の上面)は略平坦面であり、他方の面61b(図6(a)中の下面)は凹形状の立体面となっている。レンズ62は、図6(a)に示すように、基材61の平坦面61aの中央部分に基材61と一体的に搭載されており、イメージセンサー63は、凹状の立体面61bの底部61e上に設置される。そして、この例のレンズモジュール60では、図6(b)に示すように、基材61の凹状の立体面61bの上部61dと底部61eとを繋ぐ複数の立体配線64が形成されている。この立体配線64は、イメージセンサーを基材61の凹状の立体面61b上に搭載するために必要な配線である。
基材61としては、ガラス転移温度Tgが約145℃のアモルファスポリオレフィンからなるポリマー基板を用いた。
立体配線64はCu膜で形成した。立体配線64の作製方法を次の通りである。まず、基材61の凹状の立体面61b上の配線パターンに対応する領域にメッキベースを形成する。具体的には、ビス(アセチルアセトナト)パラジウム金属錯体(有機物質)のヘキサン溶液を、インクジェット印刷法により基材61の凹状の立体面61b上の配線パターン部に付加する。次いで、実施例2と同様にして、基材61に超臨界二酸化炭素を接触させて凹状の立体面61bの配線パターン部に付加した金属錯体を基材61内部に浸透させ安定化させる。なお、超臨界二酸化炭素に溶解し、還元してメッキ核となりうる金属錯体としては、白金ジメチル(シクロオクタジエン)、ビス(シクロペンタジエニル)ニッケル、ビス(アセチルアセトネート)パラジウム等を用いることもできる。
その後、還元剤(水素化ホウ素ナトリウム)に基材61を浸漬し、金属錯体を還元し金属微粒子とした。このようにして、基材61の凹状の立体面61b上の配線パターンに対応する領域にメッキベースを形成した。
次に、基材61の凹状の立体面61b側に無電界メッキによりCuをメッキした。この際に金属錯体が浸透して表面改質された部分(メッキベースの部分)にのみCu膜が成長する。この例では、膜厚10μmのCu膜を形成した。こうして、図6に示すような基材61の立体面61bにCu膜からなる立体配線64を形成した。上述のように、本発明の表面改質方法を適用するポリマー基板が本実施例のように立体構造を有する場合、インクジェット法によるパターン印刷を行うことにより、該立体部(凹凸部)に有機物質を付加することができる。それゆえ、本発明の表面改質方法を用いることにより、従来不可能であった立体部への配線などを可能にすることができた。
次に、この例で作製されたレンズモジュール60の立体配線64の密着性を評価した。具体的には、基材61の立体面61bに形成された立体配線64に対して粘着テープによる引き剥がし試験を行った。なお、比較のため、基材61の立体面61bを表面改質処理(超臨界二酸化炭素を接触させて金属錯体を浸透させる処理)しないレンズモジュール(以下、比較例3のレンズモジュールという)を作製して密着性を調べた。その結果を図7に示した。図7から明らかなように、比較例3のレンズモジュールでは立体配線は、引き剥がし試験において簡単に剥離した。それに対して、この例のレンズモジュール60では、立体配線64は剥離しにくくなっており、密着性が大幅に改善されていることが分かった。さらに、表面改質処理後のレンズモジュールを10ヶ月間大気中に放置した後に立体配線64の密着性を確認したところ、剥離しにくく、良好な密着性が維持されることが分かった。
実施例5では、図9に示すように、ポリマー基板71の表面に蛍光物質72を文字パターン(「A」及び「B」)を付加し、その部分にのみ蛍光物質(蛍光材料)をポリマー71内に浸透させて表面改質(蛍光画像形成)する方法について説明する。ここで、実施例5の表面改質方法を説明する前に、有機物質として蛍光材料を用いる用途並びに課題等ついて説明する。
従来、ポリマー上に蛍光材料を付加する技術は、例えば、印刷物(カード)のセキュリティ性を高めるための技術として応用されている。印刷物に蛍光材料で種々の情報を印刷した場合には、通常の可視光線下では肉眼で視認することができないが、可視光線以外の特定の光線を照射したときにはじめて肉眼で視認し得る画像が現れるので、印刷物(カード)のセキュリティ性を向上させることが可能になる。それゆえ、従来、印刷物(カード)に印刷された情報が簡単に破壊されないように、また、蛍光材料が剥がれないようにするために、カバーシート、保護層などを設けて、印刷部分を保護する方法が提案されている。例えば、特開平10−320499号公報では、蛍光画像形成層をオーバーシートで被覆している。また、従来、偽造防止カードの製造において発光材料を使用したものとして、例えば、特開平02−225091号公報で、蛍光塗料の発光識別標識を印刷した偽造防止用発光識別カードが提案されており、この特許文献では、蛍光塗料の発行識別標識がラミネートフィルムで被覆されている。
しかしながら、上述のような従来技術では、次のような課題がある。
(1)オーバーシートの被覆工程が増え、コストアップになり、安く且つ簡単に偽造防止を施したカードを作製することができない。
(2)カードを、例えば、炎天下で自動車のダッシュボードなどに長時間放置した場合、ガードが高温に曝され、オーバーシートの剥がれ等が生じる恐れがある。
(3)また、オーバーシートが故意に剥がされたりして、カードが偽造、変造される恐れがある。
(4)オーバーシートを被覆しない場合には、カードの保管や持ち運びの際に他の物品などとの擦過によって印刷部分の一部にかすれが生じたり、他の物品への引っかかりからカードの表層が剥がれたりし、カードの外観や機能を損なう恐れもある。
実施例5は上記課題を解決するためになされたものであり、製造コストアップを抑え、偽造を防止し且つ真偽を簡単に検証ができ、印刷部分の耐久性、耐摩耗性などに優れたカードを提供するためのポリマーの表面改質方法である。以下に、実施例5のポリマーの表面改質方法を図面を参照しながら具体的に説明する。
[ポリマー基材の表面改質方法]
この例のポリマー基材の表面改質方法について図3及び10を用いて説明する。なお、この例では、ポリマー基材に超臨界流体を接触するための高圧装置は、実施例1で用いた高圧装置(図3の高圧装置)と同様の装置を用いた。
まず、表面が平坦なポリマ−基材71を用意した。ポリマー基材71にはガラス転移温度Tgが約130℃のポリカーボネート樹脂を用いた。次いで、そのポリマー基材71の表面にスクリーン印刷法により蛍光物質72を所定パターン(文字パターン)で付加した。蛍光物質72として、有機蛍光物質であるキナゾロン誘導体(日本蛍光化学(株)社製、商品名:ルミコール1000)を用いた。この例では、部分的な表面改質の効果を評価するために、図9に示すように、蛍光物質72のパターンとしてアルファベット「A」及び「B」を形成した。なお、この際、有機蛍光物質溶液の塗布厚さが約15μmとなるように付加した。次いで、蛍光物質72を塗布したポリマー基材71を70℃にて1時間乾燥させ、その後、室温にて1時間冷却した。
上述のようにして、図9に示したような表面に蛍光物質72を所定の文字パターンで付加したポリマー基材71を得た。この時点のポリマー基材71の概略断面図を示したのが図10(a)であり、この時点では、ポリマー基材71上に蛍光物質72が塗布されただけの状態であり、蛍光物質72はポリマー基材71内には浸透していない。
次に、文字パターンで形成された蛍光物質72を被覆するように、コーティング層73をポリマー基材71上に形成した(図10(b)の状態)。具体的には、次のようにしてコーティング層73を形成した。なお、この例では、コーティング層73の形成材料としてはポリビニルアルコールを用いた。まず、ポリマー基材71の蛍光物質72が付加された側の表面全面にスピンコート法によりポリビニルアルコールを塗布した。この際、その塗布厚さを約100μmとした。次いで、ポリビニルアルコールが塗布されたポリマー基材71を70℃にて1時間乾燥させ、その後、室温にて1時間冷却した。このようにして、ポリマー基材71上にコーティング層73を形成した。なお、この時点においても、ポリマー基材71上に付加された蛍光物質72がコーティング層73に被覆されただけの状態であるので、蛍光物質72はポリマー基材71内には浸透していない。
次いで、ポリマー基材71を高圧容器11の凹部31の底部に設置した。その後、蓋34を容器本体33上に載置してボルト締めすることにより高圧容器11内の凹部31を密閉した。次に、高圧容器11内の凹部31内に超臨界流体を以下のようにして導入した。まず、CO2ボンベ12からCO2ガスが超臨界流体調整装置13のブースターポンプ21を経由してバッファータンク17内に導入される。導入されたCO2ガスは、バッファータンク17内で昇圧・加熱されて超臨界状態のCO2(超臨界二酸化炭素)が発生する。この例では、温度40℃、圧力15MPaの超臨界二酸化炭素を発生させた。次いで、バルブ15bを開放して、バッファータンク17内で所定の圧力に調整された超臨界二酸化炭素5を高圧容器11の導入口35及び流路36を介して、高圧容器11内の密閉された凹部31に導入して滞留させた(図10(c)の状態)。
なお、超臨界流体調整装置13と高圧容器11とを繋ぐ配管16bは、温調装置14b(例えば、温水循環型の温調装置)によって所定の温度に温調されているので、配管の調整温度に応じてこの配管16bを通過する超臨界二酸化炭素の温度も調整することができる。それゆえ、温調装置14bにより、超臨界二酸化炭素が導入された高圧容器11の凹部31内の温度調節も可能となる。なお、超臨界流体は温度調節されることにより、高圧容器11内での温度や圧力が変化するが、本実施例における上記超臨界流体の温度や圧力の条件は、高圧容器11導入前の状態を示したものである。
高圧容器11の凹部31内部に導入された超臨界二酸化炭素5がポリマー基材71のコーティング層73側から接触すると、まず、超臨界二酸化炭素5はコーティング層73に浸透する。次いで、コーティング層73に被覆された蛍光物質72に超臨界二酸化炭素5が到達し、蛍光物質72が超臨界二酸化炭素5に溶解する。そして、超臨界二酸化炭素5に溶解した蛍光物質72が、超臨界二酸化炭素5とともにポリマー基材71の内部に浸透する。この際、蛍光物質72は超臨界二酸化炭素5に溶解して流体状態にあるが、蛍光物質72がコーティング層73に被覆されているので、蛍光物質72がポリマー基材71の表面から外部に拡散することを抑制することができる。その結果、コーティング層73を形成しない場合に比べて、蛍光物質72を効率良く且つ高濃度でポリマー基材71に浸透させることができる。また、本実施例のように、ポリマー基材71上に所定パターンで付加した蛍光物質72を被覆するようにコーティング層73を形成した場合には、蛍光物質72のポリマー基材71の面内方向への拡散を抑制することができるので、蛍光物質72のパターンの滲みが抑制される。それゆえ、コーティング層73を形成しない場合に比べて、より微細なパターンを高精細に形成することが可能となる。
次いで、超臨界流体調整装置13内の開放弁24を開放して、高圧容器11内の凹部31を大気開放した後、高圧容器11からポリマー基材71を取り出した(図10(d)の状態)。この際、高圧容器11内の超臨界二酸化炭素を排出した後、室温に戻してから高圧容器11を開けてポリマー基材71を取り出した。次いで、ポリマー基材71を水で洗浄してコーティング層73を除去し、さらにポリマー基材71をイソプロピルアルコールで洗浄してポリマー基材71表面に残留した蛍光物質72を除去した(図10(e)の状態)。
上述のプロセスにより得られたポリマー基材71の表面上には、蛍光物質72の文字パターンは目視で確認可能な状態では存在していなかった。そこで、ブラックライトと呼ばれる紫外線成分を多く含む光源を用いてポリマー基材71に光を照射した。その結果、図9に示すような文字パターンの蛍光による発光が確認できた。これにより、上述のプロセスにより得られたポリマー基材71では、図9に示すような蛍光物質72の文字パターンが、ポリマー基材71の表面内部に浸透した状態であることが確認できた。以上のようにして、蛍光物質72で部分的に表面改質が行われたポリカーボネート樹脂からなるポリマー基材71を得ることができた。なお、本実施例においてポリマー基材に浸透した蛍光物質を検出するために上述したブラックライトを用いて紫外線をポリマー基材に照射するが、この際、紫外線の照射により蛍光物質から発光される可視光の蛍光を視認することにより蛍光物質の存在を検知した。
上述のように、実施例5のポリマーの表面改質方法では、予めスクリーン印刷法等の印刷方法で、ポリマー表面の所定部分に蛍光物質を付加することができるので、微細な凹凸パターンを形成した金型を用いることなくポリマー表面を部分的に表面改質することができ低コストであり、またプロセスを簡略化することができる。また、該蛍光物質をコーティング層で被覆して超臨界流体に接触させたので、該蛍光物質が超臨界流体に拡散することを抑制でき、結果として、高濃度で基材中に浸透させることができるとともに、高精細なパターンの形成が可能となった。
[比較例4]
比較例4では、蛍光物質72をポリマー基材71にスクリーン印刷で付加した後、コーティング層を形成せず、また、上述の表面改質処理(超臨界流体と接触させて蛍光物質72をポリマー基材71に浸透させる処理)も行わずにポリマー基材(以下、比較例4のポリマー基材という)を作製した。比較例4のポリマー基材71では、表面に蛍光物質72を単に印刷した状態であるので、蛍光物質72の文字パターンはポリマー基材71表面に視認可能な状態で存在していた。なお、ポリマー基材71及び蛍光物質72には、実施例5と同じ材料を用いた。
[耐久性の評価]
本実施例では、本実施例の表面改質方法により改質されたポリマー基材表面の印刷部(文字パターン部)の耐久性を評価するために、次の2種類の試験を行った。
まず、一つ目の耐久性評価の試験として、上記実施例5及び比較例4で得られたポリマー基材71の表面に形成された蛍光物質72の付着性を評価した。具体的には、蛍光物質の良溶媒であるイソプロピルアルコールにポリマー基材71を浸漬して評価した。その結果、比較例4のポリマー基材をイソプロピルアルコールに浸漬すると蛍光物質が溶出し印字が消えた。この段階で蛍光物質の文字パターンはポリマー基材表面に視認可能な状態では残存していなかった。さらに、比較例4のポリマー基材をイソプロピルアルコールに浸漬した後、ブラックライトにより紫外線を比較例4のポリマー基材表面に照射したが、蛍光は確認されなかった。すなわち、比較例4のポリマー基材に対して付着性の評価を行ったところ、その表面及び内部ともに蛍光物質が残存していないことが分かった。
一方、実施例5で作製したポリマー基材71に対して付着性の評価を行ったところ、実施例5で作製したポリマー基材71の表面には蛍光物質の文字パターンは視認可能な状態でほとんど残存していなかったが、ブラックライトにより紫外線をポリマー基材に照射すると、蛍光による文字パターンの発光が確認できた。すなわち、実施例5のポリマー基材71では、蛍光物質がポリマー基材の表面内部に浸透していることが確認できた。以上の結果は、比較例4のポリマー基材では蛍光物質が基材内部に浸透しておらず、溶出しやすい状態であるのに対して、実施例5では、上述の表面改質処理(超臨界流体と接触させて蛍光物質72をポリマー基材71に浸透させる処理)を行ったことにより、蛍光物質72がポリマー基材71内部に高濃度で浸透しており蛍光物質72が溶出し難い状態となっているためであると考えられる。
次に、二つ目の耐久性評価の試験として、上記実施例5及び比較例4で得られたポリマー基材上に形成された蛍光物質の印刷部(文字パターン)の密着性を評価した。具体的には、蛍光物質の印刷部に対して粘着テープによる引き剥がし試験を行った。なお、比較のため、比較例4のポリマー基材に対しても同様に引き剥がし試験を行った。その結果を図12に示した。図12から明らかなように、比較例4のポリマー基材では蛍光物質の印刷部は、引き剥がし試験において簡単に剥離した(図12中の×評価)。一方、実施例5のポリマー基材の文字パターン部(印刷部)に対しても同様に粘着テープによる引き剥がし試験を行ったところ、蛍光物質の印刷部が剥離しにくくなっており、密着性が大幅に改善されていることが分かった(図12中の○評価)。これは次のようにして確認した。実施例5のポリマー基材に対して、引き剥がし試験の前後でブラックライトによる紫外線照射を行い、蛍光による文字パターンの発光状態を目視により確認したところ、引き剥がし試験の前後で発光状態に全く差が見られなかった。これは、実施例5のポリマー基材では、蛍光物質がポリマー基材の表面内部に浸透しているため、蛍光物質の印刷部が剥離しにくくなっており、密着性が大幅に改善されているためである。
さらに、実施例5のポリマー基材に対して、表面改質処理後のポリマー基材を10ヶ月間大気中に放置した後に蛍光物質の発光状態を調べたところ、蛍光による文字パターンの発光状態は、10ヶ月間大気中に放置する前(初期状態)と変化なく観測された(図12中の○評価)。以上の結果から、本実施例で作製したポリマー基材は、超臨界流体による表面改質処理を行わなかったポリマー基板(比較例4)と比較して、蛍光物質がポリマー基板の表面から内部に浸透しており、蛍光物質が剥離しにくい状態に改質されていることが分かった。
[断面構造]
実施例5及び比較例4で作製したポリマー基材において、蛍光物質(浸透物質)のポリマー基材表面への浸透の様子を分析した。具体的には、実施例1と同様にしてポリマー基材の蛍光物質を付加した部分のポリマー基材の厚さ方向における蛍光物質の濃度分布について調べた。その結果を図11に示した。図11では、横軸にポリマー基材の厚さ方向の深さ位置をとり、縦軸には蛍光物質の含有量の相対値を任意スケールで示した。なお、図11中の白四角印が実施例5の測定結果であり、黒丸印が比較例4の測定結果である。図11から明らかなように、実施例5で作製したポリマー基材では、ポリマー基材の最表面付近から約500nmの深さまで蛍光物質が浸透していることが分かった。一方、比較例4で作製したポリマー基材では、図11から明らかなように、ポリマー基材内部への蛍光物質の浸透はほとんど見られなかった。
上記本実施例の表面改質方法の原理及び評価結果から、本実施例の表面改質方法を用いて印刷物(カード)に種々の情報を印刷すれば、上述した課題(1)〜(4)を解決することが可能であることが分かる。すなわち、本実施例の表面改質方法を用いることにより、製造コストアップを抑え、偽造を防止し且つ真偽を簡単に検証ができ、その外表面の耐摩耗性、耐久性などが優れたカードを提供することが可能である。
実施例6では、実施例5と同様の構造のポリマー基材(図9)を、実施例5とは異なる表面改質方法で作製した。この例のポリマー基材、蛍光物質及びポリマー基材上に形成する蛍光物質パターンは実施例5と同じとした。この例のポリマー基材の表面改質方法を図13を用いて説明する。
まず、ポリマー基材71表面にポリビニルアルコールを薄く塗布した(下地層を形成した。不図示)。なお、ポリビニルアルコールの厚さは0.5μmとした。この下地層は、後述するマスク層を除去する工程で、ポリマー基材にダメージを与えることなく簡便にマスク層を取り除くために設けたものである。
次いで、ポリビニルアルコールの層上にマスク層76を次のようにして形成した。ポリマー基材71上に形成すべき蛍光物質のパターン部77(文字パターン部)以外の領域に、インクジェット印刷法により、マスク材料を付着させた。この例では、マスク材料に感光性樹脂(化薬マイクロケム(株)製、SU−10)を用い、感光性樹脂の塗布厚さは約1μmとした。次いで、感光性樹脂が付着されたポリマー基材71を70℃で1時間乾燥させ、さらに室温で1時間冷却した。次いで、マスク材料に紫外線を照射してマスク材料を硬化させて、マスク層76を形成した。このようにして、蛍光物質のパターン部77を開口部とするマスク層76をポリマー基材71上に形成した(図13(a)の状態)。なお、マスク層76の材料としては超臨界流体を遮蔽することが可能であり、且つポリマー基材71の表面に付着/密着する材料であれば、任意の材料が用い得る。
次いで、ポリマー基材71のマスク層76側表面に蛍光物質を塗布して蛍光物質の層72を、マスク層76上に形成した(図13(b)の状態)。なお、この例では、図13(b)に示すように、マスク層76上の全面に渡って蛍光物質の層72を塗布した例を説明したが、本発明はこれに限定されない。この例の表面改質方法では、マスク層76の開口部77には必ず蛍光物質を塗布する必要があるが、それ以外のマスク層76上の領域には蛍光物質を塗布しなくても良い。
次に、ポリビニルアルコール(コーティング剤)を蛍光物質の層72を被覆するように塗布して乾燥させた。この際、ポリビニルアルコールを100μmの厚さで塗布し、蛍光物質の層72上にコーティング層73を形成した(図13(c)の状態)。この時点では、蛍光物質の層72がマスク層76及びコーティング層73で被覆されただけの状態であるので、蛍光物質はポリマー基材71内に浸透していない。
次に、蛍光物質の層72上にコーティング層73が形成されたポリマー基材71を、実施例1で用いた高圧容器11(図3)の凹部31に設置して、高圧容器11内部を密閉した。次いで、圧力P1=15MPa、温度50℃の超臨界二酸化炭素5を高圧容器11内部に導入し滞留させた。そして、超臨界二酸化炭素5の圧力が安定した後、その状態を30分間保持した。この際、ポリマー基材71の表面に、超臨界二酸化炭素5に接触させることにより、マスク層76の開口部77に形成された蛍光物質の層72の一部が超臨界二酸化炭素5とともに、マスク層76の開口部に露出しているポリマー基材71表面からその内部に浸透する(図13(d)の状態)。なお、この例では、蛍光物質の層72とポリマー基材71との間には上述したポリビニルアルコールからなる下地層を設けているが、ポリビニルアルコールは超臨界二酸化炭素5を通す(浸透させる)物質であるので、この例のように、蛍光物質の層72とポリマー基材71との間にポリビニルアルコールからなる下地層を設けても、超臨界二酸化炭素5をポリマー基材71の表面に接触させた場合には、蛍光物質は超臨界二酸化炭素5とともにポリマー基材71の表面内部に浸透する。
この例のポリマー基材71では、ポリマー基材71上に付加された蛍光物質の側面及び上面は、それぞれマスク層76の側壁及びコーティング層72に囲まれているので(被覆された状態になっているので)、蛍光物質がポリマー基材71上から外部へ拡散することを抑制することができ、ポリマー基材71内に効率良く且つ高濃度で浸透させることが可能になる。また、この例のポリマー基材71では、蛍光物質の側部にマスク層76が形成されているので、蛍光物質をポリマー基材71に浸透させる際に超臨界流体に溶解した蛍光物質のポリマー基材71の面内方向への拡散を抑制することができ、蛍光物質の印刷パターン(文字パターン)の滲みを抑制することができる。
なお、超臨界二酸化炭素5をポリマー基材71に接触させた際(図13(d)の工程)、マスク層76の開口部以外の領域にも超臨界二酸化炭素5が接触するが、この領域にはマスク層76が形成されているので、この領域で蛍光物質がポリマー基材内に浸透することはない(この領域のポリマー基材の表面は改質されない)。
次に、蛍光物質をポリマー基材71の所定領域に浸透させた後、実施例1と同様にして高圧容器11内部を大気開放し、高圧容器11からポリマー基材71を取り出した(図13(e)の状態)。次いで、ポリマー基材71を水で洗浄してコーティング層73を除去し、さらにポリマー基材71をイソプロピルアルコールまたは水で洗浄してポリマー基材71表面に残留したレジスト及び蛍光物質72を除去した(図13(f)の状態)。
上述のプロセスにより図9に示すような蛍光物質72の文字パターンが、ポリマー基材71内部に浸透した状態のポリマー基材71を得た。すなわち、蛍光物質72で部分的に表面改質が行われたポリカーボネート樹脂からなるポリマー基材71を得ることができた。
上述のように、実施例6のポリマーの表面改質方法では、予めインクジェット印刷法等の印刷方法で、ポリマー表面の所定部分が開口部になるようにマスク層を形成し、その開口部に浸透物質を付加するので、微細な凹凸パターンを形成した金型を用いることなくポリマー表面を部分的に表面改質することができ低コストであり、またプロセスを簡略化することができる。また、該蛍光物質をコーティング層及びマスク層で被覆して超臨界流体に接触させたので、該蛍光物質が超臨界流体に拡散することを抑制でき、結果として、高濃度で基材中に浸透させることができるとともに、高精細なパターンの形成が可能となる。
[耐久性の評価]
まず、この例で作製したポリマー基材71に対しても実施例5と同様にして、ポリマー基材71の表面に形成された蛍光物質72の付着性を評価した。具体的には、蛍光物質の良溶媒であるイソプロピルアルコールにポリマー基材71を浸漬して評価した。その結果、この例で作製したポリマー基材71では、実施例5と同様に蛍光による文字パターンの発光が確認され、印刷部(文字パターン部)の消失がみられなかった。これは、実施例6では、上述の表面改質処理(超臨界流体と接触させて蛍光物質72をポリマー基材71に浸透させる処理)を行ったことにより、蛍光物質72がポリマー基材71内部に高濃度で浸透しており蛍光物質72が溶出し難い状態となっているためであると考えられる。
また、この例で作製したポリマー基材に対しても、実施例5と同様にしてポリマー基材上に形成された蛍光物質の印刷部(文字パターン)の密着性を評価した。具体的には、蛍光物質の印刷部に対して粘着テープによる引き剥がし試験を行った。その結果、実施例5と同様の結果が得られた。すなわち、この例のポリマー基材では、蛍光物質の印刷部が剥離しにくくなっており、密着性が大幅に改善されていることが分かった。さらに、表面改質処理後のポリマー基材を10ヶ月間大気中に放置した後に蛍光による文字パターンの発光状態を確認したところ、初期と同様の文字パターンの発光状態が維持されていることが分かった。すなわち、本実施例で作製したポリマー基材は、超臨界流体による表面改質処理を行わなかったポリマー基板(比較例4)と比較して、蛍光物質がポリマー基板の表面から内部に浸透しており、蛍光物質が剥離しにくい状態に改質されていることが分かった。
上記本実施例の表面改質方法の原理及び評価結果から、本実施例の表面改質方法を用いて印刷物(カード)に種々の情報を印刷すれば、上述した課題(1)〜(4)を解決することが可能であることが分かる。すなわち、本実施例の表面改質方法を用いることにより、製造コストアップを抑え、偽造を防止し且つ真偽を簡単に検証ができ、その外表面に耐摩耗性、耐久性などに優れたカードを提供することが可能である。
本発明のポリマーの表面改質方法によれば、ポリマー基板上の所定領域(所定パターンの領域)を容易に表面改質することができる。特に、100μm以下の微細な領域においても容易に表面改質することができるので、本発明のポリマーの表面改質方法は、微細な領域のみの表面改質を必要とするマイクロTASやバイオチップ、あるいは、立体配線デバイス等の製造に特に好適である。また、浸透物質として蛍光物質を用いた場合には、本発明のポリマーの表面改質方法は、セキュリティ性の高いカードなどの製造方法に特に好適である。
図1(a)〜(c)は、本発明の表面改質方法の手順を示した図である。
図2は、実施例1で作製したポリマー基板の斜視図である。
図3は、実施例1でポリマー基板の表面改質に用いた高圧装置の概略構成図である。
図4は、実施例2で作製したマイクロTASの概略構成図であり、図4(a)は斜視図であり、図4(b)は図4(a)中のA−A’断面図である。
図5は、実施例3で作製したマイクロTASの概略構成図であり、図5(a)は斜視図であり、図5(b)は図5(a)中のB−B’断面図である。
図6は、実施例4で作製したレンズモジュールの概略構成図であり、図6(a)は図6(b)中のC−C’断面図であり、図6(b)は立体面側の平面図である。
図7は、実施例4で作製したレンズモジュールの立体配線の引き剥がし試験の結果を示した図である。
図8は、実施例1で作製したポリマー基板の深さ方向における色素含有量の分布を示した図である。
図9は、実施例5で作製したポリマー基板の斜視図である。
図10(a)〜(e)は、実施例5の表面改質方法の手順を示した図である。
図11は、実施例5で作製したポリマー基板の深さ方向における蛍光物質含有量の分布を示した図である。
図12は、実施例5のポリマー基板上に形成された蛍光物質の印刷パターンの引き剥がし試験の結果を示した図である。
図13(a)〜(f)は、実施例6の表面改質方法の手順を示した図である。
符号の説明
1,71 ポリマー基板
2 有機物質
3 超臨界流体
72 蛍光物質
73 コーティング層
76 マスク層